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2011-06-08

「幸せとは何か」ブータン王国レポート(上)

| 09:12

 3月に訪ねた“幸せの王国”ブータンの探訪記です。グローバル化と成長を善としてきた経済ジャーナリストの目から見た王国の素顔の一端をお届けします。講談社「現代ビジネス」に6月8日掲載されたものの再掲です。ご一読ください。

 現代ビジネスはこちら→ http://bit.ly/l3kDBJ


 「幸せとは何か」は、経済学いや社会科学全体の永遠の命題に違いない。日本も、高度経済成長やバブルの形成と崩壊を経て、国民にとって幸せをもたらす国家とは何か、あるいは政策とは何かが問われてきた。そして、東日本大震災に直面して、人々の間にも「幸せとは何か」をより深く考える機運が生じている。

 幸せの尺度を探し出すことは容易ではない。これまで多くの国で、経済成長こそが幸せだと信じられ、成長の尺度であるGDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)を政策の目標として使ってきた。そんな中で、1970年代からGNPでは測れない幸福の指標としてGNH(Gross National Happiness=国民総幸福度)を掲げてきた国にブータン王国がある。

 私は、3月11日の朝、成田を飛び立ち、そのブータン王国に向かった。GNHを信奉するというよりも、経済を専門分野としてきたジャーナリストとして、むしろ懐疑心を抱いての取材旅行だった。東日本巨大地震津波に襲われた時は既に機上にいて、まったく経験していない。通信網が不安定な中で日本の情報を気にしながらのブータン旅行だったが、「幸せとは何か」を探訪する旅が、大震災と重なったことに運命を感じる。

航空機を3機しか持たないブータンのドゥク・エアー

 翌日の早朝、バンコク空港を飛び立ったブータンの航空会社「ドゥク・エア(雷龍航空)」は、ブータンバングラデシュに挟まれたインド東部のグワーハーティーに立ち寄った後、ブータン西部のパロに向かった。山間にある同国唯一の空港に向けて谷筋にそって旋回しながら高度を下げていく。

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 有視界飛行のパロ空港は世界でも屈指の離着陸が難しい空港だという。ドゥク・エアは元は国営企業で、現在民営化の途上にある。保有する航空機は3機のみで、お祭りのあるハイシーズンはかなり前から満席となる。実は、この外界との接点が限られていることが、ブータンを未だに秘境たり得ている大きな要因だ。

 2009年の海外からの旅行目的の入国者数は、ビザ無しで入国できるインド人を除いて2万3480人。ここ5年、急ピッチで増えてきた。2000年から2004年は5000~9000人だったが、2005年に1万3626人、2007年に2万1094人と増加。リーマンショックによる世界的な旅行者減の影響を受ける前の2008年は2万7636人に達していた。ちなみに最も多いのは米国人で2009年全体の20%、次いで日本人の13%、英国人8%となっている。

 観光客数で見る限り、2005年以降は明らかに「開国政策」を取っており、インタビューした観光局の幹部によれば、今後も観光客を増加させる方針だと言う。外界とのパイプが急速に太くなる中で、どうやってブータンらしさを保ち、ブータン流の「幸せ」を守り続けていこうとしているのだろうか。

 ブータンの人口は約70万人。日本で言えば政令指定都市になる規模で、熊本市岡山市と同規模。東京で言えば練馬区ぐらいだ。国土面積は日本の九州とほぼ同じ。山々に隔てられた深い谷にある町や村に分散して暮らしており、今でも全人口の70%前後が自給的農業で生活しているとされる。つまり、自給自足が中心で生活の一部にしか貨幣経済が浸透していないという。

急速に進む都市化とバブルの臭い

 「つい4~5年前までは誰の車かほとんど分かったんだが」と首都ティンプーで会った政府の官僚は言った。ブータンにも急速にモータリゼーションの波が押し寄せている。とは言っても、ティンプーにはまだ信号機は存在しない。町の中心の交差点の中央に手振りで交通整理する警察官のボックスがあるぐらいだ。日曜の夜には“渋滞"も起きるが、せいぜい十数台の車列ができる程度だ。

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 だが、数年前に国内銀行による自動車ローンが解禁され、自動車の保有台数がうなぎ登りに増えている、という。

 首都ティンプーの人口は推計で8万人とされるが、実際には10万人近くに増えているのではないかと言われる。仕事を求めて地方から首都に出てくる人が急速に増加。都市化が進んでいるのだ。その証拠にティンプー市内は建設ラッシュだ。

 「1階部分を建てる自己資金があれば、銀行は6~7階建てができる金額を貸してくれる。部屋を借りたい人はいくらでもいるので、返済は問題なくできる」とレストラン経営者は語る。実際、こうした不動産ローンが急拡大しているといい、日本人からすればバブルの臭いすら感じるのだ。

 日曜日。ティンプーの中心にある王政百周年記念市場に行ってみた。主食のコメやブータン人が日ごろ大量に食べるトウガラシや乾燥チーズのほか、フルーツや野菜などが豊富に並ぶが、穀物や野菜、果物などの多くがインドからの輸入品であるという。主食のコメもかつては自給自足だったというが、山間地の畑では収穫量には限りがある。食糧のかなりをインドに依存する状態になっているのだ。

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 では、その輸入代金はどうやって賄っているのか。ブータンの輸入額は5億3300万ドル。これに対して輸出額は5億1300万ドルである。統計上、貿易赤字は2000万ドルに過ぎない。山国のブータンがいったい何を輸出しているのだろうか。

水力発電の電気をインドに輸出

 実は、電力である。山と深い谷という地形を生かしたダム建設により水力で発電した電気をインドに輸出しているのだ。ブータンの総発電量は14億8000万キロワット時。これに対してブータン国内での使用量は1億8400万キロワット時に過ぎない。発電した電力のほとんどを輸出に回しているのである。

 輸出入を見ても隣国インドとの経済的なつながりの深さが分かる。ブータンGDPは3億5260万ドル。世界で169番目である。だが、ここ数年のインド経済の拡大の恩恵をブータン経済も受けていると見ていいだろう。建設ブームや消費バブルインドからの流入する資金によるところが大きい。GDP成長率は2008年に2・7%、2009年に5・7%、2010年は6・8%に達した。実はブータンは隠れた高成長国だったのだ。

 GDPの内訳は電力ガス水道が全体の20%、農業が18%、建設が12%、運輸倉庫通信が10%で、製造業はまだ8%で、ホテル外食は1%に過ぎない。観光業という括りはないが、おそらく6%程度ではないか、と言われる。ブータンが生活の糧を安定的に得続けるには、電力輸出と観光業の拡大を避けて通れないということになる。

 国民1人当たりGDPが5000ドルと世界145位のブータンは今後どこへ向い、何に「幸せ」を求めていくのか。次回は続きをレポートする。

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