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  □これまでの日記一覧

2006-01-31

[] 「主語のない述語は暴走する」

今朝、会社に着いて、いつものようにMSNを開いたら、こんな記事が目に入った。

発信箱:どのツラ下げて… 山田孝男(編集局)

むかし軍部追従、いま検察追従で、変わらぬものといえば俗論迎合の卑しさしかないおまえが、どのツラ下げて明日を語り、針路を説くのか。そう感じている読者が少なくないと思う。

(略)

いまや政治に対する観察者、批判者であるという以上に、政治権力を生み出す装置となった感のあるメディア。その無節操な暴走癖、過剰な存在感・圧迫感と加害性を省みず、「悪いのはオレではない」と逃げ腰の醜さが読者の失望を誘っているようだ。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060130k0000m070110000c.html

まるで決意表明のような記事だけど、毎日新聞という大手メディアに属する人が、このような、感情を垣間見せる言葉で、自己批判を語るということが、なんだか新鮮に思えた。

でもきっと、この人だけでなく「メディア」に属する個人の中にはこのような意見を持った人が少なからずいるのだと思う。(希望的観測過ぎるだろうか?)ただ、今回の件については、私が見る限りネット上での意見(個人を中心として)とテレビや新聞での論調があまりにも違うことにおどろきつつ、カウンター装置としてこれは機能している/しつつある、のかもしれない、なんてことも考えたりしてた。そして、この決意表明のような文章は、どちらかというと、マスメディアに属する「個人」の意見に近い気がする。

先日読んだ森達也さんの「世界が思考停止する前に」という本に、こんな言葉があった。

遺族や被害者が報復感情に捉われることは当たり前だ、なぜなら彼らは当事者だ。この感情を社会が共有しようとするとき、一人称であるはずの主語がいつのまにか消失する。本当の憎悪は激しい苦悶を伴う。でも主語を喪った憎悪は、実のところ心地よい。だからこそ暴走するし感染力も強い。(p48)

「主語のない述語は暴走する」

2003年の3月23日に朝日新聞に掲載された文章だ。

そして、毎日新聞の記事にある「無節操な暴走癖」というのは、まさに主語を消失している状態のことをいうのではないかと思う。そして、この記事が「新聞社のもの」として新鮮だったのは、個人として「主語」をもった文章だったからなんじゃないか。

雰囲気や流れに同調することが、必ずしも悪いことだとは言えないけれど、それを他人に伝えるという責任を持っている側が主語を失ってしまっているのは「組織」であるということに甘んじているからなのかもしれない。

上にリンクした文章で「白紙の新聞を出した」と言っているのは40年代の話だ。現在ならば、白紙で新聞を出すよりも(それもインパクトはあるだろうけど)「どのツラ下げて」と思われるような自戒の表明の方が、有意義だと思う。

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/09号

表紙はオセロの中島知子さん。ちょっと木村佳乃さんに似てるかも…とか思ったけど、袋とじのグラビアみたらそうでもなかった。表紙の写真が一番いいな。

スターチャイルド
最終兵器彼女」の映画化記念で高橋しんさんの読み切り。ちせの世界のずーっと後の、もうひとりのちせの話、なのかなぁ。「「御子」さんはいーよなァ」と言ってた子が、すぐ後のシーンで、その「御子」になることを拒むというのはちょっと変だと思った。友情はないのか。「名前」に特別な意味を持たせる結末になっているけど、物語の途中でその方向へ転換しているように感じる。
電波の城
「くさいモノがあれば、フタをする側でなく、そのフタをこじあけてでも、ハナをつっこんでゆく側、それがジャーナリストという人種なの!!」
日本沈没
ん?先週の涙のシーンの疑問とあいまってますますこの女性キャラクタがわかんなくなった…。
cherry
この前、男友達がこれ面白いっていっててビックリした。そういうもの?今回の話は「御先祖様万々歳!」を思い出したよ。
バンビ〜ノ!
誕生日に一人でガンプラ作る伴の巻。グフが描きたかっただけじゃないのか(笑)
中退アフロ田中
田中、初めてたばこを吸う、の巻。いきなりショッポ。表紙の「没」と本編が関係なさすぎて戸惑った。
ハクバノ王子サマ
そろそろ小津一人称でもうちょっとせきららな葛藤を読みたいです。
ラストイニング
次回、ようやくスティーブが投げる。
テレキネシス
今回は「告白」(コスタ=ガヴラス)
団地ともお
今回は青戸さん温泉に行くの巻。(先週の大食い大会の景品ですね)
もふ
次は財務省外務係で外務省とやりあう展開らしい。

エンタ力で花沢健吾さんが「ミュンヘン」の感想を書いてたけど、なんか、あらすじと「戦争は嫌だなぁ」で終わってるというのが残念。もうちょっと意見のある(押しの強い)人なのかと思ってたのだけど。

[][] 2006年本屋大賞

いつの間にかノミネート作品が発表されてました。今回は10位が総得点タイで11作品ノミネート。

県庁の星』/桂望実(小学館)

『告白』/町田康(中央公論新社)

サウスバウンド』/奥田英朗(角川書店)

『さくら』/西加奈子(小学館)

『死神の精度』/伊坂幸太郎(文藝春秋)

『その日のまえに』/重松清(文藝春秋)

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』/リリー・フランキー(扶桑社)

『ナラタージュ』/島本理生(角川書店)

『ベルカ、吠えないのか?』/古川日出男(文藝春秋)

魔王』/伊坂幸太郎(講談社)

容疑者Xの献身』/東野圭吾(文藝春秋)

http://www.hontai.jp/

読んでないの多いです。

でも、まあ評判とかを見てると「東京タワー」か「ベルカ、吠えないのか」か「容疑者Xの献身」という印象。4月5日に大賞発表なので、それまでにこの3冊だけでも読みたいです。

でも、個人的には「魔王」にとって欲しい。

 *

昨年の本屋大賞ノミネート作品発表時のメモ → id:ichinics:20050207:p4

[] もうすぐ1月も終わる

今月は、なんだかいろんなものの締め切りが一気にきて、じたばたしてる間にもうすぐおしまいというとこまで来てしまった。でも、まあひと段落ついたかな。あとは、どう優先順位をつけてやりくりするかの問題だし。最近は残業時に一人になることが多くて、音楽かけながら仕事するのがちょっと楽しみだったりもする。

 *

今日は10時すぎに帰宅して、テレビ見ながらキムチチャーハンを食べる。冷やご飯と納豆(味付けしたやつ)と豚肉と刻んだキムチを卵と炒めるだけ。味つけもほんのちょっとの醤油と中華出汁のみ。ジャンクフードっぽい。

 *

そういえば今朝、電車の中でうとうとしてたら、急な揺れを感じて、ぱっと見ると隣にすわった女性が本を読みながら激しく頷いていた。そんで、はしたないんですが、ちょっとそのページをのぞいてしまって「友達なんかいらない!」という見出しの文章にちょっと凹んだ。どんな本だそれ。自己啓発ものだろうけど。

2006-01-30

[] ボノボ/ホーバー・ホーバー

HOVER HOVER

HOVER HOVER

ずっと気にはなってたんだけど、なんとなく聴くチャンスがなくて(店辞めてからはほんと新しいバンドに疎くなった)、でもようやく聴くことができた、噂のバンド bonobos

実際に聴いてみたら、なんか、良い意味で予想を裏切られた。

 *

ええと、たぶんきっともう散々フィッシュマンズと比較されて、そこを越えてきたバンドなんだろうなと思うので、今更なにか言うのもなぁと思うんだけど、初めて聴いた感想としていちおう書いておく。

bonobosフィッシュマンズと比較されて云々、というのはレコード屋時代の同僚なんかからもきいていたのだけど、それで私がイメージしていたのと、bonobosは随分違っていた。まず、あちこちで「ダブ・ロック」という言葉を見かけるけど、一聴した感じだと、むしろフリーソウルだなぁという印象。スカやボサノヴァ、もちろんダブも入っているんだけども、全体のイメージは「グルーヴィー」とでも言いたくなるような雰囲気。

確かに、フィッシュマンズに似ている。最大の要因は、たぶん歌詞の韻の踏み方だ。でも、ベースラインやギターのカッテングなんかは、これはもうジャンルとしてのスタイルだし、歌い方は、たぶん、いろんな人に似ているんだと思う。佐藤くんだけじゃなくて、UAっぽく聞こえることもあれば、永積タカシさん風なことも、キリンジ風なこともある。彼等は非常に個性の強い歌い手だけれども、 bonobosの場合は、とても普遍的な声に感じる。それはつまり、一つのジャンルとしてある声、というか。

あくまでも一つの側面として感じたことだけど、例えば、佐藤くんのつくりだす音楽が「言葉」を「音」であらわしていたんだとすると、 bonobosの場合は、先に音があって、声も一つの楽器のように感じる。それはつまり、聴く人を楽しませるための、演奏する側も楽しむための、音楽というイメージだ。

この次のアルバムをまだ聴いていないので、何とも言えないけど、例えば「music」や「water」のような多幸感溢れるダンスミュージックが、彼等の持ち味なのではないかと思いました。すこやかな音楽。

 *

特に気に入ったのは、#1「Good Morning Groove」 #6「I Talk」#9「Tobo Tobo Tobo」#11「スカートガール・ブルース」あたり。「electlyric」も近いうちに聴こうと思う。

[][] 「柔らかい殻」「渋谷区円山町」/おかざき真里

おかざき真里さんの、りぼんコミックスで出てる短編集2冊。借りた(妹が)。

やわらかい殻 (りぼんマスコットコミックス)

やわらかい殻 (りぼんマスコットコミックス)

「柔らかい殻」
一つの部屋に、二つの時間と二人の女の子。
「空に恋する」
その「できない」感じはすごく迫力があるのに、その理由が、もし暗喩なのだとしたら解りづらいと思った。
「ワンピース」
感情は迫力があるのに、その解決法にちょっと肩すかしをくらうな…。ページ数が足りない感じがする。
「水の名前」
手タレの子の話。すごく短いのに印象に残る。
「タフ」
かなり初期の平成9年の作品。「サプリ」の原型がこれなんだろうな。
「風草子」
さらに古い平成8年の作品。おかざきさんにはめずらしく時代物。今の絵にいたるまでの流れが少し見える。
渋谷区円山町 (りぼんマスコットコミックス)

渋谷区円山町 (りぼんマスコットコミックス)

「渋谷区円山町 青空」
教師と女子高生の恋愛もの、だけど、この熱量はさすが。あの見開きにインパクトある。お話の起伏の付け方が、独特だけどうまいなと思う。
「渋谷区円山町 放課後」
女子高生の共闘宣言。イジメと家出と、こういう友情の形を描くのはおかざきさんの得意とするところなんじゃないかと思う。「雨の降る国」とか。石田衣良さんの「14」(に出てきた109に居る少女)や村上龍さんの「ラブ&ポップ」を思い出す少女観ではあるけど、確実に一線を画しているのは、もちろんかつての少女からの視線で描かれているからだろう。
「渋谷区円山町」
ラブホ街での出会いのお話。この作品の連載中、おかざきさんは円山町に住んでらしたそうです。

[] どうぶつの森

またしてもご無沙汰してしまった森にかえって来た。けど、今度は失われた時間を遡るというずるをしている。

順調に借金返済も終わり、二度目の改築も依頼。今度の借金は幾らなんだろ…。借金って慣れていいんだろーかとか思ったりとかしたりして。

それから、今日ははじめて「カブ」が何なのかってことと(今まであのカブ売りの人に出会ってなかったみたい)、雪だるま作りにやっと成功しました。

ところで、私がやってなかった間は、妹がやってた(だから我が家が二人住まい)んだけど、「皆にお姉ちゃん(私)が書いた手紙見せられたよ」と言っていてびびった。何それ! 恥ずかしい…完全に盲点だった。もしかして、通信とかで他の人に会ったりしてもそういうことあり得るのかな。えー。もう何書いたか忘れちゃったけど、全部まじめに返信してるから恥ずかしい。

「イー(私のあだ名)! 相変わらず弱気だな! 俺のイトコがお前のことタライに似てるっていってたぜ」なんていうゴリラからの手紙に「お返事ありがとう。タライはちょっと嫌だな。でもイトコによろしくね!」と返すこの不毛感。「ちょっと嫌だな」っていうか、意味がわからないんですが。

2006-01-29

[] 願い忘れた

ichinics2006-01-29

そういえば昨日、流れ星を見た。すごく久しぶり。すーっと流れるような流れ星ではなくて、獅子座流星群のときのような、ぼうっと光って落ちる感じの流れ星だった。あんまりにも一瞬のことだったので、願い忘れた、と思ったらもう一つ流れた。また願い忘れた。でも、そもそも流れ星に願いごとするってのは、いつ誰が言い出したことなんだろうな。確か「三回」って決まりがあった気がするけど、それははっきり言って無理だ。だからなのかなぁ、と思う。

 *

そして今日は飲み会。同業種の人との飲みだったので、わりと話も盛り上がって楽しかった。結構飲んだな。最近も相変わらずビール、焼酎、チンザノ、ジンあたりをぐるぐる回っている。まあ最終的には焼酎に落ち着くんだけど、前は麦のが好きだったのに、このごろはもっぱら芋ばかり(七夕が最近好きだ)飲んでいる。日本酒はまだ飲めない、けどもう飲めるのかも。

そんな感じで調子よく飲みながら、調子良く喋った気がするけど、やっぱり私はときどき、もっと違うことを話してみたいのになぁと思うことが、たまに、ある。それはその相手に、ということじゃなくて、誰かにってことだ。たとえば、私のコピーロボットとかを相手にでいいんだ。そして私にとって、それを話すってことが、どんくらい大事なのか。まだそればっかり考えている。でもつまり、ここにこんな風にいろいろ書いたりするってことは、その代替なのかもしんない、とかまだちょっと酔っぱらった頭で思い付いてみる。

そんなのどうでもいいじゃん、って言うのがすごく嫌な反面、もっと軽やかに思いつきで行動したいものだなぁ、とも思ったりする。そんな季節だ。

[] 結論はでません

先日書いたものの補足、というか続きを懲りずに考えている。

前に、野矢茂樹さんの「哲学の謎」を読んだ時(id:ichinics:20051202)に、気になっている点、としてメモしておいた部分が

「もう一回ゼロから世界が始まって、全く同じ条件でスタートしたら、そこにやっぱり私はいるんだろうか」

ということだった。これは、具体的にいうとこの本の「記憶と過去」「行為と意志」および「自由」という章を読んでごっちゃにして感じたことで、すごくわかりやすく書いてあるからこそ、ぐうの音もでない感じだった。

君が腕を上げるとき、君は君自身の力で君の腕を上げなければならない。つまり、それは君の意志が動力となって生じた動きでなければならない。(略)

さらに、その意志もまた君自身の力で引き起こしたものでなければならない。つまり、「腕を上げよう」という意志も、再び君の意志が動力となって生じた心の動きでなければならない。

「意志することの能動性を言うために、「意志することを意志する」と言わなければいけないってわけ?」

行為の能動性を意志に求めるかぎり、そうなる。そして、意志の意志を出してもそこで終わりにならないことは明らかだ。二番目の意志の能動性を言うために君は三番目の意志を持ち出さねばならず、以下、無限に続く。(略)

「動力としての意志」は行為と非行為の相違を説明してくれない。p163ー164

この腕をあげる、という例はとても解りやすかった。確かに、日常生活における殆どの行為は意志よりも先に動いているような気がする。でも、もうちょっと因果関係のはっきりしているような行為、例えば「泣く」という行為にしても、「悲しい→泣く」ではなくて「泣く」という行為のあとに「悲しいから」という理由がやってくる気がする。今、私がふと思い出す何かは、「思い出そう」という意志のもとに起こることではない。「明日は買い物に行こう」と思って行く、ということは一見意志のように見えるけども、何故買い物に行こうと思ったのか→最近寒くなって上着が欲しいから→でもこれまでにも寒い日はあった→今日きれいなコート着てる人をみかけたからかも→同じようなコートを着てる人はほかにもいたけど、何故わざわざその人をみたんだろう?→何故って、そんなのたまたまだよ!

すごくおおざっぱなたとえだけど、こんな具合に、ほとんど永遠に理由を探していったら最後は「無意識」とか「偶然」なんて言葉にいきついちゃう気がする。そう考えてみると、「私の意志」なんてものは実はどこにもなくて、全ては単なる反応に過ぎないんじゃないかと思えてくる。そして、さらに「全ての条件を同じくして世界が再スタートする」という状況が仮にあったとしたら、やっぱり私は同じものを選択したような気分の中で、最終的にはここにたどり着き、こうして、この文章を書いていたりするようにも感じる。うーん、何か嫌だ。だって、それを認めるということは、「人間もまた、自然のシナリオに従うしかない物の塊だからだ。(p192)」という言葉に同意することになってしまう。

あまりに当たり前のことなのだが、現実はつねに一通りだ。起こったことは起こったとおりに起こった。それに対して、「そうでないこともありえた」ということは、非現実の可能性の世界を開こうとすることだ。p190

そう、でもやはり「そうでないこともありえた」と思わずにいられない。

この問題について「哲学の謎」の中では「虚構」に視線を転じることで締めていて、私はそれがとても気に入ったんだけど、今日はもうちょっと。

 *

意志、というものが実はあるようなないようなものである、というのは何となくわかった。それを認めるとすると、むしろ私は、意識することなく、過去を意味付けすることで補完してるんじゃないかという気がする。

でも、例えば「トゥルーマン・ショウ」という映画があったけど、あの映画の中で、トゥルーマンは架空の世界の中に生きていた。しかし、そこに生きている間は、彼にとってそこは「現実」だったはずだ。

ええと、で、何が言いたいかというと、つまり「過去」は幾らでも上書きされる可能性がある、ということだ。自然のシナリオに従うしかないように見えても、今のところはタイムマシンなんてのは存在しないし「時間は流れている」からこそ、「今ここ」は一つしかない。いや、タイムマシンがあったとしても、「今、ここ」にその要素(タイムマシンがやってきた/やってきている)が加わったら、それはその時点で新しい流れのはじまりなんじゃないだろうか。だから、これまで積み重なってきた過去から、どんな結論が導き出されるかについては、計算できないんじゃないだろうか。自然のシナリオで語れることは「今、ここ」で起こることの少し手前までなんじゃないのかな? でも手前ってどこだろう?

例えば、私がここでAとBのどちらを選ぶかというのは、これまでの過去を判断材料にして計算するしかない。けど、ここで計算と相反する結果が出たとしたら、それがまた一つの情報として加わる。なんてことはないんだろうか。

そしてそれは、「そうでないこともありえた」という非現実も、「今、ここ」には影響しているからなんじゃないか、と「今、ここ」の私は思う。

 *

なんだか滅茶苦茶で曖昧だ。というわけでこれからやっと「無限論の教室」を読みます。

トゥルーマン・ショー [DVD]

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2006-01-28

[][] 有頂天ホテル

監督/脚本:三谷幸喜

見にいってきました。

「有頂天時代」と「グランドホテル」をかけ合わせたタイトルということですが、「限られた時間と限られた空間」という意味で「グランドホテル」へのオマージュを強く感じさせる(実際にそう言及するシーンもあるし)映画でした。

面白かったです。三谷幸喜監督映画としては、今まで見た中で一番面白かったかも。先を予測したり気が逸れたりすることなく、物語にどっぷり浸って笑える映画だった。

例えば「ラジオの時間」では「限られた空間」ということにこだわりすぎてる気がしたけど、今回はホテルという広い空間があるので息苦しくない。テンポよく物語が展開していくのも飽きさせない。

個人的に群像劇は大好きだし、複雑な構成の物語を、見事にまとめているなぁというカタルシスはあるんだけど、どうも重なるエピソードが多いようにも感じた。大雑把に言うと、歌を巡って3人、過去の恋愛が2組、偶然の再会は3組、移動していく「もの」もたくさんある。そこを重ねるなら、もう少し違うエッセンスを入れても良かったんではないか、とか、あと1つ、最後に回収される大きな問題のような、芯が欲しかったとか、贅沢なことを思ってしまった。いや、でも面白かったです。中でも、特に関心したのは松たか子さんの入れ替わりエピソードでした。

今回は、あて書きした通りのキャストが揃った、とどこかで三谷監督がいっていたのを見たけど、キャストが本当に豪華。そして皆はまってる。

私は役所さんが大好きなので、堪能いたしました。

[] Grandaddyの新しい、そして最後のアルバム

「I Think So 思う。」さんの記事(http://mezzanine.s29.xrea.com/archives/2006/01/28000355.php)で、5/9にGrandaddyの新しいアルバムが出る、といううれしいニュースとともに、それが最後のアルバムになるっていう残念なニュースを知った。

うーん、切ない。Grandaddyはデビュー当時から好きで(というか私の周囲は皆1st大絶賛だった)、2000年のサマソニで見たライブも印象に残ってます。確か、ちょうどその頃、デイヴ・フリッドマンがブームだった(ような気がする)ので、Grandaddyも(デイヴのプロデュース作品はなかったとは思うけど、音は近いものがあるので)その波にのってブレイクするだろうと思ってたのに、なかなかアルバムを出しても話題にならないバンドだった、というイメージがある。日本盤が出てないアルバムも結構あった気がするし。そして、そういうバンドってたくさんあるんだよな。Six By SevenもLong Pigsも解散しちゃったしなぁ。RESERVORとか何してるんだろ。アフガンウィッグスだってすごい良いバンドだったのになぁ。スパークルホースとか大丈夫かな。

なんて言いつつ、私もGrandaddyも前のアルバムとか買ってないんだけど、でも、2ndとかはほんともう、よく聞いたもんだった。近未来的で感傷的な感じがぐっときていたんだった。

そして、久々にひっぱり出してきて聞いてみたら、やっぱり良かった。とりあえずは、新譜を楽しみにしようと思います。

Sophtware Slump

Sophtware Slump

[] 赤羽39/theピーズ

赤羽39

赤羽39

最近はこのアルバムを聞いています。いい。もう40になる手前ギリギリの赤羽ロックンロール。

検索してて見つけたミュージックマシーンさんのインタビューが面白かった。

ベースとかすごい適当。気分で動いたり止まったりしてる

http://www.musicmachine.jp/interview/pees/

なんていう言葉とか、今もラジカセで曲作ってるとか、ドラムは手数少ないのがいい、とかね。私は手数多いドラムが好きだけど、なんというか、言いたいことがシンプルな曲にはやっぱ隙間のあるドラムがあうような気もするよ。

このアルバムでの歌詞は、インタビューにもあったけど、「なんで生きてんだろうなあ」とか「死んだらおしめえだなあ」というものが多い、ような気がする。特に2曲めから5曲めくらいまでの流れが好きだ。

戻らない人生も 半分はとっくだな

マチガイも温めよう 今更リセットもないさ

死ぬまで泳いでく クタびれたかい そうかい

溺れるまでサボるかい 誰も手貸し切れないさ

「ノロマが走って行く」

やるだけやって この程度で

今更思い残し無えのか

「リサイクリン」

こんな風に、自分を鼓舞しつつ、でも力が抜けてる感じが、ピーズなんだろうなぁと思います。私はまだ「トドメをハデにくれ」くらいの場所にいる気がするけど、あーなんか、良いアルバムだなぁと単純に思いました。いい曲が多い。「こんなもんだ オラもう ヤめねんだ」と言った次の曲で「限界はもっと向こうだ」って言ってしまう感じが好きです。

2006-01-27

[][] ロックンロール七部作/古川日出男

ロックンロール七部作

ロックンロール七部作

私にとっては「アビシニアン」ぶりの古川日出男作品、だけど、たぶんこれは「ベルカ」を読んでからの方が良かったっぽい。なんとなく、そんな予感がする。

でも充分面白かったです。私はこういう、大風呂敷広げる話が結構好きだ。しかも題材がロックンロールとなれば、そりゃあ補うべきイメージが、私の頭の中にもストックされている。

この物語のあらすじを簡単に示すことはできないけど、そのイメージは、レコード盤を地球に見立てて、その溝をステップする感じ。それぞれ別の曲の物語だけど、一枚のアルバム「ロックンロール七部作」としてまとめられることで、そこに必然性を見いだすか見いださないかは、あなたの自由ですよって。そんでまた、このアルバムが捨て曲なしなんですよね。面白かったなぁ。全ての偶然を必然と捉えて断言していくのが、気持ち良かった(だってそれは事実起こったことなんだもの!、と彼女は言うだろう。実際全ての文章がこんな間の手のもとに進む)。

あたしたちが歩み去った世紀よ、死ぬな、ロールしろ、とあたしは言うの。p320

七つの物語は、やがて一枚のアルバムへとおさめられるのだけど、その展開にはあまりカタルシスは感じられなかった。でも、それはきっと、21世紀の物語なんだろう。

例えばこの本が音楽だったとして(そしてそれは全ての創造物にたいして言えることだけど)、受け取られ、語られることで生まれ変わっていく。それは「それ」を読む個人の物語へとなっていく。

そういうことだ、と私は思って、興奮しました。ベルカも読む。

ちなみにブックカバーを見てピンときてしまうほど、装丁はコズフィッシュ。

[] 私が私であるということ

永井均さんの「私・今・そして神」の中で、ライプニッツ原理についての項にこんな文があった。

私とは現に世界がそこから開けている唯一の原点のことである。だから、何が経験されようと、経験されてしまったなら、それを経験するのは必ず私なのだ。(p106)

という部分を読み、私は「そうだ、その通り!」と思ったのだけど、続く文章を読んで、首を傾げることになった。

私が分裂するという、よくある思考実験の場合だと、別れた二つは内容的にはほとんど同じ人物なので、どちらが私になるかは、ただ偶然が(言いかえればただ神の意志が)決める。問題なのは、それまでの私の記憶をちゃんと受け継いでいるほうがなぜか私ではなく、受け継いでいないほうがなぜか私である、という場合だ。ライプニッツ原理によれば、そういうことが起こりうることになる。(p106)

この一文はずっと気になっていて、折に触れ思い出していたのだけど、今のところの実感としては、やはり、中身が連続していなかったとしても「今、ここ」で思考している私こそが私であり、それまでの記憶を受け継がなかった私に私がなってしまったとしたら、それこそが私であり、もう一方の、「それまでの私の記憶を受け継いでいるが、今、ここの私とは別の思考、視点を持つ私」は「私’」であるだろう、と考えている。

先日「今ここにいるいくつかのじぶん」id:ichinics:20060111:p3という文を書いた時に、「過去の私と今の私は明らかに他人だ」と書いたのだけど、それはちょうどそんな感じで、今の私が経験してきたことと、過去の私が経験してきたことは、重なってはいるけれど、その後があるかないかという点において異なっている。(もちろん、時間軸的にあり得ないという前提はここでは考えてない)その時間的な隔たりの中で経験されたことは、過去の私にとっては「ない」ことであり、現在の私からみたら「ある」ことだからだ。

しかし、現在の私にとっても、過去の私と「出会う」ということは無かったことであり、巡り会った時点で二人は別々の人格になる、と思う。しかし現在よりも先の未来の私はそれを知っているのかもしれない。それは「あった」ことなのかもしれない。すると、この「現在」の私は、未来の私ともやはり他人なのだろう。今はまだそれを知らないだけで。

 *

じゃあ、例えば私が分裂して、私の私足りうる部分、つまり「思考」する私が、全然別の肉体の中に入ってしまった時、それを他者に説明できるだろうか?

これを逆のパターンで考えると、同じく永井均さんの「翔太と猫のインサイトの物語」に出てきた話で、こんなのがあった。

「顔もかたちも性格も記憶も変化した」好きな人を愛することができるか?

この本の感想(id:ichinics:20050524:p1)で、私は「自分自身にとってはどんな要素が変化しようと自分は自分でしか無いけれど、他者に対して抱く感情というものはその人の持つなんらかの「要素」に裏付けられているということ」と書いていた。がーん。

つまり、やはり分裂して現れた「私」は、それまでとの連続性を失った時点で他者に認識されていた私ではないということなんだろうか。

 *

ちょっと話を戻す。私は「私とは現に世界がそこから開けている唯一の原点のことである」ということを、漠然と「その通り」と考えているのだけど、それはつまり私以外の「私」(私から見ると他者)もまた、その「唯一の原点」であるということだ。

でも、それって「仮定」なんじゃないだろうか。

私が私足り得ているのは、「今、ここ」に意識があり、思考しているからだ(と仮に断言する)。でも、その私の意識、及び思考が、「唯一の原点」であるからには、他者には知覚され得ないということでもある。だから「仮定」によって、人は他者の意識に近付くのだろう。

前に私は「その「私」を含むいくつもの点を結ぶのものとして、人は言語を生み出したんじゃないだろうか」と書いたけど、その感じは今でも薄れていない。(前に(id:ichinics:20051202:p2)もほとんど同じようなことを書いた。)

 *

ここで再び「例えば私が分裂して、私の私足りうる部分、つまり「思考」する私(視点といってもいい)のみが、全然別の肉体の中に入ってしまった時、それを他者に説明できるだろうか?」という疑問に戻る。

たぶん、できないだろうなと思う。

私はちっとも論理的になれないので、ここで「だからといって悲しむ必要はない」と思う。

思考する「私」は既に、それまでの記憶をもう一人の「私’」に譲ってしまっているのだ。ということは、認知してもらうべき他者も私には存在しないということ。他者に認められようとやっきになるのは、記憶を伴う「私’」の方なのだ。

そして、そう思うということは、私は私ではない「私’」にも「意識」があるのだろうと仮定していることになります。

 *

あたりまえで当然って感じがすることを長々ともったいつけて書いてるなぁ、と自分でも思うのですが、そんで、何が言いたいのかというと、

機械の意識の有無を判定する方法について。

将来、「心を持つ人工知能を造った」、あるいは「人間の意識をコンピュータに転移することに成功した」と主張する人が現れたとします。そのコンピュータを前にしたとき、どのような方法によれば意識の有無を判定できるでしょうか?

※知性の有無の判定ではありません。また、そのコンピュータは「人並み」の応答はできるものとします。

http://www.hatena.ne.jp/1138120442

またしてもmichiakiさんの質問なのですが、この質問に対する回答を、上のような流れで考えてたんでした。でも回答になんなかった。

「心」や「意識」というのは、つまり「唯一の原点」である自分自身にしか感じられないこと、だと私は思うので(それはイコール他者に「ない」ということではなく)、仮に「彼(そのコンピュータ)」を目の前にしても、確かめる方法は、ない。それは意識の主体である「彼」のみが知っていることなので。

ただ、その「主張する人」が嘘ついてたという仮定を無視すれば、彼が信じている限りはあるとも言える(つまり「ない」ことも証明できない)。無茶なようだけど、人は生き物以外のものに「意識」がないという前提のもとに生活してきたので、受け入れるのが難しく感じるだけだと思う。

でも、物語的な解決をするなら、上の質問をそのまんまその「彼」に投げかけてみればいいんじゃないかなと思います。

「それはもしかして僕のことですか?」とか言われて、私が「ああ、ひどいこと言っちゃった」と思ったらもう「ある」んじゃないかなと思う。例えば、車がエンストしたときに「機嫌が悪い」と感じたりすることは、車に意識があると感じていることであるとも言えるように。

ロマンチック過ぎるような気もするけど。

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/08号

ハクバノ王子サマ
当然ご立腹。うん…。そりゃなかったことにしてあげた方が優等生なのは分かってて、そうしたんだけど、怒りは押さえきれないっていうね。こういうもやもやって男の人にもあるんだろうか。あるだろうなとは思うけど。
20世紀少年
これってミスチルの「くるみ」のクリップだよね。
バンビ〜ノ!
羽山復活。でも彼が言ってた「自分の皿にジャッジをしてくれる存在」ってのは、「使われる側になりたい」ってことだったのか?違うよなぁ。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
田西散る。さて、そろそろ体を鍛える話だよね。たぶん。
闇金ウシジマくん
ジュンは期待どおりに最低。次号はウシジマVS肉蝮か…こわいなぁ。
たくなび
就活漫画といっても、やはり恋愛もいれとかなきゃ的な予定調和。

来週は「最終兵器彼女」の番外編が載るらしいです。

michiakimichiaki 2006/01/27 22:30 「私・今・そして神」ってかなり難しくありませんでした? 半分も理解できなかったです。解る人だけ解ればいいという永井節全開な感じ。

ichinicsichinics 2006/01/28 02:41 確かに、かなり難しかったです。そもそも私が「哲学」を意識するようになったのは去年、永井さんの本(「<子ども>のための哲学」)を読んだのがきっかけだったので、まだ単に面白そうな議題を探してるだけのような感覚なんですが、この「私・今・そして神」には、○○論とか「ライプニッツ的」なんて言葉が当然のように出てくるので、それらがちっともピンとこなくて参りました。たぶん、私にはまだ早い(?)本だったんだと思ってます。それでも、本の中に、興味を惹かれるような考え方とか、自分が思ってたことを自分の文脈にはなかったような言葉で説明されてたりするのを見つけるたんびに、楽しいなぁと思って読めたんですけど。
まあ、誤解して読んでるところも多くあると思うので、もうちょっと分かるように基本的な本を読んでみたいです。でも、どこから手をつければいいのかもわからなくて、とりあえず今の言葉で書かれてるものを手にとってしまいがちです。中でも、永井さんの本は、結論を出そうとしてる訳じゃない感じが安心します。

2006-01-26

 落ち着かない

一年経ったし、何か変えたいけど、かといってこの白いの気に入ってるし、じゃあブログモードにでもしてみるか。と思ってここ数日ブログモードってのにしてみたんですがどうも落ち着かないのでやっぱやめました。むー。

[] おままごと

ままごと、というとなんとなく「ママ事」と変換されてしまうんですが、本来の意味は「飯事」で、女の子が炊事なんかの真似事をして遊ぶこと、という意味らしい。

今日、道を歩いていたら、どうやらままごと遊びの残骸らしきものが散らばっていて(画像がその残骸。木の枝が箸だとおもう)なんだかかわいらしいなぁ、と思うとともに、まだこの辺りにもどんぐりとかちゃんとあるのね、なんて考えてしまった。

幼い頃には身近にあった植物、たとえば「ひめおどりこそう(そして葉が丸い方が、ほとけのざって覚えてた)」とか「はこべ(鳥のえさ)」とか「おおばこ(相撲)」とか、それから虫とか、カエルの卵とか、ザリガニとか。そういうのは今もちゃんと子供の身近にあるんだろうか?

私はすぐ下の兄弟が弟なので、小さい頃の遊びといったら、ままごとよりも虫とりとか基地作りとかだった。せいぜい泥ケーキ作って弟に食べさせようとしたり(ひどい)そんなもんだった気がする。特に基地作りには熱中して、秘密文書を木のうろとかに隠したりしたなぁ、あれって回収したのかな、とか考えてたら寝ちゃって電車を乗り過ごした。

f:id:ichinics:20060126015811j:image

家に帰ってくると、弟が嬉しげに「忙しい?」とか聞くから「何なの」と言うと、どうやら修士論文がうまくいったらしい。うかれている。つい先日までウサ晴らしに「地球防衛軍2」やろうよーと言われて丸一日付き合ったりしてたときが嘘みたいだ。良かった。あと気掛かりなのはもう一人の弟の院試。今ネトゲやってるけど、兄のうかれたテンションにあてられて調子崩さないといいなとちょっとだけ思う。

[] 「地球防衛軍2」をやった

SIMPLE2000シリーズ Vol.81 THE 地球防衛軍2

SIMPLE2000シリーズ Vol.81 THE 地球防衛軍2

上で書いて思い出したけど、この前丸一日費やしてやりまくった「巨大生物VSオレ」なゲーム。かなり面白かったです。

でも陸戦兵しか使えない。アサルトライフルのAS-22D(円盤用。命中精度がすてき)AS-22RR(リロード時間を感じさせない連射力。強いけど、あんま面白くない。ハード以上で戦うならコレないときつい)と、スナイパーライフルのライサンダーZ(遠くにいる歩兵戦車用)ロケットランチャーのゴリアスDD(序盤お世話になる)それから、ゴリアス‐2R(ビルを壊して視界をクリアに)を愛用しました。

私が命中精度の良い武器を愛用して遠くから狙いたがるのと反対に、弟はボルケーノ(これ使うと時空が歪むっていうか、重い)を愛用してて、とにかく突っ込みたがるのがおかしかった。

弟と二人で陸戦兵ばかりやってたので、ペイル用の武器が全然集まってない。

[] がーん!

DSの新型モデル「ニンテンドーDSライト」発売

任天堂は26日、携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」ノ小型化(横13センチ、縦7センチ、厚さ2センチ)した「ニンテンドーDSライト」を3月2日に発売すると発表した。1万6800円で現行機よりも1800円高くなる。重さも約60グラム軽くなる。画面の明るさを4段階に調整できる。現行機の販売も並行して続ける。

http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/game/gamenews/news/20060126org00m300072000c.html

DS、すごい重いんですよ。ペンで操作するには片手でもたなきゃいけなくて、それがかなり重さを感じさせる要因だとは思うんですけど、とにかく重いんです。

ライトが欲しい……。

2006-01-25

[] 現代の無戒

唯我独音 presents 現代の無戒~ZAZEN BOYS~ [DVD]

唯我独音 presents 現代の無戒~ZAZEN BOYS~ [DVD]

スペースシャワーの「唯我独音」という番組の中のコーナー「現代の無戒」及び、昨年8月に行われた日々谷野外音楽堂でのライブをDVD化したものを購入して視聴いたしました。家でスペシャ見れるのにも関わらず、私はあんまりテレビ見ないので、こんな番組があるなんて、この発売情報見るまでは知らなかったです。

bounceでの発売情報&bounce連載のリンク

http://www.bounce.com/news/daily.php/6768/headlineclick

面白かった。

いやー向井秀徳もとい「無い戒め」さんのつま弾くギターはいい音してます。しかもいい声だ。弾き語り良いなぁとしみじみ思いました。中でも「KU〜KI」が素晴らしいです。(たしか、「NG珍」にはライブ音源で入ってるけど、まともに聞くのはじめて)

あとNEKOMACHI聞きながら、これは萩原朔太郎のアレなんだろうかとか思ったりする。

それからZAZEN BOYSの面々と、MATSURI STUDIOにて二人セッションをしたり、その曲が出来あがる瞬間の、ほんの断片をかいま見せてくれたり、卓をいじってるとこが見れたりと、なかなか充実した内容でした。あのライブ音を重ねてるってのは、超重要だなと思った。音がまるで違うのがテレビでもわかるもの。

それからあの、海辺での「守ってあげたい」(ユーミン)、ね。センチメンタルで良いなぁ。

日比谷野外音楽堂でのライブは、「HIMITSU GIRL'S TOP SECRET」「BRAIN CONSTRUCTION」「感覚的にNG」「開戦前夜」「WHISKY&UNUBORE」「COLD BEAT」が収録されてます。これはライブ行ったしCDも聞きまくっているので、動きが追えるのが楽しい。

良い買い物をしました。大満足。かなり繰り返してみると思います。次は向井さんのコメンタリー付きで見る。

[][] 踊って鼓舞

ところで私のここ最近繰り返し聞いている曲は、「KIMOCHI」「You make me feel so bad」「MANGA SICK」「いかれたbaby」「手おくれか」とかその辺りで、相変わらずと言ったらそうなんですけど、弱音吐きつつ悪態ついて、喧嘩売ってまた弱音を吐いて飲んで寝るみたいな、そんな気分はつまり、こんな感じ。

なーんも考えとらん 脱力感 空白の脳 虚無。ピクリとも起こらんやる気。

以上、全て嘘偽りである。 実際これらの反対の状態に今俺は いる。

「開戦前夜」

今、例によって幾つかの本と平行しつつ古川日出男さんの「ロックンロール七部作」を読んでるんですけど、そこにも、何気ない箇所に「悲劇は人間(ひと)を戦闘的にする」と書いてあって、別に今私は悲劇のさなかにいるわけでもなんでもないけども(だって悲劇なんてそんな簡単に起こるもんではないからね。そんでそこを、たぶん越えられるってのも、よく知ってるからね)、人の多くはたぶん、落ち込んだりとかすると、そうやって自分を鼓舞しつつ落ちたりという、あの、喧嘩に負けた昆虫のような飛び方をするんではないかなと思います。

そして、そういう喧嘩に負けた昆虫的ながむしゃらさというのは、やはり物語としては「男の子」にこそふさわしいもののような気もしていて、私はそういった物語が、どうやらとても好きみたいだ。「宮本から君へ」も然りで。そして女の子は強い、という物語が、好みなのかもしれない。(強い女の子というので今すぐ思い付くのは舞城王太郎「ピコーン!」だったりするけど)

ともかく、私はそのような物語を、上記の音楽の中に見てるのかもしれない。

音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ「ダンス・ダンス・ダンス

っていう言葉の意味が、なんかちょっと分かったような気がした。ただし、スマートに踊る必要はないってのが今の気分だ。

一体何の話なのか、自分でもよくわかりません。

[] ドラマコンプレックス山村美紗物語

帰宅したらやってて、ご飯食べながら見てたら、つい最後まで見てしまった。

西村京太郎本人と、山村美紗の娘、紅葉さんのインタビューを交えながら構成された浅野ゆう子主演のドラマ。

山村美紗の遺稿を、西村京太郎が書き上げた、という話は知っていたけど、二人があんなに近しい間柄だったというのは少し驚きだった。

私は二人の本を一冊も読んだことがないんだけど、あのインタビューでの西村京太郎を見てたら、なんかちょっと好きになってしまった。それと同時に、なぜ二人が恋仲にならなかったのかも、わかったような気がしてしまった。

誰か、ヨーロッパの有名な画家で、やっぱり女友達(夫もいる)の家で晩年を過ごしたって話を聞いたことがあるけど、あれは誰だったかな。

男女の友情っていうのは、よく「ある/ない」でもめごとになりやすい話題だと思う。突き詰めれば友情の定義とかそんな話になるし、そんなのそれぞれの関係性であって定義できるようなことでもないから、結論もでようがない。たぶん「ある」ことにしたいか「ない」ことにしたいかは自分をどの立場に置くかによるんだろう。

私は、ある、と思っているし、価値観の合う友人は男性のことが多いのだけど、いろいろ面倒なことに巻き込まれたりすると(そういうこともごく稀にある)、もう性別とかなけりゃいいのになぁ、と思ったりする。

まぁ、このドラマの話に限っていえば、これを両立出来たってのは特殊なケースだなと思うけど。

2006-01-24

[] がんばれ問題

「がんばって」っていう言葉が使いづらくなったのは、ここ数年のことのような気がするんだけど、ではそういうときに、何を言えばいいんだろう、というのには、なかなか結論がでない。それは私にとって、かなり頻繁に考える問題だったりするんだけど、昨日の、id:tranquilityさんの日記(http://d.hatena.ne.jp/./tranquility/20060122#1137937530)でその逡巡について書いてあるのを見つけて、ここでちょっと、自分の考えを整理してみようと思った。

ちなみに「がんばれ問題」という命名はid:troubleさんによるものです。(横からちょっと拝借いたします)

 *

はてなのキーワード「がんばれ」には、こんな説明がある。

【がんばれ】

1 困難にめげず我慢してやり抜くように、励ますことば。 

2 鬱病の人に対しての禁句で、「がんばれ!」とか「怠けるな!」は、絶対に言ってはいけない。 「心と身体が疲れきっていて、動きたい、がんばりたい、と思っているのに動けないのが病気。 充分に休ませることが必要で、追い討ちをかけるような「がんばれ」という言葉は禁句」

確かに、既にがんばっているときや、がんばろうとしても力がでないときに、「がんばってね!」と言われると、そこはかとない無力感に襲われることがある。その感覚は、すごくよくわかるから、私も「がんばって」という言葉を口にするのには、ためらいがある。それは相手が病を抱えてる人ではないとしても、だ。

相手が困難な状況にいることは理解している。けれど自分は何もしてあげられない、という時に、私は何を言えるだろうか。

それはまあ、状況による。「(あんまりがんばりすぎないで、)体には気をつけてね」とか「うまくいくといいね」とか「(がんばってるのは知ってるから)私もがんばるね」とか、いろいろ考えて口にするのだけど、言外に「がんばる」という言葉がまとわりついていて、何を言ってもきれいごと、他人事のようなニュアンスになってしまう。そして私は気付いてしまうんですよね。「何もしてあげられない」ということが、結局は「何もしてあげるつもりがないのだ」ということに。

ちょっと考え過ぎにも思えるけど、でもそれが大概において核心なんだと思います。

でも、だからといって、その相手がどうなってもいいという訳ではなくて、やっぱり自分と関わりのある人には、幸せでいてほしいという身勝手な願望もある。

全ての人に何かをしてあげられるような聖人にはなれないし、なるつもりもないし、して「あげる」なんて立場にいないこともある。それに鬱陶しいだけだよなって状況もあるし、でも圧倒的に多いのは、私に出来ることなんて何もないって時だったりする。

でも、せめて言葉を練ることで報いたいと思ってしまうから、その人のためだけの、定型句ではない何かを言いたいと思って、「頑張れ」以外の言葉を探してるような気がします。ただの自己満足だけど。

それでも時々、ほんとに「がんばって」欲しい状況にいる人と対峙することがあって、それは「頑張る」の語源として「我を張る」という言葉があるけども、とにかく自分を信じていってくれればきっと、うまくいくよと思う時だったりする。そういう時には、やっぱり「頑張って欲しい」と言うことにしてる。「頑張ってだめだったらどうすんの」と言われたら「大丈夫」と言い切るくらいの、(個人的な)覚悟をもって「頑張って」という言葉を、使わなきゃ言えないことも、やっぱりあるような気がする。駄目だったときは、またその時で、何か力になりたいと、その為に自分が頑張るだろうことを知ってるから、言ってもいいんじゃないかなと思ったり。

でも、その言葉が何であれ、頑張ってほしいと思うことは、やっぱり「幸せになって」と言うことに似てる、と思うわけですよ。

なんて。そこまで考えてないときも、あるんですけどね(てきとう)。自分の言葉には、責任をもちたいと思ってるけど、常にその責任のことばっかり考えていたら、言葉を発するタイミングを逃してしまうこともあるし。

要は、適当な言葉でお茶を濁してる感じがあるから、「がんばれ」をためらうんじゃないかなと思います。

自分が受け取る側だったなら、まあある程度は、頑張ってるんだよということを理解されてるなぁと思っていれば「がんばれ」と言われることも嬉しい。たぶん、逆もそうなんじゃないかな、と思ったりする。

 *

そして、それと同じように、使うのをためらう言葉が「わかるよ」だったりする。でも、これはまた今度。

[] デスノート実写化

漫画「デスノート」が実写化、劇場公開されることが23日発売のジャンプで発表されたらしい。しかも2本。しかも6月と10月公開。ええ? 今年? いくらなんでもそんな早いのってすごく不安。

デスノート映画化決定 6月と10月に連続公開

http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/manga/manganews/news/20060124k0000m040049000c.html

キャストを知らないうちに、キャスティング願望を書いておく。

夜神月
……え、いきなり思い付かない。見た目だけだと、玉木宏さんとか、かなぁ。演技してるとこ見たことないので自信ないけど。藤原竜也さんて説もあるみたいだけど、それもいいと思います。見た目のイメージは違うけど、キラっぽい演技が期待できそう。
L
数年前なら窪塚洋介さん。あ、と、イメージ違うかもだけど、高橋一生さんとかもあいそう。キラよりはいろいろイメージできるな。「隣人13号」の時の感じで小栗さんとか。
リューク
まさかリュークまで実写じゃないよね…とか思いつつ。実写なら、えええ?
夜神総一郎
小杉十郎太(役者じゃない)
弥海砂
ミサはたくさんいるでしょーと思ったけど、意外と思い付かない。あ、最近お気に入りな夏帆さんとか。
松田
大森南朋さんでお願いします。
ワタリ
おひょいさん

予想外に全然実写のイメージ湧かないのでこの辺にしとく。まあどうせ見にいくんだけど、6月ってのがなぁ…。いかにもドラマ予定が映画になったって感じだなぁ。

[] 新宿、22時

ichinics2006-01-24

仕事の打ち合わせが終わったのがだいたい22時で、さて帰るか、と思って新宿の駅前を歩いていたら、号外を配っていた。今夜はどこもその話題でもちきりだろうと思う、ライブドア事件の号外だ。

表面に証取法違反容疑についての、至極かんたんな説明と、裏面に「堀江語録」。

ヤフーの読売新聞ニュースは、こんな風に書いている。

ライブドアグループに買収された企業の元取締役は)堀江容疑者に向かい、「大きな企業になるには、愛社精神を育てなければ」と説いた。その答えが「みんな金のためーー」という堀江容疑者の言葉だった。

「違う。みんな金以外のもの、自己達成欲求を持っている」と反論すると、「そんな甘いことを言っているから、会社がなくなっちゃったんでしょ」と言われ、「それなら給料いらないの」とたたみかけられた。会話は平行線だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060123-00000115-yom-soci

これ、事件に関係あるのかな?

その活動をニュースでは見ていても、私は堀江さんという人についてはあんまりよく知らない。ブログがあるってのは知ってるけど、それもたぶん読んだこと無い。ただ、日本テレビ「世界一受けたい授業」に出ていたのを見たことがあって、そのときなんかネットコミュニケーションだけで世界が成り立つ、みたいなことを図解していて、えーそれ嫌だなぁ、と思ったことくらいしか、印象に無い。

そのくらいの認識しかなくても、上に引用した文章は、両極端な意見だけど、どちらかといえば、堀江さんのが正しい、と私は感じる。働くってのは、要は生活するためだ。働いて、お金を得て、自分の生活を豊かなものにするためだ。もちろん愛社精神をもつのは、素晴らしいことかもしれないけど、でもそれは仕事に誇りをもつこと(自己達成欲求とかも)とイコールじゃない。金のためってのは言葉が悪いけど、どんな嫌な会社でだって、仕事に誇りを持つことが出来ないとは限らない。話がずれた。

私が言いたいのは、どちらが正しいということでもなく、こういう言葉を引用することって、事件とは関係ない、ただイメージを煽動するだけのもののように感じるということだ。

toukatouka 2006/01/26 11:18 「がんばれ」って言葉は、言う人と言われる人の間に距離を作る言葉だと思います。もともとどうしようもなく距離が離れていて、それでも伝えたいって気持ちのある場合に効果を挙げますが(ex.ブルーハーツ「人にやさしく」)、逆に手の届く位置にいるのに「がんばれ」と言ってことさらに彼我の距離を強調してしまうと相手を傷つけることになってしまう。メディアと私たちの距離はもともと離れているので無批判に「がんばれ」という言葉は使われ氾濫していますが、私たちは周囲にいる人たちに対してそこまで無責任にはなれないっていうか。
万感の思いをこめて「がんばれ」と言うよりは、「どうしたの?」「大丈夫?」と、いざという時のための双方向通信のチャンネルを確保しておく方が力になるかなと。
言葉と距離に関しては、橋本治の「ちゃんと話すための敬語の本」をお薦めします。

ichinicsichinics 2006/01/27 00:44 toukaさん、こんにちは。「がんばれ」という言葉が「距離」を作る、というのは、もっともだなぁと思いました。そして、その距離を改めて認識させるような言葉が、相手を傷つけてしまうということも、確かにありますね。
それでも「我を張る」という意味で頑張らなくちゃいけない時というのは、1人きり のような気もしていて、安易に近づくことすら、おこがましいと思ってしまうことが、私はあります。気遣う言葉をかけても、弱音を吐けるわけがないことが、最初から解っているような場合、というか。
例えば、と思い付くのが「サヨナラCOLOR」の歌詞で、あの曲には頑張れという言葉は出てこないけれど「自分を貫くために、一人になること」が歌われていると私は思っています。そんな風に、その人の為に、言葉を捜したいなぁ、と、今のところの私は思っております。そしてそれは時折「大丈夫?」と声を掛けることだったりするのかもしれませんね。
でもこれは全て、私の想定している状況に対しての態度に過ぎないので、詰まるところは、そんな風にそれぞれの関係性の問題になっちゃうんですけど。
何というか、人と人との間の「距離」は、toukaさんの言葉を借りれば、「お互いに双方向通信のチャンネル」を持っているという認識、つまり信頼関係でしか補えないものなんじゃないかなぁ、と思います。この「距離」についてはもうちょっと思うところがあって、これまでの日記にも繰り返し書いて考えてたりしますが、なかなか結論は出ません。でも、ほんとはこんな風にぐるぐる考えてないで、もっと軽やかになりたいって思うんですけどね。
本のおすすめもありがとうございました。紹介文を探していくつか読んでみたんですけど、おもしろそうですね。
ところで「人にやさしく」も大好きな曲です。元気がでます。

2006-01-23

[] ZAZEN BOYS 3rd

待望のサードアルバムは、一聴してもう、新しい展開に突入してることがわかるものだった。ブレイクビーツを基調としている点は2ndの延長線上にあるんだけど、印象はプログレ。それはインストが二曲あることからも(これがまたすごい)、意識的なものなんじゃないかと思います。ツェッペリンはもちろんなんだけど、むしろSOFT MACHINEを彷佛とさせる音色、つまりフュージョンに行く手前ぎりぎりのジャズ・ロック。でもアプローチはZEP。というかもう、他の音楽と比べる必要がなんてないよな。ただ格好良い。そして感情的だ。

このアルバムからイメージする色は黒。そして新しく繰り返されるキーワードは「深夜2.5時」及び都会の、深夜の感覚。ただ、その言葉は感情を説明するというよりは、状況の断片の羅列みたいに分解されてて、その中心の空虚さみたいなものが、息苦しいんだけども、格好良い。それがすなわち、向井さんが体現しようとしている、冷凍都市の暮らし、なんだろうな。

1st、2ndがぎゅうぎゅうに詰まった音の粒のせめぎ合いだとしたら、この3rdは引き算のビートだと思う。もちろん、せめぎ合いはザゼンの特色でもあり、それも失われてはいないんだけど、松下敦柔道二段)という新しいリズムを得たからこそ、出来上がった音なんだろうなと思うものがいくつかあった。音数は多くなくても、低く響いて弾ける。そして、ベースがほぼ全般に渡って即興のような展開を続けるのもすごい。そしてギターはもちろんのこと。

「RIFF MAN」「This is NORANEKO」「Don't Beat」あたりが第一印象では気に入りました。

でも、ザゼンのアルバムは聴きこむうちに浮かび上がってくる曲が多い(←ここ重要だと思う)ので、まだまだこれからだと思います。

ZAZEN BOYSIII

ZAZEN BOYSIII

ちなみに、このニューアルバム及び「現代の無戒」につきましてはバッチリ、ディスクユニオンにて購入してユニオンオリジナルの特典、懐中電灯と折り畳み傘をいただきました。ユニオンて偉い。

[] 死ぬのは怖い?

michiakiさんの質問は、ほんと毎回面白くて、楽しみにしてます。

でもいまのところの回答を見てると、あんまり意外な意見がないなぁという感じ。

あなたの「死ぬのが怖い理由」の主なものが、下記3つ以外であれば教えてください。

1.痛みや苦しみ

2.親しい人たちとの別れ

3.“自分”がなくなること

宗教の信者の人・来世や輪廻転生があると考えている人・死ぬのが怖くない人は回答をご遠慮ください。

http://www.hatena.ne.jp/1137941096

怖いか、と訪ねられたら何て答えるかなぁ。むしろ「怖くないよ」って言ってしまうことによる相手の反応のほうが怖いです。

でもまあ、痛いのは嫌だし、親しい人が悲しむのも嫌。でもそれは怖いってのとはちょっと違う。

強いて「怖い」という感覚をあてはめるなら、三番の人の「未知への恐怖」というのに近いかもしれない。例えば、私は注射を腕に刺されることに関しては別になんとも思わないけど、背中にさされるのは怖い。そんな感じ。「その瞬間」を確認できないことが怖い。まあ、それは1番の痛みや苦しみへの対処に近いんだけど、でも、死ってのがどんなものかは、やっぱりよくわからない訳です。

私のイメージする最悪な死の状況っていうのは、たとえが漫画で申し訳ないんですが、ジョジョの4部での、吉良吉影の死んでるけど死んでない状況というか、永遠に死に続けてる状況。あれが「死」だったら、すごい怖いです。

単純に「死んだら終わり」だったら、そんなことを怖がる必要はないんですが、ゼロであること前提な世界が、ゼロじゃない可能性があるとしたら、すごく怖いと思う。私は一応、クリスチャンの家庭に生まれ育ったので、キリスト教についてはある程度理解し、共感している部分があるけれど、それでも天国とか怖い。地獄も怖いけど、天国も怖い。だって「終わらないことがわかってる」って怖い。

なんでも、終わる時がくるって思ってるから良いことを大事に思えるし、嫌なことからは解放されると信じられるけど、終わらないってことを知ってるってのは、つまりもう逃げ場がないってことですよね。ただ、これはもちろん、生きている人間が「終わりたくない」と思うこととはまた別の話です。初めっから、終わらないって分かってることが、怖い。

だから、天国とか地獄とかいう話を抜きにしても、死んだら(それがどんな形にせよ)死に続けてなきゃいけないってことが、1番怖いです。まあ意識もなにも無くなるって可能性が一番高いとは思うけど。(話がずれた)

もうちょっと他の方の回答が出そろうのを楽しみに見てます。

2006-01-22

 1年たった

ichinics2006-01-22

そういえば先日、はてなで日記を書きはじめて1年が経ってました。

自分でも、こんなに続くなんてびっくりなんですが、でも、正直に言って、ここで文章書くのは楽しいです。ほとんど毎日更新してるくせに、面倒に思うことが全然ないってのはちょっとすごい。

でもそうやって、楽しんで続けていられるのは、こんなまとまりないこの日記を読んで下さってる方々のおかげでもあります。読んで下さってる方がいること前提に文を書く、というのはなかなか照れくさいのですが、すごく、うれしいし励みになっています。

でも、1年たっても、相変わらずまとまりのないことばっかり書いていて、カテゴリばっかりどんどん増えていく自分にあきれてもいて、ここらでサブアカウントでもとって、内容を分割しようと思ったのですが、何を分ければいいのかがいまのとこわかりません。なので、サブアカウントはたぶん、過去に書いてた感想類を整理するのに使うと思います。

なので、ここはこのまんま、飽和状態が続くと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

[][] 夜更けのエントロピーダン・シモンズ

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)

ダン・シモンズという作家さんについてはまるで知らなかったのですが、河出の奇想コレクションスタージョンのおかげですっかり好きなシリーズな気がしてきたし(現在は「どんがらがん」を読んでいます)、ネットで(主にはてなだけど)紹介されてる方の文章を読んだりして気になってたので、購入しました。不思議な本だった。

 *

まず、この本は日本オリジナルの短編集ということで、集められた作品も、かなり多様なものでした。しかし、あとがきを読んでみると、その多様さこそが、ダン・シモンズという作家の特色なのだと伺うことができます。そして、その中に共通する、幾つかのエピソードは、ダン・シモンズの個人的な体験に基づくもののようです。だからこそ、突飛な設定の中でも、ちょっとぞっとするような現実味を帯びているのだと思う。

例えばこの本で特に印象に残る「繰り返し」は、ベトナム戦争と教師と吸血鬼、でした。

中でも、教師を主人公にした2編が私はとても気に入りました。全ての作品が一貫して「小説」であって、作者の目が隅々まで行き届いているように感じます。ものすごく文章の才能に恵まれた作家さんなんだなぁとかしみじみ思ってしまった。

《以下、気に入った作品の感想。ネタばれになるといけないので畳みます》

続きを読む

[] だいじょうぶ

昨夜は友達にあって、飲んで、話をした。

話したいことはたくさんあったはずなのだけど、もともと分かっていることを確認するようなことしか言えずに終わってしまった。けど、すごくすっきりした。

いろんなことが、大丈夫なんだなと思う。世の中は案外じょうぶにできている。もろいものはたくさんあるけど、だからといって、びくびくしながら歩く必要はないのだ。

朝目が覚めたら、雪が積もっていて驚いた。雪が降ると、景色がかわる。空気の音がかわる。だからなのか、なんだかちょっと新しい世界にいるような気持ちになる。

2006-01-21

[][] ホテル・ルワンダ

ichinics2006-01-21

監督・脚本:テリー・ジョージ

この映画を見て、まず思い出したのは(またしても)伊坂幸太郎さんの『砂漠』及び『魔王』だった。この2冊の本には、ほんとに大事なことが書かれてる、と、私は思う。

『魔王』の感想を書いたときに引用した部分

「(略)戦場から帰ってきた兵士に、『なぜ人を撃ったのか』と質問をした時、一番多い答えは何かと言うと」

「殺されないために?」

「俺もそう思ったんだけど、違いました。一番多いのは、その本によれば」

「よれば?」

「『命令されたから』」

(中略)

「他の要因は?」

「集団であること」(p112)

そして、「ホテル・ルワンダ」で描かれる大量虐殺は、それが集団であることによって、動きはじめてしまったことなのだと思う。しかし、100日で100万人の人がなくなったというその事件は、同じところに住み、同じ言葉を喋り、同じ宗教を信じ、人種間結婚もしていた、フツ族ツチ族の間で起こったのだ、ということに、まず驚かされる。

その歴史について、私は何も知らなかった。そしてそれはこの映画で描かれる、外の国の人々以下のことだ。

でもそのことについて語ることは、『砂漠』での西嶋に言わせれば、

「こんな離れた国の、こんな居酒屋で、学生がビールを飲みながらね、どこかで死んでる誰かのことをね、しょうがねえよなあ、とか言ってること自体が最悪ですよ。俺たちはね、何もできないにしても心を痛めて、戦争が一日でも早く終わるよう願うことすらしてないじゃないですか。せいぜい恥ずかしげに言うべきじゃないですか」

ということに他ならない気がする。

だからといって、この物語は「恥じろ」と命じるものではない。あくまでも、1人の、多数派であるフツ族の、ポール・ルセサバギナというホテルの支配人が、立ち止まる話なんだと思う。その理由ははじめ、虐殺の対象となっているツチ族である彼の妻を守るためだった。そしてそれは、彼のホテルマンとしての誇りに忠実であることと重なり、結果として多くの命を救うことに繋がった。彼は立ち止まり、集団の流れに逆らうことを決意した。

もし彼がホテルマンではなかったとしたら、助けを求められることはなかったかもしれない。そうしたら家族以外の誰かを助けるという選択を、しなかったかもしれない。でも、たぶん、彼はフツ族である前に、家族の父親であり、ホテルの支配人だった。アイデンティティというのは、人にそれだけの力を与えるものなんじゃないかと、私は思う。

彼は決意する。そうやって、たった一人でも、まず立ち止まってみることが、群集を止める力を持つこともあるのだ。

それはすごく、勇気のいることだけど、立ち止まらなくちゃいけない、その時に、自分の考えて判断できる人になりたいなと思った。

公式サイト → http://www.hotelrwanda.jp/index.html

 *

ちなみにこれはこの前の日曜日に見に行った。かなり早めの時間に行ったつもりだったんだけど、最終回を残して全て満席。よかったよかった、と思って並んでたら、大学の先輩が働いていたのでびっくりした。忙しそうだったのでろくに話はできなかったけど。

[][] IKKI 2月号

今さらですが2月号の感想。

「海獣の子供」/五十嵐大介
五十嵐大介さんの新連載。主人公は琉花という中学生(たぶん)の女の子。「はなしっぱなし」あたりの空気に似てて、五十嵐さんの得意とする自然の《奇譚》ものと、少年少女という雰囲気に、早速きたいしています。
「乙女ウィルス」/鈴菌カリオ
今回は「エロい」ことに興味津々なのに、恥ずかしい、子供っぽい、といわれる女の子の話なんだけども、後半の展開がもったいない感じ。
「さらい屋 五葉」/オノ・ナツメ
連載第2回。照れ屋で気弱な浪人、政之助はあいかわらずうじうじしてるのですが、弥一に見捨てられないうちに仲間になっちゃいなよ!と思う私は間違ってるんでしょうか。オノさんの描く女の子は口が大きくてかわいいなぁ。
金魚屋古書店」/芳崎せいむ
今回でてきたのは『孤独のグルメ』と『銀の三角』。バックパックで旅行していた先で、その2冊を交換した二人が、一人はセドリの岡留、もう一人は貸本屋のあとを継いだという話。旅行先にマンガを持っていったことはないけど、上の2冊は確かに、旅のお供には良いかもなーと思った。
「土星マンション」/岩岡ヒサエ
この話で描かれる世界は素敵です。
「ぼくらの」鬼頭莫宏
マキ編第二話。複雑。
「RIDE BACK」/カサハラテツロー
連載開始時にはこんなふうになると思わなかったけど、ここまできたら、もっと長い話を期待しちゃうなぁ。医者のおばあさん見て「ベルヴィル・ランデヴー」だなと思った。
「SWEEET」/青山景
面白い。なんかサスペンス小説とか読んでる感覚。でもそれが絵柄と相まって感触が面白い。
「走馬灯」/青野春秋
第17回イキマン受賞作品。ニートな父親が漫画家を目指す話(?)。良かった。後味が良い。いやまて、とか思うけど。
「period」/吉野朔実
ゲームでもなんでも、これができたら、これをクリアしたら、何かがかわるような気がすることがある。でもゲームでの運命は決まってて、それを覆すことはできない、という残酷な一面の話。
ナツノクモ」/篠房六郎
クロエ恐い。

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/07号

バンビ〜ノ!
伴VS羽山しゃん対決の巻終了。8割の必然と2割の努力で決着がつくという、とてもイイ展開だと思った。香取の台詞とかぶせてるのも素敵。でもあの羽はいらないと思った。
Cherry
早速着いていけない。
日本沈没
あーこの人は「ダービージョッキー」の人だったのか。2話目もも白いです。が、あの涙のシーンの意味が今ひとつわからない。原作読もうかなぁ。
闇金ウシジマくん
痛い痛い。ジュンくん的にはここでウシジマに捕まっちゃうほうがいいんじゃないのと思うくらい切ない。
OUOJUZコジューツ
この漫画は、なんでこんな、ちょっと迷惑だけどもかわいい女の子たちがミキティのことを好きなのか…なんて疑問を持たないで読むのが正しいんだろうね。ミキティも基本はいい人(で、しかもわりと格好よい)っていう設定がそもそもなんか、不思議だ。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
「頼む、田西。負けないでくれ」と私も思った。が、ここまでならとかあそこまでならとか言ってる時点で、もう駄目なんだよなぁ。あーーーあ。まあ、ここから、どう意地をはってくのかが見どころなんだろうな。期待します。
じみへん
「飲んでる席からかかってくる電話は迷惑だ」というお話。確かに。でも飲みながら電話するの好きなひとは多い。

[][] FEEL YOUNG 2月号 

ピース・オブ・ケイク
不安は未来を食い殺す、かもしれない、というお話だ。難しい話。知らない方が良いことって、やっぱあるのかもなぁ。
サプリ
うーーん。すごいなぁ。すごい漫画だ。痛いとこつかれまくり。きれいごとって、結局はいい思いでにして安心するためのものでしかなくて、そんなん、いらないですよ。
スクナヒコナ
嫌だ嫌だ!富尾くんは負けないでくれ!(田西(ボーイズ〜の)はもういいから)
モンキー・パトロール
連載終了。なにげに好きでした。モリタ君が好きです。
虹のクオリア
原田梨花さんの新連載。早い。この人はたくさんかける人なんだなぁ。すごいなぁ。今回は男性が主人公の話になるみたいです。数字が色に見えるという、ちょっと不思議な男の人の話。
ボーダー
うーん、なんかフィールヤングっぽくないなぁ。こういう「本音」って、いかにも女性誌っぽいんだけど。どうなんだろ。
チップス&クラップ
安江アニコさんの読み切り。デビュー作、かな? モロ魚喃キリコさん風だけど、でもこういう感じの人ってあんまりいないしな。次作に期待。

2006-01-20

[] Keeping Thimgs Whole

去年の2月から(id:ichinics:20050215:p1)ずっと探していた詩が、ようやく思い出せた。

「物事を崩さぬために」

野原の中で

僕のぶんだけ

野原が欠けている

いつだって

そうなんだ。

どこにいても

僕はその欠けた部分


歩いていると

僕は空気を分かつのだけれど

いつも決まって

空気がさっと動いて

僕がそれまでいた空間を

塞いでいく。


僕らはみんな動くための

理由をもっているけど

僕が動くのは

物事を崩さぬため。

村上春樹が訳していた、マーク・ストランド「犬の人生」のあとがき引用されていた詩だ。そしてこの詩をレイモンド・カーヴァーに重ねて、村上春樹はこう書いていた。

この部屋の中にも、この世界のどこにももう、彼の作り出す欠落はない。この先二度とそれが生まれることもない。(略)しかし僕らは彼の作りだしたそれらの欠落を、今でもはっきりと記憶しているし、それらはこれからも多くの人々によって記憶され続けることだろう。何故なら、それらの欠落は、僕らの作り出す欠落を、それらにしかできないやり方で癒してくれるからだ。(p210)

とても個人的なことだけれど、先日、私はとても大切なものをなくしてしまった。

それは何にもかえられないものだった。ということにずっと気が付いていなかったことによって、私はそれをなくしてしまったんだった。

大げさに聞こえるかもしれないけど、人生には、絶対に逃してはならないタイミングっていうものがあって、それは、二度とかえってこないものだったりする。

そんなことを痛感させられました。

でも私は、それが無いということを、きっとずっと忘れないと思う。

だから、落ち込むのは今日でおしまい。

IMAOIMAO 2006/01/21 02:06 ご無沙汰です。
何があったかは良く判りませんが、「人生には、絶対に逃しては
ならないタイミングっていうのがあって」というのは良く判りま
す。
でも、そう気付くのは大抵、そのタイミングが終わった後だった
りする訳で・・・だからそういうタイミングはやはり逃して良い
モノだったと思うしかないですな^^
ま、ちょっと無責任な様な発言で申し訳ないですが。
そうでも思わないとやりきれない事も多いですわな。

ichinicsichinics 2006/01/22 00:00 ありがとうございます。
やっぱり、人はいろいろ想像する生き物なので、あり得なかったことを、まるであり得たかのように想像してしまうから、だからいろいろやりきれなくなったりするのかな、と思います。
今のところはまだ、逃して良いモノだったって、思えるかどうかはわかりませんが、逃したことによって、別のものを持ってるってことを、忘れないようにしたいなと思います。ホント。

2006-01-15

[] 代替なんて不可能だ

それが大事だということは、つまりそれはそれ以外のものに代替できないからであって、でもその代替できなさは、その必要としている本人にしか、実感できないことだったりして、その必要さが言葉にできない。何をいっても言葉が追い付かん、という状況に今朝、私はいた、はずなのだけど、それがなくても困りはしない、かもしれない、自分の存在も薄々感じていて、だからといって、それは不必要ということではない。あったほうがいいとか言うことでもない。ない、ということが即ち、それはもうすでに私ではないということ、なんじゃないかと、考えていたりする。

参った。

2006-01-14

[] LED ZEPPELIN/狂熱のライブ

1973年、マディソン・スクエア・ガーデンでのライブをファンタジー映像織りまぜてお送りするドキュメント映画。面白いです。そして安い。

まあ、ファンタジー映像についてはご愛嬌、音質の悪さもペイジならでは(ジミー・ペイジがサウンド監修と一応クレジットにはあった。ペイジがリマスターしたベストも音質悪かったので、だろーなぁと思う。特に低音を削り過ぎのような)なので良いとして、とにかくすごいライブです。

ロバート・プラント(歌と踊り)は一番美しかった頃で、ステージでの振る舞いも相当格好良い。でもそれ以上に、やっぱり歌がうまい。ジャニスとプラントはちょっと歌い方似てるなぁとか今さら思った。

そんなプラントの歌が楽器のようなら、ペイジのギターは歌のようで、彼等はそれぞれほぼ即興で歌いまくって踊りまくって、でも破たんしない。ペイジはあのツインギターで合計18本の弦を操り、バイオリンの弓でギター弾いたりテルミン使ったり、もうやりたい放題なんだけど、これがひとりよがりじゃないとこがすごい。というか周りがあわせてるのかもしれないけど、とりあえず観客を置いていってしまうような演奏ではなくて、ほんとに楽しそうに弾く。そんでがっちりのれるフレーズをどんどんくり出すとこが大好きです。

そしてそれを支えるリズム隊。JPJ(ベースとオルガン)はどうしても影が薄くなってしまいがちだけど、ボーナムと顔を見合わせて感無量といった感じに笑顔になるとこがよかったです。ボーナムさんは意外に控えめな(あくまでも意外というだけで控えめじゃないんだけど)演奏が目立つと思ったら、「モビー・ディック」でのあの超絶ソロがあった。(その時他のメンバーは休憩)。手でドラム叩く人初めて見たよ。栄光の130ポンド。格好良い!

JPJはオペラ座の怪人風、プラントは馬に乗った王子様、ペイジは崖の登ってあのランタンもった選任に出会ったりと、三人とも今見たらちょっと恥ずかしいサイケなファンタジー映像におさまってるんですが、ボーナムさんだけ素なのもおかしかった。

f:id:ichinics:20060114034348j:image←ファンタジー映像の一端。

お腹いっぱいです。

[] 時効警察 第1話

テレビ朝日の新ドラマ。脚本、演出に三木聡さんはじめ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ園子温などなんかすごい名前が並んでる。

「時効の事件には、おいしいご飯の湯気が似合うと言っても過言ではないのだ」というタイトルの第一話は、オダギリジョーさん演じる主人公が、時効の事件について調べることを趣味にしようと決断し、調べるお話。独特のテンポがまだしっくりこない感じはあるものの、謎が解ける切っ掛けとかが面白かった。今回一番笑ったのは、おっさんって呼ばれてる少年が真顔で言う駄洒落。

公式サイト → http://www.tv-asahi.co.jp/jikou/

2006-01-13

[] Googleと暮らしたい

いつも忘れた頃に考えてみたりしているid:michiakiさんの質問ですが、今回(回答は既に閉め切られてますが)のは、

ネットの速度が無限になって、

HDDの性能が無限になって、

あなたがGoogleだったら、なにをしますか? (あなたがはてなだったら、でも可)

自分で考えたんじゃないけどどうせ質問者にはわからんだろ、みたいな回答はご遠慮ください。

http://www.hatena.ne.jp/1136466767

というものでした。

で、いきなり自分で考えたんじゃないんですけど、ぱっと思い出したのが石田衣良の「アキハバラ@DEEP」だった。石田衣良さんの小説はこれを最後に読んでないんですが、まあそれはおいといて、この「アキハバラ@DEEP」を私はとても面白く読んだ。

「アキハバラ@DEEP」は、対人面にそれぞれのコンプレックスをもつ6人の若者が、AI搭載のサーチエンジン「クルーク」を開発する、という物語。最初読んだ時に興奮して弟(弟は二人とも理系でシステム開発などを勉強しているらしい。よくわからない)に解説したら、何やら難しいことをいろいろ言われて興ざめしたんですが、たぶん、これを面白く読めたのは私が機械とかシステムとかプログラムが何かとかを全く知らないからなのかもしれない。

ともかく、私には、そのAI搭載のサーチエンジンってのがとても魅力的に思えた。確か6種類くらいの性格があって、検索語の逆、類似、同一などを抽出するパターンを組み合わせて(例えば白に対して、黒、グレー、白、光とか純真とか雪とかいうイメージなど、それぞれの方向性を持ってるってことだったと思う。今ちょっと手もとにないので不確かですが)、使い込むほどに自分にあった答えを吐き出してくれるようになるって感じだったと思う。まあ、よく考えてみればアマゾンの「おすすめ商品」とかと同じようなもんなんじゃないの(つまりちょっとうっとうしい)、と思ってしまうんだけど、たとえそれが人工でも、知能をもったパーソナルな検索エンジンってのは魅力的だと思う。例えば店の住所調べたい時に、住所って単語が入ってなくてもヒットするとかそんな感じ。そんで、一度閲覧したものはすべてパーソナルなキャッシュとして残って再検索する探しやすくなるとか…。(「あのさ、一週間前くらい前にみた、緑色っぽいサイトで、**について書いてあったとこってどこだっけ?」とか言ったら出してくれる)

あと、検索って作業は、どうしても閉架式の図書館的な、見つけようとする対象が見えてるって状況でのみ有効なものな気がするので*1そこに第三者の目的な、客観的視点をもったGoogle。欲しいなぁ。「海外のサイトに好きそうなのがあったから翻訳しといたよ」とか言われたりね。そんで一秒で閉じたりしたらへそ曲げたりして。喧嘩したり仲直りしたりしつつ、成長していくわけです。Googleが。

あとは、単純に全世界の全書物を検索対象に加えてほしいです。たしかアマゾンでそういうのやるとかいう話があったような気がするんだけど、そんな感じで「この本にそのフレーズがあるよ。買いたければ買えば?」という展開になればむしろ出版業界は潤うんじゃないかなぁ。まあ、WEB上で閲覧できるほうが便利なんだけど、それはちょっと避けたい(出版って形態はなくなってほしくないので)。あと、例えばウェブ上に読んだことある本の記録とか残しとくと、その本の中から探してくれるとか、そういうのもあるといいなー。なんて思いました。そんでGoogleが「それは本じゃなくて映画の台詞だよ」とか忠告してくれるの。映画の内容とかもイメージ検索できたらいいのになー。ペンタブでイメージ描くと似たようなのが出てくるとか。んで「お前の絵が下手だから大変だよ」とか言われて凹む。

と、ここまで考えて、要するに私はドラえもんのような存在を求めてるのかもしれないなと思いました。

アキハバラ@DEEP

アキハバラ@DEEP

 Googleえもん妄想

で、実際そんなGoogleと暮らす生活ってどんなかなと思った以下妄想記。

 *

AI搭載サーチエンジンであるところのGoogleえもんは、未来の世界ではミニロボットのような形になっていて、外を出歩くときにはいつも一緒にいたりする。ちょうど今の携帯電話みたいな必需品になっていて(でもたまに持っていない人がいるくらいの)、AIAIを生むようになってる。そうなってくると、Googleにも人権を!なんて運動も起こる(アトム)。

そこに、対抗勢力として人力検索はてながある。これは人間の人間による人間のための検索で、人間がGoogleに頼りすぎていることを危惧し、Googleから逃れるために日夜攻防戦が繰り返されているわけです。

そんなある日、ある少女がはじめて自分のGoogleえもんを買ってもらう。それは彼女のためのGoogleえもんであって、彼女のこれまでのすべての記憶と、彼女が好みそうなすべての情報、そして彼女が苦手とする分野を補うための知識を持っている。彼らはすぐに仲良くなる。そして数年が過ぎて、少女は大好きなGoogleえもんの親が見たいと言い出す。

Googleえもんも、それは知らないわけです。そういえば、知らない。なんで自分に知らないことがあるんだろう。検索できないことがあるんだろう。そうして、彼らはGoogleでありながら、人力検索に助けを求める訳です。

そして、真実に近づきつつある二人に、Googleの追ってがやってくる。彼らには知られてはいけないことがあった。追ってには進化したGoogle Earthがあるわけですから、Googleえもんの場所なんてすぐに、ピンポイントでわかってしまいます。(ほんとは個人特定するのは法律違反なんだけど、そこは巨大勢力なので)でも移動は人力ですから、二人にはまだ時間がある。

そしてGoogleえもんは、それが禁じられていることであることを知りつつ、Googleの全データ(曖昧)が集まっているサーバ(サーバ?SFでマザーとか呼ばれたりする感じのやつ)に進入し、Googleにデータ改ざんされて、犯罪者となってしまった少女にまつわるデータを消去し始める。ここら辺が見せ場で、人力検索が威力を発揮するんですよ。「進入できる訳がない」「ここで諦めたら人間の敗北だ」なんつって。全世界の人力が結集してね。その過程で、Googleの陰謀(人類補完計画)を知ってしまったりもするのですが、そこでGoogleえもんだけが、攻撃をくらってしまう(曖昧だけど、進入してるのはGoogleえもんだけなので)。

そしてGoogleえもんが最期に見た光景は、まだGoogleはてながそれぞれ単なるネット上の1サービスに過ぎなかった時代のもので、そもそもGoogleが人間によって生み出されたものだった、ということをGoogleえもんは知る訳です。そして人力検索。

Googleは無限じゃなかった、というのがGoogleえもんの遺言でした。そして、母体に異物(Googleえもん)が進入したことによって、Googleはあっけなくダウンしてしまいます。復旧にかかる期間は1週間。その間の静かな町では、久々に人間同士の会話が見られたりする。

そんで少女は、人力検索に質問をするわけです。すべてのGoogleえもんと、全ての人力が共存できる「たったひとつの冴えたやりかた」について。

 *

頭の中身がばれます。

繰り返しますが、私はコンピューターとか全然わかりません。ごめんなさい。

[] 白夜行

いきなり二時間で最初のほう少し見逃しちゃったんだけど、面白かった。

とても丁寧につくってあるドラマ。武田鉄矢の大阪弁がなんか怖くて良い。武田鉄矢って良い声してるんだなーとか思った。あと、綾瀬はるかさんの子供時代を演じてた福田麻由子さんが良かったなぁ。女の子の大人びた感じと男の子の幼さが対照的で、あー5年生くらいってこんなだよなと思った。それから余貴美子さん好きです。

これは続けてみようと思う。その前に原作も読もうかな。

*1:そういえばそんなことを前にも書いてた→id:ichinics:20050205:p1

2006-01-12

[] 記録集その2/サッポロOMOIDE IN MY HEAD状態

OMOIDE IN MY HEAD 3~記録映像~ [DVD]

OMOIDE IN MY HEAD 3~記録映像~ [DVD]

記録映像集その2を見ました。ラストツアー「NUM 無常の旅」最終日である2002年11月30日札幌PENNY LANE24でのラストライブの模様が収録されているOMOIDE IN MY HEAD状態。

全21曲ぶっとうしで行われるその構成は、ラストライブならではのもののような気がした。ナンバーガールのライブを一度も生で見たことがない私が言うのもおこがましいけど、やはりシブヤとサッポロは対照的なライブだなと思う。

なんというか、その音を今掴んだという瞬間が渋谷なら、その音をこえていこうとしている瞬間が札幌のラストライブだと思える。音の中心にいるのと、音の少し先にいる、と言ってもいい。

向井秀徳という人は観客に対してとても寛容な人だというイメージがあるのだけど、それはザゼンのライブで感じたことであって、NUMBER GIRLのライブを見る限りにおいては、あの、喧嘩を売るような、突き放すような鋭さに時折はっとさせられる。ただ、それは決して観客に対して向けられている訳ではない。矛先は自分自身に向かっているのだろう。でも、たぶん、きっと、その始まりは外へ向いていた。

つまり、ナンバーガールも、ザゼンボーイズも、向井秀徳の体現であるからこそ、かわらない核を持つと同時に、それは変化していかざるを得ない部分を持っているんだろう。そんなことを考えてしまうライブだった。

でも、このナンバーガールの音の格好良いことといったらない。聴く側にとってはそれで充分なんだよな。

「アンコールはやりません」という言葉に、やっぱりなぁ、と思うと同時に、ラスト数曲の並びには、なんというか、もうこの会場にいたらすごかっただろうなと思った。泣く。

[] 手紙が書けない

今日は朝から、クラスメイト(と思われる)の本名(と思われる)とかわるぐちとかを書いた手紙をすれ違いで受け取って、なんだかなあという気分になりました。いや、わるぐちじゃなくて好きなのかもしんないけど。微妙な内容。

私も最近は外出する際にはたいてい手紙流してるんですが、行動範囲が限られてるので、そのうち同じ人とすれ違ってしまったりしそうです。あんまり代わり映えしない手紙ばかりなのもなんなので、なるべく面白い手紙を書きたい…と思うのですが、もともとメールとか苦手なので(日記は書くくせに)困ります。住人のどうぶつにすら、返信内容考え込んでしまいます。

 *

そんで「綿流し」について。昨日詩音がかわいいとか書いた気がしますが、間違いでした。だって!ひっかけだよ!あと、あの衣装はどう考えてもナシだと思います。

ichinicsichinics 2006/01/12 14:18 おかげさまで、楽しんでやっております(笑)ありがとうございました。早く推理してるサイトとかを読める状態になりたいです。

2006-01-11

[] たまには化粧品のこととか

基礎化粧品もメイク用品も定番が決まってしまって、しばらく新しいものに手を出すということをしてなかったんですけど、この前ORIGINSでサンプルをもらった「ユーストピア スキン ファーミングクリーム」ってのがかなり良くて、買ってもいいかなと思ってます。ちょっと高いけど。

「ユーストピア」はシベリアの凍土をたくましく生きる植物、ロディオラに秘められた驚異的なパワーで、肌の活力を格段にアップします。(云々)

こういう宣伝文句を見ると、どうしても「うさんくさい…」と思ってしまいがちなんですが、これはベタベタしないし、しっとり加減も気持ち良い。それに、オリジンズはなんとなく自然なイメージというか、悪いものはいってなさそうな雰囲気に安心感があるから買いやすい。化粧品なんて全部イメージだと思ってます。

あと最近、友達にもらったロクシタンのフットクリームを愛用してる。私は手足がほとんど乾燥しないので、今までクリーム塗るって習慣はなかったのですが、これはいい匂いするし、すべすべになるしで、気に入った。あとなんとなくクリームを塗るって作業が女子っぽくて楽しい。

最近、なんかあまりにも殺伐とした日記になってるような気が(個人的に)するので、たまには化粧品のことなど書いてみたいと思いました。

[] 引き続き2点

「おいでよどうぶつの森」にもすれ違い通信というシステムがあって、それはだいたい果物を添えてお送りするというのが通例のようなんですが(町によって特産の果物が違うため)、そうえいば、先日めちゃくちゃ気前の良い方と出会ったってことを書いとかなきゃと思った。あの、年末に配信されてたマリオシリーズの家具がゲットできなかったってのは私のモチベーションを下げる大きな要因だったんですけども、そのマリオシリーズの家具のハテナボックスをなんとすれ違い通信で放出してくださった方がいたんです。私なんてオレンジしかつけてないのに!やさしすぎる。この場を借りてお礼申し上げます。

今日の私の森ではタヌキチの店がやっとスーパーになりました。あと岩をたたくと金が出るってことを知りました。借金返すために頑張ります。

それから「綿流し編」をはじめました。このゲームはもしかして、章ごとにヒロインが違うんでしょうか? 私は前編のレナよりも詩音のがいいなーなんて思ってます。今のところは。まだ怖いとこに突入してないから!

[] 今ここにいるいくつかのじぶん

夕方近く、まだほんのりと明るい空は風景をくっきりと暗く浮かび上がらせていて、幾重にも交差した電線が、それぞれの家に光を運んでいる。

最寄りのバス停に立って、いつものように、特に意識もしないでバスがやってくる方向を見遣る。歩道橋の上で、いくつかの小さな影が、こちらがわからあちら側へと走っていき、少し遅れてバイバイという声が聞こえる。そしてふと、あの歩道橋の上を、いつか私もあのように走ったことがあっただろうし、夏にはあそこで、この風景の奥にあって今は見えない、川岸で打ち上げられる花火を見た事もあったのだと思いだしてみたりする。

もしくは風邪をひいて会社を早退する時に乗る、昼下がりの小田急線の、あの青のシートがまぶしいと思う時に、ふと高校生の自分もまた同じように幾ばくかの罪悪感と、鼻歌でも歌いたいような優越感に浸りながら、窓の外に広がる夏の緑を見ていたんだということを、この冬の日に思い出す。

そんなふうに、季節も時間もなにもかもが、今ここの瞬間にあるということが、私が私であるゆえんでもあるのだけど、それと同時に、過去の私は今の私とは明らかに他人だ。それなのに、私はその他人である私の気持ちを、知っている。共感することはできなくても、それを理解することができる。

そして、その遠いけど近い感じはきっと、今ここにいない誰かも、似たようなことを考えていたりするのだろうかと想像することに少しにてるかもしれない。

想像と錯覚は似てるけど、距離があることによって錯覚は「ある」ものになるのかもとかちょっとわけのわからないことを思った。

 *

こういうことは、口では説明できなくて、でもこういうとこに書いてみたりはできるんだから、日記って不思議だ。油断してるのかな。あー「油断」て、油きれるより油さしすぎるほうが油断って言葉のニュアンスに近いような気がするなー。

2006-01-10

[] 記録集その1/シブヤRocktransform状態

OMOIDE IN MY HEAD 3~記録映像~ [DVD]

OMOIDE IN MY HEAD 3~記録映像~ [DVD]

記録集でまず最初にこれを見た。音源はCDとしてもリリースされていて、私にとってはナンバーガールの中で最も愛聴しているアルバムでもあるんだけど、だからもう、あの間とか、MCとか、その場でどう動いていたのかを通して見ることができて、例えば「YOUNG GIRL 17 SEXUALLY KNOWING」での〈くだらないことをし続ける男は/俺だった〉と歌うときの向井秀徳の動きを知ることで、感激すると同時に、この場で、このライブを見ることができた人たちが猛烈にうらやましくなった。

ナンバーガールの音楽は全て衝動に突き動かされてるような緊迫感があって、でもそのなかに感傷とか戸惑いとか青臭い羞恥心とかがあって、ほんとに今さらだけど今も変わらず素晴らしい。そして、このライブにはその魅力が凝縮されてる。

そしてザゼンと明かに異なっているのは、ナンバーガールの音楽は4人で1つの曲を構成しているのに対し、ザゼンでは1つの曲を4人でやり合うというスタイルなとこだと思う。ビールからハードリカーへ。どっちがいいとかじゃなくて、どっちも大好きだけど別物だなぁと思った。別物だけど、その中心にいるのが同じ向井秀徳なんだなと思うと、音楽は生きてるなとかそんなことを考えちゃいます。そして生きてるけど時間を超越してる。

くやしいくらい格好良い。

 *

最初の方でお客さんの中に暴力温泉芸者、というか中原昌也さんが映った、ような気がした。

[] 今年の目標

2006年にもそろそろ馴染んできたので、今年の目標とかを考えてみる。

一番に頭に浮かんだのは「体を鍛えたい」。昨年、風邪ひいてばっかりだったのはたぶんデスクワークになったからな気がするので、今年はジムにでも行って体を動かしたいです。めちゃめちゃ運動音痴なので、人前で運動するのはいやなんだけど、家とかで運動って、どうしても続かないので、週1,2回通えればいいかなぁと思う。ついでにちょっとでも運動できる人になりたい。

もう一つは、本をたくさん読む。昨年は仕事で読む本抜かせばだいたい月に3冊くらいのペースだったけど、今年はせめて週1冊は読みたいな。今家に積んである本が百冊は確実にあるので(自分でもやばいと思います)それを切り崩すとこからはじめたい。

そんな感じです。3連休挟んだので、明日からが本番な気分。

[] 森にこもる

昨日もうリセットして最初から、と思った森でしたが、思い直してもう一回続きからやる。

森の住人たちは一週間留守にしてたのも別に気にしてない感じで、いろいろくれたりして、私はそれを売って借金の返済にあてたりしている訳です。ごめんなさい。今日は一番仲良かった(というかメールの文面がかろうじてかみ合っているような気がする)にわとりが引っ越すといってるのを引き止めたり、釣りしまくって借金返済したり、初めてコーヒーの飲み方を知ったり、改築終わって大きくなったことで物置きと化してしまった部屋をいじったりする。

一番迷うのが、博物館に寄贈するかどうか。どうせ(私の性格だと)コンプリートなんてできないという気持ちと、でも寄贈してみたいという好奇心のはざまでほんと中途半端に安い魚だけ寄贈したりしてるんですけど、やるならコンプリートしなきゃもったいないし…でも借金返済しなきゃだし…どうしよ。

私はRPGでもあんまり装備品とかにこだわらない、お金もつかわないエリクサー使えない、ドラクエ4だとトルネコの章だけ弟にやらせる、そんなタイプなので、攻略サイトをのぞいても、アイテム情報量が多すぎて何を調べればいいのかわからない。このゲームに向いてないのかもしれないですけど、それでもなんか面白くなってきました。

ちょっと思い出したのがリンダキューブで箱船に動物のせる奴。あれは唯一必死になって「集める」ということをがんばったゲームだった。

2006-01-09

[][] FISHMANS/The LONG SEASON REVUE

1月1日の午前0時からスペースシャワーTVで放送された、渋谷AXでのライブ映像を見ました。

フィッシュマンズの曲をほかの人が歌っているというのをまともに聞くのは初めてだったので、なんだかどきどきした。全部の曲に、佐藤くんの声が重なって聞こえるような気がする。それはもちろん、今まで何度となく聞いてきた曲だからなのだけど、なんか、複雑な気分だった。

でも永積タカシが歌うフィッシュマンズは最高だった。そりゃ、いかれたbabyでは感傷的にならざるを得ないとこがあるけども、永積さんはひたすら明るくて、その動作はちょっと可笑しかったりもして皆を笑わせる。でも何よりも、あの人の声には力があるなぁとしみじみ思ってしまった。

この「LONG SEASON REVUE」ツアーについては、ドキュメント映画も制作されているようなので楽しみにしています。

[] 土日

昨日は渋谷で買い物。今度はちゃんとお目当ての店でお目当てのものが買えたので満足。それから映画見て、まんだらけで「宮本」の足りなかった巻を買って、BEAMSで友達の誕生日プレゼント買って、そのまんま渡しにいった。そこでNUMBER GIRLの記録映像集(三枚組の)とfishmans「男たちの別れ」のDVDを購入。でも家に帰ったらDVDプレイヤーを弟に占領されてたのでまだ見れてない。

そんで今日は、去年からずーっと切る切る言ってた髪を、ばっさりいってきました。

髪切るくらいたいしたことないじゃんと思うんだけど、まあ一時は腰くらいまであった髪を切るってのはなかなか個人的には感慨深いだろうと思ってたのでぐずぐずしてた。でも、実際切ってみるとそれほどでもなくて、頭が軽いなぁくらい。あごくらいまで切ってさっぱりした。ボブ。ただ、たくさん集めた帽子が似合わなくなったらもったいないなと思ってたんだけど、それも大丈夫そう。

あとは喫茶店で本読んだり、ツタヤ寄ったりして帰宅。

 * 

ところでネルシャツってあだ名の人がどこかにいた気がするんだけど思い出せない。ネルシャツ。

[][] ビッグコミックスピリッツ 5,6号

出てるのに気付いてなくて、あやうく読み逃すとこだった。

日本沈没
小松左京さん原作の一色登希彦さん新連載。怖いけど面白そう。
電波の城
主役の天宮が無気味すぎる。
20世紀少年
まだいたかつての同級生。ちょっと感動。でもCCR聞いてる小学生って当時は普通にいたの?
ハクバノ王子サマ
そして突き放されるタカコサマ。ここまできたら行き詰まるきがするというか、この漫画の結末がさっぱり想像できない。ゆくゆくは小津にほれられてタカコさまが振るとかそんな展開もなんだdかなーと思うし。一人で生きてきますってのもどうかなーと思うし。ましてや小津とハッピーエンドなんてファンタイジーだし。裏切って欲しいです。ここからが山場だ。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
ちはるの友人しほが泥酔してるのを見つけて連れ帰る田西。お言葉に甘えるなよ。だってバレないわけがないもの。あーあ、これで早速愛想つかされるんだろうか。
闇金ウシジマくん
まさに四面楚歌、背水の陣なジュン。そのうえ唯一の信頼できそうな友人まで裏切るとは…最悪すぎてこれからが恐ろしいです。次号からウシジマくんの逆襲。
出るトコ出ましょ
こんどはSNS編みたいだ。それをお父さんの話とどうからめるんだろ。

[] ひどい

ひぐらしは鬼隠し編終了。結局何一つ選択することなく終わったけど、いやー怖かった。一番怖かったのはTIPSのスーパーで買い物してる奴。おまけをみてちょっと和んでる時点でなんとなくこのゲームに馴染んできたような気もしないでもない。でもまあ女子向けのゲームではないことは確かですね。続きはじめたいけど、一人のときにはできない。

それから久々にどうぶつの森にログイン(ログイン気分)したら、部屋に嫌な虫がいた。ひどい。そんな。食べ物なんて置いてないのに!!うんざりして切る。最初からやり直すかな…。

2006-01-08

[][] ロード・オブ・ドッグタウン

監督:キャサリン・ハードウィック

解説には70年代にスケードボードで活躍し、伝説の存在となった「Z-BOYS」の青春の日々を描くーーとあって、実際映画館にもスケートボード好きそうな人がたくさんだったのですが、私はその「Z-BOYS」については全く知りませんでした。なんとなく青春群像ものが見たいなと思って見にいったのですが、面白かった。

アメリカ西海岸ヴェニスビーチ(通称ドッグタウン)に暮らす少年たちが、溜り場にしていたサーフショップの店主スキップの発案でスケートボードチームを結成するところから物語が始まるのだけど、皆でスケートボードの練習をしているシーンがとにかく楽しい。なんでかというとそれはやっぱ皆楽しそうだからなんだよなぁ。男の子っていいなあーと思いました。そんで試合に出たりして、脚光を浴びて、チームはバラバラになって、女関係でもいざこざがあったりして、物語は進んでいくんだけど、全編に渡って皆がスケートボード大好きなのはかわらないのがうれしい。

女の子はたくさんでてきてその辺をうろうろしてるんだけど、完全に男だけの世界で、それがなんだかすごくうらやましく感じる映画だった。

主役3人はそれぞれ良かったんだけど、シド役の男の子が最近見た顔だと思ったら「ディア・ウェンディ」にも出てた人だった。マイケル・アンガラーノさん。この人好きです。

 *

ちょっとネタばれになりますが、ラストシーンで、シドを囲んでスケートボードやるシーンがあるんだけど、そこで流れてるのが「あなたがここにいて欲しい」で、「あなたがここにいて欲しい」といえば、シド・バレットの為に書かれた曲であることは有名なんですけど、そのやたらとあからさまなオマージュ(?)になんかじーんときた。

[][] 宮本から君へ/新井英樹

めちゃめちゃ面白い漫画。

ものわかりの良すぎる若い人間が嫌いです。

ものわかりの悪い年寄りが嫌いです。

クソ意地持った男が好きです。

気持ちに素直な女が好きです。

第1巻の著者コメントに、こんな言葉が書いてあるんだけど、この『宮本から君へ』は、クソ意地はる宮本浩という主人公が七転八倒しながら戦ってく話。

全12巻に渡る長編作品であり、物語も一応分岐していくのだけど、物語がブレないのは今に至るまでの新井英樹作品の特徴だと思う。それは人物を描く、ということがそもそものテーマだからなのだろう。宮本という主人公に焦点が絞られているからこそ、物語は一貫している。

ただ、例えば「キーチ!」がキーチを俯瞰して描き「ザ・ワールド・イズ・マイン」ではトシを傍観者としてモンちゃんを描いていたのに比べ、この「宮本から君へ」は、極めて主人公に近い目線で描かれている。しかし近い目線ではあれど、作者の視点は主人公と重ならずに、物語をコントロールし続ける。主人公と、読者を裏切るような展開を用意しつつ、主人公の行動をきちんと生きた反応として描くことができるのが、この漫画家のすごいところだと思う。

そしてふと思ったのが、これは宮本浩という人物を追うドキュメンタリー映画のような漫画なのかもしれないなということだった。例えばダルデンヌ兄弟のカメラが主人公の背後を追い続けるように、漫画のストーリーはただ、宮本を見つめている。読者はその目線を追うことで、手に取るように宮本の感情を知ることができる。

物語は、おおまかに分けると三部構成になっていて、第1部は通勤電車で一目惚れした女性にまつわる話。「僕の!名前は!宮本浩です!」と自己紹介するとこが、今後を象徴するシーンだと思う。

そして第2部では、文具会社の営業マンとして、先輩の神保とともに、ライバル社との競合を戦う。このやりとりがとても面白くて、勢いがあって、この部分だけで1本の映画になってしまいそう。そして、この経験を経て、宮本は社会人としての自分自身を掴んでいくような気がする。

続く50話くらいから、中野靖子にまつわる第3部に突入するんだけど、1部2部で宮本浩の人格が(漫画の上で)構成され、この50話くらいから俄然宮本の影が濃くなるような気がする。恥ずかしいこと、格好悪いことをいとわずに、突き進む宮本は、確かにはた迷惑な奴なんだけど、だからこそ信頼できる男でもある。神保の仲間に紹介されるシーンで、「男にモテる」と評されるシーンがあるんだけど、尊敬すべき他人を受け入れ、受け入れられないことにはすぐに喧嘩を売る宮本は、常に「男」であろうとしていて、喧嘩も勝つまでやり続ける。「ちくしょ」と悪態ついて、でも一人でそれを解決しようと意地をはり続ける。それは物語の最初から最後まで変わらない。

しかし、自らを「幸せ貧乏」と称し、クソ意地はるくせに自信がなくて卑屈だった宮本は、やがて自分を信じるようになっていく。

中野靖子と付き合い出してからの物語は、一つ一つのエピソードがより濃密に描かれ、風景の描写ひとつとっても、その情景に左右される主人公の感情が息づいている。

無軌道だった宮本の全力疾走が、その矛先を定めるまでの物語といってしまうことは簡単だけども、全ての場面が鮮明な記憶となって焼き付くような漫画で、これが漫画とか物語とか好きとか嫌いとか、そういうこと以前に、宮本浩という人物がいて、これが宮本の人生なんですよ、と見せつけられた気分だ。

実際身の回りにいたら、迷惑な人かもしれないけど、でもやっぱり、宮本は魅力的だ。そして、宮本だったらきっと、意地でも砂漠に雪を降らせようとするんだろうなとか思う。でも、それは遠い世界のためじゃなくて、自分自身のためなんだろう。

「現実が怖くて夢が見れるかあ」(87話)

って叫ぶシーンが好きだ。アホなんだけど。

 *

第一巻が出たのが1991年。多分、連載当時私は小学校高学年から中学生にかけてくらいだったと思うんだけども、たぶん、最初から8巻めくらいまでは目にはしたはずだ(8巻で出てくる拓馬が恐すぎて脱落したんだったと思う)。でも、当時は殆ど理解できてなかった。それでも一番印象に残っていたアパートの階段で無理矢理キスするシーンは、そのまんまやっぱりあって、なんだか懐かしい人にまたあったような気分で、うれしかった。

というかもう、思いきって言ってしまうと「宮本から君へ」は今こそ読まれるべき漫画だと思う。いや、別に当時でも良かったのかもだけど、棚からボタもちみたいなラブストーリーが愛好される(傾向にあるような気がする)今だからこそ、宮本の出番だと思う。だからぜひ再版して欲しいです。私は愛蔵版と単行本織りまぜて無理矢理揃えました。満足。

蛇足ながら書くと、サンボマスターの「あなたが人を裏切るなら僕は誰かを殺してしまったさ」が宮本っぽい気がします。

宮本から君へ 1 (モーニングKC)

宮本から君へ 12 (モーニングKC)

2006-01-07

[][] 砂漠/伊坂幸太郎

砂漠

砂漠

もちろん、これまでの伊坂幸太郎作品は大好きだ。でも、『魔王』からの伊坂幸太郎は、明らかに伝えようとする明確なメッセージを持っていて、その真摯さに、私はこんな小説を今読めることを感謝したいと思ってしまう。

確かにそれまでの、エンターテインメント性に溢れた物語も大好きなのだけど、この2作にはあの美しい構成力をかなぐりすてて、物語が破たんする可能性も恐れずに、これを言おうという強い意志が感じられるとともに、やはりどの作品にも共通する伊坂幸太郎さんの暖かみのようなものも、ちゃんとある。そして「魔王」も「砂漠」も、やはり面白い「小説」である事にかわりはない。

 *

この『砂漠』は大学生活という人生における最後のオアシスのような場所で青春を謳歌する5人の若者が、多少の例外はあれど、やがて砂漠へと歩を進めるまでのお話になっている。

常にクールで冷静な、鳥瞰型の北村。天真爛漫でリーダー気質の鳥井。ラモーンズが大好きで、世界平和の為に麻雀で「平和」を上がろうと躍起になる西嶋。日だまりのような雰囲気をもつ超能力少女、南。そして無表情の女神、東堂。東西南北揃って麻雀をやるシーンには苦笑してしまったけど、その麻雀を通して、彼らは仲間になっていく。

サンテグジュペリの『人間であるということは、自分に関係がないと思われるような不幸な出来事に忸怩たることだ』を翻訳し、西嶋は『人間とは、自分とは関係のない不幸な出来事に、くよくよすることですよ』と言い放つ。まずは身近な友人のことに。そして砂漠へでて、その先にあるどこかの国で、難破している人たちを助けに。

「超能力はこうだ、とか、信じる人はどうだ、とかね。たとえば、映画を観ても、この映画のテーマは煮干しである、とかね。何でも要約しちゃうの。みんな一緒くたにして、本質を見抜こうとしちゃうわけ。実際は本質なんてさ、みんなばらばらで、ケースバイケースだと思うのに、要約して、分類したがる。そうすると自分の賢いことをアピールできるから、かも」p240

という言葉にあるような、わけ知り顔の賢者が増えた世の中で、安全なところからごちゃごちゃ言っているんじゃなくて、自分がその砂漠の世界に参加して、自分で考えろと、そういう話なんじゃないかと、私は思った。だめかもしれない、何もできないかもしれない、なんて言って立ち止まっていないで、目の前の不幸をじゃんじゃん助けてしまえばいい。そう言い切り、失敗し続けても自分を信じる西嶋が素敵だ。そして、『否定するのも、深入りするのも、好きじゃない』と言っていた北村も、地上へと降りてくることで、世界に参加する。それは仲間というオアシスの存在があったからかもしれない。そして、いざ降り立ってみれば、〈砂漠に放り出されて『あとは自由に!』って言われたような(p263)〉気持ちになるかもしれない。でも、西嶋は言うんだよ。

「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」p14

確かに論理的な台詞ではないけども、その西嶋の演説を思い返すことで、勇気づけられることがあるだろう。

 *

ちなみに文中に幾度か出てくるサン=テグジュペリの引用はすべて『人間の土地』からのものでした。

それからid:ichinics:20060105:p1にも書いたけど、西嶋はやっぱサンボマスターっぽい。そして新井英樹がインタビューで答えていた「どこか遠くのことにまで怒ってる」という言葉を、思いだす存在だったりもします。うーん。面白かった。

伊坂幸太郎インタビュー

「魔王」についてが中心なんだけど「格好悪いけど格好良いものが好き」という言葉は今回の「砂漠」にもあてはまるなーと思った。

http://media.excite.co.jp/book/special/isaka/

[] 第134回芥川賞直木賞

先日、第134回芥川賞直木賞の候補作が発表され、早速「メッタ斬り」の予想がでていたので読んでみました。

http://nikkeibp.jp/style/life/topic/literaryawards/060106_1st/index1.html

芥川賞候補作

伊藤たかみ「ボギー、愛しているか」(群像12月号)

西村賢太「どうで死ぬ身のひと踊り」(群像9月号)

松尾スズキ「クワイエットルームにようこそ」(文學界9月号)

絲山秋子「沖で待つ」(文学界9月号)

佐川光晴「銀色の翼」(文學界11月号)

清水博子「vanity」(新潮10月号)

直木賞候補作

東野圭吾「容疑者Xの献身」(文芸春秋)

姫野カオルコ「ハルカ・エイティ」(文芸春秋)

恩田陸「蒲公英草紙」(集英社)

恒川光太郎「夜市」(角川書店)

伊坂幸太郎「死神の精度」(文芸春秋)

荻原浩「あの日にドライブ」(光文社)

一見して今回はベテランの、あれ、まだだっけという人の名前が目立つ回ですが、その中でやっぱり松尾スズキの名前は目立ちます。

芥川賞はまだ読んでない作品ばかりなので何ともいえないけど、絲山さんか佐川さんにとってほしいなと思う。けど、大森さんが押してる西村賢太さんも気になる。

直木賞のほうは、もう誰がとってもおかしくないラインナップ。東野さんの作品は好みなのとそうじゃないのの差が激しくてまだ読んでなかったんだけど、評判良いので読みたくなりました。

受賞作発表は1月17日。

2006-01-06

[] TRACER AMC/ISLANDS

Islands

Islands

全く知らないバンドだったのですが、LJUさんのレビュー(http://d.hatena.ne.jp/./LJU/20051026)を読んだら聴いてみたくなって購入したもの。これが素晴らしく良かったです。こういう音を聴くのは個人的には久しぶりだったのですが、やっぱり好きだなぁと痛感した。

MOGWAIの「Rock Action」辺りを彷佛とさせる、あくまでもロックのアプローチを通じて様々な色合いを見せるアルバム。激しさの中にきらめく音があって、思い描くのは崖の上から見下ろす海のような風景だったり、かと思えば夕暮れの穏やかな浜辺や、水量を増した河の流れだったりして。全体的に水の似合うアルバムだなと思いました。でも私が水って思うのはだいたいギターとベースの音についてで、聴いてると、このバンドは全体的にドラムの音が軽い。手数が多いのは凄く好みなんだけど、もう少し低音が欲しい気もする。

#1 Paper Machete や #2 Chalkの激しさと、シンプルの極地のような #6 Willow Drive, Hobokenとかが気持ち良く配分されているのも素敵。#3 Concorde の、クリアな音と轟音が混じる感覚にも、物語がある。サウンドトラックとして街中に持ち込んで聴いてみたいです。

[] 古畑任三郎ラスト

を、見ました。仕事初めで、予定外の新年会だったため、間に合わないかと思ったけどなんとかついていける範囲で見れた。けど、うーん。設定としては少女漫画にありがちな感じだし、肝心の一人ニ役演じ分けのシーンが少なかったのが残念。そんでラストのシャルウィーダンス?の古畑さんが怖い。薄暗いの怖い。

三夜連続の中では第一話が一番面白かったです。

[] キーボードの前で

ええと、今日は妹がいたのでちょっと長めにひぐらしをやりました。(私はマック使ってるので妹の部屋のPCでやっている)妹は俺屍やってます。でですね。何をいまさら感かもしれないですけど、これ、まじで怖いです。オープニングのアレをやってる訳ですが、まんまとあのテンションにひっかかったというか。もうここから抜け出せないんでしょうか。もうこの怖いの突入したら逃げられないんでしょうか。なんて主人公と同じような現実逃避に走ってます。

ウィンドウ見るの怖くて、キーボードに手を伸ばして押しては見る。押しては見る。の繰り返しです。自分の行動のが怖いです。しかしもう結構長いことやってるつもりなのに終わる気配がまったくない。

でもなんで夏なのにあの人たち「良いお年を」っていってんのかな。それに謎ある?ない?怖い…。

2006-01-05

[][] 新井英樹にはまっている

新井英樹さんの漫画にはまっています。

最近いろいろ落ち込み気味だったのがこの年始にノックアウトを食らった感じでもう暫く立ち直れない…とか思ってた、というか思ってるんですけど、そういう時に新井さんの漫画はやたら沁みる。「キーチ」と「愛しのアイリーン」は簡単に手に入ったからいいんだけど「宮本から君へ」がなかなか。愛蔵版と単行本を織りまぜて9巻までは入手できたんだけど、その後が見つからなくてずっと探してる。

「宮本から君へ」はモーニングで連載されていた頃に(父親がモーニング買ってたので)読んでいて、アパート前の階段で無理矢理キスするシーンが子供心にやたら印象に残ってたのですが、改めて読むとめちゃめちゃ面白い漫画でした。その階段のシーンも、あーこういう流れだったかとか思いだして楽しい。完結まで読めたら感想書きます。

そんで「宮本から君へ」とか「ボーイズ・オン・ザ・ラン」とか読んでると聞きたくなるのがサンボマスターで、今読んでる伊坂幸太郎さんの新刊に、サンボマスターのボーカルの人みたいな人が出てくるんですけど、そんないろんな繋がりでサンボマスターの唯一持ってるアルバムを愛聴したりしています。

初めて聴いた時には、元気でるなーくらいで特に好きという訳ではなかったんだけど、良く聴いてみたら良かった。(なんだこの感想)

こんな離れた国の、こんな居酒屋で、学生がビールを飲みながらね、どこかで死んでる誰かのことをね、しょうがねえよなあ、とか言ってること自体が最悪ですよ。俺たちはね、何もできないにしても心を痛めて、戦争が一日でも早く終わるよう願うことすらしてないじゃないですか。せいぜい恥ずかしげに言うべきじゃないですか」と喚いた。「戦争を語る時は、もっと苦しそうな、悶えながらじゃないと駄目なんですよ」

伊坂幸太郎「砂漠」p206

これがサンボマスターのボーカルを彷佛とさせる登場人物、西嶋君の名演説であり、この台詞はなんだか新井英樹っぽくもあるなぁとか思ったりするわけです。そしてこんだけ言っておいて、見てみぬフリもしちゃう西嶋の矛盾が魅力的だと思った。(「砂漠」の感想は後日あらためて書きます)

とにかく、こう弱ってるときというのは漫画やら音楽やら本やらに逃避しつつ、そこからなんらかの元気をもらったりしてるんだなーと、そんな感じです。弱りすぎてて心の底から恥ずかしい。早く宮本の続きが読みたい。

[] 最近やってるゲーム

年末にDS買ったのでしばらく「どうぶつの森」をやってたんですが、ちょっと忙しくてほったらかしにしてたらログイン(ログインじゃないけどそういう感覚)するのが怖くなって放置しています。だって誕生日会のお誘いとかすっぽかしちゃったもんなぁ。

それでDSではマリオカートばっかりやってます。とりあえず全部のグランプリだしてひたすら記録更新。ヨッシーしか使ってない。

それから、各所で話題になってた(のもずいぶん前ですが)ひぐらしを貸して下さった方がいて、それをちょこっとづつ進めてるんですけど、ホラーは苦手なので、なかなか進みません。とにかく明暗のギャップがこわい。ところどころテンションに着いて行けない部分があるけど、レビューなどを読むと最後までやらなきゃもったいないゲームらしいので頑張る。しかし怖い。

toukatouka 2006/01/05 12:29 DS売ってないです…。

宮本は、今は無きマルコポーロで、読者にもっとも嫌われている漫画べスト1に選ばれていたのがきっかけで読み始めました。確か葬式の回くらい。神保が「よう」と顔を見せてから、やけに一日の密度が濃くて長いんですよね。捨てゴマがひとつも無く、すべてのコマに作者のコントロールが行き届いていて、有機的に話が積み上げられていく作風は、私はとてもくらもちふさこの作風に似ていると思います。だから少女漫画的と言えるのかもしれない?

しかし、アイリーンをリアルタイムで読んでいたときは女衒が出てきて鬱陶しさ120%増になった時に一度脱落しました…。

michiakimichiaki 2006/01/06 00:49 新井英樹、というより、今まで読んだ全漫画の中で「ザ・ワールド・イズ・マイン」は大好きなものの一つですね(実はほかは「SUGAR」しか読んでないのですが)
ひぐらし着いてけないのお察しします。無事終わったら感想お聞かせください。

ichinicsichinics 2006/01/06 03:20 私も「ザ・ワールド・イズ・マイン」が第1次新井英樹ブームだった気がします。(で今が第2次なのですが)
ひぐらしは、ついてけなさと、怖すぎるののギャップに翻弄されてます。

2006-01-04

[][] ヒストリエ 3巻/岩明均

ヒストリエ(3) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(3) (アフタヌーンKC)

この巻の中心は奴隷として売られていくエウメネスが、人生を変えるある場所へと辿り着くまでのお話。

なんといっても、自分かこれまで育った家を去るエウメネスの約9ページにも渡る激昂が切ない。

その後、エウメネスは辿りついた町でヘロドトスを教えながら町に馴染んで行くのだけど、そうやって近くの場所でもまったく違う文化を持っていた時代ということが、というかそういうことの見せ方が、ひたすらうまくて面白いなぁと思う。

[][] あのころ、白く溶けてく/安永知澄

数日前のコメントでid:IMAOさんにおすすめしていただいたこともあり(ありがとうございます!)、はじめて安永知澄さんの漫画を読んでみました。「やさしいからだ」があちこちで評判良いので気にはなってたんだけど、完結してるのかわかんないので、とりあえず短編集から。

それで、これがすごく良い漫画でした。全部で9編も収録されてるんだけど、どれも誠実で空気がきれいな感じがする漫画だった。以下印象に残ったのの感想。

「夏休み」
山を怖がらない都会の子と、山を怖いという田舎の子。畏れつつも見た事のないものに思いを馳せることができるのは幸せなことかもしれないなと思ったりする。
「待ち人」
これも田舎で待つ主人公と、帰省してきた友人のお話。青春だ。良い話だ。
「ももこの禁止生活」
絵柄が随分違って驚くけど、話は面白い。何事もバランスが必要だ、と言うのは簡単だけど、そんなうまく自分をコントロールできるなら誰も苦労しないよなぁ。
「水の底」
これは魚がいっぱいできれいなんだけど怖いお話。「ももこの禁止生活」の後に入ってるっていうのが良いと思った。
「白い本」
こういう、白い本の中に思いを馳せる季節の話っていうのはあちこちにあるんだけど、大概はあの髪を切って周囲との距離を越えるところで終わる話な気がする。その先に山をもってきて描いてるのは珍しいような気もするけど、あ、でも言ってみれば「野ブタ。」がそうか。

この本がとても面白かったので、早速「やさしいからだ」も読んでみようと思って1巻を買ってきました。実は私、あの表紙見て安彦麻理絵さんの漫画だと思い込んでたんですよね。違うって気付いたのはかなり最近です。「安」だけなのに。

[] 古畑任三郎スペシャル

第1夜(昨日の)はかなり面白かったです。すっかり油断して見てたので、どんでん返しに気付いたのはわりと後半になってからで、あーそうかーうわーと盛り上がって見れました。石坂浩二がたまにトニー・レオンに見えてしまいます。さらにたまに役所広司にも見えてしまいます。私の目がどうかしてるんでしょうか。

第2夜はイチローが犯人役っていうことで、どうなるんだろ、と若干不安だったんですが、あんまり意外な展開のない脚本ながら、面白く見れた。でもお兄さんに対して感じてる恩義がキャッチボールだけってのはどうだろうと思ったけど。イチローがあまりにも気持ちよさそうに走ったりボール投げたりしてるの見てて運動って楽しいんだろうな…とかすごく漠然としたこと考えたりしてました。

kissheekisshee 2006/01/05 10:25 『やさしいからだ』は、この間出た3巻で完結しました。
『あのころ、白く溶けてく』もいいですよね。新人ならではの瑞々しさを感じます。

ichinicsichinics 2006/01/06 00:13 もう完結してるんですね。これで心置きなくまとめ買いできます(笑)kissheeさんのとこで紹介されてるのを見てはじめて安彦さんじゃないって気付いたんですよね…。思い込みって面倒です。いえ、別に安彦さんの漫画が好きじゃない訳ではないんですが。

2006-01-02

[] 年末年始

30日には友達と健康ランドのような温泉に行ってのんびりした。岩盤浴というのがあって、それがすごく気持ち良かった。たくさん汗かいた。岩盤浴の後はしばらく休めというので、畳の部屋でごろごろしてたら、知らないおばちゃんに話かけられて「あそこにキシタニゴローがいたのよ」と言われたんだけど、「そうなんですかー」なんて言ってしまって悪い事したかなと思う。もっと盛り上がるべきだったかな。

休憩後にまた温泉で汗流して、ビール飲んで帰宅。

31日はポツネン

元旦はのんびりした後、地元の友達と飲みにゆく。お酒ばっかりです。

そして今日は、妹と新宿でお買い物。あまりの人出にびっくりしたけど、なんだかんだ買ってしまった。

私がセール時期に毎回買ってしまうのが靴で、もうたくさんあるからやめようと思ってるのに、今日もまた靴買ってしまいました。でもかわいい。それから数年ぶりに福袋を一つ。好きな鞄屋さんのだったんだけど、中身を見せてくれたので安心して買えた。キャンパス地の鞄と、帽子が2つと、アクセサリーいろいろとポーチ2つ。大漁で嬉しい。特に帽子。

夕方前に新宿を後にして、妹と別れたあと喫茶店で本を読みながら友達を待って、その後は食事へ。ご飯食べながら友達にそそのかされて、ちょっと迂闊なことをしでかしてしまって、新年早々心配の種を抱え込んでしまった。酔ってた訳でもないのになぁ。

ご飯の後はカラオケとかした。サンボマスター電車男の主題歌だった曲がやたら良い曲に聞こえてシングル欲しくなってITMSで探したらなかった。残念。

[] 小林賢太郎SOLO CONTE LIVE「ポツネン」@東京芸術劇場12月31日

2005年の最終日に三度目の「ポツネン」 を見てきました。

確か最初に見たのは東京の二日目だったと思うのですが、やはり細かい修正がほぼ全編に施されていて、さすがだなぁと痛感しました。

ただ、自分を含めたぶんもう何回もポツネンを見ているんだろうなというお客さんが多いようで、笑いがおこるべきところであまりおこらない感じがあって、終演後に初めて来たっぽい人がそのことについて違和感を述べていて、うーん、と思ってしまった。たぶん小林さん自身もそれは感じてるんだろうなぁ。

今回は終演後にまたアナグラムのセットが出てきて、フリップで年の瀬の挨拶とともに、ラーメンズオフィシャルサイトオープンのお知らせがありました。(コチラ → http://www.rahmens.net/)そしてその後に「ありがとうございました!」の一言を残して退場。

ひたすらクールだなぁと思ったけど、昨日(12/30)の公演を見た妹の話だと、30日の終演後にはその場でアナグラムがあったそうです。

ともかく「ポツネン」もこれで終了。ほんと面白かったし「○maru」もめちゃめちゃ楽しみなんですが、なんだか無性に2人そろったラーメンズが見たいです。

【以下ネタバレ覚え書き】

続きを読む

[][] コーラス2月号

ハチミツとクローバー
ようやく再開。でも表紙のはぐちゃんの絵がジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』*1の、美しいけど不吉なイメージで、読んでみたら実際いままでのハチクロにあり得ないくらいヘビーな話になっていた。あーー。
ノスタルジア
岩館真理子さんの読み切り。ある老夫婦の引っ越しを手伝う娘の話なんだけど、そこから今、現在、未来の時間を行き来するうちにある謎が浮かんで見える。見せ方がうまいなぁ。主人公がとてもかわいい。
たまちゃんハウス
連載2回目かな? 前回読んだ時にはてっきり落語下手なのかと思ったんだけど…。
駅から5分
くらもちふさこさん読み切り。喫茶店であるカップルの別れ話を聴いている少女と、その想像力のお話。うまい。「ごっこ」あそびと、偶然と、謎解きとが全部バランス良く1つの場面の納まってる。特にラストシーンの、誤解の上になりたつほんとのことが良い感じだなぁと思った。くらもちさん大好きです。ただ最近ちょっとコマが大きくなったような気がするなぁ。コミックスで読むとそんなことないのかな。
チムニーズ館の秘密
榛野なな恵さんによるアガサ・クリスティの漫画化。良いです。ちゃんとミステリなんだけど、榛野なな恵さんのオリジナルの空気。絵も美しいし、誰が犯人かとかそういう伏線の見せ方がわざとらしくなくて、品が良いです。シリーズ化してほしいなぁ。

去年はcomicカテゴリで括ってたのですが単行本と分けたいなーと思ってたので、「漫画雑誌」カテゴリを作ってみました。男性誌がM女性誌はFでわけようかなーと思ってます。昔のもそのうち気が向いたらわける、かも。

*1:町山さんのところで画像を見たので印象に残ってました → http://d.hatena.ne.jp/./TomoMachi/20050807

2006-01-01

ichinics2006-01-01

 あけましておめでとうございます

あたらしい年です。外がいつもよりしんとしている気がします。

毎日くり返してる1日のはじまりを特別扱いする正月が好きです。

家族全員揃って朝ご飯を食べるなんて仰々しさも、

相変わらずの今年の目標も、

毎年恒例のトランプ大会も、

近所の公園へ出かけていって甘酒をふるまわれたりすることも、

なんかいいなぁと思ったりしてます。

そしてそのついでに、自分はなんだか、随分としあわせなんだなあとか

そんなことを再確認してみたりもするわけです。

なんせ いまはほれ 時間はある 雪はふる 猫はいる

あつあつの おなべで まんぷくだという

四点セットの幸福がそろっちゃってるんだからね

「わたしの屋根に雪つもりつ」大島弓子

今年もこの日記はまだ当分続けるつもりです。

読んで下さってる方、通りすがりの方、どこかにいる人、みなさまの一年が良いものになりますように。

あけましておめでとうございます。

IMAOIMAO 2006/01/02 11:19 あけおめです。
正月に大島弓子ってなんとまあ本当にピッタリですね。
何はともあれ、今年も更新楽しみにしております。

ichinicsichinics 2006/01/03 00:54 おめでとうございます。そしてありがとうございます!今年もよろしくお願いしますね。
大島弓子大好きで、雪の季節になるたんびに「つもりつ」って語感を使いたくなってしまうんですよ。

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