「マルドゥック・スクランブル」/冲方丁

冲方丁さんの小説を読むのははじめてなんだけど、これがとっても面白かった!

ある男に「殺された」少女、ルーン・バロットが、マルドゥック市の緊急法令〈マルドゥック・スクランブル〉に基づき、1人と1匹の委任事件担当捜査官に保護されるところからお話が始まります。彼らによって電子機器を操る能力を得たバロットは、共に彼女を殺した男の秘密を探ることになる。
1巻では、バロットの得た能力と、彼女のパートナーとなる金色のネズミ、ウフコックの能力描写がとにかく楽しいです。
例えばストレッチで体内の筋肉の動きを探るみたいに、能力がキャラクターと一体化していて、読んでいるこちらまで、だんだんとその使い方を覚えていくような気分になる。イメージさせるのがうまい文章だなあと思いました。圧倒的な敵役であるボイルドとの戦いの場面にしても、まるで映像を見ているかのように、滑らかに視線が動いて気持ちがいい。
物語の中盤から、舞台はカジノへと移るのですが、ここでの駆け引きはほんと楽しかったなー。特にブラックジャック戦は、かなりのページ数を使って描かれていて、物語のバランスとしては多すぎるくらいなのだけど、それがまたこの本の魅力だと思う。肝心なことは、徹底的に描く感じ。

「あるときコンピューターに、人間が喋る言葉を理解させようとして様々な研究が行われた。(略)だが、これがまるでうまくいかなかった。かける言葉がちょっと違うだけで、たちまちバグが発生する。せっかく人間がコンピューターに言葉を思い出させようとしているのに、他ならぬ人間のほうをバグ扱いしてしまうわけだ(略)」
≪じゃあ、どうやって覚えさせたんですか?≫
(略)
「言葉の確率さ。それがコンピューターによる言葉の理解だった。バグは生まれない。どんな言葉だって、たちまち応用で覚えてゆく。(略)」
≪私たちは、偶然、喋ってる?≫
(略)
「我々が生きていること自体が偶然なんだ。そんなこと、ちっとも不思議じゃないじゃないか? 偶然とは、神が人間に与えたものの中で最も本質的なものだ。そして我々は、その偶然の中から、自分の根拠を見つける変な生き物だ。必然というやつを」
「The Third Exhaust 排気」p189〜190

カジノでのこのやりとりは、物語全体のテーマでもあると思う。そしてこの会話に含まれるテーマを裏付けるために、あのカジノでのシーンがあったのだとも思った。
けして明るい話ではないのだけど、登場人物たちを信頼できるような気がするのは、このテーマがずっと、繰り返し語られているからなのかもしれない。

しかしこの物語の何よりの魅力はといえば、とにかくウフコックのかわいさですよ! 金色の半熟卵。煮え切らないウフコック。
ウフコックが魅力的だからこそ、バロットがウフコックを必要とし、信頼されたいと願う気持ちについつられてしまう。祈るような気持ちでページをめくり、ウフコックの言葉にいちいちほっとした。
ほんとうに、とても楽しかったです。

 乗り物酔い

誰かに話したいけど、何を話していいかわからないようなときに、インターネット日記は便利すぎるなと思う。でも、もしこれがなかったら、誰かに電話をしたりするのかというと、それも違うだろうなと思う。
「ビッチマグネット」という小説のことがわたしはあまり好きになれなかったけれど、あそこにでてくる『架空の物語っていうのは、本当のことを伝えるために嘘をつくことなのだ』という言葉は本当にその通りだと思っていて、だから
そのたったひと言にたどり着くために、長い回り道を必要とすることもあるのだ。

なんて具合に、最近はずっと何かのまわりをぐるぐる回っているようで、そろそろ目も回りそうで、ちょっときもちわるいです。
要するに! とジョッキ片手に勢いよく口を開いたら、簡単なひと言になって出てきそうな気もするんだけど、なにがでてくるかわからないので危ない。

ともかく、日記を書くのは目が回らないよう一時停止するようなものでもあるんだなと思う。