家なきコラム

2018/06/13 (水) アイドルの国際作家的展開というのは

5月8日、ももいろクローバーZの『第一笑 ヘシャオイーシャオ!〜』を聴く。4人組になったももクロの再出発にあたる本作は『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ拉麺大乱〜』の主題歌でもある。そちらに寄せたのか前作シングルに続く日中友好路線。伸び悩み期のアーティスト中国公演に乗り出すも結果は出せず活動休止という展開は過去多くある。ももクロ大陸への向き合い方はかつてのポケットビスケッツに近いよう。観光特使とも背水の陣とも異なる茶目っ気があるのだ。が、ともすればその茶目っ気が異文化歴史観の隔たりによりとんでもない地雷を踏む恐れも。ポケットビスケッツ中国公演時にはまだツイッターなるものは不在だった。が、テレビ番組千秋大陸の聴衆に「イエロウ、イエロウ、ハッピイ」と呼びかけた時は勝手に戦慄したのを覚えている。こちらから一方的カーペットを広げた友好ムードの上では滅多なことを口にするべきではないと思う。思うが、今の自分達にはそうした呼びかけも可能だと確信しているとしたら。だとしたら尚更まずいような気も。「優しいひとに包まれしあわせでねって願うよ だから 隣へまた隣へ 優しさの連鎖贈りたいね」というメッセージに眉をひそめる人もいるのでは。国内では当たり前に使っている外来語が当の国ではひどく時代遅れで顰蹙ものだったりするが国賓挨拶文じゃないのだからまり気をつかい過ぎても味気ないかとも。アイドルの国際作家的展開というのはひどく困難だ。70年代初頭、森山加代子の『白い蝶のサンバ』は当時の日中友好ムードの主題歌のようだった。京劇風の曲調に特にメッセージ性はないと思われるクイックル歌詞を乗せた阿久悠の策略より一歩踏み込む必要が今の時代にあるのかどうか。ただ70年代と違ってそれらを発信するとどんな反響が予想されるかという下調べは事前に行なわれているのでは。「うっかり寝過ごし4,000年」、「イーアル上海シノゴの言わずに」といったフライング気味の表現も「きっとモーマンタイなのだと思う。しまむらパジャマのような仕立ての功夫服を見ても大陸キッズは心を痛めないのだと思う。が、今はどうということもない表現が後々地雷化してしま場合もある。戦時下欧米アニメに描かれる邪悪日本人像を90年代民放アーカイブスふいに取り扱ったように。忘れた者から先に幸せになるとは限らないが。幸せなりたければ忘れよというメッセージも今ではひどく時代遅れである

2018/06/11 (月) 次元を超える作家、阿久悠の始まりの

5月3日、阿久悠 著『昭和歌謡曲日本人』(河出書房新社)を読む。本書は07年に逝去した作詞家 阿久悠が01年から07年まで新聞連載していたコラムを集めたもの。亡くなったのは07年8月でありコラム最終回7月22日。直前までNHK FMで自身アンソロジー番組にも出演していたが収録中も危険状態が何度か訪れたという。最期まで仕事に没頭していたかったというよりも公に姿を見せることで静養するよりパワーチャージできるのではという賭けに出たのだろう。似た例はその後いくつも見られるが阿久悠アクセルのかけかたはその後のいくつかの例とはタイミングもスケールも違う。90年代初めに嫌々引き受けていたことが昨年放送された自伝ドラマで明らかになる最盛期の自身アンソロジー企画に近いコラムは本書の第五章「昭和の歌とその時代」に登場する。『無名の意地』のタイトルデビュー作『朝まで待てない』を振り返るが。当時は無名の意地でぶつかっていった初仕事を今は有名になったのちの遺産として繰り返し解説させられる役回りに内心辟易している感も。晩年阿久悠再チャレンジには『書き下ろし歌謡曲』がある。歌手作曲者も不在の注文のない歌詞をあてどなく発表したもの武術家が型だけをみっちり披露したような印象で世間向きにはスルーされていたよう。本書には最晩年阿久悠が再々チャレンジした『スーパー歌謡曲』なるものが登場する。「花も実もある絵空事のパワーで、傲慢等身大、有視界、自己完結を飛び越えようと思っている」「市川猿之助さんの『スーパー歌舞伎』を考えて貰っても構わない」などとフルスロットルで描く年齢も性別国籍も超えて感動できる歌謡詩のことらしい。その第一作は『どこでエルビス出会たか』。「コインを一つ投げ込んだ」「I want you I need you」「あんたはもしや エルビス・プレスリー」「その色っぽさは何なのだ」と続く詩世界にはやはりコラムタイトルの『エルビスの春』の方が似合う。次元を超える作家阿久悠の始まりの演目ロッカビリーであり、舞台は当然東京有楽町日本劇場なのだろう。あの界隈が20年にやって来るオリンピックを経ても依然とどこか最盛期を過ぎた御隠居さんの街ではいよいよ淋しい気もするが。傲慢等身大をまずは忘れてみなさいという歌謡界の巨星からメッセージを頼りに私は私にとっての日劇を見つけに行こうかと。

2018/06/10 (日)

火木香って黒木香かなと

4月30日阿部共実 著『月曜日友達◆戮鯑匹燹B喨犬砲蓮マンガ賞総なめ!」「10万部突破!」などの二倍は大きな活字で「糸井重里さん感涙!」とある学問世界では30年以上前の出来事から歴史の中にファイルされるとか。若者文化史上の先人を感涙させたらしい本作にてシリーズは完結。80年代の学園漫画のように中高生のまま5年10年と引っ張るのは現在では無理があるということか。『空が灰色から』(秋田書店)の狂犬病のごとき饒舌と比べれば本作は天然記念物なみの静謐さ。執拗に丁寧な描き込みの背景にはマンモス団地カラオケ広場歴史化しようと生き延びて真価を問われようとする気概を感ず。心を揺すぶる青春ドラマはいつの時代もいわば美辞麗句たが。本作には美辞麗句の宿敵となる無理解教師家族は顔を見せない。宿敵ながらも堂々と顔を見せて友愛を求めてくるのは子分に逃げられた人望のない不良少女の火木香だけ。「ふがふがうるせえな。私は男家庭で育ったからちょっと荒ー(あれえ)だけだよ」などとビッチ言い逃れのようなその主張にふと思う。火木香って黒木香かなと。黒木香飯島愛のように正確には受け入れられていないお茶の間の人気者の悲哀が火木香のキャラクターに描き込まれているのかと。「学校をもう一度めざせ!」と月曜日友達である水谷茜と月野透に最後の後押しをする火木香だけが正確には世間に受け入れられない道で大成してしまうのかも知れない。「もっと色んなものを見て感じて勉強もして自分に何ができるか試したい」と悟ったはずの水谷茜もやがては都会から傷付いて帰ってくるのかも知れない。『アメリカングラフィティ』の後日談のような最終章に登場する後ろ姿の新一年生女子はもしや月曜日友達二世にあたる一粒種ではと私はほっこりしたが負け組中高年の感傷かとも。あとは野となれ山となれと無骨に言いきるほどに青春ドラマとしての完成度は上がるきれいさっぱり潔く幕を引く態度に誰もポプコーンを投げつけたりはしない。が、まだ右も左もわからない新参者までがいざとなったらこの俺が腹をなどと自信満々うそぶく近年の風潮にアレルギーの私には本作がミドル層中心に賞賛されているのがやや不満。現在から離れてもらしからぬ異様な若者に言うべきことを言わせる作風増村保造の異様なドラマ作りに近い。やがては全篇笑って観ればそれでいいものなのかも知れないが。最近の帯文には「○○さん激怒!」なんていう例もある。それもまた売りになる異様な時代なのかと。

2018/06/03 (日) サラダといえば芋サラダ世代である私

4月18日、『茨木のり子献立帳』平凡社 写真=平地勲 を読む。以前にこの場で詩人茨木のり子が唯一残した児童書『貝の子プチキュー』を児童文学の外側にいた茨木のり子が一回こっきりの冒険に挑んだ意欲作などと私は評した。が、『貝の子プチキュー』は茨木のり子放送劇用に書いた脚本を没後企画として絵本化したものであり書いた本人は完成品に触れていなかったのだ。「現代詩の長女」と言われる詩人の略歴に紛らわしい茶々を入れてしまったお詫びに本書を紹介させていただきたい。本書は茨木のり子昭和24年に始めた新婚生活から昭和50年に夫と死別するまでに残した日記料理レシピ原稿にして個人所蔵の写真と撮り下ろしの写真を加えた料理本。撮り下ろしの写真とはレシピを元に調理した品々をスタイリッシュな器やインテリア演出した写真のこと。昨今の映像業界には料理を美しく見立てるフードコーディネイトなる専門職存在する。本書で料理・器 織田桂とクレジットされる人物がそれにあたる。トップメニューの「みどりカレー」の外観は東京下町で千円弱とられても納得の感のエスニックカリー。発案者のみどりさんとは詩人友竹正則夫人のことと注釈に。友竹正則のことを『くいしん坊!万歳』の歴代リポーター同様に映画のいい時代スターだったおじさん俳優かと少年期の私は思っていたが。本業声楽家詩人であり料理本も多数著す食通であった。70年代には詩人もまだスターだったのか。茨木のり子川崎洋を中心とした詩誌『櫂』のグループは50年代半ばにシュークリーム詩人たちと揶揄された。お坊ちゃま集団という意味であり、その後の自由劇場俳優渋谷系ミュージシャン同様に憧れと嫉妬対象だったはず。みどりカレーが発案された頃の庶民はまだグリコワンタッチカレールーの出現におののいていたはず。「ターメリック(大さじ2)、カイエンペッパー(大さじ2)」なる表記にも何のことやらであったろう。それでも昭和30年代の東京の片田舎で入手できる食材はまだ決して豊かではない。サラダといえば芋サラダ世代である私にとっても今なお憧れと嫉妬対象である茨木のり子献立帳の魔法は解けそうで解けない。別にセレブじゃないんですよと結構セレブに言われた時の拍子抜けというのか。昭和40年代の若者の熱愛した番カラ気質茨木のり子スマートぶりに代表される種も仕掛けもないハイカラにやっかんでいたよう。別に普通といえば普通ではあるんだが。

2018/03/06 (火)

危険と引き換えに堅気の数倍の収入

1月26日石井光太 著『浮浪児1945−戦争が生んだ子供たち』(新潮文庫) を読む。本書は77年生まれルポライター石井光太がこれまで途上国ストリートチルドレン取材し数々のルポを記した際に日本国内では同じような問題をどう解決してきたのかを疑問に思い戦後の浮浪児の取材にあたったもの。『新潮45』に元になった取材記事が連載されたのは12年から13年の間。終戦直後に就学児童である筈だった浮浪児たちは既に70代を過ぎており当時を語り継ぐにはギリギリのタイミングに。戦争孤児となり住むところも食べるもの自力で確保しなければいけない状況の中で浮浪児たちが得た収入源は靴みがき新聞売り(拾った読み差し新聞高値で売る)、PX転売(米軍放出品を高値で売る) など。これらの仕事で稼いだ日収は当時の公務員の倍以上。であるが浮浪児たちには安心して眠れる場所もなく地下道眠る間に丸裸にされるなど日常が非日常自殺者、発狂者も増える中で彼等にまず手を差し伸べたのは暴力団街娼。当時の暴力団収入公務員初任給を一日で稼ぐほどだったとある。堅気の職業の日収の倍、公務員初任給をわずか一日でというくだりに思い出すのは寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』に登場する官庁勤めにあっても官僚コースを外れた課長まりサラリーマンが「ああ、俺の一生かかって稼ぐ月給は、山本富士子映画数本の出演料だなあ」となげく不良少年入門の章。危険と引き換えに堅気の数倍の収入を得る点で更に連想するのは映画ガス人間第一号』(60年 東宝)で主人公研究者口説かれて自身科学実験提供する謝礼がやはり勤め人の月給を一日で得られる「曲者金額」だった場面。いつの時代も「曲者金額は行き場のない若者を狙っているよう。今現在なら『ダウンタウンDX』に登場する芸能人普段着の総額云百万円という数字は「曲者金額」なのでは。「だが、今の日本にはがむしゃらに生きる姿を見かけることがほとんどなくなってしまった。時代の変化と言い切ってしまうのは易しいが、浮浪児たちの人生から生きることの意味を考えてみるのは、今の私たちには必要なはずだ」と考える著者の願いとは裏腹かどうか今の日本で「曲者金額」に挑む若者は必ずしも世間向きに羨望を浴びないよう。その意味でもガソリンを使い果たした日本戦後のその先を生きる若者欲望行方が気掛かりに。