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  □これまでの日記一覧

2005-11-30

[][] FISHMANSたくさん

近頃怒涛の勢いで流れてくるフィッシュマンズ情報に追いつけずにいるのですが、今朝mixiコミュで知ってちょっと興奮してしまったのが、11/25の名古屋ダイヤモンドホールでのライブ光景について。

大好きなキセルがゲストで出る、というのは知っていたのですが!!うわーん!!ゲストボーカリストのトップバッターとして出て、

「IN THE FLIGHT」

をやったそうです。うーわーどうしよう。「IN THE FLIGHT」はフィッシュマンズの中で最も思い入れのある曲の一つなのですが、あの音とメロディはキセルととてもよく似合う気がしますよほんと。あのイントロのリズムマシンの音なんて、とくに。そんでもって「IN THE FLIGHT」の次は「バックビートにのっかって」だそうです。あー!!聞きたい。どうしよう。大晦日にスペシャでやる"THE LONG SEASON REVUE"の放送*1では名古屋の映像もあるんだろうか……。あってほしい。

という訳で「宇宙 日本 世田谷」について改めて書いたりしてみたい。たぶん今日の夜にでも。

ついでにfishmans情報いろいろメモ

リリース関連

以前ライヴCDとしてリリースされていた『98.12.28 男達の別れ』の映像版。当日の記録用カメラ3台の映像素材を元に新たに構成されている模様。

http://www.bounce.com/news/daily.php/6567/headlineclick

発売予定日は12月28日、というところが、また。そして先日シングルと共に発売になった「若いながらも歴史あり 96.3.2@新宿LIQUID ROOM」も欲しい。買いに行かなきゃ。

フィッシュマンズ展 〜 THE LONG SEASON REWIND 〜

フィッシュマンズ展 〜 THE LONG SEASON REWIND 〜

フィッシュマンズに感銘を受けて現在に至るアーティストが、フィッシュマンズの曲を1曲選んで、 そのジャケット(アナログ盤ジャケット)をオジナルで描き下ろしで描く。

■会場:NANZUKA UNDERGROUND 

□東京都渋谷区渋谷2-17-3 渋谷アイビスビルB1F TEL 03-3400-0075

■会期:2005.11.23〜2005.12.30

■入場料:¥500

http://nug.jp/fishmans.html

欣ちゃんの秘蔵写真、というのが気になります。

映画化!?

今年11月に行われるリユニオンライヴ『LONG SEASON REVUE』をメインに据えたドキュメントムーヴィーの製作が遂に決定! 監督は彼らの映像クリップを多く手がけてきた、川村ケンスケ。

http://fishm.jp/top.asp

公開は2006年とのことです。imode・ez音楽公式サイトで最新ニュース配信とあるけど、ボーダなので…そんなのばっかり。

[][] ジョニー・キャッシュの伝記映画

ジョニー・キャッシュの伝記映画「Walk the Line」がアメリカで公開されているらしいということを今さっき知りました。遅い。でも早くみたい。主役はなんとジョニー・キャッシュ自身が生前に指名したホアキン・フェニックスだそうです。監督はジェームス・マンゴールド。

日本の公式サイトはまだないようですが、紹介されてるブログはいろいろあったので参考にリンクさせてただきます。

「Audio-Visual Trivia for Movie & Music」さん

http://zenigeba.lolipop.jp/weblog/archives/2005/11/walk_the_line.html

「ツボヤキ日記」さん

http://ameblo.jp/tuboyaki/entry-10003219002.html

日本公開はいつなんだろうなぁ。

ちなみにジョニー・キャッシュのアルバムで、今もよく聞いているのが「American III: Solitary Man」で、このアルバムには、 Bonnie 'Prince' Billy名義でのWill Oldhamの「I See a Darkness」が収録されています。ウィル・オールダムのおかげでジョニー・キャッシュを聞くようになった私にとっては夢の共演でした。

American III: Solitary Man

American III: Solitary Man

[] そういえば暖かい

ichinics2005-11-30

ス停の紅葉がいまごろ赤くなっていることに気付いて、ようやく今年は暖かいということに気付いた。10月のほうがよっぽど寒かったような気がする。

給料も出たし、コート買おうかなと思っていたのだけど、なんだかそんな気分にもならなくて、ブルゾンとか買ってしまいそう。ここは我慢してセールまで待とうかな。なんて言って去年は買わなかった気がする。

[] 私が連続させてるそれ

昨日、というか今日もぐずぐずと考えつつ結局言い訳ばかりになってしまった昨日の文章をいじりながら、心底よく知らないことについて書くのはやめたほうがいいなと思いました。

でもなんとなくすっきりしないので、もうちょっと個人的なことを書いとくと、私がここで日記を書きはじめてもうちょっとで1年経つのだけど、ここを現実の友人に知らせていない(ごく一部知ってる人もいるけど)のは、ただ単にこんな風に考え過ぎたりする自分を見せるのが恥ずかしいからだ。かと言って、ここに書いてる内容を現実の友人に言えない訳ではない。

これは何なんだろうな。どんなに恥ずかしいことを言っても大丈夫な場所をとっておきたい、つまり自分の本来の名前と断裂させときたいってことなのかもしれないです。と書くとそれほど大げさなことでもないように思うんだけど。

2005-11-29

[] 人格を選ぶ自由と連続させる自由

私が「哲学」というものに積極的な興味を持つようになったのはつい最近のことで、それは私個人にとってはかなり目から鱗な体験だったのだけど、なんの縁か今関わってる仕事でも長大な古い哲学書を読む機会に恵まれ、おかげで最近はネットを見る時間もあまりとれなくなってしまった。古い本はとにかく読むのに時間がかかる。

それでも時折、息抜きにアンテナを覗いたりしているのだけど、今日「モウビィ・ディック日和」のishmaelさんが先日書かれた文章『連続的な人格という幻想について』(http://d.hatena.ne.jp/./ishmael/20051127)を読んでいたら、今読んでいる本と重なるところがあり、久しぶりに自分の考えたことを書いてみたくなった。(ただ、以下にだらだらと書いてることは個人的な漠然とした考えに過ぎません、と最初に言い訳しておきます。)

 *

ishmaelさんが書かれている文章には「A」と「B」という二つの相反する仮面(人格)が同一人物のものだとわかっていても、それぞれの人格には連続するものがある、と捉えられるのではないかと書かれていた。そしてネット上では特にそれが顕著であり、逆にいえば「A」と「B」とその中の人の人格に連続性を感じない。(正確なニュアンスはishmaelさんの書かれたものを読んでいただいた方が確実だと思う)

これと同じような仮面の付け替えが行われる例として「大学デヴュー」と「ネット上の人格」が挙げられている。

この「大学デヴュー」は、いわば上に挙げたオークションでの多重IDとは逆の方面から見た人格の断裂の例だと思う。つまり、名前が変わるんじゃなくて、状況の方が変わって名前の持つ意味が相対的に変化したということになろうか。

http://d.hatena.ne.jp/./ishmael/20051127/1133116435

僕らは、ネットというこのもう一つの人格が存在可能なディメンジョンを手に入れることで、いわば現実の世界を相対化してしまえる状況を手に入れた。いまやこのネットという層は、現実のサブシステムなんかではなく、現実とのパラレルな関係を維持する巨大なもう一つの空間へと育ってきつつある。

http://d.hatena.ne.jp/./ishmael/20051127/1133116437

現実での人の仮面は「役割/社会的立場」のようなものと「精神/一般的に人格と呼ばれるもの」に別れる気がする。そこから、上記の2点の大きな違いを考えてみると、現実の状況の変化による仮面の付け替えが、それまでの人格(名前)の更新として捉えられることも可能であるのに対し、ネット上での人格の構築というのは、現実の人格との繋がりは意図的にしか行われないだろうし、断裂したままであるとすれば、人格の更新とはならない(ということはそれは外部からしか更新されないってこと?)。その代わり、というか現実に無い側面として、「役割」と「精神」というもの以外の何かを伴う事が出来る、もしくはそのどちらかを伴わないでいられるような気がする。

私は最初、ネット上の人格もまた「それを継続させることでしか認知されない」とここに書いたのだけど、よく考えてみると、それは間違っている。

例えばソーシャルブックマークでの一言コメントや匿名掲示板による発言は、そのバックグラウンドとしての情報が何一つないとしても、発された言葉がもつ「人格」のようなものを伴いそれを見る誰かに影響を与える。

「世間の人というのは生の大きな芝居を一緒に演ずる役者である」というカントの言葉に当てはめて考えてみると、現実では、新たな役(仮面)を手に入れるということは得てしてひどく困難なことであると言えるだろう。現実の人格は社会での役割と切り離しにくいものだからだ。

その反面、肉体を伴わないネット上の人格(この場合HNを含む匿名の)は、いつでも消去(仮面をはずすこと)が可能であるということから、とても軽やかなものに映るし、いくつもの仮面を(多重IDのように)付け替えることすら簡単に思える。ただ、その一時的な「一つの言葉」としての「人格」は、連続的な人格とは言えないと思う。つまりネット上での人格は、連続することで初めて「役割」のようなものを得るのではないだろうか。

だとすると、ネット上に「世間」という舞台を構築するには、他者からどう見られるか、どういう「役割」を与えられるかというところでしか「人格」は発見されない。そして「役割」を与えられるためには、「人格」を連続させなければならない。と言うことが出来るような気がする。

 * 

ちょっと混乱してきたので、ここで話を最初の「A」と「B」に戻してみる。「A」と「B」とその「中の人」の人格に連続性を感じないが、「A」という人格には連続した一貫性のようなものを期待すると仮定する。しかしその一貫性は「A」がそれを継続させてきたことではじめて認知されるものでもあるのだ。ishmaelさんの例を参考にすればオークションでの評価が「汚いA」と「綺麗なB」が仮に同一人物だったとしても、綺麗なBを作り上げる為には、他者の評価が必要だ。たとえそれまでの取り引きを全て自演で行っていたとしても、今自分が他者として相対しているBは「綺麗な」評価を必要としているはずだ、と言えるのではないか。まあ、この辺りは実際にオークションを利用したことがない私にはよくわからないのだけど(わからないで書いて申し訳ないです)そこに他者が介在する「社会(この場合オークション)」がある場合には、やはり人格の連続が期待されていると思うのだ。

そのように、ネット上での「人格」を連続させる場合には、それは「中の人」である自分とかけ離れたものであることは難しいんじゃないだろうか。不可能ではないけれど、あまりにもかけ離れた人格を同時に演じ続けるということは、現実の人格になんらかの影響を及ぼすのではないかと思うし、だからこそ、先ほどの「A」と「B」がそれほどまでにかけ離れた人格として存在しないで欲しいなと感じるのだけど、これはまた別の話だろう。

 *

ともかく、現実での『名前の持つ意味を相対的に変化させうる「状況」を作り出す』ことが困難だからこそ、ネット上では、役柄の獲得というよりは、どの芝居に参加(人格を連続させる)するのかを選ぶ自由の方が開拓する余地のあるもののように感じる。つまり、その人格が他者に認知される切欠として、属する社会や役割が最初にある現実とは別の方法で、そこに発見されることができるんじゃないか。なんてちょっと大げさだけど。

もちろんネットも現実も全て全体として大きな芝居(社会)なのだけど、それは同時に小さな芝居が同時に起こっている状態のことであり、その小さな芝居はそれぞれの「規範」を持っている場所だ。つまり現実の人格とは断裂した人格を持つと言うことで、新たな「規範」もしくは「価値観」を手に入れることの自由さが、ネットにはあるといえるんじゃないだろうか。例えば匿名掲示板でのやりとりなんかは、そこへ参加するそれぞれが、一つの場を構成する為に複数の人間が一つの役割をになっているようにも見えるのは、それがその場の「規範」だからなんだろうし。と、ここらへんも結局自分の実感を伴っていないのでよくわからないんだけど。

 *

最後の文章でishmaelさんが抱いている「地上の倫理をネットワークへ直接つないでしまいつつあること」への懸念は、鈍感な私にはいまひとつピンとこない。私のイメージだと監視管理が当然の場になること、もしくは現実の価値観とイコールな場所になること、という感じなのだけど、こういうこと考え出すと自分は何も知らないなあと思う気持ちのが強い。

ただ、その自由も何にも縛られずにいればやがて失われてしまうだろうとは思うし、その自由を守るには、やはり個々の振る舞いを正す倫理や常識や作法が必要になってくるだろうとは思う。自由とは秩序のない所には生まれないものだし、その秩序を保つものは、ishmaelさんの言葉を借りるなら「誇り」であり、先日読んだ「人間以上」*1から引用するなら「品性」であると思うのだ。しつこいようだけど、気に入っている箇所なのでもう一度引用する。

それによって個人がおのれの種を助けてゆくように生きていく慣例や一連の規律には、名前がなければいけない。道徳よりも上にある何物かなのだ。

それを仮に品性(イーソス)と定義しよう。(p352)

それは服従よりも、むしろ信頼を求めるおきてなのだ。(p364)

シオドア・スタージョン『人間以上』より

なんだか結局希望的観測のような文になってしまったけれど、私はインターネットの成り立ちみたいなものに詳しくないし日々変動しているであろう状況にも疎いので、あくまでも個人的な考えでしかないです。ただ、どんなに人格が断裂していたとしても、根源となる人は1人だということを、忘れちゃいけないような気がする。

なんだか思いつくままに書いてしまったのでいつの間にか最初に書いた哲学の話とはかけ離れてしまい、結局かなり書きなおしたりしてしまった。考えながらってよくない。

これ以降に考えが変わったら追記もしくは別の文にする。

[][] ビッグコミックスピリッツ 12/12号

QUOJUZコジューツ
2ndシーズン開始。2人で温泉旅行のはずがやっぱり姉3人も参加という話。
20世紀少年
佳境。いよいよ終わりが見えてきたのかも。
バンビ〜ノ!
やっぱり料理人だったあすかさんの彼氏。もしかして今後この人と店やるとか?
ハクバノ王子サマ
気まずいタクシーの中の巻。そしてついに小津が行動する。わー!
ボーイズ・オン・ザ・ラン
はじめて自分のいる状況が「ぬるま湯」だったことに気付く主人公。ここから本題スタート?やっぱボクシング習うのかな。
闇金ウシジマくん
面白くなってきた。一矢報いたかなというところ。そして黒幕はもしかして、というところまで。でもピンチなことには変わりない。どうなるのかな。
テレキネシス
今回は「炎の戦線エル・アラメイン」と「砂漠の戦場エル・アラメン」ラストちょっとじーんとした。敬礼に弱いです。

「おねがい!サミアどん」を思いだした。

2005-11-28

[][] ミツバチのささやき

ichinics2005-11-28

asin:B00005HBHQ

監督:ビクトル・エリセ

アナ・トレントの鞄」を読んで思いだして久しぶりに借りてきて見ました。少女が主人公の作品には大好きなものが多いのだけど、これもその一つ。

舞台はスペイン内戦直後の田舎町。アナとイザベルの姉妹が町に巡業しにきた映画「フランケンシュタイン」を見るところから物語ははじまります。

「現実を楽しむ能力を失ってしまった気がする」と手紙に書く母親、ミツバチの研究をしている寡黙な父親、そして姉妹は家族として一つ屋根の下に暮らしているのに、別々の空間に生きているように見える。

映画を見終わったアナは「フランケンシュタインは何故殺されたの?」とイザベルに質問し、彼女の答えからその存在を探し求めるようになるのだけど、その好奇心の中には言葉にならない、ただ真摯なものがあるように感じる。しかし、そのアナの思いは周囲の人々とは共有されないし、仲の良いはずのイザベルですら、アナの気持ちを理解することはできない。アナは1人で、自らの深淵へと降りていく。

家族がバラバラに行動しつづける姿は、たぶん父親が研究しているミツバチたちの動きと重ね合わされているのだと思うけれど、同時に内戦を経たスペイン国内の人々を映し出すものでもあるのだと思う。そしてアナが体験する2つの出会いは、他者、もしくは世界をそのまま「ある」ものとして認識することへの試みのようにも感じられる。

アナもイザベルもほんとに愛らしい。笑っていたかと思うと、ふと悟りきったような表情を垣間見せたりもして、特にアナには、ついその目を覗き込みたくなるような魅力がある。寡黙な物語ですが、その中には発見するものが多い。DVD再発したら買うのにな。

 *

ところで、アナとイザベルが学校で授業を受けているときに手作りの人体模型(けっこう適当)の「ドン・ホセ」というのが出てくるんだけど、黒田硫黄さんの漫画「南天」(大王 (Cue comics)に収録)に出てくるドン・ホセはこれが元ネタだったのか!と気付いて嬉しかった。

あともう1つ気になっているのが、学校の授業中に女の子が朗読しているのは何だろうかということ。

[][] 青の稲妻(任逍遥

青の稲妻 [DVD]

青の稲妻 [DVD]

監督:ジャ・ジャンクー

少年でも青年でもない、2人の19歳が主人公。舞台は中国の地方都市。

いまどきの青年*1シャオジィはダンサーのチャオチャオに一目惚れして彼女を追い回している。その友人ビンビンには大学受験を控えた彼女がいる。2人とも無職なのだけど、特にそれを気にする素振りもなく、変わり映えのしない毎日を恋でうめようとしているかのように見える。

冒頭を含む数シーンでオペラを歌い続ける男がでてくるのだけど、2人は彼にあきれつつも、彼のように何かに熱くなりたいと願っているように見える。しかし2人の恋はなかなかうまく行かず、社会情勢は自分達を置き去りに日々変化していく。ニュースがテレビの画面を通じてしか知らされないことは、主人公と社会との距離を象徴してるんだと思う。

その置いて行かれる感じは、中国のような広大で人口も多い国だからこそ、より切実なのかもしれない。原題の「任逍遥」という言葉は「自分のやりたいことをやる」という意味だと映画の中でチャオチャオが語るシーンがあるのだけど、この映画の中に居る人は皆、手をかける場所すらない大きな壁の前に立ち尽くしているようだ。太刀打ちの出来ない現実に対しては、結局虚無感でしか対抗できないのだろうか。シャオジィの「俺は30歳までで充分」という台詞を聞いて、そんなことを思った。

いつかこの監督が彼らの30歳以降を描く事はあるのだろうか。あるといいなと思う。

それにしてもこの監督の映画は映像が凝ってるなと思う。変わってるとかではないけど、最初は見えなかったものが、長回しの中で映り込んできたりすることにちゃんと意味をもたせてる。例えばビンビンが最後に彼女と会うところの長回しは、最終的に冒頭のシーンと同じ場所に取り残されているということが最後にわかって、うまいなーと思った。あと、暗がりの中に滲んで見える色彩もいい。とても好みの映像なんだけど、洗練され過ぎていて題材が浮かないかなとかちょっと思う。

[] 大晦日?

今日は「ポツネン」の追加公園の発売日だったのですが、追加公演の日付け確認してなくて、最終日、と思ってとったら大晦日だった! とれたのはもちろん嬉しいんだけど、ちょっとびっくり。今年はほんとはじめからおわりまでラーメンズでした。

あと12月はピクシーズの追加公演もあるし、ザゼンもあるし、なんか他にもあった気がするし、楽しみがたくさんあって嬉しいです。なんかまだ年末気分になってないけど。

*1:たぶんそういう位置づけだと思う。アメリカかぶれな感じ。パルプ・フィクションに憧れている。

IMAOIMAO 2005/11/28 14:05 そーかー^^「ドン・ホセ」の謎、よく気がつきましたねー。
僕全然結びつかなかったですよ。
『ミツバチのささやき』もうずいぶんと観てないですが、
久しぶりに観たくなりました。『青の稲妻』も再見したい
ものです。

ichinicsichinics 2005/11/29 02:16 IMAOさん、こんばんは。ドン・ホセ気付けて嬉しかったです(笑)「ミツバチのささやき」は10年ぶりくらいに見たのですが、やっぱり良い映画でした。映画は再見してもいろいろと発見するところが多くて楽しいですよね。

2005-11-27

[][] エリザベスタウン

キャメロン・クロウ監督作品

長谷川町蔵さんのレビュー(id:machizo3000:20051113)を読んで興味をもち、丁度友達に誘われたので見に行って来ました。

うーーーん、これはどうなんだろう? 長谷川町蔵さんの言葉通り通り、まんまと当惑してしまったということは私は「男泣き」に泣ける系の女子なのかもしれないけど、まあそこはおいておいて、この映画は……オーランド・ブルームさんが主役じゃないほうがよかったのではないかと思います。オーランド・ブルームさんは「トロイ」での情けないけど憎めない王子みたいな役ははまると思うんだけど、この映画では確かに情けないんだけど、周囲の人たちが彼をどう捉えてるのかちょっとわかり辛くて居心地悪かった。例えば「ロンゲストナイト」でのトニー・レオンが悪役なはずなのに、どうしても何か事情があるんじゃないのって思えてしまうくらい善人顔なのに近いかも。

あと、ストーリーも「仕事で大失敗して自殺しようと決めたら、父親が亡くなったと報告をうけて田舎へ戻る」という筋と「飛行機の中で出会った積極的な女の子とのラブストーリー」が、なんだかうまく噛み合ってないように感じた。それはなんでかっていうと、オーランドさん演じる主人公が父親に対して抱いている感情がイマイチ把握できないことで、なんか全体的に不謹慎感が漂っているからだと思う。そんで一番悩んでるのは結局仕事の大失敗についてだったりするんだけど、そこでのプライドの喪失ってのも、いまいち続いてなくて、感情の爆発めいたものがない。彼は結局何一つ自分でアクションを起こさないし選ばない。

父親の死を巡るストーリーの方では、あきらかにスーザン・サランドン演じる母親のほうが印象に残る。あの演説のシーンは良かったなぁ。そしてそれに対する反応は主人公よりその妹の方が胸に迫る。

これが、キルスティン・ダンスト演じる女の子とのラブストーリーだけならうまくまとまる映画のような気もする。ハッピーマニアみたいな感じで、押しまくるキルスティンはかわいい。でも、彼女がなんでドリューを好きになるのかは、正直理解できないんだけど、むくわれない男の子を白馬のお姫様が助けにきてくれた話だと思えば納得かも。

 *

エリザベスタウンの人々を見ていて思ったのは、もしこのストーリーをクストリッツァが監督してたら「黒猫・白猫」みたいになったかもなとか、そんなことでした。違うけど。

あと主人公が車で一人旅するところで、「ここにJeff Buckleyのお墓がある」って台詞があるのに映らなくてもやもやした。というかそこで一番哀しくなった。

[] 夢なのに夢じゃなかったのに夢だった

目が覚める夢、というのは何度か見た事があるけれど、今日の夢は特に生々しかった。

 *

私は祖父の家にいる。居間と隣接した、温室だけど現在は書斎として使われている場所の前で、朝ご飯を食べている。母親に「煮魚食べちゃって」と言われて渡されたのは、「およげたいやきくん」のイラストみたいな魚。箸で半分に割ると、白身(尾)の部分と内臓(頭)の部分にきれいに別れる。

食べ終わった後、妹の座ってるソファの向かいに腰掛けて、少し話をしつつ、うとうとしはじめる。

意識が遠のいてきたところで、そこに見えているのは古本屋だった。木造の一軒家で、左右のショウウインドウの真ん中に摩りガラスの扉がある。そのガラス扉には文字が書いてあって、それを何度か眼で追って、私はようやくその内容を把握する。

そこにあった文章は今考えるとちょっと意味が通らないのだけど、日記風の文章で「このまま順調にいけば○○が手に入る。手に入る算段はついている。」というようなことが書いてある。その○○は私にとって凄く大事なものらしく、私は慌てて起き上がり、母親を呼び、「あの古本屋の扉に書かれているのは○○という内容で合ってる?」と確認するのだけど、そこにはやっぱりその通りのことが書かれているらしく、私は「これが夢だったらいいのに」と思う。

母親は「素敵な店ねー」なんて言って古本屋の店内に入っていき、上下巻の本(ヒットラーについての本だったような気がする)を私に見せたりしながら何か言うのだけど、うわの空な私は1人でそこを後にする。いつの間にか祖父の家ではなくて、その古本屋にいたのだけれど、場所は多分、下北沢の一番街の一番南口寄りの踏切前くらいだったように思う。

家に帰り着くまでの間に、散々「○○」を手に入れるためにもっと努力すべきだった、とかこれからなんとか出来ないもんだろうか、などと考えを巡らせるのだけど、自分のパソコンでニュースを確認すると、古本屋に貼ってあったのと全く同じ文面を見つけてしまい、やっぱり夢じゃなかったのか、と思う。がーん、なんて言う元気もないくらいショックで、おろおろして、呆然としてたら、いきなり眼が覚めた。

 *

眼を開いてしばらくはここがなんだかわかんなかったけど、なんか凄く晴れてて、どうやらさっきまでのは夢だったらしいということが理解できると、久しぶりに眼が覚めて良かったーなんてしみじみ思ってしまった。おかげで二度寝しなかった。

2005-11-26

[] アマゾンとチキンライス

給料日で金曜日、ということで今日はちょこっと散財。

まず会社で(仕事中だというのに!)amazonにてカートに溜まっていたものを一括購入してやった。でも配送も一括なとこが小心者です。amazonで買ったのは主にCD。ずーっとカートに入れっぱなしだったTim buckley&Jeff Buckleyのトリビュートも3週間〜5週間なんて気の遠くなるような(もしかして年越し?)配送予定だったけどとうとう買った。あと本いろいろ。主に河出の奇想コレクションを中心に評判の良いの(主にはてなで)を買ってみました。開拓する気満々です。

でも、これ一括配送にしたってことは、届く時には給料日じゃない可能性もあるんだよな、と購入決定してから気付きました。まあいいか。

 *

仕事の後は、恵比寿(また恵比寿)で友達と待ち合わせて、行ってみたかった海南鶏飯食堂2に行ってきました。六本木にあるとこの2号店で、まだ9月にオープンしたばかりらしい。

ついつい頼み過ぎてしまってお腹いっぱいになってしまったけど、どれも美味しかったです。特に「ロティパラタ」というバター風味のインドのパンがおいしかった。ナンより薄くてカリっとしてて、カレーと一緒に食べる。なんだかやみつきになる味。このお店のメインであるチキンライスは、特にジャスミンライスとスープが美味しかった。鶏肉は塩ゆでして冷水でしめた感じのさっぱりで、実は最近鶏肉が苦手になっている私は箸が進まず。でもローストチキンはおいしかった。たぶん鶏肉の味が全面に出てるのがだめになっちゃったんだと思います。もったいない。

でも全体的に値段も安いし、店員さんもとても感じが良い人ばかりで、ぜひまた行きたいなと思いました。

お店のHP→ http://www.route9g.com/

2005-11-25

[] 小林賢太郎SOLO CONTE LIVE「ポツネン」@11月24日19:00

ichinics2005-11-25

KENTARO KOBAYASHI SOLO CONTE LIVE 「ポツネン」

脚本/演出/美術/出演:小林賢太郎

@下北沢本多劇場

昨日初日を迎えたばかりの「ポツネン」を見て来ました。仕事終えて、大急ぎで下北沢へ。いったいどんなものを見せてもらえるのか、いろいろ想像してしまったりもしていたんだけど、良い意味で、やはり小林さんは小林さんなんだなと思ったりしました。正攻法で、真正面から、ラーメンズならラーメンズで出来る最大限をやる小林さんだからこその、ソロでやるべきことの最大限、精一杯という感じが伝わってきた。ゴールデンボールズでもラーメンズ公演でも、どこか他の人よりは「余裕」を感じさせる存在である小林さんの精一杯な感じを、少し新鮮に感じたりしつつ、とにかく「面白かった」と声を大にして言いたいライブだった。

「今、ここ」がある不思議、「言葉」の不思議、笑いと感動が共存する嬉しさ、それからライブならではの驚きに満ちた舞台だったと思います。

そしてこの舞台が回数を重ねてどう変化していくのか、すごく楽しみ。

【以下ネタバレ含みます】

続きを読む

[][] 「熱帯魚」/吉田修一

熱帯魚 (文春文庫)

熱帯魚 (文春文庫)

ふと目に入って、久しぶりに再読。2年くらい経てば、細かいところは意外に忘れてるもんだなぁと思うし、感じ方も随分違っていた。前読んだときはまだノートに感想を書いたりしていたんだけど、読み返してみてまるで別人だなと思う。自分が。他の本ではそんなことあまりないような気がするのに。

 *

熱帯魚

主人公の大輔は叔父のもとで大工の弟子として働いている。

光男の話はもちろん嘘に決まっている、と大輔は思う。ただ決まってはいるが、もし誰か一人でもその話を信じれば、それは本当の話になるんじゃないかとも思う。本当の作り話なんて矛盾している。そんなことは大輔にも分かる。ただ、矛盾なんか塩かけて食っちまえと、ふと思いたくなることもある。(文庫版p88)

この一文からもわかるように、大輔は善意のもとに思考停止し、自身を過信しているのだが、しかしやはり善意の人でもある。この物語の中では、自らが構成し、その中心に座していると考えていた場所に「裏切られた」と感じた大輔の起こす行動の必然性は痛いくらいに伝わってくる。確かにかれは身勝手だ。しかしそれぞれに見えている景色が「異なる」ということを初めて知ったときの驚きととまどいは、こんな風に訪れるものだ、とも思える。

「グリンピース」

他人を見下し、無関心を装い、恋人すらも軽蔑している主人公の一人称で描かれる短編。自分が「唯一の」肉親である祖父は入院しているのだが、その祖父の存在ですら恋人とのやりとりの切り札に使う主人公にはとうてい感情移入もできそうにないのだが、彼にとっての世界のバランスが崩れ、表題作と同様に、彼の世界が崩壊していく様を見ていると、やはり胸にせまるものがある。また、彼が空き缶に書き綴る「本音」のような言葉も、彼にとってはこれが真実かどうか見極められないで持て余しているかのようだ。しかし、この短編が「熱帯魚」と明らかに異なっているのは、ラストシーンだと思う。そこで目に映る風景は、きっと彼にとっては救いとなるのではないだろうか。大島弓子さんの「私の屋根に雪のつもりつ」を思いだす。

「突風」

証券会社で働く、所謂エリートである新田は、休暇を利用して、ほんのきまぐれのようなその「勘」から九十九里にある民宿で働きはじめる。そこでの日々に対して、新田はまるで何も感じていないかのように、ただ観察をしている。

イカれてしまう人間というのは、こんな感じで素に戻る機会を失うのではないだろうかと、新田はぼんやり考えた。(p235)

ここの下りにはちょっとぞっとする。新田はそこまで「理解」していながらも、素に戻る機会をやり過ごして、「逃げ続ける」ことを選択しているように映るからだ。p225に出てくる自問自答のように、どこかで立ち止まってしまう時がくるのだとしたら、そこは一体どこなんだろう。

[] この前のマジレスの続き、そしてポツネン

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akiaki 2005/11/25 15:08 こんにちは。以前書き込みしたあきと申します。
あれからちょこりちょこりと覗かせていただいてるんですが、ラーメンズお好きなんですね。私も大好きで。おもしろいですよね。今漢字1文字3部作で止まっていますが、お金が入り次第DVDボックス2買おうかと。
ラーメンズのライブは行ったことがないので羨ましいです。いつか行きたいです。

http://hp.kutikomi.net/kicell/

ichinicsichinics 2005/11/26 00:31 あきさんこんばんは。キセルに続いてラーメンズまでなんて、なんだか嬉しいです。私もラーメンズ大好きなんですけど、ライブを見たりするようになったのは今年からという、ほんと初心者なんです。DVD大人買いしたり、今年はほんとラーメンズに散財した年でした(笑)
DVDボックスの2は私も大好きな公演ばかりです。ぜひぜひ。

2005-11-24

[][] 息子のまなざしasin:B0001ZX7VS

リュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督作品

恵比寿ガーデンシネマにて「ある子供」公開記念の特集上映に行ってきました。ダルデンヌ兄弟の作品の中で、唯一これだけは封切りの時に映画館で見てたので、今回スクリーンで見るのは2回目。前は確か、ユーロスペースだったような。

 *

前ニ作と同様、ダルデンヌ兄弟のカメラは主人公オリヴィエに寄り添っているのだけれど、「ロゼッタ」の視点が客観的だったのに比べて、この作品ではオリヴィエの主観のように感じられる。もちろんそこにカメラがいるのだから、一人称ではないのだけれど、カメラはオリヴィエの表情を主に捉えており、その視線の先にあるものがすぐにはわからないシーンが多いのだ。

それは、そこに何があるか、よりもオリヴィエの心理の移り変わりのほうが、この映画の主題となっているからなのだろう。そして実際、オリヴィエの眼が語るものの方が、言葉よりも多くのことを伝えている。もしかしたら、そこに「何」があるかわからないからこそ、観客は一人称から突き放された場所に立つことができるとも言えるんじゃないだろうか。

作品紹介には「人は聖者にならずに最も憎い人間を受け入れる事ができるのか」というテーマを描いた、とあるのだけれど、これは実際にオリヴィエが受け入れられるのかどうかの問題であり、その相手の行動に拠るものではない。つまり物語の中でも一人称が貫かれているのだと思う。

相手が何を考えているのかを説明されなくても、オリヴィエがどう感じているかが伝わってくることで、ラストまでの道のりは緊迫したものでありながら腑に落ちる。

そしてカメラが引いたところで映画も終わる。またしても突然フィルムが途切れるのは「何かがはじまる」その瞬間だ。その一歩の重さ、ということを「イゴールの約束」を見た時にも書いたけれど、次の作品ではどんな一歩になるのか、とても楽しみです。

 *

ちょっと気になったのが邦題「息子のまなざし」は、映画を見る前の人にちょっと誤解を招きかねないタイトルなんじゃないかと思う。原題を訳すと「息子」になる。「息子とまなざし」のがしっくりくるけどな。

【過去の感想】

[] マフラーの巻き方

ichinics/2005-11-20

michiakiさんのところで、ソニープラザのHPにあるマフラーの巻き方のページ(http://www.sonyplaza.com/woolly/makikata.html)のブクマ数が凄い事になってることを知った。私も11/4にブクマしてしてみたんだけど実はまだ参考にしてません。これを機会にちゃんと活用しようと思った。

最近くるりの「カレーの歌」を良く聴いているんだけども、その歌詞に「マフラーを君と同じに巻いてみる」というのがあって、それ聴く度に、どんな巻き方なんだろうなぁとか考えたりしてるんですが、このソニプラのページの中にはなさそうです。ちなみに「カレーの歌」はそういうこと抜きに良い曲です。

michiakimichiaki 2005/11/24 01:28 今日マフラーを買いに行ったのだけど、気に入ったのなくて。週末に再挑戦しようと思います。
さいきんは聴いてないけどくるりは好きでしたねー。ライブも数度行きましたよ。

michiakimichiaki 2005/11/24 01:29 あ、言い忘れ。アンテナに入れさせていただきました。

ichinicsichinics 2005/11/24 01:36 ありがとうございます。私も勝手にアンテナ入れさせていただいてて、いつも拝見してます(笑)私は分厚いマフラーや大判のストールばかり愛用してるのであそこで紹介されてるような巻き方がなかなか出来ないんですよね。でもやっぱりブクマでも、リアルで活用できるのが大人気なんだなーと思いました。

もちもち 2005/11/25 10:18 はじめまして。
『息子のまなざし』つながりでココへたどり着きました。
興味深く読ませてもらってます。
今後とも宜しくです。

IMAOIMAO 2005/11/25 10:26 すんません。上の「もち」です。
アンテナ追加させて頂きました。

ichinicsichinics 2005/11/26 00:21 はじめまして。コメントありがとうございます。もちさんのダイアリ拝見させていただいたんですが、わりと見ている作品がかぶっていて嬉しいです。これからも参考にさせていただきますねー。よろしくおねがいします。

2005-11-23

[][] バンドバトン

ishmaelさんから(http://d.hatena.ne.jp/./ishmael/20051121)久々のバトンをいただきました。ありがとうございます。

今回のバトンはバンドバトン。アンケートは好きなのですが、自分の選んだバンドについて書くってのは、これちょっと難しいですね。まずバンドが選べない…。

という訳でここは定番のBeatlesでいってみようかなと思います。困った時のビートルズ

好きなメンバー2人

ジョン・レノンポール・マッカートニー。って普通ですけど。いやジョージも好きですよ。でもジョージはソロになってからのが好き。そしてリンゴのことももちろん忘れてないけども、ドラムは派手なほうが好みなのでごめんなさい。あとリンゴ作曲のあの「Don't Pass Me By」は正直いまいちだと思うんだ。リンゴの歌は素敵だけども。と言う訳で定番のレノンマッカートニーで。

好きなメンバーに一言

ジョンは「And Your Bird Can Sing」があまり気に入ってなかったという話を聞くたびにさみしい気持ちになります。私は好きですよあの曲。それからジョンは自分の声も好きじゃなかったらしいけど、私は好きですよジョンの声。

それからポール。私はポール派です。どっち派なんて選ぶ必要ないとは思いますが、私はポール派です。耳に残るメロディかかせたらポールの右にでるものはなかなかいないんじゃないかと思います。

思い入れのある曲を三曲ほど

これは難しい。でもまあ今の気分で選ぶならこんな感じかな。

『A Day in The Life』
私が好きなエンドロールソングの原点
『For No One』
歌詞とメロディが重なっていく感じが好き。こぢんまりとした曲だけど、まるで一本の映画を見終わった後のような、物語を感じる曲だと思う。
『Revolution』
ナンバーワンでもナインでもないほうで、パストマスターズ2に入ってるヴァ−ジョンが好きです。イントロのギターが良いです。ビートルズがハードロックやってる曲には他にもヘイブルドックとかヘルタースケルターとか好きなの多いです。

他にも好きな曲はたくさんあるのですが、あえて好きじゃない曲を書いてみるなら断然「Eleanor Rigby」。なんか気が滅入る。あと初めてバンドをやったときにジョージ作曲の「Taxman」をやったというのは甘酸っぱい思い出です。

ちょっと浮気

好きなバンドを選べなくて選んでるくらいですから、浮気もなにもないんですが、私が60年代後半から70年代を中心にレコードコレクションしてた頃は、マンフレッド・マンやゾンビ−ズ、WHO、ホリーズ、からはじまってCSN&Yやビーチボーイズディランやドノヴァンに辿り付く頃にはすっかりおかしくなってきてピンク・フロイドやらソフト・マシーンを経てレッド・ツェッペリンという感じでした。ものすごい要約ですが、つまり節操のない感じです。そしてRadioheadで現在に戻ってきた後もうろうろしてます。海外もの限定の話ですが。

バトンをまわす人

バンドバトンというキーワードがなくって、どなたに回っていて回ってないのかが調べにくいので、やってもいいよ、という方がいらしたらぜひ。

[] マジレスって

メールなどの、誰かに宛てた文章を書いていて難しいな、と思うのはどのくらいの態度で、温度で、文章を返信すればいいのかのさじ加減が図りづらいところにあると思う。面と向かって話す、もしくは電話などで相手の声を聞いていれば、反応を伺うということも出来るのだけど均一のフォントで打ち出された文章から、それを読み取るのは意外と難しい。

じつは最近、知り合いから人生論のような悩み事のような長文メールを受け取って、私は何の疑いもなく、真面目に返事を書いたのだけど、その人からはそれきり連絡がないまんまになっている。大丈夫かな、と心配になる反面、もしかして私がマジレスしすぎたのだろうか、なんてちょっぴり不安になったりして、でも残念ながらそこんとこ推し量れるほど仲の良い人でもなくて、ずーっともやもやしている。えー。

もしかして笑い飛ばして欲しかったんだろうか。それとも、もっと違う言葉が欲しかったんだろうか。それともまだ1人で落ち込んでるんだろうか。

なんて無限ループで考えるのも疲れたな。どうしよう。

 *

そういえば、この日記を書きはじめて昨日で300日めだったみたいです。300日も書いてればたまには悩み事も書きたくなるのかもしれない。どうかな。

 *

今日はレコ屋時代の同僚Rちゃんとご飯。いろいろあるけど、相変わらず、という話をする。かぼちゃとココナツのスープが美味しかったです。ビールも。

kissheekisshee 2005/11/23 23:37 なんか、自分のブログのカテゴリーを整理していたら、たくさんトラックバックが送信されてしまったみたいで、どうもすみません。削除しておいていただけるとありがたいです。
バンドバトン、おもしろそうですね。やってみたいです。

ichinicsichinics 2005/11/24 00:43 了解です。それから「バンドバトン」ぜひもらってください。もし選ぶバンドに困ったら、リクエストしますので(笑)
よろしくお願いしますー。

2005-11-22

[] マイライフ・ウィズアウト北海道バター醤油味

極私的ポテトチップスランキングで10数年も不動の1位を保ち続けている北海道バター醤油味と初めてであったのは家の裏手にある寂れた商店街のスーパーでのことで、まだ私が小学校にあがったばかりの頃だと思う。当時はカルビーのスタンダードラインのパッケージとは違ってて、なんかメキシカンとかいう味のやつと一緒に並んでたような気がする。

以来、少ない小遣いをそれに注ぎ込み、300円までで有名な遠足のお菓子にも北海道バター醤油味を二袋もって行くなど、かなり長い間偏愛し続けた。

大学入試の時には願掛けとして「ポテトチップス断ち」をし、合格発表の帰り道で食べた約半年ぶりの北海道バター醤油味のおいしさは正直覚えてないけども、とにかく志望校合格の喜びを歩きながらポテトチップスを食べることで噛み締めた。そんな女子高生ってどうなんだって今では思うけども、まあ私にとってあれは開放感の象徴みたいな瞬間だった。(ちょっと大げさ)

しかしいつからか北海道バター醤油味は店頭から姿を消し、北海道限定商品となり、3年くらい前までは東京でも夏季限定発売などしていたが今年はそれもなかった。

そんなバター醤油味不足の中、最近になって湖池屋からバター醤油味が2種類発売された。オーチップスのシリーズで、波形のものと格子タイプ。

でもこれが、どうももの足りない。そもそも波形のオーチップスで一番美味しいのはサワークリームオニオンなのはもう10年くらい前からわかってることなんだ。何故ならあの波形カットは味が濃くてもさっぱり感じるという利点があって、たぶん普通のスライスタイプでは少々くどくなってしまうサワークリームオニオン味のあの酸味とうまくマッチしている。また、格子タイプは得てして脂っこく感じてしまう食感なので、今出ている黒こしょう味などは相性もいい気がする。黒こしょう好きじゃない私はコンソメとかで食べたいとこだけど、とにかく波形も格子タイプも、バター醤油味には合っていなくて、どっちも美味しいといえば美味しいんだけど、言われなきゃバター醤油味だなんてわからないようなぼんやりした味なのだ。

カルビーにあって湖池屋のバター醤油味にないもの。それは、あのハッピーターンの魔法の粉に勝るとも劣らないあのバター醤油パウダーの存在だと思う。バターの油分とか醤油の塩分とかじゃなくて、もうバター醤油が渾然一体となったあのパウダーこそがカルビーのバター醤油味を唯一無二の存在にしていたのだと思う。(それに限りなく近い存在がナビスコのそのまんまポテトのバターしょうゆ味だがあれはスティックタイプ箱入りということで少々近づきがたい存在なので除外)

だから何が言いたいかというと、夏季限定でも冬季限定でもいいのでまた北海道バター醤油味を発売してほしいなーということです。北海道の味なのに北海道だけで売ってるってなんかもったいない。

なんて、どこでも買えるような状況なら、もういい加減飽きてるのかもしれないけど、それでもコンビニでスナックコーナーを見ても、惹かれるものがあんまりない毎日ってのはちょっと寂しいものです。

マイライフ・ウィズアウト北海道バター醤油味。もしもこれにはまってなかったとしたら、ポテトチップス自体にはまってなかったような気がするんだよなー。

 *

一晩あけて自分の文読み返してみたら胸焼けした。

[] ビッグコミックスピリッツ12/5

ichinics2005-11-22

DAWN
毎回すごいけど、今回はいつもに増してハイテンション。読んでて思わず吹き出してしまった。「北脇さんの政治を……一言で言うなら?」に続くこの1コマ。「脱アメリカ―――!!!」その迫力が怖過ぎる。
バンビ〜ノ!
あすかさんとご飯の帰り道。何事もないかと思いきや…この男の人が実はもと料理人とかなのかもな。
20世紀少年
大人になったヤン坊マー坊好きです。アリスに出てくるこんな感じの双子ってなんて名前だったかな。
NO WHERE MAN
河合克敏さんの読み切り。「帯をギュっとね!」は背表紙がやたら目につくのでタイトルは知ってるけど、こんな絵の人がかいていたのか。内容はビートルズを通じた青春もの。オチはなんとなく読めちゃうけど、時代設定はラストまでわかんなかった。あーそこに繋がるのか、って感じでした。いや、YMO好きって言ってる冒頭でわかるべきだったんだけど。ちょっと違和感あり。
団地ともお
花瓶割れててもスルーな本田先生強し。
中退アフロ田中
さよならさなえちゃん。

[] 正直に言うと

アップルのiMac G5欲しい!です。前の日記にちょっと書いた頃からずっと私のイーマックさんは調子悪いのですが、とてもじゃないけど新しいパソコンなんて買えない状況(金銭面)なので欲しいです。でもこれで当たったら当たったで意外に運を使い果たしてしまうような感じもするので、言ってみただけですってことにしときます。

2005-11-21

[][] 「アメリカの鱒釣り」/リチャード・ブローティガン

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

文庫版が出た(だいぶ前ですが)ので再読しました。

ブローティガンの文章を読んでいると、とても気持ちがいい。とくにこの本で「アメリカの鱒釣り」にまつわる様々な風景がスライドのように映し出されていく様には、文章でありながら、1つのただそこにあるものに触れるような感覚を覚える。

その背景に、様々な意味合いを読み取ることはもちろん可能なのだけど、ブローティガンの紬ぐ、まるで流れる小川の中できらめく虹鱒の鱗のような、その言葉に耳を傾けているのが、とにかく心地よくて、それだけでこの本はここまで愛されているのじゃないかと思ったりする。

さらに付け加えるならば、ブローティガンがここで何を言わんとしているかを読み取ることよりも、この風景のスライドから、読者がなにをイメージするのかということのほうが、よっぽど大事なんじゃないだろうか、なんて。

「永劫通りの鱒釣り」の末尾に添えられたアロンゾ・ヘイゲンによるささやかな〈アメリカの鱒釣り墓碑名〉は何度読んでもすてきだ。それから「クリーヴランド建造物取り壊し会社」での、切り売りされる小川。それはちょっとぞっとしない光景ではあるのだけど、同時にその小川へ手を差し入れてみたいと欲望に駆られたりもするし、その光景を、例えば折り畳まれ、埃を被った滝などを、想像するのはとても楽しい。

訳者である藤本和子さんのあとがき、そして文庫版あとがきも素晴らしいです。柴田元幸さんによる解説の言葉「カッコいいなー」にも諸手をあげて共感してしまう。

余談ですが、

『アメリカの鱒釣り』では、多くの死や、墓場が語られる。終末的なイメージにあふれている。ところが、作品は全体としては終末的な感じを与えない。p240

という藤本さんのあとがきを読んで、ふとキセルの「ピクニック」という曲を思いだした。この曲の中には

電車の窓は1つの映画のようで/小さな墓地に男が/ランチを食べていた/お墓でランチを食べながら/何を話しているのかな

キセル『ピクニック』

という歌詞が出てくるのだけど、これはもしかして、とてもブローティガン的なんじゃないかなんて、読み終えて暫く考えてた。

ピクニック

ピクニック

[] 読書計画

て、これから冬ごもりの季節を迎えるにあたって、どんな本とこの年を締めくくろうかなと考えているのですが、これがなかなか難しい。スケジュール的に、今年読めるのはせいぜいあと5册くらいかなという感じなのだけど、年越しには何をもってこようかなぁ、なんて本屋を巡ってる間に本の山が積みあがっていきます。買うより前にまず読まなきゃなのがあるのに。この反省は来年に生かしたいですぜひ。

2005-11-20

[] 横須賀功光「光と鬼」

日は恵比寿で友達とご飯の予定だったので、その前にガーデンシネマに寄ってタルデンヌ兄弟の特集上映で「息子のまなざし」を見るつもりだったのに、タイムテーブルを読み間違えて手持ち無沙汰だ・・・ということで写真美術館に行ってみたら横須賀功光「光と鬼」展が始まっていたので見てきました。まどろっこしい。

横須賀功光さんは私の通っていた大学にも幾つか作品が飾ってあり、講師としてもいらしていた方だったので、直接の専攻ではなかった私も、名前を意識していた作家さんでした。

会場は薄暗く、放射状に並んだ作品群にスポットが当たっていたのですが、これが横須賀功光さんの作品の特徴的な「影の生々しさ」みたいなものを感じるのにとても効果的だったと思います。また「光銀事件」のシリーズなどはその配置によって一枚一枚を重ねるようにして見る事ができるのが良かったな。

[][] 植田正治展と「かくれんぼ」

れから写真美術館のポスターで来月から植田正治さんの写真展が開催されるということを知った。嬉しい。私は植田正治さんの写真がほんと大好きで、いつか鳥取の植田正治写真美術館にも行ってみたいと思ってるんですが、なかなか遠くて。写真展で作品を見るのはたぶん初めてなので嬉しいです。待ちどおしい。

2005年12月17日〜2006年2月5日に3階展示室にてとのこと。詳細はこちら→ http://www.syabi.com/schedule/details/ueta.html

それから写真美術館のショップで月刊「たくさんのふしぎ」12月号*1「かくれんぼ」を購入。これはかなり良かったです。

植田正治さんの写真に岩瀬成子さんが文章を添えているのですが、とてもしっくりときていて、かくれんぼしてるときの、なんかざわざわするような気持ちとしんとした気持ちを思いだしたりした。

植田正治さんの写真は「童暦」と「小さい伝記」からのものが中心。校庭の写真と、「砂丘モード」シリーズの、草むらに浮かぶ傘の写真が特に好き。

[] 恵比寿で晩ご飯

f:id:ichinics:20051120021106j:image

ご飯は恵比寿にあるAilaというお店*2で食べました。こぢんまりした一軒家で、雰囲気もあったかい感じ。

前菜に頼んだ根セロリと林檎のスープがとてもおいしかったです。でも、メインの選択を誤ってしまったのが残念。

年をとるごとに好き嫌いもなくなって、昔は食べられなかった牡蠣もセロリもウニもコーヒーも好物になったからと思って油断してたんだけど、そういえばピーマンだけはだめなまんまなんだった。普段はそんなに出くわすこともないのに、今日頼んだメインが、こう、ピーマンがどんと入ったもので、美味しかったんだけど、途中からちょっとダメになってしまった。残念。

ちなみに年をとって逆にあんまり好まなくなってしまったものが鳥肉です。特に胸肉のグリルとかささ身とかは受け付けなくなってしまったんだけどなんでなんだろう。

でもデザートがとっても美味しかったので最終的には満足してお店を出ました。ランチもやっているらしいので、今度行ってみようと思います。

食事の後はガーデンプレイスに移ってお茶を飲みながらいろいろ話をする。友達の車で送ってもらって、0時頃帰宅。楽しかった。

2005-11-19

[][] 「世界」

sekai

ジャ・ジャンクー監督作品

北京を出ずに世界を回ろう」というちょっと無気味な宣伝文句に彩られた「世界公園」というテーマパークが物語の舞台。そして、その世界公園でダンサーとして働くタオと、警備員をしているタオの恋人タイシェンが物語の中心人物だ。

エッフェル塔や凱旋門、スフィンクスにピラミッド、ビッグベンにロンドン橋。それらの風景は全てミニチュアである。だからこそ、そこで描かれる生活はどこか現実味のないもののように感じる。喧嘩をしても、愛を語っても、その背後にあるのは偽りの風景だ。

恋人に「外へ連れてって」と頼むタオの孤独や不安は、やがて「あなたに裏切られたら私には何も無い」と脅迫めいた言葉へと変化していくのだが、その反面でタオほどの切実な感情を持たず、現状に甘んじていたかに見える(それはポーズかもしれないけど)タイシェンの方が外の世界への出口を手に入れてしまったりする。

また、タオの同僚の女性を追い回す男性も最終的には彼女を追いつめるようなやり方で愛情を示す事になるのだけど、その過程はまるでミニチュアの世界から出て行こうとする者を阻もうとしているかのように映る。

「世界」への憧れが、いつのまにか自分の小さな世界にお互いを押し込めるやり方の「共感」へすり変わっていくのが物悲しいなと思って見ていたのだけど、この「出て行けなさ」は実際に中国の若者のリアルな感情を代弁するものなのだろうか、というのが気になった。もちろん、この映画を普遍的な感情を描いたものと見ることは容易なのだけど。

恋人たちが共感を強要する反面、タオとロシア人ダンサーが料理屋で言葉の通じないままに会話をするシーンではまるで鏡に向かって会話をしているような切実さがあって印象に残った。

 *

とにかく映像の構成力を感じる映画だった。でもだからこそ、最後まで作り物のような感覚から抜け出せず、映画の登場人物たちが繋がらないのと同様、観客である私はその「世界」を外側から眺めることしかできないもどかしさを感じながら映画を見終えたような気がする。でも面白かった。

「世界には差異よりも共通点の方が多いということ」

http://www.cinemacafe.net/photorepo/archives/003104.phtml

という監督の言葉がいい。

それから「世界公園」は実在するらしいです。

[] マスク/クリスマスツリー

熱は下がったけど、まだなんとなくしんどくて、喉も痛いので今日は一日マスクをしていた。マスクって息苦しくて嫌いだったんだけど、具合の悪い時にしてみると、予想以上に楽になる。

仕事を終える頃にはかなり回復していたので、映画まで見に行ってしまったけど、帰ってきたらまたちょっと熱があがっていた。でもいいんだ。明日休みだし。

映画を見た銀座では、なんか大きなクリスマスツリーの前でたくさんの人が携帯で写真を撮っていた。こういう風景を見ると、もう年末なんだなぁと思う。

2005-11-18

[] 風邪

目が覚めたら立ちくらみ。熱が出ていた。

しばらく迷ったのだけど、まあ休日出勤覚悟で今日はお休みすることにする。喉が痛い。この冬何度目の風邪だろうか。今年は風邪ばっかりひいている。

そんでもって、1日中寝ていたおかげで今度は眠れなくなってしまった。

でも熱は37℃台まで下がったので明日は大丈夫そう。節々が痛いな。

[] 島の祈祷師とお姉ちゃん

もっけ」みたいな設定。

 *

は小さい男の子で、小さな島で民宿を営んでいる両親と暮らしている。お姉ちゃんが1人いて、おじいちゃんが町で祈祷師みたいな仕事をしている。

ある日、島に来ている旅行者の人の依頼でお祓いをすることになった。依頼内容は、その人が持っている、人形のようなもののお祓いをする(?)こと。しかし、その人形を手に取ったおじいちゃんは「原因はこれだけじゃないなぁ」と言う。

私が一旦家に帰ってその依頼主の人に会おうとしていたとき、お姉ちゃんが家出をしてしまった事を知る。お姉ちゃんには好きな人がいて、その人が忘れられないんだけど、最近島の小学校の先生に言い寄られていたのだ。お姉ちゃんの置き手紙には「私を好きになるなんて、もの好きもいるのねって感じです」と書いてあった。

その手紙を見て驚きつつも、私はとりあえず依頼主のところへ行くのだけど、その依頼主一家の母親が「その人形にはまだ片割れがいる」といってもう1つの人形を出してきた。

あわてておじいちゃんのところへ行くと、その人形を見たじいちゃんが興奮して調べはじめる。

(このあたりから視点が三人称になる)

私は店の外でお姉ちゃんに電話をする。

「ディシカゴ一緒なんだよー」

と言って、お姉ちゃんの興味をひく。さっきの一対の人形はどうやら「ディシプリン」と「ガーゴイル」という一対の御神体だったようだ。それは非常に珍しいものみたいて、お姉ちゃんも興奮して(このあたりで船の上にいるお姉ちゃんの映像が見える)島に戻ってきて、お祓いがはじまるところで目が覚めた。

ちなみにその人形は親指くらいの大きさで、確か緑色のシルクっぽい布に包まれて桐の箱に入っていた。おじいちゃんがお祓いをするための道具として使ってたのは、魚の形をした飾りのついた金属の棒。やけに鮮明だったので寝ぼけてテレビでも見たのかと思ったけどたぶん夢。

 *

ディシプリンといえばクリムゾンくらいしか思いつかないし、ガーゴイルも、特に私のボキャブラリーにある言葉じゃない上に「ディシカゴ」と略してる辺りがなんか不思議。寝る前に読んでた本とかも全く関係ないんだけどなぁ。

2005-11-16

[] FISHMANS

嬉しいニュース。mixiのコミュ経由で知りました。

FISHMANS presents "THE LONG SEASON REVUE"

●ON AIR TIME 初回放送: 12/31(土)24:00〜25:30

リピート: 1/1(日)19:00〜

●PROGRAM INTRODUCTION

ボーカリスト、佐藤伸治が1999年に惜しくも亡くなり、その後21世紀に入ってなお多くのミュージシャン、クリエイター、新世代リスナーからの熱い愛を集め続けている孤高のバンド、Fishmans。今年のRSRFで実現した複数のボーカリストを迎えたライブが評判を呼ぶ中、東名阪でのライブツアーが決定。ボーカリストにUAハナレグミ原田郁子らを迎えたそのツアーの模様を凝縮してオンエア! チケットは発売と同時にソールドアウトとなったプレミアムなライブだけにすべての音楽ファン必見の番組です。

http://www.spaceshowertv.com/sstv/program/special/index.html#fishmans

チケットとれなかったからな…。せめて映像だけでも見たいです。見れるの嬉しいです。あーでもあのプレミアの付き方とかみるとせつなくなるな。

年末特番で夏のフェスまとめ映像みたいのもたくさんやるみたい。

れから、REQUEST COUNTDOWNでNUMBER GIRL特集も!現在投票受付中だそうなので夜までに考えよう。12/3初回放送だそうです。投票はここ→ http://www.spaceshowertv.com/sstv/requestcountdown/numbergirl/index.html

[][] アフタヌーン四季賞CHRONICLE/秋の巻

夏の巻(id:ichinics:20051106:p3)の続き

1994年

駒井悠/「そんな奴ァいねえ!!」
絵はきれいになってるけど、テンポとか驚くほど現在と変化無し。
荒巻圭子/「GENOMES」
遺伝子もの近未来SF。かなり面白かった。これがデビュー作ってすごいなぁ。絵もストーリーも、もう何年もやってるプロのものって感じがする。寡作なのが惜しいなぁ。
木尾士目/「点の領域」
「陽炎日記」に収録されている作品。ここから「五年生」まで木尾さんのイメージはずっとこんな感じだった。浅はかな私にはここからまさか「げんしけん」に行くなんて思ってもみなかったなぁ。どっちも好きですけど。

1995年

木葉功一/「JAGUA」
後の「クリオの男」や「ルビー・ザ・キッド」「マリオガン」に繋がるものを感じさせる作品。なんというか、文学的。でも木葉さんが「拳銃」にこだわるのにはなにかあるんだろうか?今度公開される映画に似たような「拳銃に魅入られる話」があったな。タイトル失念。
二瓶勉/「BLAME
かっこいいなぁー。絵は今とはかなりタッチが違っていて、もっと無機質な感じ。奥浩哉さんみたいな雰囲気だ。というかこれって1巻に入ってるのかな?手元にないのでわからない。
遠藤浩輝/「きっとかわいい女の子だから」
短編集1に収録されてる作品。遠藤さんの短編好きです。この作品はじめて見た時「うわーブランキーだ。それから彼女の想いでだ」とちょっと照れる気持ちになったのを覚えてますが、この青い感じがいいです。もっと短編書いて欲しいな。しかもこれはじめて描いた作品なんだっていうから驚く。ストーリーは乙一とか好きな人は好みなんじゃないかと思う。
鬼頭莫宏/「ヴァンデミエールの右手」
後に「ヴェンデミエールの翼」という連載作品になったもの。1巻に収録されているはずです。〈自律胴人形ヴァンデミエール〉は鬼頭さんの描く、無垢と意志の強さが共存している「少女像」を決定付ける作品のような気がする。

この年もすごい年。好きな人ばっかり。

1996

浅田寅ヲ/「スプーンマン3.18」
絵はめちゃめちゃ上手いんだけど、今はあまり感じない多田由美さんぽさがある。ストーリーがちょっとわかりづらいけど。
若葉将平/「仮面天使」
うわー懐かしい。これ連載を読んでた記憶があるけど、アフタヌーンだったのか。今見ると「花とゆめ」っぽい作品な気がする。インタビューを見ると、暫くマンガは描かれていないようです。
真右衛門/「ランチのB」
ごめんなさい・・・この方のマンガだけは未だにわからない。不条理ものなんだけど。

[] ビッグコミックスピリッツ 11/28号

ボーイズ・オン・ザ・ラン
うーん肩すかしを食らってる気分になるのはたぶん「ルサンチマン」を期待してしまってるからなんだろうなぁ。このまま行くのかな?
闇金ウシジマくん
センター街の真ん中で誰も頼りにならない怖さ。で、ウシジマくんを脅してんのはどっちだったっけ?
中退アフロ田中
またしても間の悪い田中と岡本の元彼女さなえちゃん。
団地ともお
コンビニの兄さんの兄さんの話。なんだよ兄さん良いことい言うなぁ。
CAとお呼びっ!
今回は先輩が主人公。やっぱここだけ女性漫画誌みたいだ。
青空
スピリッツ創刊25周年記念スペシャル第一弾、ということで山本直樹さんの登場。怖い。それでいて情報が少ないことの気持ち良さと恐怖、とか気になること描いたりするんだからすごい人だよなと思う。
CB感
ますます「ライドバック」な展開に。

北野武浦沢直樹の対談が面白かった。「TAKESHI'S」見たくなった。

[] 家族の風景

宅したら丁度ニュースであの結婚式のニュースをやってたのでご飯食べながら見る。

普段生活していて皇室のことを考えることなんてほぼ皆無に均しいのだけど、民間から皇室に入った母といつか民間にでていく娘という構図は、なんというかドラマチックだなぁと思う。それはたぶん、あのストイックな雰囲気によるものなのかもしれないけど、でもあの披露宴でかわされてた笑顔は完全に家族の風景であって、なんだか単純に良いなぁと思ってしまった。

晩ご飯は湯豆腐。

2005-11-15

[][] 「人間以上」/シオドア・スタージョン

人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)

人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)

スタージョンの作品を読むたびに、全く新しい未知のものと出会うような驚きを感じる。といってもまだ3冊目で、長編作品を読んだのは初めてだったのだけど、なんだかお腹のそこにずっしりと溜まるような満足感があった。

物語は3つの章に別れていて、あとがきによると、これは最初に書かれた中篇「赤ん坊は三つ」に前後を付け足すような形で書かれたものらしい。確かに、1つ1つの章を独立した中篇として読むこともできるのだけど、その内容は複雑に絡み合っていて、なんだか人の頭の中を覗いているような感覚。なので、もう2、3回読まないとこの本の全体像は掴めないような気もするんだけど、それでも読み進めるうちに時として場面の隙間からフラッシュバックのように甦って像を結ぶ瞬間があって、なんだか興奮する。楽しい。スタージョンの本を読むのは幸せだ。

 *

この「人間以上」は、新しい種族として「集団有機体(ホモ・ゲシュタルト)」が生まれ、成長していく物語。彼らは5人で単一の生き物として存在しているのだけれど、彼ら(そして彼らそれぞれ)の抱えている「孤独」は今まで読んできたスタージョン作品における主題とも通じているといえるだろう。例えば冒頭のエヴェリンとローンの遭遇するシーンなどは、スタージョンが繰り返し描いていた「不思議のひと触れ」の物語だと読める。

また、この集団が何をするのか、という物語ではなくて、「それぞれ」が「集団」となるまでに重心がおかれているところがスタージョンらしく(と言ってしまって良いのかわからないけど)そのあたりにこの作家の特性があるような気がする。

いろいろ気になるところはあったのだけど、最後の章で描かれる、形成された「集団」が、人類と共存するための折り合いを模索していく様は、昨日みた映画や今の社会について重ねて考えることのできる箇所で、印象に残った。それはこんなシーンでのことだ。

何をするのも可能であるその「集団」はやがて「世界を支配するほどの力を持った躁鬱病患者」(p328)となり、やがて「恐ろしい子ども」として力をふるうようになってしまう。そこで「人類」であるバロウズが、「集団人」の頭と向き合うために、自問自答を行う。

それによって個人がおのれの種を助けてゆくように生きていく慣例や一連の規律には、名前がなければいけない。道徳よりも上にある何物かなのだ。

それを仮に品性(イーソス)と定義しよう。(p352)

それは服従よりも、むしろ信頼を求めるおきてなのだ。(p364)

スタージョンの作品を読んでいて、面白いなと思うのは、こんなふうに作者自身が葛藤しながら自らの論理を生み出そうとしている過程が見えるような気がするからかもしれない。

かなり面白かったです。暫くねかせて、また読む。次はヴィーナスプラスX読むつもり。

 SF

SF楽しいとか最近ずっと言ってるのだけど、いまいち次に何に手を付けたらいいのかわかんなくてヴォネガットとスタージョンをまずは全部読むつもりだったんだけど、いろんな人の感想を読んでると併記されてるものがいろいろあってどこから手をつけたらいいのやらという気分です。広い。SF界が広くてさっぱりつかめません。系譜とかが。

[] BUGSY ME/Wannadies

Bagsy Me With Extra Track

Bagsy Me With Extra Track

学生の頃、朝一番の気合いいれるためによく聞いていたアルバム。

そのバンド名の印象とは裏腹に、きらきらした爽やかなポップソングが満載です。

当時、スウェディッシュポップにはあまり近づかないでいた私も、ワナダイズのポップさ加減はちょっと特別だと勝手に思っていて、中でもこの「バグジーミー」は大好きなアルバムだった。ちょうどTeenage Fanclubとか好きだった頃です。

で、久々に出してきて聞いてみたら、これがめちゃめちゃよく効く。元気出る。自然と笑顔になってしまいます。コートきてマフラーまいて息きらして走りたくなる。なんて、そんな単純な気持ちで聞きたい。

今なにしてるんだろうな。

2005-11-14

[][] ランド・オブ・プレンティ

landofplenty

監督:ヴィム・ヴェンダース

【内容に触れています】

少女ラナがイスラエルから故郷のアメリカへ帰ってくるところから物語がはじまる。その目的は母の兄ポールを見つけだし、母親からの手紙を手渡す為だった。やがて二人は巡り会い、それぞれの思惑を胸に、ある事件に巻き込まれてなくなったアラブ人ハッサンの遺体をその兄へ届ける旅をはじめるというのがおおまかな筋だ。

ベトナム戦争と9・11テロの後遺症に悩まされ、L・Aの街を警備しているポールは、アメリカ全体の平和が自分1人の手にかかっているかのような強迫観念にとらわれている。しかしそれは同時に自らのトラウマの根を自ら掘り起こす作業でもあるのだろう。冒頭のシーンで、ポールがアラブ人であるハッサンに目をつけるところからして、既に大誇大妄想じみた哀しみを感じる、と思うのは私がアメリカ人ではないからなのだろうか?

その反面、アフリカとイスラエルで育ったという少女ラナは、まるで聖母のように描かれているが、それはハッサンの発する台詞「私の故郷は国(place)ではなく民族(people)です」を体現するような存在なのだと思う。

物語は愚直なまでに9・11後のアメリカが見失いつつあるものを知らしめようとしているように見えるが、私の個人的な感想としては、ポールが「発見」に至るまでの過程はあまりにも形式的過ぎるような気がする。

例えば、あの同時多発テロが起こった瞬間、イスラエルは夜だった、と語るラナのその後の「悪夢」について言及しないのは何故なのだろうか。どこの国の人でもない彼女だからこそ、語れることがあったはずではないのかと思ってしまった。

また、事件に巻き込まれたハッサンの死をポール自身がもっと真摯に受け止めるべきではないのか、とも思えた。あの無造作に投げ出される写真がせつない。またアメリカの貧困についての触れ方も、それを見ているのはラナだけで、ポールにはそれが見えないままなのではないかと思えた。

 *

公開時期とその扱っている内容の類似点から、どうしてもゴダールアワーミュージック」(id:ichinics:20051105:p1)と比較して見てしまったのだけど、両作品が見るものに促すものには隔たりがあるように感じる。

例えば、9・11のアメリカの裏側で、歓喜の声をあげるパレスチナの人々の声についてラナが語る時に、私が思いだしたのは藤原新也さんの本「アメリカ」で読んだアポロ11号着陸に歓喜するアメリカの裏側で、怒りをあらわにするイスラムの人々についての描写(id:ichinics:20050507:p2)だった。イスラム教についてはまったく知識がないので、彼らが月を神聖視しているというのにもピンとこなかったのだけど、ともかく、その感覚はゴダールの語った「切り返しショット」に近いのではないだろうか。

「国」という単位ではなく、相容れないものも「共存」できる未来を模索しつつ、あえて結論づけることをしなかったのが「アワーミュージック」のように感じ、私はやはり、そこに惹かれているんだと思う。

 *

あと、音楽はとても良かったのだけど、あちこちで入りすぎていて少々過剰に感じた。でもレナード・コーエンの新譜とThomという人のアルバムは買わなきゃなと思った。

[] うちのこ

f:id:ichinics:20051114003007j:image

うちの猫は今年で20歳だ。拾ってきた時すでに子猫ではなかったから、もしかしたら20歳越えているかもしれない。ともかく結構な長生きさんで、飼い主としては嬉しい限りなのだけど、今年に入ったくらいから、どんどん猫っぽくなってきている。

自分の飼い猫を「人っぽい」なんて言うのは親ばかに聞こえるかもしれないけど、違う言いかたをすれば、これまでのこの猫はとっても「つれない」猫だった。お腹がすいたときや外に出たいときくらいしか話しかけてこない。読んでも3回に1回くらいしか答えない。そのくせそそうをしたときだけきまりの悪そうな顔でソファに隠れてみたりする。

それが、今年のはじめくらいに他の猫と喧嘩をして怪我をして、たぶん自信喪失したんではないかと思うのだけど、とにかくその頃からとっても素直に甘える猫になってしまった。呼べば返事をしてくれるのは嬉しいのだけど、一抹の不安もある。

それでも今日、久々に外でうちの猫と出くわして話しかけると、相変わらず冷たい一瞥をくれるだけなのでちょっとほっとしたりもした。複雑な飼い主感情。

2005-11-13

[] 素晴らしい世界

私はどうやらお酒を飲むのが好きみたい。なにをいまさらな感じだけども、家で飲んだりはほとんどしなくて、だからお酒が好きと言うよりは、誰かとお酒飲みながら話をするのが好きなんだと思う。そんな訳で誘われればたいてい断らないし、自分も誘うし、今日も飲みに行ったわけです。また渋谷。

今日の飲みの趣旨は、友人の転職祝いだったので、最初にちょっとしたプレゼントを渡したりしつつ、友達の話とか、最近見た映画とか、日本が一夫多妻制だったらとか、思いだせない芸能人の名前とか、まあ飲んでる時に話すようなことを延々と話してよく笑っていた。

途中まで隣の席に女3人男1人のグループがいたのだけど、どうやら3人の女の子に男の子が怒られてるらしく、彼は泣きそうになっていて、なんかかわいそうで、もうこっちきて喋ればいいのにとか思った。やっぱお酒は楽しく飲まなくちゃなと思う。

この前もすごく楽しかった飲みがあって、その時は笑える話なんかちっともしてなかったんだけど、会話の楽しさっていうのはその内容よりも、伝わってる感じにあるような気がする。でもそういうのって、相手がどう思ってるのかはわからないよね、と言ったらNちゃんが「でも楽しい時は相手も楽しいんだよ」と言って、良いこと言うなあと感動する。そして帰り道にNちゃんが「えーまだ喋りたりないから朝まで飲もうよう」と言ってるのを聞きながら、そっか、こういうことかーとか思った。でも帰ったけどね。

一人になった電車の中で、またしても喧嘩してるカップルと背中あわせになった。どうやら彼に浮気疑惑があるらしく、彼は泥酔しつつも必死に弁明してるんだけど、彼女はipod耳に押しこんで完全無視をしている。見てるこっちがはらはらするような空気だったのだけど、私が電車を降りる頃にはイヤホンを二人で分けあって仲良く音楽を聞いていました。素晴らしい世界。仲良き事は美しいです。

[] ハイロウズ活動休止

bounceの記事で知ってショックうけてたのだけど、下の毎日の記事で中央大学の学園祭でのことについて読んだらちょっと心配になった。ハイロウズのライブは何回か見てるけど、マーシーがMCしてるの見た事無いもんな。

人気ロックバンド「ザ・ハイロウズ」が活動休止することが11日、分かった。公式ファンクラブに報告したもので、デビュー10周年での休止。理由やメンバーの動向については明かされていない。来年1月1日に発売する10周年を記念した初のベスト盤「FLASH〜BEST〜」がラスト作品になる。

http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/music/news/20051112spn00m200008000c.html

ヒロトマーシーももう40代になってたってことにも驚く。なんだかいつまでも少年みたいなイメージだった。

 *

ところでハイロウズとはまったく別の話として思うんだけど、年齢を重ねたら従うべきとされる行動様式なんてのはほんとにあるんだろうか。大人になるってことは、すごく大雑把に言うと他人を思いやれるとかそういう態度ではないかとか思うんだけど、それ以外の場面でよくつかわれる「いい年して」って言葉が私は好きじゃない。というのは私が「いい年」になってきたからかもしれないけど、ともかくそういうよくわからない言葉に牽制されてしまうのって、なんだかもったいない。成長とか変化とかとはまったく別物のような気がする。

でもなんでこんなことを思い付いたのかというと、いつまでも格好のよい「男の子」みたいなハイロウズが私は好きだったんだなということなんだろう。きっと。「千年メダル」と「即死」なんて対極みたいな2曲が大好きです。あー、今これ書いて思ったんだけど、あの「即死」の歌詞を思いだしたら、なんかこれはもう解散なんじゃないかという気がしてきた。だから、また再会するときには、新しいハイロウズか、それ以外のバンドになっているんだろうな。と期待していたいです。

2005-11-12

[][] 動くな、死ね、甦れ!

ヴィターリー・カネフスキー 監督作品(1989年)asin:B00005HBIN

無実の罪で8年間刑務所で過ごした…という監督が53歳で撮ったデビュー作。

見たいなと思いつつ機会を逃していた作品でしたが、今回ユーロスペースの特集上映「LEAVING HOME」にで上映されると知って見に行ってきました。できれば13日の「浮き雲」も見たいけど、もしかしたらここのユーロスペースで映画を見るのは最後かもしれない。ここではほんといろんな映画を見てきたので、ちょっと寂しい。引っ越し先は円山町。1月中旬からの営業のようです。

 *

舞台は第二次世界大戦直後のロシア。日本人捕虜収容所がある貧しいの炭坑町に暮らす少年ワレルカが物語の主人公。

ワレルカは母親と二人バラックのような共同住宅に暮らしている。同じバラックの中には母親の愛人もいて、それもどうやら一人ではない。ワレルカは友人のガリーヤを真似て広場でお茶売りをして小遣いを稼ぐが、母親には叱られ、小遣いで買ったスケートも盗まれてしまう。そんなある日、鬱憤が溜まったワレルカは、ちょっとした悪戯のつもりで大惨事を引き起こし、町から逃げて行くことになる。

ワレルカが暮らす町の人々は貧しいながらも日々を精いっぱいに生きているように見えるが、そこには行き止まりのような息苦しさが常に充満している。ただ、ワレルカにとって救いとなるのは、常に彼を構い、味方をしてくれる少女ガリーヤの存在だ。彼女は彼をたしなめつつも、愛情のこもったまなざしで彼を守ってくれているのに、幼いワレルカは彼女を裏切るような悪戯をくり返すばかり。このあたりのやりとりは、微笑ましく、大人びた少女と子どもらしく気分で振る舞う少年の対比が町の男たち女たちの間とうまく重なっていた。

しかしワレルカが町を出て行く辺りから、物語の空気は変化していく。ワレルカもただの不良少年の枠を逸脱し、何度も逮捕され、脱獄をくり返すようになり、やがては強盗の一味となってしまう。

幼かったワレルカも、やがて大人になっていくのだか、その過程は決して美しいものではなく、むしろ絶望に近い状況の中にある。そしてラスト近く、ガリーヤと再会してからのワレルカは、明らかに昔の彼ではないのだけど、少しづつ、自身を取り戻していくかのように見えた後の、結末にはショックを受けた。

もっと歌って、と言った彼女の耳には、きっと永遠にあのいんちきのような、しかし淡い感情のこもった歌が鳴っているんだろう。歌というものは、こんなふうに行き詰まったところから生まれるのかもしれない、と思った。

希望と絶望の挟間にある、いくつかの眼が印象に残る映画だった。

 *

それから、このタイトルはほんとに素晴らしく格好良い。矛盾と葛藤の中にある、なにか堅いものというようなイメージの言葉は、映画の切実さを増しているようにすら感じる。

[] 再会/読書/映画/ビール

仕事を終えた後、東京に来ていた友人とお茶を飲む。面倒な問題に巻き込まれてると聞いていたので、少し心配していたのだけど、意外に元気そうでほっとした。写真を見せてもらったりして、暫く近況を話しあう。

8時頃に別れて、渋谷へ。ユーロスペースで映画のチケットを買った後、近所の喫茶店で本を読みながらお茶を飲む。ユーロがここじゃなくなったら、この喫茶店にもこなくなるかもしれない。

開場時間に戻ると、立ち見まででる混雑ぶりだった。白黒の映像に照らされる人の顔がふと目に入ると、映画っていいなぁとかいうことをしみじみ思ったりもする。

映画が終わった後、渋谷で働いてる友人からメールが来ていたので、終電まで飲むことにする。ずっと誰かに言いたかった話が出来て、しかも私の考えを見透かしたような言葉を聞けて、すごく嬉しくてすっきりした。しかし、いかんせん終電間近。友人は明日も仕事ということなのでほろ酔いのまま井の頭線の終電に乗り込む。ただでさえ混雑する井の頭線なので、終電ともなると立っていることさえ覚束無い。隣の女性が辛そうで気になったけれど、下北沢で降りる頃には復活していた。椅子に座っている人たちも嫌な顔もせずによろめく人を気づかったりしていて、満員電車なのに殺伐としないのはちょっとすごいかも、と思った。良い夜。

駅からの帰り道、雨に濡れつつ友達に誕生日メールを送る。

[][] 山口晃

ヒルズの広告や、三越の広告画で有名な山口晃さん初の個展。ファンなので楽しみ。

11月22日(火)→27日(日)新館 7階ギャラリー

入場料:500円(中学生以下無料・税込)

午前10時〜午後7時30分【最終日は午後6時閉場、ご入場は閉場30分前まで】

http://www.mitsukoshi.co.jp/nihombashi/yamaguchi_akira/

2005-11-10

[][] ひかりのまち(wonderland)

ひかりのまち [DVD]

ひかりのまち [DVD]

マイケル・ウィンターボトム監督

胸がいっぱいになる映画。友達が「一番好きな映画」と言っていたので、もう一度見てみようかなと思って借りてきたんだけど、前に見た時よりも登場人物たちと年代が近くなっているせいか、より胸にせまるものがあった。

物語には一つの家族のある週末の出来事が描かれている。自分に自信がないように見えるカフェ店員のナディア、シングルマザーとして小学生の子どもを育てながらも自由奔放に生きるデビー、そして出産を間近に控えて夫と喧嘩してしまうモリー。定年退職後、日々を無気力に過ごす父親ビルと、ノイローゼ気味の母アイリーン、そして家出してしまった弟ダレン。そしてそのまわりの人々。全ての登場人物がなんらかの悩みや葛藤を抱えていて、その全てが私自身にも覚えのあるもののように感じる。

特に説明的なシーンなどないのに、登場人物たちの心の動き、言葉にできないほんとの気持ちが手に取るように伝わってきて、何気なく流れて行くシーンの全てに意味、というか人生がある。そして、なんだか、このまちのどこかに、自分もいるような気がする。

世界中で、ひとりきりの気分になって歩く「自分のいない」街は、ひかりに溢れた美しいもののようにも見えるけれど、よく目を凝らせば、たくさんの人が、例えば深夜のバスで1人涙を流すナディアのように、救われることを求めている。

そんなすべての人を、ひかりが繋いでいたりするんだなぁ、とか、感傷的なことを考えてしまう、そんな映画でした。視線がやさしい。

すれ違いを見続けていると、どんどん切なくなってきて、もう皆本音言ってしまえばいいじゃんか、と思うところもあるのだけど、現実はきっとこんな風だ。あーあ、そのタイミングで言わなければいいのに、なんてことばっかりなんだけど、でも、意外とちゃんと伝わってたりすることもあったり。

とてもいい映画です。題名は原題の「wonderland」のがいいと思うけど、ひかりのまち、という言葉も、映画の意図するものをきちんと代弁しているように感じる。

 *

アイリーンがビンゴ(宝くじ?)をやっているシーンで、ふとレイモンド・カーヴァーに似たようなシーンの短編があったことを思いだしたのであとで調べる。

[] FEEL YOUNG12月号

ピース オブ ケイク
連載再開。いきなりハッピーエンドということは、今後いろいろあるんだろうなぁ、と。
スクナヒコナ
最後の富尾君が気になる。次号どうなるのかな。なんか嫌な予感。
にきび
野口ともこさんの読み切り。カウンセラーの先生が面白かったのでこの先生のシリーズかと思ったんだけど、違うっぽくて、前後編か。
ワイルドハンズ
豆知識。太田垣晴子さんの「きょうのごはん」に載ってるレシピらしいのだけど、ビールでといた小麦粉で天ぷらを揚げると、アルコールがグルテン(もちっとするもと)ができるのを妨げて薄い衣に揚がるらしい。いいこときいた。

2005-11-09

[][] ダブリンの鐘つきカビ人間@ル・テアトル銀座

作/出演:後藤ひろひと 演出:G2

出演:片桐仁ラーメンズ)/中越典子橋本さとし山内圭哉中山祐一朗/及川健/八十田勇一/田尻茂一/山中崇/トロイ/平田敦子/土屋アンナ姜暢雄池田成志/若松武史

見に行ってきました。

私はラーメンズ情報経由で今回の公演のことを知り、後藤ひろひとさんの舞台を見たのはプレイベント(id:ichinics:20050825:p2)で見たザリガニ魔人だけ、というまったくの初心者なのですが*1、とても楽しかったです。

奇妙な町の、不思議で哀しくて美しいお話。

(以下ネタばれになるので畳みます)

続きを読む

[] 遺伝なのかも

今日、横断歩道で信号待ちをしていたら、いきなり背後から首をつかまれた。かなりおどろいて振り向くと、そこには知らないおばさん。

暫し無言で見つめあった後におばさんは「ごめんなさい、うちの子と間違えちゃった」と言い、私もようやく状況を把握して「いえいえ」などと会釈する。

でもまてよ、と思ってもう一度おばさんを伺って見ると、どうもうちの母親に似てるような気がする。ということは「うちの子」って、と思って暫くおばさんの行く先を見ていると、私と確かに背格好の似た女の子(私は子じゃないけど)が不機嫌そうにおばさんを迎えていて、あーこれが遺伝って奴かもしれない、とか思った。おばさんとその子も、私とお母さんも、全然似てないんですけどね。

 *

しかし最近遊んでばっかりで全然残業してないので、雪だるま式に仕事が溜まって行ってるような気がするのはたぶんそのうち気のせいじゃなくなるので、勤務時間中はかなり集中してやらないとまずい感じ。今月はあと「ポツネン」があるから気合いを抜けません。頑張らなきゃ。落ち込んでる暇とかないんだけど、なー。

[] ビッグコミックスピリッツ 11/21号

ハクバノ王子サマ
小津の婚約者の写真をこっそり見ているところに黒沢と小津が来てしまい、ちょっとした修羅場の予感の巻。タカコサマの涙がせつない。
バンビ〜ノ!
引き続きアスカさんとのデート。今度は「良いサービス」の店へ行く。よさそうな店だなー。行ってみたくなる。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
ボクシング少女の勇姿。もしかしてこの後主人公もボクシング習いはじめるっていう展開か。なんて予想してみる。
闇金ウシジマくん
ギャル汚くんの巻はどうやら、イベントサークルのトラブルものみたいだ。
中退アフロ田中
合コンというか女子との飲み会の巻なんだけど、会話がやけにリアルで面白い。そんでもってさなえちゃん話はまだ続く。

*1:なのでカテゴリも迷いつつラーメンズ用のを使ってしまってるけど、どうしよ。こういうときちょっと悩む

2005-11-08

[][] 「魔王」/伊坂幸太郎

魔王

魔王

すごい。これは今、読まれるべき本なんじゃないかと思う。私は読んで良かった。

物語は前後編に別れているのだけれど、基本的には一つの物語です。今までの伊坂幸太郎作品と大きく異なるのは、視点(主人公)がその1編づつでは一貫しているということ。それから今までの作品が計算されつくしたような構成をもっていたことと比べると、少々荒っぽく感じるところもあるのだけど、これを書かなくてはという意志の圧力みたいなものを感じる作品だった。ただ、その圧力は作者の「意見」を押しつけるようなものではないです。きりぎりまで具体的な(現実における)共通認識に沿うような形の比喩をとり、「現代」に対する警鐘としてのメッセージが込められているのにも関わらず、その語り口に軽やかさを感じるのはやはり、伊坂作品ならではかもしれない。

「(略)戦場から帰ってきた兵士に、『なぜ人を撃ったのか』と質問をした時、一番多い答えは何かと言うと」

「殺されないために?」

「俺もそう思ったんだけど、違いました。一番多いのは、その本によれば」

「よれば?」

「『命令されたから』」

(中略)

「他の要因は?」

「集団であること」(p112)

一人の魅力的な政治家が登場し、ゆるやかな集団心理によって国全体が押し流されて行くことへの危機感を感じる主人公が第1話「魔王」で描かれる。

そして第2話「呼吸」では、彼の弟の彼女の視点から、第1話から5年後の日本が描かれる。憲法改正についてのくだりなどは、まさに今、起こりつつあることじゃないか、と鳥肌すら立つ。

だからといって、この物語はファシズムを批判するというものでもない。「紙を二十五回折り畳むと、富士山ほどの厚みになる」という台詞がp210に出てくるのだけど(これびっくりしたけど計算したらほんとだった)これは0.1ミリでもかけていけば富士山になる、ともとれるし、0.1ミリをかけない判断の大切を訴えているようにも思える。この物語は、あくまでも架空の物語だ。しかし謎解きもなければ結論もない。読者に意見を問うための作品なんだと思う。

考えろ考えろマクガイバー

そう言われているような気持ちになる。圧倒的なものの前に無力さを感じたとしても、自分で考えて動かなくちゃ、と気付かされる。

「チルドレン」を読んだ時にも思ったけど、伊坂さんの作品を読むと、どんな人にだって出来る事があるんだと、言っているような気がする。この「魔王」でも、ラスト近くp253、273で語られるムッソリーニ処刑の場でのエピソードなどに、作者の希望が込められているような気がした。

 *

【追記】紙をおるところの記述は、0.1と書いてますが本には0.09ミリで出てきます。最初間違えて1ミリと書いてたけど1ミリじゃあとんでもない数字になっちゃうとこだった。

2005-11-07

[] キセルSHIBUYA BOXX

スキマミュージック番外編ということで、DVD用の収録ライブ。

BOXXにははじめて行ったのですが、隣にカフェスペースもある、わりとこぢんまりしたライブハウスでした。新しいっぽい。

ステージも前にカメラがあるからか、一段高い畳しいてある段があって、その上にちゃぶ台、機材後ろにスクリーンという配置。辻村兄弟はその畳の上にあぐらをかいて演奏するというスタイルでした。途中で演奏された「鮪に鰯」のイメージと言っていた気がするけど、良い感じ。オープニングは確か「ハナレバナレ」「雪の降る頃」「おに」などなど。その後に続く曲も、今までのライブでよくやってきた、ベスト的な選曲だったような気がします。ライブを見るたびに実感するのは、二人の声のバランスの良さとのびやかさと、独特の節まわしの気持ち良さ。バックに流れる映像も、柔らかくて、懐かしい感じ。これを画面で見るとどんなふうになるのか。楽しみです。確か前に九段会館で見た時も映像流していたけど、今日のはもっと曲にあわせた映像みたいだったな。

それから、今日VJを担当されてた工藤里沙さんを交えて「雪に消える」も演奏されたんですけど、かわいらしい方でした。あの声がキセルの音楽にとてもあっていると思います。「雪に消える」の後は、キセルダンスミュージックということで立ち上がって「風とくらげ」「エノラゲイ」を続けて2曲。この2曲はいつもイントロで間違えるんですよね。私。

最後は「ギンヤンマ」「ピクニック」それから「夏休み」という曲が演奏されたんですが、「夏休み」はたぶん、新曲だと思う「光合成」というコンピに入っている曲だとコメント欄でakiさん(http://hp.kutikomi.net/kicell/)より教えていただきました。感謝!とても良い曲でした。バックに波のような木漏れ日のような映像が流れてたんですけど、まさにそんな、いつかの夏休みみたいな曲。アンコールは「ベガ」。

 *

キセルのライブは見るたびに結構構成が違っていたりして「窓に地球」ツアーの時は5人だったしエマ−ソン北村さんと3人の時もあるし、今日みたいに2人きりのときもある。でも今日のライブは、2人でできることのぜんぶっていう感じがしました。あっちいったりこっちにてをのばしたり、狭いスペースだからこそできることとしてもちょっと大変そうなとこもあった。けど、なんとなくこんな風に曲作ってるのかなとか思えるあったかいライブでした。

キセルの曲を聞くといつも、子どもの頃とかに感じる、ちょっとだけ違う世界を見た時みたいな気持ちになる。

 *

ずーっと思ってることだけど、いつか大好きな「ハッカ」をライブで聞いてみたい。それから「タワー」もまだライブできいたことがない。「夜間飛行」も。

[] Production I.G

渋谷に行ってきたついでに(id:ichinics:20050914:p3)でメモしたProduction I.G展に行ってきました。

立喰師列伝」の制作風景の映像なんかは面白かったけど、なんというかI.Gの手掛けているものが幅広いせいもあって、ちょっと散漫な印象かな。そもそもパルコミュージアムはわりと狭いし。BLOOD+はまだ見れてなかったんですけど、キャラクターデザインは箸井地図さんなんですね。寺田克也さんのイメージのまんまだったのでちょっと意外だった。IGPXBLOOD+を見ると、ちょっと押井守ラインのI.Gよりもうちょっと低年齢向けなのかなとか思う。いや、見てないので印象だけだけど。

立喰師列伝」つながりだと最近こんなニュースもあった↓

押井守鈴木敏夫が「立喰師列伝」を語った

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/ghibli/cnt_eventnews_20051101a.htm

I.G展のインタビューで押井さんが「誰も見たくないだろうものをむりやり見せようとしてんの」と語っているのがとても印象的でした。楽しみです。

[] 雨と音楽の

4時頃渋谷に着く。ライブまで時間もあることだし、雨も降っているしでカラオケに行く。「IGGY POP FUNCLUB」を2回も歌って満足して、そのままパルコ方面へ歩いてI.G展へ。さらっと会場内を巡る。

6時半ちょっと前にBOXXへ到着。雨なので入り口が混雑している。寒い。ビールは美味しい。

ライブを見てほくほくした気分のまま家につくと、弟が「イノセンス」を見ていた。なんでロボットが爆発するのかということについて弟がいろいろ言っているが、話が噛み合ない。

ご飯を食べた後、ビデオに撮っておいたZAZEN BOYSロックインジャパンフェスでのライブ映像を見る。M-ONでやってたやつ。たった4曲だけど、えらい格好良い。ナンバーガールでの向井秀徳さんはなんというか苛立ちみたいなもののまっただ中にいるような感じだったけれど、ザゼンになると、そこへ立ち向かってくような潔さが見える、ような気がする。とかいろいろ話する。

ストーブを出した。もう冬です。明日からまた仕事だ。

cmdncmdn 2005/11/07 01:58 こんにちは。以前コメントつけさせて戴きましたが、僕も
キセル行ってきました。いきなり1曲目からハナレバナレでびっくりしました。DVDではどんなふうに編集されるんでしょうね。ところで”鮪に鰯”と”鮪と鰯”どっちが正しいんでしょう? 検索しても混在してるような。。

ichinicsichinics 2005/11/07 16:04 こんにちは!cmdnさんも昨日の会場にいらしたんですねー。丁寧ないいライブでした。DVD楽しみです。
それから正しいのは「鮪に鰯」でした。私の表記が間違ってました…ご指摘感謝です!訂正させていただきますね。

akiaki 2005/11/08 01:22 はじめまして。検索していて飛んできました。
ウチもBOXX行きました。すごい幸せなライブでしたね。DVD化が待ち遠しい…
ちなみに「ナツヤスミ」ですが、あれは光合成というコンピに入っております。名曲ですよね。

http://hp.kutikomi.net/kicell/

ichinicsichinics 2005/11/08 23:48 akiさんはじめまして。コメント嬉しいです。DVD発売、ほんとまちどおしいですね。akiさんの書かれた詳細なレポも拝見させていただきました。これからもちょくちょくのぞかせていただきますね。それから、「ナツヤスミ」の情報もありがとうございます!そういえば「光合成」は持っていないんでした…。上の文も訂正させていただきますね。ほんと感謝です。

2005-11-06

[] アフタヌーン四季賞CHRONICLE/夏の巻

春の巻(id:ichinics:20051029:p2)の続き

1991年

菅原雅雪/「ホーム レンジ」
「俺たちに明日はない」みたいなってちょっと違うかな。お話も画も凄く上手い。「暁星記」の方ですね。
安田弘之/「MoZoo」
ファンタジーなのですが、安田さんの作品というと「ショムニ」が思い浮かんでしまう私にはすごく意外だった。高野文子さんとかに影響うけてるのかなっていうような気もした。

1992年

松永豊和/「きりんぐぱらのいあ」
すごい怖い。インタビューでも「気合いが入っていた」というだけあって、完成度は高いです。ちょっと忘れられな感じ。いじめられっこの復讐もので、荻原浩さんの「コールドゲーム」を思いだした。

1993年

小原慎司/「ぼくはおとうと」
二人暮らしの姉弟の物語。確かこのあと連載になった作品。でもこの1話だけでもすごく独特の空気がある。せつない。
桑原真也/「YOKO VS.」
「0(ラヴ)リー打越くん!」の人だ。今は「R-16」で画を担当されてるんですね。知らなかった。少女漫画みたいなストーリーでちょっと意外だったけど、絵がすごくうまい。と思ってインタビューみたら「昔は絵がうまかったなー」と書いてあってちょっと笑った。今もすごい上手いと思いますけど。
沙村広明/「無限の住人
単行本1巻にも収録されてる、そのまんまです。いやーでも、ということは、もう10年以上あの連載は続いてるっていうこと? 時の流れははやいなー。
黒田硫黄/「蚊 他2編」
これも全部「大王」に収録されてます。「蚊」の雰囲気と「南天」の雰囲気が全然違うのに同じ面白さがあるのが好きだ。南天の最後の1ページの空気とか。
五十嵐大介/「お囃子が聞こえる日/いまだふゆ」
「お囃子が聞こえる日」は「はなしっぱなし」に、「未だ冬」は「そらトびたましい」に収録されています。こういう漠然とした不安と、でもそこの惹かれてしまう感覚を描くのがほんとにうまいひとだなぁと思う。
吉開寛ニ/「孤独の音」
神様の依頼で作られた「死んだ人間」の心が宿るロボットのお話。良い話です。それから「神様」の描き方が新鮮だった。

しかし1993年はすごい年だなぁ!!

1994年

芦名野ひとし/「ヨコハマ買い出し紀行
これも雑誌掲載時に読んだような気がします。あのヨコハマの空気感が凝縮された第一作。
安倍吉俊/「雨の降る場所」
インタビューによると(入賞作について)「今の僕の絵がイラストレーターの絵ですが、当時は漫画家の絵を作ろうと苦心していたのだなと思いました」と書かれていたけど、なんだかわかるような気がした。でも表情のアップとかには今の絵と近いとこもある。哀しい話だけど、すごく好みの作品で、短編小説のような雰囲気でした。

[] 野ブタとか

野ブタ。をプロデュース」のドラマをはじめて見た。小説と全然話が違うとは聞いていたけど、名残はあるんだな、と思う。小説版よりは明るい展開になりそうで、いいと思います。野ブタ役の掘北さんはかわいいな。それからちょっと変わった男の子のほうは、なんかIWGPのキングみたいだ、とどこかで誰かが言っていたような気がするけど、ほんとそうだった。でもよかった。私はああいうキャラクター好きだな。

それから「スイング・ガールズ」も途中から見た。映画館でも見たけど、やっぱりあの眼鏡の子がいいなぁ。それから大好きな高橋一生君もいいなぁ。音楽モチーフの映画に弱いです。エンドロールのはナット・キング・コールのだっけか。

[] あめ玉

ここ数日、ちょっと、かなり落ち込むような出来事があって、でもそれは同時にすごく嬉しいことでもあって、とにかくいろいろ考え事をしていたのだけれど、こういう風に、ずっと形のないものばかりに関わっていると、時折足もとが抜けるような不安を覚える事がある。

すばらしく美味しいあめ玉を味わうみたいにしてその考えを転がしながら、いつかはこれもなくなって、過去のものになるんだろうな、とか。だったらこんなこと意味ないじゃないか、結局はなにもないじゃないか、とか。

でもその味を、ふとした切欠で思いだすということは、例えば友人のなにげない一言や、このインターネット上にもあって、だから私は、その味の素晴らしさについて、こんなふうにぐずぐずとした文章を書いているのかもしれないな、なんて思う。それを捉えきれない自分に腹をたてたりしつつ。

しかし、ブルーにこんがらがってなんてさすがディランはうまいこと言う。でもこういう気分であのアルバム聞くとへこむから聞かない。早く回復したい。

 *

いつもと違うコーヒー豆買ってみる。ニカラグア産のエル・ロザリオというやつ。美味しいです。

夜には散歩にでてみる。空気が冷たいと、頭がちょっと冴えるような気がする。

明日はキセルのライブ。

2005-11-05

[][] アワーミュージック

ichinics2005-11-05

ジャン=リュック・ゴダール 監督作品

ゴダールの映画を映画館で見るのは実はこれがはじめて。学生時代に何本かビデオで見たくらいで、特に好きな監督というわけでもなく、これといってピンとこないまんまだった。

それなのに、なんで今回この「アワー・ミュージック」をわざわざ映画館に見に行ったかというと、それは友達に勧められたからだったんですが、これがとても興味深い作品で、見に行って良かったなと思いました。家で見たらちょっと寝ちゃうかもしれないし。

 *

過去の作品と比べてどうこうということは私にはわからないけれども、音と台詞と映像とに想起させられるイメージがあまりにも大き過ぎて、映画のスピードについていけないというのが正直な感想だった。しかし、この映画が扱っていることは、たぶん、その「イメージ」そのものなんだと思う。メッセージや物語という「定着したもの」ではなくて、あくまでもその「イメージ」の存在を示唆しているというか。

例えばこの映画の舞台となっているのはサラエヴォなのだけれど、映画のスタンスは必ずしもサラエヴォに感情移入させるようなものではなく(好意的ではあるけれど)、むしろ映画の中でゴダール自身が「切り返しショット」について解説するのと同じ事で、すごく単純な良い方をするならば、物事にはそれぞれの側面があるということなんじゃないかなと思った。

つい先日、友人の制作した映像を見た時に考えた事を書いた(id:ichinics:20051023:p2)のと似ているけれど、そうやって映像を編集していくことで、演出される何か、想起されるイメージ、のようなものの存在を見せよう、あるいは見ようとしていて、何と何を重ねあわせるか、ということは見るものに委ねられているような気さえした。

そして、その「イメージ」というものは、本来受け取る自分自身にしか見え無いものだと思う。でもそれに、両岸から触れあっているような感覚を他者に対して求めることというのはあって、だからこそ、主人公のオルガはイメージの中に「隣に居る誰か」を存在させてたんじゃないかななんて思う。そういうことを、私は昨日や、この日に考えていたんだった。

 *

とにかくいろいろ考えることがあって興味深い作品ではあるけれど、しかしやっぱり難しいことは難しい。それから、私は大概のものに対して肯定的な部分を見いだしたいと思って日々過ごしているので、監督自身の「映画に対するポリシー?みたいなものに少々違和感を覚えるところもありました。

それに引用とかすごく多かったみたいだけど、私がわかったのはカミュチャンドラーくらい(これもたぶんだけど)。そのカミュの言葉が確か「真に重要な哲学的問題は自殺だけだ」という意味の言葉で、個人的にこの言葉にはあんま納得できないのですが、こういうことについていろいろ考えたりするのが好きな人には面白い映画だと思います。

で、一つ気に入った台詞があったので最後にメモしておく。

シュメール人が文字を発明するまで、彼らは過去のことを「後」と呼び、将来を「前」と呼んでいた」

言葉って面白い。

[] コーラス12月号

YOUNG YOU休刊ということで、コーラスに移行。先月号から読みはじめてみたけど結構面白い。

PONG PONG/小沢真理
男子校のチア部の話。ひたむきな主人公の様子に恋ってんじゃなく人として憧れるっていうのがいいなと思った。
アイスエイジ/もんでんあきこ
あんまりにも連載途中すぎて流れがさっぱり読めないんですけど、とりあえず格好の良い男の人がたくさんでてくる漫画だなと。私も分子モデル組み立てたい。
悪いのは誰/松田奈緒子
これも途中からなんでどの人が主人公なのかもいまいちわからないんだけど、面白いな。
駅から5分/くらもちふさこ
電車の中からみるつつじのシーンが印象的。
えいえんのすむところ/榎本ナリコ
センチメントの季節だ。なんか久しぶりに読んだな。

ハチクロは来月カラーエッセイ掲載で、2月号から連載とのこと。

2005-11-04

[] ZAZEN BOYS銀杏BOYZ ライブ@駒沢大学

行って参りました。駒沢大学学園祭「君のことが好き陀仏」。ほんとははやめに行ってわたあめでも食べようと思ってたんですが、なんだかんだで家出るのが遅くなってしまってぎりぎりになってしまった。荷物預けるとこないだろうと思ってたのに、ちゃんとクロークが用意されていて、その気遣いにちょっと感動。

身軽になって最前列へ。サマソニの時くらい良く見える場所にいけて、ラッキーでした。

ZAZEN BOYS

まずは町田のヤンキーが登場、ベースかきむしる。かっこいいなぁー。全員が揃ったところでいきなり「USODARAKE TAKE2」「HIMITSU GIRL'S TOP SECRET」「HARD LIQUOR」とシングルから3連発*1相変わらずの真剣勝負っぷりにしびれる。

ハードリカーは野音のときよりも早口が言えていて、素晴らしくクールに決まってたと思います。鳥肌。

ニューアルバム製作中のニュースはHPで見ていたので、今日も新曲あるかなと思ってたのですが、やったのは2曲。野音でもやった「感覚的にNG」と「メタルフィクション」というのが新曲だと思います。メタルフィクションでは、向井さんのながーい酔っ払いトークから始まって、確かヒミツガールのリフのアレンジで構成されてたような気がする。向井さんはキーボード弾いていました。2ndがhip hop寄りだったとしたら、今度のアルバムはなんというか、よりハードロック指向になるのかもしれないなと感じる一曲。

実は、ライブ見る前まで、すごい落ち込んでたんですけど、ザゼンみたらなんか元気でた。それってちょっとすごいことだと思う。

他に演奏されたのは、「MABOROSHI IN MY BLOOD」「IKASAMA LOVE」「COLD BEAT」「WHISKY & UNUBORE」だったかな? で、ラストは「開戦前夜」でした。学園祭だから「DAIGAKUSEI」やるかなと思ったけどやらなかったな。

いや、もうとにかくあの核のエネルギーはすごい。何度でもみたいライブ。

銀杏BOYZ

ザゼンで体力消耗してしまったので、後ろの方でゆっくり見る。

私は銀杏BOYZを聞くのはこれが初めてだったんだけど、こう、会場全体を信頼しきってプレイしている様にはちょっと打たれた。なんていうのかな、すごく剥き出しの感じで、今日は峯田さんのMCがかなり多かったんですけど、そのMCもすごく生生しくて、ちょっとどきどきする。うん、ピーズを聞いてるときの感じにちょっと近いかな。でも、少年ぽい危うさもあるというか。ホールデン・コールフィールドを彷佛とさせるというか。…ちょっと違うかな。

ともかく、ボーカルの峯田さんの「言葉」がまず核にある音楽なんだなとかそんなことを思いました。

[][] 王立宇宙軍 オネアミスの翼

王立宇宙軍?オネアミスの翼? [DVD]

王立宇宙軍?オネアミスの翼? [DVD]

1987年劇場公開作品

GAINAXの第一回製作作品として、あんまりにも有名な「オネアミスの翼」ですが、見るのははじめて。

物語の年代はちょっと不思議で、未来のような過去のような、架空の時代。そこには「王立宇宙軍」という軍隊があって、人類初の有人宇宙飛行を目指している。しかし、国家は戦争のまっただ中であり、「宇宙軍」は名ばかりの存在、となってしまっている。それでもある日、主人公のシロツグが一目惚れした少女との出会いを切欠に宇宙飛行士に立候補したことから、今まであってないような状況だった「有人宇宙飛行」の計画が現実のものとなっていく。

まず、1987年とは思えないくらいの映像の美しさに驚いた。それから舞台設定というか、美術がとてもよくて、町並みがほんと好み。AKIRAより早かったのかこれが!っていうのがまず驚きです。もう、CGとかなくてもこれだけの表現ができるんだなぁというか。

そしてお話も、ラストへと向かって行くあの収束感にはカタルシスを覚えました。声優が森本レオというのがちょっと意外というか、なんだかあのささやき声が少し聞き取りにくい気もしたのですが、ともかく名作といわれるだけのことはあるなと思った。アニメってすごいな。

[] 例えば

自分の言いたいことを、正確に相手に伝えるということはとても難しい。

例えば、災害に襲われたある土地に行って、そこの人々の結びつきを目の当たりにして感動し、それはもしかしたらそういう災害を切欠として芽生えたものなのかもしれない、ということを言いたい時に、結局誤解されて「災害なんて起きない方がいいに決まっている」なんて返されることは、多々ある。

また例えばすごく好きなものだけれど、それを好きな自分が好きではない、ということを言いたい時というのがあって、「それ」の何が自分にとってネガティブなのかはよく分かっているのだけれど、ああ、まあこうしてあれとかそれとかいう言葉を交えてしまえば、伝わりにくく、最終的には「好きではない」という部分だけが残ってしまったりする。

最近、ある映画のある台詞にとても共感して、その台詞はすごくネガティブな台詞だったんだけれども、その言葉の裏にあるものを考えればとてもポジティブにも感じられる言葉で、でもその語感だけではあんまりにもネガティブだし、それはたぶん、自分にとって足りない部分に響いてくる言葉なんだと思ったので、その話は人にしていなかった。(ここで書いたりはしてるけど)

でもそもそも、そんなふうな「言葉」を必要としていない人もたくさんいて、そして、それはとても健康的なことなんだ。たぶん。

その足りない部分が自分にとってどのくらい大切かが、よくわかんなくて困ってる。

例えば、すごく美味しい食べ物を見つけて、でも滅多に手に入らないものだからもう一生食べれないかもしれなくて、なのにいつも「あれ食べたいな」ばかり思ってしまうとしたら、それを食べたことがあることを喜ぶべきなのか、食べた事を後悔すべきなのか、とか。そういうこと。

[] ひびのあわ

駒沢大学でライブを見たあと、その近所に住んでいる友達に会って、ご飯を食べる。

いろいろ話をする。

すごく楽しかったんだけど、なんかなかなか伝わりにくい話をしていて、そんで上に書いたようなことをいろいろと考えたりする。

今日はやらなかったザゼンの「KIMOCHI」を聞きながら電車に乗って帰りながら、結局私は自分でもわかってないことをわかってもらいたいと思ってるんだなとか思う。もうちょっと考えなきゃ、ということを伊坂さんの新刊によく出てくる台詞「考えろ、マクガイバー」を読みながら思う。

やたら寒い。

*1:たぶんそうだけど、ちょっと記憶が曖昧です

opiumnopiumn 2005/11/12 20:01 遅くなってスミマセン…&はじめまして。駒沢大学のレポ、トラックバックさせていただきました。

2005-11-02

[] きょうのできごと

風邪ひいて休んでる人が数人重なって、電話も来客もてんやわんや。

しかも朝から打ち合わせ。初めて会う方だったのでちょう緊張したけど、とってもやさしい人でほっとした。よかった。でもなんかあんま気が利いたこと言えなかった。朝はうまくしゃべれない。

 *

仕事の後に、友達とごはん。なんかすごい楽しかった。久々に青臭い話をした。あんまりにも楽しいと、帰り道さみしくなるなーとか思った。

冬だからかもしれないな。

帰りの電車内で、泣いてる女の子をみた。

2005-11-01

[] 白い茶碗

ひと目惚れという訳じゃなかった。

だって初めてその茶碗を見たときは特に気にもしなかった。

次にその店に行って、その茶碗に触れてみたのも、ただ真っ白な飾り気のなさに、うっすらと興味を覚えたからだった。興味というよりも、むしろ手持ち無沙汰から生まれた気まぐれといったほうが正確なくらいで、だからすぐそれは棚に戻して、本来この店にくる目当てである茶葉やらを選び、試飲したりして、店を出る頃にはその茶碗に触れたことなど忘れていた。

でも、家に帰ってみると、なんだか指先にあの茶碗のしっとりつめたい感じが残っていて、あの重さが、ここにないことが信じられなくて、次にあの店に行ったら、絶対手に入れててやろうと思い始めていた。

でも、そう、私はそれだけのために、その店に行くことをしなかったのだ。なんでだろう。一所懸命になるのが照れくさかったのかもしれない。それに、それが手に入らない可能性なんて、ちっとも想像していなかった。

だけど、次にその店に行ったとき、茶碗はもういなかった。窓際の隅っこの棚に、いつまでもそこにいるような顔をしてあの白が鎮座していたその場所は、新にやってきたこまごまとかわいらしい雑貨類に占領され膨れ上がっていた。

私の視線を察知したなじみの店員が、あああれとっておきましたよ、なんていって店の奥から取り出してくれはしないかなんて、甘えた妄想もしたけれど、もちろんそんなことがあるわけもなく、何気ない素振りでたずねてみると、私の言っている「白い茶碗」について、厄介払いができてよかったですよ、といわんばかりの口調で「ああ売れたんですよ、やっと」なんて言っただけだった。

薄暗い部屋のソファに座って、片付けられたテーブルの上に目を凝らす。あのぽってりとした、冷たい茶碗の姿を思い描く。欠点なんていくらでも思い浮かべられる。地味なのは好みだとしても、普段使いには重すぎるし、大きさも中途半端だし、特に美しくもなく、それなのに高すぎた。

それでも、私達はうまく付き合えたはずだった。あれでお茶を飲んで、毎日を終わらせたかった。そしてそれを、何十年も続けることが、出来ると思っていた。

でももうあれは、誰かの手元にあるんだ。願わくばその人とあの茶碗が、末永く仲むつまじく、日々を暮らしてくれますように。なんて大げさなことを思ってみたりもするけれど、

でもやっぱり、暫くはどのお茶を飲んでも、あの白い茶椀で飲んだらもっとすてきだったのに、と思わずにはいられない気がする。なんてこった。

 *

どっとはらい。

[] RUFUS WAINWRIGHT/want one

Want One

Want One

2003年に発表された、ルーファス・ウェインライトの3rdアルバム。

ここのとこ、こればかり聞いている。ベルベットみたいなルーファスの声は、この季節の空によく似合う。

ファーストが出たときから、ルーファスは大好きなアーティストの一人なんだけど、なんというか、彼の音楽はとても個人的な感じで、ミュージック・シーンなんかとはまったく別の場所で、音楽の世界に生きているような感じがする。

そして、このアルバム(と対になっている「want two」と)には、クラッシックやジャズなど様々な色合いの音がぎっしり詰まった一つの物語みたいな雰囲気があって、歌詞の意味がわからなくても、その声が映し出す物語に感情移入してしまって、なんか参る。この声と、この歌い方がたまらなく好きだ。

ボレロの旋律が印象的な1曲目「OH WHAT A WORLD」、それから波のようなピアノと情緒溢れるヴォ−カルについ聞き入ってしまう14曲目「DINNER AT EIGHT」が特に気に入っています。泣ける。

[] ビッグコミックスピリッツ 11/14

グラビアの子(工藤里紗さん)がすごくかわいい。

闇金ウシジマくん
訴えられると弱い闇金融屋。はめられたってことだったのか…。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
やっと出てきたハクバのお姫様。
中退アフロ田中
あの合コンの娘ふたたび。わくわく。
ハクバノ王子サマ
小津の婚約者の写真、【絶対見たくない」というタカコサマの気持ちはよくわかる。けど、見ちゃうんだろうなぁ。
テレキネシス
今回は「デュエリスト 決闘者」これは見てみたい。ハーヴェイ・カイテルさんだし。
SEKIDO
「悔しさ」を覚える飛男。かっこいいなぁ。

kissheekisshee 2005/11/01 02:35 白いお茶碗の話、吉野朔実の『瞳子』に出てくる話と、少し似ていますね。でも、方向性はちょっと違いますかね。

ichinicsichinics 2005/11/01 14:14 kissheeさん、さすがです(笑)自分でもそう思いました。猛烈な物欲とその対象が碗であるってところらへんでしょうか。この話はほんのちょっとだけ作り話なのですが、でもまあほぼほんとの話です。かなり落ち込んでいます。『瞳子』にでてくるような、美しい碗ではないんですけどね。