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  □これまでの日記一覧

2010-03-29

[] ボブ・ディラン 2010/3/28@ZEPP TOKYO

親がよくギター弾きながら「風に吹かれて」を歌っていて、もうそれ飽きたよ…って思っていたのが5歳くらい。その後、まさか自分ディランCDを買うときがくるとはなーって思ったのが10代の後半。

特に好きなアルバムは「The Freewheelin' Bob Dylan」「Bringing It All Back Home」「血の轍」あたりで、特に「血の轍」は本当によく聞いた*1

そして日曜、まさかボブ・ディランライブを見れるときが来るなんて…、という感慨深い気持ちでライブに行ってきました。

開演してまず驚いたのは、ある程度覚悟していたものの、知ってるはずの曲でもさっぱりわからないくらいに、演奏も歌も原型をとどめてないことだった。

予習のつもりで最近「The Rolling Thunder Review」を聴いていたんだけど、当時は(といっても30年以上前だけど)ずいぶん原曲に忠実だったんだなと思う。それでも、4曲目に、これが聴けたら本望だと思っていた「運命のひとひねり」は、すんなりわかったことにちょっと安心する。

混雑していたうえに、ディランキーボードに向かっていることが多く、ほとんどその姿が見えなかったのは残念。でも中央にいたチャーリー・セクストンはちゃんと見えました。セクシーだった。

この日いちばん盛り上がったのは「highway 61 revisited」だったと思う。お客さんの反応もよかった。そして「やせっぽちのバラッド」で1部が終わる。このアレンジはかっこよかった。

そしてアンコールは今回のツアーで定番になってる(たぶん)「Like A Rolling Stone」。

これがまた私の知ってる「Like A Rolling Stone」とは全然違っていて、次こそは、次こそはと思って最後までサビを歌えなくてちょっと悔しかった。そんな風に、何の曲かわかっても、つい自分の知ってるラインを浮かべてしまって、今ひとつライブに集中できなかったようにも思う。

そして、翌朝ラストに披露された曲のタイトルをきいて、それが幼いころ散々聴いてたあれだと知ったときには思わず笑ってしまった。

一度はみたいと思っていたディランだし、いまだに現役であるという迫力を間近に見れたことはとても満足なのですが、二転三転してもう知らないディランになっていた、という感じもした。ずっとライブを見続けていたら、こうやって変わっていくのかってのがわかって楽しいのかもしれないけど、間の何十年が抜けてしまってる私のような客からすると、せめて1曲くらいは大合唱したかった、もしくはディランがひとりでギター持って歌う曲を聴きたかった、と思ったりしました。

でも「運命のひとひねり」聴けたのはほんとうに嬉しかったな。

[] 「運命のひとひねり」

ディランのアルバムでいちばん思い入れがあるのは「血の轍」、というのは、たぶんこの日記にも何度か書いたことがある。

昔、すごくへこんでいたときに繰り返し聴いたアルバムで…、みたいな話をしたら笑われたけど、確かに、今となっては、そういう年頃が私にもあったんだなーって懐かしく思う気持ちのが強い。それでも、あの頃の自分にとって、この「血の轍」はとても大切だった。

とにかく「Simple Twist Of Fate」という曲が大好きで、邦題が「運命のひとひねり」というんだけど、ってだんだん書いてて恥ずかしくなってきたけど、

あの曲を繰り返し聴いた数年で、泣いたり笑ったりしながらそれでも、頑張ったことは成果の大小はともあれ、ちゃんと自分に残るってことを知った。

昨日のライブで、私の知ってるのとは違う「運命のひとひねり」を聴いて、若干さみしく思いつつも、その頃のことをわーっと思い出していたら、なぜかちょっとわくわくしていた。

それはほんとうに個人的な感覚なのだけど、そんなふうに、人の気分って不思議で、単純だなと思う。

*1:って入ってる曲勘違いしてたりしたけど

2010-03-27

[][] 「薔薇だって書けるよ」/売野機子

薔薇だって書けるよ―売野機子作品集

薔薇だって書けるよ―売野機子作品集

本屋さんで表紙買い。絵柄を見て、もう何冊か本出してる人の未収録作品集とかなのかなーと思ってたんだけど、なんとこれが初単行本とのこと。コミティアに出していた同人誌経由で「楽園」デビューした作家さんだそうです。

でも、実際に読んでみても、古いというのとは違うんだけど、ちょっと懐かしさを感じるような「少女漫画」だなと思った。それも70年代くらいからごく最近までが入りまじっているようで独特。

例えば、コミティアで発表されたとかいてある「晴田の犯行」に、ジッタリンジンがでてきたりするとことかが(まあこれは作品中で時間経過があるからかな)、すこし古く感じさせる気もするんだけど、作品中の小道具は必ずしも現在にあわせる必要はないんだよなーということを思ったりもしました。

私がこの作品集でいちばん気に入ったのも、この「晴田の犯行」で、特に

いつか、人生の本番が来ると信じていた

という書き出しがとても好き。長い片思いを終わらせるまでのお話で、エピソードは少ないのだけど、ピアスを買った日とその後のやりとりがとても切なかった

それから自殺したミュージシャンが、自分のファンの女の子と最後に話す「日曜日自殺」は、なんだか大島弓子ぽいなと思いました。

…あたし、ビデオテープ標準で録ったよ

てひと言にぐっときた。と同時に、こういうとこもやっぱり、少し昔の漫画を読んでるみたいなんだよなと思ったりしました。HDじゃ味気ないもんね。

[][] 「進撃の巨人」1巻/諫山創

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)

あちこちで名前を見かけるので気になって1巻を買いました。

正直なところ、絵はまだ安定してないような気がするんだけど、作者のイメージは絵より先にあって、それをどうにか描こうという勢いを感じました。第3話の見開きの迫力とかすごい。

物語舞台は壁に囲われた町。107年前、「巨人」に襲われ、ほとんどの人間は食い尽くされてしまった。そこで人々は巨人超えられない壁を築き、町にこもることで平和な生活を続けていた。しかしある日、その壁を超える巨人が現れたことによって、平和はあっけなく崩れてしまった…というところから話がはじまります。

この巨人の造形がとにかく恐ろしい。恐ろしくて気持ち悪い。

この巨人という存在と相対したときの感覚は、「ワンダと巨像」をプレイしたときの絶望感に、さらに巨人の造形による不気味さを加えたような印象でした。

まだまだわからないことがほとんどで、作者がこの物語をどんな風に展開させるつもりなのか、想像がつきません。でも確かに先を想定しながら描かれている手ごたえがあるなー、って思いながら読んでいたところで、1巻のラストを見て驚いた。

早く続きが読みたいです。

2010-03-24

[][] 「響子と父さん」/石黒正数

響子と父さん (リュウコミックス)

響子と父さん (リュウコミックス)

妹は家出中、母さんは頻繁に旅行中で、家に残っている姉の響子と父さんのお話。父さんの言ってることとやってることの食い違いぶりと、響子のしっかりしてるようで適当な感じが、石黒さんらしいコメディになってます。娘の彼氏挨拶にくる回で、お前たちに教えたいことがある…とか言いつつ人生ゲームをはじめて、結局人生最後の大バクチを打ってしまうとことか面白かった。

行方不明の妹についての話もいくつかあるんだけど、この妹っていうのが、「ネムルバカ」*1にでてくるルカなんですよね。んで、ルカが家を出るくだりも回想シーンとして出てくるんだけど、ここを読んでなんだか、こういうときどんな顔すればいいのかわからないの…って気分になってしまった。

最後、妹からの電話を父さんが勢いで切ってしまうところ(「俺が幸せでないワケないだろ!!」)とかはよかったんだけど、これも結局家出るくだりの続きだしなー、っていうのに似たひっかかりを、そういえば「ネムルバカ」でも感じたような気がします。もう一歩踏み込める手前で終わってしまう感じで、作者がキャラクターをどう見せたいのかよくわからなくなる。

むしろ、「ネムルバカ」の後のルカの話が読みたかったなーと思いました。

[] 昔話/ロイヤルホストのパーコー麺

19歳の誕生日だった。Fと2人で遊ぶのはその日がはじめてで、とりあえずお昼に待ち合わせしたはいいものの、目的地はなく、ぶらぶら歩いているうちにおなかがすいて、ちょうど通りかかったロイヤルホストに入ることにしたんだった。

ファミレスロイホがいちばん好きなんだよね、なんて話をしながら、Fはパーコー麺、私はホットケーキを頼んだ。

パーコー麺て何、って訊いたのを覚えている。肉ののったラーメンみたいなやつだよ、へー、そっちこそ昼ごはんホットケーキでいいの、ロイホホットケーキ好きなんだよね、なんていう話をして、

休日の昼下がりということもあってか、店内は家族連ればかりだった。混んではいなかった。窓の外、夏の強い日差しに照らされ、駐車場に並んだ車たちの鼻先が光っている。それを眺めながら、私は水を飲んでいた。

やることないね、と言うと、Fはちょっと不機嫌な顔をして黙った。そのままパーコー麺とホットケーキが運ばれてきて、私たちは黙々とそれを食べた。パーコー麺の肉はメニューで見るより小さかったので、ひとくち食べたいとは言わないでおいた。

食べ終えてから、どうしたんだったか良く覚えてない。夕方のバイトまで、たぶんまたぶらぶらと歩いたのだと思う。友だちの話とか、今度いくライブの話なんかして、途中で何か飲んだかもしれない。

今日誕生日なんだ、ってのはなんかお祝いの言葉強要してるみたいで言えなかったんだけど、

その翌年、Fにケーキをご馳走になりながら、そういや去年はパーコー麺食べたよねえ、って言ったら、なにそれ誕生日くらい主張すりゃいいのにさーって怒られたのはちょっと嬉しかった。10代の頃は控えめだったんだよって、20代になった私は答えた。

なんてこともあったなってのを、こないだロイヤルホストに行ってパーコー麺がなくなっているのに気づいて思い出しました。

ちなみにパーコー麺はいまだに食べたことがない。

2010-03-23

[][] 「うしおととら」/藤田和日郎

藤田和日郎さんの漫画を読んだことがないんだよねって話をしたら*1、それはもったいないと言われたので、思い切って集めて読んだ。

うしおととら (1) (小学館文庫)

うしおととら (1) (小学館文庫)

毎晩眠る前とかにちょっとづつ(3ヶ月くらいかけて)読んでいたんだけど、残すところあと5巻くらいで止まらなくなって、昨日一気に読み終えてしまった。最後の2冊くらいは、早く読みたい気持ちと、これで終わっちゃうのか…というさみしい気持ちとの間で、ああ、完結してから読むって、もうすぐ終わりがくるって目処がついちゃうってことでもあるんだな、と思ったりした。

藤田和日郎さんの漫画ってどういうとこが面白いの、って聞いたときに、いろんな人が口をそろえて、終盤の伏線回収がすごいんだよ、と言っていた。

本当にその通りで、長い時間をかけて積み上げてきた物語によって「物語」が作られているようだった。こういう面白さはやはりある程度の長さがある物語じゃないと味わえないよなーと思う。でも、もちろん長さがあれば思い入れが生まれる、というわけでもない。

うしおととら」がすごいのは、登場するキャラクターがそれぞれ、とても丁寧に描かれてることだ。さりげないひと言や約束が、ちゃんと生かされているのが嬉しい。

例えば最終巻の、さやが出したとびらから最初に出てくる人の話とか、本当に冒頭のエピソードなのに、その瞬間にばーっとよみがえってくるのは、主人公が乗り越えてきたひとつひとつお話が、ちゃんと続いているからだと思う。それぞれのキャラクターが、主人公と同じだけ時間を重ねているのがわかる。だからこそ、最終巻はもうあちこちでぐっときてしまってなかなか読み進められなかった。

ほんとうに! 面白かったです!

もうちょっと読み返して、次は「からくりサーカス」を読みたいと思ってるんだけどまだ文庫が出てないみたいで、どうやって集めるか(家で読みたい)悩み中。

うしおととら 19完 (小学館文庫)

うしおととら 19完 (小学館文庫)

以下好きなシーンと好きなキャラクターについて余談です。

続きを読む

*1自分は特にサンデー系にうといんだなーってことに最近気づきました

2010-03-21

[][] 「エクザイル/絆」

監督ジョニー・トー

公開時に見逃してたのをやっと見た。大好きな「ザ・ミッション非情の掟」(id:ichinics:20050527:p1)と対になるような作品で、アンソニー・ウォンフランシス・ン、ラム・シュー、サイモン・ヤムなど主要キャストはほぼ重なっている。とにかくかっこいい銃撃戦を見たい人と、男の友情物語好きな人には全力でおすすめしたいです。個人的には大満足。

エグザイル/絆 スタンダード・エディション [DVD]

エグザイル/絆 スタンダード・エディション [DVD]

物語中国返還間近のマカオ舞台に、5人の男が銃を構えあう場面から始まる。そして、その数分後には椅子を組み立て食卓を囲んでいる。アンソニー・ウォンが薬莢を吐き出し、鍋に残った弾の跡を確認して皆が笑う。ほとんど台詞もないやりとりなのに、そのタイミングや表情から、彼らの間にある絆が浮き彫りになっていく。

シンプル脚本だからこそ生える名場面が、惜しげもなく繰り出される映画でした。特に、背水の陣へと追い込まれた最後の戦いのシーンは圧巻だった。振り向きざまのフランシス・ンの! あの! 表情とかね! ラスト写真とか、ちょっとやりすぎでしょって思うような様式美なのだけどたまらない。

それから医者の場面なんて、あれ、あの画を撮りたいための美術だよなーと思う。美しい銃撃戦でした。

何を言ってるのか良くわからないですが、これがジョニー・トーの、「カッコイイとは、こういうことさ」なのだと思います。

もうすぐ公開になる「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」も楽しみです。

[] 意味が足りないというのなら

大学時代の友人とご飯を食べていて、皆いつ、どんなきっかけで続けていたことをやめてくんだろうね、という話になった。

私たちはそれぞれ、学生時代勉強していたこととはまったく違う仕事についているけれど、当時やっていたことを、完全にやめてしまったわけでもない。

散々考えてきたことではあるけれど、「今はもう、認められたいというより、報われたいって感じになっちゃったなあ」と友だちが言うのをきいて、あらためて考え込んでしまった。

昨日「渇き」を見ながら、感情本能と理性のどちらに分類されるんだろうということを考えていた。気持ちは、頭で考えてあらわれたり消したりできるものじゃないけれど、自分を抑えるのもまた気持ちだ。

意味とか、あれこれ考えることはあるけれど、優先することをひとつ選ぶなら難しくない。

それもいつかは変わっていくのかもしれないけど、それでも、自分が好きになったものに対しては誠実でいたい。とか、ばかみたいだなーと思うこともあるけど、なんて、考えながら「無視しきれないとまどいに、」という歌詞を思い出したりしてた。今日

2010-03-20

[][] 「渇き」

監督パク・チャヌク

仕事帰り、見ようと思ってた映画2本に立て続けにふられ、でもなんか見たい…と思って近くでやってるの見つけて見に行った。事前情報曖昧で、ポン・ジュノだっけ…パク・チャヌクだっけ…てな具合に駆け込みましたが(「母なる証明」みたばっかりなのにね…)、映画がはじまってしまえば見事なパク・チャヌク節でした。おもしろかった。

けど、「復讐三部作」同様に、やっぱり人にすすめにくい作品だなーとも思いました。

f:id:ichinics:20100321122358j:image:w300

たぶんこの「渇き」は「復讐三部作」とテーマの近い作品で、特に「親切なクムジャさん」とイメージが近いと思います。グロテスクで切実でコメディのような場面も泣き笑いに近い。人間でなくなってしまっても、手ばなせない意志のようなものがあって、それが、監督の描きたいものなんだろうなと思う。

物語は、ある難病のワクチンを作るボランティアとして亡くなった神父(サンヒョン)が、生き返ることからはじまる。そして彼は蘇りの聖者として信仰を集めるようになるのだけど、じつはヴァンパイアになっていたのだった…! という、えっ? って展開が至極真顔で描かれます(ここがいかにもパク・チャヌク)。やがて彼は病院幼なじみと再会し、その妻(テジュ)と恋に落ちる。

神父としてのモラルと戦いつつも、サンヒョンはテジュにひかれ、ある事件によって引き起こされた「悪夢」を境に、映画はまるでスイッチを入れ替えたかのように様相を変えていきます。

ネタばれせずに書くのが難しい話なのですが、とにかくこのサンヒョンを演じたソン・ガンホと、テジュを演じたキム・オクビンが素晴らしかった。スイッチオンオフでまるで別人のように見える。とくにキム・オクビン。

親切なクムジャさん」のときも「サイボーグでも大丈夫」のときも強く思ったけど、パク・チャヌク監督は女の人を魅力的に描くのがうまいなああと思います。

復讐三部作では、人が「復讐」に囚われることで、自身を失っていく様子を描いていたのだと思う。そして、この「渇き」では、ヴァンパイアという「獣」になってしまった人を描き、獣としての本能と、自らを律する気持ちが、絡み合って、ラストシーンへと転がっていく。

「復讐」に囚われることは、そのどちらにも重ねることができる。感情とは、本能と理性のどちらに分類されるのだろうか。そこに監督テーマがあるように思いました。

ラストシーンがとてもよかった。わりと長いシーンなのだけど、最後の最後に出てくる小道具にぐっとくる。

2010-03-18

[] Alex Chilton

雪の日、雨の日、天気の良い日、車の後部座席で、誰もいない昼下がりの電車内で、アレックス・チルトンの歌を何度聴いただろう。その名前を見るだけで、はっきりと思い描くことができる歌い出し。照れくさそうな声の揺れにぐっときて、いつかライブを見ることができたら、ぜったいに最前列で見たいって思ってた。あなたの歌が聴けて嬉しいってことを、どんな形ででも伝えてみたかった。もしも、次の曲何がいい? なんて瞬間があったら、このタイトルを叫ぼうって決めてた曲がたくさんあった。

ついこないだの雪の日、布団のなかで、彼がカバーした「There will never be another you」を選んでかけた。彼の音楽はオリジナルでもカバーでも、長年連れ添ったお気に入りみたいに、心地よくて親密だ。

脳内ではっきり再生できるあの声を、生で聞くことができないなんて、とても悲しい。

今日いちにち、頭にはあちこちのフレーズが次々に浮かんで、チルトンを教えてくれた先輩からメールがきて、仕事から帰った後、友だちのかけていたチルトンを聴いた。

悲しいけど、手元にあるこのアルバムたちを、私はこれからも繰り返し聴くだろう。ほんとうに、大好きだ!

  • 「A Man Called Destruction」/Alex Chilton

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20070903/p1

2010-03-17

[][] 「あたたかい肩」/雁須磨子

あたたかい肩 (BEAM COMIX) (ビームコミックス)

あたたかい肩 (BEAM COMIX) (ビームコミックス)

雁須磨子さんの、いろんな雑誌に掲載された作品を集めた短編集。

あとがきにも書かれているけれど、どの作品も少しずつ雰囲気が違って、バラエティにとんだ短編集だなと思いました。それでもやっぱり、全体的にのんびりしているところが、雁須磨子さんの漫画の独特であり、好きなところでもあります。

特におもしろかったのは、「何段BOX」その1とその2。いつも見ていた日記がなくなってしまって、というその1と(これについては下に)、恋人の長年のメル友に嫉妬するのやだなーでも気になるなー、という葛藤を描いたその2。漫画にでてくるインターネット関連って不自然に感じられることも多いけど、この2作は気持ちの背景としてとてもしっくりきていた。

それから保健室のせんせい」もよかったな。保健室先生がつけてる「点数」の秘密お話なんだけども、少し不穏な空気を醸し出しつつ、最後、ああそういうことかって、腑に落ちる。そこで交わしてる書き文字の会話なんかもいいです。

「青緑を飲み干す」は、雁須磨子さんの作品ではちょっと珍しいような気がする、高校生お話。いったりきたり、迷いながら、息継ぎする感じが、さわやかだった。

中高生の頃、文集にのってた先輩の俳句(よく覚えてないけど、なみだと鼻水がでるのはふられたからじゃなくて花粉症だよばか、とかそんなの)を思い出したりした。なんでか。

[] 404とフラミンゴ

上に書いた雁須磨子さんの短編集の中に、毎日更新のあった日記が、突然消えてしまって、なんとなく寂しくなって昔の友だちに会いに行く…という話があった(「何段BOXその1」)。

「消えてしまったページ」そのもののお話ではなく、気持ちの背景として出てくるのを読んで、小説漫画に、こういう感じでインターネットの話がでてくるのって、初めて読んだような気がした。

長らく読んでいたところが、なくなったり、更新停止したり、ってことに出くわすと、結構動揺する。でも、その気持ちは、インターネットを使ってなかった頃でいったら、どんな気分だったんだろう…って考えていて、思い出したのがピンク色のフラミンゴのことだった。

私は毎朝そのフラミンゴを確認することを習慣にしていたのだが、平行して走る線路を快速電車が通ったりすると、見えないこともあった。見える/見えないの割合はほぼ半々で、そのフラミンゴが見えた日には、なんだかいいことがあるような気がしていた。

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20050227/p1

あのフラミンゴの置物がなくなってしまった日のことは、今でもよく覚えている。

他にも、例えば見知った店がなくなってしまったときとか、昔住んでいた家がなくなってしまったりとか、目印にしていたものがなくなってしまう寂しさと、404 は似てるんじゃないかなと思った。

違うのは、その向こう側にはちゃんと人がいるっていうことで、できれば今も、元気でいればいいなとか思っていて、

だからたまに、とまったままの日記更新再開されたり、メールをいただいたりすると、向こう側がちゃんとあったことがわかって、すごく嬉しい。

この日記も、なんだか同じことばっかり書いているような気がするなー、とか考えだすと手が止まったりもするんだけど、それでも、誰かにとって何かの目印になれたらいいなとか、思った。

2010-03-16

[][] 「ことことかるてっと」1巻/楠田夏子

本屋で表紙買いしました。とてもよかったです。

京都女子寮舞台にした物語、ということで、最近読んだ森見登美彦さんの小説と、ちょっと雰囲気が似てるなーと思いました。

ことこと かるてっと(1) (KISSコミックス)

ことこと かるてっと(1) (KISSコミックス)

「ことことかるてっと」は、寮の2階の床が抜けたことで繋がってしまった4部屋の住人が、その穴から互いの生活を行き来するようになり、だんだんと仲良くなるお話

音が見える蓮華と、ミステリ作家を目指す難波さん、、不本意ながら(?)面倒見のいい万城目さんに、のんびりしていていいやつな牧さん…ってちょっと説明がおざなりですが、ちゃんと4者それぞれが主人公になるお話があって、輪郭がはっきりしていくのがいい。

この1巻でちょうど4人をぐるりと回ったので、ここからは、たぶん蓮華お話が中心になるのかなと思います。あ、でもカルテットだからあくまでも4人の話かも。

絵柄が好きで手に取ったのですが、特に風景の絵がとても丁寧で、毎回京都の見所紹介もあったりするのも楽しい

今後がとても楽しみです。

[][] 「娚の一生」3巻/西炯子

娚の一生 3 (フラワーコミックス)

娚の一生 3 (フラワーコミックス)

完結巻。1巻を読んだときは苦手だーと思っていた海江田さんが、だんだんとかっこよく見えるようになるのが(個人的に)楽しかったです。

とはいえ、結末までの展開が、ちょっと行ったりきたりしすぎたような気がしないでもない。特に海江田さんがあんな良い話した直後のあの展開は、ないよなああと思ってしまった。p132の「好きなだけ…」っていうところ、あそこはほんとぐっときた。

基本的には、女性側の物語に見せかけて、海江田さんをかっこよく描く漫画だった気がします。それもまたよし。

これまでの巻

1巻→http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20090310/p2

2巻→http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20091009/p1

2010-03-14

[][] 「ハルシオンランチ」/沙村広明

ハルシオン・ランチ 1 (アフタヌーンKC)

ハルシオン・ランチ 1 (アフタヌーンKC)

おもしろかったー! ほんとおもしろかった。どのページもおもしろいので*1、もったいなくて1日1話くらいのペースで読んでたけど、それでもすごく充実した気分になれた。

とはいえ、相当偏った話なので、好き嫌いははっきりわかれそうですが、とりあえず沙村広明さんの「おひっこし」が好きな人には自信をもっておすすめと言いたいです。私は大好きです。ほんと、こんな漫画沙村広明にしか描けないよなーと思います。

それから、個人的には「レベルE」読んだときの、なんだこの漫画…! って気分を思い出しました。まあそれは宇宙人つながりってだけかもしれませんが【ハルシオンランチ」は何でも食べる宇宙人美少女設定)のお話です】、その辺は「NieA_7」とかも雰囲気近いかも。

もう3回くらい読み返したけど、読むたびちょっと元気になります(全然そんな話じゃない)。

[] 週末/桜

土曜日、ずっと行ってみたかったお店に大勢で飲みに行った。何を食べてもおいしくて、一品ごとに感激する。特にたけのこの蒲焼…! うすく衣をつけて揚げてから蒲焼きにしているそうで、衣に染みたタレが香ばしくておいしかった。たけのこのさくさくした歯ごたえも香りも、春っぽい。いっこ残ってたのをじっと見てたら、向かいの友だちが「食べていいよー」と言ってくれて、そのお見通しぶりに照れたりした。日本酒がたくさんあるお店で、好きな濁り酒をあれこれ飲ませてもらえたのも嬉しかったな。日本酒は飲み慣れないのに、悪酔いすることもなく、いいお酒だからだなあとか勝手に納得する。

日曜日、いい天気だったので鞄洗ったり春物を出したりする。昨日干した洗濯物を畳みながら、返却予定のDVDを見終わり、それが今朝見た夢ととてもよく似ていて、不思議な気分になった。

とてもいい話だったんだけど、なるようにしかならないという話でもあり、それならできることをするしかないよなーと思う。悩んでもすぐには解決しないようなことは、とりあえず考えないようにしていると、いつの間にか喉元をすぎていたりするけれど、それは別になくなったわけじゃないってのに似てる。

外へ出ると、昨日今日の暖かさのせいか、ちらほらと桜が咲いているのを見つけた。楽しみな予定をいくつか思い浮かべながら、もう春だなーと思う。

f:id:ichinics:20100314235115j:image:w300

*1:大事なことなので3回書きました

2010-03-10

[][] 「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」

おすすめしてもらったので、借りてきて見た。すごくよかった。休日の昼間に見終わって、大泣きしながら最後のシーン見返したりした。うまく言えないんだけど、見たかった映画だなーって思った。

感謝祭の季節、名門校の奨学生チャーリーは、アルバイト盲目退役軍人フランクの世話を引き受けることになった。しかしアルバイト初日、家の人が旅立ったのを確認すると、フランクNYへ行くと言い出し、チャーリーもそれに付き添うことになる。

その直前、チャーリーはとある事件を目撃し、校長犯人を告げるよう要求されていた。

気難しいフランクと、純朴なチャーリーのぎこちないやりとりが、道中で徐々に変化していく様子には、なんだか嬉しい気持ちになってしまう。口は悪いけれど繊細なフランクは、チャーリーの心理を敏感に察してみせるし、チャーリーもまた、フランクのとっつきにくさの奥にある気遣いに誠実に応えようとする。

印象に残ったやりとりのひとつに、フランクチャーリーに対して、なぜ告げ口しないのだ、と問うシーンがある。そこでフランクが言う台詞には、いや、まったくその通り、と思うところもあるし、でもそれを受け入れてしまったら自分の中の何かが決定的に変わってしまうんじゃないか、というような気もする。けれど、理不尽な出来事はおこるし、自分自身だって思うようにはならない。

フランクはたぶん、長い時間をかけてこの旅の準備をしていたのだと思う。そこにたまたまチャーリーが付き添うことになり、チャーリーが困難に見舞われたとき、そこにたまたまフランクがいた。

そんな風に考えるのはちょっとロマンチックすぎる気もするけれど、それでも、

最後の演説は本当にすばらしくて、それはチャーリーにとってだけはでなく、フランクにとっても、誇りとなる出来事なのだと思った。

本当に、あのシーンは思い出すだけでたまらない気持ちになる。喉につかえてたものが落ちていくみたいだった。

何が正しいとか、間違っているとかではなくて、というフランクの前置きに、「それは服従よりも、むしろ信頼を求めるおきてなのだ」*1という言葉を思い出しました。

ところで、映画の中に、フランクタンゴを踊るすてきなシーンがあるのですが、そこでフランクが言い当てる「オグルビーの石鹸」の香り、ってどんなのだろうと思って検索したのだけど、どうやら架空ものみたいだ。

最後に出てくる「岸辺の花」は実際にある香水。このシーンもすごくよかった。

[] ハレー彗星

クリィミー・マミの「ロング・グッドバイ」が作られたのは、ハレー彗星の接近を翌年に控えた1985年のことで、昨夜をそれを思い出しながら、そういえば当時、次のハレー彗星が近づくときに、自分はまだ生きてるんだろうかと考えていたのを思い出した。約76年周期だというから、次の予定は2061年で、けっこう微妙なところだ。

1985年頃の私は、雨が降れば酸性雨だと騒ぎ、コカコーラ自販機に貼ってあったエリック・クラプトンポスターを、マイケル・ジャクソンだと思いこんでいた。ロシアソビエト連邦だったし、1999年世界は滅びる予定だった。牛乳の一気飲みが流行り、ドラクエにはまり、弟が2人と妹が1人生まれた。近所の小学校で9の字事件があって、いろんな噂が流れたりもした。

子どもの頃のことを思うと、体の殆どが目だったような気がする。それは記憶の殆どが映像でできているからかもしれない。

大人になった今、目を閉じてまず浮かぶのは言葉だ。どうか、という言葉の先に続く漠然とした風景を眺めながら、2061年のことはまだ思い描けないけれど、手の届きそうな数年後が、大丈夫であるようにとか、思ってるうちに眠る。

2010-03-08

[][] 「そこをなんとか」1〜3巻/麻生みこと

そこをなんとか 1 (花とゆめCOMICSスペシャル)

そこをなんとか 1 (花とゆめCOMICSスペシャル)

けっこう前だけど、3巻がでたときにまとめて読みました。麻生みことさんの新人弁護士漫画。とても面白かったです。

司法試験に受かったはいいけれど、就職にあぶれた主人公が、バイト先(キャバクラ)のお客さんだった弁護士の事務所に押し掛け就職して…というところからはじまり、依頼人ごと読みきりのような形でお話が進みます。先に感想を書いた「路地恋花」(id:ichinics:20100213:p1)と同じく、とても丁寧に下調べをした上で、ちゃんと作者が面白い、と思ったところをすくいあげて物語にしてる感じがする。合間に入る「傍聴日記」も面白いです。

特に印象に残ったのは、2巻に掲載されていた裁判員制度模擬評議お話。「十二人の怒れる男」(とは制度が違いますが)を思い浮かべたくなるような駆け引きを通して、わかりやすく裁判員制度を解説してくれる。

それから第8話(2巻収録)に収録されていた、飲酒運転の話も面白かったな。主人公の倫理観とは相反する結果がでたりもするんだけど、その後、先輩と組んでからのやり取りとか見せ方がうまくて、ラストは思わず、よく言った、って気分になりました。これは特に主人公の魅力がよくわかるお話だったと思う。

あと好きだったのは3巻の久保田さんのお話。単純に久保田さんが好きというのもありますが、理不尽な展開の最後で、しっかり巻き返してくれる主人公の上司弁護士)がすてきでした。続きも楽しみです。

そこをなんとか 2 (花とゆめCOMICSスペシャル)

そこをなんとか 2 (花とゆめCOMICSスペシャル)

そこをなんとか 3 (花とゆめCOMICSスペシャル)

そこをなんとか 3 (花とゆめCOMICSスペシャル)

[] 文体って何だ

文章のリズム、とか文体のことを考えるとき、よく思い出すのは、以前、古川日出男さんがトークショーで「横書きで書きながら、別のブラウザで縦書きに変換しつつ書く」と話していたことだ。

そこまでこだわるということは、きっと明確に目指しているリズムというものがあるのだろうけれど、その目指すリズム、というのはどの程度意識的に作られるものなのだろう。

例えば歌を歌う人の個性は、声だけでなく、癖にもあると思う。物語が曲だとしたら、文体というのは、声に近いのか、それとも癖に近いのだろうか。

身近なもので考えてみると、日記の文というのは声に近いのかもなーと思うことがある。

自分の文章を読み返していると、口癖が多くて気になる。でもそれを変えるのが難しいのは、日記以外では使える書き言葉が、日記では使いづらいからなのかなと思う。例えば「〜だけど」というときに、「〜だが」と書きにくいのは、自分でそれを口に出すところが想定しにくいからだ。

「だ」は使っても「である」は使いにくいのもそう。感想文のまとめで突然「です、ます」になったりするのも、文章としての正しさよりも、自分感覚に引き寄せて書くことの方を、日記では大事にしてしまうからだと思う。

句読点を打つのも、息継ぎに近いよなーなんて考えていて、それはキーボードを打ちながら、頭の中で書くことを声に出してるからなのかもなあと気づいた。

もちろん、物語と、日記という個人的なものを比較するのは違うと思う。けれど、日記でもやっぱり、その時々にイメージする形(自分にとって違和感のない形)に文章を収めようとしているところがある。

その「イメージ」を作るということも、できるとは思うけれど、それは歌や振り付けを覚えるとか、そういう身体的なことに近いんじゃないだろうか。

けれど、先に書いた古川日出男さんのトークショーで朗読をきいたときに、それが自分イメージしていたテンポともまた違っていて、書くことと読むことは、また違うんだなと思ったりもしたので、

好きな文体、というのは、自分が(頭の中で)声に出して気持ちがよいもの、ということなのかもしれない。

例によって何を言ってるのかよくわからなくなってきたので、続きはまたあらためて。

2010-03-07

[][] 「コララインとボタンの魔女

f:id:ichinics:20100307234247j:image:w200

監督ヘンリー・セリック

ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』などのストップモーションアニメで知られる監督の新作。テレビで少しメイキングを見たのですが、コマ撮りアニメってほんと、気の遠くなるような作業だよなあと思う。しかもこの作品も95%はそこにあるものの撮影だっていうからすごい。

でも実際に出来上がった作品を見てみると、月並み表現になってしまうけれど、ほんとに人形が動いている世界に見える。人形って動くものでしたよね、と思わされる。

でも僕の場合、ストップモーションアニメ製作費を出してくれる出資者がいる限りはストップモーションアニメを作り続けたい。僕にとってナンバー1の手法 だからね。だって考えてごらんよ。セルの一枚一枚に絵を描いたり、モニターの前でピクセル単位で格闘しているよりは、パペットを動かしている方が楽しいで しょ。

http://news.livedoor.com/article/detail/4604754/

こう語る監督だからこそできることなのかなと思うし、その感覚は、作品中にでてくる、「トビネズミ」のサーカスを訓練しているボビンスキー世界に近いのかななんて思ったりしました。何より、この監督の持ち味でもある少し不気味で愛らしい世界観は見ていてとても楽しかったです。衣装もかわいかったな。

物語は、引越したばかりで知り合いもいないし両親はかまってくれないしで不満がたまっている主人公、コララインが、家の中に小さな扉を見つけるところからはじまる。その扉の向こうには、優しい家族がいる世界があって…でもなぜか皆目がボタン、というお話

最終的に、両親の大切さに気づいた! とかそういう教訓的なものがあるわけでもなく、正義感でもなく、現実に戻ることを迷わない主人公のたくましさに「千と千尋の神隠し」をちょっと思い出したりもした。(と思ったら↑に引用した記事で監督もそう書いていた。)

全体的に楽しく見たのですが、なぜあの家に引っ越すことになったのかってところにちょっとひっかかってしまったんだけど、なんか説明あったかな。

ところで、最近なんで3Dが流行ってるのかよくわからないんですが(新しいカメラでも開発されたのかしら)、この「コララインとボタンの魔女」を見てて、正直なところ、3Dは苦手かもなあと思ってしまった。

というのも、今日見に行った映画館の3D眼鏡がちょっと重くて、見てるとずれるし、固定できないしっていうので気が散りすぎた。作品と関係ないところで、集中できないってのはもったいない眼鏡はずして見てみたりもしたんだけど、やっぱり裸眼で見るものじゃないんだよなあ。

3Dってことを意識したカット(空から俯瞰する風景とか、奥行きのある絵とか)はとてもよかったので残念。

もちろん、多くの人が問題なくかけられるように作られた眼鏡だとは思うんだけど、ってのが悩ましいところです。3D作品って、ソフト化されたときはどうなるんだろう?

[] ラー油、日本酒、春

スーパーに行ったら、噂の桃屋ラー油があったので買ってみた。少し辛い、と書いてあるけれども特に辛くはなくて、ラー油としては物足りないけど、どちらかというとフライドガーリックフライドオニオンのラー油漬け、みたい。ざくざくした食感はふりかけっぽくて、いろんな和え物に使えそうでいいかも、とか思いつつ、つい別の辛味を足してしまったりするので、自分は辛いの好きなんだなーとあらためて思ったりした。

今のところは、納豆に海苔と一緒に混ぜたり、茹でたほうれん草大豆を塩味足して合えたり、薄味に作った蓮根きんぴらに絡めてみたりして、どれもおいしかったです。ただ、ラー油部分は辛くないせいか「油」って感じであまり好みではないので、具のところだけを使ってる。

週末、前々から楽しみにしていた鍋を食べに行く。料理はどれもとてもおいしかった。それなのに、横でジャンクフードの話などして(マヨネーズに絡むわけですよ…とか力説してたのは覚えてる)、お前は中学生か、と言われたのをなんとなく覚えている。久しぶりに日本酒飲んだせいか、ちょっと記憶曖昧だけどとても楽しかった。余韻を引きずりながら、イヤホン耳に突っ込んで走る帰り道も好き。

料理してる最中電話が鳴ったので、あわてて火を止めて出ると、後輩から転職が決まったとの報告だった。昨年末から何回か相談を受けてはいたものの、たいして参考になるようなことは言えなかったのに「今面接の帰りなんですけど、いろいろ相談のってもらったので報告したくて」なんて言われて嬉しくなった。ついでに、ちょっとわくわくするような話もきいて、笑いつつ、花見のあたりで会えるといいね、って電話を切る。

「春の匂いがするね」なんて弟からメールがきて、どうしたどうした、とか思って見ていたら、妹が「花粉のせいで目やにがすごいよ」なんて返事してて笑った。iphoneグループMMSってなんだかチャットみたいだ。

なんてメールをしたのがつい最近のことだなんて信じられないくらい、今日は寒かった。かじかんだ手を、ストーブにかざすと、なんだか手がふくらむみたいで、あー餅食べたい、と思った。

2010-03-04

[][] SARU 上巻/五十嵐大介

五十嵐大介さんの書き下ろし新作。伊坂幸太郎SOSの猿」(id:ichinics:20091208:p1)との競作、とあったので、てっきり漫画化か続編だと思っていたのだけど全く別のお話でした。しいて言えば、「SOSの猿」の中にでてきた、西遊記にまつわる部分で繋がっている感じです。

SARU 上 (IKKI COMIX)

SARU 上 (IKKI COMIX)

場所も視点も次々に変わるので、まだ映画プロローグのような印象ですが、それでも物語中に引き込まれる魅力があるのは、シーンの切り替わり方や導入など、演出がうまいからだと思う。本当に独特な漫画を描く人だなあと改めて思いました。

ただ、ほんとどんな話になるのかまだよくわからない。なんとなくあらすじを書いてみると、《世界のあらゆる秩序を左右するほどの力をもつ「猿」がいる。その身外身(分身)のうち2体は、「猿」のもとに戻らずそれぞれ地球のどこかで進化を続けていた。うち精神進化させた1体は、多くの人間の中に分散して存在しており、その猿の一部を宿した少女と、行動を共にするものたちが、出会った…》って漢字でしょうか。書いててよくわからない。そして、猿を宿した少女たちはエチオピアへむかい、一方「一体でも多くの猿を殺す」と宣言する謎の組織も動き始める…といったところで1巻が終っています。

ちょっと犬好きな監督を思い出したりしました。というわけで大人しく下巻を待つ。

[] プルシェンコさんと Divine Comedy

オリンピックやってたときに、そういえばプルシェンコさんて誰かに似てるなーと思っていて、それが結局 Divine Comedy ことニールハノンさんだったのだけど、プルシェンコさんの↓の写真みたらやっぱり似てる気がしたので。

f:id:ichinics:20100304233234j:image:h250 f:id:ichinics:20100304235905j:image:h250

顔がっていうより、こういう写真とる雰囲気がってことかな…。

f:id:ichinics:20100304234717j:image:h200 f:id:ichinics:20100305000247j:image:h200

顔はそうでもないですね。

そんなわけで久しぶりに Divine Comedy を聴いてる。この曲好きだったなあー。(もはやプルシェンコさんに全く関係ない)。

D

2010-03-03

[][] 「新釈 走れメロス」/森見登美彦

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)

先日「四畳半神話大系アニメ化のことを書いて(id:ichinics:20100224:p2森見登美彦さんの小説が読みたくなり、おすすめなど訊いたりしてこれを買いました。面白かった!

森見登美彦さんの小説は「夜は短し歩けよ乙女」しか読んだことなかったんだけど、この短編集もまた、京都舞台学生たちを描いた青春活劇といった趣で、お話も少し繋がっているようだった。

たぶん、舞城王太郎福井や、伊坂幸太郎仙台のように、森見登美彦さんにとっては、京都を描くのが自然なんだろうなと思う。

で、この「新釈 走れメロス」は、その名の通り、「走れメロス」をはじめとした “過去の名作を現代に置き換えた” 短編集になっている。

あとがき

百人の人間が書き直せば、太宰治の「走れメロス」を中心にして、百人のメロスが百通りの方向へ駆け出すだろう。

と書かれているけれども、ここにあるそれぞれの短編もまた、元ネタこそ共有されるものの、作者にしか描けないたった一人のメロスで、とても楽しかった。もちろん、元になったお話を知らなくても、全く問題なく楽しめると思う。

特に気に入ったのは「山月記」。この短編集の主軸ともなる “一部関係者のみに勇名を馳せる孤高の学生” こと斎藤秀太郎物語で、文章のことばかりを考えていた彼が、繋がらなくなってしまった言葉を前にする場面(p34〜36)にはぐっときてしまった。

あと、そう言えば、「夜は短し〜」の感想id:ichinics:20070412:p1)に、今敏監督アニメ化して欲しい、なんて書いていたけれど、この短編集でいえば「桜の森の満開の下」を、ぜひ今敏監督で見たい、と思いました。

ところで、森見登美彦さんの小説を読んでいると、ついついそのリズムがこちら側にもうつるようで、なんかちょっと、音楽に近いなと思う。でも、そういった言葉リズムというのは、読み手にとってどの程度共有されるものなんだろう、というのを考えたりしています。

文章を書くときに、句読点次第で息苦しかったり気持ちよかったりするのは、音読しているからなのだろうか、とか。

[] 夢/鴨川

眠っている間に見た夢のはなしほど支離滅裂なことってない…と以前言われたことがあって、それはその相手なりの遠まわし(でもないか)な、「夢のはなしはもうたくさんだ」という意思表示だったのだと思う。けれど、私は今でも見た夢のはなしをするのが好きだし、聞くのも好きだ。そして今朝見た夢がなかなか面白かったので、せっかくだから日記に書いておきたいと思う。もちろん支離滅裂になってしまうとは思うけれど、それはまあ。

私たち3人は、下北沢の南口商店街を駅から王将方面に向かって歩いていた。右手にあったはずのアンゼリカが、いつの間にか左手の、珈琲屋があるあたりにロッジ風の建物になって新装開店しており、「しばらくこないうちに変わるねえ」なんて言いながら、ふと道の先を見ると今度は、5階ほどもある巨大な銭湯ができていた。入り口には「湯」と染め抜かれた藍色の暖簾がかかっていて、入り口には居酒屋メニューのようなものもある。もともとビール気分で歩いていた私たちは、たぶん一斉に、風呂入ってから一杯、というイメージを思い描き、ちょっと寄ってくか、ということで合意した。

柔らかな蒸気につつまれた浴室はひのきのいい匂いがした。正方形の木風呂の周り、コの字形に並んだ洗い場に空きを見つける。備え付けの石鹸も、借り物のタオルも、真新しく真っ白で気分がいい。

風呂からあがった後は、糊の利いた浴衣羽織っていそいそと宴会場へ向かった。

一列に並んだ座卓に席をとり、友人のグラスにビールを注ぐ。泡で口のまわりにヒゲをつくった友人の顔を見て笑いながら、ふと窓の外に目をやると、すぐそこまで伸びた枝の蕾が、ゆっくりと開きかけていた。「あれ、これ桜じゃない」などと指差している間に、枝はみるみるふくらみ、立ち上がると眼下に見える大きな川も、白い雲のような桜並木に縁取られていた。

気づくと宴会場にいる人のほとんどが窓の外を覗き込み、ビールを片手に川沿いを歩く人に手を振ったりしている。

こんなところに川があったなんて、と思いながら「ねえ、あの川なんていう川?」と訊くと、誰かが「あれが鴨川だよ」と言った。

というわけで以上は昨夜、「新釈 走れメロス」の中の「桜の森の満開の下」を読んでいたから見た夢だと思われます。花見できてうれしかった。

2010-03-01

[][] 「こめかみひょうひょう」/雁須磨子

こめかみひょうひょう (ミリオンコミックス Hertz Series 75)

こめかみひょうひょう (ミリオンコミックス Hertz Series 75)

雁須磨子さんの新刊。とてもよかったです。

まえに「のはらのはらの」(id:ichinics:20060619:p1)を教えてもらって読んだときにも思ったけれど、雁須磨子さんのBLは、すごく少女漫画だと思う。他作品とそれほどかわらない飄々とした雰囲気のまま描かれる、BLというよりは「恋」テーマにした短編集という感じだった。この人の描く、もどかしさとか、うれしくて泣けてしまう瞬間とかを、まとめて読めるのは嬉しい。

表題作の「こめかみひょうひょう」は全3話で、なんと3作目は6年ぶりに描いた続きらしいんだけど、絵柄がちっとも変わらなくてまったく違和感がない。近頃全体的にキャラクターが、横におおきくなったなあと思っていたので、うれしかった。

喋るきっかけ作りから、なぜかへちまプレゼントすることになったり、そこからタワシつくってあげたりって展開が、もどかしくてかわいいです。ラストの、うれしいの次がかなしいになるって話もよかった。

1話ラストのコマを見ながら、私は雁須磨子さんの描くうれし泣きがとても好きだなと思いました。

[] 2001年3月のセガサターン

Sがセガサターンをくれるというので、荻窪までとりに行った。Sの家に行くのは2回目だったけれど、大通りを左にまっすぐ行ってトンカツ屋(牛丼だったかもしれない)の角を右、という説明どおりに路地を入ると、すぐにSのオレンジバイクが見つかった。

「あれも売り先は決まってるんだ」とSは言った。まだ埼玉に住んでいた頃、買ったばかりのそのバイクに触って怒られたのを思い出す。歩いて5分のフォルクスへ行くのにも、Sはひとりでバイクに乗って行った。「それなら乗せてくれればいいのに」というTの言葉に「どっちかだけ乗せるのは不公平でしょお」と抜け切らない名古屋なまりでへらへらと笑っていたのも懐かしい。

本気なんだかよくわからない笑顔は相変わらずだったものの、Sの部屋は様変わりしていた。家具は全てなくなり、紙袋に入ったセガサターンと、スーツケースひとつ、後はいくつかの空き缶が部屋の隅に並んでいるくらいだった。はじめてこの部屋に来たとき、私が散々うらやましがったチェックの座布団(犬用のソファだと言っていた)もなくなっていた。

「ほんとに行くんだねえ」というと、Sは「なにをいまさら」と言って笑った。

それはSがアイルランド留学する数日前のことだった。

土産にもってきたビール差し出すと、せっかくだから屋上で飲もうかということになった。

サビの浮いた手すりに触らないように階段をのぼる。物干し台しかない屋上は、大して見晴らしもよくないのだけど、室内にいるよりは沈黙が気にならないのがよかった。ただ、さすがに3月の寒さは気になって、ビールを1本飲み終えたところで切り上げ、そそくさと部屋に戻った。

帰り際、Sはセガサターンの袋から一本のソフトを取り出して見せた。確か「デイトナUSA」だったと思う。「これしかソフトないんだけど」といってSは袋ごと私にそれを手渡すと「じゃあまあ元気で」といってまたへらへらと笑った。

日本帰ってきたら連絡してよね」「おー」なんて手を振った後、背中を見送ったのは私だった。さみしいっていうか、まあとりあえず元気で、という気分で家に帰って数日後、

せっかくもらったし、ちょっとやってみようかなと思ってサターンをつなぎ、いざソフトのケースを開けてみると、中に入っていたのは、

新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド」だった。

というのを、今日コンビニエヴァみくじみたいなのを眺めてて思い出した。Sは今、名古屋でお坊さんをしています。

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写真は文とは関係ない。

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