Hatena::ブログ(Diary)

Past<Future

2019-01-24

ふー・あむ・あい

04:01

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 働いて=メイクマネーして、喫茶店でモーニング食べて。朝活にてプラーナヤーマしてキルータンして。その後のマルマヨーガはとても良かった。自分の内へ深く深く潜っていくような、それで無心。あの静寂はすごい。シャバアーサナのあと本当に生まれ変わった気がした。前の投稿にも書いたけれどやはりゆだねる、ということなのかと今のところ思う。独りでヨガしているときはあそこまでの感覚は生まれない、何にゆだねる?自分?呼吸?せんせいとの話もとても有意義空海ドキュメンタリーを最近みていたんだけれど、せんせいが密教のお寺の話をしてくれた。密教なのか?

 帰りに切り花買って、前の花は曼荼羅にして新しい花をいけた。古い花を曼荼羅にして新しい花をいける、ということは筋が通っているようで気持ちがよい。

 歌ってアーサナし呼吸をする、花びらを並べていく、全て自分自身にかけた、かかったフィルターを取り除くという行為である。本当の自分なんて知ったこっちゃないけれど、ま、そういうことである。お風呂浸かったし、レコード聴こう。

 

 

2019-01-18

過去とは現在とは未来とは

03:23

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 連投、ようは休みである。しかも何も用事がない、1日通してジャージで転がって大丈夫。目覚めてすぐターンテーブルに向かったぜ。Nina SImone/NINA AT NEWPORT、Bil Evans trio/Waltz for Debby。Bil Evansちゃんと聴いていないもので、、、聴いていきます。起きてすぐすんなりからだに入ってくるこのアルバム達は、目覚めに飲む水のように美味である。しーん静まった深夜にナイスに響く。できなくなることも多いけれど、こういうのは昼夜逆転者の特権だと思っている。元来独りで過ごせる性質である。人との関わりなんかは極端に減るけれど、自分自身に向き合う時間が圧倒的に増える。昼間生活していた時は人との関わりでしなくてもいいような顔をしたり、いわないでいいようなことをいっていたりした気もするし、どこか地に足がついていなかったような気がしないでも無い。どちらも自身には変わりがないが夜生活に戻って思うところはある。湯浅学さんの文章を引用しておく。「夜の暗いベールの中で人は感覚をよりクリアにしていくことができるのです。闇は、白昼にあからさまにされたみせかけの姿を消し、そのものの本質の光を浮かび上がらせる作用を持っています。直感は鍛えられる、と申すべきかもしれません。」ただ昨日の朝朝日を浴びながらビール片手に隣のおばちゃん(おばあちゃん)と談笑したのはえらく気持ちがよかった。Sunny side of the street。太陽の光は生きるもの全てに必要なものである。温かくなったら朝日むかってチャリこごう。

 日の出前の時間が好きだと少し前に書いたが、その時間はやはりブルースである。朝を肯定的に捉えるか否か、、ということは何度も書いてきたがおれはよくブルースのお世話になる。無性にブルースが聴きたくなるのだ、カントリーブルースにソングスターの人達。おれにとって朝は1日の終わりでもあり始まりでもあるという2重の意味を持つ。で、その辺りの音源を発掘しているMisshippi Recordsというレーベルがあって、そこから出た『An Anthology of Aboriginal Country Music』がヤバい。(http://www.meditations.jp/index.php?main_page=product_music_info&products_id=21672)1曲目、2曲目にはとくにぶっとんだ。どこから降ってきていわからないような宇宙なオルガンブルースだし、おそらくデジュリドゥを使った大地のブルース。またあれだ、大いなるものブラフマンと自己に宿るアートマンの繋がりを感じることが出来る滋味な音楽である。これから始める休日終わりは何故か上手く眠れない。休みの次の日が一番しんどいのはどうしたものか。みんなそうか?

 

 今日の音楽達はずっと昔の音楽達で、しかし今日の中嶋さんのFacebookへの投稿には考えさせられた。引用させていただきます。

「昨今のメジャーなところは、最早 音楽に新しさを追求してきた 90年代までの 新しいジャンルへの音楽への使命感も切迫感も ましてや終末観もないし、変なジャンルへの固執もない。リズムとメロディの心地よさや ソフトならではの音像、以前までのジャンルのクロスオーバーミクスチャーといった混ぜ合わせ感ではなく 溶け合うような「融合感」の方が強い気がします。

そもそも このご時世にレッドツェッペリンの革新性なんかを求めたら そら音楽なんか聴けませんし ハードルが高すぎます。

で、結局 そこから脱することが出来ず 時間が止まっているのは 「もはや あの頃は良かった」的老化であり 若い時分に 年の離れた おっさん加齢臭を感じた あの感じを 自分自身も繰り返してるだけになっちゃうから 耳を傾ける事は 大事だなと。古きを知ったなら新しきを聴かなきゃ そらもったいないだろう、と。

〜中略〜

2018年ラジオ事情も変わった。

夕方から 野球漬けだった2017年までとは 違い、

TBSラジオナイター中継をやめて まさかのweekend shuffleを 平日毎日18-21時に持ってきてafter six junction なんて始めたもんだから 面白い特集から耳が離せなくなってしまうはめに。なもんで 21時までは 働いていても 耳が向いてるから 苦労なく作業してしまう始末。

東京的カルチャーと人脈で 苦手な人も居るかと思うが 情報としては かなり有意義な3時間。

映画か音楽に関心なければ まぁ、つまんないだろうけど。ちなみに今日の特集はj.dilla。

エンターテインメントは 受け手次第で 活力にもなれば 毒にもなる。表現者に もたれるんじゃなく 受ける側が目線の高さを合わせれば まつわる下世話は消されるはず。悪いとこ見つけるより、良い部分を抜き出す力をつけようとすべきであり、世間の冷めた評価ではなく現場の持つ 本来の熱量の方を感じようとしない限りは 本質は掴めない。

マスへの不信感はそこから生まれるから 見方を変えるべき。かなぁ、と。

それ故に ローカル、マイノリティ、狭義のコミュニティなんかで信頼をそこにしか置けなくなるのは 自分の居心地を真ん中に据えすぎているように見えてしまうから 返って微妙な気がします。ダメとは思わないが それでは 全くの他者に対しての 共通言語を持ち合わせないように見えちゃう。

こう言った流れ エンタメ、音楽だけに限らずすべてにおいて共通しているなぁ と、つくづく思う次第。」

 前の投稿でアーサー・ラッセルホルガー・シューカイを取り上げたけれど、音楽の聴き方教わったのはheightsでレコ屋やっていた中嶋さん。たくさんたくさん色々なことについて話したけれど、要は“しょうもない偏見もたずに何でも聴いてみるべし”ということ。2018年の音楽どれだけ聴いただろうか、、、旧譜9割間違い無し。テレビに関してはNHKBS1と3と日曜美術館しか見ないおれはずいぶん浮世離れしている。Nina SimonにBill Evansアーサー・ラッセル相倉久人平岡正明って。いつの時代の人間や。苦笑。相倉久人にも平岡正明にもお前は全然ジャズじゃねぇ、どこがPAST<FUTUREじゃって怒られる気がするわ。ま、お風呂浸かって(休みの日はお風呂に浸かって弛緩することをヨガとしている。)、クラシック倶楽部みてレコード聴いて、お雑煮食べて、レコード聴いて寝るとす。うーん、過去とは現在とは未来とは。

2019-01-17

ナイスな朝、良い陽気

12:09

ワイルド コンビネーション:アーサーラッセルの肖像 (日本語字幕付き / ポスト・カード封入) [DVD]

・ワイルド コンビネーション/アーサーラッセルの肖像 、やっとみた。アーサー・ラッセル、好きなアーティスト、いや一番好きなアーティストかもしれない。音楽に対する姿勢に尊敬を覚えるというか、羨望ですらある。本人はだしたい音をだし、演奏したい音楽を演奏していただけだとは思う。フィリップ・グラスからアレン・ギンズバーク、ジョナサン・リッチマからラリー・レヴァンまで。名作Lets Go swminng如く飄々とし自然に行き来することは容易ではない。アイオワからニューヨークまででてきた彼はまさに水を得た魚といったところ。『アーサー・ラッセル-ニューヨーク、音楽、その大いなる冒険』の野田努さんの文章、何度も引用していると思うけれど、再度引用しておく。「虚無的もしくは攻撃的なもの以外の全てを肯定した」という音楽家アーサー・ラッセル師である。これ以上は書かないでおく。DVDのことを全然書いていなかったが、前記の本を読んでいたので目新しいことはなかったが、アーサーの両親が出演していて彼のことを語っているに際して親の愛をなんだかすごく感じたのが印象的。それに彼の出身地であるアイオワ州オスカルーサの、だだっ広いトウモロコシ畑の映像をバックにアーサー・ラッセルのエコーがかかった声がかかるんだけれど、とぉおおいところなんだなと印象的だった。忘れかけてた頃になにか意識させられるアーサー・ラッセルである。あと先日なくなったホルガー・シューカイ(合掌)。この2人、同じようになれないのは勿論承知であるが音楽に対する時の自分の礎であり鏡であり続ける。

・先日はヨーガの師であるところのAiせんせいの旦那さんKeebo師に誘われ、サルサパーティーへ。サルサパーティー初めていったんだけれども、ペアで踊るということが新鮮で新鮮で。楽しそうに男女ペアになって踊っているのをみているとこちらまで、自然とからだがゆれるよね。チャリで2、3分の場所だったけれど異世界かと思った。あの風景忘れんだろうな。そしておれもステップふめたらな!と思った。その後Keebo師と来ていた人達数人で近所の居酒屋にいってサルサ談義をしていただいたんだけれどこれが面白かった。サルサって移民達がラテンミュージックをニューヨークに持ち込んで他の音楽と結びついてできた音楽のことをいうそう。やはり混血文化なんだ。ダンスのこと等教えてもらい、良い感じに酔っぱらっていたのであまり覚えていないところもあるけれど、グッドパーリーで心の洗濯。

・最近、相倉久人の『ジャズ著作大全』を勢いよく再読している。勢いは大事だ。1度目より遥かに面白い。楽器を演奏出来ない自分はジャズを書くことによってジャズそのものになろうとした、と本人も書いているが、文章が闘っている。ジャズしている。これを読み直そうと思ったきっかけが大谷能生平岡正明論』なんだけれども、(勿論この2人は繋がりあり)そこに出てくる、「即興演奏中のジャズマンの思惟構造を、その演奏によって感動させられている自己分析を手がかかりに、同時並行的に把握すうことをジャズの批評行為と呼ぶ」ような文章だ。おれなんかはこの文章ですらよくわからんのだけれど、、、それはきっとおれがこのような聴感覚、文章感覚に言語感覚をもちあわせていないからだ。それでも読めるのは文章がジャズしているからだ。おれ程度なんかはジャズなんて理解しようとするものではなく感じるもの、だと思う。それと同じ。音楽・批評・思想、おれは批評なんてだいそれたこと絶対やめておこうと思うような、氣のこもった言葉に文章達。金言多数。最後に上巻の萩原健太のまえがきをこれまた再度にはなるが引用しておく、「音楽を熱く語る。論ずる。そのこと自体もまた音楽だった。」やはりやめておこう。下巻の菊地成孔の前書きもめちゃくちゃ面白い。平岡正明ジャズ関連本2冊絶妙なタイミングで出会えたので楽しみ。やはり必要な時に必要な出会いはやってくる、ような気がする。ん?今おれはジャズなのか?ジャズの器はとんでもなくでかいのはなんとなくわかる。

 前の記事に貼っていたチューリップが可愛く咲いくれたので、スペシャルな贈りものに思える。そしてスペシャルな気分にさせてくれている。どんな気持ちでもいい、花を見てシンプルになにかを感じられるくらいの感受性くらいはいつでも、いつまでも持っていられれば。そんな穏やかな朝、いい陽気。ナイスである。

2019-01-11

ゆだねる(けっこう難しい)

02:34

 起きたら朝の連ドラやっていたので、完全朝だと思って焦った。年末年始ずっと働いていてやっとおわった正月戦線が昨日?日付でいうと一昨日。仕事終わりでマルマヨーガして、職場の人達とランチして、買い物してレコード買って帰ったら夕方で疲れて練習をお休みしてしまいました。ごめんなさい。起きた、朝5時、クラシック倶楽部で演奏してたハープの人凄かったな。それから日付でいう昨日も朝からクリパルヨーガして昼から呼吸法講座にいってまたレコード買って帰ってきて今にいたる。

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・いつでも花をいけるくらい、ブログを適度に更新するくらいの余裕をとは思う。年末に体のだるさ、悪寒におそわれていた。熱はなかったが人はこれを風邪というのか。身体と心のバランスが崩れると駄目だ。何をするにもここが崩れると日々が変わる。アーサナプラーナヤーマどころではなくなる。これからヨーガ深めていったら調子が悪いなりにできることがでてくるんだろうか。年末にいけていた花達、曼荼羅つくれなかったのが残念。

生活の柄、年末も年始も大晦日も元旦もただの12.31だし1.1だと思っている。が、書いているということはそれなりに意識しているんだろう。ま、繰り返される日々を愛す。それでも1.3は休みでichionの荒石さんが関西にきているということで、なにかしようと思い急遽でレコーディング。途中からジャックさんも遊びにきてくれて、こんなラフなレコーディングだったけれど良い感じで録れた。ジャックさんもいっていたけれどたぶんこれくらいの感じがいいんだろうな。終わって家のみ。荒石さん、ジャックさん交え、メンバー、倉持君に藤原君とも話せて最高。

・荒石さんはMana Sound Healingという音叉を使った心身の施術をされており、(詳しくはこちら:http://manasoundhealing.web.fc2.com/)これがチャクラを使った施術で等ヨーガとの共通点も多くすごくディイイーープな話ができて良かった。近いうちに是非施術を受けようと思う。これを書きながらいただいたzuniシリーズのCDを聴いているのだがやはり好きだ。(https://ichion.bandcamp.com/album/alternative-zuni-songs)意識や思考を遠くへとばしてくれる音が好きだ。大いなるものへと自然に思いを馳せることを喚起されるような音像。その音の中にいると心地よくなるような、全てを手放しゆだねているような感覚が涌き上がってくる音。

・最近酒をのむと翌日不調ということが続いていて、酒のむともう駄目なんじゃないかと思っていたがこの日は昼近くまでのんでいたにも関わらず大丈夫だった、、、

・夜勤になりヨガスタジオにしばらくいけていなかった。やはり先生の誘導で行うヨーガ、一緒にクラスを行うヨーガは独りでやるヨーガとは全然違う。スタジオの場所の力、人の気配。それらの要素を借り自分自身の中へとどんどん入っていける。ゆだねられる感覚が全然違う。講座が始まってもう半年を過ぎる呼吸法。駄洒落みたいだけれど息をするということは生きること。普段している息を変えることで生きることが変わる、ということを実感中。呼吸大事。そしてスタジオへいこう。

・なんとなく出勤途中で通い始めたスタジオだけれども、このFIVE ELEMENTS(http://www.kenbisalon.jp/yoga/)じゃなかったらここまでヨーガに嵌まることはなかっただろう。おれにとってヨーガが単なる運動におわらなかったのはここのおかげ。(ここのせいともいえる)縁というものを感じる、出会いは必然だ。この方もそんな人。呼吸法ヨーガヴィディヤでお世話になっているToshiさん。(http://unionyogajapan.com/

呼吸法講座での一コマ。コンテポラリーダンスをやっている方と春夏のヨガワークショップで知り合いになって。その方と今日はたまたま隣になり、ダンスのお話。コンテンポラリーダンスっていわゆる現代音楽とのむすびつきが強い、というか音と踊りの相性がいいのかな?その辺り詳しくないんだけれど、ライヒの曲なんかで踊っているのをみて興味津々で。実際にやっている方にお話きけて短い時間だったけれど、なんだか気持ちが前をむく会話。荒石さんとの会話もそうだけれど、自分の興味がむいている話は元気がでる。今日の呼吸法でいうと元氣だな。氣。

・めちゃくちゃにレコードを買った。50枚くらいいったか?この辺りの買い物のしかたからしてたまっていたものが爆発している感がある。音楽でもヨーガでもいい、日々自身の浄化、毎日新しい自分に生まれ変わるくらいの気持ちのフレッシュさ。良い呼吸ができるようになると息をするたびにそれができるようになるとか。俺は信じる。ま、それはともかく。日本、チベットの声明からいしだあゆみまで。時代も国も超えて面白い音楽にたくさん出会えることを嬉しく思う。レコードの値段が明らかにあがっているのには苦笑。これらも日々の生活の中で聴いていければと思う。特別なものだからこそ日常の中にあればいいのにとは思うのだが、、、スピーカーの前に座ってちゃんと聴かねばみたいな、どうでもいい感覚がある。ちゃんと聴くってなんだっていうね。お茶のむくらいの感覚で音が鳴っているので充分でしょ。そんな中でなにか響いてくるものがある音こそが自分にとっての良い音楽ではないか。

 おしまい。よし、今日は湯につかろう。レコード聴いてクラシック倶楽部みてレコード聴いていこう。ブログのタイトルいつも何しようかなと思うのだが、おそらく一番使った言葉、ゆだねるにしよう。これだけ書いているということは意識の顕れなんだろう。ゆるめるとかゆだねること、けっこう難しいんだな。

2018-12-15

日の出前、この時間

05:08

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https://twitter.com/ID_YYBY/status/1073593869986521088

 アルバムに向け録音スタート。スタジオが埋まっていたので家で録音。とにかく録れるものから録っていこう、というか他に特にやることもなかったから。DAWMPCMIDI接続ができるか不安で、CeeeSTeeにきいてみたりしたんだけれど、なんのことはない、すぐに出来た。前回の接続履歴が残ってました。ほんとこういうのって慣れだ。この曲はfeatがあります。アサラト!今はリズムレスのドローンとしたやつ、どうなるかしら。とりあえず一緒にいた、ドラムの新井君は寝たので良い仕上がり。

 録音の後、風呂掃除して久しぶりに湯船につかった。あァァァア。すっかり湯船が気持ちいい季節。最近ヨガしていて特に思うのだが、脱力すること弛緩することの難しさ。本当に力を抜くってかなり難しいんだ。湯船につかってこれだなと再認識。脱力の時間は大切。鼻でゆっくり呼吸して、肩を落とすこと。こころがけていること。風呂あがりでICHIONのKyraさんからいただいた、ハイビスカスティーをいただきました。美味しい、体ぽかぽかや。ICHIONといえば新作がすごくいい。Kyla/Zunisongs

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音源の詳細はこちら。http://ichion.seesaa.net/article/463023594.html

ここから聴けます。https://ichion.bandcamp.com/

 ヴィム・ベンダース監督のパリ・テキサスという映画が好きで。サントラライ・クーダー。冒頭の砂漠に赤土の山みたいな風景が出てくるんだけど、からっからのアメリカの砂漠の風景。そこに乾いたライ・クーダーのスライドギターが流れるシーンが冒頭からして一番好きなシーンなんだけれど、Zunisongsを聴いてそのシーンが思い浮かんだ。勿論いったことのない場所なんだけれど、音を通して(実際いったことがなくても)その地に思いを馳せることができる。なんて素晴らしい。ある風景、場所や場面、心情を想起させられる音楽はいい音楽だと思う。心に脳に目に耳に刻まれているということ。ありそうでなかなかないんだな。音源聴いたり映像みたりしているとICHIONはそういう音楽を作っていらっしゃいます。自分にはできぬ。たーまにドイツといわれるとほくそ笑む。ベーチャンなんてでてきたときにはもうね。またライヴご一緒したい。あ、YYBYの新作はICHIONの荒石さんにお願いしていますよ。マスタリングはshrine.jpは糸魚さんにお願いしています。このコンビのヤバさね。

 夜の生活もすっかり定着し昼夜逆転済み。やはり夜は静かでよい。休みの日に4時からBSではじまるMUST BE UKTVとクラシック倶楽部という音楽番組をぼーっと見るのが楽しみ。どちらも垂れ流しだけれどたまにハッとするのがあるので油断ならぬ。この番組を見てぼちぼち音楽聴いたりしだすのがだいたい5時から6時。この日の出前の時間は本当に静かで落ち着く。さてそんな時間。サティでも聴くかな。