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春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

2016-08-25

気田川でカヤックを教えている

楽舎の事務所のおとなりさんの家。裏から見たところ。このように、巨木がすばらしい。フクロウが巣を作りそうだ。ここはスプリング・フィールドといって、気田川でカヤックを教えている。全国からカヤックを習いに訪れる。

すぐ前がホタル公園。季節になるとちゃんとホタルが出てくるよ。そして、その向こうは清流の気田川がある。

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アイガモ捕獲大作戦

ほかの45羽は、マコモダケの池に移された。1羽だけ取り残されたアイガモがいるはずだ。ほうっておけば、稲穂が食べられてしまうので、はやく捕まえなくては。だが、まったく気配がない。鳴き声もしない。水をかき分ける音もしない。餌を食べた形跡もない。はたして、いるのか、いないのか。

いたとしても、2,000平米の田んぼのなかだ。広くて探せない。そこで、ランの出番。連れて行ったら、ヒクヒクと鼻を動かしていた。どうも、このエリアにいそうだ。そうして昨日、大友さんが、そこで見かけたという。飯尾さんは、今朝、稲穂が揺れているのが見えたという。じゃあ、いるんだ。やっぱり。

朝の6時集合。若林、飯尾、大友、池谷の4人組で、捕獲大作戦。まずは作戦会議。アイガモは俊敏なので、捕まえるのは難しい。ので、網を一箇所だけ開けておく。そこに追い込んで、外に逃がす。水面から出れば、捕まえるのは容易だろう、ということになった。

4人で田んぼに入り、そろりそろりと隊列組んで歩いて行く。なかなか見つからない。出てこない。ほんとうにいるだろうか……。不安になってきた。そうして、畦のところまできたら、突然、出てきた、出てきた。大きなアイガモだ。茶色の全身に、羽根のところだけ少し青みがかっている。おお、いたんだ、やっぱり。

しかし、追い込んだところで、すれりとかわされて、また田んぼの中に逆戻り。もういちど、振り出しだ。また、ソロリソロリ。お、出てきた。出てきた。隅に追い込んだ。必死でかれは網から脱走。一目散で地面を走っている。二人がかりで追い込んで、やっとつかまえた。やれやれ。

そうして、仲間のいる池に放してあげた。たった1羽で10日以上、暮らしていたことになる。さぞや心細かったことだろう。

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2016-08-23

暑いので〈ふんどし〉にしてみた

暑いので〈ふんどし〉にしてみた。手許にはないので、ヒモに綿のタオルを結わえた、いわば〈おしめ〉スタイルだ。ー「越中ふんどしヶのつもり。

数日ためしているが、なかなかここちよい。パンツよりもずっといい。取り扱いがラク。涼しい。洗濯もかんたん。高温多湿の日本では、やはりこれがいい。材質は、木綿のサラシが一般的だけど、好みとしては麻がいい。

まつりや水行などにつかわれるのは、六尺ふんどし。みそぎや滝行は〈ふんどし〉でないと、きまらない。結構、気に入ったのでAmazonで注文してみた。自分で簡単に作ることもできる。

かつて可睡斎(曹洞宗の修行道場)でのマーケットにいったら、女性用の〈ふんどし〉が売られていた。多彩で可愛いものがおおい。こういうのもたのしいね。アタマをぴかぴかに剃り込んだ若い修行僧たちが、めずらしそうに眺めていた。

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2016-08-22

やはり草がほしいようだ

いままで2,000平米の田んぼの中を泳いでいたのに、急に狭い池に追いやられてしまったカモ君たち。稲穂が実ってくると、カモ君たちに食べられててしまうので、引っ越しさせたのだ。

こちらは、田んぼを仕切ってマコモダケを栽培している池だ。こちらに45羽。1羽は田んぼに取り残されて、捜索中。

カモ君たちには、朝夕とお米をあげているのだが、やはり草がほしいよ。カモ君の数が多いので、草を食べ尽くしてしまっている。網の外には、草がたくさんあるので、どうしても網の底をくぐっては、食べようとする。それで、脱走したカモ君たちとの毎朝の追いかけっことなる。

あたりの雑草、コナギ、水草をむしってはあげてみたところ、目の色を変えてついばみにきた。そうか、やはり草が少ないんだ。あしたからは、草刈り機で刈っては、草をあげることにしよう。

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こんなに稲が実ってきた

こんなに稲が実ってきた。完全無農薬・無肥料でもちゃんと育つ。心配していたイモチ病だが、いまのところ穂には影響がないようだ。

ただ、この田んぼの中に、たった1羽のアイガモがいる。他の45羽は捕まえて、マコモダケの池に移動させたのだが、1羽だけつかまえられなかった。

音もしない、すがたも見えない。でも、たしかに1羽いるのだ。カモ君は、やがてこの稲を食べて過ごしてしまうことになる。こまったことだ。どうやって見つけ出して、つかまえたらいいのやら。1,100平米もある田んぼのなか。

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こんなに大きく育ったカモ君

こんなに大きく育ったカモ君。しかし、網から外へ脱走する。毎日、10羽近くを追いかけっこでつかまえているのだ。

カモ君は、とにかく必死で逃げる。泳ぐ。走る。泣き叫ぶ。「ひとごろしーー!」というような声を上げる。

その声を、仲間のカモ君たちが聞いて、一斉にまた逃げる。ぼくはかなり悪者と思われてしまっている。朝晩エサをあげているのに。

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2016-08-20

田んぼに分散していたアイガモたちを、一箇所に集めた

どうしても大きいほうが、先輩風を吹かせて威張っている。小さいほうは、遠慮している。そして、この二つの群れは、いつも混ざることはない。ちょっと日本海海戦の、バルチック艦隊と帝国日本艦隊みたいだ。

田んぼに分散していたアイガモたちを、一箇所に集めた。ここは、マコモダケの栽培ゾーンだ。右のカモ君たちは、6月7日生まれ、左のカモ君たちは6月22日生まれ。2週間の違いだけど、大きさはかなり違う。

小さいほうのカモ君たちは、アヒルに近い。大きいほうのは、マガモに近い。品種的には、アヒルに近いほうがずっと大きくなるので、やがて立場が逆転するかも。

残念なことがひとつ。美しい白いハスが咲いていた。それはそれは、高貴な輝きだった。ところが、カモ君たちがみんな食べてしまったのだ。

この池は、冬の間も湛水させるので、エサさえあれば、ずっとカモ君たちを飼っておける。ドジョウも飼ってみようかと思っている。

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どどどどど、ばしゃばしゃばしゃと、すごい勢いで逃げていく

逃げろ。逃げろーー。どどどどど、ばしゃばしゃばしゃと、すごい勢いで逃げていく。ぼくの足音を聞くと、つかまえられると思っているのか、警戒して逃げていく。

稲穂が出てきたので、カモ君たちを田んぼから出すことにした。そのままおいとけば、稲の実を食べられてしまう。

田んぼのとなりに、マコモダケと蓮の池を作っておいたので、そちらに移動した。

このカモ君たちをつかまえるのが、一苦労。別の田んぼには、きのうまで4羽、のこっていた。どうしてもつかまえられない。稲の背丈が高いので、隠れて見えない。数人で取り囲んで追いかけても、するりと逃げてしまう。ものすごく俊敏だ。

それで、網をあけておいて、エサを外において、おびき出す作戦にした。それで、きのうは3羽、捕獲。やっと残る1羽となった。

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いわば「はるの山里アカデミー」かな

そうだ、講座をもっていただこう。かれは大学で漢文学を教えておられた。山里に移住して7年、どこにも出かけないで、悠々自適で畑仕事とお酒をたのしみに暮らしている。ああ、それはもったいないじゃないか。学識を活かしてほしい。

お願いすると快諾してくれた。「詩」の鑑賞はどうですか。中国の古代の詩から唐の詩まで、ピックアップしてお話ししてもらう。中国語が堪能なので、中国音で朗読してもらう。きのう川上にお住まいの棟方徳さんと話していて、ひらめいたのだった。

また、郷土史家の木下恒雄さんも快諾してくれた。北遠の林業史、お茶栽培の歴史、村の成立史、災害史など、多岐にわたって造詣が深い。23冊も本を書かれている。いつもお訪ねすると、ゆうに5時間、6時間のお話になる。その集中力、向学心、整理力がすごい。

竹細工職人、鍛冶屋さん、書の達人もいる。陶芸家、日本一のお茶づくり、自伐林業家。そのほか、東大で博士号の学位論文をとられた方。三線、アイルランドの笛、チェロ、歌のうまいひと、いろいろなすぐれた方もおられる。

山里には、いろいろな人材がおられる。埋もれたままでは、もったいない。そういう人を紹介したい。ひととひとをつなげたい。そのことで、地域のよりあいの場、移住者と地元の交流の機会、春野の魅力発信にもなっていく。

参加費はタダか500円。講師への謝礼は、5000円程度の交通費かな。場所は、楽舎の事務所〈らくあん〉。この14畳のスペースがあればいい。多くても20名くらい。広報は、町内の回覧板、Facebookとホームページ。マスコミにもとりあげてもらう。

ましかし、池谷くん。あれこれ企画するのもいいが、継続しなくては意味がないよ、と言われたりする。たしかにそうだ。継続こそがたいせつ。まあしかし、なにごともやってみなければわからない。大きな岩が転がっていくとき、岩をうんこらしょと動かすのがたいせつ。あとは、自然と展開していく。まずは初めてみて、反響をみて、そこからいろいろと変えていく。ダメだったら、その時点でやめればいい。そうやってもこれまですすめてきた。

いわば「はるの山里アカデミー」かな。「春野の楽校」「楽舎の楽校」。いい名前が浮かばない。アイデア募集中。

第2回ラブファーマーズ・カンファレンス  春野の暮らしをかたる

第2回ラブファーマーズ・カンファレンス(9/2〜4)が、春野で開催される。全国の有機農業者の集い。昨年はのべ500人ほど、きてくださった。昨年に続いて、歌手の加藤登紀子さんも手弁当で来てくれる。ぼくとしては、有機農業一筋で、村おこしをされた霧里農場の金子さんの話が聞けるのが楽しみ。

移住相談のブースも出して、ぼくはそこにいる予定。また。いろいろな講座を企画しているが、ぼくは、春野の暮らしのことを。ぼくがインタビューして、いろいろな人な語ってもらうことにした。いまお願いしているのは、次の3人。

1人目:ときに山仕事、ときに猟師、ときにお茶農家の山下さん。きょうから猟に出る。2日に一度は、鹿や猪を仕留めている。集落を上げて、ジビエに取り組んで、食肉解体の施設もできあがった。

2人目:セルフビルドの達人・大石さん。山奥の別荘地にかよって、たった一人で見事な家をつくりあげてしまった。3人目:リタイヤして陶芸家になった吉田さん。針葉樹の森を広葉樹の森にしようと奮闘中。

そのあと、近くの移住者の家を訪ねて、暮らしぶりをみてもらう。まずお訪ねするのは、陶芸家の白幡さん。古代の穴窯で陶芸をされている。風貌は、高村光太郎みたいだ。

次に、川の畔で仙人みたいな悠々自適の暮らしをされている棟方さん。元大学の准教授で、漢文学を教えておられた。世界的な版画家、棟方志功さんの甥にあたる。話をしていると、別次元に引き込まれる。ちょっと竹林の七賢人みたいな印象だ。

それから、セルフビルドで家を4棟も立ててしまった青木さん。そば処をいとなみ、余暇はチェロを弾いている。そして、数年前に、山里に移住して有機でお茶の栽培、木を伐って森を整備している玉木さん。そして、夏は気田川でカヤックスクールをひらいている大津さんを訪ねる。

http://www.lovefarmersconference.com/

2016-08-18

テレビをまったく見なくなった

テレビをまったく見なくなった。もう半年以上は見ていない。そのことで困ることは、まったくない。

いまは、オリンピックやっているのだろう。高校野球もやっている。見たい時もあるけど、時間がもったいない。ニュースもたいせつだけど、過ぎてしまえばどうでもいい。たとえば、フランスのテロ事件、舛添問題、参院選、都知事選、そのとき、じっくり見ていても、過ぎてしまえば、そんなものどうでもいいことがわかる。それに、YouTubeでポイントはわかる。

ドラマもどうでもいい。クローズアップ現代、そしてNHKスペシャルなど、見たいものはある。半沢直樹の続編が始まったら、みたいかなぁ。まあしかし、あとでネットで見られる。

テレビは、やはり時間のムダ、エネルギーのムダ、気分のムダと感じる。テレビを見なくなると、読書はすすむ。あいかわらず、司馬遼太郎ばかりを読んでいる。そして、もっぱらインドお経(バジャンやスートラ)を歌っている。

知的障害者30名余が春野を訪れたいという

知的障害者30名余が春野を訪れたいという。名古屋からだ。友人からの依頼なので、いま企画を練っている。まあ、春野の魅力発信・交流促進事業ということで。

スタッフ入れて40名くらい。バスでの往復。日帰り。11月の第一週。ということは、稲刈の体験もできる。次の3つのステージを考えた。日帰りだと忙しい旅になるね。ちと欲張り過ぎかな。

第1ステージ:「熊切川のせせらぎ」。川遊び、近くの森の散策。オートキャンプ場で美味しいお弁当をとって昼食。石窯でピザ体験。

第2ステージ:「楽舎の田んぼ」。稲刈。かれらのために、稲をすこしのこしておく。鎌で切った稲の束を運んでもらって、天日干し。アイガモもまだ、いるはず。刈田で焚き火。焼き芋。

第3ステージ:「二俣の横丁」二俣のレトロな町並みを散策する。

チリンチリンの鐘を鳴らしてやってくる屋台でわらび餅。酒屋を改装したギャラリーの見学。

2016-08-17

炎天下での立ち話 

炎天下、近所のMさんと立ち話。嫁いだ一人娘を、先日亡くした。ガンだった。この年で、子どもに先立たれるというのは、さぞやつらかろう。しかも、たったひとりの娘だった。のこされたのは、夫と高三、中三、中一の子ども。むつかしい年頃だし、夫はこれからがたいへん。

Mさんは82歳。夫は90歳で、耳が遠い。夫婦でもほとんどコミュニケーションがとれない。話が通じないので、集いにも参加しない。夫はいつも孤独のなかにいる。

Mさんは、数か月前に背骨を圧迫骨折して三か月間、入院していた。やっと退院したが、まだリハビリ中。夫婦共に高齢なので、どちらかが倒れたら介護がたいへん。クルマの免許がないので、病院通いもどうなるのだろう。

たのみの綱だった娘に先立たれて、希望の灯火が消えしてしまった。人生の晩年になって、こんなにつらいことはない。重たくて重たくて、つらくてつらくて、うつ病になりそうだ。そう語ってくれた。

でも、さいわい近くに同年代の友人がいる。みなさん80代前後だ。おしゃべり仲間で、みんなわがごとのように、助けあってくれる。それだけが救いだという。もっとも、あと数年したら、みんな体が動かなくなる。

亡くなった娘さんは、つらくて痛くて不自由だった肉体から離れて、いまほっと安らいでいるんだろうね。そうして、あの世からしっかりと見守っているんだと思うよ。そう言うと「そう思わないと、つらくて耐えられないね」とMさん。ぼくは、なんにもできないけど、こうしていつも立ち話で、うんうんと聞いている。

山里のお盆

山里に暮らすと、法事に関わるおつきあいが多くなる。なにしろお年寄りが多い。これからもますます増える。

おなじ自治会だと、顔も見たことないのに、お通夜や葬儀に出なくちゃいけなくなる。おなじ組になれば、駐車場やら火葬場やら、坊さんを迎えにいくとか、いろいろな役がある。女性だと料理したり配膳したり。

お盆になれば、迎え盆と送り盆のときに挨拶にいく。それなりの格好に着替えて、「盆供」もつつんで、と。おなじ組ということで、みんなそろって訪問する。20人ちかくにもなる。

新盆の家では、そのために食事や酒の提供をして、接待をして雑談に興じなくちゃいけないことになる。ほんらいは、故人を偲ぶために訪れることが趣旨なのだろうが、逆に新盆の家から接待を受けてしまう。親族だけでゆっくりと故人を偲びたい家には、いろいろたいへんかなあとも思う。

送り盆のときは、新盆の家から、それぞれ提灯や花、仏具などをたずさえて、河原まで歩く。自治会のみんなが川の畔などに集まって、合同で供養する。といっても、とくに儀式などはない。祭壇をもうけて、線香をあげて、そして、喪主たちがあいさつ。あとは立ち話の雑談。

こうして、集落のみんなが顔を合わせるというのは、貴重な機会ではある。ただ、みんなが集まるなら、もうすこし荘厳にしめやかに儀式ができたらいいなとは思う。むかしは、盆の飾りなどを燃やしたり、あるいは精霊流しをしたりして、それなりに風情があったと思う。いまは、河川にむやみに流せない。

そうして、夕方から花火が打ち上げられる。およそ2時間くらい。ランはおびえて縮こまっている。あかりは、大きな音にびっくり。しかし、夜空に浮かぶ火花を見て、おおーと指差していた。送り盆に花火というのも、いいものだ。

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2016-08-16

マザー・テレサは偽善者だ、という

マザー・テレサについて聞いてみた。すると、「あの人は、偽善者だ」という。世界から寄進された多額の寄付金を、医療設備などに使うこともなく、みんなバチカンに寄付してしまった、という。

インドのベルガル地方出身のスワルナリさんと話をしていて、マザー・テレサについて語りあった時のことだ。

マザーの生涯は、インドのもっとも貧しい、虐げられた人々にささげられた。貧困の象徴ともいうべきカルカッタにあって、マザーは路上で行き倒れている人々を引きとって、介抱した。

ただひとりのために、その人のために懇親の愛を傾ける。「誰からも見捨てられた人々が、せめて最後は大切にされ、 愛されていると感じながら亡くなってほしい。 彼らが、それまで味わえなかった愛を最上の形で与えたい。」と。

「主よ、あなたの平和をもたらす道具として私をお使い下さい。憎しみのあるところには愛を、不当な扱いのあるところにはゆるしを、分裂のあるところには一致を」。まさに、聖フランシスコの祈りの言葉のごとくだ。

ぼくにしてみると、マザー・テレサは聖者の領域だ。けれども、実際にインドでは、どれほどの尊敬を集めているのか、聞いてみたかった。ところが「偽善者」だと言われた。

実際のところ、マザーは、ただひとつの病院も診療所もつくらなかった。マザーのつくったのは、修道会「神の愛の宣教者会」、「死を待つ人の家」などだが、いずれもインド政府が貸し与えたもの。「死を待つ人の家」はヒンドゥー教のカーリー寺院の一角を借りている。

ぼくも訪ねたことがあるが、マザーの施設はなにしろ、不衛生で設備が整っていない。最新の医療設備もない。

マザーに寄せられた莫大な寄付金があれば、たくさんの病院や診療所がつくられて、多くの人が病から救われたかもしれない。たしかに、それは一理ある。

マザーは言う。「私は大仕掛けのやり方には反対です。大切なのは、一人ひとりの個人。 愛を伝えるには、一人の人間として相手に接しなければなりません。 『一人ひとりの触れ合い』こそが、何よりも大切なのです」。

マザーは社会奉仕活動、生活改善事業をしていたわけではない。愛の尊さをみずからの〈いのち〉をかけて実践されていた。イエスの伝えた愛の教えの「型」をインドにおいて示したのだと思われる。しかし、スワルナリさんの批判も、なるほどなあと感じたのだった。

ベンガル地方出身のスワルナリさんが訪ねてくれた

インドのベンガル地方出身のスワルナリさんが、ご夫婦で遊びに来てくれた。夫が春野に実家があって、墓参りにこられた。

ぼくはインドが大好きで、これまで延べ13回も出掛けている。出かけたら一か月から三か月くらいの旅になる。

インドは広い。ひとつの国というよりも、ヨーロッパ大陸のようだ。言語も気候も宗教も、地方によってかなり異なる。

言葉は公式には、ヒンディー語と英語だけど、インドの言葉は、ざっと200とか300という人もある。いや2000くらいという人もある。お札に書かれている言語だけでも、17もある。それぞれ、まったく言葉がちがう。書き言葉も文法もちがうのだ。

いまの季節、50℃近い気温の所あり、氷点下のところもある。砂漠あり、密林あり、ヒマラヤのように山脈あり、貧民窟あり、豪勢な町並みあり。そして、カーストもすごく入り組んでいる。

宗教もいろいろだ。ヒンドゥー教が8割、イスラムが1割、そのほかにキリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教とある。ゾロアスター教もユダヤ教もある。しかも、日本とちがって、宗教は生き方の基底部にどーんと置かれている。人生の指針、生活スタイルそのものといっていいほどだ。

歴史も文化が深い。精神世界はとてつもなく深遠だ。そうして、何しろ人間がとんでもなくおもしろい。かれらとの出会いは、毎日がドラマだ。そんなインドにひかれて、いつも行きたいと思っているのだ。けれども、子どもが生まれてそうもいかなくなった。

だから、こうしてインドの方が訪ねてきてくれて、インドの文化のこと、宗教のこと、歴史のこと、ものの考え方を学べるのは、とてもありがたい。それはすなわち、日本の文化のこと、ものの考え方に気づくことにもなるからだ。

2016-08-14

小さいほうのグループのカモ君たち

小さいほうのグループのカモ君たち。黄色い産毛から、次第にたくましい茶色に変わってきている。まだ、鳴き声はピヨピヨと聞こえる。ごはんだよーというと、どどどっと寄ってきて、手から餌を食べるのだ。

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カモ君は必死の脱走

カモ君は必死の脱走。毎日、カモ君を追いかけてとっ捕まえている。昨日は11羽、きょうは9羽。明日も、また脱走していると思う。猛烈ダッシュを数本、繰り返して、もうヘトヘト。

https://youtu.be/louaK7vJqzM

2016-08-09

今回は、親鸞について

(4)「殺」について、仏教のおしえの変化をみている。初期仏教、大乗・密教経典、日蓮とみてきたが。今回は、親鸞。

『歎異抄』にはこういう記述がある。「わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべし」(自分の心がよいからといって、殺さないのではない。また、殺すまいと思っても、百人も千人も殺すことさえあるのだ)

心が優しくても、殺さないと誓っても、殺すなという教えを守っていても、殺す因縁があれば殺してしまう。それが人間ということか。

戦争が起きたら、殺しあう羽目になる。自分が殺されそうになったら、殺されないために相手を殺すだろう。わが子が殺されようとしたら、相手を殺すだろう。クルマを運転していて誤って轢き殺してしまうことだってある。

自分でこうしよう、こんなことはしない、といかに深く決意しても、そうはならない。自分の意志に反して、とんでもないことをしてしまうこともある。心の善し悪しとは関係なく、縁によって、いろいろなものが働いてくる。

あらゆる条件が刻々と変化していく。心の動きも刻々と変化する。ものごとは、どうなるのか、わからない。縁に従って動く。縁が尽きたら、離れれる、と。親鸞は「つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる」という。

ということで、自分というものは、アテにはならない。正しい教えを信じ実践し、正しいと思っていても、とんでもないことをしてまうのが、自分りのありよう。深い決意をしても、たくさん立派な修行をしたとしても、アテにはならない。そういう自覚がたいせつ、と。

では、親鸞にとって救いとは何か、みたいな論はまた別の機会に。というか、ものすごく暑いので、集中力が続かず、このシリーズはこれでおしまい。

2016-08-08

鎌倉仏教の日蓮と親鸞をみてみよう

(3)「殺」について、仏教のおしえの変化をみている。駆け足で初期仏教、大乗・密教経典をみてきたが、日本仏教においてはどうか。鎌倉仏教の日蓮と親鸞をみてみよう。まずは、日蓮の主張。

日蓮の教えは、極端なところがある。釈迦の説いた経典はたくさんあるが、「法華経」こそが唯一の正しい教えであり、他の教え(釈迦の説いたものであっても)は堕地獄に至るものだ、という。

そうして、「法華経」を誹謗する輩は、成仏の道を閉ざすものであるから、叩き潰せという。禅寺や念仏の寺を焼き払え、かれら坊主の頸を切れ、とも言い放った。

「建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をば焼きはらいて彼等が頸(くび)を由比ヶ浜にて切らずば、日本国必ず滅ぶべし」(撰時抄) 。

「日本国の念仏者と禅と律僧等が頸を切ってゆいのはま(由比ヶ浜)にかくべし」( 高橋入道殿御返事)。

「念仏者・禅宗・律僧等が寺をばやきはらひ、念仏者どもが頸をはねらるべしと申す」 (光日房御書)。

こんな物騒なことを述べるには背景がある。他国から侵略されると日蓮は予言していた。事実、元の大軍が押し寄せようとしていた。このままでは日本は滅びてしまうだろう。

そのことは、そもそも「法華経」を誹謗したことが原因で起きたことだ。ゆえに、日本を救うために、法華経を誹謗する念仏者たちを殺せというわけである。

自分たちこそが正しい。自分たちを迫害するものは悪である。叩き潰さなくてはいけない。そういう考えが強いのが、日蓮であると思う。

その教えをひろめようという大教団がある。指導者の言葉として、こういうことばがあった。「青年よ、仏敵を打ち砕け。学会迫害の悪人は、厳罰で野垂れ死ぬまで攻めぬけ」と。これは、800万部発行しているという教団の新聞の一面に掲載されていた言葉である。

これまでの総労働時間は、ざっと860時間

これまでのみんなで関わった田んぼの作業内容と労働時間は、すべてエクセルで入力している。これまでの総労働時間は、ざっと860時間。

これ、たとえば人を雇って、時給千円で換算すると、86万円。交通費とか、保険とかは、なし。

今年になって、道具、資材、修理代など、かかった経費はざっと50万円余。トラクター、脱穀機、籾摺り機、田植機、稲刈り機などは、池谷所有あるいは、借りるので経費には入っていない。

ということで、単純計算で、130万円余。これからも資材がかかるし、機械も必要だし故障もする。ということで、たった3反の農業でも、100万円も200万円もかかる。さらには機械を買ったりしたら、なんやかんやで500〜1,000万円も。

それに対して、いまの3反の田んぼで収穫できるお米は800キロくらいのもの。1俵(60キロ)3万円で売れたとしても、売上は40万円程度。ちなみに、慣行農法でやっている農家は、農協の卸価格は、1俵9,000円くらい。売り上げ10万円ちょい。

大規模に省力化してやらないと、農業はやっていけないことがわかる。食っていくためには、ひとりで1町歩や2町歩やらないといけない。また、そのためには機械化が必要で、その投資が莫大になる。

だからぼくたちの農業は、なりわいとして稼ぐためじゃなくて、安心安全なお米を確保するため。せめて自分たちが一年間食べるお米は自分たちで作る、ということになる。

さらには、無農薬・無化学肥料でやるのは、美しい里山作り、地域の交流、生物の多様性、山里の魅力発信、生きがいづくり、みたいな意義になるのだと思う。

アイガモの処分の考え方

はやいもので、もう稲穂が出てきた。これから受粉して、実ることになる。コシヒカリとキヌヒカリなので、早稲だ。水温の低い田んぼは、まだこれから。

さて、問題はアイガモ。このまま田んぼに入れておくと、稲穂が実って垂れ下がる頃には、稲穂に飛び上がって食べてしまう。ので、近いうちに、田んぼから移動させなくちゃいけない。

まだ稲穂が出ていない田んぼに、みんな集める。やがて、マコモダケを栽培しているエリアに集めてしまう。

エサはまだ200キロくらいある。いまの1日4升ペースだと、あと50日くらいもつ。しかし、9月中旬には、エサがなくなる。それまでにアイガモを処分しなくちゃいけない。

どういう方法があるか。自分たちで解体する。アイガモを肉にしてくれる業者にひきとってもらう。農家民宿などにあげる。料理屋に売る。ほしいひとにあげる、など。

まずは、自分たちで1羽、解体してみる。解体ワークショップー行う。それで、自分たちで、スムースにできるのであれば、みんな解体して冷凍保存する。

アイガモの処分の考え方。たたき台。検討中。

1)田んぼのメンバーで、「自分で解体する」「庭で飼う」という人には、無料で差し上げる。

2)「肉だけほしい」という人には、1羽2,000円の実費で分ける。冷凍の真空パック。内訳として、兵庫の「わはは牧場」に依頼すると、1羽につき1,000円の解体費用、取りに来てくれる運賃が3万円。ちなみに、ヒナ代金500円、これまでのエサ代などはカウントしていない。

3)メンバー以外で、「生きたままほしい」という人がいたら、1羽1,000円でわける。農家民宿で、1羽1,000円でもらってくれるところがある。

4)ジビエ料理屋さんで、1羽700円で買ってくれそうなところあり。その他、フランス料理屋など、ルートを調べている。または、動物園とか。

5)ともあれ8月中に、いちど解体ワークショップをひらく。場所は、〈らくあん〉の調理室。きょうたまたま、解体できる人が訪ねてくるので、打ち合わせしてみたい。

2016-08-06

主催するイベントが目白押しなのに、あらためて気がついた

秋から冬に向けて、主催するイベントが目白押しなのに、あらためて気がついた。主催するというのは、なかなかストレスが日々迫ってくることだ。なにしろ、ゼロから企画して、講師を依頼して、段取り。チラシを作って、配布して、プレスリリースして、人集めして、当日は、司会しながら運営する。

9月に春野カフェで駒大とのトークイベント。

9月から〈らくあん〉での毎月2回の山里講座の開催。

10月と11月に、第2回と第3回の春野カフェ。 

10月に春野新聞の創刊。どーんと2万部。

12月に東京での移住説明会。

1月から、50か所で第2回「神社・寺カフェ」の開催。同時に、〈まちなか〉で「神社・寺カフェ」お坊さんと神職の講座開催。

農業もあるぞ。ブルーベリーの収穫、稲刈と稲架掛けと脱穀。大豆の収穫。蕎麦の収穫。味噌の仕込み。アイガモの解体ワークショップ。いのちめぐる農体験の報告会と田んぼオーナー制の呼びかけも。

待てよ。その間に、本業の本作りもしなくちゃいけない。子育ても、ちゃんとしないとなぁ……。2000坪の敷地の草刈りは、できないな。放置。草ぼうぼう。炭焼きは無理。来年。納屋の片付けも、無理。来年。忙中閑あり。動中静あり。生死のなかにさわやかな風が吹く。

村民の2割が移住者。そんな村がある

村民の2割が移住者。そんな村がある。人口は1,300人。移住者が260人(ほとんどが平成に入ってからの移住)。

その名は、群馬県上野村。東京都心からクルマで約2〜3時間。哲学者の内山節さんが暮らしている。高齢化率43%、森林面積は95%。典型的な山間の過疎地域だ。

どうして、こんなに移住者がたくさんいるのか。哲学者の内山節さんの発信力、魅力も大きい。なにより、行政の取り組みがすごい。ちょっと調べてみた。

・生活補助金...1世帯あたり月5万円(最長3年)

・住宅資金借入金利子の助成...新築は500万円以内、増改築は300万円以内で住宅資産借入金の利子を全額助成(最長10年間)

・住宅取得応援金...住宅取得により生じた不動産取得税相当額を助成(最長5年)

・結婚祝金...1組あたり20万円を支給

・特別養育手当...対象児童1名に対して月あたり5万円を支給(所得制限有り)

・養育手当...対象児童1名に対して月あたり1万円を支給(第3子目以降が対象)

・誕生祝金...1名あたり3万円を支給

・入学祝金...対象児童1名に対して3万円を支給

そして、村営住宅だ。

・一戸建て住宅:12,000円〜

・共同住宅 1DKタイプ:7,000円〜

・共同住宅 2DKタイプ:11,000円〜

・共同住宅 3DKタイプ:12,000円〜

・子ども医療費の無料...0歳から18歳までの子どもの医療費(入院・外来とも)無料。

・保育所:月額2,000円(2歳児5,000円)

・高校や専門学校・大学に通う生徒に奨学金を貸与。自宅通学...月額1万5千円以内、自宅通学以外...月額5万円以内

そして、雇用の場がある。林業を軸に、経済が回っている。製材、木工業、ペ レットを使ったバイオマス発電、おが屑をキノコの菌床など。いちど訪ねてみたいものだ。

アイガモ農法のお米は美味しくない?

完全無農薬・無化学肥料でお米をつくる。おいしくて、安全。安心なコメつくりのためだ。そのためにアイガモに除草してもらうわけだ。しかし、肝心のお米がまずかったら、意味がない。

自然農法を指導しているMさんは、「アイガモ農法は、クソまずい米になる。アイガモの糞が原因」と言いきる。糞に含まれる窒素の供給過多が原因ということだろうか。

田んぼ仲間のMくんは、実際にアイガモの法のお米を食べたことがあるが、まったくおいしくなかったという。また、Wくんからの情報では、知りあいのアイガモ農家で、お米がまずいというお客さんのクレームがあって、今年から、やめてしまったという。

この道20年の、Nさんに聞いた。「とんでもない。アイガモのお米は美味しいと評判です。なので、こうしてつづけていられるのです」と。アイガモ協会の静岡地区代表の方にも聞いてみた。「とってもおいしいと評判です」と。

美味しいまずい、は主観的な問題なので難しい。水や品種。肥料。収穫時期。土のこと。いろいろ要因があって、一概にはいえない。こういうことは、実際につくってみて、自分でたしかめるしかない。今年の稲作は、5枚の田んぼのうち、4枚はアイガモ農法、1枚は、無農薬だが、人の力で除草する田んぼとした。それらを食べ比べてみればわかる。

(2)「殺」について、仏教のおしえの変化をみている

(2)「殺」について、仏教のおしえの変化をみている。ブッダは説いている。「すべてのものは暴力におびえている。すべてのものは死をおそれている。自分の身にひきあてて、殺してはならない。殺させてはならない」と。

この教えが、どのように変化していったのか。ここは論文じゃないので、ざっくり大雑把にみている。

初期仏教、いまの南方仏教をすこしみてきた。大乗仏教さらには密教では、どのようにとらえられているか。

大乗の教えでも、仏教者の守るべき基本は戒律であり、そこには「殺すなかれ」とある。けれども、大乗経典にあって、「殺」が肯定されるような記述がみられる。

たとえば「涅槃経」には「正法を護る者は当に刀剣器仗を執持すべし」とあり、教えを守るためには、武器を携えてもよい、と。すなわち教えを守るためには、戦って敵を傷つけ、いのちを奪ってもよいということになる。

あるいは、「善男子若し能く一闡提を殺すこと有らん者は 則ち此の三種の殺の中に堕せず、善男子彼の諸の婆羅門等は一切皆是一闡提なり」というような記述も。すなわち、一闡提(成仏できない人間)を殺す者は罪にはならない。そして、婆羅門(バラモン教徒)たちは闡提である」と。

あるいは、過去世にブッダ自身が王であった時、正しい教えを誹謗するバラモンたちの命を奪った。そのおかげで、地獄に堕ちることがなくなったという記述もある。これらは、いずれも「涅槃経」である。

さらに、密教においてはすさまじい。有名な「理趣経」であるが、「一切有情殺害三界不堕悪趣」と。三界の一切の衆生を害しても、般若理趣の法門を奉じているならば、悪趣に墜ちることはない、とある。このお経は、真言宗のお坊さんが、毎朝読んでいるものである。

あるいは、後期密教の『秘密集会タントラ』では「秘密金剛によって一切衆生を殺害すべし。殺されたその者達は阿閦如来の仏国土において仏子となるであろう」と説かれている。

2016-08-05

「殺」について、仏教ではどうとらえているのか

(1)「殺」について、仏教ではどうとらえているのか、しらべてみた。

もっとも古い経典の一つである「ダンマパダ」にはこうある。「すべてのものは暴力におびえている。すべてのものは死をおそれている。自分の身にひきあてて、殺してはならない。殺させてはならない」と。生あるものを殺さないことは、ブッダの教えのかなりの中核部分だと思う。

では、殺された肉はいっさい食べないのかというと、そうでもないらしい。初期仏教においては、「三種の浄肉」といって、托鉢の際、自らが戒律中不殺生戒を犯さない布施の場合は肉食してよいとされる。すなわち「殺されるところを見ていない。自分に供するために殺したと聞いていない。自分に供するために殺したと知らない」ならば、罪にならないとされる。

かつて南方仏教のえらいお坊さんたちの集いに出たことがあった。ホテルで催されたパーティでは、寿司などが出ていた。お坊さんたちが寿司を食べることに、ええ? と驚いたのだが、かれらは、「自分のために殺されていない、聞いていない、知らない」ので、食べても問題ないということになる。

おいしい魚が食べたいなあと、お師匠さんがつぶやく。それを聞いた信徒が、料理して差し出す。かの僧侶は、「自分のために殺されていない、聞いていない、知らない」ので、罪にはならないということにもなる。

では、大乗仏教ではどうか。密教ではどうか。さらには、日本仏教ではどうか。すこし考えてみたい。続く。

アイガモのエサが足りなくなってきた

アイガモが、ハイスピードで大きくなっている。日々、びっくりするほどすごく食べる。朝は、2升(3キロ)あたえたところ、ものの数分で食べつくした。

夕方も、2升。1日に合計、なんと4升(6キロ)。46羽で、これだけ食べる。これは与え過ぎかもしれない。でも、このガツガツしたすがたを見ると、与えないではおられない。

ということで、いま備蓄のクズ米は250キロ。1日4升(6キロ)ペースで与えていると、41日しかもたない。いや、かれらは日々成長しているので、1日10キロくらい食べるようになるかもしれない。そうなると、9月中旬までしかエサがもたない。今年の秋の収穫の際のくず米も、間に合わない。

こうなると、アイガモを処分しなくちゃいけないことになる。きょうあちこち、調べてみた。兵庫県の「わはは牧場」が取りにきてくれるというが、その運送賃が3万円。1羽の解体処分が1,000円。肉にして真空パックで後で、届けてくれる。さて、どうしたものか、考えている。

https://youtu.be/d-VjOylxvSQ

「春野カフェ」のチラシの印刷手配完了

「春野カフェ」のチラシの印刷手配完了。最後のツメの水際のところで、すごくエネルギーがいる。

ニッパチの法則だ。仕事の8割は、2割のエネルギーでできる。しかし、残りの2割には、8割のエネルギーが要る。細密に、緻密にやらなくちゃいけない。

この文章、ヘンだ。プロフィールの確認とってなかった。キャッチコピー、やはりこれでいいのかなあ。写真の解像度が低い。あれ、地図がない。CMYKにすると色がくすむ。校正ミスもでてきた。そもそも何枚、印刷するか。納期はどうか。印刷会社は。ポスターのサイズは。……など、いろいろ。ともあれ、

ともあれ、深夜24時に入稿して、1時にチェック完了。翌朝、印刷完了して発送。今夕には納品されることになる。

届いたら、発送の手配が次々とある。58ある市内の全公民館への配布の手配、そして図書館に配布。主要な寄りあい場、金融機関等にも発送する。市会議員さんたちにも、配布。役所にも配布。マスコミ向けにプレスリリースを発行して、取材してもらう段取り。

さらには、ホームページも立ち上げなくちゃいけない。アクセスしたら、PDFでダウンロードできるようにする。

これまで、こういうイベントの企画から印刷手配、発送手配は、なんどもやっているので、慣れてはいるのだが、いつも遅れ遅れになる。時間がないので、とんがってきて、イライラして、余裕がなくなる。

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2016-08-04

ドローンの修得に適した場所がたくさん

こんなに広い運動公園がある。いつも、ほとんどだれもいない。ドクターヘリが降りたつ。アタマがつかれると、ランを連れて散歩。すぐそばのホタル公園を過ぎると、この公園だ。すぐちかくを清流・気田川がながれる。

ここは、ドローンの練習場所にはもってこいだ。ドローンの初心者は、なかなかうまく操作ができない。あたりに木がると、引っかかって収拾が困難だ。草むらや田んぼでは、落ちたら草に埋もれて見つけるがたいへん。なので、こうしてなんにもない公園で、草がほとんど生えていないところがいいと思う。

手頃なドローンを買って、毎日少しずつ練習してみよう。山里は、ドローンの修得に適した場所がたくさんある。ところで、ドローンと3Dプリンター。これは、可能性の宝庫だと思う。

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パラフィンワックスで羽根をむしる

猟をやっている知人から聞いた話。アイガモは羽根をむしるのが、いちばんたいへん。ニワトリとちがって羽根が小さい。胸のところの羽毛が密集していて、手間がかかる。羽根をむしるのができれば、あとの解体はかんたん、という。

そこで、パラフィンワックスを使う方法があるという。パラフィンワックスは、キャンドルなどに使うロウだ。溶かしたパラフィンワックスのなかに、カモを入れる。固まったところで、バリバリとワックスをむいていくと、羽根まできれいにむしりとれてしまうという。

この方法がよさそうだ。あとは、解体して、冷凍しておけばよい。46羽いるので、一年分の食肉は確保できるかもしれない。ただ、パラフィンワックスが、健康によいかどうかが、わからない。値段は張るが、ミツロウならよさそうだ。

アイガモの行く先

アイガモはずっと田んぼで買い続けるわけではない。稲穂が出たら田んぼから出す。カモくんたちの雑草取りの仕事は、もうおしまい。そのまま田んぼにいられると、せっかく実った稲穂が食べられてしまう。

そのあとは、どうする? ──ここからが悩みどころ。まずは、冬まで飼い続ける。くず米は250キロあるので、冬までもちそうだ。秋の収穫のときのくず米も補充できる。しかし、飼う場所も悩みどころで、竹林、水をたたえたマコモダケの田んぼ、稲刈が終われば刈田に放す。

でも、そのあとは? ──やはり、処分することになる。農家民宿で引き取ってくれるところもある。料理屋さんで、買ってくれるところもある。1羽700〜800円程度というジビエ料理屋さんも。また、兵庫県の食肉加工場にもっていくと、一羽1,000円で解体、パックにして宅急便で届けてくれる。吉田町のハム工場では鴨肉ハムの開発をしていて、そちらでは1羽200円で買い取ってくれるという。

さて、どうするか。次の田植えには、成長したカモは使えない。植えたばかりの稲を倒してしまうからだ。ヒナでないと、だめなのだ。まずは、冬まで飼って、行き先をかんがえたい。

ひとつは、自分たちで解体する。解体ワークショップもやる。かわいがったカモの〈いのち〉を奪うのは、とてもつらいが。みずから解体して、肉としていただくのは意義のあることと思う。

いまの時代、多くの人が肉や魚をたべる。しかし、自分で解体する人はいない。きれいに切り身になったものを買ってきて料理するだけ。いのちを止めて調理することは、まずない。かつては、わがやもニワトリを飼っていて、父がニワトリを捕まえて首をはね、母が調理していた。ぼくたちきょうだいは、熱湯につけた鶏の羽をむしるのが仕事だった。

生きものの〈いのち〉を奪うのは残酷だ、と非難されることもある。すべて〈いのち〉あるものをたいせつに、と教える人もいる。ただ、そういう人がいっさい、肉や魚を食べないのかというと、そうでもなかったりする。野菜だって〈いのち〉だ。しかし、それは食べてもいいのだというひともいる。自分で〈いのち〉を奪わなければ、肉でも魚でも食べてもよい(戒律の解釈ではそうなる)、という仏教徒もいる。

ぼくはなにも、積極的に〈いのち〉をうばえというのではない。自分の手で、〈いのち〉をうばい、みずから調理するという過程を体験するのも意義があると思っている。

2016-08-03

いもち病が発生した

稲作でこわいのが、日照不足や冷害、台風の水害など天候不順。そして、病気だ。

ひとつの田んぼの稲は、葉っぱがまだらに茶色になっていた。イモチ病だ。これは、伝染病の一種で、他の健康な稲にも広がっていくかもしれない。昨年も、一部、この病にかかった。その稲は実っても中身がスカスカで収穫できなかった。

無肥料・無農薬の自然栽培、しかもアイガモがせっせと虫や雑草を食べてくれている。病気には強いはずだった。しかし、事実、病気にかかっている。

原因はわからない。ひとつには、稲の抵抗力が弱いため。それは、田圃の水もちが悪いので、いつも冷たい沢の水を引いている。そのため低温障害で抵抗力が落ちているのかもしれない。

また、密集して植えたので、風通しが悪かったのかもしれない。そもそも種籾の消毒不足で、種にくっついていたカビから発生したのか。こういうとき、普通は、農薬を使うのだが、さてどうするか。

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2016-08-02

マムシが現れる

都会にいたときには、ヘビなど見ただけですくみあがってしまったものだ。けれども、山里に暮らすと、ヘビが出るのはあたりまえ。すこしびっくりするくらいになった。しかし、マムシはというと、かなり驚く。いままで、わが家の玄関先にあらわれたこともあった。

今朝は6時から田んぼまわりの草刈り。すると、やっぱりヘビが3匹出てきた。2匹は、ヤマカガシ。まあ、かわいいものだ。そうして、1匹はマムシだった。刈払い機を刈っているうちに出てきたので、そのまま勢いで切ってしまった。

地元の長老にはなしたら、「ああ、もったいないことをした」と残念がった。「マムシ酒かなんかにするんですか」「いや、蒲焼きにしたらおいしいんだよ」「おお、蒲焼きですか」「頭を押さえて、生きたまま皮を剥いてしまうんだ。頭と内臓をとって、醤油と味醂で焼くとおいしいよ」「おお、すごい……。で、皮は捨てるんですか」「いや、皮も貴重だよ。陰干しして保存しておく。熱が出たとき、腫れ物があったとき、それを水に浸して貼ると、熱冷ましや毒出しになる」。

田んぼのメンバーの大友くんも、先日、マムシを捕まえて蒲焼きにしたといっていた。隣家の人も、そうするのだという。山里には、ふつうにマムシが出てくる。こうしてみなさんつかまえては、マムシ酒、蒲焼きにしてしまうんだね。すごい。ぼくも次にみつけたら、生きたまま捕まえてみようかと思う。

2016-08-01

「手打ちラーメン」あるいは、「手打ちうどん」の実習教室

そば打ちの達人、大橋たっちゃんがきてくれた。3種類のそばの種、合計25キロいただく。秋の栗の販路、アイガモのジビエの販路など、いろいろ教えてもらう。秋には、栗を和菓子屋さんに販売するつもり。わがやには大きな栗の木が50本もあるので、売らないともったいない。

先週は、小林くんからもらった久留女木産のそばを播いた。しかし、時期的に早く播きすぎたのか、芽が出る確率が低い。土を覆わなかったので、鳥に食べられたかもしれない。さっき畑に行ったら、スズメがものすごく舞い降りていた。

内山弓子さんからも、在来種の貴重なそばを頂いた。大橋と内山さんのそばは、8月下旬に播くことにする。ちゃんと収穫できればすばらしい。もしダメでも、白いきれいな花が咲くので、それはそれでよしとしよう。スプラウトを食べても美味しい。

大橋さんは、手打ちそば、うどん、ラーメンの指導をしている。楽舎主催で、「手打ちラーメン」あるいは、「手打ちうどん」の実習教室を開こうかと思う。参加費3,000円。所要時間、2時間。自分の打った分を食べて、5人前は持ち帰り。ブルーベリーのスムージー付き。ぼくとしては、手打ちうどんをマスターしたいところ。

稲の背丈が高くなってきた

今朝のアイガモたち。稲の背丈が高くなってきた。そのうち、鳴き声だけが聞こえて、さて、どこにいるのか見えなくなってくる。

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アイガモを田んぼから出す時期

アイガモは、ずっと田んぼで暮らすわけではない。稲穂がついてくると、田んぼから放して別な場所で飼う。そのままおいておくと、稲穂を食べてしまうからだ。

問題は、さてどこで飼うのか、だ。小屋を作るとしても、なにしろ46羽もいる。かなりの広さが必要。水も必要。ワシ、タカ、カラス、イタチ、キツネ、ハクビシン、ネコなど外敵がからのセキュリティも完備しなくちゃいけない。

飼わずにそのまま、肉屋さんに直行。解体してもらうという選択もある。そうなるとエサ代もかからない。しかしまだ太っていないし、脂ものっていない。冬まで飼いたいところだ。農家民宿をやっている友人、2軒は、飼ってくれるという。でも、せいぜいひとツガイずつ。

うちの庭の竹林で飼う。孟宗竹が生えている広い場所がある。ランもつながれている。ランが怖いので、外敵も寄ってこない。でも、46羽もいたら、かなりやかましい。隣家に迷惑がかかる。水やりもたいへん。

いま考えているのは、田んぼの隣のマコモダケを育てているエリアだ。そこを囲って飼う。隣は水を抜いた田んぼなので、そこに水が流れ込まないように、しっかりと畦を固める。稲刈り後でも、川からの水を引き込めるようにする。

いつものことだが、やってみないとわからない。ちゃんと勉強してすすめよとお叱りを受けることも多いが、初めてのことなので、何が起きるのか、わからない。いまのうちから、起きることがわかっていれば、準備も対できる。が、なにがおきるのかわからない。先達もいない。なので、出たとこ勝負である。そこが難しいところ。ただ、いちど体験してしまえば、だいたいわかってくるのだ。

アイガモの脱走 心配なこと

アイガモがどんどんと大きくなってきている。田んぼの草は食べ尽くして、いつも空腹のようだ。朝晩、くず米を与えているが、46羽で1日2升くらいのペース。

きのうは、来客があって話しこんでいたので、夕方のエサを与えなかった。今朝、大きなほうのカモくんたち6羽が、網の外に脱走して、水路の草を食べていた。これを追いかけて捕まえるのが、たいへんなこと。短距離走の猛烈ダッシュを何本もやらされた。

脱走すると、鷲や鷹やカラスにやられてしまうことが心配。そうして、いちばんこわいのは、すぐちかくの隣家の田んぼに行ってしまうこと。ここは慣行農法で除草剤と化学肥料での稲作。早稲のコシヒカリなので、成長がとても早い。もう稲の花が出てきている。

そこに紛れ込んこむと、えらいことになる。背丈の高い稲に紛れこむと、どこに潜んでいるのか、わからない。他人の田んぼを踏みつけて追いかけられない。ほうっておけば、稲穂をぱくぱくと食べてしまう。えらいお目玉を食うことになる。

2016-07-31

朝の畑とアイガモたち

朝は6時にランを連れて、アイガモのエサやり。こちらは、6月22日生まれのヒナたち。ランはきつくしつけたので、けっしてカモたちには近づかない。

大豆が育ってきた。種播きから14日目。蕎麦は播いたが、なかなか芽が出てこない。花咲かじいさんのように、ばら播きして土も被せなかった。スズメたちに食べられたのかもしれない。今月末に、あらたに播くことにする。こんどは、ちゃんと筋播きして土をかぶせよう。

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気田川はカヤックでも有数の清流

朝は〈らくあん〉(楽舎の事務所)のそばの気田川の河原の散歩。たえることなく流れてゆく水のながれがここちよい。毎朝、沐浴でもしたいところだ。

気田川はカヤックでも有数の清流、全国から漕ぎにあつまる。〈らくあん〉となりには、カヤックスクールの大津さんの拠点、スプリングフィールドがある。

大津さんは、カヤックスクールや冬山登山など、アウトドアをプロデュースしている。今回の春野緑陰講座でも、はなしをしてもらう予定。

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リヤカーに乗せての散歩

あかりをリヤカーに乗せての散歩。ノルディック・ウォークのおばさまたちに、大人気。こうして毎日、乗せて歩くと、いっぺんに友だちが増えていくね。

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2016-07-30

農業はお金がかかる

農業は人手がいる。とくに、無農薬でやろうとしたら、手間がかかりすぎ。なので、ほとんどの農家は、除草剤、農薬、化学肥料を使う。田植えの後に、除草剤をつかえば、ほとんど草は生えない。ある人は、田植えの後で、田んぼには入らない。入るときは、稲刈りの時だというほどだ。

いっぽう除草剤を使わなければ、ほとんど毎日、草取りに追われる。毎日、1時間以上の作業を2か月近くはかけることになる。暑いし体力がいるし、たいへんなのだ。

そうして、除草剤をつかったお米と、そうでないお米の味は、さほど変わらない。健康にたいする懸念もないことはないけど、なあに大した問題はないのかもしれない。

まあ、楽舎は無農薬・無化学肥料にこだわってコメ作りをするつもり。だが、やはり人手がいる。そこで、アイガモの登場ということになったが、それはそれで、ちがった手間もリスクも大きい。

いま懸念しているのは、稲刈りと脱穀。いまのところ、友人から機械をお借りすることになっている。また、共同購入した脱穀機もある。これが、すこしややこしい。共同購入というのは、壊れたりした時、いろいろと面倒だ。基本、使った人が壊したら、その人の負担で直す。しかし、もとから壊れていたとか、保管がわるかったとか、いろいろすっきりしないことになる。

また、機械を借りても、壊したりすると多額の修理費が必要になったり、直せないと人間関係がギクシャクしてしまったりする。貸して壊された時、「いまお金がない」といわれると、直せともいえなくて、泣き寝入りになることもあると思う。コンバインのように高い機械など、壊したらえらいことだ。

なので、ほとんど農家は、無理して自分で機械を買う。トラクター、田植機、コンバイン、籾摺り機。そうなると、新品で買うと軽く1千万円は超える。中古を買ってもでも100万、200万と飛んでいく。しかも、ちょっと修理すると数万円。たとえば、今回、トラクターは4万7千円、田植機は1万円、かかった。そのようなことで、農業はお金がかかる。そうして、お米は販売しても、とても安いときているので、課題は山積なのだ。

「とびっきり!しずおか」の取材

アイガモの田んぼのテレビ撮影があった。ぼくのインタビューと大友えんじゅくんのエサやりのシーン。放映は8月1日にの「とびっきり!しずおか」17時くらいから。

春野町の気田エリアの見どころを10か所、紹介する予定。ぼくはもうテレビは、見ないことにして、押し入れにしまっちゃったので、あとからDVDを送ってもらうことに。

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リヤカーがお気に入り

田んぼの資材や道具を運ぶために買ったリヤカー。子どもたちは、こういうのに乗るのが好きだ。90リッターの水も運べる。水浴びもできる。

あかりも、お気に入り。近所の公園までぐるりと散歩してみた。となりの家の人から、大きなスイカをいただいた。そのスイカをリヤカーに入れて、あかりとスイカで帰ってきた。

むかしは乳母車というのがあって、子どもの頃、揺られていた記憶があるなぁ。ごろごろごろとおばあちゃんが、押してくれた。

自動的に思い出した詩が、三好達治の「乳母車」。

母よ――

淡くかなしきもののふるなり

紫陽花いろのもののふるなり

はてしなき並樹のかげを

そうそうと風のふくなり

時はたそがれ

母よ 私の乳母車を押せ

泣きぬれる夕陽にむかって

轔々(りんりん)と私の乳母車を押せ

赤い総(ふさ)のある天鵞絨(びろうど)の帽子を

つめたき額(ひたひ)にかむらせよ

旅いそぐ鳥の列にも

季節は空を渡るなり

淡くかなしきもののふる

紫陽花いろのもののふる道

母よ 私は知っている

この道は遠く遠くはてしない道

2016-07-29

完全に断酒して、きょうで一年

完全に断酒して、きょうで一年たった。そのことを思い出した。忘れていた。

ぼくはあんまり酔わない体質だ。でも、ホンワカ気分はいいから、どんどんと酒がすすんでしまう。しかしやがては、体がダルくなって、頭もどんよりする。意識の底部に、いつも眠りがあるような生き方になってしまう。

通勤のない暮らしだし、こんな山里にいたら、朝から呑みだしてしまいかねない。だから、断つ、のがいちばん。そう思っていた。それで、あかりが生まれたので、断つことにしたのだった。

冷蔵庫には、いつもビールが冷えている。あえてそのまま置いている。一杯呑んだら美味しいだろうな、という気持ちはまだある。しかし、呑まない。それを呑もうとも思わない。

ちょっと一杯だけ、から崩れていくものだ。かつて5年くらい断酒していたのに、グラス一杯で崩れてしまった経験がある。ので、一滴も呑まないことにしている。呑んでもいい、呑まなくてもいいというのが、ほんものなんだけど。その境地までは、まだ至らない。

こんなに大きくなったアイガモたち

こんなに大きくなったアイガモたち。こちらは、大きなほうのカモたち。6月7日に生まれ。田んぼに放ったのが6月19日。別の田んぼのは、20日遅れで放した。いま46羽いる。

ぼくの軽トラの音がするだけで、どどどっとよってくる。田んぼの草を食べ尽くしてしまい、相当、飢えているのだ。ずいぶんとエサを食べる。1日にくず米2升 3キロ! 備蓄のくず米は、いま250キロ。83日分。11月まではエサがある。それ以降は、今年の収穫の時にできたくず米が入手できる。冬まで飼うとして、収穫予想が800キロ。それに対して、与えるエサが400キロになりそう。

ほんらいなら、雑草だけで生きていけるのかもしれない。そのためには、おそらく1反あたりの田んぼに10羽くらいが適正。すると15〜20羽で十分。いま46羽いるので、2倍以上の過密状態なのだ。こうなったのは、寒さや外敵などで、次々と死んでいったからだ。死亡率もかんがえて、多めに追加手配したのだった。

田んぼに放すとき、たくましく生きていけるような準備と工夫が必要になる。今年は、生まれたてのヒナが届いたときには、納屋で飼っていた。籾殻を厚く敷いて電気コタツの育雛箱で温めた。プールで水の訓練もした。そうして2週間後に、田んぼに放したのだった。

かれらはよろこんで泳いでいたものの、休憩場所がわからない。タライの水浴びの日々から、いきなり太平洋の荒波に放ったようなことになった。しかも夜は豪雨だった。明け方の寒さもキツかった。ということで、初日に、6羽、翌日4羽くらい死んでいった。

来年は、いくきなり広い田んぼに放さないで、田んぼの中で、20畳くらいのスペースに仕切って、すこしずつ慣らしていく。土場もつくって屋根もつける。休むとき、雨の時には、ちゃんとそこに帰れるように訓練する。そうすれば、生存率がかなり高くなると思う。

なにしろ今年は、はじめての体験だったので、わからない。可哀想だとか、動物愛護に反しているとか、いろいろと非難もされた。しかしまあ、こういうことは、自らが体験してやっとわかることでもある。

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2016-07-27

春野での講座カリキュラムづくり

春野での講座カリキュラムづくり。こちらは、たたき台。駒大の学生たち40人が「川音の郷」に滞在して、受講する。そのあと、実地に訪問。そして夜通しの論議を踏まえて、〈まちなか〉で研究発表。

学生たちの集中力を考えて、一コマ30分(20分のお話と10分の質疑)。14人の講師が次々と現れることになる。ぼくが、主に司会とインタビューをして進行していくかたち。一般のかたも、参加ご自由。定員20名。参加費無料。

若いから頑張って学んでもらおうと思うけど、なにしろ人生経験すくないから、話がリアリティとして伝わるかなあというのもある。朝からずっと受講させるのは、酷かなあ。まあしかし、これはトライアル。

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