日本の金投資の「第一人者」豊島逸夫に聞く!金はまだまだ儲かりますか?

豊島逸夫さんは異色のエコノミストです。金を通して世界経済を見ることにおいて、日本に他の追随を許さない特異な位置を占めています。その豊島さんが長年務めたワールド・ゴールド・カウンシルを退職・独立して、10月から豊島逸夫事務所を開きました。中国の金取引制度の整備に現地行のアドバイザーとして関与するほか、経済評論活動も幅を広げるお考えのようです。一方で、問題が起きたらまず現場へ行ってみるという「虫の目」も徹底していく、とのこと。新聞記者も真っ青です。
以下、現代ビジネスに掲載したインタビュー記事を編集部のご好意で再掲させていただきます。
オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/27483


 欧州の債務危機でユーロが売られる一方で、米国でも財政悪化でドル価値の下落が止まらない。通貨の信頼が揺らいでいる中で、ひとり金(きん)価格が上昇している。リーマンショック直後1トロイオンス700ドルだった金価格は、今年9月には1900ドルに迫り、その後大きく調整したものの今も1700ドル前後で推移している。日本の金の第一人者で、金を通じたマクロ経済の視点や株式・債券市場などの分析に定評がある豊島逸夫・豊島事務所代表に聞いた。

問 金は100年に一度の大相場だと仰っていますね。

豊島 株式が将来を楽観した場合に買う「楽観資産」、債券が将来を悲観して安全性を重視した場合に買う「悲観資産」だとすると、金は「先進国悲観・新興国楽観の資産」だと思います。今の世界を見ていると、先進国が債務問題を抱え、新興国は経済成長が続くという2つの状況は当分の間、変わりそうにありません。

問 確かに、欧州での債務危機ギリシャからイタリア、スペインへと飛び火して収まる気配がありません。

豊島 欧州の債務危機は当分続くでしょう。私は早晩、それが米国に飛び火し、その後、日本にも波及するだろうと見ています。

問 米国は危機を乗り切るためにドルの供給を続け、それが金価格高騰につながってきました。

豊島 金が上がっているのは通貨価値が下がっているだけだよ、と言っています。ドルをあれだけ刷れば、ドル価値が下がって、ドル建ての価格が上がるのは、半ば当たり前です。金にはコモディティ(商品)としての側面と、通貨としての側面があります。金は食べられるわけではないし、利用するといっても女性の宝飾品ぐらいです。金利も付きません。それなのに買われてきたのは、ひとえに通貨的側面が注目されてきたからです。

 ただ、金には他のものにはない「価値の保存機能」があります。株式のように紙くずになったり、債券のようにデフォルト(債務不履行)したりしません。2008年のリーマンショック以降、世界の投資家はリスクを重視するようになり、守りの投資に徹してきました。リスクをいかに最小化するかという流れの中で、金は格好の投資対象になったわけです。

 リターンを求めようとすると、金は利息も配当も生みませんので難しいのですが、守りの資産としては長い歴史に裏打ちされています。時代の要請に合った投資資産だということですね。

問 豊島さんは金の国際機関ワールド・ゴールド・カウンセルの日本代表を辞められて、10月に独立して事務所を開かれました。動機は。

豊島 金の世界から、マクロ経済などへ自分の活動のユニバースを広げたかったんです。組織で雑用に追われている時間がもったいないと感じるようになっていました。もう1つは、激動の経済を現場に行って自分の目で見たいと思った。アイルランドにも行きましたし、ギリシャアテネにも行って、現場の空気を吸うことがいかに大事かを痛感していましたから。航空運賃も安いので、自由さえあれば、思い立った翌日に日本を発つこともできます。

問 アテネはどうでしたか。

豊島 アリとキリギリスで言えば、アリのメルケル・独首相が、キリギリスのギリシャ国民に、もっと倹約しろと言っているわけです。アテネでは市民がワインを飲みながら、メルケルのばあさんはけしからん、と気勢を上げているわけです。借金も巨額になれば借りた者勝ちです。デフォルトを避けるために年金や給与のカットを受け入れるくらいなら、デフォルトして借金を棒引きしてもらう方がいい。正直なところ、ギリシャ国民はデフォルトを望んでいるのだと感じましたね。

 EUの統合は周辺国に大きな負担をかけています。昔ならば貿易赤字財政赤字は、自国通貨の価値が下がることで調整されました。借金をするには高い金利を払わなければならなかったのです。ところが、ユーロという強い通貨を手に入れ、低金利もついてきた。その効果で経済が沸騰してしまったわけです。「金利のミスプライス」とでも言いましょうか、その代償を今、支払っていると考えればいいのではないでしょうか。

問 ユーロは破綻する、と。

豊島 どこまで加盟国が主権を捨てられるか、民族の平準化ができるか、でしょうね。米国は民族の坩堝(るつぼ)と言われているように、移民で出来上がった国で、民族が比較的交じり合っている。これに対して、ヨーロッパはだいたい民族ごとに分かれて国が存在する。その民族の流動性が高まるかどうかが、EUが“ヨーロッパ合衆国"になれるかどうかの試金石でしょう。
 加盟国が主権を手放すにはEUが崩壊の瀬戸際まで行かないと難しいと思います。ユーロ崩壊の寸前まで行って、1つにまとまり何とかユーロが維持されることになるのではないか、と見ています。来年は各国とも選挙の年ですから、政治家は国内向けに良いことを言わなければならない。それがユーロを危機をギリギリのところまで追い詰めるように思います。来年は、ユーロ救済問題と米国債救済問題が交互に瀬戸際まで行くことが繰り返され、そのたびごとに市場が大きく変動する混沌とした年になるのではないでしょうか。米国で次の大統領が就任する2013年になってようやく大胆な政策が出てくるでしょう。

問 通貨の信頼が揺らぐ中で、通貨制度を巡って新しい仕組みを模索する動きも出ています。金本位制の復活などルール変更はあり得ると思いますか。

豊島 金本位制が復活することは現実的にはあり得ないと思います。金の裏づけがないと通貨を発行できないとなると、金融政策の弾力性を奪ってしまうという深刻な制度的欠陥があるからです。また南アフリカやロシア、中国のように金鉱脈を持つところは金の生産ができるという不平等もある。

 しかし、一方で、通貨の価値を保つために、部分的に金保有と連動させるルール変更はあるかもしれません。外貨準備の15%は金で持たなければいけないとか、金と通貨をリンクさせる制度変更は十分考えられると思います。

問 世界の金融市場は急速に縮小しているように感じます。

豊島 金融規制強化を狙った米国のドット・フランク法の副作用が出始めていると思います。クレジット・クランチに陥っています。ドット・フランク法に伴う金融規制で、金融機関の自己勘定による売買が大きく規制されているため、様々なマーケットで流動性が大幅に落ちています。流動性がないマーケットにまとまった売り物や買い物が入れば、値段は大きく動きます。今年は相場が大きく動くと見ている理由のひとつです。

問 最後に金の相場の先行きをどうご覧になりますか。

 米FRB(連邦準備理事会)が2013年半ばまでは実質的なゼロ金利政策を継続すると明言していますので、それまでは金利の付かない金も上昇傾向が続くと見ています。FRBの“保証"があるようなものなので、現在1トロイオンス=1700ドル前後の金価格は上値は2200ドルぐらいまで行くと見ています。下値は1500ドルぐらいでしょうか。為替が円安に振れる可能性もあり、円建ての金投資はダブルメリットになる可能性もあります。ただ、2013年には出口戦略が出てくるわけで、金利が上昇し始めれば、金価格の下落は避けられないでしょう。

豊島逸夫(としま・いつお)氏
1948年東京生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱銀行(現東京三菱銀行)入行後、スイス銀行で貴金属ディーラーとなる。その後、産金業者の非営利国際組織であるワールド・ゴールド・カウンシル金の調査研究・啓蒙活動に従事、日本代表を務めた。2011年10月に独立し、豊島事務所を設立。「金を通して世界を読む」(日本経済新聞出版社)など著書多数。日経新聞デジタル版の定期コラムやブログ「豊島逸夫の手帳」などでの明快な解説が人気を呼んでいる。