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2015-09-20 「テオ もうひとりのゴッホ」(書評):共依存の兄弟

糸杉

「テオ もうひとりのゴッホ」(書評):共依存兄弟 04:52 「テオ もうひとりのゴッホ」(書評):共依存の兄弟を含むブックマーク 「テオ もうひとりのゴッホ」(書評):共依存の兄弟のブックマークコメント


糸杉のようなもの?→






芥川龍之介は、彼の著「或る阿呆の一生」の中で、「私は、ゴオグの絵を観て、絵画というものを了解した」と書いています。その「ゴオグ」というのは、ヴィンセント・ファン・ゴッホのことに違いありません。確かに素晴らしく、魂の叫びを感じる絵画群です。でも、ゴッホ命中は、絵が1、2枚しか売れませんでした。


じゃあ、ゴッホはほとんど無収入となるわけで、芸術家場合は、いわゆるパトロンがいれば安心して創作に励めるでしょうがゴッホにはそんな人さえいませんでした。・・・それは、パリで雇われ画商を営んでいた弟のテオ・ファン・ゴッホが月給300フラン(19世紀末当時)から、半分の150フランを、毎月欠かさず兄に送金していたから画業に専念できたからなのです。


画家と画商・・・きわめて相性が良さそうですが、この兄弟場合は大変でした。絵を観る目のあるテオは、当時まだマイナーだった印象派モネとかドガ、ルノワールなどの展示・販売までは成功しましたが、もっと先端にいて絵画創作していたヴィンセントの絵は、売るスベをテオは持っていなかったのです。テオが務めていた画廊も、保守的経営者で、テオの提案に、うん、とは許諾しませんでした。


それに、ヴィンセント精神病質で、人付き合いも下手でした。また、19世紀末当時飲むのが好まれた魔酒アブサンも愛飲していたようですが、この酒に配合されていたハーブ一種ワームウッドが中枢神経を傷つける「ツジョン」という成分を含んでいたので、その作用も彼を蝕む原因の一つだったと思われます。同居して絵画精進しようと誘ってやってきたゴーギャンと、ほどなく喧嘩別れして、あの有名な「耳きり自傷事件」を起すのです。彼はすぐさま精神病院のお世話になります。彼の奇行は止まらず、油絵テレピンオイルを飲んだり、絵の具を食べたりしています。最期は、ピストルで胸を撃って自殺してしまいます。


兄のヴィンセントとは正反対に、テオはキャリアを着実に積み上げ、パリでも有名な画商になり、素敵な妻・ヨハンナを得、愛児 ヴィンセント(兄と同じ名)も設け、順風満帆なようにみえました。でも、そのテオにしても、兄・ヴィンセントといたわりあったり、非難しあったりする、決して強くはない男でした。


いみじくも、ヴィンセントはテオに、自分作品を「ぼくらの制作」と言っており、ヴィンセントの画業はテオとの二人三脚と称していました。当時の精神科医は、この2人のことを「共依存関係」にあると分析しました。いわく

孤立無援の画商が画家経済的支援者であったならば、孤立無援の画家は画商の精神支援者であった。画家は画商の脆さ、弱さを看破していた。

              訳者あとがき:250P


兄、ヴィンセントの死後、テオも精神病院の御世話になるほど衰弱し、消えるようにこの世を去りました。その後、ヴィンセントの絵は、テオの妻・ヨハンナ、小ヴィンセント努力の効で、ようやく世に知られるようになったのです。


以下、代表的作品、2点を挙げてみます。(参考にしたのは河出書房新社世界美術19 第2回配本 ゴッホ:1963年初版です。)


星月夜:1889年制作



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糸杉:1889年制作



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ヴィンセントの絵が初めてパリ美術界に認められた時の批評はこうです・・・

彼の作品本質を特徴づけているものは、過剰ということである。力の過剰、神経の過剰、表現暴力性。事物性格の断定的肯定、形の大胆な単純化太陽直視する傲慢さ、デッサンや色彩の凶暴さ、取るに足りないような技法の細部にまで、立ち現れてくるのは、ひとりの力強く、雄雄しく、勇敢な、しばしば粗野で、時には無邪気なまでに繊細な男の姿である。

   179P    アルベールオーリエの記述(メルキュール・ド・フランス誌)

テオはこの記事を見て、大層喜んだとのことです。そのことをヴィンセントにも伝えたそうです。


今日のひと言:この本(平凡社:2007.8月初版)は、原著者がマリー=アンジェリーク・オザンヌ&フレデリック・ド・ジョード、訳者伊勢英子伊勢京子でした。


従来発見されていたヴィンセントとテオの往復書簡にくわえ、新発見の90通あまりの書簡を丁寧に読み取り、「暖かい」目でこの不可分な兄弟物語を綴った労作だと思います。



もっと知りたいゴッホ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

もっと知りたいゴッホ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

小林秀雄全作品〈20〉ゴッホの手紙

小林秀雄全作品〈20〉ゴッホの手紙





今日の料理


ナスの辛子和え



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ブログ友達id:o-uiri さんが取り上げられていたこ料理、とても美味しそうなので私も作ってみました。参考にしたのは http://cookpad.com/recipe/900147 。本来2日はかかる漬物ですが、私はちょっとアレンジして、1.5日で仕上げました。確かに美味しい!!

 (2015.09.15)



雲南百薬マヨネーズゆかり和え



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雲南百薬は、南米原産のつる性植物です。中国雲南省の産ではありません。ツルムラサキ科。粘りを持ち、栄養価も高く、なかなか風味絶佳です。日本での別名はオカワカメ

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20121120#1353406088

  :オカヒジキオカジュンサイ〜「岡**」と言われる植物たち

 (2015.09.16)



@鶏モモ肉と赤ピーマンの炒め物カシューナッツ添え



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弟作。あくまパブリカでなく赤ピーマンでした。調味料オイスターソース、塩、胡椒。鶏とカシューナッツは相性がいいようです。

 (2015.09.17)



@冬瓜(とうがん)のスープ



f:id:iirei:20150920050347j:image



弟作。冬瓜の大きな身の皮を剥き、タネとワタを除いた身の部分を水600ccで、カシューナッツベーコン、干しシイタケクコの実などと煮込み、「丸どりスープの素」で味付け。手間がかかるだけ美味しかったですね。なお、冬瓜の皮がキンピラにできるというので弟が試しましたが、硬くて、そのままでは食えないので、あとで圧力鍋で加熱して柔らかくし、これも食卓に並びました。

 (2015.09.17)

matsukentomatsukento 2015/09/20 05:20 iirei様、おはようございます。
芸術家や作家って、凡人とはあまりにも違いすぎるのか、最後は悲惨な末路を経ている方が多いような気がします(汗)。
その点私は凡人中の凡人ですので、その心配はないのでしょうが(笑)。
でも太宰治や川端康成も自殺しているだけに、なにか「死」に惹かれる何かを持っていたのかもしれません(>_<)。
両者とも優秀な作家とでしたし、川端康成はノーベル文学賞も受けているだけに、死に急ぐ必要がどこにあったのか、まったくもって謎です(*^^;)。
それにしても真の芸術家が描く絵は、やっぱり一味違います(o^_^o)v!!!
ど素人の私が見ても、それは分かります♪
今回はなぜかお料理の写真が載ってませんが、ブログ親友で私の人格を世界でいる2人のうち、否定できる唯一の人間の一人である、o-uiri様のナスの辛し和えが取り上げられているのは、嬉しい限りですよ〜。
さすがはiirei様、ナスの辛子和えに目をつけるとは、さすがでちゅ。
もし私が人間として許されないとき、命をもって償わないとイケン時は、o-uiri様ご謹製のナスの辛し和えを食べて、その後処刑されたいっちゃぁ〜(^o^)ノ!!!

ABC1979ABC1979 2015/09/20 05:25 犬とエトセトラの動画です
よかったら見て下さい
http://d.hatena.ne.jp/ABC1979/mobile?guid=on
芸術の秋

iireiiirei 2015/09/20 06:08 >matsukentoさん
 作家の場合、常に脅迫観念が付きまとうのだと思います。「もう、作品が書けないのではないか」という。芥川龍之介も川端康成もその犠牲者だと思います。それまで築いてきた社会的名声を、これまでの作品が支えてきたこと、それはそれで良いと考えずに、もう作品が書けないと名声を失うと悲観してしまうのですね。一種の潔癖症と言えると思います。

ゴッホは多くの芸術家におおきな影響を与えていますね。日本人で有名な事例は棟方志功さん。「わだばゴッホになる:私はゴッホになる」というフレーズは有名ですね。

o-uiriさんについては、お二人のあいだになにか独特な友愛関係がありそうですね。(恋愛関係ではなく)無粋なので仔細は聞きますまい。

iireiiirei 2015/09/20 06:17 >ABC1979さん
 見ました。動画自体は犬でなく、缶コーヒーが主役でしたね。

o-uirio-uiri 2015/09/20 06:51 iireiさん。おはようございます♪
ずいぶんお早い起床なんですね。睡眠時間短くて大丈夫なんですね〜^^
あの世界的に有名なゴッホ…そのような生涯だったとは知りませんでした。
以前教えていただいた「真珠の耳飾の少女」のフェルメールの生涯も波瀾万丈。
超有名人は、生涯苦悩に満ちた人生を歩む人が多いのかも・・・?と思いました。
「茄子の辛し和え」1.5日仕上げって、どんなやりかたでしょう?? 茄子のまわりに辛子が付いてないのは??
私とマツケントさんの間に、独特な友愛関係…と言うのはどんな関係を想像してらっしゃるのですか?(笑
数年前にチラッとお会いしただけなんですが(^_^;)

iireiiirei 2015/09/20 08:22 >o-uiriさん
 私は睡眠時間が案外不規則で、このように4時代に起きることも多く、あとで昼寝を取るなりしてバランスを取っています。

 ゴッホとその弟、テオについては、近代美術史において有名な関係にあり、評論家の小林秀雄さんも「ゴッホの手紙」で取り上げているほどです。(読んでいませんが)

ナスの辛子和え、そうとうアレンジしたのです。「1.5日」ですが、作り始めたのが一日目の午後4時くらい、そして辛子に和えたのが二日目の朝8時ころ、味をなじませて食器に移したのが午後6時ころで、2日掛かっていません。なお、私の場合、レシピと違う調味料を使うことが多く、辛子粉ではなくチューブ辛子を代用したので、ナスに辛子がついてないように観えますね。辛さは十分にありました。

matsukentoさんがいかにも、彼がo-uiriさんと特別に「心理的な共鳴関係」にあるかのように書かれておられましたので、それで推察(あるいは邪推)した・・・という次第です。気にせんといてください。^o^

hatehei666hatehei666 2015/09/20 19:39 ゴッホの生活の一端を垣間見る事が出来ました。ひまわりや自画像が有名ですが、糸杉は初めて。聖書にもレバノン杉として出てきます。見事なものだったようですね。彼は聖書にも通じていたようで、特にダビデの時代の糸杉には印象深い思い出があったのでしょうか。

SPYBOYSPYBOY 2015/09/20 19:58 雲南百薬と聞いて、てっきり雲南の効用あらたかな薬草かと思いましたが、違うんですね(笑)。如何にも何かありそうなネーミングだと思います。
画商というのも売れる前の絵描きの将来性を見抜いて、絵描きを育てていくわけですから、大変な職業ですね。
バブル期にフランスから高額の絵画を買って(確かゴーギャン)、フランスのマスコミから成金呼ばわりされた画商の人と話したことがあるのですが、彼は『敗戦の時は日本から浮世絵などが大量に海外へ流出した。画という物はめぐりめぐるものだ。』と啖呵を切ったら、うるさいフランスのマスコミもグーの音も出なかったと言ってました。今は日本の絵も中国人が買っているそうですから、まさに巡りめぐるものなんでしょう。

iireiiirei 2015/09/20 20:01 >hatehei666さん
 ゴッホについては小林秀雄さんの名著「ゴッホの手紙」がありますが、じつは弟が持っていて、文通相手はいろいろな人なので、むしろヴィンセント・ファン・ゴッホとテオとの書簡に絞って書かれているので今回取り上げた本は面白く、役に立つようです。

糸杉(レバノン杉)には、繊細さと一種の凶暴性がまるでゴッホの分身のように思えます。その意味では糸杉の連作自体、彼の自画像であったかも知れません。ゴッホは、牧師になりたかったけど、その夢は果たせなかったようですね。おそらくダビデ時代の糸杉も、ゴッホの脳裏にはあったでしょうね。

iireiiirei 2015/09/20 20:40 >SPYBOYさん
 雲南百薬は、確かに栄養価が高く、ビタミン、ミネラルの宝庫として、モロヘイヤに匹敵すると思います。このネーミング、誰が付けたかわかりませんが、クリーン・ヒットですよね。

ヴィンセントとテオの兄弟の場合、弟のテオも「絵を評価する能力」は高かったでしょうから、印象派本流のモネ、ドガ、ルノワールの良さは当然見抜き、画廊で売れるまでになったのですね。でも、ゴッホまでは店に置けるには至らなかったのでしょう。彼とかセザンヌ、ゴーギャンなどの後期印象派は、むしろポスト・印象派と呼ぶのがふさわしく、印象派の画家と一線を画すようですね。

挙げられた「絵は巡るもの」というお話は面白いですね。美術愛好家でお金のある人が絵を蒐集する人ならば、その財力が美術品の保全のためにも役立つのですね。

azusarazusar 2015/09/21 09:45 ゴッホ美術館に行ったことがあります。
初めてたくさんの作品に触れました。
「ひまわり」や「日本人女性の着物姿」「自画」など印象的でした。
また画面を分割したような作風が個性的でした。
現役時代にはそれほど世に価値を評価してもらえなかったのですね。
今、美術館は観光名所になっていていつも混雑しているとのことです。
私が行った時も人でいっぱいでした。
人気のある画家ですね。
生きることの限界の状態でこそよい作品が生まれるのでしょうか。

iireiiirei 2015/09/21 12:59 >azusarさん
 <画面を分割したような作風・・・

これがどんな絵画を意味しているかは解らないですが、なんだかキュービズムの先駆けであることを意味しているのだとすれば、まさしく仰る通りかも知れないですね。

このブログに書いたように、ゴッホは先端的すぎて一般には認められなかったというわけで・・・まあ、パイオニアの悲劇でした。

いま、ゴッホというと、無言のうちに「世界最高の画家のひとり」というレッテルが張られていますので、観に来る1人1人が、彼の芸術を理解できるのか、はなはだ疑問です。

 <生きることの限界の状態・・・

ゴッホについては成立すると思います。

レモンバームレモンバーム 2015/09/21 17:14 ほんとうに、絵をどのような目で見てくれるかですね。たとえばどんなに良い技術を持っていても、そこに何も感じなかったり何の必要もなかったら他者にとってはただのゴミになってしまうのかも。猫に小判て言葉もあるし。 
ゴッホの絵はやはり特別違う何かがありますね。強烈ですよね。すごいですよね、絵でそれができるんだから。
二人しかいない兄弟ってやはりなにか思い入れはあるように思います。私も二人姉妹です。愛情も、実はひときわあるのかもしれないです。

iireiiirei 2015/09/21 19:19 >レモンバームさん
 観る者が絵を選ぶか、絵が観る者を選ぶか、ですね。やはり画家としては、「誰も描かなかった絵」を指向して絵を描くのでしょうが、それが世間で知れ渡らぬ限り、ただのゴミです、仰るとおりだと思います。でも、ヴィンセント・ファン・ゴッホの場合、弟テオやテオの家族がバックアップしたおかげで、今や世界で知らない者もいない大画家になっています。(もっとも、それにもちょっと問題がありますが)

ゴッホの絵には凄まじいパワーが秘められているようです。とくに、「糸杉」の描法は、神に入っているように思います。(hatehei666さんのご指摘にあるように、糸杉は聖書に出てくる神聖な樹であり、ゴッホが牧師を目指していたことと、オーバーラップするのです。)

わが家の場合も、二人兄弟で、それなりに仲よく暮らしています。軋轢は結構ありましたが、ともかく精神的にも経済的にも欠かすことのできない「仲間」です。

mikumiku 2015/09/23 20:35 大きな冬瓜をいただいたばかりです。
スープにしたり、ひき肉のソボロ煮にしたり・・・
考え中です。

iireiiirei 2015/09/23 21:33 >mikuさん
 むかしマンガ「美味しんぼ」に出てきた料理に「ファッチューチョン」というのがあり、冬瓜のスープで、そのあまりの美味しさに、「坊主が垣根を飛び越えて食べにくる」というものだったそうですよ。

whitewitchwhitewitch 2015/09/27 03:03  ゴッホの作品って、よくも悪くも、観ると心がざわつきます。背景を知っていると、彼の自画像はもちろんだけど、美しいはずのひまわりや夜景ですら、落ち着かない気持ちにさせられます。

iireiiirei 2015/09/27 07:01 >whitewitchさん
 ゴッホは「後期印象派」に属する画家ですが、外光を頼りに作画する「印象派」の代表モネとは違い、素材の持っている光に左右されない実相を描いた画家だと思います。「ひまわり」も、もちろん光を使って描くのですが、その扱い方がモネとは違うと思います。この辺に、貴女が「こころがざわつく」由来があるのかも知れませんね。

pikapikachanpikapikachan 2017/05/23 02:12 森下さん、この記事教えて下さり有難うございました(^人^)
同居人がゴーギャンとは‼豪華(笑)
テオも同じ病になるのですね…。
やはり一心胴体だったのでしょうか。
テオが兄を支える姿はもう、献身な妻のようですね。
ゴッホが自殺とは…。私もこの本を読んで見たいです。

死んでから何十億で取り引きされるなんて…
ゴッホは何を思って居るでしょう。

昔…日本も画家や小説家は、旅館がかなり支援して成り立っていますから。

色々思う事も有り、ゴッホの人生に、テオの人生、
そして妻と子供の努力。

胸に打たれるものが有ります(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
有難うございました。

iireiiirei 2017/05/23 07:44 ヴィンセントとテオの場合、経済的問題ではテオがヴィンセントを支え、精神的にはヴィンセントがテオを支える構造をしていました。

テオは兄の作品が大変な価値があることを疑わず、どんなに画廊から煙たく思われても、ヴィンセントの絵のプロモーションを続けました。実際この兄弟の存命中は、絵はさほどの物とも考えられず、ただテオの息子の小ヴィンセントの代になってようやく認められるようになったのですね。

もし、ヴィンセントが現代に生きていたら、彼の絵が数億単位で売買されているのを聞き、「そんな馬鹿な!」と絶叫するのかも。

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