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市長のための市会ではなく、市民のための名古屋市会を! Ver.2.0

  一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。


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>>> 名古屋城天守の有形文化財登録を求める市民の会
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2018-09-10 一隅を隠ぺいする

一隅を隠ぺいする


このところわけあって名古屋城天守木造化に関わる書類を精読させていただいている。非常に面白い。

名古屋城木造化に賛成する人々は、本当に無責任である事が判る。
あなたは、自分が何に賛成しているのか判っているのだろうか?

名古屋市が進めようとしている名古屋城木造化計画情報公開がなされていない。
何ができるか判りもしないで、500億円以上の工費公費が費やされる事業に賛成できるというのは、目を瞑って、またはスマホでゲームでもしながら車を運転するに等しい。無責任な行為だ。

追記:
内容が分からないなら、それに対する批判もまた無効なのではないかという意見をいただいた。上の「目をつむって車を運転する」という例と等しい。
車を運転している時に目をつむらざるを得なくなったら、車を止めるだろう。
内容が分からないのであれば、とりあえず立ち止まるべきだ。
計画を進めることと、それに反対することでは立証責任が異なる。計画を進めようとする者は、そのリスク(文化財である現天守を破壊することと、500億円以上の公費を支出すること)に見合った正当性を証明する責任がある。止めようとする者にはその責任はない。


名古屋城天守閣整備事業 復元整備基本構想案(以下、「構想案」)
(平成29年12月 名古屋市観光文化交流局名古屋城総合事務所)

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/171225-7.pdf


名古屋城天守閣基本設計業務 基本設計説明書(以下、「説明書」)
(平成30年3月30日 株式会社 竹中工務店

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/180518-1.pdf


説明書」はほとんど黒塗りで内容が判らないが、右上の項目名と右下のページ数は読める。

この概要偏の中を見てみると(括弧の中はPDFとしてのページ数、右下のページ数)
1-1 特別史跡名古屋城跡の保存活用(5、1)
1-1 特別史跡名古屋城跡の保存活用(8、2)
       :
1-1 特別史跡名古屋城跡の保存活用(13、7)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−2 名古屋城天守の変遷(14,8)
       :
1−2 名古屋城天守の変遷(16,10)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−3 現天守閣の価値(17,11)
       :
1−3 現天守閣の価値(30,24)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−4 天守復元の意義(31,25)
       :
1−4 天守復元の意義(34,28)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−5 復元次代時代の設定の概要(35、29)
       :
1−5 復元次代時代の設定の概要(46、40)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。

1−6 活用の考え方(47,41)
       :
1−6 活用の考え方(48,42)

説明書」の右下のページ数は「構想案」のページ数とまったく符合する。


もう一度確認すると、「構想案」は作者が「名古屋市観光文化交流局名古屋城総合事務所」で平成29年12月の作である。

説明書」は「株式会社 竹中工務店」の成果品で平成30年3月30日の作成日付となっている。

一般的な常識で考えれば、発注者名古屋市が示した「特別史跡名古屋城跡の保存活用」から「活用の考え方」までの42ページを、竹中工務店が受けて転記記載したと取れる。

その傍証に、目次には「−1.復元概要・復元整備基本構想(更新)」とあるので、「構想案」を「更新」したものということかもしれない。
または、そもそも29年12月に名古屋市の名前で提示された「構想案」自体が竹中の成果品で、その著作者を名古屋市として公表したのかもしれない。(基本設計契約書には、成果品の著作権発注者名古屋市に移譲されるとあるので、問題は無いだろう)

私が強く違和感を覚えるのは、「では、なぜ「構想案」は情報公開されて、「説明書」は黒塗りになっているの?」ということだ。

名古屋市説明するような黒塗りにする理由が本当にあるのだろうか?

上記PDFファイルは「名古屋市オンブズマン」が情報公開請求をした結果得られたものである。

説明書」について黒塗りになっている理由として名古屋市は次のように通知している。


株式会社竹中工務店の従業員の氏名に関する部分については、特定の個人識別することができるもののうち、通常他人に知られたくないと認められるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第1号)、非公開とします。また、同社において外部に公開していない電話番号については法人の内部管理に関する情報であり、公にすることにより法人事業運営に支障をきたすと認められるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第2号)、非公開とします。

株式会社竹中工務店保有する独自の技術に関する部分は、公にすることにより法人の通常有する競争上の利益が損なわれると認められるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第2号)非公開とします。

文化庁等との協議に関する情報については、当該情報が公開されることにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれる恐れがあるため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第4号)、非公開とします。

工事費の積算等に関する部分は、公にすることにより名古屋城天守閣整備事業に関する事務の公正又は適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報を含むため(名古屋市情報公開条例第7条第1項第5号)、非公開とします。

http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/180518.pdf

この4項目の内、どれに当たるのだろうか?
1項目目の竹中社員の個人氏名や電話番号が書かれていても、その部分だけ黒塗りにすれば良いだろう。内容の大部分が「構想案」のまる写しであるなら、すべてを黒塗りにする必要はないだろう。

2項目目の独自技術競争優位性保護とするのであれば、「構想案」で公開されている事で無効だ。「構想案」に独自技術で変更が加えられているとしても、その更新部分だけ黒塗りにするべきだろう。3項目目や4項目目に該当するとも思えない。(「構想案」で公開されている事で同様に無効だろう)

これは、不当な情報隠ぺいだ。

名古屋市において、真っ当な行政執行が行われているのであれば、何も隠ぺいする必要はない。堂々と公開すればいい。なぜ、隠ぺいするのか。

なぜ、こそこそと隠れるのか!

卑怯者!

心にやましいところがあるからだ。

嘘をついているからであり、その嘘の自覚もあるからだろう。

この自覚も無くなったら、本当に異常だ。

名古屋市職員の諸君。
または、観光文化交流局名古屋城総合事務所保存整備室の諸君。

君たちは、名古屋市政にこのように歪んだ、非民主主義の姿を残して心は痛まないのか?

建設会社のコマーシャルに「地図に残る仕事」というキャッチコピーがある。
私も自分が携わった仕事が商品として社会に出まわった時には誇らしく思ったものだ。

仕事というのは、何も9時から5時までの我慢大会ではないだろう。
やはり自分の携わった仕事が、社会になんらかの影響を与える。こうした手ごたえを感じられる仕事をしたいものだし、そうした仕事の積み重ねがあって、自分自身人生を振り返った時に満足が得られるのではないだろうか。

「照于一隅、此則国宝

人間の力には限界がある、自分の手の届く範囲で、その職責の範囲に明かりを灯す者を伝教大師も「国宝」と表現している。(この国宝は、本当の国宝だ)

この言葉とは逆に、片隅の明かりを消し、情報を隠ぺいする事が本当に有為な仕事だろうか。

いやしくも名古屋市職員であれば、地域エリートである、それだけの能力も訓練も積んできている筈だ。その能力や知識を、情報隠ぺいのために使うのだろうか?

行政に携わるのであれば、その仕事は地図にも残るし「歴史」にも残る。

あなたは、あなたの名前を「隠ぺいした役人」として「歴史」に残したいのだろうか?

・・・仕事に愛情を感じられない事は不幸だ。仕事に誇りを持てない事は不幸だ。
愛情をかけられない仕事、誇りに感じられない仕事は、そのディテールを見れば判る。

この「説明書」右下のページ数は2重写しになっている。

f:id:ichi-nagoyajin:20180911223303j:image

「構想案」を印刷する際に、本文にページ数が印字されている事を無視して、ページ数を付加して印字したからだろう。仕事が雑だ。愛情をかけられていない、誇りに思われていない仕事の姿だ。

こうした仕事は「ミス」を誘発する。

基本設計業務委託仕様書の21条には「(5)」は無い。

f:id:ichi-nagoyajin:20180911220947j:image

その他にもミスは幾つもある。
中には数億というお金がかかっているミスもあるかもしれない。

そろそろ、隠ぺいはやめて、あらいざらい曝け出した方が良いのではないだろうか。



追記(9月22日):
ご指摘を受け情報公開の不当性についての「審査請求」を行ってきました。

f:id:ichi-nagoyajin:20180922124517j:image

しかしここでも不当な窓口対応が行われました。
受理しないと主張したのです。

理由は2つあります。
1.黒塗りされた情報公開オンブズマンにされたもので、その不服審査は当事者でなければできない。
2.規則には事実を知ってから3か月以内の審査となってるので5月に開示した情報公開に対する審査期間は過ぎている。

馬鹿なこと言っていてはいけない。行政不服審査請求の趣旨は、行政事務の是正であって、その不服審査請求があった場合、それは広く受付、行政に瑕疵が無いように保たれなければならない。今回の事例のように明らかに不当な隠ぺいであれば、それを報告された職員が、窓口の職員自身が、内部的に是正するように動くべきだ。公務員には違法行為を是正する義務がある。

更に言うのであれば、こうした窓口での「水際作戦」はあまりに知恵が無さすぎる。なぜなら、
では、私がもう一度同じ情報公開請求を行えば、2週間後には同じ黒塗りの文書が提示されるわけであって、そこから不服審査請求すれば受け取り拒否の2つの理由は排除される。意味のない拒否だ、却って行政事務が繁多となるだけだろう。
情報公開は、市の行為であって、請求者と市の行為ではない。市の行為自体が不当で是正されるべきものであれば、誰がその不当性を指摘したとしても市が自主的に是正すべきだろう

更に更に言うのであれば、こうした指摘に対して、組織を是正する方向に頭が回らず、組織を表面的に庇う方向に頭を回すのは、組織を守っているように見えて実は組織を腐らせる行為だ。大企業の検査偽装や書類の改ざんなどで明らかになたことは、こうした行為と、その隠蔽は組織を内部から腐らせていたということだ。
生体において、空気の流通(強力な「毒」でもある酸素の流通)が、疎外されれば生体が腐るように。
内部的な監査、不正行為の是正が疎外されれば組織は腐る。
組織内における不正行為は、その芽の小さい内に摘み取るべきであろうし、それを庇う事は却って組織そのものを弱体化させる。

そして、魚も、組織も、頭から腐る。
腐り、腐臭を上げているものは、切り取って捨て去るべきだ。

2018-09-06 「近世城郭の保護についてのメモ」のメモ

「近世城郭の保護についてのメモ」のメモ


私は本来ガサツな人間であり、そもそも文化を語るような人間でもない。
型式ばった文化よりは、下町の路地に響く三味線の音のような風俗に親和的であり、その一派生としての「サブ・カルチャー」に親しみを感じる。

本来、メインストリームの「カルチャー」があっての「サブ・カルチャー」なのだが、最近ではメインストリームの「カルチャー」自体が根拠を失っている。その根が腐っている。その為、「サブ・カルチャー」の住人がわざわざ「カルチャー」を再定義する必要まで出てきていると思える。今般の問題(名古屋城天守木造化騒動)なども将にそれであり、一地方自治体が認めた「有識者」たる、本来メインストリームカルチャーを担うべき者たちが、文字通り「曲学阿世」金や名誉でその学問権威を売り、文化を歪めているのだから、お笑いである。ある意味「サブ・カルチャー」の住民としては高らかに勝鬨を上げたい気分になる。


以上のようにメインストリーム文化とは程遠い自分であるので、スタンダードでオーソライズされた(標準的で公認された、または権威的な裏付けのある)認識を理解するために、「文化庁文化財記念物課」の佐藤正和さんの「近世城郭の保護についてのメモ」という文章から、勉強させてもらう。この文章はそのメモとなる。

原版はこちらにある。

https://repository.nabunken.go.jp/dspace/bitstream/11177/6600/1/BB25180515_135_142.pdf

黒板勝美の「分類」が「史蹟名勝天然紀念物保存要目」に反映されている → 文化財の保護に影響力のあった人物

https://ja.wikipedia.org/wiki/黒板勝美:title]

黒板は「古社寺保存法」を批判し、現代より過去のものはすべて保護すべきであると主張した。古い時代に手厚く、新しい時代に薄い建造物の保護の在り方を批判したのである。(略)
現代とはいつからとの問いに黒板は「大概50年」と述べている。


文化財としての保護の対象となりうるものは「大概50年」を超えたものである。


史跡等整備のてびき』(平成16年
CiNii 論文 -  史跡等整備のてびき-保存と活用のために, 文化庁文化財部記念物課監修, (株)同成社, 2005年6月30日発行, B5判, 4分冊, 総頁1349頁, 12,000円+税

史跡等・重要文化的景観マネジメント支援事業報告書』(平成27年
史跡等・重要文化的景観 マネジメント支援事業 報告書 - 文化庁


史跡等整備のてびき』刊行以後、史跡の価値を「本質的価値」という言葉で表現することが一般的となった。

しかしながら史跡の価値を個々に検討してみると、本質的価値という言葉が果たして適当な言葉(概念)なのか、疑問を感じる場面が少なくない。本質的価値は「本質的でない価値」を前提にした概念である。前提という言葉が適切でないとするなら、少なくとも「本質的でない価値」を一方に措定した概念である。本質的価値を抽出することによって、それを保護しなければ史跡要件を欠くことになる、という議論が展開する。と同時に、「本質的でない価値」は壊れてもよいという議論を伴うことになる。個々の史跡において、そのような乱暴な議論が行われているとは思えないものの、論理的にはそうなるであろう。本質的という言葉は、一見学術的な印象があるが、よくわからない言葉でもある。


名古屋市:特別史跡名古屋城跡保存活用計画(市政情報)

今、名古屋城においては「保存活用計画」の第3章によって昭和27年までの歴史が「本質的価値」を形成する根拠とされるのであって、それ以降の歴史は「本質的でない価値」であり「壊れてもよいという議論」がなされている。佐藤氏は良識的に「そのような乱暴な議論が行われているとは思えない」といわれるが、まさに! そのような乱暴な議論が行われているのが名古屋市であり、その「有識者」と呼ばれる者たちの議論なのである。

※いま調べてみると、この「有識者」の名簿が名古屋市のHPから消え去っている。
「歴史に残る」決定を下すのだから、その名は永遠に刻まれなければならない。

特別史跡名古屋城跡全体整備検討会議
(24回、欠席者も幾人かいるようだ)

構成員
座長:瀬口哲夫名古屋大学名誉教授
座長丸山宏名城大学教授
小浜芳郎(名古屋市立大学名誉教授
高瀬要一(公益財団法人琴ノ浦 温山荘園代表理事
三浦正幸(広島大学大学院教授

オブザーバー
野口哲也(愛知県教育委員会生涯学習文化財保護室主任主査

石垣部会
北垣聡一郎(石川県金沢城調査研究所名誉所長)
千田嘉博奈良大学教授
宮武正登(佐賀大学教授

天守閣部会
小野徹郎(名古屋工業大学名誉教授
西形達朗(関西大学名誉教授

追記:
天守閣部会については全員保存しておくべきだとのご意見とともにリストを送っていただいた。

天守閣部会
瀬口 哲夫 (名古屋市立大学名誉教授
小野 徹郎 (名古屋工業大学名誉教授
片岡 靖夫 (中部大学名誉教授
川地 正教 (川地建築設計室主宰)
西形 達朗 (関西大学名誉教授
麓  和善 (名古屋工業大学大学院教授
古坂 秀三 (立命館大学客員教授
三浦 正幸 (広島大学大学院教授


佐藤氏は次のように指摘する。

不動産文化財である記念物は、価値の重層性という特徴を持っている。分解よりも、その変遷を跡づける総合(統合)の論理こそが求められているのではなかろうか。


こういった見解こそが「サブ・カルチャー」には到達できない、スタンダードでオーソライズされたカルチャーの凄味であって、この立脚点に立っていない「有識者」は「有識者」たる要件を欠くだろう。
日本大学が力を失っているが、こういった文化継承が失われているとするのであれば、その病根は膏肓にまで達しているのではと危惧する。




掛川城跡の天守復元

掛川城天守はその意匠について問題があるばかりでなく、天守復元を目的としたために、史跡の重要な構成要素であった天守台及び石垣を破壊してしまったことになる。


戦後のいわゆる復興天守を、鉄筋コンクリート造であるから偽物であり、価値がないという議論は短絡的である。城跡の近代あるいは現代を評価する必要があるであろう。一方で、本来保護すべき遺構を破壊して建造物を建設することの愚も認識しなければならない掛川城天守の建設は、新しい時代の始まりではなく、古い時代の終わりであったのではないか、という本稿の趣旨はそうした、城跡の近代・現代を考える一つの材料である。




次に、国際的オーソライズされた文化財保護への見解を確認するために日本イコモス国内委員会の「文化財の総合的な保護施策の確立のために」という文化審議会文化財分科会企画調査会「中間まとめ」についての意見書を見てみよう。


文化財の総合的な保護施策の確立のために―
文化審議会文化財分科会企画調査会「中間まとめ」についての意見書
日本イコモス国内委員会 平成29年 9 月 21日

http://www.japan-icomos.org/pdf/bunka201709final.pdf

文化財保護の意義)
文化財保護は、文化財の価値を将来の世代へと長く維持継承していくための保存が第一義であり、その適切な保存が確保された上で、文化財の価値を知り、楽しむための文化的活用を進めるものである。適切な活用が文化財保存の必要性への理解を深め、保存への推進力になるのであって、保存と活用を同列に考えてはならない。


(保存修理と活用事業
地域活性化や観光振興等に文化財の果たす役割はますます大きくなると予想されるが、慎重さを欠く活用は、文化財消費財へと貶め、現在及び未来の地域資源観光資源等としての価値をも失しめるものである。


持続可能な開発目標(SDGs)2030

・基本計画文化財保護法位置づけられるものであり、その策定にあたって全国的な基準を示し、個々の基本計画について認定し、また、実施状況の点検評価等を行うなどの業務は、文化財保護施策の責任官庁である文化庁の重要な任務である。この任務が確実に遂行されるよう、担当人材の確保等必要な体制整備を急ぐ必要がある。


現在のように各地方自治体が保護主体であり、文化庁はその「基本計画」を「見るだけ」であるのなら、保護政策を投げ捨てるものであり、名古屋市に見られるように、歪んだアジテーションがなされ、真っ当な民意評価もないまま文化破壊がなされる可能性もある。
こうなった以上、各地方自治体の管理能力に信を置くことはできず、国において適切な管理権限を持たせる必要があるだろう。

市町村の基本計画策定とその推進にあたり、国及び都道府県継続的指導支援を行う必要がある。特に市町村による文化財の総合的な保存活用にあたっては、都道府県指導役割は大きく、すべての市町村において齟齬なく充実した文化財保護が行われるよう、積極的な指導助言、調整等を行う必要がある。現状において、市町村文化財保護の体制の格差は大きいので、拙速は避け、必要な人材の確保等を見極め、段階的な対処について考慮する必要がある。


・基本計画は、「文化財マスタープラン」とされているが、都市計画法における「都市マスタープラン」等と同様に、定期的な実施状況の客観的レビューとそれに基づく見直し、及び文化庁による認定の再審査システムを組み込むことが必要である。


常に「基本計画」は議論の俎上に乗せられるべきである。何となれば文化財というものは、重層的な時の中でその存在価値が編成し、積み重ねられていくのだから。いやしくも「基本計画」に対して寄せられた市民の意見を数カ月も置かず隠ぺいするような事はあってはならない。
そのような地方自治体からは管理権限をはく奪するべきである。民主的な運営ができない地方自治体に、国民の貴重な宝である文化財の処分権限を与えてはならない。

・基本計画は、総合的かつ中長期の計画であり、国による認定制度が組み込まれることにより、首長の交代等により起こり得る急激な内容変更の動きを抑制することができ、安定的に施策が推進できる。


歴史的建造物等の活用と建築基準法
重要文化財建造物等のほか、文化財保護に関する条例その他の条例によって現状変更の規制や保存の措置が講じられている建物であって建築審査会の同意を得て指定された建造物(保存建造物)は建築基準法の適用除外とされている。しかし、実際には安全性の確保等の観点から、この適用除外措置簡単には得られない。このため、文化財としての価値の維持と十全な安全性を確保した上での用途変更や一部改修など、活用のために必要な行為が困難になっている。いわゆる「その他条例」が京都市横浜市兵庫県等のいくつかの地方自治体で制定され、建築行政サイドで歴史的建造物の利活用についての努力が続いているが、文化財保護施策としても、文化財的価値の維持継承に留意しつつ、適切な活用推進のための検討を行う必要がある。


日本イコモス学会も利活用を否定しているわけではない、しかしそれは前述したように「文化財の価値を将来の世代へと長く維持継承していくための保存が第一義であり(略)保存と活用を同列に考えてはならない」という前提の上での話なのだ。




北海道地震が発生し甚大な被害が発生したようだ。
被災された方々に心よりお見舞いを申し上げる。

こうした地震発生を受けると「耐震性の為に名古屋城天守を木造復元する」という虚言の恐ろしさがいやがうえにもしみる。

慶長の設計である木造軸組み建築物が、現在の建築基準法の求める耐震性を備える保障など有るのか?それがあると言える根拠は何か。

また、「震度7といわれる濃尾地震でも、旧名古屋城天守は持ちこたえた」と、あたかも木造天守震度7に耐えられると思わせるような誤認を、広く市民に与える記者が居るとするなら、その君の歪んだペンで、将来何人の被害者が生まれるのか考えた事は無いのか?と指摘したい。

2018-06-15 名古屋城についての事実確認と現状の推測(2)

名古屋市民で木造レプリカ天守がどの程度の震度に耐えるのか、知っている者はない。
それはなぜか、情報公開がなされていないからだ。
木造レプリカ天守の姿について、その実態が明らかになっていないからだ。

そのようなものに実施設計費や木材調達費を支払って良いものなのだろうか。

マスコミも危険なプロパガンダを流す暇があるのであれば、5mm程度は自分の脳みそを使って、伝えるべき事を市民に伝えるべきではないのか。

2018-08-30 名古屋城の本質的価値

名古屋城の本質的価値


今日、ブログに掲載しようとしていたネタは別のところに飛んでいきましたので、急遽差し替えネタを。

名古屋市名古屋城の全体整備計画を平成18年に策定しました。
いわゆる「全体整備計画」ですが。これは「(案)」のまま確定しませんでした。

ただ、ここにすでに大天守建物の耐震性への危惧が書かれており、
耐震改修の必要性がうたわれていました。

もう一度確認しておきます。
名古屋城天守耐震性の危惧がうたわれていたのは、
平成18年の「全体整備計画」にすでに明確化していたのであり。

今になって、看板を掲げてみたり、立ち入り制限をしてみたり。
では、いままでの10年間、放置していたのはどういった理由なのか。

それも問題ですが。
名古屋市はこの「全体整備計画」を破棄し、
「保存活用計画」を全体整備計画として策定しました。
これは「(案)」でもありません。

呆れたことに、この「保存活用計画」は「有識者」なる者たちに支持され、文化庁に提出もされております。

中身について、キチンと読んでいるのだろうか。

この「保存活用計画」様々な問題がありますが、その最大の問題は「名古屋城本質的価値」を定義した第3章。

たった8ページ程度の所論なんだから、なにか言いたいのであれば、これぐらい読むべきだ。

http://www.city.nagoya.jp/kankobunkakoryu/cmsfiles/contents/0000105/105368/keikaku.pdf

この第3章の何が問題って、まず、そもそも。この全体整備計画が「保存活用計画」という名前に変わっている。これは文化庁の方針が「全体整備」から「保存活用」つまり、文化財を活用するという方向に向いていることに歩調を合わせたつもりなんだろうが、これにもすでに文化庁内でも批判があることを踏まえていない。

一周遅れの議論であるということなんだが、それはいい。

本質的価値」という言葉。これはあくまで「本質的価値」の理解に資するという復元計画を睨んだ言葉であることは明白であり、浅薄だ。

それもいい。

この「保存活用計画」が「本質的価値」として中心にそなえた議論の、その根拠となる基盤が。
「昭和7年の史跡名古屋城の指定説明文」と「昭和27年の特別史跡名古屋城跡の指定説明文」なのだ。つまり、昭和27年以降の歴史。その中には当然、昭和34年の天守復元事業も含まれている。
そうした歴史を無視して、「本質的価値」としていることだ。

私が子供の頃から見てきた天守建物は、一体何だったのだろう?

名古屋市名古屋城天守を木造で復元することは、その「本質的価値」の理解に資すると説明するが本当だろうか?

木造復元しても、外見は現在のコンクリート天守とさしてかわらない。
なにせ、壁は土壁なんだから。木造である必要性はない。

中に入ると違うという。現在の天守建物は中にはいると単なるビルと同じでがっくりする。というが、では、木造にすれば「本質的理解」になるのだろうか?

慶長の本物の天守建物の中を知っているものは少ない。
歴史的にも中にはいった人数は知れている。

天守などというものは、圧倒的多数にとっては
「外から見るもの」である。

そして、それは名古屋城天守の「本質的価値」でもある。
外観を整えて、徳川幕府の威光を知らしめる。
そうした戦略的目的、政治的目的が築城の理由であろうし、
それ以降、金の鯱とともに、尾張徳川家の象徴として君臨してきたのが、名古屋城の「本質的価値」だろう。

そうした歴史的な「本質的価値」の中に、「中に入って雰囲気を味わってもらう」などという視点があっただろうか?

あるわけない!

それは完全に名古屋城の「本質的価値」を歪めるものである。

バカの言うことだ。

または、インチキ画廊の売り言葉だろう。

そして、昭和34年の名古屋市民の復興、再興にかけた思いを無視し、無にする行為は、忘恩者、忘八者行為と言わざるを得ない。

今次の名古屋城天守閣整備検討会議なる「有識者」を標榜する者たちには、この昭和34年の事実は見えないらしい。それで「有識」とは片腹痛い。

では、最後に。

1996年に、名古屋城を名古屋のシンボルとして紹介している、国会議員1年生(3年目)を紹介しよう。

外観だけを捉えて「名古屋のシンボルである」と正しく価値を伝えている初々しい姿だ。
D
インチキ名古屋弁も使っていない。



追記(2018/9/8):
この外観をHPのタイトルバックに利用している会派もあるではないかというご指摘をいただいた。
確かに。
彼らは「名古屋の象徴」として「現コンクリート天守の外観」を引用しているのであるとすれば、それは正しい感覚だろう。しかし、それを取り壊すという判断はどうなのだろうか?

f:id:ichi-nagoyajin:20180908002011j:image

また、名古屋城を借景としてプッチーニの「トスカ」を上演するそうだ。
これもまた、外観に城の「本質的価値」が重くある事の証左であり、外観について「忠実に再現(一部、異なるが問題とはされない)」されている現在の天守建物の文化的価値を証明する事例だろう。

これを本気で壊すのか?
f:id:ichi-nagoyajin:20180908095842j:image