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2009-10-18

センコロール・supercell・新海誠――商業作品と個人制作作品をめぐって

どうも、またまた久し振りの更新です。


いやはや、しかし、ぼくが夏アニメも碌に消化できていないでいるというのに、世間ではもうすでに秋アニメも2週目、3週目に突入しようとしているんですね、怖……。

もうほんと、多忙ゆえにほとんどアニメも観れていない生活を送っているのですが、ただ、忙しいのは皆同じなわけですし、更新できない理由を忙しさのせいになどしないという健気な人物を演出するため、当ブログではその事実を伏せておくことにします。


そんなわけで、皆が新作アニメのレヴューで盛り上がっている中、その話題に乗ることができないわれわれは、代わりにほとんど話題にもなっていない、そのうえ既に公開が終わってまでいる劇場公開アニメの話でもしてみようと思います。

といっても、何もわざわざマイナーな作品を選ぶことで、「われわれは周りとは目の付けどころが違うのですよ(笑)」、という中二アピールをしては冷笑を買おうとしているわけではありません。このアニメ作品の存在が、どうにも、「個人制作・インディー同人作品」らと「商業作品」との間の微妙な関係性とその隘路を象徴してしまっているように見えるからです。


……『エヴァ破』語りブームにもすっかり乗り遅れたわれわれによって、今語られようとしている劇場公開作品の名はセンコロール


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ほとんどの方が観ていらしゃらないだろうこの作品ですが、しかしご安心ください、われわれは、読み手の方々に対して、この作品を観ているか否かなどと一切問うことはありません。何の前情報もいりません。実際ここでは、この作品が批評的にどうだったかという話はもちろん、その面白さ/つまらなさ、あるいは本編におけるパイロット版からの効率性を重視した劣化に関して、または、『エヴァンゲリオン』や『寄生獣』、『エイリアン』、村上隆大友克洋の名前などを出しながら、そのかわいらしいセンコの造形・デザインに関して論じることなどもするつもりはありません。



代わりに議論の前提知識として、ほとんどの方が名前すら知らないかもしれないこの作品に関して説明をはじめてみるとすれば、2年半ほど前に個人制作された、この作品のパイロット版が話題になり、


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それを元に、「動画革命東京」による(経済的)支援によって本編の制作が開始されては、今年、ようやくの作品の完成とともに、アニプレックスバックアップで、(東京では)池袋テアトルダイヤという小さな小屋での単館、それもモーニングショーとレイトショーのみという形で、8月22日から9月18日までひっそりと、しかし連日満席という盛況の中、上映されていた作品ということができます。

そして何にも増して、この『センコロール』が注目を集めた最大の理由とは、本作が、アフタヌーンでの四季賞受賞経験もある、クリエーター「宇木敦哉」(ほぼ)一人の手によって完成された個人制作アニメであるという点が挙げられるでしょう。

制作期間は2年半。

作品の上映時間は30分。




この情報からわれわれが真っ先に思い起こすのは、同じく個人制作アニメとして話題を呼んだほしのこえ』(2002年)、およびその監督である「新海誠」の名前でしょう。


ほしのこえ(サービスプライス版) [DVD]

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ここでわれわれは、『センコロール』/宇木敦哉と『ほしのこえ』/新海誠を並べた時に見えてくる皮肉な現象に関して語りだすことになります。

どうもここには二つの皮肉が存在するように見える。



ここでとりあえず、2002年当時のことを軽くおさらいをしておけば、フルデジタルアニメ作品『ほしのこえ』が話題になった際のアニメ界隈における論調としては、PCの性能の向上、CG技術の発達、映像ソフトの大衆化、そうした社会全体のIT化によって、ついに個人でもアニメ制作が可能が時代が来たのだ!といったものが主流だったように記憶しています。


確かに『ほしのこえ』のそうした制作スタイルは(あるいは物語内容/形式まで含め)、当時としては極めてアクチュアルだったように見えます。


ただ、そうした語りの一方で、実際に蓋を開けてみると、フルデジタルアニメほしのこえ』から既に7年以上が経過しているにも関わらず、その間、どこからも影響力のある個人制作アニメ作家など現れることはなく、結局現実には、デジタル技術や制作環境がどうこうという問題とは無関係に、「新海誠」という突出した才能がたまたまその時期に発掘されただけ、という、そのこと自体には何の目新しさもないありふれた事実だけしか残らないのでないかと囁かれもしていたわけですが、そんな中、ここに満を持して現れた新しい個人制作アニメセンコロール』/宇木敦哉は、しかし、まるでそうしたデジタル化による個人制作アニメの可能性に対して痛烈な「皮肉」を浴びせるかのように、作品を構成する動画13000枚、全て「手書き」によって制作してしまっていたわけです(紙に鉛筆で書いたものをスキャン、Photoshopで彩色、After Effectsで合成、Premiereで編集という手順)。


これはいったいどういうことなのか。

確かに、個人制作でも手書きアニメが作れるという事実を示したという意味では、ある種の人々の励みにはなり得るかもしれませんし、個人制作アニメという形式で一般に最も求められるものは作家性なわけですから、手書きだろうがなんだろうが作中から宇木敦哉の魅力が見いだせればそれはそれでいいのでしょうが、かといって、どうにも、そこには刷新された現代性もなければ、本質的な意味において個人制作アニメの可能性を広げているようにも見えない。




もう一つの皮肉は、新海の経歴を追うことからも見えてきます。

個人制作によるデジタルアニメという、新しい形式で作られた作品でデビューした新海誠は、しかし、次回作『雲のむこう、約束の場所』(2004年)以後、結局は旧来の劇場公開アニメという形式で活動を続けることになる。

そしてそれはこの『センコロール』も同様で、ここでの収益モデルも、劇場における興行収入と、今月発売されるDVDパッケージ販売という一般的な形式に収まるでしょう(さらに言えば、『センコロール』の場合は加えて、花澤香菜下野紘等、はじめからプロのアニメ声優を起用している点でも、商業作品的なベースで製・制作されています)。


そしたそうした傾向に対しては、何より、センコロール』の音楽担当が「ryo(supercell)」であるという点が極めて象徴的に映ります(ryoを中心とするsupercellは、ニコニコ動画上で、『メルト』をはじめ、『ワールドイズマイン』、『ブラック★ロックシューター』等で人気を博した後、ソニー・ミュージックエンタテインメントからメジャーデビューしています)。


supercell (通常盤)

supercell (通常盤)

君の知らない物語

君の知らない物語


つまりここでは、インディーなどはあくまで自身のステップアップのための踏み台か、既存の商業ルートへの参入チケット程度の存在でしかなく、「皮肉」にも個人制作作家たち自身こそが、インディー同人なぞ、既存の商業ルートの下位区分にしか過ぎないのだ、ということを暗に体現してしまっているというわけです。

実際supercellの人気に対しても、単にニコニコ動画発という出自が目新しいというだけで、せいぜいニコニコ動画オタク文化への帰属意識が強い人たちが「これは俺たち/私たちの文化だ!そしてその俺たち/私たちの文化がついに社会に認められたんだ!」というような、ある種無邪気な浮かれ方をしているに過ぎないだろう、などと揶揄する声もよく囁かれているでしょう。



もちろん、何も個人制作をやるからには既成のルートを超えて時代にあった新しいビジネスモデルを構築しろなどと無茶を言うつもりはありませんし、「インディーから商業」へという流れはここで挙げたアニメや音楽に限らずあらゆるジャンルで昔から起こっていた今さら言うまでもないことでもあれば、あるいは個人の処世術としてはインディーの場を自身が伸し上がるために利用すること自体も必ずしも悪いこととは思いませんが、しかしその一方、自主制作作品というからには、心のどこかで、商業的規制に縛られない表現の可能性なり、既存の商業ルートとは異なる流通の形態なり新たな資金回収のモデルなりを模索・開拓できないものかという期待を抱いてしまうことも確かです。

アニメ製・制作者、視聴者、誰もがわかっているにも関わらずどうにもできないでいる閉塞に対して、その枠の外にいるインディーこそが突破するなにものかを提示してくれないものなのかと。

しかし構造的には全く逆に、成功した個人制作作家たちこそが、インディーから商業への流れ、そしてその間の階層構造をより強固なものとしてしまっている。



そうした問題に対して、この『センコロール』は如何にも象徴的で、そして皮肉な作品だと感じたため、何も記事にアフィリエイトを張りまくりたかったからというわけではなく、問題提起の意味でも今回取り上げさせていただきましたが、はてさて、ああ、そういえば、10月28日には『センコロール』のDVDが発売されるようですので、もし興味を持った方がいましたら是非ポチっと。


センコロール (完全生産限定版) [DVD]

センコロール (完全生産限定版) [DVD]


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※本文では『センコロール』の上映が9月18日までだったと書いてしまいましたが、正確にはその後何度か延期され、東京では10月2日まで上映されていたようです。訂正します。

※また、コメント欄で様々な貴重なご意見をいただくことができ、それに対するぼくからのレスという形で、色々と本文に対する補足も入れておきました。

※ぼくの文章表現力の問題から、本文中にはいくつか誤解を招きやすい表現がまぎれているため、その補足資料的なものとしてご利用ください。たぶん混乱がより深まるのではないかと思います。

※あと、アフィリエイトは是非とも有効活用していってください。

BLACKBIRDBLACKBIRD 2009/10/19 02:32 作品の成立に同人で有る事とかインディーズで有る事とか視聴者に重要だとは到底思えないのですが…。
メジャーが扱ってくれるなら、メジャーに商売上、全部面倒臭い事は丸投げ、更にプロスタッフを使えるならプロを使うってだけで…。
東方 Projectの二次創作同人アニメーションなんか、声優陣全部一線級の名前の通った目を疑う様な豪華なキャストですけど…。
カオスな情報置場 - 「東方Project」の同人アニメの声優陣がガチすぎる
http://shakediary.blog93.fc2.com/blog-entry-1065.html

ill_critiqueill_critique 2009/10/19 21:20 ■BLACKBIRDさん
コメントありがとうございます。
「問題提起」なんてかいても、きっと何の反応もないんだろうな、と思っていたため単純にうれしいです。

で、コメント内容関しては、そうですねぇ、どうもぼくとBLACKBIRDさんの認識には大きなズレがあるようで、ちゃんと説明しだすと長くなりそうでどこから話をはじめればいいのか迷うところですが、とりあえず、全体としては、ぼくのこの記事とBLACKBIRDさんのコメント内容は、特に対立していないと思います。

ぼくのこの記事は、ものすごく簡単に言えば、自主制作作品それ自体についてはほとんど何も語っておらず(ぼくのブログの記事タイトルはほぼすべて、内容とはほとんど無関係にインパクトのみを狙ってつけられています)、論旨としては「『センコロール』と新海誠を並べるとこういう風にも解釈できませんかねぇ、で、それと関連して、本論として、インディー作品(=外部)から商業アニメ(=内部)の現状を変えるほどの作品は出てきてくれないっすかねぇ(願望)」という程度のことしか書いていませんので。

ああ、ただその前提として、商業アニメ界への現状認識として、商業アニメの(ビジネス的にも表現的にも)閉塞感への危機意識があるため、そうした感覚を共有していないとわかりにくいところがあったかもしれません(その辺りのすれ違いが最初の一文でしょうか?)。それとこの記事では基本的に、自主アニメ(=アートアニメーション)ではなく、商業アニメ(=工業芸術)を基準に話を進めていて……その辺りの区分けは、個人制作の「アートアニメ」と工業芸術である「商業アニメ」を何らかの前提なしに同一語ることができないだろうことまで含め、本文でももう少し補足を入れておいたほうが良かったかもとは反省しています。それと、本質的には、『センコロール』にしろ、インディー・同人作品にしろ、ぼくとしては何一つ貶している風には書いていないつもりでしたし、またアートアニメの歴史を知らないわけでもないので、「どこからも”影響力のある”個人制作アニメ作家など現れることはなく(さらに注:商業アニメにとっての)」等と、ぼくなりには表現に気を使って書いてはいたつもりだったのですが、ただまあ、改めて読み直すと、ある種の人々の反感を買ってしまいそうな危うい表現にも見えますし、何より個人制作作家の方々に対して失礼な語りに見えなくもないため、流石にちょっと不用意すぎたかなと、その点も反省しています。

なんか、どこに違和感も持ってらっしゃるのかよくわからず、自記事の解説のような感じになってしまいましたが、これで少しは回答になっていますでしょうか?

ill_critiqueill_critique 2009/10/19 21:24 ちなみに話は変わりますが、この記事に対しては「アニメの新しいビジネスがどうとか偉そうに書いときながら、自分ではアフィとかせこい儲け方しようとしてんのかよ!」という突っ込みを期待していたのですが、わかりにくかったのかつまらなかったのか誰も指摘してくれなそうもないので、自分で自分の寒いギャグを解説するという暴挙に出ようと思います。

BLACKBIRDBLACKBIRD 2009/10/19 22:10 閉塞状態は現政権の文科相が一番良く認識して居るみたいです。

川端文科相、マンガ・ゲーム通だった! 昨年、麻生太郎氏と夕刊フジで対談(産経新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090922-00000525-san-pol
川端達夫文部科学相は昨年8月、マンガ通として知られる麻生太郎前首相と本紙発行の「夕刊フジ」で、「日本のマンガ、アニメ、ゲーム大いに語る」と題して対談していた。
アニメなどのコンテンツ産業については、「アニメ番組のビジネスは本当にひどい。スポンサーは5000万円出しているのに、最後の元請けプロダクションは800万円で制作している。これでは産業は絶対に育たない」と、現状を厳しく批判。「安い労働力でコストは下がるが、品質はどんどん悪くなる。劣化を起こすことが最初から分かっているビジネス。この構造を変えなければいけない」

「とてつもない日本」と言いつつアニメーション・ゲームコンテンツ業界の閉塞状態に全く対処しなかった麻生ローゼン閣下総理とは違う認識みたいです。
文科相就任前の昨年8月の時点での業界の危機的状況への認識ですので…。

BLACKBIRDBLACKBIRD 2009/10/19 22:13 あ、因みにアフィリエイトに付いては「Amazon芸」の信奉者なので、過度な突っ込みへの期待はしないで下さい…。
と言うか単純に自分の好きな商品へのAmazonリンクを貼るの楽しくないですか?

tosaburetosabure 2009/10/20 00:40 インディーというものに期待し過ぎなのでは?
結局メジャーからは外れた、いうなれば「売れ線じゃないけど革新的」みたいなことも、インディーズならやりやすいだろう、とおっしゃりたいのはとてもよくわかりますし、その通りだと思います。ですが、形はどうあれメジャーの舞台に上がらないと人の注目なり資金なりを集められないのも事実です。

でも、「売れ線じゃないけど革新的」なことをやっているのに、立場はメジャー、ちゃんと事務所なり会社に入ってますよみたいなアーティストは(映画・音楽・漫画アニメなどあらゆる芸術家を含め)ごまんといますよね。

言ってしまえば、どんなインパクトのある変わったこと、革新的なことをしていたとしても、穂との注目を集めるモノを持っているアーティストは最終的にメジャーに行き着いて「しまう」のだと思います。
本人に「インディーズで活動を続けて、業界の構造なりを変えていってやる!」という気概があるアーティストなら話は違ってきますが、そうすると逆に業界を変えるほどの影響力を持つことが相当難しくなってくるでしょう。

僕の考えがメジャー寄り過ぎるというのも書いててすごく感じるのですが(笑
結局これが、業界の閉塞感というやつなのでしょうかね・・・

鷹揚鷹揚 2009/10/20 12:51 お久しぶりです。こちらで初カキコ。そのくせダメ出しw
センコロールの上映はちょこちょこ延長されて、最終的には池袋で10/2(金)までとなりました。ソースは9/27に見に行った僕ですw
さて、市場を基点に書かれた本文、非常に楽しく読ませていただきました。僕なりに解釈すると、アニメで新しいクリエーターが出てこようとすると、ニコ動でアマチュアに留まるか、プロに吸収(語弊あるかもですが)されるか、の2択と受け取ったのですが、合ってますでしょうか?

shinpshinp 2009/10/20 13:07 センコロール見ましたー。個人製作のアニメとしては上々の出来なのでしょうが、内容という観点から言うと?マークが終始浮きっぱなしの作品でしたねー。厭な言い方をすると、ゲイジュツ系と言いますか。同人なら同人なりの美学みたいなのが欲しかったところです。
それはそれとして。ほぼ同時期に新宿で公開されていた「アジール・セッション」はご覧になりましたか?(以下略)はともかく、新海誠が与えた個人アニメへの影響ってのは、実は表のそれぢゃなくてエロ方面の方が大きいように思うです。
近年話題のDLsiteなるダウンロード販売サイトの上位を見ると、意外に3D作品が多く、かつ疑似ムービー形式になっているのも少なくありません。クオリティはそこらへんのゲームなんかを凌いでおります。(静止画だったりプリレンダしてるからですが)
ボリュームも同人のそれを省みても結構量があり、ムービー作品であれば少なくても15分、多いのであれば30分以上というのも珍しくありません。
で、どうしてこういうようなことになってるのかというと、新海誠はデジタルによるアニメ制作の可能性を打ち出しましたが、そこにシナリオの書き方とか
ドラマツルギー的なもの、ついでに言うなら「大衆に向けた作品性」のようなものを持たなければ作品を作る意味がない、ということも示唆してしまったからなのだと思います。
上記のエロ動画は、技術的には新海誠やら宇木敦哉らとそう変わりがないように見えます。しかし、大いに欠けている(あえて無視している)点が一つあります。
ストーリー性です。センコロールにそれがあったかというと少し微妙なのですが、まあそういうことなのだと思います。

・作り手側が、受け手側に与えるべきストーリーを用意していない。
・あるいは、受け手側がそれほどストーリーを必要としていない。

これに尽きてしまうんではないでしょうか。だから、件のセンコロールも話題に上らない。
ぢつはこの事にも配給側が気付いていたりして、センコロールはたまたまその条件に合致したから白羽の矢が立った、という考え方もできませんでしょうか。
もしかしたら、新海誠クローンはそこらじゅうにいるのかもしれませんよ。顔を出していないだけで。

とおりすがりとおりすがり 2009/10/21 11:22 反応しまーす。
「産業構造に風穴を開けろ」要求は作品や作家に求めても詮無き事。リリースシステムの構築者に求めるべきでしょう。このバヤイはアニプレックスですな。
ここが混同されているから、問題提起に対してスジ違いの反論が来るのではありますまいか。
表現には収穫があったと思います。
「物語」ろうとはせず、己が快感原則に忠実にシーンを積み重ね、さっさと終わる身勝手さは個人制作ならではの気持ち良さでした。
それこそ商業アニメに慣れた人からは不満があるでしょうし、アートよりからは「見るべきものはない」発言がありそうですが、そこに向けて作ってないですもんねぇ。
「俺、こうゆーのが気持ちイイんだわ」なんですから。
「起承転結」もペイラインもマーケティングも知ったこっちゃなく作った30分である事こそを味わいましょうよ。
で、アニプレックスはDVDバカ売れで「してやったり」となるわけですから、逆説的にではありますが、いわゆる商業アニメのありように対するカウンターにもなってんじゃないスか。
安パイ原作の萌えアニメを深夜に放送するよりは、気がキぃてますわな。
PS.
以前にアマゾン発注していましたのでアフィ貢献はできませんでした。
ギャグとしてはですねい。
本文は、もっともっと「現状を憂う」感に満ちたものにしてですね、アフィもDVD1コだけじゃなくて、関連する本やグッズをコレデモカっちゅーぐらい並べていれば、きっとツっ込んでもらえたと思います。

sasasasa 2009/10/21 12:47 初音ミクとかでもそうでしたよね。なんか新しいブレイクスルーが持ってきてくれるんじゃないかという無責任な期待みたいなのが。ぼくは既存のテンプレートでは推し量れないとこでブレイクスルーは起こってると思うんですが、それが評価できるのはもっと未来のことだと思っています。

ill_critiqueill_critique 2009/10/21 23:03 ■BLACKBIRDさん
再度のコメントありがとうございます。

やはりアニメを自己演出の材料として利用する某とは別に、政治家の中にもちゃんとした認識を持ち、何よりそれを発言してくれる方がいらっしゃるんですね。励みになります。
ただまあ、正直、以前の記事でも少しだけ触れたことがありますが(http://d.hatena.ne.jp/ill_critique/20090609/1244547988)、文化への政治の徒な介入はかなり危うい面があるとも思うのですが、ただそうはいっても、アニメ業界内部からは何も起こせない現状にあっては、政治にも期待できる要素がある(すがらざる得ない)のかもしれませんね。

ill_critiqueill_critique 2009/10/21 23:18 ■tosabureさん
コメントありがとうございます。

おっしゃることはよくわかります。
ぼくなりに言いかえさせていただければ、現状においては、「影響力を持つこと」と「メジャーであること」が不可分である、ということだろうと思います。そして、最後の一文の通り、こうした構造が強固であるがゆえに、ぼくがここで危惧を表明したような業界の閉塞感が生まれてしまっている面がある。
こうしてみると、tosabureさんがおっしゃっていることと、ぼくが書いていることは、互いの立ち位置が若干違うだけで、かなり近いもののように見えます。

また、立場でいえば、確かにぼくは一般的な視聴者よりは強くインディーに期待をかけてしまっているという面はあると思います。まあ、ぼくの感覚としては、期待というよりは、願望とか夢想といったほうがしっくりくる感じですが。
ただ、やはり個人的には、現状のようなインディーがメジャーへ向う処世術的踏み台にしかすぎない=下位区分にしか過ぎない状態というものを、(半ばシニシズム的にも)肯定する気にはぼくはどうしてもなれません(tosabureさんにはわかっていただけていると思いますが、しかし一部の方々は、この記事でまるでぼくが個人制作を貶しているように読んでしまっているようなのですが、確かに能天気な肯定をするつもりはないとはいえ、ぼくはむしろそれらを擁護するつもりで書いていたんですけどね)。

最後に、もしかしたら一つ誤解があるかもしれないので補足させていただければ、ぼくがここで主として問題にしているのは、「表現としての革新性」ではなく、「ビジネスモデルとしての革新性」です。
劇アニメであることがほとんど前提となっている商業アニメ界……それらと比べるならば、「表現のレベルにおける革新性」は、アートアニメーションの世界において一貫して達成され(続け)ていると思います(個人的にアートアニメーションに対して「革新的」という言葉は使いたくないのですがここでは便宜的に……)。
アートアニメーションにも数十年の歴史が、あるいは「劇映画と実験映画」という視点まで広げれば100年以上の歴史があるわけですから、表現的にも既に十分すぎる蓄積がありますが、ただ結局それらにしたところで、タコ壺的にそうしたジャンルが好きな人の間でのみ受容されている(きた)だけで、そちらはそちらで完全に閉塞してしまっている。ぼくが問題とさせていただいた商業アニメに対しての強い影響は、ほとんど期待できないように感じます(そもそも、美術に分類されるアートアニメーションと工業芸術である劇アニメでは、形式的に媒体が同じというだけで、メディア論的にも全く違うジャンルの作品なわけですから、それらを安易に一緒くたに語ることはできないでしょう)。ただその点では、新海さんや宇木さんのような、「アートアニメ風劇アニメ」といったボーダー領域の作品にこそ、商業アニメ(≒劇アニメ)に何らかの風穴を開けることができる可能性があるのではないかと感じたことも、今回の記事を書いた理由の一つです。

ああ、ちょっと最後のほう、論旨が不明瞭になってしまいましたが、雰囲気だけでもつかんでいただければ。

ill_critiqueill_critique 2009/10/22 23:17 ■鷹揚さん
どうも、久しぶりー。

情報ありがとうございます、『センコロール』の上映情報に誤りがありましたか。後ほど本文に補足を入れて訂正しておこうと思います。で、

>僕なりに解釈すると、アニメで新しいクリエーターが出てこようとすると、ニコ動でアマチュアに留まるか、プロに吸収(語弊あるかもですが)されるか、の2択と受け取ったのですが、合ってますでしょうか?

少し付け加えれば、「現状ほぼその2択にしかなってないよねー、でもそれじゃ互いに閉塞してるだけだし、その壁を打ち破り(ビジネス的にも表現的にも)新しい流れを作り出す3つ目の選択肢はないもんかねー」、という感じの話ですね。

ill_critiqueill_critique 2009/10/22 23:19 ■shinpさん
コメントありがとうございます。

個人制作と物語の関係でいえば、15分程度の短編の大半は、ジャンルとしては「アートアニメーション」(というにはアートっぽくすらない作品が大半ですが、系統として、くらいの意味で)に近いのだろうと思います。その点でも劇アニメとは異なるジャンルであり、コンセプトはあっても大半は物語がない。そしてそもそも、劇アニメとは違う楽しみを求めている人々、物語を必要としていない人々に向けて作られている。
個人制作アニメと一括りにして語ってしまうのはあまりに乱暴すぎるかもしれませんが、shinpsさんがおっしゃっていることまで含め、こうした傾向は確かに存在するのではないかと思います。

ill_critiqueill_critique 2009/10/22 23:22 ■とおりすがりさん
コメントありがとうございます。

まず、産業構造の話でいえば、個人制作(=既成の構造の枠外にある)作品であるのに、最終的にはアニプレックスに拾われてしまう=既存の産業構造に組み込まれてしまっている、というところに問題、というか、結局そーなっちゃうのかよーという点で残念な感じがしました。閉塞したアニプレックス等の産業構造の外部で、小さなものでもいいですから、作家の生活が成り立つ程度にペイできるアイデアや仕組みが構築できれば、そこから色々と大きな転換が生じ得るんじゃないか、という辺りが期待してる地点ですねぇ。

『センコロール』の作品論に関しては、こんなところで気安く語るのは躊躇われますが、素朴な感想としては、ぼくはそれなりに楽しんでは観ていました。ただ、作画オタク方面の方々の語り口をみると、結局この作風ならば、素人一人で作るよりも、何人かの優秀なアニメータが集まったほうが、もっとずっと気持ちイイ作品が出来あがるはず、一人で作る意味がないのでは、という不満があるようでした。もちろん、宇木さん自身は、集団で監督をやるノウハウがないがゆえに、一人での制作という体制を選んだと語っているわけではありますが。
また、『センコロール』のDVDがそれなりに高い売り上げをあげたとすれば、それは上に書いたものとは一階層下にはなりますが、とおりすがりさんのおっしゃる通り、たとえそれが既成の商業ルートの上とはいえ、(主流からみれば)珍しいタイプのアニメがそれなりの影響力を持ったという意味でカウンターとしても機能し得るだろうと思います。
そうなるといいですね。そしたら、関連商品のアフィを貼りまくりたいと思います。

ill_critiqueill_critique 2009/10/22 23:22 ■sasaさん
コメントありがとうございます。

初音ミク(というかニコニコ動画自体にですが)には、ぼくもかなりの期待と注目をしていました。それが(あるいはそれ以外が)どのような結果をもたらすかはまだぼくにはわかりませんが、アカルイミライが来てくれることを待ち望んでいます。

とおりすがり2とおりすがり2 2009/10/23 11:46 返コメ、ありがとうございます。
ill_critiqueさんの鬱屈と希望についてはよくわかりますよ。
ただ、ゴドーを待ってる気分にもなりますよね。
そこで、「現状理解の仕方を変奏してみてはいかがか?」と私は思うわけです。
「結局組み込まれちゃった」とも取れますが、既存の放送枠では齟齬をきたすので、リスキーだが小劇場→DVDで行ってみようというのは、十分冒険じゃありませんか。
代理店を除けば、プロダクションだって、製作会社だってインディですよ。個人でこそありませんけどね。
★以下、蛇足
センコを観て思い出したのは新海アニメよりも、実は「バース」でした。
あれも作品としては「いかがなもの」ですが、作者が至上とする「快感」(当時の視聴者が求める快感では必ずしもなかったと思いますが)は 伝わってきました。
そのノリに近いものを感じたんですな。
手ダレの現役アニメーターを使役して「いかがなもの」でなくしてしまえば、完成度は上がっても、違うモノになってしまうフェティッシュな何かです。
故人に反応した宮崎駿と同じように、磯光雄もそれに反応したんじゃないのかなぁ・・・。
「産業構造の革新」や「作品の完成度」、「動画の巧みさ」ではなく、フェティッシュな個性を愛でるのが、センコのバヤイは吉なのではありますまいか。
願わくば、ダサい映画やシリーズになりませんように・・・。

angmarangmar 2009/10/23 14:59 やはり気になるので直接コメントさせて頂きます。
1) 皮肉その1で、新海氏と宇木氏の制作技法を上げて宇木が先祖返りだという話をされていますが、新海氏が「CGならでは」を生かしていたのはせいぜいがロボットやクリーチャーなどの部分であって、キャラ作画に関しては従来と大差ないと思います。
新海氏デビュー時に「個人製作が可能になった」という語り方をされたのは、主にこれまでは個人ベースでは困難だった「撮影・編集」の部分がAdobe系のソフトウェアで容易になったことを指してのもので、その意味で両者に技法的な差異はあまり感じられないのですが。
※演出技法については大きな差異があります。
 
2) 皮肉その2の収益構造については、新海氏属するコミックス・ウェーブとアニプレの規模差を指してインディーズ的かどうかという話をされていると理解していますが、劇場公開+ソフト販売(既存流通利用)という形式面から見れば、こちらも新海氏と宇木氏に差はないです(確かにほしのこえが最初に上映されたのはミニシアターですが、規模的に言えばセンコロールも似たようなもの)。
 
さて収益構造の話で、その手の方たちが大好きな「中抜き批判」を語るならば、現在もコミックス・ウェーブに籍をおいて活動している新海氏はインディーズレーベルということになりますから、「中抜き構造」は脱していることになります(アニプレだと中抜きがあるのかどうかは知りませんけど)。
一方で、インディーズレーベルに属し作品展開も動画サイト中心に行っている「イヴの時間」の吉浦氏のような例もあります。
勿論、宇木氏のような個人作家の作品をアニプレが取り上げるようになったというのも、作品発表経路の多様化という意味では特異なことでありましょう。
 
第三の道といえるほどドラスティックなものがどこにあるのか(本当にあるのか)は分かりませんが、多様化自体は十分に進行中だと個人的には考えます。

ill_critiqueill_critique 2009/10/24 23:35 ■とおりすがり2さん
再度のコメントありがとうございます。

ぼくととおりすがりさんに差異があるとすれば、それはおそらく期待値の違いということになるのではないかと思います。

『センコロール』が成したことは、ぼくの期待(というより「理想」や「願望」といった感じですが)には及ばず、しかし、とおりすがりさんのおっしゃるように、それには満たなくても何がしかの達成はある――それでとりあえずは十分とするか否かという判断の違いではないかと(※注1)。
と言ってもまあ、ぼくの書いていることが悲観的すぎるのか、あるいはとおりすがりさんのおっしゃることが楽観的なのかは、歴史的な判断を待たなければ、今のぼくには全くわからないので、何とも答えようがないわけですが。

※注1
わかってらっしゃるとは思いますが、一つ確認しておくと、ぼくはここでは『センコロール』自体に対しては肯定も否定もしようとはしていませんし(ぼくの文章表現力の問題で若干否定的に読めてしまうところもありますが)、そもそも『センコロール』は話の導入として持ち出されているだけで、本旨としては、そこを起点にしてアニメを巡る現状を問題にしているだけですので、この作品が実際に(ビジネス的にも表現的にも)どれほどの影響力を持つかということも(またもちろん、それとは別レイヤーで、作品論的にどうなのかということも)問題としていませんので。

ill_critiqueill_critique 2009/10/24 23:42 ■angmarさん
コメントありがとうございます。

1)
非常に面白い意見だと思いました。確かにそのロジックでなら特に皮肉にはなりませんよね。
ただ、もちろん「撮影・編集」におけるパラダイムシフト(とその普及・一般化)は革新的でしたが、ぼくの見る限り、(新海さんに対する語りまで含めて)同時にそこには「大人数での手書き作画」と「個人制作CG」との対比もあったはずで、一般商業アニメでもCGが多用される中、殊個人制作ならばCGによる労力軽減は重要な要素ではないかと思います。実際、新海さんは枚数のかかるアクションをCGで、宇木さんはアクションを手書きで描いている(手書きアクションが売りな作品なわけですからある意味当然ですが)、この点は決定的に違うのではないでしょうか(制作日数の大きな差はこの辺りにあるのではないでしょうか。根本的な作風の選択からして、個人制作的か否かという問題もあるでしょうが)。
まあ、皮肉1はほぼ余談のようなものなので小ネタ程度でとらえていただければと思いますが、ただやはり、『センコロール』は上記のような意味でも、当時広がりつつあった個人制作の可能性に乗った新海さんからさらに数年経っているというのに、そこから一歩進むどころか、どちらかといえばむしろ一歩下がっている感じがするところは、皮肉に感じました。

2)
皮肉2に関しては、二人の比較がメインではなく、まさにangmarさんが書いてらっしゃる通り、どっちも結局既存の流通に乗ってるだけじゃない?=メジャーと大差ない=個人制作の意味(あるいは存在意義)が処世術的な踏み台程度にしかなってなくない?という辺りを中心に書いたつもりでした。で、そうした構造が、supercellまで合わせて、個人制作やインディーのスターとして見做されがちな彼らこそが、実はインディーや同人の地位を貶めてるんじゃない(最終的に既成の商業に近づいていくのならば、自主制作等々の場は自分の売名や商業に行くための使い捨ての梯子として利用していたというになってしまい、それでは彼らの経歴自体が商業とその他のヒエラルキーを強固にしてしまう)、というところが皮肉だろうと。
ただ、反省点としては、この直前の文もそうですが、「個人制作」と「インディー」と「同人」を、並べて一緒くたに語ってしまっている点は、あまりに大ざっぱ過ぎて混乱を招きかねないと思いました(マンガ・音楽・映画等々、様々なジャンルで似たことが起こっている、ということを表わすために比喩的に並べたのですが)。そもそも、語っている内容がかなり抽象的で、その癖、ぼくも収益構造を変革するための何らかの具体案を持っているわけではありませんから、記事を書いている時点から結局全部丸投げしちゃってるなあ、という微妙な感じはありました。

ちなみに、ぼくがこの記事を書いている時一番意識していたアーキテクチャは「ニコニコ動画」であり、そして名前こそ出していませんが、一番意識していた作品は『イヴの時間』でした。ちゃんとこの辺りまで絡めて新提案でも出来れば、また記事の価値も変わってきたんでしょうが、特に目新しく面白いことは何も思いつかず……まあ、いずれにせよ、『センコロール』の収益構造に関しては、ニコニコ動画や『イブの時間』との対比において、ネットが完全に普及した現代、個人制作でも結局「上がり」は未だに劇場公開なのかよー(+パッケージ販売)、という辺りが、最も素朴なレベルでの違和感でした。

ええと、これである程度は回答になっているでしょうか。まあ、ここで書いたようなアニメ界のビジネスモデルに関する危惧の表明というのも、特別目新しいことではないでしょうし、ぼくがこの記事でやったことも、せいぜい、そうした紋切を新海と宇木の間においても見出す、といった程度のことだったのだろうと思います。

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