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  □これまでの日記一覧

2008-11-26

[][] マクロス FRONTIER

マクロスF (フロンティア) 1 [DVD]

マクロスF (フロンティア) 1 [DVD]

とうとうやっと最終話まで見ました。楽しかった…!!

「マクロスF」は、今年放送された、SFロボットアニメ「マクロス」シリーズの最新作で、二人の歌手と飛行機乗り(?)の三角関係のお話です(ひどい要約)。ほんとうに続きを見るのが楽しすぎてあっという間で、見終わったあとも引きずってるアニメは久しぶりな気がする。

その魅力の大きな部分は、やっぱり音楽にあるんだと思う。

マクロスシリーズについて漠然としたことは知っていても、いままで見た事はなくて、「愛・おぼえていますか」という曲もさびの部分を知っているくらいだった。

でも、はじめてこの「マクロス FRONTIER」を見て、物語の中にいる人たちと同じように、物語の中にある音楽にわくわくできるっていうのはなんだかとても新鮮で、楽しかった。

もともと菅野よう子さんの音楽が好きなのもあるけど、特にこのマクロスFは、音楽と物語がしっかり絡み合っているからこそ、どちらも深く印象に残るんだと思う。台詞や表情からキャラクターがあらわれるみたいに、物語のいろんな側面で、いろんな形で歌われるたびに、どんどんどの曲も好きになってった。

ランカとシェリルという二人の歌い手はそれぞれ正反対のようでどちらもすごく魅力的だったし、間にいるアルトを巡って対立しているようで一番近いのもよかった…。恋が力になることはあっても、それがすべてではなくて彼女たちは彼女たちを生きてる。ラストシーンをみて「紅の豚」に出てくるジーナとフィオの関係を思い出したりしました。いいよいいよー。

そして例によって(なのかわかんないけどきっと)20話21話で顔が水浸しになりましたよ。

次で最終回ってときには、こんなに楽しいのが終わってしまってどうしようかと思いましたが、劇場版があると知ってまだ生きてたくなりました!

[] 未来はだいじょうぶ

つい最近まで夏にしがみついていたような気がするのに、いつのまにか夕焼けを見ることも少なくなり、朝は布団から出るより前にエアコンのスイッチに手が伸びてしまうようになった。

先走ってホットカーペットを買ってはみたものの、ほとんど床に座ることのない生活をしている私にはあまり意味がない、ということに冬がやってきてから気づき、ただのカーペットとしてそれは部屋の真ん中を陣取っている。そして私は家にいる時間のほとんどを(今まさにそうしているみたいに)机に向かって過ごし、この寒さをどうやって乗り切ればいいのかななどと考えていたりする。

もうずっと頭がからっぽだなということをからっぽの頭で考えているけれど、たまに浮かぶことといえば、この前みた映画の中の人たちのように、自分が楽しいと感じることを信じていたいということだったりして、

その反面、自分の気持ちというものはどの程度信頼のおけるものなのかがさっぱりわからずに、相反する考えは互いを打ち消して頭はどんどんからっぽになるみたいだ。

真実は未来にはなくて、過去と今にしかない、というような台詞をここ半月くらいで何度か目にしたような気がする。残念ながら何の台詞だったかは忘れてしまったんだけど、

例えばずっと昔、井の頭線のどこかの駅に向かう間に雪が降ってきて、家に帰るのはやめて駅前の焼肉やさんに入ったことなどをふと思い出し、なんとなく面映いような気分がよみがえってくるのは不思議だけど確かなので、

いまのこのからっぽもいつかは、確かなことになるのかもしれない。

2008-11-24

[][] ヒメアノ〜ル古谷実

ヒメアノ~ル(1) (ヤンマガKCスペシャル)

ヒメアノ~ル(1) (ヤンマガKCスペシャル)

ヒミズ以降、繰り返し同じテーマを少しずつずらすように描いてきたように思える古谷さんの最新作は、やっぱり、同じテーマなのだと思う。

僕は不満だ

何に不満かというと この何もない毎日に

何者にもなれず 何かを成し遂げようという気配すらない

自分自身に

【第一話】

そんな主人公は、友人が一目ぼれした相手のストーカー対策に協力することになり、例によって、その女の子がかわいくてそして、主人公を好きになる。

その背後にはやはり「悪い予感」が平行して描かれている。

ただそこにいるのが、主人公と裏表のような男である点が、今後これまでとずれていく点になるのだろうか。

茶沢さんを希望にはできなかった「ヒミズ」、南雲さんの後を描いて終わった「シガテラ」、女の子羽田さん)側からの視点が多く入り、主人公希望につなぎとめられる「わにとかげぎす」。そしてこの「ヒメアノ〜ル」はどこに行こうとしてるんだろう、と先に期待する部分とともに、どうしても「かわいい女の子がいればそれで解決するのかな」という点にひっかかってしまう。

[] 適当

電車を乗り過ごしてしまったついでに降りた駅で衝動買いした鶏肉は、その日は結局あまりものの煮物があったので、適当に塩をふって冷蔵庫に寝かせてあった。

さいきん、適当という言葉が結構好きで、適当、というとなんだか批難めいた言葉の印象もあるけれど、例えば料理を作っているときの自分はよく「適当なところで適当にする」などと思っているし、そのだいたいな感じがなぜ批難に使われるのか、あらためて考えてみると、すこし不思議な気がする。それは「いい加減」という言葉にも言えることで、日本人曖昧が好きだってむかし「ファジー炊飯器」のCMで言っていたけれど、じっさいそんなことはないのかもしれないとか思った。

あと関係ないけど、批難という言葉で思い出すのは、小学生の頃の学級会かなにかで、Yさんが「批難」という言葉を使ったとき、難しい言葉使うなと批難されてたのはなんかかわいそうだったなぁと思い出したりもした。

そんなわけで適当に塩をしたのはすっかり定番になった塩豚の癖というか、とにかく塩を振っておけばおいしくなるような気がしていて、その鶏肉と大根をこんぶだしで煮てコチュジャンたっぷりいれた鶏スープはたいへんおいしかったです。

2008-11-22

[][] イントゥ・ザ・ワイルド

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監督ショーン・ペン

原作は、アラスカの荒野へと旅した青年クリストファー・マキャンドレスの実話をジョン・クラカワーが小説化したもの。

大学卒業と同時に、誰にも行き先を告げずに旅に出た彼は、アレクサンダー・スーパートランプ*1と名乗り、「究極の自由」を求め、さまざまな人に出会いながらやがてアラスカの荒野へと目的を定めるようになる。映画は、そのアラスカでの暮らしを軸に、彼がここにたどり着くまでを振り返る構成になっている。

物に溢れた暮らしを否定し、紙幣を焼き、自分を縛る人々から離れ、彼は孤独の中で「生きている実感」を得ようとする。彼の思いが真摯だからこそ、自然の中に立つ彼の姿が魅力的だからこそ、見ている間中、私はどこか居心地の悪い気持ちがしていた。

例えば私が彼と向かい合ったとしても、言葉は届かないだろう。そのことに愕然とするけれど、最後まで見て、それは自分で見つけないと意味にならないんだなと思った。そして彼はそれを「人」から見つけようとはしてなかった、ということなんだろうな。

それでも彼がたどり着いた結論には希望があって、ただ、そのタイミングが決定的にずれてしまったことがすごく悲しい。ラスト近く、座り込んだ父親の姿にはすっかりうちひしがれてしまいました。

彼を意味づけするのではなく、彼に寄り添う視線がすばらしい映画だったと思います。

この映画は Dirk_Diggler さんの感想http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/./Dirk_Diggler/20080918/p1)がきっかけで見に行きました。感謝

*1トランプとは放浪者という意味らしい

2008-11-19

[][] 世界の終わりと夜明け前/浅野いにお

世界の終わりと夜明け前 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

世界の終わりと夜明け前 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

やっぱり見かければすぐに買って読むのだけど、どうしてもこう、もやもやした気持ちが残る。

この「世界の終わりと夜明け前」は、浅野いにお初短編集、と銘打ってあるけれど、これまでの作品も、基本的に1話完結のものが多いし、町を俯瞰するような本全体の印象はデビュー作の「ひかりのまち」に似ていると思う。

ただ、それぞれに切実さがあるというテーマが繰り返されるなか、時々、その切実さは用意されたもののように感じられる。軽薄さを描きながらも、その背景にかならず切実さ、もどかしさがあることで、なにかゆるされるのを待っているような、うがった見方をしてしまう。

それは読んでいる私の甘さを投影しているだけなのかもしれない。でも例えば「東京」というマンガ家が主人公の短編で描かれる迷いには、どうしても作者自身を想定して読み進めてしまうし、そこで、

「自分には決定的な何かが欠けていて、描けども描けども、…きっと満たされることはないだろうなって思うんです」p234

という台詞を語らせ、

僕がどこかに大切なものを置いてきてしまったからなのかな?

と続くのは、やはり物語中で編集者が言うように、「浅く感傷的すぎる」(p233)気がして、それはんじゃないだろうか…。

冒頭の「無題」「夜明け前」などは、以前「ひかりのまち」の感想(id:ichinics:20050620:p1)で引用した岡崎京子の「東京は朝の7時」へのオマージュにも思えるけれど、「ひかりのまち」にあった葛藤の部分だけ抜け落ちてしまったようだ。

この短編集の中では、「アルファルファ」が一番印象に残った。2005年の作品で、この本の中ではもっとも古い。

「本田はヤンキーになっちゃうの?」

「杉崎だって中三にもなってゲームやって…アキバ系になっちゃうぜ」p48

ああそうだ、まだ何にもなっていないときってあったよなあと思った。

高校生から大学生になる頃には、なんとなく、自分の属性みたいなものにすり合わせることに慣れてしまって、属性なんてって思うことすら属性みたいになって息苦しくなったりする。

ヤンキーになるか、アキバ系になるか、話し合う彼らのやりとりを読みながら、それは別に、もしかしたら外側から決められるものじゃないのかもしれないなと思った。

[] 人生はワン、ツー、デカルチャー

リアルタイムでは飛び飛びでしか見れてなかった「マクロスF」を、最近ようやく最初から見始めたのですが、やっぱりすごく面白くてどうしようという感じです。

ランカの声はクリィミー・マミのマミと優をやっていた太田貴子さんになんとなく似ている気がする。

もちろん舞台も物語もぜんぜん違うのだけど、ヒロインの二人は優とめぐみの関係ぽいなぁとか思いながら、楽しく見ています。

あと、まだ10話くらいまでしか見てないんだけども、ランカの携帯電話の動きがすごくかわいいのが気になってる。ランカがミスマクロスのオーディションを受ける第4話とか、お兄ちゃんと喧嘩する第5話とか、ランカの気持ちと携帯電話の動きがシンクロしてるのがすごく気持ちいい。

「人生はワン、ツー、デカルチャー! がんばれアタシ!」*1

がんばる!

*1:第8話

2008-11-17

[][] 僕らのミライへ逆回転

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監督ミシェル・ゴンドリー

とても楽しい映画でした。

ファッツ・ウォーラーの生家といわれるレンタルビデオ店で働くマイクと、その友人ジェリーが、消えてしまったビデオリメイクしはじめるお話。きっかけは、中身が消えてしまったことをごまかすためなんだけど、やがて人々の気持ちがひとつところに向かっていく感触がたまらない。

リメイクの場面も工夫にあふれていて、ほんと笑っちゃうくらいくだらないんだけど、それがいつの間にか、あるもので、できる限りのことをしてしまっている。

映画の中にいる人も、映画を作ってるこちら側の人も、ものすごく楽しそうなんだよなぁ。

そして、ここじゃなんにもできない、と思っていた人たちがいつのまにか何かを成し遂げていた、その瞬間にはほんとうにぐっときてしまいました。

映画を見終わった後、なんだか誰かと一緒に、あーだこーだ言いながら映画が見たくなった。映画館でじっと見るのも大好きだけど、マイクジェリーリメイク作品を見た人がきっとそうしたみたいに、大笑いしながら映画がみたい。

あと、ところどころ、もっと英語がわかったらとか思うところもあったのが悔しかった。日本映画外国の人が見るときも、そういうこと考えるのかな。

関連

同じくゴンドリー監督の「ブロック・パーティ」を見たときの、なんかやたら前向きな気分を思いだした。

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20061115/p1

[] 断片日記

朝、自転車に乗って信号待ちをしていると、私の自転車めがけてTの字に自転車が突っ込んできた。片足を地面について自転車を支えていた私はそのまま横向きに倒れ、翻るスカートの裾は視界をかすめたかと思うと、立ち漕ぎ全速力で遠ざかっていった。

電車に乗ると、女子高生たちが、今日席替えだね、隣になるといいね、とかいう話題でもりあがっていた。つられてずっと昔の、席替えの時の浮き足立った感じを思い出したりもしてみたけれど、あの狭い教室のなかでどこに座るかが、あんなに大事なことだったなんて、いま考えてみると不思議だ。友達と毎日顔をあわせて暮らしてたってことも。

近所の友達に誘われて、自転車に乗って会いに行く。相変わらず忙しいみたいで、半分眠りそうになりながらしゃべるその顔は昔よりずいぶん複雑になった。みんなすぐに言葉がでてこなくて、「あれなんだっけ」ばかりくりかえしてて、年取ったなぁとかいって笑う。でもやっぱりこう、旗を掲げたいわけで、そうだね、掲げたいね、と話すふたりくらい私はがんばれてるだろうかとか考えて少しへこみそうになるけれど、こうやってたまの時間に会えるのはうれしいもので、次に会うころにはもうちょっと、とか思う。

先日、用事があって表参道を歩いていると、新潟物産展の前でお米を配っているところに出くわした。ちょうどお米がきれたところだったのでうれしくて、中でかんずりも買って、豚汁に入れて食べようと思ったのに出来上がった頃にはかんずりのことすっかり忘れて食べ終わってしまった。

そんなふうに、うまくいかないこともあるけれど、毎日おおむね元気です。

2008-11-15

アルパカ牧場

顔いろいろ

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まつげ

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確認

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モフ

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お詫び

ここにあったアルパカ牧場にいってきた日記は一度消えてしまって、キャッシュとかも残ってないのであきらめてたのですが、「アルパカ牧場」で検索してきてくださる方がとても多いので、写真のみ再掲しておきます。

こちらの牧場へいったときの日記です。→http://www.nasubigfarm.com/

2008-11-13

[][] 家ラーメン

吉祥寺駅前の横断歩道を渡ってサンロードの手前を左にまっすぐ、パルコの裏あたりの路地を入った所に、竹田製麺所*1という麺と各種ラーメンスープやそばつゆを売っているお店がある。以前ここで麺を買って油そばを作ったのが楽しかったので*2、また何か違うのを作ろうと思い先日また寄ってみた。寒いし、辛いやつがいいなと思って辛みそと担々麺スープを選ぶ。麺は迷って平麺と、それから、初めて見た焼きそば用の茶色い麺を買った。まるでソース焼きそばのような色になっているけれど、味はついてない蒸し麺だ。どんな味がするんだろう。中華鍋で焼いて、あんかけにしようか。他にも唐辛子を練り込んだ麺とか揚げ麺もあったし、うどんもやってみたい。でも、たくさん買い込んでも食べ切る前に悪くしてしまうだけなので、それらはまたにして店をでた。

冷蔵庫にひき肉があったので、今日は担々麺にしよう、とネギだけ買い足して帰宅。中華鍋でネギみじんとひき肉を炒め、酒、醤油、豆板醤と味噌(とあまってたすりごまもいれた)で味付け、麺とスープを用意してから具をかけて、白髪ネギのせて出来上がり。ラーメンだ。なんかすごくラーメンでおいしかった。麺は今回の平麺よりもうちょっと細いのがいいかなと思ったけど、食べる直前にあぶっていれた油揚げがスープを吸ってジュワーとなるのはほんとためいきがでるようなうまさだった。油揚げてんさい。…と、まあ要するにスープが美味しかったんだけど、これスープ60円、麺80円(2食分160円の)、具材含めても300円くらいだもんな。安い。あんまり家でラーメンて食べたことないんだけど、ラーメンて家で食べてもおいしいんだなとか思った。

1人で外食するときにラーメンってほとんど選んだことがないんだけど、それはなんかちょっと急いで食べなきゃいけない気がするのと、だいたい量が多いので食べきれなかったり満腹になりすぎたりするからだった。でもラーメン食べたい気分はちゃんとあるので、家ラーメンというのはすごくいいなぁ、と何か新しい発見したような気分になっている近頃です。

[] 切り取り

見ている画面の大きさがそのまま世界の大きさのイメージになる…というようなことを、いつだったかテレビでコメンテーターが言っていた。確か、携帯の掲示板について話しているときだったと思う。

そんなのは、なにかのこじつけじゃないかとか思う気持ちもあるのだけど、この2週間くらい、パソコンがなくて携帯でネット見ながら、どこかこころもとない気持ちでいたのも確かで、それは本を虫眼鏡でみているような、全体があるのにいっぺんに見えないもどかしさに似ていた。

それが普段パソコンから見ることに慣れているからなのかどうかはよくわからないのだけど、

最近どこかのデータでインターネットを携帯から利用する人とパソコンから利用する人の割合がほぼ同じくらいいるということを知って、携帯に慣れている人はパソコンから見るときどんな風に感じるのか、知りたくなったりした。

そして、見ている画面の大きさでいえばもちろん自分の視界が一番広いのだけど、例えばスクリーンやテレビ画面やブラウザや携帯画面、カメラのファインダー、のように区切られた世界で視界をいっぱいにできるというのも面白くて、それはもしかしたら、その画面の外を想像できるからなのかもしれない。そして、画面の外、ていうのは自分の視界にもあるのかも、とか。

*1http://www.good24.jp/shop/l023.html

*2:こちらの日記を読んで作ってみました → http://d.hatena.ne.jp/capelito/20080827/aburasoba

2008-11-12

[] 名前をつけてやる

くやしいけどいないとやっぱり落ち着かなくて、昼休みに電話したら今日来るっていうから、それからずっとそわそわして、急いで家帰ってとりあえず晩ご飯つくらなきゃって、中華鍋ふってたら腕がつって「ううう」とかのたうちまわってるときにピンポーンなったのでかなりびっくりしましたが、そんなこんなでようやく、うちに新しいパソコンさんが到着しました!

ドアを開けると、予想してたのの三倍くらいの大きさの段ボールがあって、思わず配達の方に「大きいですねー」っていったらちょっと笑われました。今回のパソコンは「動画がサクサクみれてー、画像ソフト同時に立ち上げられるくらいのやつで、予算はこんくらい…」とかだいたいな感じで弟に頼んで注文してもらったものです(ありがとう弟)。そんとき「いいのあるよーでかいけど」「いいよいいよそれで」みたいなやりとりをしたんですが、だいぶでかかったね…。高さが私のひざくらいまであって、奥行きはそれ以上。

ともかく早速箱から出して机の下に置いてみる。配線の仕方が書いてある紙を見ながら、マウス、キーボード、モニターなどなど、つなげおわって、コンセント差して、電源ボタンを押す。…押してみたけどつかない。つかない! と思ったら、これCDトレイのボタンじゃーん! これじゃなくてこっちか、って押してみる。……つかねえ。つかない!! とかあせりましたが単に端子の押し込みが足りないだけで無事立ち上がったのが10時頃。

「このコンピューターに名前をつけてください」という項目がでてきて手が止まる。

ここは普通に自分の名前をつけるとこなんだろうけど、それじゃあまるでもちものに名前書くみたいで、名前をつけるのとはちょっと違うような気がする。妹に相談すると、「好きなキャラクターの名前とかは厨くさいからダメだよ!」といわれ、しばらくああでもないこうでもないとかやりとりして、立ち上がったのはそれから約1時間後でした。

emac から外付けにうつしたデータは結局とんでしまったのですが*1、この新しいパソコンといちからやっていこうと思います。

ちなみに名前は、とある頭のいい犬の名前からつけました(結局…)。

*1:ものすごく悲しいです!

2008-11-02

[]ブォン、ジャーン日記

画面の点滅、異音、度重なるフリーズなどなど、予兆は数年前からあったので覚悟はしていたくせに、これまでだって持ち直してきたのだからだいじょうぶだろうと思ってしまうのが私の楽観的なところで、帰宅していつものように電源ボタンを押しても何の反応もなく、何度押しても電源が入らなくて、あのいつものブォンて音がしなくて、ああとうとうダメかもしれないとおろおろしながらも、でもせめて中に入れっぱなしの写真や音楽やテキストデータを外付けに移したいと、往生際悪く電源ボタンを押し続けていたら、再びジャーン、とリンゴマークがでた、あのときだって大喜びしつつも、どこかで今度もだいじょうぶだと思っていたのかもしれない。

それが10日ほど前のことで、それからは一度も電源を切らなかったし、家を出るときもスリープにしていたので、帰宅するとまず、ゆっくりと点滅する蛍ランプを確認するようになった。そんな状態で、あと何日もたせるつもりだったのか自分でもわからないけれど、データをほとんど外付けに移動して軽くなったせいか、こころなしかいつもより調子が良い様にすら思えた。

今思えば、ほんとうに楽観的すぎる。

一昨日の夜、帰宅してデジカメのデータを転送している最中に、異音とともにフリーズし、私のemacさんはそのまま電源が入らなくなった。念のためと思って閉店間際のヨドバシで内蔵電池を買ってきてとりかえてみたけどだめだった。

あらためて見てみると、ずいぶんと年季が入ってしまっていた。最後に、今まで後回しにしてきたデータ移行ができただけでもありがたいことなのだろう。

丸一日、そのままの状態にした後、私は思い立って白いemacさんを抱え上げ、それはなんとか持ち上げられるくらいの重さだったけれど、どうにか押し入れまで運び、その奥にしまった。電源の入らないパソコンは深い穴のようだ、とか、そんなことは思わなかったけれど、もうあのブォン、ジャーンを聞くこともないのかと思うと少しさびしいような気がした。

さよなら、私の白いemac。

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次はwindows機を買うつもりです…!