日々の出来事の日記がメイン PC、ゲーム関連の感想もあるかもしれない。
いい歳こいてマンガ、アニメ、小説だけでなくプレステからオンラインゲームまで手を出してオタクライフを満喫している青年。
最近は仕事や私生活が忙しくなり、あまりゲームをする時間がないのと、昔ほど熱中できなくなったのがちょっと寂しい限りである。
職業:システムエンジニア兼事務員
年齢:心は20代前半
性格:温厚なほう。わりと適当な性格でサボりたい時はサボりたい。
若干KY気味
座右の銘は棚から牡丹餅
昭和53年双子の兄貴と共に生を得る。未熟児だった(1380グラム)
神戸で暮らしていたらしい。記憶にない。
幼稚園で過ごす。
友達があまりいなかったなぁ。兄貴とばかりお話していた気がします。
中学校になって、当時の幼稚園の同級生だったと思われる子に
「○○くんだよね?(はぁと)」って女の子に声をかけられたが誰かわからなかったTT。
・・・・くそぅ!こんな素敵なフラグが発生したのに俺は何をやっていたんだ!
今思うと悔しさでいっぱいです。
小学生時代。
兄貴と比べ、頭の悪い少年であったが特に劣等感は無かった。
サッカー少年団に入ってました。
万年ベンチウォーマで
公式試合には2,3回しか出場できなかったけど、友達との交遊の場であったので楽しかった。
ちなみにポジションはバックスとゴールキーパ。
中学生時代。
兄貴と比べ・・・以下略
成績は真ん中より1歩下(SS45から53)ぐらい。数学と英語が苦手で社会、理科が得意でした(つまり頭が悪い)
1年生の頃はサッカー部にも入っていたが、やはりあまり上達もしないし実力も無かったので面倒になってきて、2年生になってすぐ辞めた。
今思えば、部活で時間が拘束されるのが嫌になったのだと思う。
運動する事が目的で小学校の頃やっていたのでなんとなく入部していただけだし。向上心が無かったんだろう・・・・下手くそでも続けていればよかったなぁと思う今日この頃。
中2の時に初恋をする。最初は気にも留めていなかったのだが、何時の間にか好きになっていた。
なんとかその子にお近づきになりたいと、席が近く出ない時もその子の近くに行って話に参加したりと涙ぐましい努力していたあのころが懐かしい。
今思えはバレバレだったのだろうか・・・?
(実は初恋まであまり女の子に興味がなかった不健全な少年でした)
努力が実ってそれなりに仲良しになれて楽しく会話していた日々は今も忘れない。
クラス替えがあった3年の時に同じクラスになった時
「同じクラスだね。今年もよろしく」
と言われた時は内心かなり嬉しかったのだが、うれしはずかしで
「あ・・・そうだな・・・・いやだな〜(馬鹿)」
などと小学生特有の、好きな女の子に対して思っていることと反対の事を言う始末・・・・
せっかくのフラグがぁぁぁぁぁあああ
結局、腰抜けだったので想いが伝わることはありませんでした。
色々どきどき体験させてもらった、楽しかった中学時代。
そういえば中学時代の親友(男)がは今年(平成16年)結婚しました。
5歳も年下をゲットするとは羨ましい限りです。祝福します。
おめでとう!裕幸!
・・・・俺様そのとき無職の時でしたが、自尊心が邪魔して仕事していると嘘をつきました。
もし、このHPみていたらメールで報告してください。
高校生時代
中学校時代アホだった為、私立のアホ高校に入学しました(推薦入学)
さすがアホ高校だけあって、万年真ん中以下の成績だった私が最初の中間テストで学年21位の成績を取れたときはさすがに驚いた。
あまりお付き合いしたくない方々が大半だったので友人はえらい少なかったです。
BBSではよく書き込んでくれる東方君とはここで知り合いました。
結構長いつきあいです。・・・・もう10年以上の付き合いになるんだなぁ
小中学校と運動部に所属していましたが、何を思ったかパソコン部に入りました。
当時パソコンで絵が描きたくてWindowsペイントで頑張って描いていました(笑)
後はタイピングの練習もしていたため、普通の人よりは早く打てるようになりインターネットも学校でできるようになり、結構楽しくやっていました。
この頃からパソコン関連の仕事に就きたいと思い始めるようになったのかもしれません。
高校3年生の時に、兄貴と共用のパソコンを購入しました。
Windows95でPentum 200MHzのパソコンですぐインターネットが出来るようにISDN契約をしました。
Super KID (ペイントソフト )で自分の描いた絵に色を塗る事に目覚めて、絵を描くのが好きでした。
パソコン部の友人にとき○もを借りたことがオタクゲームに目覚めたきっかけだったのかもしれない。
最初は大学を推薦入学しようと考えていましたが、上位20位以内でないと推薦をしてもらえないという条件があり、私は23位でしたので大学生になる夢は潰えました。
そして、プログラマーになってみたいなぁと安易な事を考えて、とりあえずまだ就
職したくないし専門学校でも行くかぁと、専門学校にいく事を決意。
今考えてみると親に甘えきった考えでした。
(専門学校の費用って結構高いのね)
いつか親孝行したいです。
専門学校時代
情報処理系の専門学校に入り勉強しました。
この学校でたまーにBBSに現れるAKA氏とBongore氏けんちょ氏と知り合いました。
Bongore氏にエロゲーを借りてからその手のゲームをプレイするようになりました。
・・・・人間なにがきっかけで堕ちるかわからないですね。
趣味のお絵かきもそれなりに上達し、グラフィッカーになってみたいなぁとかアホな事をちょっとだけ考えていましたが、素人レベルを抜ける事はなかったので割り切って学校で勉強しているプログラマーの方向で就職を考えるようになる。
趣味としては十分楽しむことができたが、とても仕事に使ってもらえるレベルではないので趣味として割り切りました。
就職をしてからはもう絵を描いていない。
(描く暇が無くなった。結構時間を浪費するので・・・)
ウルティマオンライン(UO)、エイジオブエンパイアなどのオンラインゲームにはまり、今でもUOはやっている。とはいえ、廃人みたいにやりまくっているわけでもないので、暇つぶし程度。
専門学校だったが、大卒の資格も取れる専門学校だったので、大学のテストがありそっちのほうがなかなか大変でした、専門学校の単位は全然問題なかったが、大学の単位がかなり厳しくてギリギリ卒業しました(笑)卒業式の次の日に卒業が確定した為、卒業式に出れなかった・・・・
情報処理系派遣会社にプログラマーとして入社。
入社して3日目で、いきなり違う会社に派遣されて仕事をすることになる。
最初は勉強してから送られるものだと思っていたのでかなり戸惑いました。
派遣された会社はえらい大変な会社(後から聞くと社内でも派遣されたくない会社No1)でいきなり辞めたくなったのは秘密です。
その後、転々といろんな会社に派遣されたが、本社に戻ってプログラム開発をするようになりDelphiとPHPを即席で勉強して開発しました。
最初PHPでWebベースにつくっていたのだが、速度が遅いとか何とかのクレームがきてDelphiで作り直す事になり即席で1週間Delphiの勉強をして、開発しながら毎週土曜日はDelphiの勉強会というすごいスケジュールで作業をさせられました。
当然、初心者集団が作ったプログラムは修正の嵐で大変でしたが、さらに大変な事が起こる。
メインの開発者だった人が、いきなり他の会社に派遣される事になり、私がメインプログラマーにさせられてしまったのだ。
大変だったがそれなりに頑張っていたのだがさらに大変な事が起こる。
違うプロジェクト(PHPでWebコンテンツ作成)のメインプログラマーまで兼任するようになってしまったのだ。・・・・・この頃からこの会社はヤバイと思い始めてきた。
えらい大変であったが色々勉強させてもらったので恨みはしない。
(PHPは今の仕事でも役に立っている)
プログラマーになり3年で顧客は水と仕様追加はタダだと思ってるという事がよくわかりました。
※参照 プログラマーの格言(盗作多し)
3年間働いていたわけですが
給金があまりにもヘボく、何時までたっても契約社員(書類上では正社員)
国民健康保険は自己負担、ボーナスが全くない、残業手当が途中からつかないようになった。
会社の経営がヤバイ、現場管理者と気が合わなくてイライラするようになった等が重なって退職を決意しました。
退職するまでにかなり悩んだが(再就職できるか不安であった)
今の会社にいても現状は変わらない。再就職をするには30歳になってからでは遅いと思い立ち退社して新しい会社を探すことに・・・
派遣先の仕事がおわり、会社に戻ってきてすぐ社長に退職の意志を伝えて、会社を去る事になった。
3年働いた会社を世話になった人に会う事も無く寂しかったがしょうがない、派遣先に出向中だったし・・・
とりあえず、25歳、2003年1月26日より3年稼いだ金を軍資金を元手に無職、無収入生活を開始する。
・5ヶ月ぐらいはプー生活だろうなぁと、ちょっとした長い夏休み気分で無職生活を考えていましたが、収入が無いというのは思った以上に気持ちを寂しくし、欲しいものも気軽に買えない生活に恐怖を感じ始めたため、そうも言ってられなくてさっさと就職活動を始める事にする。
・再就職をするのに当たってとりあえず金が無いと何も出来ないので雇用保険を頼ろうとハローワークに向かったわけですが、自主退職の場合
は3ヶ月待たないと支給されないようなので、無職生活をするために蓄えた
軍資金(70万ぐらい)で3ヶ月を生活する事を決意する。
・ハローワークは、あまりにも人が多すぎで嫌気がさし、インターネットや雑誌で職を探す事にする。
(あんな遠いところ通ってられるか!て気分でもあった)
派遣社員はもういやだったので、なるべく職場が変わらず事務所に篭っていられる奴を探しました。
あとプログラマーとしてはあまり才能が無いようだったので
プログラム系は止めようかなぁと思っていたが、私が仕事としてやっていける技術はプログラム開発とパソコンの無駄な知識・・・やっぱそれ系しかないなぁと断念。
・会社を辞めてからすぐ、中学校時代の友人が結婚する事になると聞き、彼の結婚式に参加する。
さすがに現在無職とは言い辛く、とりあえずプログラマーをやっていると嘘をついた。
・・・・なんか寂しくなった(笑)
3社ほど書類選考で不採用を貰い、かなりへこんだが。
4社目・・・・本屋でなんとなく見たアルバ○ト北○道で
☆正社員
会社のサーバーのデータベース管理
Webページの開発、VB,VBA、Oracle経験者優遇
という募集要項の記事を発見しました。
私が嫌だった派遣でもないし、ずっと同じオフィスに篭っていられるという条件を兼ね備えた会社
だったので、即効で電話をかけてみる事にする。そして次の日に面接。
面接をさせてもらって10日後に採用通知を戴きましてSEとして再就職する事に成功しました。無職期間1ヶ月半。
前の会社と違い、ようやく残業手当がしっかりでて、ボーナスもあり税金も会社
が管理するマトモな株式会社に入社できましてとりあえず安心。
念願の車を購入。人生の中で最高金額の買い物です
車は三菱のCOLT
このご時世に三菱自動車製の車を買ったのは親が三菱に勤めている為(三菱自動車ではない)
安く購入できたためである。
ようやく安定したまともな会社に入社できたので頑張っていこうと決意する。
彼女になってくれる奇特な女性を見つける。
社会人になってからはこういう機会がまったくなかったので、半ばあきらめていたんだが人生何があるか判らないモノだ。私にとっては大イベントであった。
好意を寄せいていた子とたまたま事務所で二人っきりになった時にその子と世間話をしていたら「彼女いるんですか?」と聞かれた。
売り言葉に買い言葉で「君は彼氏いるのかい?」と探りを入れてみて、その後は好みのタイプとか、色恋話で盛り上がっていたのでチャンス?と思い、強引に話題をボーリングにシフトしたらその子から「今度一緒にボーリング行きますか?」って聞かれた。
ここでうやむやに答えたらチャンスを逃してしまうと思い即答でOKしてデートをする事になったものの、他の人が入ってきたので肝心の日取りを決めることが出来なかった。
そのまま定時になってから帰り際に「約束忘れないで下さいね」と言われたので
「んじゃ今週の日曜日に行こうか」と言って携帯電話の番号を交換にこぎつけた。
俺の携帯電話に母親以外の女性の名前が久しぶりに登録された瞬間でもあった。
約束した日は帰宅途中の車の中で「ふははは、俺にも春がきた!」と高笑いしながら帰りました。なんせ結構歳が離れてるものだから、向こうから見たら俺はおっさんだろうなと思っていたので、かなりハイテンションになった。
調子こいて前日にコン○ームまで購入してやる気満々だったのが今思えば
滑稽だったと思う(さすがに初回デートでは使わなかったけど)
こうして初回デートを無事に終えて、また遊ぶ約束を取り付ける事に成功し、その後何回かデートして、色々あって俺の方から告白するとOKもらってしまった。
人生において私がここまで積極的、行動的に動いたのは初めてかもしれない。
今までは女の子と話すのが結構苦手だったが、コレを切っ掛けに今は簡単に話しが出来るようになった(笑)