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  □これまでの日記一覧

2006-04-30

[] 青森へ行く/2日め

朝起きて朝食を食べた後、またSが迎えに来てくれる。

Sお勧めのパン屋さん(山の中にある!)でケーキやらスコーンやらを買い込んで、岩木神社へ。鳥居の向こうに、岩木山の山頂が見える。それくらいの晴天だった。山肌を覆う木々はまっすぐ高く、しかしその根は複雑に入り組んでいるものがおおい。五本松、という松があり、見ると、その名のとおり五本の松が一本に絡み合っている。よく地名で見かけるその名前は(三本松だったりもするか)その通りの意味だったのだなと思う。

静謐、という言葉がぴったりの神社だったけれど、目を惹かれたのは中門に施されていた装飾。青い象(竜?)や雲や蓮の花などがかたどられた極彩色の装飾を施されていて、日光東照宮を彷彿とさせる趣もあり。色がきれいだったな。

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山を下ってからは、弘前城へ向かう。が!

出発前にはさんざん「今年の花見は青森で・・・」とか言ってたのですけども、桜は、咲いてませんでした…。ざんねん。今年はかなり遅いらしいです。いろんなお店で「桜見にきたの?今年は遅いのよー」ということを言われたもの。優しい人が多い。

でも土日は天気良かったので、たぶんGWが見ごろなのだと思う。惜しい。

それでも、弘前城の中には屋台がたくさんでていて、まるでおまつりみたいで楽しかった。お化け屋敷もあった。あちこちにあったアイスの屋台で売ってたのはリンゴアイス。うまい。しかも100円。安い。

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弘前城を出てからは、昼食を食べ、空港へ送ってもらう。帰りは飛行機。

お土産物やを見ていると、ほんとなんでもリンゴで、おかずでもリンゴで、ちょっと面白い。いやそれはリングでやらなくても…と思うのがいろいろあった。今回は、Sお勧めの品をいくつか購入してお別れ。ほんとにお世話になった。

温泉もご飯も大満足で、楽しい旅行だった。今度また、桜再チャレンジしようと思いました。いく前にまったく準備してなかったんだけど、向こうでいろいろ調べてみたら行きたいとこたくさんあって、次は斜陽館や新しくできた美術館や、時間のあるときには白神山地にも行ってみたいな。

ともかく今回は終了。これから土産物を食べます。

北へ行ったら忘れちゃいけないのが、カルビー北海道バターしょうゆ味を購入すること。コンビニ2袋購入。一瞬まとめ買いして宅急便で…とか思ったけどさすがにな。うん。しても良かったかもだけど、だって宅急便て高いよねぇ・・・。

それから「朝の八甲田」というチーズスフレもおいしかった。スフレよりぎっちりしたチーズケーキの方が好みなのだけど、これはスプーンですくって食べるムースみたいなチーズケーキで、おいしい。

ほかのも食べたらメモする。

2006-04-29

[] 青森へ行く/1日め

青森旅行してきました。

金曜の夜、仕事終わってそのまま夜行バスで青森へ。

夜行バスは東京駅発だったのですけど、東京駅で晩ご飯代わりの何かを買おうと思っていたのに、店がどこもかしこもしまっていて、がっくりする。東京駅ってこわい。夜になると真っ暗だし、でかいビルばかりで見通し悪いし、なんというか「地球防衛軍」に出てくる夜のビル街みたいな。とか思いつつ。バスに乗り込んで、さて「よつばと!」読むか!と思ったら即消灯でまたへこむ。もう寝るしかない状況なのに毎日宵っ張りなのでなかなか眠れず初めての携帯から更新、とかしてみたりしてたらいつのまにか寝落ち。

でも夜行バスもインターチェンジも大好きです。仙台のインターと盛岡のインターとまった。おいしそうなものたくさんあったけど、がまん。

早朝に到着して,向こうにすんでる友達Sに迎えにきてもらう。よく考えてみたら4年ぶりなのに、見た目はなんもかわってない。でも中身はずいぶんしっかりしてて、いろいろ世話してもらっちゃって、車の運転もうまくて、昔はあんな年中酔っぱらってるようなひとだったのに…とか思ってすこし感慨深かった。

喫茶店で朝食食べて、とりあえず温泉へ。

いろは坂よりさらにきついカーブばかりの山道をえんえん行く、冬場は絶対たどり着けないようなとこにある温泉につれてってもらう。昔話に出てきそうな、山の中腹にぽっかりとある温泉宿*1。雪が積もっててびびる。

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温泉はぬるめで、ほんの少しとろみがある。きもちいい。露天は混浴タイムだったので(女性専用時間もある)入らず。いやいや。バスタオル忘れたってのもあるけども、橋の上から丸見えだし。

それから、ここはランプの宿っていう名前がついてて、ランタンがたくさんぶら下げてある小屋があった。そこでこの前感想書いた「雪沼とその周辺」に収められてた「送り火」という短編を思い出す。

その後、山をおりて昼食。Sお勧めのラーメン屋に行く。青森では豚骨はあまり人気がないらしく、見かけるのは圧倒的に魚介だしのものが多い。つれてってもらったのは、煮干しだしのラーメンやさん。これはほんと美味しかった!みそ汁みたいに濁ったスープなんだけど、味は煮干しとしょうゆでこってり。麺ももちもちしていてうまい。しょうゆに漬かった薄いチャーシューもいい。また食べたいなー。

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その後、Sは用事があるというので、一緒に行った友達とまちをぶらぶら。あてもなくただ歩く。途中で潰れたボーリング場を発見し、また「雪沼」を思い出す。歩き疲れて喫茶店でクリームソーダなど飲んだ後、宿へ向かう。

泊まったのは岩木山の中腹にある温泉宿。ここも、雪がたくさん、というか1メートルくらいある雪の断面の間を通っていくかんじだった。そんな風景を自分の目で見たのはじめてだったので、うれしい反面、ここに暮らしている人たちはすごいなぁ、と思う。しかも昔の人たちは車もなしにここまで来てたんだもんなぁ。そんでふと、このまえの秘伝書探しにきたシンガポールの人たちも、こんな山の中を歩き回ってたんだから、すごいよなぁ、と思った(でも、だから遭難しかけたのか…)。私が体力に自信なさ過ぎるのかもしれないけど。

f:id:ichinics:20060430234033j:image:w150 窓からの景色はこんなです。ゆきだー。

それから、ここは携帯の電波が届かなかった。電波が届かない場所へ行ったのは宮古島の離島行ったとき以来だ。でも、そう考えると携帯って通じ過ぎなのかもなぁと思う。

ご飯の前に、お風呂へ。ここの風呂は硫黄のにおいがする白濁したお湯でとても気持ちがいい。肌がつるつるした。おすすめしてくれたSに感謝。

晩ご飯は山菜と魚と鹿やら鴨やら、ぜんぶ美味しかった。今まで食べれなかった「蕗」が食べれるようになったよ。そんなわけでビールもすすむ。

腹ごなしに部屋で休んで、寝る前にまた温泉入って、就寝。

2006-04-28

[] 「マスカキザル」/theピーズ

マスカキザル

マスカキザル

相変わらずライブに向けて予習中です。

「マスカキザル」は、1990年発売のtheピーズの2ndアルバムらしい。一つ一つの曲がかなりコンパクトにまとまっている。シンプルで、馴染みやすいフックのあるメロディが多くて、つい口ずさんでしまう。基本的には男性から見た欲求(&弱音)全開の曲が多いのですが(タイトルからわかるように)、その辺は青年漫画雑誌読んでる感覚に近くなんの抵抗もないです。むしろ男に生まれたかった、とか思う。#4「やったなんて」の「どっちにしろショック」という前のめりな感じとか、主に「電話してこいこい」しか言ってない#7「Telしてこい」など、いいなぁー。 ロカビリーな#6「オナニー禁止令」も好き。「意味なんかないイエー/意味なんかないイエー」という繰り返しに、フィッシュマンズの「BABY BLUE」を思い出したり。とにかく、このアルバムでは全体的に、口元緩んでしまうような曲が多いなぁ、という印象。

「ブッチメリーSIDE B」で聞いてから、ずっと聞き続けている「どっかにいこー」はやっぱりいい曲、だ。ライブ版と違って、ハーモニカが入っている。

[] すべての言葉はさよなら

中学生の頃、フリッパーズ・ギターが大好きだった。なかでも、この「すべての言葉はさよなら」という曲のことを思い出すと、今でもちょっと切なくなる。

この曲の歌詞の中には「分かりあえやしないってことだけを分かりあうのさ」という一節があって、当時の私は「でもほんとはそんなことないでしょう?」と思っていた。当然のように、人と人は、その気になれば分かりあえるものだと思っていた。

それじゃあいまは「人は結局分かりあえない」と思っているのか? というと、そんなことはない。ただ、今、この時点での私は、全ての瞬間で、分かりあう(お互いの言葉の意味を、相手が意図したように、理解しあう)なんてことは、ないと思っていて、それと同時に、分かりあったと感じる瞬間は、あるだろうと思っている。つまり中学生当時のイメージとは違って、理解や意思の疎通は全ての瞬間で継続するものではない、と考えるようになっている。それは、これまでに、分かりあった、と感じた相手がいて、その同じ人のことを、まったく分からない、と思ったこともあるから、そう考えるようになったのだけど、それを言葉で考えたのは、最近のことだ。

そして、分かりあった、言葉が通じた、と思う瞬間が、一度でもあれば、私はたいてい、その人のことを好ましく、大切に思う。もちろん、分かりあった瞬間が一度もなくたって、好きな人は好きだけれど、「通じた」と感じる瞬間があるということは、ちょっと特別なことだ。私にとって。

そして、その通じた人の中に、さらに特別に感じる+α(例えばタイミングとか)のある人がいるとする。私にとって、人を好きになるとは、そういうことだ、と思う。とりあえずこれまでは、そういうことだった。うーん。こと人間関係における「愛」の話になると、人の意見というのは、かなり、偏りがちな気がするので、実はあまり触れたくない話題だったりもするのだけど、今日はこの混乱をまとめてみたい気がしたので、ともかく。

私が今疑問に思っていることは、例えば、「愛しているのなら〜するべきだ」という言葉のこと。「愛してるのなら、相手を思いやるべきだ」とか。そして、それは大抵の場合、正しい。でも、その言葉の正しさは、「すべき」という言葉に従った時点で、正しさが損なわれてはいないだろうか?

なぜ私がそう思うかといえば、自発的な感情と、それを相手に要求することは、別物、だと感じているからだ。しかし「すべき」に従わないことで、私の感情に疑いを持たれる、ということは、あり得る。あり得た。

しかし、例えば私が、相手の気持ちを証明する証拠として、相手に思い描いている何か、が損なわれたとして、それはイコール相手の気持ちの消滅を意味するだろうか? イコールではない、と思う。意味しなかったこともあるし、意味したこともある。

そもそも、分かりあう、感情を共有するということ自体が、奇跡的なことだから、大事な相手に対しては、自分の行動に対する相手の感情を、想像して、行動する。ことが多い。いつもなんてできないけど、できるだけそうありたい、と思う。

でもそれは、いつも想像どおりではないし(もちろん)、想像しても、その通りにふるまえないこともある。

例えば、自分の欲求に反する場合。その欲求が、相手にとって善きものでない、と思われる場合には、どうするだろう。 天秤にかけて行動を選択する? だとしたら、そのとき天秤の向こう側に乗ってるのは、何だろう?

何が書きたいのか、よくわからなくってきたけど、つまり、どんな関係性においても(そこに例えば「愛」があっても)、相手の思想や欲求を「〜すべき」などと言って変えさせることは出来ないだろうし、出来たとしたら、それは意味あいが変化してしまっているのではないか、ということだ。しかし、それと同じくらい、相手が善き人であるように願う気持ちもまた、損なうことのできないものなのではないか?

でもその前に、知らなければならないことが、あるような気がする。

例えば、すべての関係はさよなら(死も含む)に繋がっている、ということ。そのとらえ方もまた、分かりあえたり、分かりあえなかったりするっていうことは、あるだろう。そして、肯定は必ずしも選択ではないということも。

なんか間違えて一回消してしまったりしたせいで、よけい支離滅裂な分になっている。ので、つづきはまたに。

とりあえず、これは考えてみたいから書いているだけで、こんなややこしく考えないでもうまくいく関係はたくさんあると思います。

michiakimichiaki 2006/04/28 07:26 ぶ。先日秋葉原のメ(ry さんと、パーフリいいですよね、それも小沢ね、みたいな話で盛り上がってたんですが。
…ってことだけを分かりあう人たちどうしが惹かれあうのさ?

ichinicsichinics 2006/04/28 12:38 奇遇ですね(笑)「それも小沢ね」には私も同意です。
で、上の文については、自分でも読み返してたらよく意味がわからなくってしまって、ちょこっと追記したりもしたんですけど……、余計わかんなくなりました。たとえを「愛」にしたのが駄目だった気がする。つまり、それが特別なことだ、と思うことと、特権的なものである、と断定することって、なんか違うような気がする…という話だと思うんですけど、なんていうか、人は多様、もしくは全ての瞬間で異なる、よね、という考えが、自分のケース(もしくは物語)でならいろいろ考えられる(だろう)はずなのに、「一般論」になると、そんな疑いをもつことすら許されない雰囲気、があるのかないのか…って感じです。ん?

2006-04-27

[][] エブリバディ・エブリシング/ウィスット・ポンニミット

IKKIで連載が始まっている「ブランコ」がわりと気に入っているので、これも読みたいなぁ、と思ってた、ら、オフにあったので購入。面白かったです。

タイ出身の漫画家ポンニミットさんの作品を最初に知ったのはアニメ作品『hesheit』だったのですが、日本の漫画やアニメからの影響を随所にちりばめつつ、独特の、ほんの数ミリ宙に浮いてるみたいな不思議な感触が印象的でした。

その空気は漫画にも共通していて、この作品集では、学園ものあり、SFあり、家族ものや群像もの、そんな、様々なジャンルにカテゴライズできそうで、ちょっと違う、この漫画家さんならではの作品がつまっている。そして、日本の話としても読めるのに、ちょっとした書き文字や背景や地名から、タイを感じることができるのも、楽しい。

ただ、巻末にあったよしもとばななさんのあとがきは、たぶんここに収録されている漫画でないものについて書いてあるみたいで、ちょっと意味がわからなかったのが残念。

それから、これ読んでからブランコ読むと、かなり絵が上達してるなぁと思う。この前フィッシュマンズの映画でポンニミットさんのアニメーションが流れたときもそう思った。このひとのかく女の子のやわらかい感じが、すきです。

[][] ブログ文章術のお題その2

ブログ文章術でまたお題がでてる、ということをmichiakiさんとこで知りました。お題があるならやりたいなーという書きたい派(読むのも好きですけど)なので*1やってみようとおもいたった。

と、その前に、

そもそもぼくの場合、エントリを書き上げての推敲時にまず、頻出する「と思う」を「と感じる」「と考える」「ような気がする」に散らしたり、省けそうならなるべく省く、というステップが最初に入るのです。

http://d.hatena.ne.jp/./michiaki/20060426#1145983571

ここの部分は、この日記も同じで、面白いなぁと思いました。

私の場合は、断言が苦手、というか世の中断言できることなんてそんなにないと思ってるので、ある程度意図的に「思う」ばかりになってます。ただ、文章的にはあんまり気を使ってないかもしれなくて、更新の時は[テキストエディットで書く→1回「ちょっとした更新」であげてみる。→通して読んで気になるとこ直す→更新ボタン押す→翌朝もう一度読んで直す、]という流れがいつものパターンなのですけど、「思った」をバラしていく作業は、重ならなきゃいいかなくらいで、実はあんま気にしてないかもしれない。読みにくかったらごめんなさい。こんな日記ですが、わりと勢いで書いてます。

で、お題「自分を軸に書いてみる」

ゴーストが あらわれた!

ああああが みがまえるより はやく

ゴーストは おそいかかってきた

コマンド?

ゴーストの こうげき!

ああああは 3ポイントの

ダメージを うけた!

ああああの こうげき!

かいしんの いちげき!!

ゴーストに 9ポイントの

ダメージを あたえた!

ゴーストを たおした!

けいけんち 3ポイントかくとく

4ゴールドを てにいれた!

ああああは レベルが あがった!

これを、自分が体験したことだと考えて、書き直してみよう。

http://blog.excite.co.jp/blog-jutsu/1902906/

先に言い訳しておくと、このお題をまっすぐ「自分視点」で書こうとすると、どうしてもファンタジー世界にいる自分みたいになってしまって、正直恥ずかしいです。

短くない一文で!

今日、道を歩いていたらゴーストに出くわしたんだけど、私が身構えてもいないのに襲いかかってくるから仕方なく応戦することになって、3pダメージ食らってヤバいかなぁと思ったところに、運良く改心の一撃が出せて、しかもレベルもあがって、ゴーストには悪いけど、ちょっとラッキーだったと思った。

ドラクエの記憶が薄れています

突然世界が真っ暗になる。行く手を阻む仄かに発光した物体――「それ」が何か、理解するのに数秒かかった――幽霊、いや、この世界ではゴーストというのだっけ?

腹をすかせているのだろうか。私が身構えるよりも早く、それは襲いかかってくる。選択の余地はない。戦闘だ。

私は目前に現れた白枠のコントロールパネルを操作し「こうげき」を選択する。なぜなら私には「彼」がそれを願っているのがわかるから。

ゴーストの攻撃を、手に入れたばかりの[青銅の盾]で受け止める。腕が痺れて、少しだけ後退してしまう。ダメージは……3ポイント。盾がなければ9ポイントは食らっていただろう。

ゴーストが定位置に帰ったら、今度は私が攻撃する番だ。呑気なようだけど、これがこの世界での戦闘のルールなのだ。

まだその扱いに慣れていない[聖なるナイフ]を振って、宙に浮かんだ「それ」目がけて飛びかかる。掌から伝わる鈍い感触が、身体全体を震わせた。何度繰り返しても、気持ちの良いものじゃない。

ダメージを確認するより先に、「よっしゃ」という「彼」の声が届いた。よかった、ゴーストを倒せたみたいだ。収穫は小銭だったけれど、この経験値でひとつレベルがあがった。

プツンと白枠が消えると、私はもといた沼地に立っていた。

右耳から「セーブしとこ」という声が聞こえる。そろそろ夕飯の時間だから、この旅は一旦終了だろう。

でも待って、この沼地を抜けたら、私は死んでしまう。

画面が点滅している。それなのに「彼」は直進を続ける。あと3歩、進めばアリアハンに逆戻りなのに。

しつこく99パーセント

「99パーセント」の意味を思い出すより先に、それは私の舌全体に広がっていた。

想像するよりも、ずっと苦い。でも私の味蕾は嗅覚と結びついて、まだそこに「甘さ」を探している。何か、味を紛らわせるもの、と思い手近なテーブルの上にあった温いコーヒーを飲むと、二種類の苦みが口の中で葛藤をはじめた。逆効果だ。(←3ポイントダメージ

パッケージを見ると、甘い飲み物と一緒に、と書いてある。もう、先に言ってよ、と自分の不注意さを棚にあげつつ甘い何かを探してみるけれど、あいにく何もない。

仕方ない、とりあえず苦くなければなんでもいいや、と冷蔵庫にあった牛乳をパックのまま飲んでみる。冷たくて美味しい。(←改心の一撃

そして、あれ? これはもしかして、ともう一度、今度は口に含ませるようにして牛乳を飲む。これは、ココアじゃないか。なあんだ。

口中を覆っていた苦さはもう、どこにもない。そして私は一つ賢くなった、ような気がする。かも。(←経験値&レベルアップ、でいいですか?

[] 日記書いてる場合じゃなくて

金曜の夜から旅行に行くので、準備とかしなくちゃいけないんだけど、二泊だし、二泊三日旅行での持ち物なんてほとんどが普段使ってるものだったりして、まあいいか、と鞄を出しただけで終了してしまった。

いつも読んでいる日記で、旅行記書かれてる方がいて、それを読んでいたらなんだかすごくうらやましくなって、今はもう海外に行きたくて仕方ない。自分の知らない言葉ばっかりが行き交ってる場所で、本読んだり音楽聞いたり、気まぐれに知らない人と話したりしたい。

でも、まずは弘前城でお花見だ。

*1:前回もやった→id:ichinics:20060405:p1

michiakimichiaki 2006/04/27 01:58 お題への回答がすごい。
そしてそのころぼくは「うましお」を食べてました。美味しかったです。

ichinicsichinics 2006/04/27 02:21 「うましお」ありがとうございます!ポテトチップス関連に反応いただいたの初めてですよ(笑)うれしい。私も最近は迷わず「うましお」です。

qmaxczoxluqmaxczoxlu 2007/06/11 17:30 Hello! Good Site! Thanks you! vfsmoivyps

2006-04-26

[][] 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦

クレヨンしんちゃん」劇場版第10弾。

「オトナ帝国」と「ヤキニクロード」が面白かったし、新作も見ようかなぁ、なんて思ってたとこだったのでとりあえずこれを借りてきて見たのですけど、これがまたすごい傑作だった。「オトナ帝国」と同じく原恵一監督作品です。

戦国時代にタイムスリップするお話なのだけど、まずはその丁寧な時代描写に驚かされた。子供が鵜呑みにしても大丈夫なくらいのリアリティで描いているのだろうなと思う。戦いの作法とかも、今見るとつっこみどころが多くて面白い。そして脚本も凝っている。SF映画としてもよくできてるし、時代劇としても面白いし、ほんとすごいなぁ、としかいいようがないです(アホな感想で申し訳ないです)。

クレヨンしんちゃん」にしては、ちょっと笑いどころが少ないかなぁって気もしてたけど、クライマックスで突然、お腹痛くなるくらい笑って泣けて「おー」と唸らされてという怒濤の展開があり、結局大満足でした。

それからDVDの特典映像についてた予告とか特報とかが、本編にはない、それ用に描かれた映像が満載で、これまたとてもよく出来ている。特に特報は必見。

文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞作品でもある。ところで文化庁って審査員誰なのだろう…。

[] 恐いもの見たさ

あちこちで話題の(そしてもっぱらに食べ物として不評であるところの)チョコレート効果99%に挑戦してみた。お昼ご飯を買いに行ったついでにコンビニで買って、すぐ一片食べたんだけど……想像以上というかなんというか。

あんまりな苦さのせいか、心臓がどきどきする。良薬は口に苦しとかいいますけども、あきらかにチョコレートのにおいと感触なので舌は自動的に甘さへの準備をしており、でも永遠に見つからない甘さ、だってそもそも入ってないんだもの!というギャップとあの粉っぽさがなんとも言えない切なさをかもし出していると思います。

個人的には、足りないのは砂糖というよりミルクな気がした。砂糖ゼロでもミルクが入ってれば、ある程度のまろやかさというか、ココア感になるのに、砂糖もミルクもないってことで、粉っぽく、かつ苦いというあれなかんじで、そもそもビターチョコ苦手だし(じゃあ買うな)、もう残りはホットチョコレートにして飲むことにしました。

無理、だけどまあ、青汁みたいなものとして定着したり、するのかしら。

そしてなんだかどうしても甘いチョコが食べたくなって買ってきたのが、不二家の新商品「ショコラNY」のプラチナキャッツ。猫舌ってデメルですか、とおもったけど、おいしい。ミルクチョコベースに塩が隠し味だそうですよ。同時発売でブロンドキャッツってのもあり、そちらはビター&バニラ。ビターはしばらくこりごりなのでプラチナ買いました。

[] 20世紀少年最終回について

ここは普段リンク元にはあんまり偏りがない日記なのですが、昨日は「20世紀少年」でアクセスしてくる方がとても多く、なんだろ、ネタばれ探してるのかな、と思って自分もいろいろ見てみたのですが。

あの最終回のあとに見開きページがあって、「2007年新春に最終章登場」と書かれていた、その下の文「(※早口言葉です三回言ってみましょう)」を、つまり「これはネタであって、ほんとは最終章なんてないよ!」という意味に解釈している方もわりと多いみたい。(参考【地球儀の螺旋/『20世紀少年』、早口言葉の謎】http://d.hatena.ne.jp/./tragedy/20060424/p4

うーん。言われてみれば確かにそうも読めるけど、昨日は全然そんなこと思わなかったなぁ。普通に定番早口言葉の「新春シャンソンショー」に似てるからかなぁと思っていた。まあ意味があるとしても、せいぜい「随分先の話で申し訳ないですね」というエクスキューズというか照れというか、そんなものだと思っていた。

かといってあの(暫定)最終回を面白かった!とは言えない。

18号の感想(id:ichinics:20060405:p2)にも書いたけど、正直かなり前から、20世紀少年は行き先に不安を滲ませていて、正直これで読者の納得いく大団円迎えられるのかなぁ、想像できない、と感じてはいた。そしてその原因は、大人になったケンヂの魅力のなさに、あるんじゃないかと、私は思っていた。

もう既刊にもエピソードあるので触れると、あの「歌」が、そもそも「どうなんだろう?」と最初に首を傾げたところだった。CD付き買ったけどね。それで先生はライブもやった*1んだけど。そうやってリアルにアウトプットしすぎたことで、ケンヂ像が曖昧になっていくような気がしてた。

もちろんこれは、いち読者の感想に過ぎないのですけど、でもやっぱり、物語の最初はケンヂにあった視点が、最終的にケンヂに戻ることを、たぶん多くの読者が期待していたと思うのです。あれだけ散らばった伏線を束ねるには、それしかないような気もした。でも、今のところの最終回まで、ケンヂは正体不明の、しかめっ面の、おじさんでしかない。内面が見えない。この大人ケンヂの人物像は、たぶんボブ・ディランを意識しているのだと思うのですが、ディランの内面が、その態度と歌にあるように、紙面に音を鳴らすには、やはりそこに「リアルの音」ではなくて、漫画としての音(もちろん音以外の物語でも良いのだけど)がなければいけないと思うのです。それをどんな風に描くのか、が、私が20世紀少年に期待していたことだった。そして、ケンヂの曲が物語の中で重要な位置を占め過ぎたせいで、そのハードルがどんどん高くなっていくような気がしてた。

個人的な勘ぐりでは、ライブやったりとか、現実の人物と重ねてしまったりとかで、ケンヂ像がつかみにくくなってしまった、というのが今のところの「20世紀少年」ではないのかなと思います。

で、クールダウンに約一年を費やそうと。その間「PLUTO」がんばるよと、そういうことだと勝手に理解しています。とりあえずいまのところは。

なので私は「最終章」に期待しています。このままで終わるなんて! 

*1id:ichinics:20050628:p2にちらっと書いているので、ライブは約一年前かな

2006-04-25

[][] ヒストリー・オブ・バイオレンス

監督:デビッド・クローネンバーグ

クローネンバーグ映画は実はちょっと苦手なのですけど、IMAOさんの日記(id:IMAO:20060412)でオススメされていたことと、新井英樹がパンフに文章を書いている*1、ということを知って見にいかねばと思い立ち行ってきました。

* * *

原作はヴァーティゴレーベルのコミック(グラフィックノベルというのか)だ、という町山さんの記事が頭にあったので(http://d.hatena.ne.jp/./TomoMachi/20050805)もうちょっとアメコミ風の物語を予想していたのだけど、これはかなり予想とは食い違っていました。

物語は、幸せな家族を脅かす影と、それに立ち向かうことによって明るみにでる「ヒストリー・オブ・バイオレンス」という、割合シンプルな筋をまっとうに描いていたように思います。クローネンバーグにしては(なんていえるくらい見てないけど)ストレート過ぎるくらい。だからこそ、豪華な俳優陣の演技が物語の輪郭を際立たせる、という印象。(ちなみに脚本は「MONSTER」の脚本も手掛ける方らしいです)

私は最初、この映画のテーマは「暴力の連鎖」なのだろうと思って見ていました。そして、その暴力を止めるものとして「家族の愛」を描くんだろうか、なんて勘ぐりながら映画を見ていました。

しかし、この映画の主人公(および息子)は、追い詰められた場所で、最終的には暴力を選択する。その暴力の描き方は、とても残酷で、主人公の顔に血を浴びせるという画面づくりからも、決して暴力を美しく描こうとしているのではないことは、理解できます。

暴力を選択せざるをえない状況である、ということは分かる。でも、と思わずにはいられない。暴力に対抗できるものは、暴力しかないのだろうか? 家族が危険にさらされたとき、その原因を「排除」しなければ、やはり安心できないのだろうことは理解できても、でも、と思ってしまう。

でも、そんなふうに「でも」と葛藤している「家族」の側の描き方こそが、この映画の特筆すべき部分であるとも思う。

あのラストシーンの後、彼等はどのように生きていくのだろうか。

[] どちらも高級です

相変わらずお菓子食べてますが、なかなかこのカテゴリを使うほどの衝撃がなく…と思ってたとこなんですけども、高級菓子2件で久々の盛り上がり。あ、あと今99%カカオに挑むべきか否か迷っていて(恐いもの見たさ)、というか一度挑むつもりでコンビニ行ったら売り切れでした。売れてるのか…!

ピエール・エルメのマカロン

糖分が足りない!と思った時にはスタバのマカロンをむさぼり食べたりしておりました私ですけども、いかんせん二種類しかないので飽きるんですよね。で、しばらく忘れてたんですけど、昨日ABCの帰りにピエール・エルメを覗いてみたら久々にマカロンが食べたくなったので買ってみた。

f:id:ichinics:20060425021240j:image:h150

あんまり迷うこともなく、シトロン、ロゼ、アールグレイ、マロンを購入。うまかった…。マカロンはそれなりに(見かけたら、程度に)いろんなとこの食べてみてるけど、ここのはちょっとまじで美味しかったです。何より甘過ぎないのがいい。シトロンは、レモン風味クリームなのですけど(レモン菓子好きなのでラインナップにレモンあればだいたい食べてみてる)、甘いの苦手(量が食べれないというだけで)な私でも、もう1個食べたい!と思うくらいさっぱりしていて後を引く味。マロンはマロンじゃなくて「エグランティーヌ エ マロン」というノバラの花のクリームが入っているというメルヘンな方を買いまして、これもなんかファンタジーな味でした。ロゼよりローズ感があった。あと、ここのラインナップ(http://www.pierreherme.co.jp/item/)にないけど、アールグレイって味を買ったはずで、これは確か中にガナッシュが入ってて、これが一番美味しかった。さすがチョコレート(ショコラというのか)名門、と思った。今度行くときは、ガナッシュのやつをいろいろ買おうと思う。

なんか全然上品に書けませんけど、感動したんだよ!

ポテリッチ/カルビー

好きな食べ物ベスト3といえば必ずポテトチップスを入れてしまう私ですが(残りはライスと海苔/今のとこ)、あの黄金のパッケージの「ポテリッチ」シリーズがすばらしいのです。アラポテトよりもう少し厚みがある感じのギザギザカット。「うましお」「コンソメWパンチ」「じゃがバター」の3種展開は、なに、私のため?とか思ってしまうくらいど真ん中ストライクで、気持ち悪い話が、初めてコンビニで見つけたときは挙動不審になってしまったくらいうれしかったです。

中でも「うましお」ですよ。これは、忘れられない幻の名作、前(id:ichinics:20050831:p3)にも書いた「うまみしお」の味だ!カルビーさんありがとう!カット方法は違うものの、このうまみありすぎの塩味がたまりません。なくさないでほしいなぁ…。

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/21.22号

電波の城
連載再会。天宮と谷口の接触で、ようやくお話の方向性が見えてきたような。
20世紀少年
・・・え!そこで終わるの?えええ!と思ったら、2007年新春に最終章登場、らしいです。2007年て・・・来年!?
団地ともお
つっこみの森山の巻。「当たり前だ!ほほえみには何か必然性があるんだ!」「どれだけ冷たい社会だよ!」というのにうけた。
バンビ〜ノ!
伴の部屋へ移動。そして特訓は続く。って、最初から部屋でやれよ、と思ったけど、そうすると助けにくるあすかさんたちが「目撃」の場面がつくれなかったってことか。
中退アフロ田中
無断欠勤して、自問自答の末に「あやまらない」決意をした田中の巻。「あるのはただ、昨日 無断欠勤をしたという…事実だけです…」
ハクバノ王子サマ
タカコサマの休日。タカコサマはかわいいなぁ。ほんと「あんなエエひとが、ナンで まんだ独身なんだろうなあ…」と今村とおんなじことを考え、あ、黒沢か…!と気が付いた。
fine.
うーん、正直、この主人公のアレな感じは、そのモノローグが若干ズレてるとこにあることでさらに痛い。ちょっとすごい。でも「ずっと聞けなかったこと」を聞くのは後2、3回後でも良かったような。長期連載じゃないのか?

ところで、なんかもう自分の頭の途切れ具合にびっくりなんですけど「CB感」はいつからスピリッツカジュアルに移動したんでしょうか?巻末の広告見てびっくりしたよ…。

*1:ところが、パンフ2種類あったみたいで私が買ったのには載ってなかった…確認してから替えば良かったです

IMAOIMAO 2006/04/26 01:12 どもどもです。
そーんなんです。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のパンフは
どうやら二種類あるようで、映画好きの友達も言っておりました。
でも僕の買った1000円もする!?パンフは新井英樹のコメント他
クローネンバーグのインタビューも非常に興味深くて
ためになりました^^もし古本市などで見かけたらぜひ。
それにしても最近のパンフって大きさがマチマチすぎて
整理する時困りません??

ichinicsichinics 2006/04/26 02:21 IMAOさん、こんばんは。パンフ買い間違えてしまって、残念です…。でも、最近は映画公式サイトが充実していて、パンフに書いてあることが全部サイトの文と同じだったりってこともよくあるので、ちょっと高くても充実した内容のパンフを用意してくれるっていうのは魅力的だと思います。でも、1000円のがあるなら、私の買った500円の方は、なくてもよかったと思うのですけど…。
パンフの整理はほんと、困りものですよね。チラシ類と一緒にファイルしてたのですけど、それももう限界です。

2006-04-24

[] 茂木健一郎×佐藤雅彦トークショー@青山ブックセンターichinics2006-04-24

茂木健一郎さんの著書「ひらめき脳」の刊行記念トークショーだったのですが、実は私、茂木健一郎さんについて何も知りません(クオリアの人だ…というアバウトな知識)。なのでいいのかなぁ、と思いつつ、佐藤雅彦さんの話を直接聞けるチャンスだと思って行ってきました。行って良かった。とっても面白かった。

茂木さんの刊行記念なのにも関わらず、トークショーは茂木さんが佐藤さんにインタビューするような形で進行し、最後まで話題の中心は「佐藤雅彦のひらめき」にありました。

佐藤さんは、そのひらめきのことを「くらくら」と呼んでいて、「くらくら」を経たものでなければ、表現しても伝わらない、ということをおっしゃっていました。「くらくらってどんな感じですか?」という質問には「地震のようなもので、立脚するものがあやうくなる感じ」と答えていたのだけど、これは以前「佐藤雅彦研究室展」を見にいった時に書いてあった「表現を考えるときには表現から入るのではなく、その「概念」から入り、「概念」を根源まで遡って考えていくことが、本質を理解することになり、本質を含んだ表現を生む」ということと同義なんだろう。

いくつかの事例をあげた後に、茂木さんが佐藤さんを評して「クールな脳の使い方」という言葉を使っていたのだけれど(もしかして脳を使う際の温度?のことだったのか…?)、佐藤さんが説明していた「くらくらを待つ」ということは、焦点を絞り込む形で像を結ぶような、「研究室展」での言葉でいうなら「rigid」ということなんじゃないかなと私は思った。そして「言葉が面倒」と佐藤さんが言うのは、文脈で語ること(例えば世間の流行にあわせるということも含んで)が、意味限定につながり、「radical」にたどり着く際の妨げになるからなんじゃないかと思った。

最後の方に、佐藤さんが「多くの人が、世の中との関係性に自分を立脚させているが、いつかそれの意味のなさに気付くと、自分の内側にあるものが大切になる」とおっしゃっていたけど、これがまたグッときた。

例えば、佐藤さんがルービックキューブを手にして感じたひらめき(後から考えればそれは「群論」だったとのこと。うわ、天才だー、と思った。)も、内側に入って、その根源を見ようとしなければ見れないもので、その「入り方」を見つけると、しばしば「くらくら」と出会うことができるのだろうと思う。

そして、佐藤雅彦さんの話を聞いていると、その思考回路はとても数学的で、例えばピタゴラでの「つながりうた」は、口の気持ち良さからきている*1なんて話も、全てのルートを検討してみたうえで、どこかに引っかかりのようなものを見つけるからこそ、それがスイッチになるような、そんなイメージなのかも、とか思いました。

茂木さんは、初等教育の頃には「ひらめき」がたくさんある、とおっしゃってましたが、私にとって今も悔やまれるのは、算数をきちんと理解しなかったこと、というか、数字というものが「数字」という「もの」でなく事象の集合のラベルであるということを全く想像することすらなかったことだったりする。それに小学生の頃に気付けてたなら、たぶん数学て0点とかとらなかった(はずだ…)。そして、佐藤さんの「教育」というのは、話を聞いていると、きっと理解への梯子を作るということなんだなぁと思ったりしました。だから佐藤さんの話を聞いたり表現を見たりすると、たくさん「くらくら」するんだろう。

ちなみに画像は今回のトークショーのポスターだったのだけど、「アハ! 体験」というのが何なのか結局わからなかった…。「ひらめき脳」がどんな本なのかもわからなかったのだけど、それは読んだ上で参加してること前提だったからなのだろうか。

参考

こちら↓にも今日のお話と被るとこがあります。

佐藤雅彦さんと岩井俊雄さんのトークイベントのまとめ

http://www.kinokuniya.co.jp/05f/d_01/essay36/essay09_01_36.html

それから「佐藤雅彦研究室展」に行った時の感想 → http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20050830/p1

[][] ロシアン・エレジー

監督:アレクサンドル・ソクーロフ

「ファザー、サン」公開前の特集上映は行けるの全部行って見たい、と思っていたのだけどなかなか時間がとれず、今日やっとこれを見にいってきました。

この映画の感想を言葉にするのは難しい。それは、そこに描かれているのが言葉に置き換えられる何かというより、思考、というか、内側にあるもののように思われるからだ。

最初に暗闇があり「私(視点)」の死が知らされたところで画面は像を結ぶ。やがて、二次元(写真)をカメラで行き来する映像が続き、目眩のような感覚を覚えるとともに、ひたすら長く、動かない場面の切り替わりが次第に意識されなくなり、全ての情景が同一線上にあるように思えた。それは背後にずっと流れている「音」のせいでもあると思う。ここ、と、そこ、が同じ空間にある。ここでまたしても「瞬間という琥珀に閉じ込められている」*2という言葉を思い出す。

タルコフスキーの映画を思い出したりもしたけれど、私が思い出す断片たちと、画面に映っている映像との差異がわからなくなっていく頃、「私」は永遠に眠り、目が覚める何者かの存在があることを感じる。

『太陽』

そしてうれしいニュース。イッセー尾形さんが昭和天皇を演じたソクーロフ監督映画「太陽」の公開が決定したようです。(参考:http://www.be.asahi.com/20060415/W14/20060324TBEH0010A.html

『太陽』は、「お腹痛い」のid:matsukuraさんの感想(http://d.hatena.ne.jp/./matsukura/20050909#p1)を読んでから、ずーっと気になっていた映画。ソクーロフの名前を知ったのもこの記事からでした。感謝。

2006-04-23

[][] 雪沼とその周辺/堀江敏幸

雪沼とその周辺

雪沼とその周辺

雪沼という地とその周辺に住む人々を描いた連作短編集。

堀江さんの文章は、ひんやりとしていて、でもほんのり暖かい。「雪沼」という語感はその雰囲気にぴったりだと思う。

この短編集では、とくに大事件が起こるわけでもなく、風変わりな人が登場するわけでもない。それなのに本を閉じると、匂い立つような生活の感触がじんわりと広がる。それは、それぞれの短編の結びが「決着」ではなく「まとめ」でもなく、何かの延長線上に開けているから、のような気がする。こういう風に「お話」を締めくくる作家さんは実は珍しいように思う。

特に印象に残ったのはレコード店主の蓮根さんを主人公とした「レンガを積む」だった。自分もレコード店で働いていたことがあるせいか、細かな描写にいちいちうなずいてしまう。そして、お客さんを前にした仕事の幸福とは、こういうことだよなぁと、結末に描かれる安西さんの様子を読んで痛感した。

[] 白い花

雪柳が満開のレストランで、友人の結婚パーティ。十年来の友達で、彼女の結婚にまつわる物語も紆余曲折も葛藤も聞いてきたからこそ、とても感慨深い一日だった。

ずうっと、周囲の人に気を使い続けてきた彼女が、旦那さんを若干雑に(まるで自分の子供のように)扱っている様などを見て、目頭が熱くなる。そしてそんな折に予告なくマイクが回ってきて、頭はからっぽのまんま。何やらはなししたのだろうけど、もう全然覚えてない。

でも結局、言いたいことはひとつで、私の大好きなひとたちが、幸せでいてくれますようにっていう、それだけのことなんだ。

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[] それはただの気分

ずうっと沈んでいくことで、触ることのできる何かがある。そして、それが生み出すものの魅力を知ってしまうと、浮かび上がることが恐くなる。それが消えてしまいそうで。

でも「沈んでいる」ということはつまり、自分の中に重しを溜め込むということでもあり、その重しをずっと抱えているのは、案外、ではなく当然のごとく重い。そして私はばてた。

それでも、幾度かは確実に触れることができた「それ」が忘れられなくて、私はずっと、完全に浮かび上がれるわけでもなく、かといって沈む勇気もなく、ただふらふらとしていた。

でもついこの間、ふとした切欠で、そのやり方を思い出した。それは錯覚かもしれない。でも、本当にやりたいことなんてそれしかないんだから、いいじゃないかと思う。

嗜める人もいる。人は成長していかねばならない、という人もいる。誰かのために生きることを知れという人もいるし、大人になれという人もいる。

それらの言葉を前に、うん、と答えられたらと思う自分と、その言葉の意味わからないでいる相変わらずの自分がいる。

「さようなら、清らかで賢くてりっぱなみなさん」*1

ビアトリスの台詞が頭をぐるぐるしている。

kissheekisshee 2006/04/24 23:54 『雪沼とその周辺』、すばらしい作品ですよね。個人的には、今まで読んだ本のなかで十本指に入れてもいいくらいです。たしか、堀江さんは、この本で三つくらい賞をとったのではなかったかと思います。それも納得のいく作品です。なかなか一言では語りつくせない本ですが、ひとに対する、厳しい視線とやさしいまなざしの交錯が、すばらしい作品だと思います。

mikkmikk 2006/04/25 00:14 私も「雪沼とその周辺」大好きな作品です。「ひいやり」とか「ほんのり」とか「じんわり」とか、そういった言葉がよく似合いますよね。日々続く生活を「さっくり」丁寧にすくいあげただけの、でもそこに潜む「宝物」がきらりと光ってて。
>何かの延長線上に開けているから
という表現は納得です。その、感覚が好きです。

ichinicsichinics 2006/04/25 02:07
>>kissheeさん、こんばんは。堀江さんの文章は、読み終えて、なんだかとても満足してしまって、付け加える言葉を見つけなくてもいいかなぁ、と思ってしまう作品が多くて、読み終えても感想書くタイミングを逸してしまうものが多かったのですけど、こうして反応いただけると書いてよかった、なんて思います。私も堀江さんの文章、大好きです。

>>mikkさん、こんばんは。そう、その「日々続く生活」が、物語の閉じた後も続いていると感じられるところが、この作品のすてきなところのひとつ、だなと思います。いろんな感触が混じって、生活になっているということに、改めて気付かされる感じ、というか…。mikkさんの文章を読んでいるときにもよく、ほんのり、とか、日本語ならではの柔らかい言葉を思い浮かべたりします。

2006-04-22

[][] fishmans植田正治

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「THE LONG SEASON REVUE」を切欠に、久々ながらfishmansのPVを見返していたら「SEASON」に、ちょっとびっくりした。

間に挟まれる、ほんのり赤みのあるモノクロの場面の数々が、植田正治さんの写真の雰囲気にすごくよく似ているのだ。

植田さんの写真を知るより前に、このPVを見たことがあったはずだから、もしかしたら、私が植田さんの写真を見ていっぺんに好きになってしまったのは、このPVでの記憶が、少しだけ重なったからなのかもしれない、なんて思う。

上の画像は「童暦」のもの。写真集を写真にとったやつだから不鮮明だけど、植田さんの写真についてはコチラ(http://www.japro.com/ueda/set/02.html)でも少し見れます。

[] あなたは何も分かっていない

今日の妄想はブクマで知ったこの記事から。

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる:「女の言う「あなたは何も分かっていない」の正体」

http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/04/post_9e11.html

私は言ったことないうえに、「人それぞれ論者」(たぶん)なので、どうかなー? と思う部分はあるものの、要は「ポールポジション奪い合い(先に被害者になったもの勝ち)」なのかしらとか思ったりします。まあそこはおいておいて、後半に「あなたは何も分かっていない」への解法というのがあって、面白そうなのでいろいろシミュレーション(妄想)した。

こんな奴はいない、ってのは自分でもわかってますが、ときメモ脳ということで。

1:認める

「あなたは何も分かってない!」

「そうだね。確かに何も分かっていない。でも知りたいって思ってるんだ。だから教えてくれないか?」

「さんざん説明してるのに、わかんないなら無理よ!」

「でも好きなんだ!」

2:話を飛躍させる

「あなたは何も分かってない!」

「確かにそうかもしれない。でも、この世界に答えなんて本当にあるんだろうか?」

「そんなのわかんないわよ!」or「当たり前でしょ!」

「じゃあ(自分の考えと)一緒だ」

3:問い返す

「あなたは何も分かってない!」

「確かにそうかもしれない。でも、君には分かっているの?」

→分岐A

「何が?」

「その何が、を分かっているのかって言ってるんだよ」

→分岐B

「当たり前じゃない!」

「じゃあ、それを教えてくれよ」

→分岐C

「何をよ?」

「俺の考えてること」

なんか気持ち悪い文になってしまいましたが、でも、ちょっぴり「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」さんの記事のまとめ結論「you vs meではなく、problem vs us(you and me)に持って行く」に近いものがあるんじゃないでしょうか(だめ?)。でも、「理屈っぽい人嫌い」って意見はよく目にするので言い方次第で逆効果になるとは思うけど。

でもなんというか、大事なのは最初に「そうかもしれない」と言う(嫌ないい方すれば負けてあげる)ことじゃないかなと思う。怒ってる人に対して怒り返すのは一番混乱するというか、バッドエンドに行きやすいような。それから、彼女が別れたい時にこの発言があったとして「じゃあ別れようか」なんて言ったら、それこそマウントポジションとられて「あなたの気持ちはそのくらいだったのね!じゃあ別れる!」といわれるような気が…しないでもない。これは男女逆でも同じことだと思いますけど。

コミュニケーション云々の話って考えるの楽しいけど、結論はでないよなぁーと思います。私が実際そんなこと(「お前は何も分かってない」とかって)言われたら、普通に「うん」でおしまいかもしれない。

kokezaru753kokezaru753 2006/05/17 02:35 「妄想話」哲学の現実版みたいで面白いです。
ひとまずはアート情報ありがとうございました。
文化庁メディア芸術祭サイトご紹介助かりました。
感触の共有!!という考えと新幹線からの景色の発想とその見栄え(?)が楽しかったです。
現物は相当面白そうですね。来年(あるのかな?)これはいってみたものだと(珍しく)思いました。

2006-04-21

[] ZAZEN BOYS@SHIBUYA AX

約一か月ぶりのMATSURI SESSIONに行って参りました。

思えば今年に入って既に四回目、アコエレ入れると五回目の向井詣りです。それでも毎回新しい発見というか「体験」をさせてくれる向井秀徳およびZAZEN BOYSが私は心底大好き、と心底思えることに驚かされるし、それはもう、何かちょっと奇跡的なことだと思うわけです。何度もライブで見て音源も繰り返し聞いていて、少し先の展開を耳で追っているのにもかかわらず、それはしばしば裏切られ、確実に気持ちいい場所にストライクで音がくる。その新鮮さがたまらない。

さて、マツリセッションはそれこそ津々浦々、ほとんど切れ目なく常日頃行われているわけですが、ひと月のブランクを経て見ると、見れていないいくつかのライブの間に積み重なった変化のようなものが、わりとクリアに見えるものだなと思いました。

OPはヤンキーのみ登場して「Crazy Days Crazy Feeling」。これがこのミディアムテンポなアレンジになったのは昨年末あたりからのような気がするけど(私が最初にこのアレンジを聞いたのは昨年末のAX)、今回のAXでのライブは基本的にこのテンションというか、走り過ぎない、若干押さえ気味の切れ味で統一されていたような気がします。いや、もちろん解放するときには解放するし、向井さんも登場してすぐ壇上にあがってぴょん吉みたいなあれで、テンション高かった。でも、全体的にはいつもより少し重めテンポだったような気がする。踊りやすい。もちろん、それは小さい箱と大きい箱では少しアプローチを変えてるからなんだろうなと思うし、そういう意味で向井さんの空間把握能力と言うか、そういうものを感じられたライブでもありました。

FACTORYの時に見た「COLD BEAT」の新しい展開(聴こえる、から、感じるへ、だったかな)は今回もあったけど、また少し新しくなっていた。そして今回のセットリスト中央に据えられてたのは「開戦前夜」で、これにはだいたい長大なインプロが挿入されるのだけど、今回の展開はかなり冴えてて、特にそれぞれのソロがビシッっときてた。途中、向井さんの弦が切れたかなにか(今日はよく弦がきれた)アクシデントもありつつ、キーボードで乗り切って最後までものすごい熱量だったな。あれだ、一つの音が前に出てそれに目を奪われていても、すぐ後ろに新しい展開が待ち構えていて、いきなり視界を奪う。その繰り返しに翻弄されるのがまた気持ちいい。全てのパートがうねっていて、例えば松下さんのドラムは、ドラムにメロディがないなんて嘘だねとか思うくらい、体のあちこちがそのメロディに釣られてしまう。

客が息切れする頃になって「私の年齢が上がるとともにお客さんの年齢もあがっていくのを肌で感じております」とか言って、なのに「RIFF MAN」てのがまた効いてる。「半透明少女関係」ではもうほとんどのお客さんが限界を振り切ってたと思いますが、とにかく楽しすぎた。お祭り騒ぎです。

アンコールでは登場してすぐに向井さんが80年代ヒットソングのあれ…何だっけな。絶対聞いたことあるんだけどわかんない何か(わかったら追記する)をやりはじめてセッションがバシっと決まりかけて、そこから「Good Taste」。そして「KIMOCHI」。

あーもうザゼンのことだったら何文字でもかけそうな気がするけど、もうまとまりがなくなってきたのでこの辺にしとく。次は6月のZEPP。もう待ち遠しい。

[][] アンテナとかテレビとか

昨日くらいからアンテナがおかしい気がする。はてな内だけでも、更新がちゃんと反映されるとことされないとこがあるし、今日になってなおった、と思ったけど何かやっぱ変な気がするよ。むー。こういうことがあると自分がどんなにアンテナにたよりきった生活をしてたかを思い知らされたり…とかいって(いやほんとか)。

そんで今日はライブ行ってきました。相変わらずながい感想書いたけども、これだけ頻繁にライブ行ってると、ザゼン用ボキャブラリーが底を尽くんじゃないかって思うんですけど、たぶん同じこと何回も書いてるってのが正解なんだろな。

そんで、ちょっと飲んでから帰宅して、晩ご飯食べながら獣王星とホリックを見てみた。でもまあ、これは続けてみなくてもいいかな、と思った。初回逃したからすでに話についてけないし。あーでも獣王星での小栗さんの声はやたらに良いと思いました。こんな声だったのね。しかしなんで軒並みアニメ枠が早まっているのだろ。嬉しいけど。だったら蟲師とかももっと早い持間にやってくれたらよかったのに…とか過ぎたことを悔やんでいる。

ところで、獣王星のちょっと前にやってた番組で、あの「執事喫茶」が紹介されていたのだけど、ベル鳴らして執事さんを読んでおしゃべりしてもらうって時点で無理と思いました。だって用もないのにベル鳴らさなきゃいけないわけで…おしゃべりしたいからベルを鳴らすって…ハードルが高すぎる(って?)。

[] きりのなかのはりねずみぬいぐるみ

きりのなかのはりねずみぬいぐるみ(はりねずみ)

きりのなかのはりねずみぬいぐるみ(はりねずみ)

きりのなかのはりねずみ ぬいぐるみ(こぐま)

ああーなんてかわいいんでしょうか。この目!

ユーリー・ノルシュテイン「霧の中のはりねずみ」に出てくるはりねずみです。このアニメのぬいぐるみが出てたなんて知らなかったよ。

こぐまくんの方が新発売であちこちのサイトで紹介されているのを見て知ったのですけど、思わず反射的にアマゾンカートに入れてしまいました。うわー。かわいい…。購入者の人の紹介を見ると、さわり心地もよいみたいで、これはもう、買うか。

2006-04-20

[][] フラワー・オブ・ライフ 3巻/よしながふみ

フラワー・オブ・ライフ (3) (ウィングス・コミックス)

フラワー・オブ・ライフ (3) (ウィングス・コミックス)

この巻も楽しくて、ちょっと幸せな気分になった。

この巻はなんといってもシゲ先生だ。シゲの乙女心を縦糸に、生徒たちの物語が一話づつ進行していって三巻だけどこの巻だけでなんだかやたらまとまっている。そういえば一巻も二巻もそんなふうにしてきれいに色が出ていたし、そういう風に構成してるんだろうなぁ、と思って、いまさらながらに「よしながふみ」という漫画家のそこしれなさを思った……なんて。それでなくても面白いのにな。

#10武田さん(同人誌描きの女の子。眼鏡で美人)の洋服への興味のなさ及び漫画の話になったときのテンションのあがり具合と画材屋でのさらなる興奮状態が、なんかいいわぁ…。p24の武田さんがかわいすぎる。

#12の花園妄想(土手で殴り合って分かち合うやつ)は私も憧れる。でもそれ以上に真島に振り回されるシゲのあれがツボだった。でも真島がおだゆうじはないだろうとおもった。そしてツンデレはこんなふうに通用することがあるのだろうか…とか思った。ないだろな。ここは相手が真島だからだ。

[] 嘘日記

材料は今日出勤時に落ちてたこれ↓

f:id:ichinics:20060420021200j:image:w150

ワラタ2ッキ「最高だぜ!南武線」

及び

http://www.brave.com/bo/lyrics/somerain.htm

 ◆

寝ぼけた顔のまま、家をでると外は気持ちの良い天気だった。空気がゆらゆらとして、鼻先をくすぐるみたいな感じ。もう昼に近く、アスファルトの上に濃い影が寝そべっている。まだ眠い。あったかな電信柱に両手をつき、じゅうたんの上に爪を立てる猫を思い浮かべながら伸びをして、そうだもうどこかへ行ってしまおうと気付く。それはほんとに気付きだった。そうか、なんでこんなことに気付かなかったんだって、頭の中でチーンと音がするくらいの気付きで、私はそうだそうだそうだ、と同意する。足下に転がっている恐竜のソフビ人形も同意する。いこういこういこう。

普段乗らない電車に乗ろうと思って南武線に乗る。昼間の南武線。川崎で行き止まるのと立川とだったらどっちが良いだろうと考えて海側を選ぶ。もうすぐ昼食どきだというのに、電車内にはサラリーマンや学生と思しき乗客があちこちでまどろんでいて、毎日、私が伝票を捲り電話をかけお茶をいれてキーボードを打つ間にも、どこかにこんな平和があったのだということにまたしても気付く。が、その気付いたときにふいに車内の空気が毛羽立ち、窓の外を見ると恐竜が走っていた。ぶわーん。遅れてアナウンスが流れていることに気付く。「只今、この電車のすぐ横を、恐竜が並走しております」それは先ほどのソフビ人形だった。いこういこういこう、というその声が聞こえたと思ったとき、もうすでに私はその背中にいた。

両腕で抱きかかえるようにして掴まったその長いとさかを参考にして、パラサウロロフスという名を手繰り寄せると、そのとさかが管楽器のような低い音を鳴らす。ぶわーん、大正解。並走していた南武線を振り返ると、車内で居眠りしているサラリーマンのネクタイの赤が視界の端ににじむようにしてぐいっとのび、私はパラサウロロフスの背中から地上の多摩川を見下ろしていた。あっちからこっち、全部見えるけどその先が見えない。

パラサウロロフスは、ひな鳥のようにせわしなく口を開け、ぱくぱくと雲を飲み込んでいく。ぐんぐん空にのぼっていく。ほっぺたが溶けてしまいそうなくらいのスピードに、私は思わず目を閉じて、そのざらざらした背中に顔を押し付ける。不意に私の両腕からとさかが消え、落ちる、と思った瞬間に脇腹をかすめるようにしてバサリと翼が生え、またぐん、と空に舞い上がった。

風に緑のツンとするにおいが混じり、頭の上をちくちくと針葉樹がなぜていることに気付くと、私はどこかの森にいて、まき割りをしているおじいさんに出会う。会話をする。家に招かれる。おじいさんはおばあさんと暮らしていて、私はそこの家に住むようになる。新しい名前をもらう。力仕事で重宝され、温かいスープと寝心地の良いベッドを手に入れる。しかしいつしか私は気付いてしまう。するとパラサウロロフスがやってきて、いこういこういこうと誘うのでまた飛ぶ。あるとき、私はある学校の生徒で、またあるとき私はインガルス家の一員で、どこかの国の王様で、リストラされたり、野球チームに入ったり、無人島で暮らしたり、する。そのようにして、またあるとき私は南武線の車内にいて、何もない窓の外をぼんやりと眺めている。

いつだって私が気付くときには、パラサウロロフスがいる。そして、いつだって気付けるのなら、もうちょっとここにいてもいいかなと、思う。

車内にアナウンスが流れる。「皆様右側をご覧ください、虹が出ております」私が振り向くのと同時に、赤いネクタイのサラリーマンも窓の外を見て、うううん、と伸びをした。

[] ほんと日記

酔っぱらっているけど頭はたぶん大丈夫。

今日はながーーーーい会議があってめちゃめちゃつかれた。でもいろいろ片付いて仕事終わってちょこっとだけ飲みに行って、デザートも食べて、そんなことしてたら、キセルの出る番組見逃した。

明日は久々に午後休とってライブに行く。週末は小旅行。来週末は旅行。

わくわくすることばっかりで、会議の内容とかもう忘れちゃったなぁ。

2006-04-19

[][] 夢みる宝石/シオドア・スタージョン

スタージョンは読むたびにべた褒めしてる気がしますが、これもまた。すごく面白かった。まだ数冊しか読んでいないのに、これまで読んできたもの全てで、既にスタージョンは私にとって特別な作家になってしまった。

夢みる宝石 (ハヤカワ文庫SF)

夢みる宝石 (ハヤカワ文庫SF)

この「夢みる宝石」は久々に、それこそ寸暇を惜しんで読んだ作品だったのだけど、それでいて、物語の内容はといえば、人に説明しても首を傾げられてしまうだろう、不思議なものだった。でも読んでいるあいだは、すっかり理解している気分でいる。解説には「難解」と書かれていたけれど、これまで読んだスタージョン作品の中では一番読みやすいと思った。ファンタジーでもあり、SFでもあり、でもスタージョンの物語としかいえない手触りがある。それがとても心地よい。

「寸暇を惜しんで読んだ」と書いたけれど、その読み方は、例えば面白い推理小説を読む時のそれで、たぶんスタージョンの「仕掛け」に乗せられたからなのだと思う。そこにはずっと、隠された「何か」があって、それを知りたいという気持ちに動かされてページを捲る。それは一番最後まで読んでしまってから、もう一度読み返すことで、知ることができるかもしれない。だからここにあらすじを書くのはやめておく。

でも、ここにある最大の謎、つまり「水晶の見る夢」のこと、そしてその「夢」から生み出されたものについては、読者自身が想像することでしか、物語は動き出さないだろう。物語の最後に、主人公のホーティが自分の行動を選ぶときのように。

だから、この小説は、読む人によってその魅力がまったく異なるだろうなとも思う。

そこには人間性が暗示されていた。それとともに、すばらしい倫理である「生存」の基本原理が浮かびあがってきた。”至上命令は種族という観点であり、そのつぎに重要なのは集団の生存、最後が個体の生存である”、あらゆる善と悪、あらゆる道徳、あらゆる進歩はこの基本的な命令の序列によって左右される。p282

この箇所を額面どおりに読むと、物語の流れから離れてしまうように感じたのだけど、スタージョンのこれまで読んだ作品を思い返してみると、彼にとっての「種族」はカテゴリーなんじゃないかと思える。そして「集団」とは『人間以上』でも描かれていたけれど「理解しあえる個体同士」のことだと思う。そして個体。スタージョンの視線は、いつもその個体の抱える欠落に向けられている。

しかし、この物語の中心となる個体「ホーティ」は、その欠落を(ある意味で)思わないという点で健全であり、わくわくするような魅力を持っている。そして彼を描くスタージョンの「巧みさ」については、ちょっとぞっとするくらい、すばらしいと思う。

[][] WEEKEND BLUES

監督:内田けんじ

WEEKEND BLUES [DVD]

WEEKEND BLUES [DVD]

内田けんじ監督の「運命じゃない人」(id:ichinics:20050802:p1)は、個人的2005年ベストに選んだくらい気に入った映画だったのですけど、この「ウィークエンド・ブルース」はその前身となるPFFアワード入選作品。監督のインタビューに「地元の友人たちと作った」という話があったけれど、たぶん役者さんも素人中心(監督も出演してるし)だし、マイクはあんまり音拾ってないしで、少々見づらいところもあるのだけど、そこを脚本の上手さで乗り切って余りあるところは「運命じゃない人」にも繋がっている。カメラもたぶんプロの人ではないんだろうけど、構図もいいし編集もテンポあっていいなと思いました。役者さんもだんだんうまくなっていく感じがした。ただ惜しいのはやっぱりマイクで、台詞が聞き取りづらいとこが多かったのが残念。

そして脚本。「運命じゃない人」も拍手ものだったけどこの「ウィークエンド・ブルース」もやはりすごかったです。前半ちょっと緩い気もするけど、伏線を絡み合わせて全て映画という枠の中で処理仕切る才能はすごいと思う。そして若干後味が悪くなりそうだったエピソード(あゆみの元彼)についても、ちゃんと視聴者の共感に結び付けるとこがいい。誰も不幸にはならない。

「誰にも必要とされてないんだー」という絶望から、生きる活力をつかむに至る、という展開や、女がとことんしたたかであるところは、「運命じゃない人」にも通じるとこがある。のでたぶんこの作品をブラッシュアップさせたものが「運命じゃない人」だったのかなとも思いますが、ともかく見ていて楽しい気分になる映画です。

監督が、この次にどんな作品を撮るのかとても楽しみです。

[] ホスト部とハルヒ

共通点はといえばどちらも主人公の名前がハルヒということですね、ってそんなことはどうでもいいんですけど、今期はアニメが見やすい時間帯多くて嬉しいです。

涼宮ハルヒの憂鬱」は二回目から見始めたのですが、女の子がみんなかわいくて楽しい。主人公の語りが多いのでちょっと「立喰師列伝」思い出します。評判どおりEDが最高なのですけど、OPもすきです。今回見て「ハイペリオン」は必須らしいと思ったので読もう。

それから「桜蘭高校ホスト部」は、とにかく面白い。ベタな展開が楽しい。きちんと笑わせてくれる展開がこれでもかとくり出されるのがいいな。妹に漫画揃えてもらおうと思う。今日は花見と身体測定の話。

IMAOIMAO 2006/04/21 01:41 御陰さまで、やっと内田けんじの作品を観れました。
確かにこの脚本の構成力には脱帽です^^
『運命じゃない人』もまだ未見なので楽しみであります。

ichinicsichinics 2006/04/21 02:55 IMAOさんこんばんは。この監督の脚本は、ほんとすごい構成力ですよね。『運命じゃない人』のパンフレットに、パズルみたいにしてつくる、というようなエピソードが書いてあって、面白いなぁと思いました。『運命じゃない人』もぜひ。

2006-04-18

[] 「REPEATER+3」「Instrument」/FUGAZI

Instrument - O.S.T.

Instrument - O.S.T.

この前の「Faraquet」再聴を切欠に、まずはFUGAZIをちゃんと聴くべきだと思うに至って集めはじめているのですが、これがもう、びっくりするくらい格好良いんだ。FUGAZIを初めて聴いたのは確か「Instrument」というFUGAZIのドキュメンタリー映画を貸してもらって見た時だった。それで、すごい格好良い、と思って買った、その映画のサントラでもある同名のインスト集「Instrument」は、長らく愛聴している。特に唯一のボーカル入りトラック「I'm so tired」は、個人的ベストトラックのかなり上位に入り続けています。

でも、第一印象がインストばかりだったせいか、「REPEATER+3」とかは買ってすぐ聴いて、なんとなくしっくりこないまんまで放置していた。

Repeater & 3 Songs

Repeater & 3 Songs

そこに昨年のザゼンブームです。もう最近は全てがザゼンに繋がってしまうけど、それは似ているとかそういうことでなく、ただ私の耳の中の、ある回路をザゼンが開いたような気がしているということだ。

そんで改めて「REPEATER+3」を聴いてみたら、これがまたえらい格好良い。「REPEATER+3」は、FUGAZIの3rdアルバム(1989年リリース)のリマスター盤。シングルでリリースされた「3songs」も同時収録されてます。

荒削りな印象もあるけれど、ハードコアというジャンルにカテゴライズされるのではなく、ストイックな統制のもとに、全てのパートが楽器と一体になって絡み合ってコアな音楽になる感じ。こういう音を聴くと、言葉って追い付かないなぁと思う。このアルバムでは「Brendan #1」からの流れが気に入ってます…ってまたインストだけど。あと「Sieve-Fisted Find」あたり。

ともかく暫くディスコード漁りにいそしむつもり。ライブもみてみたい…。でも、その前にまずボーカルの声を聞き分けられるようになりたいので、あのドキュメンタリーDVDも買わなきゃなと思います。

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/20号

グラビア
かわいい。グラビアでアングルが被ってない(一定の方向からでない)の珍しいなと思った。
SKIN
原作/林宏司、作画/中井邦彦による新連載。原作の方は「医龍」の脚本家の方のようです。整形漫画で「21世紀、幸せになるために必要なのは「外見」だと思いませんか?「たて前」をクラッシュし「本音」にメスを入れる禁断の新連載」とのこと。そうか。この場合のたて前って女側なのかな男側なのかなぁ? ところで主人公の女の子と整形外科医の二人の間にやけに身長差があるのが気になる。
出るトコ出ましょ
「大人気につき女子高生増量中」という扉の文句にうけた。
バンビ〜ノ!
野上さんの来店日に向け一人特訓に励む伴の巻。展開がすてき。いいねぇこういうの。
日本沈没
脱出時の小野寺の脳内映像がかっこいい。IQっぽい。ああーでも原作読むべきなんだろうなぁとか思いつつ漫画読んでしまってるなぁ。
fine.
サイトウ(元彼女)いい奴じゃん、とおもいきや、やっぱこわかった。でも最後のひとコマでみんな白目になるのはガラスの仮面すぎると思った。りおの場合は、赤面→白目っていうそのステップはなんなんだと思う。
闇金ウシジマくん
瑞希がすごい。桐野夏生の小説(「グロテスク」かな)っぽいなとちょっと思った。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
社長は神保さんですか…? もう何度も書き過ぎてしつこいけれども、ボクシング少女はいつになったら出てくるんでしょうか…。

[] 褒めたい不思議

最近、なんか無性に褒めたい、と思う人がいて、ふと思い出したのがzoot32さんのこの記事だった。

わたしがいつも、おもしろいなあとおもうのは、女性というのは、女性同士、顔をあわせると、とにかくおたがいをほめあってよろこんでいるということだ。

http://d.hatena.ne.jp/./zoot32/20051216#p1

うん。まあ確かにその傾向はあるかもしれない。個人的にはすぐ照れてしまって褒めるのも褒められるのもへただったりするのだけど、褒めたい気持ちはかなりある。自分だって褒められたらそりゃ嬉しい。だから、ひとの褒めポイント見つけたら素直に褒めたいなぁとか思うんですが、男性にはそういうのないのかなぁ?

ところで「褒めたいきもち」があっても躊躇うのが、相手が異性の場合で、なんで躊躇うかといえば、それを恋愛的な媚びととられたくないっていうとこなんだろうなと思う。

褒めて素直に「そう?」と言ってくれるタイプならいいのだけど、ちょっと黙られたりするとどうしていいかわかんない。さらに好きな相手だったりしたら「警戒された…」とか思って余計にガックリくるので、褒められないストレスが溜まっていく。それでも勇気だして好きな相手を褒めた時に素直に喜ばれて終了でもむなしいような。ってじゃあ何を求めてるんだかわかんないですけど、好きな相手じゃなくても、気心知れてない異性を褒める際には、なんか躊躇うことが多い。

そんな感じだから、とりあえず何も言わず、まあ褒めてると気付かれないくらいの褒めを小出しにするか、もしくはなんだか喧嘩売ってるみたいな褒め方をしてしまったり、する。もしくは、前述の記事で挙げられてる外見的な部分については、まあ褒めハードルは低い(褒めやすい)ので、外見とか褒めてストレス発散てのも、ある。

でもさぁーちょういい人だ!と思ったら「いい人ですね!」っていいたいなぁ。でも、こんな調子で日々褒めたい欲を押さえつけてると、なんだかどんどん屈折していくよなぁとか思った。

これがネットだとかなり褒めやすいんだけど、その勢いでリアルの知人にメールとか書くと過剰な褒めになってしまう気もするし。こういうの自意識過剰(もしくは考えすぎ)っていうのかなー。

2006-04-17

[] キセル「続・すきまミュージック 番外編」 @代官山UNIT

久々のキセルワンマンライブに行ってきました。DVD発売記念&新曲発表という名目だったようですが、その告知もアンコールになってからという、いつもどおりのんびりな雰囲気でした。

ただ、演奏は久々のワンマンということで新しいアレンジもちらほらあり、ちょっと緊張感のある、ぱりっとしたものだった気がします。この前見たワンマンは、そのDVD収録のもので(id:ichinics:20051107:p1)それこそ番外編だったのですが、今回はエマーソン北村さんとムースヒルからのドラムさんとVJさんとのフルコースライブで、全体的に録音に近い演奏になっていました。こういうライブを見るのは「窓に地球」の発売記念ライブ以来かもしれない。

ふたりきりのときの、まったりしたライブも好きなのだけど、最新アルバムの「旅」に収録されている曲は編成の都合なのかライブで聞く機会があまりなかった。でも、今日は初めてライブでみれたものがたくさんあって(「タワー」や「夏が来る」など)、そういう意味でもうれしいライブでした。

新曲は4曲(だったかな?)キセルのブログで製作過程の話を読んでいた「卒業」も聞くことができました。これは兄さんのほうの小学校時代の先生の依頼で、卒業生と一緒に曲づくりをするという企画もの。キセルの雰囲気なんだけど、校庭の砂のにおいを思い出すような、ちょっと鼻がつんとするような、いい曲でした。

でも! 今日は何と言っても、とうとう「夜間飛行」をライブで聴くことができたのが嬉しかったなぁ。

前にも書いたことがあるけど(id:ichinics:20050308:p3)、私がキセルと出会ったのは森本晃司さんの「夜間飛行」のクリップが切っ掛けで、だからいつかライブでこれを聴くっていうのが念願だったのです。でも、あんまりライブでやらない曲らしくて、今日もUNITに向かう道すがら「夜間飛行やるかなー」「やらないんじゃない?」みたいな話をしていたのです。だからこそ、イントロ特徴的なベースが聞こえてきたときにはちょっとぞくぞくした。あの、和製SFな雰囲気が、当初ど真ん中にグッときたんです。今はもうキセルの雰囲気自体が好きだけど、あのちょっと不思議な世界観は、やっぱり今もキセルの魅力の一つだと思う。

あとはDVD収録ライブで見た「夏休み」を今日もやってくれたのだけど、これもやはり良い曲だった。

[][] パンチドランクラブ

監督:ポール・トーマス・アンダーソン

ちょっと元気になりたくて借りてきた。

パンチドランクラブというのは「強烈な一目惚れ」という意味(ってことは映画を見た後に知ったのですけど、これは最初に知っててみる方がいいかなと思います)で、この映画はとにかく、その一目惚れの衝動で走る映画。

すっぽん(だっけ?)販売会社で働くバリーは、普段はまじめなのだけど、ストレスが溜まると、つい暴れてしまう。それはもしかしたら、七人の姉の過干渉にさらされて育ったことが原因なのかもしれないけど、彼自身、自分を持て余していたりする。

そんな彼の毎日を変える「一目惚れ」は事故のように起こります(というか事故です)。この恋のてん末が、いかにもPTA節で、「マグノリア」でのクローディアとジムの延長線上にあるような気がします。初キスシーンの描き方とかね。(あ、あと花沢健吾ルサンチマン」とも物語に互換性があるような気がする)

とにかく、その独特な描き方がまた楽しくて、どんなに格好悪いことだろうが、必死になるっていうのはいいなぁ、とか思える映画な気がします。

悪党にだまされて殴られて、泣きながら走って帰って、でも恋がうまくいくと百人力になってしまうとことか、こういう言葉を使っていいのか微妙だけど、やっぱりかわいい、とか思ってしまう。全肯定したい。

[] 春

ichinics2006-04-17

友達から電話。今月末にいく旅行の予定などを話していたら、なんだかわくわくしはじめる。ちょっと前(ほんの数日前)までガス欠、とか言っていたくせに、あっという間に走り出せそうな感じ。なんて、そんなあれでもないけれど、のんびりやればいいじゃない自分、と思う。不安ばかり見ていてもかわらないし、すぐにどけられる不安じゃないなら、回り道探すか乗り換えるか行き止まって考えてもいい。なーんて。

そんなこと考えていたせいか、今日は夢で「未来について書いてある本」を読もうとしていた。でも焦点があわなくて読めないの。ちなみに表紙はハリーポッター(読んだことないけど)で、闘技場に向かう寸前でした。生きるか死ぬか、とかなのにわりと呑気だった。私は少年(たぶんハリーだ)で、プテラノドンとタッグ(タッグって?)を組んでいた。とか、こういう話をすると怒る人がたまにいるのはなぜなんだろう。

でもそんなこともどうでもよくて、PTA効果なのか、いろいろ自意識的なものを突破して走りたい気持ちがもやもやしていて、春だなぁ、と思う。

2006-04-16

[] 日記を書くこと

ブログとそれをとりまくいろいろについての話題は、あちこちのブログでよく見かける話題のひとつで、私もはてなブックマークとかで見つけたりすると興味深く読んだりする。でも、個人的には意識して考えたことがほとんどない話題だった。

それはたぶん、私がブログを書いてるつもりがあんまりないからなんだろうなと思う。

だけど、先日コメント欄でふと「モチベーション」という言葉を使って、なんで私はこの日記書いてるのかなぁ、とか考えはじめたら、それはやっぱり、いままでさんざん考えたことのある話だった。

「(略)思考には形がない。暗号のようなもの……形も実体も方向もない衝動だ――それを自分以外のだれかに伝えるまではな。だれかに伝えたとたんに、それはテーブルの上において調べることのできる思想となる。つまりだれかに話までは自分がなにを考えているかわからない。わたしがおまえに話すのはそのためなのだ。(略)」

シオドア・スタージョン『夢見る宝石』p96

あーまたその話ですか、と言われそうだけど、つまりそういうことなのだ。ここで言われている「おまえ」が私にとって今はこの日記であるということなんだと思う。この台詞を発している人物と受け手の関係性はちょっと特殊なので*1、ありうる、と思えるけれど、私の場合これは口にだす会話とは代替できない。

そして「あーまたその話ですか」と私は書くけれど、「また」と言うのは、日記の読者である私の反応だ。私の書く日記は、基本的には、私の「私」への言葉からはじまっている。まあ日記ってそういうものかもしれない。で、じつは、私は自分の文章を読み返すのがわりと好きだったりするんですけど(気持ち悪い?)、時間から切り離されてエントリ単位になった言葉を見ると、新しい発見もあったりして、それがとにかく楽しい。

例えば、毎日の思考の流れっていうのは、本や映画や、そういったものから受ける影響と切り離せないので、ここには全部がごっちゃになってあるまんまになっているんだけど、その影響に、後から気付くってことが、結構多い。散らかってるなぁとは思うのですけど。

モチベーション

でも。じゃあそもそも、なぜ書きたいことが「ある」のか、そしてそれを公開するのか、といえば、やっぱりそれが誰かに届くかどうか、ためしてみたい気持ちがあるからだとも思う。それを意図してない、自分の思考の整理としての文章もあるけど、この暗号のような衝動が、誰かに解読されればいいなぁ、と思ってるものの方が、多い。その範囲は広くなくていい。1人でもいい。でも、そのだれかがその解読されうる私のエントリを目にしたときに、ほかの有象無象の文章たちも、それがどういう場所で書かれたものかという、背景になればいいなぁ、とか思ったりしてます。

それは、私が誰かの特定のエントリに対して文章を書く時にとくに考えることで、つまり私もそういったもの、例えばエントリとエントリの間を繋ぐ言葉になっていない何か、とかを想像しながら、誰かの文章を読むのが好きだから、背景を残しておきたくなるんだと思う。

そして、それが正確な理解に結びつかなくても、解読されたかも/解読したかも、ということを、ただ感じられる瞬間てのが、やっぱり一番うれしい。ただし、その瞬間てのは「ある」と信じているので、それが全然なくてもモチベーションが損なわれるっていうことは、ないように思う。とりあえず、今のところは。

反省

でもやっぱり、私の文章にはわりと自己完結してる部分があるなってのも自分で感じてて、そこがなんか閉じた感じ/もしくは自意識なのかなぁ、とかも思う。だからどうする、といっても具体的な策はないのだけど、なんて、なんかまたまとまらないことを書いてしまった。

続きはまた考える。

[] 「steal this album」/System of a down

Steal This Album

Steal This Album

大ヒットした「toxicity」のアウトテイク集、だと思っていたのですが、実際聞いてみると、バラエティに富んだ楽曲を楽しめるシングル集のような印象。

実は「toxicity」の頃、S.O.A.Dは正直苦手かも、と思っていたのですが、なんかもう最近はヘヴィなのに興味を持ちはじめたのと、というかもともとZEPファンだしなってのと、この前レイジのライブビデオを中古で買って見てたら、こういう音を聞きたいなぁーと久々に思って、今日ユニオンで中古でこれ見つけて買ったんですけど、うーん格好良いです。

やっぱり変拍子が大好物なので、リズム隊に耳がいってしまうのですが、S.O.A.Dの核はやはり、歌唱法の引き出しの多いボーカルかなと感じます。

ただ、コーラスがちょっと多い気もする。でもこれは、メタル方面からのリスナーには馴染むのかもしれないし、ファンの核はヘヴィ寄りなんだろうからそれでいいのだとは思うけど、個人的には。#6「A.D.D」のようなボーカルのタイトさと割れの対比がクリアに聴こえる楽曲に惹かれる。#10「Pictures」のドラムロールもよくて、そこから#11へのつながりなんかも、アルバムとしてちゃんと構成されてるなぁと思います。

そのうち去年出たアルバムとかも聞いてみようかな。

ライブとか見てみたいけど、怪我しそうだなぁ。

*1:それについては「夢見る宝石」の感想を書くときにする/[追記]と思ったけどネタバレになるのでやめときました

2006-04-15

[] 日付けの境目を見逃した

近頃へこんでる、だれか飲もうよー、と駄々をこねたら友達夫妻が付き合ってくれて、昨夜は沖縄料理屋へ。一時間くらいで愚痴も吐ききってわりとすっきりして、旦那さんが到着した頃にはいつものオタ会話になっていて、きもちわるい連呼しつつも存分に楽しい時間を過ごさせていただきました。ええ。私としてはまだ話したりないくらいだったのだけど、なんか言わなくてもいいことたくさん言ってしまった気もするので良かったのかもしれない。とりあえず旦那さんに「不思議少女好き」のレッテルを貼りかけてしまったことはお詫びしておかなくてはと思った。

その後はカラオケにも行って大層楽しかったのだけど、いつの間にか寝落ちしていた。申し訳ないです。そんで気付いたら電車乗ってて、気付いたら乗り過ごしてて、気付いたらまた乗り過ごしてて、一時間で帰れるはずの道のりを3時間くらいかけて帰宅。

帰宅したら目がさえて漫画とか読んでたらまた寝てしまい、あせって支度して町田へ。

町田に行くのは数年ぶり。海外で働いてた友達(また夫妻だ)が帰国したので周辺の友達あわせて5人でご飯。「LUCE」*1というお店に行ったのだけど、びっくりするくらい美味しかった。特に半熟卵のピザ。私はあんまりピザ好きじゃないのだけど、ここの生地は、香ばしさともちっり感が絶妙で、生地だけでももっと食べたい、と思うくらいのうまさでした。甘みのあるナンのような感じかな。パスタもデザートもスープも、ぜーんぶ美味しかった。しかも安いし、お店の人は感じ良いし、町田はちょっと遠いけど、この店には絶対また来ようと思いました。

久々に会った友人との話も楽しくて、なんだかすっかり元気になった。ユニオンでCDも買った。充実した週末でしたが、いったい何日過ぎたのか一瞬わからなくなりました。

[][] FEEL YOUNG 5月号

ピースオブケイク/ジョージ朝倉
ジョージ朝倉さんの漫画はこれまでそんなにグッとくることがなかったのだけど、これはやっぱり面白いや、というのは前も書いたかもしれないけど、この「凡庸さ」への愛着はどのように変化させられるのだろうか。ラスト、たぶんあの元彼女が書いたと思われる本が書店に平積みになっている様が不吉に見えるけど、その本の中に何が書かれているのかも、気になる。
スクナヒコナ/南Q太
最終回。うううん。紺ちゃんの台詞でしめて欲しかった。そのことについて、主人公の言葉が何もなくて終わるなんて、なんかちょっと消化不良だ…。単行本で加筆とかあるかしら。
お針子マチルド/やまだないと
新連載。なんだかちょっといつもとタッチが違うような気がする。すこしコミカルな感じで。「もう大人を引退したいの」ちょっとずるい。
ゆびのわものがたり/小野塚カホリ
番外編読み切り。このシリーズは良い話が多いけど、今回のはちょっとあらすじみたいになってしまってて残念。もうちょっと長編で読みたかったな。

*1:こちらのブログで紹介されてます→http://tegouma.com/archives/50038594.html

2006-04-14

[][] 福神町綺譚/藤原カムイ

福神町奇譚 (1)

福神町奇譚 (1)

この前ちらっと触れた「福神町奇譚」。これはウルトラジャンプで連載されていた「インタラクティブコミック」である、というのは単行本を読んで初めて知ったのでその頃には連載も終了してたのですが、連載当時はニフティのホームパーティという掲示板(なのかな?会議室といった方がいいのか。詳しくはこちら→http://picnic.to/~ohp/diary/kakucho/fukujin.htm)サービスを使って読者が「住人」として意見を出し合い、参加することができる、という漫画だったようです。

連載までには紆余曲折あったようだけど、もともと藤原カムイさん自身からの発案で「インタラクティブ」ということを目指されていただけあって、その世界観の奥行きはすばらしい。また、あとがきなどを読むと、読者の参加を促す言葉があちこちに見られて、なんというか、連載時に知りたかったなぁという気持ちがかなりあります。

とまあ、その辺りの残念さをおいておいても、私はこの漫画が大好きです。私の好きな「舞台設定」の完全体のうちの一つだと思う。藤原さんはほんと絵がうまくて、どのコマをみてもときめく。とくに町のイラストはやはり圧巻。かなり詳細に設定を考えたうえで書かれてたんだろうなと思うし、その設定を共有することができた住人さんにうらやましさも感じてしまいます。

福神町は大正3年、東京大正博の会場がそのまま異世界に飛ばされたという設定で、蒸気とぜんまいで町自体が動いていて、複合住宅で、ところどころSF。逆柱いみりさんやつげさんぽいとこもありながら、全体的に明るさがあるところが独特。そしてそれは、「電気」がないという設定による効果だと思う。反対みたいだけど。

物語はときどき番外編を含む連作短編ぽい趣なのだけど、インタラクティブで読者参加型という片鱗はしっかりあるものの物語が破たんしていないのがまたすごい。つまり、これが「インタラクティブ」であったということを、まったく知らなくても、充分楽しめる漫画だ、と思います。

読者参加形、といってパッと思い付くのが京極夏彦さんの「ルー=ガルー」で、あれも読者からアイディアを募集していたような気がするけど、あんまりその「アイディア募集」が生かされていなかったような気がする。

しかし福神町奇譚を読んでると、参加してた人はきっと楽しかったんだろうなぁと思うし、実際にその「参加型」は成功してもいたんじゃないかと思う。参加していた方の文章などをちらほら見ると、まあやはりいろいろ意見はあったみたいだけど…。ネット利用者も格段に増えた今では、なかなかこういう親密さを生み出すのは難しそうだな。どうだろう?

でも、漫画読んでて、あーここ行ってみたいなぁってのが、擬似的にでも可能になるんだもんなぁ。いいなぁ。

福神町のマスコットガール(?)茄子ガールを見ると、黒田硫黄さんの「茄子」を思うけど黒田さんももしかして福神町読んでたんだろうか。わー。

この舞台設定でアニメ作ってくれないかなぁ。

[] 設定画がカラーに!

一昨日メモした(id:ichinics:20060412:p1大友克洋さんのポスターが、今日はぜんぶカラーになってました。すごい金の使い方だ…とか思ってしまう自分が嫌ですが、いまどき珍しい大掛かりな広告ですね。サイトの情報も新しくなってて、なんともうCMが見れます!

カップヌードルと世界が認める日本アニメーションの巨匠大友克洋氏。このコラボレーションによって生まれる壮大な物語は、広告という枠を飛び越え、様々なメディアによって多面的に皆様の目の前に登場します。これから展開される「FREEDOM PROJECT」の動きに、ご注目下さい!

http://www.nissinfoods.co.jp/product/cm/show_cm.html?cm_type=B&cm_id=154

注目してます。期待してます。

f:id:ichinics:20060414005636j:image

[] 執着したくない

ちょっと前に「執着したい」と書いたけど本音を言えばやっぱり執着したくない気持ちのが強くて、ほんとに大事なほんの少しだけのもの持って、いつでもどこでも行けるようにしていたい。視界はさっぱりさせておきたい。

それが出来る、とは思ってるけど、でもそのために人に迷惑がかかるのは嫌だなぁ、というときはどうすればいいんだろ。んー。権利とプライドを天秤にかけるとどっちが重いかとかそういう話なのかもしれない。

最近はまたスタージョン読んでいる。スタージョンの小説読むのが本当に楽しい。しかも、まだ読んでないのがあるっていうのが嬉しい。

帰り道、風が強くて桜の下は花吹雪だった。これでほんとに、おしまいだ。

2006-04-13

[][] 終末のフール伊坂幸太郎

終末のフール

終末のフール

あと三年で、世界が終わるとしたら、どうするか?

八年後に小惑星が地球に衝突し人類は滅亡(?)するだろう、というニュースが流れ、五年間の混乱を経て、落ち着きを取り戻した場所、仙台での物語。

物語はヒルズタウンという団地を舞台として、8つの視点から描かれている。とはいっても群像もの、という趣とは違って、割合それぞれの独立した物語になっている。前の話に出てきた人が、ちらっと後の話に登場したりするのも、ささやかなアクセントにはなっているけれど、そこがメインではない。あくまでも「あと三年で死ぬとしたら、あなたはどう過ごしますか」という問いへの答えが8つ、描かれるということを主題とした作品集だと思う。そしてその問いへの答えは、たぶん人の数だけあるのだ。

娘と仲たがいしたままでいることを悔やむ老夫婦。あと三年で世の中が終わるというときに、妻の妊娠を知り、悩む夫。終末を前に、復習を遂げようとする兄弟。いくつかの目標をたて、それを着実に遂行していく少女。キックボクシングに打ち込む青年。妻を亡くし、自殺を考えている男。疑似家族を形成する演劇少女。ビデオレンタル店の店長。それぞれの「終末」は、それこそ、それぞれだ。だから、読者にもひとつくらいは感情移入できる物語があるかもしれない。そして、自分だったら、と考える時間が、この物語の結末になるはずだ、なんて言ったら思い込み過ぎかな。

でも、ここでの「終末」は、特殊な状況のように見えて、あと三年というリミットがあるからこそクリアに見せられる、その部分の話だと思う。リミットは誰にでもある。だからこそ、という物語だと思った。

個人的に気に入ったのは「籠城のビール」。鮮やかな逆転劇と、ラストの名台詞にちょっと泣いた。それから「天体のヨール」。こっちもネガティブとポジティブの表裏一体さがいい。

しかしもっとも憧れてしまうのは「鋼鉄のウール」だった。キックボクシングのジムでトレーニングを続ける、チャンピオン。主人公にとってのヒーローであり、越えたいと思える存在である彼が、とにかく格好良い。

「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」p180

どれくらいなんだろうなぁ、とつい真剣に考えてしまう。

そしてなんだか少しだけ、でもちょっと本気で、口に出したらおこられそうなことを思った。

レンタルビデオ屋の店長

ところで、この「終末のフール」に登場するレンタルビデオ店の店長に、何か思い出すなぁと思ったら「凹村戦争」だった。あのキャラクターには何かモデルのようなものがあるんだろうか?

終末のフール」は全体的に好きな作品だけど、ラストを飾る、このレンタルビデオ店の店長が主人公となる話だけはなぜかしっくりこなくて、なぜかというとたぶん会話文では「僕」と言っているのに、平文では「私」となっていることによる視点のぐらつきのような気もしないでもない。なぜ使い分けたんだろう?

[] 桜のマドレーヌ

ichinics2006-04-13

花見らしい花見ができないまま、近所の桜もすっかり葉桜になってしまった。

なんていう話をちょうどしていたところに、いただいたお土産がこの桜のマドレーヌ

とってもおいしくてかわいかったです。塩漬けの桜が生地に練りこんであって、表面にものっかってる。たしか風月堂のだったと思うけど、なんかお菓子っていいなぁーと思った。

 つられて無知を露呈します

RSSフィードに全文掲載or要約掲載のどっちをデフォルトにするかってことについて、あちこちで意見を拝見しているのですけど、いまいちわからなくて(そもそも自分がどっちの設定になってるかも知らなかったし)非常にすみません申し訳ないという気持ちで、どういうことなんでしょうか? ってこんなとこでつぶやいても仕方ないのでいろいろ拝見して趣旨をわかろうとしてるつもりなんですが、

まあ、なんでわからないかっていうと、まあ単純な話RSSリーダってものをろくに使ったことがないからなのでして、だってRSSアグリゲータRSSアリゲーターと読んでたくらいの無知なので、はてなRSSを使ってはいますが、それはアンテナ2号としての役割しか果たしておらず、しかも、うちのマックさんでなぜか開かないので(アクセスすると落ちる)ほとんど放置しているから全文or要約の差を感じたこともないわけで、まあとりあえず調べてくうちにRSSリーダは便利っぽいということはわかった。んで、RSSには未来があるらしいということも、薄々なんとなく、雰囲気的にインプットされました(アバウトすぎるか)。

さらに、なんとなくRSS使ってる人にとっては、全文掲載の方が好ましいらしい…ということなのかしら? そんな単純な話じゃないの? ともかく、それなら個人的には全文掲載に抵抗する理由はないのかなぁと思ったし、逆に要約だとどんなメリットがあるのかがよくわからないのでとりあえず全文掲載にしてみようかと思った。でも、もしこれが勘違いだったらどうしよとも思った、のですが、この日記をRSSに登録して読んで下さってる方がいるのかどうかも分からないので、まあいいかと思った。

まあそんな感じで、これからはRSSRSSらしく使ってみようかと思うようになりました。まだその「らしさ」がわからないですけど、わかった頃にはきっとこの文章を消したくなるんだろうなぁとは思います。

いっそ紙に戻るべきかな。(べきだ、となってもそんな気はとりあえずないのですけど)

michiakimichiaki 2006/04/13 02:35 http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20050518/p1
だいぶ前の話ですけど、これ読んで、そうか、と思って全文掲載にしました。

ichinicsichinics 2006/04/13 03:09 早速救いの手をありがとうございます(笑)早速読んでみました。リンク先が消えてしまってるのが残念ですが、でもmichiakiさんの記事にあった「できるかぎり広く読まれて欲しい」に全文配信が繋がる由縁は腑に落ちたような気がします。でもなんか、私が全文掲載にするなんてつけあがるなと少佐に言われそうな気もしますけど、要はモチベーションですよね(違う?)。

michiakimichiaki 2006/04/14 01:55 少佐はブログ界で起こることの全てが好きなので、別になにも気にしない(はず)と思いますよ(なんだそれは?)。

モチベーションとか、難しいですよね。
ichinicsさんの日記は、いつも同じほっとする温度というか、落ち着きというか、隠れ家っていうのか、そんなものを自分は感じています。
で、なんかほっとして、安心して、そのまま帰ってしまう、みたいな。たまにはコメントしようよと、自分でも思うのですが。すみません。

ichinicsichinics 2006/04/16 01:02 ありがとうございます。なんだかうれしいです(笑)
でも、michiakiさんは、私がmichiakiさんに反応して(と宣言して)書いてる文章には大概反応してくださってる気がします。ので全然すみませんじゃないですよ(笑)。
だからこそ、私もつい何度も反応しちゃうっていうのもあるのかもしれないですけど。
モチベーションは、ええと、全文掲載への言い訳的に思いついただけなので、個人的にはあんまり考えてないかもです。もちろん、読んでくださる方から、反応をいただけたりするのはとっても嬉しいことです。でも、それがモチベーションに影響する度合いは少ないというか。… というとこをこれからちょっと考えてみようかな、と思います。

2006-04-12

[] FREEDOM-PROJECT.JP

今日新宿駅を通りかかった際に見かけたポスター群。これはもしや大友克洋の絵なのではと思ってかなり凝視した末にかえってきていそいそと調べてるつもりなんですがさっぱりわかりません。

http://www.nissinfoods.co.jp/

このサイトでもフラッシュが見れないし…。何だろ。ちょう気になります。ちなみにポスターはかなり種類があって、ほとんど設定画のような感じなのですが、AKIRA?と思うようなバイクとかもありました(というか画像の男の子だって金田に見える…)。なんなんだー!

f:id:ichinics:20060412023558j:image

あ、あとアニメカテゴリついでですが今日は「ホスト部」見た。面白かった。もみっちの声が久々に聞けてうれしい。原作は読んだ事ないのですが、横から妹がいろいろ解説してくれたので登場人物については了解した。この時間なら普通に見れるので次回もみるつもり。

[][] コーラス5月号

プライド
途中から読みはじめたので、なんでその眼鏡じゃだめなのかがさっぱりわからない。
君のいない楽園
これも途中から読みはじめたのでさっぱり感情移入できない。
悪いのは誰
これまた途中から読みはじめたやつだけと面白い。コミックス一巻読んでみようかな。表紙のイラストが全然印象違うので注意。
みずいらず
最終回。期待していただけに、あっさり終わってしまって残念。なぜ二人の話でなく三人の話だったのかがいまいちわからなかった。
追憶ローズマリー
榛野なな恵さんのアガサ・クリスティシリーズ最新作。そういえばアガサ・クリスティのお話って、こんな風に、容疑者の中にいるけどしかし確実に犯人ではない女の子がよくでてきたような気がする。

[] 終末

もともとシステムとしてうまく機能していないのだけど、その環境やら馴れやらでなんとなく使い続けていたものがついにだめになる瞬間というのは、意外なほどにあっけらかんとしていて、それに代替されるものをなんとか見つけようなんて頭の切り替えもなかなかうまく出来ないのだけど、べつに代替なんて出来なくても、それを切り離すという選択肢も確実にあるんだなと思ったりもしていて、もしかするとこれが例のガス欠ってやつなのかもしれない……なんて気分の時に「終末のフール」を読んでいるここ2、3日なのですが、より一層いろいろどうでもよくなりつつあり、どこかで歯止めをかけないとマズいなぁと思う。けど「終末のフール」は素晴らしいです。明日には読了するかな。

2006-04-11

[][][] 「アイデン&ティティ」のアイデンティティ

みうらじゅん原作の漫画を、宮藤官九郎脚本、田口トモロヲ監督によって映画化したもの。

原作を読んだのは結構前だったのだけど、映画を見ていると、かなり原作に忠実に作られているなぁと思い、実際読み返してみたら、状況や時間軸は少々変えられていてもほとんどの台詞が脚本に反映されていたように思いました。

映画版ではとにかく中島役の峯田さんが素晴らしかった。彼じゃなけりゃこの映画はありえなかったんじゃないかと思うくらい良かった。子犬のような瞳がかわいらしい。

【以下思いっきり内容に触れます】

アイデン & ティティ [DVD]

アイデン & ティティ [DVD]

まず、この「アイデン&ティティ」という作品は、80年代のバンドブームを背景に描かれている。主人公の中島が率いる(作詞作曲は中島なので、率いる、でいいと思う)バンド「スピードウェイ」はメジャーデビューを果たし、1stシングルが売れたところだけれど、ブームも終わりかけ、不本意な扱いをされる中で「自分(達)のロックとはなにか?」と悩んでいる。「ロックが自分らしくあること、だとしたら、自分らしさとは何か?」と悩んでいる。つまり、アイデンティティを求めている。

【identity】同一であること; 極度の類似性; 本人であること(の証明), 身元; 個性, 独自性

そしてそんな主人公の元にボブ・ディラン(ロックの神様)がやってくるのだけど(この辺はSF)、これはたぶん、自意識もしくは自分の理想との自問自答のようなものじゃないかなと思う。その暗喩を後半での彼女の台詞と対応させて、ディランの「声」を作り出した映画版の演出は良かった。

ともかく、背景にある「バンドブーム」が、「イカ天」であろうことはわかっても、そのころ私はまだ小学生くらい(?)なのでその辺の事情はあまり知りません。でも、この映画の核心は「バンドブーム」を背景に「ロックをやる」とはどういうことか、を描いている作品――のように見えて実は恋愛物語、なんだと思います。というのは続編の「マリッジ」を読んでもあきらかだと思うのだけど。

認められたい

ファンの女の子とつい寝てしまったり、なにかと下半身の緩い中島なのだけど、それは大概不安からきていて「セックスしているときだけ考えないでいられる」と説明する。しかし中島には学生時代からつきあっている彼女がいて、彼女こそが唯一の理解者である、ということを中島は拠り所にしている。

「じゃあ、私の話も聞いてくれる?」

何度かそうやって、彼女が中島に話を切り出す場面がある。でも、中島はそれを聞いているようで……理解はしていない。

「オレがもし…バンドをやめて外の事をしてる奴でも…好きか?」

それを口に出してしまうところが中島の弱さでもあるのだけど、これに対する彼女の答えがまた夢のように素晴らしい。でも、それでも理解しない(というかわかりやすい言葉を欲しがる)中島は「君の言ってくれることは理想過ぎるんだ」と言い、彼女は「君の仕事はその理想を追うことなのよ!」という…。

そして映画と漫画の大きな違いが「アイデン&ティティ」という曲を歌う場面なのだけど、漫画では言葉にされていなかったものの、映画では「アイデン=中島」「ティティ=彼女」と明確に語られているのだった。

これは続編での「マリッジ」の結末を踏まえたものなのだと思うのだけど、ここでふと、自分のロックとは何か? という問いが置き去りにされているような気がした。中島の存在理由(ここでのアイデンティティは、むしろ存在理由という言葉に置き換えた方がしっくりくる気がする)が、彼女に認められること、にすりかわってるんじゃないか? と思うのだ。

スラムダンク

ここでいきなり桜木花道の話になるのですが、「アイデン&ティティ」の中島と彼女の関係を花道とハルコに置き換えて考えると、ちょっとすっきりする。

桜木は当初、ハルコに良く思われたいという動機でバスケットボールをはじめる。実際には宮城の台詞だけど「彼女が笑ってくれれば最高さ」という台詞に花道が「わかる…」と涙を流すシーンがあることからも、この関係はかなり長い間継続して描かれる。

でも最終的に、花道はハルコを通してではなく、自分は「(バスケが)大好きです」という答えを見いだす、というのが「スラムダンク」の物語だった。

ロックは好きですか

中島がオリジナル曲を書くようになった切欠もまた、彼女の言葉によるもので、

「何が伝えたいか? ロックはその手段なんだ」 p141

と悟った中島の出した結論は、物語を読む限りでは、最終的に彼女との関係上にあった、と読める。どうでしょうか。読み込みが浅いかな。ただ、だとしたら、と思うわけです。

もしも、認めてくれる彼女がいなかったなら、中島はロックを選んでたんだろうか? 選んでた、と思いたいけれど、この物語の核心には、それがないような気がする。でも、彼女の言葉の中には、その一人の場所でロックを選ぶ君が好きだよ、という意味合いが含まれている気がして、だからこそ私は「中島は彼女の言葉を理解していない」と感じたのだけど、それも私の考え過ぎだろうか?

そしてもしも、中島が彼女を失う事になったなら、それでも彼はロックを続けられるのだろうか? 私はむしろ、そこから先の物語を読みたい、と思うのだけど(第三部は未読)、それは自らのアイデンティティを他者に見いだす、ということへの抵抗かもしれない。

アイデン&ティティ 24歳/27歳 (角川文庫)

アイデン&ティティ 24歳/27歳 (角川文庫)

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/19号

アグネス仮面
連載再開、そして最終章とのこと。ああーもう間が開き過ぎで忘れてるとこが多々あるのですけど…。
バンビ〜ノ!
野上さんの予約が入り、リミットを前に焦る伴の巻。そしてバッカナーレは新店舗展開?
fine.
正直この上杉の流されっぷりのインパクトが強くて「ボーイズ〜」の田西すらしっかり者に思えたりする今日この頃です。あれ? もしかしてこれ「アイデン&ティティ」?
中退アフロ田中
そうなることはわかっていたのに、そこはかとない悲しさを感じでしまう田中の無断欠勤。でもそんな田中が好きです。いやまあ無断欠勤は迷惑だろうけどな。
闇金ウシジマくん
杏奈の闇に迫る。こわ。
ラストイニング
次号、ポッポがどうやって母親軍団をいいくるめるかの巻。
ボーイズ・オン・ザ・ラン
田西は「無敗の男」青山との対決を決意。ようやくきたー! これでやっとボクシング少女の登場だ! でしょ? というか花沢さんは女の人を描くのうまいなぁと思った。それぞれ魅力的だ。シホがだんだん好きになってきた。
団地ともお
「My Bestともお」と題したアンソロジーが発売になるそうです。ちなみに一位から三位をメモると、1位「父さんと走りたいんだともお」 2位「安全をタダで買いますともお」 3位ハラペコより大事だぜともお」でした。私の個人的フェイバリットは「夏休みの計画表を作るともお」(5位)「秋にして父を想うともお」(19位)あたりです。
たくなび
最終回。えーと、で、ラストは「ほしのこえ」ですか? と想いました。

2006-04-10

[][] 立喰師列伝

ichinics2006-04-10

押井守による日本戦後昭和史を立喰師という額縁から描く。という奇妙な(?)作品。

そのクロニクルは、インチキかもしれないけど、それはいわば押井守の世界の真実なわけで、インチキだ! と言われることすら既に作品の中に取り込まれているというかなんというか。狐につままれる感じで、だんだんと「立喰は体制へのテロだ」ということが理解できるような気になってくる。そして実際、そこはうまく現代史と重なっているように思えた。もちろん、押井監督ならではの視点であるというとここそを楽しむべきなのだけど。吉本隆明さんの文章がところどころに挿入されるのが印象に残った。

物語を盛り上げる山寺宏一さんの口上はさすがに美しく深く緊迫感のあるもので、そこにのせられた嘘と真とパロディの入り交じった物語にのせて物語はどんどん進む。映像はペープサートを進化させた「スーパーライヴメーション」によるもので、思った以上にテンポがよかったです。

「見栄を切る」ような格好良い場面がこれでもかと押し寄せてくるのがまたグッとくる。

まあ、かなり押井守押井守による押井守のための映画」な(とこはある)ので、押井監督のファン以外が楽しめるかどうかは私にはわかりませんが、作るのは楽しかっただろうなぁーというのも、しみじみ伝わってきます。

あ、あと神山健治監督の眼鏡男子っぷり、寺田克也さんの薄幸っぷり。吉祥寺怪人さんのサラサラヘアー(CGだと思いますが)なども見どころ。個人的には牛魔王が良かったです。あ、あと「パン屋再襲撃」が出てきたときには「そことのつながりには全然気づかなかった…」と思いました。

個人的には「元ネタわからないと面白くないかも」系のお話はあんまり好きじゃないのですが「立喰師列伝」に関しては、敢えて他人におすすめしようとは思わないものの、個人的には楽しめました。なんかもう「楽しそうな押井監督」を思うだけでお腹いっぱいな感じです。そんなにファンなのか私。

公式 → http://www.tachiguishi.com/top.html

[][] 暗い僕と彼女

スタジオボイスにのってたフィッシュマンズ特集をちらりと立ち読みしていたら、それぞれがカヴァーしてみたい曲を挙げる、という流れがあって、そこで佐藤君があげていたのが「トランジスタ・ラジオ」だった。RCサクセションの名曲。

うー 授業をサボって

日の当たる場所に いたんだよ

寝転んでたのさ 屋上で

タバコの煙 とても青くて

内ポケットにいつも トランジスタ・ラジオ

彼女 教科書 ひろげてるとき

ホットなナンバー 空に溶けてった

『トランジスタ・ラジオ』

屋上で寝転んでいる男の子と、教室で教科書を広げているであろう女の子。

そういえば、私の大好きな曲の中には、こんな風に「好きな子との対比」を描いたものが多いような気がする。

ただただ楽しい あなたが好きさ

暗い僕を 盛り上げるからね

『チャンス』

一般論にする必要なんてないけど、もしかして、ある種の男の子というのは、自分と「違う」ということに心強さを感じたりするものなのかもしれない。そういえば以前、「健康さ」が好きだと言ったひとがいたけど、あれも、もしかしてそういうことだったのかなぁ。

なんて考えていたら、この情景を女の子の側から描いた場合、自分との異なりより「共通点」の方に目がいく物語の方が多いような、気がした。個人的には、性別が違うなんてこと以前に、それぞれ違うだろうと思うけど、似た者に惹かれる傾向は確実にある。

ただ、なんとなく男の子の「理解されたい/でもされたくない」みたいな葛藤もわかるような気はして(共感とは別に)、それは上に挙げた歌詞の雰囲気の中にも、ちょびっと感じるものだったりする。うまい例が見つからないのだけど、わかるはずがない、けどそれがいい、みたいな。

でも例えば、『チャンス』の数年後に書かれた歌詞を見るとこうある。

死ぬほど楽しい 毎日なんて まっぴらゴメンだよ

暗い顔して 2人でいっしょに 雲でもみていたい

『DAY DREAM』

このふたつの歌詞には、すごく距離があるような気がする。

でもそれを考えるなら、ここからじゃない方がいいような気がするので、何か良いたとえが見つかったら改めて。

でもなんとなく「負けたくない」から「負けたい」へ、という感じかなぁって気がしている。

2006-04-09

[][][] THE LONG SEASON REVUE

監督:川村ケンスケ

ライジングサンから始まった、フィッシュマンズのリユニオンツアーを、長年フィッシュマンズの映像を撮り続けてきた川村ケンスケさんが撮影、編集したもの。ドキュメンタリーというよりは、ライブポートレイトに様々な断片を織り交ぜた映像作品という趣でした。その断片、の中にはちょっと、首をひねってしまうものもあったんだけど、ウィスット・ポンニミットのアニメーションは印象に残った。

まず「THE LONG SEASON REVUE」について。AXでのライブについては前にスペースシャワーで少し見たのだけど(id:ichinics:20060109:p1)、映画では名古屋にしか出演しなかったキセルの「バックビートにのっかって」を聞けたのが嬉しかった。

しかし、なんといっても、この映画の白眉はAXでの「LONGSEASON」をフルで見られるというところだと思う。欣ちゃんのドラムはまじで素晴らしいです。あの片手でのストロークとバスドラムの刻み方は彼独特のビートで、しかも本当に気持ちよさそうに叩いている。

そして、あー、この曲は「SEASON」であり、旅でもあるんだなぁと思った。

* * *

でもやっぱり、一番目を奪われてしまう映像は、やはり佐藤君の映っているものなのだった。映画中に、「Magic Love」「Weather Report」「LONG SEASON」をそれぞれ、佐藤君と欣ちゃんと譲さんが、楽器音なしであわせる場面があるのだけど(それは動作だったり声で刻むビートだったり歌だったり)、三人の中に流れている音が、ぴったり重なっているのが、すごい。

そして佐藤君の笑顔。ああー、この人は本当に、音楽を全身で楽しんでいたのだなぁということが、鮮やかに伝わってくる。それがぜんぶだ、と思った。

公式サイト → http://pc.fishm.jp/

[] 執着したい

「THE LONG SEASON REVUE」の後に流れた映像を見て、直接は関係ないことなんだけど、いろいろ考えている。

例えば、好きなことや好きなものややりたいことやほしいもの、そういうのってガソリンみたいなものだなぁってのはよく思う。それがあるから、もうちょっと先まで、行ってみようかなと思える。そんな感じ。

別につまらないことや嫌いなものを否定するというのとは違って、だって、そういうのを克服するのが楽しい/充実していると思えるときもある。または、好きなものを獲得したい、という欲望のために、それを克服するための燃料を得ることもある。

でも、だからこそ私は満ち足りることが、ちょっと怖い。好きなものは、たくさんある。でも例えば、何もかも手放すこととひきかえにしてまで、欲しいものなんてあるだろうか。

例えばそれを獲得する、ということが、満ち足りるということじゃなくて、その渦中にあって、もっとこれを知りたいと思えるようなもの。そんなものに、執着できたらいいなぁ、と思うのだけど、執着することもまた、ちょっと怖かったりして。

いつもそばにいる幸せは/ある意味そんなもんで/ある意味ひとりぼっちなものなんだよ『ずっと前』

[][] どんがらがん/アヴラム・デイヴィッドスン

なんだか不思議な本だった。編者の殊能将之さんの解説にあった「変な小説」という表現がぴったり、だと思う。

この短編集は、後半少々前後するものの大まかには書かれた年代順に並んでいて、全体の流れが「だんだん変になっていく」というように並べられているような気がした。

「ゴーレム」から「クィーン・エステル、おうちはどこさ?」くらいまでは非常によくできた、精緻でスマートな短編小説という印象なのだけど「尾をつながれた王様」あたりからちょっと混沌としてきて、「ナポリ」あたりからはまさに奇想というか、文章自体が、かなり集中しないと読めない複雑なものだったと思う。

それでも、後半もまた苦労する甲斐はある、とても印象に残る本だった。

全部で16編の短編小説が収録されているのだけど、なんだかいろんな色がごちゃまぜになっている感じで、これを全て同じ人が書いているというのには驚かされる。ただ、全体的に結末で驚かせるというよりは、その描写、語り口で読ませるタイプなのかもなと思う作品が多かったです。

以下気に入ったのを少しメモ

「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」

ラストがかなりの衝撃、というかどんでん返しに思えたのだけど、冒頭を読み返したら、伏線ではなかったみたいなのでこれは著者(及び訳者)の意図したミスリードではないのかもしれない…。けどそこのとこ抜きにしても面白かった。

「ラホール駐屯地での出来事」/「眺めのいい静かな部屋」

この二編はどちらも戦争の思いでが鍵になっているのだけど、著者のキャラクター描写が際立っているという点でも近いものがあるように思った。

「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」/「ナポリ

その幻想的な情景描写にどことなくボルヘスを思いだす二編。特に「ナポリ」の饒舌さが好みでした。

2006-04-08

[][] 会話の見る夢

昨日、「犬猫」を見たりして考えたことをもう少し。

この映画を私はDVDで見たのだけど、そこに入っていたメイキング映像がまた、とても面白かった。

そこで監督は、主演女優の二人(榎本加奈子藤田陽子)に「台詞を言いながら状況とまったく別のことをする」という練習をやらせている。例えばトランプ、例えばジェンガ。言葉と行動を切り離す作業としてそれが訓練され、台詞に込められた「意味」が振るい落とされる。そのことによって「言葉」は口をついてでる振る舞いとなり、監督の言葉を借りれば「見ている人が感情を乗せられる〈余白〉」が生まれていた。

犬猫」は映画というフィクションなのだけど、そこにある会話の「力加減」が、その空気に生々しい手触りを与えていたように思う。

で、この前読んだ「ヴィトゲンシュタイン入門」(id:ichinics:20060403:p1)の中の一節に

少なくとも日常のなめらかな言語実践においては、誰もが意味盲だからである。(p184)

という文があって、この場合の「意味盲」という言葉については、まだ私は理解できてないので曖昧だけれど、でもなんとなく、この映画のメイキングで監督が繰り返していた「力を抜くこと」が「日常のなめらかな言語実践」を生み出していたのではないかなと考えたりした。

意味が心に浮かぶことを夢になぞらえるなら、われわれも通常は夢を見ずに語る。「意味盲人」とはそれゆえ、どんな場合にも夢を見ずに語る人のことであろう。p191(『心理』二三二節)

例えば、こうして文章を書いているとき、全ての単語についてではなくても、わりと一つ一つに「意味」は込められている。

例えば最初に書いた『昨日、「犬猫」を見たりして考えたことをもう少し。』というとこの『見たりして』は「ここから先に書くことは「映画」だけが切欠じゃないけど」という言い訳だったりする。うーん、うっとうしい。でもまあそれは先日の「ひとつひとつを小皿に盛って」というのと、似ていると思う。あの文章の一単語づつがそれこそ「小皿に盛られた食材」な訳で、それをたくさんの人が矯めつ眇めつして、推敲したり改編したり。(あれは楽しかった)

だけど、「会話」というライブ状況においては、いちいちそんな推敲をしてる間もなく、つまり「夢を見ず」に流れていく場面がとても多い。(これは別に良いことでも悪いことでもなくて「おなかがすいたらご飯を食べる」くらいのことだと思う。)ひとつひとつの言葉の「意味」よりも、その場の雰囲気や相手の表情にあわせて、会話は形をかえていく。

しかし「夢を見ない」とは言っても、たまーに、どちらかの言葉に重力が与えられてたりもする。その瞬間に気づく/気づかれてると信じられる、と思うこともやっぱりあって、あの二人、ヨーコとスズの関係性については、その夢を見るタイミングが重なるときに、なんか起きたり面白かったり印象に残ったり、するのかもなぁとか考えた。

この先はまた考える。

参考

犬猫」について、「東京猫の散歩と昼寝」さんのレビューが興味深かったです。→ http://d.hatena.ne.jp/./tokyocat/20050807

[] HEAVIER THINGS/John Mayer

メジャー・デビューアルバム「Room For Squares」が大ヒットしたことで一躍有名になったジョン・メイヤーさん。

Heavier Things

Heavier Things

2作目であるこのアルバムは、全体的に落ち着いた雰囲気であるというのが定評みたいだけど、私は1枚目は聞いたことがないです。クリップを見た程度。

音づくり自体が、私の守備範囲からはちょっと外れるので今まで聞いてこなかったというのもあるんだけど、このセカンドには「Kid A」(Radiohead)のカバーが収録されているというので、いつか聞きたいと思っていたんでした。

その前に、どのへんが守備範囲から外れるのかってとこなんですが、たぶん、このポップでリッチな音づくりというか、たぶんアレンジの問題だと思います。たぶん私は基本的に「ギター、ベース、ドラム、ボーカル」で構成されてる音がすきなんだな。電子音でも好きなのはあるんだけど(そもそも大好きな「Kid A」の原曲にはギターもドラムもない)でも、なんて言い分ければいいのかわからない。

ともかく、そういう意味で、#8「Daughters」(グラミー受賞作でもある)は、かなり好きな一曲です。ギターとピアノ(キーボードかな?)とコーラスだけだから。

そして「Kid A」。これは期待以上でした。ギターの弾き語りに近いシンプルな録音で、でもあの曲で選ばれていたトムの無機質な声(エフェクトかけてたような)とは違う、ジョン・メイヤーならではの息づかいが良いです。が、フェイドアウトはもったいないと思う…。

2006-04-07

[][] 犬猫

監督/脚本:井口奈己

ちょっと前にtroubleさんのコメント欄*1で教えていただいてから(感謝!)俄然気になりだしたので、ついに見てみました。

犬猫 [DVD]

犬猫 [DVD]

仲がいいんだか悪いんだか、な、幼なじみの女の子2人の同居生活。

その二人の空気感に、思うところがいっぱいあって、とても面白かった。

ヨーコは内弁慶というか、つっけんどんなんだけど小心者なタイプ。スズは自由奔放に見えて、心を開くチャンスを逃しちゃうタイプ、かな。でもそれは表面的なとこで、実は二人ともとても良く似ている。

あの2人が「1人で」いるシーンのなんと魅力的なことか。そして2人でいるときには「1人1人」であれるのに、男の子が入ると、途端にバランスが崩れる。

でもそのバランスの崩れ方が、彼女たちの関係性を際立たせる効果的なさざ波になっているのだなぁと思いました。

最初の方の場面でヨーコちゃんが「嫌なこととかムカつくこととかあると、なんか怪我するんだよね」*2と友達のアベちゃんに言う場面がある。その後しばらくして「ヨーコちゃんが機嫌わるい時はおなかすいてるときか眠いときだよね」とアベちゃんは言う。でも、それは違うかも、と思った。ヨーコちゃんは、嫌なことやムカつくことについて話したかったのだきっと。というか私がヨーコだったらきっとそうだ。

そんな風に、私はこの映画を見ているあいだ中ずっと、私の中のヨーコとスズを、重ねあわせて考えていたような気がする。

ともかく、ヨーコちゃんがスズ以外の人と話する場面ではいつもそのような「言いたくて言えないこと」があるのに、スズといるときにはそれがないような気がする。でもスズは簡単に内面を見せない。つかみどころが無い。異性がどうの、より、ヨーコにとってはそのスズの「余裕」に「負けた」気がしていたのではないかな。そして、ラストで立場が逆転して、ちょっとスッキリしたのかもしれない。でも、スズだってきっと負けたかったんだ。もっとだらしなく、人目を気にせずがむしゃらに振る舞いたかったんじゃないかな。

そして2人はまた絶妙な居心地の悪さの中でのびのびとして、やはり魅力的に見えるのだ。

それはとってもリアルだけど、同時にファンタジーでもある。それに比べると、あの西島さん演じる男性とかコンビニの男の子の感じはひたすらリアルに見えるなーと思いました。でもそれはきっと、わたしが男じゃないからなんだろう。

なんかうまく言えないですけど、とても面白かったです。こういう映画がもっと見たい。

公式サイト → http://www.inuneko-movie.com/

[][] 帰り道と断片とBGM

会社を出て駅に向かう途中、横断歩道を渡る時に、タクシーを運転しているおじいさんと目が合った。人と目が合うと、ちょっとだけ時間がとまった感じがするんだけど、その時もそのまま立ち止まって、i-podのイヤホンを耳に突っ込んだ。LとRはきちんと確認。おっけい。「KU〜KI」が流れる中を歩いて改札を通り、銀色の電車に乗り込むと、透き通って見える、窓の外は真っ暗。乗換えの駅に降りると、youとyeahを重ねてる感じが若いとかまで考えてた妄想が中断されて、雑踏を歩く不自由さに意識が音から離れる。雑踏を歩いているときは、いつも向かいから自分が歩いてくるような気分になって歩きにくい、けど、乗り換えの改札でタイミングよく「サマー記念日」のチャッチャチャッという手拍子が流れて救われた気分になる。そう、なにもかもそろってる。足取りも軽く再び電車に乗り込んで本を開いて、読みかけだった「ナポリ」の話に戻る。きゅうにスパゲッティが食べたくなる。ヤングコーンの入ったアーリオオーリオ。あれはどこで食べたんだっけ。ああそうだ、今日はビールでも買ってかえろう、そんでビール飲みながらビデオでも見よう、頭の中がサァーっとするあの感じ、なんて「自問自答」で、ちょっと頭がサァーっとなる。でも、ナポリの次の話は訳者と相性があわないのか、いきなり読みにくくつっかえてしまい、同時にちょっと嫌なこと思い出したら「オーライ」と声がして「どっかにいこー」が始まった。どっかいにいこーと言いつつ着いたのは最寄り駅なんだけど、家までの道を歩く途中には、桜の大木が2本あって、ひと方はとにかく枝を広く傘のように広げていて包容力のあるタイプで、もうひと方はとにかく上へ上へという向上心のあるタイプなのだった。なんて思ったのは今日が初めてだけど、同じソメイヨシノで年の頃も同じくらいなのに、全くタイプが違うのが面白い。「砂漠に咲いた花」が流れて、ああもうすぐキセルのライブだ、と携帯のスケジュールを確認する。ゆるされるように、黒い空の前を白い花びらが飛んでく。光ってるみたいでしんとする。着地点はねぇ、と言うのは何回聞いてもぐっとくる「KIMOCHI」。そう、それで、あの唯一性の話。重なることはないけど、内側から描き出された輪郭に、外側から触れることでその内側を思い描ける、ということはやっぱあるかもしれないとか思う。なんのことやらだけど、興味がある。なんでだろう、なんて考えていたらいつの間にかコンビニで、おじさんにあんまんをもらった。ごちそうさま。そんで言葉があふれでた帰り道も終る頃、流れてたのは「thankyou for the music」だった。ありがとう音楽。

[][] SLAM DUNK(その4/17〜21巻)

スラムダンク (17) (ジャンプ・コミックス)

スラムダンク (17) (ジャンプ・コミックス)

17巻。陵南/海南戦いは王者、海南に軍配をあげたが、牧と仙道の戦いは仙道がねじ伏せるという展開で幕。そして戦いは陵南VS翔北因縁の対決へ。

ただ、翔北には安西先生がいない。陵南の報われなかった隠し玉、福田がとても良いです。そして田岡監督の語りによって試合が解説されていくため、終盤までもしかして、という不安が付きまとう。

また、こうしたスポーツものの漫画というのは、その選手の回想シーンがあったらしばらくはその選手の活躍が保証されるような「お約束」があるので(そりゃ仕方ないと思うけど)陵南選手の回想が入るたびに、感情移入はしつつやきもきする。

中でも桜木の空回りは不安材料なのだけど、ここでもやっぱり褒められてのびる子。試合の後半には田岡監督の「不安材料」が明かされ、あわやの大ピンチを迎えるのだけど、ここでも読者の盲点を突く展開というか、あの翔北バスケ部の母的存在木暮君の名場面です。走馬灯のように駆け巡るこれまでの風景。そして『バスケットが好きなんだ…』という気持ち。ようやく巡ってきた見せ場だけに感動的だ。

そしてゴリの外したボールをゴールに押し込み、それでも試合に集中している桜木の姿に、しみじみと成長を感じ取ったりもする。世代交代を伺わせる幕切れ。

#167の表紙にあるオールスター戦が見たい。

スラムダンク (21) (ジャンプ・コミックス)

スラムダンク (21) (ジャンプ・コミックス)

*1http://d.hatena.ne.jp/./trouble/20060315#p1

*2:記憶で書いてるので正しくないかも

troubletrouble 2006/04/07 16:54 喜んでいただけてなによりです。人に何かを勧める時って、どきどきしますよね。「いや、もしかしたら人を選ぶかもしれないけど、まあ観てみて」みたいな。

IMAOIMAO 2006/04/08 01:23 こんばんは。
僕もこの『犬猫』すごーく愛してます^^
http://d.hatena.ne.jp/IMAO/20060212
でも気楽に撮られている様ですごく丁寧な演出だと思いました。

ichinicsichinics 2006/04/08 01:40 >>troubleさん
おすすめありがとうございました。ほんと、見て良かったです。いろいろ「ものおもいにふける」ことのできる映画で、こういう映画に出会うことができるのは幸せだなーと思いました。

>>IMAOさん
IMAOさんの感想も拝見させていただきましたよ。ほんと、丁寧で独特の演出でしたよね。その辺については改めて考えてみたいなぁーと思っております。

2006-04-06

[] 2006年本屋大賞結果発表

1位『東京タワーリリー・フランキー/扶桑社

2位『サウスバウンド奥田英朗/角川書店

3位『死神の精度』伊坂幸太郎/文藝春秋

4位『容疑者Xの献身東野圭吾/文藝春秋

5位『その日のまえに』重松清/文藝春秋

6位『ナラタージュ』島本理生/角川書店

7位『告白』町田康/中央公論新社

8位『ベルカ、吠えないのか?』古川日出男/文藝春秋

9位『県庁の星桂望実/小学館

10位『さくら』西加奈子/小学館

11位『魔王伊坂幸太郎/講談社

http://www.hontai.jp/

うわー『東京タワー』ぶっちぎりですね。ノミネート作品発表当時に書いたメモ(id:ichinics:20060131:p3)には「個人的には『魔王』にとって欲しい」なんて書いてましたが、願いは空しく、むしろ伊坂さんなら死神だったのか……という。いや、個人的には『魔王』はかなりの衝撃だったんだけどなぁ。

奥田さんは絶好調ですね。最初に読んだ『最悪』の頃に思い描いてた印象とは、ずいぶん異なる作家さんだったのだなぁという感じ。あと島本理生さんも、デビュー作がなんとなく肌に合わなかったのでそれ以降読んでなかったのですが、そろそろもう一回チャレンジしようかなと思います。

しかし『魔王』に思い残すとこがあるのでしつこく自分の感想をリンクします。→ id:ichinics:20051108:p1

[] Comfort Eagle/CAKE

Comfort Eagle

Comfort Eagle

CAKEの2001年に発売された4thアルバム。先日のライブではわりとこのアルバムから演奏されたものが多かったように思って引っ張り出してきてから、この頃の元気の素です。

思えばCAKEはインディーでデビューして2枚目でメジャーへ、そして大ヒット、なんて順調な足どりで活動を続けているのに、やたらのんびり堅実で、それはリリースのスパンやジャケットデザインや楽曲づくりにも如実に現れているような気がする。

そりゃ少しは変化してくけども、基本的にデビューの頃と何も変わってない。(メンバーの変遷があるにも関わらず、だ)そして、その地に足がついてる感じが、聞いてて心地よいんだな。

カントリーやブルースやラテンや、わりと土着的な音をCAKEなりにまとめあげ、口当たりのよいスナック菓子のような印象だけど、意外と栄養ある感じ。ミルクたっぷりかけて食べるオールブランのような、そんなちょっと懐かしくて癖になる音。

このアルバムでは#1「OPERA SINGER」が特に好きです。「アイアムアオペラシンガー」って、物語みたいにはじまるのがまたすてき。というかCAKEはまた歌詞や言葉の選び方が好きなんだよなぁー。

some people they call me a monster, and some people they call me a saint

「OPERA SINGER」

[] 「なぜこど」について

コメントしようかな、と思ったのですが、ちょっと長いので自分のとこに。

子ども作るのにはコストかかる…というとこは納得です。というか、だからこそ今少子化といわれてるんだろうなぁ、と思うし。まあ、少子化が現在進行形なのかはちょっとわからないけど、私が通っていた頃は4クラスあった小学校が、9歳年下の妹の頃には2クラスだった。しかも1クラスの人数も3分の2くらい。

それで、

非難する人には2タイプあります。1つは、ぼくが反社会的なことを言っていると感じ、止めさせたいと考える人。もう1つは、すでにぼくの言う「コドモイラナイ戦略」を採っていて、メリットを享受している人です。

http://d.hatena.ne.jp/./michiaki/20060405#1144247513

これは、ちょっと違うんじゃないかなぁ、と思いました。

実際に非難するかはわからないけど、この「子ども高コスト」に一番敏感に反応しそうなのは、「子どもは欲しいけど、状況的に無理っぽい女性」じゃないかなと思います。

子ども欲しいけど、相手がいない人。いても経済的に無理っぽい(妊娠→出産となったらそれなりの貯えがないと生活できないですからね)人。などなど。

むしろ、今の日本の未婚男性で結婚するよりも前に「子どもが欲しい」という意識の人って、そんなに大多数じゃない気がします。子どもできたらできたでかわいいよね……という男の子はわりと身近にもいるけれど。

そんで私がどうかというと、まあ今のところはmichiakiさんとそんなにかわらない気持ちなのですが、そのデメリットを覚悟した上で、でも欲しい、と思うような心境に、いつかなれるならいいなぁ、とは思ってます。消極的。

* * *

ちょっと「ある子供」を見た時(id:ichinics:20051215:p1)に、なんか私は一生「父性」を実感することはないんだなーとか、考えたてたことを思い出した。

[][] NANAのアニメ

帰宅して家についたらちょうどオープニングだったので見てみた。図らずも。

絵柄はかなり漫画のタッチに忠実。シナリオも今のところかなり忠実。どこまでやるんだろうなぁ?

ナナ(歌う方)の声がなんか聞いたことある…と思ったらエドだった。でも歌のシーンは土屋アンナらしい。落差はないかもですね。ハスキーだし。

なんてことを考えながらサイトを見てみたら、キャストがかなり豪華なのでちょっと見ようかなぁとか思ったりしないでもない。うん、いや、脊髄反射的に。

ちなみに1巻から13巻まで読んだ時の感想 → http://d.hatena.ne.jp/./ichinics/20050926/p2

michiakimichiaki 2006/04/06 02:10 トラックバックありがとうございます。
書く前は、女性から見たときの考えはおそらく違うだろうけど、ということも言っておこう、と思っていたのですが、すっかり抜けてしまいました。もう直さないですけど。
いや、そういう視点が落ちている、というほうが、あの文章的には正しいのかも(ひどい)。

男性は、子供が欲しいというよりは、作るのが普通だ、のほうかなと思います。ぼく自身はわりと子供は好きです。

ほんとは少子化っていうより多老化なんでしょうけど……げふんげふん。

ichinicsichinics 2006/04/06 02:58 michiakiさんこんばんは。なんとなく、まあこれは男性限定だろうなぁと思いつつ、です。それにしても、あの同一の方は男性だとしたら珍しいタイプだなぁ、と思ったりしてます。(そんなことないのかな?)
私も子どもは好きですよ。自分も兄弟多くて楽しいし、家族っていいなーと思うんですけど、モチベーションてのはなんというか必要にかられないとうまれないというか……(先を考える気があんまりない)

2006-04-05

[] 文は短くなってません

お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数はいらず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかになって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。

ブログ文章術 米光一成|Excite エキサイト ブックス : 一文を短くって言うけどさ1

この文を短くする、という例題。ちょっと面白いと思ったのでやってみる。あ、ちなみに私は「短い文章」がいい、とは思いません。一文が長い文章がわりと好きです。自分でも、わざと文章切らないで書こうとしてるときのが多いです。ブログ文章術とかもあんまりあれです……。

【追記】この文章は太宰治「女生徒」よりの引用だそうです。読んだことあるのに意外と気づけないもんだ…。

普通に

まずこの文章だけだと何をしたいのかがわからないので、そこは無理矢理。

手っ取り早く、食卓を賑やかに、贅沢にしたいという時の裏技のひとつが、小皿に台所の余り物を「とりあえず並べてみる」というやり方だ。ハムやら卵やら、パセリ、キャベツ、ほうれんそうなどの野菜やら、とにかく小皿に盛り、彩り良く並べる。それだけで食卓はそれなりに豪華に見えるだろうし、そのうえ経済的である。もちろん、味の保証はしませんけどね。

参考例 → http://gourmet.yahoo.co.jp/seturl?mid=western&small=0202041&id=E122304&rno=1

小説風

ちょっと文章に特徴のある小説家の人の文章を思い浮かべて書いてみたけど、たぶん自分にしか伝わってないので誰だかは書かない。

その1(斉藤さんは困った人)

電話を切った和子が「どうしよう、斉藤さん、今からくるって」と言いながら、台所へと向かって中にあるものを手当たり次第取り出しはじめたので、私も、その鬼気迫る様子をただ見守っているだけという訳にもいかず、和子の取り出した、朝食の残り物――卵とハムの炒め物だった――やら、ほうれんそうの和え物やら、仕舞にはそのままのキャベツやパセリまでを小皿に盛る作業を手伝っていたのであって、いつのまにか彩り豊かになった食卓を見て「なんだかご馳走みたいだなぁ」とつぶやいていた頃にはすっかり目的を忘れていたのだったが、「しかも経済でしょ」「でもまずそうだな」などと互いを茶化しあっていた時、ちょうどタイミングよくドアチャイムが鳴り、こちらが扉を開くより先に顔を出した斉藤さんを見て、やはり斉藤さんは斉藤さんだと思ったのであった。

その2(七部作を想定している)

「まかせといて」とわたしは言う。なぜならわたしはそれを知っているから。

手数はいらず、経済で、ちっともおいしくはないけれど、そこを賑やかに、贅沢に感じさせる、そのやり方を。

そしてすぐさま、そこらにある食材を一切合切集める。彼に小皿を並べるよう指示する。ハムも卵もパセリもキャベツも、ホウレンソウ(それは流石にそのまま、というわけにもいかなかったけど、でもゆがいただけ!)も、等しく平等に、でも彼らがバッチリ「美しく」見えるように並べる。

もう一度言う。――ちっともおいしくはない。そんなのは前提。

でも食卓はまるで魔法でもかかったみたいに、いろどりよく賑やかに見えてる!

その3(参考文献/「煙か土か食い物」)

冷蔵庫にはおよそ三百万人の市民が住んでいるが、そいつらがどういうわけだか余り物になってそこを占拠しやがるから、台所にいる俺は馬車馬三頭分くらいハードに働いてそいつらを決められた小皿へ追いやる。チャッチャッチャッ一丁上がり。チャッチャッチャッもう一丁。やることもリズムもERの仕事に似ている。四郎の例えと食い違ってきたのでここは割愛するとして、ERと違うのはここにあるのが紛うこと無き食材であり、同時に調味料やらフライパンやら、そういったものが一切ない場所での食材であるということだ。従って俺は、こいつらを単に切り刻むことしかしない。チャッチャッチャッ。そして小皿に盛る。美しき食卓の一丁あがりだ。ヘイ、これって経済じゃないか?

絵本風(知育えほん、とか)

きょうはおかあさんのたんじょうび。

ぼくがごちそうをつくるんだ!

ハムと卵とパセリさん。ぴかぴかきれいなキャベツさん。

いつもはきらいなほうれんそう。きょうはなんだか食べられそう。

お皿をならべて、手ぎわよく!

あか あお きいろ にならべるよ。

かんたんだけど、ごちそうだ。

「おかあさーん」

「あらまあとってもおいしそう。それになんだかけいざいね」

パクパクむしゃむしゃモグモグ……

あんまりおいしくないけれど、ぼくがつくったごちそうだい!

おしまい

つかれてます。

[][] ビッグコミックスピリッツ 2006/18号

Happy!
ドラマ化記念のグラビア。幸役の子がかわいいです。(って前も書いた)
20世紀少年
もう佳境かな…。うーん、ちょっと核心に驚かせてほしいという期待と不安とのはざまにいる感じだ。浦沢さんにはいつも期待し過ぎてしまう。いつもそれ以上のものを読ませてくれる漫画家さんだからこそなんだけど。
中退アフロ田中
田中ひさしぶり!車かったんだって?
ハクバノ王子サマ
やってやった……という感じですね。この二人のすれ違い葛藤はとてもよくわかる、というか…。
ラストイニング
がびーん。
もふ
サソリって美味しいんですか?
ボーイズ・オン・ザ・ラン
「いーわけっねぇですっ」というならクソ意地見せて欲しいです。やるならいましかないのでは。
闇金ウシジマくん
うううーん、こわい話だけど、今までの話でいちばんありえそうだ…。
団地とも
気まぐれ天使の巻。
fine
この弱さはなんかリアルな気もする。ある意味ウシジマくんの瑞希の思考回路のようだ。この場合は男の方が。

[] ぼけ

ichinics2006-04-05

一昨日(id:ichinics:20060401:p2)にも写真のっけたのと同じ木です。ちょこっとづつひらいてる。ぼけの花。

今日のわたしは、昨日も書いたtheピーズの「どっかにいこー」という曲に、とりつかれている。今日いちにちで何十回聞いただろうか。ヘッドフォンで聞いて、ギターの弦をなぞるかすかな音や、マイクに向かうまえの一呼吸や、「あたまひやして/かんがえてみ/あいつはいいやつだ/きみにはあわないよ」という展開にあるだろう「べつのこと」や「おーらい」という声に耳をすませて、なんか沈む。

2006-04-04

[] ブッチーメリー/The ピーズ1989-1997 SELECTION SIDE B

5月のライブに向けて、とりあえずこれまでのアルバムは買い集めようと思っているのだけど、まずは中古で見つけたこれを。

ブッチーメリー The ピーズ1989-1997 SELECTION SIDE B

ブッチーメリー The ピーズ1989-1997 SELECTION SIDE B

活動休止中にリリースされた、編集盤の片われだそうです。

いやもう、だけどこうしてまだ聞いたことのない曲を聴いても、軒並みグッとくるのはなんでなんだろーな。「リハビリ中断」はすぐにでも買いたい。ここでは、アルバム収録されてないっぽい曲についてのみ感想を。

肉のうた(スタジオセッション)

これから焼き肉行くたんびにこの曲思い浮かべるだろうなと思います。くいたくねーよ、といいつつ、肉くう! と歌うのがいいです。くう!

恋は水色(シングル「やりっぱなしでサイナラだByeBye」より)

あのポール・モーリア「恋は水色」のカバー。

そんなきれいな話の後ろで猛獣のごとく叫んでる。はじめてこの曲を好きだと思った。「恋は水色」といえば高校のとき部活の合宿所に使ってたとこで朝の音楽として流れてて、朝から辛気くさい曲だなぁと思ってた、そんなイメージだった。あと村上春樹の小説の中、ドルフィンホテルの廊下で流れてたのもこれだったような。

どっかにいこー(1992/LIVE AT ON AIR)

泣ける。あーあ。だめだなぁ。あーあ。この曲ひとつでながーーい物語が書けそうだ。だれも読みたくないような、だめな話。でもほんとの話。

ずっと待ってんだ/けっこー前から/好きなんだ/2人で/どっかにいこー

これを最後に繰り返すとこの「待ってんだ」で声が裏返るのがいい。ピーズには珍しい(ような気がする)スローテンポの曲も切なくて、この酔っぱらってだだこねてるみたいな、もたついて穴に沈んでく感じが大好きです。「好きなんだ」ってシンプルに言葉になってんのも、はっとする。

[] 今日は風の強い日

どこにあるかわからない桜の木からも花びらが舞ってくるほどの強い風。花見をする間もなく、桜は散ってしまいそう。今年は毎日通る道の桜(画像)だけだなぁ。毎年見てる桜並木にも行けず仕舞い。

でも今月末には弘前へ桜見にいく予定だからそれまで仕事がんばる。と思っていたのだけど、昨日も仕事、今日も終電間近で帰宅して、正直なところ、ありえないよね…という気分が拭えない。

もっと映画みたり本読んだり漫画読んだりゲームしたりゆっくりご飯食べたり酒飲んだりしたい!

なんて日記に書いたりするくらいがささやかなあれです。王様の耳は云々てやつです。王様ってのは私の中の「良い子であろうとする子」な部分です。

f:id:ichinics:20060404020854j:image

[][] 真夜中の弥次さん喜多さん

監督:宮藤官九郎

結構前ですけど、映画が公開されてから原作の漫画を読んで、こりゃすごいなぁ…と思ったんですけど、ほぼそのまんまの勢いの映画だった。

こういうのサイケデリックとかもう言わないんでしょうか。言わないかしら。でもとにかく酩酊感覚。

原作でもあった、いろいろな宿の中から幾つかピックアップして、旅が続いていく感じはとても面白かったのだけども、喜多さんの過去シーンとか入れて「説明」してしまうんだったら、弥次さんにもそれを期待してしまうとこなんですが、彼が何故、喜多さんを、というとこがまったくわからないのでして、いえ、その気持ちの強さはわかるのですけど、何故? というのは、残るよなと思った。

が、それでもあの映像感覚というか、イメージは面白かった。だからむしろ「説明」はしない方が良かったんじゃないのかと思った。

で、何故これを見たかといえばザゼンです。目当てがずれててすみません。でも良かったわ。サントラも買おうと思いました。しかも出演してるし。

 キーワード画面が!

変わってるんですが、これ今日からなんでしょうか?

うーん、とりあえず商品のキーワードページは前のが良かったなぁ。古い日付けの言及日記が読みづらくなった。感想書いてから言及日記を読みあさるのが楽しみだったのに…。せめて一括表示してくれるリンクとかあればいいのになぁ。こういうときにアイディア使えばいいのかな。

ichinicsichinics 2006/04/24 03:01 カゴメさん、はじめまして。弥次喜多はいろんな意味で酩酊映画でしたよね(笑)ところで、せっかくいただいたTBがどうも受け取れていないようです。たしかはてなは文中リンクがないと受け取れない設定になっていたような…。申し訳ないです。もしよろしければ、コメント欄にアドレス下さると嬉しいです(文中リンクはご面倒でしょうし)。

2006-04-03

[][] ヴィトゲンシュタイン入門/永井均

ウィトゲンシュタイン入門 (ちくま新書)

ウィトゲンシュタイン入門 (ちくま新書)

読みはじめてから何度かその内容について触れてきましたが、ようやく読了しました。

もとはといえば『論理哲学論考』に挫折、というかわからない部分が多すぎて梯子を探すかのように読みはじめた本だったんだけど、とても面白い読書だった。

ただ、この本は、ヴィトゲンシュタインという人の哲学について書かれた入門書であり、長い年月にかけて行われた哲学に触れられている。章立てとしても「生い立ち」ではじまり「最期」に至る。だからこそ、その流れに圧倒されてしまって、正直今は面食らっているままでいます。それでもはっきりといえるのは(こういう感じ方をすることを嫌悪する人もいるかもしれないけれど、それでも)私はこの本を読んで、感動してしまったということだ。

ここで私が名前をつけた「感動」という言葉には、二つの側面がある。

まず一つは、ヴィトゲンシュタインという人が残した言葉が映すものに対して。特に中期〜後期とされる部分での「言葉」についての流れに、まるで自分の言葉を疑い続けることでその輪郭を押し広げていくような葛藤を見ることができて、興奮した。そしてそれはもちろん、初期とされる部分を読んだ後だからこそのことなんだ。

そしてもう一つは、このように私が読む、ということで何かを思うということが、永井均という人がヴィトゲンシュタインの書いたものを読むことの後にあるということだ。

私はこの本を読んで、(太字部分は傍点*1/以下同様)

『論考』の世界は、この私の存在という(世界の偶然とは次元の違う)もう一つの偶然によって支えられているのだ。もちろん読者はそれを一般的な先験的=超越論敵自我として読む。それ以外に読みようがないのだから、それは当然のことである。だが、著者にとってはそうではない。(p81)

という「著者にとってはそうではない」という部分こそが、『論考』の核であり、後期の章にて引用されていた

「考えをかえてはならない。根本的であるとはまさにそういうことなのだ。」/『確実性』(五一二節)

という部分の根本的なことなのではないだろうか、と思った。その後に永井均さんが『彼がしているのと同じ種類の他のことを人がするということに、彼は本質的な点で意義を認めることができなかったのではないだろうか』(p201)と書いているところ、に見える何かが、私が『論考』を読みながらずっと感じていたことに近いような気がする。すごくばかばかしい言葉を使えば、それは「疎外感」に近い感覚だった。その唯一性を心強く感じるとともに、それを私の言葉に当てはめて考えることを、拒絶されているような気がしたのだった。

そのように、何にでも個人的な感情を伴って読んでしまうのは私のわるい癖で、今のところどうしようもないのだけど、でもそれは「当然」のことでもあるのだ。でも、と言いたい部分があるのはまた別の話。

ただ、この本は明らかに永井均という人が、ヴィトゲンシュタインの書き残した言葉を読むことで書かれたものであるわけです。そのことに、私は感動してしまった。

もし「信じている」という語をこのように超越論的(先験的)に使うことが許されるならば、そのとき、それを「もう一つの語りえぬもの」に対して超越論的に使うことも許されているはずである、と。(p205)

この言葉に至ったときに、安心してはいけない、と思いつつ、なんだか嬉しかった。ああ、ばかみたいなことしかいえないのが歯がゆいですけど、これってすごく重大なことだと思う。

この言葉を聞いたら、ヴィトゲンシュタンはどう答えたのだろうか? と、つい想像してしまう。

* * *

ここに感想として書いたのは、あくまでもこの本を読んだ私の感想であり、そこに書かれていたこととはまた違います。あまりにも安易な感想なので、誤解を招くのが少し恐いですけど、私はここに書かれてた言葉を、もう少し自分の言葉で考えてみたいと思った。わくわくする(と同時にいろいろへこむ)本でした。

とりあえず、「会話の正解を想像することと俯瞰は違うかも」という文で考えてたことは、第5章「言語ゲーム−後期ヴィトゲンシュタイン哲学」にて書かれていた『少なくとも日常のなめらかな言語実践においては、誰もが意味盲だからである』というとこがちょっとヒントになるかもと思ったので、この辺について書いてある本をもうちょっと読みたいなと思ってます。

それを自分の言葉として理解したいと思うことには理由を必要としてないのがまず一番の知りたいことでもあるんだけど、それは私が初めて自覚的に触れた哲学の本である、永井均さんの「〈子ども〉のための哲学」(id:ichinics:20050420:p3)にあった

でも、水中に沈みがちな人にとっての哲学とは、実は、水面にはいあがるための唯一の方法なのだ。

という言葉で説明できるだろうな、と小さく付け加えておきたい。ほんと小さく、ささやかに。

[][] PLUTO浦沢直樹

PLUTO (3) (ビッグコミック)

PLUTO (3) (ビッグコミック)

面白いです。「MONSTER」でも「20世紀少年」でも浦沢直樹さんは視点を移しながら物語を進めていくけども、それはこの「PLUTO」でも同じで、この巻ではKR団というロボット人権法廃止を唱える極右集団に属する男を視点の中心に据えている。

ところで、モンスターがかなり原作に忠実なアニメ化だったからか、PLUTOを読んでいても、いつのまにかコマからアニメに見えてくる。アトムの声とか聞こえるようで、そういうキャスティングとか妄想するのがまた楽しいです。楽しいんです!

[][] 新世代アニメーションまつりと私の好きなアニメーション

そうそう、アニメといえば、下北のトリウッドhttp://homepage1.nifty.com/tollywood/)でやる「新世代アニメーションまつり」に行こうと思ってます。ラインナップはこんな感じ。

「はなれ砦のヨナ」「カクレンボ」「惑星大怪獣ネガドン」「まかせてイルか!」「ほしのこえ」「雲のむこう 約束の場所」

もう見たのもいくつかありますが、一日中入り浸ってみたいと思っている。とくに「まかせてイルか!」は以前メディア芸術祭で半分くらいしか見れなくて、いつか見たいと思ってたので嬉しい。それからカクレンボがまたスクリーンで見れるの嬉しい。見た時の感想(id:ichinics:20050503:p1)は、今まで書いてきた感想の中でもかなり愛情のコントロールができてないもののひとつだと思うのですが、なんと言うか、ああいうのがまさにツボなのです。九龍城とか、藤原カムイさんの「福神町綺譚」*2とか、複合住宅とかパノラマ図とか地図とかが好きすぎる。

私の好きなアニメーション

そういう意味で、私がアニメを見るときに、気にしている点の一つが世界観とそれにまつわる美術/作画だったりします。もちろん、物語が大切なことはいうまでもないのですが、その物語がどこで起こるか、という「設定」に私の興味は集中する傾向にある。もっと風景が見たい! と思う。ちなみに、それを最初に自覚したのは、押井守監督「劇場版パトレイバー」だった。

次に気になるポイントは演出で、アニメーションの自由さ(特権といったほうがいいかな)というのは、まさにこの演出に凝縮されている気がする。それは決して奇抜な演出を好むということじゃなくて、その世界に合った演出がされているかどうかということ。だからわりと制作者で見るアニメを選ぶ傾向にある…なんていうと偉そうだけど、それはまあ、映画見る時に監督で選ぶのと同じことで、一般的な選択基準の一つだと思う。もちろん原作が好きだから、とかで見ることも多いけど。

という訳で「鉄コン筋クリート」に期待*3しまくっています。楽しみすぎる。

*1:もしかしたら傍点て打てるのでしょうか

*2福神町奇譚でキーワードがあった

*3:アニメフェアで見た予告のこととか → id:ichinics:20060326:p1

2006-04-02

[][] ナルニア国物語 ライオンと魔女

子供の頃から大好きな話だったので、映画も楽しみにしていたんですが、やっと見に行けました。といっても最後に読んだのはたぶん小学生の頃なので、いまいち覚えてない部分もあったんだけど、基本的な筋は原作どおりだったと思う。おっ、と思ったのはエドマンドの好物がプリン(プディングだっけ?)じゃなくてターキッシュ・ディライトというやつだったこと。どんな食べ物なんだろう?

【追記】これか!というのが検索したらあっさりヒットしました→ (http://narnia_koku.at.infoseek.co.jp/eat_me.html)とても丁寧な解説です。しかし何故プリンだったのか…。

* * *

まず、ごく普通の子供達が、ある日ナルニアに迷い込むという物語の冒頭部分、特にあのクローゼットを開けるまでの展開を丁寧に描いていることが好印象でした。あれがあったからこそ、兄弟間での葛藤や力関係がリアルになったと思う。特にエドマンドについては、原作を読んだときよりも感情移入できた。(エドマンド役の男の子が市川実果子さんにすごい似てた)

ただ、その分、削られてしまった部分も多く、特に兄弟とアスラン軍の人々との交流、ナルニアで活躍するシーンなどをもっと見たかったなぁというのが正直なところです。あと「予言」ももう少し強調してほしかった。どうしても「ロード・オブ・ザ・リング」と比べて見てしまったんだけど、あちらが徹底的に細部まで描いた印象だったのに比べると、このナルニアはわりとダイジェストのような印象。全体的に短かったです。

アクションシーンも、迫力があるといえばあるんだけど、ディズニー映画だからかそれほど残酷に映るような描写は避けているみたいで、だからこそ、ちょっと大事なところがおざなりになっている。最初にピーターが狼を倒す場面のカット割りはなんだか、それってうっかりじゃ…という感じだったし、魔女軍との戦いではまず、エドマンドとピーターの位置関係が把握しづらかった。そしてエドマンドの見せ場なはずな部分も、エドマンドをちゃんと映さないし、ピーターの戦いっぷりにしても、剣が重そうなのが気になった。

四人の兄弟の中で、一番ピーターが影が薄いというのは、もったいない。でもそれは四人の演技の質の違いかもしれない。ルーシー役の子がやけに演技派で、ピーターが一番あっさりしていた気がしたからかも。

一番心配だったアスラングリフォンなどは違和感もなく、格好良かった。タムナスさんはどうしても上半身裸に見えてしまったけど、動きはよかったと思う。

続編も製作されることが正式決定したらしいですが、次は「カスピアン王子のつのぶえ」か。それまでには原作を読み直したいです。

[] 桜と買い物

弟達の卒業記念、なんだと思うんだけど、とにかく何故か家族写真をとることになって、早朝から外出。といっても近所の公園で、桜と一緒に記念撮影だったのだけど、言われるがままに兄弟四人で写真とられてたら、そういえばデジカメが壊れてからずいぶんたつなと思い出して、映画の前にデジカメを買おうと決める。

久々に秋葉原に行こうか、と言っていたのだけど、途中で面倒になって新宿へ。

まずは、デジカメを衝動買い。たいして迷いもせずに買ってしまったけど、かなり嬉しい。しかも、今回は完全に見た目で選んでしまった。真っ黒の。前のはすぐ壊してしまったので、長もちさせたい。

その後は伊勢丹で化粧品とか買って、休憩して、買い物して、休憩して、ツタヤで半額セールだったのでDVDとか借りて、映画見て帰宅。

帰って来てからまた借りて来た映画を見る。

そして4月1日には結局嘘つかなかった。

[][] SLAM DUNK(その3/12〜16巻)

スラムダンク (12) (ジャンプ・コミックス)

スラムダンク (12) (ジャンプ・コミックス)

そして12巻「王者への挑戦」でiH予選決勝リーグがはじまります。

緒戦は王者「海南」。この海南の選手たちは、既に前の試合の観戦シーンなどで紹介済みなので、読者としてもすんなり彼等の立ち位置を理解できる。

序盤は快調に飛ばすものの、弱点をつかれて桜木は身動きがとれなくなる。しかしそんな折に赤木が負傷――。その穴を埋めるために、初めて積極的にチームメイトとして機能する桜木と流川。この構図がたまりません。(13巻p58→p138のパス)とか。そして『オレに今できることをやるよ』という桜木の台詞は、彼が「チーム」を意識して発した初めての言葉のようにも思う。ちょっと前までまるで喧嘩の応援だったのに。

その後、流川の天才っぷりが遺憾なく発揮され、そしてゴリ復活。しかし海南はここからが本領発揮だった。定番の展開なのだけど、それまで盲点だった神の3Pシュートの場面などにはやはりぐっとくる。そしてそこから「期待される」花道の怒濤のがんばり。そして懸案だったフリースロー。投げて、自分で決めるという荒技をやった前回から、今度は自分で方法を考える、という花道をみせる。これによって彼がただの天才ではなく、努力の人であるということが印象づけられるわけです。にくいね!

接戦のまま15巻。桜木と花道のコンビネーションが今度は『信頼』によってもたらされる名場面。#126は泣けます。というかここから#131までの試合展開はほんと何度読んでも迫力がある。観戦する視点には常に盲点があり、そこを突くのがほんとにうまい。

しかしこの試合最後のミスを桜木は気にしている。ハルコに褒められても簡単に回復しないのは、桜木が自分自身に期待しはじめてるからなのだろう。頭を丸めるのはそういう展開だったのか、と思い出して微笑ましかった。ああ、花道はもしかして「フラワー・オブ・ライフ」の主人公に似ているのかもしれない。この屈託のなさが。

そして16巻にて、再び上級生VS1年生の紅白戦。三井のおかげで、自分に足りない部分に気付く花道。「シュートの練習は楽しかった」P58というナレーションがまた泣ける。ゴリ父とメガネ君母に見守られて育つ花道の巻がすきです。

武里戦に快勝し、陵南/海南戦へ。今まで戦ってきたキャラクター達ばかり、ということに加え、仙道をPGというポジションにおくことで、主人公なしでも『試合』を面白く読める。おもしろー!

スラムダンク (16) (ジャンプ・コミックス)

スラムダンク (16) (ジャンプ・コミックス)

2006-04-01

[][] 女子が読む漫画

意外!? 女の子が一番好きなコミック誌は『週刊少年ジャンプ』!

http://news.oricon.co.jp/omr/16844.html

という記事をはてなブックマークで知りました。

ブクマのコメントとかを見ていると、意外という言葉が目立つのだけど、調査したのが「オリコンスタイル」であるということと、他にランクインしてる雑誌がらしてみても、これはわりと一般的と言える調査結果なんではないかなと思った。「一般的な」という区分けも曖昧なんだけど、たぶんもう少し「漫画好き」ばかりが読む雑誌の調査だったら、もっと偏りが出たんではないかと。2位にCookieというのを見てもそう思う。で、結果についてはそれほど意外でもなくて、なんとなく二位以下にすごく票差がありそうな気もする。

好きと言いやすい

とりあえずこの結果になった理由のひとつは、やはりジャンプがちゃんと女性もターゲットに加えた紙面づくりをしてるからなんじゃないかな。腐女子だけでなく、私の周囲の「オタク」という言葉に抵抗を感じる女の人たちの中でも、「ワンピース」ちょっと前なら「ドラゴンボール」や「スラムダンク」はありらしい。たぶん実写映画が公開されれば「デスノート」もその中に入ると思う。アリ/ナシの区分けの基準はよくわからないけど、芸能人とかも面白いと言ってたりするからという言葉をちらほら聞くので、好きと言いやすいだけなのかもしれない。

少女漫画雑誌という場所

それから、もうひとつの理由に、少女漫画雑誌の低迷があるんじゃないかと思う。「少女漫画」というのはここでは一応、中、高校生の女の子をメインターゲットにしてるもの。

男性コミック誌の連載作品がある程度バラエティに富んでいるのに対し、女性向けの漫画雑誌は基本的に恋愛ものが多い。もう少し年齢層があがると生活環境にあわせた雑誌づくりをしているものが目立つ。(働く女性、とか、家庭もの多め、とか)つまり、読者が自分と重ねあわせて読むための漫画が目立つように感じる。特に増刊ものはその傾向が強いし(「切ない恋特集」とかね)、作家単位というよりカテゴリ単位の編集が目立つけど、あれはあれで需要があるのかもしれない。ともかく、増刊だけでなく、本誌でも一話読み切りが主体だったりとか、作家にとってはあまり自由な環境ではないようにも見える。

もちろん少女漫画家にも優れた作家は多いんだけど、むしろそういう作家として魅力のある人が男性コミック誌に流れているような気もする。例えば佐々木倫子吉野朔実IKKIへ、安野モヨコが(なかよしでも書いてるけど)ヤンマガイブニングモーニングへ、デビューが最初から男性コミック誌という女性漫画家も多い。

キャラ人気とか

また、ジャンプに多い、キャラクター人気につながるような漫画は一気に読者層を押し広げるけど、それは少女漫画でいうとわりと低年齢層向けのものに集中していて(りぼんなかよしなど)女性コミック誌のものがドラマ化される例はちらほらあるものの(「papa told me」「SWEETデリバリー」など)少女コミック誌(対象年齢が中、高生あたりの)になると、あまり目立ったヒット作がないようにも思う。私が知らないだけかもしれないけど、その辺の雑誌で活躍してる漫画家さんが私の中、高校生時代に活躍してた人とほとんど変わってないのもちょっと勢いのなさを感じる点でもある。今、面白そうなのは別マかなぁ。

ただし、白泉社は昔から例外だった。私が読者だった中学生くらいの頃は、よっぽどの漫画好き(まあオタクと言ってもいい)な子しか「花とゆめ」には手を出してなかった。だから今回のランキングで「はなとゆめ」「LaLa」がきちんと上位に入っているのを見ると、漫画読み人口は増えてるんじゃないかと思ったり。

そうやって考えてみると、女性誌、男性誌、と区分けがあるのがおかしいような気がしてくるけど、なんとなく「漫画読み」な人たちは女性も男性も含め、「男性誌」のカテゴリに入れられてるものを読んでいる/もしくは単行本派が大多数なんじゃないだろうか。

以上はすべて

以上はすべて、私的な極論なのですが、ちょっと興味あるのでもう少し調べてみようかなと思ってます。大学の時にも青年漫画誌の読者層というレポートを書いたことがあるんだけど、当時から青年漫画誌に偏った趣味だったので、少女漫画をきちんと読みたい気持ちはある。けどもう今さら学園ものとかきびしいような気も…。ライフ読んでぐったりしたしなー。

[] 体力ない

ichinics2006-04-01

なんかまずいなぁ、と思ってたら、とうとう体調を崩してしまい、昨日は寝込んでた。久々に10時間以上眠れてすっきり。解熱剤飲んだあと、ベッドの中でスラムダンクの続きを読みながら寝たり起きたりを繰り返す。おかげで夜には回復して、持ち帰ってた仕事を進められたし、まあ進行の遅れにまでは至らず、ほっとした。

仕事は好きだけど、やっぱり自分の時間はちゃんと確保したい。とりあえずこの山を越えたら、仕切り直そうと思う。

そして、くよくよからも脱出。私には、好きなものがたくさんある。それは何の役にもたたないかもしれないし、好きであることに価値なんかないかもしれないけど、自分で自分を心地よくしてあげるくらい、良いじゃないかと思う。「明日ありゃいいさ、覚えてりゃいいー」ってくらいの気分で、身軽だ。

風は冷たいけど、天気はいいし、桜も満開だし、明日は休みだし、体調もよくなったし、やりたいこともあるし、満ち足りてないし、幸せだ。

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