Hatena::ブログ(Diary)

磯山友幸のブログ RSSフィード Twitter

2011-04-29

東北金融「打撃の現状」と「復旧策」

| 21:59

 東日本大震災による東北地方の金融機関経営への影響が徐々に表面化しつつある。仙台市に本店を置く第2地方銀行の仙台銀行は4月11日、「金融機能強化法」に基づく公的資金の申請の検討に着手すると発表。これに続いて18日には、東北最大の地方銀行である七十七銀行も公的資金の申請の検討に入ると発表した。

 公的資金の申請理由について仙台銀行は「中小企業等のお客様に対し充分な金融仲介機能を提供し、大震災復興に向けた取組みに対する支援に積極的に取り組んでいく」としている。また、七十七銀行も「震災復興に向け国と連携して十分な資金供給をはかり、金融仲介機能を発揮していく」と発表した。つまり、地域金融機関の責務として金融仲介機能を発揮し、顧客企業などを支援するためには自己資本の強化が必要だ、という論理だ。

読み切れない「震災関連損失」

 銀行自身のためではなく、融資先企業のためという論理は、金融不安を煽らないための慎重な言い回し、ということだろう。だが現実には、震災によって金融機関の経営自体が大きく揺さぶられていることは明らかだ。

以下 新潮社フォーサイト 20110425アップ(有料)

http://www.fsight.jp/article/10432

2011-04-28

塩崎恭久元官房長官インタビューVOL.2 「まずは『15年後に原発停止』の工程を決める。国民全体でタブーなしの議論をする時だ」

| 21:24

磯山: 東日本大震災からの復興に向けたグランドデザインを描いてプロジェクトを進めないと日本経済が大きく落ち込むと主張されていますね。

塩崎: 震災やそれに伴う自粛ムード、電力不足の影響で、日本中で経済活動が猛烈に落ち込んでいます。このままでは巨大な「経済大津波」が日本を襲うことになりかねません。これを回避するためには国民の英知を集めたグランドデザインを描いて、実行することが重要だと思っています。

 菅直人首相も口では「復興は単に旧に復するのではなく、価値を生み出すものでなければ」と言っています。それならばどんな日本にするのか、もっと早くビジョンを示すべきです。ようやく立ち上がった復興構想会議が6月末までに意見をまとめると言っていますが、それまで何も着手できないとすると、余りにも遅過ぎます。

磯山: 復興の前提として、原子力発電所の事故が長引く中で、今後の日本のエネルギー政策をどうするのかという大きな問題が立ちふさがっています。

原発はM9.0の地震津波に耐えられるのか

塩崎: まずは、日本にある原発のデューデリジェンス(実態精査)を徹底的に行い、厳格なストレステスト(健全性検査)を実施すべきです。東京電力の福島第一原発は想定を超えるマグニチュード9.0という地震によって20メートルを超える津波が押し寄せました。同様の地震津波が起きた場合、全国の原発はどうなるのか。ストレステストの結果をきちんと示さなければ、国民はもはや政府や電力会社を信じません。

 今回、被災地に行って分かるのは建物の屋根にブルーシートがかけられている光景が少ないことです。阪神淡路大震災の後はブルーシートばかりが目立ちましたが、まったく違います。今回は地震より津波の被害が圧倒的に大きかったということです。ですから、原発についても、大津波が来たらどうなるか、という点ばかりに焦点が当てられています。しかし、リスクを考えれば、今回と同様の巨大地震原発の直下で起きるという可能性だってあるわけです。

磯山: 脱原発を促進せよ、という主張ですか?

塩崎: 私は単純な脱原発論者ではありません。自民党政権時代には、低炭素社会の実現に向けた取り組みを責任者となって取りまとめました。その中でも、万全な安全策を確保したうえで原発を推進するという方向性を示しました。温暖化の防止には二酸化炭素を出さない原発を抜きにエネルギー政策は考えられなかったのです。

 ただ、今回の大震災で、安全の前提が大きく揺らぎました。まず、すべての原発について、デューデリとストレステストをやらない限り、国民はもう原子力政策の推進を支持しないでしょう。しかし、電力供給量が絶対的に不足する中で、原発の即時廃止といった感情論だけでは問題が解決しないことも厳然たる事実です。

100ボルトの配電を200ボルトに

磯山: ストレステストの結果を受けてどう対処べきでしょう。

塩崎: まずは、10年後に原子力の比率を1割にまで低下させ、15年後には全原発を停止させることを視野に、エネルギー政策の全面的な見直しを行ってみてはどうでしょう。ストレステストの結果をベースにして、15年後の原発停止に向けたタイムスケジュールをまず決める。安全性に疑問のあるものや、老朽化が進んだものから順次止めていくのです。

 そのスケジュールを決めたうえで、エネルギーをどう確保するのか、新たなエネルギー政策について国民全体で議論をすべきではないでしょうか。原発を巡る議論をタブーにしないことが何よりも大切だと思います。

 そのうえで、太陽光や風力、地熱といった再生可能エネルギーの拡充に加えて、企業のコジェネレーションの積極的な拡大などを通じて、電力事業で民間活力を最大限に生かす方法を考えるべきです。


磯山: 電力業界のあり方も問題になっています

塩崎: 今までのような10電力会社による地域独占がいいのか、今後議論になるでしょう。発電と送電、配電を分離し、新規参入を認めるなど電力事業を自由化すべきだという議論も再び必要になると思います。目先の電力不足に対応するためにも、企業がどんどんコージェネレーションで発電し、それを電力会社が積極的に買い取っていくという仕組みは確立しなければならないでしょう。

 また、50ヘルツと60ヘルツに東西に分断されている電力グリッドを完全に接続することや、世界的にも珍しい100ボルトの配電を220ボルトにすることなどもこの際、一気に進めるべきではないでしょうか。

 こうしたエネルギー政策の大転換を、国のグランドデザインのひとつの柱とすべきです。スマートグリッドと呼ばれる次世代型の送配電網の整備や、スマートシティと呼ばれる最先端の省エネルギー都市の建設を進めることで、大きな新しい投資が生まれます。そうした未来を見据えた投資をすることで、日本経済は再び活力を取り戻すと考えています。

 それでも、このままでは夏場などの電力供給量は絶対的に足らないでしょう。国民ができるだけ普通の生活をするための様々な工夫が必要になると思います。サマータイムの導入や在宅勤務の促進、夏季の長期バカンスの推奨、夏の甲子園など大規模イベントの秋への延期など思い切って意識を変えてみることです。

 イベントを自粛したり、消費を切り詰めることで節電するのでは、経済自体が縮んでしまいます。経済をダメージを与えないで、エネルギーの使い方を変える、工夫することで、むしろ経済を成長させることが大事なのです。

聞き手 磯山友幸

現代ビジネス 20110425アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2714

2011-04-27

震災で動き始めた取引所再編東証・大証統合で本社は大阪に?

| 20:58

証券市場の中心は大阪に移すなど、大きな発想力で取り組むべきだ」 

 東京都石原慎太郎知事は4月22日の定例記者会見で、首都機能分散に言及、証券市場の移転を例に挙げた。この石原発言に証券取引所関係者は色めきたった。なぜなら、水面下で東京証券取引所大阪証券取引所の統合話が進んでいるからだ。 

 日本経済新聞が「東証と大証、統合協議へ」と報じたのは東日本大震災が起きる前日の3月10日だった。実際にはこの段階で東証側に具体的な動きはなく、「大証サイドからのリーク」(東証幹部)という見方が強かった。

 もっとも、東証の斉藤惇社長は以前から、「東証株価平均(TOPIX)の先物などを大証に移譲し、大証の現物を東証にもってくることで、デリバティブ取引所と現物株取引所に集約すべき」というのが持論。むしろ、大証の米田道生社長がそれを"無視"してきたことから、斉藤氏は「米田さんの気持ちが変わったんだな」と解釈したと話す。 

 つまり、今回の統合話は大証主導という色彩が強いのだ。東日本大震災後の3月15日の定例会見で米田氏が「統合するのであれば一刻も早くやるべきだ。ゆっくり進めていく余裕はない」と語ったのをみても、それは明らかだ。 

 大証が動き始めた背後には永田町霞が関の圧力があった。民主党は成長戦略の金融分野の柱として総合取引所の実現を掲げてきた。民主党には「経済とくに金融に興味がない」という批判が付きまとっており、何とか金融分野で成果を挙げたいという民主党サイドの圧力が金融庁を動かしていた、という。

 もっとも、東日本大震災後、金融庁東北地方の金融機関対策などに追われ、証券再編どころではなくなった。「しばらく先送りだろう」(東証幹部)と見られていたところに、飛び出したのが石原発言だったわけだ。

首都圏機能はいい形で分散されるのが好ましい。東京への過度な集積は好ましくない」と会見で石原氏は強調した。首都東京に残したまま、一部の首都機能を分散するという石原発言は、これまでの東京都の姿勢を大きく転換させたものだ。政府が長年にわたり議論してきた首都機能移転について、反対姿勢を貫いてきたのは東京の地盤沈下を避けたい東京都だった。 

 当然ながら、東証と大証の統合話を進めるうえで、議論になるのが「本社」の場所だ。斉藤・米田両社長の腹案で共通するのは、持ち株会社の下に、デリバティブ取引所(大証)と現物株取引所(東証)をぶらさげること。そうなると、持ち株会社をどこに置くかが焦点になる。世界の取引所ビジネスの趨勢はデリバティブ重視で、将来をにらめばデリバティブ取引所(大証)が主導権を握るのが"流れ"。

 だが、「プライドが高く、役所の中の役所のようなカルチャーだ」と中堅幹部自らが自戒するほどの東証は、持ち株会社も当然、兜町の東証本館に置かれるものと信じ切っている。 

 そんな中で、東京の主から「出て行って構わない」と言われたことは、東証の"役人"にとっては後ろ盾を失ったも同然だったわけだ。斉藤社長自身は野村証券の出身で、住友ライフ・インベストメントや産業再生機構の社長を務めて、東証社長に就いた。「東証で育ったわけではない斉藤さんは、本社の場所などまったく拘らないだろう」と兜町では見られている。 

 まして、東京直下型地震への懸念など、危機管理の観点から出てきた大阪移転には、なかなか抵抗する論理が出てこない。日本の金融先物の原点は大阪堂島の米相場だ。取引所である堂島米会所ができて280年余りがたつ。米相場というと現在の商品取引所の原点と思われがちだが、当時の米は実質的な通貨でもあった。いわば金融先物取引所の原点が大阪にあったと考えられるわけだ。大震災を機に日本の原点を見直すという点でも、大阪に金融市場の中心を再興することは荒唐無稽な話ではない。 

 大震災の後、東京からひっそりと1つの取引所が姿を消した。東京穀物商品取引所が日本橋蛎殻町にあった取引所本社ビルを売却、近くの貸しビルに移転したのだ。取引は東京工業品取引所のシステムに移行。組織は残っているものの、事実上、東京工業品取引所と統合する格好になった。 

 東穀取は売買高の急減で業績が大幅に悪化、このままでは存続が危ぶまれている。また、軒を貸した東京工業品取引所自体も取引高が大幅に落ち込んでおり、経営の先行きが見えなくなっている。実は、東工取は1年以上前から大証に統合を申し入れているが、話は進んでいない。 

 民主党政府が総合取引所構想に熱心なのは、危機に陥っている2つの取引所を救済する狙いもあった。東穀取は農林水産省の傘下、東工取は経済産業省の傘下で、それぞれトップは両省からの天下りだ。お荷物になった取引所をまだまだ懐が豊かな証券取引所に救済させようというのが、両省や民主党政府の本音だった。 

 証券取引所金融庁が所管で、三つの省が三つの法律でバラバラに監督してきた。それらを統合して総合取引所にするには法律監督官庁を一本化するのが前提だが、「農水も経産も、あくまで自分たちの権限を残すことに執着している」(金融庁幹部)ことから、話が進んでいない。 

 今回の東日本大震災東京電力福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、外資系金融機関が東京を脱出するなど、東京市場は大きく混乱している。時間がたつにつれ、東京市場での売買が細ってくるのではないか、と懸念する声も高まっている。

 そうなれば、それぞれの取引所の経営は一段と厳しさを増す。名古屋に本社があった中部大阪商品取引所は今年1月末で解散し、5月末で清算を終える見通しだ。中部大阪が無くなり、東穀取は本社を売却、東工取もジリ貧になる中で、目先の権限に固執する官僚機構や指導力を発揮できない政治家任せでは、日本の市場に未来はない。 

 大震災ですべてをご破算にして考えられる今こそ、日本の金融資本市場のあり方を一から考えるべきだろう。政府が復興後のグランドデザインを描くべきだという声は強く、遅まきながら復興構想会議が設置された。では、日本の市場はどうあるべきなのか。金融市場のグランドデザインが不可欠だろう。そのリーダーシップを発揮する責任が株式会社である東証と大証の両社長にあることは言うまでもない。 

 震災前、総合取引所設立に向けて霞が関が動き出そうとしていた際、真っ先に動いたのが人事だった。現社長の斉藤氏を会長に棚上げし、武藤敏郎・元日銀副総裁を社長に据える案を、現役の財務官僚が持ち歩き、根回しに動いていた。官主導で再編を進めるには、まずは大物官僚をトップに据えて、というのが言うまでも無く霞が関の手法だ。 

 かつて東証トップの理事長ポストは大物大蔵官僚の指定席だった。財務省幹部にはまだまだそんなノスタルジーが残っているのだ。だが、デリバティブなど金融商品が高度に発達した現在の取引所ビジネスを、"大物官僚"が取り仕切れるほど世の中は甘くない。資本市場を支えているのは民間の資金と知恵だ。今こそそれを結集して、新しい市場を創り上げる時だろう。

現代ビジネス 磯山友幸「経済ニュースの裏側」20110427アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2831

2011-04-26

金融危機回避へ、不良債権処理モラトリアムの出口戦略を急げ

| 22:15

東日本大震災の金融機関への影響はどうなっているのか。金融庁日本銀行による実態の把握は遅々として進んでいない。銀行の融資先企業が津波で流されてしまったようなケースでは、企業の実態把握さえままならない状況が続いている。銀行の不良債権処理額がいったいいくらになるのか予想がつかない事態に直面しているのだ。

金融庁がまずもっと打った手は、流動性をふんだんに供給することだった。一方で、3月末で締めなければならない2011年3月期決算については、発表を延期を認めたうえで、融資先の実態把握ができない場合には手に入る情報、つまり震災前の情報で判断してよい、という通達を出した。いわば、不良債権処理についてモラトリアムを認めたわけだ。さらに、東北最大の地方銀行である七十七銀行や仙台銀行には、「金融機能強化法」に基づいた公的資金の申請の検討に着手するよう求め、両行は申請検討を発表した。

ここまでの金融庁の対応は素早かったと言えるだろう。大震災を引き金に金融不安が高まれば、取り付けなどのパニックが起きかねない。そうした金融パニックを封じ込めただけでも評価できる。

しかし、問題はこれからだ。不良債権処理のモラトリアムをいつまでも続けるわけにはいかない。金融機関に早急に不良債権を処理させ、資本不足に陥る場合には公的資本を注入しなければならない。また、津波に多くの店舗が流された中小金融機関で自力の経営再建が難しい場合には、統合なども即断即決で行わなければならないだろう。東北地方の将来の金融業界地図をどう描くかというビジョンも必要になる。いわば、不良債権処理モラトリアムからの出口戦略が早急に必要になるわけだ。

金融庁は預金保険業法の改正などで整理回収機構を受け皿として活用、東北地方の金融機関が抱えた不良債権を買い取りを行うことを検討しているようだ。

阪神淡路大震災が起きたのは1995年1月。その後、日本は金融危機の時代に転げ落ちていった。東日本大震災をきっかけに再び金融危機を起こすようなことがあってはならない。

新潮社フォーサイトに「東北金融、打撃の現状と復旧策」を昨日アップしました。

http://bit.ly/fsPdGh

是非ご一読下さい。

2011-04-25

脱「原発タブー」こそ重要だ。政治家・メディアに求められる真摯な反省

| 11:37

東日本大震災から6週間が立ったが、東京電力福島第一原子力発電所の事故は依然、収束のメドが立っていない。その間にも規模の大きい余震が起き、果たして他の原発は大丈夫なのか、国民の多くが不安にかられている。原発を抱える地域では、原発反対の声が強くなっており、このままの状態で他地域に大きな地震が起きれば、「原発を即刻停止せよ」といった世論が一気に高まることになりかねない。

例えば、静岡県御前崎にある中部電力の浜岡原子力発電所東海地震の震源域にあることから、最も懸念されている原発の1つである。すでに安全性に疑問があった1、2号機は2009年に運転を終了したが、今も燃料棒は貯蔵プールに残ったまま。つまり福島第一原発の4号炉と同じ状態になっている、という。3号機は定期点検中で停止しているが、県の幹部は「県民感情からみて、今の状況では再稼働は難しい」という判断のようだ。枝野幸男官房長官も4月18日の段階で、「専門家の間に一定のコンセンサスができない状況で再開するのは、政府がどう考えるかという以前に事実上困難だ」と述べている。稼働している4,5号炉も来年以降、定期点検があり停止する。その後、同様に、再稼働できなくなるのではないか、という見方が広がっている。

つまり、このままでは、原発はなし崩し的に止まっていく。代替エネルギーはどうするのか、二酸化炭素問題はどうするのか、という議論もなく、政治家も決断できないままに、原発を放棄していくことになる。あるいは、政治家も電力会社も「喉もと過ぎて熱さを忘れる」のを待っているのか。

今こそ、日本のエネルギー政策について、根本的に議論することが大事だろう。原発についても真摯に議論すべきだ。過去40年、日本社会は「原発を巡る議論」をタブーにしてきた。政治家もメディアも議論を避けてきた。気が付けば、全国に54基もの原発を抱える、原発大国になったが、それは国民の総意だったのか。

メディアが電機業界から巨額の広告費を得ていたことはすでに指摘されている。だからと言って、現場の記者が原発礼賛記事を書いてきたわけではない。だが、社内で原発に触れることが「タブー」になり、原発の議論を避けるように自己規制してきたのではないか。

多くの与党政治家は電力会社にパーティ券を買ってもらっている。地元が地方ならば、財界トップはほとんどが電力会社のトップだ。選挙から後援会活動まで、地元財界に世話になっている政治家は少なくない。電力会社はこうした政治家に「原発賛成」を求めているわけではない。原発問題をタブー視してくれればよいのである。

学校教育はどうか。私自身、小学校から大学まで、原発について教わった記憶はほとんどない。放射線についての基礎知識はなく、健康被害との因果関係なども勉強したことはない。絶対安全神話の中で、原発から高度の放射線が漏れることは「想定外」に封じ込められ、議論も教育もタブーになったのだ。多くの知識人が原発放射線の知識がほとんどないがために、実際に事故が起きた際にパニックになっているのが、現状だろう。

先週インタビューした塩崎恭久・元内閣官房長官は、「すべての原発のデューデリジェンスとストレステストをやるべきだ」と震災直後から主張している。つまり、きちんと実態調査をしたうえで、同じような地震津波が来た場合に耐えられるかどうかのテストをせよ、というのだ。最近は踏み込んで、とりあえずは15年後にいったんすべての原発を停止するということをまず決めたうえで、停止に向けたスケジュール、工定表を作るべきだ、としている。その間に、原発もタブー視せずに、エネルギー政策全般を議論すべきだというのだ。国民の安心を第一に考えたうで、将来ビジョンを描く。これが危機の時に政治家に求められている機能だろう。

インタビューは以下です。是非ご一読を。

現代ビジネス「まずは15年後に原発停止の工程を決める」塩崎恭久インタビュー Vol2

http://bit.ly/eSomII

(無料です)

2011-04-22

塩崎恭久元官房長官インタビューVOL.1 「福島原発の米軍情報を活かせなかった官邸の機能不全」

| 21:17

磯山: 今回の東日本大震災首相官邸の機能不全が指摘されています。安倍晋三内閣の官房長官だったご経験から、菅直人首相枝野幸男官房長官の動きをどうご覧になっていますか。

f:id:isoyant:20110421115155j:image:w360:right

塩崎: 震災以降、テレビを通じて流れる枝野さんの説明に、国民は良い印象を持っているでしょう。私も枝野さんは良く頑張っていると思います。

 しかし、内閣官房長官首相と共に、国家の司令塔としての役割を果たさなければなりません。本来は菅さんがもっと前面に出るべきだと思います。

 記者会見も不十分だしメディア対応もきちんとしていない。菅さんがやらない分、枝野さんがすべてやらざるを得なくなっているのでしょう。

 原子力発電所が水蒸気爆発した時も、一般から見ればかなり高レベルの汚染水を海に放出した時も、国家としての一大危機だったわけです。それを完全に掌握しているように感じさせることができませんでした。それが内閣として機能不全と国民から指弾される最大の要因でしょう。

 日本の原発事故の直後に、米国オバマ大統領は演説して「米国原発は安全で、今後も原発を建設する方針に変わりはない」と明言しました。国家としての意思を明確に示したわけです。

 一国のリーダーとしては、国民の心の中にアンカー(錨)を打ち込むことで、それが国民に安心感を与えるわけです。ところが菅さんはまったくそれができていません。

全体を把握している、という安心感を示せ

磯山: 官房長官の役割としてはどうですか

塩崎: 菅さんがやらない分、枝野さんが全体を把握しているという姿を本来見せなければならないのですが、「枝野は原発問題」という感じになってしまっています。

 被災者対策は誰が司令塔なのか、松本龍防災担当大臣なのかも、はっきり見えません。事態をトータルに把握している内閣の頭脳がどこにあるのかが分からないから、国民はみな不安になるのです。

 私も被災地に入って話を聞きましたが、「政府は誰も全体を把握していないのではないか」と多くの被災者の方から質されました。

磯山: 首相の女房役であり官邸の中枢を差配するのが官房長官の役割だと思うのですが、情報はきちんと集まっているのでしょうか。

 米軍は震災直後から無人偵察機「グローバルホーク」を飛ばし、福島第1原発上空からの写真などを撮影していました。その情報は米軍から日本政府に提供されていたが、官邸から原子力・安全保安院に中々その情報が提供されず、事態の把握が遅れたと指摘されています。

塩崎: 「もちろん首相や官房長官のところにはあらゆる情報が集まってきます。官房長官が知ることができない情報など基本的にはありません。日米間では提供された軍事情報の取り扱いを細かく決めています。違反して情報漏洩すれば懲役10年に処されるといった罰則もある。

 今回指摘されているのは、軍事情報を見ることができるリストに保安院や東京電力が入っていなかったため、情報提供ができず、事態把握ができなかったという話です。私も霞が関の幹部から直接そう聞きました。法律上出せなかったのだ、という弁明です。

 ですが、これはおかしな話でしょう。首相はもちろん官房長官のところにも、その情報は間違いなく来ていた。首相なり官房長官が、緊急事態なので情報を提供すると決断すればそれで済んだはずです。

原発問題は官房副長官に専念させるべきだった

磯山: もともと官房長官が司令塔になる様に設計されているとすると、今の菅内閣の運用方法に問題がある、ということでしょうか。

塩崎: 全体を把握しなければいけない官房長官として、枝野さんは細かいところに入り込み過ぎですね。

 本来、原発問題は官房副長官のひとりを担当にして専念させるべきでした。

 首相佐官にたくさんの政治家を登用していますが、私はそれが間違いだと思います。補佐官には法律上の権限がなく、官僚を直接使うことができません。政治家の補佐官の言うことを役人は聞かないし、補佐官選挙があればさっさと地元に帰ってしまいます。

 官房副長官を増員すべきだというのが、私の長年の持論です。副長官に就いた政治家が個別の問題を担当し、補佐官は政治家ではなく専門家を置く方がいい。

 菅内閣には内閣参与もたくさんいますが、多くが霞が関と共同歩調がとれない人たちです。それでは官僚組織をフル稼働させることなどできません。

磯山: 危機の時の指揮命令系統が混線しているようにも見えます。

塩崎: もちろん平時の時から指揮命令系統が整っていることは大事なのですが、危機の時にこそその真価が問われます。

 現地で被災者の方に聞くと、ほんの三分の違いが生死を分けたという話がたくさんあります。危機を想定して組織のヒエラルキーをきちんとしておくことが重要なのだと痛感しました。

 残念ながら、民主党政権は平時の時からバラバラで、閣僚も党の幹部も皆が好き勝手な事を言うから物事がなかなか決まらなかった。そんな悪い面が大震災という国家の危機に露呈してしまったということでしょう。

聞き手 磯山友幸

講談社 現代ビジネス 20110422アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2588?page=3

2011-04-20

東京市場を阪神大震災を機に転落した“神戸港"の二の舞にさせるな 逃げる外国人をどう呼び戻すか

| 21:02

1995年1月に起きた阪神淡路大震災は、日本代表する港のひとつだった神戸港に大きな被害をもたらした。

 コンテナを積み下ろしするクレーンが倒れ、埠頭も船が着岸できない状態になった。麻耶埠頭でコンテナの積み下ろしが再開されるまでに2カ月余りを要し、全面的に復旧するまでには丸2年の歳月が必要だった。

 震災当時、神戸港は猛烈な国際競争の只中にいた。韓国釜山港などがコンテナ埠頭の整備などを急ピッチで進め、物流のハブとしての国際港湾機能を競っていた。そこに震災が襲ったのだった。

 震災で神戸港が機能不全に陥ったことで、当然のことながら、神戸港の貨物取扱量は激減した。神戸港の入港船舶の総トン数は1994年の3億343万トンから1995年には1億7326万トンへと、43パーセントも減少。外国貿易のコンテナ貨物の取扱量も4218万トンから2113万トンへと半減した。海運会社が神戸港から釜山港などへ急遽シフトしたことが要因だ。

 問題はその後どうなったか、である。神戸港の修繕が進むにつれコンテナの取扱量は持ち直したが、1996年には3195万トン、1997年には3026万トンにとどまり、それ以降、3000万トンをはさんで増減する状態が続いている。

 震災前年の4200万トンが過去最高のまま、それ以降は更新されないでいる。入港船舶の総トン数も震災前年の3億トンが過去最高のままで、その後ジワジワと減少。リーマンショックの影響で輸出が減った2009年は1億8700万トンと震災直後と同じレベルにまで落ち込んだ。

 つまり、震災の何年も前から国際競争に直面していた神戸港は、震災をきっかけに港の国際的な位置づけが大きく変化してしまったと見ていいだろう。

 今回の東日本大震災とその後も続く東京電力福島第一原子力発電所の事故によって同じことが起きる可能性が高い。日本のほかの港湾がそうなると言っているわけではない。国際競争の只中にいて何年も前から国際的な地位低下が危惧されてきた国際金融センターとしての東京市場で同じことが起きるのではないか、ということだ。

 原発での水素爆発をきっかけに、外資系企業の東京からの避難が相次いだ。東京から大阪へ機能を移す会社もあったが、金融系の場合、一気に香港シンガポールまで機能を移した例が目に付いた。

 もともとここ数年、東京市場の国際的な優位性が失われ、アジアの中核拠点としての機能を香港シンガポールに移す会社が多かったが、今回の震災をきっかけに、それが一気に表面化したと言える。

だぶついた世界のカネを東京市場に集めよ

「これではもう拠点としての機能は永遠に戻って来ないのではないでしょうか」と、外資系金融機関の日本人役員は言う。東京電力が原発事故の収束に向けた工程表を公表、その中で、安定的な冷却停止までのメドを6~9カ月とした。「これで放射能を恐れる外国人社員は最低でも1年近く戻ってこないことがはっきりした」というのだ。

 ここ10年以上、懸念され続けてきた「東京市場のローカルマーケット化」が、震災を機に一気に加速する可能性が強まっている。

 では、どうやって、東京市場の沈没を阻止するか。残念ながら、今のところ民主党政権内からも金融庁からも「東京市場の復興策」という声は聞かれない。

 だいいち、東京市場が“被災"した、という認識すら持っていないのだ。政府金融庁も震災で直接的な被害を蒙った被災地域や金融機関の救済に手一杯の状態で、東京市場をどうにかしなければいけない、という問題意識すらない。

 東京証券取引所の斉藤惇社長は、「ジワジワと売買高が落ち込んでくると、東京市場は完全にローカルマーケットになってしまう」と危機感を強める。すでに東京市場の売買の中心は外国人投資家が担っている。その外国人が東京を脱出してしまえば、一気に売買が細る。

 多少の放射能の危険性があるとしても、外国人金融マンに東京に留まらせるにはどうすべきか。日本が投資対象として外せない国だ、ということを示す必要がある。

 米国などの流動性供給によって、世界にはだぶついたマネーが動き回っている。実際、震災直後の株価急落の過程では、外国人が日本株を買い漁った。そうした世界の余剰資金をいかに日本に呼び込むかが、東京市場の再興、ひいては日本全体の復興のカギを握る。

 そのためには、外国人が日本の復活を信じるようなグランドデザインを世界に向かって示す必要がある。

 政府は震災後1カ月を経てようやく「復興構想会議」を立ち上げたが、メンバーの中に金融業のプロと呼べる人材はおらず、そうした視点でのグランドデザインが出てくるかどうか心もとない。また、とりあえずの答申を6月末としていることも、タイミングが効果を大きく左右するマーケットへのメッセージとしては、余りにも悠長だろう。

 ビジョンの呈示という世界の投資家の感性に訴える戦略は不可欠として、それで十分なわけではない。東京を拠点にする具体的なメリットを国として呈示しない限り、リスクを犯して拠点を香港シンガポールから戻すことはないだろう。

 これまでさんざん議論されてきた税制上の優遇策や、規制の撤廃などを一気に実行に移す時だ。

現代ビジネス 磯山友幸「経済ニュースの裏側」 20110420アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2470

2011-04-14

首相官邸の危機管理能力を検証せよ

| 23:18

大震災から1カ月以上がたち、震災当日に誰がどう発言し、行動したのかを検証する記事などが載り始めた。首相官邸が危機に当たってどう機能したか、あるいは機能しなかったか、専門のスタッフを置いてきちんと検証しておくべきだろう。誰か個人の責任を追及するためではなく、日本の危機管理のどこに根本的な欠陥があるのかをきちんと把握するためにである。

というのも、首相官邸に出入りする官僚たちに聞くにつけ、首相官邸の機能不全には暗澹たる気分にさせられる。そもそも情報がまともに集まっていないし、政治家も官僚もタイムリーな決断ができていない。

危機管理は本来、想定外のことが起きた時に誰がどういう対応を取るのかを決めておくことだ。想定外のことも想定しておくというイマジネーションがいるのだが、残念ながら霞が関の官僚はこれが大の苦手である。というよりも、自分が信じる結論を補強するために想定を作るという作業を若い頃からしているために、想定の範囲を実際に起きる可能性があることよりも狭めてしまう。これではリスク管理が機能するはずはない。

今回の大震災が未曾有の災害であることは間違いない事実だが、首都が壊滅したわけでも、首相官邸が被災したわけでもない。にもかかわらずここまで機能不全に陥るとは、そもそもの想定が甘いということに他ならない。

閣議中の首相官邸に核ミサイルが落ちて閣僚全員が死亡した場合、誰が政府をコントロールするのか。そういった想定は、おそらくなされていない。想定外になった瞬間に思考停止なのだ。

「核戦争が起きる」「他国に侵略されて占領下に置かれる」−−そんなことは起きるはずがない、として「想定外」とするのか、確率は低くとも起きる可能性はあるとして「想定」するのか。ここに危機管理の質の違いが生じる。

そんな「想定」をしている国があるのか、と聞かれればあるのだ。一例を挙げればスイスである。スイスの住宅の地下には核シェルターが設置されている。私も2002年から2004年まで日本経済新聞チューリヒ支局長としてスイスに家族とともに暮らしたが、4世帯は入っている共同住宅の地下には分厚いコンクリートと鉄の扉で囲まれた核シェルターがあり、日ごろは物置として使っていた。

そんなスイスに学ぶ危機管理をまとめた一文を講談社ウェブ「現代ビジネス」に掲載しました。無料ですのでお読み下さい。 http://bit.ly/egHpgv 

2011-04-13

核戦争も想定したスイスにならい、危機管理のできない政府は「BCP」策定を急げ リスク管理に「想定外」は許されない

| 21:05

「なにぶん想定を大きく超えるものだったので」---。

 東日本大震災の後、政府首脳や東京電力の幹部、原子力安全・保安院の責任者など多くの人たちから、何度この言葉を聞いたか。

 本来、リスク管理とは、想定を超える事態が発生した際に、いかに組織の機能を維持し、どうやって危機に対処するかをあらかじめ決めておくことが基本だ。BCP(ビジネス・コンティニュイティ・プラン)と呼ばれ、最近、日本企業の間でも策定するところが増えていた。日本語では事業継承計画と訳される。

 菅直人首相の指導力の欠如が批判されている。だが、危機に直面して瞬発的に指導力を発揮す能力を備えた人物など、そういるものではない。世界の近現代史では政治家が卓越した指導力を発揮した例が出て来るが、彼らの多くがもともと軍人であるか、軍事訓練を受けた経験を持ち、限界的な状況に追い込まれる中で瞬発的な判断を下す訓練を積んでいた。

 もちろん、政治家に軍事訓練を受けよと言っているわけではない。ましてや国民に徴兵制をなどと言うつもりもさらさらない。だが、官邸周辺にいる政治家も官僚たちも、次々に進展する目先の事態に追い回され、なかなか指導力を発揮できない姿をみるにつけ、危機管理の体制、すなわち政府部門のBCPが不十分だったことを痛感させられる。

 地震国日本は宿命的に大規模災害から逃げることはできない。残念ながら東日本大震災を最後に震災がなくなるわけではない。大地震から1ヵ月を経ても、大きな余震が繰り返し襲っている。

 将来、首都圏に大きな被害が及ぶような震災が起きた場合に官邸霞が関はどう動くのか、その時、国民はどうやって危険から身を守り、被災から立ち上がるのか。東日本大震災の対応と切り離して、早急に政府部門のBCPや、国民全体の行動計画を練るべきだろう。

 国民全体でリスク管理を考えるうえで参考になるのがスイスだ。スイスは国民皆兵の仕組みを取る国だが、「皆兵」と言った時に日本人が抱くイメージとは大きく違っている。

 私がスイスチューリヒに赴任していた頃、仲の良い大学研究者がいた。彼は20歳代後半だったが、軍隊では尉官の肩書きを持っていた。ある時、今年も2週間の軍事訓練に行かねばならないというので、小銃を持って野山を駆け巡るのかと聞いたところ、「僕の専門はメンタルケアだから」という予想外の答えが返ってきた。

 核戦争が勃発した際、スイスでは公共施設や住宅に設置された核シェルターに避難することになっている。だが、密室で集団生活を始めると、いかに避難者に精神安定を保たせるかが大きな課題になる、という。シェルター内でパニックが起きるリスクにどう対処するか、という問題があるのだ。機密ということで、外国人である私には詳しくは教えてくれなかったが、どうやらメンタルケアを中心に行う部隊があるらしい。

 様々な状況を想定し、平時から役割分担を決めておくことで、万が一に備えるというのが、スイスの国民皆兵制の本質なのだ。

 スイス政府が作った国民向けのハンドブックが日本でも翻訳出版されている。『民間防衛』(原書房)という本で、危機管理のマニュアルとして隠れたベストセラーになっている。

 この本をみて分かることは、スイスでは、軍隊以外にも地域防災組織や自警団が置かれ、緊急時には「地域防災長」の指揮命令下に入ることになっている。地域防災組織は、指揮・警報伝達班、被災者救護班、消防班、工事保全班、衛生班、核兵器化学兵器対策班などに分かれ、平時から分担ごとに訓練を行っていることだ。

 マニュアルには放射線に関する知識もやさしく書き込まれ、どれぐらいの放射線量の場合に何時間活動できるか、といった指針を具体的に示している。原発をタブー視し、「原発事故は絶対に起きない」というのを前提に、国民に放射線の知識すら教えてこなかった日本とは対極にあると言っていいだろう。

 スイスにならえば、日本人も平時のうちから、災害の発生を前提にした役割分担を決めておく必要があるだろう。まずは、霞が関の官僚機構だ。震災対応で寝る間もなく忙殺されている官僚がいる一方で、通常業務を自粛し手持無沙汰の官僚もいる。官僚の役割は平時と緊急時で大きく変わって当然だろう。

 震災直後に自衛隊の予備自衛官が初めて召集された。官僚OBの天下りが批判されているが、こうしたOBを予備官僚として登録し、危機の時にどんな役割を担うのかをあらかじめ決め、訓練しておくのはどうだろう。

 今回の大震災では、東北地方自治体行政機構そのものが大きな被害に会い、機能が失われてしまった。首相官邸霞が関の機能が失われた時、どこが代替するのか。東京への一極集中首都機能の分散を含め、BCPを早急に作り上げることが急務だ。

現代ビジネス 磯山友幸「経済ニュースの裏側」20110413アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2436

2011-04-06

大震災復興は「政府の資金」より「善意の資金」の仕組みを

| 21:08

 東日本大震災の復興に使う資金の財源をどうするのか、震災直後から様々な声が挙っている。真っ先に発言したのが自民党谷垣禎一総裁。菅直人首相との会談で、「臨時増税」の時限立法制定について自民・民主の両党幹事長が協議することを確認した、と震災2日後の13日の記者会見で明らかにした。

 次いで声を上げたのが大和総研理事長の武藤敏郎氏。18日に「復興連帯税」の創設を提言。消費税を引き上げることで財源確保が可能だとした。また、中央大法科大学院教授の森信茂樹氏も、統一後のドイツ所得税法人税に付加税として税率7・5%を上乗せして、年1・8兆円を捻出した例を引き、付加税の導入を提唱した。

 いわば「増税派」だが、谷垣氏は財務大臣も務めた財務省シンパ、武藤氏は元財務次官、森信氏も東京税関長を務めた元財務官僚だ。財務省は震災前から国の財政規律を立て直すためには増税が不可欠という立場であることは周知の通りだ。

 もちろん、このタイミングでの増税には反発が強い。竹中平蔵氏は「菅政権は、経済のダメージを受けたこの時期に、本気で増税する気らしい。経済学のイロハに反する」と真っ向から批判。嘉悦大学教授の高橋洋一氏らは、増税ではなく、10〜20兆円の国債を発行して日銀がそれを直接引き受けすべきだとしている。

 増税か、国債発行か。明らかに震災前からの議論を引きずっているが、もう1つ重要な論点がある。国民から集めた資金が本当に援助を必要としている被災者の役に立ち、地域の復興に結びつくか、である。

 仮に復興財源を理由として消費税に1〜2%を上乗せしたとしよう。果たしてそれが復興に限った目的税にできるのか。目的税と言った場合、何をもって「復興事業」とするのか。増税しても官僚機構のムダの拡大や、不要不急な公共事業に資金が回ってしまうのではないか。国民は不信を抱いているのではないだろうか。

 民主党への政権交代以降、国家予算の財源は、国債による調達額が税収を上回る状態が2年連続で続いている。戦後の混乱期だった昭和22年度(1947年度)以来の異常事態とされる。戦費調達など国の放漫な支出のツケと説明する向きもあるが、戦争中は国債発行額よりも税収が多かった。

 戦後はなぜ税収を増やせなかったのか。ひとつの仮説は「国への信頼感」だろう。何とか国を支えなければならないと国民が思えば、増税に応じる。だが国が信頼を失えば、政府増税案は悉く国民に拒絶される。この仮説に従えば、今は敗戦で政府の信頼が地に落ちた戦後以来の、政府への不信感が渦巻いていると考えるのではないか。

 だとすると、東日本大震災という未曾有事態に直面したからと言って、そう簡単には増税することができないのではないか。

ふるさと納税」の活用も

 一方で、個人の善意である義援金の総額は震災後3週間の間に日本赤十字社と中央共同募金会に寄せられたものだけでも1154億円に上っている。今後届けられる海外からの義援金なども、かなりの金額にのぼり、最終的には数千億円単位になりそうな勢いだ。直接、被災者に届けられる義援金には、国民の大きな善意が寄せられているのだ。

 こうした国民の善意を復興財源に生かすにはどうするべきか。中長期的に見れば、広く国民に負担を求めざるを得ないのは明らかだ。国債発行にせよ、いずれはその償還財源が必要になる。経済が混乱を極めている今すぐにではないにせよ、増税は避けて通れないだろう。

 だがその際には、明確に復興に向けてのビジョンを示し、何にいくらの資金が必要になるかを明らかにしたうえで、資金負担を求めねば、国民は簡単には政府を信用しないだろう。上乗せ税率分の復興財源への目的税化は最低限必要だ。もちろん、その前にもう一度、徹底したムダの排除に取り組むべきなのは言うまでもない。

 いずれにせよ増税論議には時間が必要だ。その間の財源をどう確保していくか。無利子復興国債など「善意」に頼る資金調達方法に知恵を出すべきだ。また、ふるさと納税制度を大幅に拡充し、被災していない自治体の住民が、自らの意思で被災した自治体税金をシフトさせることも可能だろう。

 現行制度でもわずかな自己負担で税金をシフトさせることが可能だ。静岡県が作っている「自己負担額が5,000円以内となる寄附額の目安」は参考になる。年収600万円の人は3万円、年収1000万円だと8万2000円、年収1億円なら181万円まで、実質的な自己負担5000円以下で、被災地の自治体に寄付できる。

 国民の善意を生かす方法で、必要なところへ必要な支援が行く方策を採っていくべきだろう。

現代ビジネス 磯山友幸「経済ニュースの裏側」 20110406アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2384

2011-04-03

“国のかたち”を創り直す中長期的な「大復興プラン」を

| 23:44

菅直人首相東日本大震災の被災地を視察し、避難所を慰問した。視察に行かなくても批判され、行ったら行ったで批判される菅首相は気の毒ではあるが、人徳の多寡の問題なのだろうか。リーダーの器量が試されているわけである。

視察前の1日、菅首相官邸で記者会見を行い、有識者や被災地の関係者で作る「復興構想会議」を設置する考えを表明した。中長期的な視点で日本全体を作りかえるような復興戦略を早期に立案し、世界に向けて発信することが大事だと思う。だが、官邸周辺の動きを見ていると、直面する被災者救援対策に忙殺され、中長期的な戦略を策定する「頭脳」が政権内に存在していない状態が続いている。復興構想会議がどんな性格の組織になるのか、注視していく必要がある。

 復興庁の設立にも取り組むと伝えられたが、具体的な姿は見えない。ひと口に「復興庁」「復構想会議」と言っても、発言する人の立場によって思いが異なっている。岩手県達増拓也知事は真っ先に「東北復興院」の必要性を訴えたひとりだが、「県や市町村のキャパシティーを超える事態に直面している」という窮状を救うために「国」が乗り出して欲しい、という意見だった。救援活動が各省庁バラバラに動くのではなく、一本化された「国の機関」が行うことは重要だが、要は、目先の救援を担う組織の整備を求めているわけだ。


 復興庁のアイデアの元は、関東大震災後の帝都復興院だ。帝都復興院の最大の成果は未来を見据えた都市計画を打ち出したことだと言えよう。満鉄総裁や内務大臣東京市長などを歴任した後藤新平が総裁となり、「大風呂敷」と揶揄されながれも、復興に向けた大プランをぶち上げた。内容は大規模な区画整理や公園・幹線道路の整備だった。自動車が普及していない当時にあって、幅員八十メートルの道路計画などを打ち出した。当時の国家予算の一年分に当たる十三億円という復興予算案を出したが、財界などからの強い反対にあって、大幅に計画を縮小。それでも五億七千五百万円をつぎ込んだ。現在の国家予算にひき直せば、四十兆円〜五十兆円ということだろう。当時、批判された公園や道路は、その後の東京の骨格となり、経済成長の受け皿になったのは多くの学者の指摘するところだ。

 もちろん、生活の早急な復旧や被災者救援が大切なことは言うまでもない。しかしながら、無計画に旧に復するのでは、その後の発展が見込めないことも事実だろう。今こそ、日本の復活に向けたグランドデザインを描くことが重要だと考える。

復興に向けたグランドデザインの必要性と、それを海外に向けて発信する重要性を、新潮社フォーサイト』に掲載しました。 

http://fsight.jp/article/10368

2011-04-01

今こそ国のグランドデザインを

| 21:44

 東日本大震災から10日余りが過ぎた3月22日、枝野幸男官房長官は記者会見で、震災復興に向けた施策を統括的に担当する「復興庁」の設置に取り組む姿勢を示した。1923年の関東大震災の際に「帝都復興院」を設けて復興計画の原案を作成した例にならったもので、自民党石原伸晃幹事長や公明党井上義久幹事長などから設置を求める声が上がっていたものだ。みんなの党も25日に、与野党党首や自治体の首長、民間人を議員とする「東日本復興院」を仙台に置く構想を発表した。

 枝野氏は会見で、「復興に対して、まとまった機能を果たしていく組織は、当然考えていかなければならない」と述べたが、その後の具体的な動きは鈍い。というのも半月以上たっても死者数すら確定できない未曾有の大惨事に加えて、福島第1原子力発電所の事故が一向に収束に向かわず、官邸は被災者救援・原発対応に忙殺されていることから、「復興にまで頭が回らない」というのが実態なのだ。

被災者救援は最重要だが

 事実、震災後に「復興案の早期策定」を求めて元議員がある官房副長官に電話したところ、「重要性は分かりますが、今はその余裕がありません」という反応だったという。菅直人首相に「シンクタンク」と位置づけられていたはずの国家戦略室は、ほとんどが被災者救援対策に駆り出され、中長期的な戦略を策定する「頭脳」が政権内に存在しない状態が続いていると言っても過言ではない。

 緊急時となって平時の業務を事実上見合わせている官僚たちも内閣官房内閣府には多数いるが、業務の変更などを的確に指示できる幹部がいないことから動くに動けないというのが実情だ。民主党が掲げた「政治主導」も、主導するはずの大臣や副大臣大臣政務官が緊急対応で手一杯となれば、まったく機能しない。

 復興庁が設立に向けて動き出したにしても、厄介な問題がある。ひと口に「復興庁」「復興院」と言っても、発言する人の立場によって思いが異なることだ。

 岩手県達増拓也知事は真っ先に「東北復興院」の必要性を訴えたひとりだが、「県や市町村のキャパシティーを超える事態に直面している」という窮状を救うために「国」が乗り出して欲しい、という意見だった。救援活動が各省庁バラバラに動くのではなく、一本化された「国の機関」が行なうことは重要だが、要は、目先の救援を担う組織の整備が求められているわけだ。

今こそ「国のかたち」を見直せ

 だが、関東大震災後の帝都復興院の役割は違う。最大の成果は未来を見据えた都市計画を打ち出したことだと言えよう。満鉄総裁や内務大臣東京市長などを歴任した後藤新平が総裁となり、「大風呂敷」と揶揄されながらも、復興に向けた大プランをぶち上げた。内容は大規模な区画整理や公園・幹線道路の整備だった。自動車が普及していない当時にあって、幅員80メートルの道路計画などを打ち出した。当時の国家予算の1年分に当たる13億円という復興予算案を出したが、財界などからの強い反対にあって、大幅に計画を縮小。それでも5億7500万円をつぎ込んだ。現在の国家予算にひき直せば、40兆円−50兆円というところだろう。当時、批判された公園や道路は、その後の東京の骨格となり、経済成長の受け皿になったのは多くの学者の指摘するところだ。

 もちろん、生活の早急な復旧や被災者救援が大切なことは言うまでもない。しかしながら、無計画に旧に復するのでは、その後の発展が見込めないことも事実だろう。今こそ、日本の復活に向けたグランドデザインを描くことが重要だと考える。

 今回の震災では幸い首都の崩壊は免れた。だが、福島の原発事故は収束のメドすら立たず、半径30キロ圏にわたって事実上、人が居住できない状態が続いている。また、首都圏も深刻な電力不足が今後も続く見通しで、電力の安定供給のメドも立っていない。もはや東北を中心とする被災地域の復興だけではなく、日本全体の「国のかたち」の抜本的な見直しが必要になっているのだ。

原発」も国民全体で議論を

 間違いなくエネルギー政策の全面的な見直しが不可欠になるだろう。日本はいつの間にか原子炉を55(休止中を含む)も持つ原発大国になった。この間、原子力を巡る国民的な議論が行なわれてきたとは言いがたい。マスメディアでも原発問題はタブー視され、極端な反対論と積極的な賛成論以外の議論が抜け落ちていた。それが証拠に、原子力放射線に対する国民の知識は私自身を含めて驚くほど少ない。学校教育でも原発が積極的に取り上げられることは少なかった。

 原発に賛成か反対かではなく、このままではどこの自治体の住民も新設を認めないだろう。稼働している原発の休止を求める声が上がる可能性も否定できない。しかし、その一方で電源の3割を原発に頼ってきた事実がある。

 シュレーダー政権で原発すべての停止方針を打ち出したドイツは参考になる。10年なり15年後までにすべての原発を段階的に停止することをまず決め、その間に国民的な議論を真剣に行なう。代替エネルギーの確保だけでなく、原発の要不要についても、もう一度議論することが求められる。

 政府のあり方についても見直しが必要だろう。道州制に向けた、中央政府と地方政府の役割を考え直す良い機会と捉えるべきだ。東京に過度に一極集中している首都機能の見直しは、真っ先に行なわれなければならない。

 今回の地震放射能問題、電力供給の不安定化で、外国大使館や外資系企業は、軒並み東京退避の動きを見せた。大阪など日本の他都市に移すだけではなく、香港など海外に拠点の機能を移した会社もある。

 電力の安定供給にメドがつかない限り、こうした会社などは長期にわたって東京に戻ってくることはないだろう。きちんとしたマスタープランに基づいて首都機能を分散していかねば、企業の“自主退避”が加速し、東京だけでなく日本全体が沈没しかねない。大阪名古屋福岡といった既存大都市への分散を促すような政策的な取り組みが不可欠になる。

 この際、国会霞が関の機能を、南東北に移転してはどうか。首都機能移転で最終候補に残った土地でもあり、今回の被災地にも近い。エネルギー効率が高く二酸化炭素を出さない「スマートシティ」、安全性の高い「防災都市」のモデル都市として、新都を建設すれば、有効需要や雇用が生まれ、被災地の経済復興にも大きく役立つだろう。

 その他にも、成田羽田に集中している国際航空路のハブ空港機能を、北海道九州にも設けるなど、分散型国土の形成に向けた施策は数多くある。そうしたアイデアを広く集め、政策としてまとめていくための、「日本復興院」の機能を早急に立ち上げることが必要だ。震災復旧という目先急がねばならない「復興」と、日本の「国のかたち」を作り直すためのグランドデザインを描く中長期的な「復興」を同時に進めなければならない。

財源は日銀ではなく国民から

 復興プランを作るに当たって、当然のことながら財源も考えておかなければならない。帝都復興院の当初プランが国家の年間予算規模、実行した予算が5割だったことを考えると、今回の復興と国づくりにかけるべき総費用は100兆円、国が手当てすべき財源は50兆円だ。

 ではどうやって50兆円を調達するか。すでに20兆円の国債を発行して日銀が引き受けるべし、という議論も多くの識者から出されている。だが、日銀引受は市場が吸収できなくなった場合のラストリゾートとして温存しておくべきで、軽々に発動すべきではない。

 まずは、相続税の対象から除外できる無利子国債の発行はどうか。高齢者層に滞留する預金などの資産を「復興国債」に回し、次世代に繰り越すことで、今必要な資金をひねり出すことができるのではないか。無利子に加えて災害復興寄付金付として額面以上で売り出すことも可能かもしれない。国民の善意に期待して資金を集める方策をまずは考えるべきだろう。

 1200兆円を超える個人金融資産の規模からすれば、50兆円を政府が調達することは難しくない。ただ、その際に不可欠なのが、資金の使い道を明確に示した「ビジョン」であることは論を俟たない。そのためにも、資金の出し手が期待を抱き続けるような、中長期の国家復興計画を早急に示す必要がある。

日本の「見切り売り」を許すな

 それは日本国内の資金の出し手に限らない問題だ。既に日本国債や日本の株式を保有する外国人投資家に、日本を「見切り売り」させないためにも、日本の復活シナリオを早急に描き出す必要がある。米国クリントン国務長官は「日本はより強い国になる」と発言している。米国政府要人のこうした発言は、日本の市場を安定させ、過大な不安心理による市場崩壊を防ぐことにつながっている。

 東京では、電力の供給不安による消費の減退などが明らかで、統計上のGDP国内総生産)成長率が大きく落ちることは避けられない見通しだ。経済悪化を示す数字が次々と明らかになったとして、マーケットに不安感が広がらないようにするためにも、明確な将来ビジョンを示すことが不可欠だろう。政府が目先の対応で手一杯なら、野党や民間などが叡智を結集して、日本復興計画を早急に策定すべきだ。

新潮社フォーサイト 20110401アップ 無料公開 http://www.fsight.jp/article/10368?ar=1&page=0,0&ar=1