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2011-07-09

日記です。


はい、ええと。お久しぶり、と言ってもここを見ているひとは居ないと思うので、初めまして。なのかしら。


インターネットで久しぶりに、勢いのあって、でもきちんとした小説のかたちにはなってなくて、でも心に届く文章を読みました。

そのときはてなスターをつけて、自分の星をクリックしてみたらここに飛びました。


お久しぶりです、日記よ。

ここを見ると自分が丁寧な言葉で、いまの自分では使わないような単語を扱っていて面白いです。

いつからか私は長文を書かなくなったので、いまこうしているのも不思議な感じがします。


そう、私は長文を書かなくなりました。

中学生の頃だったかな。初めてブログを作りました。(いま創りましたと変換されて少し大層な気分です)

あの頃の私はゲーム攻略サイトの掲示板で少しずつ知らないひとたちと交流を始めたところでした。

そのゲームにほんのりと廃れる空気が流れ始めたころでしょうか。一部の訪問者の方々の間でとあるネットゲームが流行っているという書き込みを見かけました。

掲示板の管理人さんとは少し仲良くなれていたつもりだったので(そして顔が見えない場所だからこそ気が大きくなっており)、私は図々しくも仲間に加えて貰ったのです。

ブログを始めたキッカケも、その方々と仲良くなっていく過程で仲間内の真似事をしていたからだと思います。

私は最初、ネットゲームのことを書いていました。毎日更新目標としていました。

でも、ネットゲームなんて毎日書くことはないのです。同じことの繰り返しなのだから。

だから日常生活のことを綴り始めました。

私の学生時代と言えば暗黒時代もいいところ。溜まっていく不満、不安肥大していく自己。親は絶対だという時期から、急に自己を尊重されるようになる時期。

そんな不安定なときに訪れるイジメ。成績不良。モラトリアムへの反発。恋に恋し、叶わぬ容姿。圧倒的なコンプレックス。病んでいる家族への不信感。

何もかも、吐き出さずにはいられなかった。文章にしてどこかにぶつけることでしか、自分を保つことはできなかった。

あの頃自分が何を書いていたか、掘り返そうと思えば出来るのですけれど、しようとは思えません。きっと引っ張られてしまうから。

私はいま、幸せです。

愛しても愛しては貰えないように、信じても信じては貰えないと、過去の私は言いました。

その通りだと思います。

私が愛したからいま私が幸せなのではない。相手も同じように心地いいと思ってくれたから、それがお互いのエゴだとしても、そういうかたちの信頼の方が安心できる。

友達は、未だに信じられないかもしれません。それはあの頃の私が、全くもって私に都合のいい親友像を描いていたから。

そういう意味で信じられることは、たぶんこれからも無いのだと思います。

悪いところもあり、いまはまだ解らないこともお互いにあり、疑ってしまう過程があり、でも出来れば最後に自分に言い訳をせず信じられると言えたらいいなと思います。

少し私は落ち着いてしまったようです。あの頃長い時間をかけて私をじくりと痛めつけていたモノが、1年の間にあっという間に心を削り取って行きました。

削られたのは、不信。私の根源たる感情

それはまだわだかまっているかもしれないけれど、だってそんなもの、あって当然のもの。

自分が当然してしまう弱さを、他人にも認めることができた。

自分勝手な己を顧みることができた。

そうして文章にするほどの苦しいことはなくなったのかもしれません。

同じように不幸が訪れているひとが居ても、それをもっと苦しく思うことはもうきっと無いのでしょう。

許せるように、諦めるように、流れるように、ただ静かに相手を想うように。

本当に相手を見つめて考えたとき、痛みを感じる器官が削り取られたのです。

周りは何も変わらない。不幸な現実は変わらない。きっといまもどこかの学校で私が居る。社会に出たってそう。

世界を変えることはできるのかもしれないですけれど、それだったら私は私を変えてしまう。楽だから。

いっぱい世界に反抗して、あのときは本当に疲れてしまっていたから。

そんな自分を卑下することもあるけれど、いまの幸せがあるのはきっとよいことです。よいことでなければなんだというのでしょう。

私は長文を書かなくなりました。書く必要が無くなりました。小説も書けなくなりました。書く感情が無くなりました。

あの頃はいっぱいの負の感情がありました。でもいまは幸せでしかない。

だからもう、こういう場所は必要ないんじゃないかなあ、なんて思っちゃうと、寂しいかもしれませんね。

気が向いたらまた来ます。

2010-03-21

人を信じることはできるか。


あなたはできますか。できませんか。

僕はとてもよくしてもらっている友達でさえいつ裏切られてもいいようにと、

そんなことばかり考えていつも行動しています。


いつも仲良くしているグループの中でとくに仲のいい人だけでどこかへ遊びに行こう、ということになったとき、

始めから自分が勘定に入れられていて嬉しいとも思えず、ただ当然とも思えず、不思議に思ったことがあります。

向こうはこちらを当然のように一番の友達だと思ってくれていて、

こちらも友達だとは思っているのですが、自分だけ誘われないことも当然あるだろう、と考えています。

正確には考えているというより、それが本当にただ当然なことで、考えるまでもなく受け止めるべきことだと感じています。


どうして親が朝起きたら包丁を構えていないと言い切れますか。

どうして友達が次の日から攻撃者にならないと言い切れますか。


関係は関係、信頼は信頼。別のことだと思っています。



また別のとき、些細なきっかけで僕ととある人との間で揉め事が起こりました。

友達たちは当然のように間を受け持ってくれ、なんとか仲直りをさせようとしました。

僕にとってはそんな、いつか時間が経てばなんとかなるだろうどうでもいいことでしたが、

何かと引っ掛かることが多い事件でした。


その友達は僕のことを庇ってくれたのでしょうが、こう言っていました。

「なんでも○○は高校のころ、イジメやそれ紛いのことに遭っていて、そういうことに対して敏感なんだってさ」

はぁ、どうりで無視されたとか自分に対してだけ扱いが悪いとかそういう話になったのね。

「でもそれって高校の頃の話じゃん? 今更そんな話持ってこられても、それってワガママだよねえ」

うーん、まぁ……うーん?


いやぁ、僕に対してフォロー入れようとしてくれてるんだろうけど、僕はその話に共感できるんだけどな。

一対一でそういう話したら、あぁそうなんだ、でもそれ勘違いなのよね、で終わる話だったんだけど、

どうにも友達経由な所為で話が捻じれている。


そもそも過去のことを打ち明けてくれるのって信頼したい、信頼されたい意思表示だと思う。

それを君たちはそういう扱いで撥ねちゃうんだ、ってのもあるし、

実際過去にそういうことがあった人が、人格に何の影響も与えないということがあるのだろうか。

知ったこっちゃねーよって、それ、そんなこと言っていいもんなんだ。


まぁその話は別のところでまた解決したんですけど。

隠れて仲直りさせようと話合っていたことには正直ムカつきましたと伝えておいた。


例えば僕が同じように、昔の話をしたとしても知ったこっちゃねーのだろうか。

今と昔は違うから、そんないらない心配ばかりしている僕をめんどうなやつだと思うのだろうか。

インターネットで自分語りをすることは簡単だ。ここでは誰とも一対一じゃない。

リアル人間関係で、そんな話したって誰も聞きたがらない。そういう確信がある。

結局不幸自慢にしか捉えられない。じゃあわかった、それを克服しろよと、そういう話にしかならない。


僕は本当は包み隠さず何から何まで話してしまいたい。話して欲しいと思う。

だけど現実には隠し事ばかりで、自分だけがそういう話をして、恥ずかしい思いをしたことは何度もある。

笑って済ませて欲しいわけじゃない。同情が欲しかった。同じように感じて欲しかった。


じゃあ僕はここで不幸自慢をしよう。あの頃は自分こそが一番不幸だと信じて疑わなかった。

例えば小学生のころ、僕だけ輪に入れてもらえず、近寄るたびに大声をあげて避けられていたこと。

中学生のころ、小学校で仲がよかった友達にも遂に避けられ、新しいクラスメイトにも笑われ、

ボールをぶつけられ、部活でも笑われ、先輩には話も取り合って貰えない。

ようやく友達ができたと思えば、ある日突然避けられるようになり、目のまえで悪口を話しているところを見せつけられる。

部活に行こうとすると吐いてしまい、結局部活には寄らないようになる。そのことを馬鹿にされる。

成績は急に悪くなり、運動もできず、自分の性格の悪さを改めようと思い、それでも自分より惨めな人間を探し、

卒業のころになって見たことのないやつだと笑われ、町を歩くだけで誰もが自分を見下しているという感覚

高校になって教えられたのは自分がこの学校で底辺よりさらに下に属しているんだということ。

何かあるたびにそれを繰り返し教えられる。自分は人間以下で、だけど世間にはそれ以上に不幸な人が居るという認識

目の前に手が現れるだけで殴られないように頭を抱え、それを笑われ、知らない人からはその様子を見られて気味悪がられる。

何度も殴られ、愛想笑いを繰り返し、泣き笑いの顔を覚え、殴られているのに笑っているとさらに笑われる。

教師には情けないと怒られ、華奢なことをネタにされる。存在感が薄く、居ても居ないように扱われる。

今度はなにかあっても笑わないように嘆かないように、表情を変えないように努力をする。

毎日心臓病の男に自分の不幸を嘆かれ、ああ自分はそれに比べたらなんと幸福だろうと思う。

そしてその男に毎日殴られ蹴られクラスメイト同士の笑いのタネにされ小間使いをさせられる。

金を貸せば返すときは地面に放られ、拾えと言われる。

枕に顔を埋めて呪詛を念じる毎日。


バイト差し入れがあったとき、僕はそれに毒が入っていてもいいように携帯に簡単なダイイングメッセージを残す。

何かありそうなときはささやか報復ができるように、メモをしておく。それが当たり前だった。


ああそれに比べてなんと今の平和なことか。

だからもう何も心配はいらない。僕は幸福だ。


そんな馬鹿なこと、口が裂けても言ってやりたくはない。

こんな経験ばかり積むしかなかった自分が気持ち悪い。

こんな不幸全然特別じゃない。一番なんてとんでもない。

人並みに無能力で、人並みに怠惰で、人並みに嫉妬心を持っている、

こんなの、ただの人間でしかないじゃないか。

ただ卑屈に育っただけのつまらない人生。1でも0でもない。


自分を信じられない人間が、これまでの見返りを求める為に誰かを信じるなんて、虫のいい話だったのだ。

愛しても愛してはもらえないように、信じても信じてはくれない。

2010-03-08

『ポンコツ天使』から『祝ってやる』へと続くお話


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この全く関係のない二つの楽曲から、物語ができたようです。



PIAPRO(ピアプロ)|テキスト「【小説化してみた】 『ポンコツ天使』から『祝ってやる』へと続くお話」

http://piapro.jp/content/ak11hcd67gcyq7c3

次に進むときは「<< 前のバージョン」をクリックしてくださいね。



毎日ニコニコ動画のランキングでボカロ新曲だけはチェックしていて、

「祝ってやる」という曲だけは知っていたのですよ。

UP当初からすごく良い歌詞だなぁと感じていて、暇なときに何度か聴き直していました。

そんな中、まさかの物語化……。


正直、そこまで期待していなかったのですが、これは自信を持ってオススメできます。

あなたがもし「ポンコツ天使」の境遇に少しでも思い当たるところがあるなら、

そこから「祝ってやる」のような少し卑屈で、だけどすごく前向きな歌詞を好きになれたなら、

ぜひ読んでみてください。


ポンコツ天使みたいな考え方って好きです。

自分自身の臆病で努力もできない性格を理解している人が、周りの環境にも良い部分を見出せないのに、

自分の生きている世界に祝福を贈れるなんて、本当に天使みたいじゃないですか。


この小説には、音楽で言う「サビ」に当たる部分があります。

私はそこに差し掛かったところで思わず泣いてしまいました。

コメント欄でピノキオPや、おにゅうPがべた褒めしていましたが、私も同じ気持ちです。

意外なようで、王道なお話ですが、この紹介を読んで楽しんで貰えたら私も嬉しいです。

時給310円さん、ありがとうございました。

2010-02-26

ファン待望!


            〃´⌒ヽ

.     , -――  メ/_´⌒ヽ

   /   / ̄  ´ヽ ヽ

.  /  ,  /// ト. !  、 丶ヽ

  l  / /(((リ从  リノ)) '

  |  i  l   . ヽノ .V l

  l ,=!  l  ///    ///l l  ねんがんの

  l ヾ! ', l    ヽ_フ l l   C†C限定版をてにいれたぞ!

  |  ヽヽヽ        //

  l    ヾ≧ , __ , イ〃

  li   (´`)l {ニ0ニ}、 |_"____

  li   /l, l└ タl」. /l.´ PS2版 `.l

  リヽ/ l l__ ./  |________|

   ,/  L__[]っ /      /



このAAも久しぶりダナー。


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これがほんものだ! あと俺、写真撮るの下手だな!

ブックレット見たらネタバレ万歳で素敵でした。

攻略にいろいろ注意書きとかあるけどルートはまりとかあったっけ……。

色々忙しい(はず)だけど、ちょっと引き篭もって一気に攻略しましょうかね。

サントラとドラマCDがあるから楽しみだなー。

2010-02-24

今日のできごと?


せいかつしゅうかんって、たべられるです?

もう何年も前から日をまたいで朝陽を眺めることを厭わない生活を送っているので、「今日のできごと」という題で書くときにいつも悩みます。

今日っていつだ。寝るまでだ!俺がそうと決めた瞬間までは今日なんだよ!


お昼、いつものように母親に起こされて(ここに違和感を感じてはいけません)、今日は図書館に行く日だったのだと思い出しました。

そうなのです。今日は目出度い図書館デビューなのです。

いやそりゃ図書館くらい行ったことありますけど、図書カード使って貸し借り利用したのって小学生以来じゃないかしらん?


前日に調べた「ハイペリオン」4部作シリーズと「たったひとつの冴えたやりかた」借りようという魂胆でした。

判る方には判るかもしれませんが、これ、涼宮ハルヒシリーズで長門が読んでいた本なんですね。

たまたま評判を見かけて、凄く面白そうだったので(買うと高そうだったので)、借りに行ってみました。

けっこう遠いので車で行こうかと思ったんですけど、一年ぶりに乗るのはやっぱり怖かったんです。しょうがないんです。

自分言い訳をして甘えて蕩けて堕落して参りましょう。あぁでも小回り利きそうだし原付欲しいな。

地元は道が入り組んでいる上に歩道も狭いので車にしろ自転車にしろ不便なんですよ。いいなぁ原付。

働き出したら買おうかと目論んでいます。よくベスパとか聞くけどそんなにかっちょいいんだろうか?


さて、おじさんおばさんばっかりかと思いつつ図書館に着いてみたら同年代の男性もちらほら見かけました。

大学生が調べものに来てるのかなー。まぁ貧乏学生には図書館は重要な施設ですよね。もっと前から着目すべきでした。

まぁでも案の定ね。ほら司書さんとかね。女の子に期待してはいけなかった。これはしょうがない。

そう、僕が余りにも軽率で、浮ついた思考をこういう清貧な場所に持ちこんだのがそもそもの間違いだったんだ──

そういうわけでどういうわけか、ちゃんと貸し出し中じゃないことを確認して来たのにハイペリオンが置いておらず、

結局ハイペリオンの代わりに「虐殺器官」を借りてきました。伊藤計劃です。ハーモニー面白かったので。

図書カード作ったので今度から予約機能が使えます。脳内で実績解除マークがぽっこり。



帰り道、というか行きもそうだったんですけど、やたら女子学生を見つけました。

いや目ざとく僕のセンサーが検知したとかそういうわけではなく、なんでしょうね。

たまたまその日は多かったんだよ。多い日も安心! あなた、最低ですね。

しかも途中で道曲がったと思った子がたまたま違う交差点でもう一度出会ったりとかあったんですよ。

やべえ! これは運命だ! とかは特に思わず、警戒されたら嫌だなぁと思い独りスピードを下げてトロトロ帰ってきました。

現実ってこんなもんよね。


まぁあまり悲観して現実の価値を引き下げ過ぎてもいけません。

僕は嘘つきだけれどもたまには良いことっぽいことも言うんだよ。だいたいパクりだけどな。

帰ってきて読みかけのSelf-Refernce ENGINEを読み終え、さぁ借りてきたものを読もう、とは行かず、

結局またスカイプやらtwitterに向かっていました。いやぁ健康的な習慣ですね。どうもどうも。

止められないなら頻度を落とせばいいじゃない理論を実践しているんですけど、春休みだと気分緩みまくりです。

しょうがない、というかしょうもない。人間楽しいことには抗えないのです。


あんまりみんなが面白いこと言うから劣等感に苛まれて短期鬱状態に入ったりもしましたが、

結局その解決法もインターネットなんです。すごいなーインターネット。なんでもできるなー。

ネットをしていると知識が満たされ心が研鑽されていくような錯覚に包まれるので何だか徳を積んでいる気分です。

駄目サイクルにハマっているような気がする……。もっと広い世界に目を向けたいですね。

今の僕が日記を書くとしたら、たまたま図書館に行ったとき以外はその日ネットであったできごとの羅列になりそうです。


結局この日はずっと本のこと喋り続けてたりtwitterで構って貰ったりしてました。

会社課題の期日が早まったりして短期躁状態に入ってたりもしてたんですけど、

とりあえず詳細な書類が届くまでは落ち着こうと心の平安を取り戻しました。いやほんとtwitterの暖かさぱねえ。

にしても来月からは本当に忙しくなります……。新生活おそろしーです。新しい人間関係とか、課題とか、資格試験とか、仕事とか……。

未来の予定が詰まっていると今現在何もしたくなくなります。仮想的忙殺演出です。

実際は徹夜でチャットした朝に日記書くぐらいには余裕です。いや余裕の喩えとしてはどうかと思うけどさ。

本当の僕は時間を持て余していて布団に包まれながらお気に入りのぬいぐるみを抱きしめている……とか、

並行世界論っぽくてよくないですか。希望に満ち満ちていますよね。自分の人生を他者に仮託するなぁ!


そろそろ脈絡を文脈から掘り起こすことも困難になった頃だろうと思いますし、そもそもネタが尽きたので寝ようかと思います。

ただまぁ自分で読んでみるとあんまり面白い文章じゃないなぁ……なんて。いつものことですけど自分の文章がとことん面白くない。

書いたものとして責任を持っているつもりではあるけれど、これも一ヶ月も経てばまた黒歴史入りだなぁ。

例えばその人の個性を感じるような、感性の一端を汲み取れるような文章が書けるようになりたいです。

ただこうやって日記を書いてそのまま放置、ってんじゃいつまで経ってもよくならないですよね。

想起・執筆推敲の段階を踏む物語創作実践が一番いいんじゃないかな……、と思いつつも完成まで行きません。

社会人になったらこうやってまとまった時間を取ることも出来ないんだろうなぁ……。

どうにかそれまでに短編でも良いから一本作ってやろうと思ってましたけど、課題の関係で難しそうです。

人生難しいなー。