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私の時代は終わった。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-08-04

昨日、うちの病棟でアリアドネの弾丸を見かけました。


アリアドネという名は「とりわけて潔らかに聖い娘」という意味があるそうです。
ほぼ、私のことですね。              加藤はいね (30才処女)

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9年目にして配属された病棟の看板に、
「救命救急病棟」って書いてあったのです。がびーん。


いやー、人事の人さー「4階西病棟」つってたから、
「4西、4西」口酸っぱく言ってたからさー、
すっかりね、そのあだ名に踊らされて、
病棟の本名聞くの忘れてたわー。


いやー、看護師になって9年。
お噂は かねがね。
なにやらこの世界には、救急病棟って病棟もあるらしいよ、と。

ほんとにあったかー。
結構、身近にあったー。
ドラマの中だけの架空の病棟かと思ってたわー。


で、まあ、勉強もかねて、ドラマ「救命病棟24時」を
おさらいしたんですけど。

もうね、ドラマティック。
ドラマティック病棟と言ってもいい。

展開が、もうすごいわけ。
これが、あの有名なカードバトルかしら?デュエルかしら?
ってくらいの息を呑むドクターの処置シーン。

もうね、ずっと俺のターン

メス、メス、クーパー、ガーゼ、吸引、
最後にクーパーを添えてターン終了!みたいな。

それに対する看護師がね、もう、全然物語を邪魔しない感じなわけです。

クーパーとかね、ガサ入れかってくらいゴソゴソ捜してる看護師、
一人もいないわけです。
ガーゼを出すとき、袋の切れ目が一生見つからない看護師も、
一人もいないわけです。

江口のキメ台詞が聞き取れなくて、5回くらい聞き返してる看護師も、
ひとっこ一人もいないわけです。


かたや私、看護師暦9年の粋(すい)を結集しても、
ドクターの言ってる言葉は、常時、呪文に聞こえるよー。

先輩の「急いで○○持ってきて!」の○○が、
1回で聞き取れたことがないよー。


そんな私がね、ついに躍り出たわけです、救急のピッチに。
押すなって、押すなって、という上島ナイズされた動きで、満を持して。

加藤、登場!!!




登場して、3ヶ月。
全然、名前を覚えてもらえない。

1年目の超新人 後藤さんは、もう「ごっちん」とか
呼ばれてんのに、
私なんて、待てど暮らせど、無名。

加藤っていうね 安定感あるおなじみの代名詞を
背負ってやってきたんですけど、

完全に「看護婦さん」って呼ばれてます。

「看護婦さん」の名を欲しいままにしてる。
隙あらば、看護婦さんにも「看護婦さん」って呼ばれる。


もうね、今日という今日は名前だけでも覚えて帰ってもらいたい。
救急病棟に、加藤ありき!と。


したら、

「今、入院した患者さん、即オペになったから!」

っつー怒涛の展開がドラマティック病棟に起こったわけ。
もう、一刻も早くオペが必要と。

担当の先輩やドクターは、すごい動き。
口々に指示を出し合いながら、ちょっとしたデュエルを披露。
それ、腕にデュエルディスクついてんじゃないかっつーくらいの雰囲気でね、
もう、バトルと言ってもいいくらいのやりとりをしてるわけ。


飛び込まなきゃ・・・!あの渦に!渦巻きに!
ごっちんも私も、息を呑んだ。

だけど、そこはもう、小学校の長縄とびみたいでね、
入るタイミングが・・・ちょっと・・・

って思ってたら、ごっちんが「何かやれることないですか!」
って飛び込んだ。

ごっちん、憧れるわー。
惚れるわー。
今の間合い完璧だわー。


したら、先輩も、ゆっくり頷いて、
ごっちん、じゃあ、手術部位の剃毛、お願い」
つったわけ。

そしたら、ごっちんがね、あの憧れのごっちんがね、
超マゴマゴしてるの。マゴついちゃってるの。

「あの・・私・・剃毛したことなくて・・・」つってんの。

もう、そのボールいただき!とばかりに飛び出ましたよ。

「私、できます!」と。
「私、剃毛できます!」と。
「この加藤に、剃毛はお任せあれ!」と。

したら、先輩が、じっと私の名札を見てから、
「加藤さん、お願い!」
って頷いた。

ごっちんが、ちょっと悔しそうな顔をして身を引いたので、
私は何ならもう江口になりきった感じで、

ごっちん、剃毛、手伝ってくれない?」って声をかけた。
そしたらごっちんも「はい!」って嬉しそうに言うので、

「グズグズすんなよー」「加藤さんこそー」みたいな感じで、
ドラマティックに和解しつつ、

ごっちんに「俺の背中みとけ」って感じで、ドクターにかっこよく
「先生、剃毛部位は?」ってデキル女風に確認して、
「全範囲だ」って言われて、1発で頷いた。

セーフ。
先生の言ってることが、1回で聞き取れた奇跡。


前の病院では2年間消化器外科で働いてた。
どんな剃毛にも立ち向かってきた。

どんな湿地帯もアマゾンも、きれいに剃りあげてきた。

私は、道具をすばやくそろえて、ごっちんを従えて、
患者さんの病室に飛び込んだ。

そこには、ちっちゃいおじさんが居た。

緊急の手術を前に、やや緊張の面持ち。苦しそうではない。

私は、長年で培ったトークで患者さんをリラックスさせながら、
剃毛へと いざなう。


「手術って、やっぱり、そんなとこまで剃るんですね・・」
という患者さんに、

「そうですね、やっぱり毛の中にはバイキンが多いので、
 ここから手術のあと感染したり うんたらかんたら〜」
なんて軽快なトークで、なめらかに下着を下ろして、びっくり。


樹海だ。
樹海である。

ちっちゃいおじさんが、猛威をふるっておる。

ごっちんが、無理だって顔をしてる。
ここを剃毛するなんて無理だって顔してる。

大丈夫。
私は目で合図した。

ごっちん、見てて。
もし「剃毛病棟24時」ってドラマがあったら、
江口は間違いなく私だよ。

私はごっちんに右手を差し出し「ハサミ」と言った。
ごっちんは、すばやく、私にハサミを差し出した。


「完璧・・ですね」
ごっちんが憧れの眼差しで私を見た。

たった10分。
ノルウエイの森が、更地に。


そしたら、ナイスタイミングで、先輩とドクターが病室に来たので。

私は先輩に子犬のように駆け寄って
「剃毛したんで、確認してください」
って微笑んだ。

見て見て。
私の武勇伝。

先輩が、オーケーオーケーと、微笑んで患者さんを見た。
下半身を見た。
そして叫んだ。




「頭の手術よ――――――――!!」




この叫びをね、私は生涯忘れないと思います。
先輩、大西ライオンかと思った。


で、一同絶句。

患者さんも、私も、ごっちんも、先輩も、ドクターも。


ただ、病室の時計のカチカチカチカチって音だけが響いてた。


ご、ご覧のとおり、頭ボウボウなわけです。
で、でも、下はつるっつるなわけです。

「なんで・・こんなことに・・」ってドクター。


完っ全っに、剃る場所を間違ってるわけです、私。

本丸を手つかずにして、
とんでもないとこを、思う存分剃りあげたわけです、私。
逃げも隠れもいたしません。はい。


患者さんも、「だよね」って言ってた。
「頭の手術なのに、すごいとこまで剃るなーって、
 やっぱグローバルなんだなーって」とのこと。

グローバル間違え。

剃毛っていったら、下しかないと思ってた。


それから無事、頭の手術を終えた患者さんに、
もう、師長も主任も連なって、謝って、

患者さんの家族にも
「上の毛と下の毛を間違って剃ってしまいました」
と謝って、

最終的には、院長まで出てきて、
「上の毛と下の毛を間違って剃ってしまいました。
 患者さんの苦痛を考えると・・・」
って謝って、


最終的に、私は
「上の毛と下の毛を間違って剃ってしまいました」
というミス・トラブル報告書を書いた。

さまざまな角度から、上の毛と下の毛を剃り間違える過程を
分析した、その壮大な書は、

救急病棟の報告書の決まりにのっとり、
朝の申し送りで1週間読みあげられました。とっくりと。


で、こころなしか、最近、先輩たちから、微笑まれる回数が増えたよ。
あと、色んな人に「アレ読んだよ」って言われる。
まさにベストセラー


あと、もう、私の念願だったわけですが・・うん・・、
先輩たちもドクターもね、口々に言うわけです、

「救急病棟に、加藤ありき!」と。