イチニクス遊覧日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

0000 | 00 | 01 |
2001 | 01 | 02 | 08 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 11 | 12 |
  □これまでの日記一覧

2008-07-31

[] メッセージ

ジェットコースターに乗ってる時とかに、「おかーさーん」って叫んだりするけど(というのが定型文になってるような気がするけど)、そこで思い描いている “お母さん” ていうのは私のお母さんではないような気がする、ということを今朝考えていた。

うちの母さんが頼りにならないという意味ではない。家ではよくお母さんに様々なフタを開けてもらったりしている。私はフタとかキャップとかを開けるのがとても苦手で、たぶん指の力がよわいのだと思うけど、特にコカコーラ社のペットボトルのキャップは堅いのでこまります。せっかく買った飲み物が開けられないこの切なさ…。キャップを開けられないままぬるくなって行くそうけんび茶…。かといって道を尋ねるときのように「すみません…このペットボトルをあけてもらえませんか」なんて声をかけるのははばかられるので、出先ではなるべくコカコーラ社のペッットボトルは買わないようにしています。でもそうけんび茶が好きなので、キャップが改良されたらいいのになぁと思ったりもしています。もしくはペットボトル開けが欲しい。

ともかく、そんなわけで、うちの母さんはもちろんフタ関連だけでなく、とても頼りになる母さんなのですが、しいて難点をあげるのならば、チャリンコ乗りながら歌うのはやめてほしい。腹からいい声ですぎなんです。ってそれもどうでもよくて、

とはいえジェットコースターの上でさけぶ「おかーさーん」があるとしたら、それはうちの母さんではなくて、もっと神頼み的ななにかだよなと思ったりした。というどうでもいいことをえんえんと考え続けてしまうくらい夏の私の頭は朦朧としている。

ところで今朝、なぜそんなことを考えだしたのかというと、母親から誕生祝いのメールをもらったのがきっかけだった。

それは、なんか色とか絵とか動くハートマークとかついてるメールで、出産予定日ギリギリまでお腹痛いのに家にいたのよねえって話や今年のオリンピックが云々て話があり、(話題があちこちに飛ぶのは遺伝のようなものです)

「ともかく、お誕生日おめでとう!ージを入力してください」

と、しめられていた。ージを入力してください。

一瞬なんのことかと思ったけど、理由がわかると、嬉しいような、可笑しいような曖昧な気分になった。すると、たてつづけに弟と妹からもメールが届き、

なぜかそこで、「おかーさーん」と叫びたい気分になったのだった。

それが神頼み的な何かなのかうちの頼りになる母さんのことなのかは、やっぱりよくわからないのだけど、まあみんな好きだよと思った話です。

どっとはらーい。

2008-07-29

[] 夕焼け日記

昨日の帰り道、地下鉄を抜けたとたんに混雑した電車内の空気がオレンジになった。窓の外に、たっぷりした夕焼けが見えた。車内にいるひとみんな、一瞬視線を束ねたようだった。

電車を降りて、暮れていく夕焼けを追いかけるように歩く。

f:id:ichinics:20080730002550j:image

横断歩道を渡るときも、みんな夕焼けのほうを向いていた。

そして思い出したのは、一昨年の8月8日の夕焼けのこと。帰宅してはてなダイアリーの注目キーワードが夕焼けになってるのを見つけてうれしかったこと。

f:id:ichinics:20080730003150j:image:w200 f:id:ichinics:20080709011931j:image:w200

帰りに寄った井の頭公園から見た7月終わりの夕焼けと、7月のはじめの夕暮れすこし手前の空。

一昨年の8月8日の夕焼けについて

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20060808/p2

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20080228/p1

2008-07-28

[][][] 崖の上のポニョ

平日の夜だというのにほぼ満員になっている場内を見回して、あらためてジブリが “アニメーション” スタジオという前提、もしくはハードルをこえて多くの人に信頼され期待される映画の作り手であるんだなあということを思いました。ジブリは、アニメだからとか実写だからとか、そういう枠を越えたところで、ちょっと特殊な期待をされているように思う。まあ、それはディズニーにもいえることなんだけど、その期待のされかたはもっと、漠然とした、新しいものへの期待のような気がする。それでもその期待にはある程度の方向性があって、「崖の上のポニョ」は結果的にその枠を裏切り/もしくは取っ払いつつも、圧倒的な特別を見せつける映画だったと思う。

映画がはじまってまず驚いたのは、絵がものすごく動いているということだった。宮崎駿というひとは、すごく、アニメーションであることにこだわっている人だと思うけど、「崖の上のポニョ」はそのこだわりを遺憾なく発揮した、動く絵の映画だった。スクリーンの隅々まで見てなにがどう動いているのか見たくなる。でも異様なほど動いている。特に冒頭の海のシーンは、なんていうか、普通ではできないことが、できてしまった感じがする映像だった。

物語については、なるべく前情報を入れずに見にいったのですが、「さかなのこ」が人間の男の子とどうにかなるらしい、ということくらいは制作開始の頃からいわれてて、何となくイメージしてた「人魚姫」を原型にした物語だったと思います。

ただ、ポニョポニョの王子様であるところの宗介が、すごくリアルな子どもとして描かれているので、じゃあこれってどのくらいの年齢層を対象にした物語なんだろう?と不思議に思ったりもした。というのは、これが一人称が誰にあるのかよくわからないお話だからだ。トトロのメイ、クレヨンしんちゃんしんのすけや、ドラえもんのび太のように、子どもに人気がある子ども主人公は一人称を請け負うがゆえに子どもらしからぬところがある…んじゃないのかな。でも宗介くらいの年頃の子って、まだ「模倣」の段階にあって、ポニョはその宗介を模倣する。そのくらい、子どものスケッチが徹底されているので、物語を引っぱる意識が、主人公達の外にあるような感触が、ずっとあった。

そんなところも、エンタテインメントに徹しているように思えたこれまでの宮崎駿監督作品とは一線を画していたように思う。

例えば、これまでだったら、あの世界はファンタジーになっていただろう。明らかに「日本」ではなくて、どこかの世界のどこかの町に、なっていただろうと思う。そうやって前提としてファンタジーであるだけで、気にしないでいられるような「常識を逸脱する」シーンが散見されることからも、そのへんは意図的なことなのかなーとか思う。

全体としては、言い伝えや民話のようで、「狐につままれたみたいな」映画だった。ポニョが宗介をおいかけてくる嵐のシーンとか『三枚のお札』の山姥を思いだしたりして、ほんとこわかったな。こええよポニョ。私が宗介だったら泣くと思うけど、映画は、そのポニョに飲み込まれて終わる。すごいものを見たなぁと思いました。

宮崎駿としてはもしかすると原点回帰なのかもしれないけど、スタジオとしてのジブリには、もっといろんな監督で、いろんな可能性を見せてほしいなと思います。

でも個人的には水中都市とか魚とか船に乗って行き交う人々とか、そういう美術描写がほんと好みで、あの情景を見るだけでも満足できる映画でした。あと宗介のお母さんがよかった。宗介の抱え方がよかった。残念だったのはフジモトの声。芸能人が声をやってあまりにもそのまんまだと顔が浮かんじゃうなあと思いました。

[] 最近

そういえば、隅田川の花火大会には行ったことがない。多摩川のなら家からでも見えるし、小学生の頃は歩道橋の上に集まってみたりしたな、とか、歩道橋下のタバコ屋で霧の浮き舟をよく買ったけど、あそこはしばらくカーテンがしまったままだな、と思ったらいつのまにか入り口が自販機で覆われてしまったんだった、とか、そんなことを考えながらちらほらと見かける浴衣姿の人を目で追った。夏だなあと思った。夏には「夏だなあ」以上の表現を思いつけなくなる瞬間がときどきある。暑さで頭が参ってて。

仕事中、突然社内で蝉の鳴き声がしたので、誰かの着信音とかかと思ったのだけど、どうやら換気扇に蝉がとまっているようだった。目覚まし時計みたいな鳴きっぷりだったけれども、しばらく換気扇はつけられないなあと思ったりした、たしか一週間くらい前,今年の夏はじめて聞いた蝉の声だった。

ペットボトルのジュースってなかなかすぐには飲みきれないので、最近は半分くらい飲んだらすぐに冷凍庫入れといて思いだしたくらいにとりだすと半分凍ってたりしておいしいなぁと思っています。ライフハックです。

2008-07-24

[] 中華鍋が天才です

数週間前、「404 Error - FC2ブログ」を読んですっかり影響されてしまい、勢いで中華鍋を買いました。

f:id:ichinics:20080724202216j:image:w300

これ新品の状態。数カ月後に見比べたいと思ってとりました。

中華鍋、いいよね。なんかプロっぽいし、手入れしなきゃいけないところが「道具」って感じでそそられるよねー、なんてミーハーな気分でいそいそと使いはじめたのですが、最初につくった炒飯からして、今まで作ってたのよりずいぶんおいしくできてびっくりした。それからは、余ったご飯は全部炒飯ってくらい中華鍋を愛用しています。

私は中華鍋をまともに使うのはこれが初めてなんだけど、いままで使ってきたテフロンのフライパンとかとは何かがぜんぜん違う。それはやっぱり鉄鍋で、火の通り方が違うってことなんだろうな。炒飯については、ほんとあきらめずに炒めればパラパラになるものだってのがわかってきたけど、野菜炒めて塩するだけでこんなにおいしいのは中華鍋が天才なんだと思う。

以下、最近つくったもの。(ところで、どうやったら食べ物をおいしそうにとれるのか知りたい。)

f:id:ichinics:20080724202215j:image:w300

これは炒飯のうえに蒸し鶏のっけたやつ。半分くらい食べたところで、蒸し鶏作った時のスープをこして味つけたのかけてお茶漬けみたいにして食べました。おいしかった。

f:id:ichinics:20080724202217j:image:w300

こっちは、ポテトチップス豚ライスです。好きなもの全部入りみたいな夢ごはんです。ごめんなさい。でもすごいおいしかった。

中華鍋でガーリックライス作って、別のフライパンで豚バラ薄切りカリカリにしてオイスターソースで味付けておいたのを最後にざっと混ぜ、さらにカラムーチョ3枚くらいを砕いてまぜたものです。ジャンクすぎて自分が心配ですが、うしろめたい気持ちで食べるとよりいっそうおいしいです。

ところで先日、「Blogopolis」を見たらなぜかレシピ枠に移住してたので、調子のってごはん日記書こうと思ったのに今みたら「インターネット海」に流されてしまってた! 理由がよくわからない…。

コメント欄にてお知らせいただいて今朝見てみたらやっぱりレシピ村にいました。となりの漫画村に移住するのがこの夏の夢です!

追記

その後の中華鍋について

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20090201/p1

2008-07-23

[][] 女の子の食卓 4巻/志村志保子

女の子の食卓 4 (りぼんマスコットコミックス クッキー)

女の子の食卓 4 (りぼんマスコットコミックス クッキー)

食べ物をテーマにした連作短編集の第4巻。

私がこのシリーズをとても好きなのは、食べ物にまつわる話を聞くのが好きだっていうのもあるかもしれない。とくにこの巻の2話めの、桜餅のエピソードとかいいな。自分がすごく大切にしている思い出が、相手からみたらそうでもなかったりするのはしょっぱい。でも6話めのアーティチョークみたいに、いつまでも覚えていようと思うこともあって、その間にある「食べ物」の存在が、毎日の生活に関わることなのにすごく広い、言葉みたいなものに思えてくる。

この4巻に入っている読みきり「カンナヅキ」も、食卓シリーズではないけど、食卓の存在がすごくうまく使われていた。そして私は、志村志保子さんの「毎日続くこと」に対する視線が好きだなあと思います。

これまでの感想

1巻 → http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20061109/p2

3巻 → http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20070724/p1

[] とりあえずビール

ぐるぐると結論がでないことを考えるのが楽しいこともあるけど、例えば人の言葉の意図、とか相手に聞かなきゃわからない(聞いてもわからないかもしれない)ことを考えつづけてると煮詰まる。しかも、いつのまにか正解を探そうとしてたりして、ところで「正解」ってなんなんだとか考え出す頃には、そもそもの入り口もよくわからなくなっている。

できれば、誰が悪いとか、何が正しいとか、結論を出すんじゃなくて、なんとなく馴染んで楽しい事考えて暮らしたいなぁと思うのに、

それじゃあ結論はいらないのかというとそうでもないので、知りたいとか納得したいという気持ちはやっかいなものだ、

なんて、そんなふうに気持ちのせいにしてみてもなんも腑に落ちないので、とりあえずビールでも飲んで、だらだらと話をしたい気分。

いつだったかどこかで、「女の話って、意見が欲しいんじゃなくて同意してほしいだけなんじゃないの」(大意)、という話を読んだことがあって、その時はその十把一絡げ感にカチンときたんだけど、それが女性特有かどうかはおいといて、そういう会話がしたいことは私にもあるような気がする。

そして、ちょっと話をきいて欲しいなあって時の友達の相づちが心地よいのは、「求める反応」が得られるからというより、なにかを察してもらったということそのものに、安心するからなんじゃないかな。それと同じように、会話が予想外のとこに飛んでって「今日は楽しかったなー」て気分をなんとなく共有できるのがうれしい時もあれば、意見があわなくてけんかする事もある。そんなふうに、会話は同じ相手とだっていろいろなはずだ。

ちょっと前に、特にネット上の文字では、言葉が意図した通りに伝わる事の方が難しい、ということを書いた*1けど、でもそれを気にしすぎると、何も言えなくなってしまうから、言葉をいろんな方向から見る事と、自分の気持ちとしっくりくる言葉を選ぶ事を、できれば両立させたいと思う。

でもやっぱ時々、そういうのぜんぶとっぱらって、思いつくままにだらだら喋りたいなぁと思う事もあって、それもなんかを察して欲しいなーてことなのかなとか、頭の中だけで回ってると出口のないようなことも、くだらない話して笑ってるときにはすっかり忘れてるから、とりあえずビールでも飲んで、だらだらと話したい気分です。夏だし。

2008-07-22

[] ZAZEN BOYS & ECD@UNIT

行ってきました! やーやー! 仕事終わって8:30スタートとかちょっと体力厳しいわ…と思ったけど(ROUKA)でも思いきっていってよかった。

最近(といってもこの前のが久々だったけど)大きめの箱で見ることが多かったからか、UNITで見るザゼンは新鮮だった。そして、私はやっぱりザゼンみるならクアトロくらいのサイズが一番好きだなーとも思った。もともと4人の位置が近いバンドだから、音が拡散する場所よりも、小さいとこで乱反射してるみたいな音の真ん中にいるほうがなんつうか、気持ちいい。

シュガーマンからリフマン、ヒミツガールでイカサマラブだったかな。このしょっぱなの勢いでもう来て良かった…て思ってた。やっぱこれだよな…! そしてその後くらいにやったウィークエンド。これは確かこの前のO-eastで初めて聴いたんだったと思う。そんで、あのときは確かキーボード使ってた気がするんだけど(ちょっと自信ない)今回は向井ギターで、これがすごくかっこよかった。この形で定着するなら、「I Don't Wanna Be With You」以降の新曲群で向井さんがギター弾いてるのはこれだけな気もするけど、期待の幅が広がる気がします。

そしてCOLD BEAT、KIMOCHIは圧巻の音圧!松下ドラムは相変わらずの冴えまくりでした。髪の毛が鉄鍋で踊る炒飯のように揺れてた。吉田さんのベースは堅くて重くて、ヤンキーと正反対といえばそうなんだけど、ここから「ASOBI」や「I Don't Wanna Be With You」をどうアレンジしてくのかは吉田さんのベースにかかってるような気もする。

ともかく9月17日のニューアルバムと、その後のツアーを楽しみにしています!

それから今日はザゼンの前にECDのライブもありました。去年のイルリメさんのとき以来かな。イリシットツボイさんに「結婚したからって調子乗るなよーっ!」ていわれててうけた。

[][] ハルチン1、2巻

まさかハルチンの2巻が出るとは…、てきっと多くの人が思ったと思いますが、私もびっくりしました。そんで2巻買うつもりで、すでにもっている1巻の再刊を買ってしまい帰りの電車のなかで「これ読んだことある!」てまたびっくりしたりした。

ハルチン1巻でたときの自分は、この漫画の舞台になってる町で働いてて、ハルチンとかチーチャンみたいな服装してた。いまはもうできないけど、何枚か大事にとってあるワンピースのこと思い出す。あの頃は、ハルチンやチーチャンを、いつも行く古着屋のお姉さんとかに重ねて読んでいたような気がするんだけど、今の自分はこれを懐かしいと思いながら読むんだなあというのが、なんというか一番のびっくりだった。

けど読みながら、もしかすると自分は今も昔も、女の子的なことに関して、ハルチンより全然がんばってないかもしれない…。ということに気付いて、おもむろに「るきさん」を読み出し心を落ち着けるのでした。

ハルチン

ハルチン

ハルチン 2

ハルチン 2

2008-07-17

[][] 白いランニングのおじいさん

高校生の頃から、大学を卒業後にレコード屋で働いていたくらいまで、毎朝通る公園のそばに、よく立っているおじいさんがいた。いつも白いランニングにひざ丈のズボンをはいていたような気がする。冬のことはよく覚えていない。

おじいさんは、私が前を通りかかり軽く会釈するたびに、「学校か」とか「こんな時間に学校か」とか「仕事か」とか「早く結婚しろ」とか、ギター背負ってた日には「それは楽器か」「音楽好きなのか」「そりゃいい」などと、よく声をかけてくれた。後ろ手を組み、家の前に所狭しと並べられ花を咲かせているプランターの横に立つおじいさんの姿は目に馴染んでいて、妹ともよく、今日はおじいさんになんて声をかけられたか、という話をした。

やがて、私が仕事をかわり、それにともなって通勤時間も変わったせいか、おじいさんの姿を見かけなくなった。プランターには百合が咲いて散り、バラが咲いて散り、足下に転がる椿の花を写真にとり、公園から吹いてくる桜の花びらが口に入って「ブッ」なんて慌ててるとき、ふとおじいさんに声をかけられるんじゃないかという気がしたけれど、日付けの前後は曖昧になって、もういつからおじいさんを見ていないのか、よくわからなくなっていた。

そして私は引っ越しをして、その花の咲いてる家の前を通ることもなくなってしまったんだけど、

ここんとこ歩いて(ちゃりん子家出中なので)駅に向かってたら、毎朝同じ場所に、ランニングのおじいさんが立ってることに気が付いた。たばこをふかしながら通りをじっと見ている。目の前にさしかかるとチラリと目をそらすのだけど、小学生には声をかけていたりもするから、そのうち私も言葉を交わすことがあるかもしれない、なんて思った。

そして私もいつか、目に馴染んだおばあさんになって「でもあのばあさん水曜日にはいないんだぜ」「その日は秘密基地で修理されてるらしいよ」「サイボーグだ」とか小学生に噂される都市伝説になりたいと思う。

2008-07-15

[][] ラウンダバウト 2巻/渡辺ペコ

ラウンダバウト 2 (クイーンズコミックス)

ラウンダバウト 2 (クイーンズコミックス)

短編連作シリーズの第2巻。ああやっぱりおもしろいなーってにやにやしながら読みました。1巻のときにも思ったけど、それぞれの視点からの時間を幾重にも描いているような構成がとてもいい。

友達と3人でいるときに「バランス」ばかり気にしてしまう子とか、かわいい友達とおそろいのヘアピンに、コンプレックスを刺激されてしまったりそこにさらに追い打ちをかけるような先生の、何気ない、でも間の悪い一言とか。あーあったあった、わたしが中学生、高校生のときもこんなこと考えてたなぁーとか。

出てくるひとみんなごく普通なんだけど、友達の側から見るのと、その子の視点に立つのとでは、印象が全然違ったりして、その立体感が「ラウンダバウト」の魅力になっている。さらっと描いてるように見えて、すごく丁寧で目の細かい漫画だと思います。

1巻感想

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20071101/p1

[][] 町でうわさの天狗の子 2巻/岩本ナオ

町でうわさの天狗の子 2 (フラワーコミックスアルファ)

町でうわさの天狗の子 2 (フラワーコミックスアルファ)

2巻も楽しかった! 天狗の娘の青春ラブ☆なんだけども、もうすごくいいです。

王子様キャラなのかと思っていたタケル君なんて、回をおうごとに一挙手一投足が魅力的になっていく。微妙な感情の揺れみたいなものが、とてもやわらかく描かれててときめく。いいよ!すごくいいよ!

友達とのやりとりも楽しくて、この漫画に出てくる人たちの世界がすごく優しく思えてくる。それに、丁寧に描かれる背景もすばらしい。特に扉絵はどれもすてきで、ほんとうれしくなってくる。

でもやっぱりある種のど真ん中にグッとくるのは三郎坊なんじゃないでしょうか。どうですか。98ページは反則技だと思います。二度見(以上)した。

ところで、「天狗の子」だけど普通の女子高生である主人公の青春ラブコメ、という設定は、ある日「神様」になっちゃった女子中学生の青春ラブコメである「かみちゅ!」とすごく設定が近いのに、全然印象が違う。それは、その視点があくまでも主人公にあるところだと思うし、それが少女漫画っていうことなのかなー、とか考えていた。この辺はもうちょっと保留。

10代の女の子が読んでも楽しいだろうし、漫画好きなどの世代の人が読んでも、この雰囲気が好きなら、楽しめる漫画なんじゃないかと思います。大好きだ!

1巻の感想

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20080419/p2

[] 夏

なんだってできるような気がしてた、という歌詞だったり物語の文句だったりを、何度も目にしたことがあるような気がするのだけど、たしかにわたしも、いつかはなんだって、できるような気がしていた。その時は何もできないと思っていたのに、あたりまえのようにいつかはなんだってできるようになると思っていた。

けどその「なんだって」がどんなことなのかは、いまいち漠然としたままで、思いつくのはたとえば、海のそばで暮らしたいとかタイル貼りをしてみたいとか、木の上に基地を作ってみたいとか犬を飼いたいとか、子どもの頃からちっともかわらない憧ればかりで、まあもっと言えば空を飛びたいとかすごく早く走りたい(水面をあるけるほどに)とか、動物の言葉を解したいとかおしいれのぼうけんしたいとかロボ乗りたいとか宇宙とか青春とか、さすがにもうそういうことは口にださないくらいには「いつか」から遠くなってしまった。

けど、そういうことができたらいいよねえ、という気持ちはまだどこかほんとだったりする、などといったら、笑われるのだろうかということをたまに考える。というか、いいよねえって言ってるだけで、それを信じて何かできるわけじゃないでしょ、って私に笑われるかなとも思う。うんまあそうかもしれないんだけど、でもたとえば夏の、夏休みの感じとか、眩しさと日陰のサイダーの瓶とか、濃い影の滑る緑の田んぼが、ザァってそよぐときのあの感じに、なんかあれまだ大丈夫なのかもとか、思うこともあって、

あの、一瞬の全能感みたいな感じだけは手放さないでもいいんじゃないかなと思う。

2008-07-14

[] クーラー苦手なので

窓開けっ放しで寝て起きたら喉がくっついて閉じており、思わずむせたところ、もしわたしが紙風船だったら割れるときこんな気分なんだろうなって具合の激痛におそわれました。なにかがはじけた。夏場の窓開放には要注意ですほんと。今後はタオル巻いて寝ようと思う。

[] ちゃりん子の神隠し

先日、私の自転車が消えた。朝、いつもどおり出勤時に自転車置き場を確認すると、家の前にとめておいたはずの私の自転車が、忽然と、その姿を消していた。こ…これは…、空間がッ…「削り取られて」いる!とか思ったけどそもそも空間が削り取られるってどういうことだかよくわかっていなかった。とにかく、自転車だけが、そこから姿を消していた。ということはアレか、シュレーディンガーてきな、実は自転車はありませんでしたみたいなことか。しかし、私のこの手には昨夜かけた自転車の鍵が握られている! 自転車が最初からなかったのだとしたら、この鍵は…。いやいやまさか…もしかして…私が誰かの自転車の鍵を持ち去ってしまったのだろうか…。そして、その「誰か」こそが私だったとしたら…。ガーン! まさか犯人が私だったなんて!

ってそんなわけない。だって現に私は自転車がなくて困っているんだし(very much)、とりあえずは、この場合わたしの自転車は…何者かの手によって持ち去られたと考えるのが妥当だろう。

ええー!? てようやく状況を把握した頃、やっと駅につきました。それからというものは視界に入る自転車すべてが私のちゃりん子に見える病です。

もしかしたら返しにきてくれたりするんじゃないかなーってちょっと期待してるので、毎朝家の前のちゃりんこ置き場を確認するのも忘れません。

でももしかして、「実は自転車はずっとそこにあったのだ!」とか「なんで見えないの?」とかだったらすげーこわいなぁ…とか思いながら今日も歩いて出勤しました。早く帰ってこないかなー。

2008-07-08

[][] 恋ヶ窪☆ワークス/大森しんや

恋ケ窪・ワークス―愛蔵版 (Motor Magazine Mook)

恋ケ窪・ワークス―愛蔵版 (Motor Magazine Mook)

「かなしいうわさ」さんで紹介されているのを見て(http://www.enpitu.ne.jp/usr7/bin/day?id=73064&pg=20080611)、買ってきました。ミスター・バイクという雑誌に掲載されていた漫画の初の単行本化とのこと。

バイク漫画っていうと「走り」が中心に描かれるイメージがあると思うんだけど(それはそれで楽しいのだけど)、この漫画は「バイクを好きな人」の物語で、だからバイクに興味がないひとでも楽しめると思う。それでいて、バイク専門誌ならではの、登場バイク解説ページなんかもあったりして、バイク好きだったら、きっともっと面白いだろう。

主人公とその回りにいる人たちが、バイクを通していろんなことに出会ったり、成長したり、楽しいと思ったり、そういう気持ちがとてもまっすぐに描かれている。気持ちの良い漫画でした。

[] ポテトチップスと豚パレード

突然ですがポテトチップスと豚肉が好きです。ただ最近はポテトチップスをできるだけ控える(カロリー的な意味で)生活をじょじょに、じりじりと押し進めているのですけど、それにしても近年とくに顕著であるポテトチップス1袋あたりの容量減少に伴う高級指向、期間限定味の乱発には一抹のさみしさのようなものを感じており、やはりポテトチップス界は鉄板、王道、エバーグリーンと呼ばれるべき定番商品がその大黒柱となるべきで、独断と偏見で例えれば、コイケヤはのりしおとカラムーチョ、カルビーはうすしおとコンソメパンチ、ヤマヨシはわさビーフ、明治はスティックだと思うわけです。その定番がたまにコンビニにないことがあるとかどういうことかと思います。余談ですがコイケヤはもう少し1枚1枚の大きさを小さくして(つまり使うイモを小さくするということなのかな…)枚数を多く見せて欲しいなと思います。カルビーはわりと一口で口に入る大きさに統一してるような気がする。あとカラムーチョ、ポリンキー、スコーンなどの定番に比べてポテトチップスのパッケージデザインの印象が薄いのもったいない。とか余計なお世話なのはよくわかってるんですけど、そういうことを思いながらコンビニのスナック棚のポテトチップス枠を見つめ続けてはや幾年…。ちなみに定番商品大事とかいいつつ私個人はカルビー北海道バターしょうゆ味が最も好きなポテトチップスです。次点はコンソメパンチ、その次はコンソメダブルパンチです!

そんな感じでポテトチップスをこよなく愛しているわけですが、その8.5割くらいの気持ちで豚肉のことも大好きです。毎日西友にいって真っ先にチェックするのは豚肉コーナー。そしてその日安売りしている豚肉を選んで購入し、肉にあわせて献立が決まります。豚パレードです。近頃は週に1本は塩豚を仕込み、薄切り肉は買ってきてすぐに小分けにして冷凍庫に常備、常に豚肉臨戦態勢…でほくほくしてたのはいいんですけど、そんな生活をみっちりひと月あまり続けて若干心配になってきました。私、豚しか食べてない。豚といってもいろいろあるし、メニューに困ることはないんだけども、それにしても食べ過ぎです。豚…。牛になるとか鳥になるとかならなんかまだいいけど、豚になるのはちょっと嫌だなあ。いくら好きでも…豚。

そんなことを考えながら、たまには違うものを食べようと思い、先日S2D2さんの日記で知ったベーコン茶漬け(id:S2D2:20080626:p6)を試してみました。作りながら猛烈にお腹が空くベーコンのいいにおい。しかも簡単すぐ食べれる。ベーコンとたくあんの組み合わせは今まで食べたことない感じなんだけど、あとひくおいしさで、こりゃいいなー、とか思いながら完食しました。そんで、たまには豚肉料理以外もいいなあ、とか思ったりもしたんですが、よくよく考えてみれば、ベーコンも豚肉なんですよね…。

というわけで、当分豚パレードからは抜け出せそうにありません。今度は砕いたポテトチップスも入れてみようかと思います。ガーリック味がいいなと思ったけど最近ガーリック味のポテトチップスって見かけないなあ…。

f:id:ichinics:20080709011932j:image:w400

2008-07-07

[][] ニシノユキヒコの恋と冒険

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

川上弘美さんの描く、ぬめっとしてない方のお話だと思う。わりと直線的な恋愛小説に思えて、少し驚いたけれど、読み心地のいい連作短編集でした。

10人の女性の視点から語られる、 “ニシノユキヒコ” という男性は、たぶん魅力的で、おんなたらしで、それでいてやさしかったりする/したんだと思う。だから、彼が女性達に「モテた」というのはわかる気がするのだけど、私にはいまひとつ、ニシノユキヒコの魅力がわからなかった。…というのは物語としての面白さが云々ということではなくて、ニシノユキヒコみたいな、「どうして僕はきちんと女のひとを愛せないんだろう」なんて言ってみたりするひとは、めんどくさいなぁと思うからだ。そして、ユキヒコさんがどんな人なのか、なにを考えてるのか、そういうことを考えるときの手応えのなさに、いっそ遠ざかりたい気持ちになる。

例えばそのトラウマの描かれ方も、「ぶどう」に描かれるユキヒコさんの狂気も、どちらも切実なはずなのに、どこか空白な感じがして、それがまたせつなかった。

気持ちというのは常にあるものじゃなくて、空のところに浮かんでくるもの、なのかもしれない。あるような、ないような。ものに、形をつけて色をつけて名前をつけるのは物語なんだな。とか、自分にはまだよくわからないことがたくさんあるなあと、改めて思った。

[] 夏で海で車の後部座席で

先日、結婚した友人とは、もう10年以上の付き合いになる。一緒に式に出席したもうひとりと3人で、暇さえあればファミレスに集まり、趣味があうわけでもないのによくもまあというくらいしょっちゅう顔を合わせていた。話題が尽きても誰も気にしなかったし、そのうち誰かのお腹がすいたり、旅行に行きたくなったり、恋人ができたり別れたりで、そのたびに集まっては同じような話を繰り返した。

彼女たちといるとき、私はよく眠った。運転席と助手席にいる2人の背中を見ながら、趣味のあわない音楽に文句を言いながら、私はよく居眠りしていたし、寝入りばなに、「また寝てるよ」という声をなんども聞いた。

一昨年の夏、3人で海に行った時も、私は浜でひとりで寝ていた。目が覚めた時はもう夕方近く、2人は私の横に座って、なにやら好きな人の話をしていた。楽しそうな声で、汗かいたビールの缶が砂の上にナナメに立ってて、パラソルのはしっこがひらひらしていて、

そこで頭に浮かんだのは End of the world *1のメロディだったりもしたけど、そのまま、しばらく寝転んだままでいて、こういうのってなんていうか、幸せだよなあ、と思っていた。

結婚式当日、私はもうひとりと一緒にスピーチをすることになっていた。当日まで悩んでいたけど、結局あたりさわりのないことしか言えなかった。でも、言いたかったのはたぶん、ここに書いたような、漠然とした気分のことで、つまりまあ、彼女の楽しそうな声が聞こえれば、わたしもわりと幸せな気がするということ。

それにしても今月はめでたい話続きで、結婚式が2回、入籍のお知らせも2回、あった。それぞれひとつひとつ、ほんとうに特別なことなのだけど、これだけ続くと、なんかこう、月日の流れみたいなものを感じる。1か月、半年、1年間の長さは、もしかしたら体感速度できまるのかもしれないなあ、なんてことを思う。

彼女とはもう10年以上の付き合いで、今年はもう半分終わった。これまでの10年とこれからの10年はどっちが長いんだろうな。

海のこととか

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20060801/p1

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20071204/p1