プロジェクトINAZUMA BLOG

2006-07-05

[][]『おんなの細道 濡れた海峡』を読む3(井川耕一郎)

 社長の子分・松夫たちに襲われかけたボクは、島子を見捨ててバスに飛び乗ります。そのバスの中でボクは尻が痛くなる。


(10 バスの中)

ボク「痛テ……」

 ボク、尻ポケットを探って、何かつまみだす。島子の抜けた奥歯である。

ボク「……痛えじゃねえか」

 ボク、歯にからまった糸くずをとってやり、それから仔細に観察する。根元が黒ずんでギザギザだが、上の方はきれいな骨の色をしている。ボク、舌の先でちょっと舐めてみる。

 女がそれを見ている。

ボク「なんか可哀そうでね。ついさっきまでちゃんと歯ぐきに生えていたのに」


 シーン3のからみのあとに「島子、ベッドに体を投げ出したまま抜けた奥歯を眼の上にかざして眺めている」とあります。このときの抜けた虫歯をボクが持っていたというわけです。抜けた歯というのは田中小実昌の原作にはなくて、田中陽造が考えだしたものでしょう。ところで、虫歯に関する描写ですが、ちょっと気になるところがあります――「上の方はきれいな骨の色をしている」という部分。「骨の色」と書いてあるのが不気味です。

 骨と言うと、『おんなの細道 濡れた海峡』と同じ年に公開されたツィゴイネルワイゼン(監督:鈴木清順)を思い出しますね。小稲(大谷直子)が自殺した弟の骨が紅くなっていた話をします。それから、中砂(原田芳雄)が「私」(藤田敏八)に奇妙な提案をする。「俺が死んだら骨を君にやるよ」「焼かねえ前の生の骨をさ」「そのかわりだ。君が先に死んだら、その骨は俺が貰う」。これらのことも考え合わせると、やはり、シナリオは島子の抜けた虫歯を遺骨のように扱えと求めているように思えます。もちろん、島子は死んではいないのですが。

 田中陽造のシナリオを読んでいて、うまいなあ、と思うのは、どうということもない物が不吉な気配をただよわせるようになる場面ですね。たとえば、『ラブレター』のブランコもそうでしたが、『魔の刻』(監督:降旗康男)で、涼子(岩下志麻)が息子の深(坂上忍)と初めて交わったときのことを回想する場面に出てくる紫陽花もそうです。


26 受話器を握った涼子が遠いベルに耳を傾けている

 「おふくろ……おふくろよォ……」

 と深の声が近いところでする。

深の声「何を見てるんだよ」

   ×   ×   ×

 水尾家の寝室。

 障子戸の外がすぐ庭になっていて、水銀灯がひとつ灯っている。広くはないが、植込みなんかも美しく手入れされた、和風の庭である。――布団の上に起き直った涼子がじっと夜の庭を見ている。長襦袢に赤いしごき、激しい行為の名残りで胸が小さく喘いでいる。

「ただの真っ暗闇じゃねえか」

 と裸の首をもたげた深が言う。

涼子「……咲いてる」

 障子窓の向うに紫陽花が満開なのだ。

涼子「嫌だ。夜になって咲くなんて」

「どうしてさ。綺麗じゃないか」

 と深は涼子を倒して、その上に裸の体をかぶせてくる。そのまま、もう一度行為に移ろうとして、

「どうしたんだよ」

 見開いた涼子の目から涙が流れている。

「後悔してんのか」

涼子「後悔?……そんなもんじゃ追っつかないわ」

 言いながら涼子は、深の若い滑らかな背中を愛情深く撫でている。

涼子「あなたを生んだ時ね、ひどい難産で。……だってあなたがなかなか出てきてくれないんだもの(微笑)」

「それで? 俺、オギャーって泣いたの?」

涼子「(頷く)とっても大きな声。それを聞いたとたん、ふーっと意識が失くなっちゃって。……目が覚めたら窓際のベッドに寝かされていて、見ると病院の庭に綺麗な紫陽花が咲いていた」

 あの時の紫陽花がまた咲いている、と呟く。

 そして求めてくる深を迎えながら、

涼子「こわい、あの花がこわい」

 と深の体を抱く。


 涼子は紫陽花を見て二十年前の出産を思い出し、実の息子と交わったことに罪の意識を感じる――そういうシーンであることは分かります。しかし、このシーンには読んでいて、ひとを不安にさせる何かがある。一体、二十年前、病院の庭に咲いていた紫陽花は何を見たのか? 涼子の回想に出てくる紫陽花は生まれたばかりの息子の深を見ていません。分娩後、母子別室になっていたのでしょう。紫陽花は涼子しか見ていない。それにしても、息子を見つめるかわりに庭の花に見入ってしまう涼子の姿はどこか危うくはないでしょうか。その姿は死者のことを思う姿にあまりによく似ている……。

 いや、ひょっとしたら、出産直後の涼子は、息子などいなくなればいいのに、と無意識のうちに願っていたかもしれません。何しろ出産は涼子に大きな苦痛を強いるものだったのだから。だとしたら、病院の庭に咲いていた紫陽花が見たものは、母性愛とはまるで無縁の涼子の姿だったかもしれません。そう言えば、息子を追って港町にやって来た涼子は、そこで知り合った薬局の店主・花井(岡田裕介)に「疲れを知らない母性愛」と言われますね。そうした涼子の母性愛は、出産直後に感じた息子に対する嫌悪というか憎しみを必死になって否定し続けようとした結果だとは言えないでしょうか。(ちなみに、紫陽花の花言葉を調べてみると、なかなか面白いですね。「一家団欒」「忍耐強い愛」とある一方で、「移り気」「無情」「あなたは冷たい」などというまるきり正反対のイメージもある)

 話を『おんなの細道 濡れた海峡』に戻しましょう。

 ボクはバスから降りて、港町の飲み屋に入る。まるで遺骨のように描かれた島子の歯はそこでもう一度出てきます。


(12 赤ちょうちん)

ボク「腹へったなあ……」

 ボク、ジャンパーのポケットから島子の歯をつまみ出して口の中に放りこむ。眠そうなオカミの目がパッチリ開く。

オカミ「何よ、今の」

 ボク、舌の上にのせた歯を見せる。

オカミ「消化に悪いよ」

ボク「食べるんじゃないよ、勿体ない」

 と酒を含む。

ボク「あッ」

 ひょこっと立つ。

ボク「ア、ア……」

オカミ「どうしたの」

ボク「呑んじゃった」

オカミ「だから言ったろう、消化に悪いって」

ボク「大事な歯なんだ。おんなの歯なんだ」

オカミ「金歯でもあるまいし」

 と取り合わない。


 『おんなの細道 濡れた海峡』のシナリオが掲載されている「月刊シナリオ」1980年5月号には、北川れい子によるシナリオ解説「浪花節的“大人のメルヘン”」が載っているのですが、その中に『主婦の体験レポート おんなの四畳半』(監督:武田一成、脚本:田中陽造)について書いた箇所があります。「以前トルコ嬢をしていた人妻の宮下順子が、自分を慕って自殺した青年の骨を、膣の中に入れるというエピソードは、確かに田中陽造であったが」。シーン12でボクが島子の歯を口の中に入れる行為は、宮下順子のこの追悼の儀式によく似ています。

 一体、島子の歯を口に含むという行為は、ボクにとって、どんな意味を持っているのでしょうか。まず言えるのは、島子と一体化したいという欲望のあらわれでしょう。これは間違いない。けれども、欲望はそれだけでしょうか。ボクは口に入れた歯を間違って飲みこんでしまいます。ということは、島子の歯は消化されずにいずれウンコにまじって排泄されてしまうわけです。つまり、間違って飲みこんでしまうという行為は、島子を死んだものとみなし、彼女とは無関係になって何とか生きのびたいという無意識の願望のあらわれでもあるのではないか。

 ボクはシーン2(ラブホテル)、29(旅館)、49(ラブホテル)と三回、トイレに入っていますね。いずれのシーンでも、女とセックスしたあと、面倒なことになったとぼやくためにボクはトイレに入っているみたいで、実際に排泄しているかどうかは分からない。だとしたら、島子の歯が排泄されることまで考えなくていいのでしょうか。ところが、たった一回だけ、ボクが本当に便意を感じるシーンがあるのです。ボクがバスから降りて断崖の上で脱糞するシーン25がそれです。前にもこのシーンは引用しましたが、続きはこうなっています。


(25 北山崎附近)

カヤ子の声「見ないでね」

 いつの間にかカヤ子が傍に来ている。カヤ子、素早くスカートを捲って尻を落とす。

ボク「あんたもか」

カヤ子「先に降りて貰って助かったわ。女の口からは言えないもんね」

 ボクとカヤ子、お互いに尻を向け合って排泄する。もっともカヤ子は小の方らしい。ボクはちゃっかり向きを変えてカヤ子のお尻と海を半々に眺める。

ボク「でかいなあ」

カヤ子「え?」

ボク「いや、海のこと」

 カヤ子が使ったティシュがふわふわ飛ぶ。

ボク「ア、紙、俺にも……」

 カヤ子、ティシュを渡しながら、くすくす笑う。

カヤ子「小さいのね」

ボク「何が」

カヤ子「子供のみたい」

 ボク、自分のを見る。

ボク「寒くてちぢこまってるんだ」

 と怒ったように言う。


 このシーンで、ボクは島子の歯のことなど一言も言っていません。しかし、歯の問題はボクとカヤ子が並んで排泄するという形に変形されています。ボクの無意識は島子の歯をさっさと排泄して、彼女を死んだものと見なそうとしている。そうしてカヤ子と関係を持ってしまうかもしれないことを予期しているにちがいありません。そういえば、話の最初の方で、この脱糞シーンには爽快感があると言いましたが、田中陽造はその爽快感を人情もののドラマの中であえて人情をふみにじってみせる痛快さと結びつけようとしているのかもしれません。

 ちなみに、映画では、ボクは歯を間違って飲みこんだりしません。たしか、飲みこんだふりをしてから、ウソ、ウソ、と言って口から出すという芝居になっていたはずです。そしてラスト近くで歯を島子に返すという展開になる。田中陽造が描くボクに比べると、監督の武田一成のボクは島子に対して一貫して誠実でやさしいということになるでしょうか。

 ところで、ここで話をちょっとだけ前に戻します。バスの中でボクが島子の歯を見つめるシーン10ですが、ここにはツエ子(小川恵)という女がちょっとだけ登場します。このツエ子という女が急にバスから降りてしまったあと、ボクはひとりごとを言う。


(10 バスの中)

 ボク、最後部のシートに移って、遠ざかってゆく女の姿を見守る。

ボク「死ぬんじゃないかね。あの女、死ぬ気で海にやってきたんじゃないかね。だから飲めもしないウィスキーを持っていたり、有金全部使い切っちゃって……。きっとそうだよ。どうすりゃいいんだよ、父さん。……アレ? ア、ア……」

 女の姿、海ぎわの岩かげに呑まれるように消える。それは海の中に呑みこまれたとも見えて、

ボク「死んじゃったぜ、父さん。イヤにあっさりいっちゃったぜ」

 飲む。

ボク「……ポロポロ」


 島子のことで殺されかけたボクは何とか逃げたのだけれど、逃亡の途中でまたしても死の問題に出くわしてしまうわけです。しかし、死の問題と出会うのはこれだけではなくて、島子の歯を飲みこんでしまった赤ちょうちんで、ボクはカヤ子とヒラさんに出会う。この二人は赤ちょうちんの奥の六畳間に泊まっていて、狂ったようにセックスにのめりこんでいる。そして、事後のシーンを田中陽造は次のように描いています。


15 六畳

 男、右手の指にからみついた女の抜け毛を一本ずつときほぐしている。そしてストーブの火口にクモの糸みたいに垂らして、焼く。

カヤ子「やめてよ」

 男、ジジッと音立てて燃える髪の毛をじっとみている。

カヤ子「焼場の匂いがするじゃない」

ヒラさん「…………」

カヤ子「私が焼かれてるみたいじゃない」

 女、男の腕を押える。男の指を口に入れて、噛む。

ヒラさん「……もっと噛めよ」

 女は上眼使いに睨んでいる。男の指は荒れて節くれている。

ヒラさん「もっと噛めよ……」


 島子の歯はボクの体の中に消えてしまったけれど、そのかわり髪の毛が出てくる。それが燃やされて、死の臭いを放つ。逃げるイザナギをイザナミは追いかけましたが、ここでも似たようなことが起きていると言えるでしょう。生きのびようと必死になって逃げるボクを、島子はどこまでも追いかける。ある時はツエ子に乗りうつり、またある時はカヤ子に乗りうつって……。たぶん、田中陽造は『おんなの細道 濡れた海峡』でキャラクターを描き分けるなどということは考えていない。というより、描き分けるという発想を否定して、「女はたった一人しか登場していない」と考えていたかもしれません。

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