プロジェクトINAZUMA BLOG

2007-05-26

[][]フランス書院文庫シリーズについて(井川耕一郎)

 常本琢招が監督した『人妻玲子 調教の軌跡』と『黒い下着の女教師』については、前にこのブログにも書いているので*1、それとだぶらないことを書いてみようと思う。


 ある日、フィルムキッズの社長・千葉好二さんから電話があった。今度、フランス書院文庫シリーズというのをVシネマでやるから、その第一弾を書かないかとのこと。

 千葉さんは日活出身のプロデューサーで、会うといきなり、井川くん、ロマンポルノをVシネマで復活させるからね、と熱っぽく語りだした。そして、渡されたのが、『人妻玲子 調教の軌跡』という小説だった。

 あらすじは、大体、次のようなものだった。

 ある日、玲子のもとに電話がかかってくる。「奥さん、あんたの結婚指輪、おれが預かっているよ」。あわてて調べてみると、たしかに指輪がない。すると、また謎の男から電話が。「奥さん、指輪、返してほしいのなら、おれの言うとおりにするんだね」。かくして玲子は男の指定する場所に行って、いろんな男たちから屈辱的な体験を受けるのであった……。

 読み終えて思ったのは、この玲子というヒロインは実は気が狂っているのだろうということだった。玲子に次々と命令をしてくる男はついに姿を現さない。おそらく、彼は玲子が生みだした妄想の産物なのだろう。

 玲子はかなり経済的に恵まれた環境にいる。寝たきりの義父が家にいるが、ナースがついていて特に介護をする必要がない。しかし、その恵まれた環境が逆に彼女を狂わせてしまったのだろう。彼女は誰かと人間的な接触を持ちたいと熱望しているが、それができない。その結果として、陵辱される形でもいいから接触したいという欲望を抱くようになってしまったのではないか。

 私は原作を読んで最初に感じた印象そのままにシナリオを書いてみようと思った。だから、『人妻玲子 調教の軌跡』のシナリオは原作に忠実なものになっていると思う。一つだけちがうとしたら、玲子に向けて発せられる命令の言葉くらいだろうか。

 脱げだとか、オナニーしろだとか、ストレートな表現は、玲子の妄想にはなじまないように思えた。では、一体、どうしたらいいか。そのときにふと思い出したのが、『成田アキラのテレクラ稼業』で常本琢招の求めに応じて書き足した芝居だった*2。あれを応用してみてはどうか。男はわざと曖昧な言い方で命令をし、それを玲子が卑猥な意味に解釈するというふうにしてみたら、どうだろう。

 出来上がったシナリオは、常本も書いているようにかなりハードな内容と受け取られたみたいだった。別に緊縛浣腸などといった責めは一つもないのだが。そういえば、原作には、ナースが寝たきりの義父の顔にお尻を押しつけながら、溲瓶を股間にあてがうという場面があった。そこが原作の中で一番猥褻だったので、シナリオではナースを玲子に変えてクライマックスのシーンにもってきた。あれがいけなかったのだろうか。

 しかし、助監督からは別のシーンを指摘された。男が「ぼろぎれを絞れ」と言って、トイレの中で玲子にオナニーさせるシーンがハードなのだ、と。なるほど、そうか。やはり、バタイユは偉大である……。

 女優探しはかなり難航したようだったが、ある晩、常本から電話がかかってきた。いい子が見つかりましたよ!とかなり興奮した口調だった。橘未稀という新人で、実際に会ってみると、すれたところがない透明感のある子だった。

 男優の中には前から知っているひとが二人いた。多比良健は、鎮西尚一が監督し、私がシナリオを書いた『女課長の生下着 あなたを絞りたい』に出演していた。今泉浩一は『痴漢電車 いやらしい行為』で心を病んだ青年を好演していて、あの役者はいいですね、と感想を言ったら、監督の佐藤寿保さんが紹介してくれたのだった。

 撮影現場に見学に行ってみると、この二人の男優は常本の「カット!」の声がかかると、すぐに私のところにやって来るのだった。そうして、さっきの芝居はOKでしたかね?と尋ねてくる。そういうことは常本さんに訊いてみたら、と言うと、いやあ、監督はぼくの芝居なんか見ちゃいませんよ、と言うのだった。たしかに常本は主演の橘未稀にべったりはりつくようにしてずっと演技指導をしていた。もっとも、常本にしてみれば、多比良くんも今泉くんも演技に関して十分に信頼できる男優だったにちがいないのだが。


 『人妻玲子 調教の軌跡』のあと、千葉さんから渡された次の原作本は『黒い下着の女教師』だった。

 千葉さんはまたしても熱っぽく語りだした。井川くん、ここの部分だけどさ、女教師が少年のおちんちんに赤いリボンを結ぶところ、猥褻でいいよねえ! ここは絶対にやらなくちゃいけないよね!

 しかし、こっちは気分が重かった。

 『人妻玲子 調教の軌跡』のときには、面接に来てシナリオを読んだ女優たちからずいぶんと嫌われたらしいのだ。ここまで人間を侮辱したひどいホンはないと思います!と言って勢いよく席を立った女優もいたという。だから、今度はあまり嫌われないものを書こうと思っていたのだ。女優が素直に感情移入できるシナリオを書こう、と。

 ところが、『黒い下着の女教師』はそういう狙いにまったくなじまない内容だった。今、手もとに原作がないので、うろ覚えで申し訳ないのだけれど、大まかなあらすじは、女教師の真亜子が次々と少年を誘惑して、セックスするというもの。

 どうやら自分勝手な当初の目的は捨てて、原作の印象に忠実なシナリオを書くべきなのだろうか。とっかえひっかえ少年たちとセックスするさまを強引に見せ続けていけば、それはそれで迫力あるヒロイン像になるのかもしれない。けれども、七十分程度の時間枠で、何人の少年とセックスできるだろうか。

 若松孝二の『十三人連続暴行魔』には、タイトルどおり十三人くらい犠牲者が出ていたかもしれない。けれども、十人も少年を出していたら、誘惑する過程まではあまり描けない。たぶん、出すことができる少年の数は多くても三、四人くらいだ。しかし、それでは数がまるで足りない。もっと別のヒロインのあり方を考えなくては……。

 どうしていいか分からないときに一番困るのは、どこでどんなふうに行き詰まっているのかをひとにきちんと説明できないということだ。いや、ひとにきちんと説明できれば、ひとの助けなど借りなくても自力で問題が解けるのである。

 結局、フィルムキッズの事務所での打ち合わせのときに、私は、なぜ女教師が少年しか愛せないのかが分からない、とくりかえしぼやくばかりだった。それに対して千葉さんはこう答えた。井川くんさ、要するに少年の汗と匂いだよ、部活動で汗を流すだろ、そうすると、少年特有の甘酸っぱい匂いがする、それを嗅ぐとさ、くらくらっとくるんだよ、分からないかなあ、そういうの……。そんなことを言われても、高校時代、美術室で昼寝ばかりしていた身にはさっぱり分からないのである。

 すると、そこに鎮西尚一さんがひょっこり顔を出したのである。打ち合わせは明快な結論が出ないまま終わり、まあ、飲みにでも行こうということになった。鎮西さんというひとは浮世離れしているというか、仙人みたいなところのあるひとである。だから、セックスやら、少年の汗と匂いやら、そんな低級な下界の話にはまるで関心がなかった。

 そうして居酒屋でとりとめない雑談をしているときだった。どういう話の流れだったかは忘れたけれど、鎮西さんが柄谷行人の話をしだした。私はそれを聞いていて、はっとした。明け方、家に戻ると、私は本棚から柄谷行人の『探究2』を取り出して開いてみた。

「『ヨブ記』では、神の試練に対して信仰をつらぬいたヨブは、最後に妻および同数の子供(男七人と女三人)とより多くの家畜を与えられる。しかし、どうしてそれで償われたといえるだろうか。死んだあの子が取り戻されたわけではないのだ。『ヨブ記』を読んだあとに残る不条理感はそこにある」

 そこには私がうまく説明できなかった悩みが見事に要約されていた。そのうえ、解決方法まで書いてあった。

 数日後、私が書いたプロットを読み終えた千葉さんは本当に身をぶるぶる震わせて言った。井川くん、これじゃまるで原作無視じゃないか! 今までの打ち合わせは何だったんだ! 千葉さんは、ちょっと考えさせてくれ、と言うと喫茶店を出ていってしまった。取り残された私は、まいったなあ、とぼやいた。たしかに原作無視と言われても仕方のないものを書いてしまった。しかし、他にいい案が思いつかなかったのである。

 一時間後、千葉さんが喫茶店に戻ってきた。井川くんさ、このプロットには、女教師の真亜子が少年のおちんちんに赤いリボンを結ぶところがきちんと書いてあるね。それから、真亜子が少年の胸に顔をうずめたときに、この汗……この匂い……と呟いてるよね。うーん、ということは、原作の精神だけはちゃんと受け継いでいるんだよなあ。分かった。ビデオの発売元の会社には、このシナリオで行かせて下さい、とお願いしてくるから。

 私はほっとした。と同時に千葉さんに、すみません、よろしくお願いします、と頭を下げた。


 ところで、女優に嫌われないシナリオを書こうという私の当初の目的だが、結局、駄目であった。『黒い下着の女教師』のシナリオはまたしてもハードなものと受け取られてしまったらしい。

 一体、どこがいけなかったのだろう。今泉浩一演じる古本屋万引きをする少年が出てくるシーンがいけなかったのだろうか。

 三年前に愛する少年を亡くしてしまった女教師の真亜子は、少年の命日にふらりと入った古本屋万引きをする少年・今泉浩一を見つける。彼女は少年を追いかけて呼び止める。すると、今泉浩一はあっさり万引きを認める。それから、二人はビルの地下室に行く。どうして万引きをしたの?と問う真亜子に、今泉浩一は答える。どうしてだか分かりません。でも、いつか誰かにつかまって罰を受けなくちゃいけないと思ってました。すると、ふいに真亜子は言うのである。じゃあ、あなたが望むとおりに罰してあげる……。

 どうしてこんなシーンを思いついたのか、今となってはすっかり忘れている。そこで常本が監督したビデオを見直してみた。真亜子が黒い下着だけになって、裸の今泉浩一をベルトでひっぱたいている……たぶん、私は今泉浩一にマゾヒストの役を演じてもらったら面白いのではないかと思っていたのではないか。

 それにしても、常本も自作解説で書いていたが、真亜子を演じた児島巳佳という女優が本当に素晴らしい。彼女はマッチをすって、その火で今泉浩一の顔を照らしながら、どうして万引きをしたの?と静かに問いつめる。このとき、児島巳佳の大きな目はまばたきを一度もせずにまっすぐにずっと今泉を見つめ続けているのである。恐いけれど、とても魅力的な瞳だ。まるで催眠術をかけているような瞳である。けれども、一体、彼女は誰に催眠術をかけているのか。今泉浩一にか、それとも、自分自身にか。

 児島巳佳という女優は教室のシーンではきちんと女教師に見える演技をしている。しかし、この地下室のシーンでは、ふいに女教師から別の何者かに変貌してしまうのだ。その演技の飛躍にはうなってしまう。常本ももちろんがんばって演出したのだろうが、難しい要求に完璧に応えている児島巳佳はもっと偉い。このシーンはぜひ多くのひとに見てもらいたいシーンだ。

 思えば、児島巳佳は大工原正樹の『風俗の穴場』にも出演していて、主演の石川萌をライバル視する気の強いファッションヘルス嬢を好演していたのだった*3。女教師から風俗嬢まで、さまざまな役を的確に演じられる女優、児島巳佳。なぜVシネマはこういう実力のある女優を育てることができなかったのか。ロマンポルノだったら、間違いなく育てていたはずなのだ。

 結局、私たちはフランス書院文庫シリーズでロマンポルノを復活させることはできなかった。そのことを思うと、ひどい自己嫌悪にかられる。ああ、いやだいやだ。

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