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市長のための市会ではなく、市民のための名古屋市会を! Ver.2.0

  一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。


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2018-06-25 名古屋城についての事実確認と現状の推測(4)

名古屋城についての事実確認と現状の推測(4)


まず、虚心坦懐に伺いたい。

名古屋城天守を木造化することに、あなたは心躍るものを感じますか?
それが素晴らしい事であると思いますか?
そこに一片のためらいは感じませんか?

この問いかけへの回答、それがこの問題の根底に眠る問題だ。


その前に直近、判明した事実について指摘しておこう。

1.市民との議論を隠ぺいし、民主主義を圧殺する「民主主義破壊、発祥の地ナゴヤ!」

名古屋市民オンブズマンが開示請求した資料によると、本年1月に開催された名古屋城説明会の質疑応答について、名古屋市や竹中工務店の回答部分について非開示とするそうだ。

名古屋城説明会 市・竹中応答部分議事録作らず アンケートへの返事も作らず : 市民オンブズマン 事務局日誌
http://www.ombnagoya.gr.jp/tokusyuu/goten/index.htm#180601
http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/180620.pdf

特に名古屋市は会場で明白な「虚偽発言*1」をしているので、議事録が作れないのかもしれない。

しかし、公式ホームページで次のように明記している。

※市民向け説明会やシンポジウムでの質疑応答、会場で配布したアンケートへのご意見などにつきましては、後日こちらのページに掲載します。

名古屋市:名古屋城天守閣木造復元「市民向け説明会」・「シンポジウム」(観光・イベント情報)

なぜ、名古屋市は市民にこのような明白な「嘘」を付かなければならないのだろう。

特に、最終日「シンポジウム」においては、満足な質疑応答の時間がないにもかかわらず、減税日本の支援者(名古屋市民でも無い)の発言を認め、市民の発言機会を奪っている。
2018-01-28 名古屋城天守閣木造復元「シンポジウム」
それでも会場運営の都合を考慮して、「アンケートに質問を書けば必ず回答する」という市当局の発言を信じて、アンケートに質問項目を書いているのだ。
そうした約束を守らないのであれば、今後、こうした機会で市当局の都合など聞く必要はない。当方の納得いくまで会場を利用させていただいて、質疑応答に付き合ってもらうまでだ。当然だろう。帰してしまったらこうやってごまかされてしまうのだから、回答が得られないのなら帰す必要はないだろう。(こうやって、暴力には暴力が蔓延るのだ!)

集計し、公表するとした市民の発言、意見を圧殺することは暴力だ。(すでに、市当局は私たちの意見を委員会報告から削除するという操作を行っている)約束を守る、手続きを守るという事は、行政事務の執行自体を守ることの筈だが、すでにそのレベルすら守られていない。

暴力を持って、横暴を持って、民主主義を破壊しているのは、誰だ!

この件は名古屋市会において、うかい春美議員が個人質疑で質している。
また、私も担当部署に事実関係について聞いており、今週半ばまでには善後策について回答が得られる(はずだ、名古屋城説明会当日の録音は市当局内に残っていると回答しているので、議事録は作成可能の筈だ。この回答までごまかされたら・・・(以下、略))

2.またまた怪しいシミュレータ

毎度おなじみの怪しいシミュレータがまたまた出てきた。

名古屋城天守閣木造復元に向けた調査業務

いわゆる名古屋城天守にかかる約505億円の費用について、名古屋市民の負担を求めない、市税を使わないとしていることから、その収支計画について求められた当局が、またまた「あそこ」にお願いしてシミュレータを作ってきたわけだ。

ちょっと、面白い事に気づかされる。
平成21年の「減税シミュレータ」の報告書では社名と作成日が表紙に大きく明記されている。(普通はこうした体裁をとるだろう)
http://www.city.nagoya.jp/zaisei/cmsfiles/contents/0000075/75298/houkokusho.pdf

ところが平成26年の報告書に社名は出てこない。
http://www.city.nagoya.jp/zaisei/cmsfiles/contents/0000075/75348/houkokusho.pdf

そしてこれについて
2015-02-16 減税検証シミュレーションに対する疑惑
という指摘があったからかどうかは知らないが、検討プロジェクトチームに有識者を加えて平成29年に再度シミュレートしてみると、1128億円が霞と消えてしまったわけだ。

2017-11-18 霞と消えた1128億円

で、今回の資料を見ると、やはりタイトルに社名も作成日も書かれていない。(素直だね)
とくに、社名も変わったばかりで、傷を付けるわけにもいかないんだろうなぁ、などと思ったりする。

このシミュレータについて3つ指摘したい。

1.「人口は、国立社会保障人口問題研究所の全国の将来人口推計結果を反映」としている。それを参照すると、平成27(2015)年に12,709万人だった人口は、平成77(2065)年には8,808万人と減少する。(中位仮定)総人口において69%が減少するにもかかわらず、来場者はそれほど減らないとすると、実質では144%の来場者増が期待されなければならない。一般的に観光地というものは陳腐化すれば来場者は減る傾向を見せるにもかかわらず、このように「自然増」するシミュレーション結果になった理由は何か?

2.姫路城は今回改修を行っている。総工費は約30億円だそうだ。前回改修が行われたのは昭和36年だそうで、おおよそ50年に一回、30億円程度の改修が必要と考えられる。ちなみに姫路城の大天守延床面積は2,409平米で、名古屋城のそれは4,564平米だ。こうした修繕費についてはこの収支に含まれていない。「10年ごとに修繕を実施。(市の予算を4回に配分)」としている。つまり、すでに公約を破って市民に負担を求めている事にならないか?

3.職員人件費について、現状ベースの人員配置を想定しているが、市長は身障者対応として介護職員の配置を約束している。これが考慮されていない。また、石垣調査について調査センターの設置も議論に上っているが、こうした人員の考慮も無い。

こうした疑義を述べたうえで、このシミュレータが正しいとしても、基本推定で収支結果が15億円の赤字で、低位においては65億円の赤字ときては、事業を止めるべきだろう。

まあ、どうせ当局は「精一杯努力する」とか言うのだろうが、仕事において努力なんぞして当たり前で、結果を出さなければ事業は成立しない。現に今、例えばこのシミュレータが言うように「民間活力によって収益が図れる」というのであれば、その「活力」(冷笑)をもった「民間*2を連れてきて、出資させるべきだろう。それができていないのであれば「努力が実を結んでいない」(嘲笑)民間が乗らないのは、収益性が乏しいからだ。こんな話、深夜のファミレスでやっていたら「怪しい儲け話」扱いされる。(嗤笑)


さて、といったところでこの名古屋城天守木造問題。いや、もう「河村城騒動」と名を替えよう。
いつまでも「名古屋城天守」として、その名に泥を塗ることは無い。

「河村城騒動」の根源を覗くと、こうした事業の進め方における反民主主義的な在り方も、収支計画におけるいい加減さも、表層的な事であってどうでもいい。私は「河村城騒動」で次に述べるような良識が、名古屋において「犯されている」と感じられてならない。そしてその主犯は名古屋市長 河村たかし ではあるが、それを利用しようとした「河村城騒動」に肯定的な事業者や中日新聞は共同正犯だ。

あなた方は、自分の何の為に、何を犠牲にしているのか?

この文書の当初の問いかけをもう一度行おう。


名古屋城天守を木造化することに、あなたは心躍るものを感じますか?
それが素晴らしい事であると思いますか?
そこに一片のためらいは感じませんか?


「ヴェニス憲章」を根拠とすれば、木造天守と現コンクリート天守に価値の相違は無い。
或いは、木造天守と現コンクリート天守のどちらが良いと感じるかは、きわめて主観的な話題であり、議論の俎上には上りにくい問題かもしれない。そして、民主主義はそうした問題にこそ、公平でフェアな議論を求めるのであり、その議論を受けた民意の在り処こそ実現すべき政治的目標とすべきだ。

木造天守にも価値はあるだろう。(私には理解できないが)
そして現コンクリート天守にも価値は有る。

すでに述べたように、名古屋市文化庁に提出した保存活用計画において「本質的価値」を独自に定義、現コンクリート天守の存在を無視している。

2018-02-04 「特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」における欠落

また、先日批判した「木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針」において「過去の天守閣と今回の木造復元同一性について、歴史的な分断を感じさせない復元を成し遂げる事が、事業の価値を決定づける大きな要素となる」と言っており、オリジナルが焼失した歴史的事実や、現コンクリート天守の存在について、意図的に隠ぺいすること(「歴史的な分断を感じさせない」)が事業の価値と明言している。*3

2018-06-19 名古屋城についての事実確認と現状の推測(番外)

次のヴァイツゼッカーの言葉が予言のように響く。

 問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。

 (リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領 1985年5月8日 ドイツ連邦議会における追悼演説。「荒れ野の40年」より)



私は昨今の「ネトウヨ」と呼ばれる者(その最悪の現出は「在特会」という差別排外主義を明言する者たちだ)を研究する中で、彼等の「視野狭窄」に気が付いた。

実はこうした「視野狭窄」は「ネトウヨ」だけの問題ではない。いわゆる「左翼・市民運動」の中でも、こうした視野狭窄は見られる。また、日本だけでなく、ヨーロッパにも見られる傾向であり、米国のトランプ政権など、こうした「視野狭窄」の結果生まれた政権であると思われてならない。こうした「視野狭窄」が生まれる原因については欄外にメモしておく。*4この「河村城騒動」も視野狭窄の結果であり、彼/彼らの視野には現在、厳然とある名古屋城天守は見えていないようだ。(将に「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」だ)


木造天守復元という事で、掛川城や大洲城の事例を持ちだす人々がいる。
掛川城や大洲城の事例が参考にならないのは、その事業規模があまりに異なる事だ。建築物の大きさとしても全く異なるし、それに伴って事業費も文字通り桁違いだ。そしてその負担も公費ではない。
そしてなにより、掛川城も大洲城も、すでに天守建物が失われた状態からの復元であって、名古屋城のように曲がりなりにも天守がすでに復元されている状態では無かったわけだ。(復元コンクリートでは駄目だとか、木造にすべきだというような主観的価値観を押し付ける行為はそれ自体が幼稚ではないか?、などというと、「なら、コンクリートが良い」というのも主観ではないのかという反論が来るだろう。そうだ主観の押しつけだろう、では、立て替え代金は木造化を主張する人々が支払えば良い。公費に頼るな。とでも応えておこう)


ここで、決定的な視野狭窄は「現天守に愛着を持っている人々」の意見が全く考慮されていない事だ。

少なくとも、昭和34年、市民の発意と寄付によって再建された現コンクリート天守を破壊するのであれば、そうした現天守に愛着をもっている人々をも納得させられる説明が必要な筈だ。

2万人アンケートで示された理由は「耐震改修をしても40年しかもたない」という根拠のない、また誤った意見だった。(「耐震改修」は建物の寿命に直接かかわる改修ではないことはすでに指摘した、そして先行する大阪城の事例である耐震改修+長寿命化が効果を上げている事も)

こうした子ども騙しによって現天守が破壊され、昭和34年当時の「民意」が無にされる。

そうした先人の事績が「意味の無いことと」「ゴミ」*5として廃棄される。

こんな歴史を軽視する姿勢も無い。こんな文化を心得ない態度も無いだろう。

名古屋城天守を「歴史的文化財」と看做すとすれば、その歴史の中に厳然とある「第二次世界大戦」という事実、「名古屋大空襲」という記憶。そして戦後復興期の「名古屋城天守復元」という思い出。ヒトによっては、自身の思い出であるかもしれないし、自分の父や母、祖父や祖母の思い出かもしれない。そうした思いを無視して進められる「歴史文化事業」とはなんなのだろうか。その「歴史」が真っ当なものであると言えるわけがない。

仄聞するに、この「河村城騒動」に熱心なグループに「旧町名を復活させる」運動をしている人々もいるらしい。ちょっと前に流行った「昭和ノスタルジー」や「三丁目の夕日」的な復古主義、復古趣味なのだろうか?

大きなお世話だ。

町名変更に伴って、その街の過去を消し去っている場所もある。
現代では有り得べからざる過去を、その町名に背負わされていた場所もあるのだ。

過去の記憶というものは、都合の良いものばかりではない。
そうした重い過去まで、彼等は背負う覚悟があるのだろうか?

とてもそうは思えない。能天気で一面的な「ノスタルジー」に浸っているだけだ。

町名というものも、重層的なものであって多面的なものだ。
彼等はその中の一面だけを切り取っているにすぎない。主観的な好悪で「町名」という公器をおもちゃにしているにすぎない。幼稚な運動だ。(もし、これらの口車に乗って町名変更すれば、公費、私費、どれほどの費用がかかるのだろうか)

重層的な街の記憶の中で、一部の人間がノスタルジーを感じ、受け入れられる過去だけを選別するとすれば、それは立派な歴史改ざんであり、歴史修正主義だ。

歴史修正主義者の醜悪なところは、自らの視野狭窄に気付きもせず、他人を踏みつけにして、悪びれない事だ。

足を踏んでいる者には、足を踏まれている者の痛みは判らない。


視野狭窄は、それが行政の長であれば破滅的に醜悪となる。

「減税によって名古屋に企業、人を呼び込む」

つまり、周辺市街の富を名古屋が奪って、それで地域は活性化し、豊かになるのだろうか。
名古屋だけの事に視野を狭めてはならない。

「議員報酬、職員報酬を減額して市民によりよい福祉を行う」

現実はどうか、議員報酬を半減してもその効果額は6億円だ(800万円×75人/至極簡単な計算だ!)
名古屋市の総予算は約2兆円。どの程度の効果があるのか?
言葉に捉われてはならない、現実を直視するべきだ。

視野狭窄に陥ってはならない。

平成の今の名古屋市民は、昭和34年の名古屋市民に、どのように「河村城騒動」を説明すればいいのだろうか、釈明すればいいのだろうか。

他人を踏みつけて自分の夢を実現することは善き事なのか。




2014-06-17 南京事件に対する法的に認定された事実、客観的事実

*1:虚偽発言の一例は、私が「名古屋市天守の長寿命化について検討を行ったのか」という問いかけに対して「行った」と発言した部分だ。そのような予算措置はされていない。つまり、根拠のない虚偽発言だ。まさか担当者が「長寿命化の本を読んで、これ出来たらどうだろうかと考えた」事をもって「検討した」とでも回答するつもりだろうか

*2:別名「バカ」

*3:驚く事に、この文章は「天守閣部会」に提出された資料だそうだ。こんなレベルの文章。中学生でも及第点をもらえそうもない作文、を弄ぶのが、現在の「天守閣部会」の文化レベルなのか?これで「有識者」?

*4:人間が一生に触れられる情報にはおのずと限界がある。インターネット以前においては、こうした情報は印刷物によって得られるものだったのだろう。そしてそうした印刷出版物は両論併記などを基本的スタンスとしていた(文芸春秋など)か、購入する段階ではその論旨の方向を把握できておらず、読んでみて初めて自分の意見と真っ向異なる事を知ることが多かった。こうした傾向はしかし、活字によって自分とは異なる意見に触れる機会が得られたという事だ。しかし、インターネットが発達すると、ヒトは従来以上の情報に触れることができるようになり、選別も容易となった(本とは違ってただのコンテンツであれば読んでいる途中で自説と異なれば先に進まなくても痛痒感は無い。なにせタダなのだから)。こうした場面で、ヒトは自分が信じる意見、理解しやすい考え方に傾きやすい。自分の思っている事と異なる立場の意見とは距離を置こうとするし、自身の意見を否定するような物には触れることすら嫌がる傾向がある。結果としてヒトの思想は、自分が当初思っていた方向に固着しがちとなる。その方向性は右だろうが左だろうが関係がない。例えばインターネット上で「南京大虐殺 嘘」というような検索を行えば、所謂「南京大虐殺」に対する否定論が呆れるほど提示される。その中にはすでに「南京大虐殺否定派」の人々ですら信じていないような事柄についても、もっともらしい文章で、もっともらしい体裁で表示されている。中学生程度が読めばコロリと騙されることだろう。(右だけではない例として「トリチウム 危険性」で検索しても同様に怪しげな文章が山盛り出てくる)こうした洪水のような情報の中で必要な事は、何でもかんでもすぐに信じてしまわない事だ。自分を含めて、自分が信じている事についても疑問を持って当たる事だ。自分に疑問を持ち、内部的に反省する。こうした内省の姿勢が無ければ学習は進まない。学習とは自我を変遷させる事であって、自我に固執することではない。自我に固執するものは、視野狭窄に陥りやすい。自身の存在を脅かすような事実を見たくないのだ。しかし、内省性に開かれているものは常に新しい知見に反応でき、自我の変革を楽しむこともできる。しかし残念なことに、ヒトは自我が大切なのであり、そこに安穏と固執していたい。その結果としても視野狭窄に陥りやすい。

*5:最近では「上のコンクリートが邪魔だ」と発言したそうだ

2018-06-22 名古屋城についての事実確認と現状の推測(3)

名古屋城についての事実確認と現状の推測(3)


名古屋市長河村たかしの認識し、彼の口から語られる「名古屋城天守閣」の姿と、名古屋市が進め、具体的に竹中工務店が作ろうとしている「名古屋城天守閣」は異なるものとなっている。

国の施策であれば内閣内で不一致が起これば、倒閣運動が起きてもおかしくない。マスコミはこぞってその不整合を指摘するだろう。(中日新聞にしても、国政における内閣不一致には容赦ない)しかし、名古屋市の市政における市長のこの二枚舌には全く批判を加えていない。更に呆れた事に、市長の口車に乗っている。

平成30年2月2日に名古屋市民オンブズマンが情報公開請求し、開示された資料がある。(29観名整第117号平成30年2月2日)

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/180202.pdf

この中に件名を「名古屋城天守閣整備事業基本設計その他業務委託」とした「業務委託概要書」があり、4月27日に8億4693万6千円が支払われた「基本設計」の概要が判る。

つまり、これが名古屋市が竹中工務店と作ろうとしている「名古屋城天守閣」の姿だ。

まず、「4.業務の内容」の「(6)関係法令等行政手続き業務」に注目したい。(PDFの10ページ)
「関係法令等に基づく行政手続きに必要な調査・実験、関係機関との協議、申請書類の作成及び申請手続きを行う」とある。

(ア)文化財保護法に基づく現状変更許可の申請に必要な業務
  (略)
(イ)建築基準法第3条の適用に必要な協議及び構造及び防火・避難上の安全証明するための事前打ち合わせ
(ウ)消防法その他関係法令等に基づく各種申請に関する行政機関等との事前協議、申請に必要な調査・実験、申請書類作成及び申請手続き及び事前打ち合わせ
(エ)特別史跡名古屋城跡全体整備検討会議天守閣部会の事務局業務
・会議参加有識者の手配、事前説明、及び謝礼、旅費の支払い


?知らなかった。「天守閣部会」の参加有識者って、事業者である竹中工務店が「手配」して「事前説明」して「謝礼」払って「旅費」も負担しているんだ。
つまり、天守木造化の為の有識者会議で、こういうのをなんとかって言ったよな、一般的な言葉で、なんだったっけ?
なんか、映画の「シン・ゴジラ」でも出てきたよな、あ!思い出した「御用学者」だ。あの「役立たず」だ。

それはそれとして、(ア)〜(ウ)まで、見事なまでにできていないと思いませんか?
これで「基本設計」が出来上がったって、名古屋市は竹中に代金を支払っているんですから、うらやましい限りです。

さらにPDFファイルを見て行くと、16ページには「障害者差別解消に関する特記仕様書」という書面があり、それに続いて
「ユニバーサルデザイン整備基準整備計画(変更)書」まである。(PDFとして59ページ)

こうした内容を見れば、名古屋市と竹中工務店は「ユニバーサルデザイン」に準拠した「バリアフリー」に留意した設計を行おうとしていた経緯が見られる。これは至極当たり前の事に感じられるし、常識的な内容だ。(天守を木造化する理由自体は書かれていないし、それ自体は常識的な事とは思えないが)

こうして導かれるのは、伝統的な木軸構造ではなく、耐震性を備えたハイブリット構造の木材を使った現代建築の木造建築であり、内部に鉄骨階段(不燃素材で避難路を確保する必要がある)やガラスの防火壁、その他排煙やスプリンクラーなどを備えた、ハイテク木造建築の姿だ。当然ながら、エレベーターの設置も検討されている。
外階段は有るのか無いのか判別は付かないが、あの外階段を付けないまま2方向避難路が設定できるのであれば見せて頂きたいものであって、その人物は引田天功(古い!)よりも優れた魔術師だろう。

こうした資料を見るだけでも、河村市長の説明する「史実に忠実な本物復元」という姿と、実際に名古屋市が竹中工務店と進めているハイテク木造が異なる事は理解できるだろう。いったいなぜ、こんな齟齬が起きるのか?

河村市長は自分が何をしゃべっているのか理解できていないのではないかと疑っている。
そういう人をどういうのか、敢えて私は言いませんが。民主主義とは恐ろしい制度で、そんな人でも「民意」があれば地方自治体の長に成れてしまうわけだ。

さて、このPDFの16ページ「障害者差別解消に関する特記仕様書」に戻ってみると、そこに「障害を理由とする差別の解消の推進に関する名古屋市職員対応要領」という文章が引用されている。

名古屋市のオフィシャルなWebサイトに文書掲載されている。

「障害を理由とする差別の解消の推進に関する名古屋市職員対応要領」

一部を引用する。

(2)障害者差別禁止の基本原則
 権利条約(引用者付記:「障害者の権利に関する条約」(略称:障害者権利条約)平成18年 国連 "Convention on the Rights of Persons with Disabilities" https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html )は第2条において、「『障害に基づく差別』とは、障害に基づくあらゆる区別、排除または制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」と定義しています。
(略)
同条第2項(引用者付記:障害者基本法/昭和45年法84号/第4条(差別の禁止))に、「社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない」ことが規定されました。
(略)
(3)法の基本的考え方
 障害者基本法が目指す「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」を実現するためには、日常生活や社会生活における障害者の活動を制限し、社会への参加を制約している社会的障壁を取り除くことが重要です。
 このため、法は、<障害者に対する不当な差別的取扱い及び合理的配慮の不提供を差別と規定>(引用者付記:本文においては、<>の間は太字、下線となっており強調されている)」


さて、この文書2ページに「発行者」の名前がある。
名古屋市長 河村たかし」

名古屋市長河村たかしは、この文章によって、名古屋市は障害の有無によってヒトを「区別、排除または制限」してはいけないと宣言しているわけだ。そして「全ての人権及び基本的自由」というものを「享有し、又は行使することを害し」たり、消極的にも「妨げる目的又は効果を有するもの」を「障害に基づく差別」としているんですよと、教えてくださっているわけだ。そこでは、「あらゆる形態の差別」があり、「合理的配慮の否定」も含まれている。

「合理的配慮の否定」、すでに竹中工務店の基本設計にガラスの防火壁が明記されている様子が見て取れる。(すべての情報が開示されているわけではないので、どの程度の設備が付加されているかは不明だ)

天守閣部会の委員でもある広島大学の三浦教授も「完璧な復元は不可能であるのだから、安全の為の設備付加は有り得る」とされているようだ。

つまり、ここで「社会的障壁の除去」を「必要としている障害者が現に存し」ている段階で、「実施に伴う負担が過重でない」のなら「必要かつ合理的な配慮がされなければならない」

「合理的配慮の不提供」を何と呼ぶか、名古屋市長河村たかしは「差別」と呼んでいるのである。



エレベーター設置を求める障害者に対して「甘えるな」とか言う者は、よろしい、その言葉、ご自身が老齢となり、足が不自由になった時にも覚えておいていただきたい。ぜひ長寿であられんことを!*1

名古屋城天守建物は文化建造物だからバリアフリーよりも伝統的構造を優先すべきだ」というヒトは、すでに竹中工務店と名古屋市が設置を進めようとしている防火・防災の為の設備に対しても同じ事を言ってくれ。その上で訪れ、地震なり火災なりに遭えば良い。無責任でヒトの命を何とも思わぬ人非人のたわごとにしか聞こえない。

なににせよ、こうして自分で「障害を理由とする差別の解消の推進に関する名古屋市職員対応要領」を提示しておいて、自分自身で破る。自分で「差別」と呼んでいる行為を自分で行う「名古屋市長河村たかし」とは何なんだろうか?

名古屋市職員諸子、残念ながら、組織のトップが、これほど言っている事とやっている事(更に言えば、言っている事の間)が不整合で破たんしている状態では、その下でまともな行動は無理と思った方がいい。不条理が絶えず君たちを押しつぶすだろう。君たちが矢面に立つ必要は有るのだろうか?

断じてない!

こんな人物の為に名古屋市は有るのではない!
君たちは、こうしたトップや上席者の為の道具ではない、全体の奉仕者として、矜持を持って行動すべきだ!

「兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え」(チャールズ・チャップリン「独裁者」より)

続く

いよいよ次回、この名古屋城天守木造化問題の核心、最大の問題、そして最高に醜悪な問題について触れます。


*1:こういう問題をジョン・ロールズは「無知のヴェール」と呼んだのだが、そうした20世紀の知見が失われ、不勉強で見識の低い、乱暴な議論が蔓延っている。社会が劣化していると言わざるを得ない。劣化した社会の民意が選択した結論はより深刻に劣化しているという事だ。

2018-06-19 名古屋城についての事実確認と現状の推測(番外)

名古屋城についての事実確認と現状の推測(番外)

名古屋城の公式Webサイトに
名古屋城天守閣 復元事業について」というページがあり、
5月30日に「木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針」を掲載したそうだ。

名古屋市はこの名古屋市政に燦然と輝く名文を、
樹脂にでも固めて玄関に長く掲載し、顕彰すべきだろう。

なんだこの代物は?
以下、逐次添削と批判を加える。

引用は同文書、地の文は私の「ツッコミ」である。

https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/tenshukaku/03_fukugenjigyo/index.html#seven

木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針
1. 基本的な考え方
・ 本事業は、歴史時代の建築物等の遺跡に基づき、当時の規模・構造等により再現する「歴史的建造物復元」を行うものである。


「歴史時代」という言葉は、いわゆる「有史以降」を表す。有史と先史の相違は、文字の存在とそれによる歴史の考証可能性であり、江戸時代という敢えて言えば「近世」の文化を表す遺構が名古屋城跡なのであって、「歴史時代の建築物等の遺跡に基づき」という言葉自体がこの筆者における歴史認識の程度を現している。

また、当時の規模や構造を再現する根拠は「昭和実測図」や「金城温故録」などの文献、および現存する写真から行われているものであり、「建築物等の遺跡に基づき」という表現は明白に誤っている。「遺跡」は移動不能の物に対して使われる言葉であり文書などはこれに当たらない。

名古屋城天守閣は、法隆寺のころから始まった日本の木造建築のひとつの到達点、究極の木造建築とも言われ、豊富な歴史資料をもとに外観の再現に留まらない史実に忠実な完全な復元を行うことの選択議会行政における検討や市長選挙での市民の信託を得て推し進めることとしたものである。


法隆寺に代表される飛鳥天平建築物は木造建築の一つのエポックを現している。それは逆に、それに先行する木造建築に対する技術、知見の蓄積を予想させるものであり、「法隆寺のころから始まった日本の木造建築」という見解に立つ日本研究者は居ないだろう。

焼失した名古屋城天守が木造建築のひとつの到達点であっただろうことはその通りであるが、それだけに焼失によって失われた技術手法が推測されるところであり、内部構造について明示される資料等もないことから、いわゆる「本物通りの復元」が困難であるとされるところである。一般に言われてきたように「史実に忠実な再現」ですら危うい中、上記のように「史実に忠実な完全な復元を行う」とするのであれば、その完全性を証明すべきであろう。

内部構造図を(示せるものであれば)示して頂きたい。


この文章は日付もなければ文責者も明記されていない。
誰がどの時点で語ったものなのか不明だ。次のセンテンスの主語は誰なのだろうか。

議会行政における検討や市長選挙での市民の信託を得て推し進めることとしたものである」

議会行政市長選挙での市民、それぞれの主語に対する言葉はそれぞれ「検討」であり「信託」だろう。
それらを得て「史実に忠実な完全な復元を」「推し進めることとした」のは誰か?

責任主体を曖昧にした非常に「ずるい」文章と言える。

市長選挙での市民」は中日新聞アンケートへの回答で、6割以上の市民が、市長選挙投票判断名古屋城問題を絡めないと回答していたそうだ。議会行政も「検討」し、「検討」の為の予算については議決しているが、それ以上の物ではない。それどころか議会は基本設計費への支出付帯決議を付けている。その条件は主に次の二つだ。

1.505億円と言われる事業費を独自に賄うとする収支計画を明示すること。
2.国、県の補助金を得るようにすること。

どちらも守られておらず、特に収支計画についてはこのままでは名古屋市民に多大な負担を求める事になる。
ここで「検討」を止めなければ、議会も市民の負託に応えているとは言えないだろう。

・ 市民の皆さまの中には、「一旦は焼失しているので復元しても本物の天守閣ではない」との意見もあるが、名古屋城天守閣城郭として国宝第一号であったものが、大戦中多くの市民の命とともに昭和20年5月14日に空襲で焼失してしまったものの、残された石垣には空襲による傷跡も残っており、焼失中の写真も残されている。
その上で、市民の精神的基柱であり、誇りである名古屋城天守閣を、悲しい歴史的史実を経て、昭和実測図や金城温古録等、豊富な歴史資料に基づき、戦災で焼失する前の本物の姿に復元すると世界に主張するものである。
したがって、過去の天守閣と今回の木造復元同一性について、歴史的な分断を感じさせない復元を成し遂げる事が、事業の価値を決定づける大きな要素となる。


細かいツッコミを最初に「歴史的史実」という表現は重複が重なっている。小学生の作文添削並みになってきた。

次に、この文章を書いている人物無能さが良く判る。
センテンスの書き出しの問いかけと、答えが噛み合っているだろうか?

復元建造物が「復元」や「レプリカ」でなく、「本物」として扱われている例でも示し、今事業もそれに列するものであると論証するのならわかる。しかるに回答部分は復元の真実性に帰着しているだけであって、復元である事自体は否定できていない。問いかけをもう一度見てみよう「復元しても本物の天守閣ではない」この疑問に答えていないのだ。

また、実はこの文章の中でこのセンテンスが最も悪質だ。
無能と言うだけでなく、決定的に駄目な歴史認識を現している。

小学校からやり直すか、今後は歴史について語る事は諦めた方がいい。
AKBやらSKEのアイドルでも追いかけまわしていた方が幸福な人生を送れるだろう。

何が問題か。この一文だ。

「戦災で焼失する前の本物の姿に復元すると世界に主張するものである。
したがって、過去の天守閣と今回の木造復元同一性について、歴史的な分断を感じさせない復元を成し遂げる事が、事業の価値を決定づける大きな要素となる」

過去の本物の天守と、今回の木造復元は「歴史的に分断している」
過去の本物の天守と、現在の鉄骨鉄筋コンクリート製の天守も「歴史的に分断している」

なぜ、こうした分断が起きたのか。それは第二次世界大戦における名古屋大空襲において、本物の天守が焼失してしまったからだ。第二次世界大戦も、名古屋大空襲も、名古屋城天守の焼失も、ともに歴史的事実であり、名古屋市民であれば深く心に刻むべき歴史的事柄だろう。

現在の鉄骨鉄筋コンクリート天守を訪れた人々は、確かに姫路城犬山城松本城のような城郭建築を期待していれば失望する事だろう。「なんだ、コンクリートのビルじゃん」という声も聞いた。しかしこの「分断」こそが、悲惨な戦争の惨禍を思い出させるのであり、その後の戦後復興期の名古屋市民の熱情を伝えるのである。

この文章には、こうした復興期、現天守復元した人々への敬意がみられない。触れられもしていない、それどころかこのように「歴史的な分断を感じさせない復元を成し遂げ」戦争の惨禍も、復興期の市民の再建に向けた熱情も隠ぺいしようとする「歴史修正主義」でしかない。

つまり、南京虐殺事件への電波的な妄言に連なる、無責任で、不勉強で、自分勝手で、議論から逃げ回る卑怯者、小心者の、低い低い、見識という以外ない。

よく恥ずかしくもなくこのような事を公言できるものだ。

・ 50〜100年で再度「国宝」になることを目指す。


その道筋を示して頂きたいものだ。
また、先行事例を示す責任があるだろう。

国宝であった京都金閣寺は、昭和25年焼失し、昭和30年(1955年)復元された。
復元から63年経っているが、国宝に再指定されるのだろうか?


実現不能の空論をもって募金でも行い、不特定多数の人々から金員を募るとすれば、それは何と呼ばれるのだろうか?


・ ゆえに、史実に忠実な復元を確保した上で、まず、2022年の完成時期に、その先においても世界の模範とされるべき改善を重ね、観覧、体験バリアフリー環境を整備するための付加設備とする。


日本語になっていない。
何を「付加設備とする」のだろうか?
タイトルにある「木造天守閣の昇降に関する付加設備」についてまとめているのだろうか。

しかし「ゆえに」と言われる条件を導く論拠は脆弱である。
なぜ設備として設置できず「付加設備」とするのか、その検討が見られない。
また、この文章では「バリアフリー環境を整備するための付加設備とする」と言っているにも関わらず、後の文章と整合していない。

2. 現天守閣の現状
・ 現天守閣は5階までエレベーターで上がれるが、内部は博物館施設であり、本来の木造天守閣の内観を観覧することはできない。また、展望については、1階の東側及び北側の一部と7階の展望室からに限られているが、7階へは階段でなければ行くことができないため、車いすの方は展望ができない状況である。


「本来の木造天守閣の内観」
「本来」とする根拠は無い。

ここで指摘しておくが、名古屋市の各文書に見られる「天守閣」という表現は正確ではない。
「閣」という言葉は居住施設に対して付けられる言葉であって、
名古屋城天守には誰かが居住したという史実は無い。
居住の為の建物でないのであれば、「天守閣」ではなく「天守」と表記すべきだ。

史実に忠実に名古屋城天守を扱うのであれば、そこで「本来の木造天守閣の内観を観覧する」(ここでも小学生並みの重複の重なりが見られる)とすれば、それは史実に忠実ではない。

本来は「木造天守」なのであって「木造天守閣」ではないのだから。


3. 内部エレベーター
・ 内部エレベーターについては、柱、梁を傷めないものとして、史実に忠実に復元する天守閣とするためには、乗員が4人程度、かご(乗用部分)の大きさが幅80cm、奥行き100cm 程度となり、乗ることができる車いすも小型なものに限定され、よく使用されている幅65cm、長さ100cm程度(電動車いすは幅65cm、長さ105cm 程度)のものは利用できない。したがって、バリアフリー法の建築物移動円滑化基準に対応するエレベーターは設置できない。


ここで筆者は内部エレベータなどの昇降機が設置されなければ、「バリアフリー法の建築物移動円滑化基準」(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律施行令)に違反している事を自覚している。

4. 外部エレベーター
・ 都市景観条例を定めて、すぐれた都市景観形成を進めている中で、景観計画により名古屋城の眺望景観保全を図ることとしている。・ その眺望の対象である天守閣歴史的な外観を損なうことから、外部エレベーターは設置しない。


おめでとうございます。
現在も不評で無粋な東側の外階段。あれを設置しないとするそうだ。
と、すれば事は「バリアフリー法」の枠を超えて、建築基準法の求める「2方向避難路」を確保しないという事になる。名古屋市消防局はあの外階段が無い状況で、大天守に滞留するであろう最大3000人の来場者をどのように安全避難させる事が出来るだろう。地震火災の際、人命を預かる公共建築物として、2方向避難路を確保しないという事は、来場者の命や、発災時に対応する職員安全を無視、軽視する、非人道的発言と言う以外にない。

もう一つの解がある。
外階段を設置せず、「本物復元」を目指すのであれば、ヒトの立ち入りを禁止して、原寸大木造模型として設置すればいい。

もう一つの解を思いついてしまった。O.C. を使えばこの矛盾は解決できるのかもしれない。まだ解決しなければならない問題は有るだろうけど、ヒトが死ぬよりはいい。

もし、O.C.の活用が可能であるのなら、木造化ではなく、現天守に展開してほしいものだ。
O.C.の展開はその他にもインパクトを与えられそうだ。竹中は内部防火壁についてガラスの壁を提案していたが、 O.C.が利用可能であれば、ガラスの壁以上に効果的だろう。
いや、O.C.を展開するのであれば、建造されているマテリアル自体意味を喪失する。
それが木造であろうとコンクリート製であろうと、O.C.によって見た目を改変してしまうのであれば、意味がないからだ。これで全て解決だ(笑)

5. 基本方針
史実に忠実に復元するためエレベーターを設置せず、新技術の開発などを通してバリアフリーに最善の努力をする。
・ 今回、木造復元に伴い、本来の天守閣の内部空間を観覧できるようにする。また、電動か否かによらず、車いすの方が見ることのできる眺望としては、現状1階フロアまでだが、様々な工夫により、可能な限り上層階まで昇ることができるよう目指し、現状よりも天守閣のすばらしさや眺望を楽しめることを保証する。



「保証」の担保がない。

・ 例えば、昇降装置を有する特殊車両を応用し、外部から直接出入りすることや、ロボット技術を活用し、内部階段を昇降することなどが挙げられる。併せてVR技術を活用した体感施設の設置を行う。


特殊車両については、それは「付加設備」でもないし、建築物計画でもない。また、その経費についての検討もない。

VR技術を活用とするのであれば、今日からでも可能であろうし、建物など何も要らない。
子どもじみた言い訳を列挙しているにすぎない。

・ 新技術の開発には、国内外から幅広く提案を募る。


VRまで持ち出すのであれば、505億円もかけて建て替える必要など最初からないだろう。

「本来の木造天守閣の内観を観覧する」VRについての技術提案を受けて、現建設計画は停止させればいい。

・ また、協議会を新たに設置し、障害者団体当事者の意見を丁寧に聞くことにより、誰もが利用できる付加設備の開発を行う。


だから、それが現状ではエレベーターであり、外階段なのだろうが、そうした物を上記のように根拠もなく否定していて、丁寧に聞いた意見が反映されるという保証がどこにあるのだろうか。

姫路城松本城など現存する木造天守にも転用可能な新技術の開発に努力する。


なぜ、姫路城松本城転用可能な技術の開発を名古屋市民が負担しなければならないのだろうか?
そのような議論が今までどこで行われたのだろうか?

こうした余計な「自説の正当性の主張」が自縄自縛を生み出し、発言がどんどん矛盾していく。
こうした文章にしてみると、矛盾はまだ一部であり、形式的には明確なんだろう。
しかし、筆者の頭の中ではこうした不確かで無意味な議論が渦を巻いているのであり、論点が定まらず、論考の生産性が非常に乏しいこととなっている。つまりは、自説に対する批判や、見直し、いわゆる「内省」の機会が健全に機能すれば、こうしたつまらない主張、論考の隘路を生み出さずに済むのだ。しかし、もう還暦も過ぎてこういった思考方法を修正するのはさぞや苦労な事だろう。

死ぬまで続けられればいい。

・ 再建後は元来の姿を見ることができるようになり、介助要員、補助具を配置することなどにより、今より、快適に観覧できるようにする。


上で「バリアフリー環境を整備するための付加設備とする」と述べていたが、結果として「付加設備」の話題ではなく、「介助要員、補助具を配置」という議論に帰着している。

つまり、「付加設備」については回答を持っておりません。と言っているにすぎない。
ゼロ回答以下だ。

「再建後は元来の姿を見ることができるようになり」と目の前に飴玉をぶら下げておいて、その実現方法については何も回答していない。これで納得を得られると思っているのであればよほどめでたい。

ちなみに、こうした「介助要員」の雇い入れ経費についての収支計画への影響は検討されていない。つまり、為政者として「介助要員」など準備するつもりは端からないのだ。こうやって期待だけを煽っておいて実際には何も実行しない態度は何と呼べばいいのだろうか。

無責任で、根拠に乏しく、不勉強で、自分勝手で、議論から逃げ回る卑怯な態度、小心者の、低い低い、見識。

人事院総裁に宛てた
人事院勧告が行う民間給与調査方法について」の要望

という文書を連想させた。

2015-03-05 名古屋市特別職・北角嘉幸市長特別秘書

主語や目的語が行方不明になってみたり、自己撞着が見られたり、文章のバカバカしさとしては同等のものだろう。名古屋市政に燦然と輝く電波文書だ。



「上のコンクリート

石垣部会と調査を協議」…河村市長が意向
木造復元巡り持論
 名古屋城天守閣の木造復元を巡り、名古屋市の河村たかし市長は18日の定例記者会見で、有識者会議「石垣部会」の委員と直接話し合う場を持ちたいとの意向を示した。

 13日に文化庁を訪問した際に、文化庁から石垣調査保全のあり方について、石垣部会とよく協議した上で結論を出すよう要請されたとして、「上のコンクリートを取ったほうが石垣調査がきちんとできる」と持論を述べ、「人任せにはできない。どうすればいいのか、直接話す」と主張した。

 当初、5月から着手するとしていた天守閣地階にある「穴蔵石垣」の調査について、市はこれまで開かれた石垣部会の場に議題として提示しておらず、調査開始のめどはたっていない。特別史跡石垣調査は、現天守閣の解体の前に必要な調査とされている。

 天守閣の入場は5月7日から禁止されており、「一般的には収入が減るし、そのまま放置するわけにはいかない。耐震強度が弱く、早く上のコンクリート部分を壊さないといけない」と主張した。2022年の完成予定のスケジュールへの影響について、「工期通りやりたいが、時間が延びているのは確か」と述べた。

2018年06月19日

「石垣部会と調査を協議」…河村市長が意向 : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

ぶっ潰れたインチキ画廊のポンコツ経営者ならではの
すぐれた「文化財評」

登録有形文化財になり得る現天守を、
「上のコンクリート」?

名古屋市民が総工費6億円の内、2億円を負担した
戦後復興期のシンボルを「上のコンクリート」?

先人への敬意も無い者が、歴史の何を語るというのか。
金だわし持ってきて、その舌削ってやりたい。