プラバスタチン知財高裁大合議判決:プロダクト・バイ・プロセスクレーム

平成24年1月27日判決 平成22年(ネ)第10043号 特許権侵害差止請求控訴事件
知財高裁特別部(中野哲弘裁判長,飯村敏明裁判官,塩月秀平裁判官,滝澤孝臣裁判官,東海林保裁判官)
判決全文


プロダクト・バイ・プロセスクレームに係る発明の技術的範囲について

    • 「本件のように『物の発明』に係る特許請求の範囲にその物の『製造方法』が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。/もっとも,本件のような『物の発明』の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,法36条6項2号にも反しないと解される。/そして,そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,『物』一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。
    • 「ところで,物の発明において,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合,このような形式のクレームは,広く『プロダクト・バイ・プロセス・クレーム』と称されることもある。前記アで述べた観点に照らすならば,上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには,『物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき』(本件では,このようなクレームを,便宜上『真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム』ということとする。)と,『物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき』(本件では,このようなクレームを,便宜上『不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム』ということとする。)の2種類があることになるから,これを区別して検討を加えることとする。 そして,前記アによれば,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,『特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物』と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,『特許請求の範囲に記載され53た製造方法により製造される物』に限定されると解釈されることになる。/ また,特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと,物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において『物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である』ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。」

ゆうメール商標事件

平成24年1月12日判決 平成22年(ワ)第10785号 商標権侵害差止請求事件
東京地裁民事第47部(阿部正幸裁判長,志賀勝裁判官,小川卓逸裁判官)
判決全文

  • 事案の概要
    • 本件は,本件商標権(登録商標:ゆうメール,指定役務:各戸に対する広告物の配布,広告,市場調査,商品の販売に関する情報の提供,広告用具の貸与)を有する原告が,被告が本件商標と同一又は類似の標章を本件商標権の指定役務と同一又は類似の役務に使用し,本件商標権を侵害しているとして,被告に対し,商標法36条1項に基づき上記標章の使用の差止めと,同条2項に基づくスタンプ等の廃棄を求める事案である。
  • 争点
    • 被告が被告各標章を被告各役務に使用することが,原告の本件商標権を侵害するか(争点1)
      • 被告各役務は,本件商標権の指定役務である「各戸に対する広告物の配布,広告」と同一又は類似の役務であるといえるか(争点1−1)
      • 本件商標と被告各標章は同一又は類似の商標であるか(争点1−2)
      • 被告が被告各標章を用いて提供する役務が,法2条3項の使用に該当するか(争点1−3)
    • 本件商標は,商標登録無効審判により無効にされるべきもので,原告の本件商標権の行使は許されないか(争点2)
    • 原告の本件商標権の行使が権利の濫用に当たり許されないか(争点3)
  • 争点1−1
    • 原告の主張
      • 被告は,被告各役務の利用条件として,内容品を確認できるよう求めており,配達物が広告物であることも認識してこれを受領し,配布している。さらに,被告は,広告物の企画,プロモーションにまで手を広げ,自らの配布役務の中に取り込んで積極的に役務の提供を行っている。よって,被告各役務は,「各戸に対する広告物の配布」「広告」にあたる。
    • 被告の主張
      • 被告各役務は,配達可能な荷物を広告物であると否とを問わずに配達するものであり,広告物の配達の用にのみ供されるものではない。また,配達の相手先も特定の者であるから,「不特定の者にひろくくばる」ことを意味する「各戸に対する広告物の配布」にはあたらないし,「広告」にもあたらない。
    • 裁判所の判断
      • 被告各役務の配達の対象が広告物であるときは,被告各役務は,(利用者の指定した)荷受人の住所又は居所に広告物を配り届ける役務である。他方,本件指定役務の「各戸に対する広告物の配布」とは,広告物を広く行き渡るように家々に配ることを意味するから,両役務は,「広告物を配る」という点において共通する。利用者が,多数の家々に被告各役務を利用すると,両役務は,広告物を広く行き渡るように家々に配るという点で,ほぼ同一の内容となる。
  • 争点1−2,1−3(省略)
  • 争点2
    • 被告の主張
      • (商標法4条1項15号該当性)「ゆうパック」という商標は,被告が提供する役務及び関連商品の商標として受容者に広く認識されており,「ゆう○○」という商標は,郵政事業に関係する商品・役務に関しては,被告又は日本郵政の使用する商標として受容者に認識されているところ,本件商標(ゆうメール)は,「ゆうパック」と類似していること,郵政事情に関連する役務に用いられた「ゆう○○」という商標であることから,被告の役務であるとの出所混同のおそれがある。なお,原告には不正の目的が認められる。
      • (商標法4条1項7号該当性)上記のとおり,本件商標は,被告の商標と類似するなどしていることから,原告の本件商標登録には不正目的がうかがわれる。また,郵政公社が原告との共同事業を検討しなかったところ,原告は,被告が「ゆうメール」の商標を使用した後に,自ら使用実績を作った上で差止めを求めている。これらの事情からすれば,本件商標は,公序良俗を害するおそれがある。
      • (商標法4条1項19号該当性)上記のとおり,原告には不正の目的がうかがわれる上,本件商標により,「ゆうパック」と「郵政公社」との一対一の対応関係が崩されるから,他人の周知商標と類似するものである。
      • (商標法4条1項16号該当性)「ゆう」の語を含む本件商標を使用すると,被告の「ゆうパック」と質の異なる役務が,あたかも郵便を利用した役務であるかのごとく役務の質について誤認を生ずるおそれがある。
      • (以下省略)
    • 原告の主張(省略)
    • 裁判所の判断
      • (商標法4条1項15号該当性)
        • 「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,いわゆる広義の混同を生ずるおそれがある商標が含まれると解するのが相当であり,「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定役務と他人の業務に係る役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁参照)。
        • 本件商標登録時,「ゆうパック」は,全国的に著名な商標となっていたことが認められる。
        • しかし,「ゆうパック」と「ゆうメール」とは,外観は「ゆう」が共通するだけで全体として異なったものであり,呼称は異なり,その概念も,「ゆう」だけではいかなる観念が生じるか直ちに明らかではなく,「メール」「パック」の観念は異なる。したがって,両商標は類似性が乏しい。
        • 「ゆう」自体,ひらがな二文字から構成される短い言葉であること,「郵」以外にも「ゆう」に対応する漢字が多数考えられること,などから,必ずしも「ゆう」が「郵」を意味するとはいえない。
      • (商標法4条1項7号該当性)
        • 原告が,本件商標の登録出願をした…当時において,郵政公社が「ゆうメール」の標章を同社の役務に使用することについて具体的な話がされていたことをうかがわせる事実は認められず,また,近い将来において,郵政公社が「ゆうメール」の標章を使用する可能性を予想させる事情も認められず,さらに,「ゆうパック」と本件商標とが類似しないことをも併せ考慮すると,原告による本件商標の登録出願に,不正の目的があったと認めることはできない。
        • 郵政公社は,被告標章1(ゆうメール)について,指定役務を第35類の広告等として商標登録を出願し,本件商標の登録があることを理由にその出願が拒絶されたにもかかわらず,郵政公社から事業を引き継いだ被告は,本件商標と同一又は類似の標章である被告各標章を,本件指定役務と類似する役務について使用している。他方,原告は,Aに対し,本件商標権について通常使用権を許諾し,Aは,本件商標を使用し,広告物を配布する役務を提供しており,また,原告自身も,本件商標を使用し,広告物を配布する役務を提供している。このような事実経過にかんがみれば,現時点において,被告各標章が被告の役務を表すものとして周知・著名になっているとしても,本件商標は,被告が被告各標章の使用を実際に開始する4年以上前に,…不正の目的なく出願されたもので,しかも,その後,実際に使用されているものであるといえるから,本件商標が事後的に公序良俗に反するものになったと認めることはできない。
      • (以下省略)
  • 争点3(省略)

へんしんふきごま事件控訴審判決:「折り図」の著作物該当性等

平成23年12月26日判決 平成23年(ネ)第10038号 損害賠償請求控訴事件
知財高裁第3部(飯村敏明裁判長,池下朗裁判官,武宮英子裁判官)
判決全文

  • 事案の概要
    • 折り紙作家であるXが,Yに対し,Y制作に係るテレビドラマの番組ホームページにY折り図(説明文を含む。)を掲載したYの行為について,Y折り図は,X書籍に掲載された本件折り図(説明文を含む。)を複製又は翻案したものであり,YによるY折り図の作成及び本件ホームページへの掲載行為は,Xの著作物である本件折り図についてXの有する著作権(複製権ないし翻案権,公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)の侵害に当たる旨主張し,損害賠償及び謝罪文の掲載を求めた(予備的に,不法行為の主張)。
  • 原判決
    • 原判決は,本件折り図の著作物性を認めたが,Y折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴部分を直接感得することができないとして,YによるY折り図の作成及び本件ホームページへの掲載行為は,Xの複製権ないし翻案権及び公衆送信権のいずれの侵害にも当たらない,同一性保持権及び氏名表示権のいずれの侵害にも当たらないと判断し,Xの主位的請求は理由がないとした(不法行為の主張も排斥)。
  • 控訴審の判断
    • [原判決の理由を引用。]
    • Y折り図と本件折り図とは,上記のとおりの相違点(説明文の位置づけ,説明の表現方法,写真使用の有無,色分けの有無など)が存在し,折り図としての見やすさの印象が大きく異なり,分かりやすさの程度においても差異があることから,Y折り図は本件折り図の有形的な再製には当たらず,また,Y折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴が直接感得できるともいえない[から],Yが被告折り図を作成する行為は,本件折り図について有するXの複製権ないし翻案権を侵害しない。
    • 著作権法により,保護の対象とされるのは,「思想又は感情」を創作的に表現したものであって,思想や感情そのものではない(著作権法2条1項1号参照)。Xの主張に係る「32の折り工程のうち,10個の図面によって行うとの説明の手法」それ自体は,著作権法による保護の対象とされるものではない。 /これら[両折り図の共通点]は,読者に対し,わかりやすく説明するための手法上の共通点であって,具体的表現における共通点ではない。そして,具体的表現態様について対比すると,本件折り図とY折り図とは,…数多くの相違点が存在する。Y折り図は本件折り図の有形的な再製には当たらず,また,Y折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴が直接感得できるともいえない。

アリカ商標最高裁判決:「商品の販売に関する情報の提供」

平成23年12月20日判決 平成21年(行ヒ)第217号 審決取消請求事件
最高裁第三小法廷(大谷剛彦裁判長,那須弘平裁判官,田原睦夫裁判官,岡部喜代子裁判官,寺田逸郎裁判官)
判決全文

  • 請求の概要
    • Yが有する商標登録につき,Xが,商標法50条1項に基づき,指定役務のうち第35類に属する本件対象役務についての不使用を理由に,本件対象役務に係る商標登録の取消しの審判を請求したところ,特許庁が本件対象役務に係る商標登録を取り消すべき旨の審決をしたことから,Yが同審決の取消しを求める事案である。
    • Yは,本件対象役務のうち,「商品の販売に関する情報の提供」(本件指定役務)についての登録商標の使用をしていると主張して争っている。
  • 事実の概要
    • Yは,自社のウェブサイトにおいて,自社が開発したゲームソフトを紹介するのに併せて,本件商標を表示して,平成16年10月12日,自社が開発に携わりAが販売するゲームソフトにつき,その発売日,プレイヤー人数,価格等を表示し,また,平成17年1月23日,自社が開発したゲームソフトに用いられた楽曲を収録したBの販売する音楽CDにつき,その内容,仕様,価格,発売日,購入方法等を表示した。利用者は,上記ウェブサイトを介して,本件各商品を販売する上記の各会社のウェブサイトを閲覧し,同ウェブサイトにおいて本件各商品を購入することができるようになっていた。
  • 最高裁の判断
    • 商標法施行規則別表において定められた商品又は役務の意義は,商標法施行令別表の区分に付された名称,商標法施行規則別表において当該区分に属するものとされた商品又は役務の内容や性質,国際分類を構成する類別表注釈において示された商品又は役務についての説明,類似商品・役務審査基準における類似群の同一性などを参酌して解釈するのが相当である。
    • 上記に説示したところを踏まえて,省令別表第35類3に定める「商品の販売に関する情報の提供」の意義について検討する。
      • 政令別表第35類は,その名称を「広告,事業の管理又は運営及び事務処理」とするものであるところ,上記区分に属するものとされた省令別表第35類に定められた役務の内容や性質に加え,本件商標登録の出願時に用いられていた国際分類(第7版)を構成する類別表注釈が,第35類に属する役務について,「商業に従事する企業の運営若しくは管理に関する援助又は商業若しくは工業に従事する企業の事業若しくは商業機能の管理に関する援助を主たる目的とするもの」を含むとしていること,「商品の販売に関する情報の提供」は,省令別表第35類中の同区分に属する役務を1から11までに分類して定めているうちの3において,「経営の診断及び指導」,「市場調査」及び「ホテルの事業の管理」と並べて定められ,類似商品・役務審査基準においても,これらと同一の類似群に属するとされていることからすれば,「商品の販売に関する情報の提供」は,「経営の診断及び指導」,「市場調査」及び「ホテルの事業の管理」と同様に,商業等に従事する企業の管理,運営等を援助する性質を有する役務であるといえる。このことに,「商品の販売に関する情報の提供」という文言を併せて考慮すれば,省令別表第35類3に定める「商品の販売に関する情報の提供」とは,商業等に従事する企業に対して,その管理,運営等を援助するための情報を提供する役務であると解するのが相当である。そうすると,商業等に従事する企業に対し,商品の販売実績に関する情報,商品販売に係る統計分析に関する情報などを提供することがこれに該当すると解されるのであって,商品の最終需要者である消費者に対し商品を紹介することなどは,「商品の販売に関する情報の提供」には当たらないというべきである。
      • なお,本件商標登録の出願時に用いられていた前記国際分類を構成する類別表注釈では,第35類に属する役務について,平成9年1月1日に発効した改訂によって,「他人の便宜のために各種商品を揃え(運搬を除く。),顧客がこれらの商品を見,かつ,購入するための便宜を図ること」が同類に属する役務に含まれる旨の記載が追加されており,その後,平成18年法律第55号により,商標の使用対象となる役務として「小売及び卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」が追加されて(商標法2条2項),これに伴い,商標法施行令別表第35類に小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供の役務が追加され,商標法施行規則別表第35類にも,接客,カタログを通じた商品選択の便宜を図ることなど商品の最終需要者である消費者に対して便益を提供する役務が商標の使用対象となる役務として認められるようになったなどの経緯がある。しかしながら,本件商標登録の出願時には,上記の法令の改正はいまだ行われていなかったのであって,上記の経緯を考慮しても,本件商標登録の出願時に,消費者に対して便益を提供する役務が,上記の法令の改正等がされる以前から定められている省令別表第35類3の「商品の販売に関する情報の提供」に含まれていたものと解する余地はないというべきである。
    • そこで,本件各行為について検討すると,前記事実関係によれば,本件各行為は,Yのウェブサイトにおいて,Yが開発したゲームソフトを紹介するのに併せて,他社の販売する本件各商品を消費者に対して紹介するものにすぎず,商業等に従事する企業に対して,その管理,運営等を援助するための情報を提供するものとはいえない。したがって,本件各行為により,Yが本件指定役務についての本件商標の使用をしていたということはできない。

ナーナニーナ商標事件:商標の類似性

平成23年12月16日判決 平成21年(ワ)第24207号等 不当利得返還請求事件
東京地裁民事40部(岡本岳裁判長,坂本康博裁判官,寺田利彦裁判官)
判決全文

  • 事案の概要(商標権に関する部分に限る。)
    • 本件商標権の商標権者であるXが,Yが化粧品,化粧雑貨等の商品にY標章を付して販売する行為は本件商標権を侵害するとして,Yに対し,商標権侵害による不当利得金返還を求めた。
  • Y標章


  • 判断
    • 商標の類似性の判断基準
      • 商標法37条1号の「指定商品…についての登録商標に類似する商標の使用」に該当するか否かの判断において,商標の類否は,同一又は類似の商品に使用された商標が外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものであるが,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず,上記3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか,又は取引の実情等によって,出所を混同するおそれが認められないものについては,これを「類似する商標」と認めることはできない。
    • 本件商標
      • 本件商標は,片仮名の標準文字で「ナーナニーナ」と左から右へ横書きにしてなるものであって,「ナーナニーナ」の称呼を生じ,特定の観念を生じない造語と認められる。
    • Y標章
      • Y標章は,小文字のアルファベットからなる「na」,「nan」及び「na」の3つの部分を左から右へ横書きにしてなるものであり,第1の部分「na」と第2の部分「nan」との間には,左方向に横転し右方向へ払うように湾曲した横長のハート形の図形(本件図形1)が配されており,また,第2の部分「nan」と第3の部分「na」との間には,左方向に横転し右方向に払うように湾曲した本件図形1より更に横長のハート形の図形(本件図形2)が上部に配され,本件図形2の左下に,本件図形2に接する縦棒状の図形(本件縦棒図形)が,本件図形2の右下に,左斜め下方向を向き右斜め上方向に払うように湾曲した本件図形1よりも小さなハートの図形(本件図形3)がそれぞれ配されている。
      • そして,本件棒状図形は,その左右に配された「n」の縦のラインと同様の書体,太さで表現されていることから,需要者において,アルファベットの一部を表したものと理解されるものと認められる。また,本件図形2は本件棒状図形の上部から右方向へ流れるように配されており,本件棒状図形がアルファベットの一部を表したものと理解されることに鑑みると,需要者は,本件図形2につき,アルファベットの一部をハート形の図形をもって表現したものと理解するものと認めるのが相当であり,需要者は,本件棒状図形と本件図形2を併せて,小文字のアルファベットの「i」をデザイン化して表したものと認識するものといえる。
      • したがって,被告標章は,「na」,本件図形1,「nani」,本件図形3,「na」を左から右へ表したものということができる。そして,「na」「nani」「na」をローマ字読みすれば,「ナ」「ナニ」「ナ」,すなわち「ナナニナ」の称呼を生じるが,ローマ字において長音記号「ー」は用いられないこと,本件図形1及び本件図形3は,多少変形したものではあるがいずれもハート形の図形であることからすると,需要者は,装飾的なものとしてハート形の図形が用いられているものと認識し,Xが主張するように,これらの図形を需要者が長音記号「ー」として認識すると認めることはできず,Y標章から「ナーナニーナ」の称呼を生じると認めることはできない。
      • そうすると,Y標章の称呼は「ナナニナ」であり,アルファベットと図形を組み合わせて作成された造語であって特定の観念は生じないものといえる。
    • Xの主張について
      • Xは,被告標章は被告のみならず需要者からも広く「ナーナニーナ」と称呼されてきたと主張するが,以下のように,被告又は需要者が被告標章を「ナーナニーナ」と称呼することを認めるに足りる証拠はない。
        • Y商品のパッケージ,容器,リーフレットにはY標章が付されているが,振り仮名等は記載されておらず,Y標章がどのような称呼を生じるのかについての記載は全くない。
        • Y商品を紹介する雑誌記事においてY標章が小さく記載されているが,その称呼については全く記載がない。
        • Yのホームページにおける被告商品を紹介するページにはY標章が掲載されており,当該画面をプリントアウトした場合にはそのヘッダー部分の一部に「ナーナニーナ」と記載されることが認められるが,Y標章が表示された画面上には被告標章がどのような称呼を生じるのかについての記載は全くない。また,ヘッダー部分の記載は当該ページの画面自体には表示されておらず当該ページをプリントアウトして初めて需要者に認識されるものと認められる上,Y標章と「ナーナニーナ」の記載の間には他の記載が存在しており両者を結びつけるような記載は認められない。
        • Yの従業員が被告商品を「ナーナ商品」,「ナーナニーナMEZAIKミルキーダブラー」などと呼んでいたことが認められるが,[X,Y,訴外A社の]業務提携においては,YとAの各商品のブランドを統一し,ドラッグストア等のピンクゾーンにおける標準ブランドとして「ナーナニーナ」を採用し,これを前提にXが本件商標につき商標登録の出願手続を行い,実際にYは「ナーナニーナ」ブランドとしてY商品を製造販売していたのであるから,Yの従業員は,本件業務提携における標準ブランドとしての「ナーナニーナ」を指して上記のように呼んでいたものと認めるのが相当であり,他方,Yの従業員がY標章を指して「ナーナニーナ」と呼んでいたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
        • Y商品のリーフレットには,Y商品4につき「ナーナニーナブランドとして,装いも新たにシリーズラインアップです。」と記載されているが,これは,Y商品4を本件業務提携における標準ブランドである「ナーナニーナ」ブランドとして発売することを意味すると認めるのが相当であり,上記記載を理由にY標章から「ナーナニーナ」の称呼が生じるとは認められない。
        • Yが取引先に送付した文書には「ナーナニーナ」の記載が数箇所認められるが,いずれの記載も,本件業務提携における標準ブランドとしての「ナーナニーナ」を意味するものと認めるのが相当であり,同記載を理由にY標章から「ナーナニーナ」の称呼が生じるとは認められない。 /また,Yが取引先に送付した文書に記載された「ナーナニーナ」ついても,同様というべきである。
        • インターネットの検索サイトにおいて「ナーナニーナ」で検索すると,検索結果としてY商品に関する多数のサイトが表示されることが認められるが,これらの結果は,YがY商品を本件業務提携における標準ブランドである「ナーナニーナ」ブランドとして製造販売していたことによるものと推認され,Y標章の称呼が「ナーナニーナ」であることを示すものと認めることはできない。
    • 結論
      • 本件商標とY標章は,称呼において類似する印象を与えること自体は否定し難いものの,長音の有無において相違しており,外観においては全く異なり,観念においても類似するということはできないから,上記で認定した取引の実情を考慮しても,両者が全体として類似するとまでは認められない。

アップル商標(MULTI-TOUCH)事件:商標法3条1項3号,同法4条1項16号該当性

平成23年12月15日判決 平成23年(行ケ)第10207号 審決取消請求事件
知財高裁第2部(塩月秀平裁判長,古谷健二郎裁判官,田邉実裁判官)
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告は,本願商標(「MULTI-TOUCH」)について商標登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた。争点は,本願商標が商標法3条1項3号,4条1項16号に該当するかどうかである。
  • 審決の理由の要点
    • 本願商標を構成する文字とつづりを同じくする「multi-touch」の文字及びその構成文字に相応して生ずる読みを片仮名で表した「マルチタッチ」の文字は,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」を表すものと認められる。 そして,「マルチタッチ」の文字は,他社の抵抗膜方式タッチパネル,ノートパソコン等に係る宣伝・広告において使用されているほか,各社が製造するパーソナルコンピュータ,液晶ディスプレイ等を紹介する他人のウェブページにおいても,上記の入力方式の意味をもって使用されている。
    • そうすると,「マルチタッチ」の文字は,抵抗膜方式タッチパネル,パーソナルコンピュータ,液晶ディスプレイ等について,上記の入力方式を意味するものとして取引上普通に使用されているというべきであり,かかる意味を有する「マルチタッチ」を欧文字で表記した本願商標も,これに接する取引者,需要者が上記の入力方式を意味するものと理解,把握するものであって,自他商品の識別標識としての機能を果たしている商標とは認識しないというべきである。
    • したがって,本願商標は,これを指定商品中,上記の入力方式を採用したコンピュータ等に使用するときは,商品の品質,機能を表示するにとどまるものとみるのが相当であり,上記商品の取引に際し,必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであって,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でなく,商標法3条1項3号に該当する。
    • また,本願商標を,指定商品中,上記の入力方式を採用しないコンピュータ等に使用するときは,あたかもこれらの商品が上記の入力方式を採用したものであるかのように,商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるから,商標法4条1項16号に該当する。
  • 判決
    • 本願商標は「MULTI-TOUCH」の欧文字からなるところ,本願商標と読みを同じくする「マルチタッチ」又は綴りを同じくする「Multi-Touch」の文字は,遅くとも2003年までには,我が国と米国の複数のタッチパネル等の開発者によって,複数の指でタッチパネル等の機器に触れることによる入力・操作方式を示すものとして使用されていたのであり,そのような入力方式に対応するタッチパネルが原告の「iPhone」等に採用されたことにより一般にも注目され,本件審決時までには,上記の入力方式を示す用語として用語辞典等にも収録され,かつ,パソコン,タッチパネル,スマートフォン等の各種商品について,これらの商品を製造する会社はもとより,出版社や新聞社等においても,上記の入力方式を示す用語としての使用が広がったことが認められる。そうであれば,「マルチタッチ」を欧文字で表記した本願商標に接した上記商品の取引者,需要者は,上記の入力方式を意味するものとして理解するのであって,自他商品の識別機能を有しないものと認めざるを得ない。
    • したがって,そのような本願商標を,その指定商品中,上記の入力方式を採用したパソコン等に使用するときは,商品の品質,機能を表示するものであるから,商標法3条1項3号に該当する。また,本願商標を,その指定商品中,上記の入力方式を採用しないパソコン等に使用するときは,これらの商品が上記の入力方式を採用したものであるように品質について誤認を生ずるおそれがあるから,商標法4条1項16号に該当する。

ブルーノート事件:総合/特定小売等役務

平成23年9月14日判決 平成23年(行ケ)第10086号 審決取消請求事件
知財高裁第3部(飯村敏明裁判長,池下朗裁判官,武宮英子裁判官)
判決全文

  • 小売役務商標の特性
    • 「小売役務商標」は,独占権の範囲を明確にさせるとの要請からは大きく離れ,「小売の業務過程で行われる」という経時的な限定等は存在するものの,「便益の提供」と規定するのみであって,提供する便益の内容,行為態様,目的等からの明確な限定はされていない。「便益の提供」とは「役務」とおおむね同義であるので,仮に何らの合理的な解釈をしない場合には,「便益の提供」で示される「役務」の内容,行為態様等は,際限なく拡大して理解,認識される余地があり,そのため,商標登録によって付与された独占権の範囲が,際限なく拡大した範囲に及ぶものと解される疑念が生じ,商標権者と第三者との衡平を図り,円滑な取引を促進する観点からも,望ましくない事態を生じかねない。例えば,譲渡し,引渡をする「物」等(小売の対象たる商品,販売促進品,景品,ソフトウエア,コンテンツ等を含む。)に登録商標と同一又は類似の標章を付するような行為態様について,これを,小売等役務商標に係る独占権の範囲から,当然に除外されると解すべきか否かについても,明確な基準はなく,円滑な取引の遂行を妨げる要因となり得るといえる。
  • 特定小売等役務
    • 「特定小売等役務」においては,取扱商品の種類が特定されていることから,特定された商品の小売等の業務において行われる便益提供たる役務は,その特定された取扱商品の小売等という業務目的(販売促進目的,効率化目的など)によって,特定(明確化)がされているといえる。そうすると,本件においても,本件商標権者が本件特定小売等役務について有する専有権の範囲は,小売等の業務において行われる全ての役務のうち,合理的な取引通念に照らし,特定された取扱商品に係る小売等の業務との間で,目的と手段等の関係にあることが認められる役務態様に限定されると解するのが相当である(侵害行為については類似の役務態様を含む。)。
  • 総合小売等役務
    • 「総合小売等役務」においては,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」などとされており,取扱商品の種類からは,何ら特定がされていないが,他方,「各種商品を一括して取り扱う小売」との特定がされていることから,一括的に扱われなければならないという「小売等の類型,態様」からの制約が付されている。したがって,商標権者が総合小売等役務について有する専有権の範囲は,小売等の業務において行われる全ての役務のうち,合理的な取引通念に照らし,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」を「一括して取り扱う」小売等の業務との間で,目的と手段等の関係にあることが認められる役務態様に限定されると解するのが相当であり(侵害行為については類似の役務態様を含む。),本件においても,本件商標権者が本件総合小売等役務について有する専有権ないし独占権の範囲は上記のように解すべきである。そうだとすると,第三者において,本件商標と同一又は類似のものを使用していた事実があったとしても,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」を「一括して取り扱う」小売等の業務の手段としての役務態様(類似を含む。)において使用していない場合,すなわち,?第三者が,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る」各種商品のうちの一部の商品しか,小売等の取扱いの対象にしていない場合(総合小売等の業務態様でない場合),あるいは,?第三者が,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る」各種商品に属する商品を取扱いの対象とする業態を行っている場合であったとして,それが,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う」小売等の一部のみに向けた(例えば,一部の販売促進等に向けた)役務についてであって,各種商品の全体に向けた役務ではない場合には,本件総合小売等役務に係る独占権の範囲に含まれず,商標権者は,独占権を行使することはできないものというべきである(なお,商標登録の取消しの審判における,商標権者等による総合小売等役務商標の「使用」の意義も同様に理解すべきである。)。「総合小売等役務商標」の独占権の範囲を,このように解することによって,はじめて,他の「特定小売等役務商標」の独占権の範囲との重複を避けることができる。