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2011-05-01

住田町:東日本大震災後のマスコミ報道(2)

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▽東日本大震災(2011年3月11日)以降、岩手県気仙郡住田町に言及するマスコミ報道。web上の資料をクリップしておく。2011年5月以降。4月以前のマスコミ記事、また地元紙「東海新報」掲載記事については別エントリーに。

▼住田町:東日本大震災後のマスコミ報道(1) http://d.hatena.ne.jp/ilya/20110421/1303401263

▼住田町:東日本大震災後の「東海新報」記事(1) http://d.hatena.ne.jp/ilya/20110427/1303912332


▼〔日経産業新聞 2011年5月31日〕 岩手・宮城で企業連携、地元木材、被災地住宅に、林業活性化と森林維持狙う。〔2011年5月31日〕|日々産業新聞 http://hibisangyou.blogspot.com/2011/05/blog-post_2133.html

「東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県や宮城県で、地域の製材・住宅業者らが組んで仮設住宅などの建設に地元の木材を活用する動きが広がっている。木材需要を掘り起こすと同時に、二酸化炭素(CO2)吸収や生態系保全の役割を果たす森林の維持にもつなげようという試みだ。/ 東北新幹線の水沢江刺駅から車で1時間。面積の9割を森林が占め、林業を主産業とする岩手県住田町で、木造仮設住宅の建設が進んでいる。施工現場には特産の「気仙杉」の柔らかなにおいが漂う。/ 内陸にある同町は地震で大きな被害を受けなかったが、津波に見舞われた陸前高田市と大船渡市に隣接している。木造仮設住宅は両市などの被災者向けで、110戸を建設する予定だ。建設しているのは町の第三セクター、住田住宅産業(佐々木一彦社長)を中心とする地元工務店だ。/ 同社は適切に管理された森林から伐採したことを示す国際認証「FSC認証」を取得している地元の木材を使うことと、宮大工としても知られる「気仙大工」の技を売り物にしている。首都圏からも注文を受けるなど一定の評価がある。/ 同社はちょうど1月から災害時に備えて木造仮設住宅の設計図を製作中で、震災の時点でほぼ完成していた。多田欣一町長の決断もあり、県の許可を得る前に着工し、既に一部の住宅で被災者が暮らし始めている。/ さらに設計図を無料で公開し、同県遠野市でも住田町と同様の仮設住宅建設が始まった。住田住宅産業は「冬も結露しにくく、断熱性にも優れている木造住宅の機能を広める効果もある」とみている。林業が活性化すれば若い従事者も増え、将来にわたって森林を保全できる。/ こうした動きに支援も広がってきた。ミュージシャンの坂本龍一氏が代表を務める森林保全団体、モア・トゥリーズ(東京・渋谷)は「地域経済の活性化と持続可能な森林保全を促進できる」と同社の取り組みを評価。仮設住宅の建設資金の募金活動を始めた。」

「宮城県北部の登米市では製材事業者などで構成する「日本の森バイオマスネットワーク」(宮城県栗原市)が地元木材を使い被災者向け住宅の建設を進める。登米市内で用地を探し、秋までには地元の建設会社が2棟の住宅を建設する見通し。/ 給湯・暖房設備には木質ペレットを燃料としたボイラーを使い、太陽光発電システムも搭載。自然エネルギーを駆使し、「新しい住宅のモデルにしたい」(唐沢晋平事務局長)という。住宅は被災者が元の居住地に戻るため退去すれば、環境教育を行う施設に衣替えする。プレハブの仮設住宅のように解体して廃棄物処理する必要はない。/ 地元産の木材ではないが、がれきの廃木材をチップ化して住宅用の合板などに加工するアイデアも生まれている。/ 津波に襲われた岩手県宮古市周辺では20万トンにのぼる廃木材が発生した。木質資源工学が専門の関野登・岩手大学教授の「がれきリサイクルを地域の復興につなげられないか」という発想をもとに4月中旬から、同市の産官学連携組織に参加する合板メーカーなどが試作に着手した。/ 「復興ボード」と名付けた合板を使ったモデル住宅も建設した。被災地の環境改善と地域経済再建をめざし、家具メーカーなども含め今後販路を確保していく考えだ。」「投稿者 japania 時刻: 10:33」

▽――日経産業新聞2011年5月31日付記事の転載とのこと。

▼事業主、従業員死亡419人 県沿岸部6商工会〔2011.5.31〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/economy/e201105/e1105311.html

「東日本大震災に伴い、本県沿岸部6商工会で、会員の事業主と従業員の死亡が計419人に達していることが〔5月〕30日分かった。陸前高田の237人が最も多く、総数は行方不明者を含めるとさらに増える。代表者の死亡は4商工会で約200人。事務所、工場など施設損壊も相当数に上っており、沿岸経済の深刻さを示している。/ 県商工会連合会によると、震災で代表者や従業員の死亡が確認された沿岸部の商工会は陸前高田、大槌、山田町、野田村、岩泉、普代の6団体。各商工会の死者数(かっこ内は代表者)は高田237人(137人)、大槌110人(41人)、山田62人(14人)、野田6人(2人)、岩泉2人(0人)、普代2人(0人)の計419人(194人)。高田は704会員(4月現在)のうち、約2割が「あるじ」を失った。/ 他に県内では住田町など5商工会で震災による計12人(うち代表者は1人)の死亡を確認〔※代表者一人は、住田町の世田米タクシーだろうか。後掲〕。震災による人的被害は11商工会で431人に上る。行方不明者数も100人を超え、被害の拡大は必至だ。/ 事業所の直接的な被災(全壊、半壊、一部損壊)は同連合会の総会員の約2割の2029件。20日現在のまとめでは中心部が甚大な被害を受けた高田、大槌、山田、野田の4商工会管内が計1400件余を占め、大槌は9割強、高田は8割弱が全・半壊している。/ 沿岸部のうち久慈、宮古、釜石、大船渡の4市は商工会議所を設置する。被害把握は途中だが、宮古商議所では代表者19人が死亡。建物被害は久慈を除き、軒並み5〜6割台となっている。/ 陸前高田商工会の中井力事務局長は「代表者や後継者を亡くすと事業をやめてしまうケースは多い。二重債務の問題を含め、将来に希望を持てる施策が必要だ」と訴える。/ 同連合会は30日の通常総会で本年度の事業計画を一部変更し、被災企業の復旧などを重点事業に追加した。熊谷敏裕事務局次長は「やる気のある事業者はいる。具体的な支援で地域の再生につなげたい」としている。」

新北九州空港へ「あいのりタクシー北空便」〔2011年04月23日〕|社長ブログ http://www.ainoritaxi.com/news/2011/04/post_1492.html

国土交通省のホームページに、自動車関連の「東北地方太平洋沖地震による被害状況」が、時々更新されながらアップされています。 http://www.mlit.go.jp/common/000142609.pdf / この中で、タクシー会社の被害状況も細かく記載されていて、社屋や車庫の流出、車両の流出、乗務員の行方不明の人数など、悲惨な状況がよくわかります。私が一番ショックだったのは、代表者の死亡もかなりあるということです。経営者に関しての被害があった会社だけを抜き出してみると、下記のとおりです。地図で所在地を確認すると、ほとんど三陸海岸の海に近いところに会社があります。謹んでお悔やみ申し上げますとともに、親族等での再建をぜひ果たしていただきたいとお祈り致します。」 「(岩手県) マルヨシタクシー 代表者及び事務員1名不明/ 山崎タクシー 役員1名及び従業員1名不明/ 田の浜タクシー 代表者死亡/ 大槌タクシー 代表者の家族、事務員1名、乗務員1名不明/ 赤浜タクシー 代表者死亡、乗務員1名不明/ 〔住田町〕世田米タクシー 代表者死亡/ 高田タクシー 代表者夫妻不明、従業員の半数と連絡取れず/ 気仙タクシー 代表者及びその家族死亡、乗務員1名不明/ (宮城県) 伊津原タクシー 代表者死亡」

▼豊田 経験者が被災地現状報告〔2011年05月30日〕|マイタウン愛知|asahi.com http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000001105300002

「●「ボランティア 事前に情報収集を」/ 東日本大震災の被災地で支援活動のボランティアに携わった市民らの報告会が〔5月〕29日、愛知県豊田市のとよた市民活動センターで開かれた。今後の支援を考えるため、現地の生の情報を聞く機会として市が企画した。報告者は「現地で得るものはたくさんある」と話す一方、「事前の情報収集を」と呼びかけた。/ 同市社会福祉協議会の大地裕介さん(32)は4月下旬に1週間、岩手県大船渡市で災害ボランティアセンターの運営を支援した。「津波が来たか来なかったかで地区によりゼロか百かの違いがあった」と紹介。地元の社協は日常業務もしながらセンターも運営していて、人手が足りず、被災者のニーズがなかなか上がってこなかったという。直接、被災者を支援したいというボランティアの思いがあり、支援物資の仕分け作業を希望しないといった実態もあったという。/ 財団法人「あすて」(豊田市)の石黒秀和さん(41)は5月中旬、福島県の被災者が暮らす新潟県三条市の避難所などで間仕切りを設営した。避難所の統廃合が進む一方、避難が長期化し、間仕切りが必要になっているという。ただ、「孤立する」と拒否する人もあり、「人により意見は異なる。避難所生活の難しいところだ」と述べた。/ NPO法人「NPO愛知ネット」(安城市)の高桑俊康さん(46)は「近くにいなければ被災者のニーズはわからない」と、被害の大きかった岩手県陸前高田市に隣接する住田町に地元のボランティア団体などと連絡会を4月に結成し、拠点も構えて支援を続けていると紹介した。(小渋晴子)」

▼中日春秋〔2011年5月30日〕|コラム|中日新聞(CHUNICHI Web) http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2011053002000013.html

「海から遡上(そじょう)してきたアユの稚魚が、魚道で跳びはねる姿が見える季節になった。<わが影を梳(す)きてあまたの鮎上る>大山安太郎。解禁が待ち遠しいという釣りファンも多いだろう/ ▼震災で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の広田湾に注ぐ気仙川は、天然アユの遡上で知られる。毎年七月一日にアユ釣りが解禁になると、たくさんの釣り人が県内外からやってくる/ ▼津波の影響で河口付近の流れが変わってしまった。がれきが流れを阻んでいる場所もあり、例年のようにアユが戻ってくるか心配されていたが、河口から八キロほど上流で約百匹のアユが遡上しているのが先日、確認されたという 〔※この件、NHKで放送されたとの情報がある。後掲。〕/ ▼人間が築いた多くの建物がもろくも津波に流され、その衝撃から私たちは立ち直れないでいる。しかし、自然は何も起きなかったかのように、はるか昔からの営みを取り戻している/ ▼福島県いわき市の鮫川では、基準を超える放射性セシウムがアユから検出され来月十二日に迫るアユ漁の解禁が危ぶまれている。県内の川や湖のヤマメやワカサギからも規制値を超えたセシウムが相次いで検出されている/ ▼いずれも福島第一原発からは三十キロ以上離れているが、土壌や森林に積もった放射性物質が川や湖に流れ込んだとみられている。夏の風物詩のアユ漁すら楽しめない原発事故の罪深さ。放射性物質はきょうも降り注いでいる。」

Twitter:morioka.tonan  9:03 AM May 29th http://twitter.com/MoriokaTonan12/status/74626976899530752

「おはようございます。もう鮎が解禁ですか。こちらの陸前高田市と住田町をながれる気仙川というアユ釣りの川があるのですが、この前鮎が戻ってきたとNHKが放送していました。」

▼社説〔2011年5月29日〕|asahi.com(朝日新聞社) http://www.asahi.com/paper/editorial20110529.html#Edit1

「仮設に住む—数も質も求めたい」「被災地で、仮設住宅の建設が続いている。国土交通省のまとめでは、これまで1万8千戸が完成したが、なお3万戸以上が必要という見通しだ。東日本大震災からの復興への一歩ともいえるだけに、希望者が早く入居できるようにしたい。/ 仮設住宅とは文字通り、仮に設けられた住宅のことだ。しかし、そこで送られる暮らしまでが「仮」なわけではない。/ 入居期間は原則2年とされている。だが阪神大震災では、最長で5年間居住が続いた例もある。今回も同じように長期化する可能性が高い。2年、5年となれば、決して短い時間ではない。成長の早い子どもにとっては十分に長い。/ こうした仮設住宅に、暮らしのための質を求める動きが出ている。岩手県住田(すみた)町では、町が独自に木造の仮設住宅を建設した。木のぬくもりが感じられる上に、結露もしにくい。一般に仮設住宅は長屋形式をとることが多いが、住田町のものは戸建てになっているため、隣家の物音も気にならない、と好評だ。/ 仮設としての役割を終えた後は、他の敷地に建て直し、増築したりつなげたりすれば本格的な住宅になりうる、という評価もある。どんな木造仮設を建てればよいか分からない自治体のために、設計図を用意する設計事務所も現れた。/ 地元の木材や技術を活用すれば地域の復興に役立つし、資源の有効利用にもつながる。/ 同県釜石市は、高齢者らへの生活支援を柱とした仮設住宅の建設を進めている。また、仮設ではなく一気に復興住宅へ、という試みに工学院大学が宮城県石巻市で挑んでいる。/ まだ一部の動きであり、少しでも早く大量にというときに、悠長な試みをしている余裕はないという声もあるだろう。厚生労働省の告示は、仮設住宅を災害で家を失い「自らの資力では住家を得ることができないものを収容する」と位置づけるが、「収容」でいいか。現実は重要な暮らしの場となっている。その質の向上にとりくむことに、大きな意味がある。/ 今回の震災で、日本のどこにいても、仮設住宅のお世話になりうることをみんな痛感した。であるならば、さまざまな工夫を重ね、次に備えたい。/ 建築評論を手掛け、先月亡くなった多木浩二さんは著書「生きられた家」の中で、「家はただの構築物ではなく、生きられる空間であり、生きられる時間である」と記した。/ この思いを、仮設住宅にもこめてゆきたい。」

▼震災が奪った生活-遠い再起〔2011年5月29日〕|WSJ日本版 - jp.WSJ.com http://jp.wsj.com/Japan/node_242868

▽記事タイトル変更:「苦難続きの被災地就活—一般女性もショベルカー運転訓練」

「【陸前高田】3月11日まで、クマガイ・ヤヨイさんは地元の水産加工工場で働き、家族を養っていた。しかし、あの日襲ってきた津波が工場を破壊し、生計の道は断たれた。」「〔写真キャプション:〕 Gordon Fairclough/The Wall Street Journal/ ショベルカーの運転訓練を受けるオカダ・キミエさん」

「43歳のクマガイさんは、10代の子供2人を持つシングルマザーだ。東日本大震災は2万人の命を奪い、東北沿岸各地の集落を破壊し、地域経済をずたずたにした。クマガイさんのように、被災から2カ月以上経っても職探しを続けている人が増えている。/ そうした人々の多くが、これまでに身に付けた技能がこの先、役立つことはないかもしれないという現実に直面し、この地を離れようとしている人々もいる。/ 「漁業はこの辺で最大の産業だったが、大半が流されてしまった」と、隣接する大船渡市公共職業安定所のコン・タダアキ所長は言う。同安定所では津波以降、失業手当の受給申請が急増している。/ 陸前高田など、被害が大きかった地域が雇用を創出できなければ、住民は他の地域で職を探さざるを得ない。そうなれば、既に災害によるストレスと格闘している家族が、離れ離れに暮らすことになるかもしれない。/ 「正社員の口は余りない」とクマガイさんは言う。クマガイさんの家は津波で流されてしまったため、現在は両親と2人の息子とともに市の体育館に作られた避難所で生活している。これまで一家は、震災前の給与の約60%に相当するクマガイさんの失業手当でやり繰りしてきた。」

「厚生労働省によれば、東日本大震災以来、最も被害が大きかった3県で10万人以上が失業保険の給付を申請した。1年前の2倍を超える水準だ。/ 国の失業保険制度の対象は、漁業、農業、商店などの自営業者を含まないため、実際の失業者数はこれをはるかに上回るとみられる。/ 3月の全国失業率は4.6%だが、これには陸前高田市や大船渡市がある岩手県のほか、宮城、福島の3県は除外されている。被害が甚大で、雇用調査が実施できなかったからだ。/ 大船渡市、陸前高田市、住田町を管轄する職業安定所によると、震災後の失業保険給付申請は4千件に達した。通常、同安定所が受ける申請は年間2千件前後である。」

「今回の災害で陸前高田の人々は、自分にどのような仕事ができるのか、再考を強いられている。オカダ・キミエさん(43)は、震災前は市内の酔仙酒造でびんにラベルを貼る仕事をしていた。/ 爪に丁寧にマニキュアを施した小柄なオカダさんだが、現在は、市内のがれき除去作業に就くことを視野に入れ、建設用重機の運転訓練を受けている。/ 材木会社でトラックの運転をするオカダさんの夫には、まだ仕事がある。しかし、「住宅ローンがあるので、2人で働かないと」とオカダさんは語る。ローン返済は猶予が認められたが、どれだけ待ってもらえるかは分からない。/ 「働く場所がない」。黄色いショベルカーの運転席に乗り込みながら、オカダさんが言った。「6カ月後に求人が増えていなかったら、みんな、ここを離れるしかない」/ クマガイ〔ヤヨイ〕さんの長男、ショウさん(18)は、介護の仕事をするために、30日に陸前高田から760キロ離れた神戸近郊の老人ホームに向けて出発する予定だ。/ ショウさんは、実家に近い大船渡の旅行代理店で働くことを考えていた。しかし、津波の後、旅行業の今後の見通しが悪化し、家族を支えるために他の場所で働く必要があると感じた。/ 4月に運転免許を取得したばかりのショウさんは、「とても楽しみだけれど、不安な気持ちもある」と言う。/ 母親のクマガイさんは、次男で高校3年生のリョウ君(17)が、来年の卒業まで学校に通えることを望んでいる。/ 各市が、津波が襲った後の大量のがれきや残骸の除去、仮設住宅の建設を行ない、町の再建に着手するのに伴い、そのほとんどは男性だが、復興関連事業で一時的な職を見つけられた人もいる。/ 陸前高田で大工をしていたオオサカ・ユウジさんは、約1カ月前から仮設住宅の建設に携わっている。報酬は良く、津波前とほぼ同じ収入だという。/ しかし、市が本格的な再建に取りかかれるようになる前に仮設住宅の仕事が終わった場合は、何の仕事をするか決まっていないとオオサカさんは言う。「次の仕事をどうするか不安。仕事のない知り合いがたくさんいる」/ ナカノ・トモヤさん(23)は、被災を機に人生を見直すことになったと語る。津波が来る前は、陸前高田のパチンコ店に勤務していた。/ 勤務先の店は波に破壊されてしまい、ナカノさんは同じような仕事にこだわるつもりはないと言う。それよりも、自動車整備士の資格を取り、地元で整備工場を始めたいと考えている。何年も前から、整備学校への入学を先延ばししていたと言う。/ 「友達を何人か亡くして、本当にやりたいことをする前に命を落とす人たちを目の当たりにした」と語るナカノさんは、自分はそうなるまいと決心したという。「私は自分の夢を叶えたい」」「記者: GORDON FAIRCLOUGH」

▼〔「週刊 全国商工新聞」2011年5月30日号 紹介〕 地元材で地元業者が仮設住宅の建設〔2011-05-28〕|フェア・トレードの店 アチャからの通信 http://ftaccha.blog38.fc2.com/blog-entry-866.html

「〔2011年〕5月30日号の全国商工新聞(週刊誌)〔「週刊 全国商工新聞」(全商連)〕から、被災地の温もりある記事のご紹介です。」

岩手県住田町 独自予算で仮設住宅(一戸建て)を建設 地元材で地元業者が工事 木の温もりを被災者へ」 「大津波の被害を受けた陸前高田市など沿岸部と隣接する住田町。町の面積の90%を山林が占め、林業が盛んな地域で、宮大工の技術を持つ気仙大工が今も活躍している。その技術を生かし、町は町有地3ヶ所と県立病院の敷地内に110戸の仮設住宅を建設する。間取りは2DK、すべてが一戸建て。外壁、室内の壁、床、天井も気仙杉などの木材をふんだんに使っている(森林組合や事業共同組合出資の組織で作る)。/ 代表者の佐々木さん 「仮に入居期間が2年間としても、被災者は730日も暮らさなければならない。長屋のプレハブより、木造の戸建ての方がプライバシーが守られ、少しでもホットできれば。また、木材は解体後も再利用でき、最終的にはペレットとして燃料にも使えるなど環境にやさしい。同社は、多田欣一町長の指示を受けてわずか2週間ほどで仮設住宅の一部を完成させるなど、被災地より早い対応だった。資材不足で工事が進まなかったこともあるが、町を通じて国土交通省の支援を受けて資材用達ができた」/ 他の会社の代表者さん 「この町は川上から川下まで木造住宅にかかわる一貫した体制がある。木造の仮設住宅の建設は地元資源、地元の人材をフルに活用できる取り組み」と。/ そして、多田欣一町長さんは 「今年1月、国内外の大震災に備え、木造の仮設住宅の建設を関係者と相談しながら、国にも働きかけ、図面を持って内閣府に申し入れをしようとしていた。その矢先、東日本大震災が起きる。『 まさか、自分の足元で必要になるとは思わなかった。図面はほぼ出来上がり、町には植林から住宅建築まで一貫したシステムが整っている。木造の仮設住宅で被災地を支援しよう 』 と決めました」と。/ 本体の建設をはじめ電気、ガス、水道など、すべての工事を地元の業者が請け負い、陸前高田市や大船渡市など被災者を積極的に雇用するなど、多田町長は「議会議員全員協議会」を開いて町議の賛同を得る。/ 岩手県では、1万4000戸の仮設住宅建設のうち、約2500戸を地元建設業者に発注する。/ いま、住田町の取り組みが県内に広がっていると・・・・・・。「被災者を一刻も早く救いたい」と・・・・・・・。」

「* 大震災でも大きな被害のなかった住田町。だが、町長(66)は発生3日後に佐々木さんに仮設住宅の建設を依頼。/ * 議会の議決を事前に必要としない専決処分で決定するなど、国や県の指示を待たない独断だが、ルールに縛られず超スピードの手立て(すばらしい!)。/ * しかも、地元の木材を町内の業者で加工・建設したため、1戸250万円と一般のプレハブより安いと!。/ * 地元材で地元業者、木のぬくもり・・・・・・、本当に本当にすてきですね!!!。 大きな生産者である日本経団連は、「復興・創生マスタードプラン」などと称して、「特区」を作り、大規模集約を主張。農業も漁業も民間参入を打ち出し、TPPへの参加や、震災復興に消費税の増税を提起するなど、本当に本当にすてきでない!!!、許せないです。 「住民の心に響く、心に暮らしに届く復興を!」と、大きな世論にしましょう。怒りを届けましょう。」

▼〔「新婦人しんぶん」2011年5月26日号 紹介〕 救援・復興へ女性たちと心ひとつに 新日本婦人の会〔2011年05月28日〕|こんにちは!西の原えみ子です!  http://blog.goo.ne.jp/nishinohara39/e/b51d5b0e4d18d85bd8abdf9c13593bb5

「選挙が終わって、私も会員である新日本婦人の会の「新婦人しんぶん」をゆっくり読んでいます。記事のなかには、『復興・再生への道ー地場産材で仮設住宅 津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市や大船渡市と隣接する住田町が建設した、特産の気仙スギを使った仮設住宅に入居が始まり、評判になっている』」

▼〔「新婦人しんぶん」2011年5月26日号 紹介〕 町特産の木材を使った仮設住宅の記事に〔2011年05月30日〕|岡山県人権連 http://ojr.sakura.ne.jp/?p=295

「新婦人しんぶんの5月26日号トップを飾った記事には、「復興・再生への道」と題して見出しには「木のぬくもり、低コスト、雇用も」「地場産材で仮設住宅」とあり、早速読んでみました。記事と一緒に笑顔で語る被災者の夫婦と笑顔で働く女性たちの姿が数枚の写真が。/ この記事を読んで、記事の中にもありましたが、まずは仮設住宅の材料に国内にふんだんにある木材を活用することと、仮設住宅だけでなく、今後全国的に必要とされる公営住宅そのものの建て替えや新たな建設につなげることができる一つの指標となったのでは、といった感じです。/ 取り上げられていたのは、津波被害の大きかった岩手県陸前高田市、大船渡市と隣接する岩手県の「住吉町〔住田町〕」。ここは9割が森林で、町が先人達がまもってきた林業を町の地場産業として発展させているのが特徴の町。/ 住田町には仮設住宅が63戸建つ予定。5月末の入居に向けて急ピッチで作業が続いているが、住田町では国や県の仮設住宅の設置基準も補助制度なども待っていられず、近隣の市町村が困っているのに待っていられないと着工に着手。それを助けようと国内外の賛助者が現れ、賛同者の志を大切にしたいと国の支援を断ったという。住田町の多田町長は、「こうしたことに賛同してくれる人たちや企業をもっとふやしたい」とも。/ 木材施設では、地元の人たちと一緒に仮設住宅に入居の決まった被災者自身も働く。雇用が確立しているのである。仮設住宅が必要とされなくなったあとも、再生して使用することのできるやさしい住宅として木材のよさがいま改めて見直される時代に入っているのではないだろうか。日本列島は自然豊かな山岳地帯に多くの木材資源が生育している。限界集落問題ともあわせて、一時的な動きではなく、永続的な資源の活用を模索していく上で、岩手県住吉町〔住田町〕の取り組みは大いに参考になるのではないか。」


YouTube|「法律に縛られると遅れてしまう」 "先見の明" 町長の決断が評判に http://www.youtube.com/watch?v=gWGG1sEP-RU

▽――2011年5月27日、テレビ朝日「スーパーJチャンネル」放送分の動画。


大阪府警派遣部隊、被災地・岩手の子供たちと熱い交流 〔2011年5月24日〕|(産経新聞) - Yahoo!ニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110524-00000133-san-soci

「全国から派遣された警察官が支援活動を続ける東日本大震災。岩手県陸前高田、大船渡両市で4月22日から1週間、交通整理にあたった大阪府警の交通派遣部隊の責任者で府警高速隊の宮俊治警部(54)は、地元の子供たちから被災地での活動に対する感謝のプレゼントを受け取った。「逆に力をもらった気がする。もう一度被災地で役に立ちたい」と話している。」

大阪市港区にある高速隊の会議室の壁には、殺風景な雰囲気に似合わない、ほのぼのとした大きな紙が張られている。「遠い所からありがとう」「これからもお仕事がんばってください」−。何度も書き直した跡が残る心のこもったメッセージの数々。贈り主は、部隊の宿泊・待機場所となっていた岩手県住田町立体育館に隣接する世田米小学校の児童たちだ。」

▼被災地・岩手の子供たちと熱い交流「力もらった」 大阪府警派遣部隊〔2011年5月24日〕|産経関西(産経新聞大阪本社公式ニュースサイト) http://www.sankei-kansai.com/2011/05/24/20110524-053154.php

「今も全国から多くの警察官が派遣され、被災地でさまざまな支援活動を続ける東日本大震災。岩手県陸前高田、大船渡両市で4月22日から1週間、津波で信号が破壊された街の交通整理にあたった大阪府警の交通派遣部隊は、現地の子供たちと思わぬ交流を経験した。部隊責任者で府警高速隊の宮俊治警部(54)は、子供たちから受け取った被災地での活動に対する感謝のプレゼントを持ち帰り、「逆に力をもらった気がする。もう一度被災地で役に立ちたい」と話している。」

「大阪市港区にある高速隊の会議室の壁には、殺風景な雰囲気に似合わない、ほのぼのとした大きな紙が張られている。「遠い所からありがとう」「これからもお仕事がんばってください」—。何度も書き直した跡が残る心のこもったメッセージの数々。贈り主は、部隊の宿泊・待機場所となっていた岩手県住田町立体育館に隣接する世田米小学校の児童たちだ。/ 同小では4月26日、新年度恒例の自転車安全教室が開かれた。宮警部らは沿岸の被災地での活動のかたわら、待機時間に児童の登下校の見守り活動を続けていた。校庭で教室の準備をする教諭から、いつもは指導に訪れる地元警察が震災で来られないことを聞いた。/ 安全教室ならお手のもの。待機中の6人が飛び入りで参加し、交差点の渡り方や車からの死角などを指導。宮警部は真剣に取り組む子供たちの輝く瞳が印象に残っているという。/ 感謝の言葉を並べた模造紙を贈られたのは、滞在最終日の28日。共に宿泊していた京都府警の警察官と一緒に招かれた同小の朝の全校児童会の場だった。「遠くから来てくれたおまわりさんに感謝したい」と子供たちが企画したという。感謝の言葉とともに模造紙を手渡した後、子供たちは声をそろえて歌った。/ 「信じることをわすれちゃいけない かならず朝はおとずれるから…」/ 日頃から練習していたという明日への希望を込めた歌「はじめの一歩」。壊滅した街で懸命に前を向こうとする被災者の姿と重なり、宮警部は涙をこらえきれなかった。/ 被災地では悲惨な状況の中でも秩序を保ち、感謝の気持ちを忘れない被災者の姿に驚いたという。混雑する交差点でもクラクションはまったく聞こえない。鉄道が止まっているにもかかわらず、踏切ではみな一時停止を守っていた。パトカーでがれきの街を走ると、車体に記された「大阪府警」の文字を見たお年寄りたちが、いたるところで深々と頭を下げてくれた。/ 「みんな大変なのに驚くほど礼儀正しくて…。『遠い大阪からも応援している人がいる』と伝えることはできたかな」。宮警部は被災地の“今”に思いをはせた。」

▼トヨタとグループ15社 従業員が復興支援ボランティア〔2011年05月24日〕|日刊工業新聞 http://www.nikkan.co.jp/news2/nkx0420110524qtnj.html

トヨタ自動車とグループ15社は6月に、従業員ボランティアによる東日本大震災の被災地復興支援活動を始める。7月末までに各10人程度の5グループに分かれて被害が大きかった陸前高田市に定期的に赴き、がれきの撤去やゴミの片付け、側溝の泥の除去などを実施する。/ 活動拠点は岩手県住田町に置く。被災地ではまだがれきが山積みのままになっている場所も多いため、ボランティアの派遣で復興を支援する。/ トヨタは義援金の寄付や物資救援、車両提供、寮・社宅の提供など幅広い支援活動を展開してきた。グループではすでにデンソーが独自で被災地に社員を派遣し、現地復興作業を支援している。」

――トヨタ自動車より5月20日にプレスリリースが出ていたもの。NPO愛知ネットと協働する(日経ビジネスオンラインに記事がある)。

▼[PDF]<東日本大震災関連>これまでの復興支援活動について〔2011年5月20日〕|News Release|トヨタ自動車  http://www2.toyota.co.jp/jp/news/11/05/nt11_0516.pdf

▼あなたは大丈夫?参加者にも覚悟を問う企業ボランティア〔2011年4月27日〕|日経ビジネスオンライン http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110426/219651/

▼木造仮設住宅が多彩に登場〔2011/05/24〕|日経BP社 ケンプラッツ http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20110522/547551/

「東日本大震災で建設予定の応急仮設住宅の戸数は、2011年5月10日時点で約6万8000戸。阪神・淡路大震災での戸数の約1.4倍だ。主要な建設地が東北地方の広範囲に及ぶうえ、三大都市圏から離れているという地理的な条件もあってか、従来の震災と比べると地域の住宅会社や工務店による仮設住宅建設の動きが目立つ。取材した現場の様子を報告する。/ 日経ホームビルダーの2011年5月号でも触れた住田住宅産業(岩手県住田町)による木造仮設住宅は、一部が4月末に完成した。/ 住田町は林業が地場産業の一つになっている岩手県南部の町で、地元産の気仙スギの活用などを目指して1982年に第3セクターの住田住宅産業を設立していた。同社ではちょうど、2011年1月から輸出を想定して木造仮設住宅の開発を進めていた。震災後、主に隣接する陸前高田市と大船渡市の被災者を受け入れるため、急きょ予定を変更。開発した仮設住宅110戸を地元の工務店とともに町内に建設することにしたという。/ 仮設住宅は一般に都道府県が発注するが、住田町では町が発注した。床面積約30m2(9坪)の木造の平屋で、建設費は1戸当たり237万円だ。最初に着工したのは同町火石団地に建てる13戸で、施工に約1カ月掛かった。地元出身の大工が中心となって施工した。/ 下に掲載したのは4月下旬、火石団地で完成直前の仮設住宅だ。壁体は、押出発泡ポリスチレンフォームをスギ板で挟んだ3層構造のパネルに統一し、内外装ともスギ板をあらわしにした。コストや工期を低減する効果のほか、木質感を強調して「被災者である入居者に安らぎを感じてもらう」(住田住宅産業の設計積算室長の中野和人さん)のが狙いだ。」

「〔写真キャプション:〕 岩手県住田町で完成間近の仮設住宅(2011年4月26日撮影)。背景が示すように山林に囲まれ、林業を地場産業とする同町は、地元産の気仙スギを使った仮設住宅を第3セクターの住田住宅産業に発注した。同社は今後、県と契約して町外にも仮設住宅を建てる方針だ(写真:日経ホームビルダー)」 「住田町の仮設住宅の洋室(写真:日経ホームビルダー)」 「住田町の仮設住宅の浴室。ユニットバスの仕入れが困難だったので、浴室の内装材をスギ板とした(写真:日経ホームビルダー)」

「全建連や木住協の会員会社も参加/ 仮設住宅の大半を手掛ける住宅生産団体連合会(住団連)では、主力となるプレハブ建築協会のほかに、全国中小建築工事業団体連合会(全建連)の工務店サポートセンター(JBN)や日本木造住宅産業協会(木住協)などの各会員会社も仮設住宅の建設に参加した。/ 全建連会長でJBN理事長の青木宏之さんは次のように語る。「長期優良住宅に取り組んできた工務店の技術力は大手に劣らない。各県の地元の工務店が元請けになり、できるだけ地元産の木材を使って建てるので地域経済への貢献も大きくなる。仮設住宅に必要な工期の短縮も、地元のプレカット工場の活用などで可能だ」/ 下の写真は、JBNや木住協の会員会社が東北地方で建設している木造仮設住宅の現場だ。いずれも2011年4月下旬に撮影した。」「安藤 剛[日経ホームビルダー]」

「〔写真キャプション:〕 JBN会員の工務店であるエムエスケー(岩手県久慈市)が仮設住宅を建てている岩手県田野畑村の現場(写真:日経ホームビルダー)」 「木住協会員の住友林業による仮設住宅の建設現場。宮城県名取市(写真:日経ホームビルダー)」 「名取市では、やはり木住協会員であるポラテックも仮設住宅を建設中だった(写真:日経ホームビルダー)」

▼【住田】ソフト部再起の力に 宇津木さんが教室〔2011.5.23〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201105/h1105234.html

「ソフトボール日本代表元監督の宇津木妙子さんを招いたソフトボール教室(住田町、町ソフトボール協会主催)は〔5月〕22日、同町の世田米小で開かれ、震災で多くの生徒が被害を受けた高田高、大船渡高、釜石高のソフトボール部員約70人が指導を受けた。/ 宇津木さんの指導はあいさつや返事などの「声出し」からスタート。自らバットを握ってのノック練習では基本動作を繰り返させ、部員たちは真剣な表情でボールを追った。/ 終了後、代表してあいさつした高田高の熊谷有美主将(3年)は「被災してから練習ができていなかったが、今日は本当にうれしかったし楽しかった。支えてもらっている人に感謝し、高総体に臨みたい」と誓った。/ 宇津木さんは「被災地を見た時には言葉が出なかった。これからもソフトボールだけでなく、もっといろいろな人に声を掛けていきたい」と支援の広がりを願っていた。/ 【写真=自らバットを握りノックを行う宇津木妙子さん(左)】」

▼復興の20年 記録へ〔2011年5月23日〕|東日本大震災|YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/feature/eq2011/news/etc/20110523-OYT8T00559.htm

「600地点を映像や写真に…防災科研」「独立行政法人防災科学技術研究所」(茨城県つくば市)が庁舎や病院など東日本大震災で被災した600か所を定点観測し、復興までの過程を記録する準備を進めている。/ 岩手県陸前高田市、宮城県気仙沼市など被災した六つの自治体などと協力して行う予定で、近く写真や映像の提供を市の広報を通じて呼びかける。/ 収集にあたり、同研究所は、岩手県住田町と宮城県気仙沼市に拠点を設置。岩手県陸前高田市、大船渡市、釜石市、宮古市、大槌町、宮城県気仙沼市などと協議。一つの自治体について庁舎、駅、病院、市場、避難所などそれぞれ100か所の観測地点を選定する作業に入っている。/ 収集する間隔は、復興のスピードに応じ、1か月ごと、3か月ごと、半年ごとと徐々に長くしていくが、被害が甚大である点を踏まえ、「今後20年はフォローしたい」(同研究所)という。/ 集めた資料は、民間企業の協力を得て開設するサイトで公開するほか、災害学習を行う際の資料として学校などに提供する方針。同研究所の長坂俊成プロジェクトディレクターは、「復興までの過程を記録し、被災地を元気づけたい。災害学習にも役立てば」と話している。 (2011年5月23日 読売新聞)」

▼王さん始め名球会10人が被災地で野球教室「夢と希望持って」〔2011年5月22日〕|スポーツ報知 http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110521-OHT1T00259.htm

「「日本プロ野球名球会」の王貞治理事長(71=福岡ソフトバンクホークス会長)ら会員10人が21日、宮城県大和町を慰問し、東日本大震災で被災した地域の小中学生を対象に野球教室を開催した。王氏は「乗り越えて前に進んでいくしかない。一歩一歩、力強く足を踏みしめていって下さい」と球児を激励。また、津波で愛息を亡くした被災者に優しく語りかけるなど、心温まる交流を行った。」 「今月〔5月〕15日の岩手県住田町に続き、名球会による被災地慰問の第2弾。今回は津波によって多数の犠牲者を出した気仙沼市、石巻市など宮城県7市町の16の少年野球チームを招待した。仙台空港からの道中、ガレキに埋もれた沿岸部を目の当たりにした王氏。約400人の球児たちに「夢と希望を持ってほしい。(そのためにも)野球はいろんなことを教えてくれると思います」と語りかけた。」


▼文化放送ゴールデンラジオ! (1134golden) on Twitter〔2011-05-17 13:17〕 http://twitter.com/1134golden/status/70342201854533632

「〔2011年5月17日〕【AM1134 文化放送 大竹まこと ゴールデンラジオ】2週間前後で仮設住宅を作り上げた岩手県住田町(東京新聞の記事)」

▼【住田】好評ボランティア拠点 公民館を宿泊用に開放〔2011.5.17〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201105/h1105171.html

「沿岸で活動する災害ボランティアの拠点になっている住田町世田米の大股地区公民館で〔5月〕15日夜、親睦会が開かれた。地元住民が雑煮や山菜料理などを炊き出し、ボランティアの労をねぎらった。同公民館は4月下旬から宿泊施設として開放され、好評を得ている。/ 「せっかく遠くから来ているのだから」と、ボランティア側、地元側双方が共同で企画。同日はボランティアと菅野浩正公民館長(64)ら地域住民、合わせて約80人が参加した。/ メニューには山の幸がそろった。ワラビやゼンマイ、ギョウジャニンニクなどの山菜料理のほか、雑煮にはニホンジカの肉も使われ、全国各地のボランティアたちを喜ばせた。/ 同公民館は、4月25日から同町に隣接する陸前高田市や大船渡市に向かうボランティア向けの宿泊施設として開放されている。町と町社会福祉協議会が整備し、多い時で70人余が利用した。菅野館長は「今回の震災では住田町の関係者も多数犠牲になっている。できることで後方支援をと考えた」と話す。/ 東京都から訪れた木田沙都紀(さつき)さん(31)は「震災後2度目のボランティアだが、テント泊だった前回と比べると恵まれた環境。すごく助かっている」と感謝する。/ 運営の中心を担う長崎市の南輝久さん(62)は「両市とも車で約30分。電気、水道、ガスも使えて100人以上収容できる」と利点を説き、「まだまだボランティアは足りていない。多くの利用を」と呼び掛ける。問い合わせは南さん(080・2820・****)へ。/ 【写真=山の幸を囲み、交流を深める災害ボランティアと地元住民=住田町世田米の大股地区公民館】」

▼あっぱれ独断町長!「隣町放っておけない」震災直後に仮設住宅発注〔2011/5/17〕|ワイドショー通信簿|J-CASTテレビウォッチ http://www.j-cast.com/tv/2011/05/17095709.html

▽――東京新聞5月17日付記事を紹介したTBS「みのもんたの朝ズバッ!」2011年5月17日放送分について。

▼隣町の窮状 放っておけない 即断で仮設:社会〔2011年5月17日。中日新聞5月16日付記事と同文〕|東京新聞(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/list/CK2011051702000093.html 〔初出:http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011051790071004.html

▼隣町危機、国の指示待てない 岩手・住田町が即断で仮設住宅〔2011年5月16日〕|中日新聞(CHUNICHI Web) http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011051690174735.html

「東日本大震災発生からわずか2週間前後で仮設住宅を造り上げた岩手県住田町に、全国から視察が相次いでいる。町は、壊滅的な被害を受けた同県陸前高田市など「隣町の困っている人を放っておけない」と、国が定めた手続きをあえて無視、独断専行で建設を進めた。その常識破りの対応ぶりは、大災害対応を見直す自治体への教訓となりそうだ。」

「陸前高田市中心部から20キロほど山道を走った住田町の集落に、平屋の木造住宅が並ぶ。「陸前高田や大船渡の被災者に住んでもらう仮設住宅です。木材は地元のスギ」と同町の住宅建設会社社長、佐々木一彦さん(66)。間取りは定番のプレハブ仮設と同様の2DKだが、木のぬくもりが伝わる外観が特徴的だ。/ 大震災でも大きな被害のなかった住田町。だが、多田欣一町長(66)は発生3日後に佐々木さんに仮設住宅の建設を依頼した。/ 2004年のスマトラ沖地震など国内外で頻発する災害を踏まえ、町長は以前から町特産の木材を使った仮設住宅の構想を練っていた。そこに起きた震災。佐々木さんは作製途中の図面を大急ぎで仕上げる。/ 110棟分約3億円の支出は議会の議決を事前に必要としない専決処分で決定。国や県の指示を待たない独断だった。/ 仮設住宅は、災害救助法で県が被災市町村の状況を把握し、場所や数を調整して建設を始めることになっている。/ 町の独自建設が国の補助対象となるかは不明だったが、「それでもスピードを優先した」と町長。被災地全体でも着工すらわずかだった3月下旬、一部の木造仮設住宅を完成させた。震災発生からほぼ2週間という早業だった。これまでに30棟が完成し、既に入居している。今月下旬の全棟完成を目指す。/ 地元の木材を町内の業者で加工・建設したため、1戸250万円と一般のプレハブより安く、資金も趣旨に賛同するNPOから全額支援を受けられることになったという。/ 一方、仮設住宅を担当する厚生労働省には「県の調整が遅い」という苦情が被災市町村から殺到。同省はようやく4月15日、仮設住宅建設を県が市町村に委託できると周知する通知を出すことになった。/ 地方自治に詳しい辻山幸宣・中央大大学院客員教授は「大震災などの非常時には、ルールに縛られず現場で最善の行動をすることが重要。国や県はこうした事例を検証し、規則や役割分担の見直しに生かしてほしい」と指摘している。/ (中日新聞・杉藤貴浩)」

▼仮設団地のご近所さん顔合わせ 住田で懇親会〔2011/05/16〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110516_6

「住田町の仮設住宅団地2カ所で〔5月〕15日、入居者の懇親会が開かれた。「新しいご近所さん同士が顔を合わせる場を」と町商工会の青年部、女性部が主催。入居者らは青空の下、炊き出しの豚汁などを味わいながら交流を深めた。/ 懇親会が開かれたのは同町世田米火石地区の団地(13戸)と同本町地区の団地(17戸)。火石団地は2日から、本町団地は13日から入居が始まっている。/ 火石団地では入居者と商工会メンバー、仮設住宅を建設した住田住宅産業(佐々木一彦社長)関係者ら約40人が集まった。/ 陸前高田、大船渡両市からの入居者が自己紹介。野菜たっぷりの豚汁にみそおにぎりなど商工会の心尽くしのもてなしが被災者の心を温めた。/ 佐々木社長は「海と一緒に暮らしてきた皆さんにとっては複雑だろうが、ゆっくり焦らずにこの場所で生活設計をしてほしい」とあいさつ。青年部の佐藤元幸部長は「知らない人同士が近所で暮らす上での顔合わせができて良かったのでは」と意図を語る。/ 陸前高田市気仙町から母マサエさん(77)と入居した会社員山崎正之さん(48)は「入居者同士、会えばあいさつはするがまだお互いのことが分からないので懇親会があって良かった」と話した。/ プレハブ長屋ではなく、木造一戸建ての「住田式」仮設住宅に「こんな立派なものを造ってもらって本当にありがたい。ここからまた再スタート」と感謝していた。/ 住田町では、建設中の同町下有住の中上団地を含め計93戸を建設。町産材を使ったぬくもりある作りが注目を集めている。/ 【写真=晴天の下、親睦を深める入居者ら=住田町世田米】」

▼【住田】名球会が野球教室 駒田さんらが指導〔2011.5.16〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201105/h1105162.html

▼名球会・柴田さんら 野球用具贈り指導 : 岩手〔2011年5月16日〕|YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/news/20110516-OYT8T00041.htm

「プロ野球名球会の4人が〔5月〕15日、住田町世田米の町運動公園野球場で、陸前高田市と遠野市の小中学生約300人に野球用具を贈り、指導した。/ 訪れたのは元巨人の柴田勲さん(67)、松原誠さん(67)、駒田徳広さん(48)と元中日の高木守道さん(69)。4人は12チームに、グラブやバットなど約2500点を寄贈した。その後、子どもたちは試合を行い、アドバイスを受けた。/ 陸前高田市立気仙中3年で、野球部主将の柏航平君(14)は「キャッチボールの基本がしっかりしているとほめられ、うれしかった」と笑顔。柴田さんは「環境が悪くても情熱さえあれば野球は続けられる。震災に負けるな」と励ましていた。」

▼名球会が被災地で好プレー!野球用具配布に指導も:プロ野球〔2011年5月16日〕|スポーツ報知 http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20110516-OHT1T00016.htm

「東日本大震災で被災した地域の球児を対象に、野球指導や用具の提供を行う日本プロ野球名球会の慰問活動が〔5月〕15日、始まった。第1陣は元巨人外野手の柴田勲さん(67)ら4人が、岩手県陸前高田市などの小中学生を対象に同県住田町で行われたミニゲーム大会に参加した。一方、元パイレーツ投手の桑田真澄さん(43)=スポーツ報知評論家=は2年目の田植えを開始。収穫した米は被災地に届ける予定で、球界の支援活動も活発化してきた。」 「慰問に参加したのは巨人で盗塁王6回の柴田さんのほか、中日の名二塁手・高木守道さん(69)、大洋(現・横浜)と巨人で通算2095安打の松原誠さん(67)、「満塁男」の異名をとった駒田徳広さん(48)の4人。キャッチボールの相手をしたり、試合では随所で打撃指導などをして、交流に努めた。」 「1イニング制のミニゲームでは津波で学校ごと閉鎖となった陸前高田市立気仙中が同市内のライバル米崎中と対戦。打線が爆発して、主将の外野手・柏航平君(14)の三塁打で7対0で締めくくり、柴田さんを「すごいな」と驚かせた。」


▼サポート情報:宅配便 〔5月〕15日現在〔2011年5月15日〕|毎日jp(毎日新聞) http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/support/news/20110516k0000m040019000c.html

「「<ヤマト運輸> 〔5月〕16日に大船渡市、大槌町、住田町の計4営業所が再開。「宅急便」や「クール宅急便」が岩手、宮城県の全域で利用可能になる。一方、引き続き利用できないのは、福島県の楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町浪江町葛尾村の全域と、川内村南相馬市田村市飯舘村の各一部。」 「<佐川急便> 石巻店が集荷、配達を再開した。取り扱いエリアは、石巻市、東松島市牡鹿郡本吉郡。岩手、宮城、福島県の一部地域は引き続き営業店で荷物の受け渡しを行っている。営業店留めの地域は岩手県大船渡市、陸前高田市、気仙郡〔住田町〕、宮城県気仙沼市、福島県南相馬市小高区双葉郡。」 「<日本郵便> 福島県の一部を除き、「ゆうパック」をほぼ通常どおりに配達。支店留めのみで配達を受け付けている地域は南相馬市の一部、浪江町、双葉町、富岡町、大熊町、葛尾村、楢葉町の一部。荷物の受け渡しは福島支店、いわき支店、相馬支店、原町支店、三春支店のいずれかになる。」

▼岩手県営業所一覧|クロネコヤマト http://www.yamato-hd.co.jp/information/info/notice_1103_iwate.html

「2011年5月16日現在」「住田センター 気仙郡 住田町世田米字世田米駅7番地 営業中 012361 ※」 「※印は、新しく営業開始する営業所」

▼気仙大工に工具 〔愛知〕県建設産業協会が提供:愛知〔2011年5月14日〕|中日新聞(CHUNICHI Web) http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20110514/CK2011051402000102.html

「岩手県陸前高田市などを中心に活動する伝統的な「気仙大工」を支援しようと、愛知県建設産業協会が会員の大工、左官ら建築職人から集めた工具など150点を提供する。「大工の命ともいえる道具がみんな津波で流された。同じ大工として放っておけない」と同協会の横井辰幸会長(59)。復興のつち音を響かせるために、道具を満載した2トントラックで〔5月〕14日朝、陸前高田市に向かう。」

「気仙大工は、岩手県陸前高田、大船渡両市や住田町にまたがる気仙地方で江戸時代から続く伝統的大工集団。全国の寺社や民家の建築に携わってきた。/ 〔名古屋建築技能〕大学校が昨年4月の入校式で、気仙大工の歴史の研究者を招いたのを縁に交流を始めたばかりだったが、今回、現地から「早急な大工道具の支援が必要」との声が届き、急きょ提供を決めた。/ 陸前高田市の気仙大工・菅野照夫さん(66)は「職人にとって道具がないのは手がもがれたのと同じ。ありがたい」と話す。菅野さんは、プレハブの仮設住宅は被災者の健康と生活に悪影響があるとして、気仙大工が建てる高床式木造家屋を中心にすべきだと訴える。 横井会長らもこうした考えに賛同。「今後、現地でどういった道具が必要かを把握し2次支援したい。大工の心意気を見せるときだ」と話した。/(大村歩)」

▼滝沢の牧草が基準値超える 放射性セシウム〔2011/05/14〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110514_3

「〔岩手〕県は〔5月〕13日、滝沢村の県農業研究センター畜産研究所で採取した牧草から、国が定めた暫定基準値を超える放射性セシウムを検出したと発表した。盛岡市など県北西部12市町村の畜産農家らに安全が確認できるまでの間、乳用牛や肥育牛の放牧見合わせや今後収穫する牧草を与えないよう要請。原乳や露地野菜の調査で放射性物質は検出されず、「安全性に問題はない」とする。」 「民間事業者が久慈市の市営牧場で調査したところ基準値以上のセシウムを検出し、県が12日までに県内5地点(滝沢村、久慈市2カ所、金ケ崎町、住田町)で調査。滝沢村でセシウム359ベクレルを検出した。県によると、福島県以北で牧草の放射性物質が基準値を超えたのは初めて。/ 県北西部の乳業工場など6カ所で原乳を調査。矢巾町花巻市で出荷前の露地野菜も調べたが、放射性物質は検出されなかった。/ 県は来週から各市町村で週1回の調査を行う予定で、3回続けて基準値を下回れば要請を解除する。/ 2月1日現在の県北西部12市町村の乳用牛の飼育農家は761戸、頭数は3万629頭。肉用牛は2278戸で2万3386頭。」

▼ボランティア受け入れ施設 陸前高田へ より近く〔2011年05月14日〕|河北新報 http://www.kahoku.co.jp/news/2011/05/20110514t31003.htm

岩手県住田町の旧大股小校舎が災害ボランティアの受け入れ施設として拠点性を高めている。隣接する陸前高田市を支援しようと、町と町社会福祉協議会が整備し、大型連休(GW)中の3日には、これまでで最多の約60人が宿泊した。県内最大の後方支援基地・遠野市を補いつつある。」

「旧大股小から陸前高田市災害ボランティアセンター(VC)までは約19キロ。2002年の閉校後は地区公民館となったが、震災を機にボランティア向けの宿泊所として利用されている。100〜120人は宿泊でき、校庭にも20張り以上のテントスペースを確保した。/ 食事の提供や入浴設備はないものの、調理室を備えたほか、新聞閲覧コーナーやボランティア関連の情報掲示場所も設置した。施設の運営は基本的にボランティアが担っている。/ 4月25日に受け入れを開始し、GWに利用者が増え、5月3日には約60人が宿泊した。ほとんどは壊滅的被害を受けた陸前高田市へ向かったとみられ、遠野市に宿泊するよりも近場の住田町を選んだようだ。 施設の運営班代表を務める南輝久さん(62)=長崎市=は「施設ではゆっくり体を休められ、ボランティア同士の情報交換や交流もできる」と町などの計らいを歓迎。野営している他のボランティアにも声を掛け、施設を紹介しているという。/ 施設利用者はGWが終わると、激減している。9日夜の利用者はわずか6人だった。南さんは「県外から訪れる人に、受け入れ態勢の情報が伝わっていない。口コミやインターネットも活用し、利用を促したい」と話している。/ 施設利用は事前連絡が必要。陸前高田市以外で活動するボランティアも受け入れている。連絡先は南さん080(2820)2058。/ (矢嶋哲也、関俊哉)」 「〔写真キャプション:〕施設の環境を整えようと、入り口付近のぬかるみに畳を敷くボランティアの運営スタッフら=〔5月〕9日、岩手県住田町世田米」

▼名球会が被災地慰問…21日は王さんら宮城へ〔2011年5月13日〕|スポニチ Sponichi Annex 野球 http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/05/13/kiji/K20110513000809490.html

「日本プロ野球名球会(王貞治理事長)は〔5月〕12日、東日本大震災の被災地を会員が慰問すると発表した。/ 15日に柴田勲副理事長(67)らが岩手県住田町を、21日に王理事長(70)、張本勲氏(70=本紙評論家)らが宮城県大和町を慰問。グラウンドに被災地の小中学生約350人を招いて野球教室を行い、野球用具を寄贈する。会員が被災地を訪れるのは初めて。関係者は「悲しい思いをしてる野球少年たちに元気になってほしい」と話している。 」

▼復興願い全力プレー 高校野球沿岸予選スタート〔2011/05/13〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110513_4

「球場に懐かしい歓声が帰ってきた—。第58回春季高校野球〔岩手〕県大会の沿岸南地区予選は〔5月〕12日、住田町運動公園球場でスタートした。東日本大震災の影響で日程を遅らせて開催。復興への願い、地域への感謝を白球に託し全力疾走する球児たち。震災の悲しみを生き抜き、ほんのいっときでも野球ができる喜びが心に染みわたる。晴れやかな笑顔がグラウンドに輝いた。」

「試合後は全国から集まった取材陣30人余が高田に殺到。深刻な被害の中、必死に戦った選手たちは敗戦に言葉を失い涙した。注目される存在はつらい。屋外で練習できたのは実質10日間。佐々木明志監督は「粘り強く戦ったが力不足。勝って、もっとプレーさせてやりたかった。野球がやれたことに満足せず、夏までに勝負できるチームにしたい」と語り、先行されても3度追い付いた選手の健闘をたたえた。/ 釜石には負けられない理由があった。試合前日、在京テレビ局から「高田を追跡取材しているので試合を撮影したい」と連絡が入った。釜石も先発メンバー9人中6人が津波で家を流されている。菅原基監督は「釜石も被災地。それも知らずに…。あの電話で闘志に火が付いた」と明かす。」 「野球を離れれば、避難所での厳しい生活が続く。確かに練習不足でミスも多いが、全力プレーの連続だった。「津波になんて負けねぇぞ」。スタンドの応援歌が選手たちの思いを代弁するエールのように響いた。」

▼釜石が高田に競り勝つ/高校野球〔2011年5月13日〕|nikkansports.com http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20110513-775081.html

「春季高校野球の岩手県大会沿岸南地区予選が〔5月〕12日、住田町野球場で始まった。部員32人の3分の1以上が東日本大震災の津波で自宅を失った釜石は、同じく壊滅的被害を受けた高田に延長10回、勝ち越して競り勝った。」

▼岩手に復興の球音、自宅流された釜石高4番が3ラン〔2011年5月13日〕|スポーツ報知 http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110512-OHT1T00316.htm

「◆春季高校野球岩手県大会沿岸南地区予選第1日 ▽1回戦 高田5—6釜石=延長10回=(〔5月〕12日、住田町野球場)」 「一方、高田は震災で校舎が全壊。生徒の死者・行方不明者数は20人を超える。野球部でも部員の3分の1が家を流され、親族を失うなどした。両親を亡くした部員は転校。4月下旬に練習再開したが、グラウンドは仮設住宅を建設中で使えず、屋外で練習できたのは10日ほどだった。「粘り強く戦ってくれた。勝たせてやりたかった」惜敗に涙をこられきれずうずくまる選手を前に、佐々木明志監督(47)は無念そうに語った。」

▼高校野球「被災の球児、感謝のプレー 震災後初の公式戦」〔2011年5月13日〕|asahi.com(朝日新聞社) http://www2.asahi.com/koshien/localnews/TKY201105120589.html

「〔岩手県〕沿岸部の高校球児らが〔5月〕12日、震災後初の公式戦を迎えた。青空が広がる岩手県住田町運動公園野球場。春季高校野球県大会地区予選の第1試合前、犠牲者を悼みグラウンドの選手らが黙祷(もくとう)した。」 「第2試合の高田—釜石戦は保護者ら約300人が見守るなか、両校の選手が「おっしゃーっ」と雄たけびをあげ、ベンチから勢いよく飛び出した。」 「試合は延長戦を釜石〔高校〕が制した。高田の佐々木明志監督は「実質10日くらいしか練習できなかったが、準備不足はうちだけではない。周囲の期待に応えられなかったのは悔しい」と話した。勝った釜石の鈴木祐平主将(3年)は「相手から勝ちたいという気持ちが強く伝わってきて、一生懸命なプレーができた」と話した。(山下弘展、国吉美香)」

▼春の高校野球 沿岸南地区で予選〔2011年05月12日 19:16〕|IBCニュースエコー http://news.ibc.co.jp/item_16067.html

「震災の影響で遅れていた春の高校野球〔岩手〕県大会・沿岸南地区の予選が住田町で始まりました。津波で校舎が全壊した高田高校もきょう〔5月12日〕が初戦。延長戦までもつれこむ熱戦を展開しました。/ 春の高校野球県大会は甲子園出場をかける夏の予選のシード権が獲得できる大事な大会です。津波の被害が大きかった沿岸地域のチームに十分な練習期間を与えようと、沿岸地域の2つの地区予選は他の地域より1週間遅れの開催となりました。」

▼東日本大震災:春季高校野球岩手県大会予選始まる〔2011年5月12日〕|毎日jp(毎日新聞) http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110513k0000m040136000c.html

「春季高校野球岩手県大会の沿岸南地区予選が12日、住田町の野球場で始まった。震災で校舎が3階まで津波につかった県立高田高校が県立釜石高校と対戦し、延長十回の末、5−6で敗れた。」「高田高の佐々木明志監督(47)は「練習不足はうちだけではないので言い訳にはしたくないが、やはり厳しかった」と悔しそうだった。」

▼千厩など県大会へ 高校野球一関地区代表決定戦〔2011.5.12〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/kouya/2011/k1105121.html

「第58回春季高校野球〔岩手〕県大会の地区予選は〔5月〕11日、一関地区で代表決定戦3試合を行い、千厩、大東、一関学院がそれぞれ県大会出場を決めた。」 「12日は東日本大震災の影響から日程を遅らせた沿岸南地区予選がスタート。住田町運動公園球場で1回戦3試合を行う。」

▼【プロ野球】名球会会員が被災地訪問へ 小中学生に野球用具プレゼント〔2011.5.12〕|MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/sports/news/110512/bbl11051218510008-n1.htm

「日本プロ野球名球会の王貞治理事長(ソフトバンク会長)ら会員が東日本大震災の被災地を訪問することが〔5月〕12日までに決まった。/ 15日に柴田勲副理事長と松原誠氏らが岩手県住田町、21日には王理事長と張本勲氏らが宮城県大和町を訪れ、地元の小中学生たちへ不足する野球用具をプレゼント。キャッチボールなど野球教室も行う。名球会は、先に日本赤十字社を通じて300万円の義援金を被災地へ贈っている。」

▼王さんらプロ野球名球会、被災地訪問へ〔2011年5月12日〕|デイリースポーツonline http://www.daily.co.jp/baseball/2011/05/13/0004059270.shtml

「プロ野球名球会(王貞治理事長(70))は〔5月〕12日、東日本大震災の被災地を慰問し、地元の小中学生らと交流すると発表した。野球道具の提供もする。王理事長、張本勲氏、藤田平氏ら10人は21日に宮城県・大和町を訪問、同県の気仙沼市などの小中学生350人を対象にキャッチボールや野球教室を行う。/ また、柴田勲副理事長ら4人は15日に岩手県住田町を訪問。名球会は昨年、東北で野球教室を開催しており、会員から被災地の野球少年に元気を取り戻してもらおうとの声が上がったという。」

▼名球会が被災地慰問へ=プロ野球〔2011/05/12〕|時事ドットコム http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011051201008

「日本プロ野球名球会は〔5月〕12日、東日本大震災の被災地を慰問すると発表した。15日に柴田勲、松原誠両氏らが岩手県住田町、21日に王貞治、張本勲両氏らが宮城県大和町を訪れ、地元の小中学生とキャッチボールや野球教室を行う。(2011/05/12-19:52)」

▼安置所 家族らの手がかり捜す〔2011年5月11日 15時54分〕|NHKニュース http://tinyurl.com/42ogd9m

「震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市の隣にある、住田町の遺体の安置所では、震災から2か月となる〔5月〕11日も、行方が分からない家族などの手がかりを捜す人たちが訪れています。/ 岩手県住田町の遺体の安置所では、11日も午前中から、行方が分からない家族や親類の手がかりを捜そうという人たちが訪れています。この施設には現在60人ほどが安置されているということで、訪れた人たちは、棺の上に置かれた衣服の特徴などをまとめた資料を確認していました。夫を捜すため毎日通い続けているという菅野エリカさん(39)は「この2か月はとても長くて、夫が本当にいないのか、現実感がありません。どこかで生きていればという希望を持ちながら、子ども3人と帰りを待っています」と涙を浮かべて話していました。娘の夫を捜しに訪れた村上新一さん(61)は「どれだけの時間が過ぎても、行方が分かるまでは心に区切りをつけることができません」と話していました。」


▼自慢のスギと大工、仮設住宅建設で役立つ 岩手・住田町〔2011年5月9日〕|asahi.com(朝日新聞社) http://www.asahi.com/national/update/0507/TKY201105070141.html

「良質な建材になる気仙スギの産地・岩手県南部沿岸で、木造仮設住宅の建設が進む。江戸時代から宮大工の技を持つ気仙大工が活躍した林業と製材業が盛んな地域で、震災復興で見込まれる木材需要を地域浮揚の足がかりにしたいとの思いがある。被災者の雇用も生んでいる。」

「木造仮設住宅は、〔住田町の〕多田欣一町長が今年初めに町の第三セクター・住田住宅産業に開発を指示していた。町の基幹産業である林業と木工の販路拡大のための一策だった。大災害に備え、資材を備蓄してはどうかと国に働きかけているさなかに、東日本大震災が起きた。「まさか、自分たちの足元で、こんなに早く必要になるとは思わなかった」と多田町長は話す。」 「仮設住宅は通常、災害救助法に基づき県が設置するが、今回はミュージシャンの坂本龍一さんが代表の森林保護団体モア・トゥリーズ(東京都)がまかなう。必要な資金約3億円を負担すると町に申し出た。団体はインターネットなどを通して寄付を募るという。」

「岩手県も、県産材を活用した仮設住宅の建設を目指す。県内で必要と見込む約1万8千戸のうち、約1万戸はプレハブを発注。残りの大半は木造で、公募で選んだ21業者に発注する。/ 住田住宅産業もその一つで、佐々木一彦社長は「仮の住まいとはいえ、木の家で安らいでもらいたい。将来、住宅を再建するときに、気仙スギの家を選んでもらえれば」と話す。」

「住田町の木材加工会社「けせんプレカット事業協同組合」の工場は、大型連休中もフル稼働している。/ 岩手県陸前高田市の佐々木輝昭さん(26)が先輩社員の指導を受けながら、仮設住宅用の木材を機械で加工していた。組合が被災者を対象に募集した臨時職員に採用された。同組合は約200人のグループ社員の給与を7〜10%削るワークシェアリングで、75人の臨時職員を募っている。」 「復興需要への期待もある。組合によると、震災直後に一時、落ち込んだ受注は4月に入って回復。その後は仮設住宅や住宅再建をにらんで、ふだんの倍近い受注があるという。/ 泉田十太郎専務理事は「住宅再建の動きが本格化すれば、臨時雇用の一部は社員として採用できる」とみる。/ 輸入材におされ、木材価格の低迷に泣いてきた林業農家もこうした動きを注視している。気仙地方森林組合のはの木澤(はのきざわ、「はの」は木へんに爪)光毅・代表理事組合長は「家を建てるときに木材の産地にまでこだわる人はまだ少ない。復興を通して、気仙スギのブランドを知ってもらえれば」と期待している。(野崎健太)」

▼【陸前高田】雪遊びに園児が熱中 保護者が保育所に運ぶ〔2011.5.7〕|岩手日報http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201105/h1105073.html

「陸前高田市の〔市立〕高田保育所(熊谷恵子所長、園児87人)の園児は6日、移転先の旧米崎保育園で季節外れの雪遊びを楽しんだ。園児は自分の身長よりも高く積まれた雪山に登り、歓声を上げた。/ 園児の保護者が、5日夜に住田町の種山高原から雪を運び込んだ。園児は早速スコップとバケツを手に小さな雪だるまを作ったり、複数で大きな雪の塊を足で崩したりと夢中になって遊んでいた。/ 高橋凜香ちゃん(5)は「サンタさんが雪を持ってきてくれた。友達とかき氷を作る」と喜び、雪山から滑り降りて遊んでいた村田昂太郎ちゃん(3)は「雪がいっぱいあって楽しい」と笑顔を見せた。/ 同保育所の佐々木美恵子主任保育士は「園児のストレス発散になった。この地域は雪が積もる日が少なく、貴重な体験にもなり良かった」と感謝した。/【写真=季節外れの雪山で夢中になって遊ぶ園児=陸前高田市】」


▼気仙バレー復活へ始動 住田で震災後初プレー〔2011/05/05〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110505_10

「東日本大震災で被害を受けた大船渡、陸前高田、住田の3市町の社会人バレーボール愛好者が4日夜、住田町の世田米小体育館に集まり、気仙バレー復活に向けて一歩踏み出した。住田町の関係者が音頭を取り、震災以来初めてプレー。参加者はチームメートや練習場所を失い、避難生活を送るなど悲しみを抱えながらも、バレーができる喜びをかみしめ、躍動した。」 「県内有数の「バレーどころ」として知られる気仙地域。「復興バレー」は住田町の関係者が音頭を取った。地域のバレー関係者は以前から連携が強く、交流を深めていた。避難生活が長引き、そろそろバレーがしたい—という声を受けて企画した。/ 同町バレーボール協会の今野俊朗理事(44)は「住田も仲間が1人亡くなり、体育館が遺体安置所になるなどダメージはある。それでも大船渡、陸前高田よりは小さい」と中心になって動いた。」 「【写真=震災以来、久しぶりのバレーを楽しむ選手ら=住田町・世田米小体育館】」

▼【住田】高さ2メートルの雪だるま 大船渡に届ける〔2011.5.4〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201105/h1105045.html

「住田町の青年らは〔5月〕3日、大船渡市大船渡町の本増寺に雪だるまを届けた。東日本大震災で大きな被害を受けた気仙の仲間を励まそうと、住田町の種山高原から雪を運んだ。/ 雪だるまを作ったのは、住田町種山ケ原で開催していたケセンロックフェスティバル実行委の住田町在住メンバーら。2日夜に種山から雪を運び、高さ約2メートルの雪だるまを作った。実行委メンバーは3日まで本増寺で行われた「いわて三陸復興食堂」に参加。その一環として雪を届けることを企画した。住田町の林業、佐藤元幸さん(37)は「大船渡の子どもたちに喜んでほしかった」と語る。/ 雪だるまは子どもたちに大好評。同市末崎町の高橋莉桜ちゃん(4)は「こんな大きな雪だるまは見たことがない」と喜んでいた。/ 同日の復興食堂には県競馬組合とタレントのふじポンさんも訪問。子どもたちはポニーの乗馬も楽しんだ。」 「【写真=来場者の注目を集める種山高原の雪で作られた雪だるま=大船渡市大船渡町・本増寺】」

▼浸水被害の拡大防げ 陸前高田で工事始まる〔2011/05/04〕|岩手日報 http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110504_5

「東日本大震災に伴う地盤沈下の影響が続く陸前高田市で〔5月〕3日、大潮による浸水被害拡大を防ぐ工事が始まった。国土地理院(茨城県つくば市)の調査によると、同市小友町で84センチなど、市内は大きく地盤沈下したことが判明している。気象庁によると、大潮は9日まで続き6、7日が最高の潮位となる見通しで、注意が必要だ。/ 同市の広田湾に注ぐ川原川の河口付近では、満潮時に海水があふれ、周囲の水田などが冠水している。浸水区域は拡大しており、捜索やがれき撤去にも支障が出ている。/ このため3日、石や土のうでせき止める作業に着手した。せき止めた後はポンプで排水作業を行う。/ 工事を担当する吉田工務店(住田町)の紺野富雄専務は「一帯が浸水し、このままでは水が引かない状態。せき止めた後は排水路を整備する」と急ピッチで作業を進めている。」「【写真=潮位が上がり水田などが冠水した水田など。重機が川をせき止める工事を行った=3日午後3時50分、陸前高田市】」

▼みたち (mmitachi) on Twitter〔2011-05-03 20:06〕 http://twitter.com/mmitachi/status/65371767799152640

「〔2011年5月3日夕方、岩手めんこいテレビ「mitスーパーニュース」〕 住田の仮設住宅は気仙大工による町産材の木造一戸建て。国の補助を受けず、寄付を募って町独自の事業として進めるとのこと。町長素晴らしいぞ。(夕方のmitニュースより)」

▼モア・トゥリーズ 仮設住宅募金呼びかけ〔2011年5月2日〕|ミニ情報 : 環境|YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/eco/miniinfo/20110502-OYT8T00810.htm

「音楽家・坂本龍一さんが代表を務める森林保護団体「モア・トゥリーズ」(東京都渋谷区)は、岩手県の被災地近くの森林から切り出された木材で作る仮設住宅建設のために、募金を呼びかけている。/ 同県陸前高田市などに隣接する同県住田町は、町内に110棟の建設を予定。1棟あたり約300万円が必要なため、3億円を目標としている。冬季のために全戸にペレットストーブを設置し、化石燃料に頼らない暮らし方も探る。寄付方法などは特設サイト(http://life311.more-trees.org)で。」

▼木造一戸建て仮設住宅、一部完成=地元で材料、安価に建設−岩手〔2011/05/01〕|時事ドットコム http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011050100096

「地元の木材を使って安価に−。東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市など近隣自治体の住民向けに、同県南部にある住田町が木造一戸建ての仮設住宅を建設している。一部は既に完成しており、5月下旬までに計93戸が順次引き渡される。/ 同町によると、仮設住宅は地元の木材を使った2DKで、費用は1戸当たり約250万円。プレハブ長屋型と比べ70万〜80万円ほど安い。結露も少なく、パネル工法のため解体後も再利用が可能という。/ 建設工事は、廃校になった小学校の校庭や幼稚園の跡地など町有地3カ所で3月22日から始まっており、完成済みの13戸は2日に引き渡される。(2011/05/01-15:21)」

▼東日本大震災:震災後初めてのピッチ…双子の兄弟に笑顔〔2011年5月1日〕|毎日jp(毎日新聞) http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110501k0000e040006000c.html

「大震災の仮設住宅建設でグラウンドが使えない岩手県陸前高田市立第一中サッカー部が〔4月〕30日、同県遠野市の交流試合に招かれ、震災後初めてピッチに立った。一中で避難生活を送る双子の2年生、佐藤光君(13)と充君(13)ら20人の部員は芝生の上を駆け回り、ボールを追った。被災を免れた陸前高田市の9小中学校の校庭はいずれも仮設住宅の建設で使えなくなる。【飼手勇介】」

「市は当初テニスコート約2面分を生徒用に残す予定だった。しかし、市は7月末までに約2000戸の仮設住宅建設を予定し、平らな土地が少ないことなどから、一中の校庭全面に計200戸が建つことになった。同様に津波被害を免れた2中学校6小学校も校庭が仮設住宅で埋まる。/ 市建設課の担当者は「校庭をつぶしたくはない。全部が優先されるべき中での苦渋の選択」と話す。市教育委員会によると、体育の授業は近くの小中学校体育館で実施し、部活動は、岩手県一関市や住田町の公営グラウンドや体育館を間借りしてバスで移動する方式を検討している。」


▼住田町リンク集(2011年)|ilyaの日記 http://d.hatena.ne.jp/ilya/20110328/1301325475

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