Hatena::ブログ(Diary)

英語あそびなら天使の街

2018-06-16

「メディアで起き始めた“MeToo”」の録画を見た。

小島慶子氏(すごくステキ)の著作を読んだばかりだったので、仕事をしながら聞こうと再生したら、ズズイと最後まで見入ってしまった。
浜田ビジネスインサイダージャパン編集長が共有された「長時間労働セクハラには相関性がある」という報告例に首が振り切れる。

古田氏は日本にいた頃、勤め先に取材に来られたことがあるが、大新聞社におられた時よりよほど社会を動かしているのではないでしょうか。Me tooに行き過ぎの声も出てる?日本はその前段階のレベルにすら達してない、まだまだ足りないくらいなんで心配するのもおこがましい、と切り捨てられたのに笑う。大げさだ、とか言う人はむしろ自分がセクハラをしていることに気付いていない可能性あり。I couldn't agree more.

そして、伊藤氏の笑顔に涙が出た。

私はかれらのような先輩方に助けられて、しかも西海岸にいるので、日本で声を上げている人たちに比べて随分ラクをさせてもらってしまっていると思うが、このパネリストの方々のように明るさと理性とユーモアを持って語りたいし、耳を傾け続けたい。
In solidarity.




関連:ジャーナリスト 伊藤詩織さんの『Black Box』への賛辞

2018-05-16

ン年ぶりに日本に5日間滞在して、変わったなと思ったことメモ。

瞠目するほどじゃないが「前はこうじゃなかった」こと。

高速のSAがますますナイス。
思わず、出店や充実の自販機で余計なもの買っちゃうよね。コンビニやスタバ併設も増えた(でまた、他でも買えるのに無意味に買い物してしまう)。
風光明媚なロケーションのSAは、ピクニックエリアも充実している。
ただ、一般道からも入場できる、というのは良し悪しかな。店舗によっては街中みたいに込んでいたので。

公道や駐車場にチャチなワンボックスカーの占める率が異常に高い。特に地方。
もちろん、利点づくしの車種だから重宝されているのだろうけど、以前はもうちょっとバラエティがあったよー。

そして帰国し、LAXのピックアップでシャトルを待っていた時のこと。
目の前にテスラが停車すると、両脇のドアがデロリアンのようにスイーっと斜め上にバタフライ開き。
なんだこれ超カッコいい...超未来...!
とすっかり古代からの旅人になった気分に。
(一応補足すると、テスラ自体は街中では全然珍しくありません。ただ今回、ワンボックスの田舎から戻って改めて見るとギャップが激しかったのです)

これ。その名も「ファルコン・ウィング」。


私は白いモデルSを見かけるたび、「スケキヨさん!スケキヨさん!」と呼んでいる。


あの車じゃイオンの駐車場には停まれまい。
当然、邸宅前のドライブウェイとバレーパーキングしか想定していないのだろう。

ちなみに、ビジネス客の出迎えなのか、スーツ姿の男性が2人降りてきてゲストを握手で迎えていたのですが、奥の座席にチャイルドシートが据え付けてあったのもまた、L.A.だな、と。

禁煙の飲食店が増えた。
マクドナルドが全面禁煙で客を入れ替えたのは聞いていた(駅での短い待ち時間をすごく快適に過ごさせてもらった)。
王将」「サイゼリヤ」「デニーズ」で、ウェイティングシートに「禁煙・喫煙」の項目があるのを見て「あっ、シマッタ」と思ったものの、結果として全く煙くなかった。
少なくとも後者2店舗はランチ時間は全席禁煙だったようだ。

今回は居酒屋に行かなかったとはいえ、他に寄った飲食店も一切紫煙なし。
「スタバってば全店禁煙!」がセンセーショナルだった時代は過去になったのだな。

次に、「そういえば日本ってこうだったよ」と改めて気づく、変わってなかったこと。

やっぱり、子どもギライが多そう。
これは、子ども連れで各国の町を歩いた経験がある人なら皆感じるのではないだろうか。とりわけ特異だと思うのは、子育てをしている人でも他人の子には塩対応だったりすること。妙です。

そして...

いまだに絵に描いたような痴漢がいる。
子どもを連れてバリアフリーのトイレのドアを開けると中にいたのは...
マッパのおじさん!!!
エキゾチックジャパ〜ン!!!

もう無言のまま、ドアを閉めましたね。
駅や公園じゃなく、オープンしたてのファッションビルのトイレですよ。

ついでに言うと、屋外の噴水まわりで子どもたちが水遊びをしているのを遠巻きに撮っている男も見ました。

彼らが日本だけに棲息していると言うつもりはありません。
残念ながらウチの周囲にもいたし(逮捕された)、『フロリダ・プロジェクト』にもペドを匂わせる人物描写があったし。

でも、北米でならまだしも日本では絶対にAirBの部屋に泊りたくないと思うのは、世間の変態濃度を見る限り、盗撮被害が格段に多そうだからです。
宿泊者に見つからない仕掛け作りもこっちの人よりずっと上手そうだしね(ほめてません)。

ユーティリティに欠陥があるとか、提供者側ともめるとか、あらゆる(名目上)素人同士のシェアリングは安さ便利さと引き換えに一定のリスクを見込んで行うもの。
でもでも盗撮だけは絶対にヤダ。

また思いついたら追記する。

今回旅行中にずっと読んでいた本。
私は飛行機雲の十字架をよく見つけるのですが、今回は上空でそのクロスの横を通り、旅の成功を確信しました。晴れるや。

2018-05-08

穴に落ちた私を救ってくれた人

リック・ウォレン牧師の毎日の礼拝メルマガで何度か繰り返し配信されている「ある中国人クリスチャンの証(神の栄光を告白すること)」がある。
これは実在の人物なのかという疑いはさておき、ゴスペルの何たるかが体感で分かり、自分の前にジーザスが立ってくれた時のことがつい思い出されて涙腺が崩壊する文章だ。

今日また配信されたので、拙訳を掲載する。

人生の途上で、巨大な穴に落ち込んでしまったことがあります。穴の中は病、挫折、そして罪でいっぱいでした。

その穴の底で横になっていると、ムハンマドが来て言いました。
「穴に落ちたのは自業自得である。あなたは罰を受けているのだ」

次にマルクスが来て言いました。
「穴に落ちたのは階級闘争が原因だ。反乱を起こせ」
しかし、政府が変わった後も、私はまだ穴の底にいました。

次に仏陀が来て言いました。
「あなたは実は穴には落ちていない。自分でそう思い込んでいるだけ。すべては精神が作り出した錯覚なのだ。心を鎮めよ」

そして孔子が来て言いました。
「穴から出られる自己達成のコツ・ステップ10を伝授しよう。努力を続ければ、いつか登り切れるはずだ」
しかし、いくらもがいて力んでも穴から出ることはできませんでした。その穴はあまりに深かったからです。

ある日、イエス・キリストがやって来て、穴の底にいる私に気づきました。
彼は黙って白いローブを脱ぎ捨て、ドロドロの穴の中を私のそばまで下りてきました。
そして強靭な腕で私を引っ張り上げ、穴の外へと連れ出してくれたのです。

イエスは、私が自分ではできないことをしてくださった。神に感謝します。

原文はこちら

ムダ口叩かず行動するのがイエス!YES!
ところで、救いのために「洞穴に隠される」描写が聖書にはたびたび出てくる。福音のヒミツである。

しかし、『リメンバー・ミー』では、死後の世界にも巨大な穴があったよな...
清潔そうだったけど...

『ねじまき鳥クロニクル』の井戸も思い起こさせますね。


ウォレン牧師のベストセラー。シンプル英語の原書のKindle版がおすすめです。安いし!

2018-04-04

何十回目かの山田洋次監督『息子』に何十回目かの感謝

ふと思いついて検索したら、『息子』がアマゾンビデオで発売されていた!感涙。
ン10年前に中学の映画会で上映され、体育館で三角座りをして見た作品だ。
その時は、切なさは感じたものの、男子が田中邦衛がエロビを消すところで湧いたこと、「お父さん最後に死ななかったね」と友人たちと話し合ったことしか覚えていない。あとは国語教師が異常に絶賛していたことかな。

多分その次に見直したのは大人になってからだが、借りるのに飽き足らずVHS、DVD、そして今回ストリーミングと3回も買ったことになる。

早速、好きなところを拾って見た。
ほとんどセリフも覚えている(「酒でもあてがって、テレビでも見せとけよ」)くらいだが、娘(浅田美代子)が父(三國連太郎)を駅に送っていく場面で泣けて泣けて仕方なかった。

今回初めて、向田邦子の『お辞儀』を思い出す。親にお辞儀される切なさが綴られているエッセイだ。
私はまだそういう経験はないけれど、「お父さん」に「ありがとう」と言われると、もう体まるごと浅田美代子になってしまうのだった。

列を作って改札口へ入りながら、母は急に立ちどまると、立っている私の方を振り向いた。てっきり手を振ると思ったので私は右手をあげた。母は深々とお辞儀をした。私も釣られて、片手を振りかけたまま頭を下げたので天皇陛下のようになってしまった。
(中略)
母の乗っている飛行機がゆっくりと滑走路で向きを変え始めた。急に胸が締めつけられるような気持になった。
(中略)
飛行機は上昇を終り、高みで旋回をはじめた。もう大丈夫だ。どういうわけか不意に涙が溢れた。たかが香港旅行ぐらいでと自分を笑いながら、さっきの裁ちばさみや蘭の花束のことを思い合せて口許は声を立てて笑っているのに、お天気雨のように涙がとまらなかった。 
向田邦子著『お辞儀』

もひとつ好きな、デパート屋上の原田美枝子と「お父さん」とのシーンでは、初めて「原田美枝子ヘタだな」「すんごい肩パッドだな」と思ったが、ぎこちない雰囲気が巧みなことに変わりなく。

そしてもちろん、初々しい和久井映見ちゃんと永瀬くん、2人で改まってお父さんに向き直る時、花束が彼の手にあるのが本当に素敵です。

喜びのあまり何度も息子を起こす「とっちゃん」も益々いいです。

それから今回は新宿副都心を望む「中野」の貧乏感、雑多さが染みたわ。

これからもまた、たくさんの人を誘って何度も何度も見返すことになるでしょう。
ありがとう。

英語字幕がついてないんですよ...それだけが惜しい。


『お辞儀』は、名作『父の詫び状』所収。思えばこの本も高校時代にMちゃんから借りて出会って以来、何度買い直したか...。
ネット時代の今読むと、「これ盛り過ぎでは...」と思う箇所もポツポツあるんですけどね。それもまた一興。


私の好きな3大邦画、あとは『顔』さえ揃えば全部アメリカで鑑賞できるようになります。
『息子』もある意味配信を期待していなかったので(DVD化も遅かったし)、こちらのモニターで細部まで見られるようになり感激ひとしおです。
こちらのストリーミング化ものんびり待つとしましょう。


ちなみにもう1作は『Shall we ダンス?』、amazon.comでUSカット版を見ています。
周防監督は当然切り刻みに不満だったそうですが、私は草刈民代の拙い口論シーンがないUS版に満足してます。

2018-04-01

イースターの日に。

HE is risen!

イースター礼拝に行く途中、今日一番にすれ違った知らない人がガッツポーズをしながら言った。
「イエスが復活したよ!」
まるでAD30年頃に戻って直接グッドニュースにふれたかのように錯覚した。

なぜか、今年は彼が蘇った感がとても身に迫って感じられた。
なぜか、と言うのはこのイースター週末、彼の受難を覚えて断食するつもりがサプライズパーリーがあってむしろ食べまくっちゃったし、締め切りが重なってグッドフライデー礼拝にも行かなかったし、2冊も趣味の本読んじゃったし(後述)、と、あまり真摯に過ごせなかったので。

先週、友人が救われたからかもしれない。

でもこの週末にこそ読めて感謝したもの、いろいろ。

久しぶりに内田先生のブログを見に行って、この国語科教員に向けた講演録からは、キリスト者として言語オタとしてプログラマとして、いちいち頷くことが多かった。
内田樹『言葉の生成について』

いつも「まだ服を着ていない思い」が着ることのできる言葉を探している。

私の言葉探しも一生続くと思うのだけど、同時にキリスト者はジーザスという服を既に着た存在でもあります。彼こそが私の言葉。

神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。(創世記3:21)

テクストを読んでもすぐに分からない、中腰の状態に耐えることが大事、と書かれていますが、聖書に挑む姿勢も同じです。
むしろ、特に現代の頭では「分からん!」という箇所(私にとってはタラント、不正の富のたとえや、ジーザスのちゃぶ台返しなんかがそう)にこそ、神が一番言いたい真理が潜んでいる、と私たちの牧師は言います。
「中腰」は私の一生続く楽しみです。

そしてもうひとつ、日本語教育の価値の希少性を述べる中にあった「東アジア各国の人々が、漢文というリンガフランカを失ったことが相互理解の深まりを妨げた」という仮説も頷けるところがあります。
というのは私は北京五輪の開会式でレーザー光線が打刻した、
有朋自遠方来、不亦楽乎
に驚くほど胸を打たれたからです。
目の前に広がる景色というのがありました。
で、これはいくら翻訳したところで、漢字を理解しない人とは(似たものは可能でも)完全には共有できない景色であろうなと思ったのです。

そして、半沢直樹における「障害」のパワーにも書いたけど、Kindle化を待ちに待った本。
私が何度読んでも飽きない本は現代ものだとルポばかりだなあ。聖書もルポだぜ。


片端から読んでいる佐藤優氏の著書、特に対談はキリスト教徒としての知見が面白いので「新刊だー」と思い特に調べずに買う。
と、ナイツの学会信仰についても語った内容で、たまたま昨日、仕事の手伝いをした人が学会員だったこともあり(L.A.にも相当数の会員がいて強力に支え合っているようです)非常に興味深かった。
思えば私も、一体どのような教えであれだけの人が集まるのかと疑問を持ち、サイトを見に行ったことがあったのだ(サイトでは全然ポイントが分からなかった。この本は信仰者が生活を通して語っているのでよほど分かりやすかった)。


そして、ずっと心に溢れていたゴスペルは懐かしのローリン・ヒル。
Jesus is my portion.