プロジェクトINAZUMA BLOG

2006-08-12

[][]無限の痛みのような―『団鬼六 花嫁人形』について―(井川耕一郎)

(以下の文章は、「映画芸術」2001年春号(特集・日活ロマンポルノ30年の興亡)に掲載されたものです。ちなみに、阿部嘉昭さんの評論集『日本映画の21世紀がはじまる』を開くと、『シネマGOラウンド』の一篇『寝耳に水』の批評「重複・ズレ・残映」が載っていて、その冒頭部分でこの文章に言及しています)


 以前、新宮一成の『無意識の組曲』を読んでいたら、「植物であるということは、おそらくは無限の痛みのようなものであろう」というラカンの言葉が目に入ってきた。そのとき思い出したのが、ずしりと重い鉄球に鎖でつながれた裸の女が呟いた「わたし、だんだん植物のようになっていく……」という言葉だった。団鬼六 花嫁人形』の中で倉吉朝子演じる理恵が言う台詞である。

 ロマンポルノをよく見ていたのは浪人中の頃だ。最初のうちは評論家の言葉をたよりに監督の名で映画を見に行っていたのだが、あるときからどうも自分が惹かれているのは脚本家(具体的に言うと、田中陽造といどあきお)ではないかと思うようになった。その転回のきっかけとなったのが、いどあきおが脚本を書いた『団鬼六 花嫁人形』だったのである(こう書くと、監督の藤井克彦を無視しているみたいで本当に申し訳ないのだが)。

 あれは売れない画家なのだろうか、無為徒食の男がいて、その男、江口は蝋人形館で理恵を見かけて心惹かれる。だが、理恵はヤクザにだまされて売り飛ばされたらしく、資産家の奴隷となっていた。そこで江口は資産家の妻を拉致し、理恵を解放するように要求する。ところが、理恵は江口に対し、奴隷のままでよかったのにと言い、「わたし、だんだん植物のようになっていく……」と呟く。そして、生きることはどのみち苦痛だとでも言うように、こう言葉を続けるのである。「辛ければ辛いほど、自分の気持ちの中に閉じこもって……気持ちの中には何もかもみんなあるのよ。世の中が、あなたが……」。

 こういう理恵の言葉のうちに私はいどあきおらしさを感じる。『貴婦人縛り壺』(77・監督は小沼勝)の脚本にはヒロインの浪路が「ああ、私はもう駄目……夢を見るだけの生きもの……」と言うくだりがあるが、この台詞には理恵の台詞と響き合うところがないだろうか。いどは人間の生の基層に植物のような幽閉状態があると考え、そこに下りていくことでドラマを産みだしていった。たとえば『いど・あきおシナリオ選集』に載っているデビュー作のTVドラマ『あひる』(60)の主人公は、アパートに一日中こもって仕事をするどもりのロウ纈染め職人であった。

 だが、『団鬼六 花嫁人形』との関連で言うと、『七人の刑事』第三七九話「窓の外」(69)が特に重要だろう。「窓の外」の実質的な主人公は、脊椎カリエスでずっと病室のベッドに寝たきりの少女である。彼女は外界を覗くために手鏡を使い、ある夜、窓の外の殺人を目撃してしまう。そして、刑事に犯行の瞬間を見たかと問われたときに、「綺麗でした。まるで子供の時みた映画のスローモーションのように……」とうっとりと告げるのだ。ここには植物のように生きるしかない者独特の倒錯がある。外界ではなく、外界のイメージに心を奪われるという倒錯。

 幽閉状態と鏡――この組み合わせは『団鬼六 花嫁人形』にも出てくる。物語の前半、マンションの最上階にある部屋で、理恵は花嫁衣装で天井から吊される。そのとき、部屋に取りつけられた鏡にすぐ真下の路上が映り、江口がじっとこちらを見上げている姿が彼女の目に飛びこんでくるのだ。理恵が「気持ちの中には何もかもみんなあるのよ。世の中が、あなたが……」と言うとき、彼女が倒錯的な愛情を抱いている対象は、この鏡に映った江口の像だったにちがいない。

 結局、江口は理恵のもとを去り、理恵は鏡の中、遠ざかっていく江口の姿を黙って見送る。このあと、江口はヤクザたちから理恵に近づくなとリンチを受け、傷ついた体で森の中に入る。そしてラスト、江口は「君の言うとおりだった。殴られて蹴られて、その間中、ずっと君のことを感じ続けていた」と呟き、木の枝で自分の背中を鞭打ち、宙吊りにされた理恵がもがき苦しむイメージを呼びよせるのである。「辛ければ辛いほど、君を感じる。ぼくが君を感じるとき、君もきっと……」。

 ラストで江口はやっと理恵を理解した。だが、理解できたのは、リンチを受けたからだろうか。物語の前半、江口は昼間から雨戸を閉めきった下宿で蓄音機をかけ、ぼんやり横になっている。だが、雨戸に小さな穴があいていたのか、光が差しこんできて障子の上に外界がまるく像を結ぶ。その円の中に逆さに映る、道を歩く理恵の後ろ姿。彼女に気づいた江口はあわてて部屋を飛び出し、あとを追う――。このとき、江口はつかの間ではあるけれども、理恵と同じく植物のような幽閉状態を生きていて、外界のイメージに惹かれていたとは言えないだろうか。それにしても、密室がそのまま暗箱になるとは驚き呆れたアイデアだ。江口が理恵の像に魅せられたように、受験勉強もせずに昼間から暗がりに逃げこんでいた私も、このとき、倒錯的に映画に魅せられていたのだろう。『団鬼六 花嫁人形』、忘れられない一本だ。


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