Hatena::ブログ(Diary)

英語あそびなら天使の街

2018-01-20

映画 Paddington 2 を見た。『パディントン2』

今日はHidden Figuresに感激してから1年、women’s march 2018の日。
ついでにこの日から政府シャットダウン…なんというタイミング。

今回は、昨年「白人リベラルの祭りだった」という批判(LAではそうは感じなかったけれど)を教訓に、ローカルの様々なグループとの連帯を深めた、という。
私は、大規模なラリーが行なわれ、ナタリー・ポートマンヴィオラ・デイヴィスやコンスタンス・ウーらも声を上げたダウンタウンからは離れた町にいたのだが、何人かプッシーハットをかぶった人たちを見かけた。

さて、ガラにもないパディントン君を観に行ったのは、Lady Birdを抜き去り、Rotten Tomatoesで過去最高の評価が出たと聞いたから。
星の数はすべてではないけれど何らかの理由はある、ので。日本でもはや公開されているのも珍しいし。



まあ、ムリにけなすほどの引っかかりはないのと、いつものロンドンびいきブースターになったのかなと思う。
『素晴らしき哉、人生!』みたいなラストは好きですね。
ルーシー叔母さんへの愚直な信仰とそれに伴う鈍感力によって人の良さを引き出して行くところは、ジーザスっぽくもあります。キリスト者の生き方について考えてしまった。

昔、『ロジャー・ラビット』を「アニメと実写の合成?すごい!見たい!」とイトコに拝み倒してレンタルビデオを借りてもらい、非常に退屈したまま終わった思い出があるが、もはや太古の時代みたい。

ロジャーラビットカートゥーンスピンのwaiting lineは好きでした。マンガな街中を進んでいくのね。もうディズニーランドも10年以上行ってない。



2017-12-03

映画 Coco を見た。『リメンバー・ミー』&『アナと雪の女王/家族の思い出』

久しぶりに子ども行列を連れて。しかもこれも久しぶり、苦手目のピクサーラジオでリー・アンクリッチ監督のインタビューを聞き、物語とメキシコアゲの処理に興味を持って。
ちなみに私はいくら子どもが見たがっても自分が見たくない映画には連れて行きません。自分でチケット買えるようになってから行け、と言う。

同じように死後の世界を描いた『ア・ゴースト・ストーリー』ニューエイジステマガーと叩いた私が通りますが、本作の「メキシコお盆」では随所随所で涙がダラダラ流れて、ワーーーーンと声上げて泣きたくなって困った。

死者に焦がれる人間が、そのための文化を紡いできた人間が愛おしくて。
生者と死者の境って実は曖昧よね。

たった9ドルでこんなリッチなもの見せてくれてありがとう。
製作者の方々に感謝の気持ちでいっぱいだ。
興収にジョン・ラセターが影響しなくて本当に良かった。

それにしても、友人のラティーノたちもほぼそうですが、彼らの「宗教」はカトリックなんであって、『ノビシャド』に続き、「同じバイブルを読んでてなぜこうなる?」というのがつくづく興味深いのでした。
メキシコキリスト者信仰について調べてみようと思う。

Music is the languageというモチーフも、初出ではないながら言語オタとしては好きです。

千と千尋』のような郷愁を感じる世界観のあでやかさ、切ない懐かしさ(死ってやっぱり金色なんですね)は言わずもがなですが、食べ物やギターはじめ、魅惑的なプロップの数々も素晴らしい仕事でした。
ああいうのを1個1個チマチマモデリングしてマッピングしてる若手(かオフショア?)がいるんだよなと思うとそれも泣けてきた。

余談、たまたま鑑賞前にこの記事を目にし、

「朗報、Coco同時上映『アナ雪』スピンオフが長過ぎて観客オコのため、12/8から上映やめるよ!」
’Coco’ screenings remove aggravating ’Frozen’ short from the film

あぁ〜ピクサーは前振り長いんだった、面倒くさいナァ、と思ったのだが、なんとその『アナと雪の女王/家族の思い出』にも涙してしまった。。。自分でもビックリだ。
エルサのローブ、フルーツケーキ、ごった煮スープの造形に感動。
見られて良かった。

いずこの家にもメリークリスマス。

師走です。本作を「2017年に見た映画ベスト5」に入れました〜

関連:映画 Inside Out を見た。『インサイド・ヘッド』



すっかり見なくなったTEDから、『言語としての音楽』。


西海岸アニメーションを作りたい!と思ったら、まずこの本。


英語で読むのをおすすめするけど(アメリカで働くならなおさら)、邦訳はこちら。

2017-03-18

映画 Beauty and the Beast (2017) を見た。「美女と野獣」

"ハワード・アシュマンはオスカーの栄誉を見届けることはできませんでした。
Tale as old as time
True as it can be."

車に乗りがけに聞こえたラジオのナレーション。
断片だったので広告だかパブだか分からなかったけれど、ぐっと子ども時代に引き戻された。

あの、アニメ映画としては史上初めてアカデミー作品賞にノミネートされた(長編アニメ部門創設は後のこと)1991年の名作は、Something Thereを遺作に倒れたアシュマンに捧げられたのだった。

人魚に声を、野獣に魂を吹き込んだ、私たちの友人ハワードに。
We will be forever grateful.
Howard Ashman: 1950–1991

そして2017年版である。素晴らしいトリートだった。
これほど何度も拍手が起きたのは、私の少ない映画館体験の中ではThis is it以来である。
アニメ版を経ずに初めて本作を見た人はどう感じるか想像もつかないが、アニメ版を繰り返し見てスコアを聞きまくった私のような人にとっては、アニメ版との差分を楽しむ映画だった。

同時に、アニメ版(ここでは便宜上1991年作品をアニメ版と呼びます)が、いかに生命あふれる逸品だったか、気づくことになった。

やはり冒頭から朝の風景まで、アニメ版を完全に、そして生き生きとなぞっているのが感動的。
ミュージカル版で大きな見せ場だった、ガストンの酒場も良かった。
そして最も作り手の愛が感じられた楽曲はBe our guestだった(拍手起きた)。
なぜか「善」みたいなものを感じた。
ただ、これはこのシーンがキャラクター全員CGの完全アニメシーンだったからかも。
(生身なのはテーブルについて眺めているベルだけ)

逆に、ふたりの関係が変わっていくさまを描く重要な楽曲、Something Thereは、アニメ版と比べて非常に惜しまれる仕上がり。
全体的に野獣とベルの接触を避けていて(やっぱり処理が面倒くさいのか)、「ああ、あのしぐさがない」「あの視線がない」「あの怯えと喜びがない」という、絵はきれいなのに、いまいちふたりの感情の距離が縮まらないように見えて、終始歯がゆい。

そう、生の人間とデジタルキャラクターがミックスされていることでもっと重大な部分がとても残念な結果になっていた。

野獣に愛を感じないのだ。

アニメ版の野獣ときたら本当に素敵で、王子に戻らないほうがよかったよね〜、という声が多かったのを覚えている方も多いだろう。私なんか当時、田舎の映画館に頼んで、終映後に「野獣のみの大写し」のポスターをもらいに行ったほど。

特に本作は、野獣の瞳がポイントになるのがアニメ版で分かっているので、CGの野獣の瞳に特別なものを見つけ出そうとした。が、何もなかった、というか、あまりしっかり映してない感じだった。

で、最後、人間に戻ってアニメ版同様、元野獣のまなざしがズームアップされるのだが、

別人の目やーーー!!!

というトホホな事態に。
野獣は人間が特殊メイクでやると思ってたんだがなァ…

野獣そのものが醸し出す無機質さに加え、やはり、いかにエマが上手な役者でも、いや上手な役者だからこそ、相手がCGでは愛の感情が生み出せなかったのかもしれない。(撮る時は人間同士でやってモーションキャプチャしてると思うんですよ。でも後で野獣部分が差し替えられて、撮影時にはあったかもしれない化学反応が亡きものになってるんです)

そして、アニメ版にはあって本作にはなく残念だった部分。

  • 野獣がベルを目隠しで図書館に招き入れるシーン。ちなみに「田舎の本屋」はアニメ版よりさらに質素な「人んちの本棚」になり、野獣図書館との対比が大きくなっている。
  • ダンスシーンで、野獣を衣紋掛けが、ベルをタンスが見送るカット。
  • 同じくダンスシーンでのルミエールの照明指揮。
  • 同じくダンスシーンで、ベルが野獣の胸に頬を寄せ、野獣と家来たちが目線でhi-fiveし合うシーケンス。

まあ、ダンスシーンはBeauty and the Beastのsignatureなので、どうしてもアニメ版のほうが完成度が高いように思えてしまう...
でも、エマ・ワトソンの黄色いドレスと耳飾りはとてもチャーミングでした。というか、ベルの装いはブルーの普段着、Something Thereのワインレッドのケープから最後の春色の軽やかなドレスまで、アニメ版よりもずーっと美しかったです。あと、"Le No Makeup"なメーキャップもいいですね。エマ自身のソバカスと意志的な眉がとってもベルでした。

本作の付け足しとしては、野獣の幼少期、ベルの母親の記憶さがしが実に要らなかった。
実写ではもう少し人物描写、ベルの父親の存在を見せる必要があると考えられたのだろうか。
昔の住居にトリップするシーンとか、ただもう余計なことはやめて〜としか思わなかったけど。
アニメ版にはない野獣の自分語りの楽曲は、ミュージカル版にはあった。あれは許容範囲。

逆に、本作ならではの良かった部分。

  • ル・フウのガストンに対するPCなセリフの数々。失礼じゃないように人をディスるアイデアにあふれています。参考にしましょう。
  • 野獣とベルのシェイクスピア語り。
  • 最後、それぞれが人間やイヌに戻る大団円は、原作の物語そのままに、「声優はこの人でした〜」をのカーテンコールになるわけで、なかなか面白い。

おしなべて、涙が出そうになるシーンは多かった。
アニメ版を見て感激していた頃から、「ここまで来たんだなー」という個人的な感慨だったかもしれない。
舞踏会シーンのカメラワークにCGが使われたことが非常に話題になったのは、このアニメ版だ。

あの頃、私はアニメ版のビジュアルブックをもらい、そこに紹介されているスタッフたちのインタビューやプロフィルをなめるように読みながら、「アニメは描けないけど、リサ・キーンみたいなビジュアルイメージ、背景画だったら私にもできるかも」などと子どもの頭で考え、なぜか「ディズニースタジオで働いて、そこに両親が日本から見学に来て、スタッフたちに紹介する」という妄想をしていたのだ…
(ちなみにリサは「アナ雪」でもイメージボードを描いています。アニメ担当じゃなかったからこそ、息長く仕事をされているのかも)

ただその次作、自己模倣に走った『アラジン』でディズニー熱はあっさり冷め(未だにその後のフルCG作品も好きになれないでいる)、さらに当時は思いもよらなかったインターネッツなるものが普及し、妄想したのとはやや違う形だが、ロサンゼルスで仕事をする巡り合わせになった。感謝である。

ついでに言うと、セリーヌ・ディオンの思い出も最近ここでつながった。
彼女のことはアニメ版で初めて知り、ブライソンとのパフォーマンスに感動したけれど、この歌のためだけの、ディズニー声優的、舞台専門的なポジションの人だと思っていた。
だから、2年も経ってから、Power of Loveでビルボードにチャートインしているのに気付いた時はわりと驚いた。
その後、折々に良い楽曲に巡り会い、安定した活動を続けているのは誰もが知る通り。

そしてそして、一昨年、ついにラスベガスで彼女のショーを見ることができたのだ!
実はその時、「美女と野獣」の歌のことは忘れていた。で、彼女がそれを歌い始めた時、昔、MTVでこの歌に本当に夢中になって、アメリカに焦がれたことを思い出したのだ。今、ホンモノを聞いてる!しかも20年以上たっても、セリーヌの声には全く衰えがない!うぉー!
というわけで、タイタニックとかどうでもよくなったのでした。
彼女、ステージで"I feel your love always."と言ってくれた。

やはり、オリジナル版のセリーヌのinterpretationが最高です。
今回のアリアナとレジェンドによる新版デュエットも悪くないけど、たぶんMay J.的扱いになっちゃうかと… 
観客もサッサと席を立ってたし…




西海岸アニメ業界で仕事をしたい人の必読書はこちら。

邦訳も出ています。


「アナ雪」監督ジェニファー・リーのインタビューもお読みください〜

2016-01-30

映画 Anomalisa を見た。 チャーリー・カウフマン 「アノマリサ」

異色のR指定長編お人形さんアニメ
さすがにコマ撮りのお人形さんセックスシーンを見たのは初めてである。

チャーリー・カウフマンらしい救いのない脳内完結作品。
啓発本ライターのおっさんのシンシナチでの一夜を描く。

マチネとはいえ、週末の、上映館が限られた中で客席は私含めて3人ポッチ〜
それぞれ1人で来てたところからしてもどういう映画か分かろうというもの。
(実際、誘っても断られた)
見た人の評判は非常に良い。
http://www.rottentomatoes.com/m/anomalisa/

特に大人向けアニメの場合、「これアニメにする必要ある?」というのが気になる。
例えば、古い例で恐縮だが「おもひでぽろぽろ」はアニメで表現する必然性があったか?というとなかったと思う。

本作の場合は、「なるほど、これはアニメだから見られるんだ」と思わされるところ多し。
何はともあれ、ディテール。
おっさんが疲れてホテルに着いたらどういう行動をとるか、ルームサービスの電話のボタンに迷ったり、氷を取りに行ったり... そんな細かい描写がいちいち積み重ねられて斬新。
Inside Outでも書いたけど、「本物より本物らしい」のは感動を生む表現の条件だと思う。
ESQUIREが「人間は1人も出てないのに、今年最も人間らしい映画」と評したとおり。

声の演出には見る者に違和感を与える仕掛けがしてあり、リサの登場に光を感じるのと同時に、絶望が最後までボディブローのようにきいてくる。

めくるめく一夜を過ごした翌朝、卵の食べ方を注意されるとかイヤ過ぎる。。。

今の時代、何を見ても「CGか」と思われちゃうのでもったいないのだが、キャラクターは3Dプリンター製。「ウォレス」みたいに1コマ1コマ人形に動きをつけたストップモーションアニメなのです。
メイキング映像にはため息が出た。

あと、アニメ作る人はやっぱりどこか日本につながってるんだなと思わされる描写がチラホラ。
リサの自分語りのセリフとかね。

最後に彼女のニックネームとなったAnomalisaは日本語で天上の女神って意味なんだ、っていうビックリ発言が出てくるんだけど、天照のこと?百歩譲っても全然違くない?彼女の辞書がダメなの?誰かおしえて。

もーもたろさん、ももたろさん(日本人形の設定なのに、たぶんジェニファー·ジェーソン·リーが歌っている)

英語は平易、シンディ·ローパーのGirls Just Want to Have Funの歌詞さえおさらいしておけば、高校修了者ならほぼ100%理解できると思う。
アニメ作品はおしなべてそうだけど、いわゆる寿命の短い言葉がほとんど使われていないので、「おっさんとリサの寝物語チャット」みたいなとりとめのない会話でも分かりやすい。

R指定としては初めてのアカデミー長編アニメーション賞ノミニーに。
ゴールデングローブはInside Outにとられたけど、こっちはどうかな。
日本語は字幕版、吹き替え版あり。


こんな作家さんがメジャーとして生きていける国、アメリカ
ちなみに、彼はわりとご近所さんらしい... gkbr



シンディは私の英語の先生の1人。神戸のCD屋でこれ買ったの覚えてる。
ちなみに渡米してからはCDどころか音楽一切買ってない。

2015-06-21

映画 Inside Out を見た。「インサイド・ヘッド」

ピクサー作品を、封切りの週末に見に行ったのは初めて。
本作はその点から見ても、特殊な宣伝をしていたと思う。
私みたいなの(前回映画館で見たのは「モンスターズ・インク」…)にリーチできており、逆にピクサー作品は結構見ている、という人が「えっ、今週新作始まるの?」などと言っていたくらい。

ピクサーとは?」「最も敬意を集め続けるスタジオの秘密に迫る」みたいなパブリシティが多く、私がよく聞くNPRやAPMでも「ちょっと見てみっぺ」と思わせる切り口のスタジオレポート、クリティーク、インタビューがこのひと月で大量放出されていた。
こういうのね→「喜びと悲しみを科学するインサイド・ヘッド」

始まる前から「最高傑作」の呼び声が高かったし、ラセターのこれまでの反省、キャラクターの多様性に関するステートメントが取り上げられたことも大きかった。

本題、映画を見て。
ピクサーのセルフオマージュ。
もちろんとても面白かった。jaw-dropping、breath-taking。
アニメーションならではの世界観なんだけど、サンフランシスコのリアル造形やリアル人間の表情のほうが、「本物より本物らしく見せる」アートの喜びを感じる。

ただストーリーの真打ちピクサーにしては、途中、ちょっと冗長気味だったかな。
それはまわりの観客からも感じた。子どもたちが飽きていた。

オリジナルワールドモノではある程度しかたないのだけど、
「この世界はこういうルールになってんだよね〜」というのがポイポイ小出しされるのは、あまりスマートじゃない。映画とも呼べないウンコ作品と比べるのは気が引けるが、私はそういう後だしストーリーを「デスノート方式」と呼ぶ。

鴻上尚史が言うところの、物語における「障害」設定のセンスの問題です。
半沢直樹における「障害」のパワー

そんな中でもリアル世界の親子の表情のやりとりは本当に素晴らしい。
最近まで「CGはコチコチして気持ち悪いからキライ」と言ってたのに隔世の感がある。
ラストは誰もが予想するとおり。

ショートフィルムのLAVAもよかった。
けど、あれも「せっかくふたりとも海上に出たのに、互いの顔が見えません…」という哀しい皮肉をもう少し活かせなかったかなー。悲しみだって大事なんだから。

それにしても、この映画を見た子どもたちは自分の頭の中のJoyやSadnessを探すんだろうな、と思うと愉快だね。
私も6歳くらいまで、戦隊シリーズの「世界が30分で滅びる!」とか、プラネタリウムの「さあ、宇宙旅行に出発です!>地球に帰ってきました!」を、本気にしてたんで…

関連:映画 Coco を見た。『リメンバー・ミー』&『アナと雪の女王/家族の思い出』

来週はTED 2を見るつもり。



なんとフィギュア一番人気は... Sadness!



西海岸アニメーションを作りたい!と思ったら、まずこの本。
「まずは現地を見る」など、ディズニーとピクサーのやり方にはそもそも共通点が多々あったことが分かる。


英語で読むのをおすすめするけど(アメリカで働くならなおさら)、邦訳はこちら。