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  □これまでの日記一覧

2007-11-08

 向こう側のひとたちへ

何度も同じこと書いてる気がするけど、何度でも書く。

好きなサイトやブログが、停止したり閉鎖したりするのは、やっぱりさみしい。身構えていてもいなくても、なんかこうみぞおちらへんにくるものがあります。

以前、ある人に「伝えるべきことは伝えられるうちに伝えるべき相手に伝えるべきだー、と思う」と言われて、そうだなぁって、それからはなるべく、そうしよう、そうしたいと思ってきた。でもそれは、読めなくなることのさびしさを減らすものではないから、やっぱり、さみしいはさみしい。

それはきっと、続いていたものが、終わるからなんだと思う。

特に何度かやりとりをさせてもらった相手の場合、「これに反応して書きたい!」とか「書いたの読んで欲しい!」という気持ちで書いたりしたものが、この日記にもぼこぼこ埋まっているわけです。私はそういうのがすごく嬉しかったし、楽しかった。

でも、今日もまたいつものようにメモ帳開いて、何か書こうとして、ふと、あああの人はもういないんだ、と、思ったりすることもあって、

じゃあ私は、誰に向かって、と、手がとまることもあるけど、

でも、なくなったブログのあとには、何か穴のようなものが、残っていて、私が何か言いたくて、メモ帳開くその時も、向こう側は続いてるんだということを思いだす。そうするとすこし、安心する。

結局、ブログに書いてることなんて切り取られた部分だ。

読んだり読まれたりで傷ついたり傷けてしまったりすることもあるかもしれないけど、それはその人の「部分」でしかない。どこを見せてるかなんてわからない。

でもだからこそ、ひっかかったものはちゃんと見たいと思うし、その言葉が続いて行く中には本当のことがあると思う。と、この前言ったら笑われたけど、

ああこの人はSFと美少女が心底好きなのだな、とか、この人は不器用なほどに誠実なんだなぁとか、メイドさんとはその後どうなのとか、「終生、楽しさ保証つき」ていう言葉のこととかね。

何度も思い出して、考えてる。そして、私が考え続けてる間は、まだまだ終わんないんだぜェーーっていう往生際の悪さをアピールするためにも、私はとうぶん、ここにいると思います。たぶんしばらくしたらまたこういうこと書くね。何度も何度も、同じこと書く。それはつまり、ありがとう、とか、好きだ、とか、そういうこと。

killhiguchikillhiguchi 2007/11/09 23:00 ブログは部分にしかすぎない。それは決してその人総体ではありえないし、その人などというものがいるのかどうかさえ怪しい。その通りだと思います。
 けれど、部分ゆえに、どこまでいっても部分でしかないゆえに、その人の永続性は担保されているのではないかと信じています。全部見せられたらそこで終わりでしょう?
 切り口を、断面を、裂け目を、界面を、たくさん見せ続けてくれる、それゆえ私の中に像を更新し続けてくれるichinicsさんに感謝。

ichinicsichinics 2007/11/11 19:34 rbさん、こんばんは。ありがとうございます。自分の中にそのサイトの場所ができていた、というような、本とは違う、文字の力みたいなものが、例えばサイトとかブログには、確かにあるような気がします。なんなんでしょうね、この感じは…。なんていうか、あったこともないのに、人としてみてるみたいな。不思議な感覚です。
killhiguchi さん、こんばんは。うれしい言葉をありがとうございます。「全部見せられたらそこで終わり」ということについて、いまちょっと考えています。そうかもしれない、けど、でも全部見せるって、可能なのかなぁとか。いくら積み重ねても全部にはならないってことは、とても心強いようで、なんだか切ないことのような気も、しないでもないというか…。だからやっぱり、言葉の端々でも、触れたと思うような部分があると、うれしくなるのかもしれませんね。