2008-10-27
■『ただ歩いてただけで逮捕』なわけないじゃん。

痛いニュース(ノ∀`) : 「麻生首相の自宅を見に行こう」 ネットで呼びかけ無届けでデモ、男3人逮捕 - ライブドアブログ
麻生首相の豪邸を見に行くと逮捕される - zames_makiの日記
これ、今日一日考えてみたんですが、皮肉とか戦略とかではなく本気で『我々はただ麻生の家を見ようとしただけ!』『ただ歩いていただけで逮捕された!』とか主張してるんなら相当間抜けだと思う。
更に更に、なんとフリーター全般労働組合は、麻生に団体交渉を申し入れる!! (私はフリーター労組の賛助会員)
いったい何を考えているのか? そしてそれはどんな要求なのか? 道端を歩きながらフリーター労組のX氏に突撃取材した。要求は3つあるという。
雨宮 麻生への団交の3つの要求とは?
X氏 ひとつは、中山発言あったじゃないですか、日教組、労働組合潰せという。これは労働組合への団結権に対する侵害、介入。その任命責任を問う。
雨宮 2点目は?
X氏 2点目はプレカリアート。自営業も含めたプレカリアート層の生活状況を改善させる。実際就任早々に若者の非正規問題のだしてて。くだらない内容の。それだったらちゃんと生活保障とか完全雇用とか、ベーシックインカムの要求とか、そういうこと。
雨宮 3点目は。
X氏 戦争と貧困に引き摺りこんでいるアメリカへの戦争協力。これをやめろと。
雨宮 素晴らしいですね(笑)。
X氏 マトモでしょ(笑)?
「反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉08」の“プレイベント”として企画され、上記のように旗色を鮮明にしている団体が参加している今回のツアーが“デモではない”?あれだけ麻生を揶揄する内容の横断幕やプラカード、人形なんかを用意していたのに?
もしこれが『政治的示威行動』でないとしたら、一体何を『デモ』と呼べば良いのでしょう?んでもって、警察が今回の「リアリティツアー」を潰したのもこれ(主催者&一部参加者の政治性)が原因だってのは傍から見ても明らかでしょう?
彼らが潰されたのは『麻生の自宅を見にいこうとしたから』でも『ただ集団で歩いてたから』でもなく、『明確な政治性を持って行動したから』に他なりません。
んでね。もうめんどくさいので本題に入るんですが、今回の件で何が一番違和感があるかって、当の「被害者側」が一生懸命『これは政治行動じゃないんですよ〜。ただの“見学ツアー”ですよ〜。遠足みたいなもんですよ〜。』と自らの政治性を否定するかのような主張をしているところ。
もう馬鹿かと。
そんなの上の発言とかJANJANに載ってる写真なんかを見れば“大嘘だ”って一発でばれるでしょう。これは明確な『政治的示威行動』として企画され、まさにそのように実行されようとしたわけですよ(警察の妨害によって実現しませんでしたが)。だからこそ警察に潰された。『明確な政治性を持った行動』だったから。本当の問題はここでしょう?
『明確な政治性を持った行動』が『警察の横暴』によって『理不尽に潰される』。今までの反戦デモや反貧困デモと全く同じ構図です。今回の“リアリティツアー”も、北海道の“反G8サウンド・デモ”も、同じ内容の政治的主張を意図し、同じように警察の妨害にあっているわけで、ここから見れば警察の姿勢や問題点は明らかじゃないですか。
つまりこれは明確な「政治的抑圧」の事例であって、警察を批判するならばまずそこを主題に据えるべきだということです。
僕は彼ら(リアリティツアー側ね)を、その『政治性』ゆえに支持するし、だからこそ、それに対する警察の対応は横暴かつ理不尽ものだと考えているわけです。問題は『政治的対立』であり、争点はそこのはず。
しかし、当の「被害者側」が、(本気でそう思ってるのか、それとも事前に申請をしなかった不備を突かれたくないのかは知りませんが)自分たちの『政治性』を否定しようとするならば、その重要な争点を自ら破棄することになります。
そのような“ヘタレ”を支持する気にはなりません。だって、もしこのツアーが成功していたら、さも自分達の政治的アピールが成功していたかのように告知するつもりだったんでしょう?それが失敗したからって、いきなり『いやー、ただの見学ツアーであって、政治的な行為ではないんですよ。』なんて通用するはずないじゃないですか。そんなみみっちいことしないで下さいよ。頼むから。
2008年10月27日 id:y-yoshihide メタブクマ 本来ならきちんとこれはデモだと主張した上でデモの許可制の是非と逮捕の正当性を問うべきなのに、なんか「歩いただけで」なんていう稚拙な言い訳に終始する主催者に乗っちゃってる人が多いことにもにょる。
2008年10月27日 id:zaikabou 私は“無届のデモは違法”ってのは不当って立場だけど、「『ただ歩いてた』だけじゃないから被逮捕者にも責任あり」、というより、それを『ただ歩いていた』と表現する心性との距離感というかなんというか
というブクマコメントと全く同感です。
今回の件は(報告されている情報や動画を参照する限りにおいて)、警察による逮捕は不当であり、デモが許可されていなかったとしても、逮捕の不当性は揺るぐことはありません。ですから、“リアリティツアー側”は、堂々とその政治性をアピールして欲しいと思います。
ちなみに。
アキバデモの時は、主催者側が一生懸命『これはデモですよ!』と告知し、かつ警察にも申請し許可を受けた“公権力お墨付き”の立派な『デモ』だったわけですが、批判者から「あんなのはデモじゃねえ!」と非常に厳しい声がたくさん挙がりました。今回のケースはその逆。
『デモ』って一体なんなんでしょうね?
あと、やっぱり『デモ』をやる以上は申請した方が良いと思います。理由は『某非モテ活動家』(id:furukatsu)のプライベート発言から引用。
いやー、やっぱなんだかんだ言って国家権力って怖いじゃん?自分が逮捕されるとかはまだ覚悟してるからいいんだけどさ、来てくれた人が逮捕されちゃったりするのはやっぱり嫌だからねぇ。主催者として。
その時は「活動家」にあるまじき小心者だと思って笑ってたけど、でも参加者のリスクを出来るだけ減らしたい、という考えは正しいと思う。警察に申請したところで大して役にも立っちゃくれないし邪魔ばっかりするんだけどさ・・・。
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- 1270 http://www.sanctuarybooks.jp/sugoi/blog/index.php?e=202
- 1242 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 766 http://d.hatena.ne.jp/
- 223 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/inumash/20081027/p1
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およそこうした事に関わった事のない人は少しでも何かを主張すれば、それがひどく政治的で警察に監視されかねないと感じるのでしょうね。でもそんなものではないですよ。この事件が、ネットでただ眺めているだけの人に、そうした政治に関する感覚を身につけるきっかけになればと思います。
へ〜勉強になりますねぇ… でも届け出は大人ならしようね。
ってかこの人等敵意丸出しだから。
動画とテレビ報道を見ましたが、今回の件で私が一番違和感を持つのは当然おまわりさんたちの横暴です。二番目に違和感を持つのは、逮捕された側をなんだかんだ理由つけて――こじつけて――disる人たちです。
別に逮捕された側に文句があるのはいいんですが、それが一番ってねえ、どうでもいいことじゃないですか?逮捕の妥当性の問題に比べれば。なんというトリビアリズムとでもいいましょうか、こういうのが蔓延してる状況が二番目に違和感ありますね。いつものことですが。
まあ私が逮捕された側の人たちにたいした興味がないからこそなのかもしれませんが。公権力の実力行使のされ方より逮捕された側の人たちに関することばかりに目が行く人たち―――まあ意図的ないわゆる「自称中立」や「妖怪どっちもどっち」な場合が多いでしょうけど―――の感覚にはついて行けません。
本気で逮捕された側をdisる意図を持ったアンチサヨ的「どっちもどっち」の方々とinumashさんが違うのはよくわかりますし、私もinumashさんと似たような感覚を持ってもいますが、それでも。逮捕された側がどうしたこうしたなんて私の中では超小さい話です。
>僕は彼ら(リアリティツアー側ね)を、その『政治性』ゆえに支持するし
>そのような“ヘタレ”を支持する気にはなりません。
逮捕された側にたいした興味のない私からすると、どうでもいいんですよね。「支持」するしないとかなんて。そんなことより「なんだよ、おまわりさんたちのアレって!?」なんですが。
いやまあ、人の関心の行き先は人それぞれでいいとは思うんですが、私としては今回の件に関して何が「一番」かというとやはりダントツで「おまわりさんたちのアレ」だろうと言うべきかと思ったということで。
当日のテレビ報道(で私はこの件知ったんですが)では「警察官を殴ったり蹴ったりして公務執行妨害で逮捕」的な報道でした。それに対して、「殴ってもないし蹴ってもないし、物理的には<ただ歩いてただけ>で逮捕されちゃったんですよー!」ってことでしょう。
「政治性がない」という意味でも、「政治性を捨て去った」ということでもないと思いますけど。逮捕された理由が「警察官を殴ったり蹴ったりして公務執行妨害」とされているから、んなことしてないですよー!何も悪いことしてないですよー!物理的には、周りにあるものを破壊したわけでも周りにいるおまわりさんに危害を加えたわけでもなく、「ただ歩いてただけですよー!」ってことでしょう。
「ただ歩いてただけ」が否定しているのは「警察官を殴ったり蹴ったりして公務執行妨害」であって、自分たちの行動の政治性やデモ性ではないでしょう。
許可制or届出制がおかしいって話をおいておいたとして、東京都で
警察の許可が必要なのは基本的に公道を歩くときだけだったように思います。
それに、歩き出す直前に主催者と警察が打ち合わせをしてるので
事前に申請をしなかった不備をつかれたくないわけではないはず。
「ただ歩いただけ」っていう表現は耶麻奸さんがおっしゃるように
報道を否定しているだけで、自身の政治性の否定ではないんじゃないかな。
そんなたまじゃないっていうか笑。
表現がまずいっていう意味では批判は当たるように思いますが。
↓主催者と警察との打ち合わせ模様。
http://jp.youtube.com/watch?v=VukCiIa0BDc
いらっさいませー。とりあえず、ブログ主がどのような人物かは過去ログを漁ってみると宜しいかと思います。
「デモ」でブログ内検索してみれば、
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20070501/p1
こんなのとか
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20060718/p1
こんなのとか
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20060914/p1
こんなのが見つかるはず。
反戦デモはもとより、反貧困デモやその他周辺のデモに参加したのも一度や二度ではありません。雨宮さんがDJやったデモに参加したこともありますよ。要するに、僕は貴方の隣でデモに参加していてもおかしくない人間だってことです。
自分とは違う意見を、ただ『現場を知らないからだ』と結論付けようとするのは視野狭窄ではないかと思います。貴方と同じものを見て、同じ経験をしたとしても、他者が同じ結論に至るとは限りませんので。
ちなみに。
>およそこうした事に関わった事のない人は少しでも何かを主張すれば、それがひどく政治的で警察に監視されかねないと感じるのでしょうね。でもそんなものではないですよ。
これ本気で言ってます?もしそうなら少し気をつけたほうがいいですよ。
脅しでもなんでもなく、ワーキングプアやロスジェネなど、反貧困を掲げるデモに関しても警察(公安)はチェックしています。今回の不当逮捕がそうであったように、その暴力がデモ隊に向かう可能性は決して否定できません。
自分達の活動を“緩い”と自認するのは自由ですが、権力の側もそう思うとは限りません。そのくらいの認識はしておいた方が無難です。
僕も『デモ』だと思いますよ。でも、「届出は絶対に必要」とかは思いませんけどね。何かあった時のリスクを踏まえて、手続きは出来るだけ正式なものにしえおいた方がいい、とは思いますが。
誰に向けてのコメントか分からないんですが、『この人等』というのはデモ隊のことでしょうか?それとも警官ですか?それとも僕?
3人が監禁されている状況だってこと踏まえろよ。
東京都公安条例ってどれだけの治安法かと知って言ってんだろうな。
政治性をつきだすべきだあ? ばかかと。お前がやれ。
そんなん知ってて言ってるに決まってんじゃん。公安条例が設立された本来の目的から逸脱し政治的抑圧の道具に成り下がってることくらいデモに参加したことがある奴だいたい知ってるでしょ。
ほんとムカつくから書くけどさ。
「3人がなんで監禁されてるのか」という理由をもっと考えろよ。
「自分の物言いがどんな機能を果たすか分かってない」っていうのはそれに対して僕が上で言ってることで。あれだけ自分達の政治性を垂れ流しといて、今更「ただ麻生の家に行こうとしただけ」なんて言っても誰も信じないでしょ。現に被害者側に不振感を感じる人を増やす結果になってしまった。
だから俺は「いやいや、正面から語ろうよ。俺は貴方たちをちゃんと支持するぞ。」と書いてるわけ。「(デモを申請しなかったという)手続き上の不備は今回の不当逮捕を正当化しない」とも書いてるよね?
そりゃシンプルに「警察酷い!」って憤ってりゃ都合が良いのかもしれないけどさ、でも違和感を感じるものに対して、それをはっきり指摘できないようならそんな活動は支持できないよ。
あと、こういう場合の「自分の物言いがどんな機能を果たすのか分かっていない」という物言いは「俺達に不利に働くから黙ってろ」というように解釈されるのが大半。本意じゃなくてもね。
だから貴方も「自分の物言いがどんな機能を果たすのか」をもっと考えた方がいいと思うけど。
とりあえず、んなこと揶揄する暇があったら自分でブログでもつくって持論展開すりゃいいのに。
こんなところでバカだとなんだの呟いてるよりはよっぽど理解が得られると思うよ?
やはりデモ側の都合のいいように宣伝されていたようです。
http://nalsus.blog5.fc2.com/blog-entry-172.html
ここを見ると、「公妨だ!」という言葉はプラカードを持っていた男性ではなく、警官に襲い掛かってきた人物に対して発せられています。
しかし最初に公開された動画ではそちらは映っていなかったため、まるでプラカードの男性に対して公務執行妨害を適用しているように見えました。
デモ側はこれを利用して不当逮捕と言っているんですね。
実際には公妨と言われているほうは確かに警察官に掴みかかっています。
プラカードの男性も、事前に渋谷署から出されている「大きな声を出さない」という注意を平然と無視しています。
あの様子を「何もしていないのに逮捕」と表現するのはどう考えてもおかしいでしょう。
それに「大声ださない。がんがん音出して」云々という制服の事前の注意は注意であって、それに違反してると制服が判断すれば警告するでしょう。警告ってのはね、何の法律・条例に違反するおそれがあるのか時間を告げながら行われるものです。それに通常は一度の警告でいきなり逮捕することはありません。でも実際には一切警告してませんよね? 信号待ちしてるところで制服は黙って見ているのが分かります。私服がプラカの人をいきなり拘束開始、ってのがことの発端。どこをどう見たら「一般人」のような悪意の解釈ができるのか不思議でしょうがありません。
基本認識としては「一般人2」さんの状況認識が正しいと思いますよ。今回の逮捕はの不当性は明らかですし、デモの申請があろうとなかろうとあのような行為は許されるものではない。
大体、申請して許可を受けたデモであっても“あの手”の不当逮捕は珍しくないんです。だから、今回の警察(公安)の行為に関しては一切擁護することはできない、と僕は考えます。
「悪意をもった解釈」かどうかはわからないですけど、実際にデモやってて目の前で人が“さらわれる”そこまでレアケースではなく、さらに被害者側に落ち度があるケースは稀である、ということは事実です。残念ながら共通認識にはなっていませんが。
今回の一連の騒動を受けて僕が思ったのは、今までなんとなくお目こぼしされてきた“ワーキングプア”“ロスジェネ”関係の運動を、警察(公安)が本格的に潰しにかかってるんだな、ということ。北海道反G8の時に引き続きの逮捕なわけですから。
周りを見渡しても他に活発に活動している運動体はないわけですし、そうなるのもまあ予測できていたことではあります。多分、これまで以上に制約が厳しくなるでしょう。
そうなったとき、運動体としてどのような対応をするのか、ということが重要だと思うのですが・・・。
同感です。しかし、だからこそ、inumushさんの主張の展開の仕方に疑問があります。しつこいようですが重要な論点なので再度コメントします。
>彼らが潰されたのは『麻生の自宅を見にいこうとしたから』でも『ただ集団で歩いてたから』でもなく、『明確な政治性を持って行動したから』に他なりません。
おっしゃるとおりです。ですが、繰り返しますが明確な政治性をもって集団で行動したからといってそれはデモとは限らないのではないでしょうか。そして、「歩いていただけ」=「政治性の否定」は成り立たなくないですか。例えば、Women In Blackは、ただたっているだけで政治性を帯びていたかと思うのですが、いかがでしょうか。
なぜここにこだわるかというと、「歩いていただけ」=「政治性の否定」という等式が「デモではないけれども政治的に歩く」というような「デモではない明確な政治性をもった集団行動」の可能性を縮めてしまうこと、ひいてはそれが公共空間での政治的な集団行動をすべてデモ(東京都公安条例が言うところの集団示威行動)に収斂させてしまうのではないかと懸念しているんです。
公安条例がある以上、「公共空間で明確な政治性をもって集団で行動」=「デモ(集団示威行動)」としてしまうことは、そのような行為はすべて警察の許可が必要である、ということになってしまいます。
今回のケースがデモであったかどうか、という個別の文脈に依拠した議論をなさっていることは重々承知しています。しかし、inumushさんの書き方だと「「明確な政治的意図があるので」このリアリティー・ツアーはデモ」とも読めるのでその点、気になりました。
お暇なときにでもお返事いただけるとうれしいです。
失礼。しばらくここ放置しておりました。
僕は「デモである(でない)」ということはどうでもいいことだと思っています。重要なのは「政治性故に弾圧された」という部分ですので。
>公安条例がある以上、「公共空間で明確な政治性をもって集団で行動」=「デモ(集団示威行動)」としてしまうことは、そのような行為はすべて警察の許可が必要である、ということになってしまいます。
とありますが、そうなっているのが現状でしょう。そして、その「政治性」を決めるのは行為主体ではなく、それを取り締まる側、つまり警察であり公安である、という部分が問題の根源です。
問われるべきはそこです。その恣意性を問うべきであって、「これはデモではない。政治的行為ではないから、許可は必要ではない」というロジックは、その問題点をぼやかすものだと僕は考えます。
そこが解決されない限り、如何に「政治性」を否定しようとも
『公共空間での政治的な集団行動をすべてデモ(東京都公安条例が言うところの集団示威行動)に収斂させてしまう』というリスクは決して消えないんじゃないですか?
デモであろうがなかろうが、いかなる「政治性」においても個人が逮捕・拘束されるような事態はあってはならない。しかも、それが明確な「法」に則ったものではなく、いち行政機構に過ぎないはずの警察組織によって恣意的に行われるのであれば尚更です。
警察側の主張に“乗ってしまう”形で張られた「これはデモではない」という擁護の論陣は、どうにも本質を外しているように僕には思えるのです。
「歩いていただけ」あるいは「これがデモでない」という言明が政治性を否定したってことになるのかな、と思うんですよね。僕はこの「歩いていただけ」とか「デモではない」というのは政治性の否定ではなく、逮捕する必然性がないという意味で解釈していました。
公安条例の第一条をみれば、集団示威行動はどこでやるにしても許可が必要と書いてありますが、実際は、第六条を踏まえて例えば車道を占有するとかそういう事情がない限りゆるく運用してきたというのがこれまでだと思います。一応、建前上は集団示威行動の政治性ではなく、交通事故起きたらまずいっしょっていうのが条例の趣旨ですからね。
ですから、
inumushさん wrote===
>公安条例がある以上、「公共空間で明確な政治性をもって集団で行動」=「デモ(集団示威行動)」としてしまうことは、そのような行為はすべて警察の許可が必要である、ということになってしまいます。
とありますが、そうなっているのが現状でしょう。
====
というのは、今回の一件で一線を超えたなーという感想を持ちました。たとえ政治性を帯びた公共空間での政治的な行動というのはこれまで警察の届出なしに行われてきたわけですからね。これからも行われるでしょうがやはりちょっと萎縮しちゃうところはすでに出てきているかと思います。
inumushさん wrote===
>警察側の主張に“乗ってしまう”形で張られた「これはデモではない」という擁護の論陣は、どうにも本質を外しているように僕には思えるのです。
===
これは条例がどのようにも解釈できる以上、救援側をせめるのは酷かなとも思います。手の内を警察にみせてしまうのは逮捕者が出ている状況では避けざるをえないかなと。
公安に監視されている以上、ネットでの救援隊のロジックと法的なロジックってのは往々にして違ってきますから。
ただ、「歩いていただけ」、「デモではない」という表現が事実、誤解を招いているわけで、「民主主義国家においては市民が政治的な主張をする権利は最大限尊重されるべきものであって、今回の事例はそれが制限されるような事案ではない」というようなことははっきり言った方がよかったと思います。
まあ、ほな政治的やったら届出が必要なんか、逮捕されてもしゃーないんかって話になるのはよくわかるし、むしろ「政治的だからこそ逮捕すべきでない」と言うべきだってのはその通りですからね。
「歩いていただけ」あるいは「これがデモでない」という言明が政治性を否定したってことになるのかな、と思うんですよね。僕はこの「歩いていただけ」とか「デモではない」というのは政治性の否定ではなく、逮捕する必然性がないという意味で解釈していました。
公安条例の第一条をみれば、集団示威行動はどこでやるにしても許可が必要と書いてありますが、実際は、第六条を踏まえて例えば車道を占有するとかそういう事情がない限りゆるく運用してきたというのがこれまでだと思います。一応、建前上は集団示威行動の政治性ではなく、交通事故起きたらまずいっしょっていうのが条例の趣旨ですからね。
ですから、
inumushさん wrote===
>公安条例がある以上、「公共空間で明確な政治性をもって集団で行動」=「デモ(集団示威行動)」としてしまうことは、そのような行為はすべて警察の許可が必要である、ということになってしまいます。
とありますが、そうなっているのが現状でしょう。
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というのは、今回の一件で一線を超えたなーという感想を持ちました。たとえ政治性を帯びた公共空間での政治的な行動というのはこれまで警察の届出なしに行われてきたわけですからね。これからも行われるでしょうがやはりちょっと萎縮しちゃうところはすでに出てきているかと思います。
inumushさん wrote===
>警察側の主張に“乗ってしまう”形で張られた「これはデモではない」という擁護の論陣は、どうにも本質を外しているように僕には思えるのです。
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これは条例がどのようにも解釈できる以上、救援側をせめるのは酷かなとも思います。手の内を警察にみせてしまうのは逮捕者が出ている状況では避けざるをえないかなと。
公安に監視されている以上、ネットでの救援隊のロジックと法的なロジックってのは往々にして違ってきますから。
ただ、「歩いていただけ」、「デモではない」という表現が事実、誤解を招いているわけで、「民主主義国家においては市民が政治的な主張をする権利は最大限尊重されるべきものであって、今回の事例はそれが制限されるような事案ではない」というようなことははっきり言った方がよかったと思います。
まあ、ほな政治的やったら届出が必要なんか、逮捕されてもしゃーないんかって話になるのはよくわかるし、むしろ「政治的だからこそ逮捕すべきでない」と言うべきだってのはその通りですからね。
『歩いていただけ』という主張だけならそうでしょう。しかし、あれを擁護するひとたちは、雨宮さんの煽りに乗る形で『これはデモではないのだ!だから許可はいらないのだ!ただのリアリティツアーだから』と繰り返してましたよね。
もしかしたら、そう主張している人たちは「政治性の否認」を意図していないのかもしれません。しかし「受け手側」はそうは思いませんよ。彼らの活動の文脈を相当程度共有している僕ですら『この言い訳はキツイ』と思ってしまったわけで。
その辺は個々に解釈の幅があるのは事実ですが、少なくとも『ただ歩いていただけ』という主張に違和感を感じる人は(普段彼らに親和的な人でも)少なくないと思います。
それが本質的な問題なのか、それとも単に戦術レベルのミスなのかはわかりませんけれども。
それから、僕は警察・公安の今回の対応が『一線を越えた』とは思いません。以前からあの手の強引な逮捕・拘束はありましたから。
例えば、イラクに空爆を開始した当日、100人以上の人がアメリカ大使館の前に“許可なく”集まって抗議活動を行ったわけですが、公安は何の警告もせず、また特別な理由もなくその辺にいた人をさらっていきました。反戦デモの際も似たようなことは何度もあります。
僕が思うに、今回の件は、“警察・公安の肥大化”というものではなく、反貧困・ロスジェネ関連の運動が明確に潰す対象として認識されたということなんだと思います。公安・警察のやり口としては、ある意味“いつも通り”でしょう。
そのような“前提部分”を「知らない振り」をして突破、あるいは告発しようとするのも戦術としてはありでしょう。ただ、その辺は色々な人に見透かされてしまっているように思います。
であれば、正面から、今回の件だけではなく、これまでの警察・公安の問題点を包括する形で正面から問題提起をするのが妥当なやり方じゃないのかなー、と思うわけです。