渇きの海

渇きの海、それは月を覆う微細な塵・・・あまりに細かいため、個体の集まりでありながら、むしろ液体に近い特性を持つ・・・をたたえた海である。月における唯一の、そして初の船、月面遊覧船「セレーネ」号は、百万年周期でしか起きない月の地殻変動により、23人を乗せたまま渇きの海に埋没してしまう。月面では、応答が途絶え消息を絶ってしまったセレーネ号の探索が開始された。

アーサー・C・クラーク「渇きの海」読了。新装版が出ていたのをたまたま見かけて、衝動買いした。巨匠の手により、アポロ11号が月に到達する前に書かれた月面災害救助SFである。いやまったく、すごいよクラーク。面白いよクラーク。あんたは本当に天才だよクラーク。まだ誰も月に到達してなくて、月面の詳細な映像も無いのに、さも見てきたかのように書けるあんたはすごい。

渇きの海を満たしている月の塵は、サラサラになりすぎていて、砂というより水に近い特性がある。劇中の言葉を借りると、「固体と液体の悪いところばかりをそなえ」ている代物である。そんなものに埋もれてしまったのだからたまったものではない。塵が邪魔をして通信不能、熱を閉じ込めてしまうので船内温度が上昇、だいたい、真空である月面を進むよう設計されたセレーネ号は、内圧に強くても外圧には弱く、いつ「水圧」に負けて圧壊するかわかったものではない。

探索・救助を試みる側も大変である。渇きの海は液面と同様に、いくら表面が揺らいでもすぐに凪いでしまう。つまり、埋没した痕跡が残らないので、探索は困難を極める。見つかったとしても、どうやって掘り出したらよいのか?いくら掘っても後から後から塵が流れてきてすぐに元通りに埋まってしまう。

こうした数々の困難を克服し、克服しては次の困難が発生し、これをまた克服し・・・と、まるで悪意を持っているかのように牙をむく月面環境と人類の知恵比べが展開される。近未来が舞台ではあるが、反重力で浮かせるとか、牽引ビームで引っ張りあげるとか、空間を捻じ曲げて穴を開けるといった反則技は一切無しである(そういうSF的ガジェットを駆使した救出劇ってのも面白そうではある。誰か書いてないのかね?)。いちおう、ロマンスも用意されているが、このへんはどうでもよい。高度な科学考証に基づいたリアリティあふれる描写がすばらしいのである。

アーサー・C・クラークの本は「幼年期の終り」に続いて二冊目だが、ハズレ無し。あとは、「宇宙のランデヴー」シリーズと、彼の手がけた最後のSF長編にして最高傑作と名高い「楽園の泉」を読みたいね!しかし、どちらも絶版・・・。こっちも新装版がでますように。