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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2017-02-26

「神社・寺カフェ」レポート(2)「正晨寺」

「神社・寺カフェ」レポート(2)

2月25日「正晨寺」(しょうしんじ・本門佛立宗)。住職による短歌の講義と参加者の作品の添削指導。13名の参加。

丸山住職は、宗門の大学の教師をされていて、短歌の研究がライフワーク。万葉集から古今、新古今。さらには、俳句や都々逸まで、造詣が深い。

古き時代は、歌をよむということは、まつりごとであり、恋であり、生き方であり、とても価値のあることであった。いい歌をよめることが、世を治めることでもあり、出世の道であり、恋愛の成就であり、すべてであった。

花鳥風月が、どのようによまれてきたのか。本居宣長の歌論の紹介、古今集などが正岡子規の写実主義によって、どう批判されてきたか。そんな講義をされた。

歌を作るためのコツは、とにかく無駄ごとでもいいから、量産する。指を折りながら三十一文字(みそひともじ)をつづけていけば、いつの間にか歌詠みになる、と。

そして、参加者がつくってきた歌を、即座に添削してくれる。住職の手にかかると、見事な歌になっていく。その過程をみているのも、たのしい。

信徒の方たちが、みんなで食事をともにしたり、掃除をしたり、家族のように集いあってお寺を支えている。ぼくがお訪ねすると、食事をしていけと、いつも暖かく迎えてくれる。今回も、おいしい甘酒をいただいた。

この短歌の講座は、毎月25日に開催されている。参加費無料。だれでも参加できる。

正晨寺のつぎの寺カフェは、3月11日と12日。10〜16時。ともに祈願をし、住職、副住職との語らい。甘酒サービス。

正晨寺の所属する本門佛立宗は、日蓮を宗祖と仰ぐ、法華系の一派。江戸末期、長松清風によって開かれた。『法華経』の教えのなかでも、本門といって、久遠実成の釈迦如来(いわば永遠の仏)の教えを軸に南無妙法蓮華経と唱える。

浜松市中区神田町1464 TEL053-441-2552

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「神社・寺カフェ」レポート(1)「盛福寺」

「神社・寺カフェ」レポート(1)

2月24日「盛福寺」(せいふくじ・曹洞宗)。お経と坐禅と懇談会。参加者は4名。お茶を飲みながら、阪野(ばんの)住職との語らい。

このお寺は、檀家60軒とけっして裕福ではない。というか、それだけの檀家数では、お寺の維持は困難。なので、住職は会社に勤めながら兼務していた。数年前に本堂を建て替えた。檀家の負担がたいへんだったろう。檀家の方に聞いてみたら、「わたしたちのほうで、ぜひ建て替えてもらいたい、と住職に提案していた」という。

住職の人柄だろう。檀家との結びつきがつよい。毎月、「月参り」ということで、住職が檀家の家を訪問する。お正月も檀家を訪ねる。小さな檀家をたいせつにするお寺としての、ひとつのかたち。

住職は、曹洞宗の静岡の西部地区の宗務所長を務めている。浜松の仏教会の会長も歴任した。奥様に先だたれ、年老いたお母さまのお世話をされている。

昨年末、曹洞宗のお坊さんの研修会で講演させてもらったときに、企画の参加をおねがいしたのだった。

参加者の声。自分の菩提寺は大きすぎて、住職と話をしたこともない。また、気軽に話ができるような雰囲気もない。こうして、親しく住職と話ができて人柄に接することのできるのは嬉しい。

いろいろな仏教の実践法を学びたい。昨年は、四国遍路にも行った。明日は、朝から頭陀寺の阿字観にも出かける。いろいろのお寺の住職と接することできるし、さまざまな実践法を体験できるので、ありがたい。そう語っていた。

盛福寺さんの次回の寺カフェは、3月18日の15時から。御本尊の子安地蔵観音の大祭。甘酒サービス。浜松市東区大島町586-1 TEL053-434-1819

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「神社・寺カフェ」と浜松市の文化事業の企画提案

「神社・寺カフェ」がすでに始まっている。主催者なので、当日のイベントにはすべて顔を出さなくちゃいけないなあ。

でも、物理的にむつかしい。なにしろ浜松市はものすごく広い。わが家からまちなかに行くだけでも、往復かるく100キロ超える。そうして、寺ごとにイベントが重なっている。

19日のプレイベントがスタート。24日は、曹洞宗の盛福寺を訪問して坐禅会と住職と参加者との懇談会。帰りに二俣地区の光明寺、長光寺、栄林寺、玖延寺(全て曹洞宗)を訪ねる。翌日のイベントに参加できないために挨拶だけ。各住職たちは、とても丁寧に対応してくださった。

25日。浜松市の文化事業の企画提案の二次審査のプレゼン。「神と仏のオープンカレッジ」と「看取りとおくりを考えよう」の2本。宗教的な企画なので、行政が事業として採択してくれるかどうかは、微妙なところ(政教分離があるから)。こういう企画をサポートすることで、創造都市浜松の度量の広さが試される、とプレッシャーを与えてしまったけど。

プレゼンの合間に、正晨寺(本門佛立宗)を訪ねる。住職による「短歌の講座」に参加。珠玉の講義と美味しい甘酒がありがたい。立派な本堂をつくった福光寺(真宗高田派)を訪問。そしてまたプレゼンのために市役所に。終わると新幹線で名古屋へ。熊本の玉名の蓮華院(真言律宗)の川原住職と出版の打ち合わせ。帰宅すると深夜になった。

きょうは、「神社・寺カフェ」は5か寺で開催している。ぜんぶお訪ねしたいところだけど、子どもが泣いたり、薪釜の露天風呂の柵作りなどで、木工と事務処理にした。

2017-02-23

戒名についての、ぼくなりの結論

戒名についての、ぼくなりの結論。戒名などなくても問題なし。来世があるとしても、戒名の有無、高下とは関係ない。俗名でもまったく問題なし。

戒名をつけてもらいたいひとは、つけてもらえばいい。だが、いくら立派な戒名をつけてもらっても、そのひとの来世にはまったく関係ない(来世があるとしたら、だけど)。

来世にもっていけるものがあるとしたら、そのひとの生きてきた歩み、心の底のほんとうの思い、人間性の徳のみ。それこそが、まさにそのひとの戒名。

その意味では、自らの原因を自らが結果として受けるのみ。今の人生も、つぎのありようも。

寺院経営の点から、お坊さんの立場に立つと、戒名は必要。葬儀と戒名によるお布施がなければ、お寺さんが立ちゆかなくなる。なにしろ寺院の維持管理は、すごく費用がかかる。自分たちの寺族の暮らしも立ちゆかなくなる。ので、戒名不用などと公言してもらっては困る。その立場はよく分かる。そして、良心的なお寺さんもあることも事実。

ただ、これまでのようなありようでは、お寺離れは急速にすすむ。お坊さんは必要ない、戒名は必要ない、お墓も必要ないという意識がひろまってきているのも事実。

お寺さんは、もっともっと地域の拠り所になってもらいたい、社会貢献をしてもらいたい。その意味で、そういうお寺さんのネットワークを、いまつくりたいと思って活動しているところ(神社・寺カフェ)。

ほんとうの故人の供養は、お坊さんにしてもらうものではない。遺族が故人を偲ぶ心こそが供養になる。亡くなったひとが、肉体がなくなっても「ある」「いる」としたら、遺族の心はちゃんと通じていく。

供養の心は通じていく。だからこそ、日々の供養がたいせつ。家庭のなかで、それなりに小さな祭壇をもうけて、毎朝、故人に語りかけるような思いで、伝えていけばいい。お経はよんでもよまなくても関係ない。お経は、心をしずめ、心を集中するのには効果がある。とてもよいものだ。

それなりに、自分が気に入ったお経をならえばいい。「延命十句観音経」のような数行のものでもいい。お経じゃなくても、詩でも歌でもいい。

たいせつなのは、故人を偲ぶ心。そこを外して、立派な葬儀、立派な戒名、立派な仏壇、お墓、位牌を安置しても意味はない。そう思っている。

2017-02-22

「法名戒名大字典」のはなし

戒名こぼれ話。「法名戒名大字典」。K出版社のS社長は就業時間が終わると、一升瓶をもってきてコップに冷酒で飲む。社員もお客さんも加わって、毎日の飲み会、談笑会となる。そこでいろいろな企画が浮かんでは、結構ベストセラーをつくりだしたりする。

当時のK出版社は、編集室のど真ん中に、石炭のだるまストーブがどーんと置いてあった。社長は、ストーブのそばに椅子を置いて、つまみのスルメを焼いていた。そんなある日の夕方、僧侶で仏教学者のK師がやってきた。社長は、「先生、まあいっぱいどうですか」と冷酒をだす。

「いやあ、坊さんはもうかっていいですなぁ。お経をよむだけでたくさんお布施が入るし」。社長はズケズケ言う。「そういっても、坊さんもたいへんなんですよ」とK師。

「ほぅ、なにがたいへんですか」と社長。「たとえば、葬式のときに戒名をつけるでしょう。あれを考えるのは一苦労ですわ」とK師。「ほぅ、では戒名をつけるときに、便利な手引きがあるといいですな」。「そぅそう、そんなのがあれば、坊さんはみんな買いますよ」。

「なるほど。ではそれを作りましょう。先生、ひとつお願いできますか」。ということで、できたのが「法名戒名大字典」であった。K師の力作だ。

これがよく売れた。売れた。お坊さんは戒名をつけるときに、こうした「法名戒名大字典」のようなものを参考にするようになった。そして、後には、戒名をかんたんにつけられるソフトもずいぶんと売れているのだ。

こうして、本はたくさん売れて池袋のサンシャインのそばのビルを買おうかということにもなった。

しかし、社長はもとよりバクチ好き(語弊があるが)。出版業はいわばバクチみたいなもの。売れるか売れないのか、わからない。絶対に売れると思っていたものが、売れない、ええ?こんなものがというのが、売れる。まったく水モノなのだ。そこが出版のおもしろいところ。

で、社長はビルを買わずに、べつのものを買った。なんと競走馬、10頭。競走馬のオーナーになったのだった。戒名の事典の利益が競走馬になったわけだ。これ、じかに社長から聞いた話である。

日本の仏教において、いちばんヘンだなあと思うのが、戒名だ

ほんらい戒名とは、「仏弟子となって戒律をたもって仏道を歩みます」という人につけられるのもの。日本の仏教において、いちばんヘンだなあと思うのが、戒名だ。大きくは次の三つが素朴な疑問。

一、死んだあとにつけられるのはオカしい(生前にもらう人もあるが)。死んだあとに仏弟子の名前をもらって、どんな意味があるのだろう。

死んだひとは、もらった戒名など知らない。仏道をあゆもうという気のないひとが、死んだからといって突然、発心して仏道を歩むわけがない。戒名をもらってうれしいわけもない。

二、実践していないしその気もないひとが、他人に実践せよという項目を与えるのはおかしい。

戒名をあたえるひとが戒律をたもっているわけじゃない。たくさんある戒律のなかでも、大きくは五つ。「生きものを殺すな」「盗むな」「異性と交わるな」「嘘をつくな」「酒を飲むな」である。妻帯して、日常的に酒を飲み肉を食べている僧侶が、そうした戒律を授けるのは、やはり矛盾していると思う。

三、戒名にランクがあって、金額(お布施)の多寡できまるのはおかしい。仏教はほんらい平等の教えである。けれども、戒名にはランクがある。それが、金額によってきまるのはオカしい。もちろん、寺院の維持のためという意味はわかるけれども。

2017-02-21

寺檀制度の背景 御条目宗門檀那請合之掟

葬儀は仏式で、お坊さんにお経をよんでもらう。戒名をつけてもらう。それが、世の常になっている。その起源はどこからきたのだろうか。

徳川幕府は、キリスト教が弘まって異国の植民地になることを恐れた。そこで、キリシタンの蔓延を防ぐために、ひとびとを仏教に縛りつけた。すなわち、「寺請(てらうけ)制度」をつくって、すべてのひとを特定の菩提寺の管轄下においた。

そうして、ああせいこうせい、ちゃんとしないとキリシタンと疑われて、えらい目に遭うぞ、と脅しをかけた。

家康が交付したといわれる「御条目宗門檀那請合之掟」(ごじょうもく・しゅうもんだんな・うけあいのおきて)というものがある。これは偽書と言われるが、宗門によって積極的に活用された。そのなかに、こういう文言がある。

「檀那寺の僧侶は、死者の死相を見届けて邪宗でないことを請合って後に戒名を与え引導を渡せ」「先祖の法事などを他の寺で執り行ってはならない」「葬儀は檀那寺で執り行え」「宗祖忌、仏忌、盆、彼岸、先祖命日に参拝しない者は厳重に吟味する」など。

「吟味する」というのは、取り調べられるということ。まかりまちがえば、隠れキリシタンと疑われ、一族郎党が捕獲されて殺されてしまうという恐怖を与える文言だ。

こうして、ひとびとは菩提寺に縛りつけられることになる。交通手形も菩提寺が発行するので、それがなければ旅もできなかった。

そんな檀家と菩提寺の関係が、およそ300年間もつづいた。そんなに長くつづけば、葬儀は仏式があたりまえ。お坊さんにお経をよんでもらい、戒名をつけてもらうのはあたりまえ。それをしないものは、おかしなやつ、不届き者という風土になっていく。そういう歴史的な背景があって、いまのお寺さんがあるのだと思う。

パのことばで、どんな単語がありますか

パのことばで、どんな単語がありますか。お姉さんが利用者のみなさんに問いかける。あかりは、「パ、パッ」とこたえていた。いつもパイパイといっておっぱいを飲むので、パはおなじみの言葉だ。

あかりの言葉、手を叩く仕草ひとつで、みなさん喜んでくれる。あかりもうれしそう。あかりは、きょうもデイサービスに出かけた。

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絞り込んだテーマにする

絞り込んだテーマにする。それが、本が売れるポイントだなあと思う。もちろん、タイトル、内容、装丁のデザイン、広告も出版社の力もある。

「どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法」という本が、なんと100万部を超えているとか。さすがサンマーク出版。

やはり、漠然としたテーマだと売れないんじゃないかな。よしもとばなな、村上春樹レベルの大御所や超有名作家なら、日々のエッセイみたいなものでも売れるけど。

講演やプレゼンにしても、総花的で展開だと、結局、何が言いたいのか伝わらない。

ぼくの話は、いつもそうなりがちだ。あれもこれも、こういうこともやってきた、あんなこともしてきた、と言いたいからだ。幕の内弁当のようになってしまう。で、いったいなにが言いたかったんだろう。となってしまう。

なので、言いたいことたくさんあるけど、それを絞って絞って、削って削って、いちばん伝えたいことを深く掘り下げる。それが大切かなあとも思う。

アクティブシニアネットというところから、講演の依頼をいただいた。対象者は、60代の後半から80代前半という。さて、どこにフォーカスして話をしたらいいのかなあ。

2017-02-20

玄米焙煎のミルク粥

アタマをつかうと甘いものが欲しくなる。といっても、お菓子もない。ひらめいたのが、ミルク粥。お釈迦さまが長い断食の後、苦行はあきらめて沐浴する。そして、村の娘のスジャータが捧げたのが、ミルク粥といわれる。

こちらは、玄米焙煎のミルク粥。まず、玄米を焙煎する。茶色になって爆ぜてくるくらいまで煎る。ミルで細かく粉砕する。そして、ミルクで煮て砂糖を入れる。ココアのような色になる。ミルクが多ければ飲み物に。少なければ、お粥のように。これは、温めても冷やしても美味しい。

第2回「神社・寺カフェ」のプレイベント

きのうは「第2回神社・寺カフェ」のプレイベント。13時から15時半。鴨江アートセンター301教室。40名の方が参加してくれた。

池谷から、参加する神社とお寺28箇所をスライドをもとに解説。3人の僧侶による話。市川隆子住職(日本山妙法寺 浜松道場)は、出家して平和運動に邁進する暮らし。薬師寺住職(臨済宗方広寺派 龍泉寺)と阪野住職(曹洞宗 盛福寺)から、仏事と法事、お寺の暮らしについて。

インドのベンガル出身の横田スワルナリさんから、ヒンドゥーと仏教とのつながりについて。ライターの森竹さんから、マインドフルネスと仏教について。

お寺の紹介、仏事と法事、ヒンドゥーの文化、マインドフルネスと、盛りだくさんの内容となった。ひとつひとつ深めていくと、とても深いテーマなので、それぞれテーマを設けて企画していきたいところ。たとえば、「お経を読み、お経を歌う」「仏教とマインドフルネス」「仏教の源流・インドの文化を知る」「仏教と葬送、そして供養」みたいなテーマでのシンポジウムなど。

神社・寺カフェそのものは、2月24日から1か月にわたって、それぞれ28の神社とお寺で開催される。ホームページからパンフレットがダウンロードできる。http://raksha.jp.net/jinja-tera-cafe/

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2017-02-18

鐘の音がごお〜〜ンと響くのがおもしろいようだ

お祈りしているわけじゃなくて、鐘の音がごお〜〜ンと響くのがおもしろいようだ。チベットでつくられた鐘なので、とても精巧。ものすごく長く低く振動する。ろうそくの灯りにも興味が。

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ふたりの年の差は95年

ふたりの年の差は95年。すごいね。何度も顔をあわせているけど、まだこわいようで泣き出した。デイサービス「みんなの家」で。

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移動式の歩行器を動かすのに熱中していた

きょうは移動式の歩行器を動かすのに熱中していた。自分が乗るよりも動かすことが楽しいようだ。

デイサービス「みんなの家」に日参している。利用者のお年寄りがよろこんでくれる。みんなが体操したり歌うのを、興味深そうに眺めている。一緒に手も振るようになってきた。みんながやさしい。

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2017-02-17

今日から長岡式酵素玄米法の復活

今日から長岡式酵素玄米法の復活。20年ちかく前から実践しているんだけど、しばらく飽きて白米にしていた。一升の玄米を炊く。3〜5日目くらいに、炊いた玄米の味が充実してくる。

いつでも温かい玄米があるというのが、ありがたい。なにしろ、自分がつくった完全無農薬のアイガモ農法、天日干しの玄米だ。小腹の減ったとき、菓子など食べないで、小さな玄米おむすび、胡麻と梅干しというのが、いい。

仏教の実践からマインドフルネスにいたる道を探求

2月19日に「神社・寺カフェ」のプレイベントがある。はるばる東京からきてくれるMさんは、マインドフルネスを通して仏教に親しむワークショップを考えているという。ティク・ナット・ハンからメンタルヘルスまで、いろいろなマインドフルネスを体験しながら、仏教にふれるワークショップだ。

いまアメリカからの潮流で、マインドフルネスがブームになってきている。もっともマインドフルネスの源泉こそブッダにある。仏教の実践法こそ、マインドフルネスそのものなのだ。

けれども、日本の仏教は、どうも辛気臭い。故人の供養のための仏事・法事がメインとなっていて、「いまここ」に生きるというマインドフルネスのあり方とは、遠い。

日本仏教の難解で固苦しい世界を迂回して、ダイレクトにマインドフルネスの実践から入っていくひとが多くなると思う。あるいは、仏教といっても、日本仏教ではなくて、テーラワーダ仏教、チベット仏教に若いひとたちは魅力を感じていると思う。そして、ベトナム僧のティク・ナット・ハンの教えと実践もすばらしい。

そうはいっても、日本仏教はおもしろい。やはり奥が深い。さまざまな宗派があるが、歴史を経てつないできた実践法がある。

そこで、マインドフルネスから入って、仏教の実践と教えにふれるという道もある。たとえば、マインドフルネス坐禅、マインドフルネス念仏、マインドフルネス唱題行、マインドフルネス真言。

お経や唱題、念仏、真言など、声の響きをとおして、いまここに気づくありように、自然に入っていく道がある。19日のプレイベントでは、そんな話もつながっていくかもしれない。

3月に楽舎でおこなうイベントでは、インドのお経、正信偈、念仏やら、お題目を通して、マインドフルネスにいたる道を探求してみたい。

ただ自分のために心地よくがんばる

ひろはまかずとし、というひとの言葉が、なかなかいい。いつもいく歯医者においてあった。

世のためひとのため、などというあり方だと、肩にチカラが入ってしまう。なんかこう、犠牲的なあり方というのか、つかれる。そのうち、うまくいかないと、怒りが湧いてきたり。人を責めたり。……ぼくの場合は、だけど。

ただ自分のために心地よくがんばる。自分が好きだからやっている。それがいちばんたいせつ。そういうあり方で進んでいくと、いつしか世のため人のためになっていく、ように思う。

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「出火責任法」と「自己破産」について

人に迷惑をかけたら、償うこと。損害賠償の責任があることが民法の原則だが、例外がある。すなわち、「公共の福祉」のために、それは制限される。

で、ぼくの友人・知人の間に起きた最近の事例が二つ。そのひとつが、親友がもらい火によって全焼。しかし、出火元の責任を問えないというケース。

「失火責任法」という法律があって、出火元が他の家を延焼させても、その責任を問われない。これは、木造が多い日本では、延焼の被害が甚大になって、出火元は責任を負えないというのが立法趣旨だと思う。

出火元に多額の保険金がおりて、そのお金で全焼させた家に対して償うことは可能なのだが、法律は責任なし、としている。「公共の福祉」のためといえるかどうか、このあたり、問題はあると思うけど。

もうひとつ。これはきのうの事例。知りあいの料理屋が自己破産の申請をした。裁判所は受理したので、破産は確定となる。そこは木造の大きな料亭、2階建ての重量鉄骨の店舗、10棟のロッジがある。なんとかすべてを売却できる道はないものかと、この一年のあいだ模索していた。活用してもらえそうな人も何人か紹介した。だが、過疎の山里では、買い手はない。活用する道もない。もう店はたたむというので、そのまま風化していくしかないか、と思っていた。

そして、この突然の自己破産。多額の借金があったのだろう。あるいは、土地の賃貸契約を完了するときには、借地の上に建てていた建築物は更地にしなければならない。その費用は、ざっと一千万円以上。それを逃れるためであったろうか。

ともあれ、自己破産すれば、すべての債務がチャラとなる。借金の取り立てを受けることはない。債権者は泣き寝入り。これは、破産者の経済的再起・厚生を目的としている。そのためには、債権者の追求を遮断する必要があるからだ。これも、公共の福祉によって制限されるというケースということになるか。

2017-02-16

2月19日(日)「第2回神社・寺カフェ」のプレイベント

2月19日(日)「第2回神社・寺カフェ」のプレイベントを行います。

13時〜15時。会場:鴨江アートセンター301。参加無料。予約不要。

今回参加する28の神社とお寺の一つひとつを池谷が案内します。

お坊さんも参加してくれるので、いろいろ仏教全般、仏事・法事について、ざっくばらんに質疑応答を行います。

中区鴨江町 1 番地 TEL053-458-5360

※浜松駅から徒歩 15 分 駐車場は隣接。料金はかかります。

http://raksha.jp.net/jinja-tera-cafe/

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言葉はちゃんと分かってきている

まだ喋ることはできないけど、言葉はちゃんと分かってきている。あかり1歳と6か月。わがやでひとり元気いっぱい。あかるさを発している。まあ、父ちゃんと母ちゃんは、くったくただけどね。

https://www.youtube.com/watch?v=50MPeBHaYRg&feature=youtu.be

法と暮らしの実態

友人の延焼火災。出火元には、法的に損害賠償が請求できない。泣き寝入りしかない。しかし、なんとしても、悔しすぎる。残念すぎる。なんとかならないのだろうか。いろいろなひととにきいてみた。

Tさん。法的には無理なんですよね。そういうときは、困った、困った。いま困っている、これからも困る。そのように訴えつづけることですね。お金を払えとか、どうしろとかけっして言わない。困ったと言いつづける。そうすると、事態が動く。

Hさん。法的には損害賠償はまったく無理。裁判しても勝てない。お金もないのだから、いま借りている出火元の離れに住み続けてしまうしかない。暮らしの実態ができていく。出ていってほしいと言われても、行き先がない。もうすでに暮らしの実態がある。動かせなくなる。

しかし、それって北方領土とか竹島みたいだなあ。国際法的には、北方領土も竹島も日本の領土。しかし、すでに暮らしの実態が生じてしまっている。もう動かせない。クリミアもそうなっていく。法治国家であり、法が強いのだけれども、暮らしの実態がさらに強い、ということもある。法と暮らし。……いろいろと考えさせられる。

2017-02-15

隣家の出火によって全焼させられた。出火元は責任を負わない。

隣家の出火によって全焼させられた。出火元は責任を負わない。では、泣き寝入りしかないのだろうか。

民法の基本は、他人に迷惑をかけた際には、その責任を負う。 損害賠償しなくてはならない。しかしこれ、火事の場合には、適用されないのだ。出火元は、他人の家を全焼させても、責任を追わなくていい。それが法律に明記されている。(失火責任法)

自分が火元になって、他人の家を焼いてしまった。自分は火災保険に入っているので、保険金が下りて、家を再建した。だが隣家は、保険に入っていなかったので、いっさいを失い、路頭に迷うことになった。見舞金は雀の涙しか出さなかった。

それでも、責任はない。保険に入っていなかった隣家が悪い、ということになる。

いま、田中さんがそういう目に遭っている。損害賠償請求の裁判を起こしても、勝てる見込みはない。法律では出火元の責任はないことになっているのだから。相手の道義的責任、良心に訴えるしかない、のだろうか。なんとか、ならないものだろうかと、調べている。

2017-02-14

プレゼンの制作中「納得のいく〈看取り〉と〈おくり〉を考えよう」

二次審査に向けてプレゼンの制作中。2本が一次審査に通っている。こちらは「納得のいく〈看取り〉と〈おくり〉を考えよう」。生と死の際のところに、どうかかわるのか。かなり宗教的、というか宗教そのものといえる。そんなテーマになる。連続シンポジウム展開。

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プレゼンの制作中「神と仏のオープンカレッジ」

二次審査に向けてプレゼンの制作中。今回は、ぜんぶ文字だけ。PowerPointよりもKeynoteがつかいやすい。5分のプレゼン、質疑応答15分。「神と仏のオープンカレッジ」。講師は、仮に入れている。採択されたら交渉。市内の神職、僧侶、聖職者もなど。

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2017-02-13

山里でジャズ喫茶とコーヒーの焙煎をしたい

山里でジャズ喫茶とコーヒーの焙煎をしたい。いい物件がありますか。北海道の方から、問い合わせがあった。

古民家を買ってリノベーションしたい、という。この山里にジャズ喫茶ができたら、うれしいね。いちど春野を訪ねてもらったら、あちこち案内させてもらおうかと思っている。

ちかくではスイス暮らし17年、春野で物件探しをされていたクライネスカフェさんが、昨年オープンして、すてきな空間を作っているようだ。

ぼくのイメージでは、横山の「ゆとり侶」さんだ(写真)。一年以上かけて、廃屋に使い古民家をリノベーションして、石窯のある喫茶店に美しくつくりかえた。ぼくが主催した「北遠山里めぐり」にも参加してもらったことがある。

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地道ながら人と人をつないでいくしかない

山里への移住は、たんに空き家がある、土地が安いというわけにはいかない。もちろんそれが重要なファクターだ。しかし、肝心要は仕事だ。

一にも二にも、仕事がなければ続かない。現金収入がなければ暮らしていけない。かといって、山里には仕事がない。そのために、地道ながら人と人をつないでいくしかない。そのなかで、可能性は一つひとつみえてくる。

山里暮らしをしたいと、よく訪ねてくれるU君。先日は、田河内の森下さんのところで、一緒に味噌作りに参加してもらった。36歳と若いので、体力的に助かった。

味噌作りのときに、森下さんに聞いてみた。お茶の繁忙期、製茶組合での仕事があるかどうか。すると、5〜7月には製茶工場でのアルバイトがあるという。そこでの仕事の可能性が出てきた。

そして住むところだ。彼は仕事として木工をやりたいという。ならば、とひらめいた。「山の村」に住んで、木工しながら仕事を手伝うというのはどうか。

「山の村」には、45ヘクタールもの森がある。かつては県の林間学校として500名を収容できる広大な施設があった。そこが閉鎖になって、地元が入札した。いまは、NPO春野山の楽校が管理運営している。林間学校から針葉樹を伐採してサクラの植樹、そして近ごろはジビエ(シカ・イノシシの狩猟と解体、肉の販売)もはじめた。

その山の村の施設の一部に住まわせてもらい、スポットで施設の仕事を手伝う。そして、狩猟も教えてもらう。木の伐採の仕事もでてくる。

木材は無限にあるので、木工には困らない。道具も揃っている。作品ができれば、展示スペースもある。ということで、NPO春野山の楽校の山下理事長にも紹介した。いろいろ可能性ができたところ。

農協について(2)

農協について嘆かわしい事実が二つ。一昨年、全国農業協同組合連合会(JA全農)が東日本11県で販売した有機肥料の成分表示が偽装されていたという事件が起きた。

そして、つい最近、産地偽装が出た。JAグループ京都の米卸が販売するコメの産地判別検査の結果、「滋賀産」や「魚沼産」として販売されていたコメに中国産が混入してたのだ。(週刊ダイヤモンド2017年2月18日号特集「儲かる農業」より)。http://diamond.jp/articles/-/117642

それによると、「滋賀こしひかり」の60%、「魚沼産こしひかり」の40%が中国産という。誤って混入したというレベルではない。かなり意図的だと思う。そうして悲しいかな、無農薬・無化学肥料の精魂込めたお米と農薬のお米、さらには中国産のものと、味的には大差がないという、そこが悲しい、つらいところだ。

農協について(1)

農協というのは、金融機能がメインになっているようだ。農協というと、地域の農業を支える組織。栽培から販売と流通まで一手に引き受けている組織と思っていた。

昨年、田植えのときに必要な水田に入る長靴と土を水平にならすエンブリなどを、地元の農協に買いに行ったが、売っていなかった。「注文になります。もう機械化の時代なので、つねに置いてないんですよ」と。零細農家の必需品など、備えてない。

機械と化学肥料を推進するのが農協で、有機農法などには対応していない。農法に詳しい人は、いそうもない。相談してもあまり参考にならない。農薬と化学肥料には詳しくても……。

ぼくは山里に越して6年になる。農協の人がきてくれたのは、農業のことでは、一度もない。地震と火災保険の営業が5回以上かな。

きょう、電話で二つの農協と農業共済に電話してみたが、とても対応がいい。説明もクリアーだった。それで、農協は金融機関ということだという認識となった。

火災保険と地震保険

火災保険(4) 友人の火事の被害を機に、火災保険を調べている。きょうは農協などに聞いて、すこしずつわかってきたところ。

まず保険金額は、数十年たった中古住宅で資産価値はゼロであっても「再取得価格」(同等のものを新築する場合の価額)で設定できる。わがやの場合は150平米なので、2,700万円が上限となる(平米あたり18万円換算)。

ただ火災だけじゃなくて、地震や台風、地滑りなどもある。わがやは、山に近いし川にも近い。東南海地震のリスクもある。この地震なども視野に入れると、掛け金は倍以上になる。

注意すべきは、地震による補償は、全損しても100%は出ないということだ。保険金の30〜50%しか下りない。どうしてかというと、災害規模が大きすぎて、対応できないからだという。

では、地震によって引き起こされた火災はどうか。その場合でも、地震保険の適用になって、保険金の30〜50%しか下りないという。

神戸の大震災のとき、家は潰れなくても、火災で全焼した家も多かった。けれども、火災保険ではなくて、地震保険が適用されることになった。それで、30〜50%の補償額であった。新築の家は全焼、火災保険に入っていても、30%しかでない。そうして、住宅ローンだけ残る。そのことで、裁判なども起きた。

そこの仕組みは了解。あとは掛け捨てか、積立型かだ。積立型は掛け捨ての倍以上となる。しかし、損金として経費な計上できるというメリットもある。一年ごとに掛け捨て、毎年、見直すというのもいいかもしれない。建物2,000万円、家財1,000万円で、風水害、地震も適用で、掛け金は年に4万円というところ。

クルマに必要になりそうなものを積んで

全焼して焼け出された田中さんのこと。ひろく義援金を募るのは、本人の意向によって控えることにした。しかし口座は開設してある。問い合わせの方が数名おられたので、個別にお伝えしているところ。

すべて燃えてしまったわけなので、さすがに緊急の物資は必要だ。けれども、これが必要とアナウンスすると、ものばかりたくさん集まっても困るとも言う。

そのあたりは、近所の仲間たちがサポートしてくれているので、当面は必要ない、というスタンスだ。いやしかし、それでもお金は必要だし、必要なモノはあると思う。

Mさん夫妻から問い合わせがあったので、その旨伝えた。昨日、クルマに必要になりそうなものを積んで見舞いに行った。用意したモノを田中さんにみてもらい、必要なものだけ選んでもらったという。

2017-02-12

火災保険を調べている

火災保険(3) 友人の火事の被害を機に、火災保険に入ろうと思って、いま調べているところ。火災保険は、建物や家財など、火災で失った価値の補償をするわけだ。さて「わがやの価値」は、どれくらいだろうか。築40年の古民家だから、一般的には建物の価値は「ゼロ」か。

価値ゼロに建物に対して、2,000万円の保険をかけられるのか。かけられたとしても、価値以上の保険なので、災害に遭っても保険金が下りないかもしれない。あるいは、申し込むときに査定されて、ダメとなるのかもしれない。

つまり、田舎で100万円以下の物件を買って、それに数千万円の保険がかけられるとしたら、火災を誘発して多額の保険金を得ようという輩が出るかもしれない。そのあたりはシビアになっていると思う。

なので、現在の家の「価値」以上の保険はかけられない。あるいは、価値以上の保険金は下りないことになっているのではないか。そう考えた。

けれども、「今の時点の価値の補償」という考えではなくて、「これからの生活の継続」ということになると、同等の住宅が必要になる。その土地に建てるしかないのだ。クルマを買うようなわけにはいかない。たから、新築とならざるをえない。

そうなると、「新築同等の金額」が補償されなければならないことになる。

ということで、ネットでいろいろ見積もりをとって、すこしずつわかってきたのだが、建物の古さではなくて、「広さ」で金額の上限が設定されている。わがやは150平米なので、平米あたり18万円として、2,700万円まで保険がかけられる。そうなると、掛け金は、年に18,000円程度だ。

そして、家財も必要だ。これは、家族構成で上限がきめられる。夫婦と幼児一人というと、1,500万円まで。ということで、建物が2,700万円、家財が1,500万円。合計4200万円の保険となる。この掛け金は年に28,000円くらいだ。

ただし、これに地震や台風などの保険を入れると、この倍くらいの掛金となってくる。……とここまで、理解してきた。あした、農協の営業マンに来てもらって、説明してもらうつもり。

火災保険はどこがいい?

火災保険(2) 友人がもらい火で家を全焼した。失火元からの補償はない。保険に入っていれば、何千万円かの保険金が入る。しかし、保険に入っていなかったので、まさに踏んだり蹴ったりこ。

これは他人事じゃあない。わがやも保険に入っていない。これを機に保険に入らねば、ということで調べはじめた。

知人から聞くと、手っとり早いのは、全労済とか県民共済かな。ネットでもかんたんに見積もりが取れる。家を2000万円、家財を1000万円くらいなら、年に2万円ちょいの支払金額のようだ。

しかし、いざというとき、監査が厳しくてなかなか保険金がおりないとか、老朽化した家だと減価償却分だけ査定が低いとか、いう人もある。

わがやは築40年くらいの建物。建坪は140平米くらいある。風水害、地震などの保険には、はいらない。予算は年に3万円くらい。じっさいのところ、どういう保険がいいんだろうか。

2017-02-11

木馬がお気に入り

木馬がお気に入り。乗り降りもできるようになった。足で蹴って進むことも。水窪(みさくぼ)で木工をされているウッド・インの広山さんの作。飛行機も。あかり1歳と6か月。

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2017-02-10

残ったのはこの焦げた地図1枚だけ

田中さん家の焼け跡。3軒が全くの全焼。田中さんは、残ったのはこの焦げた地図1枚だけ、と笑っていた。

きょう、義援金の口座を開設をした。やはりこういうときは、お金が必要。ないと困るし、あっても困らないとぼくは思っている。

けれども、田中さんは、必要以上にものがほしいわけでもないし、ひろくお金を集めてもらうことを願ってはいない。この火事を機に、ミニマムな暮らしに徹していこうとされている。

たしかに、そういう方ではある。だから、池谷が「田中さんがとても困っている」というニュアンスで発信するのは行き過ぎと困っているようなのだ。

ましてや、ひろく広報してお金を募る、というかたちになるのは、やめてもらいたいということだと思う。なので、せっかく開設した口座ですが、公開はしないことにしました。

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失火元には責任がない

火災保険(1) 友人が隣家のもらい火で家を全焼。裸同然で焼け出された。自宅に火災保険を掛けていなかった。

法律的には、人に迷惑をかけた場合には、償わなければならない。故意または過失によって他人の権利を侵害したものは、賠償する責任を負う。(民法709条)

火元の過失は明らかだ。失火元に対して、失われた家屋と家財の損害を賠償できる。そして慰謝料も。家を建て替えてもらい、家具や衣類、もろもろを賠償してもらえる。……はずだ。

ところがだ。火事の場合には、この法律が適用されないのだ。

他人の失火によって、自分が焼け出されても、相手に損害賠償を請求できない。失火元には、責任がないのだ。そうなると、自分が火災保険に入ってなければ、まったくすべて失ってしまうことになる。諦めるより仕方がない。まさに、ふんだり蹴ったりだ。

失火元は火災保険に入っていて、その保険金で家を新築する。けれども、焼かれた隣家が火災保険に入ってない場合には、再建できない。家がなくて流浪することになっても、火元のひとは責任を負わないでいいことになる。道義的には許されないと思うけど、法律的にはそうなのだ。

ただし、失火が重過失、程度の高い不注意であった場合は例外だ。失火元に責任が及ぶ。たとえば、天ぷらを揚げていて、散歩に出かけてしまったとか、強風の日に焚き火をしていたとか、酔っ払って寝タバコしたとか、そういうのが重過失にあたる。

ともあれ、火災保険に入って自分を守るしかないということになる。わが家も事務所も火災保険に入っていないので、明日、加入することにする。

2017-02-09

友人の家が全焼 やはり現金の見舞金で支援がよいのでは、と

友人の田中康彦さんの家が、隣家の出火によって全焼しました。その経緯は、今朝、投稿した次第です。

全くの全焼で、裸同然で焼け出されてしまいました。すべてを失いました。火災保険も入っていません。

友人としてなんとか支える動きをつくりたい思っています。ひとつの方法は、やはり現金で支援ということがよいのではないかと思います。

たとえば、ゆうちょ銀行に口座を作って、そこに見舞金を振り込んでもらい、ある程度、金額がまとまった時点で、お渡しするというのがよいかと思っています。

そこで、いま次のような文章を書いているところです。たたき台です。Facebook上に支援のサイトを作ることも検討しています。なにかいい方法、あるいはいい表現など、アドバイスくださればありがたいです。

仮のタイトル案〈田中康彦さんの住居火災により見舞金にご賛同ください〉

去る2月9日の深夜、浜松市天竜区大園271で火災が発生し、大切な友人である田中康彦さんの住居が火災に遭い、全焼しました。ひとり暮らしのおばあさんの暮らす隣家からの類焼でした。

さいわい田中さんには、怪我はありませんでしたが、すべてのものが焼けてしまいました。家も家財もすべてです。身ひとつで逃げ出すのがやっとで、まさに裸同然で焼け出されてしまいました。もらい火なので、出火した家から損害賠償もありません。そして、田中さんは、火災保険には加入していなかったので、まったく踏んだり蹴ったりです。

現在は、出火元の所有している家に仮住まいしております。田中さんは75歳、奥様は認知症のために施設に入っています。嫁いだ娘さんは横浜に暮らして、妊娠中で動くことができません。

衣類も、カバンも、靴も、下着も、免許証も、車の鍵も、通帳も、すべて焼けてしまいました。

そのような次第で、なんとか田中康彦さんを支えてあげたいと思っています。やはりなにより現金が必要になってくると思います。見舞金を募りたく思います。

〈振り込み先〉

■銀行名 ゆうちょ銀行

※ 月  日締切(ある程度集まったら段階的に田中さんに手渡します)

※集まった見舞金は、池谷が責任を持って田中さんにお渡しします。どなたがいくら支援してくださったのか、明細もお渡しします。また皆様へ集まった金額もお知らせいたします。

※お振り込みいただけましたら ichirin@ayus.netあるいはFacebookにメッセージいただけましたら、すぐに口座を確認いたします。

本人に直接渡したいという方がいましたら、本人の口座のほうに振りこんでくださいませ。

友人の田中康彦さんの家が全焼した

まったくなにも残らなかった。75歳と3日。第3コーナーからのラストスパートをきる。すべて清算。かえって清々している。そう言っていた。

きょうの深夜、友人の田中康彦さん(カヤック制作工房)の家が全焼した。二俣の大園集落だ。隣家からのもらい火で、両隣の三軒が全焼。2時頃の出火で、朝の6時くらいの鎮火だった。

眠りに入っていたところ、隣家が燃え落ちていく音で目が覚めた。なにも持ち出せず、それこそパンツ一枚もなし。免許もクルマのカギも通帳も、カバンも下着も、とにかくなにもない。さいわい怪我だけは、なかった。

今朝、尾崎さんからの電話で聞いた。そば処一休の青木さんとまずは現場に出かけた。30人くらいの消防隊員が現場検証中。まだ煙が少し出ていた。

3軒ともまったくの全焼だ。残っているのは、ステンレス製の郵便ポストと束になった新聞紙くらいのもの。そしてカヤックが一台のこった。2年もの間、精魂傾けてつくった竹製の家も燃え尽きた。

当面は、出火元の所有している向かいの家で寝泊まりする。炊事もできるし布団もある。近所の酒井さんが段取りよく罹災証明やら運転免許再発行などの書類を持ってきて、これから一緒に役所に行くという。

その方が、防寒具や下着など衣類を貸してくれていた。エホバの証人のひとが、カレースープと御飯のなべのセットを持ってきてくれていた。

とりあえず、酒井さんの家でコタツに温まりながら、これからどうしようと話をしていた。そこに、鍼灸師のバロンさん、元パイロットの今井さん、建築家の福山さん、イラストレイターの梓さんが来訪。山繭の織物している彭弔気鵑函⊃肯啻塙腓了穫くんも。酒井さんは、三遠南信の伝統芸能の写真撮影などをしている作家でもある。なかなか個性的なひとの集いとなった。

固定電話も携帯電話も燃え尽きたので通じない。酒井さんから借りた携帯があるので、こちらに通話すれば連絡はとれる。080-6962-2540 静岡県 浜松市天竜区大園271 田中康彦

2017-02-07

トヨタの生産方式を叩き込まれた経験から

たったの5分しか立ち話をしてないのに、ちゃんと顔と名前を覚えてくれていた。一年ぶりなのに、すごい。企画のパンフレットも読んでいて、ちゃんと感想も述べてくれている。お年寄りの数名のグループが参拝にこられると、すっくと起ち上がって境内を案内する。説明の仕方も見事だった。

まちなかに出たついでに、「神社・寺カフェ」に参加してくれているお寺に寄った。そのなかのZ寺で、Fさんに会った。定年退職して、数年前から、この寺で寺男として境内の管理や案内などをされている。

かれとベンチに座って、語りあう。Fさんは、中学を出ると山里からまちなかのオートバイの部品工場に勤めた。その工場は、定時制の高校に行かせてもらえるというので、選んだ。

トヨタとY社の下請けで、部品をつくっていた。いちばん勉強になったのは、トヨタの生産方式だという。徹夜してまで、徹底して工夫改善する。ダメなら元に戻す。Y社はアタマで考えた通り一遍のことしか指導しないが、トヨタは徹底して現場の知恵と実践を叩き込んでくれたという。

また、トヨタの学校に真似たともいう。工場のなかに自分で工具で制作できる部屋がある。残業のないときには、そこで鉄を磨いたり学びあった。そして、残業代もだしてもらえた。たのしかったし、いろいろなアイデアが生まれた。外注に出さなくても、自社製のできるものもいくつか生まれた。コストダウンにつながった。

そんなトヨタの生産方式を叩き込まれた経験から、お寺の整備などをみると、工夫したいことは山ほどある。脚立を建てて旗をつけるようなことでも、こうしたほうが効率がいい、こういう手順でやればうまくいくと考える。しかし、お寺はそんなに効率も求めてはいないだろうけど。

ともあれ、ものづくりの現場のひとの体験を聞けるのはありがたい。ホンダを創業した本田宗一郎などは、工場の中で着想が閃くと、そこに現場の社員を集めて、床にチョークで絵を描いて示したという(写真)。そういう現場の中で、みんなで知恵を出し合い工夫を重ねて小さなオートバイの組立会社から、世界のホンダに育っていったわけだ。

そんな熱い現場のチカラが、かつての日本のあちこちにあったことだろう。トヨタ、ソニー、パナソニック、ホンダ、京セラ……ものづくり大国日本の時代をおもった。

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そんなに企画してどうなるか。どうするのか。

友の家に寄って、いろいろな企画のこと、人生のことを語りあう。話していると、次つぎと企画がでてくる。山里でのサイクリングコース、山里暮らしのトークイベント、自然素材アート展、閉まった店を借りてアートギャラリーなどなど。アイデアを語りあうのは、たのしい。こういう友がいるのがありがたい。

さてしかし、そんなに企画してどうなるか。どうするのか。そこだ。

企画は実行して初めて意味がある。「絵に描いた餅」ではつまらない。実行となるとお金がかかる。広報のためのパンフレット、アルバイト代、郵送費、会場費、雑費など数十万円から数百万円もかかる。そうして、ほとんど自分の人件費は持ちだしだ。

参加費をとるといっても、なかなか難しい。広告も難しい。企業協賛も難しい。これ、ひとの多いまちなか、あるいは東京だったら、可能性はある。山里はひとがいない。ひとがきてくれない。なので、イベントを企画しても、費用的に難しい。

ということで、行政や企業に企画提案して、助成金が採択されれば実行するというのが、可能性のあるところ。で、この4年間、採択された企画は、10本以上になる。着想、思いつきを企画書にあらわし、プレゼンして採択されるというのは、ゲームとしても達成感のあるところ。

さて、採択されれば実行しなくちゃいけない。ここから困難に直面する。机上のプランのときのエネルギーとはちがって、具体的、現実的な作業がともなう。考えていたことと現実は、やはりちがう。予想しなかった障害がたちあらわれる。ストレスもかかる。孤独だ。モチベーションもつづない。

それがたいへん。しかし、それを乗り越えていくことで、学びがあり、ネットワークの拡大になる。実績になっていく。そして、また次の企画がでてくる。そういう循環になるわけだ。

けれども、これをつづけていくと、消耗してくるのはたしかだ。

まず、自分の人件費が出ないのがおおきな問題。ほとんどの助成金というものは、実行者の人件費、そして団体の運営費は出ない。おおくのひとから感謝され、たいしたものだと評価されたとしても、自分の収益がないということになると、これは続かない。お金と時間に余裕のあるひとには、最高のゲームだと思うけど。

いろいろ企画は湧いてくるし、やってもみたいけれども、生活をかんがえていくと、むつかしい。ということで、整理するとこんなことになるかな。

一、「ほんとうにやりたいことしかやらない」。収益など関係ない、やりたいからやる。躍動があり、たのしいことなら、それは道楽、趣味、生きがいとして、やれる。なによりワクワク・元気なエネルギーという財産が手に入る。そういう企画しかやらない。

二、企画と現実的な予算の裏付けまでは行う。あとはタイアップしてくれるひとにまかせてしまう。そういうひとがいれば、ということだけど、ま、これはむつかしいかな。そんなひと、いないから。

三、収益につながりやすい企画。協賛金を得られやすい企画。団体運営費が出る助成金に絞って企画提案していく。あれこれと手を出さない。ここが現実的な路線。

こう考えてみて、やはり「本業に徹する」のがいいかという着地になってきた。ぼくの本業は、執筆と編集なので、そちらのほうの企画と仕事に徹していく。こちらの軸を移していくのが正解かな。のこりの人生、そんなに長くないからね。ほんらいのんびり田舎暮らしをしたいために、山里に移住したのだし。

2017-02-04

炭焼の煙がモクモクと見えた

田河内の森下さんのところで味噌作り。その帰りに、炭焼の煙がモクモクと見えた。一昨年、うちで炭焼き窯をつくったときに、ご指導いただいた栗島さんのところだ。せっかくここまできたので、ご挨拶させてもらう。

いつも悠々とした大人(たいじん)ぶり。お顔を拝見するだけでも心が和む。「田河内今昔」(たごうちこんじゃく)という郷土史の執筆もしておられるので、炭焼き窯作りのご恩返しに、ボランティアで編集のお手伝いをさせていただこうと思っている。

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こんな立派な犬小屋があるのに

こんな立派な犬小屋があるのに、ランは入らない。いつも藁を敷いた土の上に寝ている。雨のときだけ入っている。この小屋、ひとが入って瞑想できるくらい大きいよ。「百古里めぐり」の企画のお礼に、百古里庵さんから、いただいたものだ。

小屋の上に展望台を作ってあげたら、朝日が出る頃からずっとここで過ごしている。眺めがいい。ちかくを散歩するワンコがいると威嚇している。かわいいんだけど、威張る性格は困るなぁ。

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きょうは味噌作り 

森下さんが、数日前から、米を蒸して麹菌をまぶして、麹をつくってくれていた。なんと麹は45キロも。大豆は30キロ。大豆を煮て大きな臼でつく。機械で潰すとペースト状になってしまうが、杵でつくと大豆のつぶつぶ感のある味噌になる。

煮た豆を杵でつく。豆がつぶれたら、麹を入れる。塩と大豆の煮汁を。そしてまたつく、つく、つく。結構なチカラ仕事だ。ほどよく混ざったら、専用の味噌の貯蔵部屋にある杉の樽に入れる。あとは数か月、貯蔵しておくと、発酵して味噌ができあがる。おそらく100キロ以上になると思う。

きょうの味噌作りの場所は、ここからクルマで40分、田河内(たごうち)という集落の森下さんの家。森下家は代々つづく自伐林家で、広大な森林をもっておられる。有機でお茶も栽培している。4世代同居というのがすごい。

総勢8名の作業だった。まちなかから、往復3時間余もかけて参加してくれたひともいる。呼吸をあわせて力をあわせての作業だ。みんなでやると力がでる、躍動がある、たのしい。そうして、発酵がすすむと、手作り味噌という貴重な〈たからもの〉になっていく。

毎年つくりたいね。そうだ、年末はみんなで餅つきもいいね。そうだ、近くの樽山の滝(なんと5つもある)が2月には凍るそうだから、それも案内していただこうということになった。

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2017-02-03

お絵描きに熱中するようになってきた

お絵描きに熱中するようになってきた。絵を楽しめる、歌を楽しめる、本を楽しめる。そういう娘になってほしいな。あかり1歳と6か月

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太秦牛祭

節分なので「追儺」(ついな)を調べていくうちに、ネットでこんな絵を見つけた。広隆寺の太秦牛祭(うずまさうしまつり)を描いたもの。毎年10月12日に行われる祭で、京都三大奇祭として知られている。

牛に乗っているのは、摩多羅神(またらしん)。その前を歩くのが、角と牙のある面をかぶっているので、これは鬼だろう。摩多羅神が鬼を追い払っているのだと思った。でも、これは鬼じゃなくて、四天王(四方を守護する神)のようだ。

摩多羅神は、念仏守護の神ともいわれるが、どうもよくわからない。マタラなので、もしかしたらマー(女神、母神)ターラ(観世音菩薩)=母なる観音さま、から由来してるのかなあと思ったり。追儺もそうだが、三叉の槍を持っている。この起源は、インドのシヴァ神のもつ、トリシューラ(三叉槍)かなあと思ったり。

広隆寺は、京都の太秦(うずまさ)にある。国宝の弥勒菩薩半跏像があることで有名。帰化人系の氏族である秦氏の氏寺で、京都最古の寺院。

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祓う者がやがて祓われるものとなる

明日は節分。節分を調べていて、こんな絵に出会った。吉田神社追儺(ついな)式の絵だ。この追儺が日本の節分の起源とされる。もとは、大晦日における宮中の鬼払いの儀式である。「鬼やらい」とも呼ばれる。鬼とは、災厄を象徴している。

この絵にあるのは、鬼ではなくて、方相氏(ほうそうし)と呼ばれる鬼を祓う者だ。その先に、鬼がいる。方相氏は、金色の目が4つある呪師(ずし)である。この方相氏を先頭にして、鬼を追い祓う。

方相氏は鬼を追い祓う中心的な役割を担っている。しかし、これが不思議なんだけど、平安時代の末期になると、この方相氏が追い祓われる側の鬼になってしまう。鬼を追い祓うほどのあまりに恐ろしい存在なので、こんどはこれを追い祓おうということなのか。

祓う者がやがて祓われるものとなる。忌むべきものを打ち負かす存在が、やがて自ら忌むべきものとなってしまう。そして、人々に追われてしまう。いろいろ象徴的だなあと、印象に残った。絵は、都年中行事画帖より。

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2017-02-02

旧暦のお正月は、つねに新月から始まる

ランを連れて河原を散歩すると、風は強いが、日差しも水の音も、なんとなく春めいて感じられてきた。

今年の旧暦でのお正月は1月28日。七草の節句が2月3日。小正月が2月11日だ。ちょうど梅の花がすこしずつ咲きはじめる頃で、まさに新春という感じがする。

ちなみに、旧暦のお正月は、つねに新月から始まる。一年のはじまりとなる最初の新月だから、「正しい月」「お正月」というんだそうな。

遠州のからっ風

北風がごおおーーーーー、びゅーーーーとすごい勢いだ。この風は、アジア大陸のほうから吹いてくる。

日本にくるときは、そそり立つ山にぶつかって日本海側に雪を降らせる。そして、水分がなくなった風は、太平洋側にきて、からっ風となる。

こちらでは「遠州のからっ風」という。群馬を旅したときも風が強かった。あちらは、「上州のからっ風」と。

障害者のための芸術発表の場作り

秋田の散策篇。観光地でもないので、とくに見るところはない。ホテルの周りでも、だいたいシャッターが閉まっている。その上、吹雪だ。なので、あいている所があれば、直感で入っていく。そこで、いろいろ聞いてみることにした。

ここは、フツーのギャラリーかなあと思って入ってみた。髭面のガタイの大きいお兄さん。無愛想でちょっと怖いかなあ。見せてもらっていいですかー、ああ、いいですよ、と。すべて障害者の描いたものだという。こうして、絵を切り抜いて大きなキャンバスに配置すると、なかなかいい。

しかし、どうして障害者の絵を展示しているんだろう、というところから、ぼくの好奇心が動きだす。つくったきっかけ、つくりかた、そもそも経費はどのように捻出しているのか、と。聞いていく。

すると、厚生労働省の「障害者の芸術活動支援モデル事業」ということがわかった。なるほど、するとこちらはNPO法人かと聞くと、そうだという。

障害のある人の芸術活動をサポートして、発表の場をつくっているわけだ。地域の特別支援学校や支援団体そして個人とのネットワークづくり。障害のある人とアーティスト、市民の交流を促進。そういう趣旨だ。

閉店になっていた店を借りて、壁を白く塗ってキャンバスにしてギャラリーとする。奥の部屋はNPO法人の事務所だ。それはいいね。

説明してくれたかれは、ここのスタッフで、横浜から移住してきたんだそうな。雇用の条件を聞くと、給与が15〜20万円。しかも、住居はタダという。なるほどなあ。国のこういった助成事業を受けると、団体運営費もスタッフの人件費も出るので、ひとを雇うことができる。経営も安定してくる。

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2017-02-01

雪道を歩いていて出会った印象的な看板二つ

秋田の旅の散策。雪道を歩いていて出会った印象的な看板二つ。ひとつは、お寺の「掲示伝道」とよばれるもので、門に前に掲げられている。お釈迦さまの言葉じゃなくて、ネイティブアメリカンの言葉というのがめずらしい。

もうひとつは、イヌの糞を投げ込まれた家の方の怒りの看板。こんなにしっかりと看板を作って、きれいに文字にして立てるというのも、すごい迫力。お金もかかってる。しかし、数十個の投げ込むなんて、かなり悪意のある人の仕業だよね。

ひとつだけの投稿だとつまらないけど、こうして2つ並べて投稿してみると、なかなか印象的。

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雑誌の取材の仕事

自分の感性で書くというのは、楽しい。でも、仕事となるとそうは行かない。いますすめている雑誌の仕事は、インタビューをして書くということで、すこしくストレス。

まず、相手からいい話を聞き出すのが、ポイント。話したくなるような雰囲気、質問、相槌。相手がなにか語ったら、それはこういうことですよね、それってどういうことですか、と聞いていく。

このあたり、うまくやらないと、気分を害されて滞ることもある。まあ、基本、相手は仏教世界のひとなので、そこは大丈夫。かつて、大学の専門医の取材をしたことがあったが、神経内科の方で、医学専門用語連発でまったくわからず、困ったことがあったけど。

ともあれ、1〜2時間くらい話しを聞く。語る言葉がそのまま原稿になるようなひとだとラク。たいがいは、あっちこっちに飛んで散漫になる。聞きたいところにまったく乗ってこなくて、取材意図とズレてしまうこともある。今回は、すこし難ありだ。

まあでも、インタビューは完了している。さてそこから、原稿つくりに入る。まずはテープ起こし(もちろんICレコーダからだけど)。2時間の話を文字にするのには、2倍から3倍の時間がかかる。これが、ひとつのヤマ。下請に依頼する経費がないので自分でやる。いちど聞いているので、そのほうが速いし。

文字起こしは、機器を手で操作していたら、すごく手間。かつては、足のペダルでストップと再生ができる機器を使っていた。いまは、「CasualTranscriber」という便利なフリーソフトがあって、左指のショートカットでスイスイとできる。

ということで、朝から始めたテープ起こしがやっと完了した。つぎに、話のポイントを抽出して、そこをヤマに持っていく。その流れをつくる。質問は適当にこしらえて、それにたいして答えてくれたかのようにする。必要ない話は、バッサバッサと削除していく。床屋さんか、植木の選定みたいだ。

で、納得の原稿ができたとする。次に、二つ手直しがある。一つは、雑誌社からこうしてほしいという注文がくる。これはお互いに意図が同じだから、やりやすい。助けてもらえる。

いちばんの関門は、取材された本人からの直し。「こんなこと言ってないよ。こんな趣旨じゃあないんだ、こんな原稿ダメだ」とやり直しの場合がある。ま、そんなことは一度もなかったけどね(一冊本を仕上げて、全部アウトということは、一度だけあった。三ヶ月の仕事がおじゃんに)。だいたいは、ほんのすこしの手直しで済む。

ということで、今夜中に、原稿を仕上げてしまう予定。いつもそうだけど、山登りと似ていて、この山、高いなあ、登れるかなあと思うけど、一歩一歩あゆんでいく。いつしか五合目、七合目、そして頂上と辿り着くことになる。三合目くらいになれば、楽しくなるのはわかっている。

何度も何度もやってきている仕事だから、かならがカタチになる。そういう楽観がある。そして、実際なんとかなるわけだ。