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  □これまでの日記一覧

2009-03-30

[][] 「超劇場版 ケロロ軍曹 撃侵 ドラゴンウォリアーズ であります」

f:id:ichinics:20090330225505j:image

すごく楽しかったです…!

これまでの劇場版はほとんどレンタルで見てたので客層がいまいちわからなかったんだけど、劇場子どもでいっぱい。紙のケロロ帽子みたいなのかぶせてもらったりしてた。でもちゃんと大人がみても子どもがみても笑える場面が次々と繰り出される安心設計。この安心して楽しいだろうって期待できて期待通りに楽しいのってほんとすごいと思う。

今回は、ある日、空に現れた謎の物体を調査していたケロロ小隊が「ドラゴンウォリアー」に変身してしまう…という物語。桃華の友達がゲストキャラクターなので、桃華とタママの登場シーンがたくさんあるのがうれしかった。なんかほんと、タママと桃華がキレるだけで楽しいんだよな…。

それからケロロテーマでもあるけど、冬樹とケロロなど小隊それぞれのパートナーとの関係は毎度のことながらぐっときます。今回は(いつも出番の少ない)サブロー先輩も見せ場がちゃんとあってよかった。

あと、サブローといえば、冒頭、夏美がRPGやってる場面があって、白魔導師(?)をサブローって名前にして「癒してくださいっサブロー先輩!」て言ってるのがなんかよかった。

戦闘シーンの描写もわかりやすいし、ギャンとかザクレロとか…そういう期待通りのものも登場するし、この安定したクオリティはほんとすばらしいと思います。よく笑った。

それから同時上映の「ケロ0 出発だよ! 全員集合!! 」という短編では、ケロロ小隊地球に向かう日のお話が描かれてました。ここに出てくるゼロロって誰だかわからなかったんだけど、ちょうど隣に座ってた男の子がお母さんに解説してたのによく聞こえなくて残念だった…。帰ってきて調べてみたら、改名した過去があったのね。

過去劇場版感想

[] セブンイレブンポテトチップスがとてもおいしい

長年、自分の好きなポテトチップスといえば、カルビーのコンソメパンチ、コンソメダブルパンチ北海道限定なのが惜しい北海道バターしょうゆ味と、湖池屋カラムーチョで落ち着いているのですが、いっこ忘れられないポテトチップスがあって、それは台湾セブンイレブンに売っていた、塩味のポテトチップスでした。

旅行に行くと、現地のポテトチップスを食べるのが楽しみだったりもするんですが、香港中国タイなどのコンビニに行った際には、日本からの輸入品や同パッケージの現地工場版がならんでいることのが多かったような気がします。

数年前の台湾旅行の際も、泊まっていたホテルの横にあったセブンイレブンで最初にむかったのはやはりポテトチップス棚でした。いくつか見かけたことのあるパッケージが並ぶ中に、現地のセブン限定っぽいパッケージポテトチップスがあって、文字は読めないけど、厚切りっぽいことが書いてあるのでそれにした。

そんで、これがものすごく美味しかったんです。部屋にもどって、食べてみて速攻でまたセブンイレブンにいって買いだめして、帰りもトランクポテトチップス詰めて帰った。(その日の日記→id:ichinics:20060906:p1

でも、持ち帰ったポテトチップスはあっという間に食べ尽くしてしまって、あれおいしかったよなーと思い続けて数年。

ついにあのポテトチップスに近いものを見つけたんです。それがセブンイレブン「小さなお菓子屋さん」シリーズの、「厚切りポテト うすしお味」でした。

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この写真で伝わるか不安なんですが、芋の味がする厚切りで、塩味が濃い。揚げた芋って感じのしっかりしたポテトチップス。…というと思い出すのはケトルチップ*1なんですが、堅揚げのケトルよりはサクサクしてて、カルビーギザギザポテトよりはザグザグしてる、ほどよい歯ごたえがまたたまりません。

他の味はいつもあるのに、この「厚切りポテトうすしお味」はたまにしかないので、見つけたときはちょっとまとめて買ってしまったりします。ほんとおいしい。

で!これがなんとヤマヨシ製なんですよね。ヤマヨシといえば、ポテトが薄くて量が少ないってイメージがあったので意外でした。今後はぜひヤマヨシも推していきたいと思います。

とにかくそんな具合にポテトチップスが大好きすぎるので、ポテトチップスを発明した人にお礼を言いたい気持ちで、今日も食べてます。

2009-03-29

[] 「モテキ」第1巻/久保ミツロウ

モテキ (1) (イブニングKC)

モテキ (1) (イブニングKC)

あちこちで噂を聞いていたので買って読んで見ました。が、予想以上にHPを削られてしまって、読みすすめるのがだいぶしんどかったような気がします。

なんかモテキと一緒に草食系男子?という言葉を見るのですが、草食…というとどうも象とかキリンとかそういうわりと動きがゆっくりなイメージがあるので(それ草食動物だけど)この漫画の主人公とはちょっと違うような気もしました。わりと走ったりしてるし。

モテキ」は、これまで「たぶん俺はこの大都会東京で誰からも愛されず/できるだけ夢なんか見ないで期待なんかしないで生きていくんだ」と思っていた男の子に、ある日突然「モテ期」がくるというお話モテ期というか、いろんな女の子から連絡が来るようになって、この子はどうだろーとか思いながらいろんな子と会いながら話が進行する。

もと同僚で音楽好きの女の子フジロックで会ったりとか、数少ない女友達にかまかけてみたりとか、酒乱の女の人とかとかとか。描写がいちいち生々しくて面白い。

私が読んでてつらかったのは女友達のいつかちゃんのお話なんですが、それはいつかちゃんと推してる漫画が一緒…っていうのと、2人で遠出して水族館行って、

「こーゆートコ彼女と来たかった…俺の二十代最後の夏なのに……」

「知らねーよ 思ってても口にしないでよそんな事っ/フジ君みたいに女から何かしてくれるの待ち受けてるようじゃ一生彼女できないよ」

(略)

「俺だって好きな女がいたらウミネコ並みに動くっ 松岡修造並みに熱く動く!!/好きな女にしか俺は優しくしねーんだ!!女なら誰でもいいわけじゃねぇよっ」

「あっそ フジ君のポリシーだか知らないけど私のことぞんざいに扱う理由は分かったよ/でもね そんなんじゃ一生童貞だね」

(第2話)

って、このやりとりがなんかすごくつらかった…。

どちらかに感情移入してるというよりも、感情とか打算とかをそのまんまやりとりしている感じに気圧されてしまう。めんどくさいしこわい…とか腰が引けてる時点で、モテキに出てくる女の子たちに怒られるような気もするんだけど、そもそも青年漫画でこういう恋愛メインものってすごく珍しいような気がします。

ぱっと思いつくのは「花とみつばち」だけど、あれもこの「モテキ」も、女性作家青年誌で描くからこその視点なのかなと思う。

かつて、少女漫画で描かれる恋愛の主流(というか多く)は、「冴えない私」が「選ばれる」お話だったように思う(id:ichinics:20070630:p2)。そこから安野モヨコの「ハッピーマニア」とか、「選ぶ」側に立とうとするお話が多くなってきて、このモテキはちょうど逆転して「冴えない私」の視点が男の子になっているんじゃないか、と思いました。

[][] さようなら謎肉

先日、カップヌードルの、あの肉チャーシューになるという話を読みました。

カップヌードル』の具材強化〜ミンチ肉が角切りチャーシュー

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090325-00000020-oric-ent

カップヌードルの「あの肉」が特に好きだった私にはとても残念なニュースだったんだけど、ブクマコメントなどで、思った以上にあの肉人気が高いことを知り、ちょっと嬉しかったりもした。チャーシューになるのが嫌な訳じゃない。ただ、あの肉カップヌードルを象徴していたというか、わりとかけがえのない存在な気がするんですよね…。

ともかく、せっかくなので、私がカップヌードルを食べる時に心がけていることをメモしたいと思います。

まずふたを半分開いたカップヌードルと、沸いたお湯を準備したら、なるべくあの肉が沈まないように、そっと湯をかける。私は、あの肉が半分乾燥した状態で食べるのが好きなのだけど、このとき内側のお湯線より2ミリくらい少なく注ぎ、さらに2分30秒くらいでフタをあけると、出来上がったとき麺の上にあの肉がちらほら鎮座している具合になり、食感もちょうどいい気がする。

半分乾燥してると、コーンスープのクルトンみたいな、シーザーサラダのクルトンみたいな、しょっぱいクルトンみたいな感じでおいしい。

とはいえ、最近カップヌードルを食べる機会もほとんどなくなってしまったのですが、そうこうしているうちに、あの肉を知らない世代が「カップヌードルといえばあのチャーシュー」なんて言ったりする時代がくるのかもしれません。そしたら「あの肉復活」とかいってオリジナルカップヌードルが復刻されたりもしそうだな。

2009-03-25

[] なんでもない日ばんざい。

日記に書くことがないな、と思うときのほとんどは、前にも似たようなこと書いたなーってためらうときのような気がする。朝起きて寒かったり暑かったり、天気がよかったり遅刻したり、買い物をしたり友達にあったり、考えこんでたりただぼんやりしていたり。どれも同じではないんだけど、言葉や文章にしてしまえば、ほとんど見分けがつかなくなってしまうような気もして、つい手をとめる。

それでも何か書きたくなるのは、私が単純にキーボードを打つのが好きだからというか、頭の中で喋るスピードとほぼ同じタイミングで文字が打ち出されていく感じが、ちょっとシューティングゲームみたいで楽しいからなんだと思う。それから、書き終わって読み直す時の、例えば自転車にのって最初にペダルを踏み込んだときに、ちゃんと前に進む手応えみたいなのを確認するのも好きだ。

だから、何か書きたいときには、これいつかと同じだなと思っても、なるべく気にしないようにしている。もしくは、適当に思いついた言葉から、なんとなく書き始めて、どこに着地するかわからないままだら書きしてみる。まとまらないことも多いけど、それはそれで、なんでもない日のなんでもない日記になるんじゃないかと思う(前向きな発言)。

[][] 「ピースオブケイク」/ジョージ朝倉

ピースオブケイク 1 (1) (Feelコミックス)

ピースオブケイク 1 (1) (Feelコミックス)

ずいぶん前に読んだのですが、昨日書いた「食い合わせ」という短編で思い出して日記検索してみたら感想書いてなかったので。

フィールヤングを購読してた頃の感想にちらっと書いたりもしてたけど、ジョージ朝倉さんの漫画はずっと読まずに苦手意識を持っていた。この「ピースオブケイク」も連載当初からわりと気になって読みつつ、そんでも最初から最後まで、物語には距離を感じていた。

それは多分、自分には絶対、こんなふうに感情をあらわにすることなんてできないからだと思う。そして、気持ちのかたちが定まらないまんまでいることが、物語中に時折はさまれる「沼」の描写(例えば「サプリ」でよく描かれる水面にも通じるところはある)と重なって、息苦しいというか、生気を吸い取られるような気がするからなんだと思う。

自分の気持ちなんてだいたいわからないものだ。直感で動いたほうがずっと正確だって思うこともある。

それでも、やっぱりこの漫画の底にある沼は私にはおそろしくって、気持ちを抱えるってことの重さみたいなものを思い知らされるのでした。好きか嫌いかと問われれば「苦手」ではあるんだけど、それでも圧倒的な漫画だと思う。

2009-03-24

[][] 素っ頓狂な花/武嶌波

素っ頓狂な花 (IKKI COMIX)

素っ頓狂な花 (IKKI COMIX)

本屋さんでなんとなく手にとったのだけど、読んでみたらずっと前、IKKI新人賞の選評を読んで気になっていた作品だったので嬉しい。すごく印象的なコマがあって覚えていたのだった。

この本はそのデビュー作を含めた3編の短編と、4編からなる連作が収録されている。

特に印象に残ったのは連作で、第1話は、少々無理をして描いたテーマのようにも思えたけれど、そこから物語が友情にシフトすると一気に面白くなった。思春期女の子ならではの「親友」へのライバル心と嫉妬が、恋愛よりもずっと深いところにある様子に、あー確かにそうだったかもなと思わされる。男の子の場合はどうなんだろうってこういうときいつも気になる。

そこから、その先生に話が移っていくのもよかった。

どちらも人の二面性というか、どっちもほんとうだっていうあいまいさを、自然に描いているのが良い。

最後に収録されている短編「食い合わせ」も二面性を描いたお話。ちょっと違うけどジョージ朝倉さんの「ピースオブケイク」を短編にしたようだなと思った。ものすごく切なくて、どんよりする。こんなときにはつい「みるめのばか」って言いたくなるけど、これはもう口癖みたいなもので、すでにみるめ君関係なくなってる。

2009-03-22

[][] 「ちはやふる」4巻/末次由紀

ちはやふる (4) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (4) (Be・Loveコミックス)

3巻(id:ichinics:20090126:p1)の肉まん君にあまりにも感動してしまったその後の、第4巻。なぜか最初から最後までほとんど泣きっぱなしでした。

この巻は、ちはやの努力が、だんだんと周囲の人に認められる巻で、私は努力が認められる場面にほんとよわい。「千早すごい」の書き込みと、顧問の先生のところはなんど読み返してもぐっとくる。

この巻は、チーム全体の、かるたが好きって気持ちがまとまってきた、すごいいいところな気がします。

今後は、いよいよ新がかるたに復活しそうだし、ちはやにライバルが出現する予感もあって、次巻もほんと楽しみです。新との関係も気になるところだけど、あんまり恋愛話に傾かないで欲しいところ。かるたは試合を描くのが難しそうだけど、原田先生に指摘された弱点を、ちはやや太一がどう克服してくのがが楽しみです。

[] 筋肉少女帯@3/21 リキッドルーム

名前は知っていてもほとんど聴いたことがなかったのですが、おすすめしてもらって聴いたらすごくかっこよくてびっくりした。そんで、これは絶対ライブで見たい…! と思ってようやく見にいけたんでした。

はじめて見るバンドのライブってちょっと緊張するけど、筋少みたいに長年のファンがたくさんいる会場に自分みたいな初心者がいるって状況はさらに緊張する。でもそんなのあっというまにどうでもよくなるようなライブでした。ほんと、期待以上にものすごく楽しいライブで嬉しかったー!

余韻にひたりつつ、私がライブに行って楽しいって思うポイントって何なんだろうなーってことを考えてたんですが、そのうちのひとつは音の密度とブレイクにあって、筋少ライブはそこらへんの欲求不満を十分すぎるほどに満たしてくれたような気がします。うまくいえないけど、すごく鍛えられたものを見て圧倒されるような感じ。

展開が急な曲でもだれないし、決まるとこがきれいに決まる。音がみっちり詰まってる中に、会場全部で息をのむような瞬間があるのがほんとーーに楽しい

それから、曲に振り回される感じが気持ちいいのはザゼンライブ見てるときの感じと近いような気がした(個人的尺度ですけど)。

CD聴いて「この曲ライブだと楽しそう」って思ってた曲をたくさんやってくれて、しかもそれがCD以上に楽しかったのもすごい。特に「踊る赤ちゃん人間」やってくれたのと、ラストの「サンフランシスコ」は良かったなー。

ぜったいまた行きたい…!

2009-03-20

[] 井の頭自然文化園

午後からの晴天につられて、動物園に行ってきました。

せっかく近所にあるのに、休日は混んでるかなとか気後れして、なかなか行けずにいたんだった。

今日は午前中の雨のせいか、園内はほどよく空いていて、すれちがうソフトクリームを持った人たちにつられて売店に寄り、いつの間にか(自発的に)生ビール片手に園内をめぐっていました。

手入れの行き届いた園内には、動物だけじゃなく、植物園や水動物館もある。一歩外に出れば街中なのに、広々としていてとても気持ちがよかったです。

昼寝するおまんじゅうのような鴨や、ごきげんな象、でっかい置物のようなカエルに、おしりのかわいい亀。噂のフェネックも見れたし、園内の桜は満開だった。

ほんとーにいい休日でした。また行きたいな。

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2009-03-19

[][] 「天元突破グレンラガン」を見た

天元突破グレンラガン1 (通常版) [DVD]

天元突破グレンラガン1 (通常版) [DVD]

やーっと全部見ました。長いこと途中で止まったりもしていたのですが、終盤は駆け足で一気に見てしまった。ほとんどいい評判しか聞いてなかったのですが、やっぱりとても面白かったです。

ガイナックス作品は、ついつい深読みしたくなってしまうものが多い気がするのだけど、このグレンラガンを「エヴァンゲリオン」や「トップをねらえ!」、そして他のロボットアニメと重ねて見るということは別に飛躍ではないと思う。

わたしは「フリクリ」を見たときに、鶴巻監督エヴァに対するアンサーだと思ったし、それは「トップ」から「トップ2」においても、土台に対する尊敬と、それを打ち砕いて新しいものを作ろうとする強い方向性を感じた。そしてそのような方向性は、この「グレンラガン」にも色濃く感じられる。

冷めた態度をとることで自分を守っていた主人公が、子どもである自分自身を認める物語が「フリクリ」だったとしたら、自分を信じることへと繋げるのがグレンラガンだったような気がする。

それは主人公シモンが「アニキ」と慕うカミナの台詞によく現れている。「お前を信じるオレを信じろ」とシモン鼓舞したカミナは、最後に「お前の信じるお前を信じろ」と言う。

エヴァンゲリオン」に代表されるような、自意識との戦いや、諦念を描いた物語は多くの人の支持を得たけれど、その後はその「諦念」を認める物語や拘泥からの脱却といったテーマが増えていったような印象があって、個人的にも、それを長いこと引きずっていたような気がする(だからこそ「序」を見たときに、ミサトさん感情移入してる自分に気づいて感慨深かったりもしたんだけど)。

しかし、「グレンラガン」では大見得切って正論言っても、登場人物の誰もそれを恥ずかしがったりしない。

ここで提示されるのは、内にこもる物語ではなく、先が分からなくても自分で選んだものを選ぶという物語だった。

自分を信じるということは、自分に期待するということだ。他の誰でもない、自分自分の期待に応えなくてはならないという重さに正面からぶつかっていくのが「グレンラガン」だったと思う。しっかり生きて、その先も生きて、死ぬのはその後だ。ラストシーンはそんなメッセージのように感じました。

ほんと力強くて、最高に面白いアニメでした。

螺巌編公開前に紅蓮編見なきゃ…!!

関連

天元突破グレンラガン 9 (最終巻) [DVD]

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2009-03-17

[] セブンスドラゴンはじめました

今ようやくオープニングにたどり着いたところです。(同時にやってるゲームがいま3本ですが気にしない…!)

レベルが上がるごとにスキルポイントが貯まって、それを覚えたい能力に割り振っていくというスキルシステムと、戦闘後にモンスターが落としたモノを売ってお金にかえるのは世界樹とおなじ。世界樹は1しかやってないけど、今のところは、世界樹世界が広がった版て印象かな。

私はこのスキルシステムがけっこう好きなので、レベルあげが楽しいです。全部のスキルを覚えることができるのかどうかはわからないけど、それまではプレイする人それぞれで違うキャラクターが育っていく感じ。ポイントは3つくらいたまってから割り振るのが好きなのだけど、ここですごい悩む。連携を前提にするかどうかとか、いろんな戦い方のパターンが用意されてる感じがしますが、私はとりあえず素早さ全開でガンガンいこうぜが好きな戦闘スタイルです。

それから、歩いたことある場所がマップ上で塗りつぶされるのもいい。だいたい移動呪文覚えるとマップ上を「歩く」機会って減るものだけど、とりあえずこのマップならすみずみまで歩いてみたくなる気がします。

今のところのパーティは、ゲーム買う前からキャラデザみて決めてた、

の4人です。特に、ローグのこが気に入ってる。

とりあえずは上のキャラで戦いやすいけど、世界樹バード入れずに苦労したので、バード系っぽいプリンセスも育てとこうかなあとか迷い中です。楽しいなー。

セブンスドラゴン(特典なし)

セブンスドラゴン(特典なし)

[] 夜の窓

谷川俊太郎さんの詩で、私が特に好きなもののひとつに、夜に起き出して窓の外を見ると、家々の明かりがまるで海の底に沈んだ光る石のようである、という一節があったように思う。手元にないのでうろ覚えではあるけれど、その描写と私の記憶はすでに混ざり合っていて、夜の明かりを眺めるたびに、思い起こされるのは私の家の2階へと続く階段の途中にある小さな窓であり、そこにははだしの足の裏の冷たさと、手に持ったコーヒーの湯気と、不意に冷蔵庫のうなり声が止まるときの、いっそうの静けさがある。

最近アパートは家というより部屋だよな、ということを考えていて、それは広さの問題というよりも、1人用の明るさにあるんじゃないかと思った。

だからこそ、すでにほとんどの人は眠っているであろう時間帯の明かりの向こうには、2階へと続く階段の窓の前に立つ、冷たい足の裏があるような気がしてしまう。

そして、明かりを消したとたんに静けさも消え、ここがどこでもなくなるように思って安心する。

2009-03-15

[] 呼び名、家族の顔

週末、以前の勤め先の友人とご飯を食べた。彼女とは同い年でもう10年近い付き合いになるのだけど、勤め先では私が先輩だったせいか、相変わらず少し敬語交じりで話す。なので、私もつられて先輩風のしゃべり方になってしまうことがあって、なんだか気恥ずかしい。

そういった、出会った当時の癖というのはなかなか消えないもので、例えば「○○さん」と呼んでいる相手のことを、いつ「○○ちゃん」と呼びかえればいいのかわからずにタイミングを逃していることも多く、この前も酔っぱらった友達に「いつになったら苗字にさん付けやめてくれるの」と詰め寄られたばかりだ。おそるおそる「マキちゃん」とか呼んではみたものの、今こうして書いていても照れくさいのはどうしたらものだろう。

自分もそんなだから、彼女にも「敬語やめようよ」とは言えずにいるのだけど、そういった言葉の距離感と親密さとは、まああんまり関係ないのかなとも思う。

おなかいっぱいになった後、喫茶店に移動して話をしていたら、そういえば、と彼女は妹の写真を見せてくれた。妹のことはよく話に聞いていたのだけど、写真を見たのははじめてだった。

彼女が「ぜんぜん似てない」と言っていたように、確かに似てないのだけど、どことなく表情が似ているような気がする。私がそう言うと、「たまに鏡だって気づかずに、妹に似てる人いるなと思ったら自分だったりってことがある」と話していて、そういうのは自分にもあるかもなあと思った。

私には弟が2人、妹も1人いて、全員ぜんぜん似てないしよくそう言われる。

けれど、ちょっとした表情の癖みたいなものが、うわーと思うほど似ていたりもして、例えば夫婦が血のつながりもないのに年をとると似てくるのは、お互いを見て暮らしてるからなのかもなとか思った。

[] 「あぁ、全てが人並みに、うまく行きますように」

久しぶりに「金字塔」を聞いている。

私にとってはほかのどんな感覚よりも、音楽によって思い起こされる記憶がいちばん鮮明なような気がするのだけど、このアルバムが出た頃の気持ち、というのを思い出すのはあまりにも切なくて、ずっとしまったままだった。

あの頃わたしは、なんでもできると思ってたし、そのとき持ってるものを何も、なくさないでいられると信じてた。当時の自分にそれを言ったら、きっとそんなことはないと答えるだろうけど、でもあの、小さくてほこりっぽい店で働いてた私の楽観を、そしてそれを裏切ってしまったことを、今日思わぬ形で発見してしまい、ちょっと打ちのめされてしまった。

ただ、例えばアラジンのランプとか流れ星とか、ここぞということろでお願いすることがあるとすれば、あの頃も、今も、願うことはかわらないと思う。

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2009-03-14

[][] 映画ドラえもん のび太の新・宇宙開拓史

のび太の恐竜2006」からつづくリメイクシリーズの第3弾(ただし、声優リニューアル後の映画シリーズでは4作目)を見に行ってきました。公開したばっかりだからか、劇場は親子連ればかりでした。なんかちょっと安心。

いつもどおり、特典のドラえもん人形ももらえました。もしかして子ども向け映画ってお子様セットみたいな感じで、特典つくのが主流になってるのかな。

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今回は「のび太宇宙開拓史」のリメイクなのですが、正直なところ、オリジナル宇宙開拓史については、コミックも映画版も、ほとんど覚えてないです。でも「のび太の恐竜2006」がすばらしかったのもあって、けっこう期待して見に行きました。ただ今回は、個人的には、ちょっと乗り切れないで終わってしまったなーという気がしています。

のび太の恐竜2006」が私にとってすごく印象深い作品になってるのは、ドラえもんの「やわらかさ」に驚いたからだと思う。私がリニューアル後のドラえもんを見たのはそのときがはじめてだった、というのもあるけれど、声だけじゃなく絵のタッチも、ドラえもんの質感も「新しい」ドラえもんになっていて、私はそこに「ただのリメイクじゃないですよ」という気合を感じたりした。それでいて、映画版ならではの「友情」も、笑いどころも、劇場にいる子どもと一緒に大笑いできたように思う。

じゃあなんで今回は乗り切れなかったのかというと、ひとつは、ゲスト声優が多いからのような気がしました。

私は、声優じゃない人が声優をやるときの、あの独特の棒読み感のようなものは嫌いじゃないです。もちろん例外もたくさんあって、たとえばドラミ役の千秋さんは、レギュラーだしさすがに棒読み感もなくちゃんとドラミだった。というか、長いことノンタンもやってたし、もう声優さんとしてもプロなんだろうな。

でも、今回は見てて(聞いてて)つっかえてしまう場面が結構多かった。プロとそうでない人との声と声がかみ合ってない感じ。声優芸能人を良く使うジブリとかは「棒読み感」とプロの隙間をうめるのがわりとうまいなーと思うんですが、それでも声聞いて「顔」が浮かんでしまうと一気にさめてしまう。

でもまあ、劇場にいる子どもたちにそんなことはあまり関係ないのかなーとも思います。

ただもうひとつ、疑問に思ったのが、ジャイアンのび太の関係でした。映画版ジャイアンきれいなジャイアンというか「いいやつ」になるのが定番だけど、今回はそこにかなり無理を感じてしまった。

のび太ジャイアンスネ夫から理不尽言いがかりで仲間はずれにされて、偶然自分の部屋とつながってしまった遠い星「コーヤコーヤ星」に住む兄妹と仲良くなる。ジャイアンスネ夫は、一度はコーヤコーヤ星に招待されたものの、あっという間に帰ってしまって、それからほとんど物語りに絡んでこない。それなのに、終盤になって、しずかちゃんのび太ピンチを告げられると「のび太のやつ、なんでおれに相談しないんだー!」と言って、コーヤコーヤ星に駆けつける。

ここで、いや、そんなこと言っても、相談できるようなタイミングなかったよね…、と思ってしまったんだった。

映画版ジャイアンがいいやつになる展開について、これまで見た映画版ではそれほど不自然さを感じたことはなかった(初代「魔界大冒険」ではジャイアンの活躍が一番印象に残ってるくらい)。それなのに、今回それを感じてしまうのは、それが「お決まり」として描かれてるからなんじゃないかなーと思ってしまいました。ここら辺は、ドラえもんみたいな長寿アニメだと、改めて説明するのもくどくなってしまうし、さじ加減が難しいのかもしれません。

とか、長々と煮え切らないことを書いてしまいましたが、やっぱりドラえもん映画ならではの、日常と非日常がつながる感じにはすごくぐっとくる。とくにコーヤコーヤ星における季節の設定や「石」の描写なんてすごく魅力的だ。それから、終盤の、のび太と敵ボス決闘へと流れる場面も緊迫感があってよかったです。

それにしても、これだけ期待してしまうってことは、自分はよっぽど「のび太の恐竜2006」が好きだったんだなーと思いました。

2009-03-12

[][] 「坂道アポロン」3巻/小玉ユキ

坂道のアポロン (3) (フラワーコミックス)

坂道のアポロン (3) (フラワーコミックス)

楽しみにしている「坂道アポロン」ももう3巻です。

都会からの転校生、薫と、その親友になる千太郎ジャズを通して仲良くなっていく。しかし前巻から、千太郎の幼馴染、律子との間に三角関係千太郎はなにも気づいてないけど)があったりして、どうなっちゃうんだろうと思ってたのですが、この巻では、気づいてないまんまの千太郎がこじれた糸をほぐしていく様子が描かれていてほっとします。

そして、11話、12話で語られる千太郎過去を読んで、なぜ2人が仲良くなったのかが少し分かるような気がしました。

千太郎はほんと、今となってはめずらしい「バンカラ」なキャラクターなんですが、ほんとーに魅力的に描かれてるなあと思う。この巻の終わり、酔っ払った薫の嬉しそうな感じが、なんかすごい切なかった

この漫画には、設定だけじゃなく、どこかなつかしい雰囲気があって、それはキャラクターの素直さによるものなのかなと思ったりもした。

今回はすごく続きが気になるところで終わってるので4巻が待ち遠しいです!

[] 親ばかドラクエ

先日DS版のドラクエ5をクリアしました。たぶん発売当時に買ってやったはずなんだけど、4まではわりと覚えてるものの、5の内容は「結婚する」てことくらいしか覚えてなくて驚いた。

特に、今回やってみて衝撃的だったのは、嫁システムについてでした。

そもそもドラクエ5といえばビアンカだ。こないだ話してた友達は「ビアンカフラグ立ち過ぎだからやだ」っていってたけど(そしてその気持ちもわかるけど)まあビアンカだよね…てのがドラクエ5な気がしてた。

だから今回も、子ども時代、夜に家抜け出してビアンカ幽霊退治に行く場面でだって、おれこの子と結婚するのかーってことしか考えてなかった。そして、結構気が強そうだな…とかのんきなこと思いながら村に帰ったら、その後怒濤の展開を経て奴隷になったりして、しばらくビアンカに会えない日々が続くとやっぱりちょっとさびしかったりもした。

でも辛く苦しい奴隷時代にマリアという娘に出会い、なんか話かけるたんびに「ぽっ」とかいってるから、てっきりこの子おれのこと好きなのかな、そう思うとなんだか俺も好きなような気がするな…とか、妄想してたのに、久々に顔見に行ったら、幼なじみヘンリー王子とあっさり結婚してたのでけっこうくやしかった。ヘンリーったら「マリアはお前のこと好きだったのかもしんないけど…」とか言って! いまさら! 俺もそうおもってたっつーの! と捨て台詞を吐き、この城にはにどともどるまいとちかったのでした。

その後、傷心の主人公の相手をしてくれるのはまものばっかりだった。最初の友達はキノコ。話しかけると「はぁ〜はぁ〜」とため息ばかりついている陰気なやつだったけど、とても頼りになった。それからスライムに乗ったピエール、そして再会したプックル…。

それからはBボタンをおしても会話のできないさびしい日が続いた。「うりゃっうりゃっ」「はぁ〜」の繰り返し…。

だから結婚イベントがはじまったときは素直に嬉しかったんだけども、意外なことに、フローラか、ビアンカか、結構本気で迷ってしまったのだった…。

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決断を迫られた朝は、血迷って何度かルドマンさんにプロポーズしたりもしたんだけど、でもまあフローラは幼馴染のこと好きっぽかったし、ビアンカはちょっとこわいけど、でも(略)とかで、結局ビアンカ結婚したのでした。あ、デボラは…デボラのままでいてほしい気がした。

でもさーその後紆余曲折あってパパスの城についたとたんビアンカ妊娠しててびびったよ。どこの宿屋でですか。「愛してるよ」とか言われて、ものすごい動揺して床を調べまくったりもしました。これ、ちょっと…小学生にはしげきがつよすぎないですか…。

そして生まれたのは双子男の子女の子。ともかくこれからは親子4人で冒険の旅かーと思ったところでまたいろいろあって、タイムリープして3人でビアンカを探すことになるんですけど、息子が伝説勇者だってわかったときにさー、娘が、

わたしは 勇者じゃないけど わたしのことも 好きでいてよね。 お父さん…。

て言うんですよ……。なにこの切ない台詞!!!

この場面で、もうぜったいこの子をパーティからはずしたりしないって思いましたよ…。

そんなわけで、そこからラスボスまで娘のバイキルトで張り切って戦い続けたので、私にとってドラクエ5のヒロインは娘だったような気がします\(^o^)/

ドラゴンクエストV 天空の花嫁

ドラゴンクエストV 天空の花嫁

【畳みます】

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2009-03-10

[][] 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない桜庭一樹

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

桜庭一樹さんの小説を読んだのはこれがはじめてです。どんな話かく人なんですか? って聞いたときに「○○みたいな感じだよ」と説明された内容で、なんとなく腑に落ちてしまって避けていたのですが*1、新しく文庫版が出てたのでつい買って、一気に読んでしまいました。

物語主人公は13歳の女の子。ある日クラスに、転校してきた「海野藻屑」は自分のことを人魚だという不思議少女で、主人公彼女を疎ましく思いつつも次第に仲良くなっていく…というのがおおまかなあらすじです。

藻屑というキャラクターも、主人公の美しい兄についても、かなり作りこまれたキャラクターのように感じられるのに、不思議と浮いたところがない。特に、藻屑については、あのにやにや笑いに、だんだん愛着がわいてくるのが不思議なくらいだった。しかし、1ページ目に、藻屑は既に亡くなっていることが記されているので、物語は逃れられないそこへと向かう回想になっているのが息苦しい。

最後まで読んで、なんとなく、作者が自分投影しているのは先生なんじゃないかと思った。その先生が「子供に必要なのは安心だ」(p150)という場面がある。

人生にはスリルが必要…とかいう台詞をたまに見かけたりもするけれど、退屈なんてなかなかしないよなーということを最近考えたりしていた。スリルの反対を一概に退屈などということはできないけれど、退屈と安心もイコールじゃない。

ラスト先生は「生き抜けば大人になれたのに」と言うけれど、でも安心てなんだろう、安心できたら幸せなのかな、という疑問はきっと子供じゃなくてもあるような気がする。

ただ、例えば『フリクリ』(id:ichinics:20070218)で繰り返し語られる「すごいことなんてない…ただ当たり前のことしか起こらない」という台詞も、この物語で「安心」の分からない主人公も、自分の手の届く範囲にこそいらだっていているという意味で似ているんじゃないかなとか思った。

それから、「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」というのが砂糖菓子の弾丸では何かを撃ちぬけないという意味なのか、砂糖菓子の弾丸そのものを打ちぬけないという意味なのかが読む前から気になってたんだけど、いまだによくわからない。あとちょっと「砂糖菓子の弾丸」て言いすぎじゃないかとも思った。

[][] 「娚の一生」1巻/西炯子

娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ)

娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ)

東京の大手電機会社に勤める堂薗つぐみは、長期休暇を田舎の祖母の家で過ごしていた。

そんなある日、入院中の祖母が亡くなってしまう。

つぐみは、そのまま祖母の家でしばらく暮らすことに決めるが、離れの鍵を持っているという謎の男が現れて…!? (あらすじより)

というちょっとややこしい設定のお話なんですが、読み進めていけば自然にあたまに入ってくるので問題はなかったです。

雰囲気としては、しんどくない「サプリ」おかざき真里)のようだなと思いました。恋愛相手が哲学者というのがなかなか新鮮なんだけど、職業だけじゃなく、この51歳の男性キャラクターが、作品を印象深いものにしていると思う。

そして私はこの人がすごく苦手だ…。

少女漫画の、一応「王子ポジションにいるキャラクターをこんなふうに苦手に思うのはけっこう珍しくて楽しいです。

そのひとつの理由は顔と、あと

「そんなではお嫁にいけへんで?」

「もういけてないのでよろしいのです」

「ふーん 君つまらんわ」/p57

という、この場面にあるような気がする…。つまらんて。そんなこと言われたらぐうの音もでない。けどまあこの人を好きになる感じもなんとなくわかるのがいやだ…!

すごくもやもやできて楽しいです(二度目)。

*1:そして確かにその「○○」みたいな話だったのでネタばれ避けるために伏せておきます。

2009-03-09

[] 雨、椿

午後、電車に乗って海のそばまで行った。海岸方面、と書かれた看板の矢印とは逆の出口に出ると、そこは意外なほどビルの多い町で、背後に海岸があるなんて信じられないような気がした。海の匂いも、特にしない。「あの」と声をかけられ振り向くと、上品なおばあさんが「着付けどうですか」とパンフレットを差し出していた。

打ち合わせに通された部屋は突き当りが大きな窓になっていて、ブラインドも全開だった。ちょうど視線の位置に太陽を包んだ雲があるせいで、打ち合わせの相手には後光がさしているように見えた。すごくまぶしくて、ずっと瞬きをしていたような気がする。瞬きをたくさんすると眠くなる。

建物を出ようとしたところで、ぼたぼたと雨が降ってきたけれど、空は晴れているし、大粒すぎるせいかひとつも身体に当たらないような気がした。両脇を私服姿の男の子たちがかけていって、ああ今は春休みなんだなということを思う。

バス停まで歩いているうちに雨はやみ、ぬれた夕焼け色の道をすべるようにバスがやってきた。帰りの電車ではずっと眠っていた。

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退屈は思春期の特権だ、なんて言葉がどこかにあったかどうか定かではないけれど、そういえば学生でなくなってからはあまり「退屈」ってしなくなったような気がする。いつの間にか、暇は待ち遠しいもので、すごく贅沢なことだと、思うようになっていた。

もっと漠然とした、自分の力の及ばなさみたいなものに退屈することはあっても、それをまっすぐに見ていたら底が抜けてしまうし、とか弱気になってしまうのは、もしかしたら、不安を抱えるのにも体力が必要だからなのかなあということを思う。

それが不安でなく、期待だと思えるように、できないこと考えてへこむより、できることを考えてたい。

2009-03-07

[][] チェンジリング

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監督クリント・イーストウッド

クリント・イーストウッドの最新監督作。行方不明になった息子を探し続ける母親のもとに、帰ってきた「息子」は別人だった…という、1928年ロサンゼルスで実際にあった事件をもとにした作品

物語はここから、母親とロス市警の戦いにシフトしていくのだけど、彼女はあくまでも「警察と戦いたいのではなく、自分の息子をとりもどしたいだけ」と説明する。けれど、事件を解決したことにしたい警察彼女言葉は受け入れられない。

冒頭、母親が息子を学校へ送っていくシーンがあるのだけど、そこではバスを降りて校舎へ向かう息子を彼女は見ない。この時点での彼女は息子の存在を「あるもの」として安心しているからなのだと思うけど、息子が行方不明になってしまってからの彼女はずっと彼を探し続けている。あの視線が描かれているからこそ、彼女の悔いがより深く感じられ、本当に、丁寧な映画だと思った。

かしこ映画でなにより恐ろしいのは、彼女にとってはあきらかである「この子ども自分の息子ではない」という事実が、自分言葉では証明できないということだと思う。

母親からしてみれば、自分子どもかどうかなんてわかって「当たり前」なのだろうけれど(行方不明だった期間はたった五ヶ月なのだから)、背が低くなっているのに、顔も違うのに、「あなたは気が動転しているんですよ」のひとことで片付けられてしまう。

彼女が「息子を名乗る別人」に対して、あなたは知ってるんでしょう、と語りかける場面があるのだけど、これが例えば「私」が別人になってしまう物語だったらと思うと、それこそ手だては「自分」だけになってしまう。だからこそ、救いの手を差し伸べてくれる相手に対しても、信用していいのかどうか、彼女の表情にははっきりと疑いの色がある。

自分自分定義づけるものは何なのか、と考えたときにはじめて気づく、その不確かさを思うからこそ、この映画は恐ろしいのだと思う。

何を信用したらよいのか分からない状況で、最後まで自らの判断で行動し続ける主人公の姿はとても心強かった。

それと同時に、守るものがあるということが恐ろしくなったりもした。

見終わった後、映画の冒頭に、父親の話をするシーンがあったのを思い出した。「僕が嫌いだからいなくなったの?」と問う息子に対し、「あなたが生まれたときに一緒に届いた箱に入っていたものを恐れて出て行ったのよ。そこには責任というものが入っていたの」(大意)と説明するのだけど、このさりげない場面が彼女キャラクターをうまく説明していたのだと思う。

それから主人公を演じたアンジェリーナ・ジョリーがとにかくすばらしかった。ほとんどずっと涙を浮かべながら、目から力が消えないのがすごい。月並み言葉ですが、ほんとうにきれいなひとだなあ、とかひたすら見とれてしまった。

[] 食べることばっかり考えてる

1人分のご飯を作るのはなかなか難しくて、かといって同じおかずを翌晩も食べるのはなんとなくつまらない。たぶん、私にとっての自炊の楽しさみたいなものは、冷蔵庫の中身を把握している万能感(量が少ないだけともいう)のもとに、何を食べようか考えながら帰宅するところにあるみたいで、それは夏休みの計画表を作るときの浮かれ方とも似ているような気がするんだけど、とはいえ毎晩きっかり食べ終えられる分量を作るのは難しい。

そんなわけで最近はあまったおかずを詰めて翌日の弁当にするようになったのですが、前の晩におかずだけつめとけば朝おにぎりとかつくるより楽なんだなってことに気がついて得した気分です。1ヶ月続けられたらちょっといいお弁当箱買おうと思ってるんだけど、だんだんタッパーでもまあいいかなという気もしてきた。

あと、朝ごはんがわりにだいたいパンを持ってくことにしてるんだけど、最近良く行く近所のパン屋さんのパンに、よく見るとかわいい焼印が押してあって嬉しくなりました。これに気づかないでしばらく食べてたな。

最近、近所の方々にいろんなお店を教えていただいたので、食べることばっかり考えてるような気がします。

おいしい。

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2009-03-05

[][] 阿房列車/原作:内田百けん 漫画:一條裕子

阿房列車 1号 (IKKI COMIX)

阿房列車 1号 (IKKI COMIX)

内田百けん*1の鉄道の旅シリーズ『阿房列車』を漫画化した作品。原作を読んだのはもう10年以上も前のことなのでうろ覚えではあるものの、時折覚えのあるエピソードが出てきて嬉しい。

百けん先生の魅力といえば、「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」という思いつきを嬉々として実行し、トンボ帰りして貧相な気持ちになって帰宅したりする、その裏表のなさにあると思う。意地を張るのも、楽しむのも、一枚岩であるような、我侭の気持ちよさがある。それと同時に、少しだけ自分の父親に似ているようなところもあるので、個人的には少しこそばゆくもあるのだけど、

鹿児島阿房列車後章にある「献酬の手」などは、百けん先生の魅力がいかに多くの人を惹きつけていたかを窺い知ることのできる名場面であるように思う。

それにしても、内田百けんが、などと書いてみて、先生という言葉をつけなければなぜか落ち着かない心持になるのはなぜだろう。

そして、この作品を漫画にしている一條裕子さんの絵柄がまた、私の思い浮かべる百けん先生にぴったりだった。

この作品は、ほぼ原作そのままにイラストをつけたような漫画化なのだけど、コマ割りのリズムがすばらしく、見開きで手を止めるたびに、ああ電車に乗って遠くに行きたいなと思わされるのだった。何の用もなく、気軽な感じでどこかへ。

[] 想像と五感

イーガン『TAP』に収録されていた短編「視覚」は、事故がきっかけで視覚が身体の外側へ離脱してしまった男の話で、これを読んでからずっと、視覚を切り離すということについて考えている。この前、歯磨きの時に目を閉じて口の中を想像している、ということを書いたけれど(id:ichinics:20090222:p1)、髪を洗ってるときだって手のある位置を想像しているし、道を歩く時にも次の曲がり角の向こう側を想像していたりする。

そんな風に、視覚は想像することの得意な感覚だと思うんだけど、それなら他の五感はどうだろう。

味覚の場合、「味」を想像するということはできなくはないけれど、あんまり鮮明じゃないし、むしろそれが鮮明だったら食欲がずいぶん薄れそうな気もする。だって食欲って、空腹はもちろん、味を確認したいという欲求でもあると思うし、だからポテトチップス食べてるときなんて、一枚一枚味の濃さが違うものだから、常に、次の一枚こそがベストの味付けなのではないか…とか思いつつついつい食べ過ぎてしまいます。ともかく、匂いがあればもうちょっと浮かびやすいような気がするけど、味だけを思い描くのはわりと難しい。

それなら嗅覚はどうかっていうと、「嗅覚の記憶は鮮明で…」とかいう台詞を昔なななんさんのマンガで読んだことがあるけど、たしかに季節毎の匂いとかでこう、ぶわっと思い浮かぶものはある。ただ、それはあくまでも嗅覚をきっかけに思い浮かべる記憶であって、じゃあウナギのにおいを想像しよう、としてもなかなか宙に絵を描くようで心もとない。たしかウナギ焼いてるそばでご飯食べるって、落語のお話があったけど、ウナギはやっぱり食べたい。

じゃあ聴覚はどうだろう。嗅覚に比べたら随分想像しやすい気がする。特に聞いた事のある音だったらかなり鮮明に思い起こす事が出来るんじゃないかと思う。ただ、その再現性は個々人によって異なるのだろうし、同じ音楽を鼻歌で歌ってみても、ボーカルをとる人だけじゃなく、ギターをとったりベース音だったりする人がいるのを考えると、同じ音楽でも人によって全然聞こえ方が違うんだろうなーってところが面白い(ちなみに『TAP』には聴覚の話も収録されていた)。そして、やっぱり聞いたことのない音、旋律については、想像できる人もいるだろうなと思うけれど、私には難しい。

最後に触覚だけど、触覚で何かを思い描くってことは、指切って痛い、とかそういう感覚を思い出せるかどうかってことなんだと思うけど、それはだいぶ難しいような気がする。「さっきボール紙で指切っちゃって…」とか言ったときに「あーやめて!」って思う痛さって、痛みよりも先に「指先の映像」がきてるような気がする。

そんなふうに、他の感覚に比べて「視覚」は想像することが得意である(ように感じる)のはなぜだろう。「ウナギ食べたいなぁ」と思ってまず浮かぶのはウナギの匂いでも味でもなく、その映像であることが多いのはなんでだろう。

でも、だからこそ、普段生活している中では、視覚に頼りきっている部分もあるような気もするし、五感以外にも、なんとなくな感覚(視線を感じる、とか)はあると思うんだけど、

ここにないものを思い浮かべるときに、それが見えていなくても映像のように感じるのは、普段から視覚に頼っているからなのか、それとも「考える」ということは言葉だけじゃなくて映像でもできることなのか、とか、michiaki さんのこのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/./michiaki/20090303#1236011872)を読んでからいろいろ考えています。

もうちょっと。

TAP (奇想コレクション)

TAP (奇想コレクション)

*1:もとの字を打ったら文字化けしてしまった

2009-03-04

[] 伝言ダイヤルの向こう側

自転車駐輪場にとめる際、その番号を見ると自動的に語呂合わせをしてしまう。語呂合わせをしたからといって、自転車を引き取る頃には忘れてしまうので、清算のためにもう一度番号を確認し、ついまた語呂合わせをしている。

ちなみに今日は54で「ごしごし」と脳内でつぶやきながら自転車を預け、「ごしごしか…」と思いながら自転車を引き取った。他にも、23「にいさん」58「ゴヤ」14「じゅうしまつ」96「苦労」64「虫」74「梨」36「三郎」79「泣く」82「やつざき…」などなど、語呂合わせの内容がなんだか景気が悪い日には、なんかあったらあの番号のせいだと思うことにしてしまうくらいには私も信心深い(?)。

それで、なんとなくその語呂合わせの起源のようなことを考えていて、ポケベルよりもっと前になんかあったよなーってふと思い出したのが「37564」という番号のことだった。

「37564」はもちろん「みなごろし」と読む。この物騒な番号にかけるとなんかあるんじゃなかったっけ…とか考えていて、「伝言ダイヤル」のことを思い出した。

私は伝言ダイヤル自体にかけてみたことはないのだけど、確か留守番電話のような形で伝言を預けること、聞くことができるシステムだったと思う*1。そして、その伝言ダイヤルに「37564」とダイヤルすることで、喧嘩の待ち合わせをするとかそんな話が「花のあすか組」に出てきたんだった(うろ覚え)。

中学にあがる頃、私は「あすか組」が大好きで、やたらと決闘というものにあこがれていたので(まさに中2)、そこに電話して「37564」とダイヤルすることを、けっこう夢みていたような気がする。

もちろん喧嘩がしたいわけじゃないんだけど、電話ひとつで漫画の中の世界につながるような気がしてわくわくした。

だから、「37564」自体は、てっきり作者のフィクション都市伝説だと思っていたのだけど、今検索してみたら、なんと実在していたようだ。

NTT伝言ダイヤルオープンダイヤルの一つで、お互いに伝言で相手を罵倒し合い、ケンカをするダイヤル

伝言だけでいかに相手とレベルの高いケンカをし、かつ、リスナーを楽しませることができるかがポイント

本当のケンカの売り買い専用ダイヤルではない(エスカレートした例はあったようだが)。

様々なメディアにも取り上げられた、最も有名なオープンダイヤルだった。

全盛期は1987〜1990年あたり。

http://www20.tok2.com/home/kenkadial/sub1.htm

実際に喧嘩を売り買いするダイヤルじゃなかったってのは意外(現実的に考えたら当たり前だけど)というか、それが盛り上がってたという状態がちょっと想像つかない。けど、データベースを見ていくと、HNみたいなものがあって個別認識されていて、今のインターネットのような場所だったのかもしれないと思った。

それにしても、こんな昔のことがきちんとデータベース化されているなんてインターネットってほんとすごいな。いまさらだけど、ネットを使い出した頃より、確実に情報が増えているのだろうし、それは先だけでなくて過去も補完していってるんだなと思った。

*1:今もあるみたい→http://506506.ntt.com/service/dengon/

2009-03-03

[] 雪の日

雨の日に布団から窓の外を眺めるときの、あの後ろめたさと交じり合った多幸感のことを思いながら外へ出る。息が白い。先日の陽気が嘘みたいに寒くて、空気を暖めるわけでもない小さな暖房では心もとない日が続くのだけど、これを乗り切ったら春だと思って1日ずつ、積み重ねては崩される終わらない冬のことを想像したら恐ろしくなったので早く春がくればいいと思う。

今日は、いつもの喫茶店や午後に行った図書館、仕事帰りの電車でも、あちこちに腕を組んで目を閉じている人を見かけた。確かに、あたたかな室内から白くかすんだ窓の外を眺めていると、なんだか意識が遠くなるというか、景色がゆがむというか、朦朧とした意識の中で、もしかして人間も昔は冬眠していたんじゃないのとか思う。そのまま気持ちよくウトウトして寝過ごして、電車をおりると雨は雪になっていた。

雨が降り始める瞬間って、いつも少しほうれん草の匂いがするんだけど、雪の降りはじめには匂いよりも先に音があるような気がする。さりさりと、まばらに落ちて溶ける雪の感触は、やがてその雪が軽くなるほどに音を包んで遠のいていく。あの、音が切りはなされる感じまで、今回は積もるだろうか。

…などと考えていたら、明日も仕事行くこと思い出してとてもめんどくさいので、1日冬眠になればいいと思います。

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2009-03-02

[][] GIANT KILLING/漫画:ツジトモ 原作綱本将也

GIANT KILLING(1) (モーニング KC)

GIANT KILLING(1) (モーニング KC)

おすすめされて昨年末から読み始め、先日既刊分を読み終えてしまいました。モーニングに連載中のサッカー漫画で、タイトルは「番狂わせの大物喰い」という意味だそうです。

これがものすごく面白くってね…!

個人的にスポーツ漫画ってそんなに好んで読むジャンルではないんだけど、ものすごく好きな作品もいくつかあって、これは1巻読んだ時点でその中のひとつになるだろーなと思いました。

例えば「スラムダンク」とかは、日常のやり取りも面白いけれどその華はなんといっても試合にある。スポーツ漫画の魅力ってやっぱりそこだと思うけど、それを、そのスポーツ自体にそれほど興味がない人すら引き込むように描けるかどうかっていうのが、スポーツ漫画ってジャンルハードルなのかなと思います。

そして「ジャイアントキリング」の場合もとにかく試合が面白い。日常描写はほんと少ないんだけど、試合の合間に描かれることも、きちんと試合の中に生きてくるのが楽しい選手ひとりひとりに役割がある「チーム」を応援したくなります。これは監督主人公だからこそ描ける視点だよなーと思う。

それから、「ジャイアントキリング」のもうひとつのテーマのようなものが、サポーター存在だと思うんですけど、「ETU」というチームをめぐるサポーターのやりとりもまた面白い。椿のダンマク張る場面の「なんか……スゲー選手になる気がするんだよ……あいつ」という台詞に込められた期待とかたまらないよな。

ずっと、スポーツ好きな人の、チームの勝利をわがことのように喜ぶっていうのに漠然としたあこがれがあったのですが、そのチームを好きになって、選手のことを知って、その期待がかなう嬉しさといったら、それはまんま「わがこと」なんだなと思ったりした。

だからこそ、9巻の「磨いて輝かないものなんてない」という台詞はもうぐっときてしまって、ああやっぱり私はコンプレックスを抱えた選手が「才能を凌駕する」場面に弱いなと思いました。

ほんと面白い漫画です。サッカー見に行きたくなった!

GIANT KILLING(9) (モーニング KC)

GIANT KILLING(9) (モーニング KC)

2009-03-01

[] 銀シャリ王子

先日、友達と妹と、もしあたらしいGSが出るとしたら(あえて何かはかきませんが…)(そして出る予定もありませんが…)どんなキャラがいいかなー! なんて妄想のお花畑を繰り広げてきたんだけど、やっぱり眼鏡でチョッキの国語先生(図書部顧問)は欠かせないし、弓道部とか和装もいいよね…! キャンディキャンディでいうところのテリーみたいな不良もそろそろ欲しいけど、アポロン読んだせいかバンカラみたいなのもいいかなぁ…☆ とか、湧いた発言をかなりの前のめりでおしまくったので夜には喉が痛かったです。

そんで呉服屋の息子とかいいよね…って話になったときに、落語部とかどうよとか言ったら、落語部はときめけねえとか言われたんですが、でもけっこう落語部よくないかしら。喋るの苦手だったのをきっかけに落語始めたんだ…みたいなお話もいくつかあるし。というか私はその手の「コンプレックスを克服する」お話に弱いんだよなあ…。あ、和装といえば日本舞踊アルトじゃねというお話になって却下されました。

それから料理部ね。例えば、夏休み合宿野球部マネージャーである主人公は数十人分のカレーを作っているんだけど、もうすぐ練習が終わる時間、うっかり炊飯器スイッチを入れ忘れていたことに気づいて大ピンチ! そんな時、同じ宿舎で合宿をしていた料理部の子が颯爽とあらわれ、「炊飯器より土鍋で炊く方が早い…!」とか言ってコンロフル活用して、どうにかみんなの夕食に間に合うのだった。「マネージャー! ご飯の粒が立ってるよ!」「銀シャリ!」「見直したよ!」賞賛の嵐の中「それは私じゃなくて…」と振り返ったそこにはもう彼の姿はなく…みたいな。土鍋に残ったおこげの味は恋の味ですよ。銀シャリ王子様。よくないですか? だめですかそうですか。

でもやっぱり私のいちおしはあくまで図書室の先生です。借りた本になぜか先生しおり(たぶん金色の葉っぱの型だったりする…)がはさまってて返しに行ったところでスチルイベントですよ。いつもはまじめな先生のネクタイがゆるんでますよ…!

あーーやっぱり乙女ゲーは学園ものに限るよ…とか思うのはもしかしたら、私のときめきの導火線が思春期にしかないからなのかもしれません。(かわいそうですね)

もし脳にケーブルつないで映像化できたら、それだけで半永久的にときめき続けられるんじゃないかと思うので、科学者の方によろしくお願いしたいです。

というわけで早くGS3が出ればいいのにな…!