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  □これまでの日記一覧

2008-08-31

[][] AURA 〜魔竜院光牙最後の闘い〜 /田中ロミオ

AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫)

AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫)

読んだ。面白かった。

妄想はやめて、空気読解者(エア・リーダー)となり、高校デビューを果たしたはずの主人公が「魔女」に目を付けられて…という学園ラブコメディ。

主人公のエアリーダーっぷりには、自分の学生時代を思い出して多少どんよりした気分になるものの、自分にとって「学校」はずいぶん遠くなってしまったなぁということのほうがずっとどんよりした気分にさせた。

でも面白かった。解決の付け方もすがすがしく思えた。

ここで描かれてる妄想戦士のような過去は私にはないけれど、でもまあ小学生の頃は忍者になれるような気がしたし、未だにロボに乗りたいとか思ったりするし、常々はばたき市に移住したいと思ってる。思うくらいはいいじゃんとも思う。妄想と現実の境目をどこにつけるかってのはいろいろ難儀なものですが、妄想に邁進できる力ってのにもなんとなく憧れたりもします。というのは楽観的すぎるのかもしれないけど。

ただ、良子の描かれ方、存在感は、最後の最後まで向こう側を信じさせてくれるものだったし、だからこそ魔竜院光牙最後の闘いは感動的だったなと思う。

主人公視点で読むのと、良子視点で読むのとで、またかなり印象が違いそうなのも面白かったです。

2008-08-30

[][] 天顕祭/白井弓子

天顕祭 (New COMICS)

天顕祭 (New COMICS)

文化庁メディア芸術祭マンガ部門で初の同人誌受賞作品、という帯文句につられて買いました。そしてこれがとても面白かった。もちろん賞をとる作品以外にも面白いのはたくさんあるんだけど、こういう売り文句があると今まで知らなかった作品との出会いにもなるのでうれしいなーと思いました。

この「天顕祭」は、ヤマタノオロチの伝説を下敷きに描かれるお話。「汚い戦争」後の世界という時代設定は近未来のようなファンタジーのような独特の世界観なのだけど、すんなりと物語に入っていける。それが一番楽しかったです。

[] 島の思い出

たくさん雨が降ると、インドネシアに旅行にいったときのことを思い出す。

ビール片手に、ついさっきまで土砂降りだったとは思えないような空を、ぼんやりと眺めていた。なんでここにいるんだろーなと、10分に1回くらいの割合で思ったが、とくに考えるでもなく、さっきの大雨で流されたビーサンのかわりに買ったビーサンで道ばたの花びらを蹴ったり、その写真を撮ったりしていた。

買い物から戻ってきた友人に、「ココナツジュース飲む? マズいよ」と言って手渡されたそれを味見させてもらって、「ほんとだマズい」と言って笑う。甘くないんだねココナツって。甘いと思って飲むからマズいのかもね。などと言いながらなんとなく歩きだす。スコールとか言われても乳酸菌飲料しか思いつかないというのは嘘だけど、乳酸菌のこと思いだしたのでカルピスが飲みたいなと思っていた。

宿を出て、蛍が行き交う畑沿いの道をずっと歩いた曲がり角、土産物屋の横には電話屋があった。紙切れに電話番号と国名を書いて出してかけてもらうんだった気がする。電話してる間、カウンター越しに向かい合う電話屋さんにじっと見られているので、落ち着いて話ができなかった。ただ、べつにホームシックというわけでなくても、懐かしかったりすると電話口で涙もろくなる私は、すぐに顔を覚えられ、しばしば電話屋さんに笑われたりもした。肩もたたかれた。そのことを電話口で伝えると、海の向こうからも笑い声が聞こえた。

電話が終わると、外はすっかり日が暮れ、触れる空気が軽かった。気の抜けた炭酸水みたいで、透明だった。宿に帰る道すがら、ギターを弾いたり、バイクでどこかいく相談をしていたりする人のささやかな群れを抜け、その先の路地を曲がれば、いつもの家につくんじゃないか。そんなことを思うくらいに、もう長い事ここにいるような気がした。

早く帰りたいと思うのはこんなとき、そして、どこもたいして、そんなに遠くないよと言っていたのはたぶん距離のことではなく、この気持ちのことだったんじゃないかと思った。

2008-08-22

[][] 雨無村役場産業課兼観光係 1巻/岩本ナオ

雨無村役場産業課兼観光係 1 (フラワーコミックス)

雨無村役場産業課兼観光係 1 (フラワーコミックス)

現在「町でうわさの天狗の子」を連載中の岩本さんが、まさか2本同時連載してたとは! 友だちに教えてもらって慌てて買いにいってすぐさま読みました。

大学を卒業し、地元の役場に就職した主人公の銀ちゃんと、幼なじみのメグ、スミオのお話。村で高校生以上の若者は3人きりという村で、最初、主人公はこれでよかったんだろーかなどと悩んだりもするのですが、そういう悩みが中心というわけではなく、村の暮らしを中心に、恋模様が描かれます。うん。特に銀ちゃんの考えてる村の良さとか、父さんたちに対する目線とか一貫して丁寧に描かれてていいなと思いました。

銀ちゃんとスミオは、岩本さんの描くキャラクターのパターンに近いなと思うんだけど、メグがその中心にいるってのはいいなーと思った。けど、なんていうか東京の元彼女の結婚式のとことか、なんかどう受け取ったらいいのかなあとか一瞬立ち止まってしまいました。

ずっと顔を隠したコマで描かれてて、やっと顔が見える場面、いわゆる「美男美女」ではないんだろーなというのはなんとなくわかる描き方になっている。でも、そこでの主人公の反応がわからない。

漫画で「あんまりかわいくない」「ふつう」を描くのって難しい。登場人物の言葉や態度でしか判断できない。あえてやろうとすると絵を崩すことになるし、でもそうでなければ、「眼鏡とったら美少女」「痩せたら美少女」とかいう展開への伏線みたくなってしまう。

そこはお話の本筋とは関係ないんですが、そんなことを考えてしまった。

[][] 楽しかった日記

先日、友だちと妹と3人でお茶をしたんですけど、道を歩く間も惜しんで三軒はしごして(主に長居しすぎたきまずさのための移動てきな)、その間ずーーーっとオタ話をしていたので我ながらびっくりしました! なんと8時間はなしっぱなし! お昼に待ち合わせした後、初めて時計みたときにすでに5時間以上経過してて外暗くなってて笑った。楽しいときはあっという間ってこういうことだなぁと思いました。

続きを読む

2008-08-20

[] 眠る前

何度が寝返りをうった後、タオルケットをかぶりその隙間から携帯でアンテナをみる。アンテナを眺めていると、そこでちゃんと、毎日が更新されているのだなあ、という気分になる。ことがあって心強い。

ある日記で描かれていた父親の雰囲気が、少し、自分の父親に似ていると思う。私の父もすぐに機嫌が悪くなる人なので、私たち家族は常に、父親を怒らせないように気を使ってきたし理不尽なことで怒られても、反論したりはしなかった。そんなふうに、できるだけ衝突を避ける方向で一致するというのは、ある種のあきらめなんだろうけど、でも逆に父親にとって、それはどんな感じのすることなんだろう。あんまり考えたくないような気がするけど、今の、ずいぶんまるくなった父さんを見ていると、これからうまくやっていこうと思う方に気持ちが傾く。

そういうことを考え出すと、家族というのは、近いけれど、よくわからない存在なんだなあと思う。よくわからないまま、一緒にいるためにそれぞれが少しづつ自分の位置をずらしたりすることで、やってくものなのかもしれない。できれば、うまくやっていきたい。みんながそう思っているだろう、と信じられるのは幸せなことだ。できれば、うまくやっていきたい。いろんなことぜんぶと思いながら眠った。

2008-08-18

[] 2008年版 ナツ100

2008年版ナツ100(id:dangerous1192:20080806:p1)に参加します。

とはいえ、しめきり今日までだった! ということを帰宅してから思い出し慌てて選んだので100いきませんでした。ふがいない。無念。

でも今回は、10巻以内で完結してる作品限定ということで、短編好きな自分としては結果がとても楽しみです。

個人的なルールとしては、

  • これまでに選んだのもOK
  • 1作家1作品
  • 初版で10巻以内

を加えました。同じ作家さんで以前はあれをあげたけど今の気分はこっち、というふうにかなり今日の気分で選んでますがどれも思い入れはあるよ!

ちなみにこれまでのナツ100はこちら

(以下、コメント追記中です)

短編(1巻以内)

  • 童夢』/大友克洋
    • 何度読んでも新鮮で、物語、展開、絵柄、構図の全てがすばらしいと思う。全1巻通して、まるで映画館で映画を見ているようなスピード感がある。
  • 『棒がいっぽん』/高野文子
    • 短編集ですが、1作品挙げるならこの中に収録されている『奥村さんのお茄子』を。Goole ストリートビュー見て、このお話を思いだしたりした。
  • 『ロストハウス』/大島弓子
    • 1作品挙げるなら、表題作「ロストハウス」を、最近でた文庫版だったら追加収録されてる「ジィジィ」を選びます。感想[id:ichinics:20071021:p1
  • 『長い道』/こうの史代
    • おだやかなのにどこかこわい、という作風をはじめて知ったような気がする。何度読んでも、どこから読んでも、笑ったり真顔で考えこんだりできる漫画。感想[id:ichinics:20060329:p1
  • 『のはらのはらの』/雁須磨子
    • 雁須磨子さん好きなのでどれにしようか迷ったけど、やっぱ好きになるきっかけだった「のはらのはらの」を選びました。BLですが、少女漫画の根本ぽいものがあるように思う。感想[id:ichinics:20060619:p1
  • 『おひっこし』/沙村広明(の、竹易てあし名義)
    • これほんと大好きです。雑誌で読んだときに切り抜いたのは動物園の回だったな。人生負け戦でもがんばろーとか思う漫画。完全に主人公に感情移入してます。感想[id:ichinics:20050418:p1
  • リバーズ・エッジ』/岡崎京子
    • 岡崎京子さんの漫画も、1作品を選ぶのってむずかしい。印象に残ってる場面とかを挙げるならきりがないくらいだし、いちばん好きな話といえば、『ハッピィ・ハウス』な気もするんだけど、誰かにおすすめするならこれだなと思った。『童夢』もだけど、私は「団地もの」が好きなのかもしれない。
  • ほしのこえ』/佐原ミズ×新海誠
    • この組み合せがよかった。特に、佐原さんの絵に新海さんのお話がしっくりくるなと思った。「彼女と彼女の猫」とかも佐原さんに漫画化してほしいなあ。感想[id:ichinics:20050315:p2
  • 『そっと好かれる』/小田扉
    • 単二電池見るたび思い出すよ。
  • 『きもち満月』/谷川史子
    • 最も思い入れのある1冊、なら『君のこと好きなんだ』なのですが、1作を、ならこれに収録されている『緑の頃、わたしたちは』です。
  • 『私家版鳥類図譜』/諸星大二郎
    • 比較的最近の作品ですが、とにかく鳥が好きなので。
  • 『純情闘争』/藤田貴美
    • 初期作品は好きなの多いんだけど、これは特に何回も読み返した覚えがある。
  • 村上かつら短編集1』/村上かつら
    • これに収録されている『はるの/よるの/ようだ』を読むといつでも走りたくなる。くそーっ!て気分だけどもせめて、この作品にでてくる女の子(主人公ではない)のように潔くありたいと思ってしまう。感想[id:ichinics:20060819:p1
  • GOGOモンスター』/松本大洋
    • 小さい頃、学校という建物に感じてた漠然としたこわさのことを思い出す。
  • 『ソウル・フラワー・トレイン』/ロビン西
  • 『赤』/奥浩哉
    • 『黒』もあわせて選びたい。「HEN」の最終回雑誌読みながら泣いた。
  • 『11人いる!』/萩尾望都
    • 萩尾望都でどれを選ぶかは悩みどころ…なんだけど、少女漫画にSF期がもう一度くればいいなと思っているのでこれ。
  • 『スケルトンインザクローゼット』/岩本ナオ
    • 現在連載中の「町でうわさの天狗の子」もすばらしいです。感想[id:ichinics:20070527:p1
  • 遠藤浩輝短編集1』/遠藤浩輝
    • 収録されている3作品からひとつを選ぶのが難しい。初めて読んだときものすごく興奮して周囲の人にすすめまくりました。
  • 『NOT SIMPLE』/オノ・ナツメ
    • オノさんの描く、やわらかくて優しいお話も好きなのだけど、特に印象にのこっているものとなるとこれ。感想[id:ichinics:20061104:p3
  • 『かわたれの街』/勝田文
  • 『ミノタウロスの皿(藤子・F・不二雄 異色短編集)』/藤子・F・不二雄
    • 自分が短編漫画を好きになった原点のひとつが藤子不二雄SF短編集だと思う。大傑作シリーズ。
  • 『フィラメント』/漆原友紀
    • 漆原友紀さんの魅力が凝縮された短編集。もっといろんな作品読みたいなぁ。
  • 南くんの恋人』/内田春菊
    • 何度読んでもぐっとくる。もうこういう漫画は書かないのかな。
  • 『F氏的日常』/福山庸治
    • 福山庸治さんは天才だと思います。特にSF漫画好きなひとにおすすめしたい。

中編(5巻以内)

  • 『ホテル・カリフォルニア』/すぎむらしんいち
    • 短編集『スノウブラインド』も大好きだけど、すぎむらしんいちの魅力といえばこのドライブ感なんじゃないかなと思って。
  • 『ペット』/三宅乱丈
    • とりあえず読んでみて! と言いたい。ちょう面白い。
  • 『スイッチ』/望月花梨
    • 望月さんもどれ選ぼうか迷う漫画家さんなのですが(前は「コナコナチョウチョウ」を選んだような)、もしかして私、先生と生徒ものに弱いのかもということに(いまさら)気付いたのでこれを。感想[id:ichinics:20070823:p1
  • 『ハーツ&マインズ』/いましろたかし
  • 『拡散』/小田ひで次
    • このひとにしかない雰囲気があって、それを絵にできるのがすごいひと、だと思う。小田ひで次さんの漫画はけして読みやすいわけじゃないんだけど、どんどん読んでしまうのが不思議。
  • 『茄子』/黒田硫黄
    • 大日本天狗党絵詞』も『大王』も好きなんだけど、ここは『茄子』で。特に国重の話が好きです。すごく好きです。黒田さんの描く女の子はとても魅力的だ。
  • 『はなしっぱなし』/五十嵐大介
    • スケッチのような短編集。その視点の魅力と画力はほんとうに圧倒的。言葉にならなかった部分のお話がたくさんある。
  • プラネテス』/幸村誠
    • 月並みな言い方ですが、幸村さんはほんとーに力のある、丁寧な漫画家さんだよなーと思います。『プラネテス』は原作もいいしアニメも素晴らしい。
  • レベルE』/冨樫義博
    • この面白さはなんなのとか思う。兄弟で奪い合って読んだ。
  • 笑う大天使川原泉
    • 川原泉も大好きな作品がたくさんあって迷うんですが、誰かにまずすすめるならこれかなー。
  • あずまんが大王』/あずまきよひこ
    • 大阪派です。
  • 『ヤサシイワタシ』/ひぐちアサ
    • 好き、とはいいにくい漫画なんだけども、連載を読んでるときに、1話1話がすごく印象に残って何度も読み返したのを覚えている。ひっかかる漫画。
  • ルサンチマン』/花沢健吾
    • これも連載開始からあっという間に真っ先に読む漫画になった。あともうちょっと続いて欲しかったような気もする。
  • 自虐の詩』/業田良家
  • 『福神町綺譚』/藤原カムイ
  • 『鉄腕ガール』/高橋ツトム
    • 女野球漫画。とにかくかっこいい。
  • 『ロリータの詩集』/山中音和
    • 今読むとすごく90年代だなあ、と思うのですが、そんでもその感じがすごく好き。『瞳が泣くから』にもかなり思い入れがあるのですが、こっちは人にすすめるのちょっと気恥ずかしい。
  • ラヴ・バズ』/志村貴子
  • シガテラ』/古谷実
  • 『エイリアン9』/富沢ひとし
  • 西洋骨董洋菓子店』/よしながふみ
    • 前は「愛すべき娘たち」を選んだよーな気がするのですが、西洋の、あの終盤の横顔を重ねてくコマとかしびれたなあということを思い出していたので。
  • 『船を建てる』/鈴木志保
  • 『ラヴァーズ・キス』/吉田秋生
    • 複数視点で描かれるラブストーリー。
  • 皇国の守護者』/原作:佐藤 大輔 漫画:伊藤 悠
    • 連載打ち切りがほんとーーーーーに惜しまれる!!!でも最高! 感想[id:ichinics:20070308:p1
  • 『kiss+πr2』/くらもちふさこ
    • くらもちふさこ先生にも大好きな作品がありすぎて困るくらいなんですが、とにかくこの雑賀くんが好きなんだ。
  • 『恋愛的瞬間』/吉野朔実
    • 瞳子』『いたいけな瞳』と迷ったけど、今の気分でこれに。
  • 『素晴らしい世界』/浅野いにお
  • 攻殻機動隊』/士郎正宗
    • はずせないかなと思った。

長編(10巻以内)

2008-08-17

[]夏休みでした

先週末から夏休みだったので、まる一週間旅行をしてきました。旅行をしながらオリンピックを見たり、高校野球を見たり、海にさわったり花火に出くわしたりひたすら寝たり電車に乗ったりしました。

その旅行のことについては、また改めて書いておきたいなと思うのですが、

ところで、オリンピックとか高校野球とかをテレビの前に集まって見る感じには、なんとなく懐かしい夏休みっぽさがあるなーということを、この数日考えていました。今は携帯で見るテレビ(わんセグ?)があるので、電車の中でも飲み屋でも、あちこちで肩を寄せあう人々のオリンピックなり高校野球なりの観戦が行われていたし、電車の待合室や銭湯の大浴場には備え付けのテレビがあり、時折歓声があがればその都度、見ず知らずの人同士のささやかな交流が生まれたりもしていた。

わたしは普段、あまりテレビを見ないのですが、その夏休み感にあてられて、いまはかなりテレビって楽しいなあ、という気分になっています。ついでに職場にもテレビがあればいいのにと思ったりしています。むしろゴザしいて座卓だしてテレビかラジオつけて麦茶でものみながら仕事したいですが、そんなのたぶんはかどらないよねぜったいと思うので早く家に帰りたいです。

2008-08-07

[] 100年後の Google ストリートビュー

グーグルは5日、無料の地図検索サービス「グーグルマップ」に、地上から見た写真が見られる機能を追加した。従来の航空写真に加え、360度のパノラマや空を見上げた角度の風景を表示でき、待ち合わせ場所の検索といった利用を見込む。

http://www.asahi.com/national/update/0805/TKY200808050406.html

先日、日本でも公開された Google の新サービス「ストリートビュー」を見てみた。地名や住所から地図を検索すると、地図と一緒にその場所の風景まで表示されるというもの。

Googleの車が360度カメラを載せてこまごまと撮影してまわったらしく(というとなんだかアナログな気がするけども)、今はまだ都心部のみではあるものの、ずいぶんと細かい道まで撮影されていて驚いた。

そのストリートビューで私が最初に検索したのは、やっぱり地元だった。こういうときは、不思議と見たことのない場所よりも見たことのある場所を探してみたくなる。おお、確かにうちの駅だ。なんか変な感じ、と思いながら、歩き慣れた、最寄り駅から家までの道を辿ってみる。途中、いつもの場所に、父さんの自転車を見つける(駅前にある親戚の家の前にとめさせてもらっている)。ということは、これが撮影されたのは平日なんだなと思う。そして、その路地を抜けたところに、桜の木が立っているのをみて、あー、と、なんかのスイッチが入ったような気分になった。

ここには、もうこの景色はない。この桜の木は、今年の桜が終わってすぐに切り倒されてしまったらしい、ということを、私は先日久しぶりにこの場所を歩いて知ったのだった。

ストリートビューの本来の目的はたぶん、その場所の景色を検索可能にする、ということだろう。けれど、私の第一印象としては、ある一瞬を一続きの画像で切り取っているという事の方に、なにかがあるような気がする。最初に起こる「問題」(主にプライバシーについて/私も万が一、リアルタイム配信になんてなったら絶対嫌だなと思う)もそこにあるだろう。

ただ、現状のストリートビューを見ていて思うのは、いつか、もっとずっと後に、これを見てみたいということだった。

見ていると、都内の景色でも、雪が積もっている場所もあれば、桜の咲いているところもあって、空模様も様々だということに気付く。だからわりと長期間に渡っての「瞬間」なのだと思うけれど、それでも、ストリートビューで見知った場所を歩き続けていると、なんだか世界全体が一時停止したような、動いているのが自分だけであるかのような、気分になる。

自分が写り込んでいない(幸いなことに?)せいもあるのか、この景色のどこかに自分がいるということよりも、見ている自分がそこに入るような感覚の方が強い。もしもこのように、世界の隅々まで写すことができたなら、それはもう一個の別の世界なのではないか、という気さえする。

ここに写っているものは、この先どんどん失われていくだろう。その桜の木のように、建物は取り壊されあたらしく建てられ、道も変わるだろうし、そこに写っている人は移動し、年をとる。だからこそ、この一続きの瞬間は特別なものになっていくのではないか。

たとえばあと10年後、50年後にもしこれを見る機会があったら、私はやっぱり歩きなれた道をたどりながら、誰かに今のことを、話したいと思うだろう。そしてできることなら、100年後にこれを見た人が、どう思うかを聞いてみたいと思う。

2008-08-06

[] 恐怖

相変わらず台所で豚料理ばかりしている毎日なのですが、最近すごく嫌な予感がするのでそのことについてお知らせしたいと思います。

それは流しの下にある扉についてる包丁収納のことなんですけども、

f:id:ichinics:20080806010017j:image:w200 ←こういうの

いつかこう、手が滑ってこの隙間に包丁を入れられなくて、足に包丁が刺さるんじゃないか…って気がするんですよね。気がするのでよーく見ていれるようにしてるんですが、それでもなんかこわいなーと思いながら今日も包丁をしまいました。

f:id:ichinics:20080806010434j:image:h200 ギャー!

そんだけです。

[][] JUNO

監督:ジェイソン・ライトマン

「JUNO」やっと見てきました。やーよかった、という確かな後味はあるんだけど、じゃあどこがって聞かれるとちょっとうまくいえない映画だった。

【以下、ラストに触れています】

f:id:ichinics:20080806222058j:image:w200

映画は、16歳のジュノが好奇心からちょっといいなと思っていた友達の男の子、ブリーカーとセックスして、妊娠してしまう…というところから物語が始まります。なんて聞くと、10代の妊娠!奔放な性!とかそんなテーマなのかなとか思うけど、ちょっと違う。

確かに、ジュノも最初は中絶しか考えてないし、その後、赤ちゃんをもらってくれる人を探すことになる展開も、「軽い」といえば軽い。「まだ高校生だから育てられない」と最初からジュノは結論していて、それに両親も協力する。

なんだかあっさりしてるなあ、と思ったけど、でも、いまいち現実感がわかなくたって、否応なくおなかは大きくなる。そんな中、両親と友達の態度には、応援すると決めたからには100パーセント応援する、というような心強さがあった。そんでだんだんと、ジュノたちはけして「軽い」んじゃなく、率直なだけなのだと感じられるようになった。いくらきれいごとを言ったって、反省してみせたって、今のこの状況が好転するわけじゃないんだ確かに。(もちろんきれいごとが必要なときもあるけれど)

ジュノが見つけたお腹の子どものもらい手となる夫婦とのやりとりがまた面白い。作曲家の夫マークと、美人で仕事もできそうな妻ヴァネッサは、一見理想的な夫婦に見えるのだけど、パンク好きのジュノとマークが意気投合したことで、関係がずれていく。

正直、モットザフープルの曲がかかるあのシーンの展開はないだろーと思ったけど(あり得ないと言う意味ではない)、ショッピングセンターでジュノのお腹を触らせてもらったヴァネッサのうれしそうな顔を思い出すと、サウンドガーデンTシャツをくさすあの場面には胸のすくような思いがした(ただ自分のことを思うと胸が痛いので複雑)。ここは、「女って現実的だよねー」というより、彼女は彼女の、子どもが欲しいという思いに忠実だっただけだと思う。

そんで、やっぱり妊娠て特別なことだよなあ、というあたかも「予想されそうな」ことを素直に思った。そして、映画の登場人物たちもまた、そうなんじゃないかと思えた。

ところで、お腹の子の父親であるところのブリーカーは、最初から蚊帳の外にいる。「あんたの親には内緒にしといてあげるから」「なんとかするから大丈夫」なんてジュノは強がってみせるが、途中でイライラをぶつけてしまう。苦労するのはわたしだけ、とジュノは言う。たしかにそうなんだけど、ブリーカーには関わる隙もなかった。

なので特にブリーカーに悪印象はないんだけど、でも、ラストにまたブリーカーが出てくるとは思ってなかった。そこが、「やーよかった」の後に「でも…」と言いたくなってしまうところだ。

たぶん妊娠騒動があってようやくブリーカーの良さに気付いた、というラストだった気がするけど、そこはもう少し納得させてほしいなーとか思ったけど、まあジュノが好きならいいよね! とも思いました。ラスト近くの友達の笑顔がよかったです!

2008-08-05

[][] ベイビーの卵/鈴木志保

ベイビーの卵 (PIANISSIMO COMICS)

ベイビーの卵 (PIANISSIMO COMICS)

単行本未収録の短編集。1作品ごとに著者コメントがついているのがうれしい。

デビュー前(?)の投稿作品(「スキップ」/1988年)などもあったりして、ああ鈴木さんは80年代の人なんだなってことを改めて思う。東京に行く男の子と、地元に残る女の子の「木綿のハンカチーフ」のようなお話なんだけど、このタイプのお話で、ハッピーエンドって初めて読んだような気がするな。

正直にいうと、なんの話なんだろう…って首を傾げながら読んだものもあったけれど、鈴木志保さんの漫画の要素となっていくものの原型があちこちに見えて楽しかった。そして、すごくさみしいようで、でも絶対にハッピーエンドの光がある。それは続いているのだなと思った。

[] 昔話/コンクリート

あやちゃんと一緒だったから、あれは小学校にあがる前か1年生の頃のことだ。私たちの主な遊び場であった空き地に、家が建つことになった。

私とあやちゃんは隣同士の家に住む同級生の幼なじみで、その空き地はあやちゃんちの向かいにあった。春にはレンゲやクローバーの咲くいい感じの原っぱで、広くはなかったけれど、木の柵を越えれば菜の花畑が広がっていて、その奥には竹やぶまであった。夏にはショウリョウバッタやトノサマバッタを追いかけまわし、秋が近付く頃にはコオロギやら鈴虫も捕まえた。一度、偶然に虫取り網にスズメを捕まえてしまったことがあって、飼いたいといったら祖父に怒られなくなく放したことがある。あのときのスズメはさぞかしはらはらしたことだろう。悪いことをした。

そんなふうに、私とあやちゃんは晴れた日にはもっぱら、その空き地で遊んでいた。手先の器用だった(たしか映画の美術さんだった)あやちゃんのお父さんにベンチを作ってもらったり、泥ケーキ作ったり、段ボールで家を建てたり、そこを基地にしておやつや漫画雑誌を持ち込んだり。

そんな空き地に、ある日家が建つことが決まった。空き地は柵で囲われ、両親には立ち入り禁止と告げられた。

そして、着々と基礎工事の進む中、私とあやちゃんは空き地奪還計画を立てた。「あそこは私たちの空き地なんだから」という、見当違いの正義感をふりかざし、その計画は実行にうつされた。

私たちは、学校から帰ると荷物を置いて家を出て、その空き地に忍び込んだのだった。ビニールで覆われた工事現場に工事の人たちはいなかった。たぶん、その日は土台に流し込んだコンクリートが乾くのを待っていたのだろう。

工事の人たちに頭を下げるお父さんを見て、私は自分のしてしまったことの重大さに気付いた。大変なことをしてしまったんだ、という恐ろしさと、空き地はもともと私たちのものじゃなかったし、工事の人たちは私たちではなく、お父さんたちに怒っていたということがなんだか恥ずかしく、自分たちはほんとうに、小さいのだということを知ったような気がした。

そしてコンクリまみれの靴は捨てられ、工事は再開された。

…ということを、先日ビニールハウスでスイカ割りをしてしまった小学生の話を読んで思い出した。今でもあのときの高揚感を思うと恥ずかしくなる。

ただ、なんかうまく言えないけれど、あの時のビニールシート越しの光とか、まだ乾いていないコンクリートの高野豆腐みたいなふみ心地のことは。よく覚えていて、

その後、あやちゃんとは疎遠になってしまったのだけど、いつか話をする機会があれば、あの日のことを覚えているか、聞いてみたいと思った。

2008-08-04

[] 毎日が夏休み

夕方の電車、晩ご飯なににしようかなーなんて考えながら足を投げ出して座っていた。夏だから外はまだ明るくて、がらがらの車内は冷房が効きすぎていた。

私の目の前には、ひとりのおじさんが座っていた。というか眠っていた。首が90℃以上傾いていて、電車が急ブレーキでもかけたら、ごろりと落ちるんじゃないかと思うくらいだった。そのとなりのOLさんらしき人も眠っていて、足がだんだん開いてくから見ててちょっとはらはらした。その席の端っこにも、柱にもたれた女子高生が部活のでかい鞄を足元において眠っていて、車内の空気はトルコアイスみたいに、冷たく、でもどろんとしていた。

頬にあたる夕焼け色だけが温かい。私もたまにあたまをグラグラさせながら、ぼんやりと、みんな疲れてんだなぁと思ったりした。そしてどことなく連帯感のようなものを、感じてもいた。今日も一日過ぎたねとか、おなかすいたねとか、眠いすねとか。

中学生の頃からずっと使っていたO線では、久しくこんな光景を見ることはなかった。というのも私が乗る時間帯には常に乗車率が100パーセントをこえているような路線だったからで、だからいまの、このT線の穏やかさはまるで夢みたいだ、と思ったりする。

O線に乗っていると、人は(もちろん私も含め)電車内でとても攻撃的になるものだ、とよく感じた。ぶつかりあって諍いがあり、寄りかかる人を押しのけ、降りる駅で人が入り乱れ転ぶ人がいて、人が人を突き飛ばすような場面だって日常茶飯事だった。みんな急いでいて、私も急いでいた。朝は遅れがちなO線にいらだち、夜は早く家に帰って眠りたいと、眉間にしわを寄せてじっと駅が過ぎていくのを待つ。

みんなどこかイライラしていて、それに気付かないふりをしようとにやにやしてみてもなんの役にもたたなかった。せいぜい折り悪く再会した初恋の男の子に無気味がられてフラグをへし折るくらいだろう。

もちろん、O線にだってよい思い出はたくさんあるのだけど、でもあの増幅していくイライラをおさめる方法はないんだろーか、ということを眠い目をこじあけながら考えていて、通勤時間をずらすとか云々あるけど、やっぱ夏休みという希望こそが、人を豊かにするんじゃないのかね、と、夏休みまであと一週間の脳が結論した。

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2008-08-02

[][] アラビアの夜の種族/古川日出男

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

夢中になって読みました。上巻を古本屋で買い、すぐに読み終えて中巻を買いに書店へ行き、それも読み終えて中巻を買ったのと同じ書店に下巻を買いにいくと上巻のみで中下と売れてしまっており、なんで中巻買ったときにあわせて買わなかったんだろうと後悔し、いくつかの書店を巡って下巻を買い、すぐさま喫茶店によって読みはじめる。巻を追うごとに分厚くなっていくのが嬉しい、と、思うような読書は幸せだ。

古川日出男さんの小説はすきで、たぶん『ゴッドスター』くらいまでは新刊を追うようにして読んでいた。けれどだんだんとスピードアップする文体の、強調されるリズムに、ちょっと疲れてきてもいて、だから読もう読もうと思いつつその分厚さに後回しにし続けていたこの本は、本当に新鮮に、“古川日出男の” 小説としてではなく、アラビアの夜の種族として読むことができたように思う。それが作者にとって好ましいことかどうかはわからないけれど。それでも、この作品で語られる

「一冊の書物にとって、読者とはつねに唯一の人間を指す」

という言葉と読書は、近いところにあったはずだ。

それと同時に、やはり古川日出男さんは一貫して場と歴史を描いている人だと再確認したようにも思う。使っているレンズが、それぞれ異なっているので、視界のとりかたや奥行きはそれぞれ違うけれど、それはまた語られる物語にあわせてのことなのだろう。

この物語でもっとも古川日出男節を感じたのは、物語の中の物語での会話文。とくにジンニーアの俗っぽさとサフィアーンの快活さはほんとうに可笑しくて魅力的だった。

それから古川日出男さんは、この「アラビアの夜の種族」で、日本推理作家協会賞日本SF大賞を受賞したそうだ。このことも、読み終えてみるととても面白い。音楽にとってのジャンルが非常に曖昧であるように、小説もまた、ジャンルは後からあるものなんだなあということを、改めて思う。

そして、この本は、まさにそのことを体現するような物語だった。どこを読むかは読者次第。クローズアップするのも、編纂するのも(三冊に別れた文庫版では、どこからよんでもいい、とあとがきに書いてあったりもする)、拡散させるのも読者であると結ばれる。読む人ごとに、色合いをかえる物語だなんてほんとうにわくわくする。

とても楽しい読書でした。

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

2008-08-01

[][] 「この世界の片隅に」中巻/こうの史代

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

心待ちにしていた「この世界の片隅に」の続刊、中巻ということは3巻でるんですね。上下かと思っていたので、ちょっとうれしい。

そんであらためて、私はこの人のコマ割りが、やっぱり特別に好きだなぁと思う。例えばp28,29あたりの、台詞なしに動きを重ねていくようなコマのうまさは4コマでつちかったものなんだろーかと思うんだけど、場面ごとの緩急のつけ方がとても心地よいのだ。

この中巻では、ようやく信頼関係を築きつつあるすずと周作の間に言葉にだせないような秘密が立ち上ったりする。しかし、そのことの飲み込み方には、こうのさんの描く人物ならではのたくましさがあり、読んでいてとても心強い。と、同時に悩むことよりも生きることを優先しなければならない背景も描かれていて、なんだかいろんなことを考えてしまった。

「みんなが笑うて暮らせりゃええのにねえ」

ってほんとそうだな。

1巻の感想

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20080115/p2

[][] ポニョ、その後

最近読み終えた物語に、「書かれたもの(書物)」と「書いたもの(著者)」の戦いが描かれていた。そして最後、書いたものが空白になって敗れるところで、最近ずっと考えていたポニョについての、何か言葉を見つけようとすればするほど言外の部分が寒天状に膨らんでいく感じ、を重ねようと思ったのだけど、そうやって言葉にした時点でやはり言葉にならない部分のほうが膨らんでいくのだった。

たぶん私は、誰かと一緒にポニョを見て、窓あけたら庭が海になっているとか、ポンポン船から見下ろす水中の見なれた町並みとか、お母さんの乱暴な運転の気持ち良さとか、でもそれに対してつい「危ない」とか思っちゃうなんて年とったもんだわねとか、でもわたしももし自分に子どもがいたなら、あんなふうにラーメン出したいなーとか、そういうハナシをしてみたかったような気がする。

千と千尋のときもそうだった。布団のしいてある大部屋を背景に見える海と、あの湯屋の建物にたいするあこがれについて、飽きるまで(主に妹と)話しまくったものだ。

わたしがポニョでとくに好きだと思ったのは、おかあさんがそうすけのいうことを疑ったり否定したりしないところだった。「ポニョはハムが好きなんだよー」というそうすけに、「あら、わたしみたいね」と返す母さんの気持ち良さ。そんなふうに、いいな、すてきだな、と思うところを思う存分話して満足したかったような気がする。

はじめにかいた「書かれたもの」「書いたもの」のたとえをポニョにどう当てはめればいいのかはわからないけれど、書かれたものはすでにあって、それをどう読むかには書かれたもの以上の広がりがあるのだと思う。そんなことをあらためて考えたりした。