イチニクス遊覧日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2015-05-31

[] 春から夏

桜の木が葉桜になる過程は何度も見てきたけれど、夏が近づくとその葉の色がぐっと濃くなるということを目で意識したのは今年が初めてのような気がする。

梅が咲いて桜とミモザが咲いて、黄色い方のミニバラが咲いて、大きなバラ、ピンクの方のミニバラはその次で、と自分で育てているわけでもない、近所の植物の開花順を確認してまわって、すべて世はこともなし、と思う。

5月になる少し前から、お弁当屋さんの軒先にツバメが巣を作りはじめた。今はもう雛が生まれていて、朝、信号待ちをしている間に2往復はしているので本当に働きものだ。そういえば実家の最寄り駅の喫茶店にも毎年ツバメが巣を作る場所があった。糞対策として、巣を作る場所の少し下に鉄の板を設置したりしていたけど、その後もツバメは巣をつくっているのだろうか。

なんてことを考えているうちに信号がかわり、低空飛行のツバメが私の頭上を滑っていく。目の端を横切った女性がお弁当屋さんのシャッターを開ける。あの人が店長なのかな、と思いながら、私は振り返らず駅へと向かった。

反復する風景や景色の中にも少しずつ差異があって、そのような差異に気づいたときは見慣れた風景の中に小さな花火があがるような感覚になる。

そういうことはふだん、誰にも話す事がない。オチがない話はなるべく人にするべきではないというのが礼儀のような気がするからだろうか。話そうと思うこともないのだけれど、日記になら書く事ができるので、世の中には日記でしか語られない出来事というのが案外多いのかもしれない。

2015-05-02

[][] セッション

監督:デイミアン・チャゼル

名門音楽学校に通う主人公と鬼教官物語面白かったです。

f:id:ichinics:20150502234829j:image:w300

【内容に触れています】

ジャズドラムを専攻(?)している主人公は、学園一のバンドを率いる教師フレッチャー出会い、とにかくひたすらしごかれる。偉大なドラマーとして“認められる”ことを目標にしている主人公フレッチャーのしごきに耐え、血だらけになった手を氷水で冷やしながらひたすら猛特訓するわけですが、その様子は例えば大リーグボール養成ギプスなどで特訓する星飛雄馬星一徹のようでもありました。つまり音楽映画、というよりは旧時代的なスポ根物語なんだと思います。

音楽を題材にした物語といえば、音楽に登場人物の心情を込めることで表現が変化したり、音楽を演奏することの喜びに主題をおいたものが多いかと思いますが、この「セッション」にはそういう要素はほぼ皆無でした。

でもこの題材がジャズであることの意味はちゃんとあって、(ジャズ全然詳しくないので表現問題があるかもしれませんが)それは舞台の上での「即興」があり得る音楽であるということなんだと思う。

通常、それはプレイヤー個性やその場の空気との反応であるのだと思うのだけど、この映画場合は、ステージの上という、「互いに手を出せない場での殴り合い」でした。

観客は完全に空気で、だから主人公勝負演奏)に対する観客の反応がどうだったかということはほぼ描かれません。実際、わたしにはこの映画で描かれる演奏のよしあしもフレッチャーが言うテンポの狂いもいまいちわかりませんでした。それでも楽しめる映画だったのは、ラスト演奏で主導権を奪い合うにいたるまでの前フリに説得力があったからだと思います。

主人公にとってドラムあくまでも「誰かから認められる」ためのツールだった。その誰かとは、たぶんかつて自分の父親であり、やがてフレッチャーになっていったのだと思う。

しかし、そのフレッチャーから見捨てられ、裏切り、裏切られたところで、主人公はついに承認を求めるのではなく、「good job」とはけっして言わない相手の胸倉をつかむことを選ぶのでした。俺の考えた一番かっこいい復讐ですよ。これに燃えないわけない。というわけでとても楽しかったです!