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Apollo XV Twitter

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20041004Mon

03:17

出会い方、付き合い方によるんじゃねーの?
http://freehome.zive.net/~ntgestop/

ゲーム内でのトップクラスの人って、現実でもいい生活してるか、現実捨ててるかのどっちかな気がする。

インターネットの非恒常性とか
http://kiwofusi.at.infoseek.co.jp/log/2004-10.html#NC.20041004

ちょっと長くなるかな。とりあえず書く。

Webと書籍、仮想空間の歴史と現実空間の歴史。一番の差は、*1物質として存在するか否か、と言うところ。

例えば、「消えてしまった歴史」と言うのは何もWebだけにあるものではない。現実でも、戦争や、禁書、思想統制その他もろもろの理由で「消された」歴史が数多く有るはずだ。中にはその一部が辛うじて残っていたりして、「本当はこうだったんだよ!」とか発表されることは今でも時々あったりする*2。しかし、Web上の情報は、印刷でもしないかぎり「ただの情報」に過ぎず、消されてしまえば残滓も残らず完璧に消滅する。

過去においての「歴史」は、歴史を組み上げたり、歴史に加担するような人がごく少数であったりして、緩やかな流れの中での出来事だったからこそ成り立ったと言えると思う。また、「参加権のある人」が裕福、もしくは類稀なる才能を持っていて、多数の人に情報を発信、及び保管され得る程の価値を見出されたからこそ、「歴史」となる資格を得て、それ故に「そもそも」の有効性が生まれるのではないだろうか。

しかし、今のWeb*3においては、コミュニティの細分化や専門化*4が激しく、そのコミュニティごとに全く異なる歴史が組まれ、その流れや加担する人数も爆発的に増えている。最早人にはどうにもならないところまで行ってしまっているかもしれない。

そんな中で、消えたり生まれたりしている訳だから、それこそ本当に「混沌」と言うものだ。かなり古いWebの住民でも、一歩自分の居たコミュニティから足を踏み出せば、その人の中には「何も無い」のだ。

何も無いところからまた積み上げてゆく訳で、さらにその「入り込んできた人」がWebに関して「ずぶの素人」だとしたら、「過去を見に行く事」すら知らない事になる。もしかすると、過去自体が、物質を伴わないばかりに完璧なまでに消えていたりする。そうして歴史はループする。

一度「歴史」を体験した人は知った振りをするか口を閉ざし、今「歴史」を作っていると思っている人はやたらと雄弁に語る。そしてそれもまた消えるか、誰かの「経験の中」にしか残らない。

ただ、「停滞」では無いのではないか、と思う。同じ事の繰り返しである日々日常を、ある期間だけ取り上げたところで「停滞」とは言えない。日々同じように見えても、少しずつ自分は成長しているものだ。それは恐らくWebでも同じで、過去にあった「リンク論」に、今では海外のWeb黎明期に書かれた文章が持ち出されている。数年前の「歴史」には、無かったことだ。また、僕の知る「歴史」では、「サイトは閉鎖してもログは残して欲しい」と言う考えがあった。これは先の記事のきをふし氏の主張と全く同じなようで、しかし、俺ニュースの事例は引き合いには出されていない。

確かに「歴史」を意識し、記録やログを残すことは重要だと言える。しかし、ログなど残ってなくとも、「生き残り」が居るのだ。あのサイトは消えてしまったかもしれない。しかし、あのサイトを知っている人が、きっとどこかでサイトを運営しているかもしれない。そして、その人が発言する事は、あのサイトの歴史の流れを汲んだものではないだろうか。

つまり、同じ事を言い続けていれば、やがてそれが「普通」になるのだ。例えば今は「無断リンク」なんて言葉は殆ど使わない。それは「リンクの自由」の認知が広がった功罪であり、そしてその立役者はテキストサイト管理者やニュースサイト管理者だ。今度は「無断リンク」を「ログの削除」にすればいい。「ログを残してサイトを畳む」が普通になれば、Googleのキャッシュにも、InternetArchiveにも載りやすくなる。今の2ch界隈で活発な「まとめサイト」も良いかも知れない。ニュースをクリップするだけでなく、ミラーリングして、残す。あれは2chが「匿名掲示板」であるが故に出来る荒業だけれど、「理解」さえあれば一般のサイトにだって、きっと通用する。

まだまだ「何とかなる」のだと思う。色々な懸念や、問題や、弊害、難題は数え切れない程あるけど、Webの一原子である僕が動けば、それに呼応して他の原子、つまり「どっかのだれか」も動いてくれるかもしれない。それが連鎖し、ループし、例の「流れ」になって行く。そしてそれは、中に居る間はよくわからないけど、ちょっとはみ出て見てみると「歴史」になってたりするんじゃないかな、とか。

後、ひとつ。少なくとも、僕らは「停滞するかもしれない」なんて言葉は、言ってはならない。何故なら、僕ら、いや、一般化するのはよそう。何故なら、僕が今こうして書いている事すら「停滞」であるとするならば、僕のやってきたこと、やっている事が全て無意味であると認めてしまう事になるからだ。

*1:目に見える

*2:考古学的発見とか

*3:近代国家でも言えるなあ

*4:コアな、と言う意味での

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