:GOBINEAU 『NOUVELLES Ⅰ』(Jean-Jacques Pauvert 1962年)(ゴビノー『小説集Ⅰ』)


 昔パリの古本市で同じ著者の『小説集Ⅱアジア小説集』とともに購入した1冊。ゴビノーは『ルネサンス』という訳書がみすず書房と角川文庫から出ていたようですが、見たことはありません。古書価は随分と高いようです。ゴビノーという人は、ウィキペディアによれば、人種差別の思想の権化のように書いてあります。


小説巧者という印象。単純で薄っぺらな物語でなく、落ち着いていて重厚な印象です。前回読んだFarrèreに比べてずいぶん文章が回りくどく、人物がたくさん出てきて錯綜しています。文章が難しくなったおかげで、小説を読むときの最低限のポイントを把握するこつを掴んだように思います(何をいまさらという感じですが)。それは登場人物が誰で、いつの話、場所はどこでということに注意し、場面がどう変わっていくか、人物の動きはどうかを、絶えず意識して読むということです。下手をすると場面が変わっていたり、誰が喋っているか分からなくなります。

 ウィキペディアに貴族主義という言葉がありましたが、たしかに貴族の世界が描かれています。没落した貴族が登場したり、貴族の子だったかもしれないということが鍵になったりします。また金持ちが登場したり、遺産を巡っての策謀があります。

 もう一つの特徴は、人間関係や心理の動きが物語の中心にあるということでしょうか。背景に、地中海や新大陸の風光があったり、喜劇団一座の賑やかしや貴族の社交の世界があり、物語に厚みを増しています。

 全体を通して、まともな小説という感じはしますが、私の好む幻想的な味付けに関して言えば、直接、おどろおどろしい存在が登場しなくても、また異世界の枠組みが仕掛けられていなくても、例えば、深夜ヴェニスの修道女二人(一人はヴェールで顔を覆っている)をゴンドラに乗せて逃亡するシーンなど、とても幻想的で、物語の楽しさを味わわせてくれるところがあります。

 またこの本のなかでもっとも魅力的だった『MADEMOISELLE IRNOIS(イルノア嬢)』では、グロテスクなシチュエーションや、登場人物の表現主義映画のような大げさな感情表現と身振りが怪奇な雰囲気を盛り立ててくれます。以前読んだジャン・ロランの「Monsieur de Bourgrelon」を思い出しました。またゴヤドーミエの暗い絵を思わせるところもあります。

 ゴビノーも読者に語りかける手法をときどき使っているのは面白い。「美しいご婦人の読者よ」とか(私はご婦人ではないんですが)、「小説家とは因果な商売よ」とかのフレーズが、ところどころにさしはさまれます。結婚でめでたく物語を終わらせる際に、「ルサージュとユゴーの二人の長編小説家は結婚で終わらせる手法を取って成功しているが云々」と例を挙げながら終えるのは、洒落ていてかっこよい。

 持って回った文章が私にとって難しいところがありましたが、もう少し語学力が向上すればまたほかの作品にも挑戦してみたいと思わせられました。


各編の簡単な紹介を下記に。
ADELAIDE(アデレード
なんと言うこともない話。単純化すれば母娘が若い男を取り合う話。娘の思いつめた恋が周りを翻弄する。出来事の移り変わりとその背景にある心理の綾を細かく追っていて味わい深い。


◎MADEMOISELLE IRNOIS(イルノア嬢)
奇形の娘の純粋な魂を賛美した小説。ゴビノーは差別主義者と言われるが、そんな目線は感じられない。人物の深い造型(とくに娘と結婚をたくらむCabarot伯爵)が光っていると思う。Ⅳ章の、Cabarot伯爵が奇形の娘とはじめて会うシーンの、双方の心理の動きはダイナミックでグロテスクである。冒頭の父親の昔の体験談で、森の競売の現場に知らずに出くわし大金を儲けるところはユーモア小説の趣きあり。


LE MOUCHOIR ROUGE(赤いハンカチ)
金貸しで貴族になった家系の話で再びなんということのない話たが、ポイントはやはり人物の愛憎関係にある。請け負い殺人も出てきて、シチリアの復讐譚のような色彩も帯びる。

AKRIVIE PHRANGOPOULO(アクリヴィー・フランゴポーロ)
軍艦の艦長が立ち寄った地中海の島で、無垢で太古に生きているような不思議な魅力と美しさを持つ女性を恋する物語。洞窟探検と火山の爆発の光景が物語を豊かにしている。


LA CHASSE AU CARIBOU(トナカイ狩り)
ヨーロッパの複雑で洗練された社交文化とアメリカの純朴だが単純な文化の落差に起こった男女の誤解がテーマ。若い女性の心理、対する男の心理、娘の父親の心理描写が物語を動的なものにしている。


SCARAMOUCHE(スカラムーシュ
イタリア仮面喜劇(コメディア・デラルテ)の一座に入団した田舎の若者が主人公。貴族の女との恋愛が婚約者にばれて運河に突き落とされたり、その女に復讐して修道院行きにしたり、その婚約者が金目当てに別の女と結婚しようとする策謀を阻止したり、その後主人公が貴族の出自であることが分かり修道女となった女に偶然に出会い再び猛烈に恋したりするが、結局貴族の出自が間違いだったことが分かりまた一座に復帰するという話。一座の騒がしいメンバーが要所要所で登場し物語を盛り上げる。