ディア・ライフ #009 pickup5
みなさまこんにちは、hazamaです。「12月のダイジェスト」ダイアリーに、たくさんのコメントをいただき、どうもありがとうございます! そのほとんどのメッセージは、ますます厳しさを増すこの冬の寒さがトピックスになっていましたね〜。例年にない最低気温、暖房効率のこと、子どもさんの保育園でインフルエンザが流行、また風邪を引いてしまったという方も。でも、家族の健康配慮や、〈イエはてな〉のみなさまへのいたわりの言葉が今年はいっそうあったかく感じられますねw 関西や北部地方では雪も多いようで、外出にも充分にご用心を。友人が送ってきてくれた「雪だるま」のスナップを眺めながら、私もみなさまの元気を祈っています♪
#008 ピックアップ賞・ノミネート賞
さて、今日は“ディア・ライフ”#009のピックアップ賞・ノミネート賞をご紹介します。今回のイエと暮らしの物語、「やっぱりわが家が一番!と実感した幸せエピソード」のテーマで、ハートフルなストーリーがいっぱい届きました〜。「帰ると子供の可愛い顔をみられること」「家に入ったときに暖かいこと」「やっぱり久々、みんなで食卓を囲んだ時」「祖母の暖かい存在感」「寒い外から帰って炬燵」などなど……。母、父としてのまなざし、息子、娘からのメッセージ、それぞれに思いがあるものだなと心和みましたね。なかでも、文中に「わが家は、本当にオンリーワンの存在です」という一行を見つけて、あ、これは「わが家が一番!」の最高のフレーズだなぁと胸に刻まれました!
そんななかから、家族の幸せな光景が浮かび上がる素晴らしいショート・エッセイを、ピックアップ賞・ノミネート賞に選ばせて頂きました。読んでいくと、やっぱり一つひとつのイエにユニークな味わいがあるもので、ご家族の素敵なパーソナリティーも印象に残る語らいでしたw
*今回のピックアップ賞は、1月21日(金)の〈イエはてな Press Room〉の記事にてご紹介させていただきます。
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by id:YuzuPON
こんな私とお付き合いしてくれるという女性が現れ、舞い上がりまくってしまった私。お勧めスポットなるものや話題の店などを調べまくってのデート作戦を展開してきましたが、「外」っていまいち落ち着かないんですね。最長でも2〜3時間で場所移動の必要があるんです。仕事帰りに会うならそれでもいいですが、休日をゆっくり二人で過ごすためには、事前に何か所もの移動先を考えておかなければなりません。もちろんテーマパークや遊園地なら同じ場所で一日楽しめますが、毎週毎週似たような所に繰り出すわけにもいきません。
何かいいプランはないかなと考えていた所、彼女から仰天リクエストがありました。あなたのウチで会おうよ、と言うのです。えぇー、うち、築年数もけっこう経ってるし、親もいるし、付き合っている女性なんか呼べる環境じゃないだろうと戸惑ったのですが…。動物不可のマンションで一人暮らしをしている彼女にとっては、猫を膝に抱きながら過ごす家族のような時間というのが、何より魅力的なデートプランなのだということがわかりました。
しかし問題は、この来訪を両親にどう話すかです。付き合っている女性がいるのでウチに連れてきますなんて切り出したら仰々しすぎます。だいいち恥ずかしい。というか、両親を交えて彼女と過ごすという図が想像できません。まぁいいか。普通に友だちを家に呼ぶように、何の前触れもなくやって来た彼女を自分の部屋に上げ…。いや、それも余計な憶測を呼ぶ、どうしようと考えている間に当日になってしまいました。
とりあえず猫にだけ話をして(笑)、彼女と駅で待ち合わせ。やってきた彼女は、手みやげの紙袋を下げて準備万端の様子です。えぇい、俺も大人だ、こんなことで恥ずかしがってどうすると覚悟を決めてイエの玄関に到着。ドアを開けると、いつものように足音を聞きつけて待っていた猫が出迎えをしてくれました。すると突然「いやー、かわいいー」と彼女の歓声。それを聞きつけて、何だ何だと出てきたうちの両親。あとは彼女が勝手に挨拶を済ませ、そのまま勝手に家族と馴染んでしまいました(笑)。
いったん私の部屋に通し、お茶など飲みながらそれなりにいい雰囲気の時間が過ごせましたが、猫が父母と一緒のリビングに落ち着いているので、彼女のたっての希望でリビングに移動。その後は猫と両親を交えた奇妙な時間となってしまいました。でも、彼女は念願の猫を膝に抱いてご満悦。父も母も自然に接してくれて、夕食まで一緒にすることに。あとは「お母様、お手伝いしますわ」「あらまぁ、ありがとう」とお約束的展開が続きました。
彼女を送っての帰り道。こんな一日でよかったのかと聞いてみました。そうしたら、彼女曰く、何よりうれしかったのは家族のように迎え入れてくれたことだったと。久し振りに家庭の温かさに触れることが出来て本当に良かったと。そう言ってもらえました。親父、お袋、彼女と自然に接してくれてありがとう。いつものわが家のそのままを見せてくれてありがとう。イエはてなと出会い、イエという存在が大好きになって、大切に大切に紡いできた家族との絆。それがこんな形になって現れました。帰宅してあらためてわが家を見回して、「やっぱりわが家が一番!」と実感することが出来ました。
まさか付き合っている女性と会う場所としてまでそう思える日が来るとは予想もしていませんでしたが、外で会っている時にはなかなか出来ないような落ち着いた語らいもできるわが家という場所は、そういう意味でも「一番!」になっていきそうな予感です。
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一時期、年末年始を旅行先で過ごすのが恒例になっていたことがありました。父がそういう家族サービスに燃えていたのです。私も、有名な神社仏閣で除夜の鐘や初詣、海の初日の出、雪の中での新年などなど、自宅では味わえないお正月を、しかも毎年違う場所で迎えられることが楽しみでした。
でも、私が社会人になり、年末年始も関係なく仕事で飛び回るようになってしまったことが、この習慣を終わりにしてしまいました。このお正月、やっと私も少しワーク・ライフ・バランスのとれた働き方が出来るようになったので、どこかに行こうかと言ってみたのですが、父は、それなら敢えてイエでくつろぐお正月にしようという希望でした。母も、旅行しなくなってからお節の準備などが忙しくなったけど、手伝う人がいれば楽ちんになるからイエでのお正月がいいなという意見です。よ〜し、それなら思い切りイエでのお正月を楽しもう!と、とてもイエはてな的な新年を迎えることになりました。
年末は、お正月のしつらいを整えたり、お節作りをしたりして、とても勤勉。ふー、くたびれました。やっと紅白歌合戦。ここで年末のイエしごとは全て終了です。母も私もゆっくりコタツに座って紅組がんばれー。おやおや、サービスで一杯つけたら、父はもう早々に横になってうとうとしています。
お父さん、こんなにお酒弱かったっけ?旅行先でも大晦日の夜は飲んでたけど、こんなことなかったよ。すると母が、旅先ではそれなりに気を張っているからよ。あ〜、そうか、イエだから心の底からくつろげちゃうんだ、イエっていいね。
私たちもちょっと飲んじゃおうかと、女だけでかんぱ〜い。あら、久し振りに頂いたら酔ってきちゃったと母。私もほんわか、いい気分です。寝ちゃダメ、新年のカウントダウンするんだから、むにゃむにゃむにゃ。結局父も母も私も、コタツでうとうとしながらの新年を迎えてしまいました。ハッと気が付くと、もう2011年。みんなでぼーっとしながらお茶をすすって、ぐだぐだの新年となりました。でも、最高のくつろぎで迎えた新たな年。素晴らしい温もりに満たされた年迎えになりました。
初詣、行く?行こうか。みんな、あったかくしてね。近所の神社にお参りして、うー寒いと、帰りがけにコンビニでおでん。うわー、お節より先にこんな物食べちゃったね、すごいお正月ね〜と初笑い。みんなの息が白くなっています。イエに帰って、またかんぱ〜い。初日の出、見損なっちゃうよ。いいよ、目を覚まして最初に見た太陽が初日の出。そうだね。あ〜、また酔っぱらって、おこたでぐだぐだです。
元旦も、のんびりゆっくりの寝正月。去年までは私がイエに落ち着いていなかったせいか、父も母も、こんなにのんびりしている雰囲気ではなかったような気がします。誰も出かけない。誰も時間を気にしない。こんなくつろいだお正月は、私も久し振りでした。
家族がみんな揃うからこそ得られるくつろぎ。しかもそれは、場所がイエだからこそ実現できる特別なくつろぎなんですよね。このお正月は、そんなことを久し振りに実感しました。世の中には色々な幸せの感じ方がありますが、やっぱりわが家で感じる幸せが一番です。
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自分は以前は子供が苦手だったが、今ではいわゆる「子煩悩」な方だと思う。
結婚し息子が生まれ、次に娘が生まれてからこの方、いままで自由を満喫するのが幸せだと思っていたが、それまでの自分だけの世界が色褪せ、家族が待っている我が家が一番の楽しみになった。
仕事が終わるとスッ飛んで帰り、子供としりとり(今息子のマイブーム)やレンジャーごっこをしたり、娘の面倒を見ながら一緒に遊ぶことが一番の癒しであり、楽しみになった。
妻ともその日会社であった話をしたり、一緒にテレビを観て感想を言い合ったりする、そんな時間が活力になっている。
だから、我が家で過ごす家族との時間が自分にとって一番大事な時間、他の何ものにも代え難いものとして。
いつか・・・・想像し難いことではあるが、多分あと10年もしたら子供達は反抗期を迎え、自分達とは反目しあい
また15年もしたら長女は自分の手を離れ、20年後にはきっと嫁に行ってしまうのだろう(;´Д`)
限りがあると分かっているからこそ、この時間を大切にしなくてはと思う。
そんな我が家では、家族の誕生日会が大事なイベントだ。
誕生日はそれぞれ年に1度のことだが、家族全員そろって祝うことにしている。
年末に下の娘の誕生日会をした。早いものでもう2歳。
娘の誕生日には、妻と一緒に特製「オレンジのシフォンケーキ」を作った。
見事ふんわり膨らんでたっぷり入れたオレンジの皮の香りもよく、手前味噌だが美味かった!!
ちなみに生クリームと果物のトッピングは息子が担当。
ケーキを回さず果物を載せたので上と手前側しかデコレーションされていない(笑)
娘は、自身の写真と飾りが付けられた部屋でケーキとみんなからお祝いの言葉と歌とプレゼントをもらえて、大興奮!
きっと夢のような日だったことだろう。
自分は、みんな揃っての食事が家族の基本だという両親に育てられた。
なので、定期的に一族で集まって食事を共にしたり、両親の誕生会も子供達と一緒に行ったりする。
みんなで食事をすることで食を通して心が通い、お互いを思いやる気持ちが持てるのではないかと思う。
世代間の交流もできて子供達にとって良い刺激になるため、有り難い。
親が子供の成長を祝い、今後の日々の幸せを望む姿、子供が親の苦労や心配に対して何ができるか、どうするかを考えていく姿を、家族の誕生日に毎回確認しあうことが、思いやりの気持ちを育むのだと思う。
年をとるのを楽しめる、毎年お互いの誕生日を祝いあう家族でこれからもありたい。
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先のいわしで「頑張れの代わりになる歌を集める」という通年サプリを書かせていただきましたが、実はこれにはもうひとつの切っ掛けがあったのです。友人の事情に関わることですから詳しく書くわけにはいきませんが、とてつもなく素晴らしい夢を持っている友人がいました。その夢は私の理想とも重なることでしたので、ずっと応援し続けてきました。しかし、夢半ばで彼は東京を離れることになってしまったのです。実家の事情で、どうしても家業を継がねばならなくなってしまったからです。
彼が東京を去った後、私はかなりガックリきていました。いつまでも親友だから、そのうち必ず会いに行くから、その時はきっとお前の新しい未来像を見せてくれよと明るく見送りましたが、正直落ち込みました。本当に辛いのは彼の方なのに、私までが自分の夢を摘み取られてしまったような虚無感に襲われました。
そんな時、父が愛用のギターを掻き鳴らしながら、一曲の知らない歌を歌い始めたのです。昔のフォークソング世代の父にしては、かなり新しい感じの曲でした。何気なく聞いているうちに、歌詞の内容が心に染み込んできました。
何それと聞くと、いい歌だろう、若いミュージシャンなんだけど、父さんと同じハミングバードで歌ってる人がいてね、気に入ったので覚えてみたんだよとのこと。ハミングバードとはギターの名前。もちろん父のは国産のコピーモデル、向こうはプロですから本物だと思いますが、父はとにかくそのギターが気に入っています。今までも、同じギターを使っているという理由だけで、たびたびCDを買ってきたりしていました。でも今回は、それだけの理由ではないと直感しました。歌詞の内容が、あまりに今の自分にぴったりすぎたからです。
東京を去っていった友人は、わが家にもよくやってきていました。父も交えながら、酒など酌み交わしつつ夢を語り合ったことも一度や二度ではありませんでした。ですから私たちに起こったことのだいたいは、父も知るところとなっていました。そんな私に聞かせたくて、この歌を覚えたに違いないと思えたのです。
その歌、俺にも教えてよと父に頼み、一緒にギターを弾きながら歌ってみました。いい曲です。あぁ、そうなんだ。自分も彼も、まだまだ目標や希望に向かって赴いていく途中。失った物を数えるだけでなく、今ある希望、これから手にする希望の数も数えていこう。まだ自分は彼と手を取り合っている。形は変わっても、夢の本質は変わらない。父にその歌を教えてもらいながら、そんなふうに思えるようになってきました。今度彼に会いに行く時は、ギターを抱えていこう。そしてこの歌を一緒に歌おう。そう思いました。
親というのはありがたいものです。時には、世代が違う、考え方も違う、わかりあえるはずがないなどとも思ってしまいますが、本当は誰よりも子供の本質を理解し、見つめ続けてくれている人なのですね。こんな親のいてくれるわが家に、心から感謝しています。
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私がイエで、幸せに思う瞬間は、いくつもありますが、その一つが家族のうた(鼻歌)です。
もちろん自分で歌うのもいいけれど、なんだかしあわせな気分になれる家族の鼻歌を聞くひとときが好きなんです。
それは小さい頃から、歌のある暮らしの中で育ってきたことがとても大きいと思います。
たとえば、父が日曜大工をしながら鼻歌を歌っていると、それに合わせて他の家族も一緒に歌い出し始めたりして、
いつも誰かしらが「うた」を歌っているような家でした。
それが当たり前だと思っていたのですが、友だちが家に遊びに来たときに
「どうして、ムッシー(私のこと)さんの家族はみんな歌ってるの?」
と言われて、とてもビックリしたのをよく覚えています。
家族の歌や鼻歌ってうつりませんか?
これは我が家では普通のことだったのですが、その友達は賛同してくれなくってあれ?っと思いました。
娘の鼻歌はいくら調子っぱずれでも、すぐに元歌がわかるので、ついつい一緒にハミングしてしまいます。
夫も気付くと娘と一緒にお風呂で鼻歌を歌っていることがあるので、この感覚は私と一緒だ〜。
娘、現在2才。小さい頃から音楽に合わせておどっている子で、音楽が大好き。
お風呂に入ると自然に鼻歌が出てきますw
彼女はゴキゲンだと歌を歌いだすので鼻歌で機嫌のよしあしが分かりやすいです♪
また、月末になるといつも鼻歌を歌いながらあちこちを相棒のスチームモップで掃除をする夫。
家族の鼻歌が聞こえてくると「あ〜、いい気分で過ごせてるんだなぁ〜」っと嬉しくなります。
そしてついつい私も一緒にうたを口ずさみながら、幸せをかみしめています。
これからも、大好きな人たちがいつも歌を歌いたくなるようなムードのイエでありますように。
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「手作りの音があるイエ」by id:momokuri3
だいぶ趣味に走った話になってしまいますが、わが家の特色は、父と私が同じ趣味を持っているという点です。音楽、電子工作、そしてオーディオ。この趣味に走りまくったわが家の話を、少しさせてください。
父が、うれしそうに私を呼びました。「ほら、見ろ」。箱を開けると出てきたのは、いかにも旧型のスピーカーユニットでした。型番はP-610B。・・・続きを読む
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「猫の退院で実感した、かけがえのないわが家の存在」by id:Oregano
飼っている猫が病気になってしまいました。急いで動物病院に連れて行かなければなりません。治療が早ければ命に関わることは無さそうですが…、でもこれは入院になるなと直感しました。クルマは父が使っていてイエになかったので、タクシーを呼ぶことにしました。ぐったりした猫をキャリーに入れて、タクシーの到着を待ちました。
タクシーが来ました。イエの玄関を出ようとすると、さっきまでグダッとしていた猫が鳴くんです。・・・続きを読む
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「どんな時も守ってくれる、それがわが家」by id:CandyPot
中学の時、グループ同士のいさかいの間に入って仲直りしてもらおうと思ったら、どちらのグループからも敵扱いされてしまったことがありました。大きなグループ二つに反感を持たれてしまうことは、クラスの女子の約半分から仲間はずれにされることでした。すると、今まで仲のよかった人までが、少しずつ私から離れていきました。いえ、本当は私の方から殻に閉じこもりはじめていたんだろうと思います。・・・続きを読む
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「旅行から帰ってきたとき」by id:lepremierpas
不思議なものですよね。
ストレス発散、気分転換、日常からの解放などで旅行へ行くものですが、不思議な事に旅行から帰ってきて家についた途端、毎回思うのです。
「あーやっぱりここだな。ここが一番落ち着く。」
非日常を求めて、いつもの場所から離れたくて旅行へ行くのに。・・・続きを読む
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「退院した時」by id:fumie15
大病をして3ヶ月くらい入院した時がありました。病院食はおいしいけれど、やっぱり母の味が恋しくなりました。大部屋だったので就寝時間以降のテレビ番組も見られません。
そしてなによりも猫!会いたいと言ったら写真を持ってきてくれましたが、やっぱり猫を抱いてほっこりしたいです。
退院して家に帰ってまずしたことは猫を抱き締めることでした。そして母の手料理!好物なものばかりでした。・・・続きを読む
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「外で〈晩ご飯の匂い〉をかいだとき」by id:iijiman
私は、今は結婚していますが、一人暮らしをしていた時期も結構ありました。
一人暮らしの時、冬の夕方、薄暗くなり始めた街を歩いていると、どこからともなく「晩ご飯の支度の匂い」がただよってきます。
それが、どうも苦手でした。
その匂いをかぐと、淋しく、人恋しく、心細くなってしまうのです。
テレビの音なんかも、ちょっと「ぐっとくる」ものがありました。・・・続きを読む