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2009-02-13

結局、イスラエルのガザ侵攻は何だったのか (2) -「プロレス」としての軍事作戦

前置きが長くなってすみません。


現地に行ってきたジャーナリストの報告で特に気になったのは次の3点。


1. 報道イスラエルの発表に反し、「ターゲットはハマスではない」と感じた

とにかく進行方向にある建物を破壊するという感じで、モスクは汚され、国連の建物は巻き添えで破壊されていたそうだ。イスラエルの戦果報告に反し、エジプトから物資を搬入するためのトンネルの損害も軽微だったそうだ。


ハマスの幹部も2名しか殺害されていない(これまでも日常的に行われてきたヘリによる暗殺作戦より圧倒的に精度が悪い)。


なにより、ハマスは今回のイスラエルの軍事侵攻によって「政治的勝利」を宣言するほど人々の支持を集めているらしい。


ちなみに、西岸地区で比較的優位にあるファタハパレスチナ自治政府)のアッバス議長は極めて人気がないそうだ(ファタハの幹部の多くがイスラエルとの利権で私腹を肥やしているのは周知の事実である)。



2. イスラエル軍の攻撃はこれまでのような「国際社会に対する言い訳」を感じさせないものだった

イスラエル軍はこれまで、パレスチナ人への攻撃にはゴム弾や催涙ガス弾を使用して「人道面に配慮している」というジェスチャーをしてきた。


しかし、今回の侵攻ではジャーナリストのガザへの侵入を3週間に渡って食い止めるなど、作戦の内容が外に漏れるのを最大限コントロールしている。


22日間の軍事侵攻で、パレスチナ側の損害は1300人以上の死者と約1100戸の建造物、対するイスラエル側の損害は13人。


これは「国際社会に対する言い訳」を前提に展開してきたこれまでの作戦とは全く違う印象を抱かせたそうだ。



3. ハマスは「強硬派」リクード政権奪取させないため、敢えてガザ侵攻を誘った?

イスラエル政権が今回の総選挙を意識してガザ侵攻を行ったことは間違いない。


ヒズボラハマスの挑発に乗って開始したレバノン侵攻は完全に失敗し、オルメルト政権は死に体になっただけではなく、オルメルト自身も汚職まで問われるハメになって与党カディマの党首からも降りることになった。


この「失敗」のムードを総選挙まで持ちこまないこと、強硬派のリクード極右政党の「我が家イスラエル」に支持を奪われないようにすることが、ガザ侵攻の意図としてオルメルト政権にあったのは容易に想像できる。


ここから、ジャーナリスト氏はハマスが強硬派・リクード政権につけないためにカディマを誘ったのではないか」と話していた。


その他、日本のNGOが腰が引けてた話なども聞いたが、自分が気になったのはこの3点だった。


特に、最後の1の「ガザ侵攻のターゲットはハマスではない」と、3のハマスカディマを誘った」という点はすごく印象的だった。


このあたりの感覚はニュースを眺めていていも分からない。やっぱり現場の土を踏むってのは大事だと思った。



結局、イスラエルのガザ侵攻は何だったのか

で、ジャーナリスト氏の話を聞いて、自分でもちょっと考えた。


「ガザ侵攻のターゲットはハマスではない」という点はおそらくその通りではないかと思う。

BBCには今回のガザ侵攻のマップが公開されているが、これまでの暗殺作戦のように、ピンポイントでハマスを弱体化するために行われたものだとは到底思えない。


BBC NEWS | Middle East | Gaza conflict map

http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7812136.stm


イスラエル軍はこの地図で見ると、左右と下からガザ市を取り巻く形で侵攻している。

ジャーナリスト氏の言葉通り、一言で言えば「手当たり次第、家屋を破壊した」という表現が適切だろう。


しかも、自分たちイスラエル軍が地上戦で損害を食らわないように深入りを全くしていない(地図に点在しているポイントは、空爆か艦砲射撃によるものだろう)。


前回のレバノン侵攻が現在のイスラエルにとって敗北同然のものであったことは間違いない。

この敗北は、最初からハマスヒズボラに主導権を握られ、どんどん兵士を失い、戦略上の目的を達成できなかったことからくるものだった。


イスラエルの軍事的な学習能力は極めて高い。おそらく、レバノン侵攻の失敗を轍として、今回のガザ侵攻は最初から「軍事的に勝利するための戦い」として行われたのではなく、総選挙に勝つための国内向けプロレスとして行われたのではないだろうか。


「1300人の死者を出しておいて"プロレス"か」という疑問も湧くが、もしイスラエル政権にとって大事なのが軍事的戦果ではなく「我々は勝った」という国内アピールのための「絵」(=破壊し尽くされたパレスチナ社会)なのであれば、パレスチナ人の死者は付帯的損害(戦略目標を達成する上で発生する副次的損害)でしかない*1


実際、Haaretz紙などで伝えられたり、週刊オブイェクトで冷静に分析されているように、イスラエルは使用する兵器から作戦遂行の手続きに至るまで、人的被害を最小限に食い止めようとしている形跡が伺える*2

これはもちろんイスラエル軍が人命を尊重しているということではなく、国際社会の反発を最小限に食い止めるためだ。


イスラエル政権にとって、「国内向けアピールの成果」と「国際社会の非難」を秤にかけて前者のほうが大きければそれでいいのだ

実際にカディマはギリギリで第一党をキープできたし(ガザ侵攻がなければもっと議席を落としたかもしれない)、国際社会の反応も概ね想定内だろう。


ということで、今回のガザ侵攻の目的は「(軍事的意味のほとんどない)イスラエルの国内向けプロレスという見方でいいのではないかと思う。


クラウゼヴィッツの言う通り、今回のガザ侵攻はまさにイスラエル側にとって「他の手段をもってする政治の継続」として行われたわけだ。


では、ハマス側の意図とは何だったのか。



・「ハマスカディマを誘った」か?

ただ、ジャーナリスト氏の言うように、この結果を狙ってハマスカディマを誘った」というところまで踏み込んで考えるのには自分は少し抵抗がある。


ハマスは前回のレバノン侵攻で「現イスラエル政権を弱体化させた」という成功体験を持っていると思われるため、全く逆の結果である「ガザ侵攻をさせてカディマの支持を上げる」という発想には組織としてたどり着きにくいと思うからだ。


成功体験を組織で見直すのは非常に困難な作業で、それには極めてハイレベルなリーダーシップが要求される*3。現在のハマスにそこまでのリーダーシップや組織的な成熟さは見られない。


また、敵の内部対立(カディマ vs. リクード)の動きを予測して軍事作戦という濃い霧を見通して(しかも自分たちには主導権は全くない状態で)、結果を導くのは極めてリスクが高い。実際、上で見たように、イスラエル軍の作戦行動はレバノン侵攻とは全く異なるロジックが採用されている。


もし、ハマスカディマリスクを最低限にしてキッチリ今回の落としどころに落とすとすれば、ハマスのトップとイスラエルのトップが完全に「握っている」必要があるが、いくらイスラエルの工作がすごいと言ってもそれはたぶん無いと思う(関係者にとってあまりにもリスクが高く、メリットも少ない)。


現在、ハマス側が取ることができる手段は、「対イスラエル強硬派」として対外的に散発的な攻撃を繰り返し、合わせて本来の活動である社会福祉活動を進めてパレスチナ人や諸外国のシンパの支持を獲得していく以外に無い。


これを続ける中で、ファタハとの権力闘争を勝ち残って、現実的な解としての「イスラエルパレスチナ国家の二国併存案」に落とし込んでいくことになるのではないだろうか*4


その意味で、今回のガザ侵攻はハマス側にとって「通常より激しいが想定内の反応だった」と言えるだろう。



…もしかしたら、自分が何か大きな変化や事実を見逃しているだけかもしれないが、このあたりの「イスラエル政権ハマスの関係性」は今後の情勢のカギになることは間違いないので、ここはちょっと継続的に見ていこうと思う。


自分の見方としては、(前のエントリに書いたように)今のようなイスラエルパレスチナの固定化した対立構造がしばらく続き、次期イスラエル政権以降は「隷属化できるパレスチナ国家建設」のために、パレスチナ内部の政治闘争をコントロールしつつ、エジプト民主的革命に持って行く方向に移行していくのではないかと思っている*5


多くの人が期待するような、アラファトラビンのような和平の絵は来るとしてもその後だろう。

まぁ、少なくともあと10年ぐらいはかかると思う。


どんなもんですかね。



The Palestinian Hamas: Vision, Violence, and Coexistence
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*1:そう言えば、ガザ侵攻ではイスラエル軍Youtube に作戦の様子を撮った動画を公開して結構話題になっていた。

*2:こうした軍事に関する報道については、日本のマスメディア誤報だらけで最悪である。少しは勉強しろと言いたい。

*3アメリカは「冷戦の勝利」という成功体験からイラク戦争という泥沼にハマった。

*4:ただ、「イスラエル殲滅」を掲げるハマスではこれはできないだろうから、パレスチナはまだしばらく内部での政治闘争を続ける必要がある。

*5イスラエル政治家と諜報機関の質は極めて高いため、これは実現可能なプランだと思う。

homehomehomehome 2009/02/14 19:43 はじめまして。検索でたどり着きました。
非常に論理的で分かりやすいご解説ですね。少し驚きました。

なぜ日本のメディアはintelswimmerさんのような俯瞰図を持って状況を伝えられないのでしょうか?

私は中東で日本がイニシアチブを持って動くことはできるのではないかと思っているのですが、それができないのは理解度の低さもあるのではないでしょうか。いかが思われますか?

intelswimmerintelswimmer 2009/02/14 21:14 >homehomeさん
どうもありがとうございます(笑)。

エントリで書いたように、軍事関連の報道は本当に酷いです。ちょっと調べれば分かることも、人権団体などに聞いた話を鵜呑みにして報道しているのでタチが悪いです。

軍事以外のところに関しては、全体を俯瞰できる人がデスク(ニュースバリューを判断する立場にいる人)にいないんじゃないでしょうか。

以前は読売とNHKが比較的良かった気がしますが、NHKは人が入れ替わったのか、全然ダメになったと思います。基本的に勉強不足で、うまくイスラエルのプロパガンダに乗っていると感じます。

BBCもアルジャジーラもハアレツもネットで見れますし、今はもう中東関連のニュースは日本のメディアで見ないですね。

日本政府の動きについては、最近の変化で影が薄くなりつつありますが、「平和と繁栄の回廊」はイスラエルとパレスチナ国家の二国併存構想を見据えて現実的な解を模索しているという点で、評価できると思いますよ。

http://www.mofa.go.jp/Mofaj/press/release/18/rls_0713b_3.html

対象がまだ西岸地区のみなのが残念ですが。

進捗とかどうなってるんでしょうかね。ちょっと調べてみたいと思います。

homehomehomehome 2009/02/15 18:26 お返事ありがとうございます。
日本政府もそんな対応をしていたんですね、知りませんでした。

この件については引き続き調べていたんですが、The economistの記事でintelswimmerさんと同じような見解が述べられていて参考になりました。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/399

intelswimmerintelswimmer 2009/02/16 09:12 homehomeさん、どうもです。

the economist、いいですよね。

イスラエル・パレスチナ問題についてはよく特集が組んであって、僕も読んでいます。

というか、僕が書いたような見方はヨーロッパのメディアでは比較的スタンダードだと思います。

現地行って、統計なんかもちゃんと読めばたどり着ける構図なので。

日本の報道のあり方を見ると、客観性に欠けるというか、最初からどちらか側に立って報道しているものが多すぎると感じます。

僕が前回論文書くためにパレスチナに取材に行ったとき、ハマスの中堅幹部に「お前は日本人なんだから日本人としてこの問題を理解しろ、俺達は俺達の戦場を戦っているんだから、お前はお前の戦場で戦え」と言われました。

報道でも日本人として、冷静にイスラエル・パレスチナ問題を見るべきではと思います。それが最終的に彼らのためにもなるのではないでしょうか。

intelswimmerintelswimmer 2009/02/23 00:29 >fujiさん
はじめまして。

たぶん、イスラエル・パレスチナ問題は2国家併存プラン以外に落としどころはないと思うんですが、その場合どうしてもガザをどうするかが課題になってくると思うんですよね。イスラエルがエジプトの民主化を外部から見える形で直接後押しするようなことはないと思いますが、間接的にそう仕向けて「ガザをエジプトに押し付ける(吸収させる)」のではないかと思っています。

その場合、条件になるのが「エジプトの民主化」だろうということです。

で、そのときにfujiさんの仰るように、クルアーンで示される「ジハード」の概念に由来する、イスラエル敵視条項をどうするかが一番の難題になりますよね。

正直、ここはどう解決できるのかは自分もよく分かりません。

安易にイスラエルと妥協すれば民衆は離れ利権で社会が分裂しますし、強硬に張り合い続けても社会の持続的な発展は見込めません。来るべきパレスチナのリーダーは、このバランスを見極めなくてはなりません。

これから和平推進派のファタハと徹底抗戦主義のハマスの間で支持を争う内戦のようになって、パレスチナ社会全体がこのあたりの課題を社会的に解決する方向に行くのではないでしょうか。

もちろん、優れたリーダーが現れなければ、内部分裂が続いて今のような状況が続く可能性もあると思います。

そういう点では、2国家併存プランが実現するとしてもまだ2世代ぐらいかかるかもしれませんね。

intelswimmerintelswimmer 2009/02/28 16:42 zames_makiさん、こんにちは。
最初のコメントの1と3のハマスの殲滅については、それ自体が達成できない戦略目標だからです。
ハマスという確固たる組織があるわけではなく、「ハマス」は、ハマスの考え方に同意する人々によって支えられる運動だと考えたほうがより実態に近いと思います。

軍隊同士の戦争では、相手の組織を壊滅状態にできれば勝利ですが、ハマスは軍隊ではなく運動なので、それを壊滅状態にするのは非常に困難です。軍事的な手段でそれが可能なら、すでにイスラエルはその目標を達成しているでしょう。

2のイスラエル軍の軍事的な手段については、エントリでご紹介した週刊オブイェクトの解説記事などをご参照ください。

http://obiekt.seesaa.net/article/114180739.html

後で投稿されたのコメントのBBCとNHKの違いについては、個別の情報が正しい/間違っているというよりは、ひとつひとつの情報を伝える上で「問題の全体像」があるかどうかの違いですね。

NHKの場合、エントリにも書いた通り以前はそうした全体像を持つ人が報道を仕切っていたと思うのですが、今はひとつひとつの情報が細切れに伝えられているような印象を受けます。

このへんはBBCとNHKの取材力(組織の体力)に由来するものだと思います。
以前、レポーターが拉致されたことでも分かる通り、BBCはガザに普段記者を派遣していると思いますが、NHKにはそれはできないでしょう。

パレスチナ難民の帰還については、理想論と現実論を分ける必要があると思います。
もちろん理想は難民の帰還だと思いますが、それは事実上不可能でしょう。もしそれをやるなら、逆にイスラエル人の虐殺をする必要があります。

パレスチナ人に聞いても、そこを否定する人はいませんが、難民の帰還を「和平の前提」とするか「和平の結果」とするかは人によって大きく分かれます。

自分が聞いた中では、自分の生活の安定を求めて「和平の結果」としたい人も多いように感じました。

利権で私腹を肥やす和平推進派のファタハにも一定の支持が集まるのは、やはり平和を求める人がそれなりにたくさんいるからではないでしょうか。

zames_makizames_maki 2009/03/02 03:09 intelswimmerさん真面目な返答ありがとうございます。同意する訳ではありませんがわかりました。
しかし難民の帰還は必ず実現するでしょう、その時期とプロセスがどうなるかは判りませんが。その行き着く先はアパルトヘイトを放棄した南アフリカの状況ではないでしょうか?

intelswimmerintelswimmer 2009/03/02 09:09 zames_makiさん、仰るとおりだと思います。

現状でも既にアパルトヘイトやホロコーストのような状態になっています。これはパレスチナ人にとってはもちろん、イスラエルの将来にとってもいいことだとは言えないと思います。

2国家並存プランも、それ以外に現実的な出口がなさそうだという点で「1手先を読んだ戦術」として評価できると思いますが、それ以降の話で考えると、そのパレスチナ国家が親イスラエルであり続けることは極めて難しいでしょうから、根本的な解決策にはならないと思います。

この場合、イスラエル側には聖地エルサレムをイスラム教徒にも開放するなど、大幅な譲歩が必要となると思いますが、その調整がイスラエル国内で行うのは極めて難しいのではないかと思います。