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2018-02-06 歴史都市における公務員のレーゾンデートル

歴史都市における公務員のレーゾンデートル

2月8日(木)
18時30分 
から
名古屋市民会館 第2会議室
で、

特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」と
そのパブリック・コメント勉強会を開催いたします。

参加費は無料(会場+資料代として、実費程度のカンパは歓迎)

勿論、天守木造化賛成の方で、何が問題とされているのか知りたい。
と思われているような方の参加も大歓迎です。




前回に続いて、「保存活用計画」について書こうと思ったが、あまり言葉を尽くす必要を感じない。
前回指摘したように、第3章によって示されたこの「保存活用計画」が踏まえる「本質的価値」には重大な歴史認識上の欠落があり、こうした事実誤認の上に構築された理論には正当性が無い事は明らかだからだ。

第8章に於いて「8−3整備の方法」として示されている「整備方針ごとの利点と課題」には、「耐震改修」と「木造復元」が比較衡量されているが、ここには大阪城などの先行事例、実績のある「耐震改修+長寿命化」に対する検討が無い。

文化庁は「史跡等における歴史的建造物復元に関する基準」の中で、「歴史的建造物復元が適当であるか否かは、具体的な復元の計画・設計の内容が次の各項目に合致するか否かにより、総合的に判断することとする。(略)ウ.復元以外の整備手法との比較衡量の結果、国民の当該史跡等への理解・活用にとって適切かつ積極的意味をもつと考えられること」と定めているように、様々な整備手法に対する比較衡量を求めている。そして、そのような配慮を行う事は、貴重な文化財を維持する上で当然の義務である事は論をまたない。

この8章における「耐震改修」と「木造復元」に対する利点と問題点の検討は、現存天守に対する「耐震改修+長寿命化」という当然検討すべき、実績のある先行事例を欠落させており、失当である。

今般、名古屋市は「保存活用計画」において「本質的価値」という概念を用いて、名古屋城天守木造復元正当化しようとしている。
この「本質的価値」はすでに議論したようにとても受け入れられるものではないが、こうした「本質的価値」の議論によって復元された「奈良平城京」の復元と「伊予大洲城」における木造復元を踏襲しようとしたものと考えられる。

しかし、そもそも奈良平城京」や「伊予大洲城」という事例と、名古屋城天守との間には大きな相違がある。それは、名古屋城には、すでに天守がそびえたっているという事実だ。「奈良平城京」や「伊予大洲城」の復元と異なり、名古屋城天守の木造復元には、この現存天守の破壊という前提条件が控えている。

名古屋城天守木造化については議論されていても、現存天守の破壊について、議論は尽くされているのだろうか。

本質的価値」という概念と、「奈良平城京」という事例を視野に入れた時、2010年の「奈良宣言」を閲する必要があるだろう。

2010年 「奈良宣言」抜粋

(略)
本会議(第12回世界歴史都市会議)では文化遺産を戦禍や災害、毀損や滅失から守りながら歴史とともに生きてきた先人たちの偉大な業績に感謝しつつ、「創造」の風を吹き込むことが私たちに課せられた使命であることを共有した。そして文化遺産を守るための技術は、それを支えるしくみが必要であることを再認識した。また、若者が歴史都市に生きることに誇りを感じ、次代に引き継ぐことに価値を見出すことが、都市の持続的な発展にとって不可欠であるとの認識を共有することができた。そして、この会議で示された「共生」への提言は、平和への力強いメッセージでもあることを確認し合った。

私たちのまちは歴史都市であるからこそ、持続可能な都市のモデルとなり得るのだ。この誇りと自覚を持って、緊密に情報を提供し合い、歴史都市同士の独自の連携や協力により一層力を注ぐことを求めるものである。

そして、この会議の成果を未来につなぐために、次代を担う若者への積極的な働きかけを力強く推し進めていくことをここに誓う。加えて、本会議が提起した「創造的再生」のために、守り伝えられてきた文化遺産には、開発と調和の中で新たな役割を担わせることを提起するものである。
2010年10月14日

f:id:ichi-nagoyajin:20180208074746j:image
( モージャー氏撮影写真資料 | 憲政資料室の所蔵資料 | 国立国会図書館
モージャー氏撮影写真資料 )

名古屋城天守は「戦禍や災害、毀損や滅失から守りながら歴史とともに生きてきた先人たちの」労苦によって維持されてきた。
我々名古屋市民は、その「先人たちの偉大な業績に感謝」しなければならない。

今、乱暴に現存天守を破壊し、木造復元を進めようとする態度に、この先人たちへの偉大な業績に対する感謝はあるのだろうか。

「若者が歴史都市に生きることに誇りを感じ、次代に引き継ぐことに価値を見出すことが、都市の持続的な発展にとって不可欠である」

名古屋城創建された慶長はもとより、それを維持した尾張藩、さらに明治維新後の少々乱暴な改造、また第二次世界大戦の戦火による焼失と、その災禍から立ちあがり、現天守復元を成し遂げた名古屋市民、名古屋市役所の職員、名古屋経済界文化をになった人々、そして建設を成し遂げた人々の労苦。こうした重層的な歴史を踏みしめる事によって、我々もその歴史の一つの層となる事を自覚できる。「次代に引き継ぐことに価値を見出」し、「都市の持続的な発展」に寄与し、「歴史都市に生きることに誇りを感じ」る事が可能となる。

「私たちのまちは歴史都市であるからこそ、持続可能な都市のモデルとなり得るのだ。」

文化遺産との「『共生』への提言は、平和への力強いメッセージでもある」

文化遺産を次代に引き継ぐ為には、何より社会を平和に保つ必要がある。

社会を平和に保ち、文化遺産を襲う「戦禍や災害、毀損や滅失」、無知や偏見を排除し、守り、伝えていかなければならない。

その責務こそ、全体の奉仕者たる公務員レーゾンデートルである。

公務員が責任を負う、「全体」とは、いまある国民、市民だけを言うのではない、今の社会を形成してきた先人や、代々の先輩職員、次代の国民や市民、まだ生まれてもいない未来の人々に対する責任が求められているのだ。

こうした重い責任を自覚し、それを為す努力を果たしてこそ、歴史都市の中で生きる誇りを胸に秘める事が出来る。

責任を果たさぬものが口にする「誇り」など、単なる倨傲でしかない、驕心でしかない。小さく脆弱な自惚れでしかないのだ。

「誇り」とは作るものではない。金で買うものでもない。
守るべきものを勇気をもって守る時、胸に生まれるのが誇りだ。

歴史都市における文化とは、多数決ではない。そのような移ろいやすいものではない。

この歴史と文化のある名古屋において、このような「保存活用計画」を策定することは、歴史における汚点であり、文化に対する棄損である。


2018-02-04 「特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」における欠落

「特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」における欠落



2月8日(木)
18時30分 
から
名古屋市民会館 第2会議室
で、

特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」と
そのパブリック・コメント勉強会を開催いたします。

参加費は無料(会場+資料代として、実費程度のカンパは歓迎)

勿論、天守木造化賛成の方で、何が問題とされているのか知りたい。
と思われているような方の参加も大歓迎です。




それでは現在、名古屋市パブリック・コメントを求めている特別史跡名古屋城跡の全体整備計画となる「特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」(以下、保存活用計画)について書いてみます。

名古屋市:ページが見つかりません(名古屋市)


コレについては極力主観を排して書いてみたいと思います。
ですので、先に主観的意見を述べておきます。
私は当初、「どちらでも良い」と思っていました。本気で現天守を破壊し、竹中工務店の示したようなハイテク・ハイブリットの木造風天守を作るのなら、作ればいい。その時、名古屋市民の幾人かは目を醒ますだろうし、歴史の中で「河村名古屋市政とは何だったのか」という課題の大きな墓標となるだろうとも思えた。
ポピュリズムという民主主義の一形態が暴走すれば、如何に無残に、如何に醜悪な、喜劇が演じられるか、その記憶を残すのも意義があるだろうと感じたからだ。
そして、その債務(現見積もりの建設費用約500億に金利を加えた、750億円、更に維持費や改修費も加えた1000億円程度)は、長く名古屋市民の上にのしかかってくるでしょうが、それも自ら名古屋市民が選んだことであって仕方がない。

すでに、名古屋市はMICE事業の舞台である国際展示場愛知県に奪われつつあるのですが、ことここまで進んでも名古屋市民は目覚めようとしない。それなら、城郭の一つや二つ、壊してみてもピンとこないのだろう。そう思わなざるを得ない。

しかし、様々調べていく中で、現天守、鉄筋鉄骨コンクリートの現天守に対する重要性が理解できるようになった。そして、その現天守に愛着を持ち、涙を流す人まで居ることがわかった。こうした人々の心を無碍にはできないと感じるようになった。

私は、現天守閣は貴重であり、壊すべきではないと思っている。
しかし、これは主観的愛着であり、共感を押し付けはしない。
けれども、この共感に行き着かない人々の、ある欠落については非常に気がかりでもある。それは後に述べる。

さて、では主観を排して、「保存活用計画」について書いてみます。

まず中身の議論の前に、このパブリック・コメントについては即座に停止すべきであると考える。それは、「石垣部会」の構成員である有識者の指摘を受け、市当局が書き換えの可能性に言及しているからだ。書き換えられるのであれば、書き換えたものについてパブリック・コメントを求めるべきであり、完成もしていない文章について市民にパブリック・コメントを求めるのは誤りだ。
また、名古屋城天守木造化のスケジュールによれば、名古屋市はこうした全体計画を文化庁に3月頃には示さなければならず、その為には「市民意見を募った」という「アリバイ」が欲しい、その為に今のパブリック・コメントを求めるのだとしたら、まったく目的と手段が転倒した話であると断じざるを得ない。全体計画は「特別史跡名古屋城跡」をどのように保存すべきかという全体計画であるべきで、その策定を天守木造化のためだけに早めるとすれば、本来ある目的を見失っていると批判されてしかるべきだろう。

スケジュールの為に全体計画があってはならない。

ましてや、現在の文章で募ったパブリック・コメントを、新たに書き換えた「保存活用計画」に対して寄せられたものであると文化庁に説明するのであれば、それは虚偽である。
「保存活用計画」を書き換えるのであれば、新たにパブリック・コメントは求められるべきだ。

2018-01-31 !! 緊急 !! 本日の中日新聞報道について

これについては、それを報じた中日新聞とともに、名古屋市当局を批判した。
こうした歪んだ報道は、市民/購読者の利益を損じる。有ってはならない報道姿勢だ。


さて、やっと「保存活用計画」の中身について書いていくが、概要版でも24ページ、本文では230ページになる文章へのコメント募集を一ヶ月に切るというのも如何なものだろうか。その為に概要版があると言うかもしれないが、この概要版は概要版の体をなしてはいない。そもそも「保存活用計画」の中で、それまでの「特別史跡名古屋城跡全体整備計画」(以下、全体整備計画)を排して「保存活用計画」を全体計画とするとしているが、その理由は触れられていない。また、「 全体整備計画」と「保存活用計画」の差異についても触れられていない。こうした全体計画は長期的視野と、他の様々な計画との整合性が必要なはずだ、実際に石垣整備について、現在行われている北部馬出しの整備と、現在進めようとしている天守台、及び周辺の堀の調査と整合性が取れているとは思えない。

名古屋市はこの天守台及び堀の調査を石垣及び堀の維持のための調査と説明しているが、学芸員も置かず、調査の実施者が天守木造化を進める竹中工務店とあっては、その調査の目的が石垣や堀の維持のためではなく、天守木造化の為のものであることは瞭然ではないのだろうか)

この「保存活用計画」について、1章、2章、及び4章から7章までには異論はない。学術的には齟齬があるようだが、指摘しない。勝手に齟齬のある文章を天下に提示すればいい。
3章について、大問題があると感じており、それから導かれる8章は誤りの上に構築された議論であり到底容れられない。その為に以降の9章、10章にも頷くことはできない。

では、その誤りの起点である3章とは何か。

「保存活用計画」における「第3章 特別史跡名古屋城跡の本質的価値」の誤り。


この「保存活用計画」は第3章で「名古屋城跡」の「本質的価値」とは何かを議論している。「本質的価値」の議論既存の「全体整備計画」にはない概念であり、「全体整備計画」においては「本質的価値」などという言葉すら使われていない。

(この「本質的価値」という概念は、文化庁において「奈良平城京復元」の起点となった概念であり、文化庁に対して名古屋城天守木造化を認めさせるとするならば、このドグマに立脚する以外にないからではないかと言う見解がある。それにしても少々幼稚だ)


この「本質的価値」は概要版にも展開されており、そこには主に次の3つの項目が掲げられている。

御三家筆頭の尾張徳川家の居城であった城跡
○現存する遺構や詳細な資料により、築城当時からの変遷をたどることができる城跡
○現在の名古屋へと続く都市形成のきっかけとなった城跡


私はこれを読むと、この風景を連想してしまう。

f:id:ichi-nagoyajin:20180205003854j:image

これは、戦後、モージャー氏が、GHQの文民スタッフ(civilian secretarial staff)として1946年4月から1947年1月に日本に滞在した際、撮影した写真の一部である。

モージャー氏撮影写真資料 | 憲政資料室の所蔵資料 | 国立国会図書館


「保存活用計画」は、この本質的価値」の根拠を「昭和7 年(1932)の史蹟名古屋城の指定説明文」と「昭和27 年(1952)の特別史跡名古屋城跡の指定説明文」から導いている。

当然、ここでは昭和34年の天守復元事業は触れられていない。その写真にあるような姿しか把握されていない。


確かに、法的には「特別史跡名古屋城跡」とは大天守を含んでいない。
しかし、名古屋城天守は現に眼前にあって、間違いなく存在する。

そして既存の「全体整備計画」では、当然この大天守に対する「整備計画」も言及されている。

けれども、今回の「保存活用計画」では、昭和34年の天守復元事業は欠落したままであり、第二次世界大戦の戦災によって焼失したことも取り上げられていない。

奇しくも、市民説明会およびシンポジウム竹中工務店名古屋城天守の歴史を解説したが、その中でも天守そのものを焼失させてしまった第二次世界大戦による空襲は取り上げられていた。「特別史跡名古屋城跡」まして名古屋城天守の歴史を捉える上で、空襲による焼失は無視できる歴史なのだろうか。そして昭和34年の天守復元事業は無視をしても良いのだろうか。

それらの歴史的事実を無視して「本質的価値」を定めるということは、歴史的事実恣意的に選別するという行為であり、歴史の改ざん、歴史の修正ではないのか。

名古屋城天守において、それが消失してしまったという事実を隠蔽して「本質的価値」が語れるのだろうか。民主的な社会が建設された戦後に、市民の発意によって天守復元事業が行われ、現鉄筋鉄骨コンクリート天守が再建されたということを無視した「本質的価値」など本質といえるのだろうか。

このように欠落した歴史認識、重大な見落としがある「本質的価値」の上に、計画された「保存活用計画」は失当であり、認められない。


ここから、前置きの続きの余談。

最近、安倍首相が「(エンゲル係数の上昇は)物価変動のほか、食生活生活スタイルの変化が含まれているものと思います」と回答し、エンゲル係数の上昇が国民生活悪化ではないという認識を示した。

エンゲル係数が可処分所得中の食費の占める割合で、これが低くなれば国民生活が豊かになり、これが高まれば国民生活が苦しくなっている。(必須である食費の比率が高まる)というのは、中学校のレベルの常識のはずで、こうした答弁は異常だ。

そして、こうした答弁に歩調を合わせるかのように、誰かが Wikipedia の「エンゲル係数」の説明文を修正して、首相答弁に正当性をもたせようとする。その内、首相が「太陽は西から昇る」といえば、太陽がのぼる「あちら」の方角を「西とする」と言いかねない。

私は、若い頃、勤めた企業経営者に「私が黒と言っても、君等が白いと思えば、白と言えよ。私には目は2つしかないが、君等の目のほうが数が多いのだから。私に誤りがあればどんどん指摘してくれ」と言われた。世間で言う「ボスが黒といったら白いものでも黒といえ」などという文化は誤りであると思っている。また、三島由紀夫喝破したように、個々の知性を無視するような「道徳の押しつけ」は「奴隷道徳」であり、それは社会を困難にさせるという意見にも賛成だ。

80年台頃だろうか、「価値相対化」が表面化し、それは様々な在り方の尊重多様性尊重には道を開いたが、一方では価値基準の破壊となり、価値基準を喪失したまま漂流している問題も散見される。確かに様々な問題で価値は相対化され、それまでの伝統的な権威解体されたが、それでもなお共通認識として成立している前提はあるのであって、こうしたものすら受け入れないとすれば社会は千々に乱れるだけだ。そこでは人間は生存できない。暴力的弱肉強食のルールが支配することになるだろう(完全に価値が相対化され、個々が自由放佚であり、それを制限する法の支配自体も相対化される対象であるのなら、その法の支配よりも強い暴力を掌握した者が法を超越して社会を支配することになる。これは人間の社会ではない)

小泉構造改革から打ち続く、デフレ不況と、その結果としての格差拡大
その原因を作る、均衡財政論。財政再建論。(つまりは、弱者切り捨ての理論

雇用の流動化と、家庭の崩壊結婚できない若者の困窮、少子高齢化
こうした厳しい社会情勢を背景にした、排外主義差別主義の顕在化。

排外主義差別主義と軌を一にした歴史修正主義

これらは全て「視野狭窄」という原因を持つ。

自身に都合の良い「事実(の欠片)」をつなぎ合わせ、それに反する事実について受け入れない。こうした視野狭窄思考停止がこの社会を困難に陥れ、日本経済大国から沈没させたのだろう。

今日ここで、このような偏った歴史認識によって、貴重な名古屋城天守を破壊するとすれば、私たちは終戦直後名古屋復興した人々にどのような釈明ができるのだろうか。

そして、そのような貴重な文化財を失ったことを、100年後の名古屋市民にどのように説明することができるのだろうか。

「今」の名古屋市民の視野だけでなく、戦後名古屋市民の視野、100年後の名古屋市民の視野、そうしたことに思いを致すことができなければ、それも「視野狭窄」なのだ。

8章内部の問題、比較衡量の問題ついて書くスペースが無くなった。
別の機会に譲る。

2018-02-01 名古屋城天守木造化事業の現状について

名古屋城天守木造化事業の現状について


追記:
2月8日(木)
18時30分 
から
名古屋市民会館 第2会議室
で、

特別史跡名古屋城跡保存活用計画(案)」と
そのパブリック・コメント勉強会を開催いたします。

参加費は無料(会場+資料代として、実費程度のカンパは歓迎)

勿論、天守木造化賛成の方で、何が問題とされているのか知りたい。
と思われているような方の参加も大歓迎です。


前回に続いて、名古屋城の話題を書く。
ここのところ、当ブログは月刊化や季刊化していたが、ここで連続して投稿させていただく。

今回は、現在の名古屋城天守木造化事業の現状についての私の認識について書く。
次回は(運が良ければ明日)「保存活用計画(案)」の問題点について書く。

その前に、重大な事実誤認について訂正しておかなければならない。
私は法律の条文を読み誤っていた。

去年の5月、名古屋城天守木造化事業は、建築基準法違反であり、建築基準法第3条で謳われた除外規定には当てはまらないのではないかと「疑義」を述べた。

2017-05-12 名古屋城天守閣木造化契約についての疑義

疑義の主旨は、この法律は「現に存在する文化財建造物に対して、建築基準法適用するような事はしませんよ」というものであり、現に今は無く、これから作る建造物に対しては当てはまらないのではというものだった。建築物にすべて現代の建築基準を当てはめて、安全意匠の変更を求めるならば、それでは歴史的建造物の価値が損なわれてしまうという主旨は良く理解できる。奈良時代江戸時代に、現代の建築基準などないのだから、法を後から当てはめるという事も乱暴な話だ。

法的事実に照らしてみても、「名古屋城天守(焼失したオリジナルも、現天守も)」は1号、2号に適合しない事は明白だ。

私が読み落としていたのは4号の次の部分だ。「保存建築物であつたものの原形を再現する建築物

この「保存建築物」とは、3号の規定に当たる建造物だ。

「3.文化財保護法第百八十二条第二項 の条例その他の条例の定めるところにより現状変更の規制及び保存のための措置が講じられている建築物(次号において「保存建築物」という。)であつて、特定行政庁建築審査会の同意を得て指定したもの」

文化財保護法第百八十二条第二項も押さえておこう。
「第一八二条 2 地方公共団体は、条例の定めるところにより、重要文化財重要無形文化財、重要有形民俗文化財重要無形民俗文化財及び史跡名勝天然記念物以外の文化財で当該地方公共団体の区域内に存するもののうち重要なものを指定して、その保存及び活用のため必要な措置を講ずることができる。」

つまり、「国において重文などに指定された建築物以外について、地方公共団体条例を定めて保存活用などを講ずることができる」としている。

この条文と、先の建築基準法3条1項3号、および4号をつなげるとこういう事になる。

「国において重文などに指定された建築物以外について、地方公共団体条例を定めて保存活用などを講ずるか、別途条例を定めた建築物(「保存建築物」)について、特定行政庁(その地方公共団体)が建築審査会の同意を得て指定した建築物については、その保存建築物であつたものの原形を再現する建築物で、特定行政庁地方公共団体)が建築審査会の同意を得てその原形の再現がやむを得ないと認めたもの」について、建築基準法の適応除外とする」

私は現に無い建造物に対してはこの法律は当てはまらないものだと理解していた。
予め「指定した建築物」があって、「原形を再現する建築物」について語られているものだと。

指定するには、現に建築物が必要だろうと解釈していたが、違うようだ。

先に建ててしまって、後から「保存建築物」として指定する。または、まだ現物は無い内に「保存建築物」として予め指定する事も可能だという事らしい。

勿論、ここには「建築審査会」の同意が得られるだけの「安全性」と「再現の必然性」が必要なのだろう。
しかし、現にある建造物以外を除外できる法律とはなっていない。

つまりいくつかの条件をクリアできれば、木造化天守建築基準法の適応を除外できる。

先の文書を読まれた方には、素直に謝罪して、見解の変更をご報告する。

追記:
書き漏らしていた。
この誤りは、ある方からの指摘によって確認できた。
私の反論に根気よくお付き合い頂き、誤りをご指摘いただいた事に感謝申し上げる。
また、その方の見解では、
愛媛県大洲城の再建はこの法律が適応された例だが、大洲城の前例を名古屋城に当てはめるには無理がある。
1.規模が違いすぎる。法同等の安全を図るためには、竹中工務店の当初設計のようにハイテクハイブリットの木造風建築物にする以外ないだろう。それでも外階段は設置しなければならないし、ケーソンを抜いて、確実に地盤に到達する杭を新たに打つ必要があり、その為には文化庁の許可が必要となる。また、小天守については石垣に乗ったままの構造のはずで、こちらは石垣に工作しなければ建て替えは不能。どうしても文化庁の許可がいるが、出るとは思えない。
2.大洲城では、既存建築物はなかった。既存の櫓があることで、一体として復元をする利点が有った。しかし、名古屋城にはすでに文化財としての価値がある現在の天守閣が有り、これを壊してまで危険で高コストの再建を行うメリットは考えられない。ましてや500億円を超える公費負担で再建するというのは、正気を疑う。
との事だった。


さて、ではその私の現状認識。(この見解の変更で、私の現状認識は<あまり>修正を受けない。もちろん、「そんな事の解釈を間違えていた者の認識なんぞ聞く気にはならない!」という方は、どうぞお引き取りください)

一般的なニュース、テレビや新聞報道では、「名古屋城天守閣木造化については、一部反対や疑問を呈する市民はいるものの、より研究が進んでいる。史実に忠実な本物復元と、バリアフリー対策などについて、名古屋市はより検討を進めている」

ということだろう。

「保存活用計画」についてパブリックコメントを求めている事を記事にしたり、この「保存活用計画」が正式に採択されない限り、名古屋市には法的に「名古屋城天守木造化」をすすめる計画などない(法的に有効な筈の「全体整備計画(案)」には、「名古屋城天守木造化」は盛り込まれていない)事には触れられていない。


現在、「優秀提案者」とされている竹中工務店と、名古屋市の間では「基本設計」を作成するという契約しか存在せず、この基本設計段階で計画が頓挫しても名古屋市竹中工務店に責任追及は受けない。

この「基本設計」についてはこの2月末までに作成終了する必要があるが、竹中工務店の責任ではない理由で、「基本設計」は終了する事が出来ないだろう。(または、「基本設計ができた」としても、それが法的な「基本設計」の条件を満たしているか疑問だ (「基本設計」の条件は国土交通省告示第15号に整理されているそうだ。 http://www.mlit.go.jp/common/000048579.pdf )

その話の前に、名古屋市会は「基本設計」費用について議会議決している。

中日新聞はこの議決を「名古屋城天守閣木造化決定」と書いたが、議会付帯決議については無視をしている。

議会は「名古屋城天守閣木造化」に対して次のような付帯決議を付けており、それが満足されない限りは、それ以降の「実施設計」「施工」予算は承認しないだろう。(できないだろう。これが不思議だ。議会の中の経年議員(いわゆる「ボス」は、名古屋城天守木造化に賛成、推進の立場の者が多いが、市税投入となっても賛成するのだろうか?経年議員であれば、名古屋市が当初掲げていたような採算計画に実現性が無い事は明白であって、頓挫は織り込み済みだと思うのだが)

議会が求めている事は主に3つ

1.採算計画は実現性が乏しいが、それに近づける為の来場者拡大の試み
2.市の負担を軽減する県や国からの補助金要請、減税政策をはじめとする財政フレームの見直し
3.505億円の工費の圧縮

ところが現状はどうか。

1.3000人来場者があっても、1500人程度しか天守内部には入れない試算がある
2.県や国に補助金を要請した形跡はない。文化庁天守木造化に理解を示していない。というよりも、今に至るも、名古屋市文化庁正式には「名古屋城を木造復元する」という方向性を示していない
3.工費の圧縮どころか、学識経験者の会議が紛糾して計画が遅延するなど、工期の延期も考えられる。また、エレベータを設置せず、介護スタッフを置くなど、今まで無かった運営経費が想定されるなど、費用負担は膨らむ傾向にある。

いままでも、名古屋市議会付帯決議を無視してきたので、今回も無視するのだろうが、無視されれば議会としても、これ以上の議決は必要ないのではないのだろうか。議会が予算を議決して見せれば、この基本設計予算のように「議会において決定」と中日新聞は書きたてるだろうし、当局も「議会において決定を受けている」と責任を議会に押し付けるだろう。


さて、基本設計そのものに話題を移そう。

基本設計とはその建物に盛り込むべき各種要望を具体的に検討し、盛り込んだ設計を示すこと。
らしい、施主から示された要望を盛り込み、(予算的制限や、法的制限によって)盛り込めなかった場合には、その旨を明記することが求められる。

つまり、この基本設計で施主と施工者の意思を共通化できなければならない。

当初、施主である名古屋市の意思は具体的であった、それは「名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募プロポーザル 業務要求水準書 平成 27 年 12 月 (平成 27 年 12 月 10 日更新)(以下では、「業務要求水準書」) 」に明記されていた。

名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募型プロポーザルを実施します。:名古屋城公式ウェブサイト

ところが、最近、この名古屋市方針がブレている。

例えば、最近の報道によると、天守の屋根瓦の加工をどのようにするか、「有識者会議」で議論になったそうだ。それは今回行われた市民説明会でも示され、幾つかの案が示されていた。

f:id:ichi-nagoyajin:20180131220802j:image

しかし、「業務要求水準書」にはすでに次のように書かれていた。

復元の設定年代は、大天守の宝暦大修理後(焼失前と同じ)とする」

また、「史実に忠実」という事で、全体の整合性を気にしているようだが、本丸御殿の設定年代は宝暦大修理後ではない。つまり、本丸御殿が完成し、天守復元された時、それは史実には存在しない姿を「再現」することになる。

復元建築物を作成するのであれば、この「設定年代」は真っ先に決定すべき議論だろう。
それがこのブレ方。そして、このような事は、市民に同意を取っているのだろうか?

銅板で再現された名古屋城天守は、今のように緑しょうが浮かぶまで、さぞや燦然と光り輝くだろう。
やがて、その輝きは失せるだろうが、さて、果たして新築なった名古屋城において「光害」は発生しないものだろうか?

最近では、屋根などに設置した太陽光パネルによる「光害」が問題となっており、パネルの撤去損害賠償請求の一部が認容された判例も出ている(横浜地裁平成24年4月18日)


また現在の天守木造化問題で、大きな課題となっているのが「バリアフリー」の問題だ。

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「業務要求水準書」では第2節の主な設計条件の7に
バリアフリー化」を盛り込んでいるし、続く第3節の施設計画においても「5.ユニバーサルデザイン」の項目を置いて、車いす利用者だけでなく、視覚障害者高齢者子ども連れ、外国人利用者に対するバリアフリーまで明記されている。

つまり、現在名古屋市が言っているエレベータ設置についての検討や、保存活用計画に記載されている「介護スタッフ」による対応。河村市長が言うような背負子ドローンによる対策などは、名古屋市自身が策定したこの「業務要求水準書」の条件を満たしていない事になる。

竹中工務店はこの「業務要求水準書」を元に、この2月末までに「基本設計」を作成しなければならないが、これほど施主側の要望にブレがあっては、基本設計など作成不能だろう。(要件定義ができなければ、基本設計などできない)

曲がりなりにも、天守木造事業として具体化した「業務要求水準書」の要件を、名古屋市自体が突き崩している。ちゃぶ台をひっくり返しているのは、名古屋市自身だ。

昨今の議論を、「3年前に巻き戻っている」と指摘する人も居る。

さて、最近。国際展示場計画がとん挫したという報道があった。
本来、国際展示場は、愛知県内には名古屋市だけに有った。

それを愛知県が、常滑沖の空港島に新設するという。
名古屋市においては、国際展示場があった金城埠頭には、レゴランド等が設置されたことから、金城埠頭を離れて、10万平米という巨大な施設にするために、新たな用地を含めて整備する方針だったようだ。ところが、こうした方針に水を差したのが河村市長で、独自に「稲永案」や「空見案」を打ち出し、遂には金城埠頭整備に戻って迷走している。

市議会から県との協議を求められた河村市長は、締め切りギリギリの今月になって、1月22日の月曜日に、自ら県の担当部局に質問書を提出したそうだ。回答期限は1月26日。週末までにということだ。町内会の話し合いでもあるまいに、通常の民間企業でも成立しない「協議」の仕方だろう。常識を疑う。

名古屋市にあった国際展示場は、ミスミス愛知県に奪われるかもしれない。

河村市長が打ち出した10万平米の国際展示場など、この無能には無理だったという事だ。

地域委員会も無理、減税も10%から3.75%へ縮小。地域政党も消滅寸前。
何をやらせても形にならない、形にできない。SLも無理なら、1000mタワーとやらは話にも出ない。

実は、この名古屋城天守木造化も、こうした「口だけ」の「毛ばり」であって、
文化庁役人が反対する」だとか、「国交省が、わしを潰そうとしている」とか言う為の、プロレスをやっているのではないのだろうか?

住民説明会では「国宝になるのであれば、早く着工してほしい」という意見を述べたヒトも居た。
市民の中には、木造復元天守国宝になると、今に至るも誤認しているヒトも居るだろう。

同じ住民説明会では「木造復元の為に行った寄付を返してほしい」というヒトも居た。

名古屋城天守が木造化されれば、国宝になると信じて寄付を寄せたヒトも居るだろう。
そういうヒトは、この計画がとん挫すれば、文化庁国交省、あるいは反対を述べていた私などを恨むだろう。しかし、本当に恨むべきは誰なのだろうか。

次回は「保存活用計画(案)」の問題点について書く予定だ。