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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2018-11-13

一日春野を案内した

11日、一日春野を案内した。NPO法人雲を耕す会の講座「春野の山里めぐり」。参加者11名。クルマ4台に分かれて移動。春野の自然を堪能することと、そこに暮らす人々との出会いがポイント。というわけで、池谷が段取りと案内をすることになった。

―葉神社の下社、キャンプ場で待ち合わせ。銀杏の紅葉。キャンプの家族付が30名くらい。冬になっても、焚き火を楽しむキャンプ客が増えてきたという。

∋或椶気鵑里宅を訪ねる。昨年、東京から移住された。大山林主の古民家を買って改修している。蔵が二つもある。この家だけでも一日じっくりと旅ができそうな趣がある。ダルマストーブがなつかしい。

若身にある元旅館の山口邸。秋葉山信仰と塩の道で栄えた日本民藝館のようなしつらえ。現在は地域の寄り合いの場として、音楽教室の場としても活用している。周辺も散策。レトロな味わいの松本屋旅館。元医院の診療所。和菓子屋。

せ核の機織りと和紙づくりの鶴田さん。山繭は、室内で桑の葉を与えるのではなく、天然のクヌギやナラの木の花との中で育てる。サナギから糸をとって機を織ると、薄緑色に輝く布ができる。さらには、和紙作りにも挑戦している。和紙に絹や芭蕉など、さまざまな素材を織り込む。この仕事が楽しくて仕方がない。そういう溌剌とした姿に感銘した。

セ確い良蕕量未盡てもらう。自己破産した料理屋と建物。競売されて、いまはキリスト教系の宗教団体が落札して、教会となった。国道沿いに次々とつくられる太陽光パネル。

勝坂集落へ。400年つづく勝坂神楽で有名。いまも木造の勝坂小学校がある。かつては、生徒が100名余もいた。すでに廃校となり公民館として使われている。映画監督の木下恵介もこちらに疎開してた。いまこの集落は10世帯ほどだ。

Ч藩佞慮どころ明神峡までドライブ。紅葉の見頃はあと10日くらいか。第一級の景観ながら道幅が狭く、クルマのすれ違いに神経を使う。

┐修仆莪豕戮気鵑如⊇蹴笋修弌C訖。一休さんは、ひとりでコツコツと店も家も、ギャラリーも、離れの家も作った。4棟も手づくりというすごさ。チェロと渓流釣りを楽しんでいる。

木造の名建築の植田公民館。地元の材をふんだんに使ったぜいたくな造り。天竜材にこだわる建築家・辻垣正彦さんの設計による。建設には地元の人たちが総出で普請に携わった。30年前に建てられたが、温かい落ち着いた雰囲気。木造のしっかりした作りは、温かい。やすらぐ。呼吸していてラクでくつろげる。マインドフルネス=気づきの瞑想の会場にいいなあといつも思っている。

ここで散開。ぼくは郷土史家の木下恒雄さん(85歳)を訪ねて、明治につくられた王子製紙の歴史について2時間の講義をいただく。春野の気田の町は、王子製紙がつくられたことで、できた町である。その歴史を、ただいま執筆中。500ページ余の本になるという。

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「春野の山里めぐり」の案内

一昨日の11日は、NPO法人雲を耕す会の主催した「春野の山里めぐり」の案内をさせてもらった。ポイントは、そこに暮らす人々と出会うこと。山里暮らしの醍醐味、過疎地の課題などもみえてくる。山里の景色も楽しむことができた。こちらに、まとめられている。

http://www.kumo-t.jp/.s/news_/2018/11/7-5aa0.html

http://www.kumo-t.jp/.s/news_/2018/11/7-1a88.html

相続登記と名義変更が厄介

解体しようとしていた空き家を、隣家にそのまま譲るというケース。借地なので、土地は隣家が買い、その費用を家主が負担する。

家主は、解体費用(100万円)がゼロで済む。費用負担は、土地代だけだ。山里の土地は安いので、経費は大幅に減ると思う。そうして隣家は、タダで土地と家が手に入る。

 ■

しかし、法的にややこしいことはないか。

まず建物の「名義変更」が必要。予想したとおり、相続登記はされていなかった。しかも、祖父の名義のまま。

となると祖父(故人)→母(故人)→本人という相続登記が必要になる。遺産分割協議書が必要だ。相続人が了解したという実印を押してもらう。印鑑証明も必要。きょうだいがたくさんいると、厄介だ。

その相続登記が済んだ後に、隣家に「名義変更」することになる。これはややこしい。費用もかかる。

 ■

そんな手間(相続登記と名義変更)はやめて、そのまま譲ればいいか。しかし、名義変更しなと問題ないか。それは両者が契約書を交わして、納得すればいいことにする。これがラクな方法だろう。

 

さて次は「固定資産税」。名義変更しないと、元の家主に固定資産税がかかり続ける。それを調べてみたら、建物の価値は20万円以下なので、固定資産税は対象外となっていた。ゼロ。

あとは、地主から土地を買えるかどうか。これが「農地」だと難しい。「農家資格」がないと、土地は買えない。

 ■

まあ、仕事でもないのに、そこまでフォローしてあげる必要もないのだが、乗りかかった船。これから山里で起きてくる空き家処分のひつの事例としていく。

2018-11-12

子どもの言葉の習得過程から、空間と時間について考えてみた。

あかり3歳と4ヶ月。すごいスピードで言葉の量が増えていく。日増しに上達していく。

「もの」には名前がある。そこは理解しているから、教えれば覚える。色の違い。動物の種類。乗り物など、ジャンルというくくりもわかっている。

空間の概念もつかめてくる。遠くにあるのは「あっち」、近くにあるのは、「こっち」と。

 ■

「現在」と「過去」も、使い分けるようになってきた。「今日は楽しかったよ」「行きたかったのにー」「お姉ちゃんが遊んでくれたよ」 「今日は、あかりがひとりだったよ」みたいなことを喋る。

けれども、「昨日」とか「明日」という区別は、まだわかってはいない。「今から」と「これから」と「あとで」という区別も難しい。

「あとで行こうね」といっても、「今から行く」と思いこんでしまう。すぐに連れて行かないと泣き出す。なので、行く間際に、「さあ行こう」ということにしている。

 ■

時間の軸は、空間軸の認識の後にくるのだろう。まず、ものの位置が「近い」と「遠い」がわかってきて、その次に時間の認識に及んでいくのだろうか。

そして、時間には「近い時間」と「遠い時間」があること。「明日」と「明後日」。「昨日と一昨日」。「いま」と「これから」と。

子どもの言葉の習得過程から、空間と時間について考えてみた。

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空き家があるから、住みたいからといって、すんなり住めるわけではない

 ■

田舎に移住しようというとき、空き家があるから、住みたいからといって、すんなり住めるわけではない。

地域の人は、「山里は年寄りばかりなので、若い人に住んでもらいたい」とは言う。

それはいわば「総論」である。実際に、隣家が空き家になって、そこに移住者が来たらどうかというと、「あ、それは困る」というケースがわりとある。

 ■

かつて、家主が「貸しましょう」ということで、移住をきめた人がいた。とてもステキな空き家だった。改修の準備までしていたが、引っ越す寸前になって、地元の自治会にはかったら反対されたことがある。

今回の空き家のケース。空き家がある、そのまま住める。隣のおばあちゃんは、寂しくなるばかりだから、ぜひ住んでもらいたい、ぜひきてもらいたいと言っていた。

ということで、空き家の家主に聞いてみた。

すると、家主はこう言う。

おばあちゃんはそう言うが、じつは息子さんが反対している。ひとりでも、反対している人がいたら、ややこしいことになる。移住してきた人も気の毒だから、家を貸すのは、もうやめたという。

じゃあ、骨董品屋さんとか、木工細工の人が、たまにきて作業場にするのはどうかと聞くと、いやそれはそれで困るという。

貸すと言っても、家賃は数千円の微々たるもの。わざわざ集落に波風を起したくないという。そりゃそうだろう。

 ■

ながらく暮らしている地元の人は、日々の安寧秩序がたいせつ。それを移住者がくることで、壊されやしないか、そこを恐れている。

ある人は、移住して、自治会に参加させてもらおうと挨拶に行ったら、「そこに暮らす以上、自治会費を支払うのは当然。だが、住民票を移さないものは自治会は入れない」と断られたという。

まあ、地域によって温度差があるのは事実。集落を挙げて、歓迎パーティーをしてくれたところもある。自治会長自らが、空き家探しから改修の段取りをしてくれた経緯もある。

「人生の楽園」のようなわけはいかないのだ。まちなかの人が、いいところだから、のどかで自然環境が豊かで、みんな素朴でいいから住みたいといっても、かんたんに住めるわけではないのだ。

こんな私たちですが、ここに住まわせていただけますでしょうか、という感じであいさつに行き、「ああ、いいよ」と集落の人が言ってくれて初めて住むことができる。そういうところがベースにあるかもしれない。

そこを無視して住むといっても、あとあと苦労することになる。このあたり、田舎暮らしの難しいところではある。

かくして、ますます過疎化は進む。

2018-11-10

流木を薪にする

この頃は、外風呂で湯治だ。薪で焚く。ガスで温めた湯とはちがい、薪で焚いたものは芯から温まる。湯冷めしない。そして、火を焚くとき、炎をみているだけで安らぐ。しあわせ時間となる。

手間がかかるのは、薪づくり。木を切って玉切りして、乾燥させて斧で割る。体力仕事だ。

ちかくの気田川の河原には、こないだの台風で、たくさんの流木が流れてきている。ケヤキやクスノキ、カシなどの広葉樹もある。これを薪にするのがいちばんラクだ。火の保ちがとてもいい。

かつて薪が燃料の時代には、みんなが競って流木を集めたという。いまでは、拾う人などだれもいない。

そこで、流木を薪にしようと、軽トラにリヤカーを積んで、拾いにいってきた。あっという間に、軽トラが一杯になった。なかには磨けば芸術作品になりそうなものもある。

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山里の診療所

山里の不便さはいろいろあるが、ひとつには医療施設が遠いこと。しかしさいわいなことに、この集落には診療所が近くにある。

都会暮らしのときと違って、近ごろの体調不良もあって、よく診療所に行くようになった。かかりつけの主治医として、こちらの事情もよくわかってもらえている。

空咳がまだ続く。これはマイコプラズマ肺炎かもしれないと思って、もちの木診療所に出かけた。自転車で1分。待ち時間なし。

診療所に行くと、「池谷さん、ちょっと来てごらん」と先生が言う。部屋に行くと、抽象画が飾られている。近所にいる画家の作品だ。なかなかのもの。

今度、これを描いた画家のIさんの絵を集いをやりたいという。定期的に私設の「まほろば図書館」で行う。それはおもしろい。参加させてもらおう。

そして、診察してもらう。

「先生、妻も子も、咳をしています。もう一月くらい、風邪が治らないんです。ひょっとしたら、マイコプラズマ肺炎かなあと心配しているんですけど」。

先生は、聴診器をしばらく当てて、「ああ、ひょっとしません。肺炎はこんな生易しいもんじゃありません」。

ということで、ツムラの漢方薬を処方してくれたのだった。往復の移動と、待ち時間、診察と投薬で30分以内だ。

これがもまちなかの大きな病院に行けば、一日がかりだ。往復2時間以上、待ち時間、検査、診察、そして精算の待ち時間、医薬分業だから、調剤薬局に行く。これだけで3時間くらい。合計7時間と。

あれ、おかしいかなと思ったら、ちょっと診てもらう。検査してもらう。そんなふうに、暮らしの中に診療所も取り入れていくことになる。大きな病やケガとなると、これはもう大きな病院に行かなくちゃならないけれど。

野球のトレーニング中の子どもたちに出会う

朝のランの散歩中、野球のトレーニング中の子どもたちに出会う。

「おはようっ」というと、「おはようございます」と、ちゃんとあいさつが返ってくる。気持ちいい。

「この犬は、ランと言ってね猟犬なんだよ。イノシシとかやっつけちゃうんだよ」。

みんな「へええーー」と、感心してくる。

ある少年のそばにランが近寄っていく。

「わわわーっ」と、ひっくり返る。

「オレは、イノシシじゃないよー」と、叫ぶ。みんなで笑った。

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2018-11-09

おにいちゃんたち、遊んでくれるかな

ほたる公園から、子どもたちの声が聞こえる。

あかりが「遊びたいよぉ」という。

「じゃあ行こうか」。走る、走る。あかりは、二度もあわててころんだ。

公園では、子どもたちが5人、遊んでいた。それぞれゲームやブランコに熱中している。みんな初対面だ。さて、遊んでくれるかなあ。

みんなおんなじ学級で小学校二年生という。おそらく一学年で10人くらいかな。ここから片道10キロくらい遠くの山里からも来ている。

あかりは、おにいちゃんたちを遠巻きに見ている。声をかけてくれないかなあ、あそぼうっていってくれないかな。ひとりで鉄棒をぶら下がったり、近くを走ってみたり。(1枚目の写真)

でも、声をかけてくれない。みんな自分たちの遊びに熱中している。そもそも3つの幼児と一緒に遊びたいとは、思わないだろうし。

これじゃあ、あかりが寂しそう。お父ちゃんとしては、ひとつ声をかけてみるか。

「ねえ、この子はまだ三歳だけど、一緒に遊んでくれるかなぁ。一緒に遊んでくれたら、うれしいな。名前はあかりというんだよ」。

みんなで相談してた。(2枚目)そして、気持ちよく「いいよ」と言ってくれた。そして、「あかりちゃん、あそぼう」と声をかけてくれた。

「鬼ごっこしよう」。追いかけっこしてくれた。あかりのペースに合わせてくれた。(3枚目)おにいちゃんたちは、やさしかった。おねえちゃんも抱いてくれた。(4枚目、5枚目)

こうして、あかりには、ときどき遊んでくれるおにいちゃん、おねえちゃんか増えていくと思う。

先日は、私設の「まほろば図書館」で企画会議。お年寄りのための「老人医療の講座」と、子供のための「絵本読み聞かせ会」をやってみようという打ち合わせ。会議の参加メンバーが、それこそ一本釣りで、子どもたちを集めようということになった。こうして、子どもたちとの顔合わせが、少しずつすすむとしたら、たのしいことだ。

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廃棄したい空き家がある。それを解体しないで、隣家に譲るというケース

一昨日の投稿の続き。

廃棄したい空き家がある。それを解体しないで、隣家に譲るというケース。借地なので、土地は隣家が買う。その費用は、家主が負担する。家主は、解体費用がゼロで済む。土地は、安く買えるかもしれないので、経費は大幅に減る。隣家は、タダで土地と家が手に入る。

しかしだ。手続き的には、もしかしたら、ややこしいことがあるかもしれない。そう気がついて、備忘録として書いている。

建物を譲る場合、建物の「登記」がしてなければ問題ない。が、登記してあれば、「名義変更」が必要。まあ、山里は古い家は、登記してないケースがよくあるので、問題はないような気もするが。

登記してあった場合は、ややこしい。この場合、建物の名義人はすでに亡くなっている。そうなると「相続登記ヶして、その後に、名義変更の手続きが必要となる。

もしも相続人が何人かいると、たいへん。「遺産分割協議書」に実印を押してもらわねばならない(印鑑証明も必要)。すると、手土産をもって兄弟を訪ねる全国行脚となる。

名義変更しないで、そのままもらい受けるのはどうか。それでいいような気もする。しかし、「建物の滅失登記」は必要になるだろう。古い家なので、固定資産税はんかかっていないかも。このあたりの手続きが必要。

その他、土地の問題がある。「宅地」と思っていたら、実は「農地」であったなんてことは、よくある。すると、「農家資格」が無いと、土地は買えないのだ。

このように、いろいろややこしいことはあるかもしれない。首を突っ込まないほうが得策か。あるいは司法書士におまかせ。しかし、それだけでも何十万という費用になりそうだ。壊してしまったほうが、かんたんかな……。

http://d.hatena.ne.jp/ichirindo/20181107/1541592619

石地蔵作家の土屋さんについて書いた

生きがい特派員(静岡県の健康長寿財団)というのをやっていて、石地蔵作家の土屋さんについて書きました。

http://www.kenkouikigai.jp/archive/03/03E34N0q2H2U2A.asp

2018-11-08

海外から日本に来て、がんばって働いている人たち

海外から日本に来て、がんばって働いている人たちがいる。自分が海外に行って、こんなふうに働けるかというと、とてもできない。それを思うと、すごいことだ。

昨日は、ペルー出身で日本に帰化、独立して金属の買取をしている人が来た。金属、バッテリー、スチール机、自転車、バイク、クルマ、鉄くず、重機、農機具などもっていってくれる。あるいは、買い取ってくれる。倉庫の解体や草刈りまでやるという。きょうは養護施設の自転車7台を持っていってもらう。

あるブラジル人は、中古車販売をしている。その処理スピードの速さとサービス精神もすごかった。

この山里で、中古のトラクターなど500台在庫して販売しているベトナム人もいた。

ネパールの友人は、新潟で、ロシア人向けに中古車を販売で儲けしていた。インドの知り合いも、中古車販売で輸出して、儲けてマンションを買った。

かれらの独立心、起業マインド、ハングリー精神、顧客獲得のエネルギーに、いろいろと学ぶことが多い。

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2018-11-07

空き家の解体処分 いっそ隣家に譲ってしまえば

春野を離れて数十年。もう戻ることもない。墓も移した。空き家だけがある。たびたび帰っては、風通しなどしてきたが、遠方だし管理が重荷になってきた。

住みたい人がいれば、住んでもらいたい。屋根の補修など、すこし手間をかければいい。しかし、借地なので最終的には、更地にしなくちゃいけない。ということで、家を解体したい。

そんな、相談があった。

神奈川から里帰りした家主の夫婦と、隣家の夫婦を交えての打ち合わせとなった。こちらに、すべておまかせしたいともいう。

解体業者にまかせれば、かんたん。見積もりでは、100万円以上はかかる。囲炉裏の煙に燻された古材など、たんなるゴミとなってしまう。みんなで解体して、古材を活用することも可能かもしれない。隣家も協力したいという。

そこで、ひらめいた。

隣家がこの家をもらう。それが一番いいのでは。ちょうどいい離れになる。近隣や親戚が集まっての自由な語らいの場にもなる。物置にもなる。隣家は、それはいいかもしけないと心が動いた。

だが問題は「借地」ということ。いつかは更地にして返さないといけない。

ならば土地を買えばいい。こんな山奥だから、坪千円あるいは数千円。いや、タダでもらうことも可能かもしれない。ひとつ地主と交渉してみては、ということになった。

家主にすれば、100万円以上かかる解体費用が、ゼロになる。では、土地代は負担する、と。

そのあたりの調整をよろしくおねがいします、と依頼された。

縁側にすわって、温かい日差しを感じながら、そんなことを語り合った。

過疎地の山里、ひとり暮らしのお年寄りの多い山里、処分に困る空き家物件は、これからたくさん出てくるようになる。

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2018-11-06

こういう心境で日々暮らしていければ

いま印刷して、壁に貼りました。

こういう心境で日々暮らしていければと思って。

心が豊かになる天国言葉は、斎藤一人さんに著書に依ります。ホ・オポノポノは、ハワイの伝統的な言葉です。

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2018-11-05

慈経(メッタ・スッタ)をよんでもらった

松尾さんにパーリ語のお経、慈経(メッタ・スッタ)をよんでもらった。生きとし生けるものが幸せでありますように、という趣旨のお経だ。

こないだの「田舎暮らし雑談会」でのこと。松尾さんは、南伝仏教をながらく修行をされたことがあるので、お経をよんでいただいたのだ。また、クリシュナムルティのもとでも学ばれたという。

浜松と西伊豆の松崎に二点居住。春野にもよく来てくださっている。自給自足に近い暮らし。禅の村上老師とも懇意で、老師の草庵にも近い。ご夫婦でヴィーガン(絶対菜食主義。肉やミルク、バターなど動物製品の使用を行わない暮らし方)である。奥様がおいしいケーキを作ってくださった。

心身の健康、生き方のこと、いろいろ深いお話をうかがった。なによりもその波動が落ち着いていて、優しい。接していて落ち着くのであった。

日本でよまれるお経は、インドで成立したサンスクリット語のお経が漢訳されでされたもの。パーリ語の場合、漢訳とは違ったやさしい響きがある。

お経は、自分で読んでいて心地よく、心が静まり、エネルギーが高まるなどいろいろ効果がある。真言(マントラ)でも、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でもいい。あーえーーいーおーうーでもいいと思う。おーとかあーだけでもいいと思う。

よんでいくと、自分自身の深いところにつながっていくような気がする。

田舎暮らし雑談会は、こうしたいろいろな田舎暮らしの方たちが、その生き方を示してくれている。

https://youtu.be/lJLe-Wwuoxc

2018-11-04

家で湯治している

家で湯治している。この一ヶ月、体調悪し。風をこじらせて、妻も子も調子よくない。で、昨日から、外風呂を再開。屋根はあるが、まったくの露天風呂感覚。

まず、薪を割って火をおこす。火を見守るのは心地いい。内風呂はガスで沸かしているのだが、薪とガスとでは、暖まり方がちがう。薪で沸かすと、芯から温まる。湯冷めしない。

炎を眺めていると、時間を忘れる。結構、頭が空っぽになる。そのままリラクゼーションであり、瞑想のような。それでも、何かひらめいた時には、音声入力で iPhone から入力する。

田舎に移住したばかりの時は、都会にできないことをしたい。ということでも、よくドラム缶風呂に入った。焚き火の上で風呂に入るようなもので、とってもよく温まる。炎が360度、周りを照らす。夜空の星を眺めて入っていた。とても感動的ない体験なんだけれども、煙がもうもうと出る。山里といえど、やはり近所迷惑。で、やめた。

煙のために、ドラム缶風呂をあきらめたが、やはり薪風呂に入りたい。廃棄してあったステンレス風呂をもらってきた。それに、薪窯ボイラーと煙突を取り付けて外風呂とした。ちゃんと屋根もある。薪は杉の丸太をもらってきて割る。河原に落ちている流木を利用する。

自分が死んだ後も、この現実は存在し続けるのだろうか……。

自分が死んだ後も、この現実は存在し続けるのだろうか……。

自分がいなくても、この現実はつづく。自分があるからこそ、この現実があるのであって、自分がいなくなれば、この現実はないのか。

このリアルな現実というものは、じつは自分が作り出している幻想なのかもしれない。となると、死んだら、もうこの現実はない。夢まぼろしなのか。

もしもそうであれば、あとのことは、なんの心配もない。そういえるだろうか。

ともあれ、死んだらどうなるかということは、まったくわからない。まったくの死から、生還した人はいない。死んだら無なのか。霊界とか来世というものがあるのか。転生するのか。だれにもわからない。

いずれにしても、この生は今回限り。自分という人格は、この人生だけと思っている。

じゃあ現実論として、どうなる。

だから、今日だけがんばる。毎朝、よし今日だけ頑張ればいい、ということになるか。いまここを、しっかりやる。いろいろあるが、とにかく「直面」するのみ。逃げずにすすむ。

明日のことは、いまこの次の瞬間ですら、自分たちには、ほんとうにわからないのだから。

2018-11-02

自民を支える公明党=創価のチカラ

公明党は、結党以来、生活を守る庶民の党として、平和と人権をアピールしてきた。公明党は、創価学会という強固な支持基盤を持つ組織政党である。そして、政権与党にあって、自民党の独走政治を支えている。

日本はアメリカの属国として、利益をアメリカに貢ぎ、世界にお金をばらまき、国内では貧富の格差は拡大し、平和憲法を変えて軍事国家にしていこうという流れがある。公明党はその流れに加担している。

公明党は、政権与党にあって権力に安住したいがために、自民党にすり寄って政権を支えている。

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公明党の力は、創価学会あってこそである。いわば「創価学会政治部」といえる。創価のすごさは、その数だ。会員数は一千万人を超える(公称)。実動会員は200〜300万ともいわれるが、選挙での公明党の得票数は800万票(2005年の衆院選では、898万票)。それにしてもすごい数ではないか。

小選挙区制になって、その動員力がいかされる。「選挙区は自民党、比例区は公明党」といった選挙協力で、創価の力が発揮されている。

小選挙区制においては、当落ギリギリでも勝てばよい。大勝しなくてもいい。この地区は勝てるとわかったら、それ以上の票の積み上げは必要ない。エネルギーは、別の地区の当落線上のところに向ければいい。

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それを可能にするには、正確な「票読み」と、投票活動を采配する指示系統がなくてはならない。創価には、それがある。

数字データを基にして、どこの地区が危ないとわかると、全国に呼びかける。すると「友人の友人の友人」ということで、その地区に全国から創価学会が訪ねて行っては、投票依頼活動をする。全国交流とよばれる。そういうことが、臨機応変にできるのは創価しかない。

創価の「票読み」はすごい。なぜか。日々の活動の積み上げがあるからだ。たとえば、座談会やら幹部会やら男子部だの壮年部だのと、毎日のように会合がある。その参加者数は、逐一報告され、全国で集計し分析される。

いざ選挙となると、それがフル回転だ。毎日、 F 票(フレンド)といって確実に投票してくれる人が報告される。細かなエリア別に分析される。

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そして、創価の力のすごさは「選挙の活動」ではなく、それが「信仰の活動」というところにある。

創価の信仰活動の柱は「信・行・学」である。

「信」は、日々の勤行(『法華経』の一部を朝晩よむ)とお題目(南無妙法蓮華経と唱える祈り)。「行」は、折伏(入信・入会させること)であり、座談会などの会合への出席。あるいは、聖教新聞の購読を勧めること。「学」は、教義を学ぶこと(日蓮の遺文、池田大作氏の教え)。

この「信・行・学」をきっちりやれば、過去世の罪業が消える。願いが叶う。幸せになる。そう教えられている。

これらの信仰活動が選挙に生かされる。選挙の活動ではない。信仰なのだから、これは強い。

創価本体は、一人ひとりに、給料や報酬を支払う必要はない。各自の旅費交通費など、すべて自分持ち。自らの信仰の発露として、自発的に信仰としての選挙活動をしているからだ。

その報酬は、功徳として現れるということになっている。あるいは、組織の幹部として認められていくという満足もある。もっとも、なかには、ノルマとして肩身が狭いからということで、動く人もいると思うが。

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ところで、創価学会政治部である公明党は、なぜ政界に進出したのか。

民衆の救済こそ宗教の使命である、大衆の声を政治に反映させるのだと言ってきた。しかし、その本質はなんだろうか。

それは「創価学会をまもるために、公明党は存在している」とみている。

そもそも、勢いのある宗教団体というものは、かならず国家権力によって迫害されてきた(なぜ迫害されるのかは、別の機会に)。

たとえば、大本などは、神殿がダイナマイトで破壊された。天理教の教祖は10数回にわたり、拘置所に入れられた。87歳になっても勾留された。創価も、言論出版妨害事件を機に、相当、批判された。

過去の世界の宗教の歴史は、そうなっている。しかし、やがては権力と妥協し、権力維持の装置となって安定して働くということになるのだが。

創価学会そのものである公明党が政権与党にいれば、創価学会は迫害されることはない。そこが大きな存在理由と思う。

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そして、結党に際しては、大きな宗教的な理由があった。

信仰する日蓮の教えこそが、王仏冥合(政治と宗教理念の合致)であり、国民の合意をもって、国立戒壇を作ること、万民が南無妙法蓮華経と唱えることが、究極の幸せであり、平和である。

そういう考えが基底部にあるのだ(現在、それは主張していないが、立党の精神にはある)。

2018-11-01

今回の病をきっかけに、自然治癒、代替医療、体との深い付き合い方を

わがやはみんな健康で、父も母もほとんど病気しなかった。ほとんど病院に行くことはなかった。姉たちもそうだった。祖母が白内障で、診療所に通っていた程度かな。

いまおもうと、遺伝で受け継がれたものに加えて、食生活が自然食そのもので、よかったみたい。

風邪で休むなど、考えられなかった。幼稚園から高校にいたるまで、風邪で休んだのは、たった1日しかない。

医者に行った経験は、小さい時に肋間神経痛のとき。高校時代に、二度の交通事故に遭って、頭を強打して入院したときかな。

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東京から移住して、田舎暮らしをはじめて8年。いろいろ病気になった。もとり体力がないのに、山里に来たぞというので、力仕事など頑張りすぎたためかも。

まずは「帯状疱疹」。顔と頭にかかった。釣り針を千本くらい、顔に引っ掛けられて思いっきり引っ張られるような痛みが続く。

翌年には、「日光過敏症」にかかった。顔が火傷したように赤く腫れてカサカサになった。かゆくてかゆくてつらい。太陽の下では歩けなくなった。部屋はいつも遮蔽カーテン、運転する時にはもタリバンのように顔を隠す。でないと、痛みがくる。

ちょくちょく風邪を引くようになった。年をとってきて免疫力が落ちてきたのが要因だ。もとより低血圧(90-50)。元気なほうではない。

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今年は、冬に一か月、この秋に一か月。長期の風邪にかかっていた。子供が幼稚園や保育園から、強力な風邪のもとをもらってくる。

野口晴哉「風邪の効用」などを読んだりして、自然治癒に任せていた人生だったが、こう長引くと仕事にならない。ので、医者に行っては抗生物質を処方してもらう。細菌性なら、これはすぐ効く。胃腸の善玉菌もやられてしまうのだが。

ま、年を取ったら、こうして病気との仲良く付き合いが始まる。肉体はすこしずつ崩壊し、気力も体力も衰え、最終的には死をむかえる。死はよくやったという最後の締めくくりであり、この人生の完了。ま、あらたなステージの始まりのようにも思うが。

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日々(にちにち)の歩みは、常に最新の出発であり終着点である。できることしかできない。やれることしかやれない。

雨が降れば降ったということだ。晴れれば晴れたということだ。風が吹いたら吹いたということだ。どういうことであっても、それはそれでいいということでしかない。

そんなことがまあ、有り難いということか。何があっても受け入れられるという心境になっていかざるを得ない

今回の病をきっかけに、自然治癒、代替医療、体との深い付き合い方を見つめていくことになると思う。

子どもは子供同士で遊ぶのが、やっぱり一番いい。

ランの散歩の帰り、ほたる公園に寄ると、子供たちが遊んでいた。

おや、いつもあかりと遊んでくれるお姉ちゃんたちだ。

「あかりちゃんはー?」

「いるよ。元気だよ。一緒に、遊んでくれる?」

「連れてきてー」

「お姉ちゃんたちと遊ぶのを楽しみにしているんだよ。これから連れてくるよ。待っててね。」

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帰宅して玄関で呼ぶ。

「あかりー。お姉ちゃんたちが遊んでくれるって。さあ、いこう」。

 

あかりは、だだだーと駈けてきた。もう嬉しくてしょうがない。

いそいで靴を履いた(左右逆だった)。走り出す。急げ急げ、急がないとお姉ちゃんたちが、帰っちゃう。

でも、途中、すこし曇った顔になる。

「こないだ、お姉ちゃんたち、遊んでくれなかった……」

そうだなあ。先日は、初めてのおねえちゃんたちで、あかりと遊ぶのに慣れてなくて、無視されたのだった。その思い出が残っているようだ。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんたち、いまあかりを楽しみにしているよ」。

そう言って、一緒に公園まで走った。

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二人のお姉ちゃんと一人のお兄ちゃんがいた。

「鬼ごっこしよう」

鬼になったら、つかまえる。つかまったら鬼になる。そういうのルールまで、あかりには、まだわからない。でもはしゃいでいた。

「ブランコやろう」

「滑り台やろう」

5歳になるおにいちゃんも、あかり見守ってくれてやさしい。

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お姉ちゃんたちは、葉っぱをたくさん摘んできた。ウラがたくさん毛があるやつだ。その葉っぱを服につけるゲームを楽しんだ。

大きな葉っぱに目と口を開けて人間の顔みたいにして、それをペタッと貼り付ける。

とても嬉しそう。

やがて、夕方。もう外は暗くなった。

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「また遊んでね」

「いつでもいいよ」

「ばいばーい」

子どもは子供同士で遊ぶのが、やっぱり一番いい。

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2018-10-31

こどもの読み聞かせ会 エプロンシアター

まほろば図書館(私設)が8月にオープン。事務所から徒歩2分。近くにあってありがたい。「絵本の読み聞かせをしてくれる」というので、あかりを連れていく。

子供の参加者は、あかりだけ。日置弓子さんが、エプロン・シアター(エプロンの上で人形が動く物語)やってくれた。

「大きなかぶ」というロシアの民話で、かぶを抜くために、爺さんから婆さん、息子、嫁さん、犬から猫からネズミまで総出で引っこ抜くという物語。さらには、紙芝居と絵本の読み聞かせもやってくれた。

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あかりが適当に本棚から難しい本をもってきて、めくりだす。中身は、安倍川の歴史と物語、頭痛になったら医者に行こう、というつまらなくて難しい本。しかも、本がさかさまだ(字が読めないのだから、あかりには関係ない)。

ぼくが、適当に話をつけてページをめくる。川がありました、雲がやってきて雨を降らせました。あかりちゃんは、竜と仲良くなってお空を飛びました……という具合。やがてあかりは、自分で物語を創作して語りだしていった。

あるとき、あかりちゃんが森のなかをあるいていると、うさぎさんがやってきて、それで木に登って、雨がやってきたら、お天気になって、それで空と仲良しになったら、へびさんがおっかけてきて、うさぎさんがぴょんぴょんはねてきて……と。自分でページをめくりながら、得意そうにたどたどしく語りだす。

「これは、あかりちゃんによる読み聞かせの会だったね」と、みんなで感心してくれたのだった。

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図書館というのは、静かに本を読む場なのだが、寄り合いの場でもある。近隣の人々が寄り集まり、おしゃべりし合うことも、とてもたいせつ。

私設図書館だと、それが可能だ。けれども、なかなか人が来てくれない。なにしろ過疎高齢で、あたりには人がいない。当番の確保も、かんたんではない。いろいろと試行錯誤中だ。

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ワンコの散歩 畑仕事風景

「散歩に連れて行けー」とランがしきりに吠える。こらちは元気がないのに、しかしランも気の毒だ。仕方なく気田川の河原を散歩。こんな冷たい川の中でも、じゃぶじゃぶ入ってゆくラン。風が心地よい。

帰りには、ほたる公園によって、ランを繋いで、iPhoneで音声入力。あたりをぐるぐると歩きながら、考えごとを言葉にする。原稿の素材ができる。そ喋れば、それが文字となって漢字変換されていく。まことにありがたい。まことに幸せな時間だなあとおもう。

事務所の隣では、Iさん夫妻が、いつもせっせと畑仕事。休まず無理せず、夫婦で力を合わせて。きょうは、干し芋用のベニアズマの収穫。そして、芋の葉っぱとツルを粉砕して、畑の肥料にしていた。

「毎日、精が出ますねー」と声をかける。「これしか、やることないんだよ」といつものこたえ。各地の高校で事務長をされた方で、まちおこしのグランドデザインのようなことを語りあう。ちかぢか、養護施設(23名の入居)の交流の集いがあるということで、その立ち話をしたのだった。

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今朝から、風邪は最悪期を脱して、快方に向かいました

おかげさまで、今朝から、風邪は最悪期を脱して、快方に向かいました。

鼻水も止まり、頭痛もなくなり、ひさしぶりに頭の邪気がスーッと流れた感じです。妻の方も快方に。

まあ、無理をせず、細く長くと。いろいろたまった整理整頓から始めます。

今回の病気のおかげで、自然療法、代替療法の探求のきっかけとなりました。

2018-10-30

本業ですすもう。編集と執筆。

ある真言宗の総本山の寺報を作るという仕事をいただいて、一年になる。原稿と写真を適当に送ってくれれば、デザインして印刷手配まで行う。寺報は8ページだ。

ときに管長さんの法話まで作る。それが「たたき台」になる。管長さんが読んで「これじゃあだめだ。もっといい原稿をつくる」ということになる。

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これらのやりとりは、すべてメールだ。制作したものはPDFで添付する。お寺のほうで修正の赤を入れて、またPDFで送り返してくる。きょうは、それを4回、行った。中継ぎしてくれる、いいお坊さんのスタッフがいるので可能なことだ。

ポイントは、即座に修正して送ること。やりとりは密になることで、互いにエネルギーが高まって、一気に進む。日をおいてやり取りすると、時間もかかる、モチベーションもあがらない。

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また、友人の紹介で、出版社から本の装丁の仕事の依頼があった。しかし、その会社は PDFでやりとりは難しい。対面して膝つき合わせ、ラフスケッチを示して、あれこれやりとりできるデザイナーがほしいという。

こちらから東京に行くとなると、片道5時間以上かかる。体力も時間もいる。経費も合わない。東京のデザイナーに打診してみたら、いまは忙しくて無理ということであった。※希望する人がいたら、池谷までメールを。

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ともあれ、こんな山里でも、こんなふうに電子媒体(メール、ときにテレビ電話)を使って、取材から執筆、デザインから印刷製本まで、可能ではある。

しかし仕事というものは、「じかに会う」ということが、とても大切なこと。電話とメールだけでは、やはりつながりが弱い。そのためには、「さすがに池谷だ」と言われるような、しっかりした仕事ができなくてはならない。

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山里に移住して8年、ほとんど営業もせず、のんびり田んぼやら畑、村おこしみたいなプロジェクトをしてきたが、いますこしずつ軸をシフトしつつある。田んぼや畑は、身の丈にあった程度にしておく。それすらも満足にできないのだから。本業ですすもう。

インドのヨーガ浄化法のジャラ・ネティーをはじめる

調子はいまいち。最悪状態は脱したものの、抗生物質のおかげなので、無理している。でも、鼻の詰まりはなくなった。

昨日から、インドのヨーガ浄化法のジャラ・ネティーをはじめる。鼻洗浄・鼻うがいだ。これは、インドのカイバラヤダハム・ヨーガ・ホスピタルで習ったものだ。

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難しいことはない。ポットにぬるま湯、そして塩を少し。片方の鼻孔から注ぐ。すると鼻の奥を通って、反対側の鼻から水が出ていく。これを左右繰り返す。

スースーと鼻の穴のとおりがよくなるし、なにより頭がスッキリする。じつは100%のおしっこでも、トライしてみた。これも問題ない。

一日に何度やってもいい。専用の道具をなくしたので、急須で試した。が、注ぎ口が大きいので、苦しい。このコーヒー用のポットは、注ぎ口が細くて便利。

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元オウムにいた友人に聞いてみると、ガージャ・カラニーがいいという。

映像で見たことはあるが、とても素人では無理だな。なにしろ10リッターもの水を一気に飲む。その水をいっぺんに吐き出すのだ。

インド古来のヨーガの浄化法で、これがとても効くという。とにかく胃がすっきりする。ちょっと気分が悪いときには、これをやると、たちどころによくなるという。

さあ試してみようか、というにはあまりにハードルが高い。なにしろ、バケツ半分の水を一気に飲むなんて……。

その他に、いろいろ浄化法がある。アーユルヴェーダ、ヨーガなどインドの健康法は奥が深い。

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都会での子育てはたいへん

教育環境としては、山里はいい。自然が豊かで柔らかな変化に富み、ゆったりしている。保育所がほとんどない、あっても遠い。子どもがいない。友だちができないなど、課題はあるけれど。

都会での子育ては、たいへんだと思う。とくに近くに両親や親戚、友人が少ないと、サポートが得られない。ちょっと預けられるところがない。お母さんに負担がかかる。

都会は、家賃が高い。ちょっとしたアパートでも、7万円も8万円もする。にもかかわらず、安普請だ。問題は、防音。音の問題では、都会暮らしのとき、苦労したことがある。

上から下から、両隣から、音が響いてくる。赤ちゃんは夜泣きする。小さい子は、走り回る。隣家に音が響く。注意しても、子どもにきくわけじゃない。

お母さんは、ますます緊張し萎縮する。近くに気分転換できる公園でもあればよいが。クルマの通行が激しくて、安全な場所はすくない。待機児童はたくさん。保育所にすんなり預けられるわけでもない。

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かつて東京の国立市に暮らしていた。その町は、おしゃれで便利で自然も豊か、文化人も多い。いい環境だった。

住んでいたアパートは家賃が10万円した。その二階に、二人の小学生がいた。ドスンという音が、よく響く。うるさいなと思ったが、我慢していた。

あるとき、二階で洗濯機の水が満水になって、こちらの天井から漏れてきたことがあった。秋なのに、風鈴がいつも風に揺れて、うるさすぎることもあった。で、我慢に限界がきた。

いよいよ注意しなくちゃと思った。奥さんに口頭で注意し、さらには、旦那に渡してください、と文章にして手渡した(やさしいことばで)。

しかしその時、ぼくの波動は、相手を威嚇するようなものがあったんだろう。あとから、おそろしい現実がやってきた。

やがて父親がやってきたのだが、「テメー、ぶっ殺してやるぞ」という剣幕だった。大声で怒鳴り散らすという狂気。これは、ちょっと警察沙汰に近いなと思い、警察感になだめてもらった。

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さらにこれは、千葉のときのこと。浦安のアパートに暮らしていたとき(こちらは家賃は8万円)、隣は新婚で、奥さんは外国の方だった。そして、旦那はいつも長期出張だ。隣近所とのやりとりはまったくない。出会わない。顔も見たことない。

やがて、かれらに子どもが生まれた。旦那は出張で帰ってこない。奥さんにしてみると、異国でのはじめての子育て、言葉が通じる友人がない。たいへんだったと思う。

あるとき、突然、ドスンと壁を蹴ってきた。ぼくも若かったので、そんなときは、ムカッとして蹴り返したりした。あとでわかったのだが、ぼくが窓を締める音が、隣家にかなり響いて、そのたびに壁を蹴っていたのだった。ぼくの出す音によって赤ちゃんが起きてしまい、お母さんは、そのたびにストレスが募っていたのかもしれない。

お母さんもついには、ノイローゼ状態。旦那が出張から帰ってくると、旦那は追い出されて、彼はクルマの中で寝泊まりしていた。あとでわかったのだが、二階の人の足音が少しでもうるさいと、竹の棒で天井をつついて、天井はボロボロだったという。二階の人は怖くて引っ越した。壁も蹴っ飛ばすので、ボロボロになっていたという。そんなことがあった。

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その当時のぼくは、独身だったし、子育てのリアリティは全くなかった。子育てというのは、どれだけお母さんに負担がかかり、ノイローゼになるくらい大変なんだということ。そのことが、わからなかった。しかも、隣家とのコミュニケーションは全くないので、さらにわからない。

その時のお母さんは、追い詰められて、苦しさにあえいでいたんだろう。怒りと悲鳴があったんだと思う。

やっと今頃になって、そんなことが共感できるようになった。それは自分で子どもを育ててみて、子育ての現実に直面して、はじめて分かることであった。

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今の日本の人口は、明治時代の4倍だ。急激に膨れたのだ。結果、急速に高齢化と少子化の道を歩んでいる。さらに、高度成長も終わって衰退期に入っている。

確実に押し寄せてくる脅威。それは、少子化だと思う。高齢化もそうだが。

北の脅威だの中国の侵略だの、ミサイルが飛んでくるということよりも、「差し迫ったリアルな脅威」と思う。

田舎を離れてみんな都会に行く。都会には仕事があるから。その都会では、子育てが難事になっている。家賃は高い。子育てにはお金がかかる。そして、非正規社員が多い。余裕がない。お母さんに負担がかかりすぎる。となれば、少子化の流れは勢いを増す。

国は、防衛費などに多額の予算をつかい、アメリカから高い武器を購入したり、海外にODAでばらまくよりも、子育てにお金をつかったほうがいい。お母さんが少しでもラクになるように、安心して子育てできる環境やソフト面での充実に。

いまの日本の最重要課題と思う。日本の未来は、子どもたちにかかっているのだから。

2018-10-28

一月にわたって、鼻水が止まらない。そのうえ、頭痛も

風邪がまだ治らない。一月にわたって、鼻水が止まらない。そのうえ、頭痛もしてきた。それも夫婦ともに、だ。

風邪というよりも、こうなると副鼻腔炎。慢性化すると、たいへん。

自然治癒が望ましいが、慢性化しそうなので、やはりこういうときは抗生物質に頼ることになる。

抗生物質は、細菌を殺してくれるが、腸内の善玉菌まで殺してしまうので、よくないんだけど。鼻水、鼻つまり、頭痛でこりゃあぶないということで、緊急手段だ。

友人から、根本的には、飲尿療法(朝、自分のおしっこを飲む療法)をすすめられた。即効性があれば、トライしたいけれどなぁ。

その方は、なんと30年間も続けている。その上、ビーガン(肉や魚を食べない。卵・乳製品も食べない)で、なにしろとても雰囲気がいい。穏やかで優しい波動。その方を見ていると、これはこれで探求のしがいのあるテーマである。

2018-10-27

石地蔵作家の土屋誠一さんと、陶芸家の鈴木青宵さんの合同作品展

石地蔵作家の土屋誠一さんと、陶芸家の鈴木青宵さんの合同作品展にいった。

お二人の作品は、写真のようにすばらしい。死んだら有名になって作品が売れるという芸術家が多い。ゴッホにしてもゴーギャンにしてもそうだ。

死んだ後に有名になっても、もう自分はいない。生きてるうちに有名になったほうがいいい。

しかし、最近はそういう気持ちはなくなってきた、と土屋さんは言う。「有名にならなくてもいい。いい作品を作っていきたいだけ」と。

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でもやはり、いいスポンサーがあらわれるといい。暮らしの心配をしなくて、創作に打ち込めたら、もっといい作品ができる。

かつての日本は、山主や事業で成功したお金持ちが、書生をたくさんかかえたり、コツコツと研究者する人をサポートしてきた時代があった。そういう話を向けてみた。

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土屋さんが言う。もしもスポンサーがいたら、東北大震災の供養のためにお寺を回って、コツコツと石の地蔵を作りたい。そしてまたお寺を紹介してもらって、そのお寺でまた石地蔵を彫る。そしてもまた紹介してもらって、次の寺で石の地蔵を彫る。

地蔵の素材は、地元の石を使い、地蔵はそのままそこに置いてくる。 そんな円空のような、木喰上人のような暮らしをしてみたいと言う。

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ぼくは言った。いいね、それは実現するかもしれない。

ぼくにはこんなビジョンが浮かぶよ。

土屋さんが今日も朝からコツコツと石を彫っている。あれ、いつしか音が聞こえなくなった。静寂だ。土屋さんは、石ノミを手にしたまま、動かない。

おーい土屋さん、どうかした? 声をかける。しかし、返事がない。

近づいてみと。あれ、息をしていない。死んでいる。土屋さんは、石を彫りながら往生していた。そんな最後が浮かんだよ。

土屋さんは、うん、そんな最後がいいね。そんな話をして、みなで笑いあったのだった。

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2018-10-26

テレビ電話で教授、そして会議と

山里に暮らしていると、まちなかの会議などにていくと、往復100キロ。クルマで3時間。やはり遠すぎる。町に出たついでに、買い物したりあちこちと寄ればいいんだけれど、なかなかその元気がない。

ということで、遠隔地の人同士のテレビ会議の試行錯誤をしている。skypeなどは古くからあって便利だけれど、相手が使おうとする時、わりあいハードルが高かったりする。

それで、設定のラクなアプリを探していた。

妻が米粉によるシフォンケーキ作りに挑戦している。ちょっと分からないことがあって、テレビ電話で教えてもらっていた。「zoom」というアプリだった。URLだけを送って、クリックすれば参加できるのがラク。ホスト側は、アプリのダウンロード、パスワードの設定など、ちと手間だが。

こうして、テレビ電話を使って、ワザを伝授し、それによって収益を上げるという道もあるかもしれない。インタビュー、本作りなどにも活かせると思う。

じかに顔合わせは、とても大切なことであるが、遠隔地の人とは難しい。移動時間ももつたいない。そこで、やりとりの簡単なテレビ会議のアプリをさがしている。ま、ラインがラクなのかもしれないが。

「田舎暮らし雑談会」と「哲学 仏教生き方講座」

「田舎暮らし雑談会」と「哲学 仏教生き方講座」。

日時︰10月27日(土)13時〜15時「田舎暮らし雑談と相談会」

同日 16時〜18時「哲学 仏教 生き方講座」

会場︰県居(あがたい)協働センターの料理教室。

参加費︰無料

主催︰NPO法人楽舎 /いちりん堂

予約︰いずれも080-5412-6370 池谷まで

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「田舎暮らし雑談と相談会」……都会暮らし40年から春野移住して8年。その経験から、田舎暮らしの実際のところ、光と影の部分、移住・定住において留意すること、うまくいっている事例、いろいろな失敗事例などを語りあう。空き家の状況など。

移住のための情報提供もあるが、いろいろなタイプの人、いろいろなワザをもった人と人がつながる場になっていけばいいかなと思う。

とくに移住を考えなくても、いろいろ雑談を通して、暮らし方、起業、まちなかと山里との交流のことなど、アイデアを出しあうのもよいかと思う。

前回は、山里でフリースクールを開きたいという夫婦、山里で実際にITとデザインの仕事をしている方、実際にIT会社を起業して成功している方などが、参加してくれた。

NPO法人楽舎の主催。

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「哲学 仏教 生き方講座」は3回目。

人生の諸問題、いまかかえている現実の問題に対して、どう乗り越えていくのか。そこを長野貴晃さんとのディープな問答を通して進めていく。

長野さんは、京都大医学部を出て医者にもならず。そうして人生の深い部分の論理的な鍵を体得したようなので、その理路整然とした解き明かし力は、聞く価値ありと思う。

前回は、台風のやってきた豪雨と風のなか、21時半まで問答していた。こちらは、参加費千円。会場費に充てる。

いずれも料理教室なので、まあお茶とかコーヒーを飲みながら気楽に進めていきたい。司会進行は池谷で、風邪のために超低空飛行中だけど。

死んだらカミとなる。ホトケとなる。

死んだら、人間を超えたなにか偉大な存在になる。すなわち「カミ」とか「ホトケ」になるというのが、日本の宗教のひとつの特徴だろうか。

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秀吉も家康も、死んだ後に、カミになって祀られた。

家康は東照大権現として日光に祀られた。権現(ごんげん)とは、本地はホトケであり、この世にカミとして現れたということだ。ホトケでありカミでもある。

この遠州の国学者であり、本居宣長の師である賀茂真淵(かものまぶち)もカミとなって、縣居(あがたい)神社に祀られている。

また、怨霊封じのために、神として祀られることもある。

天神さんと親しまれている菅原道真、神田明神の平将門などもそうだ。特異な才能や生まれ、力があったが、無念の思いを残して死んだ場合、タタリを恐れて、カミとして祀ってしまうわけだ。

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軍人もカミになって、軍神となる。日露戦争の乃木将軍も東郷元帥もカミになり、乃木神社や東郷神社となっている。

太平洋戦争においては、カミは乱発された。国民の戦意高揚のためだろう。どんな死に方をしても(餓死や病死でも)、お国のために戦った人は、死んだらみな英霊であり、即カミとした。

そして、カミとして靖国神社に祀られた。靖国には、戦犯となった人たち(A級・B級・C級)もカミとして祀られている。ただし、戦災に遭った民間人は、カミにはならない。

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また「日本仏教」においては、死んだらホトケと呼ばれる。「成仏した」とも言われる。ホトケの定義がややこしいのだが、死んだら悟りを得たというわけではなく、この世に未練を残さずにあの世に逝ったという意味で使われる。

そのために、坊さんの出番がある。死者に戒名を授け、お経を読み、出家の儀式をして、あの世におくるというふうになっている。

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ちなみに浄土真宗は、即得往生だから、すでに極楽往生しているので、出家の儀式はしない。しかし、お坊さんがきて死者に名を授け、お経をよんでおくるという儀式は、中身に多少の差はあっても、まぁほとんど同じようなスタイルとおもう。

2018-10-24

空き家はたくさんあるんだけれど

この数日、みてまわった空き家、売りたいという家、解体したいという家など。ほんのすこし紹介。いや、もっとたくさんあるんだけれど。

なにしろ空き家ばかり。しかし、だからといって、簡単には貸してくれるわけではない。人となり、地域との融合、いろいろ手間と時間がかかるのだ。

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そうして、いざ住むとなると、課題は多い。

改修に費用がかかる(雨漏りひとつとっても多額になる。ワザと暇と体力のある人にはおもしろいと思う)、地域のコミュニティへの参加(自治会やら消防団やら、いろいろ役仕事)、生活の不便さ(買い物、医療、学校、保育園)、クルマは必要(なにしろバスも電車もない)。

そしていちばんの課題は、仕事がないこと(自分でつくるしかない、自分でみつける、でもみつけられないことはない)。

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ときどき訪ねてこられて、案内することもあるが、半日つぶすことにもなる。こちらにも余裕があるわけでもない。

ので、そのうちマップを作って自分たちでまわってもらう。あるいは移住した人の暮らしをみてもらう。話を聞いてもらう。

そういった先達の移住者マップもつくらねば。こちらは、不動産業をやっているわけでもないんだけれども。

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ということで、田舎暮らし雑談会は、定期的にやります。調理室を借りたので、お茶とコーヒーでも飲みながら。ま、雑談です。

10/27(土)13〜15時 県居(あがたい)協働センター。要予約 080-5412-6370 池谷まで。主催︰NPO法人 楽舎

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2018-10-23

鬼胡桃と大般若

ランを連れて、保育園に弁当を届けに行った。あかりは夜、なかなか寝ない。それで、起きるのが遅くなる。おかあちゃんも風邪だし、ヘトヘト。弁当を作る時間がなくなる。それで、まずは保育園に連れていき、昼前にお弁当を届ける。そして、夕方迎えに行く。一日3回、保育園に往復することになる。とっても近くだから、ありがたいことだけど。

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帰りには近所の人と立ち話。この日は、岩本夫妻と。旦那は、コツコツと鬼胡桃を割っていた。気田川の辺りには、数本の胡桃の大木が生えている。いまちょうど、実が落ちる頃。水につけておけば、皮が取れて硬い胡桃が現れる。

クルミを金床の上に置いて、金槌でたたく。ちょうど二つに割れる。キリで実を取り出す。かなり手間のかかることだ。それを、わがやにプレゼントしてくれた。なんともありがたや。

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旦那のほうは、まったく無報酬で、ほたる公園の整備をされている。ホタルの池周辺の草取りから枝の剪定から。そして、ホタルの餌になるカワニナを遠方の沼に出かけては、探して運んでくる。

奥さんのほうは、通りの道端に山野草の鉢を置いたり、ツリシノブをかけたり丁寧だ。ぼくはいつも歩くたびに癒やされる。ありがたいなあと思う。

聞けば、となりの森町の田能という集落から嫁に来たのだという。

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田能といえば、「大般若」の古い写経が残っているお寺がある。そのお寺で経典を見せていただいたことがある。書写されたのは、南北朝時代、14世紀のことだ。「大般若経」というのは、600巻もある。「般若心経」はそのエッセンス。おおもとの「大般若経」の量は桁外れに多い。書写するといっても、たいへんな手間だ、修行だ。

禅宗や真言宗の寺では、よく「大般若経」の転読が行われる。転読というのは、よんだようにみせかける、いわばパフォーマンス。お経はとてもながくて読めないので、ええーい!と気合を入れて、バラバラバラとお経に風通しをするわけだ。それで中身を読んだことにするわけだ。なかなか派手で庶民受けする行事だ。

それが、ひとつの加持祈祷になっており、功徳があるとされている。災いを除き、天下太平・国土安寧などに効力がある。ましてや個人の現世利益をや、と。

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その時代、遠江の守護は今川氏。それから、守護職は斯波氏に交替した。そうして、武田氏が攻めてきたり、家康が戦って破れ森町のそのあたりに逃げてきたりと、いろいろ戦国の物語の舞台ともなっている。そんな話をしたのだった。

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2018-10-22

麻原彰晃との対談企画の顛末記

(それまでのあらすじ)20年前のこと。東京の国立市でワークショップを運営していた。オウム出版の参加者から、「尊師の法話の集いを企画してほしい」と頼まれた。来てくれるという。それはおもしろい。そこで、上座仏教の僧侶と麻原の対談を企画したのだった。

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さて、実行段階になると、オウムから、「尊師は米軍機による空中からの毒ガス散布に遭って重体になった。それで対談は不可能になった」と断ってきた。その企画はお流れとなった。しかし、そんなこともあり、「池谷はオウムじゃないのか」という噂がたつ。

あるとき、インドの聖者アンマ(マータ・アムリターナンダマイー)のセヴァ(奉仕)の集いを催した。その時に配布したプリントに、インドの響きとしての「オーム」が書かれている。それが置き忘れてあった。そのプリントを見た館長は、「これはもうオウムに間違いない」と、私を呼び出したのであった。

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すっかり私のことオウムと思い込んでいるらしい。その人に、どう説明するか。相手にインド哲学とか宗教の知識は期待できない。

こう説明した。このオームというのは、古代インドの言葉で、数千年に渡って伝えられているのであって、決して、オウム真理教だけの言葉じゃないんですよ。

AUMは3つの音から成り立ち、それはブラーフマンと、ヴィシュヌとシヴァという3つの神をあらわし、インドの哲学、宗教ではみんなこれをを基本としています。なので、インドの祈りの言葉には、かならずオームではじまるんです。

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たとえば、インドの最大の古典「バガヴァット・ギータ」にも当然出てくるし、パタンジャリの著したヨーガの教典の「ヨーガスートラ」は、オームで始まり……みたいなことを言った。が、相手はまったくキョトンとしている。まったく伝わっていない。そりゃあ無理もない。うーん。では、話題を変えたほうがいいな。

おのぉ、歌舞伎の「勧進帳」があるでしょう。あのとき弁慶が着ている羽織の背中のマークをご存じですか。あれは、カーンといって、不動明王をあらわしているんですよ。これもまあ、オームみたいなもので、オームとかカーンとか、インドの聖なる響きが、日本には伝わってきているんです。

まだ、きょとんとしている。やはり無理もない。

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話題を変えた。たとえば、仏教でいうと、密教の呪文(真言)がありますでしょう。弘法大師空海が伝えてきたものです。そのなかに、オームがあるんです。

相手は、ふーんと、すこし関心を示した。

オン・アビラウンケン・ソワカっていうでしょう。

よく忍者が巻物を口にくわえて呪文を唱えたりするでしょう。そのオンが、オームなんです。

あのオンは、オームのことです。アビラウンケン・ソワカは、地水火風空という宇宙をあらわしている。あるいは大日如来を意味していたりする。

あるいは、南無妙法蓮華経とか南無阿弥陀仏、南無八幡大菩薩っていうでしょう。あの南無は、ナームというインドの言葉です。心から帰依しますという意味です。

オームもナームも、まあ似たようなもので、インド由来で、人の仏教とともに伝わってきたんですよ。

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などと、説明はしたのであった。

うーん、よくわからないが、オウムじゃないらしいのかもしれない。まあしかし、様子を見ようということになったのだった。そしてまた、受難はつづく。(つづく)

これまでの記事 銑Δ楼焚爾

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2018-10-21

「田舎暮らし雑談会」と「哲学 仏教生き方講座」の案内。

「田舎暮らし雑談会」と「哲学 仏教生き方講座」の案内。

日時︰10月27日(土)13時〜15時「田舎暮らし雑談と相談会」

       同日 16時〜18時「哲学 仏教 生き方講座」

会場︰県居(あがたい)協働センターの料理教室。

参加費︰無料

主催︰NPO法人楽舎 /いちりん堂

予約︰いずれも080-5412-6370 池谷まで─────────────────────────

「田舎暮らし雑談と相談会」……都会暮らし40年から移住して8年。その経験から、田舎暮らしの実際のところ、光と影の部分、移住・定住において留意すること、うまくいっている事例、いろいろな失敗事例などを語りあう。

移住のための情報提供もあるが、いろいろなタイプの人、いろいろなワザをもった人と人がつながる場になっていけばいいかなと思う。

とくに移住を考えなくても、いろいろ雑談を通して、暮らし方、起業、まちなかと山里との交流のことなど、アイデアを出しあうのもよいかと思う。

前回は、山里でフリースクールを開きたいという夫婦、山里で実際にITとデザインの仕事をしている方、実際にIT会社を起業して成功している方などが、参加してくれた。NPO法人楽舎の主催。

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「哲学 仏教 生き方講座」は3回目。人生の諸問題、いまかかえている現実の問題に対して、どう乗り越えていくのか。そこを長野貴晃さんとのディープな問答を通して進めていく。前回は、台風のやってきた豪雨と風のなか、21時半まで問答していた。こちらは、参加費千円。会場費に充てる。

料理教室なので、食事持ち込み可。お茶とかコーヒーを飲みながら自由に語り合う。定員10名。こちらは、いちりん堂主催。