イチニクス遊覧日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

0000 | 00 | 01 |
2001 | 01 | 02 | 08 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 11 | 12 |
  □これまでの日記一覧

2005-08-21

[] なぜ人を殺してはいけないか

倫理・宗教・法律を持ち出さず、かつ情に訴える以外の方法で、「なぜ人を殺してはいけないか」を説明してください。説明できない・いけない理由はない・ケースバイケース、という類の回答はご遠慮ください。

はてな」での質問。

「なぜ人を殺してはいけないか」ということを、万人に解るように説明するにはどうすればいいのか、ということについては、私もよく考えるのだけど、なかなかうまい答えはみつからない。このへんについては、質問者のmichiakiさんも過去のエントリで書いている。→(http://d.hatena.ne.jp/./michiaki/20050103#1104681788

上の質問に対する1番シンプルな答えはこどものもうそうblogの米光さんの答え、

これは、「われわれは、なぜ人を殺してはいけないか」という疑問である。

「殺してもよい」と設定すると、人は殺しあっていなくなる。

「われわれ」がいなくなることを「われわれは」望まない。

というか、いなくなった「われわれは」、いい/いけないを判断することができない。

よって、「われわれは、人を殺してはいけない」と言わざるを得ないのである。

http://blog.lv99.com/?eid=247607より

なんじゃないかと思うのですが、上の質問で倫理宗教法律抜き、という条件がついているのは、たぶんそういった概念の通用しない相手にどう納得させるかという意図があるんじゃないかと思う。(参考→ http://d.hatena.ne.jp/./michiaki/20050817

ともかく、そういうつもりでこの質問に答えようとすると、上の回答もまたずれているような気がする。

まず、上の状況設定を社会の中に生きている人に限定することにする。(社会の外にある相手に対し何かを納得させる、ということはまた手段が違ってくる気がするので)

その上で私がちょっと考えたことをまとめると、46番の回答者の方に近い気がします。

「殺してはいけないか」という質問の前に「なんで殺すのか」という質問があり、その回答となる動機次第であるように思う。人を一人殺すということは「自分」がいなくなるのと同じことだ。文字どおりの自分ということでなくて、全ての人間は自分と同じように奇跡的な確率で生まれ、その瞬間まで生き延びて、この先にも様々な可能性を持っているという意味で。そしてその可能性を消し去るほどの理由なんていうものは存在しないのではないだろうか。

また、嫌な言い方になるけども、殺すという行為にはそれだけのリスクが伴われる。殺す瞬間に殺されるかもしれないし、法律のある世界ならば罰を受けるだろうし、憎まれたり社会的に迫害されたりもするだろう。それだけでなく、いつか自分自身が「後悔」するかもしれない。

そして、そういったリスクを伴うことを覚悟、認識できる人だったら、他者の状況を自分自身に置き換えて考えるということも出来るだろうし、そもそも「殺すこと」を選択しないのではないかと思う。つまりこれは、社会が作り上げたルール(例えば法律とか)を抜きにしても、結局、社会にあるその人の「場所」みたいなものに訴えかけてることになるんだろう。もし、それを「いらない」と答える相手だったら、なぜその対象が他者なのか、というところに矛盾があるような気もするし。

上の質問に対して考えたことはこんな感じです。

まぁ、こんな言葉では倫理宗教法律などという概念の通用しない相手には納得してもらえないだろうなと思うし、だからやっぱりその人一人ひとりにあわせた言葉でしか説明できないのかもしれない。

むずかしいです。