イチニクス遊覧日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

0000 | 00 | 01 |
2001 | 01 | 02 | 08 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 11 | 12 |
  □これまでの日記一覧

2009-01-31

[] 適量

夕方6時、新宿の改札で会った久々の友人たちと、雨だしもうどっか適当に、といって駅前の居酒屋に入る。おしぼり、つきだし、ビール、そんで最近どーよ、という慣れ親しんだ展開で、お互いに文句つけあいながらずいぶん話をした。

なんかちょっとへこんでるときに、これやったら余計へこむな、っていうのは年をとるごとにだいぶわかるようになってきた気がするんだけど、どうやったら気持ちが晴れるのかの方法は定まらないまま、友人たちにずいぶん助けられてきたような気がする。

女性の会話って、結局共感を求めてるだけだよね、みたいな言葉を何度も見てきたし、そのたびにそれだけじゃないよなーって何か反論したい気持ちを抱えてきたけれど、その「いまはだめ」って部分をなんとなく共有することを共感というなら、私はそのなんとなくに感謝したいと思う。レシピに書かれた「適量」の具合がそれぞれ違うように、そのさじ加減をはかってくれるのが嬉しい。

もちろん、それは女性特有のものというより、気心の知れた友達ということなんだと思うし、私にそれができているのかというと疑問なのだけど、帰り道には、晴れたような晴れないような、でもとりあえず軽くなったのは確かな気がしていて、それがみんなも同じだったらいいなと思いながら別れた。

2009-01-30

[][] ゲーム日記

日記ばっかり書いてるのにも飽きてきたのでゲームのことでも書こうかなと思ったんだけど、2008年下半期を幻想水滸伝シリーズにささげた私にとってもはやゲーム日常なのでゲームについて書いたところで日記になってしまうので残念ですね。ともかく幻想水滸伝5までクリアした頃にファイアーエムブレムDSをやり、私はファイアーエムブレムが大好きすぎるということを再確認したわけですけれども、そういえばその最新タイトルWii でっていうのがいまさらながらに疑問です。疑問だということを訴えたいです。

Wii といえば、私はあのリモコンにどうにもなれることができず、兄弟でお金を出しあって買ったにもかかわらずほとんど遊んでないのですけど、ゲームキューブコントローラーも使えるからといってそれでやるのも何か違うような…と思ってサイトを見たら、たぶんゲームシステム的にはそれほど変わってないみたいで、Wii リモコンで敵を斬ったりしてなくて安心しました。なので Wii やるならあのリモコンを使わなきゃ…っていう私の先入観の問題だったんだと思います。ごめんなさい。でもFEみたいなゲームDSでちまちまやるのがあってるような気もするので、もっと移植されたら嬉しいなー。

と、そんなわけで久しぶりにFE熱がよみがえったりもしてたのですが、幻想水滸伝に夢中だった私としては、年末に控えていたティアクライスをやらなきゃいけなくて、FEを二度ほどクリアした後はひたすらティアクライスをやっていました。ただこれもいいゲームではあったんだけど、幻想水滸伝にすっかり思い入れていた分だけ、どうしてもがっかりしてしまうところがあって、まだもやもやしています。

そして今はカルドセプトDSをやっているのですが、これがねーすごく面白い。いたストと似たような感じで、領地の奪い合いが手持の札として持っているクリーチャーで行われるゲームなんだけど、戦略練ってカード選んで、ダイス運もあったりで、なかなか勝てないんだけどとても楽しいです。

人と対戦してみたいなーと思ってるんだけど、まだまだ勝てる気がしないので気後れしてるとこ。

そしてゲームばっかりやってないで本とか読もうって決心したのが確か数日前だった気がします。

ファイアーエムブレム 新・暗黒竜と光の剣

ファイアーエムブレム 新・暗黒竜と光の剣

カルドセプトDS

カルドセプトDS

2009-01-29

[][] 手紙谷川史子

手紙 (りぼんマスコットコミックス)

手紙 (りぼんマスコットコミックス)

谷川史子節、といいたくなるような新刊だった。たぶん私はどちらかというと谷川さんの描く、切ないお話のほうが好きなので(一番好きなのはいまだに「緑の頃わたしたちは」だし)、この巻では圧倒的に「ソラミミハミング」にぐっときてしまいました。

好きな人に幸せになってほしいって気持ちと、それを自分がかなえることはできないんだろうか…って不安を打ち消したい気持ちの間にいる感じは、読んでてへこむけど、どの登場人物も憎めないのがやはり谷川さんならではだなと思う。

このお話には、主人公の好きな人の横顔がたくさん描かれている。すごく王道な表現なのかもしれないけど、それがとてもせつなかったです。

[] 日記日記

≪わたし≫なんてものはただの歴史家にすぎない。昔ふうに言うなら一介の筆耕にすぎない。動きを生むのは命なんだ。ベッドにいる病人には、まだ「ぼくは起きる」という力は残っているだろう、しかし実際は起きあがる力なんてありはしないんだ。とするなら、起きると口にした≪わたし≫と、身体を起こすことのできない≪わたし≫の、どちらが本当の≪わたし≫なのか。

これは堀江敏幸「回送電車」というエッセイ集の中で紹介されていた、ブリス・パラン「ジョセフ」という小説の一節だ。ブリス・パランという人の名前ははじめて知ったのだけど、検索してみるとフランス哲学者で「女と男のいる舗道」に出演したりもしてた人みたい。

「ジョセフ」は、堀江さんの解説を読む限りでは、夫婦の齟齬について描かれた物語とのことなので、引用文は、つまらない言い方になるけれども「できない約束は口にしたくない」ということなのではないかと思える。だとしても、この一節はとても魅力的な言いまわしだ。

今朝、通勤電車の中でこの部分を読んでいて、日記を書くときの世界が二重になる感じももしかしたらここにあるのではないかと思った。

仮に「わたしは今日会社に行き、帰りに西友に寄って帰宅した」と書いてみたところで、それを書く「わたし」と西友に行った「わたし」は重なっているのだろうか。

たぶん、言葉では常に切断面にある「わたし」を語ることはできない。「いつでも今ここが結果で途中である」ということを先日書いたけれど、「わたし」という言葉の特殊なことに、改めて気づかされるような気がした。

そこで改めて『私が世界をどのように見たか、を報告したい』*1という言葉のことを思い、そこに描かれる世界こそが逆説的に「動き」を語ることにはならないだろうか…ということを考えていた。動き、というのは多分、次の一歩のことだ。

そして、日記を書き終えた瞬間の、意識今日から今に移る感じは、それに近いんじゃないか…とか思ったりもしたのだけど、頭が混乱してきたので続きはまた今度。

*1ヴィトゲンシュタイン『草稿一九一四 - 一九一六』

2009-01-28

[] 昔話/漫画部

私の小学生の頃の夢は漫画家になることだった。文房具屋で上質紙を買い、(いま考えればただの上質紙なのだけど、当時は上等な紙だと思っていた)友人のMとKと3人でよく集まってマンガを書いた。1話書き終わるごとに、漫画雑誌風にまとめたりもしていて、表紙や読者ページや次号予告なんかも作ったりした。絵は下手だったけれど、大人になれば絵がうまくなると思っていた。

そのオール手書き1部限定発行漫画雑誌のタイトルが「スリーシスターズ!」(びっくりマークつき)だったことは、昨年のKの結婚式でKからもらった手紙に書いてあって思い出し、その小2感に思わず苦笑してしまったものの、隣に座っていたMと「あったねー」なんて言える程度には照れくさいを通り越して、いい思い出になっている。

それよりも、私がそこに連載していた漫画のことを今日唐突に思い出していますぐ焼却したいのだけど、なにぶん1部限定発行だったため、製本後は順番に持ち帰ることにしていて、私が持っている号は飛び飛びなんだった。

思い出したといってもお話なんてほとんどない。ただ、キスシーンをかくことにすごくはまってたのは覚えている。毎回どうやってキスシーンに持ってくかってことしか考えてなかった。そしてかならずキスシーンで終わる漫画だった。

あれ発掘されたらめり込む。

[] 朝、夜

目が覚めて最初にするのはストーブのスイッチを入れること。それからお湯を沸かしてコーヒーを淹れること。テレビをつけて、インフルエンザ怖いなとか思いながら着替えて、残りもので朝ごはんを食べ、コーヒーを飲んでドアを開き鍵を閉める。

最近買ったカナル式イヤホンは、その密閉性のせいか、音楽よりも自分の心臓の音の方が気になってしまって落ち着かない。音漏れするのもいやだけど、鼻歌歌っても耳障りじゃないくらいの方が、私にはいいのかもなぁとか思う。

毎朝、駅のキオスクで見かけていた女の子を最近見ない。年始に風邪ひいてたときマスクを買ったら「おだいじに」と言ってくれたのが印象的だったのだけど、もしかしてあの子も風邪引いてるのかな、インフルエンザじゃないといいけど…なんて考えながら、今朝もキオスクで缶コーヒーを買った。イヤホンしたままの左耳から、自分の声が聞こえて気持ち悪かった。

会社帰りは友達とご飯を食べにいって、平日だというのに気軽にお酒を飲んで、楽しい気持ちになる。最近いろんな言葉が思い出せない。顔ははっきりと浮かぶのに、思い出せない人の名前がたくさんあって、音よりも、映像の方が記憶に残りやすいのかなぁなんてことを考える。

だから忘れないうちに、もっといろんなものを見ておこうとか思い立ったところで、今日の日記はおしまい。

2009-01-27

[] 不自由な計算

自分が数字を見るときのイメージというか癖については、前にも書いたことがあるのだけど*1、せっかくお絵かきツールができたことだし(いまさらだけど)もう一度書いてみたいと思います。

癖、といっても単純なもので、ひとけたの数字を見る時には、5以下の数字が基本単位のように見えるってだけです。これはどちらかというと不便な癖で、私がずっと数学計算も苦手に感じてきたのはこの癖のせいでもあると思う。

5(以下)が基本単位に見えるってのはこんな感じ。

f:id:ichinics:20090127214840j:image:w400

これで足し算をするとこうなる。10はなんとなく5がふたつ入った袋にラベル貼ってあるようなイメージです。

f:id:ichinics:20090127215215j:image:w400

引き算をするときはこう。

f:id:ichinics:20090127215351j:image:w400

なんか図解してて心配になってきたけど、要するに計算を複数回してやっとたどり着く感じになる。

計算するということを覚えたときからずーっとこうやってきたんだけど、あるとき7は7に、8は8として捉える人もいるんだろうなぁってことに気づいたとき、自分がすごくめんどくさいことをしているような気分になった。

もちろん小学校でこうやるように教わったわけではないはずだ。それなのに、なぜか私の頭は5より大きな数字を頭に思い浮かべられないというか、私の頭の中のお皿は5サイズしかないというか、だから5でまとめられる数字のときはいいんだけど、桁数が大きくなったり、掛け算割り算となると頭にお皿が溢れて「たくさん」になってしまう。

できればこの癖から抜け出して、1986とかいう数字も1000と500と400と50と30と5と1とかじゃなくて、1986として捉えられるようになりたいんだけど、もう無理のような気もする。

[] 5時

打ち合わせ帰りの東西線で、向かいに座っていた男の子がおもむろに紙袋を開き、中から取り出したのは小さなチーズケーキだった。同じような形をしているのを私も食べたことがある。隣に座っている同じ制服を着た男の子と「もう一個食べる?」「いや、晩御飯食べれなくなるからやめとく…」なんて会話をしているのが聞こえて、ふと少食なうちの弟のことを思い出した。

片方の男の子電車を降りた後、車内に残ったもうひとりは再び紙袋を開き、今度はこっそりとチーズケーキを口に運んだ。その後ろに広がるうすいオレンジに目を細めながら、私が思い浮かべるのは電車を降りてしまった彼の晩御飯のことで、チーズケーキをほおばる彼の考えていることもきっと同じだろうなって気がした。

思えばほとんどの人が同じような時間におなかをすかせているというのは不思議なことだ。しかし私の(少食な)弟の好きな甘いお菓子といえばすあまで、長年同じ時間に同じ献立の食事をして生きてきたというのに、私はすあまが好きじゃないというのも、考えてみれば不思議なことだ。

最近、人の体型はある程度遺伝子で決まっているのという話を読んだんだけど、もしかしてそのように食べる量とか食べ物趣味とかも、ある程度は遺伝子で決まっているのかもしれない。だとしたら私が高校生にしてルマンドを食べ飽きるということも…とか、そんなわけはないだろうけど、「だから同じ時間におなかがすくのは当たり前」と考えるより、「なぜかこの電車に乗ってる人のほとんどはいまおなかが減っている」と思う方が楽しい気がするのは、その「なぜか」の部分に何かがあるような気がするからだし、その何かをまだ知らないからなのかもしれない。

ところで

ちょっと続けて日記を書いてみようと思ってます。

まあ、普段からわりと頻繁に書いてるんだけど、感想とかじゃなくて日記を、1日1つづつ1週間くらい続けて書いてみて、それでまた翌週くらいにその中のどれかの日の日記を書き直してみるというのをやってみたい。まあ、そんなことして何が楽しいんだろう…と思わないでもないんだけれど、面白いかもしれないし。

そんなわけで、しばらく相変わらずな感じの日記が続くと思います。

2009-01-26

[][] 「ちはやふる」1〜3巻/末次由紀

感想書くのをすっかり忘れていたんですが、とても面白かったです。

ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)

物語は、主人公ちはやが、クラスメイトの新によって競技かるたに出会うところから始まります。同じくクラスメイト太一と競うようにかるたにのめり込み、三人の間に友情が芽生えたところで、新の引越しが決まってしまう。でも、かるたを続けていればまた会えると信じて、三人は別れる。そして、ちはやが高校生になったところから第二部がはじまります。ここではじめ小学生だった三人がかなりの美形に成長しているのがいかにもなんだけど、

それはともかく、この漫画は物語の中心となる競技かるたがほんと魅力的に描かれていると思います。もちろんそれは主人公ちはやが楽しそうにかるたをやっているからでもある。でもそれだけじゃなくて、最初にちはやが驚いたように、競技かるたのスピードと緊張が、静と動の感触が、画面から伝わってくるからこそ、ついつい夢中で読んでしまうんだと思う。ちはやには、耳が良いというさりげない天才要素もあるんだけど、これが完全に万能じゃないさじ加減も絶妙。

最新刊である3巻の終盤には、チーム戦ならではの盛り上がりがあって、特にラスト7ページ、肉まんくんの「勝ちたいよ」という独白につながるまでの流れにはほんと泣けてしまった。

なんていうのか、チームの中での自分の居場所にいまひとつ自信をもてないでいるキャラクターが、がむしゃらになるシーンというのに私はほんとに弱いです。かっこ悪くてもいい。「勝ちたいよ」というその一言が聞けてほんと嬉しいよ…という気分です。熱い。かるたやりたくなります。

ちはやふる (3) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (3) (Be・Loveコミックス)

ところでかるたといえば、私が通っていた中高一貫女子校には毎年クィーン戦というかるた大会があったので(覚えるノルマとかもあった)、私もがんばって百人一首を暗誦したりしたのですが、いまとなっては “むすめふさほせ” すらきちんと思い出せないありさまだよ。

思い出せるのは特に好きだった「心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどわせる 白菊の花」という句くらいなのですが、なんでこれが好きだったのかというと、読み手が凡河内躬恒という人で…当時の私は「EXIT」という漫画が大好きでそれに凡河内というキャラクターがでてきたからだったなぁ…ということを思い出したりもしました。相変わらずすぎる。

[] 毎日

本屋に入って何も買わずに出ることができない。家のいたるところに未読本が積んであるというのになんで買ってしまうんだろう、とか思いながら今日も本を手に取り、それはやっぱりこの一冊の中にすごく長い時間が詰まっているような気がするからで、それをどこで読むのかとか、読んでなにを思うのかとか、そういうことを想像するともうこの本を自分のものにしたくて仕方なくなるのでやっぱり買ってしまう。せっかく買ったのだから、しばらくは DS 持ち歩くの封印して、今年はもっと本を読もうと思った。

そもそも私が DSi を買ったのは、mac用にフォーマットしてしまっていた ipod のかわりにするという言い訳もあったのだけど、なんだかもうめんどくさくて帰り道にヨドバシに吸い込まれては、もう ipod touch ってかつての mini より安いんじゃんねとタッチしてみたり、かといって衝動買いするには高いしね、とあきらめるのを繰り返していたのだけど、結局ついに mac 時代の唯一の遺物である年季の入った mini初期化するにいたり、やはり音楽を聴きながら自転車に乗るのは気持ちいいなあということを久しぶりに思い出した。

塩豚はおいしいけれど、どう料理するかのレパートリーがそこをついてきたので今日冷蔵庫でそろそろ食べごろになっているはずの塩豚料理するためにネットレシピを検索してみたところ、行き当たったこの(http://park6.wakwak.com/~acchan/recipefolder/recipe113butasioso.htm)ソテーがとてもおいしかったのでうれしい。このためにバルサミコ酢を買ったのだけど、どっかで食べたことあるあの味はバルサミコとバターだったのかと腑に落ちて得した気分になる。豚と一緒にあまってたほうれん草もソテーして、ポテトサラダには粒マスタードたっぷり入れて、ご飯は豆ご飯で、自分でご飯作ることのいいところといえばやっぱり好きなものばっかり食べられることだよなぁとか思ったりして、ごちそうさま。

朝、叫び声をあげて制服女の子がふたり、駅の階段を駆け上っていくのに出くわした。二人とも笑顔で叫んでいたので、何かいいことがあったのだと思う。その様子を地下から見上げていた私たちサラリーマンは、彼女たちがひるがえしたスカートの裾からあらわれた太陽に目がくらみ、エスカレータードミノ倒しのようになだれ落ちていくのだった。

2009-01-25

[] 刷り込み

夕方、6時頃、緑色のカーペットに寝転んで猫をなでながら、カーテン閉めて、と言う母さんの声に生返事を返し、台所から漂うカレーの匂いにおなかが鳴る、そんな時間のことを思い出していたのは、ここ最近その時刻になるとツイッターにながれる相撲の話題のせいで、私にとってずっと、相撲の時間というのは、夕食を待つ時間のことだったのだなと再確認して、だからあの拍子木の音が聞こえるたびに、夕食の献立がぽんぽんと脳内に浮かぶというか、とにかくお腹がすくので、相撲食堂みたいなものがあったらたいへん食欲がわいていいんじゃないかな…と思いながら今日、相撲の時間にラーメンを作っていたところ、あまりに白熱した展開のおかげて、気づけばラーメンは1.5倍、胃袋に限界があるのは惜しいことだなと思いながらふくらみきったラーメンを食べ終え、この展開は食後の大河ドラマだ、ということを思い出したのでした。

2009-01-22

[] カレーの日

今日カレーの日だという噂をツイッターでみたので、晩御飯はカレーにしました。そういえば最近カレー作ってなかったしなーと思って、ちょうどブクマで見かけて気になってたこちら(http://cookpad.com/recipe/252807)のカレーを作ってみることに。

ただ、鶏肉をヨーグルトに漬け込む時間を待てなかったので(お腹すきすぎて)、その辺気持ちだけみたいな感じですが、なんだかんだそれなりにできたような気がします。

ただ、ヨーグルトの味がするカレーっていうのがはじめてだったので、これであってるのかはよくわかりません。鶏肉は問題なくやわらかかったです。

ところで、せっかくほぼ毎日ご飯作ってるので、ご飯の写真とかとりたいなとずっと思ってるんですが、どうも作ってしまうと早く食べなきゃと思ってあせってしまって、いつも赤っぽい写真のままとって放置しちゃってるのだけど今日のもやっぱり赤かった。

f:id:ichinics:20090122232922j:image:w300

f:id:ichinics:20090122233351j:image:w300

あと関係ないけど下はうちにある中で一番気に入ってるお皿。なんか古道具屋さんみたいなところで買った気がします。

ところでなんで今日カレーの日なんだろう?

[] 時間と日記

いつでも今ここが結果で途中であるのはなんでなんだろうと思う。私は過去にもいれないし未来にもいないし、いまここの切断面に常にあるというのは考えてみれば不思議なことだ。

先日、以前の日記を読み返したりしていて、そこに書かれていることから私はその日にあったことを情景として思い浮かべることができるけれど、でもそこにはもういないということを考えていた。そこにはもういないということは、つまりいくら似ていたとしても、まったく同じ文章をまったく同じような心もちで書くことはできないということでもある。

でも、検索か何かでこの日記に飛んできた人にとっては、そのとき開いたページが今にあるのだろうし、だからもしかしたらこの文章が2年後にはじめて読まれることもまったくないとはいえないだろう。そして私はその2年後に向かって、文章を書くことはできるのかもしれない。

そんな風に、「私」の時間だけが直線上にあって、自分以外の人の時間と交差しているように感じるのは、もちろん錯覚なのだけど、

いつも日記は書かれている途中にあって、2年後にもきっと(ここがあるかどうかは別として)つながることができる。これを読み返すときの自分にも、その先があればいいのに、とか、そんなことを考えていると、時間が絡まっているような気分になる。

日記について考えるのはたのしい。

2009-01-20

[][] 「BAKUMAN。」1巻/原作大場つぐみ 漫画:小畑健

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)

読んだ。面白かった!

タッグものって大好きだ…! と思いながら一気によみました。原作者漫画家コンビっていうとこなど、日本橋ヨヲコさんの「G戦場ヘブンズドア」と設定は近いんだけど、雰囲気はぜんぜん違う。

とはいえ、「BAKUMAN。」はまだ1巻、主人公たちの決意が固まったばかりなので、これからどういう漫画になっていくのかはわかりません。それでも俄然期待が高まってしまうのは、ジャンプで大ヒット作を描いた二人が、今のジャンプ目標に据えて漫画家を目指す主人公たちを描いているってところだと思う。

漫画家自身が今の漫画をどう思っているかがわかるし、その上で出してくる答えが何なのか、って、描くのすごく難しそうだけど、ここまでお膳立てしてどう描いていくのか気になります。

実は、私は今まで漠然とだけど、原作者つきの漫画ってあんまり好きじゃないなーと思っていました。それは、原作者の関わる部分がどのくらいなのか、その作品によってかなり異なっているにもかかわらず、明らかにされないことにもやもやしていたからでもあります。『MASTERキートン』とか。

でもこの「BAKUMAN。」で1話ごとに掲載されている大場さんのネームから小畑さんのネーム、完成への流れを見ていると、ああこの二人が組んで書いてるってすごいことなんだなーと思う。わくわくする。

7話で2人が「絵はいいけどおれの話がな」「話はいいけどおれの絵がな」って言い合う場面とか、ああこの人たち毎回お互いをすげーって思いながら漫画描いてるんだろうなって感じがして、それってすごく楽しいだろうなと思った。

そんなふうに、どうしても作者の2人と登場人物を重ねてしまう作品ではありますが、ネームを載せてるってことは、そう読まれるのも意図してるんだろうな。

ともかく、続きがとても楽しみです。

[] 東京タワー

打ち合わせに通された部屋の窓は額縁みたいにちょうどその正面に東京タワーを据えていて、私は待ちぼうけを食らっていた30分あまり、やっぱり東京タワーを見るなら昼間だよなぁということを考えていた。あの紅白が見えるだけで風景昭和っぽいというか、特撮映画っぽいというか、いくら近代的な建物が立ち並びドトールのひとつも見つけられないような町並みの中にいても、ここは私が良く知っている東京だという気持ちになれる。

とはいえ、たぶん私は「東京」にそれほど思い入れがあるわけではなく、どこにいてもいつもどこかぼやけた気持ちになる。それは、きっと視力が悪いままずっと眼鏡もかけずにすごしてきたからで、だからこそ、私の目にもはっきりとわかる東京タワーの大きさが心強いのだろうと思う。

打ち合わせの帰り道は案の定道に迷い、東京タワーは右にあったり後ろにあったりした。それで昔、付き合っていた男の子東京タワーの下にあるお店でカレーを食べた後、お互いポケットに手を入れたまま上の空で歩いていたら、やはり道に迷って、なぜか海について、そうかー港区だもんねなんてことを話したのを思い出した。思い出したけど海には向かわず、コンビニで一番近い駅を教えてもらった。東京タワーは後ろにあった。

f:id:ichinics:20090110032037j:image:w420

2009-01-17

[][] 「町でうわさの天狗の子」3巻/岩本ナオ

町でうわさの天狗の子 3 (フラワーコミックスアルファ)

町でうわさの天狗の子 3 (フラワーコミックスアルファ)

待ちに待った3巻です!もったいないからかばんに入れてちょっとづつ読んだりしてた。

この巻では、登場人物たちの気持ちの揺れとともに、秋姫がだんだんと瞬君の大切さに気づいてく過程が描かれています。個人的にタケル君びいきなので、見てて歯がゆくもあるんだけど、同時にタケル君の不器用さはやっぱり魅力的に描かれてて、続きがとても気になります。秋姫も秋姫で、空回りしつつ、でもやっぱり一生懸命なのがかわいい。ほんと丁寧なマンガだなーと思う。

あと、2巻(98p)の三郎坊ショックが未だに尾を引いているので、そっち(そっち?)ももっと読みたいです。特に五郎坊が気になる…。

印象に残ったのは、ミドリちゃんと生徒会長の雨の場面。ミドリちゃんはきっとこの時のこと、先何度も思い返すことになるんだろうなとか思ったりした。

[] 今に見ろで過ぎてゆく

自分が情けないものや弱いものに惹かれがちであることは自覚しているのだけど、その気持ちにはどこかうしろめたさもあって、それはなんでなんだろう、ということを最近考えていた。長いこと、そのような情けなさや弱さが自分の中にあるからなのかなーと思ってたのだけど、それだけじゃないような気がした。

考えるきっかけになったのは、いましろたかしマンガを読んでいるときの気持ちと、福満しげゆきマンガを読んでいるときの気持ちはあきらかに違っているのを感じたからだった。

一概にジャンルのように扱ってしまうのは避けたいのだけど、どちらも何らかの「うまくいかなさ」を描いていて、でも、いましろさんのマンガを読んでいるときの、かなしさや安心や焦燥感のようなものは、福満さんのマンガを読んでいるときには感じない。簡単にいえば、福満さんのマンガに私は感情移入できなかった。

これは感情移入できることが良いとかそういうことではない。そもそも福満さんのマンガはとても客観的に描かれていて、そこが魅力であり怖さなのだとも思う。

つまり、そこにある苛立ちの方向がまったく違っていて、私はその苛立ちにこそ惹かれていたんじゃないかということに、いまさら気づいたのだった。

そして、私の中のその苛立ちにもっとも近いところにいるのがtheピーズなんだと思う。

これは私がピーズを聞くようになったとき、既に彼らが長い休止期間を経て、活動を再開していたことも大きいと思う。もちろんもっと早く知りたかったという気持ちもあるのだけど、その切実さはそのままに、今も曲を作り、ライブを見せてくれるっていうことは、ほんと心強いことだ。そういえば、私がはじめてピーズライブを見たときに感じたのも、圧倒的な心強さだった。

メシ食うぞ めんどくせぇぞ

くたばる自由に生きのばす自由

辿り着く景色だけがすべて 君の名前はなぁに

遠くの島 家族 平和

今に見ろで過ぎてゆく

Theピーズ「生きのばし」

この曲のイントロ、じゃっじゃーん、てギターの音聞くとなんだかたまんない気持ちになる。

私がピーズを好きなのは、もちろん音楽のかっこよさもあるけど、そこに描かれる苛立ちが、あきらめの悪さでもあるからなのだと思う。

そして、私が感じていたうしろめたさは、どこかでそれをゆるされたいと思っていたからなんじゃないかなと思うようになった。でもゆるされてどうなんの、どうせあきらめないんでしょ、ということを、ピーズの音楽は思いださせてくれるような気がするのだ。

ダメだーって言えるようになるより、ダメじゃなくなりたいと思ってることを認めてしまうほうが、ずっといい。今に見ろでいいじゃんて、とりあえず話はそれからだということを、最近考えたりしています。

D

The ピーズ

The ピーズ

2009-01-16

[] 4年経った

昨日でこの日記をはじめて4年が経ちました。毎年書いてる気がするけど、ほんとこんなに長いこと、それもこんなに頻繁に更新し続けるとは思ってなかったので自分でもびっくりです。

それと同時に、1年目から2年めより、3年目から4年目のがずっとあっという間にも思えて、そういうのは年取ってくこととあまりかわりないのかなと思う。

書いてることは相変わらずでも、1年目なんてもうずっと昔のことみたいで、だから来年の今日がどうなってるかなんてぜんぜんわからない。

いつも、いれる場所は今日しかないんだなということをあらためて考えると不思議だけど、それを続けていけるといいなと思います。

f:id:ichinics:20090117165300j:image:w300

2009-01-15

[] 降臨感想

降臨賞楽しかったです。ひとつのお題にこれだけたくさんの人が集まって、「お話」を書いたっていうのがほんと、不思議っていうか物好き(自分も)っていうか、面白い。なんとなく、一昨年くらいまではわりと定期的にお題創作ぽいことが流行ったりしていた気がするんだけど、最近はあまり見かけなくなってた。それは私がそういう流れに気づく入り口だった人たちがいま日記を書いていないからなのかもしれなくて、それはそれでとても、さびしいのですけど、

ともかく個人的に、降臨賞は久しぶりにネットでわくわくした出来事でした。こういうのがあると新しく面白い人を知ることができるし、普段読んでいる人のいつもとは違う文章が読めたりするのが嬉しい。ありがとうございますインターネット。もしくはインターネットたち。

そしてお祭りが終わり、降臨賞受賞作が主催者の方によって発表されてから(http://neo.g.hatena.ne.jp/./xx-internet/20090112/p1)、私も人力検索への応募作品(128投稿だった)全部読んでみたんですけど、せっかく全部読んだので、自分の印象に残った作品も挙げておきたいと思います。

(もし不快な方がいたら消しますので、コメントかabout欄にあるメールにてお願いします)

あと、ダイアリの方にあげられてたもので、自分ブクマした作品は除いてあります。

降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナル創作小説・漫画を募集します。

条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。

字数制限 : 200〜1000 字程度

締め切り : 2009-01-12 18:00 で募集を止めます。

優勝賞品 : もっとも稀少な(と質問者が判断する)作品を書いてくださった方に 200 ポイントを贈ります。

http://q.hatena.ne.jp/1231366704

  • 4/DocSeri
  • 8/tokoroten999
    • H2Aがかわいかったです。女の子が降ってくる云々よりもH2Aのかわいさが際立っていた気がしますがせつなくてよかった。
  • 11/trivial
    • 小女子が降ってくるとしかいいようがなく、イカナゴがでてきた時点で読めるオチでも浮かないのは文章のうまさだなーと思いました。
  • 17/idiot-i
    • 空から降ってくる女の子を無機質なものとして描いてる作品。個人的に好きな文体で、特に雨どいがでてくるところの描写が好きだなと思いました。
  • 22/u1koba
    • その発想はなかった…!
  • 28/w1102a
    • 最終兵器娘。文章の緊迫感がよかった。
  • 46/enzi
    • 後味の悪さが口に広がるようで、うまいなと思いました。
  • 47/masapguin
    • 雨を女の子におきかえてる話はいくつかあったけど、女の子は湿っぽいっていう言い回しが気に入った。
  • 53/wonder88
    • 「降りてくる」話。
  • 62/nekoyanagiw
    • 最後まで読んで、恋が始まると思ったのに!と思いました。よかった。
  • 73/yossiy7
  • 88/a-park
    • どんよりとした気持ちになるのだけど空から女の子が落ちてきたとしかいいようのない話だった。
  • 92/jundas
    • 語り口が好きです。すごく面白かった。
  • 100/glire
    • 圧倒された。
  • 115/cild
    • 目撃したことがある、という告白形態はこれだけだった気がして、印象に残りました。
  • 119/Thsc
    • 「降ってきたということにしている」お話も珍しかったような気がします。傘は「みやび」という列車の特徴についてなのか、それともメリーポピンズなのか少し気になった。
  • 121/naoko_hirasawa
    • これはマンガにしかできないなーと思った。

感想

募集要項の『優勝作品は「もっとも稀少な(と質問者が判断する)作品」に』っていうのがいいよなーと思った。自分もだけど、それがあるからひねりたくなるし、アイデア勝負みたいなとこが参加しやすかった理由かなって気がします。私もついつい二回も書いちゃったし(日記だけだけど)。

それから、128作品もあれば、いくつかの系統ができてくるものだと思うけど、全体的には、飛び降り、落ちると死ぬ、兵器もしくは隕石として落ちてくる、雨や雪など天気として降る、言葉遊び、美少女かどうか問題、などが目立ったように思いました。それにしてもいったい何人降ったんだろう。

ほんと、上に挙げたの以外にも面白い作品たくさんあったし、いろんな人の感想も読みたいです。

今回は人力検索のだけだけど、そのうち(体力があったら)ダイアリの方も巡りたい。

2009-01-14

[][] 「夜の童話」/紺野キタ

夜の童話 (POPLARコミックス)

夜の童話 (POPLARコミックス)

同人誌で発表された作品と、書き下ろしを収録した短編集。

「Dark Seed」を読んでから紺野さんの本集めてて、これもそのなかの一冊です。

登場人物たちはけして立派ではなくて情けなかったりするのだけど、ぜんぶのお話がとてもやさしくて、少しだけ気持ちが上向きになるような、そんな短編集でした。こういうファンタジーを読むのが久しぶりなのもあってすごくぐっときました。

「ハッピィエンドの女王」と称された大島弓子さんもそうだけど、ハッピーエンドを大切にしているように感じる作品は、オチとしてのハッピーエンドではなく、どこかにほころびはあるのだけど、明るい方向を向いて閉じるというかたくなさみたいなものがあって、そこがとても好きです。

[] ジャブ

寒い日に、寒い寒いとかいって肩すくめながら暗い道を歩いていると、家へと続く緩い坂の中腹に弟が大の字になっていた夜のことを思い出してほんの少し身構えてしまう。

街灯の光の届かない路地の奥にほんのり光る弟の眼鏡はまるで人魂のようで、思わずびびってあとずさった後、弟だと気づいて一度は素通りしたものの、でもなー冬だしなーと思って声をかけると「ふひひひひ」と笑い出したので、ちょっとむかついた。そんな弟の泥酔談については翌日じっくり聞くことになるのだけど、そういえばあれは弟が大学に入った年の暮れだったな、ということをこの前誰かと「茶の味」の映画の話をしたときに思い出していて、「茶の味」に出てくる春野一君はじめ、思春期男子通過儀礼とも言われる電気のヒモジャブデビューもあの年だったし、はじめての飲み会がありはじめてのカラオケがあり、思えばあのとき弟は輝いていた。

そして今もかわらず、つい先日の正月にだって弟はヒモジャブ転じて鏡ジャブに精を出していたのだけど、それはもはや運動不足を解消するつもりの気休めにすぎなくなっており、とはいえ私も私で気分転換といえばこのように思いついたことそのままダラ書きすることだったりするので人のこといえないっていうか、どうしようもない。

2009-01-13

[] 迷走

近頃の私の買い物といったらすっかり迷走を続けておりまして、床に座らない生活なのにホットカーペットを買ってしまったり、省エネにつられて電気ストーブ買ったらパワーが足りないわ、セールではなぜか半そでばかり買ってしまうわで、この冬を乗り切るために頼れるのは風呂だけといった状態です。

大事なものとか優先順位とかそんなものが自分の中ではっきりわかってたらきっと苦労なんてしなくて、優先順位の優先順位とか考えてたらもうややこしくてそんな時頼れるのはなんていうか手癖みたいなものなんじゃないのと思ったりしていて、

でもどこで切っても結果で途中で、だから大丈夫かなとか思ったりしているけど、同時に結果で途中だからいつまでも考えるんだろうなと思う。

無理やりまとめるともうちょっとちゃんと考えて買い物しよう、というのが今年の抱負その3。

そしてこの冬学んだのは風呂は最高だということです。

f:id:ichinics:20090114013650j:image:w420

早く春にならないかな。

2009-01-10

[] カメラ

年末に友達からデジタル一眼レフカメラを貸してもらい、レンズだけ買って使わせてもらってるのですが、これがすごく楽しいです。

一緒にレンズを買いに行った日の夜、家に帰って早速数枚写真をとってみたら、今まで使っていたカメラとはまったく違ううつりかたに驚いた。

正月休みはずっとそのカメラを持ち歩いていたんだけど、まだどうやったらどういう写真になるのかがよくわからなくて、手探りしている状態です。

あとフォトライフにそのままあげると圧縮されちゃうせいかなんかぼんやりした写真になるので、とりあえずフォトショ入れて…とか思ってるうちにもう10日になってしまったので、この行動の遅さをまずは何とかしたい。

以下はそのぼんやりしちゃった写真

f:id:ichinics:20090110124112j:image:w300

うかれ気分で真っ先にとったのは私の友達、中華鍋です。買ったばっかの頃(f:id:ichinics:20080724202216j)と比べると、若干使い込まれた感じになってきたようなきてないような。昨年はこれでたくさんの炒飯を作りました。小学生だったら炒飯てあだ名になってたくらい作って食べた。

f:id:ichinics:20090110131832j:image:w300

朝起きてすぐまたさわってみる。浮かれぶり。

f:id:ichinics:20090110141228j:image:w300

正月家族で出かけたときのお台場

パソコンに入れて見てみると、ピントがあってないとかブレてるとか色がおかしいとかそういうことが思ったより気になる。あと全体的に茶色い。でもまあとりあえずはたくさん使ってみて、だんだんわかればいいかなと思ってます。

これまで使ってたコンパクトカメラももちろん使うし、そんなわけで今年はもっと写真をとりたいなーと思ってます。今年の抱負その1。

[] 落ちる。

私を見る人々の反応のほとんどは “驚き” で、最初のうちは「気にしないでくださいね」と声をかけるようにしていたが、余計驚かせることになるのでいつしかやめてしまった。

怒る人もいたけれど、彼らの声が届くより先に私はそこからいなくなったし、彼らもまた私のことなんてすぐ忘れるだろうと思った。

手を振る人もいた。おがむ人もいた。網のようなものを構えて私を捕まえようとする人もいた。最初は私も手を振りかえしたり会釈してみたり笑って逃げるふりをしていたのだけれど、そんなのにももう飽きてしまった。

もっとも多かったのはなぜか「親方!」と叫ぶ人で、それはなにか、暗号のようなものなのかといぶかしく思ったけれど、問い返す暇もないので無視することにした。

そろそろこんなのは終わりにしたいな、と思った。でもどうやったら終わるのかがわからない。地面にたどり着いたら終わりだろうか。そもそも私がこうしているのは地面にたどり着くためだっけ…?

私はいつからこうしているんだろう。これが終わったら、やりたいことたくさんあるのに。

そう思ったところで目が覚めた。

私は白くて暖かなベッドの上にいた。あわてて飛び起きて、自分の両足がきちんと床に触れていることを確認する。ひんやりして気持ちがいい。窓に向かう。窓の下にはきちんと地面があって、ほんのり土のにおいが鼻先をかすめるようだった。

すると急に視界が暗くなり、空を見上げると女の子が落ちてくるところだった。私はここぞとばかりに「おやかた!」と叫んでみたい誘惑におそわれたのだけど、自分だったら確実に無視するのがわかっていたので、とりあえず「お茶でもどうですか?」と誘ってみた。落ちるのはけっこう息苦しくて、喉が渇くものなのだ。

女の子「ありがとう」と笑い、するりと窓に滑り込んできた。

あらためて「おじゃまします」と会釈をするのを見て、私はいっぺんに彼女のことが好きになった。それから二人でお茶を飲み、これから何をしたいかを話し合った。

なんで落ちることになったのかについては話さなかった。それよりも今はやりたいことの方がたくさんあって、だからそもそも落ちていたことも、いつの間にか忘れてしまった。

* * *

降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナル創作小説・漫画を募集します。

条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。

http://q.hatena.ne.jp/1231366704

いろんな人の読むのがすごく楽しいです。照れくさいより楽しいが勝ったので懲りずにまた書きました。もうしません。でもまたあったらやりたいな。

食人賞のときとかは楽しそうだなーと思いつつやらなかったのが悔しかったので、今年はなるべく自分の照れくささとかを気にせず、書きたいと思って書いたらなるべくあげてみようと思います。これが今年の抱負その2。いやいままでのだって読み返せばじゅうぶん照れくさいんだけど。

2009-01-08

[][] 「大奥」4巻/よしながふみ

大奥 第4巻 (ジェッツコミックス)

大奥 第4巻 (ジェッツコミックス)

家光と有功の物語が幕を閉じ、家綱から綱吉の時代へと流れる。

この4巻が今までの中で一番恐ろしかった。というか、もういっそこれは作者の復讐なのではないかと思える部分すらあった。

男女逆転といっても描かれる歴史は実際の史実とリンクする部分もあり、そこには裏切りもあれば、爽子(「愛すべき娘たち」)のいうところの「分け隔て」もある。

かつて

『愛すべき〜(娘たち)』を描いてみてはじめて、どうしてボーイズラブを描いているのかがわかった。”男女の話を描かなければ、フェミニズムに触れないで済むからなんだ”って。ボーイズだったら、私自身が女として持ってしまう葛藤を描かないで済む。だから描いてたんだなぁっていうのを遅まきながらわかったんです

STUDIO VOICE 現在進行形コミックガイドインタビューより

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20060811/p1

と語っていたよしながふみにその後どのような変遷があったのかはわからないし、フェミニズム、という言葉の意味も私にはつかみきれていないのだけど、この4巻で描かれる物語を読んで感じたのは、立場が逆転してもやはり女は女、男は男として描かれているということだった。

それでは、男女を逆転させることによって見せたいものとは何なのだろう。

そこが楽しみなところでもあり、恐ろしいところでもある。

ただ、終盤で描かれる右衛門佐と綱吉の関係はそこから逸脱しそうで面白くもあり、今後がとても楽しみです。

[] ひこうき雲

今日見た不思議なひこう雲。

ついったーみたらこの雲の話をしてる人が何人かいてちょっとうれしかった。

f:id:ichinics:20090109013023j:image:h200

ひこうき雲といえば、以前わたしのパソコンにはひこうき雲フォルダがあって、いつのまにか撮りためていたひこうき雲の写真をまとめたりしていたのだけど、

去年パソコンが壊れたときに、それもなくなってしまった。

つい習慣で、いまもひこうき雲を見るとカメラをだしてしまうんだけど、また集めるかどうかはわからない。なんでひこうき雲だったんだろうなー。

2009-01-07

[] 空から先生が降ってくる

降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナル創作小説・漫画を募集します。

条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。

http://q.hatena.ne.jp/1231366704

面白そうだったので書いてみました。いいわけいっぱいしたいの堪えてあげてみます。いろいろ申し訳ありません。

***

続きを読む

2009-01-06

[] DSiを買った日記

年末DSiを買いました。

うごメモもダウンロードしてみたんだけど、これ無料ってほんとすごい。さらにアップしてる人たちのすごさも思い知る。あんなのどうやったらかけるんだろうなーと思いつつ遊んでます。

そしてDSiの目玉といえばカメラSDスロットと音楽再生なんだけど、これが結構楽しいです。

音楽再生

音楽はSDに移して再生するのですが、iTunesでAACファイルにしたのを入れれば普通再生できます。私はこの辺のファイル形式とかはさっぱりわからないのですが、たぶん最初からAACで入ってたのでそのまんまファイルSDに投げ込むだけでした。

音質はあんまりよくないような気がするのですが、個人的には気にならない程度。もしかしたらイヤホンのせいかもしれないです。

そんな感じで、普通に音楽プレーヤーとしても使えるうえに、拍手やら太鼓の音を鳴らしてみたり、ラジオや8bit風やボーカル音声変換などの遊び要素も満載で楽しい

あとはまだ使ったことないけど録音機能なんかもあるみたい。

こちらが画像入りで詳しいです→(http://av.watch.impress.co.jp/docs/20081101/ninten.htm

カメラ

カメラの画質は一世代前の携帯カメラみたいで私は好きです。起動も早いけど、街中で開いて撮る感じじゃないかな。特にデフォルトが内側カメラなので、起動した瞬間に自分の顔が写るのが何度やってもなれません。

遊び要素としては、二人の顔を同時に写して似てる度判定する機能なんかもあったりして、これは年末家族でやったけど(ほとんどみんな他人だった!)精度はともかく、なかなか楽しいです。

このカメラで撮った画像SDに保存して簡単にパソコンに移せるのが嬉しいなー。

そんなわけで

アドバンスソフトが遊べなくなったのは残念だけど、アドバンスは持ってるからそれはそれでいいし、ダウンロードできるソフトも今はまだ数が少ないけど、今後が楽しみな感じだった。個人的にはWiiよりこのDSiのが新鮮です。今すぐ買い換える感じではないかもだけど、これからDS買おうと思ってる人には、それほど値段もかわらないし、DSiをすすめたいなーと思いました。

あ、あとLiteに比べて軽くなったかっていうとそれはあんまり感じなかったかな。画面はわりと大きくなった感じがします。あと音量の調節ボタンがちょっと使いづらいけど、これは音楽プレーヤーとして使うこと考えたら仕方ないかなと思う。

それから発売当初、アマゾンとかでひどい値段のがたくさん出回ってたけど、普通ヨドバシで買えました。アマゾンももう落ち着いたみたいです。

ニンテンドーDSi ホワイト【メーカー生産終了】

ニンテンドーDSi ホワイト【メーカー生産終了】

[] 暖房を買った

そんなわけでこれがDSiでとった写真

f:id:ichinics:20090106210342j:image:h200

今日届いた暖房と、一緒に衝動買いしたリボルテックダンボー。(…っていま気づいたんだけど暖房とダンボーが(略))。

冷房のときは問題なかったんだけど、どうもエアコンの調子がわるくて、というか冷風しかでなくて、ホットカーペットを買ったはいいけれど、家にいるときほとんど床に座らないから意味ないしで、主に風呂と布団をかぶることに頼り切っていたこの冬ですが、いよいよ我慢ならなくなったので昨日アマゾンで買いました。昨日注文して今日とどくんだからインターネットすばらしいよね…!

リボルテック ダンボー・ミニ Amazon.co.jpボックスバージョン (初回版)

リボルテック ダンボー・ミニ Amazon.co.jpボックスバージョン (初回版)

2009-01-05

[] くる年

毛玉とりの夢をみたのは先日購入した電動毛玉とり(980円)を早速使おうと思ってあけたら電池別売りだったショックが原因かもしれなくて、その後もいっそエネループ買うかなとか考えてるうちにタイミングのがして未だに毛玉はとれてないのですけど、ともかく夢の中の毛玉とりは軽快に私の衣服にこびりついた毛玉たちをカットしていき、着古したセーターが新品のようだな! とか思ったところで目が覚めた元旦。

夢なのに夢が足りないっていうか生活感にあふれた初夢だなと思って妹に話をすると、違うよ今日の夜見るのが初夢ですよと教えてもらったのでひと安心だった。

けれど翌朝はマッサージ屋さんだった。肩がこってるんですよーあーほんとですねーなんてやりとりをしている最中に目が覚めるがっかり感といったらなかった。すぐに目を閉じて続きを見たい気もしたけれど、妹とセールに行く約束をしていたのでなんとか起きる。全体的に現実的というか夢なのに夢のない感じになるのは洋服を買うときもおんなじで、見たり選んだりするのは楽しいんだけど、自らを振り返るとげんなりするよねーどうにかならんかねーとか毎年言ってる気がするけど、今年はどうにかなるようになったらいいなと思います。穴があったら入りたい。

その後、友達に会ったりこたつで鍋食べたりして帰宅。いい日だった。

f:id:ichinics:20090105212234j:image:w420

3日は前々からきょうだい間で企画していた父親の定年祝いに家族で出かけた。できれば東京タワーが見える眺めの良い店、というリクエストがあったのと三が日ということでお台場の(お台場の!)ホテルで食事をしたのだけど、店員さんが気をきかせて家族写真をとってくれたり、それをその場でプリントしてくれたり、いろいろと気を配ってくれたのがありがたかった。その後家にかえってプレゼントを渡したりして、なんとなく照れくさかったけれど、喜んでくれたみたいなので、やってよかったなと思った。

4日、地元の幼なじみにあったあと、父さんに車で送ってもらう。二人きりになるなんてもう何年ぶりだろうか。

父「確かこのあたりにおいしいラーメン屋があってね…」

私「へー、父さんも外でラーメン食べたりするんだ」

父「まあ、もう30年くらいまえだけどね…」

なんて、とぎれとぎれに話をしながら、30分くらいでアパートについた。手を振りながら今日は父さん一回もしたうちしなかったなーとか、思った。

真っ暗な道歩きながら、楽しかったこととかいろいろ思い出していたら、ふくらみながらしぼむようなぐらぐらした気分になった。そんなときいつも思い出して心づよく思うのは、人に言われた言葉だったりして、なんていうか自分を見るのって人の目を借りなきゃできないことなんだろうかとか思う。だとしたら、誰もいない場所でそだったら、私、ってものはうまれるんだろうかとか、ぼんやり考えながら冬休みが終わりました。

f:id:ichinics:20090105212233j:image:w420

今年もたくさんいいことが、あなたにあるようにいつもいつも*1

2009-01-04

[] ゆく年

昨年は26日に仕事をおさめて、27日から4日までの9連休だった。

その9日間ずっと、東京は晴天。暮れの数日間は、ふだん乗らない「昼の電車」に乗ることが幾度もあって、車内にあふれる光と視界をよぎる影と足下の暖房のあたたかさに気が遠くなるような眠気を覚えながら、ここで誘惑に負けて眠りこんで吉祥寺〜渋谷間を往復しつづけた高校時代を思い返したりした。

鍋食べたり、行ってみたかったカレーやさん行ったり、久しぶりの人に会ったり、貸してもらったカメラを持って近所をうろうろしてみたりしつつ、

冬休みだなという実感と、まだ終わりたくないなーという焦りが同時にやってきたのはたぶん30日頃だったと思う。

f:id:ichinics:20090105212232j:image:w420

30日は昼過ぎに弟と妹と待ち合わせして買い物。眼鏡を新調した。その後、めずらしいことに弟がカラオケに行きたいと言いだしたので昼ご飯食べようとしてたのをやめてカラオケへ。弟とカラオケ行くのはたぶんはじめてなんだけど、いきなりジェロでそれもうまくてものすごく驚いた。ほんと驚いた。面食らったままフライドポテト(カレー味)をつまみ、マクロス三昧しておしまい(なんという残念な兄弟…)。夜テレビ見てたらジェロさんが出てきたので、母さんにその話をすると、自分も行きたかった、とたいそううらやましがられた。

f:id:ichinics:20090108002523j:image:w420

ところで、今、家にはわけあって元野良猫の猫たち(ママ猫、シマ、ハナ)が母子3匹暮らしているのだけど、最初はやさぐれた表情だったかれらも、ずいぶんとうつくしく成長した。昨年末に亡くなったチャオはストーブの上やテレビの上などの暖かいところを陣取って動こうとしなかったけれど、子猫たちは寒さ云々よりも好奇心の方が勝っているようで、ほとんど常に居間を走り回っている。チャオのしっぽはあがりっぱなしだったけれど、シマのしっぽは細く長く滑らかに動いて、しっぽだけでも猫は皆個性があるのだなと思う。

31日は昼からおせちの準備を少し手伝う。八つ頭をむいていたら手がすごくかゆくなって、そんなときは酢を塗るといいと言われたので手のひらに酢をもみこんだりした。お酢臭い手でお雑煮と筑前煮の準備だけすませた後は、家族のアルバム整理。これは両親へのプレゼントを作る用の作業だったのだけど、懐かしい写真に夢中になっているうちに、あっという間に時間がすぎてしまった。紅白と「笑ってはいけない」をいったりきたりしてたらいつのまにか年越したので、みんなでぞろぞろと父さんの部屋まで誕生日おめでとうございますを言いに行く。うちは毎年誕生日と正月がいっしょにやってきてめでたい。

f:id:ichinics:20090105212231j:image:w420

その後、年末恒例のみんなでゲーム。

いろんなことがうまくいくといいなと思いつつ、眠った。

2009-01-01

[] 明けましておめでとうございます

この日記を書き始めて、そろそろ5年目です。

5年といえば、中2と高3くらいの違いがあるはずなのに、5年間で書いてることがほとんどかわってないのも恐ろしいです。

もちろんこの日記をはじめた頃は、こんなに長く続けるとは思っていませんでした。ただ、何かしら書きたいことのある毎日がたまたま続いているだけだと思っていたし、実際誰かにそんな話をしたことがあるような気もします。

でも、最近になってやっと、この日記はべつにあたりまえに続いているわけじゃなくて、ほんのささいなことで、なくなってしまうこともありうるんだなと思ったりしました。

やめようとか思ったことはないんだけど、そう思ったことがないということについて、やっと考えるようになったというか、

これまでずいぶんあたりまえに使い続けてきたけれど、続いたということを、もっと大事にしようと思ったりしています。

とはいえ書くことは相変わらずだとは思いますが、

今年もどうぞよろしくお願いいたします。