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  □これまでの日記一覧

2009-11-28

[][] 「アイの物語」/山本弘

山本弘さんの小説を読んでみたいなと思っていたとこに、タイトルに聞き覚えのあったこの文庫版を見かけて買いました。面白かったです。

アイの物語 (角川文庫)

アイの物語 (角川文庫)

物語舞台は、人間マシンが対立している世界。主人公はアイビスと名乗るアンドロイドに出会い、「物語」を聞くことになる。主人公は、マシンであるアイビスを警戒しているのだけど、ひとつひとつの物語の後に挟まれる会話から、主人公の視点が、物語を吸収することで、少しずつ上がっていくのがうかがえる。

アイビスの語る物語はどれも人工知能テーマにしたものだ。そして、6つの物語が語られた後に、アイビス自身の物語が語られる。つまり、6つの物語は、物語るための丁寧な下地になっている。

「作者をキャラクターと同一視してはいけないわ。それはまったく別のものよ。むしろキャラクターと同一視すべきなのは読者よ」

「読者?」

「そう。物語を読んだり聞いたりする行為は、一種のロールプレイよ。読者はキャラクターと同じ体験をする(略)」/p115

この本を読むこともまた、主人公と同じように、アイビス物語を聞くロールプレイになのだと思う。

アイビス物語とは、どうすれば「レイヤー0」、ヒトのいうところの現実世界幸福な場所にできるか、という挑戦だ。主人公と同じように、どこかで警戒しながら読み進めていた私も、冒頭のいくつかの物語は「説明」みたいだなあと思いつつ、最後には素直に、確かに物語っていうのは面白いものだなと思っていた。

特に印象的だったのは、アイビス自身の物語の中に登場する、TAI(自分で考えて行動する真のAI、と解説されていた)同士の会話で、新しく覚えた感覚名前をつける場面。例えば「Yグレード」という文字の意味がわからなくても、そう名づけられた瞬間のことを知っているだけで、言葉に背景が生まれる。

感覚を他者に伝えるために言葉が生まれ、物語になっていく過程にぐっときて、改めて、この物語を誰かにすすめてみたいなーと思ったりした。

ところで

私が「SF小説」というジャンルにくくられてる小説を読み始めたのはわりと最近のことなのだけど、読み進めるほどに、それまでイメージしていたものは、「SF」の一部でしかなかったのだなと思う。

私が読んでいる作品が少し偏っているというのもあるとは思うけれど、むしろある設定・仮説を用意して描かれる思考実験のような物語SFには多いんじゃないだろうか、と思っていて、その意味でこの「アイの物語」は、SF小説だったんじゃないかと思います。うまく言えなくてもどかしいけれど、ある結論を提示するのではなく、読み終えたとき、何か考えることが残るような物語が好きだなと思った。

[] 電気ショック

店の入り口や、エスカレーター降りたとことかにある、万引き防止ゲートみたいなやつをみると、なんとなくそこに電流みたいなものが流れていて、なんかの拍子に黒焦げになるんじゃないかな…みたいな事をわりと頻繁に考えます。

[] 週末の夢

朝はとてもいい天気だった。カーテン越しの光を眺めながら、天気がいいと、なんだかせかされてるような気がするっていう話をしていたときのこと思い出す。そうかもなと思う。洗濯日和だし外出日和だし、とか思いながら、もう一度布団にもぐりこむ。

たまに、すごくいい夢を見ると目が覚めるのが残念だと思うことがあるけれど、もしも思い通りの夢を見れるようになったらどうだろう。眠ってばかりいるようになるだろうか。でも、どんな夢を見たいのかは、起きているときに考えることのような気もする。ただ、夢の中でした約束がそれきりになってしまうのは起きてる今も残念なのだった。

駅前で工事をしている人たちのニッカポッカ、あれって歩きにくくはないのだろうか、とか思いながら通り過ぎる。銭湯の前の猫以来、まっすぐな帰り道では誰にもすれ違わない。木にシャツがぶら下がっているのを写真にとる。特に意味はない。

いい天気だとか楽しいとか、困ったとか悲しいとか、嬉しいとか私は、私がどのように世界を見たかを報告したい、と(額面どおりに)ずっと思っているけれど、それにも別に意味はない。けど、どっかで意味が生まれてたらいいなとも思う。それも期待なのかな、とか思いつつ、とりあえず包んで置いておく。

朝届いた荷物は、こないだ教えてもらった曲がすごく好きになって買ったCD。聞いたら1曲めから夢みたいだった。

f:id:ichinics:20091125001220j:image:w400

2009-11-25

[][] 「ユーレイ窓」/三宅乱丈

三宅乱丈作品集 ユーレイ窓 (Fx COMICS)

三宅乱丈作品集 ユーレイ窓 (Fx COMICS)

たぶん「王様ランチ」以来の短編集だと思いますが、改めて、三宅乱丈さんの短編をもっと読みたいと思いました。面白かった。

お話ホラーコメディが中心。ホラー部分は落ちまでしっかり構成された話ばかりで、1話読み終えるごとの満足感がすごい。特に表題作「ユーレイ窓」が面白かったです。

それからコメディの方に入る『謀反「ラーメン説」』にでてくる「日向守御苦労麺」のおいしそうさったらなかったな。「秘密新撰組」や「ぶっせん」のアクの強さに通じるところもあるんだけど(そして私はそれがちょっと苦手なのだけど)、短編だと程よいです。

ミント刑事」も笑った。そんで唐突に、三宅乱丈の漫画はポン・ジュノ映画に通じるところがある! とかひらめいた気がしたんだけど、それはこのミント刑事の顔がユン・ジェムンさんに似ているような気がしたからで、でも確認したら全然似てなかった。

でもこの怖いと面白いの間の感じに共通点があるような気はします。

[] カレー鍋

週末は、友だちの家で鍋をした。

途中、買い忘れたものがあって外に出たのだけど辺りにコンビニが見当たらず、適当に歩いていて出くわした酒屋に入った。店に明かりはついているけれど店内には誰もいない。奥をのぞくと、テレビの前に小学生くらいの女の子が座っているのが見えた。

少しためらって声をかけると、奥から前掛けで手を拭きながらおばあさんが現れ、ああ夕食時なんだ、と思う。お会計をしている最中にもう1人お客さんが入ってきて、少しほっとしたけれど、なぜかはよくわからなかった。

空には切った爪のような月が浮かんでいて、すごく寒かった。ふと、以前見た「今日のできごと」という映画で、こんなふうに、家に皆がいるのに男の子が1人で外にいる場面があったのを思い出す。確か、彼が外にいたのは好きな人電話をするためだったような気がするけど、もしかしたら違うかもしれない。

友だちの家に帰ると、ドアの外でもカレーの匂いがした。その夜はみんなでカレー鍋を食べた。

2009-11-24

[][] 「海岸列車」/室井大資

本屋さんで見かけて気になって購入。面白かったです。知らない漫画家さんだと思ったんだけど、表題作は読んだことがあって、奥付見たらモーニングに掲載されたものだった。

海岸列車 (BEAM COMIX)

海岸列車 (BEAM COMIX)

表題作「海岸列車」は祖母と孫の復讐劇。孫の表情がすごくいい。

「キッス」は男子青春もの。初期の大友克洋さんぽい雰囲気だなと思ったりしたけど、年代は全然違うはずで、こういう青春ものを「昭和」っぽいと感じるのは、私が昭和生まれだからなのかもしれない。とても楽しそうでうらやましいです。

マーガレット」もよかったな。大家族の長女が主人公のイライラした感じと、カタルシスにぐっとくる。あとがき読んだら「大島弓子さんの短編群が好きで少女漫画テイストを入れて書いてみた」と書いてあった。まったく大島弓子っぽさはないけど強いていえばイライラの衣良かな。キスシーンの後ろでひどいことになってたりする場面の作り方はすぎむらしんいちさんぽくて好き。

で、ラストの「あれ地」で絵柄ががらっと変わっていて驚いた。そしてこれが最新作ということでさらに驚いた。他の短編はどちらかというと吉田秋生さんやよしもとよしともさんの絵柄に似てるんだけど、この「あれ地」は安田弘之さんに近い。

今はどっちなんだろう。どっちもなのかな。

と、いろんな漫画家の影響が見えるところも面白かったです。もう一冊同時に出てたのが現在連載中の作品ぽかったので、そっちも読んでみようと思う。

[] 灯油ストーブと靴

家では私が子どもの頃から灯油ストーブを使っていたのだけど、夜中に灯油が切れた時の、あのちょっとした絶望感たらなかった。面倒くさい、けど、今やらなかったら明日の朝必ず後悔するわけで、入れるべきかしぬべきか、とかなんとかいいながらスイッチを切って灯油缶を抜く。

寒い廊下で物置を半開きにして灯油缶のメモリをじっと見ながらポンプを握っているときの、あのからっぽな感じ。たまに、真っ暗な居間から猫が現れ、私の背後にあるふすまを開いて、寝ている母さんの部屋に消えていったりした。灯油缶のふたを閉め、右手に抱えてから薄く開いたふすまを閉じる。二階にある部屋まで戻るとき、よくスリッパが脱げて階下まで転がっていった。

いつだったか、弟が灯油をついでいたとき、私の靴に灯油をこぼしたことがあった。たぶん横着して物置のでなく玄関にあった新しい灯油をついでいたんだと思う。ポンプを外したときに空気を抜き忘れて、そのまま玄関にあった靴が灯油浸しになった。そこに、私がその日買ってきたばかりの靴があったんだった。

スエードの靴はしっかり灯油を吸い込んで、もうはけないことは明らかだった。弟は泣きそうな勢いで私の部屋にやってきて、そのことを謝った。

そのとき、なぜかまったく怒る気がしなかったのをよく覚えている。買ったばかりの靴をそんなとこにおいておいたのが悪いし、とかそういうことでもなく、弟が謝ったからでもなく、私が優しいとかでもなく、まあそういうもんだよねと思ったのだった。

その感覚はわりと新鮮で、たぶんその頃から、自分はあまりものに執着しなくなったんじゃないかなって気がする。もちろん、まったくないというわけじゃないし、大事にしているものもあるけど、代わりがないものっていうのは実はものすごく少ない。

家を出るときに持ち物確認するみたいに、どうしても必要ないくつかがあれば大丈夫だなって思うのだけど、そのいくつかのことを思うと大切で少し不安になる。

なんていうと、部屋がとてもすっきりしている人のようだけど、そんなこともないのが残念です。そのスエードの靴も、灯油くさくて一度も履いてないくせに、新品のまま捨てるのもしのびなくて、たぶん物置の奥にそのままある。

ということをせっかく思い出したので、そろそろ捨てようと思います。

2009-11-23

[][] 「虫と歌」/市川春子

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

アフタヌーン四季賞受賞作の「虫と歌」を読んで以来、ずっと気になってた漫画家さんの初作品集。その後アフタヌーンを読むのをやめてしまったので、新作が掲載されていたのは全く知らなかった。だから、単行本が出るときいたときにはほんとうに嬉しかったです。

印象的な線と風景高野文子さんを思わせる影の使い方、独特のSF、どこをとっても魅力的なのだけど、私が特に好きだなと思う点は、読み終えた後に残る余韻だと思う。ながく響いて空中に溶けていくような。

ただ、1ページづつ丁寧に読まないと内容の把握しづらいお話もあるので、好き嫌いの分かれる作風ではあるかなとも思う。私はとても好きです。

今回新しく読んだ中で、特に好きだったのは「日下兄弟」。繰り返し舞台になる縁側の風景がすてきだった。和室を描くときの、視線の低さもいい。

知ってるか

この宇宙の中で人間に見えてる物質はわずか4%で

残りの23%は光を作らず反射もしない物質

あとの73%はもっと得体の知れないものだって

だから世界の96%はわかってないんだと(p138)

たぶん、この言葉が、作者の描きたいことでもあるのかな、と思った。

それから、「ヴァイオライト」を読んで、長野まゆみさんの小説を思い出したりした(読んだの中学生の頃だけど)。

前の感想

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20070103/p3

[] 魔法の天使クリィミーマミロング・グッドバイ

f:id:ichinics:20091123232056j:image:w200

杉並アニメーションミュージアムでやっていた「スタジオぴえろ魔法少女の華麗なる世界」展最終日に行ってきました。杉並アニメーションミュージアムには今日はじめて行ったのですが、杉並会館の中にある施設なので小ぢんまりしていて、展示内容も基本的には親子連れ向けなのかなという印象でした。でも入場無料だし、スタッフの方も親切だしでいいところだった。

今日の目当ては、「ロンググッドバイ」の上映。

子どもの頃以来なので、見るのは20年ぶりとかなんですけど、たぶんテレビ放映されたものの録画ビデオを繰り返し見てたせいか、出てくる場目どれもしっかりはっきり記憶に残っていて、すごく嬉しかった。この絵静止画にして真似して自由帳に書いたなーとか、マミのこの衣装が好きだったとか、この曲がよくてとか、いちいち反応したくなる。私が子どもの頃一番熱中したアニメは確実にクリィミーマミです。

「ロンググッドバイ」は、最終回から二年後、優の小学校卒業式からはじまります。変身能力を失ったはずの優が突然マミに変身してしまうようになり、ライバルであっためぐみとともに「二つの世界物語」というSF映画に出演することになる…というお話

以下感想箇条書き

2009-11-21

[][] イングロリアス・バスターズ

監督クエンティン・タランティーノ

ナチス占領下のフランス舞台にした、連合軍の極秘部隊「イングロリアス・バスターズ」とナチス+αの対決物語

面白かったです。ただ、人に勧めようとはあまり思わないし、ほんと娯楽作なんだけど、これが日本でヒットするのかは微妙だなあーとも思った。勧善懲悪とかないし、残酷だし。ただ、個人的にはこのフラットな感じが気に入りました。

とにかくどこにも感情移入する隙とかなく、「で、どうなるの?」っていう駆け引きが面白い映画だったと思います。フランス人として暮らしてるけど実はユダヤ人女の子と、その子に言い寄るドイツ人兵士のやりとりに散々イライラしたのも、そうなるかーって感じだったしな。

見所はやっぱり、「ユダヤハンター」の異名をとるランダ大佐を演じたクリストフ・ヴァルツだと思います。

f:id:ichinics:20091122011222j:image:w300 この人。

ドイツ占領下のフランスってことで、フランス語ドイツ語英語が入り混じり、それらの言語をほとんど完璧につかいこなせるこの人がいるからこその映画だった(ついでにイタリア語まででてくる)。

冒頭シーンでその嫌らしさと怖ろしさをしみじみ感じさせといたからこそ、後のシーンがよりスリリングになっていく。登場しただけで「ああ面倒くさいやつがきた…」て気分になるのがいい。(でも、だからこそ、ちょっとラストで「あれっ?」て思ったりもしたんだけどそれはそれで)

他にも複数言語を話すキャラクターがたくさん出てくるのだけど、どの言語を使っていても、いわゆる「お国柄」みたいなものが出る人物描写も面白かったです。

ちなみに、私が好きなシーンは、イーライ・ロスの登場と、スティーグリッツ救出と、ビンゴ〜と映写室で感動的な音楽流れてるとこと、バスターズの2人の最後の突入です。

[] 映画を見る

タランティーノ映画というと、大学に入ったばかりの頃を思い出す。大学の近所に住んでるこの家に集まって映画を見るって言うのが定例になっていて、当時ソフト化されていたタランティーノ作品のほとんどをそこで見たせいだと思う。

そのメンツで映画館にもよく行った。好奇心が旺盛な年頃だったのか、今からは考えられないくらいよく動いた。

でも卒業してからは、人と映画を見るっていうことはほとんどなくなったような気がする。基本的に、映画は1人で見るのが好きだし、こうして感想を書く場所もあるので、それを寂しいとは思わないのだけど、

中には見終わってすぐに隣の人と感想を言い合いたい映画もある(今年だと「破」とか)よなーということを考えたりした。

で、これまでのタランティーノ作品にはそういうのが多かったような気がするんだけど、「イングロリアス・バスターズ」はそういうんでもなかったかなーと思い、それは自分が年をとったからなのか、それとも作風の変化なのか、どっちなんだろうなあとか考えた。

それにしてもこんなに立て続けに映画館行くなんて2年ぶりくらいだ。たぶん何かのスイッチが入ったんだと思います。映画館って人がたくさんいても1人な感じがして好きだ。

2009-11-19

[][] 「駅から5分」3巻/くらもちふさこ

駅から5分 3 (クイーンズコミックス)

駅から5分 3 (クイーンズコミックス)

今日はいろいろついてなかったので、とりあえずこれだけでもと思って買ってきて読んだ。

このシリーズ特有の、現代風なんだけどちょっとずれてる感じはあるものの、お話の構成とか相変わらずのくらもちふさこ節で、よかった。

今回はいちばん印象に残ったのは14話の、お祭りに行って、財布がないことに気づいたお母さんが記憶を遡るお話記憶を遡りながら、お母さんの一日の様子がだんだんと繋がって、あー、と思う瞬間(p84からp85)を通り過ぎたと思ったところで、ちゃんと受け止められる(p92、p93)感触がいい。

ほんとねー、私はこう、よかれと思ってはりきっちゃう場面とかに弱いんだなと思う。1890円て値段見ただけで泣ける。自分でもよくわかんないツボに入った。

[] あとは自由に

世界に参加するということは、砂漠に放り出されて、「あとは自由に!」 っていきなり言われるみたいなものだ、ということが確か「砂漠」に書いてあった。今手元にないけれど過去感想みると263ページに書いてあるらしい(id:ichinics:20060107:p1)。日記って便利だな。

でも自由っていうのは、もちろん「何でもできる」っていうことではない。

それなのに、こうあるべき、というものが多いのはなんでなんだろうなあと思うことがある。その多くはきっと、大多数の人に(もしくはある特定の人に)とって良い結果をもたらすものなのだと思うのだけど、なぜそうあるべきと言えるのか、よくわからないことも多い。

そして、その「べき」に対する疑問というのは、言葉にするのをためらうことも多いのだけど、なんでためらうのかを考えてみると、実はどちらでもいいことだったりする。

ただ、私が、よくわからないながらも参加を続けているのはたぶん、何かひとつくらいは、自分自分に対して、よしと言いたいからなんだよなと思う。

とはいえ、こうして曖昧になってしまうのは結局、まだ「どちらでもいい」とは思っていないからなんだろうけど、

うまく言葉にしにくいこの気分が、こないだ読んだ本に書いてあって、なんだか嬉しかった、ので、ちょっと言葉にしてみたくなった。

2009-11-17

[] 11歳の冬

「今日は冬物のコートでお出かけください」と天気予報のお姉さんが言うので、素直に冬物のコートで出たら、ちょうどいいどころかそれでも寒かった。手袋もしてくればよかった、と思いながら指を丸めてハンドルを支える。息が白い。道は少し湿っていて、車が通るとサーッという音がする。

冬の匂いは1年ぶりだから懐かしい。冬は苦手だけど、寒いのは清潔な感じがするからいい。

「寒いね」と言いながら、彼女がセーターの袖に手をしまいこむのを見て、私も両手をポケットに突っ込んだ。湿った枯葉を踏みながら、夜の黒にうかぶ白い息を追いかけるようにして歩く。

私たちは、特にどこへ向かうわけでもなく、歩きたくて外にいたのだった。

彼女が「クリスマスは何が欲しいの」と訊くと、私は「別に」と答えて早足になった「なにもいらない」。「でもケーキはいるでしょ」と覗き込む顔から目を逸らし「チーズケーキが好き、生クリームとか好きじゃない」と答える私のなんとかわいげのないことか。

それでも彼女は、気分を害した様子もなく「じゃあチーズケーキ焼いてあげよう」と笑うので、私はとても居心地が悪かった。でも同時に、彼女のようにになりたいとも思っていることに気づいて、顔をしかめた。

冬になるとよく、彼女のことを思い出す。

コートのポケットに手をつっこんで歩きながら、ほんとはあの時、手を繋いでみたかったのかもなと思い、少し可笑しく思う。あの冬は11歳だった。

2009-11-16

[][] 「空ちゃんの恋」/鈴木有布子

空ちゃんの恋 ─ お振るいあそばせ! (2) (ウィングス・コミックス)

空ちゃんの恋 ─ お振るいあそばせ! (2) (ウィングス・コミックス)

最近、新規開拓したくて読んだことない作家さんのを買ってみたりしてるのだけど、これもそのひとつ

「お振るいあそばせ!」という作品の続編らしく、そちらで主人公だった(って書いてあった)さくらの友人、空が主人公のお話。この空がとても魅力的なキャラクターで、読んでて気持ちが良かったです。上田美和の漫画にこんな場面があったなーと思ったんだけど「ジーザスクライスト!」だったか「G戦場のマリア」だったか思い出せず。ともかく気にいったので前の話も読んでみようと思ってます。

それから同時収録になっている「火花」という短編も面白かった。

人の記憶を自在に消すことができる、という青年と、その友人のお話なのだけど、短編ながら丁寧に伏線が張られていて、うまいなあと思った。エピローグはちょっと蛇足のような気もしたけど、これはこれで、世にも奇妙な物語とかになりそうだ。

[] 「フミコの告白

こないだ、ブクマ経由で「フミコの告白」という、自主制作短編アニメーションを見ました。絵柄、特に街の風景がとても好みで、動きもすごいなあって興奮して、見終わってすぐに妹にもメールした。

こちらに映像リンクと詳しい作品解説があります。

http://d.hatena.ne.jp/./Tete/20091108/1257703155

で、私もこのアニメのことを、twitter に書いたりしたのだけど、

数日後に、アニメ評論家氷川竜介さん経由で、細田守監督が、twitter でこの短編のことを書いているのを見て(http://twitter.com/hosodamamoru/status/5582478831)なんだか、ぐっときたというか、いろんな意味で、今はこのような広がり方をする時代なんだなーと思ったりしました。

ちょっと間があいてしまったけど、印象に残った出来事だったので日記にも書いときたくなった。

個人的に、イメージを「動かせる」ってだけですごいことだなあって思うのだけど、上にリンクした作品解説で、それが形になっていく過程を読めたのもまた面白かった。

[] 香港お粥

空港に着いたのは夜で、荷物を受け取ってロビーに出ると、すでに半面は照明が落ちていた。街に出ればどうにかなるだろう、とたかをくくっていた私の楽観は、その寂しい光景を前にたやすくへし折られ、次の瞬間には案内所でホテルの空きをたずねていた。

久しぶりに使うたどたどしい英語でなんとか希望予算エリアを伝えると、案内所のおばさんは無表情でクーロンなんとかというホテルパンフレットを差し出した。空室チェックとかしないの、と訝しく思いながらも、ビジネスホテルのような外観写真にとりあえず安心して、予約を頼むことにする。

去り際、小声でサンキューといった私に、口元だけ笑って答えてくれる。表情の作り方の違いは、外国に来たなあ、と感じる瞬間のひとつだなと思った。

空港を出て、九龍行きのバスを見つけて乗り込む。運転手にパンフレットを見せると、「近くは通るけど、そこには止まらない」というようなことを言われたので、地図と通りを見比べながら、目印になるでかいホテルを見つけたところであわてておろしてもらう。

しかし目の前のホテルから、クーロンなんとかホテルまでの道が見つけられず、地図を手に立ち往生していたのが23時頃。何人かの人が声をかけてくれたけれど、夜で警戒心が高まっていたためすべてシカトで通し、地図を頭に叩き込んでから、できるだけ、余裕たっぷりに見える顔でと心がけて歩き出す。

そんな訳で、私がはじめての個人旅行で、はじめての宿にたどり着いたのは、もう日付も変わった頃だった。

薄暗い路地は避け、大通りだけをえらんで歩き、なんとかあのパンフレットと同じ外観を見つけたときには、本当に安心した。チェックインを済ませてドアに鍵をかけ、風呂にも入らずそのまま眠り込んだ。

翌朝、窓の外が明るくなっているのを見て、太陽が出ているってなんてすばらしいことなんだと思ったのをよく覚えている。

とりあえず何か食べようと思って外へでると、昨夜目印にしたホテルはなんと道の向こう側にあった。要するに、地図で拠点にしていた場所が違っていたのだなと気づき、ほんと、よくたどり着けたもんだと苦笑しながら、やっと街の一面が見えたような気がしていた。

見慣れぬ文字が並んだ飲食店をいくつかのぞいて歩きながら、粥屋のおばちゃんに声をかけられ、今度はあっさりと釣られてみる。

空腹と安心のせいもあると思うけれど、とてもおいしいお粥だった。そして、その店で私は初めての広東語を使ってみたのだった。多謝。

先週、ちょっと胃が痛いなーと思ったときに粥を作って食べたのだけど、粥というと、今でもその朝のことを思い出す。香港お粥日本のそれとは全然違って粘り気があって、味もしっかりついている。

その後も何度か香港へは行っていて、そのたびに朝はお粥を食べるのだけど、あの朝の粥ほど、わくわくしながら食べたものはないよなーと思う。

2009-11-15

[][] 母なる証明

監督ポン・ジュノ

f:id:ichinics:20091116015042j:image:w300

殺人事件の犯人として捕らえられてしまった息子の無実を証明しようとする母親物語

重力のある独特の画面と音楽がとても印象に残る作品でした。私は前作「グエムル 漢江の怪物」がとても好きなのですが、それとはまったくタイプの違う作品。監督の作品でいえば、「殺人の追憶」の方に印象が近いかと思います。

ただ、上記2作品は「好きな映画」なのに対して、この「物語」は「好き」とは言えないな…と思う作品でもありました。

映画を見ていて印象に残ったのは、時折差し挟まれる喜劇的な演出についてだった。その象徴的な場面が、立小便している息子の口に碗をあてがい薬を飲ませる場面だろう。息子が去ったあと、その小便に覆いをかぶせる、といった仕草が、この映画の行く末を示唆しているのだけど、個人的には、その喜劇的な視線こそが、この映画の奥行きであり、居心地の悪さでもあると感じた。

映画は、物語の中心となる、ある殺人事件を動力に、守るものがあることの強さと弱さ、さらに被害者であることと加害者であることの、境界線の曖昧さを行き来していたように思う。その揺れ方もまた、見ているこちら側の不安感を煽る。

特に、一見狂気ともとれるほどの息子に対する執着が、息子が思い出すある「記憶」によって示唆される瞬間にはぞっとした。

この場面、怪我で顔の半分がはれ、目つきがかわって見えることで、息子の顔にふたつの表情が同時にある。うまい演出だなあと思うとともに、映画の視線が物語の外側にある「再現」のような印象もあった。

そして、その「再現」の感触に触れるたび、この物語を嫌だなと思うのはなぜかと、問いかえされているような気分になった。

この映画の答え(のようなもの)に納得はできないけれど、だからと言って正解があるわけでもなく、そこにはただどんよりとした曖昧さがある。それについて考えるのは、なんだか床に落としてしまった豆腐を眺めているようで、途方に暮れる。

余談

  • 同じく「母親」を描いた作品として、見終わった後に思い浮かべたのが、青山真治監督の「サッドヴァケイション」だったのだけど、映画の終わり方も少し重なるところがあるのに、その「母親」像も、後味も、まったく異なっているのは面白いなと思う。
  • 韓国映画に出てくる警察は、ものすごく適当に見えることが多いけど実際はどうなんだろう。「これ鑑識まわす?」「いやいいっしょ」みたいな雑さは見ていて不安になるくらいだけど、軽快なやり取りは楽しくて好きです。
  • あと映画を見終わったあと、息子役の俳優のファンらしき女性たちが、もったいないとか*1母さんと寝てるシーンで手が触れてるのがどうのとか言ってて、映画の余韻がちょっと吹っ飛んだ。

[] 週末

金曜日は友だちと飲んだ。よく行く飲み屋に、プルピートスというイカをワタとにんにくとで煮たメニューがあって(スペイン料理らしい)、それそのものはもちろん、そのソースフォカッチャをつけて食べるのが最近気に入っている。この日もそれを頼んで、友だちが「おいしい」と言うのを心待ちにしていたら、ひとくちで「おいしい!」が返ってきて嬉しくなった。おいしいものは気分が盛り上がるからいいよね、ベホマくらいはあるよね、でもラストエリクサー欲しいよね、でもきっと使えないよね、使ったら死亡フラグだよね、みたいな入り混じった話をする。今思うとわけがわからないけれどその場では意味が通ってたはず。たぶん。

土曜日映画を見に新宿へ行った。チケットを買ってから、いくつかの店で冬物を見るも、欲しいと思うものはなくて、結局喫茶店に入って本を読んで映画を待つことにした。ノートパソコンを広げていた隣の席の人が、両手の人差し指だけで、すごい早さで文字を打っていて、ちょっと面白いなと思う。例えばそういう他愛もないことを報告するのに、ツイッターっていうのはとても都合が良いのだけど、でも話したいことは、もっと他にあるんだよな、と思う。

日曜日は友だちとコミティアに行った。駅に着いた時点でとてもおなかがすいていたので、ハンバーガーを買って外で食べることにした。いい天気で、気持ちの良い風が吹いていて、久しぶりに食べるハンバーガーもおいしいなと思った。コミティアでは、目当ての本も買えたし、前回買って気に入った人の新刊も出てたしであっさり満足する。会場を後にしたときはまだ明るいし何でもできると思ったのに、最寄り駅に着いたら真っ暗で、冬はすぐ暗くなるから嫌だよとか思いながら、自転車こいで帰った。薄着ででかけたけれど、日が落ちても寒くはなくて、そういえば今日コートの人と半そでの人と、ノースリーブの人も見たなと思い出す。そして、こんな日はもう、今年最後かもしれないなと思った。

*1:たぶん「かっこいい」役ではないからかな。個人的にはとてもいいキャスティングだと思った。

2009-11-11

[] ワールドエンドゲーム/KUJIRA

ワールドエンドゲーム (Feelコミックス)

ワールドエンドゲーム (Feelコミックス)

表紙の色のつけ方が好み*1なのと、帯に谷川史子推薦、て書いてあったのにつられて買いました。

一部雑誌掲載時に読んだことがあって、そのときは特に印象に残らなかったんだけど、こうしてまとまって読むと、絵もお話のテンポもうまくて好きだなと思う。

物語は、彼と同棲するために東京にでてきた主人公が、特に興味もなかったデバッグ会社での仕事をはじめて…というお話

このデバッグ会社の描写がとてもいい。右も左もわからずに巻き込まれてから、魅力を感じるようになっていく過程がとても楽しい物語では、それと反比例するように、彼とはうまく行かなくなっていくんだけど、後味の良いお話だったなと思います。

ただ、全6回の連載+番外編4pの読みきり単行本なので、分量的に少々物足りない気もした。けど、読み終わってすぐ別の作品も読んでみたいなーって思ったので、そのくらいのがいいのかな。

余談ですが、FEELYOUNGからの単行本はなんでほとんどワイド版なんだろ。ワイド版てページ数少ないのに高いのが多くてあんまりうれしくない。

[] 筋肉少女帯@C.C.Lemon ホール 09/11/8

「どこへでも行ける切手 初期アルバム 1st〜8th曲限定ライブSP」に、ありがたいことに誘ってもらって行ってきました。やったー。

会場のせいなのかPAの調子なのか、音がこもってたり高音ばかり響く気がして少し聴きにくかったのは残念だけど、筋少見るの久しぶり(とはいえ3回目ですが)だったし、はじめてライブで聴けた曲がたくさんあって楽しかったです。

今回は特に、長年のファンの人ばかりな雰囲気で、少し気圧されたところもありましたが、そんでもやる曲だいたいわかるものだなーと思ってなんだか嬉しかった。

「初期アルバム 1st〜8th曲限定ライブSP」ということで、序盤は背景に大きな8枚のアルバムジャケットが並んだセット。その中から、演奏中の曲の収録アルバムにスポットがあたるっていう演出がよかったです。あと1曲ごとに思い出話をしてたのも面白かったなー。山中湖合宿の話とかすごく楽しそうだった。合宿したい。

MCでは、こないだの糸色望少女達とのライブの話もでて、やっぱホームがいいですよって話してたのも印象的でした。個人的にも、絶望の曲は大好きだけど、やっぱり別物というか、筋少だよなあとか思ったりした。まあ比べる必要もないんだけどね。

ライブでやって特に嬉しかったのは「スラッシュ禅問答」とか「詩人オウム世界」かな。あと「マタンゴ」。速い曲ばっかりだ。

でも特に好きでライブで聴いてみたいなあってパッと思いつく曲は、わりとこの後のアルバムに入ってるのが多いので、この後のアルバムの限定ライブとかもあったらいいのになあーと思いました。

それにしても、筋肉少女帯を聴いてるとほんと驚くことが多いというか、あっちからとこっちからでうわああって思うことがたくさんあります。だいたいライブ行きたくなるけど、たまに布団に飛び込みたくなる感じ。ちょっと違う。

*1:というか、デザイン含めかわかみじゅんこさんぽい

2009-11-10

[][] アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち

監督:サーシャ・ガバ

アンヴィルというバンドを追ったドキュメンタリー映画。興味もあったし、あちこちで絶賛されているのを読んで気になって見に行ってきました。でもなんか、予想していた以上にいろんなことを考えこんでしまいちょっと疲れた。なので、あんまり感想もまとまってないんだけど、一応忘れないうちに。

ドキュメンタリー映画の面白いところといえば、まず監督被写体の間にある空気、緊張感だと思うのですが、この映画の場合、カメラとバンドとの間に緊張感のようなものはほとんど感じられませんでした。見終わった後、監督80年代アンヴィルローディーとして、3回ツアーに参加した経歴を持つ人だと知り、これはもしかしたら身内のような間柄だからなのなのかもな、と思った。

映画は「SUPER ROCK '84 IN JAPAN」というライブイベントから始まる。私でも知ってるような、今も活躍するバンドが何組も登場する中に、アンヴィルもいる。大人気だ。でも今は…と映像が切り替わり、メタリカのラーズ、アンスラックスのスコット・イアン、スラッシュなどが、「アンヴィルはすごかった」「画期的だった」「でも皆が彼らのアイデアを利用して、そして見捨てた」などとコメントする。

そして、アンヴィルは「タイミングをつかめなかったバンド」という位置づけで映画がはじまる。

アンヴィルリーダーリップスは仕事をしながらのインタビューで、「冴えない人生だが、今より悪くなることはないと思えばやれる」、「アンヴィルだけが希望だ」、ということを話す。

でまあ、家族コメントなんかもあるのだけど、私には正直なところ、彼がいるところが「最低」だとは思えなかった。

アンヴィルは、ドラムのロブとリップスが十代の頃に出会ってはじまる、いわば2人のバンドだ。映画はむしろ2人の友情物語としての色合いが濃く、その点で言えば彼らはとても幸せに見えるからだ。

確かにライブツアーの様子などはトラブル続きで散々なのだけど (でもここが映画で最もドキュメンタリーらしい見せ場でもある)、基本的に映画の中の彼らは、バンドであるということを誇りに思って疑わない。そうやって、30年間バンドを続けてきた、というのは本当にすごいことだと思った。

ただ、私がこの映画を見ながら考えていたのは (今までにも何回か引き合いにだしたことがあるけど)、以前に見た「(メタルファンにとって) あの夏にスレイヤーを聞いてたなー、なんてことはない」、という台詞のことだった。

それなら、彼らが「忘れられて」しまったのはなんでなんだろうか。

映画の終盤になって、リップスはかつて一緒に仕事をしたことがある、クリス・タンガリーディズというプロデューサーデモテープを送る。そしてどうにか資金を工面してレコーディングがはじまるのだけど、

そのプロデューサーアンヴィルを評して「何より私に連絡をとってきたのがすごい」と話していたように、持てるものを全部使ってバンドを続けるっていう意地のようなものが、映画で描かれるアンヴィルの魅力になっている。

でもそこから先はというと、映画レコーディング風景でも、友情の方にピントを合わせてしまい、アンヴィルが「売れない」理由については、「タイミング」「マネージャー」「レコード会社」などキーワードはあがるものの、ほとんど掘り下げられない。

もちろん、バンドが「売れる」ために何をすればいいのかなんて言えないし、彼らの「ロックスターになる」という夢と「売れる」っていうことが同じなのかどうか…とか、そこら辺は抜けてきてるバンドなんだろうなと思う。

ただ、映画はなんとなく、メンバーが成功を信じているのに対して、その方向をあまり描く気がないんじゃないかなーと思ったりもした。

例えば、結局レコード会社が決まらず通販をしよう、ってなる場面があるんだけど、そういう場面をあっさり流してしまうのはもったいなかった気がする。

そんなわけで、いまいちすっきりしない気持ちで映画館を後にしたのですが、映画ラストを飾る、2006年ラウドパークの様子は確かに感動的でした。

あの散々なツアーの後だけに、バンドにとって、お客さんに迎えられる瞬間てのは、こんなに嬉しいものなんだなって、メンバーの表情を見て思った。

2009-11-07

[][] 私の中のあなた

監督ニック・カサヴェテス

とてもよかったです。

苦手な種類の話だろうな、という先入観があったので、たぶん他の人の感想を読まなければ見ることはなかった気がします。けれど、映画がはじまってすぐに、見に来てよかったなと思った。画面の端々まで丁寧につくられた、とてもすばらしい映画でした。

主人公は、白血病の姉に臓器を提供するためのドナーとして生まれた、アナという11歳の女の子彼女が、臓器提供を拒むために弁護士をやとうところから物語がはじまります。

弁護士母親は「姉を救いたくないのか」「法律では親に決定権がある」と言って彼女を責める。2人のやりとりは見ていてほんとうに切なかった母親もぎりぎりのところにいるのだけど、アナと姉との優先順位をはっきりと示してしまうことの残酷さに気づいていない。

ただ、こう書くと、まるで崩壊した家族物語のようだけど、そうではないところが、この映画を特別なものにしていたと思う。

誰もが、家族皆で少しでも良い方向へ向かいたいと思っていて、裁判が続いている最中でも、そこにはっきりとした信頼関係があるのがわかる。私なんか見ていてつい母親を責めたくなってしまうのだけど、いつもはおどけている主人公の叔母がめずらしく真面目な顔して、彼女を諭す場面などにははっとさせられた。

過去のエピソードの挟み方もとてもうまくて、長女の回想、アナの回想、それぞれを重ねていくことで、「今」の奥行きが増していく。

その先にあって、ただの「いい話」で終わらない結末もよかった。特に、ピザのシーンの、ピザにたどりつくまでのやりとりを、あそこにもってくるのがすごい。無神経さと思いやりは紙一重だけど、表面の問題ではないのだなと思う。

映画を見終わった後、印象に残る場面を思い返していて、改めてその理由に気づかされる。

他人もまた自分と同じように「自分」を持ち、思いがあるのだということ、それを描けるのが物語である、というどこかで読んだ言葉を思い出しました。

俳優も皆よかったなあ。主役は次女ではあるものの、家族全員の視線をきちんと描いた脚本だったと思います。映像は冒頭からぐっときた。

難をいうならポスターが、映画の内容にあってないと思う。キャメロン・ディアスを推したいのは分かるけども、それにしてもな。邦題は、気持ちはわかる。

[] 曖昧言葉

私は数学が苦手だ。算数から苦手だった。算数が苦手な理由としてはわりと一般的だと思うのだけど、その公式の成り立ちを理解しなきゃ信用できない、というところで立ち止まってしまったからだと思う。

それと同じように、国語テストでよく出題された、作者の意図を書け、みたいな問題も苦手だった。私は基本的に、物語は読まれた時点で読み手のものになると思っているし、それは作者の伝えたいこととは異なる場合もあると思う。

でも、「作者の意図を書け」が嫌いな理由は、むしろその場にいない人の気持ちを誰かが代弁すること、あくまでも「そうであるかもしれない」可能性の話に、正解/不正解をだすことに抵抗があるからだ。

でもそれは自分の気持ちについても同じで、公式のような「形」にするために、その成り立ちについて考えようとすると、つい話がややこしくなって、どれも「そうであるかもしれない」なんじゃないかって気がしてくる。

けれど今日、「私の中のあなた」を見ていて、物語の筋とは関係ないんだけど、自分の気持ちを伝えるっていうのは、選ぶ言葉の問題じゃないんだなということを思った。

ただ、相手にもタイミングがあって、それがきちんと噛み合わなければ「伝える」ことはできない。

映画は、そのタイミングを待つ物語でもあった、と思う。

もちろん、それがうまくいかない場合だってたくさんあって、事柄の切実さにもよるけれど、まあいいか、と折り合いをつけてしまう方が楽だったりする。

たぶん、自分はそれが得意ではないなと思うし、いつでもやめられる日記だからこんなことを書いてるのだろうけど、

ただ、その言葉の正確さにこだわるのではなく、大事な話を、大事なんだとわかってもらえるだけでじゅうぶんだし、それは特別なことなんだなと思った。

2009-11-05

[][] 「ペット」リマスター版発売!/三宅乱丈

ペット リマスター・エディション 1 (BEAM COMIX)

ペット リマスター・エディション 1 (BEAM COMIX)

ペット』のリマスター版を読みました! 書店で見かけたときは新装版かーと思って、スルーしてたのですが、帰ってきて

全編にわたる改稿と150ページ以上の描き下ろしクライマックスを加えた「完全リマスター・エディション」

だと知ってあわてて買った。そういうことは帯の前面にもっと大きく書いといて欲しいなー!(一応書いてあったけど)

ペット』は連載当時から毎回「なんだこれ!!」と思いながら読んでいて、今でも面白い漫画は、ときかれたらパッと思いつくタイトルひとつです。

個人的に、三宅乱丈さんの漫画は、ちょっと生々しいとことか苦手なときもあるんだけど、『ペット』は別格*1。その設定も、語り口も、今までに読んだことない感触なのに、流れるコマにいつのまにか引っ張られている感じ。

人は「ヤマ」と「タニ」を持っている。

「ヤマ」とは、その人を支え続ける記憶が作った「場所」であり、「タニ」とは、その人を痛め続ける記憶が作った「場所」である。

人が持つ数ある記憶の「場所」の中、このふたつの特別な「場所」にのみ、「彼ら」はそういう名前をつけた。(2巻まえがき)

ペット』は、この「ヤマ」と「タニ」と呼ばれる記憶に触れることのできる能力者のお話です。

もちろん見た事のない能力なわけですが、見てればわかるからと言わんばかりの冒頭から飛ばしてく構成がかっこいい。たぶん、読者にイメージさせるのがうまいので説明も最小限になり、緊迫した展開に勢いがつくのだと思う。

能力者の1人が、「自分記憶を作れない」感覚について話す場面があるんだけど、こことかほんと、うまいなーと思った。

もちろん、この「能力」の設定だけが面白いわけじゃなく、それを使った攻防戦が読みどころなので、SFというよりはサスペンスものの印象が強い。

ちょっと『パプリカ』とイメージが近いかな。だからってわけじゃないけど、ぜひ今敏監督アニメ化して欲しいです…!

そしてリマスター版。これがまたすごくて、全5巻の予定でまだ2巻までしかでてないんだけど、この段階でもかなり手が入れられてることがわかります。あらすじはそのままに、組み立てなおしているというか、5巻を1本として描きなおしたってことだろうな。

もうほんと面白いので、早く続きが読みたい…!

ペット リマスター・エディション 2 (BEAM COMIX)

ペット リマスター・エディション 2 (BEAM COMIX)

[] 眠る前

夜、ぎりぎりまで本を読んで寝落ちする、とかでなければ、電気を消して肩まで毛布に入って眠るまでの数分は、たぶん多くの人にとって、考え事をする時間なんじゃないかと思う。

例えば明日会う人のことだったり、着る服のことだったり、仕事のことだったり、朝ご飯のことだったり。

朝ご飯といえば味付け海苔が食べたい、アジの開きと、あと卵かけご飯。そういえば合宿朝ご飯で、食堂の机の上には卵が山盛りになった皿があって、やったー卵かけご飯し放題じゃん、なんて言いながら割ったら、それはゆで卵だった、なんてことがあったなー、とか、

そんなふうに、目を閉じて思い浮かんだことから、しばらく考え事をしていると、気づけば次の日になっている。だから、眠っている間に見る夢はその考え事についての話になることが多い。

上に書いた『ペット』に、ヤマとタニという概念が出てくるのだけど、物語の中で、そのヤマをタニで囲って守ることを「鍵をかける」と説明する場面があった。

「ヤマ」と「タニ」が自分にあったとしたら、それがどんな記憶なのかはよく分からないけれど、考え事を始める感覚は、そのヤマを探す場面に、ちょっと似ているような気がする。それは記憶というよりは、いま考えてることが何なのかを見る感じに近くて、目を凝らしているうちに眠ってしまうし、目が覚めたら大抵忘れているのだけど、

たまに、まぶたの裏の光みたいに、そこでみた風景の感触が残っていたりもする。よく見えないけど、ちゃんとある。

って、そんなわけで、今日の朝ごはんは卵かけご飯でした。麺つゆとラー油で。

*1:もちろん『イムリ』とか他にも面白いのあるけど

2009-11-01

[][] 「ブラック・ラグーン」9巻/広江礼威

年に1度のお楽しみ「ブラック・ラグーン」の新刊を読みました。いやー面白かった…!!

読み終わるのもったいなくてちょっとづつ読んでたってのもあるけど、かなり長い時間楽しめたように思います。しかも、この巻はなんと連載分に20pも加筆してあるとのこと。読み終えてから、どこが加筆部分だったのかを知って、もはや単行本向けに描いてるのかもなーとか思う。

それにしても、あれまだ9巻しか出てないんだっけ、と思ってしまうくらいの密度だな。

BLACK LAGOON 9 (サンデーGXコミックス)

BLACK LAGOON 9 (サンデーGXコミックス)

ブラック・ラグーン」にはたくさん好きなキャラクターがいるんだけど、中でも別格なロベルタ編がこの9巻でとうとう完結します。

やーほんと200、201ページのあまりのかっこよさには打ちのめされました…。

「復讐では生ぬるい」の帯文が印象的だった6巻の段階では、こんな結末になるとはまったく想像もしてなかったんだけど*1、簡単に「どちらか」に肩入れさせない描き方は、ブラックラグーンらしいなーと思いました。あと、あとがきに「オチは最初の方に決め打ちしてた」と書いてあったのにはちょっと驚いた。

そんなわけで、この巻に限っては「ラグーン商会」の影も薄いのですが、ダッチの話やロックの変化など気になる点もあり、次はどんなお話が始まるのか、楽しみです。

それにしても、広江さんはこの数巻でさらにぐっと絵がうまくなってるような気がするな。なんか読んでいて画面が動いてる感じがして、つい前のめりになる。銃撃戦のかっこいいことといったらないですよ。

あーもっと読みたいなー!

[] 大槻ケンヂと絶望少女達 絶望葬会@日比谷野音

七夕の願い事(id:ichinics:20090723:p1)が叶って、大槻ケンヂと絶望少女達ライブに行ってきました。

絶望葬会」前半は「さよなら絶望先生」の男性キャストによるトークショー。トークショーがあるとは知ってたんだけど、まわりのお客さんの反応を見てやっと、そういえばこれは「さよなら絶望先生」のイベントだったんだっけ、ってことに気がついた(遅い)。

漫画は10巻くらいまで買ってたけど、アニメは、1期ちょっと見ただったんだよな…。

というわけで、知らないキャラクターもいた気がしますが、それでも楽しく見れました。

トークショーの後、今日これないスタッフ声優コメント映像が流れたんだけど、ここで流れた木村カエレ役の小林ゆうさんの映像がとても面白かったので、見れるものならもう一回見たいです。

で、肝心の大槻ケンヂと絶望少女達ライブは、期待通り「Intro」で入場して、「人として軸がぶれている」「ニート釣り」「マリオネット」「絶望遊戯」「おやすみ - END」「空想ルンバ」「さよなら絶望先生」「林檎もぎれビーム」、だったかな。楽しみにしてた曲はほとんどやってくれたように思います。

一番盛り上がった「林檎もぎれビーム」では、やっぱみんなそこ言いたいんだなー! という感じが面白かった。

残念だったのは、全体的に音が小さかったところ。でも、これはまあわざとそうしてるのかなとも思う。

それから、録音版ではメインで歌ってる人が来れなかったりとか、物足りないとこもあったんだけど、大槻さんが歌うだけでぐっとしまるというか、ほんとさすがだなーと思いました。

見終わった後、もしかしてアニメ版絶望先生が続かない限り、「大槻ケンヂと絶望少女達」の新曲はないのか…ってことに気づいてすごく残念に思ったりもしたのですが、この機会にライブを見ることができてほんとよかったです。

かくれんぼか 鬼ごっこよ」は名盤。できたら、「林檎もぎれビーム」入れた新しいアルバム作ってくれないかなー。

かくれんぼか鬼ごっこよ

かくれんぼか鬼ごっこよ

*1:先を想像して読まないってのもあるけど