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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2016-05-30

木下恒雄さんを訪ねる

郷土史を研究し20冊以上もの著作のある木下恒雄さんを訪ねる。歴史の造詣がたいへんに深い。80歳を超えて、語り口も力強い。固有名詞も数字も正確。滔々と熱のあるお話をいただく。

独自に調べた春野町の人口推移の話など。浜松市と合併した時から、10年で24%の人口減。昭和30年と比較すると7割減だ。このまま放置するとやがて集落は消滅する。けれども、地元の人はほとんどが関心がない、と嘆いておられた。

春野の山林やお茶の歴史、集落の歴史的な推移など、示唆の富んだお話をいただく。こんど、毎月、講演をしていただくことをお願いした。

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空き家を見つけた

春野町に移住したい人はたくさんいる。この一年だけでも、40組の方の移住相談を受けた。すぐに住める空き家があれば、すんなりと移住できると思うが、そうもいかない。空き家は沢山あっても、なかなか貸してくれないのだ。

きょうは山路くんと同行していて、そんな空き家を見つけた。家主とも面談して、借りてくれる人があれば貸してもいいよ、ということだった。

築70年くらい。部屋数はたくさん。道路に面しているので、クルマの騒音はそれなりにある。喫茶店などをオープンしたら、いい感じの店になりそう。ウラには蔵もあった。こちらも貸してくれるかもしれない。家賃は月に2万円。補修などは自己負担で。ほかにも、家賃はタダ、地代だけ年に1万7千円という家もあった。

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2016-05-29

いよいよ代かき

種籾から育てた稲の苗。育ち方は均一じゃないけど、おおむね良好。育苗箱は75個。ちゃんと育てばお米は800キロくらいとれるはず。あと2週間くらいで田植えができそう。

やっとトラクターの修理ができた。スイッチング電源とエアフィルターの交換。ツメはすっかり摩耗していたので、ぜんぶ交換。この作業だけでも2時間くらいかかった。

さあ、代かき。若林、飯尾、前田、池谷の4名で作業。沢からの水を引いて、トラクターで土を細かく粉砕していく。トラクターの後ろに丸太をつけて、水平にならす。あとはレイキという道具で、人力でならしていく。

これで均一に水が行き渡れば、もう田植えができる。田んぼは全部で6枚。来週から、毎日、代かきだ。そして、週末に田植えといけるかどうか。

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2016-05-28

仏教とキリスト教の葬儀のあり方

葬儀がおわった。あとは、手伝いの下働きの組の連中との精進落としで、酒と食事(ぼくは酒を絶ったので飲まないけど)。となりのMさんがクリスチャンだったので、仏教とキリスト教の葬儀について語りあった。

キリスト教からしてみると、仏教の葬儀は不可解だと思う。まず、葬儀に費やされる時間のほとんどがお経と陀羅尼(真言というか呪文のようなもの)。それは荘重で厳粛だが、まったく意味がわからない。そこは、不思議なものだ。もしや、よんでいるお坊さんも、意味がわからずとなえているかもしれない。

たとえば、「大悲心陀羅尼」。「なむからたんのーとらやーやー。なむおりやー。ぼりょきーちーしふらーやー。ふじさとぼーやー。もこさとぼーやー。」と、えんえんと続く。これ、サンスクリット語の音の響きを中国で音写して、それを日本式に音読している。これ、わかるわけがない。

そうして、戒名。「○○居士」とあるので、相当に高額なお布施(お金)になると思うのだが、これもまた不思議。キリスト教でいえば、洗礼名。その名前をもらうのに、お金を払うということはありえない。

たいせつなのは、死んだ後じゃなくて、まさに死にゆく時だと思う。仏教の出番は、死んだあとになる。キリスト教は死の間際にきちんと関わることができる。臨終となると、神父(牧師)さんが駆けつける。枕元で安らかに天へ召されるように祈る。家族も枕元に付き添って、一緒に祈りを捧げる。

そして、葬儀の内容は、わかりやすい。まず、神父(牧師)さんが、故人の生前の生き方や人柄を語る。そして、説法。聖書の朗読、賛美歌、祈りということだと思うが、聞いていて意味がわからないということはない。ラテン語で聖書をよんだり典礼をするわけじゃない。参列者から香典というようなものは、ほとんど受けないとも聞いた。もちろん神父(牧師)さんに対するお布施というものもない。

ざっと仏教とキリスト教の葬儀のありようを、比較してみた。まあ、文化の違いってことになるけど、考えさせられる。儀式や形式にこだわらず、もっとシンプルで心の通うもの、納得のいくものにしていけたらいい。ということで、来年は、「看とりとおくり」について、連続シンポジウムを展開していこうと考えている。

2016-05-27

きょうのお通夜の仕事

きょうのお通夜の仕事は、ぼくは、交通の誘導係。誘導棒を持って、クルマを指示する。いろいろな人に会う。80歳の鉄工場のおじさんとの立ち話。

「さみしくなりますね。ひとり暮らしのお年寄りが多くなったですね」

「クシの歯が欠けるようにいなくなっていくよなぁ。おれも、そろそろだ」

「若いひとが移住しないし、ひとは減っていくだけですね」

「子どもがいても、まちの学校に通うと帰ってこなくなるんだ」

「こんな山里じゃあ、仕事がないですからね。仕事がなければ、住めない」

「いやぁ、工夫次第で、仕事はいくらでもあるよ」

「ありますかね……」

「あるよ。工夫次第だ。でも、みんな、毎日きめられた時間に通って、机に座っていればお金が入るというような仕事がいいと思っているからね」

そんな話をしたのだった。

2016-05-26

ご近所の方が亡くなって

向かいの家の天野政孝さんが昨日、亡くなった。86歳。山の原木を買い付けて、販売する仕事をしていた。

間質性肺炎を患って、入院。そんなに重症とは思っていなかったので、驚いた。ランをよく山に連れて行ってくれた。昨年、うちの敷地で炭焼窯を作るとき、ユンボで毎日のように整地してくださった。

遺影写真でいいのがないか、というのでさがしてみた。これは5年前の写真。ランを山に連れて行ったとき、バンビを見つけてきた。飼えたらすばらしい。そう思ったが、やっぱり無理ということで、山に返しにいったことがあった。

山里の人たちは、かなりの高齢でひとり暮らしも多い。毎年、遺影になるような写真を撮ってあげたらいいかなあと思う。

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2016-05-25

苗代作り

苗代作り。シルバーポリで覆って一週間育てた苗たちを外に出した。長さは5センチくらい。まだ1センチくらいしか、伸びていない苗もある。それらは、シルバーポリの中でもうすこし育てる。

日の光にあたって、すくすく育つはず。だが、いままで温かいドームの中で暮らしていたので、苗たちには、すこし過酷な環境となる。赤ん坊の布団をひっぺがして、外気に当てるみたいなことかも。

日差しが強くてすぐに土が乾いてしまうので、水やりがたいせつ。ついうっかり忘れたりすると、苗はダメになって田植えができなくなる。むかしは、田んぼの中に水をためて苗代としていたのだが、山里だと山の水が冷たすぎて、過酷すぎる。ので、庭にプールを作ってそこで育てることにした。

庭を水平にならして、コンパネを敷いて、まわりにレンガ。その上にポリシートをかぶせて、プールとした。うまく育てば、この育苗箱が72個ある。お米作りの半分は苗代づくりできまる、ともいう。丈夫な苗になりますよう。

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なんとかアイガモは間に合いそう

アイガモ農法でお米を作る計画で、熊本の孵化場に40羽を手配した。ところが、先の大地震で孵化器が壊れ、ショックでオスが交尾しなくなった。そのため予定通りに孵化しない。だいたい3割の孵化率だという。

このままでは田植えに間にあわない。アイガモを放つ目的は、田植えの後から次々と生えてくる雑草を食べてもらうことだ。草が育ってしまってからアイガモを放っても、もう大きな草は食べてくれない。ひとが毎日、除草する羽目になる。水田でカモを飼うというだけで、意味がない。

やむなく熊本はキャンセル。そちらの紹介で大阪の孵化場に手配することになった。1羽520円。アイガモはそもそも、野生のマガモとアヒルのミックスということだが、大阪のほうは、マガモの性質が強いという。小さいけれども、食べるにはとても美味しい。野性味があって繊細。適応するのが難しいとも聞く。

アイガモが宅急便で届くのは、6月8日。巣箱を作ったり、電気柵や網などを設置したり、いろいろ準備がいる。1週間ほどうちの納屋の巣箱で飼う。イタチ、キツネ、カラスなどがやってくるので、ランには見張りでがんばってもらう。田んぼに放つのは6月20日くらい。

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2016-05-24

耕作放棄地のよみがえり

山里は過疎と高齢で、農業は立ちゆかない。耕作放棄地ばかりが広がる。楽舎は今年、あらたに2反(2,000平米)の休耕田を借りた。20年もの耕作放棄地なので、なかなか手ごわい。昨年から借りている田畑を合わせて、6反(6,000平米)になる。

役所に出かけて、アイガモの電気柵の補助金について聞いた。電気柵と網は、ひとつの田んぼに12万円くらいかかるが、その半額の補助金が出る(獣害対策として)。ついでに、耕作放棄地の補助について聞いてみた。

かなり高額な補助金が出ることがわかった。再生費(草刈り、耕起など)は、経費の全額が(1反あたり上限80万円)。土壌改良費(肥料・堆肥の投入)は、実費分(1反あたり上限100万円)。農薬・種苗の播種などには、1反あたり2万5千円。その他、廃棄物処分・ハウス建設は、経費の半額(ハウスは400万円が上限)。

こんなに補助が出るのか、と驚いた。しかし、条件がある。まずは、事前申請が必要。ぼくたちの田んぼは、すでに耕してしまっているので、今からではもうダメ。農地には「青地」と「白地」というのがあって、「青地」だけに限られる。ぼくたちの田んぼは、白地なのでダメ。そのほか、再生後、5 年以上耕作する見込みがあること。自分の土地はダメ、などいろいろ条件がある。

ともあれ、こうした補助金を活用して、ひろがるばかりの耕作放棄地を、地元と移住者とまちなかの人と力をあわせて蘇らせることができる。農のワークは、楽しみであり、生きがいであり、仲間づくりであり、地域おこしであり、なによりも安心安全な食を確保していくことになる。

しかし、こうした農林業のみならず、たくさんの補助制度があるということがわかる。たとえば、浜松市の補助金総額は、ざっと160億円。一般会計はざっと6,000億。いままでこういうことには無関心だったが、わがごととして、関わってくると、すこしずつみえてくるものがある。

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アイガモを見学

アイガモが届いたというので、中道農場に見学に行ってきた。いつもは熊本から取り寄せるが、地震のために孵化がうまくいかなくて、数が足りない。急きょ、鹿児島の薩摩カモを取り寄せて空輸。名古屋の空港まで取りに行ってきたという。

孵化して24時間で到着。まずは巣箱に入れて電球などで寒さ対策。プールに水を貼って少しずつ水に慣らしていく。そして、5日目で田んぼに放つ。もう、悠々と泳いでいた。これは可愛い。

楽舎の農園では、40羽のアイガモを田んぼに放つ。うまくいけば6月20日くらいの予定だ。その前に、苗の生育、田んぼの田起こしの代かき、アイガモのヒナの巣箱と、段取りがたくさんある。

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稲の苗が育ってきている

稲の苗が育ってきている。順調だと思いたい。種籾を水につけて1週間で発芽。育苗箱に土を入れて播種、シルバーポリをかぶせて6日間だ。この間は水を与えなくても、ドームの中で水分が循環している。

が、まだ苗が出てきていない箱もある。ずいぶんとバラつきがあるのは、どうしてか。種にチカラがなかった。土を盛りすぎた。土が悪かった。水が少なかった。日当たりが悪かった。

育ってきたところで、シルバーポリの覆いを外して、日に当ててゆく。朝晩の水やりを続けて、あと2週間で、田植えというはこびだ。一つの箱には、150グラムの種。ぜんぶでおよそ11キロ。これが育って稲となれば、800キロのお米がとれるはず。うまくいきますように。

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2016-05-21

成長に目を見はる

子どもの日々の成長ってすごいな。一年前は、お腹のなかにいた。それが、昨日まで、できなかったことが、きょう、できるようになっている。これまでは、立つことができても、座るのが怖くて泣いていた。それが、すんなり座るようになった。

指の動きが細やかになってきた。絵本を読んであげると、はい次とめくるようになった。拍手ができるようになった。リズムにあわせて、ちょっとずつ拍手をする。ごはん粒を拾っては、口に入れて食べられるようになった。あかりは、もうすぐ10か月。

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田んぼの進行状況

いまのところの進行状況。故障していたトラクターは農協が出張で直してくれる予定。来週には部品も調達して動くようになるはず。スイッチ交換、エアフィルタ交換。爪も交換。そして、来週、もう一度田起こし、耕耘する。

いまのところ、28日と29日に代かきの予定。8時から。体力仕事。水田用の長靴用意。子どもは泥んこ遊びの場に。

田植えは、6月4日、5日の予定。ただし、苗の育ち方による。育苗は順調。75箱作ってポリシートをかぶせて、保温と保湿中。これ全部が育てば、お米は1,500キロとれる。昨年は500キロ。その時の苗は、25箱だった。

来週には、ポリシートから出して、日光に当てる。水やりがたいへんなので育苗用のプールを作る。コンパネに枠をつけて、厚さ1ミリのポリシートをかぶせて水を張る。その中に、育苗箱をセット。この稲の育ち具合によって、田植えの時期が変わる。いまははまだ、はっきりわからない。

アイガモは熊本地震のために、孵化がうまくいかなくて、遅れそう。25日にはっきりわかる。でも、ヒナ用の巣箱は用意しておく必要がある。

2016-05-20

二枚刃で草刈り

きょうは草刈り。わがやの敷地は、およそ1,700坪。刈らなくちゃいけない土地は、1,000坪はある。毎年毎年、えらいことだ。いつもは、背負い式のエンジン草刈機で刈る。刃はチップソーか笹刈刃。きょうは二枚刃にしてみた。プロペラのような刃だ。

これがとてもいい。破壊力がすごい。手応えが爽快。草を粉砕する感覚がここちよい。クズのツルも絡まない。ただ、刃が大きいので。石とか立木とか固い物に当たったとき、キックバックが大きい。かなり危険。また、小石に当ると、ものすごい速度で飛んでいく。で、窓ガラスを一枚割ってしまった。周囲に人がいたら、危なくてでてきない。

これまでのチップソーの草刈りと比べて、倍以上の効率がある。なにより、草を刈っていて、気分がいい。とはいうものの、体はとっても疲れたので、しばらくドラム缶風呂に入って月を眺めていた。

田植えに向けて、懸念されることがたくさん

田植えに向けて、懸念されることがたくさん。

ひとつは、数日前にトラクターが故障して畑に放置してある。電源が入らない。エンジンが動かない。スイッチ部分がそっくり交換となる。しかし、部品があるのかどうか。なにしろベトナム人から買った中古品で、いろいろな部品の寄せ集めの機種なので、調達が難しそう。「代かき」に間にあわなければ、他から借りてくるしかない。

ふたつ目は、アイガモだ。田植えの前日に届くよう、熊本からヒナ40羽手配している。が、孵化がうまくいかないと聞いた。地震で孵卵器が故障したのか、地震のショックでアイガモが交尾しなくなって無精卵になったとか。アイガモ農法20年の中道さん聞いたところ、明日、届くはずの150羽が届かなくなって、急遽、鹿児島のほうに手配した。空輸で運ばれてくるので、名古屋空港まで取りに行くのだという。そりゃたいへんだ。

みっつ目は、いま稲を種籾から育てているが、ちゃんと育つかどうか。なにしろ、初挑戦だ。もしも、田植え前に苗が育ってないと、一年間の稲作がおじゃんになってしまう。最悪の事態も予測して、いざというときに、苗を集めてくる段取りも考えておかなくちゃいけない。

その他、20年余の耕作放棄地のために、田んぼの水もちがよくない。どうも、底から抜けている。これもなんとかしなくちゃ。

2016-05-19

春野町の情報交換の集いを

うちからクルマで小一時間。春野町でもいちばんの外れにある60世帯くらいの川上という山里。そこで民宿をいとなんでいる富田さんに会いに行った。地域の自治会長をされている。楽舎が、田舎暮らし推進の活動をしているというので、話を聞きたいということだった。協働センターの役所の人と4人で出かける。

これまでのぼくの企画した事例を説明。山里の人をたずねるオープンハウス「春野人めぐり」を皮切りに、北遠エリア全体の「北遠山里めぐり」、「昭和レトロの二俣めぐり」「北遠の隠れ里 百古里めぐり」など。そんな流れで、この集落だけの「人めぐり」の企画も提案した。

どんな人が参加してくれそうか、予算はどうか、行政の資金的なサポートはどうか、など。しかし、一部のワザをもった人、店だけの参加というよりも、村ぜんたいでやってみたいと富田さん。みんなでやるというのはすばらしいけど、合意を取りつけるのに、すごく時間がかかる。手はじめに、まずはやってみたい人だけが動いてみる。流れをつくる。そうして、参加者が増えていくいくというのもいいね、と。

この春野という人口5,000人弱の過疎地でも、いろいろ活躍している人や団体がある。そうした人たちの交流の場があるといい。「こんな活動をしている」「いまこんなことをやろうとしている」という情報を共有しながら、サポートしあえるところはサポートしていく。個だけががんばってもチカラが出てこない。ネットワークがつくられていくと、チカラが出てくる。まずは、そのために月に一度くらい、そういう活動をしている人が集まる場をつくりましょう、と。そういう流れがでてくれば、地域の魅力発信も移住者を呼びこむ道もみえてくる、と。

こういうことは、行政が音頭を取ると、均等に呼びかけ、役職をもった人に声をかけ、あの団体にも……という根回しをしているうちに、重たい集いになってしまう。動きも悪い。ということで、楽舎が、池谷が勝手に企画してやっているということであれば、まったくの自由参加でいい。春野町を住みやすい山里にしようという思いを持った人たちの集い、ということにすればいい。そんな話になった。思いをもった人と出会うと、ぼくはすぐ行動していくたちだ。来月から、実現に動き出してみるつもり。

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2016-05-18

種籾から苗を育てる

種籾から苗を育てるのは、初挑戦。種籾を水につけてから8日目。すでに小さな芽は出ている。育苗箱75個に土を敷いて、水切りした種籾をまんべんなく播く。一つの箱には、150グラムの種。ぜんぶでおよそ11キロの種。これが育って稲となれば、800キロのお米がとれるはず。

種を播いて土をかぶせ、シルバーポリで覆う。このまま1週間。水はやらなくてもいい。やがて、青い葉が出てきたところで、覆いを外して日光に当てる。朝晩の水やりで育てること20日間。順調にいけば、6月10日くらいの田植えとなる。

こうして、ひとつひとつの作業に愛情をかけて、うまく育ちますようにと、祈るこころで作業していく。地道なプロセスを仲間と作業をしていくことが、いろいろ学びとなる。

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2016-05-16

山里の賃貸の場合、大きな落とし穴がある

山里暮らしで、空き家に住めば生活コストは安い。都内で暮らせば、家賃は10万円近くになる。ぼくは毎月、10万5千円払っていた。20年以上。いまおもえば、なんとももったいないことをした。

ぼくはこちらに移住した時には、土地と家を買った。かなり安いと思ったが、越してから、地元の相場ではかなり高かった。賃貸はどうか。ここ山里では、一軒家を借りても、家賃が2万円というと、え?それは、高いという感覚がある。年間5千円の家賃で暮らす人もいる。タダという人もいる。

都内で住んで家賃に払う分で、生活が成り立つともいえる。それほど、都会の家賃が高すぎるということだろう。ただ、ここで、山里の賃貸の場合、大きな落とし穴がある。

タダ同然で借りるような家は、やはり修理が必要だ。家主も、どうぞ勝手に修理しても構わないという。で、雨漏りの補修、床を直したり、水廻り直したり。……そんなことしていると、軽く数百万円かかってしまう。

そうして、快適な家に何年か暮らしているうちに、家を立ち退いてほしいと言われるケースがある。じつは、このはなしは、よく聞く。

こんなにお金をかけて直したのに、といっても、それはあなたが勝手に直したのだから、ととり合ってくれない。そもそもが借りるときに、きちんと契約書など交わしていない。口約束が多い。

ということで、そうならないために、借りるときに、きちんと契約を交わすことがたいせつ。できれば、借りるのではなくて、買ってしまうのがよいと思う。でないと、落ち着いて暮らせない。

2016-05-11

水もちの悪い田んぼには、つねに川の水を引き続ける

20年放置された耕作放棄地を蘇らせている。草を刈ってトラクターで耕す。いちばんの心配は、水保ちだ。放置された田んぼだと、モグラなどが穴をあけていて、そこから水が漏れてしまう。あるいは畦が脆弱だと、漏れていく。

田んぼに水がいつも張られていれば、雑草は生えてこない。しかし、水保ちがわるいと土が露出する。すると雑草が勢いよく伸びてくる。稲が雑草に負けてしまうのだ。

だから、水もちの悪い田んぼには、つねに川の水を引き続けることになる。そして水は漏れつづける。そうなると、水温はいつも低いので、稲は成長しない。とくにこの山里は、とっても冷たい清流がながれてくるので、稲は低音障害を起こしてしまう。なので、水保ちのいい田んぼにしないと、致命的なのだ。

そこが心配で、昨日の激しい雨の後の田んぼを見にいった。すると、ちゃんと水もちがよさそうな田んぼになっていた。やや安心。一部、深水のところがある。ここまで深いと稲を植えても、稲は呼吸できない。ので、ここは、マコモか蓮でも植えることにしよう。

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種籾を発芽させて苗に育てる

田植えの前のたいせつな仕事。種籾を発芽させて苗に育てる。その第一日目。なにしろ初めての体験なので、ネットで調べ、経験者に聞いて。でも、人によっていろいろやり方がちがう。

種籾はぜんぶで15キロ。コシヒカリ、キヌヒカリ、サガビヨリの3種類。まず、60℃のお湯に5分間、浸して消毒。それから、冷水につける。毎日、水を取り替えて、一週間くらいで芽が出てくるはず。

つぎに、土を敷いた育苗箱に種を蒔いていく。その数50箱。覆いをして、保温と保水をする。7日くらいで2〜3センチの苗になる。覆いを外して寒冷紗をかけて1周間くらい。寒冷紗を外して、日光に当てる。その間、朝晩の水やり3〜4回。苗が15センチくらいに育ったところで、田植えり苗ができる。おそらく30日後くらいになりそう。ということで、6月10日あたりが田植えか。そうして、アイガモの雛たちを放つのは、6月20日くらいか。

昨年は2反(2,000平米)の田んぼで、およそ500キロの収穫だった。今年は倍の4反(4,000平米)の田んぼ。土の力が落ちているし肥料なしでいくので、おそらく800〜1000キロくらいの収穫かな。アイガモ農法がうまくいくかどうか、にもよる。うまくいけば、一粒の種が100倍になる。翌年は、その100倍で1万倍ということ。すごいね、種というのは。

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2016-05-10

商標権の譲渡に関しての仕事

きょうは商標権の譲渡に関して、争いごとになりそうな事案のサポートの仕事。ちょっとした頭の体操を整理するために、書きだしてみた。

A社は自分が育ててきた商標をほとんど無償でB社に譲った。B社は、そのブランドの商標を登録した。ただし、10年たったら、商標権の更新をしないと約束した。

で、その10年がたった。けれどもB社は、商標権の更新をしないと約束したことを留保したいと言ってきた。

で、どうしたらいいかとの相談を受けた。そこで、こういう文書を相手に出したらどうかと伝えた。

,△覆燭肋ι古佻燭鬚靴覆い般鸞しました。これは、ちゃんと覚書にあります。

△罎┐法⊂ι幻△両渡を求めます。

商標権の譲渡に応じなかったら、それは約束違反です。

い修譴鷲塰々坩戮砲△燭蠅泙后

イ修Δ覆辰燭蕁∨‥処置をとります。(すなわち損害賠償を請求します)……という論法。

あるいは、

商標権の譲渡に応じなかったら、こちらで商標を登録します。

い修Δ覆襪函△△覆燭蓮△海譴泙任両ι犬鮖箸┐覆い海箸砲覆蠅泙后

イ發靴癲⊂ー蠅望ι幻△旅洪靴鬚靴浸には、覚書を破ったことになります。

商標をつかって商品の製造及び販売をした時には、覚書を破ったことになります。

Г修譴鷲塰々坩戮任△蝓△海舛蕕亘‥措置を講ずることになります。(すなわち損害賠償を請求します)

┐海里海箸硫鹽をいついつまでに求めます。

こういうやりとりをしながら、落とし所を見つけていく。いきなり裁判に持っていくよりも、お互いに納得のいくところをみつける。訴訟になったとしても、こういうやりとりが、そのまま証拠になっていく。

2016-05-09

農作業を通して、仲間と力をあわせるということ

農地は、田んぼが4反(4,000平米)、畑は2反(4,000平米)、山の中腹には10年もの、100本のブルーベリー園。みんなタダ同然で貸してもらえた。コメと大豆果樹をつくる。ときには、小屋を作り炭焼きもする。だが、わがやの敷地、6,000平米は、ほとんど放置状態。

仲間は6名が中核。あとはスポット的に、手伝ってくれる人が10名くらい。それぞれが仕事をかかえ、そろって日を同じくしては作業するのは難しい。

段取りをするのがぼくの役目。いつも未知のことに挑戦するので、経験も知識もない。やり方がよくわからない。この先どうなるのか、見えてこない。そして、仲間もみんな素人。わかってないひとが、わかってないひとを率いているわけだ。だから、現場での実践智を磨くことになる。実験と創意工夫の連続。まあ、これが楽しい。

そもそもぼくはチームプレーが苦手。スポーツでも、団体競技は全くダメ。人の動きがわからない。ながくひとり暮らしだったので、自分本位のクセが付いている。サラリーマンは、25年前にやめたし(12年もよく続いたものだ)、あとはフリーランスで著述業と編集でやってきた。

性格がアバウトだし、飽きやすい、思いつきで動く。ついてきてくれるひとは、きっと迷惑してる。ただまあ、せめて、いろいろな情報をキャッチしては、そこに飛び込んでいく。企画が大好き。一応カタチにしていく。初対面でも、ずかずかと訪ねては、なんとか協力をとりつけてくる。そのあたりで、なんとかつなげてこられたのかも。西洋占星術でいうと、「双子座」なので、コミュニケーション能力は発揮しやすい。そのかわり、ひとの感情に対して、驚くほど無関心、気付きが悪い。そこは大きなネック。

ということで、ぼくと一緒に力を合わせてくださる方は、苦労されているかと思う。みなさんに申し訳ないけど、農作業を通して、仲間と力をあわせるということは、ぼくの人生にとっては、大きな課題になる。そうして、春野の美しい田園にめぐまれ、よき仲間に恵まれ、米作りができる。またとないありがたい機会。まことにありがたいこと。

2016-05-08

川から水を引かなければ、米は作れない

耕作放棄地を蘇らせている。広さは約2反(2,000平米)。なにしろ20年もの耕作放棄地だ。草を刈り、トラクターで耕しながら草の根を断ち切る。何度も何度もトラクターで耕耘していく。やがて土が細かくなってくる。

畦を固める。水が漏れないように、しっかりと固める。さて、問題は水利だ。川から水を引かなければ、米は作れない。水は高いところから低いところに流れる。借りた4枚の田んぼのうち、奥の2枚は、どうも高い位置にある。川の水を引くとき、そちらまで流れていきそうにない。水を引くには、別の地主にお願いして、水を引いてくることになる。これは、ちとたいへんだ。

さてどうしようか。ひとつの田んぼを深水にすれば、奥の田んぼまで水は行き渡る。しかし、深水田んぼでは、稲は育たない。それならば、マコモを植えることにしようか。あるいは、大きく苗を育てて、手植えしようか。……などと、みんなで検討した。

まずは、実験。川から水を流してみよう。高低差がどうなるか、確認してからだ。それで、水路に仕切り板をつくって、はめ込む。水路に水かさが増して、水を引き込むことができた。じわじわと田んぼに水が入ってきた。明日の朝までには、行き渡ることと思う。高いところの田んぼに、水が入っていくかどうか。高低差がどうなるか。そこからまた工夫がはじまる。

土をいじり、水の動きを知り、木工も必要、微生物のこと、植物のこと、学ぶことがたくさん。なにしろ自然が相手だ。すべてが刻々と変化していく。変化に応じて知恵と工夫をはたらかせる。そうして、これはまったく一人じゃできない。仲間と力を合わせることになる。そこが学びだ。こうして、田んぼというのは、とてもおもしろいものとなる。

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2016-05-07

リズムを打たなくても、しんしんと深く入っていける境地がいいんだけど

あさ、お経をよむのは、なかなか気持ちがいい。正座して腰を立てて背筋を伸ばして、合掌してとなえる。声を出す、というところがポイントだ。

そのまま呼吸法にもなる。となえていると、自然とふかく息を吐くことになる。体内に新鮮な酸素がおくられる。丹田に力が入る。気が満ちてくる。声を出すことで、雑念はいつしか消えていく。となえ続けていくと、自然と瞑想になる。気が充実してくる。

お経よりも、おんなじ言葉を唱え続けるお題目や念仏、真言のほうが、ふかく入りやすい。日蓮宗はお題目、浄土宗や浄土真宗は念仏、真言宗は真言ということになるのだが、ぼくにとってこだわりはない。いつしか一時間くらいとなえている。

木魚や木鉦(もくしょう)を叩く。リズムを刻むと、ここちよい。叩くとき工夫している。たとえば念仏。頭にリズムを打たない。「なー〈む〉・あー〈み〉・だー〈ぶ〉」とバックビート(アフービート、裏打ち)がいい。お題目も、そうだ。おなじように頭にリズムを打たない。「なむ〈みょう〉ーほー〈れん〉げー〈きょう〉」あるいは、「なむ〈みょう〉ーほー〈れん〉〈げー〉〈きょう〉」となる。

宗門の正式な唱え方とは、ちがうと思うけど。ぼくなりに心地よくとなえられる工夫をしている。まあ、リズムを打たなくても、しんしんと深く入っていける境地がいいんだけど。──となふれば 仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏 なむあみだ仏──遊行上人、一遍の歌だ。

朝の行には静まる要素があるのだと思う

あかりは、9か月になる。つかまって立ち上がる。這い這いもはじまりそう。目が覚めたら、「なにかないか、なにかないか」とあたりを見回す。なにかものをつかむ。振り回す。口に入れる。目の前に現れるひとつひとつのものが、鮮やかで光り輝くものなんだろうな。

しかし、その〈おもり〉となるとたいへん。なにしろしばらくもじっとしていない。ベビーベッドに入れても、ひとりあそびする時間は限られている。横についていて、見守ってあげなくちゃいけない。すぐに飽きる。泣き出す。抱きかかえる。しかしまた、動きだす。そういうことの繰り返し。

今朝は、ぼくがお経をよむとき、あぐらをかいてその中にあかりを座らせた。ぼくは、お念仏にお題目。木魚を叩き、木鉦をたたく。ときに、チベットの重厚な鐘をごおーーーーーんと響かせる。

まったく静かに坐禅していると、動きだす。けれども、南無妙法蓮華経、そして南無阿弥陀仏と唱えていると、静かにしていた。ぼくの数珠を奪いとって、それであそんでいた。房を口の中に入れて吸ったり、数珠を振り回したり。それでも驚いたことに、40分以上も静かに、ぼくのあぐらをかいた足の中におとなしくしていた。

これは仏縁があるのかいなあ、と思ってもみた。いやたぶん、いろいろと、朝の行には静まる要素があるのだと思う。ろうそくの炎、インドのお香のかおり。チベットの鐘の音。そして、頭の上から倍音で響いてくるお父ちゃんの声。そんなことが新鮮でなにか落ち着いたものを感じさせたのかもしれない。しばらく、毎朝、一緒にお経をよみお題目や念仏、真言を唱えてみようか。

2016-05-05

子育ては、ほとんとたいへん

子育ては、ほとんとたいへん。おかあさんはヘトヘト。それに、妻にはぼくの仕事のアシストをしてもらっているので、これまた、たいへん。たいへん。しかし、この西原理恵子のマンガ、考えさせられるなぁ。

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 裁判   相手のウソが、露呈する瞬間がある

裁判でたいせつなのは、事実。事実かどうかが最大のポイント。そのためには事実を裏付ける証拠がたいせつ。たとい事実であって、その証拠がないときには、事実と認められないことがある。いつも真実が勝つとは限らないわけだ▲だから相手は、いかにも事実であるように、つくってくる。ときには、証拠を偽造してくることもあろう。裁判官は、たくさんの訴訟をかかえているので、仔細にみていない▲最後は、裁判官の「心証」がモノを言う。ので、ほんのわずか、紙一重のところで、勝敗が決することもある。

ぼくが起こした裁判の場合、相手は、ウソの事実をいくつも並べてきた。相手方の弁護士は、大きな仏教教団の顧問を務めているベテラン。こちらは、ズブの素人▲裁判官も、おんなじ法曹の世界なので、相手の弁護士のほうに信頼を寄せている風情。こちらには、「ふん、ド素人のクセに……」という態度がミエミエだった。

しかし、上手の手から水が漏れる。相手のウソが、露呈する瞬間がある。ウソは、かならずどこかで、瓦解する。あろうことか、証拠を偽造してきた。その偽造の痕跡が、ありありとわかったのだ。その瞬間、相手の言い分は、すべて瓦解していったと思う▲まあ、その弁護士は、弁護を引き受けた以上、勝たなくちゃいけないので、苦労したと思うが、ド素人のぼくに大敗。そして、控訴しても敗れたのだった。

裁判と和解のこと

いま商標権のことで、友人から契約のサポートを頼まれている。相手は、契約に応じないみたいで、のらりくらりと時間ばかりが過ぎていく▲業を煮やした友人は、契約に応じなければ裁判するぞと意気込んでいる。まあしかし、裁判てのは、お金と時間とエネルギーがいる▲事実関係がはっきりしている裁判でも、まあ最低でも一年はかかる。相手が控訴すればまた一年▲そればかりやっているわけじゃないのだから、その間、集中力の持続はたいへんだ。弁護士を頼めば、どんどんと費用はかさんでくる。

そうして、勝つかもしれない、負けるかもしれない。勝っても満足だけで大したメリットがないこともある▲そのあたりを見越して、裁判官は「和解しろ」とすすめてくる。かなり強引にだ。裁判官にしてみたら、事実関係を審議して、判決文を書くのは、かなりの手間だ▲和解してくれれば、「はい。一件落着」となる。判決文を書いても和解になっても、どちらも、処理件数は1とカウントされるのだろう。だから、なんとしても和解すすめてくる。

かつて裁判を起こしたとき、乱暴な裁判官がいた。「だいたいどっちも悪いんだから、半々にしろ。痛み分けでどうだ」と迫ってきた。「いや、ちゃんと判決で示してもらいたい」というと、ムッとした顔をして「準備書面なんて読まんぞ」と脅してきた▲アタマにきて、裁判官忌避の行動を起こそうとした。その矢先、その裁判官は、いかにも面倒だと思ったのだろう、次回には、交代してしまった。次の裁判官は、あろうことか、ぼくの自宅まで電話をかけてきて、和解を迫ってきた▲「いや、和解なんてしません。それより、ちゃんと書面を読んでくださいよ。ちゃんと読めば、はっきりとわかりますから」と伝えた▲その裁判官は、しぶしぶと引き下がってくれた。で、結局のところ、判決を下してもらいも裁判は完勝したのだった。

まあ、今回の友人のケースは、双方、メリットがなさそうに思う。勝てるとも思えない。だから、裁判などしないで、話し合うのが得策▲相手が応じなければ、裁判を起こすとしても、和解の道を選ぶのが得策じゃないかと思っているけど▲まあ、ぼくはその過程のサポートを通して、いろいろ学べるので、どちらにしてもおもしろいと思っているんだけど。

2016-05-04

結婚して1年。あかりは9か月

はやいです。結婚して1年。あかりは9か月。つかまって立つようになった。なにやら喋り出している。

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2016-05-02

今年も大豆をつくる  国産大豆の貴重なこと

今年も大豆をつくる。昨年は、200キロとれた。今年は、さらに増産できそう。お米と大豆さえ自分でつくれば、かなり安心。なにしろ100%無農薬・無化学肥料なので。

日本の大豆の自給率は6%しかない。94%が輸入で、アメリカ(166万トン)、ブラジル(65万トン)、カナダ(38万トン)、中国(4万トン)となっている。それらは遺伝子操作のもの、除草剤など農薬じゃぶじゃぶのものが多いのではなかろうか▲かつてみたテレビでは、アマゾン河流域で、セスナ機から除草剤を空中散布していた。そんな強烈な除草剤に負けない品種を遺伝子操作して、栽培していた。

大豆の自給率は6%というが、無農薬で栽培しているものは、さらにその1%未満という。だから、自分の手で安心・安全な食を確保することはとっても価値のあること▲大豆は、味噌にしたら最高だ。成分無調整、防腐剤も入っていないものは貴重だ。そして、おいしい▲大豆の料理法はたくさんある。きょうは豆乳を作り、のこった「おから」で料理した。おからクッキー、おからケーキもなかなか美味しい。納豆も豆腐もできる。大豆焙煎珈琲も、そこそこおいしいのだ。

このエリア一帯、里山の美しい姿になっていく

2反(2,000平米)の耕作放棄地を、あらたに借りることになって、昨日は契約を交わした。「地代はいらないよ」という。が、いやせめて年1万円、とさせてもらった▲「この地域のわたしたちが、耕作しなくちゃいけないのに、ちゃんとやってくれてありがたい」と言ってくれた▲昨年の夏は、毎日休まずに、明け方にかよった。手作業で草をとって、しっかりとお米を収穫できた。村の人たちは、そのすがたを見ていてくれて、それで少しずつ信頼が得られてきたと思う。

といっても、まだたかが一年の実績だ。これが二年、三年、五年と継続していったら、やっと認めてもらえると思う▲私たちの米づくりは、完全無農薬・無化学肥料でいくので、その過程で、いろいろな生物の多様な姿が観察されていく▲カエル、メダカ、鮒、サワガニ、イモリ、ヘビ、タニシ、空からはサギ、アオサギ、トンビなど。たくさんやってくる▲そして、今年はミツバチの箱も置いた。アイガモ農法に挑戦するので、きっと見物客が増えることと思う。

畑では、蕎麦や麦、大豆も栽培するし、土手や法面、河川敷のあたりにも、ヘアリーベッチやレンゲ、菜の花などの花も育ててみたい。このエリア一帯、里山の美しい姿になっていく▲東屋も設置して、散歩するひとが休憩できる。そこが寄りあい場になって、出会いの機会が増えていく。子どもたちも遊べる。お母さんも安心して、みていられる。そんな里山の世界を作っていきたいものだ▲さいわい仲間がひとつ、ふたりと増えてきた。それぞれの個性を活かして、力を合わせて、たのしい実験場にもしていきたい。

米ぬかをさがしていた

完全無農薬・無化学肥料でお米をつくる。除草は手作業、そしてアイガモにやってもらう▲問題は、肥料だ。完熟堆肥などをいれるわけではない。先達にきくと、刻んだ藁、落ち葉を入れる、籾殻堆肥を入れる、という▲かれらが言うには、「米ぬか」がいい。1反(1000平米)あたり、「米ぬか」100キロくらいを撒く▲それでいま、「米ぬか」を集めているところ。なかなか入手が難しい。だが、さきほど農協に聞いてみたら、15キロで617円、何百キロでも入手可能だった。やれやれ。

いや、まてよ。その「米ぬか」は、ほとんどが農薬散布の田んぼから収穫されたお米の「ぬか」だろう。それでも、問題はないが、やはり無農薬にこだわってみたい▲けれども、完全無農薬の「米ぬか」を集めるのは、容易ではない。かなり高価なものになる。

自然農法の友人のTさんに聞いてみた。うちは、まったく無肥料でちゃんと1反あたり7俵収穫できている。「米ぬか」もクズ大豆も入れなくても、ちゃんと収穫できている、という。それは立派なものだ▲それなら、なんにも肥料をいれないでいけるかもしれない。とくに、20年間放置された休耕田は、それまで堆積された草などが肥料となっているので、問題ない▲昨年収穫した田んぼは、お米となって栄養分が枯れてしまっているかもしれないが、アイガモを放つことによって、アイガモの糞が肥やしになるだろう。

そもそも肥料は、川の水から運ばれてくる。山のてっぺんから、じわじわと葉っぱなどの栄養分をたたえた川の水が、肥料となって、お米が育つ。そんなふうに思う▲こうしてなにもわからず、手探りで先達に聞いていく。あれこれと試行錯誤、実験していく。ひとつひとつ、失敗を重ねて、わかってくる。みえてくる。そんな過程にこそ、学びがある。それが、米作りの楽しさではある。