山へ行く/萩尾望都

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

シリーズ「ここではない★どこか」の第1巻。SFを中心とした短編集です。
読んでいると、これがいつの作品だかわからなくなる雰囲気だけれども、それは萩尾望都さんがそれだけ長い間ぶれずに作品を生み出し続けているということだと思う(なにしろ私が物心ついたころにはすでに人気作家だったのだし)。ただ、ぶれないとはいえ、この不思議な語り口をなんといったらいいのか、いまだによくわからない。何かすこしづつずれていて、物語もけして予想したようには進まない。目くらましのようで、しかし最後にはきちんと着地する。
たとえば、第1話「山へ行く」は、山へ行こうと決心した主人公が結局家に帰ってくる、たった16ページのお話なのだけど、ものすごく長い間翻弄されていたような気持ちになる。そしてこの会話の密度。「くろいひつじ」も多くの登場人物が一斉に会話する、奇妙な高揚感のあるお話だったけど、場の空気のようなものに流されそうになったところで物語の視点が飛ばされる、この肩すかしがまたなんとも萩尾望都らしい(らしいとかいっていいのかわからないけれど)と思った。「メッセージ1」と「メッセージ2」も、この収録順が逆だったらきっときれいにまとまっていたはずで、でもこの順だからこそ、何かを覗き込んでしまったような、ぞっとする感触がのこる。
もっとも印象にのこったお話は、最後に収録された「柳の木」。萩尾望都さんの絵柄はけっして好みではないのだけど、ほとんど会話もないこのお話の、言葉にならなかった部分の大きさにぐっときた。
たとえば「茶の味」のスケッチブックのような。

 どこへ行っても全部いいとこさ

どっちがいいとかそっちがいいとか決めるのが最近苦手で、どっちもいいよねと思ってしまう。どこ行っても全部、いいとこに思える。それならば、偶然の足取りにまかせて、なんでも来て見て触ればいいじゃない。なんて誘われても、時間は有限だからこそ、ついつい同じもの好きなもの知ってるものばかりを身の回りにおいてしまう毎日ですけど、
するといつのまにか、それらから遠ざかっているような、ひんやりする気分になったりして、遠ざかっているのか、おいていかれてるのか、ばっちり世界は幸せ、あふれてんのに足りないような、
そしてふと、自分のそばでなくて、あちこちに、大事なものがあることに気付く、その繰り返しのような気がしている。
好きはもちろんこれまでの上にあるのだけど、だからといってじっとしていなくて、きっと少し先に、あるんだと思う。それを追いかけて、ふらふら、今日も誘われて、やあやあって見知ったものと何度も出くわして、そしてもっと好きになれたら面白いですね。