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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2017-01-19

太陽光発電のはなしが2件

今月になって、太陽光発電のはなしが2件。ひとつは、耕作しながら、その上に太陽光パネルを設置するというもの。1反あたりの売電が150万円/年として、10年余で回収できる、と。もっとも売電は、いま21円になろうとしている(20年の固定)。

いろいろリスクがある。設備投資の費用の捻出。メンテの費用。廃棄するときの費用。なにより、農地を太陽光だけに利用するというのは、「農地法」の制限があって難しい。農地として耕作しながらという条件がむつかしい。なにしろ高齢になって、耕作しようというひとたちは、いなくなってきている。耕作したい若者たちに遊休農地を貸して、その上に太陽光パネルを設置というワザもないわけではないのだが。

もうひとつのはなし。きょう来られたのは、アメリカ人でアメリカの大きな企業だった。農地(農転が可能な白地の農地に限る)を貸してくれたら、賃貸料を払う。その業者が農転した土地に太陽光パネルを設置して、売電ビジネスをする。1反あたり5万円とか10万円の賃料が発生したとしたら、おいしいはなしかもしれない。

しかし、その業者が20年後に、ちゃんと廃棄までやってくれるのかどうか。業者がどこかに行ってしまって、地主が太陽光設備を廃棄せざるをえないとしたら、高額な費用がかかってくる。そのあたりの、担保はどうなるか。

耕作放棄地に太陽光という動きが、はやくなっている。新聞のチラシにも、太陽光に農地を貸してほしいというチラシが折り込まれていた。近所のデイサービスの敷地、あるいは工場跡地には、太陽光パネルが設置された。

ともあれ、ぼくが太陽光発電をやろうというのではない。あちこちの耕作放棄地をみていて、みなさん草刈りがたいへん。そのままでは、なんの利益も生まない。ならば、太陽光発電によって、現金収入の可能性はあるわけだ。

山里の風景の景観はわるくなるし、いいとは思っていない。ほんとうは、まちなかの若い人たちに、耕作放棄地を提供して、耕してもらうのがいいと思うのだが、しかし、これがむつかしい。

移住相談にきてくれた

移住相談に来たのは、Uさん36歳。木工をメインに農業もやりたいという。一昨年の春野で行われたラブファーマーズ・カンファレンス(有機農業者の集い)のときに会って、話したことがあるという。ぼくのブログも読んでくれていた。

なんとか空き家は見つかると思う。しかし、問題は仕事だ。月に5千円くらいの空き家に住んで、年間100〜150万円の経費で暮らせるとしても、さて現金収入をどう得ていくか。

雇用してくれる会社は難しい。補助金の道はある。たとえば「新規就農支援制度」を活用すれば、農林省から、年間150万円を5年間の支援を受けられる。けれども、そのことで縛られてしまう。農業で生計を立てようということではないし、なにより本業の木工に集中できなくなる。

耕作放棄地を借りて、田んぼと野菜をつくる。食は確保する。スポットで茶工場でのアルバイト、あるいは林業の手伝いなどで、現金収入の道があるかもしれない。その過程で、木工製品をつくり、あるいは山里の資源(竹とか流木とか山菜とか)を販売できる可能性もないことはない。

まあともあれ、ちょくちょく春野に通ってきてもらい、楽舎の田んぼや畑を手伝いながら、ネットワークを広げてゆく。そうしたなかで、移住を考えるといい。30代だから、いまから山里暮らしをはじめていけば、可能性は開けてくると思う。そんな話をしたのだった。

昨年から30代の若者たちが、農業に関わりたいと、よく訪ねて来るようになった。10人は超えている。耕作放棄地はたくさんあるのだから、なんとか道が拓けるといいな。

2017-01-17

靖国神社を参拝した さながら戦争博物館のようだった

先日、靖国神社を参拝した。神社とはいうものの、さながら戦争博物館のようだった。戦争を賛美し、戦いを鼓舞するようなものが多かった。大鳥居をくぐると、その先にまた鳥居が。その鳥居の左右の柱には、向かって右に、日本海海戦に勝利した東郷元帥のレリーフ、左に旅順を陥落させた乃木大将のレリーフが刻まれている。

参拝してとなりにある「遊就館」に入る。たくさんの武器が展示してある。いきなりゼロ戦が展示だ。映画「戦場にかける橋」で知られている泰緬鉄道の機関車。「枕木一本、死者一人」ともいわれて、多くの死者を出した。さらには、高射砲、機関銃、人間魚雷、爆撃機、鉄兜、手榴弾、鎧と刀、槍……。

いわば、すべてこれ「人殺し」と「破壊する」道具ばかり。館内で上映していた映画は、日露戦争で多くの死者をだした203高地の勝利シーン。さらには、敗戦のときに自決した阿南陸軍相の血まみれの遺書。

展示してある武器は、実物ばかりだから、迫力がある。大きさ、重さ、硬さ、操作性など、リアルに伝わる。しかし、どうして靖国神社に展示してあるのかなぁ。こうしたものは国防博物館でも建てて、そこに展示しておけばよいのかなあとも思った。

戦死した人の鎮魂の場である神社にあるのは、どうもふさわしくない。不自然と感じた。

靖国神社では、すべての戦死者に命(みこと)とつけて、祀ってある。国のために戦死した者は、死んだ瞬間に「神」であり「英霊」となるという考えである。

けれども、戦死者は、志半ばにして不遇の死を遂げた者たちということができる。若くして、さまざまな夢や希望があったのに、その道を歩めなかった。その死に方も、爆死、餓死、溺死、病死など安穏ではなかったろう。

親に先立って死ぬ、妻と子を残して死ぬ、家の跡取りでありながら、それができずに死んでいったわけだ。お国のため、天皇陛下のためという思いで死んだとしても、やはり無念さがあったことと思う。

いくら神だ、英霊だと呼ばれたとしても、〈たましい〉はやすらいではいない、と思う。無念の思いをもった御霊(みたま)を安んずる、鎮魂する場こそ、靖国神社ではないかと思う。

そうかんがえると、靖国神社は鎮魂に重点をおいた聖なる空間であってほしい。やはり深い森がほしい。明治神宮のような森。広葉樹を植え、長い年月をかけて、森をつくっていけばいい。参道はいまのようなアスファルトじゃなくて、白い玉砂利がいい。拝殿にいく参道が車道のために断ち切られているのも、具合がわるい。落ち着かない。

そうして、なにより静かに祈れる場がほしい。いまの拝殿は、柏手を打ってそれでおしまい。うしろのひとが使えているので、佇んでいられない。また、お年寄りが休める場所だってほしい。いま、腰掛ける場所は、なかなかみあたらない。

国のために命を捧げた若者を静かに深く思い、国を護るとはなにか、本当の平和とは何かに思いを致す聖なる空間──靖国神社は、そういう場であってほしいと感じた。靖国神社は独立した宗教法人なのだから、外野があれこれと注文つけることはできないのだけれども。

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お坊さんで医者 そういうひとの取材に秋田へ

もともとお坊さんは、修行をする過程で、山野を跋渉し、薬草などに知識も詳しかった。加持祈祷も、病を癒すことに役に立ったと思う。

心の疲れ、ストレス、悩み苦しみが、病の原因のお大きな要素なわけだから、心を癒やすという大きなはたらきをもっていたと思う。お釈迦さまの別名を「医王」ともいうくらいだ。

お坊さんは、死んだひとの供養だけではなく、生きているひとの心の琴線に触れる存在であってほしい。お寺は、法事の場だけではなく、心の癒やしの場であってほしい。説法も説教もありがたいけど、なによりお寺が癒される空間であってほしい。お寺が、祈りの場であるといい。そうして、寄り添ってくれるお坊さんがいるといい。

死んだ後の葬儀と法事とお墓の維持がメインになってしまうよりも、死にゆく人を見守り、まさに死に旅立つ人を看とることもできたらすばらしい。

そんなひと、いるわけないだろう。とも思うけど、こんなお坊さんがいた。対本宗訓(つしもと・そうくん)という方だ。この方は、京大の哲学科をでて、禅僧として修行、臨済宗佛通寺派管長となる。それから、帝京大の医学部に入って医者となる。緩和ケアなど、スピリチュアルケアに根ざした医療をめざして、昨年、秋田の病院の院長となった。医療と宗教の架け橋になろうとしている。

いちどお話を聞きたいと思っていたところ、ありがたいことに、雑誌の取材の仕事が入った。今月、秋田まで出かけることになった。

2017-01-15

冬の光のありがたいこと ゆらゆら気功

朝は室内でも4℃ 外はきっと氷点下だろう。それでもランは犬小屋に入ってない。外に寝ている。ワラが敷いているにしてもなあ……。なんと寒さに強いことか。

ランを連れて、ほたる公園を散歩。長いリードをつけて、のんびりさせさる。ぼくは気功とストレッチ。日の光を浴びての大きな気功(禅密功)。冬の光のありがたいこと。

からだゆらゆら。大きな気功の動きから、しだいに小さな気功。そして、静かなストレッチへ。バキバキ、ゴリゴリいうのがほぐされていくようで、気持ちがいい。

最終的には座っての瞑想になる。大きく体を動かす必要はない。息を吸う、吐くだけの動き。吸えば体は膨れる、吐けば体は縮まる。膨れると縮まる。その過程で、いろいろな体の変化を味わうことができる。

ガソリンスタンドが次々と閉店に

石油ファンヒータの灯油が切れた。ちかくのガソリンスタンドは昨年末に閉店となった。もう少し先のガソリンスタンドは2年前に閉じた。さらにその先、クルマで20分くらいかけて灯油を買いに行く。「うちも、あと5年もつかなあ……」とオヤジさんは言っていた。

こないだ寄ったガソリンスタンドも、「いつやめようか、どうしようかと毎日、話しているんですよ」と言っていた。夫婦でともに80歳を超えていた。

山里は人口が少ないので、売上が少ない。価格競争による利益率の低下もある。また、設備投資にカネがかかる。地下タンクは古くなると使い続けることができなくなるので、入れ替えるか内部コーティングする。その費用は、最低数百万円もかかるという。とうてい、それを回収できる見込みはない。

さらには、廃業もむつかしい。ガソリンスタンドを更地にするには莫大な解体費用がかかかる。その店のオヤジに聞くと七百万円はかかるという。なので閉店したスタンドは、そのまま廃虚になっている。

さて、閉店したガソリンスタンドを、みんなで出資して稼働させようとしても、これがむつかしい。廃業届を提出すると、地下に埋設しているタンクの中に砂を入れなければならないという。だから、もう二度と使えないのだ。

ガソリンスタンドは、山里のいわばライフライン。これがなくなると、山里の暮らしが成り立たなくなってくる。

2017-01-14

戦死した瞬間に神となる

材の仕事で九段下に出かけた。せっかく九段にきたのだから、と靖国神社を参拝した。遊就館に入って、いろいろな戦争のため武器をみてまわった。その最後の部屋には、戦死された方たちの御影(みえい)が飾られてあった。

御影の下に書かれた氏名にはみな「◯◯命(みこと)」とついている。命、すなわち神である。英霊である。

神道における死者のとらえ方はこうだ。死んだばかりの人間は、「荒御霊」(あらみたま)であり、まだ、たましいは鎮まっていない。三十三年間の鎮魂儀式をおこなってようやく「和御霊」(にぎみたま)となる。そして、祖霊となって子孫たちを護る、と。

ところが、かれら戦死者は、戦死した瞬間に英霊=神となったのである。そして、靖国神社に祀られる。三十三年間の鎮魂儀式をまつ必要はない。そうしてかれら神たちは、集合霊として、祖霊として、大和魂として、国を護る。これが、国家神道の解釈である。

これは、従来の神道の考えではない。明治維新の時に、新しい国教として国家神道がつくられた。国のために戦士したひとたちの扱いをどうしよう、というところからつくられたのだと思う。

お国のために亡くなったのに、「荒御霊」(あらみたま)のままでは具合が悪い。ではこうしよう。戦死した瞬間に、神となるのだ。そうであれば、遺族もよろこぶ。そして、みんな喜んで戦地に赴くのではないか、と。

ちなみに、空襲や原爆で亡くなった方はどうなのかというと、命(みこと)ではない。靖国神社に祀られてはいない。

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上野村の移住者がすごい

哲学者・内山節さんの投稿。上野村(群馬県)の人口の2割が移住者というのがすごい(人口は1,300人。移住者が260人)。「村の自然を守り、村の共同体を守り抜こう」という村長のことば。村の中学生に対する意識調査、全員が将来、上の村に住みたいと答えたという。

どうして、こんなに移住者が多いのだろう。哲学者の内山節さんの発信力、魅力もひとつ。なにより行政の取り組みがすごい。よくこんなに財源があるものだと不思議。こんな村があることを知っていたら、ぼくはきっと、ここに移住していたと思う。東京からも近いし。

・生活補助金...1世帯あたり月5万円(最長3年)

・住宅資金借入金利子の助成...新築は500万円以内、増改築は300万円以内で住宅資産借入金の利子を全額助成(最長10年間)

・住宅取得応援金...住宅取得により生じた不動産取得税相当額を助成(最長5年)

・結婚祝金...1組あたり20万円を支給

・特別養育手当...対象児童1名に対して月あたり5万円を支給(所得制限有り)

・養育手当...対象児童1名に対して月あたり1万円を支給(第3子目以降が対象)

・誕生祝金...1名あたり3万円を支給

・入学祝金...対象児童1名に対して3万円を支給

そして、村営住宅だ。

・一戸建て住宅:12,000円〜

・共同住宅 1DKタイプ:7,000円〜

・共同住宅 2DKタイプ:11,000円〜

・共同住宅 3DKタイプ:12,000円〜

・子ども医療費の無料...0歳から18歳までの子どもの医療費(入院・外来とも)無料。

・保育所:月額2,000円(2歳児5,000円)

・高校や専門学校・大学に通う生徒に奨学金を貸与。自宅通学...月額1万5千円以内、自宅通学以外...月額5万円以内

そして、雇用がある。林業を軸に経済が回っている。製材、木工業、ペ レットを使ったバイオマス発電、おが屑をキノコの菌床など。

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新たに畑を耕した

山路くんと、畑を耕した。ちかくのデイサービス(みんなの家)の畑が放置されていたので、そこを借りることにしたのだ。さて、なにを栽培するか。ハーブくらいがよいかな。あるいは、菜の花、レンゲ、ひまわり。大豆。

手前にある網を張ったところは、ヤママユを孵化させて育てるところ。クヌギ、ヤマモモ、クリ、カシワなどの落葉広葉樹の葉っぱに卵を置いて孵化させる。しかし500個の卵に対して、孵化するのは30個くらいだという。ひとつの繭からは一千メートルの糸がとれるんだそうな。

一年かけて、東屋を作りベンチをセットして、デイサービス利用者のお年寄り、ほたる公園にあそびにくるお年寄り、子どもたちが楽しめるフィールドにしたいものだけどね。事務所から徒歩1分という好立地。ほたる公園、気田川、大きな運動公園がすぐちかく。

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若松英輔さんとのお話から

取材させていただいた若松英輔さんとのお話から。感性豊かな言葉が無駄なく次々と繰り出されてきた。それを、読者向けにわかりやすくしているところ。いま試行錯誤中。すこしエッセンス……。


「祈り」とは「願い」の対極にあるものなんですね。「願い」というのは、「こちら」の思いを「あちら」に届けようとすることです。「あちら」は「こちら」を知らない。呼びかけないと気づいてくれない。訴えなければ、何に困っているのかはわからない。それが前提にあるんですね。

けれども実際には、「あちら」は「こちら」のことをすべてみておられる。わかっておられるわけです。そうすると、なにも願う必要がない。訴える必要がない。「願うまでもない」ということなんです。

別の言い方をすれば、祈りとは、「あちら」の声を聴くということなんです。聴くためにいちばん最初にしなければならないのは、沈黙することですね。「あちら」の声を聴こうとするときに、ひとは自分の願いを届けることを、ひとたびやめてみなければならないんです。

存在の深みに入るためには、ひとりになることがたいせつなんですね。ひとりであるとき、ひとは苦難のなかでも、しあわせを感じることができるものです。過酷でつらいこと、あるいは悲しみの底に、ほんとうのしあわせがあったりする。

たしかに悲しみというのは、忌むべきものです。でもじつは、その忌むべきものの底に、自分が生涯かけて探してきたものがあるんじゃないでしょうか。そのとき、ひとはなにかに照らされているかのような、とても深いところにいるわけです。

2017-01-12

名月をとってくれろと泣く子かな

名月をとってくれろと泣く子かな(一茶)

一茶のよく知られた名句だが。まさか我が子をだいて名月を眺める日がくるとは、思ってもみなかった。

煌々と輝く満月を見せにあかりを抱いて外に出る。外は風がびゅーびゅーと吹いている。あかりは、満月を指差して、おおおお、と声を出している。

月は輝いていても、すぐに雲に隠れる。待つとまた出てくる。そしてまた隠れる。その繰り返し。ランは、わんわんと吠えている。わたしだけを置いていくなと。

この第一印象ってのがだいじ

トヨタのディーラーのひとが訪ねてきた。突然、アポなく訪ねて来られたが、第一印象が落ち着いたいい感じ。タカタのエアバッグの無償交換の日程の段取りのためだ。はるばるこんな山奥までご苦労なこと。

いろいろな人が訪ねてくるけど、この第一印象ってのがだいじ。顔の造作じゃなくて、雰囲気というかオーラだね。電話もそうだ。第一声で、もう話したくないような雰囲気の人もいるし、すこし話してもいいかなあという雰囲気の人もいる。

大手の楽器メーカーに就職したときには、ピアノを売ってこいという研修が半年くらいあった。しかも大阪だよ。こんちわー、ヤマハです。いりません。いそがしいです。主人と相談します。と、いつもていよく断られたものだった。大阪だから、なかなかストレートできつかった。でもまあ、そのうちコツが分かって、売れるようにもなってきた。

そんな営業経験もあるので、営業マンの気持ちは、わかるほうだと思う。数社でルート営業もしたので、10年近い経験がある。なので突然、訪ねてきた人に対しては、基本、親切に対応することにしている。でも、見た瞬間に、ああ・いそがしい、と急に用事を思い出して帰ってもらいたくなるひともいる。

「いきなりトップスピード」に入る

茂木さんのメッセージ。「いきなりトップスピード」に入るということが、近ごろのテーマ。瞬時にギアをシフトして高度な集中に入ってしまう。そういう生き方にしたい、と。

どんな劣悪な環境にあっても、思うようにならない環境にあっても、さあやるぞ、という高度な集中力があれば、そこで学びは起きる。

それまでの過去のしがらみも、これから予想される不安な未来も関係ない。いまここで、やるべきことをやるだけ。それに徹するだけ。そういう生き方につながる。

いま世の中は、マインドフルネスという言葉が流行っているけど、その源流こそブッダの実践にあると思う。それは「いま・ここ」に生きるというありようだ。

茂木さんの話は、具体的に、熱いメッセージとして受験生に発信している。そのとパンチの聞いたてメッセージ。とてもおもしろい。ということで、出版社に頼まれて、茂木さんの本の企画書も書いてしまった。朝の5分、いきなりのトップスピードで。ま、なにごとも縁があれば、だ。縁があれば、出版のお手伝いもできるかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=My3N_5w5dC0

子どもに絵本を読んで聞かせる

スマナサーラ長老にお会いするのは、「仏教塾」という本を作ってから一年ぶり。どうもお久しぶりです。最近どうですか。きょうは寒いですね。……というような話から入らない。そういうことを長々とやりとりしても、お互いに面白くない。いつも本題から入るようにしている。

子どもに動画を見せたら、そればかり要求するようになって、どんどんと依存していくんです。それはいけないと思っても、絵本だけに切り替えたんですよ。でも、読んであげるほうとしては、いつもおんなじ絵本だしおもしろくないし、とてもエネルギーが要る。どうしたらいいでしょうね、と。

長老の答え。いつもの絵本だと読むほうも飽きてくるでしょう。毎回、すこしだけストーリーを変えるんですよ。あれれ、くまさんがどこかに行った。このくまさんは、どうしたんだろうね。とか、毎回、その場で創作していくんです。読んで聞かせるとき、子どもはいつもあたらしいものに接することになります。そのときそのときで、あたらしいものを作りながら読むんだら、すごくおもしろくなりますよ。毎回、創作活動ですよ。

池谷さんが一所懸命に編集していい本を作ったとしても、そんなものは一度読まれて捨てられてしまっておしまいでしょう。ところが、子どもために一所懸命に創作して読んであげるのは、ぜんぶ子どもの成長につながっていく。そんなにすばらしいことはないんですよ。

というようなことから、マインドフルネスの子育て、マインドフルネス一日一話の企画の話に入っていったのだった。

2017-01-08

神社の参加がむつかしいところ

「神社・寺カフェ」をすすめているが、神社の参加がむつかしいところ。神職がおもてなしして、自由に語りあいができる、というのは、なかなか稀有なこと。大きな神社になれば、参拝してくれるのはありがたいが、いちいち対応するほど余裕がないと断られる。

神社はたくさんある。神社本庁に登録された神社だけでも全国には8万5千社以上。末社も入れるとおそらく20〜30万社。だが、ちゃんと神職が常駐しているところは、2万社くらい。ちなみに、寺院の数はおよそ7万5千か寺といわれる。ふたつを足せば15〜16万にもなる。コンビニよりも多い。コンビニは、全国で5〜6万店とか。

こうして神社はたくさんあっても、ふだんは集落で管理していて、無人だ。祭のときに祭場としてつかわれる程度。たとい神職がいても、お寺のように、それだけで暮らしていけるとも思えない。葬儀や法事を行う、境内に墓があるということは、「寺院経営」からみると、とっても大きいことだと思う。

さて前回、参加してくれた浜名総社神明宮さんは、いそがしくてむつかしい。初生衣(うぶぎぬ)神社は、電話してもまったく通じない。それで、今回の参加は、佐久間の「貴船神社」と水窪の「足神神社」のふたつ。ともに山中深くにある神社で、3月でもかなり寒い。

足神神社は標高890もある。その先は、長野県との県境、青崩峠だ。境内には清らかな湧き水が出て遠くから汲みにくる人が多い。健脚の神様をまつる。守屋宮司は、1300年間つづく西浦(にしうれ)田楽保存会の会長。国の重要無形民俗文化財の第一号。能楽の源流とされ、折口信夫などがよく訪れた。寒中、月が出て夜明けまで行われる。松明を焚いての仮面劇だ。そのあたりの話も聞ける。

貴船神社の田開(たびらき)宮司は、蕎麦雑炊をふるまってくれる。昨年いただいたが、これがとてもおいしい。雑炊をいただきながら、境内で宮司との語らいとなる。田開さんは、神道の教え、歴史など、なんでも詳しいので、ざっくばらんに聞ける貴重な機会だと思う。

2017-01-07

考えを止める(2)

考えを止める(2)こんな話を聞いた。インドで出家したアメリカ人からだけど、出典は聞かなかった。『マハーバーラタ』あたりかもしれない。

ある男が、とても優秀な召使がほしいと思っていた。なんでも率先して、やってくれる召使。そうして、そんな召使があらわれた。なに命令すれば、即座にやってくれる。「ご主人様、つぎは何でしょうか」と。はい次は、はい次は……。どんなことでも、ものすごいスピードで、実現してしまう。

男は最初はこれは便利でいいと思ったのだが、やがてほとほと疲れてしまった。気が休まるときがないのだ。それで、ある仙人に相談した。仙人は、こうアドバイスした。「その召使に一本の立てた棒を上がったり、下がったりさせればいい」と。なるほど、そうやって命令すると、召使は棒を上がったり下がったりをずっとしつづけている。これで、男はやっと心が安らかになったという。

これ、なんの話かというと、召使とは、自分の考えそのものだ。つぎからつぎへと、ものすごい速さで動き回る考え。そうして、棒を上がったり下がったりするというのは、吐く息、吸う息のこと。すなわち、呼吸に意識を向けること。呼吸につなぎとめることを指すのだと。

考えを止めるひとつの大きな鍵。それは、呼吸に意識を向けること。吐く息、吸う息に意識を向けること。つねに、呼吸に気づいていること。呼吸につなぎとめておく。それが、瞑想の極意であると。そんな話を思い出した。

考えを止める(1)

考えを止める(1)「自分」と「自分の考え」は、イコール。「自分」と「自分の考え」は、切りはなせない。自分の考えは、自分そのもの。自分というものは、考えている自分である。デカルトのいう「われ思う故にわれあり」だ。

じゃあ、考えがなくなったら、自分はどうなるか。考える機能がなくなったら、自分という存在はなくなるのか。いや、考えがなくなっても、自分という確とした存在感はあるんじゃなかろうか。その存在感そのものが、自分であると。

考えは、自分のもの。自分の支配下にあるともおもうが、しかし、そうでもない。「考えをやめてごらん」と言われた時、考えはやめられない、止まらない。考えをスタートすること、考えを変えることはできると思うが、止めるというのがむつかしい。止めようと思うほどに、つぎからつぎへと浮かんでくるのが、考えだ。

つぎから次へと浮かんでくる考えによって、自分は支配されているような気さえする。この考えを止めるにはどうしたらいいか。

納得のいく〈看とり〉と〈おくり〉を考えよう 企画書

タイトル:納得のいく〈看とり〉と〈おくり〉を考えよう

〈背景と目的〉人生において、親しいひとの〈看とり〉と〈おくり〉はかなり重要なことである。けれども、納得のいくことが、むつかしい。必要以上の延命治療などで、心からの〈看とり〉ができにくいこともある。息を引きとれば、そこからは葬儀社の出番。じっくり考える時間もなく、僧侶による儀式、告別式など、しきたりに従って慌ただしくすすむ。かなりの費用もかかる。

「みんながそうやってきた」とか、世間体や慣習だけでなく、ものごと本質から考えたい。もっとシンプルにできないか、もっと心のこもったものにできないか。そもそも仏教での葬儀(僧侶のお経、戒名、法事)に、仏教の本義から照らしてどんな意味があるのか。

やがて自らが看とられ、おくられる日がくる。そのためにも、どういう準備、どういう心構えが必要なのか、みんなで智慧をだしあっていきたい。

〈具体的な展開〉シンポジウム(当事者の体験トークとパネルディスカッション)を開催する。講師は、看取りとおくりに関わる仕事をしているひとたち(医師、介護士、看護師、セラピスト、僧侶、神父・牧師、神職、葬儀社、墓石屋など)。自ら〈看取り〉と〈おくり〉を体験したひとたち。そういうひとたちから体験をきいていく。

一方的な話ではない。教養を積む講座ではない。当事者の話を素材にして、参加者がともに語りあい、学び合い、考えを深めていくことが主眼となる。

第1回:看とりについて(医療や介護関係者、体験者)

第2回:看とりについて(医療や介護関係者、体験者)

第3回:おくりについて(僧侶、神職、神父・牧師、体験者)

第4回:おくりについて(僧侶、神職、神父・牧師、体験者)

第5回:おくりについて(葬儀、墓石、供養に関わるひとたち、体験者)

第6回:全体の総括

〈効果・展望〉

さまざまな当事者、体験者のトークに接することで、いろいろな看取りとおくりの方法があることがわかってくる。これしかない、という思い込みの枠が外れてくる。さまざまな選択の道があることがわかると、そこに安心がある。いざというときの心の準備にもなる。

シンポジウム参加者同士の交流が生まれ、たがいにサポートしあえる関係性に高まっていく。

愛する人を看とること、おくること。──人生において、もっともたいせつなことを、伝統やしきたりだけではなく、その本質から考える。それは、自らの生き方を見据えることにつながる。この連続講座をきっかけに、ひろく全国的なムーブメントを起こしてきたい。

※こちらも浜松市の文化事業としての提案。かなりディープな講座になると思う。採択されれば、だけど。

「神と仏のオープンカレッジ」──日本のこころの土壌となる神道や仏教を学ぼう 企画書

タイトル:「神と仏のオープンカレッジ」──日本のこころの土壌となる神道や仏教を学ぼう

〈背景と目的〉日本のこころ(生き方、ものの考え方、美的感覚、道徳、習慣)の土壌に、神道と仏教がある。これらを外して、日本のこころはかたりえない。

けれども、その教えや生き方、実践を学ぶ場は見出しにくい。公教育で宗教教育はなされないので、宗教について無知と無関心、偏見があるのも事実。外国人から日本の宗教について問われたとき、適確に答えられるひとはすくない。

宗教に対する免疫のなさから、アブないカルト宗教に属してしまったり、異なる生き方・宗教に対して、ひどく不寛容で排撃する意識も生まれる。

そこで、神道と仏教についての学びの場をつくりたい。さらには、キリスト教やイスラム教についても、学べるといい。それは日本のこころを学び、異なる考えや生き方を知ることにもつながる。

〈具体的な展開〉神道や仏教を軸にキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などについての連続講座を開催する。講師は、僧侶と神職や信徒。自らの生き方、暮らしにどう教えが生きているか。ブッダや聖典の教え、お経や坐禅、念仏などの実践法。葬儀や法事の意義、先祖供養についてもテーマにする。けっして特定の宗派の布教の場にはしない。

第1回:「法事と供養、僧侶の役割」なぜお寺が葬儀や法事を行うのか。葬儀は仏教的にどういう意味があるのか。供養の本義は。

第2回:「密教の魅力と実践法」カウンセリングと仏教。阿字観(密教瞑想)の実習。

第3回:「禅の心とマインドフルネス」道元禅師の生き方と「いまここ」の気づき。禅の実践指導。典座(精進料理)と禅の心。

第4回:「神道の基礎、祝詞の実習」神道の教えと作法。祝詞奏上。

第5回:「仏教と文学」『法華経』の世界観。法然上人の生き方と浄土の教え。

第6回:「キリスト教は人生の終末にどうかかわるか」神父あるいは牧師。あるいは、ターミナルケアに携わるチャプレン。

第7回:「他の国の宗教と生き方を知る」イスラムの教えと日常の暮らし、仏教の源泉としてのヒンドゥーの教えと生き方。

〈効果・展望〉

異なる考え・思想を学ぶという意味でも、キリスト教やイスラム教の講師も招いていきたい。それは、異なる考えの基盤について思いを致し、異文化交流にもつなげていくことになる。

一方的な講義にはしない。参加者も意見を出しあい、学びあうひとたちの交流をつくっていけるようにする。講座を通して、神社と寺院とのネットワークができて、異なる宗派間の交流が生まれる。

神道や仏教は、学べば学ぶほどに奥が深い。深遠な哲理の世界であり、生き方の指針であり、文学や美的な趣があり、歴史の考察にもつながる。しかも、たんなる知識ではなく、心を治め人格を陶冶していくこと。実践による心身の健康へのきっかけになっていく。生涯学習のテーマとなりうる。

※浜松市の文化事業としての提案。宗教的なものだけど、はたしてサポートしてくれるだろうか。異文化交流という視点も入れた。試してみる価値はあると思う。

2017-01-05

思いきり泣けるお寺というのがいいね

「神社・寺カフェ」を企画しているところ。今年で二回目。で、これがいろいろむつかしい。

お寺というのは、かならずしもお客さんが来ることを望んでいない。ひとりひとり相手しなくてもよい、ただ参拝してくれて、お賽銭を入れてくれるならオッケー。ふらーっとやってこられても、人手がないうえに時間がとられて困る、というお寺。

そちらでお客さんを集めてくれて、バスを仕立ててやってきてくれるの? 受付から段取りから全部やってくれて、お寺としては本堂を貸すだけならいいよ。まあ、お経くらいはよんでもいいけど、というお寺。

観光でにぎわっているお寺となると、ただでさえ参拝客が多いのだから、そのうえ相手するのがたいへん。この企画の参拝者と、いつもの参拝者をどうやって区別したらいいいの? ともいわれる。法事が忙しくて、相手するゆとりなんかないよ、というお寺。

この企画は、お寺を訪ねるというよりも、お坊さんや神主に会いに来るのだから、ちゃんとおもてなし、話をしてくださいね、ということで企画を持っていく。ので、なかなか寺社としては二の足を踏むわけだ。

とくに見てもらうものもないし、これといった特徴もないし、法話も苦手だし、困るなあというお寺もある。でもお寺には、伝統の教えと行法があるのだから、それを伝えてくださいよ、と。禅宗だったら、坐禅。浄土宗だったら、念仏。日蓮宗なら、唱題行。そうして、お経のよみかたをおしえたり。いろいろあるわけだ。

わざわざお寺に来てくれてありがたい。檀家さん以外で、お寺を求めて、教えを求めてくれるひとがいるのは、ありがたい。精一杯、お相手させてもらいますよ。……そういうお寺が嬉しい。

たとえば、正晨寺(しょうしんじ)さん。前回の寺カフェをきっかけとして1か月、お寺に通われた方がいた。奥さんが脳こうそくで倒れて、旦那さんはつらくて、かなしくて行き場がない。そのとき、寺カフェで訪れた正晨寺さんを思い出した。そして、かよいはじめた。

本堂でいつも泣いていたという。つらくつらくて、泣く場所をもとめていた。そうして、住職はその方にちゃんと寄り添ってくださった。そういうお寺さんがありがたい。思いきり泣けるお寺というのがいいね。

シフトレバーでギアチェンジするように

いそがしい? と聞かれると、「もう、いっそがしくて、たいへん」というような答えかたをしてしまう。まあ、たしかにいそがしいのは事実なんだけどね。

というか、たぶん気持ちがのんびりできていない。やることちゃんとやってないので、あれやらなくちゃ、これもやらなくちゃと追い立てられている日々なわけだ。

いつも、「ひまだよー」という友人がいる。これまで、「ひまで仕方がないよ、仕事ない?」と言ってやってきたという。かれから、いそがしいという言葉を聞いたことがない。それでいて、やることは人並み外れてたくさんやっている。

「ああ、いそがしい。いろいろやることがあって、たいへんだ」という文脈で生きていたら、すべてがそうなってしまう。「ああ、かなりひまだよ。いろいろあるけど、基本ゆったりだからね」という文脈にシフトしないと。

シフトレバーでギアチェンジするように、ありようをシフトしないといけないね。シフト(Shift)というのは、いきなりの変化、変容という意味合いがある。徐々に、ではなくて。いきなり、ギアが変わってしまう。それがシフトと。

で、たいせつなことは、ダラダラした時間を過ごしていたとき、「さあ、やるぞ」となったら、いきなり超集中して仕事をこなしてしまうこと。それこそ、ギアをシフトしてトップスピードに切り替えてしまうこと。それがないと、気持ちだけゆったりねえ……となっても、そうはいかない。

2017-01-03

自分だけの自然の中の聖なる場所を

静かに日向ぼこして瞑想できるところ。ヨーガも気功もストレッチもできるところ。そんな場所を、ランを連れていつも探している。いくつかあるんだけど、ここもいい。大きなベンチがありがたい。寝っ転がってヨーガができる。

見上げれば、大樹の枝が、空に根を張っているかのように広がる。どどどおーーという川音を聞きながら、心地よい風に吹かれ、お日さまの光を浴びて、しばし静寂の時をあじわう。

大樹を前にして禊祓(みそぎはらい)の祝詞(のりと)をあげてきた。自分だけの自然の中の聖なる場所。それをみつけていくのはたのしい。

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2017-01-02

阿呆になって、天の気と遊びなさい

この道は、喜ぶこと陽気ぐらしの道。

どんな苦労のなかでも、どんな道のなかでも、喜びを忘れてはいけません。

そういう心をもって歩いたら、かならずいい道がついてきます。

この道は、喜ぶこと、笑うこと。

自分自身が喜ぶこと。

そうなったら、人生も仕事もあらゆることも、全てうまくいきます。

そのためには、頭でっかちじゃいけませんよ。

考えすぎてはいけのせん。案じてはいけないよ。

頭を軽く軽く。

あなたは、とにかく考えすぎて、頭が重たくなっているんですね。

ことしはひとつ、阿呆になって、天の気と遊びなさい。

こういうお話をうけたことがあった。もう20年も前のことだ。

それまで、自分が喜ぶことを大切にしていなかった。こうしなくちゃ、こうしないとまずい、こういうことが正しい、と。

そんな重たい心で行動していたような気がした。

そうだ。まずはなんといっても、自分自身が、喜べる道、笑っていける道、躍動できる道。そういう道を歩んでいこうと。そして歩んでいけるんだ、と。

そう、思いが変化した時期があった。それから、ダメで元々じゃないか。とにかく、いろいろ面白いことをやってみよう、試してみよう。ダメなら、そこからまた変えてていけばいい。先のことは心配しないで、楽しんでやってみよう、そういう心になっていった。そのひとつのきっかけが、この言葉だったような気がする。

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お正月って先祖がかえってくる

お正月って先祖がかえってくるという考えがあったのか、とあたらめて気づいた。御霊(みたま)まつりという意味あいがあるんだ、と。

先祖がかえってくるというと、お盆だ。それと、どうちがうのか。お盆は、故人になっても、まだ個性があって、いわば「荒霊」(あらみたま)の先祖がかえってくる。

お正月は、すでに個性がなくなった先祖が、祖霊という集合霊となってやってきてくれる。和霊(にぎみたま)。あるいは、山のカミ、田のカミがやってきてくれるという説も。

そのために門松をたて、お餅をつく。カミと先祖をおむかえして、おもてなしをする。

先祖霊とカミにご馳走を捧げ、そうしてお下がりをいただく。先祖とカミとひとが一緒に食事をすることで、あたらしいエネルギーをいただく。きっと先祖やカミは、子孫たちが楽しくにぎやかに語らいいっているのが好きなんだろうね。

こういう考え方が軸にあると、またお正月の過ごし方もちがってくるようだ。それがないと、正月は、テレビ見ておいしいものをみて、初詣に行ってお願いごとして、買い物して、友人とあって……ということになってしまう。まあ。それもいいんだけどね。

「土地の所有」について。農地と山林。

土地について考えている。「土地の所有」についてだ。大きくは「山林」と「農地」について。

まず、「農地」。古代の律令制にあっては、土地は国(王)のものであった。それが、次第に耕した者たちの所有になっていく。荘園ができたりして、大地主ができていく。

江戸時代の藩は土地を所有したというより、年貢を徴収する権力を持っていたんだと思う。庄屋などの大地主たちが、土地を持っていた(もちろん藩有地もあるが)。そうして、敗戦を迎えて、GHQの指令によって「農地開放」となる。耕さない者の土地は、小作人に分け与えられた。

つぎに「山林」。日本の国土の8割は山林だ。その土地の所有はどうなっていたのだろうか。かつては、おそらく山林は「ムラのもの」だったにちがいない。いわゆる「入会地」(協同の利用地)。個人が山林をもつということは、あったのかどうか。

ひとつの大きな変化は、明治6年の「地租改正」だ。土地に関わる税金を金銭で支払うようになる。地価の3%が地租とされて、えらいこっちゃとなる。当時の政府租税収入の約60〜80%が地租だったという。

じゃあこの土地はだれのものだ、あの山はだれの……ということになる。みんなの山林なのに、所有者をはっきりさせろ、といわれても困る。高額な税金は払いたくない。

そこで、名主とか庄屋など、お金のゆとりのある人たちに、土地の名義人になってもらう。お酒持ってみんなでお願いにいったという話もある。

そのひとたちが、山林の所有者になっていったのではなかろうか。そうして、山林の所有者となった者が、村人の許可を得ないで(法的には自分の所有地だから)、他に売ってしまうこともあったろう。村人はそれを知らないで、騒動になったのが「小繋事件」だ。

ちなみに、所有者のはっきりしない山林は、官有地(「御料林」「官有林」)となっていく。大資本に払い下げられたりした。

営林署などができて、「山官」とよばれる人たちは、サーベルを提げて一般の人達の出入りを厳しく禁じた。みんなの山、ムラの山林だったのに、「おいこら!」と追い返されてしまうことになる。

さて、敗戦になって農地が「農地開放」となっても、これらの大地主の山林は開放されなかった。そのまま山林の土地所有は、継続していった。

そうして、戦後の住宅難からの木材ブームで、山もちは大資産家となる。農地は「農地法」によって守られて開発されなかったが、山林は規制する法律がない。ので、高度経済成長期には、どんどんと開発されて宅地になっていった。山林所有者は大資産家となっていった。

……土地の勉強をすこし。頭の整理のために書いている。書くということは、あやふやなこと、なにがわかってないのか、明らかになるので、いちばんいい整理法だと思う。

2017-01-01

いつも、あたらしいということ

いつも、あたらしいということ。新年を迎えて、ふたりの方の話を思い出した。

ひとりは、スリランカのスマナサーラさん。この方との出会いは30年も前になる。浅草での仏教を学ぶ集いに、竹田さんに伴われて現れたスマナサーラさん。会の世話役のSさんが質問した。

「瞑想するときにいちばん大切なことはなんですか」。スマナサーラさんは、こうこたえていた。「瞑想すると、ある境地になります。ある体験をします。すると、次の瞑想する時、あのときこうだったから、こうなると期待します。けれども、毎回、瞑想してつかんだ体験は、つねに捨てていくんです。いつもあたらしい体験として瞑想に入るんです」。


武術家の甲野善紀さんを、道場に訪ねたときのこと。雑誌の取材のしごとだった。同行したカメラマンが写真を撮ろうとリクエストした。「なにか型をしめしてもらえますか」と。そのことばに、すこしムッとした顔をした甲野さん。

「型などないんです。型をもって練習を繰り返すなんてことはしない。いつも新しいんです。薄氷を踏むように思いで、あゆんでいるんです」。

初詣も行かない。行きたくなるような神社もなし。

初詣も行かない。行きたくなるような神社もなし。墓参りもしない。

新年の挨拶にいくわけじゃない。書き初めもしない。お餅もつかない。門松も立てないし。とくにきれいな洋服に着替えるわけでもなし。まちにも出ない。

紅白もみない。行く年くる年もみない。テレビはしまっちゃって、家にない。この一年、ほとんどみてない。

年賀状も出さない。それにしても、返事は書かないとなあ、と思いつつ、ずるずると先延ばし。まあ、立春のときでいいや。いや、新緑のとき。う〜ん、暑中見舞いを兼ねて……と思いつつ、ついに出さず。

まあしかし、それでも一年の節か……。それでも、仏壇の前でお経はよむ。しばし瞑想するくらい。

ぼくが新しい息吹を感じるのは、やはり立春の時。日差しが春になる。枯れた野原を歩いていても、萌えいづるようないのちの息吹を感じる。

旧暦でのお正月というのは、1月28日の新月。一年の始まりは、かならず新月ということらしい。ことしは、旧暦をもとにした暮らしを味わってみたいもの。

2016-12-31

田んぼのおもしろさは、いろいろある

田んぼのおもしろさは、いろいろある。主食を自分の手でつくること。無農薬・無化学肥料、安心・安全な米つくりが大きな魅力。

雨あり、日照りあり、台風あり。ときに過酷な自然に逆らわず、自然の力を感じながらの仕事の学び。

季節の移り変わりの美しさ。青空や月の映る鏡のような水田、田植え、稲が生長して緑の絨毯になっていく。秋には、稲穂が黄金色に輝く。そうして、田んぼに生息する、さまざまな生きものたち。その、交響楽のようないのちのひびき。

一人じゃできないのが、田んぼ仕事だ。代かき、田植え、草取り、稲刈り、天日干し、脱穀と様々な工程がある。仲間と力をあわせなくてはできないことばかり。

ちゃんとしたやり方、セオリーがあるようで、ない。つねに工夫して、実験して、土地にあったものをつくっていくしかない。

その場での瞬間瞬間のひらめき、工夫がためされる。ものを持ち上げる、運ぶ、積み上げる、土を掘る、水を引く、木を切る、動かす。さて、どうやったらうまくいくか……。

こうしたらいいと誰かがいう。いやこうしたらいい。やってみようか。ひとりのひらめきが、また別の人のひらめきとなって、かたちになっていく。やりながら、また工夫していく。現場で、そのときの判断、ひらめき。それを共有していくところ。田んぼの仕事のおもしろさは、そんなところにもある。

2016-12-30

事業提案の企画書作り

年末年始は、事業提案の企画書作り。いま仕かかり中なのは、次の4本。

「納得のいく〈看とり〉と〈おくり〉」(浜松市の文化事業)「神と仏のオープンカレッジ」(浜松市の文化事業)、「耕作放棄地をよみがえらせて、山里とまちなかをむすぶ」(財団法人 まちづくり公社)、「耕作放棄地をビオトープにして美しい里山づくり」(ハウジングアンドコミュニティ財団)

漠然とした思いを、文章にして、明確にして、具体的にスケジュール化して、予算化していく。この作業は、なかなかたのしい。採択されれば、うれしい。観念をカタチしていく過程はさらに楽しい。しかし、これ、たいへんだけど。

やっと黒豆の脱穀が完了

やっと黒豆の脱穀が完了。足踏み脱穀機で、バリバリと鞘と枝を跳ね飛ばす。ぶーーんと唐箕(とうみ)で強風を送って、鞘を吹き飛ばす。何度も繰り返す。

ことしは黄色、緑、黒の大豆はぜんぶで10キロ弱。草取りも土寄せもあんまりしなかった。枝豆はおいしかったけど。まあ、手を抜いたので、この程度の収穫ということだ。昨年は200キロだったのに……。

脱穀の後は、田んぼの周りの片づけ。ゴミを燃やす。電気柵の収納。東屋の中の整頓。冬水(ふゆみず)田んぼは、荒起こしの土がデコボコで、水はひたひたにならない。とても冬鳥が遊びに来る状態じゃあない。

2016-12-29

しっかりと歩けるようになってきた

しっかりと歩けるようになってきた。ちょっと危ない道、小高い丘にも登らせる。もちろんよく転ぶ。子どもは体が柔らかいので、痛いだろうけど、すぐに立ち上がる。あかり一歳と5か月。

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2016-12-28

細く長く仕事がつながっていくといいな

この一年、農業に時間と労力を取られすぎた。この世界は、ほどほどにしないと、手間ばかりかかって暮らしが成り立たない。こりゃあいかん。本業のほうにシフトしようときめた。

そうすると、すこしずつ動き出してきた。まず、8年以上も前に作らせてもらった「ブッダの教え一日一話」(PHP研究所)が、文庫本になった。これまでの累計で発行部数は、8万部くらいになる。

仏教を軸において気づきの暮らしが説かれている本だけれども、いま話題のマインドフルネスもおなじこと。おもいきって仏教色をはずして、「マインドフルネス一日一話」という企画を思いたった。ぜひやりましょうと、出版社から。

15万部売れた「死んだらおしまい、ではなかった」(PHP研究所)の続編も、年明けてからつくりだすことになった。こちらもぜひやりましょうと、出版社から。

K出版社から、取材の仕事の依頼がきた。何年ぶりだろう。取材先は、批評家・フランス文学者のW氏。年明けの仕事だけど、こういう方に出会うのは新鮮で楽しみなこと。こうして、細く長く仕事がつながっていくといいな。

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仕事で効率が悪いことの要因は、同じことを二度繰り返してしまうこと

仕事で効率が悪いことの要因は、同じことを二度繰り返してしまうことだ。いちど手を付けているのに、完了していないまま放置。

時間がたってから、また手を付ける。「えーと、これはどういうことだったかなあ……」と、そのときのリアリティとモチベーションまで戻るのがたいへん。

それで、また面倒になって、「またあとでやろう」と先送り。そうしてまた、おんなじことをくりかえす。その間、やることをやってないというストレスが重たくのしかかって、晴れ晴れとしない。

ひとつの仕事は、その場で、その時、完了したいところだ。いや、そんなことできっこない。かんたんにできない仕事ばかりだ。

「これはここまで」と節を付けて、ひとまず完了してしまうこと。またその仕事につをつける時、わかりやすいように、自分のために「ここまでこういうことをした。次はこういう仕事が必要」と引継書をかいておかなくちゃいけない。

今朝は、土地関係の処理。ゆずってもらった土地は、今年、所有権移転した。家屋は未登記だったので、あたらしく登記しなくちゃいけないのに、そのまま放置していた。その家屋の固定資産税が、もとの所有者のところにいっている。しかも、地番がちがう。そこは本家の地番だ。どうも表記ミスらしい。……などと複雑なことが多い。それをひとつひとつ、糸をほどいている。

2016-12-27

いまアイガモは17羽

いまアイガモは17羽。近いうちにもらわれていくのは、農家民宿に6羽。事務所のそばで飼うのは、あきらめた。小さなプールじゃ、かわいそうだし、池をつくるのはたいへんだ。ちかくのデイサービスにも依頼してみたが、生き物を飼うのはねぇ……といい返事じゃなかった。

ということで、カモたちは田んぼで年を越すことになる。春まで飼い続けられれば、親鳥を田植え前の冬水田んぼの草取りに活躍してもらえる。産卵すしてヒナがかえれば、それは草取りに活躍してもらうことになる。ま、いろいろと実験ではある。

なにしろ生きものだから手間がかかる。思うようにはならない。エサやりとカモの脱走の追いかけっこは、毎日のこと。

クズ米をあげているけど、この費用もかかる。そうして、雑草は食べ尽くしてしまったので、野菜が不足している。困ったな。

あっそうだ。山ちゃんファームにお願いしてみよう。やまちゃんは、快く野菜をあげますよと言ってくれた。売り物にならなくて廃棄してしまう野菜をいただいてきた。今日は水菜をたくさんいただいた。いつでもいただけるということで、これはじつにありがたいこと。

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ひさしぶりにドラム缶風呂

ひさしぶりにドラム缶風呂を沸かしてみた。いいねぇ、やっぱり。まず、焚き火がいい。炎をながめていてると、まったく飽きない。昨夜は、2時間あまりも炎をみていた。

炎をみていると、やがて想念も静かになって自然と瞑想状態が起きる。炎の瞑想だ。フツー2時間も瞑想なんて、たいへんなこと。眠ってしまいそう。ところが炎を眺めていると、すぐに1時間や2時間がたつ。そうして、こんな冬の戸外なのに、薪の遠赤効果でまことに温かい。

そうして風呂そのものが実に快適。ガスで沸かした風呂とちがって、芯からの温まり方が違う。風呂から出た後も、じんわりと温かい。まさに、温泉に入っているようなもの。

ただ、問題はいくつかある。焚き口に坐っていると、煙を吸ってしまうこと。タールやらススやら、クレオソートやら、からだによくないものを取り入れてしまう。また、どうしても家の中に煙が入るようで、妻からは臭い臭いと文句を言われるのだ。

ロケットストーブを利用して、風呂を沸かすとか。煙突を立てて。熱が逃げないようにして煙だけをうまく逃がすとか、これから工夫を重ねていく。

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2016-12-26

来年は、黒大豆をたくさんつくってみよう

藁を切る。押切機でザクッザクッ。田んぼに撒く。堆肥にするのだ。トラクターで田んぼの荒起しをする。トラクターのツメに藁が巻き込まれて、なかなか手間がかかる。

黒大豆の脱穀をするつもりだったが、まだ湿気ている。東屋の下で干すのはやめて、天日干しに切り替えた。

昨年は200キロとれた大豆は、どうも今年は20キロくらい。10分の1だ。田んぼのほうに集中して、大豆は疎かになっていた。草刈りもきちんとしなかったので、雑草のほとんど養分をとられてしまった。畑を少なくしたこと、畝と株間が広すぎたこと、など。

高級な黒大豆は大きなものができたのだが、刈り取りが早すぎたようで、そこが失敗。高級黒大豆になると、キロ6,000円くらいで売られるものがある。そこまでいかなくても、キロ2,000円くらいで売れそう。

来年は、黒大豆をたくさんつくってみよう。枝豆にしても、ずいぶんとうまい。ただ、味噌にするにはこれがおいしくないらしい。

きょうから冬水(ふゆみず)田んぼのスタート

きょうから冬水(ふゆみず)田んぼのスタート。川から水を引いた。明日には、田んぼには水がたたえられている。

冬水田んぼのねらいは、いろいろある。たくさんの微生物が発生する。イトミミズが発生して、土を分解して養分をつくってくれる。冬鳥がやってきて、美しい里山になる。土が柔らかくなって、代掻きしないでも、田植えができる。土壌がトロトロになって、田んぼの水持ちがよくなる。雑草の抑制効果も。

まあ、しかし、やってみないことにはわからない。いま田んぼは5枚あるので、いろいろと実験してみる。冬水田んぼにするところ3枚、しないところ2枚。トラクターで荒起しをするところ4枚、しないところ1枚。アイガモを春まで放って草を食べてもらう田んぼ1枚だけ。

こうして、毎年、新しい試みをしていく。毎年、いつも一年生。そこがおもしろい。

2016-12-25

「イロハ順」を使用している年金事務所

全国の年金事務所のうち「アイウエオ順」を使用しているところが114カ所、「イロハ順」を使用しているところが198カ所なんだって。そちらが大勢か……。びっくり。

効率よくすると、仕事がなくなってしまうのが困るのか。みんなこれおかしいよね、効率悪いよね、と思っても、むつかしい。いままでこれできたから、他の事業所もおんなじようにやっているから、となかなか変えられないでしょうかね。役所は効率とか、関係ないからね。

https://www.taro.org/2016/12/%e3%81%84%e3%82%8d%e3%81%84%e3%82%8d%e3%82%a4%e3%83%ad%e3%83%8f%e3%81%aa%e7%9a%86%e6%a7%98%e3%81%b8.php

瞑想や坐禅は「する」ものじゃなくて、「起こる」もの

勢いよく炎が燃え盛る。ごお〜っと音を立て、スパイラルにうねって、生きもののようにエネルギッシュだ。みていて飽きることはない。雑念も浮かんでこない。炎をみていると、自然と瞑想が「起きる」のだ。そう、瞑想や坐禅は「する」ものじゃなくて、「起こる」もの。そのことがよくわかる。

年末に、片付けをしている。不要なダンボールやら木っ端やら、燃やす。「農家」だから、野焼きは許されている。山里のいい点は、燃やせるスペースのあること。といっても、ちゃんとドラム缶の中に入れて、燃やしているけど。

瞑想を「する」、坐禅を「する」。あるいは、「行う」。というと、これがむつかしい。さあ、座るぞ、さあ瞑想するぞ。といって、目をつむって瞑想スタイルになると、途端に、雑念が浮かんでくる。それを消そうと思えば、さらにまたエネルギーをまして浮かんでくる。

まあ実は、浮かんでくるというよりも、つねに頭の中はこうしたもので、いつもの景色だと思う。いつもは「なにかやっている」ので、それが見えないだけど。それが、瞑想のように「なにもしない」でいると、途端に、雑念がみえてくる、ということかもしれない。

2016-12-24

死と再生を願う祭

いまの時期が、一年で昼間の時間が一番短い。夏至の日と比べると、昼の長さが5時間もちがう。太陽のエネルギーがいちばん低い。まさに、陰が極まっているところ。

そのときにクリスマスがある。その起源は、エネルギーの最低のときにこそ、あらたな復活、再生を願っての祭じゃなかろうか。

もともと太陽の死と再生を願う「冬至の祭」があった。そこにキリスト教が伝播していって、もとの信仰と融合していったんじゃなかろうか。太陽の復活に人類の闇を照らすキリストの誕生に結びつけたというわけだ。

日本の天竜川水系などで行われている「霜月祭」(しもつきまつり)も似たようなところがある。「花の舞」とも呼ばれるが、「死と再生」を願う祭だ。

自然界の神々や怨霊の鎮魂を祈る。そうして、収穫を祝う祭というよりも、次の年の豊作を願って「予祝」(よしゅく)する。あらかじめ豊作を祝ってしまうことで、豊作という現実が引き寄せられる、と。

2016-12-22

蓄積された貴重な資源となりうる

間伐されず、伐採されず、密集したスギ・ヒノキの森ばかりの山里。鬱蒼として昆虫や動物も暮らせない。ひしめきあったスギ・ヒノキたちも生き苦しそうだ。成長して背丈を延ばし、次第に暮らしの場に日もあたらくなっていく。

樹を伐れば赤字で、人件費が出ない。なんとかしたいものだけども、なんともできない。放置されたまま、つぎの世代へ。

しかし見方を変えれば、それは、蓄積された貴重な資源となりうる。いつか材木の需要が増加するみともある。きっと。あるいは、木質バイオマス発電が活発になる。あるいは、鉄鋼よりも強靭な集成材になる(ALC)、繊維質を活用して軽量、弾性、強靭な素材にもなりうる(CLT)。

そうしたものがちゃんとビジネスとなって、雇用を生むまでには、何十年もかかるだろうけど。そうなったら、山里に雇用が生まれる。山里に暮らす人たちも増えてくる。けれども、それまで集落がつづいていくのか、どうか。そういった話を、元自治会長の松本さんと、スカイプでお話した。

この山里に光回線はきていない

この山里に光回線はきていない。うちはADSLだ。それでも中継基地から近いので、さほどの不便は感じない。しかし、山の奥のほうに暮らすと、かなり絶望的。山奥の人とスカイプで話をしていても、ブツブツ切れそうになる。

山里への若者の「定住促進」というのは、かなりきびしい。働くにいく「仕事」がないからだ。家賃がタダ同然、野菜はもらえるなど、生活コストが安く抑えられても、「現金収入」がなければやっていけない。まちなかに働きにでたら、時間とガソリン代が高くつく。

だから、〈自分で仕事をつくれるひと〉か、〈定年退職して年金があるひと〉しか、山里暮らしはむつかしいのが実情だ。

自分で仕事をつくるためには、やはり高速インターネット回線はほしいところだ。また、そこに光回線がきていないということだと、山里に暮らしたいというひとも、二の足を踏む。過疎地でも高速インターネットが整備されているのなら、ひとつの魅力としてアピールできる。四国など整備されている。

光回線を引くというのは、道路をつくるのとと同様に大切なことなんだけどね。……まあしかし、光がどうのというよりも、みんなスマホになっていく。3GからLTE回線で通話していく時代。そのうちどうでもよくなるのかも。ただ現状は、LTEは障害物に弱いので、山の中では使えない。