2012-01-24
血を流し続けている-赤坂憲雄/小熊英二/山内明美『「東北」再生』を読んで
- 作者: 赤坂憲雄,山内明美,小熊英二
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2011/07/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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短いがとてもいい本だと思った。
「東北学」を立ち上げた民俗学者赤坂憲雄氏が復興構想会議で、「福島」について提言したことを軸に小熊英二と山内明美が参加して語る感じ。
小熊も指摘するように東北といってもひとくくりにできないほどの巨大な地域である。ずっと人や資源や食糧を供給する基地として位置付けられてきてしまった。今回の事故と災害で、小熊と赤坂はそれなりに国富の配分はあったけども結局原発が爆発して近現代の日本が非常にいびつな形成のされ方をしてきたものとして東北の被害を見なければいけないという点は一致している。
私は東北出身者の知り合いがいないので、なかなか知らないことが多い。ただ知人に聞くと東北の方々は、日本の歴史の中で東北がずっと圧迫を受け続けてきたこと、そういう敗北の歴史の中で「負けないぞ」という気概を持ってきた、そういう気持ちを持っている方は多いと話していた。
日本列島といっても、まるで均質ではなく、同じようにテレビや携帯があっても生きてきた歴史がずいぶん違う。同じでないからには「まとまって頑張ろう」とはちがう「つながりかた」が必要である。また人々のことを安易に助けようとか、どうこういえる人が政府や経済人には多いのだが、あるいはそういう人だけでなく復興とか応援という言葉にも違和感を感じ続けてきた。
それは私が自分が苦しんだ時も、福祉で対人援助をやっていたときもすごく感じていたことだ。
小熊が指摘するように今回の災害事故の前から過疎化は進んでいた東北。赤坂は原発が爆発し津波による被害など広範な環境汚染が進む中で自然エネルギー供給基地として福島を復興したいと述べている。
津波や原発事故によって子供や若い人の住みにくさが増大したと思う。そしてそういう中で赤坂は、「がんばろう」が連呼される中で、東北の復興の困難さをこそきっちりと当事者の方々と話していかなければならないだろうと述べる。
この災害と原発事故は厳しい日本の状況を正面から突き付けるもので、この正面から逃げてはならないと私は思う。赤坂は放射能汚染への見通しはそれほど悲観的ではない。私は悲観的である。
なぜかというと放射性物質は生命に対する潜在的な危険を、見えない、際限のない不安をもたらすからだ。
その不安や苦は説明しがたく目に見えない。見えた頃にはかなり病が進んでいるということは、井伏鱒二の『黒い雨』なども伝えるところである。
放射性物質はナノ粒子*1となって降り注ぐ。ナノ粒子が体内でどういう動きをして、人の生命の母体、基礎単位、設計図を攻撃するか見当がつかない。
しかし最悪の事態も念頭に置きながら、少しでも被害を少なくしていく努力をこの国は一丸となってすべきであり、それは絶望的に難しいがしないとおそらく私たちはずいぶん後悔するのではないだろうか。
このような人口密集地で被ばくが起きたのは核実験の時以外類例を知らない。
被ばくした人々を看取った肥田舜太郎医師は、放射線被ばくに根治的な療法はない以上、体を大事にする、しっかり睡眠をとりゆっくりご飯を食べて栄養を取ることが大切だとおっしゃっていた。全員が死ぬというわけでもないと語った。しかし肥田先生の目には多くのなくなった方の顔も浮かんでいることだろうと思った。
話を本に戻すなら、山内明美氏が率直な東北への心情を語っていて、90年代にも冷害があったときのこと、数十年前なら餓死者が出ただろうというレベルだったこと、震災の直前ある方が海に入って作業をしていたら海底から真っ赤な血のようなものが浮かんできて驚いて陸に上がると激しい揺れを感じたというエピソードを紹介して、東北が血を流していると述べるところ。
放射性降下物、津波なども含め私たちの大地や命が割かれようとしている。この苦しい認識からこれからの私たちを構想しなければならない。
むろん政府がこのままならダメかもしれない。しかし変わりたいしできる限り変わろう、そうしないと何だか申し訳ないと私は思った。
何かが血を流し続けている。
ずっと、これからずっと。
その傷口を私たちは抱えて生きていく。
大事に。ずっと。
*1:といってみたがむろんミクロンのものもあるだろう。僕はここらあたりも苦手な科目でよくわかっていないと思う。
2012-01-23
放射能汚染された廃棄物問題−なぜ自然や人々が危険にさらされており、それと戦わなければならないのか
この動画は重要な論点を提出している。
私は安易に陰謀論に与したくない。ガンダーセンのファンでもない。
しかし彼の言う説明を援用しなければ説明しがたいことが多すぎるのも事実だ。
なぜ東京湾をはじめとして、放射能汚染されている廃棄物を焼却埋立することができてしまうのか。ただ処理する土地が足りないだけではない。そう私は感じている。
国際世論はなぜ抗議しないのか。日本国民はなぜ静かなのか。
考えてみればわかるが、食料品の汚染基準の緩和、被ばく線量基準の著しい緩和、大量の廃棄物の放射能汚染基準の緩和、これらはほぼ連動している。緊急時はもう過ぎている。基準を厳しくし国民の生命を守るのが政府の仕事である。それをしない。
ヒントは経済である。経済を守るために日本国民に被ばくをがまんさせるように強いているわけである。いろいろな理由がある。農業や水産業の被害もあるからか。しかしそれだけではない。
避難や移住がこの国では難しいのか。ここも決着がついていない。
考えられる原因の一つに電力会社を破たんさせないためである。
それに連なる様々な権益を守るためである。
それに関わる責任者を庇いたいからである。
そのために日本人に被ばくを甘受させようとしている。そのためなら、全国の自治体の住民の間で、放射線リスクをめぐって、いさかいが起こるのも辞さないのだ。
大変危険なことである。これでは今後の日本社会は持続できない。国民的危機である。しかし国民的な規模での危機、世界的な海洋、土壌環境汚染を、人々の被ばくの危険を引き起こしても守りたいもの、それが恐らく利権なのである。
私は廃棄物の問題を追っている。
むろん災害廃棄物の問題は放射性降下物(ベクレルは少ないといわれているが余りに大量なので手が回らず確認しきれていないと思われる)に加え、家屋や工場などの破壊で流出した他のアスベスト、化学物質、重金属などの汚染も加えた複合的な環境汚染問題である。
関東近郊の廃棄物の場合、懸念はまず放射性物質の降下物による汚染である。
放射性物質をはじめ、公害で問題になったような複合的な環境汚染の懸念のある廃棄物を全国の一般焼却炉で燃やし全国の処分場で埋め立てるということは、単に復興のためではないと私は思ってきた。なぜなら被災地のみならず全国の環境汚染リスクをさらに増大させるからである。
このような現代の都市圏を汚染した核汚染は例がなく津波や地震も混じっているが少なくとも世界的に見ても燃やすということはカサは減るけどもその分、環境汚染や濃縮による灰の管理を含めて危険が大きい。
これは今後のこの国の死活問題である。この国の将来を憂えるものなら、適切で安全な管理と処置を求めるのが妥当である。
復興のためならば丹念な現地の汚染調査と、放射性物質の汚染程度に応じた丁寧な管理、あるいは化学物質であれば丁寧な処理過程が必要である。
急がれる「震災地質汚染」への対応 (1/4ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ)
そうしないと現地住民の健康をも守れない。
したがって、全国に拡散させる前に現地でのあらゆる物質の大規模な汚染調査が必須である。
それは国土とそこに住まう人々のために必要なことである。
しかしそれは政府はしない。早急に一般焼却し埋め立てしようとしている。
なぜか。ここでガンダーセンの動画に戻ってみる。
答えは明白に思える。
日本政府の、このような数々の危険な行為を正当化する仕組みがあるからである。日本に住む人々の生命財産を危険にさらしても守りたいものが政府や日本政府を守っている様々な利害関係者にはあるということである。
この動画で話題になっている機関は公平ではない核兵器監視体制やチェルノブイリの核汚染の評価にもいくつかの疑問が突き付けられている。
戦慄すべきことだ。
この事故は本当にこれまでの核汚染と同じ経過をたどりかねない。いやたどりつつあるのである。
しかしそれのために我々のかけがえのない自然環境や未来の生命や生活が失われかねない。
それを許すのか許さないのか、今後の人間の生命がかかっている。
低線量被ばくのリスクが不明確なのをいいことにそれを進めている。
これに最大限警戒しなければならない。
そう考えるべきだと私は思う。
これは原発の危険と同じように大事な、警告すべきことだ。
私はガンダーセンの支持者ではない。
しかし今回のこの警告は重要な警告だと私は考えている。



