Information Society and Co-regulation このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-07-03

[][]総務省「スマートフォン安心安全強化戦略(案)」について

 報道等にもございました通り本日7/3、総務省からスマートフォン安心安全強化戦略(案)」という非常に重要な文書が発表されておりました。実はこれまで内容あまりフォローできておらずなのですが(汗)、とりいそぎ拝読した限り今後のプライバシー共同規制観点からも非常に重要な内容が含まれておりますので以下その点中心に簡単に私的要約+備忘録感想メモです。情報政策クラスタ的には本文35-52pを中心に読まれるとよいかと思いました。

利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会提言「スマートフォン安心安全強化戦略」(案)に対する意見募集

 まずは関連する内容から

 以上の「超マルチレイヤー」「多元分散統御型」共同規制構造を図示するとおよそ下記のようになるかと思います

f:id:ikegai:20130703182357j:image

 さて以下は雑駁な感想です。論文インスピレーションが色々と。

 ここのところ国際会議国内会議報告やら諸々取材対応が続いて完全に消耗し切ってたのですが(とか言いながら7月6日の土曜朝はNHK「ニュース深読み」でもプライバシーのこと話したりします)、こちら拝読しててかなり元気が出てきました。関係者のみなさま本当にお疲れさまでした!がんばって実装の参考になりそうな論文色々書かせて頂きます(たぶん)、、、!

2013-06-03

[][]オープンデータビッグデータ政策と文化芸術デジタルアーカイブ

 6/1に発表した日本公共政策学会スライドオープンデータ著作権:諸外国における政策動向と我が国への示唆」をULしました。オープンデータということでCC-BYです。基本的には現在流行している所謂オープンデータ・ガバメント」や「ビッグデータ」政策の中に、「文化芸術デジタルアーカイブの拡充」と「孤児作品問題の解決」、そして日本版Europeana(http://www.europeana.eu/)の構築をしっかりと位置づけていくべきだ、という話をしています

http://ikegai.jp/PPSAJ_opendata_copyright130601.pdf

 

 そこで12枚目にEurepeanaの収録デジタルデータ件数なんかを載せてたんですが、福井先生からご指摘頂いた通り2015年目標件数は5000万ではなくて3000万件でしたのでその点訂正しました(ありがとうございます!)。

 ついでに新しく公開されてた2013年度の活動計画書を読んでたところ、去年の報告書では2012年時点の収録デジタルデータ数が「2100万件」だったのが、2013年1月時点ではもう「2500万件」に増えている!ということで該当箇所修正しつつ、計画書の中で気になった数字をいくつかピックアップ

Europeana: Business Plan 2013

http://pro.europeana.eu/documents/858566/9d4632d3-3f6d-4162-ba29-27a9a739946d

 

・8p:現時点の収録デジタルデータ数は約2500万件。うち権利関係記述がしっかりされているのが64%、プレビューが用意されてるのが60%、地理情報付きが27.5%。これらを全て100%にしていく。今年の細かいKPIは11p参照。

・9p:約2500万件のうち、現状オーディオビジュアル動画コンテンツは80万件。これを2013年末までに全体で2700万件、オーディオビジュアルは110万件まで増やしていく。このペースだと「2015年3000万件」の目標来年には確実に上方修正されそうですね。

・10p:お金がないのでがんがんロビイングとファンディングして追加で42万ユーロ手に入れる(ちなみに2012年度会計報告を見ると総収入は417万ユーロで大半が欧州委と各国からの補助金。各文化施設アーカイブのポータルなので基本的にバジェットは小さいです)。

・13p:権利処理を加速すると共に、今年のKPIとして【800万のコンテンツオープンライセンスPD/CC0/CC-BY/CC-BY-SA)を付与する】。

・14p:PRのKPIに「twitterで14000人のフォロワーをゲットする」が入っている笑! ぜひ協力して差し上げてください。 https://twitter.com/Europeanaeu

 

 こうして見てると、文化施設のKPIがネット活用含めてここまで明確に示されていることに感銘を受けずにはいられません。他のページも非常におもしろいので、オープンデータビッグデータ文化芸術デジタルアーカイブ関係の皆様はぜひご一読を。

2013-05-25

[][][]スリーストライクから共同規制

 少しだけ日本語に戻ります。さいきん諸般の事情により急ぎでフランス語とフランス法を強化中ということで色々やってましたところ、前にモルガン先生から教えて頂いた今月公開のPierre Lescureの報告書に基づいて(Merci beaucoup, Dr Morgan!)、オランド政権の文化通信大臣がHadopiを来月にも(extrêmement rapidement, dans le mois qui vient)廃止することを正式に発表したとのこと。兎園さん(いまだご正体は不明)のtwitterにて見つけたのですが、なぜかまだ英語圏ではニュースが見当たらず。

http://www.lemonde.fr/technologies/article/2013/05/20/hadopi-la-coupure-internet-sera-supprimee-en-juin_3385291_651865.html

 

 ということでグーグル翻訳使ってちくちくと報告書読み。本体はこちらの右側PDF。

http://culturecommunication.gouv.fr/Actualites/A-la-une/Culture-acte-2-80-propositions-sur-les-contenus-culturels-numeriques

 基本的には代わりに検索エンジン等を含む媒介者の対応を強化させるという形で(34p-)、しかもそのやり方は公的枠付けを受けた自主規制に依るべき(Ainsi, la puissance publique pourrait promouvoir, tout en l’encadrant, une autorégulation fondée sur des engagements pris volontairement par les différentes catégories d’intermédiaires ... Cette forme d’autorégulation encadrée par la puissance publique offrirait une souplesse et une réactivité..)ということで、まさに「政府規制から共同規制への移行」とも言うべききわめて興味深い内容。『情報社会と共同規制』第6章では欧州のスリーストライクに関して、

 

・米やアイルランドなんかはプロバイダと権利者団体の協定に基づく「自主規制

・英国なんかは自主規制の失敗に基づく「共同規制」(ただその実現は微妙)

・フランスはHadopiの「政府規制

 

 という整理をしてみたんだけど、政権交代という背景があれど、フランスで政府規制たるHadopiが失敗して、共同規制に移行というのは英国と対照的で面白い。「イノベーションと共同規制」では21pに書いたオンライン・プライバシーを巡るEU・米国の相互接近の図が、まさに著作権・スリーストライクを巡って対照的だったフランスと英国の間にも該当し始めているという。やはりネットの問題は自主規制でも政府規制でもだめで、共同規制によってのみ解決されうる。

http://ikegai.jp/Innovation_and_coregulation.pdf

 ちなみにSelf-regulationの訳語として自主規制を充てるのはよいとして、フランスを対象にするときは文脈によってはautopoïèseよろしく「オートレギュレーション」とちゃんと訳し分けるべきなのかなというあたりの問題は専門ど真ん中なので、概念の経緯と実際の運用をよく調べつつ要検討。翻訳は言語と文化への敬意をもってこそ、ですよね。しかしだとしたら、フランスの共同規制は「セミオート・レギュレーション」、なのか?滝汗

 

 さはさりとて。他に全体的に報告書を拾い読みしている限りでも、現行フランス法にも明文規定のないdomaine publicを明文化すること(38p-)などが含まれており、これは先日の著作権学会島並先生たちのご報告の文脈からも興味深いところですよね。「利用」や「自由」は利用者の権利とし得るのか、あるいは「文化の発展」の上位概念として位置づけられるべきであろう「公共/公益の増進」は、そもそも著作権法の実現しようとする価値に(どの程度)含まれるんだろうか?問題など、など、など。

 ここのところいくつか欧州各国の先生方とやりとりさせて頂く機会が増えているけれど、その中でもフランスは米IT勢との戦いという意味でもとても興味深い一方、孤児作品どころか絶版書籍をもオプトアウトでデジタル化・公開しようとするBNFのReLIRE(http://relire.bnf.fr/)に代表されるように(Merci encore, Dr Morgan!)、自国の「文化のためであれば」逆向きの方向性も非常にアグレッシブなことをしていらっしゃいます。これが本当の「カルチャー・ファースト」なんだなあと感銘を受けるばかり。日本ももっと真似したいところです。なにしろLe droit civil japonais est basé sur le droit et l'histoire française!ですから

2011-12-28

[]EU行動ターゲティング広告業界団体の自主規制案が大苦戦中

 少し間が空いてしまいましたが、引き続き『情報社会と共同規制』では第5章「行動ターゲティング広告のプライバシー保護」で取り扱ったEUのプライバシー政策関連でこれまた重要な動きがありました。

 先のポストで取り上げたデータ保護指令全面改正ドラフトでは、行動ターゲティング広告に関わるクッキー等の取り扱いは含めず電子プライバシー指令で引き続き対応していくことが確認されていた(ドラフト89条)ことを書きましたが、そちらの電子プライバシー指令に関わるクッキーの取り扱いについて、「行動ターゲティング広告業界団体の自主規制案を29条作業部会がリジェクトした」件についての詳細なopinionが出されました。

 少々文脈が複雑なので拙著をかいつまんで背景からご説明致しますと、EUではクッキーを利用した行動ターゲティング広告につき、2002年当初の電子プライバシー指令(2002/58/EC)の5条(3)において「ユーザーの端末(terminal equipment)に蓄積された情報は、当該ユーザーがその利用目的等についての明確かつ包括的な情報を与えられている場合に限り利用可能であり、ユーザーはその利用を拒絶する権利を持たねばならない」として、オプトアウトでの対応を規定しておりましたところ、

 2009年の通信関連指令大改正に伴う電子プライバシー指令改正(2009/136/EC)において同条は「ユーザーの端末に蓄積された情報は、当該

ユーザーがその利用目的等についての明確かつ包括的な情報を与えられた上で同意を得た場合に限り利用可能である」と書き換えられ、オプトインでの対応が求められることになりました。

 この改正については関連業界からは当然大きな抵抗が起き、いまだ改正指令自体が数カ国でしか国内法化がされていない状況が続いておりましたが、中でも英国では、オンライン広告業界団体が中心となって「あくまでオプトアウトにこだわった」自主規制案を作り、それを英国内個人情報保護当局に承認してもらう共同規制の体制作りに向けた努力を続けておりました(このへんまで5章で紹介しました)。

 この動きは英国を超えてEU域内のオンライン広告業界全体に広がっており、2010年ごろからEUレベルでの広告業界団体European Advertising Standards Alliance (EASA)とInternet Advertising Bureau Europe (IAB)が中心となり同じく「あくまでもオプトアウトにこだわった」自主規制原則を策定し、EUレベルでの共同規制の構築に向けてEU当局の承認を求める作業を進めておりました(背景では欧州市場の規制強化を止めたい米国のIT企業勢がスポンサーになっていると聞いています)。

 雑駁に要約しますとこれは「改正電子プライバシー指令の文言ではオプトインが原則と書いてあるけれど、それではライフログ商売が成り立たないので、オプトアウトでの自主規制を業界全体としてちゃんと責任持ってやっていくので、それをもってオプトインは勘弁してください」ということを業界側が欧州委員会にお願いに行っていたという話なのですが、今回の29条作業部会のopinionは、それに対して「いや、やっぱりオプトインじゃないとダメだ」という回答を明確に返したということになります

(さすがに「ダメだ」だけでは「それじゃ一体どうすれば、、」という話になってしまますので、29条作業部会としても上記opinionのp.9-10にてオプトイン同意取得の方法論としていわゆるポップアップ型の他、バナー型やブラウザのデフォルト設定等のいくつかの類型を示しており、正しいオプトインのやり方として参考になります。)

 この自主規制原則が認められるかどうかは、EUにおける行動ターゲティング広告産業の将来を実質的に占う試金石とも言えるものだったので注目しておりましたが、やはりEUのプライバシー重視の姿勢は強硬の模様です。もちろん業界側としてもまだ完全に諦めたわけではなく、引き続きギリギリのラインを巡る鞘当が行われていくものと思いますが、業界側としてはかなり厳しい戦いを強いられることになりそうです。

 一方米国では最近のいわゆるDo Not Track法案などを見ても基本的にはオプトアウトの仕組みを強化していく方向で対応する模様で、我が国としても昨年2010年5月の総務省「配慮原則」によって米国型の仕組みを暫定措置として採用していくことが確認されましたが、EUの側がこのような強硬姿勢を堅持するとなると、所管の消費者行政課としてもこれから先EU型(オプトイン)と米国型(オプトアウト)の「どちらを採るか」という判断は、悩ましいものになっていくだろうなあと思います

 ちなみに米国型を続けるとしてもオプトアウトの強化策は日本ではまだほとんど手が付いていないところなので、いずれを採るにしても自主規制関連の仕事は多くなるところです。最低限でもEU・米国共に構築を進めている業界団体レベルでの一括オプトアウトの仕組みは必要になってくると思います

2009-09-22

[]情報通信政策論の三層構造 ー目的論、手段論、組織論ー

 

 メモがてらに簡単に整理しておきます。少しだけ怒っています

 

 現在日本国内では原口総務大臣(そして内藤正光副大臣)の就任に伴って「周波数オークション」「NTT再統合」「日本版FCC」の3つの情報通信政策が盛り上がっていますが、この中でも特に「日本版FCC」という行政組織論は最も根本的かつ難しい問題です。確かに日本版FCCなり情報通信省なりそうした組織論は産官学挙げて将来の情報社会のグランドデザインを考えていく上で不可欠ですし議論を盛り上げて行くことには大いに賛成ですが、就任早々「来年法案を提出、2011年に設立」という形で最初にコミットするというのは順番から見てどうなのだろうと考えています

 

 そもそも情報通信に限らず政策論には[1]目的論[2]手段論[3]組織論の三層構造がありますし、もし無いならあって然るべきです。現状ではおおよそ[1]は政治家が(時には与党のマニフェスト、時には基本法という形で)何となく決め、[2]は官僚が法律という形で決め、[3]はそのときの政治状況と妥協によって(時にはトラブルの責任論という形で)なんとなく決まるという形だったでしょうか。

 これまでことさら情報通信政策の世界では閉鎖的なインナーサークルの議論の中で政策論をしていれば大きな間違いは起こらない時期を数十年間過ごしてきたため、あまりその重層性と相互連関の存在自体が意識されることがなくなってきたように思います。しかし今は政権交代、あるいは情報通信産業の重要性の拡大、あるいは日本国の本格的な衰退の危機という理由からいつまでもそうしているわけにもいかなくなってきています。以下、123の定義と基本的な方向性を簡単に見てみることにしましょう。

 

[1]目的論:そもそも政策で何をなすべきかという議論です。そもそもこの国は「成長不均衡」と「縮小均衡」のどちらを目指して行くのかという基本的な問題意識から始まって、もっと粒度の低い数々の問題、そしてこの文脈では情報通信政策で何を達成したいのかという目的を決めて行かなければなりません。情報通信で言えば例えば「融合の促進」や「コンテンツアプリケーションなど上位レイヤーの国際競争力強化」が挙げられるでしょうか。残念な事に現状では政策論争全体における情報通信政策の重要性は低く、選挙という場面に絞ってみれば民主党のマニフェストには一言も触れられておらず、同じ政策集の中で触れられていた周波数オークションは「ごく限定的に」しかやらない方向が示される一方日本版FCCは「国民との約束だ」とされたり、一言も触れられていなかったNTT再統合について明確な方向性が示される事態です(いや約束のうちせめて一つでもやろうというのは良い事なんですが、ここで書く通りちょっと順序が違います)。選挙で国民の判断を仰ぐ事ができない以上、特定の利害関係を持った特定の政治家の意向で決めるというよりは、よりオープンな議論の中でそもそもの目的を決しようというのが自然な態度でしょう。

 

[2]手段論:どのような手段でその目的を達成すべきかという議論です。ここでの指針は言うまでもなく、上記の目的を達成するためにいかなる手段が最も優れているかということです。具体的には「コスト」「表現の自由や公平・公正といった基本的な憲法指針との整合性」そして「実現性・実効性」などになるでしょう。代表的な手段は言うまでもなく法律ですが、ここでの問題は従来の「命令と統制(コマンド・アンド・コントロール)」に基づいた政策手段が、特に情報通信の世界においては明らかにその有効性を失い始めているということです。およそ全ての行為が国境を越え、これまで単なる客体だった一人一人の国民が主体として色々な行為を行い、様々な前提が翌日は全く違った姿をしている情報社会の中で、果たして何をどこまで政府の決めたルールだけで対応できるものでしょうか。国家の重要性が今後も減じるものとは思いませんが、米国の自主規制欧州の共同規制といった、経済成長と社会問題解決の両面において今まで以上に「市場の力」を活用した手段論を進めていく必要がありますどこぞの社会主義国のように情報社会を政府が統制可能なだけの小さな規模に押し止めようという明確な意思でもない限り、命令と統制に基づいた手段論の展開に限界があることは明白なはずです。

 

[3]組織論:そして上記の手段を実行する上で、どのような組織形態が最適なのかという議論です。目的と手段があって初めて組織論があるのであって、組織論ありきの組織論というものは明らかに順番を取り違えています(後述するようにここでは「議論の順序」を指しているのであって、必ずしも「優先順位」を指すものではありません)。少なくとも今現在の「2011年に作ります」という主張には「表現の自由」という蒙昧な題目の他に確固たる目的論も手段論も存在しているようには思えません(念のため述べておくと、一応僕は表現の自由を主題とする研究室で修士号を取っています)。ここはもう少しだけ詳しく論じる必要があるので、情報通信行政所管を切り出す際に主な論拠となる以下の5点に分けて説明しておきます

(ちょっと便宜上、FCC=独立委説とOfcom=庁説をごっちゃにしている部分があります。この違いについては次の機会に詳論したいと思います

 

(3-a)独立性:特性の政治圧力や業界団体からの圧力によって「表現の自由」や「公正な競争」が歪められることのないよう、政府から一定の独立性を図るという議論です(どうも後者の公正な競争が軽視される傾向があるんじゃないかと感じています。公取を強化すれば良いんではという話もありますが。FCC型=独立委かOfcom型=庁を取るかで多少議論は変わってきます)。「独立」が確かにその目的に一定程度資することは間違いありませんが、結局司法省によって断じられたFCCとAT&Tの癒着やPeter HuberのFCC解体論などを参照する間でもなく、独立することでかえってロビイング耐性が弱まることは十分に考えられます。当然政治からの距離という文脈においても、政治が委員を任命するという手段でどれほどの独立性が保たれるのかという点も重要です。本来の目的を達成するためにも、単なる独立論に止まらない入念な組織設計が不可欠です。

 

(3-b)専門性:2、3年程度で配置換えのある一般的な省庁人事から離れ、複雑な情報通信政策に対応できるプロフェッショナリティを蓄積する必要があるという議論です。これはそれ以上に民間から専門的な人材を登用しやすくするという意味合いも含まれます。スタッフレベルにどういった人材を配置するのか、公務員比率をどの程度にするのか、人材の流動性はどの程度担保するのかといった人事面での細かい設計が不可欠です。もちろん調査研究能力の拡充も図られなければなりません。

  

(3-c)外部との協力:これは[2]手段論で述べた「市場の力」を最大限に活用するという議論に深く関係します。おそらく(独立委の場合)2、300名程度で構成されるスタッフで情報通信全体を管理できるという発想はあり得ません。従来の独立行政法人や所管の公益法人へのアウトソースという次元を超えて、民間企業や非営利組織といった様々な組織と協力して問題を解決していく態勢を整える必要があります(2003年の情報通信法改正で英Ofcomが設立された際も、共同規制手法の積極的活用が明示されています)。規制の策定と執行の両段階において、最大限に市場の力を活用する方法論の確立が求められます

 

(3-d)規制と振興:特に独立委といったときに規制と振興を分離するために必要だという議論がありますが、これは僕にはいまいちよく理解できず、むしろ金先生の言う通り規制の一元化」「振興の一元化」「両者の分離」が本筋なのではないかと考えています。現状情報通信の規制にせよ振興にせよ、IT戦略本部という大枠はあるにしろ実質は総務省や経産省に分散しており、首尾一貫しない政策が行われる点は問題視されるべきです。中村先生の言う通り、「メディアIT文化振興を一元管轄する日本版DCMS」と「強力な審判機能を持つ委員会」という形で二元化することは有力な手段と考えられます(ただ、知財行政をどのように整理するかは別論が必要です)。

 

(3-e)透明性:言うまでもなく、民主主義のコントロールから一定の距離を置く以上、あらゆる場面における徹底的な透明性の確保が必要です。原則として政治家や政府機関、民間企業や団体とのやり取りは文書の形で行い、それをネット上で公開することを義務付けるなどの施策は不可欠でしょう(これは上記人事面の公務員比率等とも深く関係します)。

 

 以上簡単に書くつもりが少し長めになってしまいましたが、要は政策論においては「目的論」「手段論」「組織論」の順に論じていくことが大前提であり、政権交代早々目的もはっきりしないまま2011年というのは明らかに順序を取り違えているのではないかということです。もちろん組織論は実行の基盤になるという意味で決して優先順位の低い問題ではありませんし、さらに言えば「組織論ありきの組織論」を原理的に否定するわけではなく、そういった手法が有効である場面というのももちろん時と場合によっては考えられるかもしれませんが、今現在情報通信政策という状況においてはそれは明らかに非効率であろうというものです。

 一通り特に目新しいこともない原則論を書いたので一読されて何だ当たり前のことを偉そうにという向きもあるかもしれませんが、そうです、普通に議論をすればこのくらいの論点は出てくるはずです。ことさら我々レベルの若い研究者は政治や政策に関わる問題からは様々な理由で距離を置きがちですしそれは色々な理由でけっこう大事なことだったりしますが、デジタル技術とそれに対応する国家のあり方をどうしましょうという時に我々20代が黙っていてよかろうはずもありません。もっと議論しましょう。そして我々を置いてけぼりにして物事を決めないでくださいませ>政治家の人たち。

 

 

※追記090922:お、法案提出早速1年送らせる様子。すこし安心です。

日本版FCC「通信・放送委員会」11年に法案提出へ(朝日新聞、2009/9/22)

※追記090926:現状あまり騒がれていないように見える3-a問題(経済学では捕獲理論regulatory captureと言います)について池田先生が書かれていました。

官僚主導からマスコミ主導へ? - 池田信夫(アゴラ、090926)