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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2017-05-01

キリスト教の葬儀はどのように行われるのか

いろいろな宗教の方に「看とりとおくり」について聞いている。これから展開するシンポジウムの企画のためだ。昨日は、プロテスタントの方に聞いた。

牧師の暮らしは、信徒の献金から成り立っており、葬儀だからといって特別にお布施はいただかない。遺族も参列者から香典はいただかない。あるいは、すべて慈善団体に寄付しますと納得してもらって、香典を預かることはある。

戒名はどうか。キリスト教のそれは、「洗礼名」だが、信徒になるときにつけられる。その際に、お布施は必要ない。高い低いもない。みんな平等。ただ、プロテスタントには、洗礼名はない。

お経にあたるのが聖書だが、長々と節を付けて読むわけではない。牧師の説教の中で聖書の言葉が活かされる。当然、参列者にわかる内容だ。「エリ・エリ・レマ・サパクタニ」のような異国語(ラテン語やギリシア語)で発声されることはない。

仏教だと、曹洞宗では「大悲心陀羅尼」がよまれる。「なむからたんのーとらやーやー。なむおりやー」。みんなわからない。呪文とおんなじだ。古代インドのサンスクリット語が中国で音写され、日本式に音読しているからだ。

たいせつなのは、死んだ後よりも、まさに死にゆく時。仏教の出番は、死んだあとになる。キリスト教は死の間際に関わる。臨終となると、神父(牧師)が駆けつける。枕元で安らかに天へ召されるように祈る。家族も枕元に付き添って、一緒に祈りを捧げる。

牧師は、葬儀では、故人の生前の生き方や人柄を語る。遺族から生前のことを聞いて、まとめるのだ。そして説法。聖書の朗読、賛美歌、祈りとなる。

キリスト教の葬儀をしないと、天国に行けないというようなことはない。神を信ずことによって等しく天国にいく。

その「信」というものは、自らの行為というよりも、神の恩寵として、神のほうから働きかけがあって、信じさせてもらうのだ、という。ここは、浄土真宗のありようと、まったく同じと感じた。

ざっと仏教とキリスト教の葬儀のありようを、みてみた。文化の違いということになるが、儀式や形式にこだわった仏教の葬儀よりも、わかりやすいし、人々の心に寄り添っていると感じた。

2017-04-30

祖師たちは、自らの埋葬のされ方、墓について、どのように述べているだろうか

墓について、探求しているところだが、日本仏教の祖師たちは、自らの埋葬のされ方、墓について、どのように述べているだろうか。すこし調べてみた。今回は、日蓮、親鸞、法然の三人。

日蓮は、このように語ったとされる。「いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」(波木井殿御報)。

病を得て、療養のために常陸の湯に行く途中、池上で亡くなった日蓮であるが、最後の手紙に書いている。伊豆や佐渡に流罪され、ついの住処として、身延山中に九年間、庵を結んだのであった。その日蓮の外護の信徒である地頭の波木井実長に対して感謝のことばと、墓について述べている。

どこで死んだとしても墓は身延の沢に造っていただきたい、と。日蓮は病が重く、字も書けなかった。弟子の日興が代筆した。その書には自らのサインも書き加えられないほど、重篤であった。(なので日蓮の真意であったかどうか、すこし疑わしいとぼくは思っているが)

親鸞はどうであろうか。遺言とされるものに「某(それがし)親鸞閉眼せば、賀茂河にいれて魚にあたうべし」(自分の遺骸は鴨川に流して、魚の餌としなさい)』(改邪鈔)とある。

鴨川に流して、魚の餌にせよ、と。この言葉、いいですねぇ。その師匠の法然の言葉もすてきである。

法然の死に臨んで、法蓮房という弟子が問うた。「いにしえより高僧にはそれぞれ御旧跡があります。しかし、上人は寺院を一つもお建てになっておりません。上人が往生なさった後、何処を上人を慕う場所に定めればよろしいのでしょうか」と。

法然は答える。「あとを一廟にしむれば遺法(ゆいほう)あまねからず、予(わ)が遺跡(ゆいせき)は諸州に遍満すべし。ゆへいかむとなれば、念仏の興行は愚老一期の勧化なり。されば念仏を修せんところは、貴賎を論ぜず、海人(あま)漁人(すなどり)がとまやまでも、みなこれ予が遺跡なるべし」(法然上人行状絵図)

私のあとを一つに限れば、私が勧めた念仏の教えは弘まらない。私の遺跡は全国に遍く存在する。念仏は私が一生を通して世の人々に勧めたものである。人々が念仏を称えている場所ならば、身分の差別を論ずるまでもなく、それが海で魚貝を捕って生計を立てる漁師のあばらやであっても、全て私の遺跡なのである…。

念仏の沸き起こるところ、すべてわが遺跡である、寺院である、と。なかなかすばらしい言葉ではないか。

そのためにお墓が必要だろうか。必要ないんじゃなかろうか。

自分がこうして生きていられるのは、多くの人の助けがあるからだ。産み育ててくれた親がいたからだ。そして親にはまた、その親がいたからだ。こうして限りなく遡る先祖の系譜に思いをいたす。それはごく自然で大切なことと思う。

墓参りはたいせつ。先祖供養はたいせつ、とは思う。しかし、先祖をしのび感謝をささげるのに、そもそもお墓が必要なんだろうか。

ひとは死後、あの世とか霊界にいるのかどうか、だれもわからない。先祖が、あの世にいて、子孫を見守っているのかどうか、そんことはだれもわからない。

たんなるモニュメント、記念碑としてお墓は存在する。遺骨の収納場所としてだ。しかしだ。死後もなんかのいのちが存続するとしてもだ、そもそも「お墓」に、故人が先祖がお墓にいるわけがない。あるいは、自分が死んで、死後も自分が存在するとしても、ぜったいにお墓を居場所にはしない。どんなに豪華な心地よいお墓を作ってもらっても、そんなところにいたいとは思わない。あんなに、狭くて暗くてじめじめした場所は、なんにもおもしろくない。牢獄のようだと思う。

お墓には故人はいない。いるわけがないと思っている。だが、いないとしても、墓参りすることで、そのことが霊界などにシグナルを発して、先祖がそこにやってくるのだろうか。墓がいわば依代(よりしろ)になるのだろうか。いやどうもそれも、考えられない。

そこに先祖がいないかもしれない。かし、お墓参りをすることで、なんとなく安らぎがある。義務を果たしたような気になる。先祖を偲ぶことができる、そのことはわかる。

では、そのためにお墓が必要だろうか。必要ないんじゃなかろうか。

むしろ、なにかの記念碑、シンボルでいいと思う。家に祭壇をもうけて、そこに小さな「手元供養塔」みたいなものがあればいい。それこそ、高さ10センチくらいもの。木彫りでも石でもなんでも、位牌の一部かあればいいのかもしれない。

遺族は、墓参りなどしなくてもいい。そのシンボルに対して、灯明をつけ香を焚いて、しばし瞑想すればいいのだと思う。あるいは、数行の簡単になお経てもいいし、歌でもいい。

それは安易だ、横着だという批判もあるかもしれない。しかし、手元に供養塔があり、そこを日々、浄化して感謝の心を捧げる。年に一度に二度の墓参りに行くよりも、よほど心のこもったことではないかと思う。日々、墓参りであるから。


ぼくは死んでもお墓はいらない。墓参りしてもらいたいとも思わない。ましてや、墓参りしないからと、子孫を恨むようなことは、したくない。遺骨もいらない。すべて煙にしてもらいたいと思う。あるいは、川か海などに流してもらいたい。

お墓はいらないというひとが増えてきたのは事実だ。そのことをねシンポジウムで考えていきたいところだ。

2017-04-29

10キロの種モミを水につけた

田んぼの仕事がはじまる。まずは種から苗を育てるのが肝心なところ。

たねは、昨年、とてもいい出来栄えだった晩稲(おくて)のサガビヨリ種モミをつかう。1粒のお米が、芽を出してちゃんと実ると、約3000粒ものお米になるそうだ。

きょうは10キロの種モミを水につけたので、これがすべて実ったとしたら、3万キロの収穫になるわけだ。しかし、実際は、発芽しなかったり、うまく育たなかったり、病気にかかったり、台風でたおれたりして、実際のところ800キロくらいだと思うが。

種モミを、56℃の熱湯で10分間消毒して、冷水につけた。これから毎日、水を取り替える。

数日で芽が出てくると思う。一週間後には、育苗箱に培養土(赤土にヌカを混ぜて発酵させたもの)を入れて、そこに種をまく。だいたい70箱くらいになる。

寒冷対策で覆いをすると、ぐんぐんと苗が育つ。うまくいけば、田植えは6月10日くらい。5月下旬から、代かきと畦塗りを丁寧に行なう。

2017-04-28

いろいろなおくり方がある。これが正しいとかいうことはない。

亡くなったら、お坊さんにお経をよんでもらわなくちゃいけない。戒名を付けてもらわなくちゃいけない。お墓が必要だ。初七日や四十九日の法要が、お盆と彼岸が、回忌法要が必要だ。こうしなくちゃいけない、ああしなくちゃいけない。そういうことがたくさんある。

お金もかなりかかる。平均して200万円くらいは、かかるだろうか。でもそれらは、「こうすべきものだ」「そういうことになっている」と思い込んでいることが多い。主な理由は、「そのようにみんなやってきたから」「世間体があるから」「親類から言われるから」と。

で、そもそも、葬儀にお坊さんは必要だろうか。お経をよむのに、どんな意味があるの。戒名って必要なんだろうか。その本質にさかのぼってみていくことがあっていい。

お坊さんが葬儀で引導を渡す。ほんらいは、まさに死に逝くときにこそ、引導を渡すのが本来の趣旨だろう。お経は、これは死者の供養のためのお経なんてものはひとつもない。生きている人のための教えがお経である。死んでから戒名=仏弟子となったことの証、をつけるのもおかしい。そもそも仏教徒じゃないし。

テーラワーダ仏教(南方仏教)では、お坊さんは臨終に呼ばれて立ち会うという。キリスト教の神父(牧師)も、臨終に立ち会う。死に逝くときに秘蹟をあたえる。葬送のときには、そのひとの一生を集約したことばを述べる。お布施ももらわない。香典ももらわない。

創価学会は、友人葬として、仲間たちがみんなでお経をよみ、南無妙法蓮華経と唱えておくる。戒名などつけない。謝礼はいっさいもらわないと聞く。立正佼成会は、支部の教会に担当の人がいて、亡くなった人がいると、戒名をつけるという。

ぼくが接したインドのヒンドゥー教では、結界の中に剃髪した喪主がはいり、薪で焼かれて灰になるまで故人を見守っていた。結界の外では、遺族が同様にじっと見守っていた。そして、灰になってガンジス川に流される。お墓はつくらない。

こうして、いろいろな宗教の葬送のことを学んだりすると、本質がみえてくるように思う。慣習やしきたり、みんながそうやっているからということもたいせつ。だが、本質をみすえて、もっと簡素に、もっと心のこもった「おくり」ができないだろうか。

いろいろなおくり方がある。「これが正しい」ということはない。さまざまな事例を学んでいくこともたいせつ。そんな趣旨のシンポジウムを今年、主催する。浜松市の文化事業として採択していただいた。その運営の準備に入る。

2017-04-27

アスレチック・フィールドに

鉄棒で10秒くらい、ぶら下がりができるようになった。滑り台を登ったりおりたり。テーブルの上で踊ったり。一つひとつできると、とっても嬉しそうだ。そんな笑顔を見ると、お父ちゃんも嬉しくなる。近くのほたる公園が、アスレチック・フィールドになりつつある。危ないので目は離せないけどね。

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ひとり静かに瞑想できるスペースを見つけた

だれもこなくて、木陰でひとり静かに瞑想できるスペースを見つけた。たまにカワセミがやってくる。夏になれば蚊がでるので、いまがいちばんいい季節。事務所からすぐ近く。ランも一緒だ。

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山里の土地の売買は手間がかかる

山里の土地の売買は手間がかかる。実際と地積がちがっていたり、建物が未登記であったりする。さらに農地となると、なかなか手間だ。

Yさんが、土地と建物を買うことになった。土地は宅地と農地がある。農地は、買う人に「農家資格」がないと、取得が難しい。農地法で厳しく制限されているのだ。

農地を取得したいのであれば、「農家資格」をとらなくちゃいけない。そのためには、いろいろ関門がある。一定面積の土地の利用権を設定して、耕作する。1,000平米以上の耕作が必要だとか、農業委員会に事業計画を出して面接があったり、現地視察があったりする。農家資格がとれても、農地法第3条許可申請など書類が沢山必要だ。

その間に、農地が第三者に売買されると困るので、「仮登記」して押さえておく。農家資格がとれたら「本登記」するという流れだ。

実際には、農家資格がとれなくて、仮登記のまま放置されてしまうケースがわりとある。じつは、Yさんが買う予定の農地も、売り手の「仮登記」がついたままだ。

そうなると、その土地についている「仮登記」を抹消しなくてはならない。で、その人は遠方にいると、委任状やら印鑑証明やらが必要になる。

さらにややこしいがあった。土地の所有者が数か月に亡くなっていたことかわかった。なので、土地の相続の登記を待ってからということなる。それにはかなり時間がかかる。

ではどうしたらいいか。宅地と建物は登記できる。農地は未登記のまま使わせてもらうことにする。過疎地だし、その農地が、売りに出されることはけっしてないだろう。それが適当かなあと思う。

山里への定住促進の事業をすすめていくと、こんなことがよくでてくる。

今月は、二人の移住者に対して賃貸契約書を2通つくってさしあげた。昨日は、登記関係で調べることがあって、法務局やら役所の資産税課に出かけたのだった。ま、乗りかかった船である。

生前にプロデュースを依頼できる人がいるといい

死んでしまえば、あとのことはどうでもいい。なにしろ、自分はもうこの世にいないのだから。

それはそうだ。しかし、やはり死んだあとはこうしてもらいたい、と気にかかるものだろう。後の煩いを残しては、やすらかにあの世に逝けないかもしれない、と。

葬儀はいらない。密葬でいい。お坊さんもよぶ必要ない。戒名もいらない。墓もいらない。みんなで飲んで食べて賑やかに語りあってもらいたい。

そのように、自分の死んだあとのことを語っているひとがいた。しかし、いざそれを実現できるかというと、これが難しい。やはり現実は、故人の意思に反して、世間並みに、慣習に従って、葬儀が行われることになる。葬儀社のペースにまかせて、執り行われることになるだろう。

こんな葬儀をしてもらいたい、こんなふうに遺骨は埋葬してもらいたいというとき、生前にプロデュースを依頼できる人がいるといい。まかせられる子どもがいない。あるいは、独り身で暮らしできた人など、とくにそうだと思う。

そういう仕事の分野があると思う。なにしろ、これから死んでいく人数は、どんどんと増えていく。そういう「マーケット」は拡大していくと思う。

2017-04-25

「手を付ければ、かならず完了する」と思いたい

ものごとがすすまないのは、「やる気がしない」か「やり方がわからない」かのどちらか。やり方も知っているし、やる気もある。だが「できない」のは、時間がない、資金がない、人手がない、道具がない。

そうして、いちばんのネックは「手を付けないこと」だ。

手を付けなければ、進むわけがない。手を付ければ、遅々としてでも、進む。そのうちスピードアップしてきて、やがて楽しくなってくることもある。

数日前から、助成金の報告書と精算に努めている。締切は過ぎている。報告書は、これは文書と写真なので、手間はかからない。しかし、経費の精算はたいへん。100枚くらいの領収書を費目別に仕分けて、それぞれの枠の「しばり」のなかで調整するという作業。

こういうのは、苦手だ。「やる気」がしないし「やり方」もよくわからないことがある。しかし、「やらなくちゃいけない」。

で、ブツブツいいながら、手を付けはじめた。遅々として進まないものの、手を付けだせば、動きだす。はじめは100やって1つ進む。やがて、100やって10というように、すこしスピードが上がる。昨日あたりから、倍速になってきた。

いつも、水際で驚異的に集中力が上がる。すこし楽しくもなってくる。そうしたとき、なあんだ、かんたんにできたじゃないか。もっと早くやっておけば、こんなに苦労しなかったのに……。ということになる。

やらなくちゃいけないという重圧感が、数か月も続いているという日々は、もったいない。そういうことが、まだまだ、山のようにある。手を付けないと、山がどんどんと大きくなっていく。心配が増えていくと、いろいろな動きを阻害していくことにもなる。

なので「手を付ければ、かならず完了する」と思いたい。

2017-04-24

呼吸するだけで身体に立ち返るんだろう

仏間の前にヨガマットを敷いた。お経をよんだあとヨーガに入る。お経や祝詞、お題目、真言、念仏でエネルギーは高まっていく。けれども、意識だけが上昇しても、身体が伴わない。いまの課題は、意識をもっと身体に下ろそうとしている。

で、やはりヨーガだ。ハタ・ヨーガの基本からはじめだした。寝転んで片足を上げる、下げる。そしてリラックス。また片足を上げる、下げる。そしてリラックス。両足を上げる、下げる。そしてリラックス。緊張と弛緩の繰り返しがとてもいい。これだけで、かなり身体に意識がおりてくる。

暮らしの中でつねに身体に意識をおくようにしたい。そのためには、すこしずつ身体に負荷をかける。伸ばす、曲げる、ひねる。身体に意識を持っていく。味わう。滞った気の流れが通る。錆びついた関節がなめらかになる。惰民していた筋肉細胞に電気信号がとおる。緊張する。弛緩する。緊張する。弛緩する。

達人になれば、負荷をかけなくても、呼吸するだけで身体に立ち返るんだろう。息をする、息を吐く。息とともに身体が膨れる。吐くとともに身体が縮む。その微細な変化を味わうだけでも、深いリラクセーションが訪れることもある。ぼくには、まだまだ遠いけど。

チューリップ見た。リヤカーに乗った。

チューリップ見た。リヤカーに乗った。すべり台に乗った。おにいちゃんと遊んだ。日増しにパワーアップしているあかり。

子どもがいるとほとんど旅には出られない。インドなど、もういけそうにない。でもまあ、どこにもいかなくても、こうしてあかりの笑顔を見ているだけで、しあわせということだ。

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2017-04-23

「浜松市春野町の地方創生─中山間地域らおける新事業創出モデルの実証研究」

どーんと本が送られてきた。うわっ重たい。60冊もある。包みを開くと「浜松市春野町の地方創生─中山間地域らおける新事業創出モデルの実証研究」(駒澤大学 長山ゼミ 研究成果報告書)というのがでてきた。なんと388ページもある。春野町の分析、楽舎と池谷のゲートキーパーとしての分析など、よくまとめてくれている。

昨年の9月、駒沢大学(東京世田谷区)の長山ゼミの学生たち40人が春野に滞在した。「春野カフェ」として、集中講座を主催した。

これは、山里で暮らす人たちの生き方、なりわいを学ぶという企画。過疎化の著しい山里は、見方を変えればタカラの山。豊かな自然、森林資源、清流、耕作放棄地、伝統の暮らしやまつりなど。地元の人には、日々の暮らしは当たり前すぎて、特別とは思っていない。

ところが、新鮮な視点でとらえると、タカラとみえるものがたくさんある。地域資源を磨き上げればタカラになる。〈よそもの・わかもの・ばかもの〉が、地域おこしの3つの要素といわれる。都会暮らしの学生たちが、新鮮な若い目で春野の山里を訪れて、人と暮らしに出会い、その魅力を発見していくというのが、ひとつのねらい。

ぼくは全講座の企画、司会、インタビューをつとめた。2日間で、14人の講師・14講座とぎっしりと詰め込んだ。朝から夜まで、学生たちはしっかり学んでいたのが、なかなかすごかった。せっかく春野にきたのに、集中講座と提言のまとめばかり。まったく遊ぶ時間もなく、気の毒ではあったけれど。

講座とヒアリングを元に、学生たちはほとんど徹夜で討議をしてPowerPointにまとめ、まちなかで「春野町の地方創生」として、統計分析、山里の人のヒアリング、春野の活性化の提言をしてくれた。台風の豪雨の朝だったが、役所、まちづくり公社、信用金庫、議員、一般の方々が参加してくれた。その研究成果が冊子となったのだ。

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2017-04-22

こういう鉄人のような宝のようなお年寄りが

「玉ねぎ、もっていくかぁ」。いつも遠慮しないでよろこんでいただく。この方が育てた野菜は、どれをとっても立派で美しい。数年前までは、有機茶も栽培し、シイタケもたくさんつくっていた。何十キロもある椎茸の原木を軽々と担いでいた。

あかりを肩車しての朝の散歩のとき、畑でお会いした。宮脇眞一さん。ことし90歳になる。体はがっしりと頑丈。すべて自分の歯だ。26本もあるという。ビール瓶の蓋を歯で抜くことができる。

8歳のときから、日記を一日も欠かさずにつけている。戦時中は、志願して兵隊に行った。トイレに入って、かすかな明かりで隠れて日記をつけていたという。そして、その日記は、ちゃんとすべて保存してある。

古文書も読める。詩吟もうたう。しばらく前まで、老人会の会長をされていた。また数年前まで、認知症になった奥さんの介護を何年もされていた。食事から下の世話まで。「そんなことはなんでもない」と笑う。奥さんは、いまはちかくの介護施設にいる。

この山里には、こういう鉄人のような宝のようなお年寄りが、たくさんおられる。

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助成金を活用して、着想、思いつき、アイデアを実現していく道

助成金を活用して、着想、思いつき、アイデアを実現していく道がある。

やってみたい、おもしろそう、みんなの役に立つ、というアイデアがあっても、いちばんの課題は資金だ。

たとえば、なにかシンポジウムを企画するにしても、会場費、講師への謝礼、受付のバイト代、移動費、郵送費、音響の機材のレンタル料、事務用品など、いろいろお金がかかる。

その資金を得るには、広告を取る、参加費を取る、協賛金をもらう、という方法がある。さもなくは自費でまかなうということになる。自分の生活費まで出してまで、やりたいかというと、それは難しい。

で、大方は資金がないで、アイデアは単なる机上の空論で終わる。「こんなこと考えているよ」「いつかやりたいんだけど」「じつは、こんな企画したことがあったよ」と、茶飲み話で終わるだけ。

そうなると、たんなる「妄想」でしかなくなる。企画と思いばかりを次々と語って、ひとつとして実現しない人の話ほどつまらないものはない。実現にむけて動かないと、人生がもったいない。そう思う。

そこで、「資金獲得」がなによりも重要課題となる。資金のメドさえつけば、アイデアは実現される「可能性」はあるわけだ。で、そのひとつの足がかりは、助成金。

助成金というと、行政の「ひも付き」というイメージがあるが、行政の予算のかなりの部分は、助成金に使われている。産業支援、地域振興、教育、福祉など。それを活用していく道はある。

そうして、もうひとつ。民間の助成金だ。これはCSR(企業の社会的責任)としての意味あいが大きい。そして、近頃はクラウドファンディングの流れが起きている。

そのあたりを、いつも観察している。企業の助成金をみると、さまざまなものがある。たとえば、締切間近の民間助成金をみていくと、このようなものがある。

たとえば、ボーイング社 10万ドル(4/28)、庭野平和財団 100万円(4/30)、日本生命財団200万円(5/31)、アジア・文化創造協働助成(6/1)……などなど目白押し。その他、行政の助成金も膨大にある。

ものごとの実現を、「助成金」という視点から見ていくと、ひとつ可能性を開く道はある。

2017-04-21

「作文教室」の講座をかんがえている

「作文教室」の講座をかんがえている。まずはこの山里の春野でひらいていく。参加してくれる人がいるかどうか。いたしたら、たぶん高齢者と思うけど。

わかりやすい、読みやすい文章をつくることが目的。そして、本人に「やったー!」という達成感がほしい。そのためには、どうしたらいいか。

ひとつは、400字書きあげただけでも、達成感がある。活字になって綴られて冊子になれば、またうれしい。さらには、自分の文章が新聞に掲載されたら、最高だ。ということで、読者投稿欄に掲載されることを、ひとつの目標とする。

わかりやすい、つたわりやすい文章にするためのアドバイスをする。けれども、いちばんのホシは内容だ。文章の上手さは二の次でいい。

そのためには、どうしたらいいか。まず、「自分の体験を人に語る」「書きたいことをまず話してみる」ということ。

ちゃんと聞いていくれる人がいると、話が弾む。次々とアイデアや体験が湧いてくる。「そこのところが面白いね」「そこ、もっと聞いてみたい」「それは、どういう意味」と返していく。

自分が喋ったことを覚えておいて、それを文章にする。そうするといい文章が書けるようになる。かつて、国士舘大学のスポーツ新聞部を立ち上げる時、生徒たちにこうして指導させてもらったら、けっこういい文章を書くようになった。そんな経験がある。

「人生のネタ帳」をつくることなるかもしれない。「自分史づくり」に発展するかもしれない。自分で本を出すようになるかもしれない。

2017-04-20

家族でお出かけができるようになってきた

あかりは、新東名のサービスエリアではブロック積みをしたり、トッグランでわんこを見たり。きょうは、妻とあかりをともなって、静岡まで出かけた。新東名をつかえば、山里から1時間半でいける。

県の地域女性団体連絡協議会(地女連)という団体に加盟することになったので、会長さん、事務局と顔合わせ。男女共同参画やら省エネ・省資源事業などの企画についての打ち合わせだった。

こうしてあかりを連れて、家族で会議などにも参加できるようになってきている。もっとも、退屈で泣いたり騒いだりするけどね。

帰りは、国道1号線沿いにある道の駅掛川で買い物。いつもにぎわっている。活気がある。買い物がたのしい。地元の手作りの品がたくさんあるのがいいね。

http://www.shizufan.jp/mitinoeki/51292/

暗くなってきたけど、森町の入沢さんのところに寄って、元気なニワトリたちを見せてもらう。入沢じいじがあかりと遊んでくれた。産みたての有精卵もいただいた。子連れでいろいろと寄るところがあるので、お出かけもたのしい。

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2017-04-19

名古屋からの知的障害者が40名を受け入れる

引佐(いなさ)の野外センターに二度目の下見に行ってきた。知的障害者とあそぶという企画。

今回は、春野までは遠いので、引佐インター近くの「かわな野外センター」で行う。5月14日。名古屋からの知的障害者が40名を受け入れる。

昨年は、春野の楽舎の田んぼでアイガモ見学。一緒に稲刈り、天日干し、脱穀。餅つき。アイルランド民謡の演奏とパペット操作。ポン菓子と餅つきと盛りだくさん。

こちらで食事やらあそびの段取りすべてを行ったが、初めてのことでもあり、たいへんだった。今回は、市の施設なので、施設のスタッフが指導してくれるので安心・楽ちん。

バスで到着して山道を徒歩20分。展望台から大声で叫ぶヤッホー体験。そして昼食。

午後は、みんなで立体マンダラアート作り。体育館を借り切って、巨大な模造紙に、クレヨンや絵の具で塗りたくる。葉っぱや枝や石ころなど、自然素材を貼り付けて、みんなでひとつの作品を創作してみようというもの。ぼくがリードすることになんだけど、どうなるか、まったくやってみないとわからない。

夕方から、野外炊飯。カマドで薪でご飯を炊いてカレーを作る。つくってたらふく食べるだけで、けっこう楽しい思い出になると思うのだが。

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ICレコーダを片手に

「ピピピー!」警察の検問に引っかかった。「こちらへ。ラインでもやっていたんですか?」。

レコーダを片手に喋っていたので、ケータイと間違えられたのだ。「いや、ちがいますよ。ぼくのケータイは、こんなバカでかいiPhone。これは、ICレコーダなんですよ」。

ということで、誤解がとけたのだった。じつはシートベルトをしてなかったんだけど、警官はケータイのほうに注意していて気がつかなかったようだ。ひやひや。

いつもICレコーダとカメラをポケットに入れている。ワンコの散歩のとき、あかりを肩車しての散歩のとき、ひらめいたことをICレコーダに吹き込む。

あとで倍速で聞いてEvernoteに書き込む。聞かなくても、レコーダに録音することで、だいたい頭の中インプットされている。

山里に暮らしているので、ちょっと〈まちなか〉に行こうとすると、片道50キロ余。クルマで1時間半くらいかかる。運転していてアイデアが閃くと、レコーダに録音する。でもやはり、前方不注意になるので、気をつけねば。

2017-04-18

わおっ、大きなヘビ。アオダイショウだ。

わおっ、大きなヘビ。動かない。よく見てみると、卵を飲みこんでいるところだ。これはきっと、アオダイショウだ。卵はアイガモが産んで放置していたものだろう。

かつては、ヘビを見たら卒倒しそうなくらい怖かった。けれども、山里に暮らすようになって、当たり前のように出てくるので、もうかなり慣れてはきた。きょうだけで、三匹もヘビを見つけた。

まあしかし、この光景には息を呑んだ。こうしてよく観察してみると、なかなか美しいデザインではある。

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2017-04-17

生きものはやはり世話がたいへん

米作りは、完全無農薬がいい

浜松の山里、春野町に暮らす私は、仲間と米作り行っている。広さは3反(3千平米)。米作りは、完全無農薬がいいにきまっている。なにしろ主食だから、安心・安全なお米がいい。

けれども、除草剤を使わない栽培は、除草剤を使う栽培と比べておそらく100倍くらいたいへんだ。最大の手間は草取り。初年度は、4時半に起きて仲間4人で毎日1時間余の草取りを1か月間やった。

草取りはアイガモにやってもらう

2年目は、あまりにたいへんだったので、草取りはアイガモにやってもらうことにした。昨年の6月、生まれたばかりのヒナを手配した。宅急便で熊本と大阪からやってきた。その数72羽。

しかし、ずいぶんと死んだ。コタツの熱で温めた育雛箱でも10羽くらいが死んだ。2週間ほど育てて、田んぼに放した日、10羽ちかくが死んだ。明け方の寒さのためだ。やがて成長したところで、網から脱走して行方不明になったものたちがいた。キツネやタヌキに襲われたものたちがいた。こうして、いろいろと受難がつづいた。

おかげで雑草はほとんど食べてくれた。稲が成長して実ってきた。その時点から、アイガモは田んぼとは隔離する。そのまま田んぼに入れておくと、かれらに食べられてしまうからだ。

多くのアイガモたちは、その後は、気の毒だが解体処分される運命にある。うちでは、食べたいというので、さしあげたのが、20羽ほど。大阪の理科の先生が骨格標本にしたいというので、さしあげた。結局、生き残ったのは、農家民宿にさしあげた7羽ということになった。

田んぼが憩いの場になったのだが

アイガモは草とりの手間が必要なくて助かる。とても可愛いし、目の保養にとはるばる見に来る人たちも多かった。ご近所のお年寄りや子どもたちにも、楽しんでもらえた。田んぼが憩いの場になった。

だが、生きものはやはり世話がたいへん。エサは300キロのくず米が必要だった。朝晩のエサやり、脱走したカモの捕獲も手間だった。死んでいくつらさも大きい。キツネ、タヌキ、トンビなど外敵に殺されるのはつらい。とくに大きくなったら最終的に処分しなくてはならないのが、とてもつらい。

ということで、今年の田んぼでは、アイガモ農法は行わないつもり。今年は人力での草取りということになる。なにごとも、体験だ。やってみてはじめて、そのたのしさ、たいへんさがわかる。生きているものは、可愛いだけではすまされないということが身にしみてわかった。

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いにはアイガモは一羽となった

きょうは11匹、あれれ、きょうは9羽、あれれきょうは5羽に。そして、ついにはアイガモは一羽となった。キツネかタヌキに襲われてしまったのだ。電気柵があっても、カモたちは跳び越えて畑の草をついばんでいた。夜中に襲われたのだと思う。

その一匹は、昨日、くんまの農家民宿「たべや」さんに持っていった。ここでは、すでにうちのアイガモ君、6羽飼ってくれている。ツガイができて、すでにたくさん卵も生まれている。「たべや」さんには、ヒツジもヤギもいる。

この一匹は、メスだったようで、小屋に入れるなり、元気なオスがやってきて、もう交尾されていた。クルマのなかの籠に揺られて2時間近く、ついたところで、上からのしかかられて気の毒な気もしたが。

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2017-04-16

さあ眠ろうとすると、目が冴えてしまう

 なかなか眠れない

寝床に入っても、眠りにつくのが、ものすごく悪い。そして、眠りも浅い。それは、もう何十年とそうなので、仕方がない。

ぼくは高校時代、交通事故で頭を二度打っていて、頚椎に問題ありで、頭の疲れが抜けないようになってしまっているのがひとつの要因。これは整体の先生の診断だけど。

さあ眠ろうとすると、目が冴えてしまう。頭のなかで想念がぐるぐると渦巻く。眠るぞーと思っていると、逆効果になる。眠るつもりはないんだよ、と自分に思い込ませて、いつの間にか眠ってしまうのがいいわけだ。

 寝床に司馬遼

それで、近ごろは寝床に司馬遼の本をおいている。司馬遼が40年にわたって書きためたエッセイ集だ。「司馬遼太郎が考えたこと」全15巻。これを適当に開いて読んでいる。読んでいるうちに、いつしか眠ってしまっている。

松本清張だと、どんどんと読み込んでいって眠れなくなってしまうし、司馬遼の長編小説も読み込んでしまう。ので、眠りに入るにはエッセイがいい。もちろん内容もいい。一編一編、なるほどなあと、そうだったのか、と考えさせられて、空振りはない。

ま、眠れなくてもなにかしら学びになっているんだ、ということで、仕方なく納得しているわけなんだ。

おもしろいもので、徹夜でこの仕事をしなくちゃいけないぞ、今夜は眠っちゃいけない、なんていうときには、とたんに眠くなる。まあ、所詮は、そんなものだなぁ。

「健康長寿財団」の特派員の仕事

静岡県の「健康長寿財団」の特派員の仕事を委嘱された。県には、10人の特派員がいて、一昨日、委嘱式に行ってきた。

どんな仕事かというと、健康長寿なお年寄り、地域の耳寄り情報などを取材して財団のホームページに投稿するというもの。

人生の達人をお訪ねして記事にさせてもらうのは、ありがたいこと。まあ、仕事というより、ほとんど趣味の領域になる。この延長で、浜松の山里の達人、おもしろい人を訪ねては、人間マップ、達人バンクをつくっていきたいと思う。

第一回目の投稿は、竹細工の梅沢さんのことを記事にさせてもらった。すこし前のFacebookの投稿を編集したものだけど。以下、投稿記事。

 「竹の雑器をつくって75年 梅沢貞夫さん85歳」

竹細工職人の梅沢貞夫さん(85歳)が訪ねてくれた。春野町の川上集落のさらに奥、その名も外山(はずれやま)という山中に暮らしておられる。そこは、高齢者ばかりの5世帯の集落である。

安価なブラスチック製品に押されて、生活雑器の竹細工をつくるひとは、今ではほとんどいない。おそらく浜松では梅沢さんだけではなかろうか。

 10歳のときの大ケガがきっかけ

竹細工をはじめたきっかけは、10歳のときに大ケガを負ったことにある。近所の山の崖から転落したのだ。たいへんな山奥で医者もいない。片道2時間以上もかけて、自転車に乗せられて川根町の病院へ。しかし麻酔もない。そのまま片足を切断した。

梅沢少年は、不自由な体になって、どうやって暮らしていこうかと考えた。家の中でできる仕事をするしかない。いったいどんなことができるだろうか。

「竹細工はどうだろうか。これなら自分にもできそうだ」と考えた。しかし、教えてくれる人はいない。たとえいたとしても、こんな山奥から、不自由な体で通えるはずもない。そこで、梅沢さんは、竹細工の製品を取り寄せて、三日三晩、徹底して観察した。そして、たったひとりの独学で竹細工を始めたのだった。以来75年になる。

つくる竹細工は、竹箕、お茶籠、背負い籠など数十種類。とにかく仕上げが丁寧。とっても堅牢なつくりだ。使い込むほど風合いと味わいが増す。

 完全無農薬・有機肥料でお茶も栽培

杖を片手に完全無農薬・有機肥料でお茶も栽培している。「自然茶工場」という看板を掲げた自前のお茶工場もある。竹細工やお茶の栽培をまなびたいひとがいたら、教えてくださる。いま通ってくる生徒さんは、三人いる。ちゃんとお茶を引き継いてくれる人がいたら、工場から茶畑から、みんな譲ってもいいと言われた。

遠州北部の山里には、鍛冶屋、和紙職人、機織など、手仕事の達人がまだまだおられる。時々、紹介していきたい。

浜松北部地区地区担当 生きがい特派員 池谷 啓

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2017-04-14

アイガモを見に来てくれた

子どもたちがアイガモを見に来てくれた。最初はこわごわと見ていたけど、むんずと捕まえたりしていた。アイガモを催眠術にかけて身動きできないようにして見せてあげた。このアイガモは、くんまの農家民宿の「たべや」さんで飼ってもらうことになる。

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親子で楽しめる「フリースクール 森の学園」みたいなのが

お友だちになってくれた。あかりは水浴びしていたので、パンツ姿だ。やはり子ども同士が、いつまでも飽きることなくたのしめる。親子で楽しめる「フリースクール 森の学園」みたいなのが作れるといいなあ。

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2017-04-13

掃除をしている普通のおじさんおばさんには、要注意なのだ

そのおじさんと話していると

松韻亭の庭を歩いていると、箒で落ち葉を掃いているおじさんがいた。春でも落ち葉があってたいへんですねー、と声をかけたところから、立ち話がはじまった。

そのおじさんと話していると、話題は平家物語から、龍樹の中論にまで及んだ。「生をあきらめ、死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり」と道元の『正法眼蔵』を語り合った。

礼服を着てじゃーんと現れた

かつて、大磯で隠れキリシタンの展示品のおいてある礼拝堂を訪ねたとき、入り口で掃除をしているおじいさんがいた。

気軽に声をかけたところ、言い方がぞんざいだったので、その方からこっぴどく叱られた。そして、ノモンハンの戦争体験のことから、いろいろとお話を聞かされた。

そのあとにその礼拝堂に入ると、そのおじいさんが、礼服を着てじゃーんと現れたのには、おどろいた。その教会の神父さんだったのだ。そうして、懇切丁寧に、隠れキリシタンの遺品を一つ一つ説明してくださったのだった。

そんな体験があるので、掃除をしている普通のおじさんおばさんには、要注意なのだ。ただ者じゃないひとがいるからね。

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この会場で展開していこう

気に入った。ここで、楽舎のいろいろな講座やシンポジウムなどを行うようにきめた。松韻亭という。お茶室として使われるが、一般に貸し出してくれる。10畳×2部屋で、1時間1,660円と高くはない。

講座が始まる前や終わった後に、ゆったりと庭や公園を散策できるのいい。浜松城公園のなかにあって、無料の駐車場がつかえるのも、とてもいい。

今年は、「納得のいく〈看とり〉と〈おくり〉を考えよう」という連続シンポジウムをひらいていく。医師、看護師、僧侶、牧師、神職、葬儀社など、看取りとおくりに関わる人たちによるシンポジウムだ。浜松市の文化事業に採択された。

さらには、「仏教の源流 インドの哲学と宗教と暮らし」の連続講座も開催する。浜松市の後援ももらった。この会場で展開していこう。

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二俣の「マルカワの蔵」を訪問

あかりは「ちょうちょ……」と言っては指差していた。世界各国の色鮮やかな蝶々が展示されている。この展示のあと、オマーンの国立博物館にすべて寄贈されるというので、これが最後の展示だ。

二俣の「マルカワの蔵」を訪問。もとは酒屋さんで、木造の味わい深い建物と大きな蔵がある。ここを改装してギャラリーにしたのが、3年前。すぐれた作家たちが、次々と訪れては、展示の申し出がある。いまでは二俣の町の名所になった。

NPO法人元気里山が運営している。本島夫妻が、企画から応対まで、一人ひとりのお客さんをたいせつにされている。作家との出会い、訪れる人たちとの出会いと、まさに寄りあいの場になっている。

本島夫妻が、この蔵の展示と人との出会いを、心から楽しんでおられる。そこが、いちばん伝わるところで、居心地のいい空間になっている。本島パパが、コマを回したり、木の玩具を出してきて、あかりとあそんでくれた。

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2017-04-11

知的障害者とあそぶという企画

知的障害者とあそぶという企画。5月14日(日)10時〜17時。北区のかわな野外センター。http://hamamatsu-daisuki.net/sear…/…/are-north/post-153.html

昨年に続いて、名古屋からの知的障害者が40名がやってくる。これからあそびを企画するところ。

野外散策、展望台から大声で叫ぶヤッホー体験。立体マンダラアートを作る。体育館を借り切って、巨大な模造紙に、クレヨンや絵の具で塗りたくる。葉っぱや枝や石ころなど、自然素材を貼り付けて、みんなで創作する。

野外炊飯でワイルドカレー作り。たらふく食べて、またバスで名古屋に帰るという流れだ。

昨年は、楽舎の田んぼで一緒に稲刈り、天日干し、脱穀。そして、餅つきなどを楽しんだ。おおむらたくみさんの野外演奏とパペット操作。ポン菓子屋さんにも来てもらった。写真は昨年の様子。

ボランティア募集。基本は、一緒に遊んでくれる人がほしいところ。野外炊飯と立体マンダラづくり、野外散策のサポートなど。具体的にどんな仕事の内容は、また案内します。

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「仏教の源流 インドの大地を訪ねて」の講演

先日の「仏教の源流 インドの大地を訪ねて」の講演について、今朝の新聞に掲載されていた。

ぼくが手を上げているのは、インドのサドゥ(修行者)の話をしていた。20年間も右手を上げっぱなしで、一度も下ろしたことのない苦行をしているサドゥに会ったときのことだ。

「クンブメーラ」という12年に一度の儀式で、山奥からサドゥが数百万人も降りてきて、満月の夜に、一斉に沐浴をする。12年間も横になって寝たことのないというサドゥ、針の山の上で瞑想しているサドゥ、とにかくおもしろいサドゥたちがたくさんいたのだった。インドのハリドワールでのこと。

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こんなすてきなサクラ空間がひろがっている

事務所から徒歩3分で、こんなすてきなサクラ空間がひろがっている。まだサクラは八分咲きというところ。今朝は雨あがりで寒かった。明日あたりは満開かな。あかりもうれしそうにはしゃいでいるけど、サクラに感激しているわけじゃなくて、ただ走るのが楽しいみたい。

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2017-04-10

農家民宿「たべや」の水野さんのところに

くんまに出かけたので、農家民宿「たべや」の水野さんのところに、寄らせてもらった。ここは静岡県で農家民宿第一号。ヒツジやヤギがいる。うちの田んぼで活躍したカモくんを大切に飼ってくださっている。立派な小屋でカモ君たちは、しあわせそうだった。

ありがたいことに、ピザ作りを体験させてもらう。おいしくてたのしくて、ついつい食べすぎてしまった。あかりも、大喜びで走りまわっていた。水野さんには、こんど一緒に春野で大豆づくりに参加してもらうことになった。心強いことだ。

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海外の人からみた、日本の森のこと、日本人の暮らしぶりなど

昨日の光明寺で行われたイベントで、ドイツ人ウォルフラムさんと再会。春野に移住したいということで、夫婦で家探しに来られたのがきっかけ。かれはエンジニアだが、スイスにも暮らし、日本滞在も長い。春野の近く、横川で奥さんとクライネスカフェを経営している。

日本もドイツも集団主義が強い国というイメージがあるが、かれから聞くドイツは、かなり強靭な個人主義、個が自立しているいう感じがした。日本は、なんでもかんでもみんなでやろうとするのが好きみたいにみえる、とかれは言う。

先日は、インド出身のスワリナリさんと、仏教とヒンドゥー教の講演をさせてもらったが、ウォルフラムさんにも、春野でお話してもらいたいとお願いした。海外の人からみた、日本の森のこと、日本人の暮らしぶりなど、お聞きするのもいろいろ発見があって面白いと思う。

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芸術性のあるものに接して、作者の人がらや創作の意図に触れるのはたのしい

どこか鎮魂の響きを感じさせる作品だ。切り株に苔を敷いてその上に展示してある。なかにロウソクの火を入れてもいいし、植物を育てても面白い。森のなかにいくつも置かれていた。こちらは、春野出身の木下さんの作品だ。

昨日でかけた「天竜アートキャンプ」(内山文寿さんの企画)。澄んだ清流とゆたかな植生、熊平水辺の里オートキャンプ場でおこなわれた。「アートで耕す木と人と森の繋がり」というテーマ。アーティストが、森のなかにそれぞれの作品を展示して、それを見て回る。作者が作品の説明をしてくれるので、質問してやりとりができるのもよかった。

その他、石磐(いわくら)の上に神聖なフィールドづくりをされた方、倒木した樫の木に、小さな網笠のようなものをしつらえた方、いろいろおもしろい作品が見られた。

こうして芸術性のあるものに接して、作者の人がらや創作の意図に触れるというのは、やはり余韻が残る。

かつて清里のキープ協会で、森のなかで「立体俳句」を創造するというワークショップに参加したことがあった。参加者それぞれが、自分の作品を創作して、みんながそれを見て回るというもの。つくるのも楽しい、見てまわるのもたのしい、その人の話を聞くのも楽しい。そんなことを思い出した。春野でもいつか企画してみたい催しだ。

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2017-04-09

それをやっていて、躍動するかどうか、楽しいかどうか

価値の本質は「希少性」だ。掃き溜めにツル。掃き溜めのような汚いものばかりの中に鶴がいると、そこに価値がある。しかし、ツルばかりのなかに掃き溜めがあったら、それに価値がある。

『阿弥陀経』によれば、極楽浄土には、金銀瑠璃などの宝石ばかりが輝いているという。そんな浄土にあっては、金や宝石などに価値はない。土や石ころや雑草に価値があるわけだ。

で、なにを言いたいのかというと、ひとはだれでも、自分という人間を価値あらしめたいと思う。そのためには「希少性」。誰でもできること、みんながやっていることをしていても、そこに価値は生まれない。自分しかできないことを深く掘り下げていくこと、そこがたいせつ。

そうして、それをやっていて、躍動するかどうか、楽しいかどうか、エネルギーが湧いてくるかどうか、ワクワクするかどうか。そこが指標かなぁ。