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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2017-09-23

おもしろい遊びを発見してしまった

ずぶ濡れになるので、「これで最後だよ」。そう言っても、「もっかい」(もう1回)「もっかい」(もう1回)とキリがない。

公園にある水栓の蛇口を上に向けて噴水。そして止める。すると、上空から大量の水のつぶつぶが落ちてくる。どどどーっと頭の上に。

えええ!なにこれ? とびっくりして怖がっていた。二度、三度とつづくと、もう嬉しくて仕方がない。おもしろい遊びを発見してしまった。

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やはりショッピングモールだ

東京にいると若い人が多い。夜中の12時だってやたらと人が歩いている。店も開いている。それがあたりまえの風景。

山里に暮らすと、日中でもほとんど人は見かけない。若い人などいるはずがない。ほとんど70以降のお年寄り。

じゃあ、80万都市の浜松駅の周りにはたくさん人がいるか。というと、たいして人はいない。東京の3万都市以下の人の賑わいかな。それでも北口方面は、すこしは賑わいがある。

そうして、南口の方はどうだ。駅から徒歩2分くらいの商店街は、ほとんど昭和になっている。店があるといっても、飲み屋、蕎麦屋、帽子屋、サンダルと下駄屋、焼肉くらい。人はほとんど見かけない。駅から徒歩2分のところだよ。

ええ?じゃあみんなどこに買い物に行くんだ? 

やはりショッピングモールだ。たとえば、イオン市野店。うちからクルマで片道1時間10分かかる。ぼくは、ここにある歯医者に通っている。

ついでにモールを歩く。するとどうだ。平日なのに、幼児を連れた若いママさん。若い女性も多い。お年寄りはほとんど見かけない。品数は多い。ショッピングが楽しめる。子どもの遊び場もある、レストランもたくさん。電気自動車の説明していた、手相占いもある、床屋もあった。

帰りに、これまた大きなホームセンター、ついでに100均によれば、だいたい揃ってしまう。サイゼリヤみたいなところで食事、と。温泉まである。

駅の周辺に人がいかないのは、ひとつは駐車場がないからだ。地方都市のみんなの移動は、クルマだ。わざわざ千円かけて駐車して買い物するほどの魅力も品数もない。子連れではあるきにくい。ショッピングモールならば駐車場はすごく広い。満車ということはない。しもタダ。子どもが遊べる場がいくつかある。品数が多い。なにしろ歩いていて楽しい。刺激になる。

地方都市は、だいたいこんなことになっているだろうか。駅の近くの店はますます衰退。さらに小さな駅は、もっと衰退。巨大なショッピングセンターばかりが繁栄していく。伝統のある個性のある店はなくなっていく。店のオヤジというのがいない。店員ばかりで、世間話というものはまったくない。結局、便利なんだけど、ひとつひとの店の個性がなくなってつまらない、ということになる。

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2017-09-22

栗の中の虫

栗の実が落ちだして、毎日、30分くらい栗ひろいをしている。

問題は、実の中に虫がいることだ。うちの栗はまったく農薬散布しないので、虫の入っている確率が高い。市販の栗は、三回くらい農薬散布されたものだと思う。

見分け方は、小さな穴だ。穴があいているのは、確実に虫がいる。穴があいてなくても、虫がいることもある。しばらく置いておくと、虫が実の中から成長してくる。

すぐに茹でて食べれば問題ない。が、茹でて、皮を剥いて加工するにはすごく時間がかかる。ぼくには無理だ。

簡単なのは、ひろったらすぐに冷凍してしまえばいい。虫も死ぬ。しかし、冷凍すると味は落ちる。巨大な冷凍庫が必要となる。いろいろ難しい。

2017-09-20

山里は過疎高齢の世界

山里は過疎高齢の世界。病で倒れる人、亡くなる人、そろそろあぶないひと。身近に多い。きょうは97歳で亡くなった方の家を弔問。特にどこが悪いということではなく、老衰だ。枯れていくように逝かれた。大往生とおもう。

今朝、診療所で出会ったOさん(75歳)は、明日、手術で入院するという。先日、Uさん(86歳)は、ドクターヘリで運ばれた。鮎の投網(とあみ)を教えてくれたAさんも入院という。

これから、ますますそういう話が増えていく。これから日本に訪れる高齢社会の先取りをしているのが山里だ。

2017-09-19

歩歩是道場

毎朝のあかりの肩車散歩のコース。あかりの重さがずっしりとかかる。どこに行くというのでもない。ただ歩く。あるく。

ゆっくり一歩一歩を味わうだけ。さながら歩く瞑想道場みたいな。歩歩是道場(ほほこれどうじょう)と。公園で肩から下ろす。あかりも、バランスを取りながら歩く。

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2017-09-18

フルス(葫藘絲 hulusi:ひょうたん笛)が届いた

フルス(葫藘絲 hulusi:ひょうたん笛)が届いた。中国の雲南省で演奏されている笛だ。これは樹脂製。

いちおうドレミはもう吹けるようになった。あかりが吹いても、音は出る。ちゃんと音階を出すには、かなり力がいるけど。月に二度、先生について習うことにする。これから独習。

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2017-09-17

今年は立て看板をつくってみた

栗畑の草も刈った。今年は立て看板をつくってみた。勝手に拾っていく人が、たまにいるからね。でも、看板のタッチは、あんまり厳しくないものにしてみた。予約なんてないんだけど、そういう言い方で牽制してみた。イラストも入れた。これを7本立てる。

なにしろ大きな木が50本以上もあるので、かなり栗が実る。たくさん拾っても、保存が難しい。そのままにしておくと、虫に食われてくるし、冷凍もむつかしい。その日に茹でてペーストにして保存すればいいんだけど、これがまたたいへん。

栗を拾わないでいると、みんな心配してくれる。ほしいという人がいて、いいですよ、どうぞというと、何十キロと持っていってしまう人がいたりする。報告もお礼もなし。なかには仲間とやってきて、ごっそり拾っていったり。で、こちらが拾いにいくときに、もうなかったりする。ということで、今年は、方針変更。

今年のトライアルは、和菓子屋さんに営業してみようかと思っている。キロ500円以上で買ってくれるそうな……。しかし、栗拾いもラクではないんだなぁ。通販も手間だし。なにかいい方法ありませんか。

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なんの音?

なんの音?

これは風の音。

なんの音?

それは川の音。

なんの音?

あれは、とんびの鳴く音。

なんの音?

セミの鳴く音。

なんの音?

カラスの鳴く音。

なんの音?

ブーブー(クルマ)の音。

なんの音?

かーちゃんが呼んでいる音。

かーちゃん帰ったよぉ。

ごはんできてるわよぉ。

あかりを肩車して川沿いに散歩。ベンチで休んでまたぐるっとひと回り。なんの音? なんの音? それが、いまのあかりのマイブーム。

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2017-09-16

ひょうたん笛の先生に出会った

これはフルス(葫藘絲 hulusi)という。ひょうたん笛とも呼ばれる。中国の雲南省モンゴル、ミャンマーあたりで演奏されている笛だ。音色が気にいった。しかもわりとラクに吹けそうに思えた。

しかし、独学では難しそう。教えてくれる先生がいない。ところが今日、先生に出会った。その先生は、中国語が堪能、中国文学の造詣も深そう。尺八もたいへんな名人級。お話も上手だ。

二俣の図書館に寄ったら、絵本の読み聞かせをやっていたので、あかりを連れて行った。二階の教室で尺八の練習会があるようなので、訪ねてみた。そしたら、練習していたのが、このフルスであった。

これまで尺八はたまに練習していたが奥が深すぎて、ちっとも上達しない。尺八の原型の長い笛である簫(Xiao)ばかり吹いていた。しかし、このフルスはおもしろそうだ。

なんと個人レッスンで一時間千円という。教えていただくことにした。春野でも演奏会をお願いした。

https://www.youtube.com/watch?v=3nrdu2IBNUM

「第三回神社・寺カフェ」のパンフレットに使えるかも

長楽寺を訪ねた。この夏、「三日坊主入門」という子どもたちの修行体験を寺で行った。真誉さんは仏画を子どもたちに教えている。その絵を見たら、なかなかいい。こちらは小4の京崎茉央ちゃんの作品だ。

来年、企画している「第三回神社・寺カフェ」のパンフレットに使えるかもしれない。ちょっとお試しでつくってみた。真誉さんにも茉央ちゃんにも、まだ許可を得てないけど。

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気賀の長楽寺を訪ねた

ひさしぶりに気賀の長楽寺を訪ねた。あかりをつれて、遊びのような気晴らしのような、そして雑誌の取材も兼ねてであった。

お寺にはこんな立派なオルガンが2台も寄進されていた。先日は、オルガンコンサートで100名余が集ったという。

空き寺の管理をしてくれる人をさがしてほしい、と鴨江寺さんに聞かれて、親友の吉田真誉さんを紹介させてもらったのが2年前だった。

かのじょは、れっきとした泉涌寺派(真言宗)の僧侶で、出家して20年余となる。お茶もお花も仏画も描く。東大寺で個展も。

彼女が大学生時代からの友人だが、なにしろ人柄が明るい。身体を通して密教の魅力を実感している。

彼女の魅力で長楽寺が喜んでいると感じる。なによりも仏様が喜んでいるように思う。やがて祈りが充満した素晴らしいお寺になっていくことと思う。

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稲の状態 たぶん10月に稲刈り

稲の状態。晩稲(おくて)なので、これから花が咲いて実ってくる。完全無農薬でったくの無肥料。土と水の力だけで育ってきている。育ち方のバラつきは、水の温度(田んぼの水もちの差)などいろいろな要素がある。

心配していたイモチ病は、なんとか克服して蔓延していないようだ。ひとつ安心。それから、青立ちといって実りのない稲の心配もあったが、それは早稲のコシヒカリの種籾と晩稲のサガビヨリが混ざっていたためだと思う。

おそらく10月下旬の刈りとりになる。目標は700キロといきたいところ。

ただ、その前に台風がくると倒れてしまいそうで心配。多くの農家が早稲(とくにコシヒカリ)を植えるのは、台風前に刈り取ることができるからだと思う。はやいところは8月に収穫している。

台風、豪雨、日照り、長雨、急激な冷えなど、数々の試練がある。なんとか工夫したり努力するけど、自然にはかなわない。そういうことが、田んぼをやってみて体でわかってくる。

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草刈り

山里暮らしで絶対な必要なのが、草刈りだ。鎌などでは追いつかない。絶望的広いのだから。畑に空き地に、ブルーベリー園、田んぼ周り。草を刈るスペースは1,000坪以上はある。

刈ったらすぐに草が伸びてくる。週一で草刈りが必要になる。なので、ぼくはエンジン草刈機は3台にもなった。

昨日は、栗の木の下の草刈り。大きな栗の木が50本以上ある。広さは300坪くらい。そろそろ栗拾いができるので、実が草の中に埋もれてしまうのだ。

数年前は、刈るのに半日以上はかかったが、いまでは1時間で刈ってしまう。刈り方はザツだけど、普通の人の3倍以上の速さだと思う。

とくに体力がついてきたわけではない。むしろ衰えている。ただ、刈り方コツが分かってきたこと、道具の力による。パワフルな背負い式草刈機と二枚刃の威力は大きい。

背負い式の草刈機は、かなり馬力がある。重たいがラクに動ける。二枚刃はツルにも絡まない。10センチほどの木でもぶった切ってしまう。ただ木や石にぶつかったときの反動が大きい。小石を周囲に跳ばすのもアブない。なので使用禁止している自治体もある。

どんなものでは練達してくると、力の入れ方と抜き方がわかってくる。はじめの頃は、ムダな力が入って疲れるし、変化に対する動きが悪い。ま、スポーツジムに行って、毎日1時間、筋トレと体感運動をして汗を流すという感覚でつづけていこう。

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2017-09-14

山里の交通弱者 スクールバスとのわかちあいも

年をとると体調も悪くなる。体の動きも衰える。クルマに乗るのも危ない。山奥にはバスなどほとんどこない。来たとしてもバス停までいくのはたいへん。では、買い物や医者など、どうしたらいいのか。

かつて春野町は、浜松市と合併する前までは、町内ならどこまで行っても500円でタクシーが乗れる制度があった。しかし浜松市と合併して10年。その制度は廃止された。他の町との一律平等主義に外れるからだ。予算も問題も大きい。

しかしそうはいっても、交通弱者はどうなる。どうしたらいい。

ということで、友人の森下広隆さんがリーダーとなって、NPO法人「春野のえがお」を立ち上げたのが、3年前。タクシーの半額で移動できるシステムを作った。春野の住民が年会費1,000円で支えていくことになる。しかし、経費的にやりくりは大変なことと思う。収益が上がる事業ではないからね。

また、北遠地域の佐久間町では、NPO法人が1億円の資金をもって、買い物支援タクシーを運行させている。が、資金は、年々取り崩して、目減りしていると聞く。

徳島の美馬市では、NPO法人が主体となって「助け合いタクシー」を運行させている。住民が自家用車を白タクとして利用してもらう。予約を電話で受け付けると、近くの登録運転手が送迎する。運賃は、民間タクシー会社の半額程度。その85%を運転手に、残りをNPOの運営費に配分。送迎もしながら、独居老人の安否確認も行う。

ぼくが思うには、スクールバスとの乗り合いのシステム作りもあったらいいと思う。中学までは義務教育なので、そこに生徒がいればどんな山奥でも、たった一人でもスクールバスは送迎することになっている。

そのスクールバスの運行に合わせて、地域住民が利用させてもらう。まちなかに買い物に行ける。診療所に行ける。交通弱者には、ずいぶんとメリットがあると思う。また、余計な経費はかからない。

しかし、これを阻むのはひとつには縦割り行政だ。スクールバスは文科省、住民の移動は国土交通書の管轄。そのあたりの調整が難しいと思う。なにか問題があった時、どう責任とるのかというところもある。

ではまったく不可能かというと、そうでもないと思う。そこの風穴をあけて、スクールバスと住民の移動を可能にした村がある。長野県の川上村だ。これは川上村方式と言われるらしい。これは直接、村長から聞いた話である。この問題、もうすこし、調べてみる。

山里暮らしはいいんだけれども、やはり歳をとってくると……

ここからクルマで40分のはるか山奥。駅から片道2時間余。店もなんにもない山奥。そこでひとり暮らししている友人を訪ねた。

かれは畑を耕し川の流れをながめては酒を飲む。ほとんど出かけない。もとより漢文学を学び書物に囲まれ、仙人みたいな人だから、風情があってなかなか絵になる。

60歳とまだまだ若いほうだ。だがこの数年、どうも体調が悪そうだ。訪ねるたびに弱っていくように思う。ずいぶんと痩せてきた。こないだ飲みすぎて倒れて右の肋骨が痛い。その前はまた倒れて左の肋骨が痛む。膝がガクガクしてきた。そんなことを言う。しっかりやっていた畑も、もうできなくなったと草ぼうぼう。

「酒をやめたらいい。ちゃんと食べないとだめだよ」。そうと言うと「いや、酒を断つくらいなら、生きている意味がない」。「嫁さんがいたら、いいのにねぇ」と言うと、「たしかにそうだけど。このひとり暮らしの気楽さ、自由さがなくなると思うと、それがつらい」と。

山里で仕事もしないで悠々と生きていると、やはり不摂生になりがち。若くて元気なうちは、山里暮らしはいいんだれども、やはり歳をとってくるとどこか体調は悪くなってくる。医者まで通うとなると、遠くてひとりじゃたいへん。

隣家のおばあさんも90を過ぎて、施設に入って、いまは空き家。まわりに家もない。もしも、倒れたとき誰も気が付かないとそのまままになってしまう。そうして、だれが世話するのかというと、なかなかたいへんだ。

玄関先に緊急連絡先が貼ってある。兄がいるんだけど、こないた脳出血で倒れましてね……と。いつもは玄関開けているんですよ。「いのちの窓」と呼んでまして、ここがあいていればぼくが生きている。夜はあかりが灯っていれば生きていると。

これからステップ2に移る

大学に文書でもって回答してくれるように求めた。けれども、大学は文書の回答など、したくない。で、昨日、大学の副学長と担当の特任教授と面談となった。まずは、事情を聞いてから、というところだろう。

大学は関与していない。知らない。勝手にやったこと。企業秘密というレベルではない。という回答で、もちろん想定内のことだ。

ということで、ステップ1は完了。

これからステップ2に移る。

訴えたい、と友人は言う。そのことで、社会的な波紋も起きる。そのねらいもある。それもおもしろい。いいよ手伝うよ、ということにした。

今月末までに大学を訴える。訴状を書く。まずは、和解調停までサポート。

戦略を練らなくちゃ。どういうストーリーで戦おうとするか。そして、いちばん大切な情報収集、証拠固め。

http://d.hatena.ne.jp/ichirindo/20170825/1503660832

2017-09-12

池田氏が、神奈川新聞に寄稿している

池田大作氏は、創価学会と公明党の精神的な中核であり、カリスマそのもの。会員にとっては、いわば戦時中の天皇のような絶対的な存在、それ以上の方。いわば末法の御本仏というのか、御神体のような。

しかし、公の舞台にはもう8年もあらわれていない。はたして健在なんだろうか。ずっと入院中とも言われる。

その池田氏が、神奈川新聞に寄稿している。そのこと自体が、驚く。こうして公の新聞に投稿することは、近年ではめずらしい。しかし内容を読むと、残念ながら伝わるものがほとんどない。まあ、創価学会本部のスタッフがなり代わって書いているのだと思うのだが。

ここで池田氏は、核兵器廃絶を訴えている。「核なき世界へ前進するために、国際世論の喚起とともに平和・軍縮教育が必要」と。けれども、北朝鮮の核実験については何も触れていないが。ま、総論では「核兵器反対、平和が大切」となんとでも言える。

「大衆の側に立つ」「平和と人権をまもりぬく」というのが、公明党の理念であったことと思う。しかし、いまの自公連立の動きをみていると、平和・軍縮にむかっているようには思えない。

そのあたりの矛盾は、どう解決しようとするのだろうか。池田氏は、たんに平和主義者というポーズを取るためのものとみえてしまう。そうして、「仏法は平和主義であり、創価学会は命の尊厳を守りぬく。池田先生はそれを実践しておられる」と会員は信じているのだろうか。

公明党を支えているのは、創価学会の信徒である。仏教を基軸にした宗教団体としては、命の尊厳をまもりぬくとして、理念の妥協はしない。しかし、現実の政党としては、いろいろ権謀術数があってよい。与党に公明党がいるおかげで、自民党に歯止めをかけている。創価の言い分は、そういうことかもしれないが。それでいいと会員は思っているのだろうか。

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2017-09-11

すこしずつ本業に軸足を移しつつあるところ

奈良にある真言宗の本山の「寺報」をつくらせてもらうことになった。年に2、3回程度の発刊であるが。あわせて冊子も。

かつては、お寺の新聞やら大学の新聞、都の労働新聞などの制作を受けていたことがある。締切に追い込まれて、四苦八苦した。でも、こういう定期刊行物の制作は、なかなかうれしい。

漠然としたイメージをカタチにしていく。イメージを文章とデザインにして、それが印刷物としてできあがる。そのプロセスは、緊張感があってたのしい。

デザインといっても、まるきり自由にできるわけじゃなくて、型にはめられた範囲だが、そのなかで工夫するのがたのしい。

雑誌や新聞などのデザインをみて、それを参考にする。この部分をこうやって使おう、こんなふうにイラストを入れよう、タイトルはこんな感じに……などと。それがたのしい。

管長に電話で取材して、法話をつくらせてもらうのも楽しい。関西に旅ができるのも楽しい。ということで、すこしずつ本業に軸足を移しつつあるところだ。

ひとり暮らしのお年寄りを訪ねる

ひとり暮らしのお年寄りを訪ねる。とくに用事はないんだけれども、どうしているのかなあと、たまに立ち寄らせてもらう。ときにあかりを連れていく。

ひとりは83歳のおばさま。昨年、ひとり娘を亡くした。90歳の夫は階段から落ちてケガをして、いま施設に入っている。耳が遠いので話もできない。なにもすることがなく、一日ぼーっとしているだけ。このままではボケてしまう。

おばさま本人も転倒して足をケガをして、まだ治らない。親戚も近くにいない。「晩年になって、まさかこんなに不幸が続くとは思わなかった」と言う。けれども、愚癡も不満もこぼさずに、じっと耐えている。

「よくないことがもう出尽くしたので、あとは良いことしか起きないんじゃないのかなあ」と言うと、「過去世からずっと背負ったきたものがあるから、自分が選んできた道とおもって歩むしかなのかねえ」と。

そんなやりとりだった。まあこうして、話し相手になるだけでも、気が紛れるかなあと思ってもみたり。「これをあかりちゃんに」と、大きな二十世紀梨をいただいた。

それから、90歳のおじさまを訪ねる。いつも畑にいる。この方の畑は手入れが行き届いていて、美しい。「ネギを持っていくかぁ」と、山ほどいただいた。ナスも、オクラもたくさん。

97歳になる妻は、施設にいて点滴の日々だという。もう血管が細くなって点滴を打てない、あと数日かなあという。

自前の歯が26本もある。小学校一年のときから日記を欠かしたことはない。軍隊に行っても、トイレに入って書いていた。なんでも記録してあるんだという。セックスの回数まで。こないだ数えたら、1万回を超えていたよ、と笑う。鉄人だ。

2017-09-10

空き家を行政が買って、住めるように修復して、貸し出せばいい

(続き)独居老人が多く、増え続ける空き家。そして、山里に移住したい若い世代はたくさんいる。ぼくは年間40組くらいの移住相談をしている。こりまで200組以上になる。

若い世代はお金がないので、土地や家は買えない。だから、家賃の安い空き家を求めている。しかし、空き家はたくさんあっても、貸してくれる空き家がない。いろいろ障壁がある。遺品の整理、墓がある、補修できない、地域とのつきあいなど。

そこで、ひとつの方向。空き家を行政が買って、住めるように修復して、貸し出せばいい。ただし、若い夫婦に限定する。そのことで、若い世代が移住して子どもも生まれる。山里に活気も出てくる。お年寄りの見守り支援にもつながる。

そうして、ここがミソなのだが、10年とか一定期間以上住めば、その家と土地はもらえることにする。売るほうとしては、行政が買ってくれれば、やはり安心。借りる人は、まとまったお金がなくても、一定期間住めば土地と家が自分のものになる。

行政としてのリスクは、空き家を買って修復しても、借りる人がいなければ不良資産になる。そこが心配だろうけど、トライしてもらいたいところ。

ま、行政でなくても、家主が、この方式で貸し出して、そして土地と家をあげてしまう。そういう考え方もできるかと思う。

10年住んで家賃を支払い続けたら、土地も家もあげますと

きょうは春野に移住したいという人に、空き家の案内をした。家賃5千円、2階建ての一軒家。風通し日当たり、景色も抜群。納屋も屋根付き車庫もある。ただし、水回りや電気工事は、借り主の負担となる。

しかし、山里での空き家は、いろいろ手を入れて修復しても、いつ何時、出ていってほしいといわれるかもしれない。そういう恐れはある。事実、移住者で2組、そういう事例があった。ある人は数百万円かけて家をリフォームしたのに、出て行く羽目に。

そこで、10年住んで家賃を支払い続けたら、土地も家もあげますということにしてはどうか。そういう提案。で、その方向になりそう。一時にまとまった現金がない人は、それがいい。

家賃を払い続けても、それがやがて自分のものになるというのであれば、リフォームのしがいもある。住んでみたけど、やっぱり家はいらないという場合でも、家賃と考えれば、それはそれでいいわけだ。(続く)

2017-09-09

自衛隊はアメリカの指揮のもと戦うことになる

日本は軍備を持たない。戦争をしない。しかし。軍事力がないのに国の防衛はどうするのか。

それは、アメリカに守ってもらう。日本の平和は、アメリカの傘の下で維持される。だから、アメリカの軍隊は日本にいてもらいたい。それが、日米安保条約である。

しかし、それは憲法違反ではないのか。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない」と定めた憲法第九条に違反する。

最高裁は、判決を下している。「アメリカの軍隊は、憲法に定めた戦力には該当しない。アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない」と(砂川訴訟)。

アメリカ軍が何万人も日本にいても、核兵器を持っていても、それは戦力には当たらないということになる。

さて、いざ戦争が起きた時はどうするのか。どうなるのか。自衛隊はどう動くのか。

「まずは自衛隊が主体的に行動し、極力早期に攻撃を排除し、米軍は、これに適切に協力する。自衛隊及び米軍は、緊密な協力の下、各々の指揮系統に従って行動する」(97年ガイドライン)とある。

しかしだ。戦争となったら指揮系統が2つあったら、混乱する。頭は一つだ。司令塔は一つ。それが、アメリカである。

自衛隊は、アメリカの指揮系統の下に属して、アメリカ軍の指令のもとに戦う。そのことは、アメリカの公文書によって明らかになった事実である。(1952年7月23日と、1954年2月8日の2度、吉田茂首相と極東米軍の司令官との密約)。

「吉田首相はハル将軍と私にたいし、在日米軍の使用を含む有事の際に、最高司令官はアメリカ軍人がなるであろうことには全く問題ない、との個人的な保証を与えました」(アリソン駐日米大使の米国下院外交委員会秘密聴聞会の証言 1954年2月)

さて、大統領がトランプになって、これらの流れはどう変化していくのだろうか。

トランプは、大統領選の前によく述べていた。「アメリカは日本を守る義務がある、しかし日本はアメリカを守る義務はない。それでは、不公平じゃないか。引き続きアメリカ軍の駐留を求めるのなら日本は駐留費を全額負担せよ」と。

そうして、安倍とトランプの電話会談(9月3日)。フジテレビが独自取材したというが、たしかな情報ソースではない。

トランプ大統領は「私は晋三と100パーセント共にある」として「もし米国が攻撃された場合、日本がわれわれを助けなければいけない」と述べた。安倍首相もこれに対し「100パーセント米国と共にある」と応じたという。

お互いに「100パーセント共にある」など本気とは思えない。しかし「米国が攻撃された場合、日本がわれわれを助けなければいけない」とトランプが思っているのは、事実であろう。

世界でいちばん戦争を仕掛けてきた国がアメリカである。つねに戦争をしないと、経済はまわらないようになっている。そんなアメリカが起こす戦争に、日本は付き合わされることになる。

いまは、憲法第九条があるので、海外で自衛隊がアメリカ軍とともに戦うことはできない。しかし、憲法改正すれば、アメリカとともに戦うことになるだろう。アメリカの指揮のもとに、だ。

2017-09-08

軽トラ幌馬車づくり 麻で編んでみた

軽トラ幌馬車づくり。幌はさらにロープで固定した。後ろから覗かれないように、手編みの仕切りを作った。

プラスチックの網にジュート麻を織り込んでみた。所要時間は3時間。こういうのは、ちょっとした瞑想になるね。でも、作業していると、あかりがおもしろがって乗っかってくるので、苦労した。

そんなわけで、作りはいつものようにザツだ。ま、これだと道具の出し入れも便利。クルマで移動中に風が抜けていく。クルマをバックするときに、織りの隙間からちゃんと視界があるので安全。あとは、幌の色合いをなんとかしたいところ。ペイントしてみようかな。

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累計13万8500部となった。なんと45刷に。

累計13万8500部となった。なんと45刷。「死んだらおしまい、ではなかった」(PHP研究所 大島祥明著)。

出版社に企画を持ち込んで、8年も前に作らせてもらったもの。初版は8,000部だった。無名の著者なので出版社としては、ずいぶん思い切った発行部数と思うが、それでおしまいかと思っていた。

ところが、なんとも不思議な本で、ほとんど宣伝しないのに、少しずつ少しずつ売れていった。

ああ、もう売れ行きが止まっかな。おわったかなあ、と思っていると、また増刷がかかる。ということで、まことにありがたい。

ずっと前から続編をつくってほしいという依頼があるのだが、この流れが止まっていないので、またしばらく様子見というところ。

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アメリカの軍事は、憲法のラチ外というよりも憲法の上にあるようなもの

日本国憲法の大きな柱であり特徴は「絶対平和主義」だ。戦争をしない。陸海空軍という戦力を持たないのだ。憲法第九条に定められている。

この条項のできた背景は、敗戦にある。日本は大平洋戦争を行い、大陸や南方に進出したが、大敗北して無条件降伏した。アメリカを中心とする連合国は、二度と日本が戦争を起こさせないように、憲法に縛りつけたのである。

しかし、やがて世界に共産主義がひろまってきた。隣国の中国は社会主義国家となった。北朝鮮にも。このままでは、ドミノ倒しのようにアジアに共産主義が蔓延する。資本主義に対する大きな脅威だ。やがて日本も共産主義になるかもしれない。

そのことを恐れたアメリカは、対日政策を根本から変える。平和主義の日本から「共産主義の防波堤」へと。そして、日本に軍事基地をおいて、そこからアジアを監視する。一朝、事あれば日本の軍事基地を拠点にして戦争を行う。密約で核兵器も持ち込んだ。

憲法に戦力不保持と定めたにも関わらず、戦力を持つ自衛隊を創設させた。その航空自衛隊を指導したのは、東京大空襲で3万人余の市民を虐殺したルメイ少将などである。かれはその功績で、勲章(勲一等旭日大綬章)を授与されている。

アメリカは、民主主義、信教の自由、農地解放、財閥解体、学校給食、産業の育成と、日本の民主化政策を矢継ぎばやに行っていった。日本人は、アメリカの先進技術、豊富な物量、自由でオープンな考え方、映画に音楽、野球などの娯楽、ファッションに魅了された。アメリカはすごい、資本主義はすごい。アメリカは一番だと心底思いこむ。

基地があって日本を守ってくれて安心だ。自前の国防費はたいして必要ない。それを、産業の育成にあてられる。ありがたいことだ。こうして、身も心もアメリカに支配下あって安住した暮らしがつづいてきた。

三権分立など、絵に描いた餅となる。日本の為政者も、アメリカの支配下にあり、ご機嫌伺いしながら政治をおこなう。アメリカの意向に逆らったら、その立場を追われることになるからだ。

司法もそうだ。アメリカの意向に沿った判決を下すことになる。

日米安保条約や軍事基地、自衛隊など、戦力を持たないという憲法第九条に違反していることは明瞭だ。しかし、最高裁は、それを憲法違反とはみなさない。「外国の軍隊は戦力にあたらない」「アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない」と判決を下す(砂川訴訟)。

アメリカの意向を「忖度」したというレベルではなく、アメリカが政治工作をしてそのように判決を書かせている。マッカーサー駐日大使が、藤山外務大臣に指示し、さらには最高裁の田中耕太郎長官とやりとりしている。(アメリカ公開の機密文書による)

そうして、ここがたいせつである。「日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」(砂川訴訟)と最高裁の判決に示した。

「高度な政治性をもつ条約については、憲法判断をしない」と。そもそも最高裁の本質的な仕事は、憲法判断することにある。それを放棄してしまっている。こうして、日米安全保障条約というものは、憲法違反かどうか、審査されることなく、つづいているのだ。アメリカの軍事は、憲法のラチ外というよりも憲法の上にあるようなものだ。

つねにアメリカの顔色を見て行動する、アメリカに依存するという国が日本なのだと思う。自分の責任で、自分リスクで、自分の考えで行動できない国。すなわち、日本はいまだに独立できていない。そこが政治の暮らしのいちばんの大きな問題。これまでそれできたし、このままでいいのか。いや、なんとかしないといけないのか、考えていきたい。

2017-09-07

朝風呂だ

ここのところ毎日、朝風呂だ。庭にセットしてある露天風呂を沸かして入る。ステンレス浴槽に薪窯を付けたもの。ドラム缶風呂は、危ないのと煙が周囲にひろがって迷惑なのであきらめた。ちゃんと煙突が付けてあるので、こちらは大丈夫。屋根もあるので雨でも入れる。

静かだ。まだ虫の音が聞こえる。天雨からはぴーひょろひょろとトンビの鳴き声。まだ日も射さないので読書ができる。おっきな石を入れて、それを椅子にして読む。あるいは立って読む。かたわらの切り株の上で瞑想もする。だいたい6時から7時くらいまでの1時間。風呂からはこんな景色になる。

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2017-09-06

あかりと図書館に

あかりと図書館に。絵本の部屋があるので、読み聞かせ。階段の登り下りは、スリルがあって嬉しそう。本はいつも40冊近くリクエストして、定期的にとりにいく。


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東京大空襲を指揮したルメイ少将は勲一等旭日大綬章が授与されている

一夜にして東京は焦土と化した。3時間にも満たぬ間に、死者10万人以上、被災者100万人以上、25万戸の家屋が焼失した。1945年3月10日の東京大空襲だ。

その空爆の司令官が、ルメイ少将である。

かれは語っている。「当時日本人を殺すことについてたいして悩みはしなかった。私が頭を悩ませていたのは戦争を終わらせることだった」。

「もし戦争に敗れていたら私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸運なことにわれわれは勝者になった」。

さらに語る「戦争はソ連の参戦がなくても、原爆がなくても、二週間以内に終わっていただろう。原爆投下は、戦争終結とはなんら関係がない」。

「原爆を使用せずに戦争を終わらせることができたとしても、原爆投下は、賢明な決定だったと思う。なぜなら原爆投下が降伏交渉を早めたのだから」

アメリカ人の考え方の通底にあるのは、「原爆投下は、上陸作戦前に日本を降伏させ、百万のアメリカ兵の命を救った」ということである。

またケネディ政権時代の1960年から本格化したベトナム戦争では、かれは空軍参謀総長の任にあり、「(北)ベトナムを石器時代に戻してやる」と豪語し北爆を推進した。

そのルメイは、日本で勲章(勲一等旭日大綬章)を授与されている。佐藤内閣のときだ。日本の航空自衛隊育成に協力があったのが理由という。

戦争に敗れてアメリカの支配下にあり続けている日本のありようが、よくわかる事例である。

2017-09-05

やはり好きなことだから、がんばれたんだと思う

宿題は逆効果という記事を書いたが、宿題は楽しくない。与えられた義務のような学びは、つらいものだ。身につかない。おもしろくない。時間とエネルギーがもったいない。

いっぽう、自分で見つけたもの。これはおもしろいとつかんだもの。それだったら、たのしい。時間を忘れる。好きこそものの上手なれ。努力がいらない。自然とエネルギーが涌く。疲れない。どんどんと身につく。深くなっていく。

「嫌だなあ」ということは、どんものでも疲れる。努力がいる。辛抱がいる。頑張って耐えなくちゃいない。山登りが嫌いな人に、義務として30キロものリュックを背負って炎天下を歩けというのは、いくら尾瀬だって地獄かも。でも、登山が好きな人は、へっちゃらだし、尾瀬など楽しくてたまらない。

学生時代、読書感想文とか、自由に作文を書けなどという課題があったとき、嫌でたまらなかった。頭をいくら捻っても、文章など出てこない。やがて、ニフティというパソコン通信の時代に、仏教好きな人たちのフォーラムに投稿していくなかで、書くのが楽しくなってきた。

いまでは、文章を書くのは人生の大切な要素になっている。酒飲みがどんな疲れていても、毎日飲むように、疲れていても眠たくても文章は欠かさない。混沌とした頭の中身が、文章にすることで整理されて、より深まる。自分との深い対話にもなる。なのでエネルギーの充電になっている。

でもまてよ。趣味はそれでいいけど。問題は、「好きなことして食っていけるのか」ということ。「人生はそんな甘いもんじゃない。努力しなくちゃ切り開けないぞ」という声も聞こえてくる。

たしかにそうだ。甘いもんじゃない。努力は大切。でもまあ自分自身、振り返ると、十余年ものサラリーマン暮らしから脱サラして、いつしかフリーになった。それまでなんの実績も経験もないのに、ふした縁で編集や執筆、本作りの世界に飛び込んでしまった。「仏教が好き」「書くことが好き」というところから、仏教書や医学書の本作りまでかかわってきた。

ずいぶとん失敗したし迷惑もかけてきた。うわ!えらいことだということも、度々あった。でもまあ、ありがたいことになんとかなってきた。

やはり好きなことだから、がんばれたんだと思う。これからも……。好きなことだから、自然とネットワークが広がった。いろいろな友人、知人にサポートしてもらえた。好きなことだから、いつも考えている。つねに工夫しようする。そういうところから、少しずつ光が射してくるのかもしれない。

まあしかし、この先どうなるのかは、わからない。混沌としている。なにしろぼくは、気が多くて興味が移る。企画することが大好きなので、次々と手を広げて、やがて収集がつかなくなってくる。

ほんとうに自分が好きなもの見極めて、しぼりこんで深めていかなくちゃいけない。集中力の発揮できる仕事をしなくちゃいけない。レーザー光線のように……。そう思っている。あ、そうそういちばん大切なことは、「人が好き」「人がおもしろい」というところ。それがなければ、ぼくはなにをやってもうまくいかないと思う。

2017-09-04

いろいろなおもしろいワザをもった人との出会いが楽しかった

こちらは足湯を提供している。循環式で汚れも濾過できる。薪ボイラーで温める。風呂にもなる。薄い板で織った風通しの良い仕切板もつくっていた。

さらには、軽ラの荷台のさらにその上にテントを張って泊まっている。ノマド(様々な場所で仕事をする遊牧型のワークスタイル)の暮らしの試みという。

こうして、いろいろなおもしろいワザをもった人との出会いが楽しかった。春野で開催されたラブファーマーズ・カンファレンスにて。

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竹はふんだんにあるので、こうしたワザを学びたい

春野で開催されたラブファーマーズ・カンファレンス。竹をつかって、子どものジャングルジムやブランコ、さらにはティピを作ってしまう人がいる。竹はふんだんにあるので、こうしたワザを学びたいものだ。

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食べる瞑想の講座

昨日のラブファーマーズ・カンファレンスでは、こんな感じの講座を受けもたせてもらった。テーマは「食べるマインドフルネス〜味わうことで今を感じる幸せのエクササイズ」。参加者13名。

吉田太郎さん(キューバにおける有機農業の研究者)は、余命三ヶ月かも?という病を端緒に、必死の思いで瞑想の世界に船出した。仏典や瞑想の予備知識などまったくなかったのに(いや、予備知識がなかったのが幸い)深い瞑想体験をされた。

その体験を元にして、食べることの瞑想、感謝の瞑想のエクササイズを行った。2時間という短い時間に、吉田さんの体験、エクササイズ、体験者のシェア、ぼくの話などを詰め込んだので、ほんのサワリだけということになった。また、次の機会、マインドフルネスのワークショップを企画してみたい。

春野の山の村は、遠いけれども涼しくて森がいっぱい。45ヘクタールもある。こうした研修施設、宿泊も可能。瞑想リトリートや親子の森あそび、森の素材をもとにした創作などにも使える。その自由さがとてもいい。

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2017-09-03

宿題は効果なし

宿題は効果なし。というより、逆効果と思う。そもそも楽しくないものね。忍

耐と辛抱、努力。いやいや我慢してやる。叱られるからやる。仕方ないからやる。

そういうものは、身につかない。やらないよりはいいかもしれないけど。もっと楽しいことをした方がいい。身につく。疲れない。学びになる。

しかし、ぼくの人生、やり残した宿題を抱えているような日々でもある。つまらないこと、いやなこと、つらいこと、それを楽しくゲームにしてしまえるというのが、人生のワザなんだろうけど。

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2017-09-02

ラブファーマーズカンファレンスに行ってきた

春野で開催しているラブファーマーズ・カンファレンスに行ってきた。夕食からの参加。ざっと100人以上はいるかな。楽しそうな店もたくさん。けっこう若い人が多い、子連れも多い。子どもたちが楽しそうに走り回る。あかりも走る。

こんな山奥に、全国からきてくれている。そうして、見渡すと地元の人はほとんどいなかった。出会うのは地元でも移住者ばかり。地元の感覚だと、ここ山の村は遠い、遠い。そして、有機農業の集い、う〜ん、あまり関心なし、かな。山里は、全国、そうしたものだと思う。

明日は、マインドフルネスと農業についての講座を担当させてもらう。ぼくは聞き役だけど。

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ヤママユで機織りを実演されていた

春野で開催しているラブファーマーズカンファレンス。有機農業者の集い。100人くらいきていた。ちょうど彭弔気鵑、ヤママユで機織りを実演されていたので見学。機織り機は3台あるので、習いたい人には教えてくれる。それこそ、ヤママユの飼い方から糸の紡ぎ方、そして機織りまで。

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2017-09-01

大豆コーヒー

コーヒーが切れたので、大豆コーヒーで代用している。大豆を焙煎する。ミルで挽いてポットに入れる。そこに熱湯を注ぐ。とっても香ばしい香りがする。苦味も効いてコーヒーにも近い。なかなかおいしい。そして胃に優しい。