20111230
それが夢だとわかっていても
携帯電話が鳴っている。
子どもをあやしていた女性(私はその人が大学時代のサークルの先輩だということを知っている)が取る。相手の女性は深刻そうな声で話す。
Aさん困ってるみたいなの。どうしたの? 何かあったの? なんかね、Aさんにつきまとってる女がいるみたいで。やだ、ストーカー? そうそう。せっかくいい人と出会えたのに。
私はAさんが旦那、つきまとっている女が自分だということを知っている。そうだ、私は旦那がすきだ。旦那は私がうとましい。別れたいと思っているんだ。
いきなりシーンが切り替わった。
「離婚しよう」
どこか小さな団地の前庭。空はどんよりと曇っていて、私は旦那の顔を必死に見ている。「部屋の契約は今月いっぱいだから、それまでに出て行って」旦那は私を見ない。貯金とかどうするの、と私が問うと好きにすればいいと言う。
ほら、慰謝料とか。離婚したらすぐに結婚するんでしょ? 旦那の興味をどうにかひきたくて言った。「別に今付き合ってるというわけじゃないし」お前と別れてから話に行くから。
私は知っている。旦那のすきな人が「あなたとは一緒になれなくてもいいの。わたしが勝手に好きになってしまっただけだから」と言うようなけなげな女性であることを。だからこそ、旦那はすきになったということを。
ああ。いったいいつからこの人は私に興味をもたなくなったのだろう。私は絶望しながら旦那に聞いた。その女の人とはいつ出会ったのかと。「一年くらい前に会ったけど、そんなのはお前には関係ないだろう?」好きだって気づいたのは最近だから。
* * * *
という夢を昼寝で見て飛び起きた。寝る前にこの動画を観るのは危険である。
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20111103
私はひとつの映像作品を見ていた
夢のなかで私はひとつの映像作品を見ていた。介護されるおばあさんの日常をモノクロで淡々ととらえた映像。それは真正面から生真面目につくられていた。排泄のしまつ、入浴、家族の喧嘩、気持ちがいい日の午後。記録ではなく作品だった。誰がこれを撮ったのだろうと私は思った。
夢なので都合よくシーンは切り替わり、夢の視点が映像作成者である制服姿の女の子を映し出す。いまどき珍しいおかっぱな黒髪。女の子は家庭用カメラを片手に、おばあさんを撮影している。
なぜ、女の子はあの作品をつくったのか。
女の子がいまよりもっと小さかったとき。おばあさんは、女の子の将来がとても楽しみだと言って笑っていた。おばあさんは年をとるにつれ身体が不自由になり、痴呆がすすんでいった。
私の知っているおばぁが、どんどん変わっていってしまう。
忘れないように。切り取らなくては。
女の子がおばあさんを撮ることについて、家族も、近所に住む親戚も誰も反対しなかった。この子はこういう子だから。受容。
昼飯か、夜飯か、いつもと変わりない家族とおばあさんの食事風景。味噌汁を飲んでいたおばあさんの動きが止まり、次の瞬間、胃のなかのものをすべて吐き出す勢いで嘔吐する。みな一様に固まってしまう。おばあさんの身体がゆっくりと前へ傾ぎ、そのまま床へ倒れた。女の子はカメラを投げ出し、おばあさんへ駆け寄る。
倒れたおばあさんは、大正時代くらいの色っぽい肉感の女性になっていた。なんだ。これは。女の子だけでなく、母親も父親も駆けつけた親戚たちも仰天する。
しばらくして誰かが「よみがえりだ」と言う。「これは夢で、こういうことが起きたってことはおばぁはきっと息を吹き返しているに違いないよ」
ああ、きっとそうだ。女の子が見回してみると、さっきまでいたはずの父母の姿がない。にーにー達も気が早い、きっと一足先に現実に戻ってお祝いしてるんだ。親戚たちは和やかに笑う。
女の子は足先をひたしている味噌汁の海をくぐり、現実に戻る。
そして、やっぱりおばあさんは亡くなっていた。
* * * *
という夢を見た。私はかつて自分が書いた日記を思い出した。
私が死を意識したのは、このお葬式のときだったように思う。それから数日のあいだ、夜になると決まって言い知れない不安に苛まれて涙をこぼした。私を残していつか母や母方の祖母が死んでしまう。私という存在もいつか跡形もなく消え去ってしまう。誰かにこの恐ろしさを聞いてもらって楽になりたかったけれど、理解されないような気がして口をつぐんでいた。昼間になれば、嘘のように世界は光輝き、母も祖母も楽しそうに笑っている。幼い自分にとっては永遠こそが本当で、いつしか受けた衝撃は少しずつ影をひそめていった。
また私はこう書いた。
さっきまで、元気に動いていた冷蔵庫が、ある瞬間を境にただの物体に変わるとき。長生きしなくちゃと言って毎日生き生きと暮らしていたおばあちゃんが、痴呆がすすんで、だんだん私のことがわからなくなって、ある日突然そのことが了解できたとき。その日が来ることを薄々わかっていながら、実際、焼けた灰のなかに白い骨が点在しているのを目にしたとき。
私は声を大にして言う。そんなものは知りたくなかった。
私は阿呆なのですっかり忘れていた。
忘れたふりをしていた。
忘れたままでいたかった。
* * * *
私は夢のなかの女の子の若さを思う。父母ににじんだ諦めの顔を思う。快活な親戚たちを育んだ風土を思う。未来を想起して笑っていたかつてのおばあさんの笑顔と、物忘れしたように遠くを眺める午後の横顔も。
そしてきっと私はまた忘れる。
20111001
私は探し物がきらいだ。
その日、私は家のなかで探し物をしていた。それが何だったかはもう覚えていない。最後に見かけた場所、宝物入れ、家族がひょいと手にして置きそうなところ、思いつくかぎり探してまわった。
このまえまで使っていたし、存在していたはずなのに、なんで見つからないんだろう。不思議だし理不尽にも思ったが、見つからないものは見つからない。結局、私は諦めた。
その晩、私は夢を見た。夢のなかでも探し物をしていた。心細い気持ちになりながら、あちこち引っかき回す。やはり見つからない。突然ぱっと閃いた。そうだ。机の引き出しをまだ調べていない!
私は一目散に廊下にある学習机に向かった。
うちは三姉妹だが学習机はひとつしかない。姉が入学祝いにもらったキキララのやつ。姉の机なのに姉の部屋にはなく、物心がつく頃には黒電話とタウンページ置き場になっていた。夢のなかの私は期待をこめて引き出しを開ける。
そこで目が覚めた。
私は布団を蹴飛ばし、階段を降りる。探し物をするときに大事なことは期待しないこと。ところで私は確信して、自信満々に引き出しを開けた。たしかに、探し物はそこにあった。



