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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2017-07-25

睡眠薬をためしてみることにした

寝つきが悪い。眠りが浅い。それは何年と続いている。よく眠ったと、スッキリ起きたことは、ほとんどない。すぐに眠れる人が、まことにうらやましい。

ここのところ、田んぼや畑をしていて、相当に体を使っているのにもかかわらず、眠りに入れない。何度も目が覚める。

たぶん交通事故で頭を強打していることが大きい。40年以上も前のことだ。1年のうちに2度も頭を打った。クルマにはねられフロントガラスに頭から突っ込んだ、自転車から落ちて頭を強打した。

すぐれた整体の治療家が頭を触ると、「あれ、頭打っているね」とわかる。その衝撃の跡が、まだ残っているという。

衝撃で頚椎の一番と二番が、ギュッと圧縮されてしまった。そのことで、首から上まで気が通らない。流れが詰まっていて滞っている。それが、眠れないことの大きな要因と思われる。先日、訪ねてきた友人も、クルマの事故による頚椎捻挫で不眠症になったという。

眠れないと疲れが持ち越す。自然治癒もむつかしい。瞑想もヨーガも気功もなかなか効果が現れない。ということで、睡眠薬をためしてみることにした。

かつて、帯状疱疹にかかって眠れない時、マイスリーやアモバン(非ベンゾジアゼピン系)、ロヒプノール(ベンゾジアゼピン系)を服用したことがある。そのときには、起きた時フラフラしたものだった。1か月ほど服用したが、それを断つとき、つらかった覚えがある。

効果があってなるたけ副作用のないもの、依存しないタイプのものを。FBFのおすすめで、ベルソムラという薬を処方してもらうことにした。もうひとつはロゼレム(受容体作動薬)。眠りを導く物質である「メラトニン」の作用を強めることで自然な眠りを促すという。この二つの薬は、2週間分、3割負担で1,740円。これをすこし試してみることにした。

ところで、診療所の先生は、医者であり僧侶の資格ももっている。専門は漢方だ。いま企画している「看とりとおくり」のシンポジウムの話をした。先生にも、シンポジウムでお話をしてもらいたいというと、「そんなこと受けたら、ぼくが不眠症になっちゃうよ」と笑った。

他人の失敗談というのはみんな聞きたがる

なにかを成し遂げるのに、自分はどれだけたいへんだったか、どれほど苦労したか、ということを軸に話をする人がいる。

たいへんなこと、つらいことを我慢して、努力して進んできた。そういう自分をほめてもらいたいという気持ちが背景にあるからだろうか。

こういうレベルで話していると、相手は、わかった・わかったよというウンザリ感を出してくることにもなる。

あるいは、相手が、いやオレのほうがもっと大変なことをしてきたよ。あんたの苦労は大したことない。いや、なにをいうか、こちらのほうがたいへん。いや、何を言うか……、みたいな綱引きゲームになってしまうこともある。

いっぽう、いやあ楽しいよ。楽しいのでらくらく進んだんだよということを軸に話をする人がいる。

こちらのほうが話は聞きやすい。楽しい。ぼく自身としては、どれほど大変だったかにフォーカスしないで、どれだけ楽しかったかにフォーカスして話をするようにしたいもだけれども。ただ、自慢話になってしまうと、これがウンザリさせてしまうことになる。

失敗談、だめだった話を自分を茶化して、楽しく話ができればそれは達人。

他人の失敗談というのは、不思議なもので、みんな聞きたがる。そしておもしろい。失敗を重ねて、重ねてそこから立ち上がれなくなった話だっておもしろい。

そうして、そこからなんとか立ち上がってきて、光が見えてきたという話は、響くものがある。

でも、いったい何をほんとうにやりたいの? と問われるとこれが困る

講演の依頼を受けた。禅宗の本山の研修会で話してもらいたいという。とくにテーマはない。なんでもいいというのだが。

依頼してくれたお坊さんは、Facebookでぼくの発信していことは読んでいてくださるし、じかに何度もお会いしている。池谷さんの日常のままでいい、ということなんだけれども。

さて、なにをどう話したらいいか。これもあれも、こんなことやってきた、あんなことも……と幕の内弁当のような話になりがちだ。しぼりこまないとなぁ。

ふりかえれば、都会暮らし40年を経て、田舎暮らしを思い立ち、過疎地の山里に移住して7年。

のんびりとした山里暮らしのつもりが、山里の人の魅力を伝える企画をしていくうちに、ひろがっていった。NPO法人を立ち上げて定住促進事業がはじまり、5反の耕作放棄地をよみがえらせてのコメ作りなど、慣れない農作業を仲間とすすめる。

本業の編集と執筆、出版業をぼちぼちやりながら、やはり専門は仏教や宗教の世界に。神社とお寺を人々とつなぐ「神社・寺カフェ」の企画から、「納得のいく看とりとおくり」の企画のことなど。

でも、いったい何をほんとうにやりたいの? と問われるとこれが困る。まあいつも、おもしろそうだと思ったら企画していく。縁にしたがって、ということだ。これが楽しいんだけど、あとから収集がつかなくなって困ってしまうという現実。さらには子どもが生まれて、なかなか身動きができなくなっているという現実。

そんな自分のこれまでの素材からお坊さんたちが、満足してくれる話ができるだろうか。

2017-07-24

安祥として死を迎える。そのことに安心を与えられるお寺であることに意義が

「こんなエンディングノートをつくりましてね。檀家さんと勉強会しているんですよ」と冊子を渡してくれた。

自らの死を悔いなく迎えるための準備ノート。それは、いましっかりと生きるためのものでもある。

よりよい生き方のためには、仏教の教えというものは、とても役に立つ、支える力がある。死を受けいれることにおいても仏教の教えは支えになる。そのように住職は言っておられた。

仏教はほんらいは生きている人のためのもの。葬式仏教が本義ではない。けれども、日本の仏教の実情は、個人の供養が軸になっている。

しかし、こうして自分の死という現実を見据えて、いまを生きる。そのための手助けをするのがお寺のありようでいいのかもしれない。安祥として死を迎える。そのことに安心を与えられるお寺であることに意義がある。

臨済宗方広寺派の宝珠寺さんを訪ねた。稲垣住職はいつ訪ねても、あたたかく迎えてくれる。そのときのことだ。

お寺というと、なにか用事がなくては訪ねることはない。そして、お寺に用事があるのは法事とか墓参りくらいだ。ところがこうして、とくに用事がなくても、ちょっと寄らせてもらう。そして、よく来たねと迎えてくれる。そういうお寺があるのがありがたい。

これは「神社・寺カフェ」というイベントを2回、企画したことで、親しいお寺ができたことによる。訪れるたびにまた、あたらしい企画が浮かんでくるのだった。

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2017-07-23

草刈りの一日

よく働いた一日。集落の草刈りは朝の8時から3時間。夕方は、ブルーベリー狩り1時間。妻とあかりと。帰宅して、また事務所のそばの空き地と畑の草刈り1時間半。汗だくだ。

明日は朝の5時から大豆の種まき、そして2,000株の苗植え(そんなに無理だと思うけど)。仲間7人で行う。心配なのは日照り続きのこと。もう梅雨が上がっていると、せっかくの苗が枯れてしまう。田んぼそばだけど、水やりがたいへん。

これ、いもち病じゃなかろうか

かなり心配になってきた。これ、いもち病じゃなかろうか。5枚の田んぼにちらほら見られる。昨年の例でいうと、しばらくして田んぼ全体に蔓延してしまう。そうなるとコメの実りはスカスカになってしまう。苦労が水の泡に。

いもち病じゃなければ安心だけど。もしも、いもち病だとしたら、どうしたらいいんだろうか。

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三千大千世界が回転する宇宙みたいだ

三千大千世界の回転する宇宙みたいだ。転法輪。生死生死を繰り返していく。乗っかっているのは阿弥陀さん。

ハンドスピナーをいくつか買ってみた。仏像をのせて回転させてみた。しっかり回すと1分くらい静かに滑らかに回転している。

この玩具。重症筋無力症を負った女性が、娘と遊べる玩具として考案したんだそうな

山里で売っているはずもなく、Amazonに注文。中国から送られてきた。なんと送料込みで数百円。こないだリヤカーにつけるバックミラーを手配したら、やはり中国から送料込みで280円だった。

https://www.facebook.com/ichirin123/videos/vb.100000860456464/1486960181342649/?type=2&theater

2017-07-22

春野に移住したいと訪ねてこられた夫婦

春野に移住したいと訪ねてこられた夫婦。奥様はもう臨月。いつ生まれてもおかしくないそうだ。家にずっとするのも気が滅入るので、春野に来たかったと。明るい春野の景色に癒やされたという。

ニュージーランドにしばし滞在していた。海に近くに暮らしているが、やはり山暮らしがいい。田んぼも畑も手伝いたいという。

前日には、30歳のフランスでブドウ園の仕事をしていて、春野でブドウを栽培したいという女性が来訪。女性が来訪。翌日には、こうして30歳の若夫婦が来訪。

ありがたいはなし。なんだけれども、やはり空き家がない。おためし住宅も空いていない。山里の自然が豊か。子育てにいい。というだけでは、暮らしがつづかない。定住促進というのは、ものすごく難問。生き方をかけて移住すことになるしね。

まず貸してくれる空き家がない。地域との付き合いが濃密。そして現金収入を得る道をどうするか、だ。一緒にみつけて、さがしていくことになる。

仕事がないといっても、お茶の手伝い、ジビエの手伝い。介護の施設もある。そして、山の仕事もある。このひとたちに向いているのは何かなあと、人を紹介してうまくつながれば、そこからトントン拍子に展開していくこともある。

協働センターに連れて行って役所に人に紹介。行政のサポートがすごく重要だ。役所を出たところでちょうど森林組合長と出会ったので、かれらを紹介した。木を伐る仕事は、募集しているという。5年計画で人材を育てたいとも。

新規就農支援制度という農水省の補助を活用して、定期収入を得ながら農業を習得していくも道もある。コミュニティ・ビジネス支援制度もある。若ければ、いろいろ可能性はある。ヘコたれなければ大丈夫。

そして、支える地元と移住者のネットワーク作りがたいせつ。山里の活性化というのは、こういう具体的な出会い、縁をたいせつにしていくことでもある。

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布絵の本の打ち合わせに出かけた

タイトルは「もめん大好き」にしましょう。だって、なんといっても木綿が大好きなんだから。絵が好きになったきっかけは、子供の頃の中原淳一の「ひまわり」「それいゆ」の塗り絵だった。50を過ぎて、布絵の展覧会に接して、自分も作ってみようと思い立った。

それから布絵教室に通って、はじめての個展は60代の後半。70を過ぎてから、自分の家で年に一度の個展を開いている。竹山美子さんは、81歳になる。毎日、たのしそうに創作している。

こんど出版する布絵の本の打ち合わせに出かけた。たった30冊しか印刷しないけれども、手作りのものを作りたいという。カバーは手作りの布。見返しも和紙を貼る。

作品集は、4部構成で、「古い家と町並み」「山里を走る電車と駅舎」「こころ寄り添う花々」「異国の館」。作品は160点の作品を掲載する。

こんどは、仏像もいいわね。アフリカの仮面もすてき。天浜線の列車と駅舎もいい。いいのができたら、毎年、本を出しましょう、とますます創作意欲が湧いてきたようだった。いろいろと自費出版のサポートの仕事が増えてきた。一緒にこうやって本を作り上げていくのも、たのしい。

帰りにいつも明るく威勢のいいKさんの事務所に寄ると、おい、本を作ってくれ。カネは惜しまない。売れるやつだ。そんな話もあったのだが。本はつくるのはできるけど、売れるかどうかはまったくむつかしい。

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火葬場の絶対数が不足している

友人が亡くなったのだが、葬儀は一週間後と聞いた。ええ? 普通は、翌日か翌々日に通夜、そして告別式となる。そんなに長くかかるのは、なにか深い意味があるんだろうか。

古代には、殯(もがり)という儀式があって、すぐに土葬にしなかった。ある期間、棺に遺体を仮安置し、別れを惜しみ、死者の霊魂をなぐさめた。宗教を探求していた方だったので、それかなあとも思った。が、どうも事情が違うようだ。

じつは、都心部では火葬場の絶対数が不足しているのだ。火葬するのに順番待ちはあたりまえ。それで1週間後というのは、よくあることらしい。

病院で亡くなったとしても、病院では冷暗所にそれまで安置してくれることはない。すると、家で安置されることになるのだろうか。この暑いのに一週間ってのは、たいへんだ。ドライアイスで冷やしていくことなる。遺族にしてみたら、なかなかつらいことになる。

昨年の死者は約130万人。団塊の世代が75歳以上になる2025年には、約152万人が予測される。都心は、ますます死者の事情が過密になっていく。

地方のお寺は、これからますますやっていけない。けれども、都心で活動するお坊さんは繁盛する。亡くなった友人は、僧侶であり、また僧侶の派遣業を起ち上げて、かなり成功していた。

2017-07-20

ワイナリーをつくるという計画があるのだが

過疎化の著しい山里に、30歳の女性が移住したいという。医療法人の事務長とともに、楽舎の事務所に訪ねてきた。

この山里でぶどう園を栽培して、ワイナリーをつくるという計画がある。運営するのは医療法人で、そこのスタッフとして雇われることになる。彼女は昨年まで、フランスでブドウ園作りの仕事をしていたのだ。

こんな山里でブドウが栽培されてワイナリーができるなんてすばらしい。ジビエとならんで、春野の新しい魅力発信になると思う。

ところが、さて住まいが見つからない。空き家はあっても貸してくれない。普通のアパート、貸家みたいなものはない。

市の「おためし住宅」があるが、かなり辺鄙なところにある。そちらは、協働センターのスタッフが案内してくれた。

じつは市営住宅が空いている。なかなかきれいなところで、職場にも近い。そこが最適だ。本人もそこが気に入っている。けれども、前年度の納税証明か非課税証明がないと、市としては貸す訳にはいかないという。

けれども、彼女は数年間、海外にいたので、日本に住んでいない。納税証明か非課税証明もとれない、らしい。ということで、どうも市営住宅はむつかしそうだ。

せっかく空いていて、地元で仕事を作るというのに。しかも若い女性がこんな山里に移住するというのに。山里の活性化につながるというのに、事務的な理由で活用できないのは、まことに残念な話ではある。

ま、そこは別の角度からアプローチすることにして、時間をかけて空き家を探してみることにする。

土地の名義人が亡くなっていた

山里に移住する人のために、社宅代わりに古家と土地を買うことにした。あるNPO法人の理事長から登記について相談を受けた。

土地と建物の登記は、むつかしいものじゃない。これまで20筆以上もやってきた。やってあげてもいいですよ。ただ、農地となるとやこしいですよ。ということで、定住促進事業の一環として、やってさしあげることにしたのだった。

ほとんど書類はできた。委任状、登記申請書、登記原因証明情報など。仮登記の解除の書類もつくった。あとは法務局に申請すれば、完了。

……のはずだった。ところが、いろいろと想定外なことがあったのだ。

これこれこういう書類と署名捺印が必要と、遠方にいる売り主にはじめて電話してみて分かった。昨日のことだ。

じつは土地の名義人が、すでに亡くなっていたのだ。そのことは、買い主からぼくに知らされていなかった。それでは振り出しに戻る。

相続登記がなされていないわけだ。死人と契約を結ぶということになってしまう。それは、法律ではありえない。なので、相続のために遺産分割協議書をつくり、相続登記をする。そのあとで、契約を結んで、委任状を揃えて、登記申請ということになる。

この相続登記がややこしい。これだけの書類が必要だ。故人の戸籍謄本(出生から死亡までのすべて)。故人の住民票の除票。相続人全員の印鑑証明書。相続人全員の住民票。不動産の固定資産評価証明書。不動産の全部事項証明書(法務局)。遺産分割協議書(自分たちで作成する)。

しかもだ。仮登記の解除がややこしい。土地の一部が農地なので、農家資格がないと所有権の移転はできない。農家資格を得てから移転するために、故人は仮登記していた。それも抹消してほしいというわけだ。

しかし、仮登記した本人は、亡くなっている。しかもだ、畑の所有者(土地の名義人)も、今年、亡くなっていた。そうして、相続登記はこれまた、されていない。

死人が死人の土地に仮登記をしていて、その仮登記を解除するという、えらくややこしいはなしになる。

これをすすめていくと、えらい煩雑な事務量となる。

どうしたらいいか。三つの案がある。

A)この土地と建物の売買は、まだ完了していないので、ご破算にする。白紙。なかったことにする。

B)登記はしない。登記しなくても、売買契約を結べば、両者納得で問題ない。ただし、いつか転売するとか、子どもに相続するとき、またややこしいことになる。そういうリスクを背負っていると納得していればいい。

C)相続登記をして、きちんと登記する。ただし、時間とカネがかかるよ、と。

山里でも図書館があれば

過疎地の山里に暮らしているが、図書館が近くなのはありがたい。クルマで10分。図書館の前には福祉センターがあり、町営の風呂もある。200円。

かつては風呂に使ったあとで、図書館で新聞と雑誌を読むのが日課だった。いまはそういう余裕がなくなったけど。

都会に暮らしていたときは、駅前の書店で立ち読みしていた。けれども山里に越してからは、ちかくに書店がない。クルマで1時間余もかかるのだ。

必要な本はAmazonで手配する。あとは、ほとんど図書館にリクエストする。家族三人分で、つねに36冊の予約を入れている。

予約はネットでできる。つねに浜松市の図書館の新着情報をみている。タイトルを見て面白そうだなと思えば、クリックして予約する。

編集が仕事みたいなものなので、本の内容もさることながら、本の作りかた、打ち出し方を観察する。

自分だったら、こういうタイトルにするかなあ。装丁や本文はこんなデザインがいいかな。こんな切り口のほうがわかりやすいかな、と。いいデザインはScanSnapで画像に収めて保管する。ときどきそれを眺める。

まったくテレビを見なくなって2年余。おかげで読書がすすむ。

2017-07-19

ビオトープを作っている

田んぼのとなりにビオトープを作っている。川から別に水を引いている。田んぼからのこぼれ水も入ってくる。冬の間も水をたたえておくつもり。

こちらは昨年は、アイガモの楽園にしていた。アイガモがいるときには、草はみんな食べられてしまうし、他の昆虫たちもほとんどいなくなってしまった。

今年は、アイガモ農法をやっていいないので、昆虫や魚達が棲んでいるように見える。水鳥もやってくる。背丈の高い草は、マコモダケ。実ったら料理する。ドジョウでも飼ってみようか。生物多様性、生命の循環のフィールドになれば嬉しい。

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2017-07-18

日野原重明先生が亡くなられた

日野原重明先生が亡くなられた。105歳というご長命であった。しかも、ただ長寿というのではなく、現役で医師をされていた。90を過ぎても、毎日臨床に携わっておられた。講演も執筆もされていた。

かつていちど講演をお聞きしたことがある。当時、先生は94歳。定刻から10分遅れの登場だった。じつは会場には早く到着していたのだが、締め切り間際の原稿があって、車の中で執筆していたという。

椅子に一度も腰掛けることなく、およそ1時間半にわたって話をされた。会場の真ん中に大きな柱があって、先生の顔がよく見えない。「わたしの顔が見えないのは申し訳ないので」と、お話しながら右に寄ったり左に寄ったりして、みんなに顔を見せながら講演された。

顔はつやつや、ぴかぴか。柔和ないい表情であった。印象に残ったのは、こんな話であった。

それは終戦後、物資が欠乏していた時代のこと。占領軍の将校の往診にでかけた。診察が終わると、紅茶が出された。角砂糖が2つ皿の上に乗っていてた。

当時は、砂糖はとても貴重なものだった。先生は、その角砂糖をそっと懐に入れて持ち帰った。

家族5人で、その角砂糖を分かちあっていただいた。それがとてもおいしくて、そのときの味は、まだおぼえている。

ものがないほどに、わかちあいの幸せがある。ものがありあまると、わかちあいの幸せがない。

子どもをダメにするのは、簡単だ。それは、ほしいものをどんどんと与えればいい。そしたら、子どもはすぐにダメになる。

………そんなお話をされた。あの柔和お顔で話をされるので、とても説得力があった。

人格の波動というのか、人間性の輝き、柔和な雰囲気は、じかに接することで、伝わるものがある。そして、心になにか点火されるものがある。

自治体が経済破綻する

自治体が経済破綻する。アメリカではデトロイト市が有名だ。日本だと、かつて炭鉱で繁栄した夕張市。

税収は8億円、返済額は26億円という火の車の財政。しかし財政破綻したといっても、債権者が押し寄せるわけではない。

国が管理することになる。再建計画を元にした数字で厳しく管理されて、計画以外の自由度はほとんどなくなる。

贅沢できないにしても、それなりに健康で文化的な生活は保証されていくことになる。いわば生活保護のような状態になるということか。

人口は全盛期の12分の1以下。バブル期に作った箱物の維持費や高齢者の割合の増加が重くのしかかっている。

学校は統廃合され、利用率の低い公共施設は廃止。医療機関も縮小。行政の職員の給与も圧縮。人員削減。行政サービスの質量は低下する。

税金も高い、インフラの整備もできない。「最低の行政サービス」と「最高の市民負担」ということになる。しかし、住民は引っ越したいところだろうけど、それにはまたお金がかかる。ずっと暮らしつづけなくてはいけない。先が見えない。

財政破綻しそうな自治体は、これからもいくつも出てくる。経常収支の比率をしらべてみると、京都市、横浜市、東京都中野区、港区だって、かなりよくない。まさか破綻するはずはないけど。

各自治体とも、少子高齢化でこのままでは経済判破綻するぞと、あれこれとムダを切り詰め、施設を統廃合する。しかし、いちばん金がかかるのは、人件費だ。そうして、役人の合理化というのは、けっしてできない。

ヒメホタルはもういなかった

ホッター、ホッターと言っては泣く。あかりが、ホタルを見に行きたいという。ゲンジボタルは6月だった。この近くの公に現れるので歩いて行けた。毎日、毎日、肩車して見に行った。

ヒメホタルは水辺には現れない。森のなかでチカチカとLEDランプのように光る。場所はかなりの山の中だ。7月に入ってからだと聞いていた。

豪雨の後だし、時期も遅い。もういないかなあと思ったが、出かけてみた。ざんねん。やっぱりいなかった。まったくの暗闇。漆黒のなか。ひとつも光っていない。もう一週間、いや二週間早かったらなあ……。

あかりは、楽しみにしていたようだが、クルマの中で眠ってしまった。それでもまだ現れるかもしれないで、また今日、出かけてみようかと思う。

2017-07-17

山里暮らしの試練は、年をとってきてから

山里暮らしの試練は、年をとってきてからやってくる。病院がちかくにない。診察を受けにー、調合したクスリをもらいに行くのも一日仕事になる。クルマが運転できなくなると、生活品を求めるのもたいへん。敷地が広ければ、夏草は生い茂る。年をとったら、都会暮らしがよいのだと思う。先立つものがあれば、の話だけど。

田んぼの草取りの帰りに、Mさんを訪ねた。83歳になる。90過ぎの夫は耳が遠いので、ほとんど会話が成り立たない。昨年、頼りのひとり娘を亡くして、がっくりしてとても落ち込んでいた。はるか山奥のほうから越してきた方で、ちかくに親戚はいない。

ノックしてもいない。留守か……。帰ろうとしたとき、ちょうどそこに民生委員のIさんがやってきた。縁側にすわってやりとり。先週、旦那さんが救急車で運ばれたという。家にいて倒れて、血圧がものすごく低くなっていたという。

その看病に病院に行っているのだろう。クルマの運転ができないので、バスを乗り継いでいくとしたら、一日仕事となる。そして、この暑さだ。

きのう、連絡がとれた。本人も、近頃、転倒して足にケガをして治っていないという。次から次へと困難が襲いかかってきて、身も心も崩れそうだといっていた。ぼくは、なんにもできないで、うんうんと様子を聞くだけだったが。

この集落で、ぼくが知っているだけでも80過ぎのひとり暮らしの方は、8人くらいおられる。夫婦で暮らしていても、こうして片方が倒れたりすると、たいへんだ。

内閣の支持率

安倍内閣の支持率が36%で過去最低。不支持率は53%。「首相が信頼できない」が52%。内閣改造に「期待しない」が57%。支持率が30%を切れば、一気にアベ辞めろの声が高まるというのだが。ANNの世論調査では、すでに29.2%に。

過去の内閣支持率を調べてみた。人気があったのは小泉内閣。85%からはじまった。そして最後は50%。細川内閣もすごかった。71%からはじまって最後は57%。鳩山内閣も72%の支持率だった。最後は21%まで。田中内閣は62%から、最後は12%へ。

もっとも人気がなかったのは、森内閣。39%からはじまって最後は7%。支持率が10%を切ったのは、竹下内閣が7%。これはリクルート問題が大きいか。

まあ、内閣の支持率を分析してみても、大した意味はないのだが。ちょっと数字を確認してみた。

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孤独死が増えていく。無縁になっていく数はこれからも増える。

孤独死が増えていく。無縁になっていく数はこれからも増える。なにしろ独身世帯が増えている。

いざというときのためのネットワーク作りがたいせつ。「こういう葬儀にしてもらいたい、こういう遺骨の処理をお願いしたい」と、ともに支えあう友人のネットワーク作りがたいせつ。

今年「納得のいく看とりとおくり」の連続シンポジウムを企画しているので、このあたりもテーマにしたいところ。

昨年の死者は約130万人。団塊の世代が75歳以上になる2025年には、約152万人に達する。(国立社会保障・人口問題研究所)

1955〜1994年の40年間は、だいたい年間70〜80万人の死亡者。その倍だ。ちなみに戦争中は、110〜120万人。(国立社会保障・人口問題研究所のデータ)

毎日の記事によると、全国の政令市で2015年度に亡くなった人の約30人に1人が、引き取り手のない無縁仏として自治体で処理されていた。なんと大阪に至っては、9人に1人が無縁だという。

無縁というのは、死者に身寄りがないことだ。あるいは、家族や親族が引き取りを拒んだとき、無縁となる。そうしたとき、死亡地の自治体が火葬・埋葬することになる。

https://mainichi.jp/articles/20170716/k00/00m/040/143000c

2017-07-16

どうして台湾が日本に友好の姿勢を示してくれるのだろうか。

海外を旅した数少ない体験でいうと、日本への友好度・親和性の大きい国のひとつは台湾かなあと思う。あとはインドかな。

路上で出会ったおじいさん。ぼくが日本人と知ると、軍歌を誇らしげに歌ってくれた。若いときに軍隊にいたという。片言の日本語も話してくれた。

災害のときの台湾の人たちの支援活動には、頭が下がる。政府やマスコミは、中国に遠慮して、台湾が支援してくれたことは大きく報道しないのだが。

さて、どうして台湾が日本に友好の姿勢を示してくれるのだろうか。その原因を考えてみた。

日清戦争の勝利によって、日本は台湾を占領した。それは日本の敗戦までつづくのだから、50年余の歴史がある。その間、それまでの伝統や文化を破壊しなかったこと。学校をつくり教育を充実させ、鉄道や港湾などインフラを整備した。統治したのが、日本の陸軍ではなくて、海軍という要因もあるかもしれない。

いっぽう、蒋介石の軍隊が共産党の勢力に敗れて、台湾に移って中華民国を設立した。かれらは、外省人といわれる。

その際、かれらの統治の仕方が横暴であり秩序だっておらず、かなり民衆の反発を受けた。おなじ漢民族なのに、このありさまはどうなんだ。これでは、日本の統治時代のほうがよかったじゃないかと、思われていること。

その他、日本の経済投資の効果、中国に対する反発、いろいろな要因があるかと思う。

ぼくは台湾はいちどしか旅をしたことはない。食べ物が美味しかった。果物の豊富なこと。屋台料理が美味しい。とても安くて種類が豊富。3000メートルクラスの山があり、温泉がある。川がある、海がある。古き時代の日本風の建築物に風情があった。

仏教寺院もたくさんあり、人々の信仰の姿勢、拝む際の熱心さは日本の比ではない。そしてなにより人々が友好的なのがいい。エアチケットも安いし、また旅をしたいところだ。

2017-07-15

いちばんの問題は「統一人格」がなくなってしまったこと

旧市町は平成の大合併で10年余になる。いちばんの問題は「統一人格」がなくなってしまったこと。この町をどうしようか、ああしよう、こうしようという思いを伝え、思いを形にする「核」がなくなってしまったこと。

大きな市の一部になると、それまであった町の独立した権限や予算はもうない。自由に考え、自由にルールをつくり、自由に予算を配分するということがなくなる。

かつての役所は、市の出先機関となる。そこの責任者も、定年退職前のお役人が就任する。まあそうなると、なにごとも「慎重に」「無難に」ということになりやすい。面倒なこと、リスクのあることは、先送りにならざるをえない。

大きな市と合併すれば、予算もなんとかなる、福祉も教育も、先行き不安がなくなる。大きな投資もやってきて、仕事も活気づく。そんな期待があったろう。すなわち、「長いものに巻かれろ」「寄らば大樹の陰」だ。そんなありようが、日本全国で大合併になっていったのだと思う。

合併しなければよかった、という旧市町の住民の声をよく聞く。まあ、いままでなんでもやってくれて、安閑としすぎていたのかもしれない。合併して初めて現実を知らされたということか。

そりゃそうだ。大きな市からすると、たかだか人口が5千人もないようなの山里のことなど、大きな課題ではない。なにしろ市の人口は80万人余もあるのだ。

山里のことなんかよりたいせつなのは、「まちなかの賑わい戦略」だ。そして、これはいまの国家戦略である。若い人たちが、この地方の中核都市に就職してもらわなくちゃいけない。雇用の確保が大切。文化発信の施設も充実させたい。そちらにエネルギーを集中させたい。

これが、もしも合併しなかったらどうなったか。仕事はない。若者は出ていく。年寄りばかりになる。産業はない。役人の給与も確保できない。インフラの整備もできない。学校の維持もむつかしい。先行きの希望はかなり厳しい。

しかしそれでも、自分たちで考え、工夫し、自分たちでなんとかしようという気概があったろうと思う。町としての自由な、誇りある、根性の座った暮らしぶりがつづいていつたのかもしれない。

けれども、合併したことで、そういう気概は感じられない。市はこれをしてくれない、こんなことやってくれない、ああもうこの山里はダメだ、もう無理だ……みたいなエネルギーが浸透していると感じる。

移住者がこの山里に住んで、よく言われること。ぼくは何人にも言われた。「よくもこんな山里に移住したねぇ……」「こんなとこに移住してきて、かわいそうだ」とも。

地域の誇り、自信、伝統の輝き、そういうものが衰退していっている。移住者からしてみると、とってもすばらしい宝の山に見えるだけどね。

2017-07-14

家族で田んぼの草取り

家族で田んぼの草取り。泥の田んぼに踏み入れて手で草を抜く。泥との対話だね。邪気がアースされていくような気もする。

頭がからっぽになる。草取り瞑想みたいだ。心身の健康にも、田んぼの草取りはおすすめ。無農薬の田んぼだからできること。

あかりが戦力になるのは、来年かな。いまはあひるのがーちゃん持って、「おかあちゃん、はやくだっこしてー」と泣いていた。

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オンデマンド出版について 一冊からでも製本販売の可能性が

サンスクリット語(古代インドの言葉)について調べているうちに、Amazonでオンデマンド書籍を発見した。

オンデマンドというのは、注文が入ってから印刷、製本して出荷する方式。データをもっていて、オーダーに応じて、プリンターで印刷して製本して出荷するわけだ。

注文が入ってから印刷するので、在庫を持たなくていい。在庫も必要ない。

一冊からでも印刷、販売、出荷できる。広くは販売できないが、専門的に知りたい人のために書籍を販売できる可能性を感じる。

ぼくは数社に、このオンデマンド方式で印刷製本を依頼したことがある。1冊から100冊くらいまで対応できる。納期もデータ納品から2日くらいで送られてくる。

さて品質だが、素人目にはまったく問題なかった。活字本もフルカラーの写真集もだ。ただ、オフセット印刷とならべて並べて見比べると、すこし見劣りする。オンデマンド方式は、活字が紙に染み込んでなくて、活字の表面がピカピカする。そこが安っぽいかなあという程度。

本を「作る」だけなら、まあ簡単といえば簡単。問題は販売だ。売れなければリスクは大きい。

販売ルートでいうと、一般書店では、本は置いてくれない。東販や日販と取引のある出版社に限られる。もしも、全国の書店に置いてもらえたとしても、店頭に並べるためには、数千冊の出荷をしなくちゃいけない。それだと数百万円かかる。売れなかったら返品だ。在庫管理もたいへん。

小さな出版社は手堅く初版は2500部。増刷も500部とか。大手は売れそうだと思えば、いきなり1万部、2万部。ときに10万部。幻冬舎はいきなり100万部くらい刷ったこともあった。

けれども、個人じゃそんなことはできっこない。こうして一冊からでも注文に応じることができるAmazonの方式をつかえば、個人出版の道は開けるのかも。

まあ問題は、Amazonが一人ひとりに対応してくるかというと、そこはわからない。この分野、調べていこうと思う。

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2017-07-13

「第2回 神社・寺カフェ」の報告のプレゼンデータづくり

「第2回 神社・寺カフェ」の報告のプレゼンデータづくり。今回は、まちづくり公社の助成事業に採択された。お寺や神社は、地域のよりあいの場、まちづくりの核になりうるというテーマで提案したもの。

その報告会が、21日に行われる。5団体が報告する。参加ご自由。http://www.hamamatsu-machi.jp/news/4445/

さてこの事業、来年はどうしようか。10年はつづけたいところだが、資金獲得が大きな課題。

そもそも助成事業でなければ、スタートできなかった。けれども、毎回、いろいろな助成事業に企画提案していくのは、なかなか至難。採択されることもあるし、されないこともあるって安定性に欠ける。助成事業に採択されての活動がむつかしいのはそこだ。

広告や協賛金、あるいは参加費で賄えれば一番いい。まあしかし、そこもむつかしい。これからの課題である。

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2017-07-12

分けつが始まっている

田植えから30日。分けつ(茎の根元から新しい茎がでてくること)が始まってきている(1枚目の写真)。

地元の長老と立ち話。「肥料なしでよくここまで生育しているものだと。大したものだ」と感心してくれた。まったくなんの肥料も入れてない。もちろん完全無農薬。

20年来の耕作放棄地で土に栄養が蓄積していること、昨年のアイガモの糞が効いているのだと思う。

半分以上の田んぼで、藻が発生している(2枚目の写真)。原因はわからない。水面をほとんど覆うほどだ。藻が雑草の光合成を抑えるので、雑草抑えになっていると思われる。

昨年は、アイガモ農法だったので、ほとんど雑草はアイガモが食べ尽くしてくれた。今年は、コナギとヒエが発生している(3枚目の写真)。こちらは、人力でとるしかない。

田押し車、デッキブラシ、熊手などで、とる。なかなか、ラチがあかない。やはりアイガモ農法が、いろいろ手間がかかるけれども、雑草取りには便利だなあと思う。

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登記の書類つくり

日は一日、登記の書類つくりだ。

土地と建物の登記申請書、登記原因証明情報、売買契約書、仮登記解除の申請書、そしてそれぞれ委任状をつくった。いまやっと完了。

こういうのは一気にやってしまわないといけない。でも、ちっともたのしい仕事じゃないので、後回しになる。のばしのばしになっていた。

一か月前に途中までやっていたんたけど、時が経つと、どうだったっけ? これまで何度もやってきたことなんだけど、もう忘れた。また、ゼロからやり直し。固定資産税評価通知書をもらうだとか、あちこちに印鑑を押したり、いろいろと手間がかかる。

仮登記抹消の場合、土地の名義人が死亡している。その土地に仮登記してあるものを抹消登記するわけだ。承諾書がもらえない。そして相続の登記は完了していない。さらには死亡人の住所も旧住所ということで、あれこれとややこしい。法務局の相談所に出かけていこう。

明日のことまで思い悩むな。日のことは明日みずからが思い悩む。

心配や悩みっていうのは、生きているうちは尽きない。そうして、これがつきまとう。夜になると、肥大化していく。いわばとりこし苦労、さき案じ。夜になると膨らんでいく。この悩みがこのままずっと続くのかと思ってしまう。先へ先へと際限なく不安を広げていく。これらは妄想なんだろうけど。

でも、悩んだりつらいことがあっても、とにかく寝てしまう。寝よう。朝になれば新しい道が開ける。朝、目覚めれば、かなりのとりこし苦労がなくなっている。朝のエネルギーはとってもたいせつ。そういうことは、毎日、体験していることである。

After all, tomorrow is another day.

名作「風と共に去りぬ」のラストシーンは、この言葉で幕を閉じる。レットに捨てられたスカーレットは、絶望にうちひしがれる。が、持ち前のたくましさで、つぶやく。「故郷のタラに帰ろう。帰ってから、レットを取り戻す方法を考えればいい」と。

明日は、今日とはまったく別な日なんだ。明日は、明日の風が吹く。明日のことまで思い悩むな。どんなにつらくても、明日になれば、きっとなんとかなる、と。

背景には、イエスの言葉があると思う。「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日みずからが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイによる福音書6章)

この言葉だけとらえると、刹那的なケセラセラ的な生き方にみえる。けれども、次のようにもいえる。

この一日の苦労、心労というのは、やはりたいへんものである。その日一日をかけて苦労するのに十分なほどである。明日のことを思うわずらうほど、余裕があることじゃあない。この一日の苦労をしっかりと味わうがいい、と。

ということで、いま背負っている重荷をしっかりと味わい、しっかりと処理して、今日一日を、味わい尽くす。そういう一日一日でありたい。背負いきれない重荷は与えられていないと、そう思って。しかし、たくさん重荷があるなあ……。

2017-07-11

やがてはワイナリーを作りたいと訪ねてこられた

春野でぶどう園をはじめて、やがてはワイナリーを作りたい。このたび専従スタッフを雇用することになった。そのスタッフが通える地区に住宅を探しているのだが、みつからない。そこで、空き家情報などを教えてもらいたい。

そんな問い合わせがあり、きょう訪ねた来られたのは、3つも病院を経営している医療法人の事務長であった。

どこで楽舎のことを知ったのかと聞くと、チラシを見たからだという。今年の3月、新聞オリコミのチラシを町内に配布した。「空き家案内窓口を開設。空き家の情報をお知らせください」というものだ。

春野に移住したい人はたくさんいる。これまで200件余の移住相談をしている。けれども、空き家はたくさんあってもほとんど貸してくれない。貸家もアパートもない。

そこで、このチラシを発信したわけだ。まあしかし、さほど反響はなかろう。それでも問い合わせが数件くらいはあるかなあとは思っていた。ところが、現在に至るまで1件もなし。感想を述べてくれたのは5人だけであった。

そうして、この医療法人がそのチラシを見てアクセスしてくれたのだ。

せっかく来られたので、貸してくれそうな空き家の候補、おためし住宅など案内した。移動しながら、出会う地域の主要な人たちにも紹介していった。

昭和25年に人口1万5千人であった春野の人口は、いま5,000人を切る。その勢いは止まらない。山里には、ほとんど仕事はないからだ。お茶も林業も不振だ。若い人はまちなかに行って帰ってこない。廃校はすすむ。若い世代は暮らしにくい。結果、老人ばかりの集落となる。

そうして過疎地に企業誘致などは、ほとんど不可能な話だ。そんななか地元でのフィールドでぶどう園を経営して、やがてはワイナリーを作りたい。社員も雇い入れたいとは、画期的な話なのである。写真は、すでに稼働しているぶどう園。

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時間は苦しむ者の味方だ

「時間は苦しむ者の味方だ。苦しいのは今だけで永久には続かぬと思えば救われる」

今日の言葉。寝床で、磯田道史の「天災から日本史を読みなおす」(中公新書)をぱらぱらと読む。

天災によって歴史がどのような影響を受けたかという本だけど、その前書きにあった。

両親を天災で亡くしてして孤児となったクローチェが「夜、頭を枕によこたえて、朝めざめないようにと切に熱望し、自殺考えさえ」したという。「時間は苦しむ者の味方だ。苦しいのは今だけで永久には続かぬと思えば救われる」と、かれはやがて、ローマ図書館に通い初め歴史と哲学の研究に入る。

どんなに苦しくても、それがいつまでも続くはずがない。かならず、時が解決してくれるものだ。時が味方してくれる。苦しいのは、いまだけ。そう思うと、また歩きだせる。

ホタルの絵に、塗りたくることから始まった

よーしやろうという集中力。高揚感。力感。はじめはお父ちゃんの描いたホタルの絵に、塗りたくることから始まった。ホタルがゴキブリみたいになってしまったよ。

次に、アヒルのがーちゃんの切り絵を見せたら、それを観察して塗りはじめた。そこからエネルギーが高揚していった。

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夢中になって描き出したあかり

夢中になって描き出したあかり。クレヨンの質感、塗り込むときの力感、手応えの感覚がいいだと思う。

これまでは、色鉛筆でちょいちょいと線を描くだけだった。クレヨンがいいのはわかっていたが、手が汚れるので敬遠していた。今度、手が汚れない蜜ろうクレヨン(STOCKMARの)にしたところ、すごい勢いで使いはじめた。

乱暴に扱ってもクレヨンが折れないのがいい。手に色がつかないのがいい。

こうして夢中でひとり遊びができるようになると、いいな。母ちゃんも父ちゃんもうれしい。手が離れるし。これから毎日、お絵かきだ。

世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞ我はまされる 良寛

https://www.facebook.com/ichirin123/videos/vb.100000860456464/1475100395861961/?type=2&theater

2017-07-10

生きるということは、雑用ばかり

生きるということは、雑用ばかり。ひとつやれば、次にまた仕事。終わらない。限りなくある。ああ、いそがしい。ああいやだ。ああ、なんで自分ばかり……などという思いで仕事をすると、その瞬間瞬間の生き方は、被害者となる。それはまさに不幸な生き方。

どんなつまらぬ仕事でもたのしめること。あそべること。仕事をあそびとしてしまえたら、人生は天国。仕事を苦労と苦難と怒りと憎しみで行うと、人生は地獄かな。

たのしんで仕事をしているかそうでないかは、自分でわかる。体の緊張具合、息をするのが苦しい感じ、顔の表情、声の響きとして外に現れる。これが煮詰まってくると、どこか体に変調をきたす。病気になる。

しかしだ。どのようにしたら、つまらない仕事をあそびとしてしまえるか。これ、永遠の課題だ。

10年も前になるが、野口英世記念館で、渡辺和子さんの講演を聞いた。当時、渡辺さんは80歳。とにかくやんわり、ふんわりとした柔和な波動に満ちていた。とてもきれいな方で、肌も若かった。

「ものごとを雑にやれば、雑用になる。ひとつひとつ心を込めて、祈りを込めてやれば、心をみがくことになる。そして、環境の主人となる。くじけたり、挫折したり、失敗があるから、人生は深くなる」

シスターの渡辺和子さんは、そうような話をされた。

渡辺さんはシスターの衣装を着ておられた。ノートルダム清心学院の理事長として、女子教育の責任者、修道院の責任者であった。自己に厳しく、まさに「克己」という毅然とした内面がうかがえた。いかにもクリスチャンを体現された方と、ぼくには感じられた。

渡辺さんが9歳の時のことだ。二.二六事件で、教育総監だった父は青年将校に43発の銃弾を浴びて命を落とした。その現場にいて目撃している。

2017-07-09

「春野新聞」の発刊と「春野らくいき大学」を開催

「春野新聞」の発刊と「春野らくいき大学」を開催することにした。いまたたき台を作っているところ。こちらは1面。全部で4面になる。

ま、気楽な雑学講座やコンサート開催の案内。そのために地元情報と講座の案内をする新聞を発行する。A4フルカラーで4ページ。配布方法は、町内には回覧版で配布。まちなかには公民館を通して置いてもらう。

講座は、遠州林業史、漢詩入門、インドと仏教の話、作文教室などから開始するつもり。毎月、地元の人をゲストに話をしてもらう。その他、アイルランド民謡や昭和歌謡のコンサートなど。

じつはまだ、かたちはきまっていない。こうしてアップすることで、みなさんのアドバイスをもらってつくっていこうと思っている。なにか感想くださいね。

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ネットの情報の整理法 OneNoteが便利

ネットの情報の整理法。ネットは貴重な情報の宝庫。これを保管していつでも必要なときに読めるようにしたい。どうしたらいいか。

ひとつは、エディターにコピペすればいい。検索もはやい。でも図版などがきちんと入りにくい。ブラウザのFirefoxをつかえば、スクラップ機能がある。ただし、検索がとっても重い。致命的。なので、あとから見ることが少ない。

そこでEvernote。ここにコピペしておく。検索は瞬時。使い勝手はいい。でも、なかなか物足らない。OneNoteをつかってみた。

こちらのほうが、図版などうまくコピペできる。もちろん検索は瞬時だ。南方熊楠で検索したら、このように黄色のマーカーで瞬時に出てくる。

読書はサイドラインを引きながら読む。本は黄色のダーマトを使う。Kindleは、着色しながら読む。OneNoteに貼り付けるとセンテンスをボールドにしながら読むことができる。ときには着色する。ときにはアンダーラインと。

今朝、原発と地震についての話と中沢新一の南方熊楠の文章を貼り付けてみた。朝方、寝床で「原発を終わらせる」という岩波新書をパラパラと読んでみたが、なかなか頭に入りにくい。しかしこの、神田雑学大学の講演の記事ははるかにわかりやすかった。中沢新一の文章のキレも、すばらしい。こうしたものが、かんたんにネットで入手できる。なんとありがたい時代なんだ。

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2017-07-08

スケッチ開始

スケッチ開始。筆ペン、葦ペン、万年筆などを使って、スケッチをしていこう。そのうち、自分のスタイルができてくると思う。左は筆ペンとクーピー。右は葦ペン。ま、描くのは楽しい。どこかに旅をしなくても、家の中にある暮らしの道具を描いていけばいいか。

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描いているうちに、たのしくなってくる

あかりのためにお絵かき。描いているうちに、たのしくなってくる。クーピーペンを使って思いきり塗り込んでいく力感がなかなかいい。あかりをほうっておいて、自分のために描きはじめるようになってきたよ。

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筋トレと思って、つづけていくしかない

朝の7時くらいから、近所で草刈りの音がけたたましい。こう暑くしては早朝にやらないと、へばってしまう。といっても5時や6時からじゃ迷惑になる。7時くらいがちょうどいい時間帯かな。

この数日、草刈りは日課のようになっている。ぼくの場合は、夕方から開始。少しずつ毎日、草刈りをやっていけば、いいんだけど、草の伸びるのがはやいことはやいこと。追いつかない。敷地が広すぎる。

使う草刈機は背負い式。しかも二枚刃の草刈りなので、かなりの威力がある。ツルも絡まない。草をぶった切るという感じだ。チップソーと比べて、なかなか快感がある。さらに草刈機は3台、排気量は26ccと32ccのやつ。22cあたりが普通だから、そうとうの馬力がある。重たいけどね。

これで、普通の人の倍の効率があると思う。ヘトヘトになるけど。ま、筋トレと思って、つづけていくしかない。

2017-07-07

伊丹十三の映画はおもしろいなあ

テレビは押し入れにしまいこんで、2年。オリンピックも選挙速報も災害も、まったく見ない。見なくても、なんの不自由もない。テレビがないおかげで読書がすすむ

たまにガソリンスタンドなどで、給油しているときに、ほんとのすこし見ることもある。おそろしいほどの無内容、コンテンツがスカスカ。あんなものを休まずにえんえんと放映しているのは、おそるべき時間の浪費と思ってしまう。

どうしても見たい映像は、だいたいYouTubeで見られる。テレビはダメだと思うけど、映画はいいと思うね。

きょうは伊丹十三のことを調べていて、「マルサの女」や「お葬式」はすばらしかったなあ。そうだ、「ミンボーの女」みてなかった。……と、YouTubeしらべたら、あったあった。それを見て、次に「スーパーの女」を見はじめている。いやあ、じつにおもしろい。

ストーリーいいが、なによりひとりひとり役者の演技がたのしい。主役も脇役もじゅうぶんに見応えがある。しかし、あんな才能豊かな、すばらしい人がどうして、自殺してしまったのか、不思議でならない。残念でならない。

創価と公明(2)公明党の存在が、いちばんの底力と感じ

都議選で全員当選した公明党の存在が、いちばんの底力と感じる。都民ファーストは、いっときのブームで、次回はどうなっているのかわからない。民進党はまったく魅力なし。下降の一途。自民党は、創価の支えなくして勝てなくなっている。

公明党の脅威は、つねに政権与党にいることだ。国政では自民党と。東京都では都民ファーストと。大阪府では維新の会と連立している。組んだ相手は、創価の下支えによって勝てたということを知っている。公明党に頭が上がらない。

公明党は、無党派層には弱い。創価アレルギーがあるからだ。毎日新聞や共同通信社など7社が行った出口調査による無党派層の投票傾向によると、都民ファースト:30% 共産党:20% 自民党:13% 民進党:10%。公明党は10%以下だ。しかしそれでも勝ったということは、組織力の盤石さをあらわしている。

注目すべきは、無党派層に共産党が食い込んでいること。20%を占める。無党派層としては、自民党はダメ、しかし民進党はもっとダメ。創価は嫌だから公明党には入れたくない。とすると、消去法で共産党というなのだろうか。共産党は、党名もかえて、たとえば「共生党」とか。党首もかわれば(どんな人がいるのか知らないけど)、さらに躍進すると思う。

創価は共産党とは、独善と排他性というところで体質が似ている。創価と共産党は、ますます敵対することになると思う。ところで、公明党はこのまま盤石なのかどうか。気になるのは、創価をここまでの大勢力にしたリーダー、池田大作氏の健康状態だ。池田氏はこの10年以上、ほとんど公式の場には姿をあらわしていない。

だが、池田氏が亡くなったとしても、影響はさほどないと思う。内部分裂も起きそうにない。亡くなった後に、急速に神格化が進み、日蓮を超える末法の本仏、真正の本仏という位置になるのだろうか。日蓮主義からも離れて、池田主義になっていくのだろうか。そうしたとき、原点である日蓮の精神に帰ろうという動きも出てくる。そこがひとつの動揺の要素だろうか。

2017-07-05

鎌倉時代の日蓮が、書いていることである

(2)臨終の相について。

鎌倉時代の日蓮が、書いていることである。

鎌倉時代の日蓮が、書いていることである。

「竜樹の大智度論には『臨終の時に顔の色が黒いのは地獄に堕ちた相である』と。また守護国界主陀羅尼経には『地獄界に堕ちる相に十五種類、餓鬼界に八種類、畜生界に五種類の相がある』と。天台大師の摩訶止観には『身体の色が黒色に変わるのは地獄の姿を譬えている』等と書かれている。

わたしは臨終のことをよくよく習学して、その後に他の学文をしようと念願した。釈尊一代の教えを解釈した論師や人師の書かれたものを学び、これらを明鏡として、一切の人々の臨終の姿とその後に重ね合わせてみると、少しの曇りもなかった。」(妙法尼御前御返事)

「臨終のとき、地獄に堕ちる者は黒色となる。その身の重たいことは千引の石のようだ。善人はたとい七尺、八尺の女人であっても、色黒き者であっても、臨終に色変じて白色となる。また軽いことは、鵞鳥の羽毛のようだ。柔らかなことはトロメン(綿糸にウサギの毛をまぜて織った織物)のようだ。」(千日尼御前御返事)

臨終の時に顔の色が黒いのは地獄に堕ちた相であるとか、成仏した人は、色が白いとか。地獄に落ちた人は重たいとか、成仏した人は軽いとか。それらは、どこまで事実であろうか。

龍樹も天台大師も日蓮も、きちんと事実を客観的に捉えて述べているのだろうか。どうも、アヤしい。とくに日蓮は、事実よりも、それをものがたりとして、講談のように語るところがある。我田引水的に『法華経』の解釈にもっていこうとするところがある。

臨終の相について

死に顔と、生前の生き方について。

死を迎えるにあたって、それまでの生き方の一コマ一コマ人生が走馬灯のようにあらわれるのだろうか。

ああ、これでよかったと思える人は、安らかな死に顔になるのだろうか。ああ後悔ばかりだ、ざんねんだ、死んでも死にきれないという人は、苦しそうな醜い臨終の相となるのであろうか。わからない。

映画の「おくりびと」のモデルとなった青木新門さんのブログから。一部引用してみる。

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私が納棺の現場で、3000体の死者の死顔を見ているうちに気づいたことは、安心したような柔和な死顔があるかと思えば、目を背けたくなるような醜い死顔があることに気づいた。

生死一如の瞬間にほっとしたような安心の顔になる。

それが死体の硬直と共に変化して、すぐ醜い顔になる人といつまでも柔和な安心の顔が続く人がみられた。

柔和な安心の顔が続く人は死に抵抗しないで受容した人だと気づいた。

仏教など関心もなく、人は死んだら無だよなどと言っていた無見の人でも一瞬ほっとしたよう顔になる。

正定聚となって臨終を迎えた人は、弥陀の光明(仏性)に出遇って歓喜踊躍した証である和顔愛語の状態になるのに対して、仏教の知識もなくむしろ誹謗していた人などは、ほとんど気づかれないほどのほっとした顔になるだけだからすぐ消えてしまって、硬直の進行とともに、それまでの死に恐れおののいていた無残な顔に戻ってしまう。

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納棺の仕事を長くされてきた方であり、3,000体の死者の死顔をみているというところで、説得力がある。

けれども、「仏教の知識もなくむしろ誹謗していた人などは、(中略)硬直の進行とともに、それまでの死に恐れおののいていた無残な顔に戻ってしまう」とあるのは、どこまで事実なんだろうか。

仏教を信ずるとか信じないことと、臨終の相と関係があるものなんだろうか。

2017-07-04

創価と公明(1)公明党=創価の強さ

1.「信徒数がすごい」。公称一千万人。かつての参院選では、公明党は800万票も獲得した。機関誌「聖教新聞」は日刊だ。毎日、信徒によって配達される。公称550万部。月刊誌の「大白蓮華」は公称280万部。

こちらから判断して、200万人くらいが活動家といってよいだろうか。200万人も活動家がいるってすごいことだ。給与をはらう必要もなく、みんな「わがごと」として選挙活動するのだ。

2.「選挙活動=信仰活動」。センキョとなると票を取りに行く。票をとることがすなわち信仰活動そのものとなるのだ。

すなわち「功徳がある」「福運がつく」「人間革命できる」ということ。その活動は「広宣流布」につながると信じられている。「広宣流布」というのは、創価信仰を基盤にした大文化活動というような意味合いで言われる。

投票活動、ポスター貼り、街頭宣伝のウグイス嬢、選挙事務所の運営、なにからなにまで、「給与を払うことなく」みなさんよろこんで動く。それがすなわち信仰活動だから。

3.「票読み」がすごい。F(フレンドの呼称、公明党に入れていくれるという人のこと)を、おそらく日々、報告するのだと思う。それを集計して本部で分析。どこそこの選挙区があぶないというと、そこにエネルギー投入する。

なので票の振り分け、「微調整ができる」。死に票がすくない。たとえば、3万票で当確ならば、それ以上は必要ない。選挙活動は他の当落落選上の選挙区のほうに向けられる。

4.「全国のチカラを結集する」。都内の信徒だけの活動ではない。全国が都議選をたたかうのだ。信徒が都内の友人に電話する。北海道の人が、かつての友人を訪ねて上京して、交友をあためて投票の依頼をする。九州の人が、都内に友人がいる人に投票を依頼するように頼む。

5.「数値の分析がすごい」。選挙の結果は、市町村別に細かく、得票数が出る。それをみて、創価は、どこそこの地区の強さ・弱さが、数値の上ではっきりと示されることになる。その数値と、会員数、新聞購読者数、座談会の出席者数など、こまかく数字が分析されて、自らの勢力を具体的に把握することになる。そういう分析を、何十年とやってきているのだ。

6.「信徒が各分野にいる」。地方議会、マスコミ、教育界、司法、国家官僚、地方の役人とたくさんいる。それらが互いに情報交換して、創価を助けていることになる。そして、公明党が助けることになる。

こうして創価=公明党は、選挙を戦ってきた。そして、近年は、自民党を支えてきた。政権与党につねにいることで、創価に対する批判を防ぎ、創価の活動に対する便宜が図られる流れをつくっていると思う。

布絵の作品集作り

布絵の作品集作りをしている。一冊の本にするのだ。作者の竹山さんは81歳でひとり暮らし。毎日、創作している。感覚がとてもお若い。いまも毎日、創作されている。いちばん苦労するのは、布あつめだという。

撮影した作品は、古民家、鉄道、花、世界の家、町並みなど200枚以上。さてこれをどうやって、選び、並び替えてつくろうかと試行錯誤しているところ。

自分の作品の一覧として手元において眺めるだけだから、一冊つくれば満足と言っておられた。いや、それではもったいない。親しい人に贈ったりするので、やはり10冊。いや30冊。

例年ひらく個展のときに見てもらえる、あるいは本を買ってくれる人もいると思うから。いや100冊くらいあってもいいかも。そんな話をしている。

本として魅力あるものにするとしたら、テーマ別に絞り込んだほうが面白い。そうなると何冊もの分冊になってしまうけど。これからの創作としては、仏像とか石仏、あるいはインドの暮らし、アフリカのお面みたいなものもおもしろいと思う。

本作りにあわせて作品が見られるホームページ。個展のときにみてもらえるようなスライドショーづくり。そんなことも同時にすすめる。本ができたら、新聞社にプレスリリース。出版記念パーティー。布絵を習いたい人もきっとあらわれるので、その段取り。いろいろ企画はでてくる。こういう編集作業も、なかなかたのしい。

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