Hatena::ブログ(Diary)

もうジャージでいいわ Twitter

2011-06-06

夏がくる

夏、中学校

強い日差し、プールの匂い

ラムネの瓶に滴る水滴・・・

ああノスタルジック

中学生だった僕たちは

大人とか社会とか何か大きなものに守られていて

安心して未来を夢見ることができた

未来は漠然とだけどキラキラしてた

時間なんていくらでもあった

良くも悪くも濃度の濃い毎日にドキドキしていた

それは恐ろしい速さで過ぎて行った

今自分の置かれている状況、

それは長い人生の夏休みだ

9月に始まる新学期までの期限付きで

必死に悔いのない夏休みを過ごそうと足掻いてる

大人になんかなりたくなかった

でもそんなのは甘えだ

今まで散々楽しんだ分、

今度は供給する側にならないといけない

どんな形であれ、

人に何かを与える事ができれば

今の自分の存在意義を確信できるはずだ。



それはそうとようやく絵コンテできました↓

f:id:isiikennta:20110607005650j:image

f:id:isiikennta:20110607005651j:image

f:id:isiikennta:20110607005652j:image

f:id:isiikennta:20110607005653j:image

f:id:isiikennta:20110607005654j:image

f:id:isiikennta:20110607005655j:image

f:id:isiikennta:20110607005656j:image

f:id:isiikennta:20110607005657j:image

f:id:isiikennta:20110607005659j:image

f:id:isiikennta:20110607010632j:image

f:id:isiikennta:20110607010633j:image

2011-05-17

過ぎゆく日々

蛇口を勢い良くひねったかのように

猛烈な勢いで過ぎゆく日々。

ジャージはようやく絵コンテの段階までたどり着く、

まずは絵コンテならぬ字コンテ↓をうp

cut1

濃い青の玉がゆらゆらと揺れる

ひとつではなく複数、生まれたり消えたり

cut2

モヤのかかったグレーの奥に黒いものが微かに動いている

*「見えないものを見ようと目を凝らし」         *ナレーション

 cut3

水色の丸が波紋のように大きく広がる

*「聞こえない音を聞こうと耳をすまし」

 cut4

何も無い白

ぼんやりとグレーが浮き上がってくる

*「届かないものを掴もうと手を伸ばす」

cut5

昌子の顔のアップ、目をつむっている

cut6

タイトル

cut7

キャンバスと昌子

cut8

美術室で絵を描いている昌子

それを後ろから眺めている朋宏

昌子「見んじゃねーよ」

朋宏のほうを振り向くが、すぐにキャンバスに目を戻す

朋宏「描けた?」

絵を見る昌子

昌子「見たいの?」

朋宏「・・・」

昌子「じゃあジュース買ってきて」

はんぶん振り返り目をほそめる昌子

朋宏も目をほそめ、立ち去る

昌子「ラムネが飲みたい」

立ち去る彼を目で追う

 cut9

筆を持つ手がパレットから離れない

cut10

昌子、目のアップ

cut11

風にのってゆっくり飛ぶシャボン玉

どんどん数が増えていく、その先にはうんこ座りの朋宏

手には容器とストロー

気だるそうにやってくる昌子

昌子「何をしている」

ぼーっと彼女を眺める朋宏

朋宏「ラムネなかった」

cut12

舞うシャボン玉の中に立ち尽くす昌子

cut13

手を伸ばし指先がシャボン玉に触れるとすぐにパチンと割れてしまう

昌子「あ」

cut14

ゆっくり立ち上がる朋宏

朋宏「帰ろ」

昌子に背を向けて行ってしまう

シャボン玉も消えてゆく

彼を目で追う昌子

昌子「帰れ帰れ」

cut15

だるそうに自転車で走り抜けていく朋宏

cut16

キャンバスの前に立つ昌子

筆を持った手の力がだらんと抜ける

cut17

筆を床に叩きつける

cut18

その場にしゃがみ込む

cut19

横顔のアップ

昌子「考えるな」

cut20

キャンバス越しに立ち上がり目をつむる昌子

cut21

目のアップ

*「描くのは」

cut22

真っ白な画面

*「見えも聞こえもしないそれを つなぎとめたいからだ」

cut23

筆を持った手が勢い良く動く

cut24

石鹸のシャボンを泡立たせて手を洗う昌子

蛇口からの水が泡をのせて排水口に流れていく

cut25

手を洗いながら顔を上げ遠い目をする昌子

肩の力がすっと抜ける

cut26

ラムネの瓶、

ガラス玉がカランと音をたてる

 cut27

頬に冷えたラムネをあてがわれ、驚く昌子

背後に立つ朋宏、両手にラムネを持ち

片方を彼女の頬に当てている

cut28

横目で朋宏を見る昌子、手から水が滴る

cut29

目をそらしてから言う

昌子「何戻って来てんだよ」

cut30

朋宏「出来たん?」

cut31

ふたたび朋宏を見るが何も言わない

cut32

朋宏「みせてや」

cut33

プシュッ、ラムネの詮を開ける昌子

キャンバスの向こう側に二人ならんで立つ

cut34

絵を観ている朋宏の顔のアップ

ラムネを口に当てている

cut35

気づくと昌子がいなくなっている

朋宏「あれ」

振り返る朋宏

cut36

歩く昌子

cut37

ぼんやりと薄い赤の塊がうごめく

*「人の心」

cut38

赤紫と青紫が入まじり揺れる

*「感情」

cut39

金魚鉢の中を泳ぐ金魚

*「景色 匂い」

cut40

無数の線が流れる

*「時間」

cut41

ラムネの泡が上に登っていく

*「それはとどまってくれない

  ずっとそばにいたくても いつの間にか消えてしまう」

cut42

互いに背を向けて立つ昌子と朋宏

*「ラムネの泡のように」

cut43

手に持ったラムネを見つめる昌子

*「でも今は 確かにここにある」

cut44

瓶を耳に当てて目を閉じて泡のはじける音を聞く

今度は持ち上げて眺めてみる

それを口にもっていく

シュワシュワと音がする

昌子「けっぷ」

2011-04-27

猛省の日々

いや、マジでこの頃刺激の多い日々。

担当の先生とアニメの打ち合わせをしているのですが、

とんにかく打ちのめされまして、フルボッコ状態。

ここまで自分を全面否定される体験は始めてで、いかに自分がアマチュアであるか

痛感しまくる、でもそれが快感・・・(ドM)

殴られたりすると生きているって感じしません?

己がいかに井の中の蛙で、調子に乗っていたか。

反省しかありません。

でもやる。

やるしかない。

一緒にやってくれる人にはホント申し訳ないけれど、

だからこそキミ達の力を必要としています。

オラに力を分けてくれ!!!

2011-04-13

企画書その3

自分でかいたやつ

f:id:isiikennta:20110414010031j:image

f:id:isiikennta:20110414021855j:image

f:id:isiikennta:20110414010033j:image

友達がかいたやつ

f:id:isiikennta:20110414010034j:image

f:id:isiikennta:20110414010035j:image

f:id:isiikennta:20110414010036j:image

f:id:isiikennta:20110414010037j:image

f:id:isiikennta:20110414010038j:image

いろいろと打ち合わせた結果、

キャラクターにしろ世界観にしろまだまだ詰めが甘かった様子

時間や空間を意識しようとすると立体的に物事を見なくてはいけなくて途端に難しくなる

ある物事がそうである時にそれが何故そうなのかを突き詰めていく必要があって

それが楽しくもあり、矛盾を生んでしまうことで行き詰ったりする

それは自分を掘り下げていく行為でもあって、それがオリジナリティなんだと思う。

今自分がぶち当たっている問題はテーマとシナリオがうまく噛み合っていなくて、

理念が肥大化したところに内容が追いついていない様子

(というのも他人に指摘されなければ全く気づかなかった事だが)

いいたい事を絞りきれていなかったようだ。

コンテで大幅に変更する可能性あり

2011-03-30

企画書その2

ラムネの泡」


☆企画意図

気持ちや感情を伝えるとき、一番身近で簡単な手段である言葉を私達は使う、

気持ちや感情が複雑になる程それを伝えるためには多くの言葉が必要になり

的確に表すことが難しくなっていく。

言葉はコミュニケーションの一つの手段にすぎないはずなのに

我々はいつも言葉ばかりに頼って言葉で伝えた気になって、

言葉で理解して文字を読むことで納得しようとする。

ものを作る上でその根底に言葉では言い表せない言葉では足りない何かを

埋め合わせたい表現したいという気持ちがあるはずだ、

ロジックでない感覚的で直感的なアプローチの仕方は

例えば音楽だったり芸術だったりする。

言葉とそれらの違いがあるとすればそれは器の広さだと考える

感覚的(抽象的)な表現は受け取る側に大きく委ねられるもので

逆にいえばどう受け取ってもどう解釈してもいいのだ。

そしてその直感的な発信はあるときは言葉より雄弁にモノを語る。

そういった表現(コミュニケーション)は自分をさらけ出す必要がある

感情があるから表現があり創作物には作家の人間性が詰まっている

少しも自分を偽ることはできない、格好つけることがあってはならない

ならばいかに自分をむき出せるかにかかっている。

今回アニメーションをつくる上で言葉ではない何かを

見る人に感じ取ってもらえるような作品を目指す、

ただ企画書をつくる段階で前文と矛盾しながらも作品のテーマ、

表現する内容を一度言葉に落とし込んでいくことにする。

☆テーマ「ラムネの泡」の考察

自分という泡が周りの水(自分をとりまく世界)の中で

常に周りの力によって自分の形を変え、自分の力によって周りの形を変えながら

一つの方向に進んで行く。そして小さな音をたてて消えていく。

泡は一つではなく無数にあり次々に生まれては消える。儚い泡。

周りの水があってはじめて存在できる泡、外から見ることで始めて認知できる泡

見方によっては「無」に近い泡。

周りの世界とそれを動かす時間によって一瞬姿を見せ輝く

彼ら(泡)は過去を振り返らない今を維持しようともしない

執着せず明日のを考えたりもしない、主張があり矜持があり

一点に向う姿勢はブレることなく、進む事を止めたりしない、小さく強く美しい泡。

しかし葛藤がないわけではない、進む事を止めないためにどういう形であるべきか悩み

内側と外側の力のぶつかり合いのなかで揺れ動く、それは泡が泡である限りなくなることの無い葛藤

泡には誇りがある。だから泡はどんな形になろうともそのアイデンティティが滅びることは決してない。

泡は夢を見たりしない理想を持たず、今にしか関心がない、今がまさに完全で

自分の姿を遠くから見ることもしない、求める姿がない、よってその姿は常に美しい。

そんな泡の姿を一人の少女に例えてみる

彼女の存在も彼女を取りまく世界の在り方も、この泡と同じだ。

☆イメージ

f:id:isiikennta:20110331002501j:image

f:id:isiikennta:20110331002455j:image

f:id:isiikennta:20110331002450j:image

f:id:isiikennta:20110331002444j:image

f:id:isiikennta:20110331002440j:image

☆キャラクター

f:id:isiikennta:20110331002713j:image

☆あらすじ

f:id:isiikennta:20110331002933j:image

☆コンテ(仮)

f:id:isiikennta:20110331003311j:image

f:id:isiikennta:20110331003307j:image

f:id:isiikennta:20110331003303j:image

f:id:isiikennta:20110331003259j:image

f:id:isiikennta:20110331003254j:image

f:id:isiikennta:20110331003250j:image

f:id:isiikennta:20110331003246j:image

f:id:isiikennta:20110331003242j:image

f:id:isiikennta:20110331003239j:image

f:id:isiikennta:20110331003234j:image

f:id:isiikennta:20110331003629j:image

f:id:isiikennta:20110331003616j:image

f:id:isiikennta:20110331003600j:image

f:id:isiikennta:20110331003555j:image

f:id:isiikennta:20110331003551j:image

f:id:isiikennta:20110331003547j:image

f:id:isiikennta:20110331003542j:image

f:id:isiikennta:20110331003538j:image

f:id:isiikennta:20110331003534j:image

f:id:isiikennta:20110331003526j:image

f:id:isiikennta:20110331003654j:image