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Spare time

09/09/10

第2章 非正規労働者の本当の問題は何か?

 請負と派遣の違いについても議論がされている。偽装請負が問題となったメーカーの工場が関西にあったこともあり、関西ローカルのニュースではよく特集が組まれていた。

請負労働者との接触は望ましくないのか、望ましいのか。...この点をあえて指摘したのが日本経団連の御手洗冨士雄会長でした。彼は二〇〇六年一〇月一三日の経済財政諮問会議で「請負法制に無理がありすぎる」と述べてマスコミの集中砲火を浴びたのです。


[pp.63-64]

 当時「だったらなぜ無理がある制度を使うんだろう。リスクもあるだろうに」と思っていたのだが、ここでは非常にシンプルな解決策を提示している。「請負規制の労働法規制」というあまりに真っ当すぎる(?)答えだ。無理のある制度なのだから、その部分は埋めてしまいましょう、と。しかし単に規制を主張するのではなく、戦前の請負に関する制度まで眺めた上でそれを主張するのが、ひと味違うところである。


 派遣と一口にいっても、2種類に分けられる。大ざっぱに書くと

  • 派遣されていない間も派遣元から賃金が支払われる
  • 派遣されている間のみ賃金が支払われる

といった具合である。当然、問題となるのは後者で、それは法的に考えても無理があるらしい。「アクロバテイックな法的構成」などといった表現をしている。



■コラム■ 日雇い派遣事業は本当にいけないのか?

..データ装備費とか業務管理費と称して不明瞭なピンハネを続けていた企業は許されるものではありません。しかし、「日雇い」も「派遣」もそれだけでは禁止されていません。それが組合わさるとなぜ禁止しなければならないほどの悪さが発生するのか、説得的な論拠は示されてないように思います。


[pp.81]

 日雇いが禁止されれば全ての日雇い派遣労働者が喜ぶ・幸せになるかといえば、そうではない。「困る」と言っていた人たちもいたはずである。日雇いをしているわけでもされているわけでもない私たち(=社会)が、日雇いが悪いとする根拠は何なのか。更にいうと、日雇いの仕事がなくなると困ると思っている人たちに対して、私たちはどういう解決策を提示するのか*1

 まずは彼らを「守っていく」べきだと感じていたが、確か日雇い禁止の議論は日数をどうするのか、という点に集約されてしまっていた。「○日では意味がない、△日にしないと」との主張にどれだけ実効性があったのか、今でも疑問である。


 日本の派遣は当初、業務を非常に限定して行われていた。その業務が段階を追って拡大され、小泉政権時代に製造業にまで解禁された。今いわれるのは「製造業への派遣を禁止すべきか否か」であるが、そもそも論として日本における派遣のあり方の特殊性に疑義を呈している。

日本のように個々人の職務が不明確で、会社の命ずることがすなわち職務であるようなあり方が一般的な社会において、個々の作業を「業務」で切り分けてこちらは認めてこちらは禁止というのは、そもそも職場の現実からはかなり無理のある仕組みであったように思われます。


[pp.87]

 「なるほど、確かに」というのが最初に感じた感想である。とはいえ、専門家でない人がそもそも論にたどり着くのがどれだけ難しいか。経緯説明を読んでいるとそれも実感する。「官僚というのはわざとわかりにくくするんだ」という冗談とも皮肉ともとれる言葉があるけれど、無理に無理を重ねた結果、全体像が見えにくくなっている現状はかなり深刻だと言わざるを得ない。

 しかし、一九九〇年代に遡れば、今日の構造改革路線を進めてきたのは細川内閣、村山内閣、橋本内閣と、かつての革新勢力がなんらかの形で関わった政権でした。例えば、一九九三年の平岩レポート(細川内閣)は「経済的規制は原則自由・例外規制、社会的規制も不断に見直す」と述べていましたし、一九九五年の「構造改革のための経済社会計画」(村山内閣)は「自己責任の下、自由な個人・企業の創造力が十分に発揮できるようにすること」「市場メカニズムが十分働くよう、規制緩和を進めること」を提唱していまい多。これらを受け継いで橋本内閣はいわゆる六大改革を進め、それがいったん挫折した後で再び大衆的熱狂とともに増幅させたのが小泉内閣であったのです。


[pp.112]

*1:単に禁止しただけでは解決にならないだろう

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