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  □これまでの日記一覧

2007-12-31

[] それではみなさま、よいおとしを!


朝起きたら、すごくいい天気でした。

今日で今年がおしまいだなんて、まだ信じられないような気持ちですが、とうとう大晦日です。

この1年をふりかえってみると、ほんとうに、いろんなことがあったなと思う。

なんといっても今年は、たくさんの人たちに会えた、とてもうれしい年でした。ほんとうにありがとう! 楽しい日がいくつもありました。

日記も相変わらずたくさん書いた。読んでくれたひと、ブクマやコメントやトラバやメールやスターやポイントやバトン*1をくれたひと、いつもいつも感謝しています。ありがとう!

それからたくさんの日記を書いてるひとたち。ありがとう! 来年も楽しみにしています。

いくつもの毎日がそうであるように、去年の今頃は、今のこんな気分とか、まったく想像もしていなかった。

わからないことはたくさんあるけど、それでも、あるていどは経験に基づく予想、みたいなのでわかりきっているつもりでいたことが、じつは全然わかってなかったんだなあっていうか、そんなの予想もつかないのが当たり前なんだなあとかね。あらためて思ったりしていて、

そして、そう感じることを、考える間もなく、うれしいと思っている自分を見つけ、同時に、毎日が新しいものであるということに、あらためて立ちすくんだりする。それはなんというか、

さよならとこんにちはのあいだにある、大晦日の気分みたいなのです。

あしたまた、こんにちはと言えますように。

みなさまどうぞ、よいおとしを。

f:id:ichinics:20071231041514j:image:w350

*1:チズさん、たたまないバトンありがとうございます! 年明け早々にかきますね!

2007-12-29

[] おはようたち

今年の4月からはじめたついったーでのおはようたちをまとめてみました。ほとんど眠いしか言ってないですけど、季節の移り変わりや、はてな新サービスについてとか、うっすらわかって個人的には楽しかった…けど、書き込んでるのはだいたい平日なこともあって、ほとんど眠いしかいってませんでした。来年はもうちょっとすっきり目覚めたいものです。

というわけでどーんと。誤字脱字もそのまんまのせます。

続きを読む

[] 観覧車から

4年前くらい前と、

f:id:ichinics:20070130011325j:image:w200

今年。

f:id:ichinics:20071231040320j:image:w300

たぶんどっちも観覧車のって「わー」とかって興奮して撮ったんだと思います。上は携帯カメラで下デジカメ。

写真みながら、そういえばどちらのときも、なぜか「救われる気持ち」のこと考えてたなぁというのを思い出した。なにか連想するところがあるのか、あらためて考えてみるとぜんぜんわからないんだけど。

陽のあたった窓から 見ていた君は

幸せな顔してる とても楽しいよ

退屈な午後には そんな想いが

ゆらゆらと揺れていて 救ってくれる

西日色。

2007-12-28

[] 2007年の漫画をふりかえる

私は漫画が大好きです。

今年、ひとつ決心をしたことがあります。それは、限りある本棚が漫画で埋め尽くされ床もまた漫画で埋め尽くされ、若干身の危険を感じるほどに埋め尽くされてもなお、読みたい時には迷わず買いたい。ならば、(絶版にならなそうなのは)売ればいいじゃない…、ということでした。

好きな漫画を売るなんて愛がないんじゃないの…、と自問したりもしましたが、そこはキャッチアンドリリースです。いやよくわかんないけど以上は全て言い訳です。ようするに、私は漫画が大好きだ、ということです。

最近は漫画の貸し借りをするお友達ができたのでたいへんうれしく思っています。じゃんじゃん貸しますのでおすすめしてください!

というわけで、2007年ふりかえりますよー。

ナツ100(おすすめ漫画100選)

ことしもやれて楽しかった。全力でおすすめしたい作品ばかりです。

2007年版ナツ100(id:ichinics:20070810:p1

2006年版ナツ100(id:ichinics:20060805:p1

2007年の漫画雑感

なんといっても「皇国の守護者」の連載終了が残念すぎる。あと去年からの流れで「シグルイ」「もやしもん」「ぼくらの」などのアニメ化や「セクシーボイス アンド ロボ」や「働きマン」のドラマ化など、そういう(なんていうのかな。カバー?)流れが目立って、でかい新作ヒットがあまりなかったような気がします。しいていえば、「君に届け」かな。あと、漫画家さんではよしながふみさんは「フラワーオブライフ」完結、「ゼロ年代」関連での取り上げられ方(これははてなだけかも)、インタビュー集刊行、など定期的にニュースがあったような気がする。あと富樫。

雑誌でいえば、モーニング2のラインナップがすばらしすぎる!それから少年画報社の単行本たくさん買った年だった。

個人的には、ほとんど漫画雑誌を読まなくなってしまったので(単純に時間がなくなってしまった)漫画に疎くなった気がしてます(なので単行本迷わず買うとか考えたりしてた)。

新しく出会った

小玉ユキさん、岩本ナオさん、勝田文さん、渡辺ペコさん、志村志保子さんなど、比較的最近デビューされたすばらしい漫画家さんに多く出会った年でした。

それから、友達に貸してもらった「彼女は半透明」「ランドリオール」「クレイモア」など、知らなかった作品と出会えたのも大収穫の年でした。

復刊した

いましろたかしさんのいろいろや、鈴木志保さんの「船を建てる」(id:ichinics:20071011:p1)の復刊はうれしかったなあ! それから復刊したことで「覚悟のススメ」を読むきっかけをもらえたのもよかった。そろそろ新井英樹「宮本から君へ」の復刊もお願いします(持ってるけど人にすすめづらいので)。

2007年に偏愛した

  • 志村貴子
    • 「敷居の住人」が個人的にはピンとこなかったため、手を出すのが遅れたのですが、そのほかの作品すべてストライクなほどに今は大好きな漫画家さんです。敷居も読み直そう。
  • 雁須磨子
    • 大好きだ。きっかけはラシ(id:cdefg)さんが「のはらのはらの」の感想を書かれていたことだったのでほんと感謝しております。
  • くらもちふさこ
    • もともと大好きな漫画家さんですが、「天然コケッコー」映画化などのニュースもある中、年末の「駅から5分」にやられた。
  • いましろたかし
    • ほとんどの作品に今年出会ったので。だいすきだ。

2007年の漫画個人的ベスト10

今年に刊行されたもの、もしくは最新刊が今年でた連載作品のなかから。

  • 「放浪息子」/志村貴子(id:ichinics:20070128:p1
    • 「青い花」も大好きです。
  • 「イムリ」/三宅乱丈(id:ichinics:20070821:p1
    • もっともっと売れてほしい!「ペット」を読んでから読むのがおすすめ(内容的には関連ないけど)
  • 「女の子の食卓」/志村志保子(id:ichinics:20061109:p2id:ichinics:20070724:p1
    • 思い出話が好きなひとにはぐっとくるだろうな。食べ物をモチーフにした連作短編集。
  • 「駅から5分」/くらもちふさこ(id:ichinics:20071127:p1
    • くらもちふさこの特別さ。
  • 「ドロヘドロ」/林田球
    • 最高にかっこいい! ショッキング!
  • 「ラウンダバウト」/渡辺ペコ(id:ichinics:20071101:p1
    • わたしはほんと、複数視点からの連作短編が好きすぎる。
  • 「光の海」/小玉ユキ(id:ichinics:20070523:p1
    • お話はもちろん、絵がとてもすき。
  • 「Present for me 石黒正数短編集」/石黒正数(id:ichinics:20070808:p1
    • それ町も大好きなんですが、短編でにじみ出るこの独特のテンポが大好きだ。
  • 「皇国の守護者」/原作:佐藤大輔 漫画:伊藤悠(id:ichinics:20070308:p1
    • まだあきらめてないです。
  • 「少年少女漂流記」/古屋兎丸&乙一(id:ichinics:20070225:p1
    • これも複数視点からの連作短編。すばらしい。

リンクなどはあとでちょっと追記します。

2007-12-27

[] はてなダイアリーアワード2007

最近、アンテナのあちこちでアワードの文字を見かけるようになり、そういえば私があそこやあそこをよみはじめたきっかけはアワードだったなぁ、ということを考えたりしていました。今年もまた、人のアワードを、ああこれ面白かったなぁ、とか、私もこれ選ぶだろうなぁ、とか、楽しんで読んでいたのですが、そのうちに、でもあれも面白かったよなあ、とか、自分だったら…てことを考え出したら楽しくなってきたので、と、相変わらず前置きが長いのですが、そういうわけでやります「はてなダイアリーアワード2007」。

の、中の「2007年度に投稿されたエントリの中で、面白かったものを教えてください(上限5つ) 」だけ、上限を見なかったふりをしてやります。そんで、縛りがまったくないのも自由すぎるので、今年の自分がブックマークしたのだけにしました。(そして来年はもっとブックマークを活用していこう…と思いました)。いくつもエントリを選んでしまった方もいますが私の優柔不断さだと思ってゆるしてください…。まだまだ選び足りないのですが、なんていうかもうキリがないのでこれであげてしまいます!が!もしかしたら続きあるかもしれません…。

以下、たくさんあるのでカテゴリにわけてみましたが、これは読んだ私の主観ですので、もうしわけないです…。

ときめいた

「ネコプロトコル - 近頃ニュートンのことをよく考えます」

「わたしのすごい方法 - あの娘にばれずに彼にもばれずにキスしようよ 明日の一限までには何度もキスしようよ」

「小鹿 - 中学生」

「悲しき玩具・フルスロットル(はなくそ銀河) - 雨宿り」

「月と太陽のおもいで - はてな短歌七首」

書くこと、とかについて

「ネコプロトコル - 無断リンクと通信の本質について暇なので考えていた」

「平民新聞 - さよなら七月」

「hasenkaのメモ - ブログに現れる「私」という現象」

「魔王14歳の幸福な電波 - 中二病を見下すな - 暗黒エネルギー」

「東京猫の散歩と昼寝 - 分からなさを辿りなおす」

「そこに意味をお与えにならなかったので - オーシマさんとぼく」

「さよなら飲むヨーグルト - みんなが君のこと嫌ったって、おれは好きだよ、はてな。」

「short hope - 20071011」

「平民新聞 - 心がヒリヒリする」

すきな話

「さよなら飲むヨーグルト - ねむりつづけるどうぶつの森」

「あざけり先生、台風きどり - サマーヌード 」

「小鹿 - パーマ」

「小鹿 - ライオン」

「女おいどん日記 - 夜の虫」

「S-KillZ to pay the ¥ - S君の思い出〜プラネットテラー〜」

ぐっときた

「ブーログ - 伝言」

「ブーログ - マッハゴーゴー」

「また君か - 悠久の風伝説」

「平民新聞 - SELF AND OTHERS」

おなかよじれた

「メレンゲが腐るほど恋したい - ハッピーセット、ハッピー抜きで」

「月面 - 朝霧ジャム子のオールナイトニッポン」

「ココロ社 - 亀田大毅が反則していないという証拠音声ファイル」

「ドロップキックアウト - 死ぬことと見つけたり見つけなかったり」

「平民新聞 - ワンコ1号風に吹かれて大ピンチの巻」

「失踪外人ルー&シー - あったらしいエヴァがきたー」

いろいろ

「石版 - AGURA BOYZ JUSCO/事故男日記」

あざけり先生と Geheimagent さんによるユニット(ユニットでいいのかな?)AGURA BOYZ JUSCO が大好きです。

「無免許タクシーabout」

これだけ2007年エントリ、というわけじゃないのですが、とにかく無免許さんのabout欄はすごい。

「裏庭日記 - お料理マンガ」

だいすき。

「平民新聞 - 吹く風の記録装置としての携帯カメラ」

光の写真と、「吹く風の記録装置としての携帯カメラ」て言葉が好きです。参加者数もすごい!

「ぼんやり上手 - 携帯写真の名誉回復に向けて」

↑上記企画参加エントリ。大好きな写真がたくさん。

「ココロ社 - 羽化に失敗したセミの幼虫たちの写真集」

圧倒された。

「メレンゲが腐るほど恋したい - ツバメ一家の夏」

じつにかわいい。

恋空創作[原作未読][だけど][すばらしい]

「S-KillZ to pay the ¥ - 恋空くん」

「ブーログ - 猫空」

「小鹿 - U Don't Cry」

こういう文章を書いてみたい

「ネコプロトコル - 萌えってそういうことだったのか会議 id:another篇」

「せかいの はんぶんを おまえに やろう - 新学期」

「shorthope - ブシェミ的」

「前戯の途中ですがニュースをお送りします - 午後20時における世界の終わりの飲食店」

「Everything You've Ever Dreamed - 飛べないパンチラのために僕は祈る」

「悲しき玩具・フルスロットル(はなぺそ銀河) - 橋本」

番外編

はてなじゃないんですが、これ大好き

自分で自分のスレをまとめてみた

いやー日記を読むのってほんとにたのしいですね。

来年もまた、たくさん日記を読みたいです!それではよいおとしを!(更新はまだします)

2007-12-26

[] 2007年(10月くらいまでの)映画をふりかえる。

2007年に見た映画をふりかえろう、と思って日記を見返してみたら、どうやら私、10月から一度も映画館に行ってないらしい…ということに気づきました。もちろん、見たいのがなかったわけではないんだけど、なんでだろうなぁ。

ただ、こうぼんやり考えてみて「あ、あれ見逃した!」て思いつくのは新作じゃなかったりするので、来年からはもうちょっと「いまこれ見とかないと次いつ見れるかわかんない」て感じのをきちんとフォローできるようになりたいです。

そして、そういう情報は、9割方アンテナなどから見させていただいてるサイトやブログを頼っています。感謝!

2007年の映画(ベスト10)

リンク先は感想です。

→以下順不同です。

ここにあげたのは、面白かったのはもちろんだけど、それよりも、個人的に印象に残るキーワードや場面があり、見た後に何度も思いだす機会のあった作品…という感じです。「大日本人」の、最初の自転車での出動場面とか、「絶対の愛」のラストとか。あと「松ヶ根乱射事件」は、友達の男の子に感想きいたとき、自分の思ってたことと全然違うこといったのが面白かった。

見た本数

昨年ベスト(id:ichinics:20061214:p2)を書いた後に見た映画を2007年分にカウントすると、計35本見てました。

ダーウィンの悪夢」「スキャナーダークリー」「鉄コン筋クリート」「リトル・ミス・サンシャイン」「ディパーテッド」「エレクション」「グアンタナモ 僕達が見た真実」「マリー・アントワネット「叫」松ヶ根乱射事件」「ドラえもんのび太の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜」「絶対の愛」「超劇場版ケロロ軍曹 深海のプリンセスであります」「13/ザメッティ」「御巣鷹山」「バベル」「恋愛睡眠のすすめ」「スパイダーマン3」「パラダイス・ナウ」「あるスキャンダルの覚え書き」「大日本人」「300」「プレステージ」「ゾディアック」「Genius Party」「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「レミーのおいしいレストラン」「天然コケッコー」「長江哀歌」「ドッグ・バイト・ドッグ」「グラインドハウスUSA版」「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」「童貞。をプロデュース1&2」「サッドヴァケイション」「サイボーグでも大丈夫」

というわけで、来年もたくさん映画館に行きたいと思います!乾杯!

[][] ムシウタ/原作:岩井恭平 漫画:水清十朗

貸していただいて読みました。ありがとうありがとう!

ムシウタ 1(夢みる蛍) (角川コミックス・エース 180-1)

ムシウタ 1(夢みる蛍) (角川コミックス・エース 180-1)

スニーカー文庫ででている原作を漫画化した作品、とのことですが、原作は未読。

予備知識がなかったため、どんな漫画なんだろーと思って読みはじめたんですが、物語の中心となる「虫憑き」の設定がなかなか面白かっただけに、漫画は2巻で終わってしまってる(小説版はまだ続いてるっぽい)のがとても残念でした。なにもかもこれからじゃんかーと思いつつ読み終えた。

あとで思い出す用に、いちおうメモしておくと、まず「虫憑き」という都市伝説のように恐れられている存在がいて、彼らは、体、もしくは心(?)に寄生した虫に夢を食われている、という設定がある。虫に夢を食い尽くされると、虫が成虫になってしまうので、そのまえに虫憑きを、虫を殺すことで廃人にしてしまう組織があって、…云々という感じだったと思います。そしてたった2巻では、その人物配置がなんとなくわかったくらいで終わってしまうのが残念すぎる。

あと、1巻末についてるおまけページ(予告編)で「かっこう」の正体がわかってしまうのもなんかなあ…。とか思ったけど、私が気づかなかっただけで、これもしかして秘密じゃなかったんだろーか。

ま、なんといっても「それは、最高で最悪のボーイ・ミーツ・ガールズ」ていうコピーがいいなと思いました。

ムシウタ 2(夢の始まり) (角川コミックス・エース 180-2)

ムシウタ 2(夢の始まり) (角川コミックス・エース 180-2)

2007-12-25

[][] 放浪息子7巻/志村貴子

放浪息子 (7) (BEAM COMIX)

放浪息子 (7) (BEAM COMIX)

7巻の見どころは、なんといっても、にとりくんの生活に起こるある変化と、それを知った、たかつきくんの行動、千葉さんの反応、の部分だと思う。

冒頭、ニキビに悩むにとりくん、と、リボンをつけたくないたかつきくんのどちらに感情移入してしまうか、といえばわたしはやっぱりたかつきくんで、でもそれはたかつきくんが男の子になりたいから、というよりは、当然のように女の子であることを求められる、ということに戸惑っているように見えるからなのだと思う。

おとこのこになりたいの? と問う千葉さんに、たかつきくんは「うん」と答える。だから髪を切ったのか、そうだ、という応答があった後に「私は 前の方がかっこよくて すきよ」と千葉さんは言う。

たぶん、だけど、きっと、たかつきくんは、こうありたいと思い描く自分と、自分の行動とのギャップに迷っていて、千葉さんのいう「前」はその矛盾に気付く前だったんじゃないかな、とか思う。

まだ名前のつけられていない「迷い」が、迷いのまま描かれていることに、なんだか胸がぎゅーとなる気分で読み終えました。

p132の、左上のコマの千葉さんの顔、というか髪の毛の感じとかがとてもすき。

関連

6巻感想 → http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20070224/p1

1〜5巻感想 → http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20070128/p1

[] 年末/連休/銀杏とデパート

この年の瀬に三連休があるおかげで、12月がやたら忙しかったような気がするのだけど、それでも金曜の夜になれば飲みに行く足取りは軽く、ま、金曜日いっぱい目のビールってのはほんと幸せ色だよね…。とか思いながら、飲む。なんだかんだ。失礼はしてなければいいなぁと思いつつ、そんな飲んでないのに、けっこー酔った気がして、帰ったらいつの間にか寝ていた。

−−−

土曜日。空は真っ白で、時折小雨が降っていた。朝、雪になるかもなあと思いつつ居間に降りると、「今日の夜は雪降るからね!」と父さんが自信たっぷりに、話しかけてきた。ふんふんと聞いて、出かける。喫茶店でぼんやりした後、夜は焼き肉忘年会。噂の社長はすごい社長具合でしたし、お会いしたかった方々にも会えて、とても嬉しかった。今年はほんと、いろんな方にお会いする機会がいただけて、この感激筆舌に尽くしがたいといった心境です。その後、お先に失礼して手を振り、雨ん中移動。夜のホームで、カレンダー手にしたひと2人見て、ああ年末だ、と思う。明け方まで雨は降ってたけど、雪にはならなかった。

−−−

日曜日は日曜日らしく、昼頃まで眠り、明日もやすみなのかーという幸せを噛みしめつつ、外出。空が暗くなったとたんビール気分になって、そわそわしてたら笑われた。乾杯。つまりまた飲んだ。

−−−

月曜日はとてもいい天気。ぎりぎり午前中に起きて(セーフ気分)、外に出ると、日差しのあたっている場所は、コート着てたらすこし暑いくらいの陽気だった。銀杏踏む。

子「このくさいのなーにー?」

母「ぎんなんよ」

子「うー、ぎんなんかわいくない!」

て、ちっちゃい子がいってたのにうけた。かわいくないか。でもけっこーおいしいよ。わたしも昔は嫌いだったけどねーとか、思いつつ、町へでるとすごい人だった。デパートで、「欲しいもんきまった?」と父親に問われ、もじもじしてる男の子を見かけた。息子がもじもじしてる間に、その父親は「うどんくうか? あ、昼もうどんだったか! でも寒いよなあ、なあうどんくうか?」てすっかりうどんに夢中になってて、それがちょっと可笑しくて、実はわたしもお昼うどんだったんですよ…! なんて隣でこっそり奇遇さを噛みしめていた。年末だ。私は年末が好きだ。

まだ時計の針が右半分にあるうちから夜になってしまうと、ちょっと損した気もするけれど、空のはしに残る、粒子の粗いあの青は、冬独特のきれいさだし、南天は赤いし銀杏はくさいし、なんて思いながら、あちこちでサンタのカッコした店員にチキンやケーキをすすめられつつ、ちょっと飲んで、帰宅。

−−−

楽しい連休だった。そのうえ、あと3日働いたら冬休みなんて、すごく贅沢な気分だ。休みって、はじまるまえは、終わらないような気がするからふしぎ。

f:id:ichinics:20071224125214j:image:w300

ひるねしたい。

2007-12-23

[] 1000番目より

わざわざ意識するのは照れくさいような気もしつつ、まあせっかくだしって、意識することにして、この更新の前に、自分の過去ログを読み返したりしていた。

1000、というきりのいい数字を前にすると、それはまるで手のひらサイズというか、くるっとまるまって持ち運びやすくなる感じがするんだけど、でもそれはやっぱり1と1の集まりなわけで、こうやって読み返してみれば、その、ばらばらの1日たちを、私は結構思い出すことができる。

ああそんなこともあったね。たのしかった。好きだった。かなしかった。でも、これ読むまで、ちょっとわすれてたよ。そんなふうに、少しずつ、かつての私は他人になっていく。

その反面で、1000回も更新していれば、同じようなことを何度も、繰り返し書いたりもしていて、それなのに、確実に書かれていないことも、あって。

それは例えば、家帰って部屋に入って、ブォン ……ジャーンってマック起動させて、コーヒーいれてきて、テキストエディット開いて、キーボードに手を置く瞬間の、あの感じについて、だったりするんだけど、それを知っているという、そのことだけで、999人の私と、この1000番目の私は、続いているんだと思える。

実際、1000日もパソコンの前で日記を更新し続けたのだという事実を前にすると、なんつーか、もう曖昧な顔して笑うしかないんだけど、ま、それでいいんだと思う。これが私だ。

そして、こうやって日記を書く作業はきっと、向こう岸にいる999人の自分に向かって、1000人めの自分が舟を漕いで向かっていくようなものなのだと思う。

そして、

1000回の更新をする間、私はその何倍もの、いろんな人の書いた日記を読んだ。

誰かの日記を「読む」ということは、その言葉が、いまここにいる私の一部になるということでもある。それは、ディスプレイの前で声だして笑うことだったり、スーパーで買い物するときに、誰かの書いてたレシピを思いだすことだったり、この感じはきっと、あの人のいってたあの感じ、とわけもなく信じたくなることだったり、やりとりはしたことなくても、日記を読みながら、おーい、と声をかけたくなるようなことだったり、する。

そんなふうに、この日記も、どっかの誰かの一部に、なってたらいいなあ、とか、おこがましくも願ったりしつつ、私は今日もこうして日記を書いています。

オンラインとかオフラインとかね、よくわからないけども、でも、そういう、うっすらとした繋がりみたいなものを、わたしはけっこう大切に思っていて、

いちばん最初にみつけた、アンテナからのリンク元とか、いただいたブクマとかコメントとか、すごく嬉しかったの、今でもよく覚えてる。

ありがとう!

私は、続くものの中には、少なからず、本当のことがあると思っています。だからいま、ここに降り積もった1000回ぶんの自分を代表して書いときたいのは、

私は、日記を書くのが好きだ、ということです。

そして私は、日記を読むこともまた、大好きだ、ってこと。

いまも続いている人はもちろん、やめちゃった人も、どこいったかわからない人も、まだ書いてない人もね。気が向いたらでいいから、書いて欲しいなと思っています。

そして、キーボードに手をのばすときのこの感じ、ちょっとわくわくするような、自分の輪郭をたどるような、どこか切実な気持ちで、

大きく手を振っています。

向こう側に、手を振りかえしてくれる誰かがいることを信じて。

おーい!

2007-12-18

[] 999

プロフィール欄の下の方にでてくるやつを見ると、今日で私は、この日記を999回更新したことになるみたいです。ということは、次更新するときには1000回めということになります。もうすぐ1000だ、ということに気付いたときは、1000なりのなんかをしたいなぁ、とか思ったりもしたんですが、特になんも思い付かないので、たぶん「たくさん書いたなぁ」ということを書くかなと思うんですけど、でも999回目の更新が今日しかないように、1000回も1度しかないわけで、なにか思い付けたらいいのにねと思います。でもたぶん思い付かないだろうなあ。

あと、もしかして、にせんねん問題的なものがあったらどうしようとかちょっと思ってます。というわけで、おやすみスリーナイン。

[] 電車王子

いつもながら、おちもない話なんですが、先日のこと。

飲んだ帰りかなんかの終電発車待ちの車内で、すみっこに座り込んでる男の子がいた。忘年会シーズンゆえの、まあ酔っぱらいなんだけど、隣に立ってるサラリーマンが軽く蹴ったりしてて、でも本人は全然気づいてなくて、ってのを横目に見ながら、大丈夫かなあ、なんて思ってるうちに、車内はだいぶ混雑してきた。さらに発車間際になると、ライブ開演前みたいに人が押し寄せてきて、んで、蹴りを入れてたサラリーマンもちょっと興奮気味に「ガキは起きろよコラ!」みたいなことを、言った。そのとき、なんていうか、電車内で人が声を発する際の、ちょっと抑え気味の声ってのがあると思うんだけど、そのレベルを勢いで振り切ってしまったみたいな、間があって、

ってところで、すかさず間にサッと入って座り込んでる男の子の肩を叩き、「起きた方がいいですよ、混雑してきましたから…」みたいな感じで声をかけた男の人が居たんです。

座ってた子は、その男の人に手を引かれて立ち上がり、窓に寄っかかって落ち着いた。ふらふらしているけど気持ち悪くはなさそうで、ほっとする。王子はそれをにこやかに見届けると、まるで「でしゃばってすみません…」とてもいわんばかりの伏し目で、元居た位置へ戻る。

これはなんという王子…!

心の中で拍手喝采しましたが、今思うと、物腰柔らかく清潔感があり、やわらかな笑顔を振りまくその様子は、王子というよりも、むしろ…げふげふ、とか、まあわたしもちょっとあったかい気持ちで、師走の車内に揺られていました。

それからしばらくして、眠いなあ、とか、ちょっとぼんやりしてきたところで、電車が急ブレーキをかけてとまった。瞬間、わりと空いてきていた車内はウワーって雪崩みたいになって、いつのまにか目の前にきていたその酔っ払いの男の子が、こう、私とすれ違う感じで倒れかかってきた。

そこで、私は思わず彼の手をつかんでしまったんですよね…。手、ていうか腕のつもりだったんだけどね。

ま、たぶんきっと、私も王子気分だったんだと思います。

いやね、そしたらなんか思いっきり振払われてしまって、まあ向こうは酔っぱらってるから仕方ないよね…、て半笑いになったところで、王子と目が合ってしまった。

そして、王子は「ごしゅうしょうさまです…」とでもいうかのように、伏し目がちに、目を、そらした。

ああついに、私は、あの優しい王子にすら見捨てられてしまったのだなあ、という感慨にひたりながら、ていうかかなんていうか、要するにただでさえ殺伐としたこの年の瀬に、よりいっそう、うすら寒い気分になりましたとさ、という話です。以上です。せつない。

2007-12-16

[] 「きみはぼくを、たまにみている」

土曜の朝、電車に乗っているとき、すぐそばに親子が立っていた。男の子は、お母さんと外出できるのが嬉しくて仕方ないって顔で、お母さんの足に乗っかったり腕をひっぱったりしている。いたいいたい、といって笑いながら、その子のお母さんは「そんなひっぱったら、ママの手とれちゃうよ。もうママごはん作れなくなっちゃうけどいいの? ○くんもうママのごはんたべれないんだよー」みたいなことを、言って、そういうのって親子によくある会話といえばそうなんだけど、男の子がお母さんにギュッと抱きついて「やだ! おかーさんのごはんたべたい」と言ったのには、だいぶぐらっときてしまった。「ひっぱってないからね」と言いながら、もういちど手をつなぐ。窓のそとを見ながら、なんども振り返って、お母さんの顔を確認する。ああちゃんといる、っていう、ほっとした顔を、私は見ていた。

わりと、ちょっとしたことでかなしくなったりうれしくなったりする私も、最近はおおむね毎日が楽しい。そして、いまの楽しいとかうれしいは、あとから「楽しくなかった」に書きかわったりはしないのだから、楽しいなーと思っておけばいいんだよばか、という気分について分解しようとしてもなかなか難しくて、ただ、時間とともに自分の視線とかがかわってしまうとしても、それは過去が上書きされるわけじゃないんだよ、というのは、心強いことでもあり、同時に自分の外にある、考えても考えても詮無い、手の届かない範囲の広さを思い知らされたりもするわけで云々と、わけもなくわき上がってくる不安にビールをひっかけたりしつつ、結局笑ってやり過ごす。そんなときもたまにある。でも、そういや先日、ふとした瞬間に目が合ったガラス越しの自分の顔は、なんかつーか、ばかみたいなカオして笑っていて、恥ずかしいというか、その安心にちょっと気持ちが日和ったけれど、なんとなく可笑しかったから、まあいいや、と思う。

ようするに、とつい口をついて出るけれども、べつに要約する必要もないじゃん、みたいなことすぐ思ってしまう頭のせいで、「あたまのなかくらいきちんとかたづけたいのになかなかうまくいかない」って、右下にあるプロフィールの一言みたいに、これ実は日記はじめたときから一度も変えた事無いんですけど、そんなふうになかなかうまくかたづかないまんま、三年近く経ってしまったのかもしれません。諦めてるわけじゃないんだけどね。あーでも諦めるのって楽だよねとか。思いだしながらも、それと今あるものから目を逸らすこととは違うし、いまは全然そんなつもりはなくて、むしろなにかを願っているみたいな気分だ。

なんか最近、ちょっと日記に書きにくいこと増えたのかもしれない。もちろん、そんなの自分の心持ちひとつだし、書けることだけでも書ききれないはずなので、日記を書きたい欲みたいなのは減ってないんだけど。

ただ、とりあえず、来年の今ごろの自分に向かって書いときたいなぁて思うのは、私はいまとても楽しいみたいだということです。その楽しい感じと手をつなぎながら、たまに振り返ってみてる。そんな感じを覚えてるだろーかってこと。

今年の冬が暖かいのかわたしが鈍くなったのかよくわからないけど、今年の冬はあんまり寒くないかも、と思う。すごく寒いけど、やりきれないというほどではなくて、かつて「冬は目が覚めるたんびにぜつぼうてきな気分になる」とか口癖のようにいってたのが嘘みたいに、最近は冬が嫌い、というわけでもなくなってきた。というわけで、冬の空。

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潮時になれば みんな帰るよ

僕は君と最後まで酔っぱらってるよ

夢のような夢だ

2007-12-13

[] 銀杏ごしの空、とか路地とか

年末進行のばたばたもあって、最近はなかなかな感じなのですが、それでも社用で外出した際には、ちょっとぶらっと、寄り道というかさぼったりもしていて、ぼけっと、歩きながら、あるいはコーヒーを飲みながら、このままどっか行きたいなぁなんていう誘惑に半分浸りつつ、やがておもむろに身を起こして、起こして、眠気と戦ったりしています。

それで先日、早稲田大学のそばへ行った時のこと。

近道をするつもりで路地に入り、先へ先へと進んでいくと、袋小路になっている場所がいくつかあった。それでふと「ねじまき鳥クロニクル」にでてきた路地のことを思い出し、帰宅してから本を開いてみたら、それは全然行き止まりとかではなく――「しかし路地には入口も出口もなく、両端は行き止まりになっている。それは袋小路でさえない」――というものだったので、私の記憶はあてにならないと言えばそうなんだけど、それでもねじまき鳥のことを思いながら道に迷っている間、何度も同じ道を通り、先ほど同じポーズで扉を開こうとしているおばあさんが来た道を引き返してきた私がそこを通る際も寸分違わぬ姿で扉を開こうとしていたり、この光の具合を、いつかも見たことがあるよーな、なんてちょっとした酩酊感を味わいながら歩いているのは結構楽しくて、

でもそういうときの、混沌としてるけど澄んでる、というかほとんど何も考えてない頭の状態を言葉にするのって、すごく難しいよねとか、ま、いつもどおりのことを考えたりしています。今年もあと、もうちょっと。

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2007-12-12

[] ZAZEN BOYSSHIBUYA AX

久々のザゼンライブ。ザゼンのライブなら毎週でも見たい!とか思っているのに近頃ご無沙汰でさみしい、けどニューアルバムでたらまた連続でいけるかな、とかわくわくしながら向かったAXは満員御礼。すきっ腹にビール流し込んでカシオメン側前方で見ました。

しょっぱなからシュガーマン(確か)っていう突き放しっぷりで、非常に、なんていうか、硬派なバンドになっていたと思う。新曲のなかでも「DARUMA」とかのラインに近い、変拍子であちこちぶつかりながら突っ切る曲と、たぶんきっと新譜の色になるんであろう色鮮やかなフュージョンつーかディスコっていうかっていうラインの曲が中心で中盤まで進む。ここまでくると、あのヒミツガールすらキャッチーに聞こえてくるなぁとか思いつつ、こんなノリにくいリズムでもグッとタイトに演奏しきるこのバンドは、単純にすごいとしか言い様がない。私がこれまでにみたライブでたぶんいちども欠かされることのなかった「COLD BEAT」の意味というか、あの、それぞれが向かい合って呼吸を読みあい、そして演奏されるたびにあたらしい輪郭を描いていく姿こそが、ザゼンなんだろうなとか、思う。

ただ、個人的には向井さんにはキーボードよりもギター弾いてほしいなぁって思ってしまうので、今回ほとんどの曲でキーボード使っていたのはちょっと不安だったりもしたんだけど、そんでもこの熱量のなかに、まだまだ変化し続けるんだろうなっていう可能性を見せてくれるのも、ザゼンのライブに通いたくなるゆえんだったりする。

吉田ベースはさらに硬い地鳴りのような音でバンドを支え、松下ドラムはいつもにまして存在感のある、雷のような音でしなり、カシオメンはそこにザゼンの色をのせる。

で、向井はひたすら自由に見えて、指揮者のような存在感があるっていう、この構成は何度見ても力強い。そしてアンコールの「KIMOCHI」でキーボードとギター同時に弾こうと悪戦苦闘する様子を見て、ああ、まだまだあるんだなって思う。「つたえたーい!」て叫びながらキーボードあごに挟んでギターかきむしろうとする、あの姿には、おもわずわらってしまいつつも、かなり、ぐっときました。

[] 季節と電車

雨の日の電車には音が詰まっている。いっぱい、の詰まってるじゃなくて、ぎゅっと、こもっている感じがする。夏はどんなだったっけ、と、思い返そうとしたとたん、耳元によみがえるのはゴウゴウと鳴るクーラーの音、そして、白いシャツの男の子たちが、窓を全開にして風を浴びていた、いつかの光景にスキップする。→この感じはまるで、コーラのプルタブ開けた瞬間のよう。軽いため息が冬の電車に風穴をあけ、夏の匂いが押し寄せる、穴の向こうにはひらべったい海が見えて。→いつかの夏、がらがらの江の電の車内を思い描きながら、そうか、あの日は、平日だったのだなと理解する。どこへ行ってもすいていたけど、どこへいってもすこしさみしい。路地の奥に見えかくれする猫の影と、どこかから飛んできたシャボン玉。→心臓の音と重なるバスドラムの音。イヤホン分け合って音楽聞いてる制服のカップルの、ぎこちなく繋がれた手を眺めながら、あのひとは私の爪の色、覚えているだろうかと思う。→曇った窓ガラスのむこうに海が見えるような気がする、12月の雨の日。

2007-12-11

[] スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドゥーシャス

小さい頃、「メリーポピンズ」の映画が大好きだった。内容は断片的にしか覚えてないけど、ベビシッターとしてやってきたメリー・ポピンズさんは魔法使いで、指を鳴らすだけで部屋片付けたり、歌って踊って傘をもって空を飛んだりする。彼女の魔法の呪文は「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドゥーシャス」。今でもそらで言える、言い続けてればいつか私も魔法が使えるんじゃないか、なんて、思ったり、笑ったり、でもちょっと本気で願ったりしながら、メリーポピンズの傘もって飛ぶ姿と、その呪文だけが頭にずっと残っている。

最初の弟が生まれるときだったと思うから、5歳、の頃だろうか。母さんが出産で入院している間、私は母さんの兄(つまり伯父)の家へ預けられていた。そこんちのイトコたちは男女女の三人兄弟で、全員私より年上、もう学校に通っていたと思う。団地だったせいか、しょっちゅう友達が遊びにきていて、二段ベッドのおかれた子供部屋には、いつもたくさんの、知らない人がいた。

その頃、私はものすごく人見知りで、どのくらいかといえば、はじめて幼稚園だか児童館だかに行った日、部屋に入ってすぐカーテンにくるまってでてこなくてむりやり引っ張り出されてた、とかそんな話を大人になってから母さんに聞かされたときは覚えてないふりしたけど実はばっちり覚えてるんですよね…ってくらいの人見知りで、だからそのイトコの家でも、私はたいてい台所にいるおばさんにまとわりついているか、居間におかれたグッピーの水槽を、眺めつつ、眺めているふりをしたりしていた。

そんでも、イトコやイトコの友達たちは、私のことをかわいがってくれたと思う。一緒にグーニーズのビデオみて、目玉焼きの機械作ろうって設計図書いたり、駄菓子屋についてったり、公園で花火したり…てことはもしかすると夏休みだったのかもしれないけど、とにかくいろいろと一緒に遊んだ思い出も、ある。

けれど一番良く覚えているのは、ある日、一番年の近いイトコが「今日友達といっしょに南極物語(当時ヒットしてた映画です)見にいくんだ」って、朝からすごく楽しそうにしてた日のことだ。私はそれ見て、うらやましいなー、て思いつつ、じっとグッピーを見ていた。何回数えても何匹いるかわかんなくて、一度いっぴきづつ出して数えてみたいもんだ、でもそんなことしたらおこられるだろーなーなんて思いながら、いかにもそれが重大な仕事であるかのようなそぶりで、ってのはたぶん誰にも伝わりっこないんだけど、とにかく南極物語には興味のないふりをしていた。

そんで約束の時間、イトコの友達が、イトコを迎えにきた。その時、

「○ちゃんも一緒にいく?」

と、イトコの友達が、私にも声をかけてくれたのだった。思わずパッと後ろを振り向いて、あ、と思う。「いきたい!」て、いえないやと思う。気持ちが急にしぼんでしわしわになって、「ううん」と首をふった、あの瞬間のふがいなさを私はいまもよく思い出す。たぶん私はずっと、グッピー数えながら、誰かが誘ってくれるの待ってたんだと思う。誘われてはじめてそれがわかって、あーあ、と思った。かっこわりーなぁ、と思いながら、さらにかっこわるくなってくだけの自分。

イトコとその友達が南極物語を見にいってしまった後、がらんとした家の中、おばさんは寝室で昼寝していて、真っ昼間だというのに起きてるのはグッピーと私だけで、

私は傘をもって、近所の土手に向かった。そんで傘を広げて、土手から飛び下りてみた。しりもちをついただけだったけど、これ練習すればどっか飛んでいけるようになるんじゃないのと思って、土手を上っては傘を広げて飛ぶ、というのを何度か繰り返したところで、傘はあっけなくおちょこになった。

なんだよなんもうまくいかない、なんてふてくされて、そのまま、夕方まで土手でごろごろしたり、草むしったりしていたんだけど、あの時「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドゥーシャス」という呪文のこと考えてた私は、たぶん、傘で空を飛ぶとかより、南極物語わたしも見たい!ていう素直さが欲しかったんだろうなと、思う。

そんで今、私はその素直さを手に入れたかといえば、やっぱりそんなこともなくて、いまだにいろんなこと、うまく言えないんですけど、あの呪文はいまもふと、心細くなったときとかに、頭に浮かんだり、する。

「南極物語」は、まだ見たことがない。

2007-12-10

[] PASMOもしくはSUICAの手

私はPASMOをお財布に入れているのですけど、最近右手の親指を痛めたので、改札でパスモタッチする際に、つい手の甲を下にすることが多い。

そのたんびに、なんかちょっともしかすると、この手がパスモになるんじゃないかって思うんです。

だってパスモの効果っていうかエネルギーというか計算式みたいなものは私の手の甲を通過して改札の扉を開いているわけですから、なんなら私の手の甲がパスモであってもかまわないんじゃないかな。

ほら、金属的なものを磁石のそばにおいとくと磁石になっちゃうとかいうのと同じような感じで、こうやって手の甲とパスモを常に連動させていると、パスモの力が手の甲に宿るんじゃないの…などということをぼんやり考えているうちに会社についてしまうくらいには毎朝寝ぼけています。おはようございます。

でもわかんないよ。今はまだお財布ケータイで「すげー」とか思ってますけど、そのうち、手のひらが財布に、というかもうお金とかなくなるかもしれないよね!21世紀だもんなー。

2007-12-09

[] 諦念ははじまり

少しまえ、はてなブックマークで知った茂木健一郎さんの「表現者はいいわけをしてはならない」という文章を読んだ(以下枠内すべて引用)。基本的には、とてもまっとうなことが書かれている、と感じたし、受け手側(鑑賞者)について、

「私はこのような印象を受けたが、本当のところはどうなのか、わからない領域がある」といった「留保」のようなものがあるかどうか。

と書かれているのは、他者である表現者の意図を読み解こうとするうえで、とても大切な(むしろ当然の礼儀ともいえる)ことだと思う。もちろん、「私はこう感じた」と主体を明らかにしているのならば、「私にとってはこの作品はこのようなものである」と表明することを躊躇う必要もないとも思うのだけど、なにか価値観のようなものを表明する際には、その「留保」があるかどうか、立ち止まることを忘れないようにしたい。

逆に、表現者側からみた言葉、なぜ「表現者はいいわけをしてはならない」のか、という部分については、すこし、というか自分の思うことと重なる部分は大きいはずなのに、裏返しの言葉のように感じられた。

もっとも、どんなに卓越した技量で、

すばらしい表現をしても、

必ず曲解する人はいる。

天才でも、大家でも、

真意が伝わらないというリスクから

逃れることはできない。

だから、表現者という者は、

長く真摯な経験を積んだ者ほど、

じっと耐えている気配をにじませるように

なるものである。

そこには一つの諦念がある。

未熟な時には、誤解にいちいち傷ついたり

憤慨したりするものだが、

やがて古傷は癒え、魂の表面が年経た

樫の木のような風合いを見せ始めた

時に、その人は本物の表現者となる。

…… そもそも、「真意」が伝わることなんてあるのだろうか。と書き出すと、ああ私はいつもそんなことばっかり言ってるなぁ、と自分でもあきれてしまうのだけど、でもやっぱり「真意が伝わらないというリスク」という言葉は、なんだか居心地がわるい。

自分の「真意」なんて、表現者自身にだって、正確に捉えることはできないのではないか。

もちろん、まったく的外れな曲解というものは確かにある、誤解もある。そしてそれらは表現者を傷つけることもあるだろう。ここで言いたいのはそのような「誤解」や「留保」のなさのことではなくて、

例えば「これは “未来” を表現してるんだ」みたいなことを言う表現者の「未来」と、これは “未来” を表現しているのだ、と感じた鑑賞者のイメージしている「未来」は、違っている可能性だってあるのだ。その覚悟もまた、留保だと思う。

そして、表現者側だって、表現をしてみてはじめて、自分の思っていなかったような “未来” があると知ることも、あるのではないか、と思う。

つまり、真意が伝わらないことは、リスクというよりも、スタートラインなのではないか。

そこには一つの諦念がある。

それは辿り着くところではなくて、ただのはじまりなんじゃないかな。

これは茂木さんのイメージしているのであろう「表現」だけでなく、例えば人と人との会話などにも言えることだ。

伝わらない、掴みきれない、たとえば「真意」のようなものが、もしかしたら/いつかは/誰かに伝わるのではないかという希望が、表現なのではないか。そう私は、思いたい。その誰かは自分かもしれないし、まだ見ぬ誰かだったり、より多くの人にとのぞむことだってあるだろう。

それなら、流通、拡散の過程で発生する誤解や曲解を探すよりも、その希望を見たいよな、と私は思う。その希望は「真意」を伝えることだったり、もっと別のことだったりするかもしれないけど、けして「諦念」ではない。

そんなふうに、諦められないなんかいっこを、もてたらじゅうぶんだと思う。とりあえず、いまのところは。

2007-12-08

[] コスメバトン!

id:minemewさんからコスメバトンをいただきました…! 光栄です…!

化粧はあまりしないのですが、化粧品はわりと好きですので、いそいそと答えてみたいと思います。あ、でも商品名てきとうです。ごめんなさい。

畳みます。

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2007-12-04

[] 神そらに知ろしめす

地元の友達と、よく一緒にファミレスへ行く、というかファミレスで集まることが多い。3人で、だいたいロイホかデニーズで、だいたいフライドポテトとドリンクバー頼む。たまに私だけビール飲んでたりもするけど、がっつり食べたりはしなくて、っていうと、まるで漫画の「三名様」みたいだよねー、とかいっても「三名様?なにそれ」みたいな感じで、その2人はほとんど漫画を読まない。逆に私は漫画ばかり読んでいるわけだけど、って具合に、漫画だけじゃなく基本的に私たちはまったく趣味があわない。

けれど、そんなのもあんまり気にならないというか、10年以上の付き合いともなると、ほとんど家族みたいな調子で、会っててもそれぞれ、勝手に話してたりする。

私だけ免許もってないから、誰かに拾ってもらったり送ってもらったりで、だからお酒飲むのもわたしだけで、ビール越しに、2人の恋愛話を眺めつつ、たまに相づちを求められるたびに、

「うーん、むずかしいねえ」

などとモグモグ答えてまた彼岸まで、あっという間に、流されて、

そんなふうに、流されまくっていたので、夏頃からのストーリーがまったくもって理解できてなかったのだけど、友達A&Bの、Bのほう、確か夏にサーファーの彼氏ができて、わたしよりサーフィンが大事とかいってんだよどう思う?とか30回くらい聞かれ(「まあまあ」)、実は彼女がいたらしいんだよ*1どう思う?ってのはもう50回くらいきいた気がするんだけど(「うーん」)、いつのまにかそのサーファーと、結婚するって話になっててびびった。いきなり目が覚めて、前のめりできいてみれば、よかったねぇ、としかいいようのない話で、

こんなふうに、なんかすごい勢いで世界が回転してるなぁ…って感じるときに限って「すべて世は事も無し」という言葉がうかぶ。この訳、私はすごく好きなんだけど、これ原文を見てみると、全然印象違うんですよね。

God's in His heaven

All's right with the world!

結婚しちゃったら、もうこんなふうにだらだらファミレスでしゃべったり、できなくなるんだろうか…とか考えていたら急にさみしくなってきて、私はビールをおかわりし、今日をもう少しひきのばしながら、「おめでとー」と1人勝手に乾杯した。

かみさま、世界のことみな、好ましくありますように(超訳)。今日の気分は、こっちだ。

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*1:ってきいたときにはすでに別れてたんだけど

2007-12-03

[] ワルツを踊れ Tanz Walzer /くるり

[rakuten:book:12053260:detail]

やっとちゃんときいた。

とにかくメロディとアレンジのすばらしい、上質の…なんて言葉をつかうとすごく偉そうだけど、たとえば長いこと使い込むつもりで買うお気に入りの品みたいに、丁寧につくられた上質の、アルバムだと思いました。ウィーンでレコーディングされたということで、ロックとクラッシックの融合、とか、そんな前フリよりも単純にメロディのよさが際立つアルバム、とかいろいろ評判は聞いていたのだけど、個人的には、くるりというバンドは、アルバムごとにまったく違うアプローチを選択しながらも、最終的にくるりでしかない音を作り出す、個性のバンドなのだなあと感じたアルバムでした。(そういうとこちょっとプライマルスクリームっぽい気がします。ま、音は全然違うんだけど。)

ストリングスはそれほど目立たない、というか、楽曲にうまくなじんでいるので、アルバム全体のイメージとして残るのはやはりメロディなんだけど、それでいて、耳で追っている音が、気付けばストリングスだったりする。正直なことろ、くるりってこんなに、メロディメーカーだったかなあとか、思ってしまった。そのくらい、1曲1曲に印象的なフレーズがあるので聞いていてあきないし、1曲づつ抜き出して聞いても輪郭がはっきりとしている。

しかし、何よりも印象的なのは、アルバム全体を覆う、この、おだやかな力強さだと思う。

明るい話しよう

暗くならないうちに

この恋が冷めてしまわないうちに

「言葉はさんかく こころは四角 TRIANGLE」

「天然コケッコー」の主題歌だったこの曲、歌詞の視線が恋人のようで父親のようで兄のようで友だちみたいで、ちょっと不思議なんだけど、その曖昧な、でもやさしい印象はこのアルバムの力強さに似ている。

[][] 「きのう何食べた?」についてもうちょっと

先日自分の書いた「きのう何食べた?」の感想(id:ichinics:20071125:p1)は、少々乱暴だったなと思い、もう一度考えてみたくなった、ので考えてみようと思います。そのきっかけとなったのは、

しかしそれをもって作者の切実さの不在=冗談っぽさを見るよりは、むしろさんざん言い尽くされ古臭ささえ漂うにもかかわらず、いまだになされる「切実であれ!」「主体たれ!」といった<呼びかけ>―「主体」に「家族」や「異性愛」を代入してもいい―をはぐらかすためにあえて取られた形式と見なすこともできるのではないかと思う。

http://d.hatena.ne.jp/./kebabtaro/20071129/p1

というkebabtaroさんの感想を読み、なんだか目から鱗な気分になったからであり、その後、toukaさんからいただいたコメント(http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20071125/p1#c1196376973)を読んで、自分の感想が恥ずかしくなったからでもあるのだけど、そうしてもう一度この漫画を読み返してみても、やはり私にはいまひとつ感情移入しにくい作品だった。

もちろん、感情移入できる作品でなければ、と思っているわけではありません。ただ、前の感想で「作者にとっての切実ではないよな…」と書いてしまったのはやっぱりよくなかったと反省しています。なにも、よしながふみという漫画家自身が、自らをどのようにとらえているのか、というところを提示するべきだといいたいわけではなかったのに、今読み返すとそう読めるのが恥ずかしい。

再読して思ったのは、この作品が、40代をむかえ、結婚をせずに人生の後半をどうすごすか、という問題について、軽やかさ/そもそも「あたりまえ」とされているだろうことからの解放、を提示するものであると読むならば、1巻の最終話で描かれる「料理を作っているときって無心になれる」というあの瞬間が、ぐっと深い意味をもつように感じられる。し、自らの理解者であると感じていた佳代子さんの「だって筧さん あたしにとっては他人じゃない/実の子供なわけじゃないもん」という台詞に、思うこともいろいろあって、それをあのように静かに受けることのできる主人公に好感を持つ。

それなのに、なぜ私はこの物語に入り込めないのか、考えてみたところ、それはたぶん、シロさんと矢吹さんの関係を、作者がどう描こうとしているのかが、いまいちわかんないからなのだと思う。物語は基本的に、その二人の関係性を安定したものとして描いている。なのになんだか世間との齟齬の気配、みたいな描写が多く、じゃ、シロさんは何を求めているんだろう? 何が問題なの? それは同性愛者であるということなの? という疑問がまとわりついてくるようで、じゃあなぜそこに踏み込まないのだろう…というもやもやした気持ちが残ってしまう。

それから、主人公がDV被害にあってる男性の弁護を受け持つ回(7話)での、加害者である妻の描かれ方(ちっさくてカワイイ女性じゃないですか、ってやつ)も、そうやって「先入観」を否定するのは、逆にそれが「ある」ということを示すことでもあるよねーとか。でもそれはあるんだよねやっぱ、とか、臭わせつつ、その辺にあるはずの葛藤を、うまくやり過ごしている感じが、どうにも歯がゆいのだった。

でもそこに、自分の視線の不自由さがあるような気もしていて、ま、要するに身につまされる部分が多い(からこそ、ずらされるのと落ち着かない)、ってことだと思います。

まあ、1巻でた段階でうんうんいってても仕方ない気もするので、続刊を楽しみにしつつ、もうちょっと考えてみようと思います。

(また結局煮え切らない感想になってしまった…。)

2007-12-02

[] あの子がもっと知りたいバトン

かむらさんとウカケンさんからいただきました。やったー!

前の(id:ichinics:20071129:p2)続き、遅くなりましたが以下回答。たたみます。

追記

idトラックバックがいってないぽいのでもっかいやってみます。二度いってたらごめんなさい!

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2007-12-01

[] 12月になりました

ぼんやりと、あー12月かぁ、とか思って、つまり今年はあと1か月で、1か月後には正月で、新しい年で、2008年で、2007年はもう二度とこないんだということに気づいたらなんだかやたらと焦ってきて、これが年末気分か…師走か…などと思っている毎日ですこんばんは。

べつに仕事が嫌いなわけじゃないんですけど、休みが大好きすぎる私は、もう毎週毎週金曜日のために生きているというか金曜日にのみ蘇るというか金曜日をまってるー! とか叫びだしたい気分でこの1年やってきまして、そんでやっぱり今も金曜日が大好きすぎるのでこれはきっと来年も変わらないんだろうなー、というか、21世紀なんだしそろそろ1週間を減らしてもいいんじゃないか、とか、例えば3日働いたら金曜、くらいのペースだったら、素敵なのになとか、思っています。ごめんなさい。

ともかく、残り少ない2007年の金曜日は4回。息継ぎしながらがんばりたいです。

[] 煙の色

指先に、少しおくれてねじれる煙の色を見ながら、その色は青いと思う。最初に煙草を吸ったのは「はじめて女の子と一夜を共にした後のこと」と言ったのは確か「ブルー・イン・ザ・フェイス」でオーギー・レンの店に最後の一本を吸いにくる男の台詞だったような気がするけれど、もうずいぶん昔に見た映画だし、文庫版も今見当たらないので、もしかすると私の記憶違いかもしれない。ただ、あの映画のあの場面を見た、まだ20代のはじめの頃の私は、つまり煙草とは、人生に連れ添う友人であると感じ、いや、確かにそれは云々、そして友人は煙草でなくてもかまわないというのも確かなことながら、ため息とともに吐き出され、形にならなかった幾つもの声と、灰が落ち、もみ消されるその瞬間に何かを重ねてしまう癖は抜けないでいる。

最初に煙草を吸ったのは「好きな子がいて、たぶんどうしようもなかったんだろうね、そのときに」と話す人の指先を眺めながら私は、自分の気持ちが思いどおりにならないということに、初めて驚いた日のことを考えていた。

そんなのは昔からあったはずなのに、ああそうか、気持ちは言葉にあるのではなくて、じゃあどこにと問いながら、手を離した瞬間、それは回転して、はねてしまうだろうことをなぜか知っている。そうなったらやっぱり、もうどうしようもなくて、つまり反応は、意志よりも先にある……なんて言葉で考えるようになったのは、もちろん最近のことなのだけど、それでも、

今の私はこの手が、そのかつてに届けばいいのにと思っている。ため息とともに、もみ消された幾本もの煙草を、拾い上げることができればいいのにと手を伸ばす、その衝動はきっと、いつかの自分の肩に手を添えることと似ていて、

いま目の前にある指先に、少しおくれてねじれる煙の、青の中に、いつかの背中が透けてみえればいいのにと、目を凝らしてみたりする。例えば冬の日、12月のはじめ、公園の隅っこにあるベンチで、大きく風が吹いて竹やぶが揺れてはじめて、日が暮れていることに気づくような、その瞬間に、居合わせることができたならと、思う。