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市長のための市会ではなく、市民のための名古屋市会を! Ver.2.0

  一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。


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2018-07-03 嘘をばら撒けば本当になるのか?

嘘をばら撒けば本当になるのか?


ウンザリするほどの嘘がまかり通っており、そのウソを肩書で押し通そうとする者たちもいる。しかし、ウソはウソだ。

ブログでは当初より「肩書に左右されるな」と、一休宗純の有名な噺「袈裟」を引いて紹介している。

法話「袈裟」: 臨済・黄檗 禅の公式サイト

肩書をひけらかしながら無知をさらけ出す者はまた面白い。

「名古屋城 天守閣木造復元イメージCG」 を見てちょう!!北口雅章法律事務所 / 弁護士のブログ

こういったサイトがある。
あまり、発言信憑性のない人物の電話を真に受けない事だ。

何か追記があり

*追記(平成30年6月8日):私も誤解していたし,障害者の方々の中には誤解されている方もあろうかと思いますので,参考までに付記しておきますと,天守閣は,機能的には,ただの「武器庫」で,お殿様のお住まいは,あくまで「本丸御殿」だそうです



ひとの心配よりも、自分が無知に無知を重ねている事を自覚すべきだろう。
本丸御殿」は「お殿様のお住まい」だったのだろうか?

名古屋城の歴史に通じている人々なら、「本丸御殿」が義直の為に作られはしたが、4年ほどで使われなくなっていることぐらい常識だ。

そもそも名古屋城天守を「住居」と思っていたのであれば、相当に深刻だ。

追記:
これはつまり
天守閣*1は住居ではなく「武器庫」*2であったのだから、居住性は悪い。そうした建物にバリアフリーを求めるのは間違っている。とでも言いたいのだろうか?
確かに慶長の構造では居住性など無いに等しい。トイレもない。
しかし、そんな建築物に、では年間360万人を迎え入れるという計画は間違っていないのだろうか?
傾斜が55°を超え、蹴上がり高も30cmを超えるような階段(梯子だ)を不特定多数の観光客が上り下りする。この危険性をどう認識しているのだろうか?
城郭建築の効果は外観だけで十分だ。実際尾張藩主ですら天守などろくに入ってはいない。天守というものは聳えるものであって、その中で遊ぶものではないのだ。と、するならば、外観を復元し(メンテナンスも安価につくコンクリート復元し)内部を現代的な設備を備えた建物として、博物館機能を持たせるという考え方は優れている。それだけに、そこここで見られる形式なのではないのだろうか。


これもいただけない。

尾張藩士・奧村得義らが藩命により名古屋城の構造・詳細設計を記録した「金城温古録」,国宝建造物の詳細調査に「昭和実測図」(内部断面図・平面図・)計309枚に加え,名古屋市昭和15年から,建造物外観・内覧状況,及び本丸御殿障壁画等を対象として撮影した写真700枚以上に基づいて,ほぼ完全な復元が可能であることは,「名古屋城天守閣PRビデオ」から理解した。




これは全くの誤りである。

追記:
弁護士であるなら「『名古屋城天守閣PRビデオ』から理解した」などと言っていないで、せめて「昭和実測図」にぐらいあたってみてはいかがだろうか。原資料に手を伸ばせば届くのに、それを確かめもせずに、伝聞から思い込みを強化してみたり、他人にとやかく言う態度を思想膿漏という。


有識者においても「ほぼ完全な復元が可能」などと言っているものはいない。三浦さんや麓さんだって言っていない。

竹中工務店は1月28日のシンポジウムの席上、この御仁も引用している「写真」から、内壁の割れ目から覗いている板の構造から、内部構造がそれまでの推測と異なっていたことを発表している。

追記:天守壁面は土壁になっている。土壁は竹や板などで下地”小舞竹”を形成する。名古屋城天守において、この構造はどうなっているのか。それを承知している者がいるのだろうか?それは「完全な復元が可能」なのだろうか?

「金城温古録」と「昭和実測図」には、相互に矛盾した記述もあり、また、そもそも「内部構造図」はないのだ。

建物は「内覧状況」では建たない。

昭和実測図 閲覧サービス

内部詳細図といっても、この程度だ。

名古屋城天守三層西側千鳥破風平面及小屋内部詳細図(内部イ・内部ロ・平面図) | 昭和実測図 閲覧サービス

(くどいようだが、内部構造と内部詳細は違う!)

例えば、岐阜県高山市に行くと「飛騨の匠の千鳥格子」というものを目にすることができる。

飛騨匠の建具職人 - 飛騨組子「千鳥格子」 わにくらふと

慶長期は日本の木造建築が絶頂となった時期であると言われている。

知れば知るほど奥が深い組木に世界が大注目。その魅力を大公開! | Hidakuma

当時の匠がどのような構造で天守櫓を組み上げたのか、それは第二次世界大戦の戦火で失われてしまったのであり、我々は我々の技術から推測する以外にないのだ。
それを

建造物外観・内覧状況,及び本丸御殿障壁画等を対象として撮影した写真700枚以上に基づいて,ほぼ完全な復元が可能である」と断言することは、日本の木造建築の歴史を矮小化するものであり、傲慢極まりない視野狭窄という以外無い。

もう一度強調しておく。

「金城温古録」と「昭和実測図」には、内部構造図はない。
あるわけがない、内部構造図を作るためには、一度分解してみなければ描けない。

「金城温古録」は内部状況をスケッチしたものであり、「昭和実測図」はそれ以上に詳細ではあっても、当時国宝だった建築物を分解してまで調査することはできなかった。

これは、河村市長市長選の際、JCの主催した候補者討論会において「内部構造図はない」という対立候補発言否定し、「内部構造図はある」と断言したものだが、あるのなら出してみればいい。この閲覧サービスに提示すべきだろう。

追記:
この話題はこのブログでたびたび繰り返しているが、私自身がこの耳で聞いた「嘘」「河村たかし市長候補の嘘」なのだから、強調しておく。

河村たかし市長選挙における候補者討論会で「嘘」を述べた。

虚偽発言で無いというのであれば、名古屋城天守建物の「内部構造図」を示して見せよ!

そして、この討論会にはマスコミ数社も立ち会っていた筈だ。
こんな明白な虚偽発言を一社も報道しないというのはどういう事だろうか。


和釘という話題もある。

和釘の作り方 | 三条鍛冶道場


そもそも

バリアフリーについて,「合理的配慮」を志向しているものの,
なかなか障害者団体の理解を得るための道程(みちのり)は,嶮(けわ)しそう。


とはなにか?

河村市長は「合理的配慮」をしているのに、それを理解していない「障害者団体」が頑なだとでも言いたいのだろうか?

はしご車を常設するとか、ドローンで運ぶとか(それはいいけど、どこから入るの?)が「合理的配慮」なのだろうか。


そして何よりこの6月名古屋市議会において、木造化される天守建物には外階段がないとされている。つまり、2方向避難路が確立されていないようなのだ。(何分、情報公開が満足にされていないので委員会答弁を理解する以外にない。それが決定仕様である根拠はない)

追記:
これは明白に法に反している(建築基準法施行令第121条)法に反している以上に人命を軽視する判断だ。


公共建造物、それも3000人からの不特定多数の観光客が来場、滞留する建造物に「2方向避難路」が無い。これを問題にしなくて「弁護士」とかいって恥ずかしくないのだろうか?

弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」
弁護士法第一条)



公開質問状にでも仕立てようと思ったけど、「袈裟」の教えに従って、匿名なままの批判&嘲笑におさめておく。

*1そもそも「閣」を使っている時点で間違っている。すでに当ブログでは指摘している

*2:この解釈もいい加減なものだ

2018-06-15 名古屋城についての事実確認と現状の推測(2)

名古屋城についての事実確認と現状の推測(2)



まず、河村市長にとっては「名古屋城天守閣を木造化できたらええねぇ」ぐらいの漠然とした「夢」だった。
    ↓
そこに、某ゼネコンが「2020年までに<木造化できる>」という提案を行い。
    ↓
「2020年、東京オリンピック開催に向けた、名古屋の観光の目玉に!」と、名古屋城天守木造化が本格的に騒がれ始めた。
    ↓
しかしこの時、提案された<木造化天守>は「ハイテクハイブリッド木造」であって、現代建築ノウハウによって建てられるものであり、鉄骨階段、ガラスの防火壁、エレベーター、外階段などが設置され、現代の建築基準法消防法バリアフリーなどに配慮したものであった。

ゼネコンとしては、現代の公共建築物を作るのであり、人命を預かる責任からも、耐震性や耐火性を備えたものでなければ作れないだろう。自分が作り上げた建築物が、火災地震において人的被害を生み出してしまっては、こんな寝ざめの悪い話もない。公共建築物を作るにあたって、標準的な自治体が、つまりは担当するお役人が、前例や法令に厳しく、コンサバに構えるのには、それなりの理由がある。火災が出ても避難路がないような建物、時折見聞きする、違法な内装工事が行われ、火災によって多大な被害、死亡者を生み出すようなネットカフェ風俗店避難設備の備えに対して無自覚な現在の名古屋市名古屋城天守の話を聞くと、こうした無責任な違法建築を連想する。こうした無責任な店舗などでは、仄聞すると無責任な経営者、それも非常に「ケチな」経営者が、当然なすべき設備投資を怠ったが為に被害を生み出している。こうしたケチな態度。ちょうど、学校の冷房施設設置に、家電量販店の安売り広告を持ちだして、設備費をケチろうとした「経営者」の姿がダブってみえる。

それはともかく、某ゼネコン提案は理解できる。そこにあるのは「2020年、東京オリンピックまでに木造復元」という公共建築としての課題の実現であり、そこに齟齬はない。

こうしたものを、名城公園やら名古屋港のイタリア村跡地にでも建てるのであれば造作もない事だろう。
金さえかければなんでもできる。

そしてそのようなものは「ノイシュヴァンシュタイン城」と同様、「愚者の城」でしかないだろう。文化的価値などない(ネガティブな意味でいえば、「笑える」という文化的価値は有る)

しかしここで迷走が始まる。
まず、「東京オリンピックに向けた観光の目玉」という当初の目標が消し飛ぶ。
2020年竣工は無理となり、完成予定は2022年とされた。

論理的に考えれば、当初の目的である「東京オリンピックに向けた観光の目玉」が破たんし、2020年完成が無理であるのなら、東京オリンピックまで着工は延期し、オリンピック以降、2020年以降に着工すれば良いように思えるが、なぜだかこうした結論には至らない。
名古屋市は無理にも早期着工して、結果として当初の目標である筈の「東京オリンピックに向けた観光」という観点では、天守のない石垣。無粋な仮設テントで観光客を迎える事になる。この仮設テント天守建物の絵姿を描くそうだが、いっそう哀れをさそう。(そして、笑える)


さらに迷走は迷走を重ねる。

名古屋市は、つまりは河村市長は(地方自治体において、意思決定権があるのは首長なのであって、名古屋市の決定権、決定責任は首長である河村市長一人にかかっている)平成27年12月の「業務要求水準書」において、名古屋城天守整備の為の条件を明記している。これは多分、提案者である某ゼネコンのプランと表裏一体の「仕様要件」であって、その姿は現代の法令に準じた「ハイテクハイブリッド木造」の姿だ。

名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募型プロポーザルを実施します。:名古屋城公式ウェブサイト

しかし、ご本人はこの「ハイテクハイブリッド木造」がお嫌いのようだ。
または、某大学のM教授にでもネジを巻かれたせいか、こうした現代の建築基準、公共建築としての条件を無視して、「本物復元」に固執し始めた。

ゼネコンとしても騙されたようなものだ。
業務要求水準書」に書かれたような法令や各官庁との整合性は無視され、一向に要件定義が確定しない。
法的にはこれで建築物の「基本設計」が成立するわけがない。

法令はともかく、各官庁との調整は某ゼネコンではなく名古屋市が責任を負って進めるとされている。
国交省に対しては、建築審査会の合意を、
文化庁に対しては、現状変更の許可を、
そして、名古屋市に対しても消防局との合意を得なければならない。
この内、建築審査会や消防局と言うのは、政令指定都市である名古屋においては、名古屋市自身の所管でもある。

そもそも建築物としては、住宅都市局。
その防災観点からは消防局、さらに文化庁への対応には教育委員会の全庁的対応が必要になるだろう。
しかし、名古屋市長河村たかしは観光文化交流局に丸投げのままである。


世間的には「日本城郭建築権威」と言われている某M教授
大洲城の再建をご自分の手柄のように語られるようだが、彼は城郭の研究家ではあっても建築については素人だ。(追記:「彼は一級建築士の資格を持っている」という指摘を受けたが、実務経験が無いのであれば畳水練というものだろう)
現に大洲城については安全評定がなされていないそうで、そうした意味では違法建築だ。
規模が規模だけにその違法性は厳しく追及はされていない。しかし、だからといってその違法な運用が何にでも通じるわけではない。

大洲城名古屋城ではその他にも大きく条件が異なる。
床面積、最上階高さを含めた規模の差。
大洲城では建物自体が失われていたが、名古屋においては文化的価値も評価されている天守建物が現存するという問題。
城郭建築専門家として、現在の名古屋城天守が鉄骨鉄筋コンクリートレプリカであるから、価値がないとするなら、ご自分が企図している木造はレプリカではないのだろうか?文化財の価値はオリジナルはオリジナルであるから価値が高い。この当たり前のことにはお気づきにならないのだろうか?そして、ご自分が企図される木造レプリカ新造によって、現在の昭和遺構としての天守を破壊するとすれば、その批判に耐えられるものだろうか?)
そして、大洲城においては建築費が公的負担を仰いでいないという事実だ。
学者として、そのコストについては知った事ではない。というのなら大いなる無責任だ。
名古屋市はこのバカげた事業で500億円(金利負担も含めたら1000億円近く)さらに、姫路城の例を見れば30年ほどで30億円から50億円程度の改修費となれば、今後も名古屋市に多大な財政負担を強いる事になる。
教授はこうした批判に耐えられるのだろうか?
名古屋市出身の筈だが、故郷名古屋市にこれほどの影響を残して、名を惜しまれないのだろうか。




付記:
ここで、ちょっと脇にずれる。
現在、名古屋城天守を木造化する一番の理由は「耐震性の確保」だそうだ。
つまり、名古屋市に「なぜ天守を木造化するのですか?」と聞いた際に、
文化的価値も観光的効果も、すでに脇に追いやられてしまっている。
つまり、名古屋市当局としても、文化的価値や観光的効果を訴えても説得力がない事を承知しているのだろう。
(一人を除いて)

名古屋市は「耐震改修を木造化によって確保する」としているのだが、
こんなアホな話をフンフンと聞いて記事を書いている記者は豆腐の角にでも頭をぶつけた方がいい。
なんでも、事業者が木造構造に対して耐震試験を行っていると、テレビカメラを担いで取材したようだ。
その模様もテレビニュースで取り上げられていたようだが、その際に掛けられた負荷は震度5だったそうだ。

また、「震度6から7といわれた濃尾地震においても、名古屋城の木造天守は耐えた」と報じた報道機関もあるという。
受信料を返せ、バカ者。
濃尾地震の頃は現在のような震度計など無い。被害の状況によって震度を著したのであって、
そういう意味では「震度6から7に耐えた木造建築」などという言葉は語義矛盾だ。
木造建築が耐えられた震度であるならば、せいぜい震度5程度であったと推測するのが正しいし、実情もその程度だっただろう。
震度6から7といわれた濃尾地震」という言葉と、「濃尾地震に耐えた名古屋城の木造天守」という言葉は安易につなげてはいけない、ここに政治的意図があればプロパガンダになり下がるし、無意識に報じているのであれば人命にかかわる事であるだけに無責任だ。

オリジナルの名古屋城震度7に耐えられたという証拠は無い。有るというのであれば提示して見せよ!
根拠もない流言飛語をもって市民、有権者ミスリードするのであれば、報道機関としてあまりにも無責任だ。

本当に、史実に忠実に再現したら、名古屋城天守震度7に耐えられるのか?
なぜ、江戸時代技術震度7に耐えられると言えるのだろうか。

伝統の賛歌、称揚は結構だろう。しかし、それが根拠のないものであれば単なる嘘でしかないし、
人命にかかわるものであれば犯罪だ。その責任の重さを自覚できないのであれば、筆を置くべきだ。

2018-05-25 ウェルカム!「名古屋市長特別秘書」田中克和(かつよし)君

ウェルカム!「名古屋市長特別秘書」田中克和(かつよし)君



名古屋市の河村市長は6月1日より、空席であった「名古屋市長特別秘書」に田中克和(かつよし)氏を充てると発表したようだ。
おめでとうございます、田中様。
ウェルカムアーティクルです。

この田中克和(かつよし)氏は34歳、東区に住んでいるとされている。保育園運営会社社員との事だが、なんのことはない、減税日本より参議院選挙に挑戦して落選した奥田かよ氏の経営する保育園に「身を寄せていた」ようだ。

この奥田かよという人物、参議院選挙の後に威勢よく政治を志すと宣言していた割には、その後の総選挙には出馬しないなど、良く判らない人物ではある。また、最近の出来事としては昨年の元旦に、名古屋市長河村たかしと楽しそうに昼間から酒を酌み交わしていたことが確認されている。

http://d.hatena.ne.jp/ichi-nagoyajin/20170129

もっとも、同日、つまり平成29年1月1日には、名古屋市は大江破砕工場から失火を起こし、周辺住民に多大な迷惑をかけていたのだが、名古屋市長たるものそんな事は関係ないし、そういった批判も奥田氏には関係がないのだろう。

それが減税日本クォリティだ。


田中克和(かつよし)氏の前任者は北角嘉幸氏、奇しくも田中克和(かつよし)氏の特別秘書就任の直前に、埼玉県蓮田市長選で華々しく落選されている。おめでとう。

自民党の埼玉県連も罪な事をする。
最下位落選とはなんとも華々しい。

田中克和(かつよし)氏は「バリアフリー担当」だそうだが、北角氏は何担当だったんだろう?

国際展示場移転問題の際に、あらぬ事業者を訪問して、とんでもないところに「名古屋市長特別秘書」の名刺を置いてきてしまったらしいが、田中克和(かつよし)さんは、せいぜいお気を付け頂きたい。なんといっても、この名古屋は全国的な組織の中枢がある都市であり、前後の不案内な者がさまよえば、あらぬことどもに足をすくわれもしかねない。

ちなみに愛知県警と名古屋市長河村たかしはあまり良好な関係を築いているとは言えない、いざとなった場合、県警の対応は後手に回らざるを得ないだろうことは、心のどこかに置いておいた方がいい。(おお、なんて自分は親切なんだ)

その他に北済氏の事績といえば、人事院に名古屋市長河村たかしの私的な文書を持っていったことぐらいだろうか。

http://d.hatena.ne.jp/ichi-nagoyajin/20150305

これが公務なのか政務なのか、私的な行動なのか、特別秘書として公的な行動なのか、そもそもそれらをどのように釈明すればいいか、北済自身理論構築できなかったようだ。

田中克和(かつよし)さん、安心したまえ。この程度の人物で十分通用したのが「名古屋市長特別秘書」だ。

しかし、河村たかしの周辺からはどんどんどんどんどんどんどんどんヒトが消えていく。
そしてそういった人々の中で、成功したり河村たかしと付き合って良かったというような話を聞かない。

まあ、もっとも、河村たかしに近づいて、失望した者の話をたくさん聞いている私なので、そうした印象を持つのかもしれないが、それにしても見事なまでの実情だ。

プロ野球などでけがをした選手を再生させるのに長けた指導者がいて「○○再生工場」などと譬えられたりするが、そうした伝でいえば、河村たかしや減税日本は「スクラップ工場」と呼ぶのが相応しいのかもしれない。(家業そのものだというツッコミは要らない)

河村たかしが自らの政治塾で語った言葉は「人生行き詰ったら、選挙に出ろ。当選すれば一発逆転」というような言葉だった。
こんな公職やそれを選ぶ有権者を侮辱した言葉もない。

しかし、こんな言葉を口にしても有権者の一部は無責任にもそうした人物を選ぶ。選んだ結果、その市長がなんらまともな施策を打たず、困惑するのが自分自身でも気が付かない。豊かで、お人よしでやさしいのが、この美しい日本の国民性なのだろう。

河村たかしは国会議員時代、議員年金や議員宿舎という議員特権を批判していた。
国会答弁で「議員年金は募金し受け取らない」と明言している、すでに年金受給可能年齢となって、その全額を募金可能な状態になっているが、この約束は果たされていない。「議員は税金で食って極楽」と批判していただが、私から見ると、市長という立場こそ「税金で食って極楽」と言えるだろう。「何を言っている、河村さんは立派な人だ、市長給与を800万円でやっている」というお人好しが要るが、何を見ているのだろうか?

名古屋市長には公的な秘書業務を行う市長室がある。
そもそも2万5千人の名古屋市全職員は法的には首長である市長の補助員だ。
有能な市長という者は、こうした2万5千人を自らの手足として、市民、住民の為に働く。

そこになぜ「特別秘書」が要るのだろうか?
そもそもその人件費はどこから出ているのだろう。
河村商事か?河村たかしのポケットマネーか?

河村たかしは、市長給与を800万円に減額したと騒いでいるが、その代わりに雇い入れたこうした特別秘書や民間からの課長級職員については語らない。更に言わせてもらえば、名古屋市内で行われている、学区連協などによる古紙回収。あの古紙回収には名古屋市から助成金が出されているが、その同等の金額は回収業者にも提供されている。そうした豊富な助成金で、立派な処分工場や、特殊作業車が走りまわっている。こうした事柄自体が「既得権」なんじゃないのか?

そんなに市民の税金を使う事を厭うなら、河村商事が受け取るこうした助成金について返還したらどうか?


話が大幅に脇道にそれたが。

「人生行き詰ったら、選挙に出ろ。当選すれば一発逆転」

すごい言葉だ。こうした「一発逆転」にひかれて、織田信長が清州城から桶狭間に向かった道を「人生逆転街道」と名付けているそうな。

なんとも郷土の英雄もバカにされたものだ。
もし、河村たかしが当時いて、織田信長のように清州城を出発し、桶狭間に向かおうとしたならば、それにつき従う軍勢は一人抜け二人抜け、熱田神宮に着くころには半分以下に減っているだろう。そして、自分自身も熱田神宮の近くで酒でも飲んで「ヤケクソですわ」などと言い、「だ〜れもついてこん」と周辺の人間に責任転嫁するだろう。

織田信長が織田信長であれたのは、あの出陣の前に十分な準備を整えたからであり、そうした意味で「逆転」ではなかった。
強大な北条今川を撃つには、あのタイミングしかなかったのであり、それでも北条今川*1を撃ちきる事はできていない。

明白で適切な戦略目標、そして戦略目標に適合した日々の着実な研鑽。
更に時期を読むための情報収集と、迅速な判断。
その判断を信じうる自信と、部下の信頼。

こうしたものが桶狭間における織田信長の勝利を形成している。

「人生行き詰ったら、選挙に出ろ。当選すれば一発逆転」

などといういい加減で無責任な考えで成立したのではない。

(とはいえ、戦争などという暴力行為は確かに不条理で非論理的な要因も多い。
そうした不条理性に自らの生死すら賭けられる信念も必要だが、果たしてそれすら、河村たかしにチリほども有るだろうか?)

ある機会に「なぜ、河村たかしの周辺に居る者が、河村のそばを離れると落魄するのか」と問われた。

簡単だ。

「人生行き詰ったら、選挙に出ろ。当選すれば一発逆転」

こんな言葉にしっぽを振って近寄っていくような人間が成功できるわけがない。

行き詰ったなら、自らを省み、何が悪かったのかを反省し、自身に残っているリソースは何なのか、そういった事柄を考えて再度地道な努力を積み重ねていく。そうした中で起業であるとか、あるいは公職に立候補という選択肢もあるだろう。しかし、そうした事全ては、自身を頼むのでなければならない。

河村たかしのように、あるときには小沢一郎、あるときには石原慎太郎、橋下徹、はたまた小池百合子。
ヒト頼み、風頼み、運任せに「一発逆転」を狙うような者は、最後に残ったコインで馬券を買うような者だ。

二世経営者であり、公共事業の助成金で儲かっている河村商事の御曹司だった河村たかしであれば、そんなバカな選択でも生きては来れた。しかし、そうした恵まれた環境でもない者が、そんなバカな真似を見習って成功できるわけがない。


ま、なにはともあれ田中克和(かつよし)君、がんばってくれたまえ。

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あ、一つだけ言い忘れたが、あまり悪所には近寄らぬ事だ。
怖くてうるさいバカが、カメラを片手に君を監視しているかもしれないのだから。



追記:
情報提供をいただいた。

田中かつよし(克和)|愛知県一宮市 田中かつよし(克和)公式ウェブサイト | 一番の街 一宮へ

あんのじょう、インチキ政治家のおまじない
「子どもにツケをまわさない」がでかでかと掲載されている。

財政均衡論が、現在の日本において如何に誤りであるかは

2015-02-15 ピケティ「21世紀の資本」からみた財政均衡論の正誤

2014-12-12 減税の聖地?

2014-05-21 証明とは
 をご参照ください。



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*1:間違っていると指摘を受けた。ボケてました。指摘に感謝します。