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市長のための市会ではなく、市民のための名古屋市会を! Ver.2.0

  一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。


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2018-10-19 正当性を維持するためには

正当性を維持するためには

ある方から「あなたはなぜそれほど河村市長を嫌うのか」と言われた。
私は元々彼を嫌っていたわけではない。そもそも私は河村市長や現在の名古屋市行政に対して、または減税日本という地域政党に対しては「批判」をしているのであって、「嫌って」いるわけではない。名古屋市民として、それらに対して批判を行う事はその健全性を保つ上で重要であるだろうし、悲しむべき事に批判している事例が改善されないまま放置され、その一部は破たんを迎えている。

正当な改善、反論、再批判が行われればよいのだろうが、当ブログで投げかけた批判はその大部分が放置されたままだ。

その問題の根源である河村氏については、日本新党からの初当選では私の友人が深く彼の選挙コミットしていて、私もそれに引きづられて支援していた。当時のS.T女史とも長く親交があり、それは彼女が河村事務所を辞めた後も続いていた。彼女から聞いている事はたわいもない話ばかりであり、私がこのブログを書き始めてからは特に会っていない。

衆議院議員河村たかしは当初、こまめに国政報告会を開催していて、その手伝いを何度も行っている。市長選挙については私の仕事が忙しかったのでコミットしていない。というよりも、市長選挙に出ている頃は、私から見ると地元活動の手抜きが酷く、あまり関係は無かった。こうした変化は、彼がテレビに出るようになってからの変化であると思われる。

それまで地元を丹念に回ってもなかなか支援者が固定化しなかった(これは今考えると、本人にも問題があったわけだが)ところが、テレビに一回出ると、それだけで街を歩いていても反応が違う。街宣をしていても話を聞いてくれる、握手を求められる。そして獲得票数が跳ね上がる。
つまり、地元でコツコツと努力するより、テレビタックルやバラエティ番組で、一回テレビに出るだけで選挙が格段に楽になる。
そうやってテレビ人気が出てくると、地道な活動をしなくなる。結果、国政報告会も沙汰止みになってしまったわけだ。

テレビタレントとしての人気に支えられて16年間も野党議員として活動していて、結局、なんの実績もあげていない。
(NPOやら藤前干潟は彼の実績ではない)

衆議院議員河村たかしを「選挙モンスター」という人もいるが、彼は選挙がうまいわけではない、そもそも公職選挙法すら理解していない。

2017-04-18 公職選挙法 第二百二十一条 買収及び利害誘導罪

衆議院議員河村たかし愛知一区で絶大な集票力があった理由は、彼が全国ネットのテレビ(バラエティ)に出演していたからに外ならず、その程度の事でスター扱いされるというのは、愛知一区が、つまりは名古屋が如何に田舎かという事にすぎない。

私が疑問を持ち始めたのは名古屋における「地域委員会制度」を市長としての河村たかし提案してからだ。
このブログでは何度も書いているが、ある区政協力員の方が、区役所で「地域委員会」の説明を聞いてきたらしく、その資料を私に見せて「どんなもんなんだろうね」と尋ねられた。私はその頃「新しい公共」とか「社会起業」とかにも興味を持っていたので、それについて自分なりの調査をしてみた。そして結果として「地域委員会」という制度や、「新しい公共」という掛け声は「地域自治」という美名の下に、行政が「撤退」を図り、地域を切り捨てるという意味合いもあるのではないかと疑問を持った。
そして機会があるたびに市長河村たかしにこの疑問を直接ぶつけてもみたのだが、結果として満足のいく回答は得られなかった。

やがて、市議会における百条委員会設置、後教授撤退。中期戦略目標をめぐる議会との対立や減税政策の疑問などが積み上がり、議員報酬議論も絡めて議会リコール騒動が起きる。

政令指定都市における議会リコールが成立するとは思えず、傍観していた。
また、減税政策に関しては、このブログ過去ログを見て頂けばお分かりになるだろうが、当初から懐疑的だったわけではない。

地域委員会、減税政策議員報酬議会リコールやその後の政党減税日本をめぐるゴタゴタ、そして今に至る名古屋城問題。

私は別に当初から反対をしているわけではないし、河村市長逆張り意図的に行っているわけでもない。

研究をしていくと、地域委員会は、名古屋市の優れた制度である「区政協力委員」の問題を解決しないし、地域住民が地域自治に参加する契機にもならない。そうした機能は後教授の提唱した制度を広げ、NPOを募らなければ解決しない。しかし、後教授撤退した以降、河村市長はその穴をふさごうともしなかった。結果として河村市長自身は地域委員会の制度を理解していなかったのであり、それをごまかしのまま沙汰止みにして、結果として区政協力委員の課題をより深刻にしただけだった。これは不誠実な態度であるし、無能にすぎる。

2012-09-19 名古屋市地域委員会制度終了のお知らせ
2015-02-13 「地域委」担当部廃止へ

減税政策についてはミッチリとやりたいが、詐術に詐術を重ねたウソだ。中にはその嘘にまんまと乗せられて一面に「経済効果1128億円」と書いてしまう新聞まで出たのだから怖い。新聞は歴史の証言者と言われるようだが、この新聞のこの一面は歴史に残るフェイクニュースと言えるだろう。

2011-10-30 リチャード・クーさんの本を読んでみた(前編)
2011-12-19 「正しい経済学」が導く減税の意味(前編)

2015-02-16 減税検証シミュレーションに対する疑惑
2017-11-18 霞と消えた1128億円

議員報酬も酷いインチキだ。
河村市長は「議員報酬が市民並みになれば、市民がこぞって市議に立候補する」と言っていた。報酬を下げて、その職に就こうとするものが増えるわけはない。2015年に行われた名古屋市議員選挙は、この「市民並み報酬」で行われた選挙だが、特に「市民がこぞって立候補した」という事実は無い。議員報酬を下げる、議員定数を落とすというのは、市民の代理人品質を落とし、人数を減らすという事であって、市民の権利を奪うものでしかない。市会議員定数の削減を「議員自ら身を切る改革」などと口にするものが居るが、それは議席をあたかも議員自身の所有物、権利と認識しているわけであって、まったく誤った認識だ。議員議席は市民のものであって、議員の所有物ではない。

2015-04-12 名古屋市議選感想

議会リコールはもっと酷いインチキだった。
その議会リコールについて、リコール後の署名簿の扱い、その流出事件、そうした問題に対する河村市長及び河村事務所のトンチンカンな対応や認識。また、そうした人権侵害について一切追及しようともしないマスメディアの見識の低さ。
個人情報保護についてうるさく言われている現代にあって、こんな酷い情報管理は、名古屋という地域における情報産業にとってもマイナスとなるだろう。

2012-07-24 人間として疑う

もう、ここまでくれば「お腹いっぱい」だろう。
打ち出す政策打ち出す政策がことごとく誤っており、それを指摘するとまるで私が嘘を言っているかのように、嘘を言いふらす。

2011-10-25 市民に嘘をつく名古屋市議その2
2013-09-28 怪公正証書「弁明書」()

もう此処まで来れば、呆れるか、何とかしなければならないと思って当然なのではないだろうか?

最近、ツイッターである医療関係者の方がこんなツイートをしていた。

高校生まではマスメディアの情報はある程度正しいと思っていた。
医学部に入ってから、医学関連の報道にはかなり誤りが含まれている事に気付いた。
医師になってからは、そもそも殆どの医療関連の報道が意味不明か誤りであり、正しい情報はほぼ無い事が分かった。

たぶん他の分野でもそうなんだろう。


医療と言うヒトの生き死にを扱う領域においても誤情報が社会に流れる
(私も、相当古い話だが、某新聞サリチル酸の塗布に鎮痛剤を砕いて流用するという話題を取り上げていて、こうしたメーカーの保証していない用法についてマスメディア一般に公表することは薬事法違反であると指摘した事がある。それ以降も私の専門分野における情報については、こちらの顔が赤くなるような間違いには度々出会っている)

ましてや検証の難しい社会や政治と言う場面において、メディアが正常な態度、批判に開かれていない態度であれば、情報はどんどんと歪められていき、その歪められた情報によって形成された民意なるものは正当性を維持しえない。

こうした場合、正当性を維持する方法は熟議に待つしかないだろうし、それには開かれた議論が唯一の解決策なのだろうと思われる。
こうした批判に開かれていないものは、自己撞着に陥り、個人や集団のレベルでも整合性を維持しえなくなる。




これも小さいとはいえ、嘘だ、それもさもしい嘘だ。

河村たかしは尾張藩士の末裔か検証資料集

こういった風景に触れられる事が出来たのはおもしろかった。

「真・庶民革命」特設ページ

どこか、マジメな話、ドラマにでもしないか?



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2018-10-07 都市の魅力/権力の行使について

都市の魅力/権力の行使について


本日の中日新聞、市内版に「都市の魅力」と題するコラム掲載された。
名古屋に滞在していた外国人留学生が「また日本に来た時に住むのは名古屋」と語ってくれるほど名古屋を気に入ってくれた。その彼に名古屋市の発表した主要8都市の魅力を比較した調査名古屋市は2回続けて最下位だったことを告げると「そんなことを市が自分で言うなんて、ちょっとショック」と語ったそうだ。記者氏は「二年前に市が第一調査を発表した時は『自虐ネタ』を生かした面白いPR策だと思ったが、あまりに強調しすぎると、傷つく人もいるかもしれない。彼と話していて、そう考えさせられた」そうだ。

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この記者氏が感じた「傷つく人」の存在は、政治において非常に重要だと思える。

私はこの調査には懐疑的だ。

第一回目の調査
都市ブランド・イメージ調査結果 平成28年7月

この調査を受けて名古屋市が行った施策(?)

名古屋市:名古屋・大逆転プロモーション(観光・イベント情報)

平成28年6月に実施しました「都市ブランド・イメージ調査」にて、本市は市民の推奨度が顕著に低いという結果がでました。このような事態を打開するため、市民の皆様をはじめ、多くの方に名古屋の色々な場所に足を運んでいただき、まちへの愛着と誇りを持っていただくとともに、名古屋のまちの魅力を積極的に推奨・発信していただけるよう、今年度後半にプロモーションを行います。

だそうだ。
この「調査」の目的や意味が透けて見える。

これに対する横井市議見解

横井利明オフィシャルブログ:行きたくない街ナンバー1 (2)

いったい何を目的に何を目指しているのか、私にはよくわからない
(略)
通常、ストーリーには、起承転結がある。残念ながら「都市ブランド・イメージ調査結果」のストーリーのすべてが名古屋否定。ズバリ申し上げれば、魅力のない都市、行きたくない街ナンバー1といった日本国民の誤った概念の固定化につながることはあっても、この調査を見て、名古屋市に行きたいと思う人はおそらくいないと考えられる。


そして週刊ポストがこの調査に悪ノリしておこなった「名古屋ぎらい」特集を受け「自虐ネタ。その発信が与える影響の大きさをよく考えた方がいい」と苦言を呈している。

そういった意見がありつつも行われた第2回調査


都市ブランド・イメージ調査結果 平成30年9月


こうした批判を受けて改善をしたようには思えない。というよりも、こうした批判を受けたなら、実施しないという選択があってしかるべきだろう。

横井市議はこの「調査」の目的が判らないと述べられているが、私は「調査」の目的や意味が透けて見えると申し上げた。たぶん、横井市議は判っていても口に出せないために、「わからない」と表現されたのだろう。つまり、この推測はあまりに低劣であるがゆえに、そう考えることが憚られる、口に出せば「下衆の勘繰り」と捉えられても仕方がない事だからだ。なので、横井市議という立場のある方では口には出せないが、そもそも「下衆」である自分なら口に出せる。

これは単なる河村たかし名古屋市長個人的なプロモーションに過ぎない。そして、個人的なプロモーションというものが政治家に関わってくるのであれば、それは選挙を目当てにした広報活動選挙運動にほかならない。

そもそも河村たかし名古屋市長政治塾などで「人生行き詰まったら選挙に出て、うまく当選すれば人生大逆転ができる」と語っている。これは政治活動くじ引き就職と捉え、「当選すればこちらのもの」と言っているようにしか聞こえない。「有権者付託」であるとか「公職者の心得」「政治家の義務」などが語られることは無い。そりゃそうだ、ご本人を逆さに振っても、こうした「他者の心を忖度する態度」であるとか「責任」「義務」という言葉は出てこないのだから語りようがないだろう。

河村たかし名古屋市長のこういった「煽り」を受けて立候補してくる者共が、揃いも揃って出来が悪い*1のも仕方のない事だ。彼らはそもそも市民、有権者の為に働こうなどとは思っていないし、そう約束もしていない。彼らは「市長を守る男/女」として票を獲得しているのだ。

そして皆「人生が行き詰っており」その行き詰まりについて、自身を省み、反省をするのではなく、「河村たかし」というタレント政治家の集票力を頼り、それだけを利用して議員バッチを付けただけの存在なのだ。

猟官運動という事なら、以前に「ジャクソン流民主義」について考察した。 2011-10-19 ジャクソン流民主主義にみる河村流民主主義の未来  を参照願おう。

政治家河村たかしは「税金で食っている奴は楽チンをしている」と口にするが、それは自分自身の姿であり、彼が生んだ議員たちはまさに「税金で食って」「楽チンをしている」


政治家河村たかしの自己像は、庶民の「紙くずやのせがれ」が志を立て、政治家を志して一党の代表を争うまで出世をし、今、地元に戻って絶大な人気のもと、市長を務めている。これぞ「人生大逆転」だというようなものだろうか。

そうした姿を大国駿河今川義元を倒した織田信長の姿に重ねているのかもしれない。

そしてその「桶狭間の戦い」を名古屋の魅力向上に利するとしているのだろう。(桶狭間豊明市に属する「桶狭間古戦場」であったとされているが、それが名古屋市内の「桶狭間」であるとして名古屋市内に牽強付会しようとする姿は、歴史修正主義者らしい)


信長攻路 │ 桶狭間の戦い 人生大逆転街道


キャラクターに原哲夫氏の作画である「いくさの子」に描かれた織田信長を当てるなど、そのリアリティーラインがそもそも低い事を物語っている。

織田信長桶狭間の戦いについては、言われるような「大逆転」であったかも疑問である。織田信長の勝因には様々な要因を積み重ねてきた信長の戦略が読み取れる。「選挙で勝てば人生大逆転」というような「一発勝負」ではない。*2

河村たかし名古屋市長は「調査」を行わせ、名古屋の魅力が低い事を市民に知らせ、こうしたイベントやお祭りで名古屋の魅力を発信すれば、その魅力が「大逆転」して、そうした人気の向上とともに、自身の人気も上昇する。と踏んだのではないだろうか。

公費を使った選挙活動。それがこの一連の「名古屋・大逆転プロモーション」だろう。

ついでに、この公費は自分を支援してくれている人々(広告プロモーター、イベントプランナー、そして一部地域の商業者など)を潤す効果も持つのだろう。

下衆い。もしもこの推測が当たっているのであれば、あまりにも下衆い思考だ。横井市議が口に出したくないのも当然の事だ。


さて、話を先の新聞コラムに戻そう。「都市ブランド・イメージ調査結果」がヒトを傷つけるかもしれないと記者氏は言う。しかし、権力の行使や、表現行為は常にヒトを傷つける。

表現行為は常にヒトを傷つける。
私のこうした一連の文章で傷つく人が居ることは理解しているし、一面では傷つけるために書いても居る。この文章は言葉の刃であると自覚している。或いは私の刃によって、斬られてほしいと思って書いても居る。その為に私自身が返り血も浴びている(まったく自身には利益にもならないのにたっぷり浴びている)し、相互批判の機会を確保する為に常に投稿欄は開けている。また、私は誤った事も削除するような事はしない。自身の戒めも込めて打ち消し線などで消すだけにしてある。

表現行為を行うものは、その言葉が刃である事を自覚すべきだし、その刃は常に自身に向かうものであることを覚悟する必要がある。

ましてや権力の行使*3は直接的に人々に不利益を与える。

最近で言えば市民に碌に諮らずに行われた久屋公園における木々の伐採の例があった。

2018-08-14 君は市議になって一体何をしたいのか?

それ以前には地域委員会議論もそうであろうし、減税政策議論名古屋市会における議員報酬議論やそれに伴う議会リコール運動もそうだ。権力の行使には、傷つく人々、不利益を被る人々が必ず出てくる。


こうした割を食う人々を生み出す権力の行使が問題なのではない。くどいようだが、どのような権力の行使でも割を食うヒトは出てくる。本当に醜悪なのは、こうした権力の行使によって被害を被る人々を省みない態度だ。


地域員会の議論の際、昭和区のある会合河村たかし名古屋市長の「いとこ」なる人物が、私に放った一言は強烈だった。「私たちは選挙に勝ったんだから、負けたものが文句を言っても知らない」

自分の権力行使が「正しい事」なのだから、それで傷つく人が出ても自分には責任はない。

 ―先の「多数決絶対主義」のような稚拙な「民主主義の誤った理解の見本」のような言葉、それは河村たかし名古屋市長の「いとこ」の発言であり、河村たかし名古屋市長自身の見解であるかは判らない。それでも、その稚拙論理地域委員会議員報酬議論議会リコールにおいて振り回されていたのは間違いがない。

または、その人々が割を食うように見えるのは不可抗力であって、自分の権力行使とは関係がない。

 ―議会リコールの後に、署名簿の流出という問題が起きた。当ブログ過去ログに触れられているが、この問題において「ネットワーク河村市長」の代表として発言した「名古屋市議会解散請求代表者」であり河村事務所の事務員である平野一夫氏は呆れたことに「受任者名簿はネットワーク河村市長が管理しており、その使用範囲(例えば選挙に使わせるかどうか)の判断はネットワーク河村市長帰属する」と述べ、「自分たちが集めた署名簿なのだから自分たちがどう使おうが自由だ」という見解を表明した。そうした権利の行使を迷惑と考える人(この場合は署名簿に記載されている署名者)の事は考慮しないとする宣言だ。まったく社会人としての常識を疑う。
名古屋市会 平成24年8月22日 総務環境委員会 議事録参照)

2012-07-24 人間として疑う



その平野氏のご尊顔はここにある。

2018-01-28 名古屋城天守閣木造復元「シンポジウム」

将に、久屋公園における木々の伐採は市の所管事務の内にあり、その木々を切ろうが切るまいが市の権利なのだろう。しかし、その木は本当に切ってよかったのだろうか?その木を切ることによって利益を得るのは誰で、不利益を被るのは誰なのだろうか。広く視野を取った時に、その権力行使は正しい事なのだろうか。

「視野を大きくとる」

これが必要だ。

その昔自民党は党のマスコットキャラクターを「象」にしていた。

大きな姿をしたものは、激しい動きをしてはならない。自分自身の一歩で他の生命を奪いかねないのだから、動作はゆっくりと、周囲に目を配りながら歩まなければならない。そうした意味が込められていたとも聞く。

権力を行使する者はこうした配慮と広い視野を持っていなければならないだろう。そして自身の行う権力の行使が、誰をどの程度傷つけているか、それを知り、それでも行使すべきか決断する、その覚悟を持たなければならない。



住民が行政に対して「監査請求」を行う事も、権力の行使であり、当然傷つける人が出ることは自覚している。その為、勉強会の参加者にも幾人かは請求人となることを止めたものも居た。
今回の住民監査で取り上げた問題は、行政執行の手続きの瑕疵だ。
しかし、その瑕疵は末端の職員や現場の怠慢などではない事は重々承知している。
彼らは不幸なことに、事実と、実現不能の妄想の狭間に挟まってしまったに過ぎない。
船の進路が間違っていれば、岩礁に乗り上げることもある。そうした際に岩礁に乗り上げた船体の部分が悪いのではない、ましてや先にそこにあった岩礁が悪いのでもない、当然ながら船の進路に誤りがあったとすべきだろう。

当たり前の判断であれば、そこで船を止めて、進路を変えるべきであり。岩礁に当たった船体の責任を追及することは正しい行いとは言えない。なぜなら、進路がそのままであれば、また別の部分が岩礁に乗り上げることは容易に予想されるのだから。


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*1新自由主義者というよりも、その「自己責任論」の肥大は単なる利己主義にしか見えない

*2:資料的検討で信長の勝因が偶発的なものだったとする説もあるが、そうした偶発的勝利を得るための条件形成において十分信長戦略的に行動したと思える

*3:表現行為も「権力の行使」の一形態に過ぎない。しかし他の権力の行使にはしばしば実行力が伴い、それは直接的な不利益を生み出す。

2018-09-10 一隅を隠ぺいする

一隅を隠ぺいする


このところわけあって名古屋城天守木造化に関わる書類を精読させていただいている。非常に面白い。

名古屋城木造化に賛成する人々は、本当に無責任である事が判る。
あなたは、自分が何に賛成しているのか判っているのだろうか?

名古屋市が進めようとしている名古屋城木造化計画は情報公開がなされていない。
何ができるか判りもしないで、500億円以上の工費公費が費やされる事業に賛成できるというのは、目を瞑って、またはスマホでゲームでもしながら車を運転するに等しい。無責任な行為だ。

追記:
内容が分からないなら、それに対する批判もまた無効なのではないかという意見をいただいた。上の「目をつむって車を運転する」という例と等しい。
車を運転している時に目をつむらざるを得なくなったら、車を止めるだろう。
内容が分からないのであれば、とりあえず立ち止まるべきだ。
計画を進めることと、それに反対することでは立証責任が異なる。計画を進めようとする者は、そのリスク(文化財である現天守を破壊することと、500億円以上の公費を支出すること)に見合った正当性を証明する責任がある。止めようとする者にはその責任はない。


名古屋城天守閣整備事業 復元整備基本構想案(以下、「構想案」)
(平成29年12月 名古屋市観光文化交流局名古屋城総合事務所)

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/171225-7.pdf


名古屋城天守閣基本設計業務 基本設計説明書(以下、「説明書」)
(平成30年3月30日 株式会社 竹中工務店)

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/180518-1.pdf


説明書」はほとんど黒塗りで内容が判らないが、右上の項目名と右下のページ数は読める。

この概要偏の中を見てみると(括弧の中はPDFとしてのページ数、右下のページ数)
1-1 特別史跡名古屋城跡の保存活用(5、1)
1-1 特別史跡名古屋城跡の保存活用(8、2)
       :
1-1 特別史跡名古屋城跡の保存活用(13、7)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−2 名古屋城天守の変遷(14,8)
       :
1−2 名古屋城天守の変遷(16,10)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−3 現天守閣の価値(17,11)
       :
1−3 現天守閣の価値(30,24)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−4 天守復元の意義(31,25)
       :
1−4 天守復元の意義(34,28)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−5 復元次代時代の設定の概要(35、29)
       :
1−5 復元次代時代の設定の概要(46、40)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−6 活用の考え方(47,41)
       :
1−6 活用の考え方(48,42)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。


もう一度確認すると、「構想案」は作者が「名古屋市観光文化交流局名古屋城総合事務所」で平成29年12月の作である。

説明書」は「株式会社 竹中工務店」の成果品で平成30年3月30日の作成日付となっている。

一般的な常識で考えれば、発注者の名古屋市が示した「特別史跡名古屋城跡の保存活用」から「活用の考え方」までの42ページを、竹中工務店が受けて転記記載したと取れる。

その傍証に、目次には「−1.復元概要・復元整備基本構想(更新)」とあるので、「構想案」を「更新」したものということかもしれない。
または、そもそも29年12月に名古屋市の名前で提示された「構想案」自体が竹中の成果品で、その著作者を名古屋市として公表したのかもしれない。(基本設計の契約書には、成果品の著作権は発注者、名古屋市に移譲されるとあるので、問題は無いだろう)

私が強く違和感を覚えるのは、「では、なぜ「構想案」は情報公開されて、「説明書」は黒塗りになっているの?」ということだ。

名古屋市説明するような黒塗りにする理由が本当にあるのだろうか?

上記PDFファイルは「名古屋市民オンブズマン」が情報公開請求をした結果得られたものである。

説明書」について黒塗りになっている理由として名古屋市は次のように通知している。


・株式会社竹中工務店の従業員の氏名に関する部分については、特定の個人を識別することができるもののうち、通常他人に知られたくないと認められるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第1号)、非公開とします。また、同社において外部に公開していない電話番号については法人の内部管理に関する情報であり、公にすることにより法人の事業運営に支障をきたすと認められるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第2号)、非公開とします。

・株式会社竹中工務店の保有する独自の技術に関する部分は、公にすることにより法人の通常有する競争上の利益が損なわれると認められるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第2号)非公開とします。

・文化庁等との協議に関する情報については、当該情報が公開されることにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれる恐れがあるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第4号)、非公開とします。

・工事費の積算等に関する部分は、公にすることにより名古屋城天守閣整備事業に関する事務の公正又は適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報を含むため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第5号)、非公開とします。

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/180518.pdf

この4項目の内、どれに当たるのだろうか?
1項目目の竹中社員の個人氏名や電話番号が書かれていても、その部分だけ黒塗りにすれば良いだろう。内容の大部分が「構想案」のまる写しであるなら、すべてを黒塗りにする必要はないだろう。

2項目目の独自技術や競争優位性保護とするのであれば、「構想案」で公開されている事で無効だ。「構想案」に独自技術で変更が加えられているとしても、その更新部分だけ黒塗りにするべきだろう。3項目目や4項目目に該当するとも思えない。(「構想案」で公開されている事で同様に無効だろう)

これは、不当な情報隠ぺいだ。

名古屋市において、真っ当な行政執行が行われているのであれば、何も隠ぺいする必要はない。堂々と公開すればいい。なぜ、隠ぺいするのか。

なぜ、こそこそと隠れるのか!

卑怯者!

心にやましいところがあるからだ。

嘘をついているからであり、その嘘の自覚もあるからだろう。

この自覚も無くなったら、本当に異常だ。

名古屋市職員の諸君。
または、観光文化交流局名古屋城総合事務所保存整備室の諸君。

君たちは、名古屋市政にこのように歪んだ、非民主主義の姿を残して心は痛まないのか?

建設会社のコマーシャルに「地図に残る仕事」というキャッチコピーがある。
私も自分が携わった仕事が商品として社会に出まわった時には誇らしく思ったものだ。

仕事というのは、何も9時から5時までの我慢大会ではないだろう。
やはり自分の携わった仕事が、社会になんらかの影響を与える。こうした手ごたえを感じられる仕事をしたいものだし、そうした仕事の積み重ねがあって、自分自身人生を振り返った時に満足が得られるのではないだろうか。

「照于一隅、此則国宝」

人間の力には限界がある、自分の手の届く範囲で、その職責の範囲に明かりを灯す者を伝教大師も「国宝」と表現している。(この国宝は、本当の国宝だ)

この言葉とは逆に、片隅の明かりを消し、情報を隠ぺいする事が本当に有為な仕事だろうか。

いやしくも名古屋市職員であれば、地域のエリートである、それだけの能力も訓練も積んできている筈だ。その能力や知識を、情報隠ぺいのために使うのだろうか?

行政に携わるのであれば、その仕事は地図にも残るし「歴史」にも残る。

あなたは、あなたの名前を「隠ぺいした役人」として「歴史」に残したいのだろうか?

・・・仕事に愛情を感じられない事は不幸だ。仕事に誇りを持てない事は不幸だ。
愛情をかけられない仕事、誇りに感じられない仕事は、そのディテールを見れば判る。

この「説明書」右下のページ数は2重写しになっている。

f:id:ichi-nagoyajin:20180911223303j:image

「構想案」を印刷する際に、本文にページ数が印字されている事を無視して、ページ数を付加して印字したからだろう。仕事が雑だ。愛情をかけられていない、誇りに思われていない仕事の姿だ。

こうした仕事は「ミス」を誘発する。

基本設計業務委託仕様書の21条には「(5)」は無い。

f:id:ichi-nagoyajin:20180911220947j:image

その他にもミスは幾つもある。
中には数億というお金がかかっているミスもあるかもしれない。

そろそろ、隠ぺいはやめて、あらいざらい曝け出した方が良いのではないだろうか。



追記(9月22日):
ご指摘を受け情報公開の不当性についての「審査請求」を行ってきました。

f:id:ichi-nagoyajin:20180922124517j:image

しかしここでも不当な窓口対応が行われました。
受理しないと主張したのです。

理由は2つあります。
1.黒塗りされた情報公開はオンブズマンにされたもので、その不服審査は当事者でなければできない。
2.規則には事実を知ってから3か月以内の審査となってるので5月に開示した情報公開に対する審査期間は過ぎている。

馬鹿なこと言っていてはいけない。行政不服審査請求の趣旨は、行政事務の是正であって、その不服審査請求があった場合、それは広く受付、行政瑕疵が無いように保たれなければならない。今回の事例のように明らかに不当な隠ぺいであれば、それを報告された職員が、窓口の職員自身が、内部的に是正するように動くべきだ。公務員には違法行為を是正する義務がある。

更に言うのであれば、こうした窓口での「水際作戦」はあまりに知恵が無さすぎる。なぜなら、
では、私がもう一度同じ情報公開請求を行えば、2週間後には同じ黒塗りの文書が提示されるわけであって、そこから不服審査請求すれば受け取り拒否の2つの理由は排除される。意味のない拒否だ、却って行政事務が繁多となるだけだろう。
情報公開は、市の行為であって、請求者と市の行為ではない。市の行為自体が不当で是正されるべきものであれば、誰がその不当性を指摘したとしても市が自主的に是正すべきだろう

更に更に言うのであれば、こうした指摘に対して、組織を是正する方向に頭が回らず、組織を表面的に庇う方向に頭を回すのは、組織を守っているように見えて実は組織を腐らせる行為だ。大企業の検査偽装や書類の改ざんなどで明らかになたことは、こうした行為と、その隠蔽は組織を内部から腐らせていたということだ。
生体において、空気の流通(強力な「毒」でもある酸素の流通)が、疎外されれば生体が腐るように。
内部的な監査、不正行為の是正が疎外されれば組織は腐る。
組織内における不正行為は、その芽の小さい内に摘み取るべきであろうし、それを庇う事は却って組織そのものを弱体化させる。

そして、魚も、組織も、頭から腐る。
腐り、腐臭を上げているものは、切り取って捨て去るべきだ。