2012-01-25
ミルキィホームズ二期の違和感と「ギャップ」
ミルキィホームズ二期に違和感を感じる。一期は3話辺りからエンジン掛かってきたこともあったので様子を見ていたが、その3話まで来てもどうしても違和感が拭えなかった。
どうして二期になってそんな気持ちになったのか考えたが、二期は「ギャップ」が無くなったのが違和感の原因じゃないかと思うのだ。
ギャグやキャラ作りにおいては「ギャップ」がキモであると僕は考えている。例えば「普段はマジメな人がアホなことをする」のと「普段もアホな人がアホなことをする」のでは前者の方が面白くて人間として魅力があるということだ。
そしてミルキィホームズも一期は前者だったが、二期は後者の方に寄ってきてしまった。要は一期はミルキィホームズ達がマジメにやってることが空回りしてアホなことになるギャップが魅力であったが、二期は最初からアホなことしかやってないから違和感を感じる、ということなのだ。
例を挙げると、コーデリアさんは一期の序盤はありがちなお姉さんキャラだったが、話の勢いでお花畑キャラになって、シリーズ全体でそれがエスカレートしていった。そこに「どこまでお花畑になるんだ!?」という面白さがあり、その上で普段は「お姉さん」していた点がコーデリアさんの魅力であった。しかしながら、二期だと「お姉さん」な部分はオミットされ、一期で積み上がったお花畑っぷりだけが残った。結局「アホな人がアホなことをする」となってしまった。
シャロのアホの子やネロのクズっぷりも同様である。「マジメだけどアホ」だったり「良い子だけどクズ」なのが魅力だったのだが、ホントにアホでクズなのはどうしようもない。エリーだけは(3話までの時点では)おとなしいエロい子のままでいてくれて二期の良心である。
もちろん作画演出のパワーは衰えないどころか二期になって勢いを増してるように感じるし、パロディや小ネタのキレも相変わらず良い。だが「ギャップ」で損をしているように感じるのだ。
また、一期がなまじ成功してしまったからスタッフにプレッシャーが掛かって「面白くしよう面白くしよう」という意識が強く出てしまったのも根本の原因としてあるかもしれない。一期の執拗な再放送とかヴァンガード出張とかミルキィ始球式などを始めとする熱心なメディア展開など、他アニメに比べて掛かる重圧も大きかった気も。
他にも「朝アニメっぽい作風でギャグをやる」ということに視聴者が馴れてしまって飽きが生じたのも少なからずあるだろう。主にジュエルペットサンシャイン(JPS)のことだが。二期2話でペットを食したミルキィ達だが、JPSなんかウン十話のあいだ仲間としてやってきたクラスメイトを皆で共食いしてしまうし。
…とまぁ、ミルキィホームズ二期の違和感について語ってきたが、なんだかんだで好きな作品である。現段階だと、BD/DVDの予約も一期より乏しいようだし、このままではミルキィホームズXどころかAすら怪しい感じだ。なんとか踏ん張ってもらいたい。
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2011-12-25
話数単位で選ぶ、2011年TVアニメ10選
1. あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。第1話「超平和バスターズ」
2. ペルソナ4 第8話「We've lost something important again」
3. 魔法少女まどか☆マギカ 第10話「もう誰にも頼らない」
4. 俺たちに翼はない 第10話「ずっと、ファンでいてくださいね」
5. ゆるゆり 第5話「あかりとかミンミンゼミとかなく頃に」
6. TIGER & BUNNY 第21話「Heaven helps those who help themselves.(天は自ら助くる者を助く)」
7. 輪るピングドラム 第1話「運命のベルが鳴る」
8. アイドルマスター 第8話「しあわせへの回り道」
9. ジュエルペットサンシャイン 第7話「サンクスジュエルデーにイェイッ!」
ルール
・2011年1月1日〜12月25日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき1話のみ。
・思いつき順。順位は付けない。
「話数単位で選ぶ、2011年TVアニメ10選」参加サイト一覧: 新米小僧の見習日記(参加サイトのまとめ)
話数単位で選ぶ、2010年TVアニメ10選 - 感想考察批評日常(このブログの去年の記事)
1. あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。第1話「超平和バスターズ」
死んでREBORNしたロシアンハーフロリ幼馴染とか変態女装男とかよりも「幼少期のトラウマが原因で人生落ちぶれた主人公」というのがかなり個人的に刺さってきますね。っていうかそいつ俺だってーの。岡田麿里は「じんたんは私」とか言ってるし俺とソウルメイトになれそう。という訳でトラウマを振り切るためにシークレットベースをバックに絶叫して走るシーンとか穴から汁を出すこと必至なあの花1話。作品への理解を深めたい方はこの記事もあわせて読みたい(宣伝)。
2. ペルソナ4 第8話「We've lost something important again」
始まった頃は番長がただのコミュ障だったせいでアレでしたが今では「> そっとしておこう」が出るたびにキャー!ってなっちゃいますね。第8話はそんな感じで勝利を確信した話数。変換を間違うとヤバいりんかんがっこう回。メシマズは基本。この回コンテ・演出の田口智久さんは今作までノーマークでしたがOP演出やったり重要回任されたりで結構次世代を担いそうですね。
3. 魔法少女まどか☆マギカ 第10話「もう誰にも頼らない」
これ今年ベストなんじゃないんですか。3番目に思いついといて何ですが。ほむほむが喜怒哀楽色んな表情を見せながら運命に立ち向かっていく回。やっぱ作品って物語の理屈とかそういうのを超えて「キャラの感情」ってのがダイレクトに伝わってくるようなのが素晴らしいと思うんですよ。そういう意味でこの10話は視聴者がほむほむでほむほむが視聴者になってるようなそんな回なんですよ。あんな鉄の女だった暁美ほむらが「ほむほむ」になっちゃうんですよ。メガネなドジっ娘になっちゃうんですよ。「キャラの魅力はギャップで出す(持論)」とは言いますがこれはドンピシャですよ。なんか「ベストキャラクター2011(うろ覚え)」みたいなので女性キャラ1位がほむほむで男性キャラ1位がオカリンというタイムトラベラーでニトロプラスな2人が選ばれてたんですけど、やっぱ「大切な人を救うために死力を尽くし全力を尽くし挫折もし尽くす」というヒロイックなキャラクターは題材やら時代を超えて普遍的に心を打つものなんだなと思いました。
4. 俺たちに翼はない 第10話「ずっと、ファンでいてくださいね」
もちろん栄えある王の凱旋だ!…ではなく10話。この回でCV:代永翼のいじめられっ子主人公が、もう一人のボクであるCV:諏訪部順一のオラオラ系男子(語弊)に人格豹変を起こして無茶苦茶リーダーシップを発揮するエピソードがあるんですが、この一連のシーンがスゴい好きなんですよね。日曜朝とかにやってる変身ヒーローものも裸足で逃げ出すような「変身」っぷりがガツンと心を打ちます。王雀孫だかマイケル・ジャクソンだか知りませんが、多重人格ネタをヒロイックに描いちゃったライターさんに感謝ですね。
5. ゆるゆり 第5話「あかりとかミンミンゼミとかなく頃に」
「空気系ヒロイン」というありそうでなかった新ジャンルを切り開いたアッカリーン枠。いやマジでユルい百合とかそんなんよりもアッカリーンの生誕のほうが業界にとって衝撃だと思います。人間関係に矢印が向かわず持て余した空気ヒロインを逆に「利用」してしまうというコロンブスの卵というかスティーブ・ジョブズもビックリの新時代のアイディアですね。なんか過去作品探せば空気キャラっていそうだけど、ここまで公式でフィーチャーしたのはかつてないでしょう。…というそんなアッカリーンがCNT姉貴にはじめてを奪われるそんなゆるゆり5話。佐藤利幸さんのロリ作画は絶品とか迂闊に言ったら作画スレでにわか扱いされるんですか!?佐藤利幸さんのロリ作画は絶品ですね!
6. TIGER & BUNNY 第21話「Heaven helps those who help themselves.(天は自ら助くる者を助く)」
敵に堕ちた仲間たち。かつて自分がいた場所には新たなヒーローが。信じられるのは自分だけ。地に堕ちたワイルドタイガーはこの危機を脱することは出来るのか!?ってクー!痺れる!ヒーローものなら1回はやって欲しい絶望的な状況からの復活劇。その後の展開がおざなり?小さい小さい。TVアニメってのは1話24分なんだぜ?この回コンテ・演出の小林寛さんは今年に入って演出デビューしていきなり細田守ばりの超良コンテを量産していて驚きました。小林さんのように下積みなしでいきなり高いレベルの演出をするって人はシャフト作品で活躍してる小俣真一さんを初めポツポツ出てきたりしてますね(元々上手い人の偽名かもしれませんが)。まぁアニメの未来は明るいですね。
7. 輪るピングドラム 第1話「運命のベルが鳴る」
去年のスタードライバー風のタクトだか輝きのタクトでの第1話詐欺(個人的な)を彷彿とさせられるような第1話。いやーちょっと当時大はしゃぎしていた自分がアレなんですが、でもやっぱり生存戦略への持って行き方とかそこに到るまでの日常描写の積み重ねとか大好きなんですよ。なんか回が進むにつれどんどん作品への熱が冷めていく感じはホントに風のタクトいや輝きのタクトでした。あーでも最終話はAIR的なCLANNAD的なAB的なまどか☆マギカ的なシュタインズ・ゲート的な(銀河鉄道の夜とか読んだことのないゆとり世代ですまんな)近年の大作でありがちな輪廻転生エンドでちょっとグッと来たりしました。しかし「幾原邦彦が男の物語をやる」って目標はそこそこ達成されてたんじゃないんでしょうか。でもやっぱ途中グダってたよなー。少ないネタを手を替え品を替えな職人芸でなんとか2クール持たせちゃったみたいな。いやでも1話はやっぱ大好きなんですよ。
8. アイドルマスター 第8話「しあわせへの回り道」
脚本の白根・絶対衝激・秀樹さんに捧ぐ。小野坂であずさ回とかファンならドリームであろう回。もう全編こんな気の抜けたコメディ作品でも良かったんですけどね。毎週毎週ラストカットでキリンやらゾウ含む群集に追われちゃうみたいな。でもそうすると逆にツインエンジェルみたいになっちゃうのかな。爆発は我慢した!みたいな。白根さんはなぜかコメディ・ギャグ一辺倒な作品は絶対やらなくて、こう天然物な作品を好んでやるみたいですね。今年ならアリアとかメリーとか。実力はあるっぽいのに黒田洋介さんみたいに「オシゴト」で流しちゃう仕事が多いというか。早くふじもとよしたかさんともう一回コンビを組むんだ!間に合わなくなっても知らんぞー
9. ジュエルペットサンシャイン 第7話「サンクスジュエルデーにイェイッ!」
毎週毎週よくこんな濃いネタが出るなぁと感心するジュエルペットサンシャインなのですが、そんな中でも特に印象に残ったのがこの回。玩具販促アニメのヒロインにおもちゃのライン工をやらせて発狂させるとか後にも先にもこの作品しかやらないでしょう。「ギャグ作品というのは徹底してアンチモラルであるべき(持論)」とはよく言いますが、よくやってくれます。稲垣隆行さん・柿原優子さんのセンスの底知れなさが素晴らしいですね。今作のシリーズ構成の柿原優子さんは斎藤久さん・稲垣隆行さん・岸誠二さん、とギャグな監督とよく組んだりしてますけど、割と監督毎にギャグの傾向が異なってるので「柿原さん=ギャグ監督リトマス試験紙」な方程式が成り立っています。
10. 花咲くいろは 第3話「ホビロン」
あれだけ騒いでおいてここまでスッカリ忘れていたヤマカン回。内容はこの記事もあわせて読みたい(宣伝)。それはともかく2011年もヤマカン一色な年でしたね。年初めにフ…と思ったらそこは計算尽くなヤマカン。すかさずTwitterに舞い降り、一人相撲やらプロレスやらを演じアニメファンを盛り立てるという新たな表現の形を魅せたエンターテイナー山本寛氏(37)。かつての共犯者デコ・ビッチ氏(24)とともに今日も今日とてガソリンを撒き散らしマッチに火をつける日々を送る。
選外
選外にはバカテス二期8話(坂本隆=宮崎修治さん?コンテ演出回)とかみつどもえ特別編(OVAだけど一応TV放送は有り)とかIS6話(シャルロット・デュノアちゃんが可愛すぎて全身複雑骨折してしまいそう)とかツインエンジェル白根秀樹脚本回(アイマス8話に譲る)とかクェイサー二期11話(ヨスガノソラCパート回)とかシュタゲ18話(ルカ子回。オリジナル多めで原作超えたと思う話。横谷さんは偉大やで)とか戦国乙女10話(本能寺の変。アッケリーン)とかホライゾン12話(幼馴染REBORN。あの花が出来なかったことをやってくれた)とかフェイトゼロ(毎話毎話面白いので泣く泣く除外)とかワーキング二期(毎話毎話面白いので泣く泣く除外)とか、あとネタ枠でRioの世界同時多発ラッキーなどが候補に上がっていました。
まとめ
「なんか最近ブログ書いてなかったなー」とか思ってたら8ヶ月も放置してたんですね。いつの間にか10万アクセス突破してたりしてありがとうございます。それにしても1年前までABとかけいおん!とかdisってた人とは思えないラインナップですね。
ここ最近、自分の「マイナー病」というメジャーなものをdisってマイナーなものを好む病に向き合ってたんですけど、その結果なんかミーハーなラインナップになりましたね。でも好きなモノを好きといえる気持ち抱きしめてたいどんなときも。
メリークリスマス
2011-04-23
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。通称「あの花」の素晴らしいところ
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。通称「あの花」。
この作品の素晴らしさを少しでも伝えられればと思い、記事を書いてみようと思います。
ノスタルジーの想起
まずどこが素晴らしいかというと「ノスタルジー」を感じるところです。
まず「ノスタルジー」の意味なんですけれども。
ノスタルジア(英: nostalgia)、ノスタルジー(仏: nostalgie)は、
異郷から故郷を懐かしむこと。同義語に郷愁(きょうしゅう)・望郷(ぼうきょう)など。
過ぎ去った時代を懐かしむこと。同義語に懐古(かいこ)・追憶(ついおく)など。
人が現在いるところから、時間的に遡って過去の特定の時期、あるいは空間的に離れた場所を想像し、その特定の時間や空間を対象として、「懐かしい」という感情で価値づけることをいう。
通常は、時間的に未来がその対象とされることはなく、また対象の負の部分は除外され、都合よくイメージが再構成される場合が多い。なお、本人がその時間や空間を実体験したかどうかは必ずしも問われず、第三者からの情報にもとづいて想起し、さらに自己の創作した想像を加え拡大しこの感情を持つことも可能である。また、過去や異空間からもたらされた特定のものや人物に即し、これを媒介としてこの感情を持つこともある。
どうです?「あの花」そんまんまのこと言ってるように見えませんか?
もう「ノスタルジー」の定義そのまんまのキャラやストーリーや演出をこれでもかと煮詰めて作られたのがこの「あの花」なのです。徹底してます。
過ぎ去った時代を懐かしむこと。
自己の創作した想像を加え拡大しこの感情を持つことも可能である。
引きこもり主人公・じんたん
次に素晴らしいと思ったところは主人公のじんたんの設定。
この「じんたん」こと宿海仁太。幼い頃はなかよしグループのリーダー的存在で高い行動力とカリスマ性にて皆を引っ張っている存在でした。
しかし、ある日を境に深みへと落ちて行くこととなります。
「じんたんってさぁ…めんまのこと…好きなんでしょ?
と聞かれるじんたん。
たまらず
「だぁれが!こんなブス!」
と言ってしまいます。
笑うめんま。そして罪悪感に耐え切れず走りだしてしまうじんたん。
まぁここまでなら小学生ならよくあるシーンです。しかし…。
「明日謝ればいいや、って思ってた…」
「…でも」
「その明日は永遠に来なかった」
これはキツい。そりゃトラウマにもなります。引きこもりにもなるし性格が変わってしまったのも納得です。この辺おざなりにしている作品が多い中、第1話でここまでやってくれて非情に感心しました。
そして、その「トラウマ」の扱い方もリアリティがあって良い。
自分の経験から言ってこういう「トラウマ」というのは、いきなりガッと来るものじゃなくてジワジワ来るものなんですよ。
何かある度に「過去の過ち」を思い出し、叫びたくなるような感覚に襲われ、自分を責めて責めて、それに疲れてくると、他人も責め、社会も責め、あらゆるものを憎みたくなってくる感覚。ジワジワとボディーブローのように効いて来るんです。
学校に行かず引きこもるじんたん。「お前らの劣勢の遺伝子を流すな、盛りのついた淫獣が!」「ホント女は低能だよな」「あの腐れビッチに頼んだって」などと呪いの言葉をつぶやきます。
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」
〜マザーテレサ〜
マザーテレサの名言を地で行ってます、じんたん。負のスパイラルに陥っています。
そんな引きこもり主人公・じんたんに私は共感を覚えてしまうのです。
トラウマ浄化の物語
そして、この作品が「トラウマ浄化の物語」であるところも見逃せません。
「物語」というものは物凄く簡単に概念を説明してしまうと「困難に打ち勝つ様を描いたもの」であると言ってしまえると思います。
その「困難」というのは強大な力を持つ敵であったり、乗り越えるべき目標であったり、作品によって様々なのですが、そのなかで一際目を惹くのは「自身のトラウマと向きあう」物語です。
近年の有名作品で言えば「エヴァ」なんかもラスト、シンジ君が自身のトラウマを乗り越えてハッピーエンド(無理矢理とはいえ)でしたし「化物語」「Angel Beats!」なんかも「各キャラクターのトラウマを主人公が浄化する」物語であったと言え、なにかと話題になる作品は「トラウマの浄化」がテーマとなっているケースが多いと思います。
そんな中この「あの花」。主人公のトラウマが具現化して現れて、トラウマそのものと向き合っていく物語と言え、もう「そのまんま」なことが分かるでしょう。「めんま=ヒロイン=主人公のトラウマ」という、ありそうでなかった物語。
正直「トラウマ浄化の物語」というのは難しいです。先に挙げた「エヴァ」なんか空中分解しちゃいましたし「化物語」は上手くは行ってはいますが個人的に各ヒロインのトラウマ描写が掘り下げ不足。「AB」は言わずもがな。深く掘り下げが為されていて、尚且つ納得行くオチが付けられた作品というのは珍しいと思います。
そんな作品に「あの花」が為ってくれるのでは、と期待は膨らみます。
清涼剤、めんま
この「あの花」正直言ってかなり心を抉られます。視聴者の過去のトラウマをほじくり返してきます。
春の新アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』1話で終わりで良いくらい感動作になりそうだ・・・|やらおん!
新アニメ 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』 の内容おかしいいでしょ!! なんなのこのアニメ!? やめろおおおおおおおお:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)
ネット上でも「鬱アニメ」「やめろおおおおお」などの反応です。
でも本当にキツいなら皆、視聴を打ち切っているはずです。それでも視聴者がこのアニメを見続けられる理由。それはヒロインめんまちゃんあってのことだと思います。
「あんたみっともないよ!」「頭に何か沸いたんじゃね?」
引きこもりであるじんたんに対し冷たい言葉を吐く幼なじみたち。
だが、そこで出てくるのは我らがめんまちゃん。
アタフタするめんまちゃん。
「あなるぅ〜」と叫ぶめんまちゃん。
「ゆきあつのアホ〜!」
心抉られるキツいシーンの後では必ずめんまちゃんが微笑ましい行動をして、緊張していた視聴者の心をほぐしてくれます。
シリアスならシリアス一辺倒、コミカルならコミカル一辺倒、萌えなら萌え一辺倒、そんな物語が蔓延する中、バランス感覚に優れた貴重な作品です。
食べ物描写
そして「食べ物を使った描写」の素晴らしさ。とにかくこの作品食事に関連したシーンが多いです。第1話だけでも、ラーメン、チャーハン、そしてまたラーメン、と3回も食事のシーンがあります。
もちろん、意味もなくそんなシーンを出しているわけではなくドラマ的な理由付けがちゃんとあるのではと思われます。
アバン、塩ラーメンを作るじんたん。めんまは「かき玉(のラーメン)がいい!」と「おねがい」をしますが、まだめんまの存在を認めていない(トラウマと向き合っていない)じんたんは落とし卵のラーメンを作ります。
しかしその後にじんたんは「トラウマ(めんま)」と向き合う決意をします。そして、めんまの「おねがい」を叶えようとします。
かき玉ラーメンを作るじんたん。
じんたんの「決意」を「食べ物」という舞台装置にて表しています。
めんまに「ブス!」と言って、基地を飛び出してしまった後のシーン。
「チンして食べてね!」
という、仁太パパの言葉に耳を貸さず冷え切ったチャーハンを食べるじんたん。
冷え切ったご飯。冷え切った心。じんたんの「後悔」を食べ物を使って表しています。
食生活には、単に食べること以上の社会的意味が付与されている。
「同じ釜の飯を食う」という慣用句にみられるように、複数の参加者が同時にあるいは同内容の食事を取ることは、共同体としての帰属意識を持つこと、あるいはそれを強化する意味がある。また、食生活に招待するということは、儀礼の意味もある。食費を参加者の一部メンバーが肩代わりすることで、上下間や男女間の関係の確認が行われていることもある。自作の手料理を食べてもらうということで特別な関係を意味づける場合もある。
生きていくことを比喩的に表す言葉に「飯を食う」というものがある。例えば、「〜で飯を食う」は生計をたてることを意味しているし、扶養することを「食べさせてやる」という言い方で表現する。
同じ食べ物(飲み物)を分け合うのは共同体の証。
長井龍雪監督作品と「ドラマにおいての食事シーンの意味」 - 感想考察批評日常
「あの花」の監督の長井龍雪さんは毎回食事シーンをドラマに上手く絡ませて来て、非情に上手いなぁ、と感心させられます。
むすび
以上「あの花」にて私が素晴らしいと思ったところをまとめて書いてみました。
ここまで書いて何ですが「百聞は一見にしかず」なので皆さん「あの花」一度観てみて下さい。
もう観た人も上で挙げたようなことを意識して視聴してみるとまた新たな発見があるかもしれません。
第1話は6月27日まで無料で配信中です。
2011-04-18
岡田麿里が『花咲くいろは 3話』を通じてヤマカンこと山本寛に伝えたいこと
『花咲くいろは 3話』のメインキャラ、作家の次郎丸さん。
態度とプライドがデカくて小心者。だが憎めない存在であり、作った作品には光るものがある。
まぁ外見も中身も僕らのヤマカンさんですよね。
…で、今回の『花咲くいろは』3話は、このヤマカンにクリソツの次郎丸さんが舞台をかき回すコミカルな話となっているわけですが、このタイミングでこの話が出てきてしまうというのは色々と思うことがあるわけです。
ヤマカンこと山本寛さん。前期アニメの『フラクタル』で監督を務め、色々と物議を醸し、まぁ作品自体は商業的にも評判的にも「失敗」と言っていいみたいですが、そんな『フラクタル』のシリーズ構成は実は岡田麿里さん。『花咲くいろは』と同じ脚本家さんです。
今のところ『花いろ』では岡田麿里さんはノビノビと話を作っているように感じられ、世間の評価もまずまずです。一見してみると、この2作品が同じ脚本家によって描かれたとは到底思えない訳です。
岡田:
「私としては、社会人として常識的にやってるつもり……なんですけど、どうなんだろう(笑)。でも、『その現場で求められる自分』ってあるじゃないですか。調整役であったり、突破役であったり。ピーエーワークスさんの場合は、堀川さんが私に、我を全開にすることを無言で強要するんですよ。だから、仕方なくそうしてるんですけど(笑)。堀川さんにパワフルだと言われるのも、態度が大きいこともあるかなって」
堀川:
「『花いろ』でも僕の中にあった“こういうものを作りたい”という漠然とした作品テイストみたいなものを汲みつつ膨らませくれて、1話の初稿からもう、これでOKと。その後の話数も改定稿ってほとんどなくて、あがってくる度にああ納得という感じで。これからシナリオは大詰めだけど、読むのを毎回楽しみにしているんです」
「脚本」というものは、監督やプロデューサーなどの要望を組みながら5稿10稿と改定を重ねて作成されていくことが普通で、必ずしも初稿にある「脚本家の意図」というものが最終的なフィルムに反映されるとは限らないのですが『花咲くいろは』では、上のインタビューを読む限り岡田麿里さんの色がダイレクトに出ているようです。
…ということから『フラクタル』は山本寛監督、東浩紀ストーリー原案の色が大きく反映されたと見え、岡田麿里さんの本来の力が発揮できなかったのではと推測できます。
…で、この『花いろ』3話。もしかしたら『フラクタル』に付き合わされた岡田麿里さんがヤマカン達に対して憂さ晴らしをしたんじゃ…と邪推も出来るんですが、それ以外にもメッセージがあるなと。
「自分は著名な作家だ」と狂言を吐き宿代を踏み倒していた泡沫作家の次郎丸さん。それが嘘だとバレて旅館の面々に追い詰められた結果、火曜サスペンス劇場ばりの投身自殺を図ろうと決意する。
そんな中、この作品のラスボス女将さんとヒロイン緒花ちゃんが次郎丸さんにありがたい説教をします。
「賞を取ってお代を頂ければこちらはトントンなのです」
「先のことなんて誰も分かりゃしません。賞を取れば…いえ、賞を取る気持ちを捨てない限り可能性は消えない」
「あたし!輝きたいんです!それを次郎丸さんの小説が教えてくれた!」
「次郎丸さんはホントの……ホントに小説家さんです!」
2人の説教にガガーンと心打たれ、誠意の土下座をする次郎丸さん。結局、旅館で働きながら宿代を返していくことに。
…つまりこの話で脚本を書いた岡田麿里さんが伝えたかったことは
「ちゃんと失敗を認めて1からやり直して、また羽ばたけ!輝くものはあるんだから!」
と、ヤマカンにエールを贈りたいのでは、と思うのです。
東浩紀さんに色々言われて仲間割れしたりとか、今季のオトナアニメで反省会丸出しなインタビューをしてたりとか、ライバル視していた長井龍雪監督があろうことかノイタミナ枠の岡田麿里シリーズ構成でA-1 Pictures制作のオリジナルアニメで好評を得てしまったりとか、近年やること為すこと裏目に出ている山本寛監督。
僕としてはこんな記事も過去に書いていますし思い通りの展開になったわけです。
正直、ヤマカンに本当に引退してほしい人なんて誰もいないはずです(…多分)。














































